ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第26話  魔都と化すリュティス

 第26話

 魔都と化すリュティス

 

 黒い宇宙植物 メージヲグ

 生物兵器 メノーファ 登場!

 

 

「さて皆さん、ジョゼフ王様の一世一代の大活劇もいよいよクライマックスに近くなってまいりました」

 

「おや? あいさつが遅れまして失礼おば。最近いろいろありまして、わたくしの解説も少なくてさみしかったでしょう。おおお、相変わらずあなたの怒る顔は怖いですねえ」

 

「いやいや、なにぶんこの世界の人たちも頑張りますものでねえ。そのたびに軌道修正で忙しかったものでして」

 

「でももう大丈夫です。この先はもう何があろうと長引いたりはしませんよ。なにせ、もう役者はみんな、このリュティスに集まってきていますから」

 

「さて、ジョゼフ王様は皆さんをもてなすために盛大なお祭りを企画されているみたいですよ」

 

「というわけで、まずはお祭りをご鑑賞ください。とと、後であなた方にも参加していただくかもしれませんから、準備はお忘れなく」

 

 

 ガリアの運命が決まる日が目の前に迫っている。それは確かで、もう後戻りも引き延ばすこともできないに違いない。

 ただし、それがどういう帰結にたどり着くかまではまだわからない。現実とは、演者のすべてが脚本家なのだから。

 

 動乱の日々が始まってすでに幾日。その日も、当たり前のように朝はやってきた。

 王都リュティス。そこはガリアの名実ともに中心であり、その中心の宮殿に座する者が、あと数日もせずに入れ替わるであろうことは、国民のほとんどの共通する認識となっている。

 だが、その考えを誰より強く念じているのが当の国王本人だということには、国民は誰も気づいていない。

 王宮は亀のように厳重に封鎖され、静まり返っている。つい先日までは王を弾劾しようという市民たちが大勢詰めかけていたが、ガリア軍が近づいてくると、巻き添えを避けるために逆に人々は王宮から遠ざかるようになっていった。

 もうすぐオルレアン公に率いられたガリア軍が戻ってきて、無能王を追い出してくれる。そうすれば、生活も楽になっていい暮らしができる。多くの市民はそう楽観的に考えていた。

 しかし、ジョゼフはそんな退屈な王位交代劇を演出しようとは思っていなかった。英雄の登場はもっと華々しく、そうでなければせっかく戻ってくるシャルルに申し訳が無い。

 

 リュティスに音もなく浸透していく邪悪なオーラ。その中に仕込まれた『ある物』が発芽するのに、長い時間は必要としなかった。

 その始まりは、リュティスの街のすみっこ。なんの変哲もない路地から始まった。

 この路地を、一人の酔っぱらいが歩いている。

「ういーっ、ひっく。なんでいなんでい、親方がなんだってんだ、カカアがなんだってんだ。おれは怖いもんなんかねえぞチクショウ」

 この男、仕事場でも家庭でもよほど不満が溜まっているのか、こんな時間だというのに酒をかっくらってふらついていた。戦争の真っ最中だとしても、こういう輩はどこにでもいるものである。

 彼は世間の騒ぎなど知ったことかとぶつくさ言いながら千鳥足で歩いていたが、ふとなにかを思い出したように立ち止まった。

「おれあ怖いもんなんかねえぞぉ。カラスなんか、カラスだけは怖いんだぁ」

 震えながら男はつぶやいた。実は、彼は以前のレイビーク星人の誘拐事件の被害者の一人であり、その時のことが原因で今でもカラスがトラウマになっているのであった。

 しかし、レイビーク星人は全滅し、唯一の生き残りも魔法学院で捕らえられた今、もうハルケギニアでレイビーク星人に出くわすことはありえないはずである。だが、ぞっと背中に人の気配を感じて振り返ると、そこには。

「ひっ、そこにいるのは誰だ!」

「クケェ!」

「う、うーん、カラス人間……ぐふっ」

 目の前に現れたトラウマのレイビーク星人に睨み付けられて、酔っぱらいは泡を吹きながら気絶してしまった。

 だが、いないはずのレイビーク星人がなぜここに現れたのか? 男が気絶すると、レイビーク星人の姿は崩れるように消え去ってしまい、後にはチューリップに似た黒い花が不気味に揺らいでいた。

 

 そして、同じような事件は同時刻からリュティスの全域で起きていたのだ。

「うわぁあ! バケモンだあ」

「きゃああ、お化けえ」

「かあちゃん勘弁!」

 あちらこちら、ところ構わず人々の前に怪物が現れては驚かす事件が多発していた。

 現れるものはバラバラで、レイビーク星人のような宇宙人もいれば、コボルトやオークのような獣人もいた。他にも得体の知れない怪物がいくつも現れ、、街は阿鼻叫喚の巷に変わっていた。

 リュティスは一夜にして怪物たちの巣窟になってしまったのだろうか。人々は慌てふためき、右往左往するが、怪物たちはどこにでも現れた。恐れて家の中に閉じこもろうとしても、怪物たちは戸締まりした家の中にまで現れてきた。

