ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第17話  ジョゼフ包囲網結成

 第17話

 ジョゼフ包囲網結成

 

 円盤生物サタンモア 登場

 

  

 その日、ハルケギニアはトリステインから発せられた一報で、衝撃というのも生ぬるいような激震に見舞われた。

 かつて、暗殺されたと噂されるガリアの皇太子、オルレアン公シャルルの生還。それにより、オルレアン公のガリア王権奪取が始まるという宣言は、貴族も平民も混乱の巷に叩き込んだ。

「もう野望のために民を利用する兄ジョゼフを許してはおけない。ガリアの臣民よ、私に力を貸してほしい」

 この言葉を聞いたガリアの国民たちは歓喜した。そして、突然の出兵で食料や物資が取り上げられ、不満が爆発寸前であったことが後押しし、我も我もとオルレアン公を支持することを表明した。

 人々は名君として大いに期待されていた頃のオルレアン公を思い出し、その治世に今から大きく夢を抱いている。また、現在の王政府の主流派であるジョゼフ派からは反発が予想されたが、オルレアン公は彼らにもこう明言していた。

「私は始祖に誓って約束する。たとえ今は兄に仕えている者でも、心を入れ換えて新ガリアに尽くすのならば、私は友人として迎え入れる。また、私とともにある者たちは我々に降る者を決して妨げたり虐げてはならぬ。これを全ハルケギニアの前で誓約せよ」

 ここまで堂々と宣言されては、排除される恐怖にかられたジョゼフ派の貴族たちにも迷いが生じる。もちろんテレビもラジオもなく、新聞と口述が最速の世界なのでまだデマを疑う者はいるが、すでに大きな流れは止めようもなく拡大し続けている。

 トリステインに侵攻していた軍隊は、すでにオルレアン公によって洗脳を解かれて傘下に加わったという。数日とせずに引き返してガリアに姿を見せるのは間違いない。そうなれば、うねりは怒涛となってガリアを覆いつくすことだろう。そのときに義勇兵としてオルレアン公の陣営にはせ参じようと武器を取った者も、早くも数百を超えようとしていた。

 

 むろんそれは、ハルケギニアの他の国にとっても重大なことである。初めに接触したトリステインは言うに及ばず、アルビオンやゲルマニア、いまだ政争が続くロマリアにあっても、大国ガリアとの関係は国政上無視できない案件である。

「即刻、オルレアン公に味方を表明するか」

「現ガリア王を正統とみなしてオルレアン公を認めないか」

「はたまた、大勢が決するまで様子見をするか」

 いずれを選ぶかによって、自国のその後は大きく変わる。これからガリアを相手にどういう態度を示すべきかということは、各国にとって緊急の命題になっていた。

 オルレアン公は軍門に下ったガリア軍とともにガリアに帰る。恐らくガリア王はオルレアン公の帰還を許さずに軍を動かして内戦になるが、それは長くは続かない。そして戦争は、やってみなければ勝敗はわからない。

 まず間違いなく、この数日がガリアの、いやハルケギニアの歴史の転換点になると、各国の王は決断に迷い、世界中の注目がガリアに集まっている。

 

 だが、それらのすべては表面上のものでしかないことを、人々は知らなかった。おとぎ話の勇者のように劇的に現れたオルレアン公が本当は何者であるのか、その裏で本当は何が企まれているのか。

 真実を知れた者たちは、それを暴くために急ぐ。しかし、そうはさせてなるものかと、悪の使いたちが立ちふさがってきたのだ。

「ふはは、諸君らには残念だが、ここを君たちの墓場にさせてもらおう。鳥葬できれいな骨になって逝くがいい!」

 円盤生物サタンモアを駆り、帰路のミシェルたちを襲撃したのは大罪人として幽閉されているはずのワルドだった。サタンモアはその腹部から、自らの分身である小型円盤生物リトルモアを無数に繰り出し、地上で馬車を急がせるミシェルたち一行を襲わせる。

「くぅ、ワルド貴様。その怪獣はあのとき確かに倒されたはずだ。いったい何をした?」

「これから死ぬ者がそんなことを知っても意味があるまい。お前たちから受けた痛みの数々、忘れはせん。まずは貴様の心臓からえぐり出してやる!」

 ワルドは問答無用とリトルモアの大群を差し向けてきて、飛ぶ術のないミシェルたちはリトルモアから馬車を守るだけで精一杯であった。

 しかし確かに、あの怪獣……サタンモアは倒されたはず。それにワルドも、ラ・ロシェールの戦いでアニエスが心臓を貫き、変貌した怪獣も倒されたはず。

 いや、それを言うなら死んだはずのワルドが再び現れたことをわたしは知っていたはずなのに、なぜ今まで忘れていた? あれは確か……。

 だが、槍のように次々に高速で落ちてくるリトルモアの途切れない襲撃が、ミシェルに考える暇を与えてはくれなかった。剣を振り、杖を振るってリトルモアを打ち落とし、銃士隊の仲間たちも懸命に剣を振ってリトルモアを叩き落としている。

