ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第23話  たったひとりの宣戦布告

 第23話

 たったひとりの宣戦布告

 

 月怪獣 ペテロ 登場

 

 

 広大な草原の上で、同じ旗を掲げる二つの軍隊が睨み合っている。

 北に陣取るのは、オルレアン公シャルルに従うガリア陸軍主力。対して南に並ぶのはガリア両用艦隊。ただし宙空にあってこそ強大な力を発揮する艦隊はすべて地上に降り立ち、海兵たちは船から下りて整列をしている。

 そして、両陣営の正面には、同じ青い色の髪をした男と少女が数百メイルの間隔を置いて相対していた。

「兄上の娘、懐かしいねイザベラ嬢。大きく、美しくなったものだ。だけど、私の行く手を遮るとは、どういうつもりなのかな?」

「ほざくなよ、デクが。このガリアはわたしの国だ。わたしの許しなく、勝手させるわけにはいかないからね」

 紳士的に語りかけるオルレアン公と、対して海賊の頭のように啖呵を切るイザベラ。

 しかし、両者の存在感の差は明らかであり、オルレアン公が何人もの精強そうな将軍たちに傍らをがっちり守られているのに引き換え、イザベラは少し離れたところに元素の兄弟が目立たないように待機しているくらいで、提督も海兵も遠巻きにしているだけで、誰一人イザベラのそばを守ろうとしている者はいなかった。

 まさに、どんな鈍い愚か者にでもわかる人望の差。あまりのアウェーぶりは、イザベラが気の弱い少女だったら泣き出してしまうだろう。だが、イザベラは他人に屈するようなおとなしい人間ではなかったし、なによりとっくに腹をくくっていた。

「その面、どこで手に入れやがった? 気色が悪いねえ。死んだ人間の顔を見せられるってのはさ」

「私を偽者と疑うのかい? だが、私は正真正銘のシャルル・ド・オルレアンだ。すでに、本物であるという証明は、ここの将兵みなに見せているよ」

「ふん、自分が偽者だと言う偽者なんているわきゃないものね。いいよ、百歩譲って、あんたを本物だってことにして話すのを許そうじゃないか」

 その、尊大極まるイザベラの物言いに、オルレアン公派の者たちは憤りと苛立ちを沸き上がらせていった。

 兵たちの中から次々に「黙れ」「無能王の娘のくせに」と野次が飛ぶ。しかし高慢な笑みを崩さないイザベラに、オルレアン公はあくまで穏やかに告げた。

「君も変わっていないね、イザベラくん。兄は子供には無関心な人だったけれど、本当に君に王族としての教育を受けさせなかったようだ。哀れに思うよ」

「大きなお世話だよ。確かにわたしはあんたの娘のシャルロットに比べたら出来は悪いさ。だけど、王族の勤めなら心得てるよ。お前みたいな奴に、ガリアの王冠をくれてやるわけにはいかないのさ」

「おかしなことを言う。今の王冠の所有者は、君の父だ。私は君の父に不当に奪われた王冠を取り戻しに行くのに、君の許しはいらないよ」

「いいや、いるさ。王座についたのが正統だったか不当だったかなんてどうでもいい。現王の指名がないなら、後継者の第一候補は長子が世の習いだ」

「つまり、君が次期ガリアの女王になろうというのかい?」

「当然だよ」

 その言葉に、今度は両陣営から笑い声が上がった。身の程知らずめ、親の七光りだけで威張ってきたくせにと、貴族から平民の兵にいたるまで、数え切れないほどの嘲笑の声がイザベラの全身に浴びせかけられる。

 しかし、イザベラは顔色を変えてはいない。むしろ、これが当然のことなのだと清々しくすら受け入れていた。

“おうおういいねえ、民どもの本音の声ってのは。よくまあか弱い女の子ひとりをよってたかって笑い物にできるよ。ま、かばってもらえるようなことはしてきちゃあいないけどさ。これでも北花壇騎士団長としてけっこうガリアのために働いてきたんだぜ”

 民の無責任さややるせなさが胸に湧くが、それでもこれが疑う余地のない民の評価なのだとわかる分すっきりする。以前にアストロモンスに襲われたときに誰も助けてくれなかったときから心の底ではわかっていたが、ようやく直視しないようにしてきた自分のありのままの姿と向き合うことができた。

