ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

316 / 338
第22話  魂なき生命

 第22話

 魂なき生命

 

 戦車怪獣 恐竜戦車 登場!

 

 

 ガリアから端を発した奇怪な戦争。

 それはオルレアン公の登場でひっくり返り、世界の目は政変確実と言われるガリアへと向き、新国王の誕生へと期待を寄せている。

 だが、ヒロイックな英雄譚が生まれようとしている真相は、すべて現ガリア国王ジョゼフが糸を引く陰謀であった。

 決死の思いでガリアへ潜入した才人やミシェルら一行の活躍で、ジョゼフの陰謀の一端は知ることができた。そしてミシェルらはワルドの妨害を切り抜け、陰謀の真相を持ってアンリエッタの待つトリステインに帰りつくことができた。

 しかし、無能王と呼ばれながらも、その実非常に計算高いジョゼフの陰謀がこの程度で終わるものだろうか? そう簡単に崩されるような脆いプランを、ジョゼフが一世一代の舞台で組むものか?

 

 ワルドとの戦いから日も落ちた深夜、ミシェルたち銃士隊の調査隊はトリスタニアの王宮へと帰還を果たしていた。

「女王陛下、ミシェル・シュヴァリエ・ド・ミラン以下11名、ただ今任務を果たし、戻りまかりこしました」

「ま、まあまあ、いったいなにがあったのですかミシェル。皆傷だらけではありませぬか。すぐに水のメイジの手配を」

「いえ、このくらいはかすり傷です。それよりも、女王陛下に火急のお知らせをせねばなりませぬので、どうかお人払いを」

 アンリエッタはボロボロの有り様で戻ってきたミシェルたちの姿に仰天したが、ミシェルたちが持って戻ってきた情報にはさらに愕然とした。

 今、世間を賑わわせているオルレアン公はジョゼフの用意した偽者で、戦争が始まってからこうなるまで全てガリア王ジョゼフの思惑通りだということ。それらを聞くごとにアンリエッタは顔色を失っていったが、オルレアン公と直接会ったアンリエッタはすぐには信じられなかった。

「そんな……オルレアン公は何十万という群衆の前で潔白を証明したのですよ。昔の彼を知る水のメイジが念入りに調べても、本人だという結果しか出なかったのをわたくしは見ました」

「それも、人々を信用させる罠なのです。実際にわたしたちは、ジョゼフ王の依頼を受けたという、どんな人間にでも変身できるウチュウジンと会いました。女王陛下も、奴らの人間に化ける力のすごさはご存じでしょう。今、オルレアン公に化けているのは、それよりさらに優れた者どもなのです」

 そう言われて。アンリエッタはかつてこの王宮に忍び込んでいたバム星人のことを思い出した。奴らも正体を現すまではまったく人間と疑われずに王宮に侵入していた。そいつらよりも変身と演技がうまい宇宙人がいたとしても何の不思議があろうか。

 アンリエッタは眩暈さえ感じて力なく玉座に座り込んだ。そのまましばらくしゃべる気力さえ失せていたが、マザリーニ枢機卿の「陛下、お気を確かに」という声を聞いて顔を上げた。

「そういうことでしたのね。確かに、あまりに劇的にすぎた出来事でしたが、すべて茶番でしたのね……ですが、ガリア王はなにを目的にそんな大がかりなことを?」

「そこまではわたしにも。ですが、ガリア王が多数の人ならぬものを配下に収めていることは確かです。我々も帰還の途中に、怪獣の襲撃を受けました。もしかしたらガリア王はすでにこの世のものではないのかもしれませぬ」

「なんということです……」

 昼までの希望に満ちた空気が虚構であったと知ったアンリエッタの落胆は大きかった。アンリエッタのそばには怪我を押してミシェルの帰還を出迎えたアニエスも控えているが、すぐには声をかけることができないでいた。

 けれど、アンリエッタは流されるだけの愚鈍の王ではない。一時のショックを乗り越えると、平和を愛する女王の顔から、幼少時にルイズといっしょに悪戯を楽しんだ時から発した策謀家としての面を蘇らせて、頭脳をフル回転させた。

「恐ろしい話ですが、ミシェルたちが帰還してくれたのは幸いでした。おかげで際どいところですが対策を打つことができます。わたくしの推測ですが、ジョゼフ王、もしくはジョゼフ王を操っている何者かは、大衆や他国の信頼を受けるオルレアン公という新王を傀儡にして、ハルケギニア全土への影響力の行使を狙っているのではないでしょうか?」

 その仮説は一応の筋が通っており、アニエスらをうなずかせた。暴君を倒した英雄が実は暴君の手下だったとすれば、人々は自分から暴君のしもべになっていくのと同じだからだ。

「ともかく、早急に対応を決めなければなりません。まず、トリステインに連れ帰ってきた、オルレアン公の臣下の者たちは今どうしていますか?」

「は、彼らは日中は市街で民衆にオルレアン公派への支持を呼びかけ、今は街の宿に宿泊しているようです」

「王宮から離れているのが幸いでしたね。アニエス、その者たちの監視を」

 アニエスは「御意に」と答えて、部下に指示を与えた。

 けれど、監視にとどめるというその指示に、ミシェルがすぐに身柄を抑えるべきではないかと異論を述べると、アンリエッタは難しそうに答えた。

「わたくしも最初はそう考えました。けれど、人々にすでに「救世主オルレアン公」のイメージが強く刷り込まれてしまった今それをしてしまうと、我々のほうがジョゼフ王にたぶらかされた平和の敵という印象を民に与えてしまいかねません」

