第20話
亡霊の正体
再生怪獣 サラマンドラ 登場!
オルレアン公の帰還にともなうガリア王国の騒乱が始まって、早くも一日が経っていた。
知らせは風よりも早く世界を伝わり、あらゆる人間たちがガリアの動向を注視している。
そんな中で、この騒動の裏に仕組まれた真実を知らせるために、ミシェルたち銃士隊は宿敵ワルドの妨害を退けてトリステインへと帰還した。
一方、ガリアに侵入したもうひとつのチームである才人やルイズたち水精霊騎士隊組は、不名誉墓地で聞かされた事実を確かめるために一路リュティスを目指していた。
一行が最初にたどり着いたガリアの辺境からリュティスまでは遠く、さらに戦時ということもあって、街道のあちこちは封鎖されていて通ることはできなかった。それでも、土地勘のあるジルが見つけた裏道を通ることや、時にはカトレアが現地の動物を手なずけて乗せてもらうことで、彼らは大きく時間を節約することに成功し、彼らはリュティスまであと一歩のところにまで迫っていた。
しかし……。
「くそっ、出せっ! 出しやがれ」
「無理よ。固定化のかかった牢屋だわ。杖を取り上げられちゃったからディスペルも使えないし、お手上げだわ」
才人とルイズは今、暗い鉄格子の中に囚われてしまっていた。脱出は、まず不可能……二人は暗い獄舎の中で地団駄を踏むしかなかった。
どうしてこんなことになったのか。それは、この数時間前へとさかのぼる。
ガリアの国内を旅する中で、才人たち一行は様々なものを見た。戦争に怯える人たち、あきらめて日常を送る人たち、逆に戦争を喜んでガリアの勝利を願って祝杯をあげる者。それは善悪区別なく、人の営みが止まることは無いという証であった。
けれど、真実を露知らない人々も、やがて自分も嵐からは逃げられないことを知ることになる。まずは明るく、甘く……穏やかに。嵐はそうやって油断させて飲み込むものであるから。
物語の続きは、ガリアのとある町から。そこで才人が発したすっとんきょうな叫びから始まる。
「なんだ、まるでお祭りじゃないか!」
才人たち一行は、たどり着いた街の光景を見てあっけにとられていた。
ここはリュティスまであと少しというところにある大きな街。一行は急ぎに急いでようやくここまで到着していたが、ここで思ってもみなかった街の賑わいに直面して、彼らは足を止めてしまった。
「おお、よそから避難してきた人かい? 安心しなさい、この街は安全だよ。食料もたっぷりある、ゆっくりしていくといい」
町人にきさくにあいさつされて、一行の唖然とした顔が並ぶ。確かに一行は目立たないように避難民に扮してここまでやってきたが、こんな歓迎を受けるとは夢にも思わなかった。なにせ、仮にも戦時だというのに、この街は平和な活気に満ちていて、町人たちは食べ物を抱えて普通に道を歩いているし、いくつもの露店が開いていて、安値で食べ物を販売している。
ガリアの食料品は軍隊に徴用されていて、民衆は今日食べるものにも事欠いているという話とはまるで違うではないか。これまでの町々で聞いてきた話とは反対の光景に、ルイズは首を傾げた。
「どうなってるのよ、この街は?」
粗末なフードの下から街の様子を見回す限り、戦争が近づいているという悲壮感や不安はどこにも見えない。これまでに通過してきた町や村は、兵隊に金や食料を奪われるのではと戦々恐々していたのに。この街に入った途端にまるで別世界だ。
才人も、リュティスに近づくにつれて危険になるだろうと考え、いざとなったらルイズを守って戦おうと気を張っていただけに、夜のサバンナから遊園地に放り出されたような感覚にきょとんとするほかなかった。
「おれたち、道を間違えたんじゃないのかデルフ?」
「それはねえだろ。つか、うだうだ考えるくらいなら話を聞いてみりゃいいだろうがよ」
それもそうかと、才人たちは道行く人をつかまえて、なぜこの街はこんなに豊かに賑やかなのかと尋ねてみた。すると。
