ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第14話  ウルトラ丁半三本勝負!(前編)

 第14話

 ウルトラ丁半三本勝負!(前編)

 

 反重力宇宙人 ゴドラ星人 登場!

 

 

 カトレアとジルの助けを受けて、ガリアへと入った才人たち一行。

 一方その頃、別ルートでガリアを目指していたミシェルたち銃士隊もガリア軍に迫られていたが、エレオノールに助けられて無事ガリア潜入に成功していた。

「先ほどは助かりました、ミス・エレオノール。あなたが来てくれなかったら、流血沙汰は避けられませんでした」

「まったく、銃士隊は諜報のエキスパートだと聞いていたから追いつけないんじゃないかと心配していたけど、とんだ見込み違いだったわね。オンディーなんとかっていうバカたちの影響受けてるんじゃないの?」

「面目ない」

 早くもエレオノールからの辛口の批評を受けながらも、銃士隊一行は国境の危険地域を抜けてガリア領内へと入ることができた。

 ガリアに入ってからも街道は軍隊によってあちこちの関所で閉鎖されており、足止めを食らっている商人の隊列に、この戦争がガリア王国にとっても突然のことであることが察せられた。

 本来であれば、厳重に閉鎖されている表街道は避けて、回り道をしてリュティスに向かう算段であった。だが、エレオノールのおかげで驚いたことに関所を正面から通り抜けることができた。

「海警大臣ラキニッツ侯爵の家の者よ。公務につき通してもらうわね」

「こ、これは確かに侯爵の紋章。はっ、お通りくださいませ」

 役人の横を衛兵に敬礼をさせて堂々と、エレオノールを先頭に銃士隊は通り抜けていった。

 しかし、もちろん普通ならこんな簡単にいくはずがない。するとエレオノールは、不愉快な表情をしながらタネ明かしをしてくれた。

「おととしに、ラキニッツ侯爵のご子息とお見合いをしたときに、なにを慌てたのか家紋章を忘れていってしまったのよ」

 そういうわけであった。貴族の身分証は普通ならば偽造が効くようなものではないので、ミシェルもその手を使うことはあきらめていたのだが、本物があるのならば話は別だ。

 ただ、だからこそ貴族にとって身分証は大事なもののはずなのだけれど、そんなものを忘れていくものか? 忘れたとしてもすぐに取り返しに来るだろうに。と、ミシェルは思ったが、尋ねるのはやめておいた。

「ほんとに、なにが怖くて「ヴァリエール家には二度と近づきたくない」なのかしらねぇ。ほほほほほ」

 一日にも満たない付き合いで、王立魔法アカデミー主席研究員エレオノール女史がどういう人物なのかを嫌というほど理解した銃士隊の面々であった。

 

 こうして関所を堂々と越え、エレオノールと銃士隊一行は恐ろしいほどあっけなくリュティスに到着した。

「まさか一日で来れるとは。こんなことならサイトたちと別行動をとるのではなかったかもな」

 拍子抜けする思いでミシェルはつぶやいた。案ずるよりなんとかという言葉があるが、それにしてもイージーすぎる。ミシェルの部下の銃士隊員たちも、死ぬ覚悟で来たのにと気が抜けたような顔をしているが、本番はこれからだった。

「それで、これからどうするつもりなの?」

「ガリアの闇ルートにいくつかのあてがある。そこから探りを入れてみるつもりだが、一時にせよどこかに拠点が必要だな」

 エレオノールに尋ねられて、ミシェルはこれからの計画を答えた。アニエスにせよミシェルにせよ、元々は明るくない世界の出身、その彼女たちの元で訓練を積んできた銃士隊員たちも、裏社会には精通している。だがその前に拠点代わりの宿を探そうというミシェルに、エレオノールはなるほどねというふうにうなづいた。

「やっぱりね。あらかじめこっちに手紙を飛ばしておいてよかったわ。隠れ家にできる場所なら手配してあるから、ついてきなさい」

 そう言ってエレオノールはどんどんとリュティスの町を勝手知ったるとばかりに歩いていく。ミシェルたちは怪訝に思ったが、戦時となって混乱し、まともに宿屋も開いていないリュティスでどうやって宿をとるつもりかと、興味ありげについていった。

 そして、着いた場所は人気も色気もない住宅街。ただし平民が住むようなところではなく、上でも下でもない中途半端な身分の貴族が住んでいるような場所の中に、これまた中途半端な古さの三階建ての集合住宅が建っていた。そして、その門の前に黒髪を伸ばしてメガネをかけた妙齢の女性がそわそわしながら待っていたのだ。

「あっ、エレオノール! ようやく来たのね」

「待たせたわねヴァレリー。手紙がちゃんと届いていたようでよかったわ」

「なに言ってるのよエレオノール。急に戦争なんかが始まっちゃって、こっちはトリステインに帰れなくなって気が気じゃないってときに、あなたのほうからこっちに来るなんてどういうつもりなの?」

「まあまあ、あなたがガリアのアカデミーに出張に出ていてこっちは助かったのよ。おかげで、誰も普段は入りたがらないこの出張官舎を誰にも怪しまれずに使えるわけなんだから」

 そういうことだったのかとミシェルたちも納得した。エレオノールはアカデミーの同僚がガリアにたまたま居ることを思い出して利用したというわけか、さすが抜け目がない。あのヴァレリーという研究員には迷惑千万な話かもしれないが、ここは利用させてもらおう。

「申し訳ない、ミス・ヴァレリー。女王陛下直属銃士隊の者です。女王陛下の勅命により、不本意と思いますが協力をお願いしたい」

「は? 銃士隊? エレオノール、あなたどんなやっかいごとを持ち込んで来てくれたのよ。ああもう、私は一介の学者に過ぎないのよ」

「怪獣を丸焼きにした武勇伝を誇らしげに語ってた人が何を言うの? ほら、立ち話もなんだから入って入って」

 同僚の抗議に耳も貸さず、エレオノールは無遠慮に官舎に入っていった。それに続いてミシェルたちも「お邪魔しまーす」と、才人を真似た態度で入っていく。

 ヴァレリーはまだ何かを言いたい様子であったが、ついにあきらめたように肩を落としてつぶやいた。

「ほんとに、エレオノールと関わるとろくなことがないわ。昔から……わっ、きゃあ!」

 いきなり後ろからワンワンという鳴き声が響いてきて、振り向くと野良犬がヴァレリーに向かってけたたましく吠えていた。

 ヴァレリーは、ほんとにろくなことがないわ……と、逃げるように官舎の中へ入っていったのだった。

 