「そういえば……逆に、ジョゼフ王の思うつぼになってしまうということですね」

「そうです。この陰謀の恐ろしいところは、陰謀に気づいてもそれに乗り続けるしかないということです。少なくとも、オルレアン公が人間ではないという確実な証拠が上がらない限りは、こちらから大きく動くことはできないでしょう」

 残念そうに告げるアンリエッタに、ミシェルらはジョゼフの陰謀家としての能力の高さを思い知った。いくら陰謀を暴こうとも、それを世間に周知させられなくては意味がない。

 つまりは、オルレアン公の臣下らがトリステインに来てからの異様に熱心な宣伝活動も、そういう意味があったというわけだ。アニエスは、あのときにもっと怪しんでおけばと後悔したが、それを言ってももう仕方がない。

 現状、この事実を知っているのはアンリエッタとマザリーニ枢機卿。それにアニエスら銃士隊とエレオノールとヴァレリーだけになる。

 いや、もう一組。階下で計らずも聞き耳を立てている二人組がいた。

「ふーん、なるほどね。先輩たち、またおもしろそうなこと始めるつもりなのね。ふふ、新しい発見の報告のために来たら思わぬフィールドワークができそうね」

「お前、近頃蛮人に染まりすぎだろう。精霊の力で盗み聞きなどと、そろそろ看過できんぞ」

「進歩の機会を逃す方が冒涜よ。さーて、そうと決まれば先回り先回り。今から間に合わせるとなったら、あそこね」

 コソコソ立ち去っていった二人組がどこへ行ったのか、もちろんアンリエッタたちは知る由もない。

 いや、普通の魔法では盗聴不可能な謁見の間での会話が盗み聞きされていると考えるほうが酷だろう。アンリエッタたちは、事態が一刻を争うとして行動の具体目標を立てようとしていた。

「このことは、しばらくは他言無用です。ですがもちろん、早急に対抗措置も始めねばなりません。ミシェル、帰国してすぐで申し訳ありませんが、もう一度ガリアに赴いてもらえますか?」

 むろん、ミシェルに不服のあろうはずがない。それに、いまだに連絡のない才人たちのことも気になる。

 ミシェルは疲労の大きい部下を何名か入れ換えて、新しいガリア潜入隊を結成した。エレオノールもカリーヌの命なので同行するが、ヴァレリーは断固として拒否した。

「もうイヤ! あなたたちといっしょにいたら、命がいくらあっても足りないわ」

 と、至極もっともな理由で拒絶する彼女に、それ以上無理強いはできなかった。むしろ研究室の中が本分のヴァレリーがよくぞこれだけ手伝ってくれたと感謝すべきだろう。

 ミシェルはヴァレリーに礼を述べると、さっそくまた旅立つことにした。ただし、今度は敵も警戒を強めるであろうから、アンリエッタの案で一計を加えることにした。

「こっそり忍び込んでも見つかるなら、いっそ堂々と赴いてはいかがでしょうか? ちょうど、わたくしの避難のために残していた小型の風石船が王宮に係留したままです。これを用いて、トリステインの使節団という体で装って国旗を掲げて行けば、そうやすやすと撃ち落とされはしないでしょう」

 開き直った、とも取れるアンリエッタの発案だったが、アニエスは意外にも悪い顔はしなかった。

「少なくとも、民に余計な混乱を与えることはないでしょう。それにもう、馬で行くのでは間に合いません。今すぐにでも出発しなければ、ガリアに着いた頃には何もかも終わってしまっています」

 オルレアン公の軍勢は明日にはガリアに雪崩れ込み、リュティスを舞台に決戦となる。そうなってから追い付いても戦闘に巻き込まれるか、着いたときには手遅れの可能性もある。

 なんとか明日のうちにジョゼフかオルレアン公のどちらかをなんとかせねばならない。可能ならば、オルレアン公の化けの皮を……しかしそれをどうやって?

 たどり着くだけではなんにもならないとミシェルが苦悩していると、アンリエッタは宝物庫から大きな銀鏡を持ってこさせた。

「これは?」

「ロマリアに伝わっていた始祖の秘宝の一つの、始祖の円鏡です。いくら見かけを完璧に見せかけても、始祖の血統とともにあり続けたこの鏡ならば」

 アンリエッタが水のルビーの指輪をつけて鏡に手をかざすと、円鏡はぼんやりと光を放った。

「ミシェル、この鏡をあなたに託します」

「感謝いたします。必ずお役に立てることを約束いたします」

 ミシェルが一礼すると、アンリエッタはなんらかの呪文を唱えて円鏡を懐に入る手鏡サイズに縮めた。始祖の秘宝だけあって何かの未知の魔法がかけられているらしく、ミシェルは一瞬目を丸くしたが、水のルビーとともに円鏡を丁重に預かった。

