ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第9話  暴走するガリア軍。トリステイン軍決死の出陣

 第9話

 暴走するガリア軍。トリステイン軍決死の出陣

 

 黒煙超獣レッドジャック 登場!

 

 

「おや? おやおやおや、あなたたちの出番はもっと先なのに先走ったことをしてくれましたねえ」

 

「おっと失敬、こんにちは皆さん。あなたたちの大嫌いな宇宙人さんのお出ましです」

 

「いやひどいですねえ抜け駆けするなんて。あなたたちが退屈しないように実況を続けてあげていたというのに」

 

「おかげでちょっと予定が狂っちゃったじゃないですか。ま、許容の範囲内ですけどね」

 

「フフフ、まあハプニングがあったほうがお祭りは楽しいものです。これから始まる第二幕、まだまだ楽しませていきますよ」

 

「ま、ちょーっと、刺激的な幕開けになるかもしれませんがね……」

 

 

 トリステインにとって、大きな激動の始まりとなった日から一夜が過ぎた。

 その間、多くの者にとって眠れぬ夜となったが、真に脅威なのは戦争ではなく、戦争を隠れ蓑にしてガリアが企んでいる『何か』であることを知る者は少ない。

 そう、ジョゼフにとってトリステインの征服などなんの価値もなく、真の目的を果たすための舞台装置に過ぎない。ただ、そのために発生する無数の犠牲も無視して進むため、それを止めようとするものを妨害するべくシェフィールドはトリステインの各地に怪獣たちを放って人々を恐怖に陥れた。

 それが見え透いた陽動であることはわかっている。それでも、失われていく命を見捨てることはできないと、ウルトラマンたちの決死の働きによって怪獣たちは倒されていった。

 だが、ウルトラマンたちの力も着実に削られていき、すでにエース、ガイア、アグル、ダイナ、コスモスが大きなダメージを受けてしまった。

 

 果たして、ジョゼフがこうまでの手を尽くす目的とは何か? そして、一見ジョゼフに力を貸しているかのように見えるコウモリ姿の宇宙人の真意とは? ガリア軍が近づく今、それが明かされる時も近づいている……悪夢をともなって……。

 

 ガリア軍はすでに国境線を大半が超え、トリスタニアへ向けて一直線に進んでいるという偵察からの報告がトリステイン王宮に頻々に届く。

 アンリエッタ女王は一縷の希望にかけて朝を迎えたが、朝食も早々に、落胆した様子を会議場に見せていた。

「やはりガリア軍は総力でトリスタニアを陥落させようという目的に違いはないようですわね」

 その否定のしようのない言葉に反論できる者はいなかった。トリステインは自他ともに認める小国で、攻めるとなれば首都トリスタニア以上の戦略目標はない。友好国アルビオンの支援があれば話は別かもしれないが、あまりにも突然だったガリアの宣戦布告に対応できずに、とても救援は間に合いそうもなかった。

「女王陛下、もはやこうなれば当初の策通りに、いったんトリスタニアを放棄して辺境の城に籠城してアルビオンの救援を待つしかございますまい」

 悩むアンリエッタに、マザリーニ枢機卿が老いた顔にそれ以上の苦悩と疲労を張り付けて、一刻の猶予もないと促した。

 アンリエッタももちろんそれはわかっている。トリステインが今動かせる実働兵力は数千がいいところ、数万の大軍のガリア軍に挑める力はない。だが一度は決めたことだといっても、若い女王にこの決断は酷だった。

「どうしても、この城と街を、民を見捨てて行くしかないというのですか? 祖霊から受け継いだかけがえのない宝を捨てるしかないのですか?」

「残念ながら、何度作戦を立ててもトリスタニアにとどまって勝機は万にひとつもなく、それどころか民を巻き添えにしてしまいます。ですが屈辱に耐え忍べば、トリスタニアを奪還する機会はありまする。女王陛下、もう迷っている時間はありません。屈辱と汚名は我々も平等に被りましょう。ご決断を」

 覚悟していた答えがそのまま返ってきたことに、アンリエッタはこれ以上表情を濁すことはしなかった。

 わかっている。そんな簡単ではないことは……昨夜、この状況を打開するために銃士隊と水精霊騎士隊に、ある特命を与えて送り出したが、その結果が出るのはまだ何日も先になる。