 アカデミーの官舎の中は、簡易の研究室のようにもなっていて、水のメイジであるヴァレリーの部屋にもフラスコや試験管などのポーションの実験装置が並べられていた。

「もう一度単刀直入に申しましょう。トリステインの興亡がかかっています。ミス・ヴァレリー、ご不満はあると思いますが、協力を願います」

 薬品の香りで鼻が曲がりそうな部屋の中で、ミシェルはヴァレリーに要請した。ヴァレリーはそれでも、自分の分野じゃないと拒絶していたが、エレオノールに、トリステインが無くなったらアカデミーも無くなるんだから力を貸しなさいと強引に説得されて、しぶしぶ協力することを了承してくれた。

「ほんとにもう、ただし荒事だけは勘弁してね。私は武闘派のヴァリエールと違って争いは苦手なんだから」

「ヤバいポーションを作らせたらアカデミー一番の問題児がよく言うわよ。ともかく、まずはあなたの知ってる限りでいいから、今のガリアのことを教えて。トリステインからじゃほとんどわからないのよ」

「そうは言ってもね。私だって、まだなにがなにやらわからないことだらけなんだから。これ見てよ」

 そう困ったように言ってヴァレリーが差し出したのは、昨日の日付の新聞の束だった。見出しには、『突然の開戦! リュティスは大混乱』『両用艦隊で反乱か』『見た! 王国中枢にゲルマニアの陰謀の影』など、一般紙からゴシップまで情報が錯綜しているようであった。

「こっちのアカデミーもいきなり研究員を軍隊に取られたりで、大混乱で無期限休止になってるわ。っていうか、トリステイン人の私が拘束もされてないことで、こっちのパニックぶりもわかるでしょ?」

 ヴァレリーの言うには、ガリアのアカデミーの評議会には、王政府にパイプを持っている者もいたそうだが、トリステイン侵攻はみんな寝耳に水だったという。

 それらを聞いて、エレオノールは眼鏡を押し上げながら呟いた。

「やっぱり、前々から厳重に秘匿されて開始された軍事行動だったみたいね。これだけ誰にも気づかれずに行動を起こしてるなら、ガリア王のトリックをあばくのは難しいかもね」

「いや、そうとばかりも言えないかもしれんぞ」

 と、割り込んできたのはミシェルだった。彼女はエレオノールの言う通りだと前置きした上で、こう続けた。

「どんなに隠したとしても、何万という人間が使う物資や食料がなにもないところから出てくるなんてことはない。話によると、戦争が始まる直前に物資が徴用されたそうだが、軍隊が使う専用の備品はもっと前から動かしているはずだ。恐らくは裏ルートでな。そこで相当な金も動いているだろうから、元締めを叩けばかなりの情報が引き出せるだろう」

 元はリッシュモンの下で汚れ仕事をしていただけに、ミシェルはそういう事柄には詳しかった。物の動くところには必ず金も動いている。

 主要な軍需物資が裏ルートからなら、そこを叩けばガリア軍の動きを抑制できるかもしれない。そこまでいかなくても、物資の調達役や、その金の出所など、握ればトリステインを救えるかもしれない情報はいくらでも思いつく。

 ただし、時間はない。ミシェルはそれを「今日中に」と、付け加えて皆を驚かせた。

「ちょっとあなた、正気? リュティスといっても広いのよ。その中から、裏ルートの元締めを探し出して締め上げるって言うの? もうとっくに昼過ぎよ」

「のんびりやってる時間はない。それに、探し歩くような面倒はいらないよ。ミス・ヴァレリー、あなたなら知ってるんじゃないですか? アカデミーの理事たちがリュティスに出張にきたら、必ずどこに出かけていくのか」

 ミシェルに冷たい視線を向けられて、ヴァレリーは背筋を凍らせた。どうしてそのことを? と、震えながら聞き返すが、ミシェルは、大魚を釣り上げるときのために小魚を泳がせているだけですよ、と冷たく答えた。

 エレオノールは意味がわからないでいたが、ミシェルに視線でうながされたヴァレリーは、ため息をつくと仕方なげに話した。

「エレオノールは真面目だからみんな誘わなかったけど、アカデミーには暗黙の了解がひとつあるのよ。万年金欠のうちが、どうしてここへの出張費用だけ気前よく出していたと思うの?」

 そこまで言われてもエレオノールは、「?」というふうな顔をしていたが、説明している時間も惜しいために、すぐに出かけることになった。

「ミス・ヴァレリー、道案内を頼む」

「はあ、これで上に睨まれたら、うちのところの予算を削られちゃうかなあ。とほほ」

 ヴァレリーは乗り気ではなかったが、今さら抜けられるわけもないので仕方なくミシェルたちを案内することにした。

 向かう場所に合わせて、今度は全員寄宿舎にあった貴族用の外行き衣装を拝借。万一にも怪しまれないために、念入りに外の様子を確認してから門を出たけれど、またも出たところで野良犬に吠えられてしまってヴァレリーは悲嘆で涙を浮かべた。

「もう、ガリアの犬は下品なんだから! エレオノールのせいで今日は厄日だわ!」

 たまらず怒鳴ったヴァレリーであったが、その『厄日』……それが始まったばかりであることを、彼女はまだ知らない。

 

 そうして一行は、ヴァレリーに案内されるままに、リュティスの繁華街へとやって来た。途中、なかば暴徒と化した市民を避けつつ、宮殿のほうをうかがってみたものの、宮殿の周りには市民やら軍隊やらが行き交っていてとても近寄れた雰囲気ではない。