 だがあのときと違うのは、今度はウルトラマンの助けはなく、自分の力でこの窮地を乗り越えなければならないということだ。

「やりたいやりたくないの問題じゃないんだよ。ガリアの王座につけるのは、始祖の血を引く青い髪の人間だけって相場が決まってんだ。わたしを笑うってことは、わたしに青い髪を授けた始祖ブリミルを侮辱することだが、異端となる覚悟ありと見ていいんだな!」

 その言葉で笑い声に包まれていた場が一気に静まり返った。ハルケギニアの人間にとって、異端者と認定されるほど恐ろしいことはない。

 だが、これはイザベラにとって虎の威を借りたようなもの。この先はあくまで自分の力でオルレアン公に打ち勝たねばならないのだ。

「私は女王になる。我が父、ジョゼフ王は今、何者かの傀儡と化して国政をないがしろにした結果、このような闘争を起こした。それを鎮めるために、私は王族の宿命に従って父上に王位を禅譲させる。だがその前に、王位を掠め取ろうとするこそ泥を許すわけにはいかないね」

「言ってくれるものだ。だが私から見れば、私から王位を奪い、私に返すまいとしている君たち親子のほうがよっぽど盗賊に見えるものだよ」

「父上のことはわたしは知らないよ。第一、父上が素直に王冠を明け渡してくれるなんてわたしは思っちゃいない」

「ほう、ならば君は王位をどう手に入れるのだい?」

「もちろん、王冠は奪い取るのさ! わたしはそれが許された、地上でただひとりの人間だからね!」

 拳を掲げて傲慢なまでに宣言したイザベラに、それを聞いていた人間たちは絶句した。

 無能王の娘で、いい噂はひとつも聞かない名ばかりの王女と貴族たちは侮り、平民たちはそもそも名前も知らない者もいるくらい無関心な存在だったのがイザベラだった。それがこうして、何十万という群衆の前で堂々と簒奪を宣言している。

 大馬鹿かヤケか、それともとんでもない大器か。思ったことは違うにしても、この一瞬だけは確かにイザベラは群衆を圧倒し、さらにオルレアン公が反論する前に勢いを殺さずに続けた。

「わたしは女王になって、このくだらない争いを終わらせてやる。わたしの国で、これ以上バカどもに好き勝手されてたまるか! この国は、わたしのものだ!」

「君は、ガリアを兄上ジョゼフのように私物化しようというのか?」

 これにはさすがにオルレアン公も困惑したように言った。これだけの大衆を前にしたら、無難な平和論を唱えるのが普通だ。しかし、イザベラは暴君ともとれるその態度を崩さずに、さらに胸を張る。

「王ってのはそういうもんだろ。わたしはあんたみたいな、なんでもできるお優しい王様にはなれない。だけどな、わたしだってわたしなりにガリアを見てきたんだ。ガリアは元から平和で豊かでいい国だ。だけど、外からも中からも平和を乱そうとするバカどもは涌いてくる」

 イザベラは北花壇騎士団長として、これまで扱ってきた事件の一端を語った。

 村村を荒らす野盗、不正をする役人や貴族、暴れる幻獣どもなど、そうした奴らをタバサや北花壇騎士に頼ってだが、叩き潰してきたことを。

「花に群がってくるのは蝶だけじゃない。ハエやアブラムシみたいな汚ならしいのもやってくる。わたしが目指すのは、そんな害虫どもからガリアという花を守る、戦う王だ!」

 そう宣言したイザベラに、少なからず群衆がどよめいた。

 貴族も平民も、イザベラの言うような野盗や幻獣の被害に遭った者や、不正に苦々しい思いをした者は少なくはない。逆に不正をしてきた貴族や、野盗くずれの傭兵たちは甘そうなオルレアン公に甘えようと考えていたので、その動揺を周囲に見透かされて一部に騒ぎが起こった。

 だがいずれにしても、この瞬間、侮られる一方だったイザベラがさらに大衆を揺らがしたのは事実だった。その戦う王という宣言に、ドゥドゥーとジャネットも、これはいい稼ぎ先ができるかもと、少しイザベラよりの考えを深めた。

