ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第19話  朝日の射す影で

 第19話

 朝日の射す影で

 

 円盤生物 サタンモア

 戦闘円盤 ロボフォー 登場!

 

 

 明けない夜はないと言われる。

 長かった闇を太陽の輝きが塗り替えていく様は美しく、人々はつらい境遇の終わりなどを夜明けに例えて古来から愛してきた。

 しかし、朝日が射し込むとき、日差しの裏では夜より深い闇が生まれていることを知る者は少ない。

 

 

 ガリアの港町サン・マロンを出撃した両用艦隊。大小合わせて百隻に及ぶ大艦隊の先頭を行くのはガリアの誇る新造戦艦シャルル・オルレアン号。

 勇壮な光景に、なにも知らない人々は喜んで手を振り、この光景を後世に残そうと絵筆をとった画家もいたという。

 しかし、艦隊は決して揚々と飛び立ったわけではなかった。旗艦シャルル・オルレアンのブリッジでは、提督を従えたイザベラが憂鬱な面持ちをしていた。

「とうとう飛び立っちまったか……わたし、こういう船に乗るの初めてなんだよな……」

 地上が遠くなっていく様を見て、イザベラは身震いする感触を覚えていた。彼女の周りには兵に指示を出している艦隊司令のクラヴィル卿と参謀のリュジニャン子爵が並び立ち、傍らには護衛として元素の兄弟のジャックが控えている。ドゥドゥーとジャネットもいるが、二人とも船の運航には興味なさげで暇そうにしていた。

 まさか王女の自分が強盗みたいなことをするはめになるとは。まあ、国のものは王族の自分のものと言えなくもないが、一国の王女が転じて宿無しから強盗で艦隊司令官を経て女王に返り咲こうとしている。三流の劇作家に銀貨一枚で叩き売りたいシナリオだ。

 そこへジャネットがやってきて微笑みかけた。

「あら、お姫様は高いところはお苦手?」

「まさか、これからもっと高みを目指さなきゃいけないんだ。このくらいで弱音を吐いていられないよ」

「ふーん、空元気も時には立派ですわ。けど、よくこの艦隊の将兵は簡単に従いましたわね」

「ああ、わたしのこの眼と髪が、こんなに役に立つとは思わなかったよ」

 イザベラは苦笑しながら呟いた。

 この艦隊を掌握しようとしたとき、流血沙汰になることも覚悟していた。しかし、シャルル・オルレアン号から全艦隊に向かって指揮権をもらうことを宣言したイザベラの張った啖呵が動揺する各艦の艦長たちを鎮めたのだ。

「わたしのこの眼と髪を見ろ。神より与えられし、始祖の血脈がお前たちの前にある。王権に弓引き、始祖に杖を向ける覚悟がある者はかかってくるがいい!」

 実際は、イザベラにとってタバサからの入れ知恵を元にした一か八かの賭けだった。しかしそれは思った以上にうまくいき、艦長たちはイザベラに承服した。

 もちろん、責任を押し付けるのや、土壇場で裏切ることも艦長たちが計算に入れているのは間違いない。だがそれ以上に、始祖の血を引く王族の権威というものが民の間でいかに絶対なのかということを、イザベラは肌で感じ取っていた。

「……それで提督、目標の予想時間はいつになるんだい?」

「はっ、オルレアン軍がガリアに戻ったところを襲撃しますので、接触は明朝以降ということになります」

「そうかい」

 艦隊で一番偉い提督でさえ、王家の威光の前には小娘相手にこれである。イザベラは、以前ならばそれを当然と思ったであろうが、今は複雑な思いになっていた。

 しかし、良し悪しはともかく、だからこそ始祖の血を引く王家の威光がガリアをまとめる一筋の希望になり得るのだろう。

”これもお前の思惑のうちか、シャルロット? だが、ここまで来たら乗ってやるよ。けど、こっちが仮にうまくいったとしても他はどうなんだ? ガリア以外のことは、わたしは知らないよ”

 イザベラははるかな空の彼方を望んで思った。

 世界をペテンにかけるこの陰謀。ジョゼフを倒し、ガリアを平定するだけでは恐らく収まらない。だが、他国にまで手を伸ばす余裕なんてこっちにはない。

”ま、それも頭のいいお前のことだ、なんとかしちまうんだろ。なら、まかせてやろうじゃないか”

 わたしに何度も吠え面をかかせてきた手並み、また見せてもらおうかとイザベラは思った。もっとも、すべてが終わったときに自分が生きていたらの話だが。

 そのとき、空を望むイザベラの視界の端に、奇怪な飛び方をする銀色に光った何かが映った。それは、何だと思う間もなく飛び去り、いぶかしんだイザベラはそれが消えた方向を参謀に尋ねた。

「おい、あっちの方角には何があるんだ?」

「はっ、あちらは……トリステインの方角になりますが」

「はっ、そうか……なるほどな」

 どうやらこの陰謀、自分が考えているほど単純ではないらしい。次にはなにが起きることか。イザベラは思いにふけりながら、ふっと笑みを浮かべた。

 