 当然、繁華街の店店も固く戸を閉ざしていたが、その中でヴァレリーは一件の宝石店の前へと一行を案内した。

「ここよ、でも閉まっているみたいだけど……」

「なに、大方の見当はついているさ。こっちだ、着いてこい」

 もしや店の戸を蹴破るつもりかと冷や冷やしていたヴァレリーは、平然と踵を返したミシェルに慌てて着いていった。ミシェルはまるで勝手を知っているかのように裏通りに足を踏み入れ、一行の姿は建物の隙間の闇の中へと消えていった。

 

 リュティスは広い。しかし、その暗がりの世界に巣食う者たちにとっては狭い。

 先の宝石店の地下。そこには高級ホテルをそのまま沈めたような広大な空間が張り巡らされており、その特に広く、贅を尽くした一室で、数人の男たちがせわしなく金品を袋詰めしていた。

「急げ、持っていける限りのものを詰め込むのじゃ。もう時間がないぞ」

「ですが旦那様、本当にここをお捨てになられるのですか? せっかくここまで……」

「構わぬ! もうじき王国はひっくり返る。そうなったとき、血迷った客どもがここに押し掛けてきてからでは遅い。くそっ、あやつらめ……こんなに早く行動を起こすとは」

 主人と見える40くらいの恰幅のよい男が、使用人たちに命じて急がせていた。すでに並べられた袋には現金や宝石、そのほかの金品が詰め込まれており、その総額は軽く城が建つほどのように見受けられた。

 しかし、彼らの逃亡計画はあと少しというところで中断を余儀なくされた。突然、部屋の外からドタバタと争う音が聞こえてきたかと思うと、ドアが乱暴に蹴破られたのだ。

「なにごとだ!」

「だっ、旦那様、侵入者……ぶべらっ!」

「久しぶりだな、ギルモア」

 手下を足蹴にして無礼に入り込んできたその青髪の女に、ギルモアと呼ばれた中年の男は口元をひきつらせた。

「ミシェル……貴様、生きていたのか。このリッシュモンの腰巾着め」

「懐かしい呼ばれかただ。貴様こそ、ケチな薬の売人だったくせに偉くなったものだな。だが、低くて狭いところが好きなところは変わらんようだな、ギルモア」

 侮蔑を隠そうともしないミシェルと、憎しみを思い切り向けてくるギルモアと呼ばれた男の間に火花が散った。

 ギルモアの周りには使用人たちがナイフを手に護衛の姿勢をとり、対してミシェルの周りにも銃士隊員たちが構えをとりながらささやいた。

「副長、この男と知り合いなのですか?」

「昔、ちょっとな。だが、金に目ざといしかとりえのない小悪党だが利用のしがいはある。まあ見てみろ、ここでどれだけの貴族から金を巻き上げてきたことか」

 促されて室内を見回すと、散らかってはいるがカードやルーレットの台、それに使うチップやコインが落ちており、ここまで来れば鈍いエレオノールでもここが何なのか理解することができた。

「地下カジノね」

「ああ、どこでも金と暇をもて余した連中が流れ着くのはギャンブルと相場が決まっている。そういう奴らが世間体を守って遊び狂えるところを作れば、カモはいくらでもやってくるさ」

 ミシェルが吐き捨てると、エレオノールも嫌な顔をした。ただでさえ少ないアカデミーの予算が、評議会のヒヒジジイどもの遊び金として使われていたわけだ。

 けれど、今はそれは置いておくべきだ。ミシェルはギルモアを睨み付けながら、不遜な態度で切り出した。

「さて、わたしたちは別に遊びに来たわけじゃない。ギルモア、貴様にはいろいろと貸しがあったな。この機会に返してもらおうか」

「なんだ、金か?」

「貴様のように金の風呂に入る趣味はないよ。ここにはガリア中の富の数割が集まっていただろう? なら、情報も同じくらい集まる……そして、欲深いお前がカジノの稼ぎだけで満足するはずがない」

「な、何が言いたい?」

「この戦争、貴様も支度に一枚噛んでいたのだろう? 吐いてもらおうか、貴様がここの有り余る金を使って買いあさった物資を軍の誰に売ったのかを」

「貴様、女王の犬になったか!」

 ギルモアは悲鳴のように叫びながら懐から小型拳銃を取り出そうとしたが、早撃ちでミシェルに勝てるわけがない。ギルモアが狙いをつけるよりはるかに速く、ミシェルが隠し持っていた拳銃が火を噴いてギルモアの手から銃を弾き飛ばしていた。

「無駄な抵抗はやめろ。次は貴様の手のひらに風穴を空ける」

「く、わしがそう易々と口を割ると思うのか」

「お前の意思に関わらずに口を割らせる方法なんていくらでもある。久々に見るのも悪くないかもなあ、昔のお前の得意技は額が擦り切れるほどの土下座だったよな?」

 頬を歪めて思いっきりガラが悪く挑発するミシェルに、ギルモアたちは気圧され、ミシェルの部下の銃士隊員たちも若干引いていた。

「ふ、副長、ちょっと怖いです」

「ドブネズミにはドブネズミなりのしつけ方があるんだよ。覚えておくことね、ここの業界用語では「こんにちは」はこういう風に言うのよ」

 迫力満点に告げるミシェルに、まだ銃士隊に入って日の浅いその隊員は身震いしながらうなずいた。

 さすが、普段はクールだが、その気になると名にしおう銃士隊の副長の名は伊達じゃない。新人隊員はそう思って戦慄し、古参の隊員は、本当は尽くすタイプなんだけど気に入らない男にはキツいのよねと、反対の感想を抱くのだった。もっとも、副長が気に入る男なんてほんのわずかなんだけれども。

 ミシェル率いる銃士隊は、無駄話は終わりだと、ずかずかとギルモアへ迫っていった。カジノの警備程度の相手など銃士隊の敵ではなく、エレオノールやヴァレリーは荒事は任せるというふうに後ろで見物している。