 むろん、オルレアン公もそのまま黙ってはいない。

「戦う王か、ただのハッタリではなさそうだね。よくぞ吠えたものだとほめてあげるよ」

「わたしだって、考えなきゃいけないことは考えてるのさ。王様が考えることをやめたら終いだろ」

 これが、タバサに王になることを頼まれて、昨晩船の中で考えて出したイザベラの答えだった。

 どう逆立ちしたって、自分にはタバサたち親子のような天才にはなれない。それなら、自分にあってタバサにないものはないか? 自分の人生をベッドの中で揺られながら思い返して、探しに探して出せたたったひとつの自分の取り柄は北花壇騎士団長だった経験だった。

「わたしには、政治を見る力はない。人に好かれる力もない。できるのは、嫌な奴を見つけてぶっとばさせることだけだ。なら、それでいい。政治は大臣たちにさせて、わたしはろくでもない奴を見つけて始末する。父上だって、普段は大臣たちに任せきりなんだ」

 だが意外なことに、イザベラにこの構想を固めさせたのは父ジョゼフの執務態度だった。無能王と呼ばれている通り、ジョゼフは国政をほとんど大臣たちに丸投げしている。それでも国が傾かないくらいガリアの大臣たちが優れているなら、そのやり方を踏襲して何が問題あるか?

 たとえ顔を会わせなくとも、親子はどこか似てくる。イザベラにとって、どうあろうとジョゼフはそういう存在であり、イザベラは王になることへの自信を持つことができた。

 いまだに大勢はオルレアン公から動いてはいない。イザベラが吠えても、多くの人間たちは多少イザベラへの評価を改めこそすれ、オルレアン公こそ次期国王にふさわしいという考えは揺らいではいない。

 けれど、捨てる神あれば拾う神ありという風に、味方はどこから現れるかわからない。いまだに孤立無援なイザベラの耳陀に、空の上から称賛の声が送られた。

 

「よくぞ吠えられた。その気高さこそ、まさに始祖ブリミルの末裔の証!」

 

 誰だ? オルレアン公やイザベラをはじめ、ガリア両軍の将兵たちは空を見上げた。すると、北のトリステインの方向からやってきた船から法衣を着た女が現れて、両軍に伝わるように拡声のマジックアイテムを通じて告げた。

「わたしはトリステインのアンリエッタ女王から遣わされたオルレアン公への使者である。オルレアン公への応援のメッセージをお伝えに来たが、思わぬことに始祖ブリミルの血を引く者たちの輝きを見せていただいた。オルレアン公シャルル殿、イザベラ姫殿下、いずれに正統性があるかどうか、トリステイン宗教庁大司祭の名の元に公正に見定めさせていただこう。存分に争われるがよい!」

 一気にまくし立てられたその言葉に、群衆は唖然となるばかりだった。

 しかし、異論を返す者はいない。たとえ異国のものだとしても、ブリミル教の宗教庁の権威は絶対で、逆らえば異端の認定を食らってしまう。あの船はトリステインの王家の旗を掲げている、高位の人間しか乗ることを許されない御召し艦、疑う者はいなかった。

 もっとも、それは真っ赤な偽物であったのだが。

「副長、無茶をしますね。宗教庁の名を騙るなんて、バレたら火あぶりものですよ」

「後のことは後でなんとかごまかすさ。お前たちは命令に従っただけということにしておけ」

 なんと、大司祭だと大言を吐いたのは法衣を着て変装したミシェルだった。

 彼女たちは、恐竜戦車の処理をエレオノールに任せて別れた後も全速力でガリア軍の後を追ってきた。そして、ガリア軍と両用艦隊が対峙している現場にたどり着いたが、割って入れる空気でもなく、遠見と集音のマジックアイテムを使って様子を見ていたところ、イザベラの啖呵を聞いてミシェルがひらめいたのだ。

「あの小娘、利用できるな」

 ミシェルはイザベラのことは名前くらいしか知らない。銃士隊としての冷徹な思いつきであったが、オルレアン公を止めに来た以上、敵の敵は味方である。

 そこで、王族の使う船なので積んである法衣服を引っ張り出してきて、一芝居打ったというわけである。もちろん言ったことは全部ハッタリだし、バレたら心配された通り死刑ものである。

 しかし、あのニセのオルレアン公を合法的に止める方法がこれしか無かったのも事実だ。ミシェルは、裏社会を歩んできた自分でも、これは最大級の危ない橋だと内心で震えている。