「ひっ、ひいい、い、命ばかりはぁ……がくっ」

 一人の若者が、目の前に牙をむいて迫ってきた吸血鬼を前にして気絶した。

 しかし、ここに限らず、怪物たちは被害者が気を失うか逃げ出すかすると、崩れるように消えて実害を及ぼすことはなかった。若者を気絶させた吸血鬼も、その後すぐに崩れて消えてしまい、そしてその傍らには観葉植物の鉢に生えている黒い花と、本棚から落ちた吸血鬼の小説本が転がっていた。

 

 むろんその頃街中では、兵士や衛士が走り回って騒然とした雰囲気になっている。その兵士たちも、なにがなにやらわからないまま、ひたすら目の前の怪物に斬りかかったりしていったが、それらも攻撃を当てても手ごたえがなく、怪物はすぐに消えてしまう。

「ど、どうなってるんだ?」

 困惑しても、確かにいたはずの怪物は影も形もなく消えてしまっていた。兵士の同僚も戸惑うばかりだが、彼らの傍らに生えていた黒い花が揺らめくと、またも彼らの前に怪物が姿を現したのだ。

「うわっ、またか。なんでこんなところにコボルトが!」

「なにい? ありゃどう見ても野良グリフォンだろ」

「いや、あれはコボルトですよ」

 だが、なぜか人によって見える怪物の姿に差異があるようだった。

 どうしてそんなちぐはぐなことになっているのか? 兵士や逃げ惑う街の人たちには考える余地もなかったが、街角から騒ぎを冷静に観察している者たちは違った。

「なあ、あそこに見えるのってスラン星人だよなあ」

「いや、俺にはケムール人に見えるけど、ルイズは?」

「わたしには、エレ、じゃなくてフォーガスに見えるわ」

 ルイズや水精霊騎士隊の少年たちは、そっと街の様子を見守っていた。

 彼らも最初は次々に現れる怪物に仰天していたが、街の人たちと違って怪獣や宇宙人との遭遇経験の豊富な彼らはさほど時間をおかずに、怪物たちが直接襲ってはこないことに気づいた。そして観察しているうちに、どうやら人によって見える怪物の姿が違うことに思い当たったのである。

「あれはたぶん、幻覚だな。どんなタネがあるかは知らないけど、見る人の心にある怖いものが見えるんだろう。たぶん」

「ああ、街中に昨日は見えなかった黒い花がやたらと咲いてるから、たぶんアレじゃないか」

 誰かがそう口にすると、ルイズやほかの皆もうなづいた。

 地球と違い、ハルケギニアでは魔法や魔法薬を使えば幻覚を見せることはさして難しいことではない。平民にはその知識はないけれども、魔法学院の生徒である彼らはそのことをわきまえていた。

 彼らは近づいてくる怪物や宇宙人が幻覚だと自分に言い聞かせながら、街の混乱を観察し続けた。けれど、サラマンドラの追撃を振り切ってようやくリュティスにたどり着いた彼らがどうしてまだこんなところでモタモタしてるのだろうか?

「しかし、王宮に入れなくて手間どってたら、ついに向こうから仕掛けてきたわけか。くそっ、王様め、気が早いんだっての」

「なにせ、そっちの韻竜に乗って城壁を越えようとしても、ルイズの魔法で城壁をすり抜けようとしても、なにかに押し返されるみたいに失敗するんだろ?」

「きゅいい、韻竜って失礼なの。シルフィなの。なにか気持ちの悪い力がお城を囲ってるのよ。お前たちには見えないだろうけど、あんなのに突っ込んだら息が詰まっちゃうの」

「なにか防衛策は打ってると思ってたけど、これは厳しいわね。たぶん、ちぃ……カトレアおねえさまのゴーレムで殴っても城壁は破れないわ。もっとも、普通ゴーレムくらいで城壁は破れないけど」

 シルフィードとルイズがふてくされながら答えた。彼女たちは一刻も早くジョゼフに会って、偽オルレアン公の企みを阻止するつもりだったので、足踏みには激しく苛立っていたのだ。

 しかし、焦ってはいけない。無言で見守っているカトレアの眼差しに、一行は冷静にならねばと自制し、敵の企みを見破ろうと少ない頭を働かせた。

 

 だが、ジョゼフの策謀は一行に悠長に考えをまとめる時間さえも与えてはくれなかった。街の混乱がピークに達しようとした時、街中に大きくよく響く声が通ったのだ。

「そうだ、オルレアン公だ。オルレアン公にお願いして助けていただこう!」

 その声が、人々の思考を一気にまとめあげた。

 オルレアン公だ。そうだ、我々にはまだ救世主オルレアン公がついているんだった。

 恐怖におののいていた人々の顔が一転して希望に満ちた。歓声が沸き起こり、街の空気が一気に変わる。

 対して、ルイズや水精霊騎士隊は、まるで放送のように聞こえてきた不自然な声に違和感を感じ、慌てて周りを見回した。

“なに? なんだ?”

