第30話
大怪獣大激震!
触角宇宙人 バット星人グラシエ
宇宙恐竜 ハイパーゼットン コクーン
宇宙忍者 バルタン星人ベーシカルバージョン
カオスウルトラマン
カオスウルトラマンカラミティ
天敵怪獣 マザルガス
恐竜戦車マークⅡ 登場!
「バ、バット星人グラシエ!?」
才人は仰天して叫び声をあげた。
ついに明かされたコウモリ姿の宇宙人の本当の名前。それはなんとバット星人であった。バット星人といえば、ウルトラマンジャックが最後に戦った宇宙人であり、あの宇宙恐竜ゼットンを引き連れていたことでも有名な、GUYSへの入隊希望をしている才人からすれば知らないはずがない宇宙人だ。それが目の前に現れたというのだから、驚くのは当然と言える。
しかし……今回の事情は少し違っているようだ。唖然としている才人に、グラシエは得意げにしながら言った。
「んー、どうしました? そんなに驚かれるとは意外ですねえ。まあ、我々は宇宙でも有名なほうに入りますから、当然といえば当然かもしれませんが」
「い、いやそうじゃなくて。あんた、本当にあのバット星人?」
「だからそう言ってるじゃないですか。何度も人の名前を聞くなんて失礼ですよ」
不機嫌そうにグラシエは答えた。だが才人にはどうしても、それを確認したい理由があった。
才人の動揺を見て、ルイズも「サイト、あんたあいつを知ってるの?」と尋ねてくる。だけれど才人としては、そりゃ知ってることは知っているけれど、それを自信を持って言えない理由があった。なぜなら……。
「だって、おれの知ってるバット星人って……これだもの」
才人は服のポケットからGUYSメモリーディスプレイを取り出して、初代バット星人の姿を映し出した。しかしその姿は、目の前のグラシエとはあまりにもかけ離れたものであったのだ。
まず、グラシエがスマートで端正なスタイルをしているのに対して、初代バット星人は腹の出た寸動な姿をしている。それに、顔つきもグラシエが鉄仮面のようないかめしいものに対して、初代バット星人は牙と角のあるじいさんみたいな形をしていて、とても威厳とは無縁なものだった。
ルイズや水精霊騎士隊の仲間もその映像を見て口々に言ってくる。
「うわあ、なによこの酒場でつぶれてる平民みたいなウチュウジンは」
「いや、これが本当のバット星人なんだって」
「おいおい、ものすごく弱そうじゃんよ。まるでおっさんになったマリコルヌじゃん」
「隣にいるのもなんかブヨブヨしてて変だし、美的センスの欠片もありませんな」
「かっこ悪い」
「それに頭も悪そうだし」
数々の容赦ないダメ出しが初代バット星人にぶつけられた。
だがそれも仕方がない。かつての初代バット星人は、MAT基地を壊滅させる戦果を上げてはいるが、戦いとなったら意外なほどあっさりと倒されてしまっている。それに、MAT基地壊滅の戦果も、MATの出動中に忍び込んでというセコい方法だったので、とてもまともな方向での強豪とは数えられない奴だったのだ。
すると、同胞への無慈悲なツッコミの数々に耐えられなくなったのか、グラシエが悲鳴のように叫んだ。
「そ、その同胞のことはそのくらいにしておいてください。私はそんな奴とは違います。そいつはただの戦闘員、私はバット星のエッリートなのです!」
「いや、そう言われてもほとんど共通点ないじゃん。人間とゴリラを同種族って言うくらい無理があるって」
横に並べて見ても、初代バット星人とグラシエを同種族だとわかる人は誰もいないだろう。それくらい両者はあらゆる見た目で隔絶していた。
先代と見た目が異なっていた宇宙人ならば、テンペラー星人やナックル星人の前例もある。しかしそいつらは同種族とわかるくらいには先代と特徴が一致していたけれど、初代バット星人とグラシエの間には、強いて言って触角の形くらいしか共通点がない。いったいどうしたら同じ種族でここまで違った姿になれるのか? 美容整形でもやったんじゃないだろうか。