 そして、イザベラの考えに訂正を加えるとしたらひとつ。タバサはガリア国外での事態まで解決しようという考えは持っていなかった。いくらタバサでも、そこまでをする余裕などはなかったのだ。

 ただし、無視しているわけでもない。トリステインには、タバサの信頼する多くの友がいる。目を覚ましたタバサは、また仲間たちを信じてみることにした、それだけだった。

 

 所を変え、トリステインのトリスタニア。そこは一刻前の切羽詰まった様相から一転して、お祭りムードに包まれていた。

「シャルル新国王万歳! ハルケギニア共同体万歳!」

 数日もせずに誕生するであろう隣国の新国王を祝福し、ハルケギニアがひとつになる夢に心を踊らせる人々が万歳三唱し、酒を持ち出して道路で乾杯しあっている。

 トリスタニアからはすでに半数近くの住民が避難していたが、それでも多くの人々が喜ぶ声は、丘の上にそびえる王宮にも届くほどである。

 そんな中に、いったん王宮から負傷兵として避難していたアニエスの姿もあった。アニエスは避難先で女王の一行がガリア軍と相対して帰ってきたという報を聞き、いてもたってもいられなくなって王宮に帰還し、アンリエッタに拝謁して驚愕していた。

「そんなことがあったのですか。肝心なときにお役に立てず、申し訳ありませぬ」

 アニエスは介添えの銃士隊員に支えられながら頭を下げた。ルビアナの小型ペダニウムランチャーを奪って撃った時の反動の傷は、まだアニエスの両腕をギプスで覆われたままにしており、回復の兆しは立っていない。

 しかしアンリエッタはアニエスとの会話を喜んでくれた。一度は今生の別れを覚悟して出立したわけで、こうしてまた一番の腹心と言えるアニエスと言葉を交わせるのは望外の喜びに違いなかった。

 アンリエッタはガリア軍との衝突の際に起きた出来事、オルレアン公の登場やその清廉潔白な人柄を詳しく語ってみせた。アニエスはその内容を黙って聞いていたが、オルレアン公の素晴らしい人柄に関する部分では、顔がしかめそうになるのをぐっとこらえていた。ミシェルを欺いていたリッシュモンなどの件もあって、善良そうな貴族というものに関してつい拒否反応が生まれてしまう。

 女王陛下の御身を守るためにはそれも必要と思いつつ、アニエスはアンリエッタに不快な思いをさせてはいけないと、話題を変えることにした。

「しかし、昨日の今日でこのお祭り騒ぎはどうかと存じます。民の混乱を避けるために、もう少ししてから公表したほうがよかったのではありませんか?」

 アニエスの苦言に、アンリエッタは申し訳なさそうにうつむいた。せっかくトリスタニアから避難民を出そうとしていたところにこれでは、トリスタニアに戻ろうとする民でごったがえす危険もある。

 すると、いつもはアンリエッタに厳しく忠言する立場のマザリーニ枢機卿が、アンリエッタをかばうように言った。

「アニエス殿、あまり陛下を責めてくれますな。陛下も私も、最初は民を落ち着かせてから公表しようと思っていたのです。それが、あのオルレアン公の大使めが勝手に触れ回りおったもので、この始末なのです」

 マザリーニ卿の苦々しい表情からも、心底余計なことをしてくれたという色がにじみ出ていた。

 これでは騒ぎは当分収まらないだろう。人間は、抑圧された後の解放に弱い。むしろお祭り騒ぎは国中に広がっていく一方と思われた。

 その大使とやらは良かれと思ってやったのだろうが、なんという軽率な。アニエスも一言文句を言いたくなり、その大使がどこにいるのかを衛士に尋ねると、しかし意外な返事が返ってきた。

「それが、どこへ行ってしまったのか、姿が見えないのです。城に戻られて、お部屋に案内したところまではいらっしゃったのですが」

「なに……?」

 アニエスはいぶかしんだ。大使としてやってきているというのに、あきれた怠慢と無用心ではないか。けれどアンリエッタは大使を擁護するようにアニエスに言った。

「きっと、オルレアン公の威光を伝えるために飛び回っているのでしょう。あれほどのお方のためになるのであれば、疲れを忘れて東奔西走する気持ちもわかりますわ」

「……は」

 高くオルレアン公を評価している様子のアンリエッタに、アニエスはそれ以上言うのはやめておいた。

 アニエスは介添えの隊員に支えられながらアンリエッタの前を退き、病室への帰途についた。いくら女王の腹心であり銃士隊の隊長といえど、今はまだ復帰できていない身、あまり長居はできない。

 けれど、アニエスの直感はなにかこのまま終わりそうもないと、チクチクひっかかるものを感じていた。病室に戻る前に、銃士隊の詰所に寄って話を聞く。

「ミシェルや、ミス・ヴァリエールからの連絡はまだないか?」

「ありません……なにかあれば、すぐに隊長に報告するつもりなのですが」

「いや、わかった。ご苦労、そのまま警戒を続けてくれ」

 当直の隊員のすまなそうな様子をねぎらうと、アニエスは詰所を後にした。

「遅い……」

 ミシェルたちが旅立って二日になるのに、まだどちらの組からも一報もない。確かに非常に危険な任務ではあるが、二組同時に全滅したとは思いがたく、そろそろなにか言ってきてもいいはずだ。