 今は、自分が選択しなければならない時だった。

「……準備は、整っているのですか?」

「避難に適当な城の手配は昨晩の内に完了し、部隊を動かす手はずはすでに。国内の貴族たちへの伝令も飛ばし、女王陛下の下知がありしだい、一時間後には全兵を乗せて飛び立てます」

 あとはアンリエッタの決断を待つだけ。だが、それは実質決まった書類にサインするだけのことに等しい。アンリエッタは凛とした宣言をすることもなく、マザリーニと将軍や大臣たちに短く命じた。

「わかりました。すべて手はず通りにお願いします。では、半刻後にまた」

「もし、女王陛下、いずこへ?」

「この城を放棄するのでしたら、もうひとり許可をとらなければならないお方がいます。それをお願いできるのは、わたくししかいませんでしょう?」

 そう告げて退席していったアンリエッタを引き止められる重臣はいなかった。忠義心なら皆持っている、けれどどんなに忠節を尽くしても、最後には年端もいかない女王に重責を負わせなければならない無力感に、彼らは肩を落とすしかなかった。

 

 アンリエッタが向かったのは、王族が居住する最奥の間で、そこでアンリッタは初老の貴婦人と会っていた。

「方針は決まったようですね、アンリエッタ」

「お母さま……」

 その方はアンリエッタの母で、先代トリステイン国王の妃だったマリアンヌ太后だった。安楽椅子に身を沈めて、娘に譲り与えた美貌を残して穏やかに微笑んでいる。

 しかし、娘の年齢からしてもまだ老け込むには早い年頃なのに、その顔には浅からぬしわが刻まれ、表情には憂いが漂っている。実際、マリアンヌ太后はほとんど隠居に等しい身分で、ベロクロンの強襲によって王宮が最前線になってからずっと地方の直轄領に引き込んで、今ではめったに表舞台に出てくることはなくなっていた。今回も、仮装舞踏会がつぶれてしまった娘への慰労のためにと、昨日久しぶりにやってきただけである。

 それでも、前王妃ということで影響力はまだ強い。王宮と王都を放棄するというトリステイン開闢以来の決断を前に、無視するわけにはいかなかった。

 アンリエッタは叱責されるのを覚悟で、会議の決定を母后に報告した。けれども、マリアンヌの返答は静かだった。

「そうですか。悲しいことですが、それがあなたの決断したことであるならわたくしも従いましょう。母はまた辺境に戻り、あなたのことを見守っています」

「お母さま……あの、王宮を捨てるというわたしの判断を、お咎めにならないのですか?」

「咎める? 何を言いましょう。すでに政より身を引いて久しく、まだ未熟なあなたに重荷を背負わせたこの愚かな母が、なんの苦言を与える資格があるでしょうか。唯一の心配ごとは、あなたが無事に身を固められるかどうかだけでしたが、それも果たされた以上は、枯れた百合は静かに土に帰るのを待つのみです」

 そう答えたマリアンヌ大后の表情は、まるで死期を悟った病人のそれのようであった。

 しかし、マリアンヌ大后はまだ老齢というには早すぎ、肉体的にも健康そのものである。それなのに気力だけが欠如しているその様に、アンリエッタは悲しげに言った。

「お母さま。どうしても、あの傷は癒えないのですか?」

「ええ……わたくしの時間は、前王……あなたの父上が亡くなったあの時から、ずっと止まったままよ」

 消えそうに呟いた母の姿に、アンリエッタは慰める言葉を見つけられなかった。

 本来なら、国王が亡くなって跡継ぎが年齢的に未熟であれば、国王妃が代理につくのが普通だ。しかしマリアンヌは夫の死後は喪に服したまま見るかげもなく生気を失って塞ぎこみ、やむを得ずアンリエッタが王位を引き継がなくてはならなくなってしまっていた。

 だがそうなっても、アンリエッタは母を恨んだことはない。むしろ、そこまでひとりの夫を一途に愛せた母の愛の深さを尊く思い、またマリアンヌも一人娘に対する情愛までは枯れ果ててはおらず、時おり助言や忠告という形で娘を助けてきた。

 けれど……会うたびにやつれていくように見える母に対して、アンリエッタは自分の無力を歯がゆく思い続けてきた。

「お母さま、今回の戦いばかりはわたくしも自信がありません。ですが、最後まであきらめることなくトリステインの誇りを守り、この城にトリステインの国旗を立ててみせましょう。ですからお母さまもそれまで、どうかご自愛なさってくださいませ」

