第31話
宇宙正義の守護者 (前編)
怪獣兵器 スコーピス
サボテン超獣 サボテンダー
ウルトラマンジャスティス 登場!!
アルビオンの領土の中央部、サウスゴータと呼ばれる地方の一角の森林地帯の中に、ウェストウッドという小さな村がひっそりとある。
ただし、村、といっても実際は小さな小屋が十件ばかりあるだけで、街道から離れていて人が訪れることもほとんどない。
それに、この村には一般的な村人と呼べる人間はほとんどいなかった。なぜなら、この村の住人の九割以上は、皆が歳の頃十前後の少年少女ばかりだったからである。
「あと、それと、その果物をお願いします」
そんな中で、唯一子供達と違う……といってもまだ幼さを残した顔つきの、大きな帽子をかぶった金髪の少女が、行商人から食物や衣類、生活雑貨の類を買い求めていた。
大きな荷馬車からは様々な雑貨から、異国から運ばれてきたと見えるような珍しい物まで色とりどりに目を楽しませてくれる。ただし、行商人の人のよさそうな笑顔の下の肉体はがっしりと引き締められていて、半端な盗賊などはものともしないような戦士のような雰囲気も見える。もっとも、そうでなければこの戦時下で商品を持って歩くことなどはできないのかもしれないが……
けれど、少女はそんな時代の息苦しさを感じさせない明るい笑顔を浮かべて行商人に言った。
「いつもありがとうございます。あなたが持ってきてくれるものは大変助かります」
「いえいえ、これも商売ですから……そうだ、お得意さんのお礼と言ってはなんですが、これを差し上げます」
行商人は、ぽんと手を叩くと荷物の中から小さな鉢植えを取り出して少女に渡した。
「これは……なんですか?」
少女は見たこともないその植物を見て首をかしげた。緑色で丸っこく、全体に鋭い針のようなとげがびっしりと生えている。
「それは、はるか南方の植物で、サボテンというそうです。私も最近知り合った商人から譲ってもらったんですが、私のような者が持っていても仕様が無いですからね。見てください、そのてっぺんのところ、つぼみがもうすぐ咲きそうですよ」
見ると、球体の頭頂部に小さな赤いつぼみがかわいらしくついている。
少女は満面の笑みを浮かべて行商人にお礼を言った。
「ありがとうございます。大事に育てます」
「お気にいってもらえてうれしいです。それでは、こちらにはまた二週間ほど後に寄らせていただきます」
お代を受け取った行商人は、にこやかな笑顔で少女に頭を下げて、荷馬車で立ち去っていった。
そして行商人を見送った少女は荷物を家の中に運び込もうと、かさばるそれを力いっぱい持ち上げて、一生懸命運び始めた。すべてが彼女を除いて子供用とはいえ、十数人分ともなればそれなりの量になる。
「ふぅ……最近は暑くなってきたわね。このサボテンは花壇のほうに置いておきましょう」
十と数分のち、ようやく大体の荷物を室内に入れてほっと一息ついたとき、彼女の耳にその子供達の一人の声が飛び込んできた。
「ティファニアお姉ちゃん!」
「あら、ジムじゃない、どうしたの?」
少女は、自分の名前を呼んできた少年の目線に腰を落として優しく尋ねた。
「大変なんだ、エマがどこにもいないんだ!」
「まぁ! いつからいないの!?」
「もうしばらく……あいつ、そろそろ北の森に木の実が生り始める時期って言ってたから、たぶん」
「大変! 村の外には野盗がいっぱいいるから、出ていっちゃだめって言ってあったのに」
ティファニアは慌てて探しに出ようとした。行商人から、最近戦争が起こってあぶれた傭兵が野盗化してあちこちで被害が出ていると聞かされていたので、彼女なりに用心していたのだ。
唯一の護身用の武器である魔法の杖を確認し、子供達に戻ってくるまで家から出ないようにと言い聞かせて、彼女は木の実の生っている北の森のほうへと駆け出した。
しかし、村から出る寸前で、彼女は探しに行こうとした本人の元気な声を前から聞いた。
「テファおねえちゃーん!」
「エマ!!」
胸の中に思いっきり飛び込んできたエマを、ティファニアは抱きとめて頭をなでてやった。
「もう、心配したんだから……怪我はなかった?」