「いざとなったら、女王陛下より預かった始祖の円鏡が頼りだな……」

 始祖の末裔ではない自分には、円鏡の権威を利用するしか方法はない。それでも、自分のハッタリでオルレアン公がガリアに入るのが少しでも遅れるならばやってやると、ミシェルは覚悟を改めるのだった。

 

 そして、ミシェルの介入はイザベラへの援護射撃として、予想以上の影響を及ぼした。この介入者を見て、イザベラも不本意だがブリミルの権威をさらに利用できることに気がついたのだ。

「おや、これは面白いね。どうやらわたしたちは始祖ブリミルの御前で、後継者の証を立てなきゃならないわけだ。どうするんだい? お・じ・さ・ま」

 挑発するイザベラに、オルレアン公、いやオルレアン公に化けた何者かは表情こそ穏やかなままだが、心中では焦りを強くしていた。

"なんだこの小娘は! こんな奴が出てくるなんて聞いてないぞ"

 彼はオルレアン公になりきるためにあらゆる情報を与えられていた。もちろんイザベラについても教えられていたが、こんなところで現れて邪魔に来るとは想定外である。

 なんとかアドリブでつないできたが、あまりに長引かされると思わぬところからボロが出ないとも限らない。なんとか短いうちに収めてしまわねばと、彼は急ぐことにした。

「証だなどと、こうして大勢の民が私が王座につくことを願ってくれている。それ以上のものがあるかね?」

「はあん? それはおかしいな。ここに一人、あんたの即位に反対の人間がいる。あんたが本当にガリアを統治するにふさわしい器だってなら、小娘のひとりくらい説き伏せてみなよ」

「くっ……」

 冗談ではない、問答などしたらそれこそボロが出る可能性が高くなる。なにせ相手は本物のオルレアン公を知っている人物、こちらの知らない情報を知っていておかしくない。

 彼は部下にひそかに命じて、リュティスのジョゼフに指示を仰がせた。なにせ相手はそのジョゼフの子供というから、下手なことはできなかった。

「いいかげんにしてくれないかなイザベラくん。私は急いでガリアに赴かねばならないんだ。こんなところで時間を潰している暇はないんだよ」

「新しい王様がどうなるかってことのほうが大切だろ。ガリアに必要なのは、玉座に新しく座る誰かで、前に座っていた人間は関係ないはずだ」

「むう、だが私は兄上の娘の君とまで争いたくはないのだ。罪を背負うべきは兄であって、君にはなんの咎もないだろう」

「罪なんて関係ないよ。わたしは、次の王位継承候補者としてここに立ってるんだ。証を立てられないってなら敗北宣言しなよ。始祖ブリミルの御前でね」

「ぐ……」

 イザベラは確実にオルレアン公の弱いところを突いていた。このままでは、ガリア軍の将兵たちの中からも本物のオルレアン公ではないと疑う者が出始めるかもしれない。

 たが、追い詰められた偽オルレアンが焦りを強くしたところで、ジョゼフからの返答が入ってきた。

「なんと……そうか、よし……」

 偽オルレアン公は心の中でほくそ笑んだ。どんな返答が返ってくるか不安だったが、許可が下りれば問題はない。しかし、まともな人間ではないと思ってはいたが、ここまでとは。