 しかし、簡単にギルモアを捕らえることができると思ったとき、ギルモアの配下たちの中からウェイター風の優男がギルモアをかばって立ちふさがった。

「旦那様に手出しはさせません」

 ナイフを手に立ちふさがる優男を前に、ミシェルは足を止めた。

 できる……平民のようだが、かなりの場数を踏んでいる気配を漂わせている。ミシェルは、戦ったら勝てるとは思ったが、それが確実ではないとも見た。自分も含めて、いわゆるメイジ殺しといわれる人間は、自分よりはるかに格上のメイジを仕留めるための『何か』を隠し持っているものだ。

「ドブネズミにはもったいない忠犬だな」

 ミシェルは相手の実力を正当に評価した。確かに腕は立つようだが、しょせんは一人、ほかの使用人たちには戦える者はいないようで、十数人の銃士隊の敵ではない。

 となれば、残った手段はギルモアを連れて逃亡するのみ。が、そんなことをミシェルは許すつもりはなく、メイジ殺し相手に殺さずに寸止めなんていう危険なことをするつもりはない。

 じりじりと、互いの隙をうかがいあう。一触即発、先に動くのはどちらか?

 だが、緊張が決壊する寸前に、部屋の中に調子っぱずれな声が響いた。

「あらなんてことでしょう! わたくしのカジノに田舎くさいおイモがこんなに! 貧乏ですわ、貧乏のにおいがいたしますわ!」

 驚いてそちらを振り向くと、いつの間にかそこには体のラインを強調するドレスを着た薄いクリーム色の髪の女が高飛車な笑いをしながら立っていた。

 誰だ? するとギルモアが顔を真っ青にして、その女の足元に膝まずいた。

「こ、これは姉さん、いつ戻ってらしたのですか?」

「そんなことはよろしくてよ。それよりあなた、わたくしの大切なカジノを放り出して逃げようとしていましたわね。誰のおかげで今日まで当局の網にもかからずに、安心してお金もうけができたと思っていますの?」

「い、いえ、私はこのままではあなた様のカジノが危ないと、一時的に引き払おうとしていただけで」

「言い訳はけっこうですわ」

 その女は冷たく言い捨てると、指をパチンと鳴らした。すると、ギルモアの頭上から突然透明な円筒形のカプセルが落ちてきて、ギルモアをすぼんと閉じ込めてしまったのである。

「!!」

「ほほほ、なーんにも聞こえませんわ。その中にいれば、あなたのダミ声も届かなくてよ。いい気味ですわ」

 カプセルの中ではギルモアが必死に暴れているが、カプセルはびくともしていない。先の使用人たちが外から開けようとしても、カプセルはナイフでも傷ひとつついてはいなかった。

 だが、ギルモアをこのまま連れていかれるわけにはいかない。ミシェルは高笑いをしている女に、威圧を込めて呼びかけた。

「待て、貴様がこのカジノの本当の主か?」

「あら? これは貧乏くさい方々、まだいらしたのですか?」

「答えろ、そのギルモアというドブネズミのボスは貴様かと言っているんだ」

 ミシェルの問いかけの迫力は、気の弱い男なら震え出しそうなものだった。しかし女は高飛車な態度を崩さずに、ギルモアが閉じ込められているカプセルに手を置きながら答えた。

「ボス? ご冗談を。私はこのドブネズミからこのカジノを譲り受けるために、ちょっと手を貸していただけですわ。あなた方はこいつにお金でも借りにいらしたのかしら?」

「それこそ冗談だ。このカジノの所有権がどうなろうが我々には関係ないが、そいつにはまだ聞きたいことがある。それともお前に聞いてもいいんだがな」

「あら、わたくし貧乏なお方とお付き合いする趣味はなくってよ。でもそうですわね。カジノらしく、わたくしと勝負して勝ったらあなたの言うことを聞いてあげてもよくってよ」

 その女は不敵に笑うと、そばのカードの卓を指差した。

 だが、もちろん時間がおしているミシェルたちに勝負に乗るメリットはない。

「ふざけるな、金持ちの道楽に付き合うつもりはない。貴様が笑った通り、こちらは貧乏人の流儀で行かせてもらうぞ」

「あら、乱暴はよくなくってよ」

 女がそう言った瞬間だった。身構えていた銃士隊員数人の頭上からもカプセルが落ちてきて、あっという間に閉じ込められてしまったのだ。

「副長!」

「お前たち! くっ、貴様」

「おっほっほっほ、そのカプセルは人間の力ではどうにもならなくってよ。無駄なことはおよしにしなさいな」

 ミシェルはとっさに剣に手をかけたが、相手の「乱暴なことをすれば、カプセルの中のお仲間がどうなっても知りませんわよ」と脅されて引き下がらずを得なかった。

「貴様、何者だ? なにが目的だ?」

「あらあら、わたくしに質問なんて何様のおつもりかしら? あなたたちこそ、お客様でなければ、このドブネズミにどんなご用だったのか話していただかないと」

 そう言って、女はギルモアの閉じ込められているカプセルをコンコンと叩いた。

 ミシェルは相手に主導権を取られていることに歯噛みしたものの、仲間を人質にとられている上に、万一ギルモアを始末されでもしたら手がかりが途絶えてしまう。

「くっ……我々は、あるお方の命で、この戦争を止めようとしている者だ。この戦争を始めるために誰が裏で準備をしていたのか、そいつに聞かねばならない」

「ふーん、なるほど。ああ、そういうことでしたか。わかりました、正直でけっこう、これは面白くなってきましたわね」

「どういうことだ? お前はなんなんだ!」

 なにかを察したように意地悪そうな笑みを浮かべる女に、ミシェルは怒鳴った。

「うっふっふっ。わたくしはある方に誘われてこのガリアにやってきたのですが、つまらないお仕事を命じられてやる気がなくなってしまいましてねえ。それで、こちらで見つけた、カジノのオーナーというゴージャスで優雅なお仕事で悠々自適に暮らしていきたいと思いましたの。このドブネズミにはこんな美しいカジノなんて似合いませんから、金儲けの手伝いをする代わりにカジノの権利を譲るように契約をしていました、それだけの関係ですわ」