「くそっ、せめて馬だけは死守しろ。足を奪われたらおしまいだ!」

 ミシェルはこのままでは長くは持たないと思って命じた。馬ならまだしも、人の足であの怪鳥から逃れるのは無理だ。すでに馬車の幌はボロボロ、車体もいつまで持つかわからない。

 けれどワルドはそんなミシェルたちの苦境を嘲笑うかのように、サタンモアの口からロケット弾を放って攻撃してきた。赤黒い爆炎が馬車の前に立ち上がり、馬が怯えて急停止しかかるところを、ミシェルは馬の背に飛び乗って手綱を引く。

「ハイヤーッ! 止まるな、そのまま駆け抜けろ!」

 ミシェルの力強い命令に、馬ははっとしてブレーキをかけるのをやめた。しかしこの馬車は二頭立てで馬はもう一頭いる。だがそこへ、ミシェルに続いてエレオノールが空いている馬に飛び乗って手綱を握ったのだ。

「はあっ! 怯えるんじゃないわよ。いい子だから私に従いなさい」

「ミ、ミス・エレオノール!?」

「なによ、ルイズに馬術を教えたのはこの私よ。これくらいのことは、ヴァリエール家じゃ必須技能なんだから」

 想像以上の巧みな手綱捌きはミシェルも感心するほどであった。名騎手二人に率いられた二頭の馬は目が覚めたように勇敢に爆風を突っ切り、無事にその先に躍り出た。

「抜けたっ!」

「よしよし、いい子ね」

 もし止まっていたら逆に爆発をもろに食らったかもしれない。二人は命令に従った馬を誉めた。強奪同然に乗ってきた馬車だが、馬はどうやら当たりだったようだ。くすんだ赤毛と深い青毛のたてがみを持つ二頭の馬は、疲れを知らないように駆け続ける。

 その様子を、ワルドは感心したかのように見下ろしていたが、余裕の笑みを浮かべながらサタンモアの背を蹴った。

「こうでなくてはな、ウサギの生きがよくなくては狩りは面白くない。では、次の追い込みをかけようか」

 すると、サタンモアから今度は何かを抱えたリトルモアが数機出撃した。すると、そいつらは馬車の行く先に降下すると、それを地面に投下した。

 なんだ? ミシェルたちが怪訝に思う前で、それは卵から孵った生き物のように膨れていき、人間大のサイズからさらに変化して、見覚えのある怪物の姿へと変わったのである。

「ヒュプナス!?」

「ツルクセイジンじゃないの!」

 二人が驚くのも無理はなかった。ミシェルが何度も戦った人造生命体、それにミシェルたちが倒した後にアカデミーに死体がサンプルとして持ち込まれた通り魔宇宙人がそこにいた。

 現れたヒュプナスとツルク星人は、馬車の正面から突っ込んでくる。ミシェルは反射的に手綱を引きかけたが、エレオノールの怒声がそれを打ち消した。

「違う! 走るのよ!」

 ミシェルははっとした。そうだ、以前苦戦させられた経験から腰が引けてしまったが、ここで止まったら袋叩きにされてしまう。ミシェルは覚悟を決め、馬の腹を蹴った。

「突っ込め、爆炎のロッソ!」

「蹴散らしなさい、俊足のブル!」

 赤毛と青毛なので即興でつけた馬の名前を叫び、馬車はさらに加速した。

 ヒュプナスとツルク星人は馬車の直前でジャンプして空中から襲いかかってくる。ミシェルとエレオノールは杖を握り、呪文を唱えて迎え撃った。

”果たしてこいつらに、こんな状況で勝てるか?”