「この腕さえ使えれば……」

 本当なら、自ら助けに行きたかった。しかし、剣を握れない剣士にできることはなにもない。城に残っている銃士隊も手が足りているわけでもない。ルビアナとの戦いでまだ入院中の隊員も数多く、ギリギリの人手でなんとか機能している始末なのだ。

 祈るしかできないのがこんなに歯がゆいとは。なんとか無事に戻ってきてくれと、アニエスは窓から天を仰いで願った。

 

 

 だが残酷なことに、トリステインに真実を持ち帰ろうとしているミシェルたちは今、悪の魔の手によって口封じをされようとしていたのだ。

「どうしたどうした? もう息切れとは張り合いがない。 トリステインの騎士も平民を入れて腑抜けてしまったようだね」

「ほざけワルド! なら、その平民の刃をもう一度貴様の心臓に突き立ててやる」

 上空のサタンモアに乗るワルドの攻撃を、ミシェルたち一行は馬車を駆りながら必死にかわしていた。

 すべては、ガリアで掴んだオルレアン公の秘密をアンリエッタになんとしてでも伝えんがため。対してワルドはそうはさせぬと攻撃を続けてくる。追撃戦は空から見下ろすワルドが圧倒的に有利で、すでにミシェルたちの乗った馬車は幌が吹き飛んでぼろぼろになってしまっている。

「副長、このままでは持ちません。奴は我々をいたぶって楽しんでいるんです」

 隊員のひとりが悲鳴のように言ってきたが、そんなことは最初からわかっている。ワルドはこちらの数百メイル上空におり、こちらからは何の攻撃も届かない。こちらをなぶれるだけなぶってから、人里が見えて希望を抱いたところを吹き飛ばすつもりなのだろう。

 下衆な本性を隠そうともしていない。元々レコン・キスタに国を売り飛ばそうとした奴だから今さら何をいわんやだが、ミシェルはかつてわずかでもあんな奴と肩を並べたことにおぞけを覚えた。

 だが、今はただ、あのひげ面の似非紳士をなんとかする……いや、地獄に送る方法を考えなければならない。アニエスならこんなときどうするか、そう考える間にも、サタンモアから無限に射出される小型怪鳥円盤リトルモアがくちばしを突き立てて襲ってくる。

「ええいうっとおしい!」

 リトルモアは銃士隊の隊員くらいの技量があれば恐れることはなにもない相手ではあったが、やはり無限の物量というものには抗しがたい。疲労は蓄積し、ほぼ全員が荒い息をついて汗で体を濡らしていた。

 しかもそれだけではなく、リトルモアの中には倒されたら体内からスキルニルを投下するよう仕掛けられているものもあり、倒したと思ったら騎士人形やフェンリルが飛び出してきて、あわやという場面が何回かあった。

 陰険にだが確実にこちらの力を削いでくる。サタンモアは防衛チームMAC壊滅後の記録であるアウトオブドキュメントにおいても、空からリトルモアの大群を繰り出して街中の一般人を殺戮したとある、その再現のようだ。

「ワルド、貴様も騎士のはしくれなら、降りてきて勝負したらどうだ!」

「ハハハ、幼稚な挑発には乗らないよ。貴族が平民を仕置きするのに、どうして同じ地にはいずらねばならん?」

 正々堂々という意識は欠片もないようだ。ミシェルは、こうなったら最後の手段だが、あの力を使うしかないかと覚悟した。しかしそのとき、それまで消極的に自分の身と馬を守ることだけに専念していたエレオノールが、ミシェルにささやくように言った。

「ねえ、あなた。あいつにひとつ、吠え面をかかせてやる方法があるんだけど協力しない?」

「なんですって! ……そんなことができるのですか?」

「ここにはアカデミーの首席が二人もいるのよ。あなたたちが条件を揃えてくれさえすれば、1分もあれば十分。でしょ? ヴァレリー」

「い、命がかかってるならなんでもするわよ! うう、死んだら化けて出てやるんだから」

 戦いは苦手なヴァレリーは嫌々な風だったが、杖を握って構えている。確かに、普通なら研究室でなければできないようなことでも、この二人が揃っているなら即席でできるかもしれない。

 ミシェルは賭けてみることにした。あのミス・ヴァリエールの姉、そのさらなる実力を見せてもらうとしよう。

 ワルドは相変わらず頭上からリトルモアを差し向けてくる。なんとかの一つ覚えめ、だがその余裕もすぐ終わりにしてやる。

 ミシェルは、リトルモアたちを一見先ほどと変わらないように打ち落とし、スキルニルを破壊していった。その一方で、銃士隊員たちはその身を影にしてエレオノールとヴァレリーがワルドから見えないように立ち回る。

「円陣を崩すな、みんながんばれ」 

 ただでさえ疲れている中での防衛戦は銃士隊をさらに疲弊させた。だが、何倍にも長く感じた一分間が過ぎたとき、彼女らの粘りにエレオノールとヴァレリーは見事に応えてくれたのだ。

「準備できたわ。そのまま派手に戦い続けていて」

 奴の注意をもう少し引き付けておいてという指示に、銃士隊は額の汗を鎧に垂らしながらうなずいた。

 そして、そんな彼女たちの企みを知らないワルドは、はるか上空からどうやってむごたらしくとどめを刺そうかと思案していたが、それが致命的なミスになった。

 自動的に繰り出されていくリトルモア。それはサタンモアから射出されるとそのまま地上の獲物をめがけて降下していくはずだが、サタンモアの背に乗っているワルドからは見えないはずのリトルモアが視界の端に映ったのだ。

「うん?」

 見間違いか?