「オルレアン公ですよ。先日お帰りになられたオルレアン公の臣下の方々がこの街にいらっしゃいまして、お金や食べ物を運び込んでくれたのです」
「オルレアン公?」
「おや? ああ、その風体からして田舎から出てこられたからまだご存じないのですね。実は先日……」
その町人から、かつて謀殺された名君オルレアン公シャルルが実は生きていて、救世主として帰ってきたことを才人たちは初めて知らされた。
もちろん目玉が飛び出そうなほど驚く一行。そして町人は楽しそうにこう説明した。
「兄であるジョゼフ王の愚行を償うために、民のためになる政をしてくださるそうです。なんと素晴らしい方ではないでしょうか!」
熱烈に語り、町人は去っていった。残された一行は、その話の内容に驚いたのはもちろんのこと、話に出てきた『オルレアン公』に覚えがあった。
「おい、確かオルレアン公って、不名誉墓地から棺が持ち出されたっていう人だよな」
「ええ、確かに死んでるはずの人よ。それが、救世主になって帰ってきたって、どんな冗談よ? これって」
嫌な感覚が一行を駆け抜けた。死体を持ち去られた人間が救世主として人々の前に蘇ってくる。これに悪寒を感じない人間なんていない。
少年たちは、かつてのガリアを知るジルに尋ねてみた。
「ミス・ジル、オルレアン公というのは、平民がこれほど熱狂するほどの貴族だったのかい?」
「……わたしはその当時、人のことに構っている余裕なんて無かったからあまり知らないよ。ただ、買い出しのときなんかに多少噂は聞いたな。もうすぐガリアにはすごい名君が即位するだろうとか……」
平民の間でそれほどの期待値が出る貴族は珍しい。逆に言うならば、オルレアン公が即位できなかったことでの平民の落胆も大きかったということも容易に想像がつき、カトレアはルイズにつぶやくように言った。
「手に入れようとして手に入らなかったものは、その価値以上に惜しく感じるものです。それが戻ってきたとなれば、喜びもひとしおでしょうね」
ルイズもうなづいた。平民たちはまさにその通りに舞い上がってお祭り騒ぎをしている。
ただし、それが本当にオルレアン公ならばの話だ。オルレアン公は間違いなく死んでいるのだから。
「怪しい……ってか、どう考えても偽者だろそれ」
「そうよね。けど、なんのためにそんなことするの? 棺を持ち去ったのがジョゼフのしわざなら、なんで自分が不利になるようなことをさせるの?」
「へっ、そんなの、希望を与えてからのほうが絶望が深くなるとかそんなとこじゃないか? 悪い奴のよく考えることだぜ」
最初に自分たちを救世主に見せかけてきた侵略者なら、ドキュメントSSPの凶悪宇宙人ザラブ星人や、ドキュメントTACの水瓶座第3星人、ドキュメントUGMの友好宇宙人ファンタス星人などに前例がある。
「おい、この街に来てるっていうオルレアン公の臣下って奴の正体、暴いてやろうぜ」
才人は鼻息荒く提案し、ルイズも「そうね、異国とはいえ王族の名を騙るなんて冒涜だわ」と、やる気になっている。
けれど、それは軽率ではないかと一人の少年が反対した。
「待てよ、おれたちは一刻も早くリュティスに向かうところだったんだぞ。こんなところで時間をつぶしてる暇はないだろ」
もっともな話だった。彼らはまだトリステインとガリア軍の和睦を知らず、単にオルレアン公と名乗る人が現れたという漠然としたことしか知らない。リュティスに急いでジョゼフの周りを探ることのほうが優先されて当然である。
「だけど、持ってかれたオルレアン公の棺桶を探すなら、城に乗り込まなきゃいけないぜ。この街にいるっていうオルレアン公の臣下ってやつなら何か知ってるんじゃないか?」
それも一利ありだった。より危険が少なく手がかりが手に入るならそれに越したことはない。
このまま街を通りすぎてリュティスに向かおうとしていた一行は迷った。すると、ジルがいらだったように義足をカチカチと鳴らしながら言った。
「お前たち、頭数があるのにみんな揃わなきゃ何もできないのか? やりたい奴だけここに残ればいいじゃないか」