 かつての苦闘を思い出してミシェルの心に霜が降りる。しかし迷いを振り切って放った二人の魔法は、一発で二体を真っ二つに切り裂いて地面に叩き落としたのだった。

「やった!」

「さすが副長」

 銃士隊員たちから歓声があがる。かつての強敵をあんなに簡単に撃破してしまうとは。

 だが、ミシェルはかぶりを振って叫んだ。

「違う! 手応えが軽すぎる。こいつらは……」

 その答えは、地面に落ちた二体の死骸を見てわかった。ゴロゴロと転げながら金属音を立て、やがてただの鎧になった様に、エレオノールやヴァレリーは唇を曲げながら言った。

「スキルニル……魔法人形の一種ね。道理でもろすぎると思ったわ」

 つまり本物の星人ではなく化けさせていただけというわけだ。そのやり口に、彼女たちはワルドの狡猾さを見た。過去のトラウマを利用して怯えさせて足を止めさせようという目論み、汚いが効果的だ。

 危うく引っかかりかけたことに、ミシェルは怒りを込めて空のサタンモアとワルドを見上げた。

「ゲスが、地獄から這い出てきても性根がネズミなところは変わらなかったようだな」

「誉め言葉と受け取っておこう。君たちのようなすぐ噛みつく獣を狩るには知恵を使わないといけないのでね。さらに追い込みを続けさせてもらうよ」

「獣か、だが今のわたしは女王陛下をお守りする誇り高い番犬だ。ドブネズミめ、今度は二度と生き返らないように、引きずり下ろして細切れにしてやる!」

 それは比喩でもなんでもなく、確実に息の根を止めるためにはなんでもやるつもりだった。

 しかしワルドも憎悪を込めて言い返す。

「おもしろい。平民風情が調子に乗るのもこれまでだと思い知らせてくれる。徹底的に恐怖を味わわせてから皆殺しにして、貴様らの生首を犬に食わせてやるぞ!」

 ワルドから立ち上る怒りと憎しみの気配は、離れているミシェルやエレオノールの肌をも震わせるくらいのどす黒い熱さがあった。奴は本気で、ミシェルたちへの復讐を果たそうとしているようだ。

 しかし、エレオノールはやはりワルドのそんな様に違和感を覚えていた。ヴァリエール家とワルドの実家は長年の付き合いがあり、エレオノールもワルドをかなり昔から知っている。ワルドは満点とまでは言えなくとも、模範的な貴族としての風格は身につけていた男だったはずだ。たとえその態度がルイズを婚約者としていただくための演技だったとしても、じっくり時間をかけて念入りに行動する思慮深い男だったはず。いくら自分をさんざん邪魔してきた相手だからといって、得にもならないのにこうまで執拗に追い回すものか?

 確かにあれはワルドだ。しかしどこかおかしくて本来のワルドらしくない。

 その答えは、実はワルド自身も知らないうちにワルドの頭の中に仕込まれていた。そう、ワルドを幽閉から助けだした”親切なお方”によって、人々が特定の記憶にだけ異常を起こしたのと同じく、知らないうちに。

 アニエスやミシェルたちによって一度殺されたワルドの中には、無念と怒りが根付いたのは間違いない。だが、正常ならば理性で抑え込めた憎悪を、今は過剰に引き出されてしまっていた。

 

 馬車をどんなに飛ばしても、まだ何時間も走り続けなければならない。それまで逃げ切ることができるだろうか?

 そして、自分たちがこうして追われているということは、こちらの動きは敵に筒抜けだということ。ということは、他の者たちのところにも……。

 不幸なことに、ミシェルのその懸念は最悪な形で的中していた。

 トリステインの各地では、三日前の戦いで力を使い果たしたウルトラマンたちがエネルギーの回復を待っていた。しかし、ようやく再変身ができそうなくらいに溜まってきた彼らのもとにもスキルニルの軍団が襲いかかっていたのだ。

 

 トリステイン郊外、墜落したペダン星人の円盤の近辺で、我夢と藤宮の元にも怪しい刺客が現れていた。

「ウルフファイヤー? どうしてこんなところに!」

 十数体の獣人に囲まれて、我夢は困惑した声を漏らした。

 狼に似たサイボーグ獣人ウルフファイヤー。我夢も戦ったことのある相手だが、なんの前触れもない唐突な現れ方をして、円盤の調査中だった我夢を襲ってきた。間一髪、藤宮が勘づいてくれなければ危なかったかもしれない。

「油断するな我夢、くるぞ」

 藤宮が告げると同時に、二人を取り囲んでいるウルフファイヤーたちが襲い掛かってきた。

 ウルフファイヤーは人間以上の身体能力を持っているが超越しているわけではない。訓練された人間なら十分対抗できるレベルで、特に藤宮博也ならば複数が相手でも互角以上に戦えると我夢も見積もっていたが、戦い始めるとすぐに二人は違和感に気づいた。