 しかし、その油断で気を抜いた一瞬の隙に、一匹のリトルモアがワルドに飛びかかってきた。むろん、ワルドは反射的に熟練した杖さばきで考えるより速くリトルモアを切り捨てたが、なんと切られたリトルモアが爆弾のようにワルドの至近で大爆発を起こしたのである。

「ぬがああっ!?」

 爆風と破片で全身を切り刻まれて絶叫するワルド。

 なんだ、何が起こった? なぜ忠実なしもべのはずのリトルモアが反逆を? 

 激痛の中で自問するワルド。すると、爆風で体に突き刺さった破片が生き物のものではなく、スキルニルの金属片だとわかって激昂した。

「き、貴様ら! 私のスキルニルを奪ったのか」

 ワルドは眼下の馬車に怒鳴った。その無様な姿に、エレオノールが得意気に笑って答える。

「やっと気づいたのね、鈍い男。そうよ、私たちを誰だと思ってるの? 完全に破壊されていなければ、私の土魔法でスキルニルを復元して内部を火薬に変え、ヴァレリーの水魔法で怪鳥の血を使って手駒に変えるなんてお手のもの。そんなことも思いつかないからあなたはダメなのよ」

「おのれっ、ならば貴様らもいっしょに葬ってくれる!」

「あら、そんな月並みな悪者の台詞を言ってる暇があるかしらね?」

 エレオノールの鋭い瞳が眼鏡の奥で光り、ワルドが「しまった」と思ったときには手遅れだった。そう、リトルモアに化けさせたスキルニル爆弾は一発ではない。ワルドが慌てたときはすでに、サタンモアのリトルモア射出口にスキルニル爆弾が潜り込んでいたのだった。

 大爆発がサタンモアの下腹部で起こり、サタンモアは引き裂くような悲鳴をあげた。サタンモアは地球防衛軍のミサイル攻撃も寄せ付けないほど頑丈な体を持つが、体内に潜り込まれて爆発されてしまったのではたまらない。白煙をあげながらサタンモアは高度を落としていく。大きなダメージを与えたのは確実で、銃士隊の中から歓声が上がった。

 しかしサタンモアとワルドはまだ死んではいなかった。思いもよらぬ反撃を受けて傷つきはしたが、それでもまだ余力を残していた。

「よくも、またしてもこんな屈辱を! うぬがぁ!」

 逆上したワルドの怒りのままに、サタンモアは首をミシェルたちのほうへ向けると口からロケット弾を発射した。それは怒りにまかせためくら撃ちだったために一発も命中せずに、馬車の周りに火柱をあげただけに終わったが、それがむしろワルドの上った頭の血を下げる働きをした。

「い、いかんな、俺としたことが。奴らめ、意外とやる。い、いや、俺はなぜこんなことを? ここは、ひとまず……」

 本来のワルドは執念深くあるのと並んで、自分が不利となる戦いには深入りしないドライさもあわせ持っている。それが本来のワルドのスタイルで、彼は人並みの感情は持ち合わせているが、報復に傾倒するほど狂ってはいないはずだった。

 感情が膨れ上がった結果、ワルドにかけられていた暗示が弱まり、ワルドは戦意を失って引き上げようと考えた。こんなところで命をかけても意味はない。なぜこんなことをしていたのか意味はわからないが、命があったのは幸いに、本来の目的のために姿を隠して……。

 だが、ワルドが正気に戻りかけたとき、邪悪な声が彼の裏切りを許さないと響いた。

 

「おやあ、いけませんよお。悪役がつまらない心変わりなんかしちゃあ。あなた、望んで悪役の道に入ってきたんでしょう? だったら最後まで自分の役柄を貫かなきゃ」

 

 上空から特殊な電波が放射され、ワルドの脳を支配した。それはワルドが逃げ帰ってからやろうとしていたことを忘却させ、代わりにワルドの中で押さえ込まれかけていた憎しみを再燃焼させた。

「ぐぅぅ……おのれ、殺してやる、殺してやるぞ」

「そうそう、それでいいんですよ。捨てゴマが中途半端な欲なんて出しちゃいけません。右に左にどっちつかずな生き方をするくらいなら、派手にパッと燃え尽きちゃったほうが好印象です」