 彼は部下にあることを命じた。そして、オルレアン公とイザベラが対峙する間に、数名の騎士が割り込んできた。

「待たれよ! 我が君よ、このような無能王の娘などにこれ以上御身の大切な時間を使うわけにはいきません。ここは我らがかたづけまする!」

「なっ!?」

 杖をイザベラに向ける騎士の一団に場が騒然となった。

 あれはオルレアン公の現れたときに、真っ先にガリア軍から忠誠を誓うと申し出た者たちだ。その突然の乱入者に、将兵たちの中から困惑の声が上がる。

「バカな、神官の御前での横槍など磔に処されるぞ!」

 神をも恐れぬ行為に震え上がるガリア軍の将兵たち。そんな将兵たちに答えるように、オルレアン公は騎士たちに向けて怒鳴った。

「やめたまえ君たち! これは私とイザベラ嬢の問題だ。手出しはまかりならん」

「申し訳ありませんが、従うことはできません。あなた様がガリア王に一刻も早くなられるならば、この素っ首、断頭台のつゆと消えても構いませぬ!」

 制止も聞かずにイザベラに杖を向ける騎士たち。そんな彼らの悲壮な姿に、ガリア軍の中から大きな歓声が上がった。

「いいぞ、無能王の娘なんかやっちまえ」

「お前たちこそ真の忠臣であるぞ!」

 貴族も平民たちも感動していた。イザベラの見せた一時の旋風は掻き消え、名君オルレアン公をたたえる声が空間に満ちていた。

 むろん、頭上の船からは神官に扮したミシェルが止まるように叫んでいる。しかし、何十万ものうねりの前にはさしもの宗教庁の権威も無力だった。

 だが、そんな四面楚歌の渦中にあってもイザベラは異様なほど落ち着いていた。

「茶番だねえ……ま、こうなるとは思ってたが、わたしにしちゃ粘ったほうか」

 イザベラは最初から、自分のゼロに等しい人徳でオルレアン公に太刀打ちできるとも、偽物のオルレアン公をたとえ論破できたとしても、おとなしく従ってくれるなどとも思っていなかった。

 では何故、勝ち目のない戦いにイザベラは挑んだのか。それは、王女という責務から目を背けてきた自分に対する、イザベラなりのけじめをつけるためであった。

「さんざんシャルロットに無理難題を仕向けて全部クリアされてきたんだ。これでシャルロットの頼みから逃げたら、わたしは永遠に負け犬じゃないかよ」

 タバサに負けに負け続けてきた自分の人生。だが、勝ちたいという気持ちだけはまだ失っていないつもりだ。

 そして、たぶんこれがタバサをぎゃふんと言わせてやれる最後の機会だということがわかっている。これでダメなら完全に折れてタバサの従者になってやってもいい。しかし、まだ勝てるチャンスがあるというなら、とことんまで今の自分で戦い抜いてやる。

 冷笑を浮かべるイザベラに、騎士がレイピアの杖を向けて迫ってくる。

「汚らわしい無能王の娘に、神の御技たる魔法はもったいない。これで素っ首落としてくれるわ!」

 魔法さえ使わない愚弄。いや、使えないんだろうなとイザベラは察した。どんなにうまく人間に化けても魔法の才まではコピーできない。それをごまかすための演技だ。

 それでも、魔法の才に乏しいイザベラにとっては脅威だ。悠然とだが棒立ちのイザベラの首を狙って刃が迫ってくる。だが、その瞬間。

「ありがたいねえ、傭兵の働きどころを作ってもらえまして」

 飛び込んできた大きなメイス状の杖が騎士を殴って吹き飛ばし、次いで二対の風の魔法が後続の騎士たちをもたじろがせた。

 そしてイザベラの傍らに立った坊主頭の巨漢と、気障な衣装の少年に黒いドレスの少女。イザベラは彼らを横目で見て、ニヤリと笑いながら言った。

「いい仕事だね、元素の兄弟。この大軍を見ておじけづいたんじゃないかと心配だったよ」

「いやいや、金をもらった以上は仕事を果たすのは俺たちのルールでね。お姫様こそ、首を刈られそうになってもまだ笑っているとは、少し見直しましたぜ」

 次男のジャックがイザベラに不敵に答えると、イザベラは「これでも修羅場はくぐってきてるのさ」と笑い返した。

 また、ドゥドゥーとジャネットもそれぞれイザベラに向かって感心したように言った。

「てっきり泣き叫んで助けを乞うと思ったのにねえ。そんなのを見捨てて笑うのが楽しいのに、これじゃぼくらが動かなかったらバカみたいじゃないか」

「プチ・トロワから命令を飛ばしてきた頃は、なんの魅力も感じてなかったけど、今のあなたはなかなか素敵よ。あなたに恩を売っておけば、ダミアン兄さんの夢にも近づくかも。おもしろくなってきたわあ」

 二人とも、軽口を叩いてはいるものの、その立ち振舞いには隙はない。そんな彼らに、イザベラは複雑な笑みを向ける。

「お前たちこそいいのかい? 傭兵って言っても、お前たちは裏の世界の仕事人だ。こんな明るいところで、四対二十万なんてアホな戦争に首突っ込んじまって。お前らもお尋ねもんだよ」