「金儲けだと? カジノ以上の金儲けとはなんだ? まさか……」

「正解ですわ。ちょちょいっと、この男に新しい取引先を紹介してあげましたの。それで、わたくしの元々の依頼人もトントンにしてくれて、みんな万歳というところでしたのに、この男ときたら最後の最後で臆病風に吹かれてくれて」

 女はカプセルの中のギルモアをからかうようにカプセルのガラスをこづいた。

 だが、ミシェルは断片的な言葉からでもある程度の情報を組み立てていた。こいつは当たりだ。カジノらしく例えたら初手でリーチがかかったようなラッキーだ。しかし、だからこそこれからの危険も大きい。

「お前、知っているようだな、ガリアの中枢でなにが起きているのかを」

「ふふふ、ええ。それに、あなた方のこともちょっと聞いておりましたわよ。トリステインという小さなお国に、なかなかの手練れの方々がいらっしゃるとか。たしか先日は、あのペダン星人まで倒したとか」

「貴様! やはり」

 やはり、こいつは黒だった。ルビアナの正体は、あのときあそこにいた者か、もしくは同類しか知りえない。

「我々の名はゴドラ。うふふ、お見知りおきあそばせ、うふはハッハッハッ!」

 その瞬間、女の姿が白い光に包まれたかと思うと、その姿は長い頭部の先端に目を持ち、白い網目状の体と、両手には黒いハサミをつけた宇宙人へと変わったのだ。

「うわあっ!?」

 たちまち、カジノの使用人たちは散を乱して逃げ惑い、ギルモアはカプセルの中で腰を抜かした。

 地球ではドキュメントUGに記録されている反重力宇宙人ゴドラ星人。ウルトラ警備隊を壊滅させようとした狡猾な宇宙人だ。

 しかし、驚く一同をよそにゴドラ星人は数秒だけ正体を見せると、また元の女性の姿に戻ってしまった。

「おっほっほっ、だらしないですわねえ。わたくしは別に何もしませんことよ。あなた方も、そんな物騒なものを向けるのはやめてあそばせ」

 ゴドラ星人が化けた女はやれやれと首をかしげると、剣を抜いて構えているミシェルたちに笑いかけた。

 もちろんミシェルたちは宇宙人を相手にいぶかしむ。けれど相手は特に武器を構える様子もなく、ミシェルは切っ先を下げてゴドラ星人に問いかけた。

「貴様、何を考えている?」

「あらあら、怖い怖い。さっきも言ったでしょう、わたくしはこのカジノが欲しいだけ、元の依頼人もこのドブネズミもあなた方も等しくどうでもいいのですわ。でも、あんまりこの世が荒れるとカジノのお客さんも来なくなってしまいますから、あなた方にチャンスをあげましょう」

「チャンス、だと?」

「ええ、さっきも言った通り、わたくしとゲームで勝負して、勝ったらあなた方の好きな話を聞かせてあげますわ」

「嫌だと言ったら?」

「なら、カプセルごとこのドブネズミもあなた方のお仲間も海にでもポイしてさしあげますわ。ここはカジノ、ゲームをしない冷やかしにはお帰り願うだけのこと、いかがですの?」

 ゴドラ星人からの怪しげな視線の挑戦に、ミシェルは決断を迫られた。

 敵陣でのギャンブル、不利この上ない。ヴァレリーは真剣に、やめましょうよと訴えてきているが、かといって実力行使に出ても事態が好転する保証はない。

「いいだろう、あえてお前の領域で戦ってやる。だがお前が勝った場合はどうする?」

「そうですねえ。私はあなたがたから欲しいものなどありませんから、あなた方は持っているものを好きなだけ賭けてよろしいですわよ」

「なに? ……チッ、このキツネめ」

 ゴドラの自信に満ちた表情を見て、ミシェルは相手の腹の内を見抜いた。

 それは一見、こちらが勝てるまではいくらでも再チャレンジできる分のいいゲームに思えるが、本当はその真逆だ。カジノに縁は無くとも勘の鋭いエレオノールも、食えない女ねぇ、ときょとんとしているヴァレリーの隣で眉をひそめている。

 ミシェルの胸中を察した銃士隊員の一人が、やっぱり危険すぎますと進言してきたが、ミシェルは毅然と答えた。

「いや、やろう。どのみち危険は覚悟だったんだ。ここで引いてもほかに当たっている時間があるわけじゃない」

「しかし、奴が約束を守る保証はありませんよ」

「守るさ、あいつは楽しみたいだけだ。こちらに求めていることは、どれだけ楽しませてくれるかだけで、元の雇い主への義理や義務感なんかは持ち合わせてないタイプだ」

 むしろ、カジノの存続のためを思えば積極的に情報を渡そうとしているくらいだ。だが、タダでというわけにはいかない、武器も魔法も使わない戦い……それに勝てればの話だ。

 交渉成立と見て、ゴドラは指を鳴らした。もっとも、手は星人のままなのでハサミを鳴らしてだが、カチンという音と共にゴドラは嬉しそうに告げた。

「では、さっそくゲームの開始とまいりましょうか。ショウ・タイムの始まりですわあ!」

 すると、いかなる仕掛けかカジノの照明が輝き、乱雑だったテーブルの上にカードやチップが並べられて現れた。

 室内には品のよい音楽が流れだし、ゴドラはミシェルを挑発するように告げた。

「さあ、サービスで舞台は整えましたわ。どのゲームでも選んで、プレイしてくれて構わなくてよ」

「これは親切なことで嬉しいね。ミスター・ゴドラ、いやミセス・ゴドラ?」

「あら失敬な。こう見えても、あなた方と同じくらいの乙女ですわよ。気軽に、ゴドラちゃんと呼んでくれてけっこうですわ!」

「は、はぁ、ゴドラ……ちゃん?」

 なんか妙なところで自信たっぷりに言われて困惑したが、確かに変身している姿は十代半ばくらいの少女である。高飛車っぽい顔をしているが、なかなか可愛いと言っていい。変身している姿も、元のゴドラ星人の赤いジャケットを着こんだような姿を模したものでよく似合っており、さっきまで悲鳴をあげていたカジノの使用人たちの中には見惚れている者もいるくらいだ。

 元が怪獣なのに、美少女になったらときめいてしまう。これは、人間の許されがたい性なのだろうか?