 ワルドの心をもてあそぶことに何ら罪悪感を持たず、そいつは楽しげに笑った。

 そして、なかば暴走したワルドはサタンモアの背を蹴り、黒煙をあげるサタンモアをミシェルたちにめがけて降下させていく。

「殺してやる。貴様たちは殺してやる!」

 サタンモアの口からロケット弾が放たれ、高度が下がったことからも今度は馬車の至近で爆発した。

「きゃぁっ!」

「副長、ダメです。もう馬車が持ちませんわ!」

 銃士隊員が悲鳴のように叫ぶ。馬車は今の攻撃の衝撃で車軸までやられ、もうバラバラに分解しようとしている。固定化の魔法で補強しても無理だと判断したミシェルは、二頭の馬を馬車から切り離して叫んだ。

「みんな、飛び降りろ!」

 馬から切り離されて速度の落ちた馬車から、銃士隊の一同はめいめい飛び降り、ヴァレリーもフライの魔法で泣きながら飛び降りた。

 ここからはもう、各人徒歩しか方法はない。そして、ワルドの襲撃が終わっていない今、ミシェルは自分が囮になろうと、一頭の馬の背に飛び乗り、皆を見渡して告げた。

「みんな、バラバラになってトリスタニアへ急げ。一人でも生き残って、隊長と女王陛下に真実を伝えるんだ」

 そう言うと、ミシェルは隊員たちが止めるのも聞かず、馬の腹を蹴って目立つように走り出した。

「はっ! こっちだワルド!」

「おのれネズミが!」

 頭に血を上らせて追撃してくるワルド。やはり、今の奴の精神状態はまともではない。

 だがそれでいい。たとえ自分がやられても、銃士隊の一人でも生き残って報告を届けられれば勝ちなのだ。

 それに、ミシェルもむざむざやられるつもりはない。サタンモアが高度を落としてくれれば存分にアレが使える。サタンモアが顎を開き、近距離からのロケット弾をミシェルに浴びせようとした瞬間、それを待っていたとミシェルの手から真っ赤な炎がほとばしってサタンモアに襲いかかった。

「くらえバケモノ!」

「なにいっ!?」

 ミシェルが土系統のメイジだと思っていたワルドは反応が遅れ、炎はまさにサタンモアから発射されようとしていたロケット弾を包み込んで誘爆に追い込んだ。

「ひっ、ぬわぁぁっ!」

 ワルドはとっさに風魔法で防壁を張ったが、爆炎は容赦なくサタンモア上のワルドをも飲み込んだ。

 サタンモアはさらにダメージを受け、フラフラとしながら高度を落とし続けている。思い知ったか外道め、切り札は最後までとっておくものだと、ミシェルはほくそ笑み、先ほど外野からワルドを煽った宇宙人も、意外な展開に感心していた。

「ほほお、人間のくせにおもしろいことをしてくれるじゃあないですか。先ほどまでの粘りといい、あの男なんかよりよほど興味深いですね……」

 生身の人間がいくら魔法を使っても円盤生物に対抗できるとは思っていなかった。しかし現実に、ワルドとサタンモアは大きなダメージを受けている。宇宙人の興味の目は、踏み潰そうとしたカマキリが鎌を振り上げて立ち向かってきたのを見たような、敬意のかけらもない冷たい関心ではあったが、なにかを思いついたように鈍く光った。

 けれど、燃え上がるサタンモアを見て銃士隊員たちが「やったの?」と歓声をあげかけたとき、墜落していたサタンモアが首を上げ、その背から強力な電撃の魔法が放たれた。

『ライトニング・クラウド!』

 数十の雷の触手が宙を舞い、馬上のミシェルを撃ち据えた。

「ぐああっ! ぐぅっ、ワルド!」

「まだ死なん、こんなもので俺は死なん! 今度死ぬのはお前たちだ!」

 かつて死んだ恐怖と絶望が憎悪と生存本能を煮えたぎらせていた。また殺されないためには、目の前の敵を殺すしかない。それがワルド自身の不義理から出た自業自得でも、生きるためにはそんなことは関係ない。

 が、生きるために必死なのはミシェルたちも同じだ。電撃のダメージに耐え、同じように感電でしびれ苦しんでいる乗馬に話しかける。

「ごめんな、でもあと少し、もう少しでいいから走ってくれ」

 ワルドが弱っているので、今のライトニング・クラウドは致命傷となる威力はなかったけれど、それでも馬にも大きなショックを与えていた。こんなありさまでも振り落とさずに走り続けてくれるこの青いたてがみの馬は本当に利口に思う。

 本当なら逃がしてやりたいが、そうもいきそうにないことを許してほしい。しかし、このままワルドを引き離せば、奴に銃士隊の部下たちにまで攻撃の手を回す余裕は無くなるだろう。そうなればこちらの勝ちだ。

「さあ来い、お前だけは、わたしの……わたしのこの手で葬ってやる!」

 ミシェルにとって、ワルドは過去に自分が犯した罪を呼び起こす亡霊のようなものだった。同じように国を裏切り、仲間を裏切った……しかしミシェルが過ちを悔い、罰を受け、罪を償おうとしているのに対して、ワルドは悪行を重ね続けている。

 自分が辿ったかもしれない最悪の末路。それを見せつけられる限り、胸の奥から苛立ちが甦ってくる。いつまでもつきまとってくる亡霊は、今度こそここで始末をつける。

「逃がさんぞ、消えろぉ!」

「消えるのは貴様だワルド!」

 真後ろから迫ってくるサタンモアに、ミシェルは炎のエネルギーを手に込めて、火炎弾として投げつけた。エネルギーの元の持ち主であったフェミゴンが使っていたのと同様の高熱の火球がサタンモアを迎え撃つ。