「うん、悪い人達に追っかけられてすごく怖かったんだけど、あのお姉ちゃんに助けてもらったの」
エマが指差した先には、あの黒服の女性が無言で立っていた。
「あなたが、エマを助けてくれたんですか?」
「野盗に追われていたところを偶然通りがかってな」
彼女は無愛想に答えたが、エマはうれしそうに彼女の服のすそを掴んで助けられたことをティファニアに話した。
「このお姉ちゃんすごいんだよ。あっというまに悪い人たちをみんなやっつけちゃったんだから! ねえねえ、お姉ちゃんも魔法使いなの?」
「いや、だが似たようなものかもな……お前がこの子の保護者か、これからはもう少しきつく言い聞かせておくことだな」
「はっ、はい!」
まるで母親に叱られたように、ティファニアは背筋を正して答えた。
彼女は、それだけ言うと踵を返して立ち去ろうとしたが、ティファニアはその手をとると、慌てて引きとめようとした。
「待ってください! エマの危ないところを助けてもらったのに、そのままなんてできません。なにかお礼させてください」
「偶然通りすがって、そのついでに送ってきただけだ。旅の途中なのでな、気にすることはない」
「じゃあ、せめて一晩泊まっていってください。もうすぐ暗くなりますし、夜の一人歩きは危険です」
彼女は眉ひとつ動かさずに少しの間考え込んでいた。はっきり言って野盗などいくら来ようとものの数ではないが、この娘はこちらがうんと言うまで離してくれそうにない。かといって無理矢理引き剥がしていくのもどうかと思っていたら、エマも服のすそをつかんで絶対に離さないよと意思表示をし始めた。
「ねえお姉ちゃん、一晩でいいから寄っていってよ。テファお姉ちゃんのお料理はすごくおいしいんだから、ねえ」
その、子供ならではの純真な瞳に、彼女もついに根負けしたかのように、ふぅと息をついた。
「……わかった、一晩だけやっかいになることにしよう」
「よかった! 子供たちも喜びますわ。わたしはティファニア、みんなはテファって呼びます。あなたのお名前は?」
「ジュリ、そう呼んでもらえればいい」
こうして、不思議な旅人を加えてウェストウッドの日は落ちていった。
日が落ちると、その日の森の空は満点の星空に変わった。
地球のようなネオンの輝きやスモッグによる邪魔もなく、二つの月を囲むように幾億の星星と、それが織り成す大銀河が天空を銀色に明るく染めている。
ティファニアの家から料理のできるよい香りの煙が漂いはじめるころには、彼女の家の居間は待ちに待った夕食と、思いもかけない客人の来訪にはしゃぎ立つ子供達の騒ぎ声で、そこだけ別世界のようににぎやかになっていた。
子供達は、最初無表情で椅子に腰掛けている黒服の女性に警戒心を見せたが、ティファニアがエマが森で助けられたことを話して、そのエマが母親にするようにジュリのひざの上に飛び込んでいくと気を許した。一斉にジュリを取り囲んで、どこから来たのとか、桃りんご好きとか色々勝手なことを聞き始めて、ティファニアが座りなさいと声をかけるまでジュリは落ち着くどころではなかった。
ただ、食事時になっても何故かティファニアは帽子を目深にかぶったままで、室内では邪魔であろうに外そうとはしていなかった。もっとも、帽子をかぶったままなのはジュリも同じで、ティファニアはそのことを指摘されるかもと思っていたが、ジュリは気にした様子をまったく見せないので、少し安心できていた。
「それでジュリさんは、どうして旅をしてらっしゃるんですか?」
夕食のシチューを行儀よくスプーンで口に運びながら、ティファニアはなんとなく聞いてみた。
「……ずっと追っているやつが、このあたりに逃げ込んでな。今度こそ始末しようと探しているのだが、気配を隠しているらしく、なかなか見つからん」
「追ってきたって……ジュリさんって、お役人なんですか?」
「いいや、宇宙正義に基づき、宇宙の秩序を乱すものを排除するのが私の使命だ」
「はあ……」
ティファニアはよくわからないと、大きな瞳をぱちくりしながら聞いていた。
「それで、ジュリさんが追ってきた相手って?」