 だが、台はあっても平民上がりがほとんどの銃士隊にはギャンブルの経験のある者などほとんどいない。すると隊員たちの困惑を悟ってか、ミシェルがエレオノールとヴァレリーに向けて尋ねた。

「ミス・エレオノール、ゲームのご経験は?」

「まあ、たしなみ程度にはね」

「ミス・ヴァレリーは?」

「わ、わたしは付き合いで入るくらいで、一人でやってきたことなんかは」

「よし、ではわたしも含めた三人でいこう」

 後ろからヴァレリーの「ちょっとぉ!」という悲鳴が聞こえてくるが、ミシェルは聞こえないふりをしてゴドラに答えた。

「ダラダラときったはったを続けている暇は無いんでな。三人で三回勝負で決着をつけるのでどうだ?」

「ええ、そのほうがゲームに締まりが出ておもしろそうですわね。では、こちらは私と……この二人でいきましょうか」

 ゴドラが手を上げると、ギルモアを閉じ込めていたカプセルがすっと消滅した。ほっとしてへたりこむギルモアに、さっきの腕利きの使用人の若者が駆け寄って無事を確かめるが、その二人にゴドラは冷たく告げた。

「助かりたかったら、ゲームのプレイヤーとしてわたくしを楽しませなさい。もし失望させたら、本当に海に捨てますわよ」

「ひっ、お、お慈悲をありがとうございますぅ!」

「……承知いたしました」

 無様なギルモアに対して、若者は胆が座った一礼を返した。

「さあ、これで準備はよいでしょう。まずは一番手、どなたが参りますか?」

 ゴドラの尋ねられ、一同は顔を見合わせた。

 ミシェル、エレオノール、ヴァレリーのトリステインチーム。対するは、ゴドラ、ギルモア、使用人の青年のカジノチーム。

 まずは初戦、できるなら取っておきたいところでミシェルが出ようとしたが、そこで意外にもエレオノールが名乗り出た。

「先鋒は私がいくわ」

「ミス・エレオノール? いえ、ここは確実に勝ち星を得るためにも、わたしが」

「大丈夫よ。あなたの考えてることはわかってるわ。私たちにあいつらの手口を見せようっていうんでしょ。でも、あいにく長々と待たされるのは嫌いなの」

「しかし!」

 ミシェルは食い下がるが、エレオノールは一頷だにしない。けれどエレオノールはどっかとゲームのテーブルにつくと、眼鏡の奥の眼を冷たく輝かせて言った。

「まあ見てなさい。カジノには興味ないけれど、ゲームにはちょっと心得があるわ。さて、ゴドラちゃんとやら、ゲームはこちらが決めていいのよね?」

「ええ、お客さまに選択権があるのは当然ですわ。カード? ルーレット? なんでもありますわ」

「ならダイスで」

 そっけなく答えたエレオノールの前に、使用人たちがダイス、つまりサイコロを使ったゲームの支度をしていく。

 しかし驚いたことに、エレオノールに相対してゲームのテーブルについたのは、なんと敵の大将だった。

「では、お相手はわたくしが務めさせていただきますことよ」

「あらゴドラちゃん、いきなりボスが出陣とは光栄ですこと。それともなめておいでかしら」

「とんでもない。そちらが自信たっぷりですから、ついワクワクしてしまいましたの。ご心配なさらずとも、ちゃんとフェアに勝負してさしあげますわ。フフ」

 さっそくエレオノールとゴドラの間で火花が散る。どちらも負ける気なんか欠片もないような殺気を飛ばしあいに、ミシェルはこういうところはさすがミス・ヴァリエールの姉だなと思った。

「ミス、ゲーム前に杖を預からせていただきます」

 イカサマ防止用に、ボーイがエレオノールに告げてきた。エレオノールはちらりと視線を流すと、自分の杖を無言でひょいとボーイに差し出した。

「ありがとうございます。では、皆さま方にも当カジノの決まりをご説明しておきます。本来であれば、入店前に杖はすべてお預かりいただくことになっております。これはもちろん魔法を使っての反則を防ぐためで、我々従業員も杖を所持している者はおりません。もし我らの運営に疑問があれば『ディテクトマジック』を使用していただいてもけっこうですが、こちらからも監視をさせていただいています。もしも『ディテクトマジック』以外の魔法が使用されているのが確認されましたら、その時点であなた方の反則負けになりますので、ご了承ください」

 念の入ったことだが、貴族相手のカジノとあっては当然のことだろう。もっとも、こちらで魔法を使えるのはミシェル、エレオノール、ヴァレリーの三人しかいないのだが。

 ただし、魔法でできるイカサマなんていうのはたかが知れたものしかない。杖を持ち、呪文を唱えなければ魔法は使えないので、監視されている中でやるのは無理がある。また、イカサマなんていう緻密なことをバレないように魔法でやるためには並外れた技能と集中力がいる。なによりやれたとしてもディテクトマジックに引っかかる、手間とリスクが大きすぎるのだ。

 ただし、それは客がやる場合という註釈はつくが……。

 やがて、テーブルの準備が整い、両者に同じ数のチップが配られた。テーブルの両端に座るそれぞれのプレイヤーの周りには、ミシェルら銃士隊と、ギルモアと使用人たちが立って、勝負を見守っている。

「ルールはシンプルに、アンハンドローダイスでよろしいですか?」

「構わなくてよ」

 ルールの確認も済み、いよいよゲームが開始された。

 シューターが赤・青・黄に色分けされた三つのダイスを持ち、それをカップに入れてかき混ぜ始める。ルールは簡単で、ダイスの出目を予想してチップを賭け、出目の数が合っているかと、出目の組み合わせでチップが増減される。対戦の場合は先にどちらかがチップをすりきるか、一定の額を達成すれば決着だ。