「立派になりましたねアンリエッタ。あなたはもう、誰に恥じることのない女王です」

「そんな、わたくしなどまだ、先王様……父上の足元にも及びません」

 先代の国王、つまりアンリエッタの父は名君と呼ばれていた。もし健在であれば、今の自分よりもはるかに力強く国難に挑んでいたと思うと、アンリエッタの自信はなくなる。

 そんな娘に、マリアンヌは静かに、しかし芯のこもった言葉で諭した。

「いいえ、この国難にあって、あなたが女王として選ばれたこともまた始祖のお導き。アンリエッタ、自信をお持ちなさい。あなたはもう、先王の成せなかった様々な仕事を果たしたのですよ」

「ですがわたしの力など、まだとても父上には届きませぬ」

「それでよいのです。人は、その人生をかけて親という壁を乗り越えるもの、あの人の背中はそんなに小さくはありません。それでもあなたには、それを補ってくれる有能な臣下がいます。昔はしがらみにとらわれて、臣下を無能な貴族の中から選ぶしかありませんでしたが、あなたはそのしがらみを完全に取り去ってしまった。母は、そんなことをすれば貴族たちの恨みを買うだけだと、できるわけがないと思っていたのですよ」

 親の想像を子供が超える。それはとてもうれしいことなのだと、マリアンヌは微笑んだ。

「きっと、あの人も天国から褒めてくれるはずです。それでも不安だと言うなら、このだめな母からの、これだけは正しいと思う助言を授けましょう。アンリエッタ、いいこと? ……より多くの人を、愛するようにしなさい」

「より、多くの人を……ですか?」

 怪訝な表情をする娘に、マリアンヌはゆっくりと語った。

「そうです。人が人として生きるためには、人を愛する喜びが足を進め、人に愛される喜びが背中を支えてくれます。ですが、わたくしはひとりの人を愛しすぎ、その人を失ったときに、立ち上がる力もなくしてしまいました」

「お母さま……」

「アンリエッタ、愛する心は強く尊いものですが、同時に儚いものです。あなたが自分の人生を豊かなものにしたいのであれば、信頼する臣下や民を多く愛しなさい。そうして心の中に花畑を作れば、一輪二輪の花が枯れても、残った花の蜜があなたの心を癒し、母のように心を枯れさせることはないでしょう」

 寂しそうに告げたマリアンヌは、自分の時代には小さな花畑しか作れなかったとこぼし、あなたはとても恵まれていると言い残して帰っていった。

 

 母を見送ったアンリエッタは、一人だけになった王族の間で、自分の中にあるという花畑のことを思った。

 友であるルイズ。アニエスら信頼する家臣たち。今のアンリエッタの中には色とりどりの花が咲き乱れており、その彩りの豊かさを自覚すると、それらを失ってしまったがゆえに自らも枯れさせてしまったという母の気持ちも想像できた。

 そして、夫であり最愛の人であるウェールズ。彼がいる限り、自分は華やかに咲けると自信を持てる。だけどもし……いいえ、そんなことは絶対にないと、アンリエッタは自分に言い聞かせた。

「わたしはトリステインの女王。絶対に、倒れるわけにはいかないのです!」

 自分が折れたら、これまで自分のために尽くしてきてくれた多くの人の思いが無駄になる。大丈夫、この危機を乗り切れば、きっと平和にみんなと過ごせる日々が戻ってくる。

 誰もいない中で、アンリエッタは自分を叱咤し、励ました。望んでなった女王ではないが、女王である自分でしか守れないものもある。苦難があっても、失いたくないものがある。

 そうするうちに、約束した一時間が近づき、アンリエッタは大臣たちの元に戻ろうと腰を上げた。

 ところが、誰もいないはずの王族の間に足音が響き、人の気配を感じたアンリエッタはとっさに杖をとって叫んだ。

「誰! マザリーニ枢機卿ですか? 答えなさい!」

 気のせいではないはずだった。戦い慣れしてはいないがアンリエッタも優秀な水のメイジである、風のメイジほどではなくとも、水の塊である人間の気配は微弱ながら察知できた。

「……違うようですわね。女王の部屋に無断で入るとは無礼な。今すぐ顔を見せなければ人を呼びますよ」

 脅しではない。アンリエッタが合図をすれば、警護の銃士隊が秒でここに駆けつけてくるだろう。

 だが、呼び掛けに応じてふっと姿を現したその人物を見て、アンリエッタは息を呑んだ。

「あなた方は……」

 