「あ、なーるほど」
なにが「なーるほど」だとジルは呆れた。この連中、勇敢だがやはり馬鹿だ。
では、誰がこの街に残るべきか。すると、ルイズと才人だけが手を上げた。
「わたしとサイトだけでいいわ。この街を調べたらすぐ追いつくから、先に行ってて」
自信ありげに言うルイズに、カトレアがじっと視線を向ける。しかしルイズはひるまずに、姉の目を見返して言った。
「ご心配には及びません。わたしにはサイトがおります。ですから皆をお守りくださいませ」
カトレアはルイズの目に確かな覚悟を見ると、無言でうなずいて視線を外した。
才人はルイズの言葉に感激していたが、ルイズに「あんたはわたしの盾でしょ」と、しごくもっともなことを言い返されて落胆した。
こうして、才人とルイズだけが街に残って調べを進めることになった。とはいえ、目標は街に来ているというオルレアン公の臣下とやらを探るだけで、特に難しいことがあるわけでもなかった。
そう、才人もルイズも思っていた。そのときまでは……。
探し求めるオルレアン公の臣下の居場所は、町長の屋敷だとすぐに突き止められた。早速足を伸ばし、人混みをかき分けて顔を拝みに行く。
見つけるのは容易だった。ちょうどそのとき町長の屋敷の前で、段に登って町民を相手に演説をしている最中だったので、数メイル先の人混みの中から二人はその顔を拝むことができた。だが、その顔は。
「えっ! サ、サイト、あの人って!」
「み、見間違いじゃねえよな。あの人って、昨日の夜に会った幽霊の」
目を疑うしかなかった。それは、あの初老の貴族の顔。不名誉墓地で自分たちにオルレアン公の棺の捜索を頼んできた、あの幽霊の姿と一致していた。
これはどういうことだ? 混乱する才人とルイズの前で、初老の貴族はオルレアン公を支持するように民衆に訴えており、その声もあの時と同じだった。
「我が主君、オルレアン公シャルルはガリア国民すべての味方です。ジョゼフの取り上げた食料は我々がお返しします。どうか街の皆さん、新しいガリアの未来のためにオルレアン公とともに歩もうではありませんか!」
彼の演説に、大衆の中から大きな歓声が上がった。けれど、才人とルイズはとても耳に入らない。
他人のそら似か? いや、それにしては。二人が混乱していると、老貴族は段から降りて民衆と触れ合いを始めた。
「皆さん、ありがとうございます。皆さんのご期待に答えるために、我らは戦い抜く所存です」
「おおっ、がんばれよオルレアンの! 俺たちは応援するぜ」
平民にも気さくに応対し、平民たちも貴族の尊大さは見せない彼の態度に感動して受け入れているようだ。
才人も、ありゃあいい人なんじゃないのか? と、幽霊のことは別にしても平民たちに囲まれる彼の姿に好感を持った。しかし、逆にルイズは強烈な違和感を彼に感じていた。
「気持ち悪いわ」
「は? なに言ってんだよルイズ。あんないい人のどこが気持ち悪いってんだ」
「サイト、あなた調子に乗るのもたいがいにしておかないと、いつか無礼打ちに会うわよ。水精霊のバカたちやミスタ・コルベールみたいなのは例外中の例外なのよ。貴族というのは平民を統治するもの、そう育てられてそれを誇りにして生きるものなの。あんなに平民にベタベタする貴族なんて、おかしいわ」
ルイズに厳しく諭されて、才人はたまに自分のいるところがハルケギニアだと忘れがちになることを自分に戒めた。ここは地球とは違う論理の世界なのだ。
「けど、だったらやっぱりあれは……」
才人はつばを飲んだ。意図はわからないが、死んだ人間が現れて平民たちを甘言でまとめあげようとしている。悪い予感しかしない。けれど、まさかいきなり斬りかかるわけにもいかずに才人がじれていると、ルイズが才人にささやくように言った。
「サイト、あいつと話して注意を引いておきなさい。その間にわたしが……」
「どうすんだ?」
「もし、ジョゼフの手下が化けてるんだとしたら、わたしの魔法で解除できるはずよ」