 エレオノールの手がチップに伸びる。その表情には彼女らしい傲岸不遜なまでの自信しか浮かんでいないが、ヴァレリーが不安そうにエレオノールに問いかけた。

「ちょっと大丈夫なの? あなたダイスなんて、アカデミーで暇つぶしにやっただけで、ルールくらいしか知らないでしょ?」

「ヴァレリー、あなた私を誰だと思ってるの。まあ見てなさい、なんであろうとヴァリエール家の人間に勝負を吹っ掛けるということがどういうことなのか、見せてあげるから」

 ヴァレリーには、エレオノールの自信がどこからやってくるのかわからなかった。婚活には執念深いが、それ以外には思慮深い性格だったはず……だが、エレオノールは根拠なく自信を持つ愚かな人間ではない。いったいなにを考えているのか、ヴァレリーは固唾をのんで見守ることにした。

 やがて、シューターがダイスの入ったカップをテーブルに裏側で置き、レディと合図する。ここから数を宣言し、チップを賭けて勝負に出る。宣言する順番は交互に変わり、後から同じ数字を宣言することはできない。

「挑戦者に、先攻の権利はありますわ」

「大のキ、賭け5」

 短くエレオノールは言った。これはサイコロの合計数が中間点より大きく、出目が奇数、チップを5枚賭けるという意味だ。ちなみにそれぞれに配られたチップ数は10枚である。

「あらあら、最初から手持ちの半分を賭けるとは大胆ですわね。ではわたくしは、小のグウ、賭けは10ですわ」

 ゴドラの宣言に場がどよめいた。いきなりチップ10枚全賭けである。外せばこの時点で負けが確定する。

 しかし、ゴドラの表情には余裕が溢れている。そして、「コール」の言葉とともにカップを開けてダイスの出目を見ると、「222」で、見事に小の偶数で当たっていた。

「おっほっほっほ、まずはわたくしの一勝のようですわね!」

 高笑いするゴドラの前にチップが積まれていき、対して外したエレオノールのチップは無情に回収されていく。

 しかも、この場合はそれだけにとどまらない。

「うふふ、出目は「222」の三桁のゾロ目。この場合ですと、通常の勝ち数にさらに三倍が加算されるんですわよ」

 つまり、賭けたチップの数十枚を倍にした二十枚をさらに三倍にし、計六十枚がゴドラの取り分ということになる。対戦ルールでは百枚が勝利ラインとなるから、ゴドラはいきなりリーチをかけたことになる。

 場にどよめきが起こり、ヴァレリーなどは顔面蒼白となっている。

 だが、初手で全賭けで大当たりとは、いくらなんでもできすぎではないだろうか? 銃士隊員たちが騒然としている中で、ミシェルは目を細めて忌々しげにつぶやいた。

「なにがフェアに、だ。いきなり恥ずかしげもなく仕掛けてくるとはな」

 間違いなくイカサマだろう。しかし、タネを明かせなければ反則をとることはできない。

 このままでは早ければ次のコールで敗北が決まる。ゴドラはすでに勝ち誇った様子で、ミシェルたちに告げた。

「おっほっほっほっ、口ほどにもありませんわね。そういえば、あなたたちから欲しいものはないと申しましたけれど、勝負に罰ゲームは必要ですわね。おきれいどころが揃っているようですし、バニーガールとしてうちのガジノで働いていただきましょうか」

 ぬなっ! と、銃士隊一同は愕然とした。そんな破廉恥なかっこうをさせられるなんて屈辱だ。いやでも仲間たちのバニーガール姿なら見てみたいかも。

 ヴァレリーは蒼白から顔を真っ赤に変えてエレオノールに詰め寄った。

「ちょっとエレオノール、どうしてくれるのよ! そんなかっこうさせられたら私、お嫁に行けなくなっちゃうわ」

「ヴァレリィ? 私の前で、その死の呪文を唱えるのをやめてくれるかしら? 心配しなくても、私は負ける気なんてこれっぽっちもないわよ」

 不機嫌になりながらも、エレオノールの自信は揺らいではいなかった。

 いったいその自信はどこから来ているの? エレオノールの視線は鋭く卓上に向かい続けている。ミシェルはその後ろ姿に、ここからがミス・ヴァリエールの姉のお手並みを拝見ねと微笑を浮かべた。