「とにかく! あの同胞のことは忘れてください。そんなことより、私に言うべきことがあるんじゃないんですか?」
「あっ、はい……ガリア王を操って、戦争まで起こさせた黒幕はお前だったんだな、バット星人グラシエ!」
正直、まだ言い足りないけれども、気を取り直して才人は怒鳴った。するとグラシエも機嫌を戻したようで、陽気な声色で才人たちに答えた。
「んっんーんっ、半分正解ですね。私と王様は、お互いwinwinの関係で付き合ってきただけで、戦争を起こしたのは王様の勝手です。私の目的はただ、あれを育てることだけなのですから!」
「あれ……あの、ばかでかいゼットンのことか!?」
「そうです。見てください、ゼットンの養殖に関しては宇宙一を誇る我々の科学力を結集して作り上げた、次世代型のゼットン。その名も、ハイパーゼットンの最新実験台です!」
「ハイパー……ゼットンだって」
才人は背筋を震わせた。
ゼットン……その名は現在でもあらゆる怪獣を差し置いて畏怖を向けられている。栄光の初代ウルトラマンを相手に、あらゆる必殺技を受け付けずに完全勝利をおさめた最強の怪獣。
グラシエの後ろに見える巨大怪獣は、巨大な繭のような姿をしているものの、ゼットンの特徴である角や、黄色く明滅する発光体を持っている。あれが本当にゼットンの繭だとすれば、いったいどれほど恐ろしいものが生まれてくるというのか。
だがグラシエはかぶりを振ると、残念そうに続けた。
「ですがまあ、安心してください。あれはまだ研究中の試作品のひとつに過ぎません。まだとても兵器として使い物になるものではないですよ」
「はあ?」
「いかに我々といえど、ゼットンの品種改良は容易なものではないのですよ。あなた方人間が牛や豚の品種改良に何十年もかけるように、新種のゼットンの完成には何百年何千年という実験の繰り返しが必要なのです」
気軽に怪獣の要素の合成のできる機械でもあれば別だが、今のところそういった便利なアイテムはない以上、地道に交配と育成を重ねるしかないのだという。
だが、そんな試作品を育成するために、わざわざこれだけの暗躍をハルケギニアでおこなってきたわけではないはずだ。そのことをルイズが指摘すると、グラシエは手を叩いて褒め称えた。
「聡明なお嬢さん。いやあ、素晴らしい理解力です。あなたが我々の同胞でないのが実に惜しい。お察しの通り、私がここでおこなってきた実験が成功すれば、ハイパーゼットンは大きく完成に近づくはずなのです」
「なんですって。でも、なぜ? なぜ実験場にハルケギニアを選んだのよ?」
「いや、本当に賢いお嬢さんですね。いいでしょう、教えてさしあげます。本当のことを言いますと、このハイパーゼットンのプロジェクトは私の担当ではないのですよ。実は私の同胞の中に、ハイパーゼットンを使って大きな計画を立てている者がおりましてね。彼のプロジェクトの成功率を上げるためのデータを集めてあげようと思いました私は、予備実験のできる星を探しておりました。すると、彼が計画の実行場所として算定している惑星と、このハルケギニアが環境や住民的に比較的近かったのを発見したというわけなのですよ」
いけしゃあしゃあと話すグラシエに、ルイズだけでなく、才人やほかの少年たちも腸を煮えくらせた。つまり、グラシエがハルケギニアの侵略に興味がないというのは本当でも、それはハルケギニアを噛ませ犬ですらない踏み台としてしか見ていないということだからだ。
ルイズは怒りのままに杖をグラシエに向けて呪文を唱えた。
『エクスプロージョン!』
何もない空間から爆発が起こってグラシエを襲う。しかしグラシエは爆発が起きるのを予期していたように、ひょいと爆心地をかわしてしまった。