「いやいや、金になるのならどんなことでもやるのが俺たちの流儀でね」

「それに、たかが人間相手、勝てばいいだけの話だろう?」

「ちょっと最近ヒマで太り気味でしたから、ダイエットにちょうどいいくらいかしら」

 平然と答える元素の兄弟に、イザベラは口の中で小さく「化け物どもめ……」と、呟いた。過信でもやけっぱちでもなく、本気でこいつらはこの雲蚊のような大軍を相手に生き残るつもりでいる。

 味方にすれば頼もしいを通り越しておぞけの走る連中だ。だが、ガリアの女王になるというなら、こいつらをも手なずけなくてはならない。イザベラも覚悟を決めて、杖を取り出した。

「どうやら偽オルレアン公め、やっと問答無用でわたしを始末する気になったみたいだな。フン、悪党のくせに判断が遅いんだよ」

 イザベラたちの前には、ガリア軍が隊列を敷いているのが見えた。後のことは気にせず、力ずくで邪魔物を排除するつもりだ。

 やはり、ガリアの民にとって、幻の名君オルレアンの影響力は絶大だ。それどころか、イザベラたちの背後の両用艦隊の将兵たちも、襲いかかってこそこないが、槍を構えて退路を塞ぐ様子でいる。

 まさに四面楚歌。ガリアの全部が自分に死ねと言っている状況に、イザベラは虚しさよりも高揚感さえ覚えた。

「これはすごい光景だね。ここまでの危機はシャルロットも体験したことないだろう。これであいつを見返せば、あいつはわたしに頭が上がらなくなるわけだ」

「言うはよいですが、どうするおつもりで? 給料分は働きますからご命令を」

「簡単だよ。オルレアン公の前までわたしが行ければいい。あとはわたしが一対一でかたをつける」

「勇敢なことで。ですが、我々は道を切り開くことはできますが、安全なエスコートは期待しないでください。死ぬのが怖くないのですかな?」

 ジャックが口元を歪めながら問うてくると、イザベラは杖や槍を向けて正面から向かってくる軍勢を見ながら答えた。

「死にたくはないさ。けど、わたしにだって死ぬより嫌なことはある。心残りはないわけじゃない」

 つぶやいて、イザベラは胸元を抑えた。

 こんな自分でも、別れたくない奴らも少しはいる……だからこそ、逃げ回り続けてきた負け犬の自分とは今日でおさらばしなければならないのだ。

 だが、目指すオルレアン公はすでに遠い。オルレアン公を死守せんとするガリア兵たちは、我こそとは前に出てくる。

「オルレアン公、お下がりください。ここは我らにおまかせを!」

 数千、いや万を超える人の壁。これを越えなければならない。笑えるほど絶望的な壁だが、わずかな希望があるのは前だけだ。

「行くよ、露払いはまかせたよ」

 退く道はもう無い。イザベラは覚悟を決めて、敵へと一歩を踏み出した。

 もちろんガリア軍は平然としながら前進してくる。小娘一人を葬るには十分すぎる量だが、元素の兄弟は歯牙にもかけなかった。

「人間の雑兵なんて、準備運動にも退屈だよ」

 ドゥドゥーがせせら笑うのと同時に魔法が放たれ、十数人の兵士を吹き飛ばす。

 もちろんガリア軍の中にいるメイジも魔法を放って迎え撃ってくるが、巨漢のジャックも軽々と相手の魔法をかわし、ジャネットが踊るように放った魔法はプロのメイジの放った魔法を押し返して相手にぶつけた。

 一瞬のうちにガリア軍の隊列に穴が穿たれ、兵士たちに動揺が走る。

「な、なんだあいつらは、人間の動きじゃないぞ!」

「体になにか特別な魔法でもかけてるのか? くそっ、オルレアン公に近づけるな。進め進め!」

 だが兵士たちの忠誠心も見事なものと言ってよかった。次々に吹き飛ばされても、数を頼りにどんどんやってくる。

 このままでは元素の兄弟がいかに強くても人の波に呑み込まれてしまうだろう。そうならないためにはひたすら前へ、前へ、前へ!