 誰が今のを言った? 町中の人間が怪物に怯えて震えている中で、今の声は本当に録音のように明瞭だった。

 そんな声を出せるような奴がこんな混乱の中にいるのか? だが、見つけ出すことができないままに、さらに人々のその喜びを後押しするように放たれた次の言葉で、街は一気に熱気に包まれた。

「オルレアン公はもうリュティスの近くまで来ているはずだぞ。さあ、みんなでオルレアン公にお願いにいこう。ジョゼフを倒してくださいとお願いにいこう!」

 沸騰した熱気はその言葉で流れる先を与えられ、人々は一気に動きだした。

「オルレアン公、助けてくださいオルレアン公」

 怪物たちの出現は続いている。だが人々は怪物に恐れおののきながらも、オルレアン公なら助けてくれるという希望に我を忘れたかのように駆けていく。それこそ、老若男女の別ないくらいに。

 異様な人の洪水。その流れを見てルイズたちは気づいた。これはジョゼフの策略だと。

「街の人たち、どうかしちゃってるわ。オルレアン公、オルレアン公って、みんなで熱にうかされてるみたいよ!」

「無理もないよ。おれたちは慣れてるからいいけど、ただの平民が怪物に囲まれたら正気でいるなんて無理だ」

 平民には幻覚を見抜く知識も、立ち向かう魔法もない。そんな人たちに未知の恐怖はたやすく浸透し、そこに逃げ道を作ってやれば大衆をたやすく操れる。

 そのとき、街の人々をきょろきょろと見回していたシルフィードが、いきなり通行人のひとりに向かって飛びかかった。

「きゅいい! 見つけたのね。お前が怪しいのね!」

「ちょ、あんた、町の人になにしてるのよ!」

 いきなり通行人を押し倒したシルフィードに、ルイズたちが慌てたように止めに入る。しかし、シルフィードは構わずに相手を押さえ込みながら怒鳴り返した。

「邪魔しないでなのね。こいつ、感じが悪いのね。きっと犯人に違いないの!」

「もう、なに言ってるのよ。恥ずかしいでしょ!」

 こんなときに遊んでるんじゃないと、止めようとするルイズたち。

 だがすると、シルフィードが押さえつけていた通行人の男の首がポロっともげて転がってしまったではないか。

「きゃあっ!」

「い、いや見ろ。こりゃ、人形だ」

 水精霊騎士隊の一人が、もげた首を足で恐る恐るつつきながら言った。なるほど、確かに人間によく似せてはいるが、ただの人形だ。

 シルフィードは、どんなもんだいと言いたげに得意気な顔をしている。さらに、人形の胴体から、「そうだ! オルレアン公だ、オルレアン公に助けていただこう」という、さっき聞いた声が流れてくると、一同もようやく合点した。

「これ、ガーゴイルか?」

「いいや、見た目はよくできてるけど、ガーゴイルなんて上等なもんじゃないよ。歩く機能だけのゴーレムに録音のマジックアイテムを組み込んだだけの安物のオモチャだ」

 人形はシルフィードがのしかかっただけでぐしゃりと潰れてしまっており、安普請さが露になった。

 だがこれほどの大仕掛けの小道具にしては粗末なものだと一同は不思議がる。それは、この人形を用意したのはもちろんシェフィールドなのだが、タバサの活躍などもあって手持ちのガーゴイルがもう底をついていた。その上に、この作戦も偽オルレアン公がイザベラの軍門に下ってしまったがために急遽計画を変更せざるを得なかったことによるもので、一晩で町中にばらまく数を間に合わせるには仕方ないことだったのだが、彼らがそれを知るはずもない。

 けれど、子細はともあれジョゼフのおおまかな作戦は読めた。それを、カトレアといっしょに見守っていたジルがまとめて言った。

「怪物の幻を見せて人々の恐怖をあおり、頂点に達したところで救世主の名前を出してまとめて動かす、か。さすが王様だけあって庶民を踊らすのはお得意みたいだね。こりゃ、もしオルレアン公が偽者だなんて知れたら大変なことになるねえ」