「こいつら、この動き、以前戦った奴らとは違う」

「ああ、獣というより人間のような。我夢!」

 違和感の正体を確かめるために、藤宮は一体のウルフファイヤーを蹴り飛ばした。そして姿勢を崩したウルフファイヤーに向けて、我夢はジェクターガンの引き金を引いた。レーザーが突き刺さり、ウルフファイヤーの姿が消えて鎧人形が転がる。

「こいつら、ニセモノだ!」

「擬態させたデク人形か。化けさせたのは俺たちを混乱させるためか、あるいはイヤガラセか」

 藤宮は忌々しそうにつぶやいた。

 ガイアもアグルも、ニセモノには嫌な思い出がある。我夢は相手が生き物でないなら構わないとジェクターガンで次々にスキルニルを仕留め、藤宮もXIGから借りてきたジェクターガンでスキルニルを破壊していった。

 しかし、スキルニルはウルフファイヤーの姿をとったものだけでなく、魚人を模した者なども次々に現れて二人を辟易させた。

「こいつら、やっつけてもやっつけてもキリがない」

「自動人形はこっちの世界では貴族なら特に珍しくもない代物らしい。それなりの資産がある奴ならいくらでも用意できるだろう」

「それってつまり、彼女のところの」

「どこまで関係しているかはわからんがな。ただ、この鉄屑どもを差し向けてきた意図は想像がつくだろう?」

 藤宮のその問いかけに我夢はうなづいた。たいして強くもない、数だけは多い雑兵どもをこのタイミングで送りつけてくる理由、それは。

「時間稼ぎだね」

「そうだ。その王様どうやら、この数日で本気ですべてを終わらせるつもりらしいな」

「それに、そんなことを許すということは、”あいつ”も準備が終わって動き出したってことかも。くそっ、わかっているはずなのに、こっちは後手に回ってばっかりだ」

 我夢の言葉には悔しさがにじみ出ていた。これだけの数のウルトラマンがこの世界にはいるというのに、敵の企みをなにも予防できないでいる。

 しかし、藤宮は落ち着いて我夢に告げる。

「それは昔からだ。俺たちはどうしても守りの戦いを強いられている。破滅将来体のときからずっとな。焦って無理に反撃しようとしたらどうなるかは、お互いにわかっているだろう?」

 その言葉に、我夢もうなづいた。侵略者は一方的にこちらに攻撃を仕掛けてくる。それは腹立たしいものだが、かといって手の届かないところへ無理に手を伸ばせば、地球怪獣たちの混乱を招いたアグルの失敗や、ワームジャンプミサイルの攻撃を逆用されたG.U.A.R.D.の過ちをまた招くことになってしまう。

 守りながら攻めるほど難しいものもない。それでも、守るべき大切なもののためにウルトラマンは戦うのだ。

 だが、スキルニルの軍団をなんとかいなしていた我夢と藤宮の足元から、不気味な地鳴りが近づいてきた。

「あれは!」

「魔法人形もああまで大きいと怪獣だな」

 二人の前に姿を現したのは、以前にロマリアで才人たちが戦ったヨルムンガントの同型機であった。

 ただし、大きさは以前が二十メイル以上あったのに対して十メイル以下ほどまで小型化している。量産性と取り回しの良さを優先した後継機であろうが、それでも全身に鋼鉄の鎧を着こんでおり、人間から見れば強敵である。ジェクターガン程度では、破壊できなくはないが苦戦させられそうだ。

 ヨルムンガントの巨体を前にして、我夢も藤宮も無意識にエスプレンダーとアグレイターに手が伸びかかる。けれど我夢はぐっと我慢して藤宮に言った。

「わかっているよ藤宮。あいつは僕たちのなけなしのエネルギーを無駄遣いさせようとしてることくらい」

「だが、あからさまでも奴らは俺たちが変身せざるを得なくなる状況に追い込もうとしている。恐らくウルトラマンになれば、あっという間に勝てる。しかしまたしばらくの間、俺たちは必要なエネルギーを失うことになる」

 そうなれば敵の思うつぼ。しかも敵はそうとわかっているからこそ、人間の力では勝てないギリギリのラインを見極めて最低限の攻撃を仕掛けてきている。

 効率的だが悪辣な。シェフィールドの知性の高さを証明するような攻撃の仕方であった。だが、知恵比べなら我夢と藤宮も負けてはいない。

「だがこんな効率重視の攻撃を仕掛けてくるってことは、裏を返せば向こうも出せる手が尽きてきてるわけだ。敵も、焦ってきている」

 我夢と藤宮は顔を見合わせてうなづいた。そういつまでも敵のやりたいようにやらせるわけにはいかない。そのためにも、このヨルムンガントをなんとかする方法を考えねば。

「あのときの取り引きでおとなしくしてやるのもこれまでだ。そろそろ、返すものを返してもらいにいくか」

 こちらだって伊達に何ヵ月もハルケギニアにいたわけではない。いつまでも好き勝手に事を進められると思うなと、二人は思いを共にした。

 