 イザベラも正面から向かってくる槍兵へ向けて、渾身の魔法を放った。

『ウォーター・ウィップ!』

 杖に巻き付いた水が鞭となり、槍兵を打ち据えて地面に引きずり倒した。

 しかし、イザベラの稚拙な魔法の威力では平民の兵ひとりを倒すだけで精一杯だ。その後から続く兵にまでは対応が間に合わず、剣を振りかざした兵隊数人がイザベラに迫る。

「その首、もらった!」

「あ、あああぁーっ!」

 迫る白刃にイザベラの喉から悲鳴にならない叫びがあがる。しかし、兵士たちは側面から飛んできた空気の塊にまとめて吹き飛ばされ、黒いドレスをなびかせながらジャネットがふわりと目の前に現れた。

「危なっかしいですわね。お姫さまは弱いんですから、かっこうつけずにおとなしくついてきてくださる?」

「うるさい。それよりも、こいつらはこんなでもガリアの民だ。できるだけ殺すなよ」

「あら、お優しい姫様。でも手加減って優雅じゃありませんから、あまり期待しないでくださいね」

 そう言いながらもジャネットは兵士に致命傷を与えるのを避け、弾き飛ばして失神させる程度に済ませている。舌を巻くような器用さだ。

 一方でジャックやドゥドゥーはそこまで優しくはなく、兵士たちは打撃や斬撃で次々に倒されている。こちらも、目を見張るような魔法の腕前だ。対するガリア軍の兵士やメイジも十分に訓練を受けた凄腕のはずなのに、彼らはたった三人でそれを圧倒している。味方ながら恐ろしい連中だ。イザベラは、彼らひとりひとりがタバサに匹敵する力を持っていると感じると、杖を持つ自分の手を見つめて悔しげにつぶやいた。

「なんでだ……わたしとシャルロットには同じ血が流れてるはず。なのになんで、わたしには同じ力が無いんだ」

 魔法の力は鍛練にも寄るが、その血統にも強く依存する。つまり、王族の自分は生まれながらにして魔法のエリートとしての素質が充分にあるはず。なのになぜ、これほど絶望的にタバサとの差があるんだと悔しさが止まらない。

 わたしに魔法の才が人並みにでもあれば、こんなにシャルロットを憎まなくてもよかった、こんなに世界を憎まなくてもよかった、こんなに自分を憎まなくてもよかった。始祖ブリミル、これがあなたの思し召しだというなら、あまりにひどすぎるじゃないか。

 返ってくるはずのない答えを求めて、イザベラはひたすら死地を走る。

 

 始まってしまった戦いを、上空のミシェルたちは、もう成り行きを見守るしかないというふうに傍観するしかなかった。

「副長……」

「もう、あの狂乱のちまたには神の代理人の声すら届かん。こうなったら、イザベラ姫に期待するしかないが……」

 それが実質不可能であることを、上空からガリア軍の陣形を俯瞰したミシェルはわかっていた。オルレアン公のいる本陣は常にイザベラたちから遠ざかるように動き、その間には無数の兵が常に埋めるように動いている。

 これではいくら元素の兄弟が強くとも、いずれは力尽きて飲み込まれてしまう。元素の兄弟でも、そこまでの突破力を持っているわけではなかった。

「そんな力があるとすれば……」

 だがそれは、あり得ない可能性だ。だが、ミシェルはがむしゃらに走るイザベラの姿に、なぜか心がざわつく何かを感じていた。

 始祖の円鏡は静かに輝き、地上を砂塵を浴びながら走るイザベラを映し続けている。

 