 ともかく時間がない。急がないと夜が明けてしまう。すぐに風石船の出港準備が命令させる中で、わずかな時間を使ってアニエスとミシェルは話していた。

「すまないな……こんな大事にお前にばかり役目を押しつけてしまって」

「まったくです。この仕事が終わったら休暇をいただきますよ。それで、みんなで誰もいない海にでも行きましょう……そこで、いろいろ話したいこともあります」

 銃士隊は働きすぎだと冗談めかして笑うミシェルに、アニエスは少しでもミシェルたちに神のご加護があれと願うしかできなかった。

「それにしても、サイトたちはどうしているのか。しぶとい奴らだから無事だとは思うが、本当はなによりもサイトを助けに行きたいのではないか?」

「……いえ、トリステインの平和がなければ誰の幸せもありません。サイトなら、あいつならきっと大丈夫、大丈夫です……」

 自分に言い聞かせるように答えるミシェルに、アニエスは、昔は自分以上に堅物だと言われていたこの子にこんな健気な顔をさせるようになるとは、サイトは罪作りな男だと思った。

 人は変わる。それが良い方向にも悪い方向にも。

 サイトはミシェルを良い方向に変えてくれた。今では私のかわいい妹……願わくば、最後まで良い方向に続いて欲しいものだが。

 アニエスはミシェルを励まし、必ず帰って来るようにと伝えるのと同時に、もし才人がミシェルを泣かせたら、五、六十発はぶん殴ってやろうと心に決めた。

 

 しかし、心を繋ぎ、光の中を歩み続ける者たちがいる裏で、闇に囚われて悪夢を見続ける者もいる。

 黒い嵐の元凶たるガリア。その中心で人生最後の陰謀をめぐらせるジョゼフは、来るべき時を待ちながら、遠い昔に過ぎ去った思い出に身を浸していた。

「シャルルよ、もうすぐだ。もうすぐ、お前をガリアに返し、お前にガリアを返してやれる。お前の力があれば、どんなことでもガリアを良くすることができるだろう。お前はあらゆることで頭がよかった。たかが模型の船を浮かべるようなお遊びでも、お前の出来が賞賛を浴びないことはなかった。そうだ、どんなささいなことでもな」

 記憶の中の弟はどんなときでも凛々しく強く美しく、そして兄である自分は常に負けて日陰者だった。

 いつだって、いつだって、そうだった。しかし、それでもよかったんだと気づいた時には、弟に向かって毒矢を放ってしまった後だった。

 過去の自分と対話するように、ジョゼフは思い出の中で何度もループし続ける。

 だが、そうした怒りでも憎しみでもないが、ジョゼフから沸き上がる暗くて黒い感情は、やがてある種のエネルギーの形をとりつつあった。

 ただし、それは普通の人間であれば時間とともに霧散して、ほとんど影響を及ぼすことはない。マイナスエネルギーが事件を起こすには、大勢のエネルギーが時間をかけて蓄積する必要がある。

 けれど、一人の感情であっても、それがよほどに強烈であった場合か、もしくは“なんらかの触媒となる物”があった場合は巨大なパワーを発揮することがある。

 ジョゼフの持つ謎の魔石は静かにジョゼフの暗い情念を集め、そのエネルギーを凝縮して密かに放出していた。

 目に見えないエネルギーはハルケギニアの空に舞い上がり、気まぐれな雲のように広がりながらさまよった。さらに、空をただよう生き物のようなエネルギーは、かつての怪獣頻出期のときのように、ただそこに充満する波動だけで地の底に眠る生物にまで影響を与えていったのだ。

 それはジョゼフの意思とは関係ないが、蝶の羽ばたきが嵐を起こすとも人は言う。ハルケギニアの地底深く、太古の地層で誰にも知られることなく埋もれていた何かが動き出している。

 災厄に呼ばれて、災厄が蘇る……。

 

 夜が明ける前に、ミシェルたちを乗せた風石船は王宮を飛び立った。目指すは、偽のオルレアン公が率いているガリア軍。

 進撃の速度によっては、もう国境を超えてガリアに入っているかもしれない。大きくトリステインの国旗を掲げて、風石船は急ぎに急いだ。

 だが、夜明けが近づき、国境地帯の岩山に差し掛かったときのことである。前方を警戒する銃士隊員の目に、山あいに立ち上る黒煙の柱が映ってきたのだ。

「副長、前方に煤煙が。何者かが戦闘しているようです!」

「なに? こんな場所にガリア軍がいるわけがないぞ。な、なんだあれは!?」

 盗賊が町を襲っているのかとでも思ったミシェルは驚いた。確かに山あいの町は襲われていた、しかしそこで暴れていたのは異形の怪獣だったのである。

「鉄の車の上にトカゲが乗ってる!?」

 そうとでも言わなければ表現できない相手だった。ばかでかいキャタピラ付きの車体の上に、これまたさらに巨大な恐竜の体が乗っている。

 全長は尻尾を別にしても軽く四十メートルは超えているだろう。まるで地上で戦艦が動いているようだ。砂ぼこりと轟音を上げて進撃するそのキャタピラの下に踏み潰されていく家々などは、子供の積み木のようにさえ見える。