 他人事のように言うジルだが、水精霊騎士隊は真剣だった。ただでさえ殺気立ってるリュティスの市民がオルレアン公の軍隊と衝突するようなことにでもなれば。

 今、行動するべきか? 彼らはトリステインに残ったギーシュの顔を思い浮かべながら考えた。

「ヤバいな。ものすごくヤバい。これ、どうするべきだろうか?」

「どうするもこうするも、どうにかするためにおれたちは来たんだろ。ピンチなときこそチャンスだって言うじゃないか」

「ああ、ギーシュ隊長なら迷わずにチャンスだ! って言ってるな。けど、おれたちで町の人たちを止めるなんて無理だろ。どうする?」

「いや、町の人がいなくなれば王宮の周りも手薄になるかも。どこかに入れる場所が見つかるかも」

「よし、決まりだ!」

 ギーシュやレイナールといった中核のメンバーがいなくても、水精霊騎士隊の少年たちもそれぞれ成長しているのだった。

 ルイズは、そんな彼らの姿に「こいつらの行動力だけは頼もしいわね」となかば呆れ半分に感心していたが、自分も気合いを入れ直すように声をかけた。

「ほんとにこいつらは、頼りになるんだかならないんだか。ほら、わたしたちも行くわよサイト! サイト?」

 だがそこで、ルイズはこの場に才人の姿がないことに気がついた。いつもなら、真っ先に気勢を上げるくせに珍しい。

 ルイズは、そういえばさっきまでの話し合いにも才人がまったく絡んでなかったと思って才人を探すと、才人はすみっこのほうで目を手で覆ってじっとしていた。

「ねえちょっとサイト、あんたなにやってんのよ。この大事なときにふざけてるの?」

 不機嫌になったルイズがそう詰め寄ると、才人は気まずそうに答えた。

「いやさ、今回ばかりはちょっと。その黒い花の幻って、目を開けたら、怖いものが見えちまうんだろ?」

「なにを今さら言ってんのよ。わたしだって我慢してるのよ。それに幻だってわかってるでしょ?」

「いや、幻でも、アレが見えちゃうのはヤバいというかマジで」

「はぁ?」

 どうも才人にしては歯切れが悪い。こういうことなら、いつもならば多少オーバーにビビっても、真っ先に立ち直るような単純さが持ち味だというのに。

 すると、水精霊騎士隊のみんなや、カトレアやジルもかたくなに目を開けようとはしない才人をいぶかしんで集まってきた。

 それでも、決して目を開けようとはしない才人。じれたルイズはエクスプロージョンでぶっ飛ばして目を開けさせようと呪文を詠唱し始めたが、そこをカトレアがまあまあとなだめて才人に呼びかけた。

「無理はしないで。きっと昔に、とても怖いことがあったのね。でも、怖がってばかりではいけないのよ。まずは、なにがあったか話してみて。そうすれば、ひとりで抱えるより楽になるかもしれないわ」

「カトレアさん……はい」

 優しく語りかけるカトレアに、才人も少し緊張を緩めた様子だった。

 ルイズは、才人に大好きなちぃ姉様を取られたようで内心は煮えくり返っていたが、反面これほど才人が怖がっているものは何かと気になってきた。

 それは水精霊騎士隊の少年たちもいっしょで、才人のトラウマになるようなものは一体なんだと好奇心にかられて耳を立てている。

 それを聞かないほうがよかったとも知らず……。

 

「小さい頃に見た映画で……人間の残像現象を固定して……画面いっぱいに巨大な……」

 

 それを聞いた瞬間から、ルイズや水精霊騎士隊の顔から血の気が引いた。

「あ、あんたなんてもの聞かせてくれてるのよ!」

「知るかよ! お前らが勝手に聞いたんだろ。知らない、おれは知らないからな」

「ま、待てよ。おれたちもう、それを聞いて思いっきり想像しちゃってるよな。てことは……」

 皆の顔が蒼白になる。すでにみんな、それへのイメージができあがってしまっているということは。

 はっとすると、彼らの近くに眼鏡をかけた男と子供が立っていた。

「ま、まさか……」

 悪い予感が駆け巡る。

 そして、彼らの影がすっと伸び、建物の壁に彼らの影が黒々と大きく映し出されたその姿を見て、一同は悲鳴をあげて逃げ出した。

「うわぁぁぁーっ!」

 もはや貴族の誇りも体裁もなかった。人間の本能的な嫌悪と恐怖を呼び起こすその形。最恐最悪、うごめくGの姿。

 後悔してももう遅い。才人ももう置いて行かれないように目を開けて走るしかなく、カトレアもこれには寒気に凍えながらつぶやいた。

「わ、わたしも、こ、これだけは……これだけは」

「ちぃ姉さまーっ!?」

 涙目で腰を抜かすカトレアをルイズが火事場の馬鹿力で背負って走り出す。もちろんルイズだって嫌だ。クローゼットからブラウスを取り出そうとして、カサカサッと奴が現れたときの恐怖は忘れられない。

 理屈ではなく本能的な恐怖。パニックに陥った才人やルイズたちは、幻だとわかっているはずなのに逃げ惑い、その後ろからはシルフィードとジルが呆れながら追いかけていった。

「きゅいい、あいつらなんで逃げてるのね?」

「まったく、これだから育ちのいい連中は」

 

 巨大な黒光りするGに追いかけられて、ひたすら幻から逃げ惑うルイズたち。

 相手が幻だとわかっていても、カサカサカサという不快な足音が背後から迫り、振り返るとそのヌメヌメした光沢が嫌でも目に入ってくる。その度におぞけが走り、いくら逃げても無駄なのに、足を止めることができなかった。

 そんな彼らを、路上に咲く黒い花が無言で見送っていく。だが、リュティスの街には似合わない黒い花を踏みにじりながら、才人たちをじっと見守っている人影がひとつあることに、慌てる彼らは気づいてはいなかった。

 