 だがゲームは続き、再びサイコロがカップの中で降られる。今度先に数を宣言するのはゴドラのほうだ。

「大のグウ、賭けは20ですわ」

 もう一度大賭け。とどめを刺しに来たなと一同は感じた。しかも、同じ数字を宣言するのは許されない。ゴドラの宣言が正解ならば、完全に積みだ。

 しかし、エレオノールは落ち着き払って宣言した。

「小のキ、賭けは5」

 逆張りの全賭け。一同が息を呑む中でエレオノールも勝負に出た。仮にゴドラが外したとしても、自分も外していたらチップ0でそのまま負けとなる。

 そして、運命のコール。果たして、カップの中から現れた数字にその場の全員の視線が釘付けとなった。

「123……小の、キ!?」

 エレオノールの口元が勝利の笑みに歪んだ。次の瞬間、銃士隊の中から歓声が上がり、対してギルモアたちカジノの者たちの顔に「まさか?」という色が浮かぶ。

 その瞬間、ゴドラの鋭い視線が狼狽しているシューターを睨むと、エレオノールの不敵な声が流れた。

「どうしたのゴドラちゃん? そのシューターさんは、ちゃんとお仕事をしていたわよ」

「あなた……チッ、やってくれますわね」

「なにを白々しい。それより、このゲームでは並び数字で勝ったときには特典があったのを忘れてはいないでしょうね。そう、相手の手持ちを半減させるというね!」

「くっ!」

 これで一気に10対30にまで差が縮まった。まだ不利とはいえ勝負の行方がわからなくなり、銃士隊の中からさらに喜びの声が湧く。

 けれど、イカサマを仕掛けられて敗北必至だったのにどうやって? するとエレオノールはヴァレリーにこうささやいた。

「言ったでしょ、私は負ける気なんてないって。勝ちは、自分の力で引きずり込むものなのよ」

「エレオノール、って、もしかしてあなたも!?」

「さあ? けど、たとえばツェルプストーは恋の駆け引きでは手段を選ばないとか豪語しているらしいけど、ヴァリエールは戦で勝つためには手段を選ばないのよ」

 獣のようなとさえ見える笑みを浮かべてエレオノールは言い、続いて後ろで見守っていたミシェルを振り返って問いかけた。

「どうかしら副長さん? 私の手並み、気に入ってくれたかしら?」

 ミシェルは無言でうなづき、エレオノールは不敵な笑みを浮かべた。そして、ゴドラも満足げな笑顔を浮かべながらエレオノールに拍手を送った。

「ブラボーですわ。お見事な腕前。そして、どうやらゲームのルールをきちんと飲み込んでおられるようで、感服いたしましたことよ」

「ふん、それよりあなた、こんな言葉をご存じ? 『貴族たる者、常に礼節を忘れるべからず。ただし犬をしつけるには鞭を振るえ』とね」

「ふふ、フフフフ」

「おほ、おほほほほ」

 視線をぶつけて乾いた笑い声を浴びせ合う二人。その殺意に満ちた光景を見て、ヴァレリーは理解した。

”これはもう、ギャンブル対決なんてお行儀のいいものじゃないわ。イカサマで相手を叩き潰すだけの、ただの戦争よ!”

 冷や汗で襟を濡らしながら、ヴァレリーの眼鏡がかたかたと震える。

 これが、ヴァリエール家の戦い。しかし、エレオノールはどうやって相手のイカサマに対抗したのだろうか? 魔法は使っていないはずだし、特に怪しいそぶりも見せなかった。

 いいや、魔道具の開発ではアカデミー随一のエレオノールのことだ。どこになにを隠し持っているかわかったものじゃない。あのネックレスか? 爪に塗ったマニキュアか? いずれにせよ、エレオノールがこの中の誰にも気づかれずに何らかの方法でサイコロの目を操ったのは確実だ。

 ただ、相手もいずれエレオノールの手を看破するだろうし、イカサマの方法は一つではないはずだ。エレオノールはそれに対抗できるのだろうか? いいや、もうこうなったらエレオノールを信じるほかない。

 シューターが交代し、間もなく三回目の勝負が始まる。その猶予中に、エレオノールはミシェルを手招いて、不機嫌そうに言った。

「見てたでしょ? この旅の間、私はあなたたちを全力でサポートしてあげる。だから絶対に、生きて任務を果たして生還しなさい。絶対によ」

「あ、ああ。ですが、どうしてそこまで我々のために?」

 エレオノールの鬼気迫るようなまなざしに、ミシェルは少し気圧されながら尋ねた。女王陛下への忠義? ヴァリエール家の名誉? だが、エレオノールから帰ってきた返答は、まったくミシェルの想像を斜め上に裏切るものだった。

「あなた、うちの妹の使い魔に惚れてるそうじゃない」

「は?」

 突然の訳の分からない言葉に、ミシェルの頭が凍り付く。次いで才人の顔を思い出して頬が赤く染まるが、そんなミシェルにエレオノールはそのまま続けた。

「それでね。ルイズも、その使い魔に惚れているっていうわけよね? このままだと、あのルイズが私よりも先に結婚することになるかもしれない。あのルイズが、あのルイズが私より先によ! ねえ、わかる? わかるかしらあなた!」

「は、はぁ……」

「はっ! と、とにかく、誇り高きヴァリエール家の血統に、平民なんかを混ぜるわけにはいかないわ。い、いいえ、ルイズに先を越されたりしたらお母さまに何をされるか……というわけであなた! なにがなんでも、その平民の小僧をものにしなさい。そのためなら、どんな手でも使うわよ……ふふふ」

 悪魔とはこういうものを言うのだろうかとミシェルは戦慄した。たぶん、そういう焦っているところが婚期を逃す一因だろうと思うけれど、言わぬが花であろう。

 するとエレオノールは片方のイヤリングを外して、ミシェルに手渡した。

「これ、あげるわ」

 受け取ったミシェルは、イヤリングを間近で見つめてみた。一見、小さな宝石が下がっているように見えるが、よく見ると宝石の中に液体が入っているようだ。

「これは?」

「その平民に飲ませてやりなさい。あなたしか目に入らないようになるわよ」

「な、それってご禁制のほ……」

「そんな生ぬるいものじゃないわよ。発情率は三倍、永遠に効果が切れない上に中和剤もないわ。それ一滴だけで、アカデミーが吹っ飛ぶほどのポーションが詰まってるんだから、ウフフ……」

 ミシェルはぞっとした。そして、すぐにこんなものはいらないと突き返そうとしたが、エレオノールはドラゴンも睨み殺せそうな眼光で言った。

「なにを甘いことを言ってるの! そんな腰が引けてるから、ルイズなんかに遅れをとるのよ! 男なんて元々バカなんだから、頭が飛ぼうが飛ぶまいが同じよ。たかが男一人を手に入れるのに法や道徳がなんだっていうの。奪われるほうが悪いのよ奪われるほうがねえ!」

 憎悪と怨念で血走った目を見開くエレオノールに、ミシェルは圧倒されて薬を受けとるしかなかった。

 そこまで言うのなら自分がこの薬を使えばよかろうにとミシェルは思うが、それができないのがエレオノールのダメなところなんだろう。しかし……もしこの薬を使えば発情したサイトがわたしに……想像してしまったミシェルはつばを飲み込んでもじもじとしてしまったが、気を取り直してエレオノールにささやいた。

「そのためにも、まずは勝ってくださいよミス・エレオノール!」

「ふん、言われなくてもそのつもりよ。あの小娘、泣くくらい搾り取ってやるわ」

 動機には問題があるが、強力なチームが誕生した。

 果たして、ミシェルとエレオノールらはゴドラを倒し、ガリアの秘密を暴けるのだろうか? 

 勝利の女神がどちらに微笑むのか、まだ誰も知らない。

 

  

 続く


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