 戦車怪獣恐竜戦車! ここに才人がいればそう飛び上がって叫んだだろう。ウルトラセブンを苦しめたキル星人の動く要塞が彼女たちの眼前にいた。

 恐竜戦車はその巨大なキャタピラで建物を蹂躙しながら町の中を縦横無尽に暴れまわっている。石造りの建物は砂場の城のように軽く崩され、逃げ惑う人々の背中から迫っていく。その進撃を止めることは、人間の手にできることではなかった。

 だが、それも当然のことである。恐竜戦車、ウルトラセブンの戦史を紐解いたことのある者ならば知らぬ者はない。セブンが戦った数々のロボット怪獣の中でも、キングジョーやクレージーゴンに次いで知名度の高さを誇る怪獣だ。

 とにかく、その見た目のインパクトで他に類を見ない。巨大な戦車の車体の上に、巨大な恐竜が乗っただけという「これが怪獣か?」なデザインながら、強いものと強いものを足せばもっと強いものになるだろうというキル星人のワイルドなセンスが見るものの心をぐっと掴む。

 それだけでなく、もちろん強さも本物で、戦車と恐竜のパワーによる突進でウルトラセブンを圧倒し、キャタピラで轢き逃げしていったのは特に有名だ。

 ミシェルたちは、その光景を風石船から唖然と見下ろしていたが、やがて一人の銃士隊員が叫ぶように問いかけてきた。

「どうします副長! このまま見ているのですか? なんとか助けないと」

 だが! と言いかけてミシェルは言葉を詰まらせた。今は大事な任務に向かう最中なのだ、寄り道をしている余裕は一時もない。

 それにこの風石船は元々女王陛下の避難用の非武装船で、大砲の一門も積んでいない。とても怪獣と戦う力なんてない。

 しかし何とかしなくては、山あいの町をだとはいえ千人ほどは住人のいるであろう町は壊滅してしまうだろう。すると、船のへりから怪獣の様子を見守っていたエレオノールがミシェルに言った。

「救命用の小型ボートがあったわよね。私が降りてあいつを止めておくから、あなたたちは先に進んでなさい」

「なっ? ミス・エレオノール、死ぬ気ですか!」

 無茶なことを言い出したエレオノールに、銃士隊員たちは当然止めようとした。しかし、エレオノールは乱心した様子は微塵もなく言った。

「あの怪獣、見たところ半分は機械でできてるようね。ああいうタイプの奴は、アカデミーでも以前から研究していたわ。年寄りどもには理解の埒外だから異端のそしりも受けない代わりに押しつけられたようなものだったけれど、今日までにある程度は解析したの。私なら止められる可能性が少しあるけど、どうなさるかしら?」

 かつてトリスタニアに出現したメカギラスから、最近に現れたメカゴモラまで、アカデミーは残骸を回収して解析を試みてきた。

 むろん、地球の科学ですら解明しきれない宇宙人のメカニックをトリステインの人間の知識で解析できるわけがない。だが、機械の知識が無くても車やテレビを扱えるように、時間をかけていじりまわしているうちに、“そういうものだ”という感覚を体で覚え込めたのだ。

「お一人で、大丈夫ですか?」

「うちのお母様の教育を受けてると、生きるか死ぬかなんていう境界があいまいになるのよね。大丈夫よ、あなたたちのこれからの仕事に比べたらね」

 だがそう言っているうちに、恐竜戦車はこちらに気づいて恐竜の上体を起こして、車体に装備された三連砲を撃ちかけてきた。

 危ない! 船体をかすめて砲弾が飛び去っていって胆が冷えた。距離があったので幸い命中はしなかったが、飛び道具まで備えた恐竜戦車に、こんな船では近づけもしないのは証明されてしまった。

「じゃ、オルレアン公のほうは頼んだわよ」

 エレオノールはメガネを光らせると、何の気なしに風石付きの救命ボートに乗り込んだ。

 固定用の綱が切られ、救命ボートはゆっくりと降下していく。このボートは小さな帆もついていて、短い時間ではあるが自由に飛ぶこともできる。それと同時に、ミシェルたちの残った船は舵を切って恐竜戦車から遠ざかる進路を取り始めた。

「ご武運を……」

「そっちは私向きの仕事じゃないから、しっかりやりなさいよ」

 エレオノールはボートの帆を操りながら、恐竜戦車の注意を引かないように背後に回り込むようにしてボートを滑空させていった。

 しかし、でかい。そして、すごい。エレオノールは恐竜戦車が近づくにつれて、その圧倒的な偉容に息を飲んだ。

 巨大な鉄の車体についているキャタピラが目に入る。

「長い鉄の帯を輪にした導体を回してる。あれならどんな荒れ地でも進めるってことね」

 普通の車輪なら乗り越えられないような障害物も容易く踏み潰していく力強さに目を見張り、その上に乗っている恐竜の狂暴な迫力にも惚れ惚れする。

「筋肉の塊みたい。あの竜だけでもハルケギニアのどんな竜より強力でしょうに、それをさらに鉄で強化するなんて。あれをサンプルにできたらさぞ素敵でしょうね。欲しい、あれ欲しいわ」