 

 それから十数分後、アンリエッタは大臣たちの待つ会議室へと戻ってきた。入室する直前、どこか心ここにあらずという虚ろな表情をしていることを警護の銃士隊員に尋ねられて、表情を引き締め直して入室したが、会議室の中は女王が入ってきたことに誰も気づかないほどの混乱に包まれていた。

「どうしたのです、騒々しい。何事ですか!」

「お、おお女王陛下。今、お呼びにあがろうとしていたところです。前線の斥候から報告が入ったのですが、一大事であります」

 普通の慌てようではなかった。悪い知らせを覚悟してアンリエッタはその先を話すよう促したが、聞かされた報告はアンリエッタの想像を最悪の方向で超えていた。

「大変なことです。ガリア軍は我がトリステインの領内に侵入後、進行方向にある町や村をことごとく焼き払いながら進んでいるということなのです」

「な、なんですって!」

 まさか、信じられない暴挙だった。間違いではないのですかと聞き返すと、震えながらの答えが返ってきた。

「残念ながら、偵察のすべてが同じ報告を持ち帰っております。ガリア軍は手向かいしないと宣言した町にも容赦なく火をかけ、兵士はみな「トリスタニアを焼き払え」と叫んでいたとのことです」

 冗談にしても性質が悪すぎ、アンリエッタは呆然とした。戦争において、略奪や殺戮はつきものだが、占領後に相手国の住人の敵愾心を高めすぎないようにある程度で止めなければならない。焦土と化した土地や復讐心に燃える住人を手に入れても得にはならないのである。

 なのに、いったいなにを考えているのだ? 傭兵くずれや盗賊集団ならともかく、そんなことはガリア軍は正規の軍隊であるから承知しているはず。トリステイン軍ならいくら王が命じても、前線の指揮官や将兵だって貴族の誇りは持っているから、そんな命令には抵抗を持つだろう。なぜ?

 すると、偵察から戻ってきたという竜騎士が、戦慄した様子でアンリエッタに報告した。

「私の見ましたところ、ガリア軍の兵は皆、鬼気迫る表情で尋常ではありませんでした。恐らく、なんらかの魔法あるいは薬物で兵の正気を奪っているのではないかと」

「なんということです……」

 それでは和平交渉どころか降伏すらありえない。アンリエッタは、当初の終戦に向けた計画が崩れていく音を聞いた。

 いや、それを考えている余裕すらなくなったことをアンリエッタは悟った。

「いけない、そんな正気を失った軍隊をトリスタニアに入れたら!」

 アンリエッタの脳裏に最悪の未来の光景がよぎった。

 もし本当にガリア軍が占領地に対する破壊略奪を公認どころか全面的におこなっているとしたら、トリスタニアに残っている数万の人々が犠牲になってしまう。

 こうなったら荷物を持たせずに強制的に退去させましょうか? アンリエッタはそう思ったがすぐに取り消した。人だけをトリスタニアから無理矢理追い出したところで、街道はパンクするし周辺の町や村もパニックに陥る。それにそれだけの人数を居住させる設備も水も食料もない。

 馬車などの乗り物を持っているのは一部だけで、大半の平民は徒歩で避難しなければならない現状、とても無理だとしか言えない。

「ド・ゼッサール殿、ガリア軍がトリスタニアに達するまで、改めてあとどれくらいですか?」

「は……トリステインに入ってから、落とした街を焼き討ちする手間から進行速度は落ちています。それでも……確実に三日後にはトリスタニアに到達してしまうでしょう」

 三日……当初の想定から一日伸びたが、たった一日でしかない。それを聞いて、アンリエッタはマザリーニ枢機卿に向き直った。

「今のトリスタニアの市民を、安全な場所まで逃すにはあとどれほど必要ですか?」

「どう急いでも四日はかかりまする……」

 枢機卿らしい簡潔で無情な答えだった。つまり、どう急いでも確実に犠牲は出る。それも膨大な数の。

 けれど、アンリエッタはなぜかそれ以上のパニックに陥ることはなかった。この最悪な状況こそ、さきほどアンリエッタの前に現れた人たちの言っていたことなのかもしれない。

 なら、ここで行動に起こすべきことは……アンリエッタは数秒迷った末に決意を込めてド・ゼッサールに尋ねた。

「ゼッサール殿、今の我々の兵力で、ガリア軍を一日食い止めることはできますか?」

「女王陛下? い、いや不可能です。そのような馬鹿な考えはおやめくだされ」

 ゼッサールはアンリエッタの考えを察して止めたが、アンリエッタは強い眼差しでゼッサールに問い詰めた。

「女王の命令です。今の我々の戦力でガリア軍に立ち向かって、どれほどの時間持ちこたえられますか?」

「ううむむむ……地の利を得て、奇襲に成功し、烈風殿に奮戦していただき、敵将がおじけずき、ありとあらゆる天運が我らに味方してくれたとして半日……いや、数時間が限度でしょう」