「スコーピス、数多の星を滅ぼした宇宙怪獣サンドロスの使い魔の、その最後の一体だ」
「星って、お空のあの星のことですか?」
「そうだ、お前たちには理解しづらいかもしれんが、あの星星にはここと同じように様々な文明が存在している。ただ、とてつもなく遠いからここからでは小さな点にしか見えんし、この星の人間の力ではそれを知ることもできないがな」
「はあ……」
話はティファニアの理解できるレベルをはるかに超えていた。子供達にいたっては、まるで外国語を聞いているようにぼんやりして、シチューをかきこむことのほうに集中していた。
けれど、今の話にたったひとつだけティファニアにも理解できる部分があった。
「あのお、使い魔って、魔法使いの人が使役してるっていう、動物なんかのことですよね。つまり……そのサンドロスっていう人の使い魔のスコーピスという生き物が逃げ出して、ジュリさんはそれを追いかけているということですか?」
「ふむ、まあそういうことにしておくか……ここまで二体逃げてきた中で一体は撃ち落し、その後気配が消えた。恐らくこの星の何者かに倒されたのだろうが、残る一体は私が必ず始末する」
それならばティファニアにも理解できた。要するに、悪い人の悪い使い魔が逃げ出して、ジュリはそれを追っているということだ。
だが、スプーンを握ったままティファニアがうなづいていると、今度はジュリのほうが話を振ってきた。
「このあたりで、何か最近変わった話を聞いたり見たりしたことはないか? 例えば空から何かが降ってきたり、森が突然枯れ始めたとか」
「……はっ、いっ、いいえ、そういったことは特に」
慌てて手を振って答えると、ジュリはほんの少しだけ眉をひそめた。
「そうか、やはり気配を隠しているな、面倒なことだ」
「すいません、お役に立てなくて……わたし、もうずっとこの村から出たことがなくて」
すまなそうにしょんぼりとティファニアはうなだれた。
「気にするな、だがいずれ奴はしびれを切らせて動き出す。凶暴で残虐な奴だ、子供達を大切に思うなら、しばらくは遠出をせずに村でじっとしていろ」
「はい、わかりました!」
子供達の安全がかかっているのならティファニアにとっても人事ではない。背筋を正して、まるで敬礼のようにぴしっと返事をした。
といっても、元気いっぱいの子供達にとってはそんな重大な話もどこ吹く風。あっという間に皿の上を平らげてふたりに擦り寄ってくる。
「ねえお姉ちゃん、早く食べないと冷めちゃうよ」
「ジュリお姉ちゃん、うちに来てよ、いっしょに遊ぼう」
「えーっ、ジムずるい、ジュリお姉ちゃんはあたしたちと遊ぶの」
すっかり子供達に懐かれてしまったジュリはどうしたものかと思案にくれた。
深い森の奥で毎日を過ごしてきた子供達は刺激に飢えており、その発散するパワーはものすごいものであった。
結局、ティファニアが間にとってとりなしてくれたものの、子供達が疲れて寝付くころにはすっかり夜も更けてしまっていた。
そして夜も更けて、虫の鳴き声だけがわずかにするだけの時刻。
子供達も自分達の家に帰って休み、ようやく解放されたジュリはティファニアの家に泊まることになって、客人用のベッドメイクをしているティファニアの後ろで、壁に寄りかかったままじっとしていた。
「あの、狭いところで申し訳ありませんが、よろしければどうぞ……」
控えめに言ったティファニアだったが、ジュリは壁に寄りかかって目をつぶったままだった。
「あの、お気にめしませんでしたか?」
「……睡眠という行為は特に必要としない。奴がいつ現れるかわからん、私はここで見張っていよう」
「はあ……」
ティファニアは本日何度目になるかの「はあ……」を口にした。
とにかく、彼女にとってこのジュリという女性は理解の範疇を大きく超えていた。これまでにも旅人を泊めたことは幾度かあったが、彼女はよほど遠方から来たようで、こちらの常識が通じない。なにせ仕草にいちいち隙がないし、話すことは難しすぎてよくわからない。ただ、エマを助けてくれて、あれだけ懐くのだから悪い人ではないのだろうと、それだけは確信していた。