 そして、狂奔して街から逃げ出したリュティスの人々は、ついに郊外にまでやってきていたガリア軍の前へと殺到しつつあった。

「オルレアン公! オルレアン公!」

 ひるがえるガリアの旗へ向かって、多くの人が取るものもとりえずに駆けてくる。

 その異様な光景はガリア軍からも当然見えており、その雰囲気に、近づかせてはまずいと前衛の兵たちが槍を構えて警告する。

 しかし白刃と、「止まれ」という命令でも狂奔する群衆は止められなかった。仕方なく、風のメイジが逆風を起こしてやっと群衆の歩みを止めることに成功した。

 将軍から群衆へ向かって、「何事か! ガリアの軍旗の前に立ちふさがるとは不貞であるぞ」と、怒声が飛ぶ。すると、群衆から口々にリュティスに起こった異変が話され、群衆に代表者がいないので要領を得るのに手間はとったが、リュティスが怪物の巣窟と化したらしいことはガリア軍も把握した。

 その上で、オルレアン公に助けを求める声が響き渡る。しかし、今のガリア軍の主はオルレアン公ではない。さらに、オルレアン公は自分に助けを求める市民が続々と集まっていると聞いて狼狽していた。

「し、知らない。こんなことが起きるなんて、私は何も聞いていないぞ」

 彼がジョゼフから聞いていた筋書きでは、あくまで救世主として堂々リュティスに入城できるはずであった。

 けれど、すでに覚悟を決めていたイザベラは冷静だった。

「やっぱりな。このまますんなり入城できるわけないと思ってたけど、こんな手できたかよ」

「お前、お前はこうなることを予想していたというのか?」

「自分の親だからね。まともに会えなくても、近くにいれば少しは人となりがわかるさ。性格の悪さはさすがあたしの父上だ。でも、あたしもここで止まるわけにはいかないからね」

「どうするというのだ?」

「女王様が国民から逃げるわけにはいかないだろ。一応、神様のお墨付きももらったことだしね」

 ちらりと目線を流した先には、神官の法衣を着て清楚なふりをしている女たちの姿がある。むろん、イザベラは神のご加護を信じるタイプではないが、使えるものはなんでも使うというポリシーで、この自称女神官とはシンパシーを感じるものがあった。

 もちろん、利用価値のあるものに例外はない。

「当然だけど、お前も手伝えよオルレアン公様、アドリブは役者の腕の見せ所だろ」

 自分も矢面に立たされることになって愕然とする偽オルレアン公を見て笑みを浮かべられるほど、イザベラには余裕が生まれていた。自分は最初から背水の陣。覚悟さえ決めてしまえば、命を懸けるなんてこんなに簡単なことはない。

 イザベラは、側近の騎士っぽく変装して傍らに控えている元素の兄弟にも目配せした。なにがあるかわからないから、いつでも動けるようにと。

 けれど、主役を張らなければならないのはあくまでイザベラ自身。そして今度は戦うための力ではなく、言葉で心を動かす力が求められており、イザベラにとって初めての群衆に対する演説が始まろうとしていた。女王になるならば、民に身をさらして語るのは逃れられない義務。前回の戦いはいわば予備試験、今回のこれこそ本試験と言うに値する。だが、イザベラは死ぬ覚悟を決めて捨て鉢になってしまったわけではなく、その頭は冷たく冴え渡りながら、自分の力だけでは限界があることも理解していた。

〔さあて、こっから先はどうするんだいシャルロット? まさか王宮に向かって軍隊を攻め込ませるわけにはいかないよね。あたしがこっちを抑えてるうちに、そっちでなんとかしておくれよ〕

 かつてあれほど疎んで任務にしくじることを望んだタバサの成功を祈らなければならない皮肉。だが、味方にすればこれほど頼もしい者もいない。

 頼むよシャルロット。女王にここまでやらせたんだから、今度はお前のお手並みを見せてもらおうじゃないか。

 

 ジョゼフの策謀を止めようと、多くの者たちが懸命に努力しているにも関わらず、事態はいまだにジョゼフが主導権を握ったままで、対抗しようとする者たちは振り回され続けている。

 そして、世界のほとんどの人々は、自分たちがジョゼフの手のひらの上でもてあそばれているとも知らず、期待を込めてオルレアン公の凱旋の一報を待ち望む。

「新聞は、号外はまだか? オルレアン公が新国王になった記事はまだか」

 英雄の帰還というドラマティックな物語のクライマックスは、大衆にとって政治的はもちろん、またとない娯楽だった。

 国王たちも、ゲルマニアではアルブレヒト三世が今後の利権について無邪気に思案を巡らせ、アルビオンではウェールズが事態の急変についていけずにアンリエッタと連絡をとろうと躍起になっており、唯一真実を知るアンリエッタも民の混乱を恐れて行動に移せずにいた。ほとんど内乱状態のロマリアが蚊帳の外に置かれていたのは幸せなのかどうなのか。

 だが、まだ終わってはいない。ジョゼフの思う通りに終わらせるわけにはいかないと、抗う者たちはまだいる。

 