「なるほど、あの魔法か」
合点した才人は指をパチンと鳴らして、人混みの中をそそくさと進んでいく。ルイズはその背を見つめながら「ドジ踏むんじゃないわよ」と呟いて杖を取り出して呪文を唱え始めた。
「その化けの皮を剥いでやるわ」
一方で、才人はオルレアン公を歓迎する平民のふりをして、初老の貴族の前に出て挨拶した。
「はじめまして、オルレアン公ばんざい。ガリアをどうかよろしくお願いします」
「おお、これは元気そうな少年よ。安心しなさい。オルレアン公はとても賢くて優しいお方です。きっと君の期待に応えてくれるでしょう」
彼は才人の顔を見ても特に何の反応も見せずに、にこやかに手を握ってきてくれた。
やはり、あのときの幽霊の人とは違うのか? 才人は顔を合わせて会話したはずの相手が無反応なことに、下手な作り笑顔をしながら猜疑心を深めた。だとすれば、死んだ人の姿を利用するなんてとんでもない奴だと怒りをたぎらせる。
”見てろ、正体を暴いてやるぜ”
どんな手で化けているのか知らないけれど、ルイズのあの魔法ならばどんな魔法でも打ち消してしまう。ガンダールヴの力が無くなっても、ルイズが魔法を使うとなると心が踊る。
才人は相手に笑い返して、いつでも背中に隠し持っているデルフリンガーを抜けるように身構えた。そして、背中からルイズの声であの呪文が響いてきた。
『ディスペル』
あらゆる魔法をゼロに戻してしまう虚無の光。それを受けて、なにかが起こることを期待した。だが……。
「おや、どうしました? 私の顔になにかついていますかな」
「え!?」
才人は愕然とした。変化、なし。相手の姿にも周囲の光景にもなんの変化もない。
「す、すいません」
才人ははっとして謝ったが、背筋には冷や汗がどっと湧いていた。魔法を使って変装してなかったのか? でも、ハルケギニアで魔法に頼らないなんて、そんな。
後ろのほうではルイズもあてが外れて戸惑っている。魔法が解けないなんて、そんな馬鹿な。なら、魔法以外のもので? それって、まさか!
二人は、魔法が使われて当然という思い込みをしていたうかつさに気づいた。しばらく無かったから忘れていたが、化けるということに特別さがない奴がいるならば。
しかし、その思考の空白の一瞬のうちに、初老の貴族の目が怪しく光ったのを二人は見逃してしまった。その隙に、才人の横から若い男性が割り込んできた。
「はい! ガリア東新聞です。オルレアン公帰還へのご期待について一言お願いします!」
「えっ? ええっ!?」
才人は目を白黒させた。ハルケギニアにも新聞はある。平民の間の識字率は高くない世界だが、それでも大きな街となれば商売などで読める者も多く、新聞記者もいるわけだ。
突然のインタビューを受けて、才人は完全にパニックになって目を白黒させた。それを見て、たまりかねたルイズが才人の前に出たが、記者は今度はルイズにインタビューを向けた。
「おや、少年の彼女さんですか。あなたも一言お願いします」
「えっ、わたわた、わたしはかのかの、彼女なんかじゃじゃ!?」
ある意味ルイズのほうが相性が悪かった。顔を真っ赤にして照れるルイズは、才人がこんなときなのに「可愛いな」と思ってしまうくらい愛らしかった。
だが、二人のその思考の空白を縫って、一発の銃声が響き渡ったのだ。
「ぐわあ!」
銃弾は初老の貴族の腹をえぐり、彼はうめき声をあげてうずくまった。続いて周囲から悲鳴が上がり、場はパニックに包まれた。
「きゃあぁっ!」
「あ、暗殺だあ!」
広場は騒然となり、貴族の周りからさっと人の波が引いた。
才人とルイズも突然のことに頭が真っ白になり、その場に立ち尽くしてしまう。それでも、二人が我を忘れていたのは数秒ほどだったであろうが、その間隙に細工されたことに才人は気づけなかった。
「ああっ、こいつが鉄砲を持っているぞ。犯人はこいつだ!」