だが、ティファニアもまたジュリにまだ隠していることがあった。しかし、それを自分から伝えるには彼女にとって大変な勇気を必要とすることだった。それに、ティファニアにはもう一つ、どうしてもジュリに聞いてみたいことがあった。
「あっ、あのっ!」
「ん?」
何かを決意したように、目を見開いて叫ぶティファニアをジュリはいぶかしげに見つめた。
「あ、あの……た、大変失礼な質問だと思うんですけど……ジュリさんって、その……人間なんですか?」
普通の人間なら、こんな質問をされたら烈火のごとく怒るだろう。人付き合いの少ない彼女でもそれぐらいは分かった……それでも聞いてみようと思ったのは、ジュリから漂ってくる雰囲気が、ティファニアがこれまで出会ったどんな人間とも違う、むしろ人間と一線をひいているようなところがあったからだが、ジュリは平然とした様子で。
「人間ではない。姿を借りてはいるがな」
「……!! じゃあ……」
「心配するな、本質的にはお前達とそこまで違いはしない。それに、生物学的に言うのならば、お前も人間ではないのだろう?」
心臓に矢を突き立てられるような感覚をティファニアは覚えた。
「気づいて、らしたんですか?」
恐る恐る、それまでずっと目深にかぶり続けていた帽子を脱いだとき、ティファニアの顔の両側には、人間のものよりずっと長くとがった耳があった。
それは、ハルケギニアで知られている多くの亜人の中でも、もっとも強く、もっとも人間に近く、そしてもっとも人間とは相容れないと言われている種族、エルフの持つ特徴だった。
「見れば、大抵の種族の見分けはつく……なぜ人間の集団の中に一人だけでいるのかは知らんが、その様子だと人間との間で何かあったようだな」
「私は、人間の父とエルフの母の間に生まれた混じり物……ハーフエルフなんです。父と母は昔……」
「思い出したくない思い出なら、無理に話さなくてもいい」
その話をしようとして、ティファニアが悲しげな顔になりかけたとき、ジュリは話に割り込んで止めた。
エルフは、大昔から人間と対立してきた種族として知られている。人間とは意思の疎通も、望めば愛し合い、子を生すこともできるほど人間とは近い関係でありながら、ある理由のために何千年も両者は血を流し、憎みあい続けてきた。
「はい、でも……ジュリさんは、エルフであるわたしが怖くはないんですか?」
「お前の種族を恐れる理由を、私は持っていない。ところで、ティファニア」
「あっ、テファでいいです。なんでしょうか?」
「お前は、この村の子供達にとってなんなのだ?」
「えっ?」
唐突なジュリの問いかけに、ティファニアはすぐに返事を返せなかった。
「見たところ、この村にはお前を除いて大人は誰一人いないようだ。そのお前もまだ年若い、なぜだ?」
「……この村は、孤児院なんです。あちこちで戦争や野盗のために親を失った子供達を、わたしが引き取って育ててるんです」
「そうか、道理でな。しかし生活費用などはどうしているんだ?」
「私の親戚の方が援助してくださって、お金を送ってくれてるんです。あとは自分達で畑を耕したりして、なんとかやりくりしています」
「なら、決して楽ではあるまい。私のような部外者を泊めてよかったのか?」
「いいんです。久しぶりのお客さんで、子供達も喜んでますから……ところで、ジュリさんはこれまでどんな旅をされてきたんですか?」
ティファニアの問い返しに、ジュリはすっと目を閉じて、昔のことを思い出すように瞑目した。
これまでの自分の旅路は、一言で語りつくすにはあまりに長すぎる。それに、語っても理解してもらえるとは思えない。
しかし、特筆して深く記憶に残っていることならばある。
「少し前のことになる。ここからはるかに離れたところに、この星とよく似た、人間達の住む場所がある」
ジュリは、ゆっくりと自分がこれまで生きてきた中でも、閃光のような煌めきを持つ一つの思い出について語り始めた。
「その人間達も、お前達のように泣き、笑い、怒り、思いやる心を持っていた。しかし、その人間達は将来宇宙の秩序を乱す危険な存在になる可能性があった。ちょうど、あの野盗どものようにな」