 一方、その絶望的な戦いを、イザベラの父であるジョゼフは冷たい笑みを浮かべながら遠見の魔法を通して眺めていた。

「イザベラ……黙って隠れていれば人並みの生をまっとうすることもできたかもしれぬのに、わざわざ俺の邪魔をしに来るとは愚かなやつめ」

 人の気配の無くなったグラン・トロワの一室に、ジョゼフの嘲りの声が流れた。

 少し前までは宮殿に詰めかけていた群衆の興味はオルレアン公の来訪を待ち望むことへと移り変わり、嘘のように波いっていた外からの罵声は消え失せている。

 それでも、もしものための防備はシェフィールドが張り巡らせていたが、そのシェフィールドは沈痛な面持ちで頭を垂れていた。

「申し訳ありません。シャルロット姫が、まさか元素の兄弟などを味方につけるとは。重ね重ねの失態、本当になんとお詫びすればよいことか」

「よいよい、相手はシャルロットなのだ、すべて計画通りにいくと考えるほうが愚かだ。これくらいのことをしでかしてくれないと、むしろ心配になるというものよ」

「は、しかし、イザベラ様を……始末して構わないなどと、本当に返信してよかったのですか」

 恐縮しながら尋ねたシェフィールドに、ジョゼフはつまらなさそうに答えた。

「なぜだ?」

「……それは」

「前にも言ったかもしれんが、親は無条件に子供を愛するものなどという幻想は、少なくとも俺には当てはまらん。いや、むしろ関心が無いからこそ、シャルロットのように追い詰めずに、やりたいように放置してきたと言ってもいい」

 冷めきった親子関係に、シェフィールドもそれ以上口を挟むことはできなかった。しかし、ジョゼフは肘掛けに面杖を突くと、イザベラの姿を見ながらつぶやいた。

「だが……シャルロットになにを吹き込まれたか知らんが、この俺に牙をむいてくるようになるとは、子供というものは親の思った通りには育たんものだ。この不快な感じが俺に少しでも残っていた親心だというなら、イザベラの首が胴から離れたとき、少しは後悔できるのかだけは興味がある」

 いかに元素の兄弟を味方につけたとしても、しょせんドットの下に過ぎないイザベラが生き残れる確率はゼロに等しい。そしてジョゼフは、自分の邪魔をしに出てきたイザベラを助けようなどとは露も考えてはいなかった。

 

 しかし、そうして戦況を冷たく見守るジョゼフを、もっと冷たい眼差しで見守っている目があった。

 すべての元凶、あのコウモリ姿の宇宙人は、ジョゼフのそんな姿を人知れず観察しながら、満足げに笑っていた。

「いいですねえ、本当に計画通りに熟成が進んでいますねえ。この調子、この調子、計画は完璧に進んでいます。さあて、そろそろあの方々もやってくる頃……これからもっとにぎやかになりますよ」

 なにを企んでいるのか、ジョゼフとも違う良からぬなにかを目的にしながら、宇宙人は時が満ちるのを待ち続けている。

 

 そして、地上に皆の目が集中しているからこそ誰も注目していない空から、恐るべき脅威が間近に迫ってきていた。

 数日前に星系に侵入してきた謎の巨大物体。それは真っ直ぐにハルケギニアの星を目指していた。

 ただ、まだハルケギニアの星の星域に到着するまでには少しの間がある。しかし、そこから三体の影が現れて、ハルケギニアの月に降り立った。

「アノホシカ?」

「アレダ。マチガイナイ」

「ナント、ウツクシイホシダ」

 月面に降り立った三体の影は、青く輝くハルケギニアの星を見上げて感嘆とした声を漏らしていた。

 いったい彼らは何者か? 彼らはしばらく見とれるようにハルケギニアの星を見上げていたが、やがて自分たちの立つ月面の岩石の荒野に、うごめく巨大な生物がいることに気づいた。

 丸っこく、ブヨブヨしたマリモのような生物。地球の月にも生息している月怪獣ぺテロだ。

 しかし、じっとしていれば岩石と見分けがつかないような肌色をしているぺテロは、威嚇するように激しく身をよじらせている。するとなんと、三体の影のうちの一体から青白い光線が放たれてペテロに突き刺さり、一撃で爆死させてしまったのである。

「カトウセイブツメ」

 ペテロが粉砕された後に残った爆炎と粉塵を眺めながら、光線を放った一体は侮蔑するように吐き捨てた。

 だがそれにしても、ウルトラセブンも倒すためにはワイドショットを使ったほどに頑丈なペテロを簡単に爆殺してしまうとは、非常に強力な光線だ。その威力を確かめて、残った二体が口々に言った。

「ナカナカノパワーアップダ。コレダケノチカラガアレバ、モハヤオソレルモノハナイ」

「ソウダ、アノホシニハヤツガイル。コンドコソ、ワレワレコソガタダシイトイウコトヲショウメイシテヤルノダ」

「ワレワレノウケタクツジョク、イマコソハラスベキトキ。ソレニ……フフ、コンドハキリフダモアル」

 不気味に笑い合う三つの影。災厄の終焉はいまだ、その兆しさえも見せてはくれないでいる。

 

 

 続く


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