群衆から叫んで指差された才人は、はっと腰をまさぐって愕然とした。いつの間にか、ベルトのすきまに硝煙をあげているマスケット銃が引っかけられていた。
「ちっ、違う。これは」
「なに言ってやがる。それにそんなでかい剣をぶら下げてるくせに。捕まえろおっ!」
無個性な台詞で言い訳しようとしても手遅れだった。才人とルイズに向かって、数人の男が飛びかかってくる。才人はとっさに背中のデルフリンガーに手をかけたものの。
「どうした相棒?」
「だめだ、抵抗したら余計に誤解が解けなくなる」
「そんなこと言ってる場合かよ!」
デルフの言うことももっともだったが、抜いたとしてもみねうちでここを突破することは無理だったであろう。大人の男数人がかりで才人は道路に押し倒され、ルイズも呪文を唱える暇もなく取り押さえられて杖を取り上げられていた。
「離して、離してよ! 杖を返しなさい。サイト、サイト!」
「お前たち、無能王の手下だな。子供のクセに暗殺なんてとんでもない奴らだ」
「違う、誤解だ。おれたちはジョゼフの手下なんかじゃない!」
「その鉄砲が動かぬ証拠だろうが。このまま牢屋にぶちこんでやる」
弁解を聞いてもらえるわけがなく、武器を取り上げられた才人とルイズは なすすべなく連行されるしかなかった。
どうしてこんなことに……二人は後ろ手で捕らえられて連れていかれながら、撃たれた貴族を振り返った。広場はまだ騒然としているが、撃たれた貴族は命には別状なかったようで、立ち上がって無事を民衆にアピールしているようだった。
「皆さん、今の光景が真実です! ジョゼフは手段を選びません。このようなものが王であると……」
演説の声は民衆の歓声に掻き消され、二人の耳に届いたのは、その後のオルレアン公を称える万歳の嵐だけだった。
そうして才人とルイズは町外れにある尖塔の牢屋にぶち込まれてしまったのだった。
「その中でおとなしくしてろよ。後でたっぷり泥を吐かせてやるからな」
「おい待てよ。話を聞けって! くそっ!」
才人の叫びもむなしく、二人を牢にぶちこんだ男たちはさっさと行ってしまい、残された二人には焦燥だけが募った。
デルフも杖も取り上げられ、ただの人間になってしまった二人には牢を破る方法がない。それでも、あきらめられない才人は牢の扉に何度も体当たりを続けていた。
「このっ! 開け。開けよ」
何度力一杯ぶつかっても、鉄格子の扉は金属がきしむ音を立てるだけでビクともする様子は無かった。それでもまた助走を着けて体当たりしようとする才人に、ルイズが制止の言葉をかけた。
「無理よ。ここはメイジの罪人を捕らえておく特別な牢だわ。そんなものじゃ、百年経ったって出られやしないわよ」
「なんだよルイズ、ずいぶん余裕じゃないか。このまま出られなかったらおれたち罪人だぜ。どうするんだよ?」
「だから、こうやって脱出する方法がないか考えてるんじゃない。魔法が使えないんじゃ、わたしにできるのは考えることだけだもの。追い詰められた人間が最後までできることは、考え続けることだけでしょ!」
毅然と答えたルイズに、才人はやけっぱちになっていた自分の頭を冷やした。そうして、無駄なあがきはやめると、厳しい表情をしているルイズに話しかけた。
「なあ、本当にこの牢屋、どうやっても出られないのか?」
「無理ね。こういうところの牢って、天井も床下も固定化で固められてるわ。少し壁を削ることくらいはできても、すぐ硬い芯に突き当たるから掘って脱獄するのも無理よ」
「完全にかごの鳥ってわけかよ。でも、どっかに隙くらい……」
才人は牢屋についている小さな窓を覗きこんだ。ここは40メイルくらいの塔の最上階の牢屋なので、町の半分が見渡せる。ずっと遠くに見える大きな街はリュティスだろうか。
しかし、窓にも頑丈な鉄格子がはめてあり、才人の力でどうにかできそうなものではなかった。
「みんな、今ごろはリュティスに向かってるっていうのに。おれたちはこんなところで」
「それだけど、わたしたちがあのオルレアン公の臣下の前に出たときに都合よく暗殺騒ぎに巻き込まれるなんて、偶然だと思う?」