「おやおや、危ない危ない。こんなものを受けたらただではすみませんね」
「どうして? まるで、わたしの魔法を知ってたみたいに」
「フフフ、事前のリサーチは大切ですからね。それより、私を倒してももうハイパーゼットンは止まりませんよ。手がかりを消してしまってもいいんですかな?」
「この、卑怯者!」
ルイズは怒ったが、確かにこの場でグラシエと戦うのは得策ではない。腹は立つが、奴はこちらをゼットンを育てるためのおもちゃとしか見ていないようなので、ペラペラと企みをしゃべってくれる。奴の手のひらの上だとしても、ここは情報を引き出さなくてはならない。
頭に血が上っているルイズを、カトレアが落ち着きなさいとなだめた。普段温厚な彼女も、ハルケギニアをもてあそぶグラシエには怒りをこらえているようだ。
今に見ていろと怒りを押し殺して、ルイズに代わって才人がグラシエにたんかを切った。
「調子に乗るなよ。おれたちが、今に必ず吠え面かかせるやるからな」
「俺たち? ふふふ、それはどうでしょうね。言ったはずですよ、事前のリサーチは大事ですってね」
「お前、まさか他のところにも!」
グラシエの高笑いが肯定の証拠だった。
この世界に散ったウルトラの仲間たちのところにも。グラシエの手が? しかし、ここからではどうすることもできない。
才人たちにできるのは、なんとか仲間たちが無事に切り抜けてくれるよう、信じることだけであった。
グラシエは、そんな才人たちの狼狽様を見下ろして愉快そうにしながら、ちらりと空を仰いで自分の計画の順調さに惚れ惚れとした。
”フフフ、いい具合に困った顔をしますねえ。ほんとに、何も知らない人にネタばらしをするのは最高ですよ。といっても、まだ半分もネタバレしてはいないんですがね。さて、あちらはどうなっていますかね? ハイパーゼットンが熟すまでのあとひと仕込みができるまで、しっかりウルトラマンたちを足止めしていてくださいよ”
果たして、未完成のハイパーゼットンを完成させるためにグラシエが狙っているものとは何なのか? それを止められる確実な手段は、ハイパーゼットンが繭の状態のうちにウルトラマンたちの力を合わせて撃破してしまうことだが、それを見越しているからこそグラシエはこれだけ手間をかけて妨害してきているのだ。
ただし、妨害はあくまで最低限の目的であり、できるならば倒してもらってもいっこうに構いはしない。なぜなら、それだけ足止めをできるのならば、そもそもウルトラマンを倒せるほどの力がなくては無理だからだ。
とはいえ、そのくらいの危機を乗り越えるくらいの地力と運がなければ「宇宙の平和を守る」なんていう大言壮語は吐けまい。グラシエは、ウルトラマンたちがこの危機をどうやって切り抜けるものかと、むしろ応援に近い感覚で楽しんでいた。
そして、そのうちのひとつ。トリステイン魔法学院ではバルタン星人が復活させた二体のカオスウルトラマンによってコスモスが窮地にさらされていたが、そこに乱入してきた一匹の怪獣によって事態は大きく動こうとしていた。
「うわああああ、待て待て待て、止まれええええ!」
学院に向かって突進してくる頭がエリンギのような形になった奇妙な怪獣。それの体にしがみついたレイナールと数人の少年たちが悲鳴も同然に叫んだ。
学院からそれを見つめている大勢の生徒たちも唖然としながら「お前らなにやってんだ!」と叫び返す。
「こ、これには訳があああ!」
レイナールは眼鏡を無くさないように抑えながら叫び返すが、学院の生徒たちに訳が分かるわけがない。
そもそもあいつら水精霊騎士隊はギーシュに率いられて王宮に行っていたはずじゃなかったのか? それがどうして怪獣に乗っかってるのだ? そもそもあの怪獣はなんなのだ?