「数時間、ですか」

「はっ、我らが二千がやっとに対して敵は数十万……敵軍はただ、損害を無視して突き進むだけで事がすむでしょう。こんなことを仕掛けてくるガリア軍のこと、兵が削れることを躊躇するとは思えません」

 アンリエッタは噛み締めた。トリステイン軍がどんなに奮戦して、奇跡的に一万や二万の敵兵を仕留めたとしても、ガリア軍はそれを切り捨てて前進するだけですむ。指揮官が統制にこだわるならば混乱を回復してから前進を再開するだろうが、恐らく今のガリア軍に常識は期待できまい。

 ド・ゼッサールや大臣たちはアンリエッタの考えを察して、軽率な行動はおやめくだされと引き止めた。決死の覚悟で食い止めに向かったとしても、大木に生卵をぶつけるようなものだ。

 けれど、アンリエッタは毅然とした表情で諸衆に命じた。

「出陣の用意を。ガリア軍に対してこちらから打って出ます」

 当然、枢機卿らから「陛下、乱心されましたか!」という声が響いたが、アンリエッタは正気だった。

 そして皆を落ち着かせると、アンリエッタは臣下たちに向かって驚くべきことを告げたのだった。

 

 激動が加速するトリステイン。寡兵のトリステイン軍で、アンリエッタはなにをしようというのであろうか?

 流れる風は何も語らない。そして、風の流れる王宮の尖塔の上では、鉄仮面の騎士が一人立って、祖国に仇なすものへと目を光らせている。

 騎士の名は『烈風』カリン。だが祖国の危機にあって、彼女の憂いているものは国のことだけではなかった。

 カリンのもとへ、彼女の使い魔たる一羽の小鳥が舞い戻ってきた。その足に括りつけられていた紙片に書かれていた一文へと目を通すと、彼女は今は王宮を遠く離れて旅をしているはずの娘へと心を痛めた。

「ルイズ……無事に帰ってくるのですよ。私の娘たち……」

 

 一方その頃……この戦争の火を放ったガリア王国もまた、混乱のるつぼにあった。

 突然の開戦はガリア国民にも事前に知らされることはなく、一週間ほど前に大軍を動かすための人や物がいきなり大量に徴用された。それは単純に言えば、数十万人分の食料や物資が市場から取り上げられたということで、ガリアの物流や経済は現在大混乱の真っただ中に放り込まれていたのだ。

 町中の食べ物が全部軍隊に取り上げられてしまった。あっても運ぶための人足も軍隊に取られてしまった。そして物資を盗賊や暴徒から守るための兵隊もいないから運びようもない。

 平民たちは食べ物が無くなるかもしれない不安から流言蜚語が飛び交いだし、町中の店から残った食料が買い占められて消えた。そうなると平民たちの間で食料を巡った暴動が起こり始めたが、平民たちを抑えるはずの貴族たちも男手を軍隊に引き抜かれてしまって、なすすべもなかった。

 そして平民たちの怒りの矛先は、当然のように原因となった王政府へと向けられていた。

「食い物をよこせ!」

「王様は俺たちを殺す気か!」

 首都リュティスはトリスタニアとは逆に内向きの混乱に包まれ、大勢の市民がヴェルサルテイル宮殿の前に渦を成していた。

 普段ならば、平民は貴族に逆らうことはない。しかし、食べ物がなくなるという根源的な恐怖は貴族への恐れさえも怒りで打ち消し、宮殿の前で怒りの声を張り上げる群衆の数は次第に増しつつあった。

「出てこい! なんとか答えやがれ貴族ども!」

 城門に詰めかける平民たちは、数千という数の力を頼りにして声を張り上げている。時間が経つにつれて大きくなり続けるその声は宮殿の中にも届き、今は王宮警護の騎士隊が城門を守っているけれども、いつ城門を破ってなだれ込んでくるかもしれない圧力に、王宮の奥で大臣たちは震えあがっていることだろう。