「おい、それってまさか」
才人はぎくりとした。自分たちはこれまで、誰にも正体を知られずに行動してきたと思っていたけれど、もしそれが泳がされていただけだとすれば。
うかつにも、敵の喉笛に食いつくつもりが、釣り針付きの餌に飛び付いてしまったのかもしれない。となれば、もうおとなしくしている余裕はない。
「後のこととか考えてる場合じゃねえ。変身してここを切り抜けようぜ」
「ええ、後のことは後で考えましょう」
ルイズも同感だった。敵の仕業だとすれば、ここにいたら破滅が待つだけだ。かつてウルトラセブンもビラ星人の策略でモロボシ・ダンが投獄されたとき、セブンに変身して牢を破っている。
だが、二人がウルトラタッチしようとした、そのときだった。
「早まったことはやめたほうがいいですよ。ウルトラマンエース」
「!?」
はっとして牢屋の外を見ると、そこには見覚えのある顔の男が立っていた。
「お前は、さっきの新聞記者」
「はい、先ほどはインタビューありがとうございます。ですがそんなことよりも、あなた方ももうお察しのことなんでしょう?」
嫌らしい語りかけをしてくる記者に、才人もルイズも口元を歪めた。特にルイズは肩を震わせ、杖を持っていたらすぐに爆発させそうな勢いだ。
けれど才人は自分も怒りたいのをぐっとこらえて、記者の姿をした何者かに問いかけた。
「お前、宇宙人だな。いったいどこの何星人だ?」
「フフン、ここから出られないお前たちに教える必要はない。それより、お前たちにいいことを教えておこう。ここを無理矢理脱出するのはやめておいたほうがいいぞ」
「なんだと」
聞き捨てならないことではあったが、相手の余裕寂々な態度が爆発を押さえさせた。すると、相手は才人とルイズに驚くべきことを告げてきたのだ。
「ここはお前たちを閉じ込めておくために特別に改造しておいた牢だ。もしも、無理に破って出ようとすれば、この監獄塔そのものが崩れるように仕掛けられている。中の人間たちや、周囲の町を巻き添えにな」
「なん、ですって。卑怯よ、あなたたち」
「騙されるほうが悪いのだ。まあ、お前たちは下手に殺そうとするより閉じ込めておいたほうが安全だから、しばらくゆっくりしていけ。お前たちたちへの恨みは、その後でたっぷり晴らしてやる」
恨み? 才人とルイズは怪訝に思った。こいつ、どこかで自分たちと戦ったことがあるのか?
だが、問いただすより先に、宇宙人は出口の階段へと歩き去ってしまった。
「では失礼。我々にはやるべき仕事がまだたくさん残っているんでね」
「ま、待て! お前たちは何者だ? なにを企んでやがる?」
「教える必要はないと言っただろう。だが、我々は人間たちが知らない間にお前たちの間に入り込む。楽しみにしていろ、ふふふ」
そう言うと、宇宙人は新聞記者の姿から、一瞬でオルレアン公の臣下の姿に変わると、続いて何人かの人間の姿にも化けてみせた。
絶句する才人たち。やはり、変身を得意とする宇宙人か。だけど、これまでに戦ってきた宇宙人の中でも該当が多すぎて見当がつかない。
塔の階段を下りていく宇宙人の足音が無情にこだまする。才人とルイズは鉄格子を握り締めながら悔しがるしかできなかったが、階段の下から宇宙人の嘲笑うような声が響いてきた。
「ああ、そうそう。お前たちの仲間は、先に始末しておいてやろう。そこから見えるかもしれんから、気が向けば見るがいい」
それを最後に、塔の階下の扉が閉まる音がした。
二人はすぐさま血相を変えて顔を見合わせる。しまった、自分たちの正体がバレているとすれば。
「まさか、みんなのところに」
「ちぃ姉さま!」
二人は窓に飛びついた。すると、リュティスを望む街の郊外の街道付近で、ひとつの廃屋の屋根を突き破って土色の巨大な影が現れたのだ。
「怪獣だわ!」
「あの怪獣、ありゃあサラマンドラじゃねえか!」
遠くから後ろ姿だけでも才人にははっきりわかった。あのドレッドヘアのような特徴的な頭、櫛のように分かれた尻尾。間違えるわけがない。