 だが一方、大ピンチに陥っている奴もいる。ウルトラマンダイナことアスカ・シンは、タルブ村からトリスタニアに戻る途中でスキルニルの軍団に襲われていた。

「って、おいぃ! ディゴンにナルチス星人にチェーン星人って、俺は夢でも見てんのかあ!?」

 こちらのほうも、かつて戦った敵に化けたスキルニルに追われていた。タルブ村での滞在に後ろ髪を引かれつつもトリスタニアに戻ろうとしていたが、その途中でいきなり襲われたアスカは大慌てで逃げていた。

 だが、もちろんスキルニルを用意したシェフィールドはアスカの前歴などは知らない。これについてはあのコウモリ姿の宇宙人がこれだけのためにアスカの宇宙まで行ってわざわざ調べ上げたものなのだが、彼曰く「人の嫌がることのためにする努力というものは格別の味がするものでしてねえ」とのことである。

 しかしオモチャにされているアスカにとってはたまったものではない。彼もダイナに再変身する力は溜まりかけているが、ここで変身してしまえばすべて台無しだということはわかっている。

「くっそ、こんなことならガッツブラスターを我夢にメンテに出しっぱなしにしとくんじゃなかった!」

 おまけに運の悪いことに、タルブからトリスタニアまでの道は避難民が大勢いるので大通りに飛び込むわけにはいかず、脇道を逃げるしかない。アスカはやっぱり歩いて帰らずに我夢に迎えをよこしてもらえばよかったと後悔したが後の祭りとはこのことである。

 ただ、アスカはいろいろあって走ることが多かったおかげかスタミナはある。追い付かれないまま安全なところまで逃げ切ろうと考えていたが、ふと前にもこんなことがあったなと思い出した。

「待てよ、もしかしてこいつら、幻なんじゃないのか?」

 SUPER GUTSで戦っていたときに現れた恐怖エネルギー魔体モルヴィアは人間の記憶にある恐怖の対象の幻影を出現させることができた。今回もあのときのように、いるはずのない星人が大挙現れているから、もしやと思ったアスカは立ち止まって振り返ると、迫り来る星人軍団を睨み付けて叫んだ。

「さあ来い、幻め。俺はお前らなんか恐くねえぞ!」

 それは勇気ある決断であった。しかし無謀だった。迫ってきたゾンボーグ兵に殴られたことで、アスカは相手が幻なんかではないことを嫌でも納得させられた。

「本物かよおーっ!」

 また逃げ出したアスカを、星人に化けているスキルニルが追いかけていく。

 足はアスカのほうが速いが、スキルニルは疲れというものを知らない。端から見たらそれは一人の人間と多数の星人の鬼ごっこというシュールな光景だった。しかし。

「ちくしょう、こうなりゃいちかばちか!」

 さしものアスカもスタミナが危なくなり、戦うしかないかと足を止めた。ここでエネルギーを浪費してしまえば、また当面はダイナになれなくなる。そんなときに怪獣が襲ってきたらお手上げだが、このままだとこっちが殺されてしまう。

 なんとかエネルギー消費を抑えて、最低限の力で奴らを倒す。エネルギーが削られるのは仕方ないが、もう他に手はない。

 星人たちはガシャガシャと鎧の音を立てて迫ってくる。落ち着いて考えればそれが星人の足音ではないと気づけたかもしれないが、焦っているアスカには無理な話だった。

 リーフラッシャーを構え、意識を集中するアスカ。ダイナは等身大変身もできる。変身してすぐに奴らを片付ければ、エネルギーの消費は最低限に抑えられる……はず。

 だが、アスカが変身しようとした瞬間だった。タルブ村への抜け道で、使う人の少ないはずのこの道の反対側から、車輪が石を跳ねあげる音が近づいてくるのが聞こえ始めたのだ。

「やべえ、挟み撃ちかよ!」

 逃げ場を失って焦るアスカ。前と後ろから迫るものたちは、確実にアスカに近づきつつあった。

 

 陰謀の真実を暴こうとする者、光を持つ者たちへと刺客が迫り来る。果たして、他の者たちはどうなっているのか……敵の手は次々と彼らの行動を封じ、口を封じるために打たれてくる。

 残りの者たちはどうなっているだろうか。いずれにせよ、執念深いシェフィールドが見逃すことはないだろう。しかし、手持ちのすべてを枯らすほどの攻撃を仕掛けてくるほど価値のある、その先にあるものとは……?