 けれど、そんな破滅が迫ってきているというのに、最大の当事者であるジョゼフ王はグラン・トロワの一室で優雅にグラスを傾けながらくつろいでいた。

「賑やかになってきたようだな。やはり、余のような無能王には怨嗟の声がよく似合う。それも今回は余の引退セレモニーをかねた祭りだ。ガリアの民たちにももっと楽しんでもらわねば困る。そう思わないか? 余のミューズよ」

「は、ジョゼフ様の主催の祭典に、ガリア国民は大反響のようで、私も大変嬉しく思います。民の怨嗟の声はリュティスを超えて広まり、貴族たちも突然の出兵による出費で、王政府への不満の声は高まる一方でございます。これで、増税の勅命を下せばガリア国民は総じて反乱の大火を起こすのも、すぐでございましょう」

「はっはっはっ、ガリアの民は元気があってけっこうなことだ。祭りと言えば、ついこの間にロマリアの阿呆どもの遊びに乗ってやったときのことを覚えておるか? あの時、民たちは余の臭い芝居を信じて余を英雄王と称したが、あっという間に暴君扱いよ。これを愉快と呼ばずしてなんと言おうか」

 ジョゼフはシェフィールドに酌を受けながら呵呵大笑した。

 今、城門を抑えている王宮警護の騎士隊の数は決して多くはなく、群衆が王宮内になだれ込んでくることがあれば、グラン・トロワまであっという間であろう。そんな考えられる最悪の状況も近いというのにジョゼフに焦りはなく、むしろその瞬間を待ちわびているかのようですらあった。

「まあ城門はあと数日くらいは持つだろう。それくらいを考えて、騎士団を残したわけだからな。その後は……クハハハ、平民どもの怒りに燃えた顔がどう変わるのか、最高の見ものになるであろうな」

「はい、仕込みはすでに。ジョゼフ様の最初の贈り物はすでに奴らに届いている手はずでございます。そして、本命も明日にいよいよ……その暁には、万人が初めて火を見た猿のように驚くことでありましょう。このような素晴らしいショーを思いつかれるジョゼフ様の知恵には感服いたします」

「なに、ロマリアの奴らの受け売りだよ。あの国の連中は民を踊らせることに関しては右に出る者はないからな。今のロマリアは教皇がいなくなったおかげで相当もめているようだが、奴らはもうどうでもよい。それより……フン、相変わらず人の部屋に入る礼儀を知らん奴だ」

 なにかを言いかけたジョゼフが視線をそらすと、そこには部屋の影に溶け込むようにして、あのコウモリ姿の宇宙人がマントを翻して立っていた。

 相変わらず手を背中に回してふてぶてしい態度をとるそいつは、やはり慇懃無礼な口調で話し始めた。

「どうも失礼。ドアをノックしろと言われてはおりましたが、王様には朗報をお耳に入れるほうが喜ばれると思いましたので。例の件、役者の方々は無事に配置につきましたよ。なにもかも予定通り、明日が楽しみですねえ」

「ほお、ご苦労であったな。だがそのくらいの手際は期待して当然のことであろう。騎士団に入りたての新兵でもあるまいに、それで余に誉められるとでも思って忍び込んできたのか?」

 ジョゼフが意地悪そうに返答すると、宇宙人は愉快そうに肩を揺らした。

「まさか、子供の使いをするほどピュアじゃありませんよ。次の舞台の幕開けにはまだ時間がありますので、ちょっとした前座のショーが見られるということです」

「ショーだと? ほう、また何か仕組んだのか?」

「いいえ、私もそこまで暇人じゃありません。想定外のちょっとしたハプニングですが、リュティスの空をご覧ください」

 そう言われて、ジョゼフとシェフィールドはテラスからリュティスの上空に目をやった。

 今日の天気は晴れで、風もたいしたことはない青空が広がっている。しかし、リュティスの街の上空にいつの間にか不審な黒雲が立ち込め、それは徐々に大きくなっているように見えた。

「あれは……?」

 シェフィールドはいぶかしんだ。今日の天気にしては不似合いな黒雲、それもいくら微風とはいえ他の雲は動いているのに、その黒雲はじっとリュティスの上空にとどまり続けている。もちろん、リュティスにはそんな大量の黒煙を吐き出すような工場などはない。