 だが、ワルドはニヤリと笑って杖を振るった。

「侮られたものだ。そんな単調な攻撃がこの俺に通じるか!」

 強力な風の防壁がサタンモアを包み、気流の滑りで火球を弾いてしまった。

「見たか、風は火を煽り、火を鎮める。火は風のしもべなのだ。風のスクウェアである俺に、そんな炎で立ち向かうなど片腹痛いわ」

「おのれ、こしゃくな真似を」

 ミシェルは舌打ちをしたが、実際相性が悪いのは否めない。それにミシェルは元々土の系統なのであって、火の扱いは専門外。風のベテランであるワルドに錬度で及ぶべくもない。

 なら、残った手は……だがワルドは待たずに再度強力な呪文を放ってきた。

「とどめだ! 『ライトニング・クラウド!』」

「しまっ」

 思考の一瞬の空白を突かれた。さっきより強力な電撃が来る、今度は耐えられないと思ったその時だった。

「まったく、これ以上トリステイン貴族の恥をさらすんじゃないわよ」

 大きな土壁がミシェルの後ろから盛り上がり、ライトニング・クラウドの雷を防ぎきってしまった。

 愕然とするワルド、そして唖然とするミシェル。その後ろから赤毛の馬を駆って追いついてくるブロンドの令嬢。

「確かに風は火を支配するわ。けど、どんなに風が吹こうと大地は揺るがない。これも魔法の真理のひとつね」

「ミス・エレオノール!」

「情けないわね。あなたも最下級のシュヴァリエとはいえ、トリステイン貴族を名乗ることを許された身なら、あんな外道に遅れをとるんじゃないわよ」

 エレオノールは厳しく言い放つと、ミシェルと馬を並走させつつ、サタンモア上のワルドを見上げた。ワルドはエレオノールの姿を見ると、また口汚くなにかを叫んでいるようであったが、エレオノールは一言も聞かずに眉を潜めて、眼鏡の奥の視線をミシェルに向けた。

「いいこと、私が援護するから、次の一撃でワルドを仕留めなさい」

「は、はい。しかし、ミス・エレオノール」

「勘違いするんじゃないわよ。前にも言ったでしょ、あなたには是が非でも生きていてもらわなきゃ困るの。それに……」

 エレオノールは険しい表情に一瞬だけ哀しそうな影を浮かべると、ちらりとワルドを振り向いてから言った。

「ジャン・ジャック・ワルド……あいつのことは子供の頃から知ってるけど、昔はあれほどひどい男じゃなかった。なにがあいつをあれほどの醜態をさらすまでに変えてしまったのかは知らないけれど、昔のあいつを知っている者として、かけてやれる情けがひとつだけ残っているわ」

「わかりました。終わりにさせてやりましょう」

 ゆっくりとミシェルはうなづいた。

 トリステイン貴族として、王家と国に仇なす者はなんであろうと切り捨てる。この百合の紋章を与えられたということは、そういうことだ。

 勝負は次の一撃。しかし、トライアングルクラスの魔法では、怪獣の上に乗るワルドごと倒すことはできない。頼みはやはり、ミシェルの得た炎の力。

「燃えろ、わたしの中の炎よ……」

 ミシェルの体から陽炎のようなオーラが溢れだす。怪獣フェミゴンの持っていたエネルギーが実体化しようとしているのだ。しかしそのオーラの強さを見て、エレオノールは厳しく告げた。

「ダメね。その程度の炎じゃ、トライアングルクラスと大差ないわ。それじゃ、あいつには通じないわ」

「そう言われても。わたしは元々、炎の扱いには慣れていないものですから」

「イメージなさい。形のないものを操るには、イメージの強さが基本にして奥義よ。あなたが持つ一番強いイメージで……私が奴を押さえられているうちにね!」

 その瞬間、背後からロケット弾が襲いかかってきて、エレオノールはとっさに土の防壁を繰り出してこれを防いだ。

 しかし、戦闘機すら撃墜するロケット弾をそのままでは防ぎきることはエレオノールにもできない。エレオノールはとっさにロケット弾の前に二枚の土の防壁を作り、一枚目に当てて爆発させ、二枚目で爆風を防いだが、それでも2人の背にはしのぎ切れなかった爆風と破片がいしつぶてのように当たって、ワルドは高笑いした。

「ふははは、いいざまだ。地を這いずれ、みんな醜く死ぬがいい」

「あいつめ、もう貴族の品位も残っていないみたいね」

 人間、一度堕ちれば再び這い上がるのは難しい。増して、もう戻る意思のない人間は堕ちていく一方だ。

 サタンモアは、かなりのダメージを与えたのは確かだが、まだ墜落する様子はなく飛び続けている。撃墜するには、やはりレオのシューティングビーム並の威力が必要なようだ。

 エレオノールは懸命に土の防壁を作り出して電撃やロケット弾を防いだ。しかし、それもすぐ限界を迎えそうだ。そのわずかな時間に、ミシェルはイメージを高めていった。

「強い炎のイメージ……火山。いや、そんなものじゃダメだ。わたしの知ってる、もっとも赤く、熱い……刃のように研ぎ澄ましたイメージを」

 ミシェルに宿った炎の力は本来異物。使えば減っていって必ず無くなる。ならばこそ、最大のイメージで一撃で片をつけなければならない。

 そして、自分にとって一番強いイメージは、やはり刃だとミシェルは思った。銃士隊という家族の中で、皆と磨き上げてきた剣こそが自分の誇り。炎を……刃に、そうか!