 幻の怪物たちに追い立てられて街の外へと向かう人たちの流れは、逆に言えば必然的に街の中央にある王宮周辺の人気が無くなることを意味する。

 そうして、ゴーストタウンとなった王宮周辺の街角から、すっとにじみ出るようにタバサが城門の前に現れた。

「とうとう、この機会が来た」

 タバサは、すでにリュティスにやってきていた。しかし王宮の厳重な警備や王宮を覆う不可視の結界のために手をこまねいていたが、周囲から人がいなくなった今がチャンスだ。

「普通にやったら、この結界はわたしの力では破れない。でも……そこで見ているんでしょう?」

「おや、さすが勘が鋭い」

 タバサが呼びかけると、何もない空間から、あのコウモリ姿の宇宙人の声が響いた。

「御託はいい。わたしを中に入れて」

「ええ、王様はあなたをお待ちですよ。でも、ちょっと不愉快そうな方がいらっしゃるようですね」

 その言葉に、タバサは城門の上を見上げた。

 言われるまでもない。こんな強烈な殺気、気づけないほうがどうかしている。額のルーンを輝かせ、シェフィールドがこちらを見下ろしていた。

「邪魔しないで」

「残念だけど、ジョゼフ様は今大切な儀式の詰めをおこなわれているの。今は通すわけにはいかないわ。代わりに私が遊んであげるわよ」

 シェフィールドがそう告げると、タバサの周辺の地面が盛り上がり、中から十数体のスキルニルやフェンリルが這い出してきた。

 杖を構えるタバサ。スキルニルはそれぞれメイジ殺しの能力を付与されているようで、隙のない動きで剣やナイフを操っている。

 タバサを取り囲んで、スキルニルとフェンリルは一斉に襲いかかってきた。全方位からの同時攻撃、並のメイジならばクラスが高かろうともとても防ぎきれるものではない。

 しかし、タバサは眉を動かすこともなく、体をくるりと舞わせながら小さく呪文を唱えた。

『ウィンディ・アイシクル』

 次の瞬間、スキルニルとフェンリルはすべて氷の矢で胴体を串刺しにされて地面に転がっていた。

 タバサはそれらの残骸には目もくれず、門上のシェフィールドに向けて言った。

「今さらこんなものでわたしは倒せない」

「でしょうね。さすがの魔法の冴えだわ。お前のおかげで私のガーゴイルたちもほとんど全滅して、私のミョズニトニルンの力も今や意味がないわ。けどね、そんなことは関係なく、お前をここから進めるわけにはいかないのよ」

 シェフィールドがそう告げると、異変が起こった。

 タバサの周囲にも咲いている黒い花。いや、町中に咲いている黒い花から黒い粒子が空へと立ち上ぼり始めていく。

「!?」

 異様な光景を見てタバサは身構えた。するとシェフィールドは、空に集まって塊になっていく黒い霧を見上げながら愉快そうに話した。

「教えてあげるわ。この黒い花は、奴が異界から持ち込んだ種子から発芽したもの。そして、この花の栄養は人間どもの恐怖」

「恐怖? だから、それぞれの人に恐ろしい幻を見せて」

「そうよ。あなたはどんな幻を見たのかしら? 動揺してないのはさすがだけれど、これからもっといいものを見せてあげる。この花は成熟すると、自分で集めた恐怖のエネルギーを使って実体を現すわ。でもね……」

 シェフィールドはニヤリと笑い、タバサに向かって果てしない憎悪を向けながら言った。

「思えば、お前のおかげで何度私はジョゼフ様の前で恥をかかされたことか。その借りをここでまとめて返してあげる。ひれ伏すがいいわ。この花はジョゼフ様の御力でさらに改良され、こんなこともできるのよ。さあ、集められたリュティスの人間たちの闇の力よ、最強の兵器となって姿を現しなさい!」

 その瞬間、空に集まった巨大な黒いエネルギー体が、シェフィールドに向かって一気に落下した。

「くっ!」

 タバサはとっさに飛び退いて距離を置いた。

 いったい何が? 黒いエネルギー体は王宮の城門を覆いつくすほどのもやとなって蠢いている。

 シェフィールドは黒いエネルギー体に押し潰されてしまったのか? いや、そんなわけがないとタバサは甘い考えを振り払った。

 そして、悪い予感はすぐさま現実のものとなった。黒いエネルギー体の中から心臓のような鼓動が流れると、まるで紫色のスライムのようなものが盛り上がってきて、泡立ちながら膨れあがっていく。

 あれは一体? タバサはその巨大な物体の腫瘍のようなおぞましさに戦慄しながら思った。それは紫色をした巨大なスライムか肉塊としか言いようがなく、異形のなにかは城門や城壁を飲み込み、さらに街のほうへと肥大化を続けている。

「フフフ、アハハハ!」

 そのとき、異形の中からシェフィールドの笑い声が響いた。そして目を凝らすと、巨大な肉塊の一角からシェフィールドの上半身が浮き出ている。

「ウフフ……いい気分、とてもいい気分だわ」

「……取り込まれたの!?」

「取り込まれた? 違うわ。私がこの強大なエネルギーを支配したのよ。尽きることのない力が湧いてくるわ。恐怖とは、生きようとする渇望そのものの感情……それを集めて塊にした、この生物兵器メノーファの力、ジョゼフ様のための私の最後の力、思い知らせてやる!」