バルタン星人は、たかが怪獣一匹と侮って、配下のカオスウルトラマンを差し向けて歯牙にもかける様子はない。
しかし、今まさに倒される寸前であったコスモスは、その怪獣の姿を見て、驚きとともにほのかな喜びも感じていた。
〔マザルガス……同族が生きていたのか〕
コスモスはその怪獣を知っていた。そして、コスモスはその怪獣マザルガスがどういう怪獣なのかも知っていた。
とはいえ、なぜにレイナールたちがマザルガスにくっついているのか? その理由は少しばかり時をさかのぼる。
そもそも、王宮で才人やギムリたちがガリアに向かって旅立った後、王宮にはまだ水精霊騎士隊のメンバーはレイナールをはじめそれなりの数が残されていた。
もちろん、国の大事に遊んでいるという選択肢はない。残留組の半数はトリステイン軍と合流し、残る半数はさらなる同志を呼びかけるためにいったん学院へと戻ることになった。
その学院に戻る組をレイナールと数名の少年が請け負うことになったのだが、ここで思わぬ手違いが起こってしまったのである。
トリスタニアから学院までは馬を使えば数時間ほどでたどり着ける。ただし途中に何もないまっすぐな道というわけでもなく、街道でいくつかの町や村を経由する。その途中の村の一つで、レイナールたちは素通りしようとしたところ、村人たちに呼び止められてしまったのだった。
「おねげえでございますだ貴族様。わしらの村の森の中に、昨晩火の玉が落ちてきたのです。このままでは若い衆がおっかなくて畑仕事も手につきません、どうか様子を見てきておくれませ」
村の老人に囲まれて、レイナールたちは進めなくなってしまった。普通、平民は貴族には遠慮するが、お迎えの近い老人は恐れを知らない。
レイナールたちは無理に押し通ることもできたが、この村は学院に野菜や牛乳を届けてくれる大事なところで、以前のライブキングの件以来、学院とは懇意にしている。それに、怪獣に度重なって壊される学院の修繕費や、前の戦争で王国から学院への予算が大幅に減額されたこともあって学食も削減されがちで、ここでこの村からの食材の購入が滞ったりすれば。
「やばいんじゃないかレイナール。おれ、もうゲルマニア製のまずい粉ミルクは嫌だよ」
仮にも貴族たる者がワインすら飲めず、平民でも飲まないような粉ミルクを飲まされる。いくら女王陛下のためと思っても限界があった。
ここで村人の頼みを断ったら、下手すれば学院全体から恨まれかねない。レイナールたちはやむを得ず顔を見合わせた。
「仕方ない。森の様子を見てくるだけだっていうから、急いですぐすませよう」
そう決めて、レイナールたちは何かが落ちたという森へ向かった。
しかし、そういう「すぐに解決しそうな問題」は往々にして「すぐに解決しない」というのが世の常であることを彼らは知らなかった。
すぐに片付けるつもりで森へ向かったレイナールたち。しかし彼らはその気軽さに反して、あまりにもあっけなく本命にぶつかることになってしまった。
「怪獣だぁーっ!」
森の中にのっそりと、その怪獣は鎮座していた。しかも、怪獣がいることなんか考えてもなかったレイナールたちは無警戒のまま鉢合わせしてしまって、パニックに陥ってしまった彼らは後先も考えずに魔法を放ってしまった。
『ファイヤーボール!』
「まっ、待て! 早まるな!」
レイナールが止めた時にはもう魔法は放たれてしまっていた。怪獣に下手に攻撃を加えて怒らせてしまったら大変なことになる。レイナールは最悪の結果を想像してメガネの奥の顔をひきつらせた。
しかし、怪獣はキノコの傘のようになった頭を開くと、向かってくる魔法をその中に吸い込んでゴクリと飲み込んでしまった。
「はぁ?」
「ま、魔法を食べちまった」
彼らは茫然とした。これがマザルガスの能力で、第二の口を持つ怪獣はベムスターを初め割といるが、マザルガスもその一種であり、頭から様々なエネルギーを吸収することができるのだ。
レイナールたちはマザルガスからの反撃を覚悟して身構えた。しかし、マザルガスはじっと空を見上げたような姿を続けているだけでレイナールたちには見向きもしない。
どうやら、少年たちの魔法くらいは攻撃とさえ思われていないらしい。レイナールたちはほっとして、これは自分たちの手に負えるものじゃないと、引き返そうと踵を返した。