 その瞬間、ミシェルの中で歯車が噛み合い、炎のオーラが一気に強くなった。それを感じて、エレオノールも笑みを浮かべる。

「どうやらできたみたいね。あなたにとっての最強のイメージが」

「ええ、けれどここからじゃやはり位置が悪い。なんとか、奴に近づけさえすれば」

 ワルドもこちらからの反撃は警戒しているはずだ。確実に攻撃を当てるには、サタンモアの前か、できれば上から攻撃したい。しかし、フライの魔法のスピードではワルドから見れば止まっている的みたいなものだ。

 だが、そうつぶやいた瞬間だった。

「よろしい、ではその望みを叶えて差し上げましょう」

 芝居じみた声とともに、ワルドのサタンモアを黒い丸い影が覆った。

 なんと、いつの間にかサタンモアの真上に空飛ぶ円盤が現れていた。そして、円盤はその下部をせり出させると、唖然としているワルドに向かってミサイルを放ってきたのだ。

「な、なんだ! うおぉお! ええい、また俺の邪魔者が!」

 ワルドは混乱しながら吐き捨てた。ミサイルの照準は甘く、サタンモアやワルドに被害を与えるものではなかったが、すでに苛立ちが限度に来ていたワルドはサタンモアに命じて、目から放つ破壊光線で円盤を攻撃させた。

「落ちろ!」

 サタンモアの光線は円盤に命中し、円盤は爆発してぐらりと揺れた。その様子を見て、ワルドはざまあみろと哄笑したが、円盤を送り込んだ主は平然と嘲笑っていた。

「あらあら、福袋セールの詰め合わせ品じゃこんなものですねえ。ファンタスのアンドロイドさんたち、こんなスクラップ寸前の宇宙船しかギルドに出品できないとは、いよいよ持って先が無さそうですねぇ」

 この円盤は、先にタバサたちの前に姿を見せたファンタス星人が使っている戦闘円盤で、通称ロボフォーと呼ばれている。本来であればウルトラマン80もてこずるほど強力な兵器ではあるのだが、ファンタス星の衰退による老朽化と旧式化によって、今では飛んでいるだけでやっとなほどガタがきてしまっている。

 だが、宇宙人の目的はロボフォーでサタンモアを倒すことではなかった。

「最後の仕上げの時のために、あまり王様の計画で強い人たちを消され過ぎても困りますからね。さて、ちょっと手助けしてあげますけど、王様に言い訳が立つように頑張ってくださいよ」

 ロボフォーは煙を吹きながら墜落していく。その姿をワルドは笑いながら見下ろしていたが、ロボフォーは愕然としながら見上げているミシェルたちの側で降下を止めると、外部のランプを光らせて、まるで「乗れ」とでも言っているかのように上昇を始めたのである。

「これは……?」

「味方、なの?」

 状況からすれば渡りに船だ。しかし、突然のことに飲み込みきれないミシェルやエレオノールは迷った。

 どうすべきか? いや、どのみちチャンスはない。なら、いつものように、前に進むことに賭けるのみ! ダメならそのとき考えればいい。

「ミス・エレオノール!」

「ええ!『レビテーション!』」

 物を浮かす魔法の力で、ミシェルはロボフォーの天井まで飛び上げさせられた。

 ロボフォーはミシェルを上に乗せたまま、半重力で風船のように浮き上がっていく。ワルドは「なにいっ!」と、ミシェルとエレオノールの阿吽の呼吸が起こした芸当に驚愕するものの、気づいたときには遅かった。

 そのままロボフォーはサタンモアの正面斜め上、絶好の位置取りに浮いている。チャンスは、この一瞬! ミシェルの全身から、真紅の炎のオーラが立ち上がる。

「ワルド、貴様になにがあって、どうして自ら堕ちていく道を選んだのか、今となっては知る由もない。だが、貴様のやったことは……許されないことだ」

 正義を気取るつもりはない。しかし、もはやどん底まで落ち、なおも罪を重ねて恥じないワルドへの情は尽きた。

 かくなる上は是非もなし。騎士として、かつては誇り高い騎士であったお前に最後の餞別をくれてやる。

「炎を集中して、形を与える。硬く、鋭く、熱い、あの刃のように……」

 ミシェルはイメージした。何物にも屈っさず、弱きを守り、悪を切り裂く光の剣。

 炎のオーラが収束し、ある物の形へと変わっていく。赤い炎が密度を増して白い輝きへと昇華していき、すべてを切り裂く巨大な白熱の刃へと。

 銃士隊の隊員たちの何人かは、その刃の形を見て記憶を蘇らせた。あれはそう、かつて悪逆の限りを尽くした超獣バキシムと赤いウルトラマンが戦った時に、バキシムの首を一刀で切り落とした必殺の刃。