「……まるで忠実な犬」

「ほざきなさい! お前さえいなければ、お前だけはこの手で八つ裂きにしてくれる」

「わたしも、シルフィードをもてあそんだあなたを許しはしない」

 タバサも杖を構え、メノーファと相対する。長く続いた因縁もそろそろたくさんだ。今日この場所でさっぱりと終わらせると、シェフィールドとタバサのどちらも決めていた。

 元凶たる黒い花を踏みにじり、花よりももっと黒い殺意を込めて二人の女がぶつかり合う。その光景を、自分が黒い花やメノーファの種を渡したくせに、コウモリ姿の宇宙人は愉快そうに眺めていた。

「絶景かな絶景かな。いいですねえ、人間という生き物は。これだからこそ、多くの宇宙人が興味を持つというものですよ。ですが、そろそろ事前に消耗させたウルトラマンの方々も力を取り戻しかけてる頃ですね。もうしばらくこちらの邪魔をしないでいただくために、こちらもそろそろ特別ゲストに登場いただきますか」

 彼はそうつぶやくと、はるか空のかなたの宇宙を見上げた。空にはまだ雲以外の何の影も見えない。しかし彼には、そのかなたからすぐそばまで来ている巨大ななにかが見えていたのだ。

 

 ジョゼフの悲願が成就する瞬間は近い。タバサは、才人たちは間に合うのだろうか? 残された時間は少なく、敵の手の内はまだ未知のヴェールに包まれている。

 

 そんな中に残った希望の光は、この世界にはまだ他にも悪の策謀を阻止しようという意志のある者たちがいることだろう。

 そのうちの一人、ウルトラマンダイナことアスカ・シンは、タルブ村からトリスタニアへ向かう道を、小さな馬車に揺られながら旅していた。

「いやあほんと、あのときは助かったぜ。宇宙人どもに追われて、もうダメかって思ったときに店長さんたちに助けられるなんてな」

「うふん、店長じゃなくてミ・マドモアゼルって呼んで。私たちもあのときは驚いたわねえ。妖精亭をしまってみんなでシエスタの実家に避難しようとしてたら、常連のあなたが追われてたんだもの。びっくりしたわあ」

 馬車にはアスカの他にスカロンや魅惑の妖精亭の少女たちが乗っていた。

 あのとき、ダイナの戦った宇宙人に化けたスキルニルに追われていた時、たまたま前から魅惑の妖精亭の一同の乗った馬車がやってきた。もちろん、一本道だったのでどちらも驚いたのは言うまでもないが、アスカが驚いたのはその先であった。

「まさか店員のみんながフライパンやお鍋で宇宙人をやっつけちゃうとは思わなかったぜ。てんちょ……み、ミ・マドモアゼルなんか素手でレイビーク星人ぶっとばしちまうしさあ」

「うふふ、女の子は宇宙最強の生き物なのよ。うちのみんなもいろいろ体験して強くなってるし、そんじょそこらのクレーマーなんかに負けたりしないわ。ねえ、ジェシカちゃん」

「もちろん。もう貴族だろうとなんだろうと、うちの店で偉そうにさせないわ。だから安心してうちをひいきにしてくださいね、アスカさん」

「お、おう」

 女はどこの世界でもたくましいぜ、とアスカは冷や冷やした。アスカ自身は元の世界に待たせている人がいるので下心で妖精亭を利用したことは無いが、これは今後気を付けなければいけないなと思った。

 さて、今のことであるが、スカロンたちに助けられたアスカは疲れたこともあっていったん皆についてタルブ村に戻った。その後、ガリア軍が引き上げてトリスタニアが安全になったという連絡を受けたので、いっしょにトリスタニアへと戻る途中であった。

「なんだかよくわからねえけど、平和になったならそれでいいんじゃねえ?」

 オルレアン公の本性など、陰謀の詳しい事情を知らないアスカはのんきそうに考えていた。それに、ダイナに変身するためのエネルギーもだいぶ回復できてきている。なにか起きても対処できるという自信があった。

 ジェシカたちとたわいない雑談をしつつ馬車は進む。このトリステインに限って言えば、もう事件が起こりそうな空気は感じられなかった。

 だが、そうして何事もなく旅が続くかと思われたときだった。突然、アスカの持つスーパーGUTSの通信用端末であるW.I.Tに通信が入ってきたのだ。

「なんだ? 誰からだ?」

 アスカはいぶかしんだ。元の世界から飛ばされた時から肌身離さず持っているスーパーGUTSの装備だが、もちろんスーパーGUTSと連絡をとることはできない。それでも、捨てることはできずに持ち歩いているそれに外部から入電があったのだ。

 誰からだ? 我夢か? アスカは考えながらも、開くとGの字の形になるW.I.Tデバイスのスイッチを入れた。すると、デバイスの画面には砂嵐が映り、途切れ途切れに声が聞こえ始めた。

〔誰か……を……早く……この通信を……聞いて〕

「お前は誰だ? どこから話してるんだ?」

 アスカは呼び返した。通信を送ってきている相手は送信状態が悪いのか、声も音割れして男か女かもわからない。しかしこちらから返信したことは届いたようで、声色が変わって、明らかに必死さが増した声が入り始めた。

〔早く…………が、あなたたちの星に…………大変なことに……お願い〕

「おい、お前は誰だ! なにを伝えたいんだ? はっきり言え!」

 相手ののっぴきならない様子を感じ取ってアスカは叫んだ。この端末に呼びかけてこれるということは宇宙人か? だが、なんの目的で?