しかし、急いで村に戻ろうとした彼らは思わぬ事態に直面してしまった。
「あ、あれ? この道はさっき通ったような」
さして時間をかけずに村に戻れるはずが、いくら歩いてもたどり着けない。これは何かおかしいと思った彼らはフライの魔法で森の上に出ようとしたが、なにか不思議な力で押し返されてしまった。
「この森、なにか魔法がかけられてるぞ!」
「そんな馬鹿な! なんでこんなところに?」
彼らは愕然としたが、それは間違っていなかった。彼らの近くにある倒壊しかけた山小屋……それは以前に、あの盗賊フーケが隠れ家にしていたアジトのひとつで、フーケが足を洗ってとうの昔に放棄されていたのだが、侵入者を迷わすために仕掛けられていたマジックアイテムはまだ動き続けていたのだった。
運悪くそれにひっかかってしまったレイナールたち。彼らはそれを知りようもないので、どうにかして脱出しようと迷い続けたが、どうしようもなかった。村を出る時にもらったお弁当で食いつなぎつつ頑張ったものの、何日も同じようなところでさまよい続け、怪獣と同居し続ける日々か続いた。
「なあ、おれたちここで死ぬのかな? 今頃、ギムリたちはガリアで華々しく手柄を立ててるんだろうなあ」
憔悴した様子で誰かが言っても、もう言い返す気力も彼らからは失われていた。
怪獣は相変わらず空を見上げたままでじっとしている。最初は、いつ襲ってくるかと恐々としていた彼らも、疲れたせいで逆に怪獣を観察する余裕が生まれていた。
「ぜんぜん暴れ出す様子が無いな。顔はおっかないけど、おとなしい怪獣なのかな」
「ずっと空を見上げ続けてるけど、何かを待ってるような……まさかな」
このまま干からびていくしかないのか? だが、彼らがそうあきらめかけ、ついに幻覚が見え始めてきたのか、空に昼間だというのに月が見えた瞬間、怪獣は突然立ち上がって動き出したのだ。
それまでの動かなさが嘘のように、怪獣はレイナールたちの前から離れていく。レイナールたちは、しばらくその様子を呆然と見つめていたが、はっと気づいたレイナールが皆に叫んだ。
「そ、そうだ。怪獣に、あの怪獣にしがみついていけば森から出られるんじゃないかな?」
「なに? 正気かよ、相手は怪獣だぜ!」
「なら他にどうしようっていうんだ? もう食料もないんだよ。このままここで飢え死にしたいのかい」
選択の余地はなかった。幻惑の魔法も怪獣には通じまい。それに、自分たちも空腹で、もう体力が限界だ。
レイナールたちは最後の力を振り絞ってフライの魔法を使い、立ち去ろうとしているマザルガスの体へと飛びついていった。
「うわああっ!」
マザルガスはレイナールたちなど気にもせずにどんどん歩いていく。いったいこの先に何があるというのか? 少年たちは、迷いの森からは首尾よく抜け出せたものの、怪獣の進んでいく方向に何があるのかと気がついて愕然とした。
「お、おい、この先にあるのって、もしかして」
「魔法学院だあ!」
「とっ、止まれええぇっ!」
とまあ、こういうわけなのであった。
もちろん学院の生徒たちはそんなことわかるわけがなく、唖然とするばかりだ。
突進を続けるマザルガスにレイナールたちは必死にしがみつき続けていたが、彼らの体力は本当に限界だった。ついに力つきて、振り落とされて真っ逆さまに落ちていく。
「あっ、危ない!」
学院の生徒たちは悲鳴のように叫んだ。レイナールたちは魔法を使う余力もないらしく、頭から落ちていく。
だが、彼らが地面に激突する寸前、コスモスが矢のように飛び込んで手のひらで掬い上げた。
「シュワッ!」
間一髪。レイナールたちはコスモスに助けられた。
コスモスは、ほっとしている生徒たちの元へレイナールたちを降ろした。バルタン星人は余裕を見せているのか、邪魔をする気配はない。すぐに生徒たちが駆け寄ってきて、弱っている彼らを運んでいった。
「急いで保健室に連れていきましょう」
「ひどいわ、こんなに痩せこけるまで、いったい何があったのかしら」
まさかの不運に見舞われたことまではわかるわけがないが、彼らはなんとか一命をとりとめた。
だが、戦いは終わってはいない。バルタン星人は怪獣の乱入で意表を突かれたものの、それも一時の余興に過ぎぬと命じた。
「怪獣一匹、さっさと片づけてコスモスにとどめを刺すのだ。やれ、カオスウルトラマンども!」