ティファニアは無言でうなづいた。
「だから私は、宇宙の絶対正義をつかさどる存在、デラシオンの決定に従い、その人間達をすべてリセットしようとした」
「リセットって……」
「文字通り、完全な消去だ」
冷や汗と、心臓の鼓動が高鳴るのをティファニアは感じていた。
ひとつの星、彼女の感覚からいえば一つの国というあたりになるが、その全てを消去……それはすなわちとてつもない数の人間を殺すということに他ならない。けれど、ジュリはそんな恐ろしげな雰囲気は微塵も感じさせずに穏やかな口調で話を続けた。
「しかし、その星の人間達はあらがった、絶対的な力の差があるにもかかわらずにな……」
"無駄だ、奇跡などない"
"だとしても、あきらめはしない!"
「……それで、どうなったと思う?」
「えっと……わかりません」
「ふ……彼らは、私の予想をことごとく上回った。奇跡など存在しないと考えていた私の目の前で、次々と驚くべきことが起きていった」
"怪獣たちが、地球の危機に……"
"なぜ!? 怪獣が人間と"
「それまで、私は人間とはどうしようもなく愚かでちっぽけな存在だと思っていたが」
"これが人間の本性だ……守る価値などない"
「しかし、それは人間の持つ一面でしかなかったと気づいた」
"自分より、子犬の命を……"
"これが、人間の未来を信じた理由なのか!"
「それで、ジュリさんは……」
「いつの間にか私も彼らを助ける側に回っていた……絶対正義に従うと決意していた私の心を、彼らは変えてしまった……」
"信じれば、夢は叶う……か"
「ふ、希望という曖昧なものを、信じていなかったはずの私がな……」
軽く含み笑いをして、懐かしそうにジュリは言うと、ティファニアはぱあっと笑った。
「よかった。やっぱりジュリさんって、すっごく優しい人だったんですね」
「……」
ジュリは答えずに、じっとティファニアの顔を見て思った。
(お前も、そういえば似ているな……人間の未来を信じ続け、私の心をも変えてしまった、彼のように……)
"なぜ……私を助ける?"
"僕らは、ウルトラマンだから"
今はどこの空を飛んでいるのか、ジュリは誰よりも優しかった一人の勇者のことを思い浮かべた。
「さあ、もう夜も遅いぞ。寝ろ」
「あ、はい!」
慌ててティファニアはベッドにもぐりこんだ。
部屋の明かりが消され、薄目を開けたティファニアの目に、壁に寄りかかったままのジュリの姿が映った。
そういえば、さっきの話の結末を聞いていなかったなと思ったけれど、きっと大丈夫だったんだろうと、静かに眠りに落ちていった。
さらに時間が過ぎて、月が天頂に届く深夜。
森の奥から足音を殺して、ひっそりと村に近づく怪しい人影があった。
「へっへっへっ……よく寝てるようだな」
それは昼間ジュリに叩きのめされた野盗の一人だった。
こいつらはあれだけやられたのにも関わらずに、まだ性懲りもなく村を襲おうと、斥候としてこの男を放ってきたのだ。
「……寝込みを襲えば、いくら強くても関係ねえ。あのアマ、今度こそ思い知らせてやる」
実際は、いつ襲おうが野盗ごときがジュリ相手に万に一つも勝ち目はないのだが、愚か者たちは浅知恵を発揮して、無益かつ非生産的な努力に血道を上げていた。
彼は村人に感づかれないように忍び足で村の裏手からこっそりと近づき、そこにある畑の中を横切っていく。
「へっ、まったく無用心じゃねえか」
子供達が精魂込めた野菜を汚い足で踏みにじりながら、野盗の男は畑を横断して、一軒の家の軒下にある花壇のところにまで忍び寄った。
男は家の中を窺おうと、そこにある小さな花々も踏みにじって進もうとしたが、コツンと足元に硬い感触を感じて立ち止まって下を見下ろした。
「ん? なんだこりゃ」
そこには、彼の見たことも無い奇妙な形をした植物が花を咲かせていた。
「けっ、なんでえこんなもの」
花を愛でる心などさっぱり持ち合わせていない野盗は、その鉢植えを蹴り飛ばそうとした。
だが、蹴りが当たる瞬間、その植物は鉢植えから飛び出すと、そのまま宙を飛んで、真赤な花でまるでヒルのように野盗の喉元に喰らいついた!