 その様子に、ジェシカたちも何事かと寄ってきた。アスカはなんとか相手と会話しようと額に汗しているが、通信状態は一向によくなる気配を見せない。

〔わたしたちは……の、目を盗んで……を使って…………のことは構わないで……もうすぐ、そっちに〕

「わからねえよ! お前は誰だ? なにがこっちに来るってんだ?」

 断片的な言葉から、なにか大変なことを伝えたいのはなんとかわかったけれども、肝心のことがノイズでかき消されてわからない。

 何度も聞き返すも、ノイズが収まる気配はない。どうやら向こうの通信用設備が不安定らしく、出力が足りてない様子だった。

〔早く……早く……〕

 やがて通信は弱まり、ついに切れてしまった。

 いったい誰が呼びかけてきていたのか、なにをこちらに警告しようとしていたのか、結局わからないままだった。

 だが、アスカは決意した。どこの誰かは知らないけれど、あんなに必死に呼びかけてきてくれた以上、ただごとではないはずだ。そして、自分にはわからなくとも、わかるかもしれない知り合いならいる。

 アスカはスカロンに頼み込んだ。

「店長さん頼む、トリスタニアへ急いでくれ。なんか、すげえ悪いことがまた起こりそうな気がする」

「アスカちゃん。うーん、私にはなにがなんだがよくわかんないけど、ジェシカちゃんは?」

「お父さん何をためらってるのよ。困ってる人がいるなら、助けるのが妖精さんたちの心意気でしょ。常連さんのお願いならなおさらじゃない。というわけで、ドルちゃんたち、全速前進よ」

 ジェシカが指示すると、馬車の手綱を任されていたミジー星人の三人はざわざわと愚痴をこぼしあった。

「おんのれえ、なにが悲しくてよりによってダイナを助けないといけないんだ」

「しょうがないわよ。彼、店長やみんなに人気があるし、お給料減らされちゃったら大変よ」

「どこへ行っても世知辛いよなあ。早くお金を貯めて自分の店を持ちたいよ」

 ミジー・ドルチェンコ、カマチェンコ、ウドチェンコの三人はすっかり落ちぶれた自分たちの様に嘆いていた。

 とはいえ、彼らの場合は自業自得。多くの侵略者が失敗して散っていった中で、生きていられただけありがたいと思ったほうがいいくらいだ。

「ハイヤー」

 馬に鞭を入れて馬車は急ぐ。アスカは馬車の行く先を見つめながら、さっきの通信のことを考えていた。

 誰かが何かを警告しようとしていたことだけは確かだ。内容はわからなかったけれど、あれだけ切羽詰まった様子からして、すぐにでもその何かがやってくるのだろう。

「来るならきやがれ、俺が相手になってやるぜ」

 相手が誰でも、平和を乱す奴には正面から受けてたつ。ウルトラマンが、ダイナがいる限り悪の思い通りにはいかないんだってことを、わからせてやるとアスカは燃えた。

 

 さらにその頃、さっきの通信を傍受していた者たちはもう一組いた。

 トリステインとガリアの国境付近。恐竜戦車が沈静化されたのを見届けた我夢と藤宮も、我夢の持つXIGの腕時計型通信機XIG-NAVIを使ってアスカが聞いたのと同じ警告を聞き、危機感をつのらせていた。

「これも、奴の策略の一端なんだろうか?」

「無関係と思うべきではないし、必ず関与していると断言すべきでもないだろう。破滅招来体との戦いの時も、一番怖かったのは俺たち自身の『思い込み』だった」

 敵が未知であるほど、先入観で行動するのは危ない。二人は破滅招来体との戦いからそれを嫌というほど学んできていた。ましてや今の敵は十重二十重の策を巡らせてくる宇宙人、冷静さを失ってはならない。

 だがそれにしても、事前に警告を寄越すとは、敵の中に裏切り者がいるのか? それとも何かの罠か?

 確かなことは、何かが来る。それも恐らくは……空から。

 我夢と藤宮は空を見上げた。

 空は、地球の空と同じように青く穏やかに晴れ渡っている。だが、そこから招かざる何かがやってこようとしている。

 いくらウルトラマンが何人もいるとしても、果たして守りきれるのだろうか? いや、それは傲慢だろう。ウルトラマンがいかに外敵を退けたとしても、ガリアという国、そしてハルケギニアという世界を平和にできるかは、この世界の人間次第でしかないのだから。

 

 

 続く


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