 対して、ジョゼフは猟師が森を見るような目でつぶやいた。

「あの雲、何かが潜んでいるようだな。違うか?」

「ご明察、そこに気づかれるとはさすが王様」

「はっ、山へ狩りならばシャルルとよく行ったからな。あいつは樹上や茂みに隠れた獣を鋭く探しだし、いつも俺より大きな獲物を捕らえたものよ。で、あれはなんだというのだ?」

「怪獣ですよ。ガリアの人間たちの怒りの感情に反応して呼び寄せられたみたいですねえ。このまま放っておけば街に降り立って暴れ始めるでしょうが、どういたしますか?」

 嫌らしく尋ねてきた宇宙人に、ジョゼフはわずかに眉を潜めた。

 今、このリュティスに怪獣と戦える兵力は残っていない。怪獣が街中に出現すれば、好き放題に暴れて甚大な被害が発生し、ジョゼフの計画にも支障が発生するだろう。

 かといってシェフィールドの手持ちの怪獣にもすでに予備はなく、ジョゼフの虚無の魔法ならば排除できるかもしれないが、今形だけとはいえジョゼフがガリアの民を救ってしまうのはまずい。

「招かざる客だな。幹事としてはどう対処するかね?」

「おや、丸投げですか? それはあんまりじゃありませんかねえ」

「戯れ言を。自分の力を見せびらかしたいから、わざわざ現れそうになるギリギリまで待って言いにきたのであろう。お前が一番、暇潰しをしたくてしょうがないという態度をしておるわ」

 ジョゼフがそう嘲ると、宇宙人は口元を押さえて笑った。

「ウッハッハッ、これは一本取られました。王様の洞察力、見くびっていたことを本気でお詫びいたしましょう。では、責任をとって、あの怪獣は私が始末しましょうか」

「最初からそう言えばよいのだ」

 呆れたようにジョゼフは言った。シェフィールドも、怒鳴り付けたいのを我慢して頬をひくつかせている。

 どうにも、こいつと話していると勘に触る。あからさまに見下してくる態度というなら別に気にも止まらないが、なんというか……あえて幼児性を強調してくるような様が腹立たしい。

 もちろん、こいつの力がこれからの計画に必要な得がたい能力だということはわかっている。かといってご機嫌をとる気には毛頭ならなかった。

「それで、そこまでもったいぶるからには、それなりのものを見せてくれるのでしょうね? つまらないものでジョゼフ様の眼を汚せば、代わりに足の一本をいただくわよ」

 シェフィールドの脅迫は本気だった。こいつを信頼してはいけない。いくら必要な奴だとはいえ、少しでも隙を見せてはいけない。ジョゼフ様の最後の望みをかなえるまでは、我が身に代えてもジョゼフ様を守らねばとシェフィールドは固く決意していた。

 ミョズニトニルンのルーンがシェフィールドの額で輝き、紫色の瞳が宇宙人を睨みつける。怪獣の予備はなくとも、虚無の使い魔としての能力で操れる無数の魔道具は別だ。裏切るそぶりを見せれば、たちまち宇宙人を四方八方からガーゴイルが襲って八つ裂きにするだろう。

 そうして、自分に向けられている敵意を知ってか知らずか、奴はペースを変えることなく手を広げて言った。

「ええ、退屈はさせませんとも。それはそうと、倒すにしてもまずは雲の状態から実体化させないといけませんね。街中に下ろすわけにもいきませんから、このお城の庭園をお借りしますがよろしいですか? ああもちろん、特殊なバリアーを使って城の中の光景は外には見えないようにしますのでご心配なく」

「よかろう、好きにするがいい」

 ジョゼフが投げやりに答えると、宇宙人は片手に黒く渦巻く不気味なもやのようなものを呼び出した。

「この星の人間たちから集めたマイナスエネルギーの塊です。もっとも、必要なエネルギーを抜いた後の、不純物が多くて何の役にも立たない絞り滓ですが、撒き餌にするには最適でしょう」

 そう説明すると、宇宙人は黒い塊を王宮の中庭に位置する広大な花壇に向けて放り投げた。

「さあおいでなさい。あなたの欲しいパワーはここにありますよ!」

 圧縮されていたマイナスエネルギーの塊が花壇に落ちるのと同時に解放され、黒い霧となって吹き出した。その光景は例えるならば、真っ黒に染まったキャンプファイヤー。

 邪悪なエネルギーは花壇の花を瞬く間に枯らし、冷たいオーラを周囲に撒き散らしていく。そしてその波動は上空の怪獣の魂もここに呼び寄せた。空の黒雲が生き物のように動き出して宮殿の上空へと移動していき、黒雲は重力を無視するように舞い降りてきて、その中から青い体と鋭い赤い角を持つ巨体が姿を現した!