「なっ、なんだこりゃ!? あっ、ぎっ、ぎゃぁぁーっ!!」
夜の村に突如響いた断末魔の叫びは、当然眠っていた村人達を呼び起こした。
「どうしたのみんな!? なにがあったの」
叫び声のした家の周りには、すでに寝巻き姿の子供達が輪をなしていた。
彼らの前には荒らされた畑と花壇、そして足跡があった。
「盗賊……」
こんなひどいことをするのは他に考えられない。
だが……
「服だけ?」
そう、花壇には野盗のものとおぼしき小汚い服が落ちているが、野盗本人の姿はどこにも見えなかった。
子供達は服を脱いで逃げちゃったのかな、と推理しているけれど、上着どころか下着までも丸ごと残されているのはいくらなんでも変だ。それに。
「見ろ、足跡は来たときのものだけだ。立ち去った形跡はない」
ジュリが地面を指して言ったとおり、野盗の足跡は花壇で途切れていて、まるでそこで消えてしまったかのようだ。
第一、あの叫び声はどうみても断末魔だ。ここで何者かに襲われたとしか考えられない。
と、そのときティファニアは昼間この花壇に置いておいたサボテンの鉢植えがからっぽになっているのを見つけた。
「あら、あのサボテンどこに行っちゃったのかしら?」
荒らされた花壇をランプで照らして探してみたが、あの特徴的な丸い姿はどこにも見当たらない。
けれど、野盗が近くに来ているのは間違いない以上、このままにはしておけない。
「テファ、それは後にしろ、あの馬鹿ども、まだここを狙っているようだぞ」
「あ、はい。みんな、今日は危ないみたいだから、朝までわたしといっしょにいましょう」
野盗達がどのくらいの規模か分からない以上、用心に越したことはない。子供達は今夜はみんな揃って眠れると喜んでいるが、事態の深刻さを分かっていないだけにティファニアは一人で大変そうだ。
だが、子供達を連れて家に戻ろうとしたときだった。突如地面がぐらりと揺れ、微小な振動が森の木々を揺り動かし始めた。
「えっえっ、なに、なんで揺れてるの?」
「きゃはは、おもしろーい」
「おねえちゃん、こわいよ」
このアルビオンは浮遊大陸であるから地震というものはない。ティファニアと子供達は初めて体験する大地の揺れに驚き慌てた。
しかし、ジュリは振動とともに伝わってくる邪悪な気配をしっかりと感じ取っていた。
「動き出したか……スコーピス」
その少し前、森の奥に潜んでいた野盗達の本隊も、思わぬ揺れに翻弄されていた。
「うっ、うわっこりゃ一体なんだ!?」
野盗達のしゃがれ声の悲鳴が森に響き渡る。その数はおよそ二十人、昼間ジュリにのされた残り四人の姿もその中にある。どいつも無精ひげを蓄えた、元傭兵とわかるくたびれた鎧を着ていて、戦争に出るか盗みを働くかの二つのみで生きてきたのであろう。
しかし、そんな屈強なだけはとりえの男達も直下からの突き上げに、地面にはいつくばってもだえていた。
そして、地面が大きく割れ、幾人かの者達が飲み込まれたと思ったとき、そこから長大な尾を持った巨大な甲虫、怪獣兵器スコーピスがその姿を現した。
「なんだ……こりゃ」
それが野盗達がスコーピスの足に踏みにじられる前に言った最後の言葉だった。
地上に姿を現したスコーピスは、鳴き声を上げると、さっそくフラジレッドボムとポイゾニクトを使って破壊活動を開始した。
森の木々が焼き払われ、腐らせられて消えていく。
そして目の前に、明らかに人造物とわかる建物が密集しているのを見つけて、その破壊衝動に従ってウェストウッド村へと進撃を始めた。