二体のカオスウルトラマンはバルタンの命じるままに、コスモスと同じ構えから黒い火炎球と漆黒の刃を放った。
『カオスプロミネンス』
『カラミュームブレード』
コスモスの必殺技を模した闇の一撃がマザルガスを襲う。カオスウルトラマン二体の必殺技をまともに受けたら屈強な怪獣でも粉々になってしまうであろう。
その光景をコスモスの目を通して見たティファニアは叫んだ。
〔いけない、あの怪獣が!〕
自然の中で育ったティファニアにとって命に差はない。無為に命を奪われようとしている者への悲嘆……しかしコスモスは穏やかにティファニアに告げた。
〔心配はいらない。あの怪獣は〕
コスモスが知る通りなら、なにも心配はいらない。そしてティファニアや生徒たちは、その言葉の意味をすぐに自分の目で確かめることになった。
二体のカオスウルトラマンの攻撃に対して、マザルガスは頭頂部の蓋を開いた。すると、カオスウルトラマンたちの必殺光線はマザルガスの頭の口に吸い込まれて、モグモグと咀嚼するように飲み込まれてしまった。
「こ、光線を、食べてしまわれたのですか?」
生徒たちはあまりの光景に開いた口がふさがらない。だが、本領はこれからだった。マザルガスが光線を飲み込んでしまうと、瞬殺を見込んでいたバルタンもあてが外れて叫んだ。
「おのれ、そういう能力を持っているのか。ならば、肉弾戦で叩き潰してしまえ!」
カオスウルトラマンとカラミティはその命令を受け、濁った唸り声をあげながらマザルガスに向かっていった。
二体のカオスウルトラマンはコスモスの格闘技術を完全にコピーし、そのパワーとスピードは本物を上回る。本物のコスモスが倒されてしまったほどの驚異的な強さは、光線技を使わなくても変わらない。
バルタン星人は、これで片付くと信じて疑わなかった。対してマザルガスはまるで無警戒に突っ込んでくる。
瞬く間に決着。いや、そうはならなかった。マザルガスが頭を開いてカオスウルトラマンに向けると、カオスウルトラマンから金色の粒子が盛れ出してマザルガスの口に吸い込まれ始めたのだ。
「あれは!?」
マザルガスは金色の粒子をさぞ旨そうにゴクリゴクリと飲み続け、対してカオスウルトラマンは粒子を吸われて苦しみ出している。
エネルギーを? いや、あの粒子はカオスウルトラマンを構成している人造カオスヘッダーに違いない。ということは、つまり。
〔あの怪獣は、カオスヘッダーを食べることができるんだ〕
コスモスが落ち着いていたのはこれが理由だった。マザルガスの別名は『天敵怪獣』といい、その体内にカオスヘッダーを無力化できる酵素を持っているため、カオスヘッダーを好んで補食する。まさにカオスヘッダーの天敵なのであった。
カオスウルトラマンはマザルガスに接近するだけで体を構成するカオスヘッダーを吸いとられ、体をねじりながらもだえ苦しんでいる。反撃しようにも、近づくほどにマザルガスに多くカオスヘッダーを吸いとられてしまうのだ。
一方的な捕食者、これこそ天敵怪獣。逆に、愕然としたのはバルタンだ。簡単に片づくと思っていたのに、切り札のカオスウルトラマンを脅かされ、はっとしたようにマザルガスの姿を見て思い出した。
「あの怪獣は、しまった! コスモスの戦闘データに確か」
バルタン星人は、コスモスのデータを採集する中でマザルガスのことも観測していた。しかし、コスモスと対峙した怪獣の中で特別強力だったというわけではないので注意していなかったのである。
よく考えればカオスウルトラマンを戦力にするに当たって、絶対的なウィークポイントになるのがマザルガスだ。だがこんなところでピンポイントに出くわすなどあり得ないと、考慮にも入れていなかった。
このままではカオスウルトラマンはマザルガスに食い尽くされてしまう。バルタンはマザルガスを排除するために、ハサミを向けて開いた。
「死ね!」
ドライクロー光線が食事中のマザルガスに向かって放たれる。しかし、その攻撃に対して割り込んできたコスモスが光線を素手で弾き飛ばした。
〔させはしない!〕
「おのれコスモス!」
立ち直ったコスモスと、激昂したバルタンの戦いが再び開始された。
サンメラリーパンチでバルタンを押し返し、よろめいたところにコロナキックが命中して火花をあげる。バルタンもハサミを振り上げて反撃し、コスモスもさらなる技で迎え撃つ。