 

 

 トリステインの中央平原。そこでは数時間前までトリステイン軍とオルレアン公に下ったガリア軍が対峙していたが、ガリア軍はオルレアン公に率いられてガリアへの帰途へとつきはじめていた。

「まるで、歌劇を見ていたようですわね」

 夢から覚めたような、虚ろなアンリエッタの声が流れた。

 トリステイン軍はアンリエッタとともに、ガリア軍の去り行く後ろ姿を見送っている。隊列を整え、粛々と、万を越える人間が行進して遠ざかっていく背中を眺めることなどそうはないだろう。

 こんな光景を見ることになるとは、半日前には夢にも思わなかった。国土を蹂躙するガリア軍からトリステインの民を守るための決死の出撃をしようとして、全員が今日死ぬことを覚悟していた。

 だが、事態はオルレアン公の登場で180度ひっくり返った。清廉にして勇壮、あのような立派な貴族を見たことが無い。彼はその威光でガリア軍の心をわしづかみにし、全軍を己の物へと変えてしまった。侵略軍は一瞬にして正義の解放軍へと裏返ってしまったのだ。兵たちは興奮が覚めると現実味を感じられずに呆けている者もいるが、仕方ないことだろう。

 そして今、オルレアン公はガリア軍の先頭に立ってガリアに逆に攻め込もうとしている。その姿はもはやここからは見えないけれど、アンリエッタらの目には彼の猛々しい姿がくっきりと焼きついていた。

「ですが、自らの兄を討伐せねばならないなんて、なんて悲しい人なのでしょう」

 哀れみを込めてアンリエッタは呟いた。

 諸悪の根元である悪王ジョゼフに天誅を加えること。それはガリアの民みなが望むことではあろうが、血を分けた家族を討たなければならない宿命のなんと過酷なことであろう。アンリエッタの傍らに控えるド・ゼッサール卿も、勇壮に去り行くガリア軍を複雑な面持ちで見つめていた。

 だが、憂えるアンリエッタに、うやうやしく進言した者がいた。オルレアン公の命でトリステインに大使として残された貴族である。

「女王陛下、ご無礼を承知で申し上げます。我が主、シャルル・オルレアンは近い将来必ずやガリアの王となられるお方、しかしジョゼフもこのまま黙っていることはないでしょう。公はああ申されましたが、どうか公をお助けいただけないでしょうか」

 その真剣な訴えに、アンリエッタは即答したいのを抑えて、真剣な面持ちに戻って答えた。

「それは、わたくしの一存では決められません。おわかりでしょう、事はもう貴国と我が国だけで済む問題ではないのです」

 オルレアン公を助けたい気持ちはアンリエッタにもある。オルレアン公本人にも、友好的な態度は示したのは確かだが、女王の責務としては、あれで最大限の外交辞令であった。

 なぜなら、他国の内戦に関与するというのはよくも悪くも後への影響が大きい。アンリエッタにその気が無かったとしても、他国から領土拡張の野心を疑われたり、無償で助けても、別のところが「だったら自分たちも助けてくれ」と言い出してきたりもする。国と国との関係とは、そうしたエゴイズムのバランスゲームなのだ。

 もしここでアンリエッタがオルレアン公派との同盟などを約束すれば、城に残ったマザリーニ樞貴卿が烈火のごとく怒るのは目に浮かぶ。しかし、大使は首を横に振ると、真摯な面持ちで続けた。

「女王陛下のお気持ちはよくわかります。なによりすでにガリア軍の手によってトリステインに少なからぬ被害が出てしまっている以上、この上トリステインに軍の派遣や資金援助をお頼みすることはできません。むしろ戦後にそれらを賠償させていただく所存です」

「ではあなた方は、トリステインに何をお望みになると?」

「そのことです。ガリアのことは、我々ガリア人の手で解決するつもりでありますが、万が一ジョゼフやその派閥の者が国外に逃亡するようなことがあれば、戦火が飛び火し、内戦が長期化する恐れがあります。そのため、トリステインには国境をしばらく厳重に封鎖し、誰も逃さぬようにしていただきたいのです」