 ミシェルは大きく振りかぶると、作り出した光の刃をワルドとサタンモアへ向けて投げつけた。

 

『アイスラッガー!』

 

 ウルトラセブンの必殺武器を模した炎の刃が正眼に飛んで、サタンモアを頭から真っ二つに切り裂いていく。そして、その背のワルドにも容赦なく迫り、ワルドは避けることも忘れて光刃の前に悲鳴を上げた。

「うぉぉぉぉぉっ!」

「ワルド、次に生まれてくるときは……」

 ミシェルはぽつりと、あったかもしれない自分のもう一つの未来の姿に哀悼の意を表しようとした。だが、これまでのワルドの所業を思い出すとその気も無くなり、逆にぽつりと吐き捨てた。

「いや、二度と生まれてくるな」

「あああぁぁぁぁーっ!」

 ワルドの体も縦に二分割され、サタンモアごと両者は落下して大爆発を起こした。

 因果応報……かつて守らなければならないものを捨てて踏みにじったことで命脈を絶たれた男は、その過ちを顧みることなく二度目の死を迎えたのであった。

 もう二度と顔を見ることはないだろう。さらばだ、過去の亡霊よ。ミシェルは爆発して跡形もなく吹き飛んだサタンモアのなれの果てが上げている黒煙を見ながら思った。

 だがそのとき、ロボフォーも異音を立ててぐらりと傾いた。

「なっ、こっちもか!?」

 傾いたロボフォーはエンジンが完全に止まってしまったらしく、みるみるうちに落下していく。

 このままじゃ巻き込まれる。ミシェルは杖を取り出して『フライ』の魔法で脱出しようとしたが、落下の風圧でうまく杖を取り出せない。

”まずいっ!”

 このままではロボフォーごと地面に叩きつけられる。だが、なんとか杖を持とうと焦るミシェルの耳に、部下たちの必死に叫ぶ声が聞こえた。

「副長、こっちです。こっちに飛んでください!」

 みんな! その声に勇気づけられたミシェルは全力でロボフォーのボディを蹴ると、声の聞こえたほうの空へと飛び出した。

 風が体を覆い、上下の感覚が無くなる。風のメイジならばこんなときでも天地がわかるそうだが、ミシェルは反対の土のメイジ、空の上ではなにもできない。

 ただ無力に落下し、地面が近づいてきていることだけがわかる。しかしそれでもミシェルに恐怖感はなかった。空耳ではなく、仲間たちの確かな声が落ちながらも聞こえていたからだ。

「こっちこっちこっち、こっちに落ちてくるわ!」

「右、あとちょっと右。早く!」

「来るわよ。みんな、せーの!」

 ミシェルは体が柔らかいものに触れ、ぐぐっと勢いを殺した後で、反動でまた宙に放り出されるのを感じた。目を開けると、部下たちが大きな布をみんなで引っ張って、トランポリンのようにして自分を受け止めてくれたのを見た。

 そうして何度か跳ねて地面に下ろされたミシェルは、まだフラフラしているところを部下に肩を貸されながら立ち上がると、皆に向かって礼を言った。

「みんな、感謝する。おかげで命拾いした」

「いえ、わたしたちなんか。それより、ミス・エレオノールがご自身のマントを錬金の魔法で広げてくれなかったら、どうしようもなかったです」

 そうしてエレオノールに視線を向けると、彼女はきまりが悪そうに視線をそらしながら言った。

「勘違いしないでね。レビテーションを使えば早かったけど、私も精神力が限界でね。まったく、貴族のマントをこんな使い方させるなんて、平民なら打ち首ものよ」

「それでも、感謝いたします。ミス・エレオノール」

 簡潔な礼が一番だろうと、ミシェルは短く頭を下げて話を切り上げた。 

 見渡すと、墜落して炎上を続けているサタンモアとロボフォーから上がる煙の柱が見える。

 あの円盤はなんだったのか? いったい誰が助けるような真似をしてくれたのか? ミシェルやエレオノールは考えるが、答えは出なかった。ただひとつ言えることは、この陰謀劇は一筋縄ではいかないということだ。

 まだ何かが起こる。それも想像もしたくないような恐ろしいことが。見上げた空は美しく透き通るが、何も答えてはくれない。

「けど、わたしたち人間はそんな汚い陰謀なんかに負けはしない。さあ、みんな帰るぞ! 女王陛下に真実をお伝えし、トリステインを救う!」

 部下たちも拳を上げて「おおっ!」と応え、その意思を確かめ合った。

 

 邪魔者が消えた今、トリスタニアはもうすぐだ。急いで、悪魔の謀略から祖国を救わなければならない。

 しかし、それだけでは足りない。これほどの陰謀を砕くためには、もっと多くの力を集めなくては。別ルートでガリアに入った才人たちは何か掴んだだろうか? こちらがここまでの妨害を受けたということは、恐らく向こうも……。

 トリステインの空は、もはや残酷なほどに美しく晴れ渡っていた。

 

 

 続く


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