もちろん、その巨大な姿はティファニアや子供達、ジュリにもはっきりと見えていた。
「な、なな、なんですかあれは!?」
「……あれが、スコーピスだ」
ジュリはそう言うと、ゆっくりとスコーピスへ向かって歩み始めた。
「奴は私が倒す。お前は子供達を連れて逃げろ」
「そんな! あんなのに無茶ですよ」
もちろん、ティファニアは慌てて止めるが、ジュリは一度だけ振り返ると、すでに戦士の顔になって言った。
「心配するな、奴を倒すのが私の使命だ。子供達を守るのが、お前の使命だろう」
「……はい! さあ、みんな行くよ」
その強く言い聞かせるような言葉に、ティファニアは子供達をまとめると駆け出した。
スコーピスは森の木々を踏み潰しながら悠々と近づいてくる。
その眼前に、ジュリは毅然と立ちはだかっているが、巨大怪獣に対してたった一人の人間はあまりに果敢なげに見えた。
けれど、ジュリの心に使命を果たそうとする責任感はあっても、恐怖などは微塵もない。
ジュリが左胸に着けていた羽根を模した小さなブローチを手に取ると、片翼のみであったブローチの翼が両方に現れ、眩い輝きを発し始めた。
「サンドロス、貴様との因縁も、これで最後だ」
ブローチの光を胸に押し当てると、ジュリの姿が金色の光に包まれて消えていく。
そして、光は空に舞い上がって、一瞬巨大な光球となってスコーピスの目の前に現れたと思うと、そこから光り輝く赤い巨人が姿を現した。
「テファお姉ちゃん、あれ見て!!」
「うわーっ、巨人だ!」
「あれも怪獣なの?」
「違うよ、行商人のおじさんが言ってたでしょ。きっとあれが、ウルトラマンだよ!」
逃げていた子供達とティファニアも、夜空を真昼のように明るく照らす光の中から現れた巨人の姿に、思わず足を止めて見入ってしまう。
だが、口々に叫ぶ子供達とは別に、ティファニアはその巨人から力強さとともに、とても優しいものを感じていた。
「ジュリさん……?」
しかし、スコーピスはその巨人の姿を見たとき、明らかな怯えと、破壊本能を打ち消すほどの恐怖を感じた。
なぜなら、ある星の伝説にこんな一節がある。
"宇宙には、光り輝く神がいる"
そう、スコーピスが悪魔なら、悪を打ち砕く正義もまた存在する。
ジュリの正体、それは宇宙の絶対正義を守護する伝説の巨人。
太古より、宇宙の秩序を乱すものと戦ってきたその者の名は、ウルトラマンジャスティス!!
「ショワッ!!」
ジャスティスは、村を守るようにスコーピスの正面に立ちふさがり、拳を前に突き出すファイティングポーズをとった。
宇宙に散ったスコーピスの残党を倒し続け、残るはこの一匹のみ。これまでサンドロスとスコーピスによって滅ぼされた数々の惑星のためにも、もう逃がすわけにはいかない。
だが、スコーピスも恐怖に怯えながらも、生存本能に突き動かされてジャスティスに挑んできた。
奴の額が赤黒く光り、フラジレッドボムの連射が襲いくる。しかし、宇宙正義の代行者たるジャスティスをそんなものでどうこうできるわけはない。ジャスティスは身じろぎもせずに、腕で払うだけでフラジレッドボムの全てを軽々と打ち落としてしまった。
「デヤッ、シャッ!!」
ジャスティスにはかすり傷ひとつ無い。
自身の攻撃がまったく通用しないことに愕然としたスコーピスは、次に金切り声を上げながら長大な尾をジャスティスへと向ける。だが無駄だ。その一撃も片手で軽く止められ、逆に先端を捕まえたジャスティスは、それを掴むと一思いに引きちぎってしまった!!