 エレオノールは子供の頃から人形で遊ぶよりも、男の世界に自ら飛び込んで生きてきたタイプだ。男に面食いなところはあるが、知的好奇心は強く、男性的な嗜好を理解できるところは大きい。

 増して、恐竜と戦車は男性的な魅力の集合体だ。才人がここにいたら大興奮していたことだろう。エレオノールもそこまでではなくとも、強くて大きいものに牽かれる心はある。そして、知的好奇心と男性的嗜好の塊のような娘がもう一人。

「さーて、そこにいるのはわかってるのよ出てきなさい。私があれを独り占めにしてもいいのかしら」

「なんだ、もうバレてたのね。さすがは先輩」

 すると、ボートの床に敷かれた帆布の下から、エルフ耳を上下させながらなんとルクシャナが現れた。隠れていたのでホコリまみれになっているが、相変わらず、悪びれない様子で「どうしてわかったんですか?」と問いかけてくる。そんなルクシャナに、エレオノールは呆れながら答えた。

「私ひとりしか乗ってない割には妙に舵の利きが悪かったのよ。それで、こんなボートに密航するような物好きなおバカは世界中探しても、あなたひとりしかいないでしょ」

「あらら、さすがの洞察力というか、私ってそんな風に見られてたのね。ま、いいわ。乗ってしまえばこっちのものだし。わーっ! すごーい。生き物と機械の融合なんて、私たちエルフにも鯨竜艦ってものはあるけど、あのパワーにスピード、うーん、調べたーい!」

「こらこら、あんたみたいな雑な子に大切なサンプルを壊されたらたまらないわ。尻尾をくれてあげるからおとなしくしてなさい」

「それは横暴というものよ先輩。自然の恵みはきちんと分け合わないと大いなる意思に失礼だわ。そんなだから結婚できないんです」

「なんですってえ! ぐっ、こ、ここは聞かなかったことにしてあげるわ。だ、大事な時だし、私は寛大ですからね」

「さっすがあ。ささ、サンプルは山分けに、早く捕まえにいきましょう」

 動く要塞の恐竜戦車も、学者バカのエレオノールとルクシャナにとっては好奇心沸き立つ研究材料でしかないようだった。

 ボートが降下するごとに恐竜戦車の巨体は近づいてくる。相変わらず巨大なキャタピラは立ちふさがるものを踏み潰し、恐竜の大きく裂けた口からは狂暴な咆哮がほとばしって山々を震わせる。

「間近で見るとすごい迫力ね。で、先輩、あれをどうやって止める気なの?」

 さすがにすぐそばまで降りてくると、ルクシャナにもふざける余裕は無くなってきたようである。恐竜戦車はたった二人しか乗っていない救命ボートなど目に入らないという風に、地上にあるものをすべて破壊し尽くす勢いで進撃し続けている。

 エレオノールはルクシャナの問いに、恐竜戦車の戦車の車体を見下ろしながら答えた。

「操縦室を探すわ」

「操縦室?」

「そうよ。あれだけ大きいんですもの、止めておくときに乗り込んで点検するための部屋がどこかにあるはず」

 メカギラスの残骸を調べた際、ボディのあちこちに明らかに人が入るための空間、つまりはメンテナンスブースがあることが確認された。メカゴモラも、ルイズたちが乗り込んでいたと聞いている。

 そこに入り、手動で停止操作をすれば止められるかもしれない。エレオノールはそう読んだのだ。

「それで、どうやってその部屋を探すわけよ?」

「そりゃ、乗り込むしかないでしょ」

「あんなに激しく動き回ってるものに?」

「分の悪い賭けよね。なんとか動きが止められればいいんだけど、もしものときはカンオケに一人で入らなくてすむからあんたが来てくれて助かったわ」

「いーやーッ!」

 ヴァリエールの人間にからむとロクなことにならないということを、今更ながら知ったルクシャナであった。

 

 勝算はゼロでは無いといっても、爆走する恐竜戦車に飛び移ろうという危険極まりない作戦。

 動きを止められればまだしもというが、ウルトラセブンでさえ突進を止めきれない恐竜戦車をどうしろというのか?

 だが、まったくの偶然ながら、恐竜戦車を止めようとやってきた『科学者』は彼女たちだけではなかったのだ。

 

「入力コマンド、1m2279m49。前進しろ」

 藤宮博也がヘッドマイク型の機器を通じて命令すると、恐竜戦車に向かって甲冑姿の人形が走り出した。いや、ただの人形ではない、その体高は十メイルの巨人で、しかも三体いる。

 藤宮は命令に従って動いていく三体の甲冑巨人を町外れから見守りながら、憮然としてつぶやいた。

「どうやらあの騎士人形、三体まとめてでもパーセルで動かすのは可能のようだな。本来、こんな使い方をするために稲森博士が作られたものじゃないが」

「人間は、いつだって道具の本当の使い道じゃないことをさせて悪用してきた。僕たちだって、その例外じゃない。やむをえなかったという、言い訳といっしょに」

 共に見守っている高山我夢も、愉快ならざるというふうに答えた。

 彼らが使っているのは、対怪獣操作機パーセル。そして操られている騎士人形は、先日我夢と藤宮を襲ったシェフィールドの巨人ゴーレム、ヨルムンガンドであった。

 あのとき、我夢と藤宮はウルトラマンに変身するエネルギーを浪費するのを避けるために、襲ってくるヨルムンガンドの弱点を探った。そこで、ヨルムンガンドが単なるゴーレムではなく、生体部品を使った一種の人造人間でもあることを突き止め、ならばパーセルで操れるかもと試して、見事襲ってきた三体のヨルムンガンドを無力化することに成功したのだった。