〔バルタン星人、もう無益な戦いは止めるんだ〕
「おのれコスモス。あんな怪獣が偶然現れるとは、悪運の強いやつめ」
〔偶然ではない。マザルガスは、お前たちがカオスヘッダーを持っていることを本能的に知って、この星に先回りしていたのだろう。お前たちがいくら力を誇ろうとも、自然には調和を乱す者を修正する力が働くのだ〕
自然にはどんなに進化した科学でも計り知れない力を持っている。それを忘れてしまったとき、自然は容赦なくしっぺ返しを食らわせてくる。
コスモスは、宇宙の平和を守る戦いの中で、何度もそれを見てきた。
〔科学は自然の脅威をひとつずつ克服して進歩する。しかし、進歩のスピードを間違えたとき、待っているのは破滅だけだと、バルタン星人、お前たちはわかっているはずだ!〕
「ほざけ」
バルタン星人はかつて、母星のバルタン星を環境破壊で失い、宇宙を放浪することになった。その過ちを繰り返してはならないと告げるコスモスの説得は悲しくも拒絶された。
だが、一対一ならコスモスとバルタン星人は互角だ。ハサミを突き出してくる攻撃をかわしてアッパーを繰り出し、よろめいたところをコロナホイッパーで投げ飛ばす。
「ムアッ!」
力強いコスモスの技が炸裂し、バルタン星人は背中から地面に叩きつけられた。
立ち上る砂煙。原始的な打撃にはバルタンの科学力も関係ない。小さくないダメージを受けたバルタンは、このまま一対一で戦いを続けたら分が悪いと考えた。
「コスモスめ、あれだけのダメージを受けたはずなのにしぶとい奴。カオスウルトラマンどもよ、そんな怪獣はもういい、コスモスを倒すのだ!」
「ヌッ!?」
呼び戻され、カオスウルトラマンとカラミティは瞬時にバルタンに従ってコスモスの前に立ちはだかった。両者とも、カオスヘッダーをかなり抜き取られたものの、まだ十分に余力を残した姿をしている。
今のコスモスの力ではカオスウルトラマンたちは倒せない。攻めこむことができないコスモスに向かって、二体のカオスウルトラマンは容赦なく必殺光線の構えをとった。
しかし、今度もバルタンの思い通りにはいかなかった。バルタンがカオスウルトラマンに攻撃の命令を下そうとした瞬間、横合いから光弾が飛び込んできてカオスウルトラマンたちの至近で爆発し、姿勢を崩させたのだ。
「なにっ?」
〔マザルガス……〕
今の攻撃はマザルガスが口から放つ破壊光弾『マザルボム』だった。マザルガスは口からマザルボムを連射し、マザルボムはカオスウルトラマンたちの周りで花火のように爆発して焼夷性の粒子をばらまく。
この攻撃にはバルタンとカオスウルトラマンもたじたじとなった。マザルボムは当たらなくても広範囲に火花を撒き散らすから防御するのが難しい。
「ええい、こざかしい!」
それでもバルタンはダメージを受けるのを構わずにカオスウルトラマンに攻撃の命令を下した。バルタンに忠実なカオスウルトラマンは体に火の粉が降りかかるのも構わずにコスモスに光線を放ってくる。
『ダーキングショット!』
迫る黒色の光線。コスモスがバリアを張ったとしても、完全に防ぎきることは不可能だろう。
だが、マザルガスが鈍重そうな見た目を裏切ってダッシュした。そして光線とコスモスの間に割り込むと、カオスウルトラマンの光線を頭部の口を開いて飲み込んでしまったのである。
「なっ!?」
まさかのことに言葉を失うバルタン。
そして、学院の生徒たちも驚いていたが、彼らの脳裏にかつてパンドラやオルフィが学院にやってきた時のことが蘇った。
「そうよ、怪獣だってわたしたちの使い魔と同じような生き物だわ。ウルトラマンが自分を助けようとしたのをちゃんとわかってるのよ」
「動物の本能で、ちゃんと戦うべき敵がわかってるんだな」
傷ついたコスモスを守るようにマザルガスはカオスウルトラマンたちを威嚇し、今度はカオスウルトラマンたちのほうが攻め入ってこれない状況となった。
〔マザルガス……〕
コスモスは、味方についてくれたマザルガスを熱い視線で見つめた。
かつて、コスモスはマザルガスの同族を救うことができなかった。それがこうして、共に戦うことができている。この光景を、できるなら彼に見せたかったものだ。
しかし、まだ形勢が好転したわけではない。カオスウルトラマンにとってマザルガスは天敵に違いないが、カオスウルトラマンはコスモスを上回る強敵。バルタン星人もやがて対抗策を考えるだろう。