 

【挿絵表示】

 

「おや? 怪獣かと思ったら超獣でしたか」

 そいつはぽつりとつぶやいた。そう、現れたのは怪獣ではなく超獣であった。

 ベロクロンのような強靭な巨躯に、頭の鼻先には一角獣のような角を生やし、頭部から背中にかけて大きく真っ赤な背びれが生えている。その目はらんらんと黄色く輝き、狂気以外のなにものも映してはいない。

 かつてヤプールの死後に現れ続けた超獣の一匹。黒雲に紛れて無差別に暴れまわるだけの狂暴な超獣、黒雲超獣レッドジャックが強烈なマイナスエネルギーに誘われて現れたのだ。

 完全に実体化したレッドジャックは喉に詰まったような鳴き声をあげてさっそく暴れ始めた。口から激しく燃え盛る炎を吐き出して美しい花壇を焼き払い、噴水を踏みつぶして獲物を探し回っている姿を見て、ジョゼフは自分の宮殿が破壊されていくのを気に止めた様子もなくつぶやいた。

「ほお、なかなか生きのいい奴だな。それで、あれをどうやって止めるつもりだ?」

「まあまあ、焦らない焦らない。あれだけ狂暴な超獣なら実験台には申し分ないです。ジョゼフ王様、ミス・シェフィールド、あなたたちは幸運ですよ。あなたたちの協力でこの星でついに一号機が完成した、『宇宙最強』の称号をその目で見れるのです!」

 そう言うと、宇宙人は大きく手を振った。すると、庭園の一角から青色の風船のようなものが膨れ上がっていき、見る見るうちに五十メートルほどの巨大な卵のような姿へと変わった。

 当然、レッドジャックもこの異様な物体に気づいて近づいていく。しかし、レッドジャックにもし知性があればここで逃げ去るべきだっただろう。なぜなら、そこに潜んでいるものとは……。

 そのときだった。臨界まで膨れ上がった球体が発光したかと思った瞬間、大爆発を起こして、中から巨大ななにかが姿を現したのだ。

「あれは!?」

 シェフィールドは爆発の後にたたずむ巨大な人影を見て叫んだ。爆発の炎をものともせずに、黒い巨大な影が立っている。

 その巨影に向かって、レッドジャックは威嚇するように吠えた。だが黒い影は微動だにせず、ただ王宮の花壇の中にじっと立ち続けていた。まるで、自分以外のすべての存在がとるに足りないものだとでもいうように。

 そして、馬鹿にされたと感じ、レッドジャックはいきり立って黒い影に突進を始める。だがその様子を、宇宙人はあざ笑いながら冷たく見つめていた。

「フッフッフッ、いいじゃないですかいいじゃないですか。こうでないとおもしろくありません。さあさあ、いよいよお目にかけましょう。宇宙でもっとも優秀な我々のテクノロジーが生み出した芸術品、そのほんの一端をね!」

 まるでサーカスの司会のように高らかに宣言したそいつの言葉を皮切りに、戦いは始められた。

 火炎を吐き、光線を放って攻め立てるレッドジャック。その暴れように、王宮内の役人たちは震えあがっていることだろう。

 けれど、彼らは、そしてジョゼフたちはこれから知ることとなる。これまで彼らが見てきた怪獣たちとは次元の違う、本当の力というものを。

 

 レッドジャックの攻撃を軽くいなし、黒い怪獣が動き出す。ついに始まる恐怖のショー……実体を持った絶望の化身による破壊の宴。

 それは、宇宙の中でも一部の選ばれた星人にしか使いこなすことを許されない力。だが、凡百の者が使っても並の怪獣と同程度にしかならず、紛い物ではない真の力を引き出せるのは選び抜かれたエリートのみという。

 今、奴は隠し続けてきた切り札の一枚をついに白日にさらした。それはつまり、奴の企むなにかの完成が近いということに他ならない。

 激動広がるハルケギニア。しかし、嵐の中核は一点に向かって収束していく。嵐が運んでくるものはなにか……すべてが明かされる時は、近い。

 

 

 続く


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