「それは、望むべきところです。しかし、我が国はともかく、ゲルマニアやロマリア方面に逃亡される可能性もありますわよ」

 むしろ、始祖の血統を欲しているゲルマニアに逃亡される可能性がもっとも高いと思われた。トリステインに逃げ込むのは、進退極まったジョゼフ派の貴族が亡命してくるくらいで、ジョゼフ本人が逃亡先に選ぶとは思いがたい。

「その点は心配ありませぬ。ゲルマニアにも我らの使者がすでに飛び、オルレアン公が王位を得た暁には、ガリア宗教庁からの法命でジョゼフを始祖の血統から除外すると伝えてあります。もしゲルマニアがジョゼフを保護すれば、それは異端と認定されます。それをゲルマニアのブリミル教徒は許さぬでしょう」

 その手回しのよさにアンリエッタは驚嘆した。ゲルマニアの皇帝がいかに悪賢く利に聡い人物であっても、異端というハルケギニアで生きるにして最悪の汚名を着てまでやるとは思えない。残るロマリアはジョゼフが逃げ込んでも後ろ楯になる有力者がいないので、そのまま追っ手を出せばよい。

「わかりました。国境をふさいで逃がさぬようにするだけで、戦火の拡大は防げるのですね」 

「はっ、そして逃げ場を無くすことで、ジョゼフも観念しやすくなるでしょう。あれも命は惜しいはずですからな」

「そういうことでしたら問題はありません。トリステインの空軍と騎士隊を持って、国境はネズミ一匹通しはしないと約束しましょう」

 アンリエッタが了承の意を表したことで、大使は膝まずいて涙を流した。

「おお、おお、ありがとうございます。女王陛下のご期待に答えるためにも、我らは必ずや王位を奪還し、トリステインとともに平和なハルケギニアを作ることを約束いたします」

「頭をお上げください、大使どの。平和を望むことは、王として当たり前のことですわ。それよりも、このくらいのことでしかお助けできないわたくしをお許しください」

「いいえ、まるで百万の味方を得たようでございます。こうしていただくだけで、オルレアン公の正しさを世界が認めたということが万民に知れ渡ります。そう、ハルケギニアによるジョゼフ包囲網ができあがるのです」

「ジョゼフ包囲網、ですか」

「そうです。ハルケギニアが一体となって悪を打つ、私利私欲で王になると罰が下るということを世界に示すのです。そうすれば、ジョゼフのような無能王が玉座に座ることもなくなります。世界は、あるべき姿になるのです」

 力説する大使に、アンリエッタは空を仰いで夢を抱いた。自分も至らないことは多々あるけども、せめて悪い王にだけはならないようにと努めてきた。アニエスやミシェルの境遇を知り、同じ悲劇を繰り返させないために。

 しかし、他国の王にまでは手を出せない。隣の国でどんな悪政が行われていても、民を助けることはできないのだ。それが、こうして悪王を出さないように世界を良い方向に変えられるなら、なんて素晴らしいことだろうか。

「世界にこれから、良き未来が訪れるのですね」

「そうです。オルレアン公は知勇徳を合わせ持った類まれなお方、必ずやジョゼフを大決戦で打ち破ってくれましょうぞ」

 誇らしげに言う大使の言葉に、アンリエッタは頭の片隅がずきりと痛んだような感触を覚えた。

 決戦……ガリアと……前に、こんなことが……?

 奇妙な違和感と、不安が浮かんでくる。これはいったい……? しかし、ド・ゼッサールの「どうなさいました陛下?」という呼びかけで我に返ると、アンリエッタは笑みを見せて皆に告げた。

「いいえ、なんでもありません。それより早く城に戻ってこのことを国民に知らせて、もう戦争はないのだと安心させてあげなくては。そして、素晴らしい知らせを伝えてあげましょう」

 アンリエッタの心に、平和が戻ってくるという喜びが湧き上がってくる。早くこの喜びを皆と分かち合いたい。見ると、兵たちも同じように希望に満ちた表情をしている。

 転進の命令が下され、トリステイン軍は踵を返した。やってきた時とは気持ちも反対に足取り軽く、トリスタニアを目指していく。

 まだ気を抜くわけにはいかないが、オルレアン公という未来の英雄が現れた。ガリアに名君が生まれれば、トリステイン、アルビオン、ガリアの三国同盟も可能だ。そうなれば、ゲルマニアも完全に抑え込んで、大きな戦争は根絶される。