 だが本来ならばパーセルは怪獣が人里に出て被害を出す前に誘導するのが正しい使い方だ。こうして操った対象を戦わせる兵器としての使用法は、本来の理念とは反対の邪道になる。

 それでも、ウルトラマンに変身することを事実上縛られた彼らにとって、手に入れたヨルムンガンドはまたとない戦力だった。

「我夢、これっきりだ。俺は、道具は使う者次第だなんて言葉で、自分を正当化するつもりはない」

「僕も、このことをXIGに報告するつもりはないよ。コマンダーやみんなは信頼できても、この報告を聞いて将来よからぬことを考える人が出てこないとも限らないからね。でも、それだけに今回は」

 怪獣の迎撃を成功させて、かつヨルムンガンドを使い潰さないといけない。と、我夢は考えていた。

 三体の甲冑巨人は恐竜戦車に向かって三方向から進んでいく。しかし、全高三十メートルある恐竜戦車に対しては、あまりに小さく見える。まるでゾウとライオンの差だ。

「気にせずに突っ込んでくるな。だが、甘く見るな」

 恐竜戦車はヨルムンガンドを引き潰そうと、猛然とばく進してくる。だが、藤宮がパーセルを操作すると、ヨルムンガンドはなんとジャンプした。

 それは小柄とはいえ巨体からは信じられない身軽さだった。甲冑を着た十メイルものゴーレムがサルのように飛び上がるとは、並のメイジが見たら目を疑うだろう。だが、それがシェフィールドの自信作であるヨルムンガンドの性能だった。二十メイル級でもかなり人間に近い動きができたところを半分にまで小型化したわけだから、その身軽さはゴーレムの常識を超えていた。

 正面から突っ込んだヨルムンガンドはジャンプして恐竜戦車の首に飛びつき、横合いから突っ込んだ別の二体は尻尾へと飛び移った。もちろん、飛びつかれた恐竜戦車は暴れて振り落とそうとするが、ヨルムンガンドも兵器として作られたゴーレムの意地でしがみついて離そうとしない。

 気が付くと、恐竜戦車はヨルムンガンドを振り落とすために首と尻尾を振り回しながら信地旋回を繰り返している。我夢と藤宮はこのままヨルムンガンドでロデオのように恐竜戦車を人里から引き離すつもりだったが、恐竜戦車が一点にとどまっている現状は我夢たちには不本意だが、空から乗り移ろうとしているエレオノールたちには絶好の状況だった。

「いまよ、このまま奴の胴体近くに飛び移るわよ!」

「わあ、近くまで来るとさらに一段とすごいわね。あのお人形がなんだか知らないけど、あっちも研究したいわね」

 恐怖が一定を超えると感じなくなるのか、ルクシャナも興奮しながら急降下していくボートのへりを掴んでいる。

 もちろんその様子は我夢や藤宮からも見えていた。

「なんだあいつらは、死にたいのか?」

「いや、あの人たちは。彼女たちも、あれを止めようとしてるんじゃないかな?」

 交流が多いというわけではないが、ペダン星人の円盤の調査などで同席してエレオノールの顔を知っている我夢はそう推測した。

 もちろん、どう止めようとしているかについては察しようがないが、少なくとも、あの二人がなんの考えもなしに怪獣に飛び乗ろうなんてしているとは思えなかった。

「藤宮、怪獣の動きを止めさせられないか?」

「難題だな。そこまで細かい操作はパーセルにはできないぞ」

 パーセルはその目的上、怪獣の脳に簡単な指令を出せるようにしかできていない。ヨルムンガンドはシェフィールドの命令を受けとるための、簡素な神経節が脳の代わりをしていたために、そこに子機を打ち込むことで支配の上書きはできたが、細々とした指令のコマンドがそもそも無いのだ。

 しかし、かといって「できない」とは藤宮は言わなかった。どうせヨルムンガンドは鹵獲したもので、こんな兵器の記録を残すつもりはないので惜しくもなんともなく、尻尾に取り付いてくる一体に仕込んでおいた自爆装置をためらうことなく作動させた。

 刹那、自爆して飛び散るヨルムンガンド。恐竜戦車は突然尻尾のほうで起こった爆発に驚いて動きを止めた。次いで電子頭脳がパニックを起こしたのか、三連主砲から火花を散らして遠方の山肌を吹き飛ばすが、派手さとは裏腹に完全に無防備と化している。

「いまよ!」

 ボートをギリギリまで恐竜戦車に寄せたエレオノールはルクシャナとともに恐竜戦車の車体に飛び乗った。フライの魔法で姿勢を制御しながら、壁のように巨大な恐竜のボディに恐怖心をあおられつつも、二人の革靴の底が鉄の車体を踏んで乾いた音がする。成功だ。