「デアァッ!!」
ゴムのはじけるような音とともに、真っ二つにされたスコーピスの尾が宙を舞う。
さらに、ジャスティスは引きちぎった尾を無造作に捨てると、瞬時にスコーピスの顔面に強烈な蹴りをお見舞いした。
「ダァッ!!」
一撃で牙や触角を何本もへし折られ、巨体が後ずさりする。
戦闘開始から一分と経たず、もはやスコーピスは完全に戦力と戦意を喪失していた。
とにかく、全てにおいて格が違う。
大人と子供、いやそれ以上……母体であるサンドロスであったならまだしも、その手駒ごときではジャスティスの敵ではない。
「フゥゥッ」
ジャスティスが気を集中すると、その腕にエネルギーが集中していく。積年の因縁に引導を渡す最後の一撃。両拳を打ち出すとともに、それは金色のエネルギー流となってスコーピスに襲い掛かった!
『ライトエフェクター!!』
光は圧倒的な威力を持ってスコーピスの体を貫通! どてっぱらに風穴を開けられたスコーピスは耐えられるわけもなく、断末魔の叫びを短く残すと大地に土煙とともに崩れ落ちた。
圧倒的な勝利。しかし、本来ならばライトエフェクターはスコーピスの体を貫通どころか粉々に粉砕するほどの威力を持つ。ただし、この場所で本気で放てば被害はティファニア達や村にも及ぶ危険性があったので、わざと威力をしぼった。これでさえ、相当に手加減していたのだ。
大地に崩れ落ちたスコーピスが完全に動かなくなったのを見届けると、ジャスティスはゆっくりとウェストウッド村を振り返った。
ティファニアと子供達は無事なようだ。子供達はこちらに向かって笑いながら手を振っているのが見える。
しかし、ジュリとして彼女たちのもとに帰るわけにはいかない。寂しいが、スコーピスの最後の一匹を倒した今、この星にとどまる理由はなくなった。宇宙の秩序を守る使命のため、いつまでも同じ場所にいるわけにはいかないのだ。
なごり惜しげに、ジャスティスは子供達を見下ろしていたが、そのわずかな感傷のために、すぐ後ろで起こっていた異変に彼女は気づくのが遅れてしまった。
それは、スコーピスが倒されてジャスティスが振り返った直後だった。森の木々の陰からぴょこんと飛び出してきた緑色の球体、あの小さなサボテンがスコーピスの死骸に取りつき、その残留エネルギーを吸収……瞬時に小さなサボテンの姿から、全身をハリネズミのような棘に覆われた緑色の巨大な超獣へと変化したのである!!
「あっ、危ない!!」
エマの声が響き、ジャスティスが振り返ろうとした瞬間、超獣の棘だらけの太い腕がジャスティスの首筋を直撃した!!
「グワァッ!!」
さしものジャスティスも背後からの不意打ちには対応できずにダメージを受けて吹っ飛ばされた。
初撃を成功した怪獣はうれしそうに体を揺すりながら、ガラガラと聞き苦しい鳴き声を上げている。
(なっ、なんだこの怪獣は!?)
なんとか体勢を立て直したジャスティスは突然現れた怪獣を見据えた。
まるでサボテンを二足歩行にし、尻尾と頭を取り付けたような不気味な姿。くぼんだ目は赤く爛々と光り、花弁のような口からは鋭い牙が生えている。これこそ、異次元人ヤプールが宇宙怪獣とサボテンとハリネズミを合成して誕生させたサボテン超獣、サボテンダーだった。
「デュワッ!!」
再びジャスティスは初めて見る異形の怪獣へと構えをとった。
ウルトラマンジャスティスVSサボテンダー、アルビオンを舞台にジャスティスの新たなる戦いが始まろうとしている。
しかし、異次元人ヤプール……宇宙の平和を乱す最悪の悪魔の存在を、ジャスティスはまだ知らない。
続く