 そのためにも、当分の間ガリアからは目が離せない。いや、おのずと全世界の注目はガリアの動向に集中するのは間違いない。

「ルイズ、あなたにも早く教えてあげたい。いえ、それとももうガリアで知って驚いてるころかしら、ふふ」

 アンリエッタは、まだ目の前で起きた出来事しか知らない。それは当然であり何の罪でもないことであるが、その浮かれゆえにアンリエッタたちは大使がひっそりと邪悪な笑みを浮かべていたことに気づけなかった。

 

  

 ガリアでもうすぐ、嵐が起ころうとしている。それもただの嵐ではなく、誰も体験したことのないような巨大な嵐だ。

 オルレアン公のことを知った人々は、その嵐をどう受け止めるかに銘々走り回っている。そしてリュティスの王宮、グラン・トロワでも、嵐を待ちわびてジョゼフが愉快そうにつぶやいていた。

「嵐か、嵐が来るのを楽しみにするなどガキの頃以来よ。シャルルと二人で揺れる窓や雷の轟音にはしゃいで乳母に叱られたものだ。ミューズよ、知っているか? 嵐はなにもかもを壊していくが、去った後は澄んだ空気と豊富な水で恩恵を与えてくれるそうだ。まさに、今のガリアにはふさわしい」

 饒舌に語るジョゼフは、明日に遠足がやってくる子供のように無邪気な笑い声をあげていた。

 だが、傍らに控えているシェフィールドの表情は晴れない。いや、むしろ青白い顔色がさらに血の気を失って冷や汗をかいているようで、ジョゼフは声色を平常に戻して尋ねかけた。

「どうしたミューズよ? 震えているぞ、なにか心配ごとか」

「い、いえ、ですが、ですが……」

「かまわぬ、ここまで来たのだ。もはやなにを恐れるものか」

 責めるつもりなど無いというふうに促すジョゼフに、シェフィールドは躊躇していたが、ついに土下座も同然にあることを告白した。

「も、申し訳ありませんジョゼフ様! 大望を目前にして、私は万死に値する失態をしてしまいました!」

 謝罪を混ぜつつ、シェフィールドは震えながら、あることを白状していった。

 ジョゼフのためであれば死も恐れないシェフィールドであるが、今回ばかりはその場で処刑されることも覚悟していた。いや、自分の首など惜しくもないが、ジョゼフに無能と罵倒されて切り捨てられることをシェフィールドは心底から恐れていた。

 しかし、激怒されると思っていたシェフィールドは、逆にジョゼフの呵呵大笑を聞くことになった。

「ふはは、ふははは! なるほど、さすがさすが。これは一本とられたわ! はっはっはっ! なんと見事よ。傑作ではないか」

「ジョ、ジョゼフ様?」

「ミューズよ、詫びる必要はないぞ。責任は、この期に及んでまだあれを侮っていた俺にある。いやはやまったく、俺が無能王だということを思い知らされる。かなわんなあ」

「申し訳ありません。すでに、手は打ってあるのですが……」

「気にするな。嵐はすでに起きた。山が動いたところで嵐を食い止めることなどできん。いまさらどうしたところで、嵐に吹かれ流されて、あるべきところに落ち着くだけよ」

 怒る様子などかけらもなく、ジョゼフは楽しんでいる様子さえ見せていた。

「それよりミューズよ、そろそろ腹が減ってきた。もう何度も食う機会は残っておらんだろうし、厨房に持ってくるよう伝えてきてくれんか」

「は、御意に!」

 下僕に命じるような用だというのに、シェフィールドは喜んで飛び出した。

 しかし、ドアの向こうに去ろうとしたシェフィールドを、ジョゼフは呼び止めてこう付け加えた。

「言い忘れていた。三人分……用意させろ」

「は、はいっ!」

 ジョゼフの言葉の意味を理解したシェフィールドは、春の花畑で蝶を見つけた少女のように目を輝かせて行った。

 広い居室に一人となったジョゼフ。シェフィールドが戻ってくるまでには、まだしばらく間があるだろう。

 顔から笑みを消し、無表情となったジョゼフは部屋の奥のほうへと歩いていった。そこには王家の紋章の描かれたヴェールをかけられた、ひとつの棺が置かれていた。

「シャルルよ、見ているか。今の俺を見て、お前は笑うか、それとも怒るか。どちらにしろ、バカな兄はもうすぐいなくなるから安心しろ。そうだ、俺がいなくなればすべてうまくいく。世の中はあるべき姿に戻るんだ。だからな、驚くがいい……そして、そしてな……」

 

 狂気か、夢か、それとも虚無か。止まらない嵐がガリアを飲み込んでいく。 

 

 

 続く


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