 けれど、恐竜戦車がおとなしく止まっていてくれるわけもない。再び残った二体のヨルムンガンドを振り落とそうと暴れだす。

 恐竜戦車の恐竜部分は戦車の車体に固定されていて、手足はほとんど使い物にならない。もちろん、のたうつなんてことも不可能なのだが、長くて太い尻尾は別だ。手足の代わりに体に叩きつけ、邪魔物を振りほどこうと荒れ狂う。

「伏せなさい!」

 戦車にしがみつきながら、エレオノールはルクシャナの頭を下げさせた。頭の上を巨木のような尻尾が通りすぎていく。あんなものが当たったら人間なんか跡形も残らずに粉々だ。

 少し車体の外に目をやると、景色が猛烈な勢いで流れていく。ブルドーザーの上にアリが乗るとこんな景色が見れるのだろうか。

「先輩、それでその点検する部屋って、どこにあるっていうの!」

「バカ! あなたも学者のはしくれなら考えなさい。あなたがこいつを作ったやつなら、どこに入り口を作るのが適当かって」

 エレオノールは叫び、車体のあちこちを慎重に見回した。どこかに入り口はある。きっと。

 誰が作ったか知らないけれど、こんなでかいものが万一故障したとき、内側からも修理できるスペースがないわけがない。

 そして、エレオノールとルクシャナが恐竜戦車の中に入ろうとしていることを、我夢と藤宮も気がついていた。

「無茶なことを考える人たちだな。確かに、あれほどの大きさならメンテナンスブースはあるかもしれないけど」

「この世界の人間たちは、バイタリティーの面では地球人より上だな。だが、彼女たちがうまくいけば、あの恐竜タンクを戦わずして無力化できる」

「藤宮、あの怪獣を町の外に誘導しつつ、あの人たちを振り落とさないように暴れないようにさせられないかな」

「次々に無茶を言ってくれる。しかし我夢、あの怪獣はどう見てもサイボーグだ。どうして、あんな奴が地中に埋まっていたと思う?」

 パーセルを操作しながら、意趣返しのように問いかけてきた藤宮に、我夢も恐竜戦車の機械と生き物の混ざったボディを見つめながら答えた。

「多分、この星に恐竜が生きていた何億年も前に、この星を訪れた宇宙人が改造したサイボーグ恐竜だと思う。けど、この星に氷河期が来て宇宙人は引き上げ、サイボーグ恐竜だけが置き去りにされた」

「おおむねそんなところだろうな。しかし……」

 我夢と藤宮は、彼らの地球で恐竜を滅ぼしたという絶対生物ゲシュンクを思い出した。地球では恐竜は地球の意思ともいうものに滅ぼされ、こちらでも原因は別だが絶滅している。

 星が異なってさえ、恐竜は絶滅し、人間が繁栄しているのは生物としての宿命なのだろうか? 言葉に表せない不条理さに胸が重くなる。

 恐竜が滅びた原因には様々な説が唱えられている。隕石衝突、哺乳類の台頭、未知の宇宙線、しかし、あまりに繁栄しすぎて巨大化しすぎたという点では多く共通する。

 彼らは環境が良すぎて知性を発達させなかったために滅びたのか? だが、知性を発達させて繁栄した人類は地球の環境を破壊し、あまたの生命を絶滅させる暴挙を犯している。果たして生命の形に正解というものはあるのだろうか。

 そのひとつの姿が目の前のヨルムンガンドと恐竜戦車だと我夢と藤宮は思う。

 ヨルムンガンドはパーセルからの命令通り、恐竜戦車にしがみついて離れない。やっていることは単純だが、暴れまわる恐竜戦車から引き剥がされないように重心移動などを生物の本能的におこなっているのは、見事な性能と言える。

 実際、奪ったヨルムンガンドの動きをテストした際には、破滅招来体のロボット怪獣を見てきた我夢や藤宮でさえ動きのスムーズさには感心したものだ。

「地球でもまだ、これほどなめらかに動けるロボットを作るのは難しいだろうね。無機質を骨格にして、人工の筋肉で覆ってるのか。これなら、やりようによったらロボットにも応用できる……けど、そうしたとき、それはいったいなんて呼べばいいんだ……?」

 我夢はヨルムンガンドの技術の発展性に感じるものはあったけれど、生き物の肉体をパーツに組み込んだそれをロボットと呼んでいいものか迷った。ヨルムンガンドはこの世界ではゴーレムと呼ばれる。人間が神を真似て作った人間の複製品がゴーレム……すると藤宮は憮然としながら我夢に言った。

「ロボットさ、ただ部品にタンパク質を使っただけのな」

「藤宮」

「生き物の定義はなんだ? 有機体であること? 生命活動を行っていること? 神が作りたもうたことか? 俺は、そうして人間が地球や自然を人間の知恵というちっぽけな枠におさめて考えることこそ、傲慢な間違いだとかつて知った。だが少なくとも、人形に肉を張っただけのこいつを、生き物とは認められない」

「そうだね。逆に、サイボーグ……人間の体を機械に置き換える研究も進んでいる。だけど、体のすべてを機械に置き換えた人間はまだ人間であり得るのか? 人間が、生命と機械の融合を進めていった先には。破滅招来体の怪獣兵器たちのような、恐ろしいものを作り出すかもしれない」