と、同時に才人は悟った。サラマンドラは、あのときに倒したはず。そしてGUYSの勉強でドキュメントUGMで見た記録だと、あのときは姿を見なかったが、サラマンドラを操っている奴がサラマンドラと同化していたとしたら。
だが、わかったからといってどうにかなるというものではない。才人とルイズは、サラマンドラの足元にいるはずの仲間たちへ向かって必死に叫ぶしかなかった。
「みんな、逃げて!」
そして、才人とルイズの恐れた通り、先に進んでいた水精霊騎士隊の仲間たちはサラマンドラの猛威に絶体絶命となっていた。
「うわああ、怪獣だああっ!」
「水精霊騎士隊、杖と……やっぱり無理だろぉぉっ!」
鼻から火炎を吹いて迫ってくるサラマンドラを相手に、少年たちの拙い魔法でどうこうなるような状況ではなかった。
彼らは必死に、前の街とリュティスをつなぐ街道を走る。街道には他の旅人や市民も通っていたが、サラマンドラは水聖霊騎士隊にだけ狙いを定めてきている。
「ガリア軍は、ガリア軍は出てこないのか?」
「ばっか、戦争中だぞこの国は。軍隊はみんな戦場に行ってるよ。てか、おれたちが狙われてるってことは助けが来るわけないだろ」
彼らもまた才人たちと同じように、敵に泳がされていたことに気づいた。そして、怪獣に踏み潰された運の悪い旅人として葬り去られようとしている。
誰かが苦し紛れに『エアハンマー』の魔法を放ったが、サラマンドラの皮膚にはかすり傷もついていない。
サラマンドラは細身の体から来る機敏な足取りで水精霊騎士隊との距離を詰め、火炎やロケット弾を放って一行を追い詰めていく。リュティスは目の前だが、とても人間の足で逃げ切れる距離ではなく、空を飛べば火炎のいい的でしかない。
「こんなところで……っ!」
ギーシュ隊長に合わせる顔がない。そう思ったとき、ジルに背負われていたカトレアが杖を振った。
『クリエイト・ゴーレム』
カトレアの魔法力が杖から地面に注がれた瞬間、地面が盛り上がって巨大な土の人形がせりあがってきた。その土の巨人はみるみるうちに膨れ上がって立ち上がり、ついに身長四十メイルほどの超巨大ゴーレムとなって、サラマンドラの前に立ちふさがったのだ。
サラマンドラは一瞬戸惑ったように後退りしたが、すぐに立ち直ってロケット弾を放ってきた。カトレアのゴーレムは体を削られながらも少年たちの盾となって立ちふさがり続け、その合間にカトレアは少年たちにこう告げた。
「あなたたち、ピンチになっても最後まで婦女子に助けを求めないのは立派な騎士ですね。でも、あなたたちの力ではここを乗り切ることはできません。この場はわたしにまかせて、あなたたちは行きなさい」
「そ、そんな。レディを残して敵に背を向けるなんて。そんなのは騎士ではありません」
「いいえ、あなたがたには女王陛下から与えられた大切な使命があるでしょう。それを果たさぬうちに、死に急いではいけません。それに、あなたたちにも国に残してきた大切な人がいるのでしょう?」
カトレアの言葉に、何人かの少年は顔を赤らめさせた。そうでない少年も、片想いの誰かの顔を思い出したのか、気まずそうな様子になっている。カトレアはそんな初な少年たちに、優しくうながした。
「その子ともう一度生きて会うためにも、今はこらえて逃げなさい。もしも、その子たちを悲しませるようなことをしては、それこそ騎士ではありませんよ」
「申し訳ありません。ご、ごぶ、ご武運を!」
少年たちは悔しさで顔をいっぱいに歪ませながら、不揃いな敬礼をして走り去っていった。
残されて、杖を掲げるカトレアにジルは言う。
「子守りも大変だな。しかし、助っ人をするにしても少し過保護すぎはしないか?」
「彼らは大事な陛下の赤子ですから。それより、あなたも無理に私に付き合うことはないのですよ」