なにより、これでもまだ二対三でしかない。それでもコスモスは臆することなくバルタン星人に告げた。
〔バルタン星人、無益なことはやめて自分の星へ帰れ〕
「コスモス、貴様はまだ我々を下に見るのか。だが、我々が貴様を倒すためにこの程度の準備で来たと思うなよ。お前たちを倒すための手札はまだあるのだ。今ごろは他の場所でも、ウルトラマンどもが血祭りにあげられていることだろう」
あくまで復讐と侵略をあきらめるつもりはないというバルタンに、コスモスはやむなしと言う風に構えをとった。
バルタンは悪しき執念に突き動かされてここにいる。その恨みが自分一人に向くものであるならば、あえて受けることもできようが、さらに無関係な人たちも巻き込む野心も燃やしているのであれば是非はない。コスモスは、ティファニアに確認するように言った。
〔ティファニア、君はこれから、戦いの中でつらいものを見ることになるかもしれない。それでもいいかな?〕
〔大丈夫です。わたしも、みんなのためにがんばるって決めたんです。つらくても戦わなくちゃ、失っちゃいけないものがあるから!〕
優しいだけでは、なにも守れない。ティファニアも厳しいハルケギニアで生まれ育ってきた者、悪意に無抵抗はなんにもならないことを知っている。
あの悲しみを繰り返さないためには手を汚すしかないのなら、迷わない。無情に再開される戦いの炎の中へ、正義と悪の魂が飛び込んでゆく。
しかして、戦いはバルタンの言った通り一ヶ所ではない。
ハルケギニアに降り立ったバルタン星人は全部で三体。そのうち一体は山岳部で高山我夢と藤宮博也を襲い、ウルトラマンガイアとウルトラマンアグルと対決をしていた。
『クァンタムストリーム!』
ガイアが腕をL字に構えて発射した光線がバルタンに突き刺さって炎上させた。
やったか? だがバルタンは炎上した外皮を脱皮して切り離し、まったくのノーダメージに変えてしまった。
〔やるな、一匹で俺たちに挑んできただけはある。雑魚ではなさそうだ〕
アグルがバルタンの再生能力を見て感心したようにつぶやいた。
ガイアとアグル、二人のウルトラマンに対して、バルタン星人はそのトリッキーな能力を使って渡り合っていた。二人がコスモスとは違ってバルタン星人との戦闘経験が無いことを差し引いても、ここに来たバルタンも腕利きの個体だということがわかる。
けれどそれでも、ガイアとアグルには十分な余裕があった。二対一だということもあるが、ガイアもアグルも頭脳タイプのウルトラマン。相手の手札がわかれば即座に対処は思いつく。
両者のライフゲージはまだ青で、このまま戦えばエネルギーをさほど消耗することなく勝利できるだろう。だが、そんなガイアとアグルの余裕を察したバルタンは不敵に告げた。
「もう勝ったつもりでいるのか。ならばお遊びはこれまでで、お前たちが退屈しない相手を出してやろう」
そうするとバルタンはハサミを開いて、少し離れた場所で機能停止していた恐竜戦車へと向けた。
危ない! 恐竜戦車の中には、まだ作業をおこなっているエレオノールたちが残っているのだ。だが間に合わず、バルタンのハサミから放たれた光線が恐竜戦車を包むと、恐竜戦車の肘や背中に金色に輝く結晶体が現れた。
なんだ? すると、恐竜戦車の巨体がさらに巨大に膨れ上がっていき、停止していた恐竜戦車の目が開いて咆哮した。完全に、再起動だ。
〔これは、信じられないくらい膨大なエネルギーだ。あの結晶体が放っているのか?〕
ガイアが巨大化した恐竜戦車の威容を見上げて言った。
ただでさえ大きい怪獣をさらに巨大化させるパワー。常識では考えられない。自分たちの知らない未知のエネルギーかといぶかしむガイアとアグルに、バルタンは得意気に語った。
「驚いたか。これは、ある宇宙で原産されるプラズマ鉱石のパワーだ。何倍にも増幅された怪獣を前に、まだ余裕でいられるかな?」
恐竜戦車は巨大なキャタピラを高速で回転させながらガイアとアグルへ向けて突っ込んでくる。進路上にある岩石も樹木も無いも同然に砂煙を上げながら進撃する恐竜戦車に、果たしてガイアとアグルは勝てるのだろうか?
そして、恐竜戦車の中に取り残されているはずのエレオノールとルクシャナは無事なのだろうか? プラズマソウルの輝きがさらなる闘争を呼ぶ。
続く