 技術の進歩が銃を作り、ダイナマイトを作り、毒ガスを作り、核を作った。技術の進歩は悪意がなかったとしても新兵器を作り出すことに等しくなる。我夢はそれをいつでも危惧している。

 藤宮は表情の晴れない我夢に告げた。

「我夢、こいつの技術は俺たちがしゃべらなくても、いつかこの世界の人間たちも、地球の人間たちも同じものに気が付く。そうなったとき、人間が足を踏み外さないようにするためのものはなんだ? 今、お前がそうして胸を痛めているその心じゃないのか? 我夢、その気持ちを忘れるな。誰かが愚かな行為を始めた時、その心を持つ者が抑止力になれる」

「藤宮……君の言う通りだ。かつて核が世界に広まった時、多くの科学者たちが抵抗した。偉大な先人たちの足跡を、僕が止めちゃいけないんだ」

 友の心強い励ましに、我夢は未来永劫終わらないであろう邪悪なテクノロジーとの戦いをあらためて決意した。

 そして今、我夢と藤宮の目の前には、生き物と機械を混ぜ合わせた強力な兵器、恐竜戦車が荒れ狂っている。

「あれほど巨大な恐竜をサイボーグ化させる科学力があれば、不毛の惑星を人が住めるように改造することもできるだろうに」

「だが、形はどうあれ、絶滅した生物を現代まで生きながらさせたことは事実だ。あの恐竜にとって、それが良かったか悪かったかは彼にしかわからないが、我夢、イザクを覚えているだろう? 俺たちがあいつにしてやれることはひとつだ」

 我夢は黙って頷いた。

 暴れまわる恐竜戦車は藤宮の誘導で次第に町の外へと引っ張り出されていく。恐竜戦車の頭の上ではヨルムンガンドが恐竜戦車の頭を右に左にと動かして操ろうとしているが、さしもの人工筋肉も疲労が来て壊れそうだ。

 そして一方、エレオノールとルクシャナはようやく恐竜戦車の車体前部にハッチらしきものを見つけていた。

「ここから入れそうね。『アンロック』で開けばいいけど」

「この中に、未知の技術がぎっしり詰まってるのね。いいわ、隅から隅まで観察してあげちゃうんだから」

「うふふ、私の目の前に現れたのが運のつきよ。さあ、解剖の時間よ!」

 誰も見たことの無い光景への一番乗り、億の財宝を並べても手に入らない発見が目の前にある。それを独り占めできるという興奮が、二人から恐怖を忘れさせていた。

 むろん、二人がいくら恐竜戦車の現物を研究しても、その科学力を再現することはできないだろう。しかし、その概念というゴールを得れば、無から出発していつか追い付くことができる。日本が欧米の飛行機の模倣から独自の技術の零戦を生み出したように。

 今は無理でも、将来いつかはハルケギニア製の恐竜戦車が作り出される可能性は十分にある。エレオノールやルクシャナは、その第一歩を踏み出すのに十分な力量を持っている。

 ただし、それがどう使われるかは作り出す人間にはわからない。今はただ、将来の輝かしい栄光のみが目の前にある。かつて地球で、ノーベルと呼ばれた男がそうであったように。

 

 この局所の戦いが、ハルケギニアの歴史に光をもたらすか、それとも影の元となるのか、今の時点では誰にもわからない。

 いやそれよりも、今はハルケギニアの歴史がここで止まるか否かの瀬戸際に立っている。

 エレオノールたちと別れたミシェルたちの乗る船は、急いでオルレアン公の軍隊へ追いつこうと急いでいる。しかし、ミシェルたちとは反対方向から、艦隊を率いてオルレアン公を正面から出迎えようとしている少女がいた。

 ガリア王立両用艦隊。その眼下には十数万という大軍勢が列を成しているが、艦隊の砲列が火を噴けば瞬く間に散り散りにできるだろう。しかし、そうはできない。いや、この艦隊にはオルレアン公の軍を攻撃しろと言われて従う人間はほとんどいないことを、艦橋に立つ少女はよく知っていた。

「オルレアン公の軍勢から手旗信号です。『ガリアの正統なる王の歩みを遮る逆族の名を答えよ』」

「……お前の姪がやってきたと答えてやれ。さて、シャルロットにはああ言ったが、今日がわたしの命日かねえ。まあ、逃げ回って死ぬも戦って死ぬも、負け続きのわたしの人生にはあんまり変わらないか。ならせめて、派手に負けてやるとするかね」

 イザベラの瞳に覚悟の光が宿る。

 むき出しの甲板の上に立つイザベラをかばおうとする者はいない。提督たちは腫れものを触るようにさりげなく遠巻きにしており、護衛に雇われた元素の兄弟の三人のうち二人も深入りは避けるという風に気の無い表情で眺めているだけである。

 しかし、一陣の風が甲板を吹き抜けていったとき、蒼い髪をなびかせたイザベラの横顔を見たジャネットは目を見張った。

「え……?」

 その横顔にジャネットの記憶の中のある人物が重なった。いや、それは封印されている記憶の中との一瞬のフラッシュバック。それの名前を思い出すことは、今のジャネットにはできなかった。

 

 

 続く


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。