「なに、私も子守りより大物食いをしたくなったのさ。それに、こういう状況になると、なぜか胸の奥がうずいてくる。まるで私の中に何かが閉じこめられているような、この感覚の正体を確かめたい」
「わかりました。では、共に参りましょう」
まるでピクニックに行くような穏やかな声色で、カトレアは杖を振るった。
二人の盾となっていたゴーレムが動きだし、大きく振りかぶるとサラマンドラに強烈なパンチをお見舞いした。空気を揺さぶる激震と共に、サラマンドラの巨体が後退する。
しかし、サラマンドラは痛がるそぶりはまるで見せず、爪を振りかざしてゴーレムの土の体を大きく削り取ってしまった。
「……硬いですね」
サラマンドラの皮膚は柔らかそうな土色の見た目に反して硬度指数350、これは地球防衛組織UGMがまともな方法での攻略をあきらめたほどの硬さを誇る。
カトレアは、これは以前戦ったガメロットよりも頑強だろうと、一人で戦うことを決めたのを少々後悔した。しかし、後に引くわけにはいかない。病床に臥せっていたころに切望した自由は、自分のわがままのためにあるのではない。生まれたときから背負っている、貴族の責務を果たすためにあるのだ。
「お母さま、お守りください」
かつて『烈風』と呼ばれた母には遠く及ばず、勇猛さは姉には及ばないが、恥じ入ることなく最後まで義務を果たそう。ルイズが見たら、優しいちぃ姉さまがそんなことしちゃいけないと言うかもしれないけれど、これは貴族として生を受けた人間が逃げてはいけない責務なのだ。
魔法の力で崩されかけたゴーレムを再生させるカトレア。だがサラマンドラはビルをも粉砕するパワーでゴーレムを砕き、カトレアの力でも再生が追いつかなくなっていく。
「ルイズ……」
砕かれたゴーレムの破片が雨のように降る中で、カトレアは別行動をとっているはずの妹の名をつぶやいた。
しかし、ルイズは牢獄に監禁され、ゴーレムの姿でカトレアが戦っていると察しても、どうすることもできずにいた。
「ちぃ姉さま! なんとか、なんとかできないの!?」
「牢屋は壊せない。この周りにいる人たちを巻き込むわけにはいかない、ちくしょう!」
監獄塔の窓から見下ろす景色では、街の子供たちがなにも知らずに遊んでいる光景が見える。この監獄塔が崩壊すれば確実に巻き込んでしまう。いくらウルトラマンAでもその全員を守ることは不可能だ。
武器も杖もない。なんでもいい、方法はないのか?
二人の焦りとは裏腹に、現実は無情に『打つ手などない』ということだけを突きつけてくる。
このまま全滅するしかないのか? ほんの一刻前までは希望と情熱に溢れていたのに、自分たちの油断が原因とはいえ、あんまりではないか。
悔しさのあまり石壁を殴りつけた才人のこぶしから血が滲んだ。
ガリアの陰謀から世界を守ろうと奮戦する者たちがいる。しかし同時に、陰謀を進める者たちはそれを邪魔させまいと、懸命に妨害をする。それは人と人とが戦う限り、当然のことである。
ジョゼフは命じる。遠くない日に訪れる、宿願の日のために。
「祭りを盛り上げよ。これはガリア国民どものための祭りだ。盛大に、派手に賑やかしく、誰にも止められない嵐のような祭りをガリアに広めるのだ。新王即位の前祝いだ。遅れがあってはならぬ、一人の取りこぼしもあってはならぬぞ!」
ジョゼフの勅命が地を駆け、ガリア国内ではオルレアン公帰還による祝賀ムードがどんどん強くなっていく。それに対して、ジョゼフを倒すべしという声も高まっていき、ガリアは破裂するのを待つ風船のように膨れ上がり続けていた。
破局の時が迫っている。
焦る者たちは急ぐ。しかしその考えはまだ甘く、いまだに嵐の外側に差し掛かったに過ぎない。
その中心に隠されているものがなんなのか、まだ眠っている強大すぎる絶望の正体を、この星の人間たちはまだ誰も知らないのだから。
だが、絶望のあるところに希望の種もまたある。
偶然か必然か、この街に誰にも注目されずに緩やかに近づいている小さな光があった。それがどんな波紋をもたらすのか、神すらもまだ知りはしない。
続く