第2話
明日無き怪獣地獄
超怪獣 スーパーグランドキング 登場!
「やあやあ皆さんこんにちは。お元気でしたか? どうも突然、失礼いたします」
「おやおやお怒りですか? これはお取り込み中申し訳ありません。けれど皆さん、私をお待ちだったのではありませんか? そう、私です。今ハルケギニアで起きている異変の黒幕をやっております、私ですよ」
「いやあ、こうして皆さんにお話をするのもずいぶん久しぶりな気がします。最近は、あのペダン星人の方に主役をとられて、お話しする暇もありませんでしたからねえ。どうも連絡もなしにすみませんでした」
「ですが、本来この舞台の脚本家はこの私ですからね。これからは本来の筋書きに戻って進めてゆきますよ」
「ん? 余計なことをしないでハルケギニアから出ていけですか? ごもっともですが、私にもある方との約束がありましてねえ。約束を破るのは地球でもいけないことでしょう?」
「さて、前置きはこのあたりにして、皆さんもハルケギニアがこの後どうなるのかのほうが見たいでしょう?」
「ジョゼフ王さまがトリステインに攻めこんで、ハルケギニアに再び戦乱の火の手が上がりました。もちろん、そうはさせじと動き出す方々がおりますが、ジョゼフさんの忠実な部下のシェフィールドさんは先手を打って怪獣を放ったのでした」
「まずはトリスタニアをグエバッサーが襲いましたが、エースさんに倒されました。ですがエースさんもダメージは大きく、しかもシェフィールドさんはさらにたくさんの怪獣をばらまくつもりです」
「これは楽しくなりそうですね。そこで私も、少しばかりお手伝いをさせてもらうことにしました。かつて、あの宇宙帝王も使ったという超怪獣のレプリカ……ふふ、私って太っ腹でしょ?」
「果たして、ウルトラマンさんたちはこの危機をしのげるのでしょうか? 見逃してもリプレイしませんよ」
そう、災厄は動き出した。
進撃するガリア軍がトリスタニアに到達するまで、あと二日。それをなんとか食い止めるべく、ウルトラマンたちも背後で暗躍する宇宙人を倒そうと立ち上がった。
だが、シェフィールドはジョゼフの邪魔はさせないと、まずはトリスタニアを猛禽怪獣グエバッサーに襲わせ、グエバッサーはウルトラマンAによって倒されたものの、エースは力を使い果たしてしまった。
これを幸いと、宇宙人はトリステインの各地で怪獣を目覚めさせ、さらにシェフィールドも、残ったすべての駒をトリステインに惜しげもなく解き放った。
シェフィールドはその胸中で、これが自分の最後の仕事になることを確信していた。そして、うまくいこうがいくまいが、自分がジョゼフを破滅に導くことをわかっていた。
けれど、それでいい。そうすれば、そのときだけはジョゼフは自分を見てくれる。すべてはジョゼフの大望のために、純粋で独り善がりな自身の愛のために。
シェフィールドの放った怪獣はトリステインに散らばり、さらにトリスタニアには宇宙人の放った巨大怪獣が迫る。
〔あれは、グランドキング。宇宙中の怪獣の怨念の塊と言われ、かつて俺たちウルトラ兄弟が総がかりでやっと倒した怪獣だ〕
北斗が戦慄した声で言った。その言葉を聞いて、立ち上がる力も残っていない才人とルイズも息を切らせながら答えた。
「なんだって! そんなすげえ奴がいるのかよ。って、どうしてそんなラスボスみたいな奴がこんなとこで出てきやがるんだ」
〔少なくとも、かつてグランドキングを生み出した元凶は我々が倒したはずだ。それに、あいつは以前のグランドキングと似ているが……少し違っている〕
「じゃあ、他人の空似かもしれないってこと? それなら、そんなに強くないんじゃない」
〔いや、確かに見た目は異なっているが、この巨大なエネルギーの圧迫感はただものじゃない。少なくとも、今のウルトラマンAではとても勝てないだろう〕
万全の状態ならばともかく、エースバリヤーまで使って消耗しきった今の状態では勝ち目はないと北斗は見た。才人もルイズも、最低数日は休養をとらなくては元の状態には戻れない。
あれだけ苦労して一体倒したばかりだというのに、またもとてつもない相手が出てきたことに悔しがる二人。しかし、平和を守るために戦おうとするウルトラマンはエースだけではない。
「ガイアーッ!」
「アグルーッ!」
真紅と群青の光が輝き、グランドキングの前に二人の戦士が土砂を巻きあげて降り立つ。
大地の巨人、ウルトラマンガイア。海の巨人、ウルトラマンアグル。二人の勇者はスーパーグランドキングの進行に立ちふさがり、力強く言った。
〔こいつは僕たちが引き受けます。あなたたちは休んでいてください〕
〔こんな奴が連続して出てくるとは、敵は総力戦のつもりらしいな。こちらも戦力を温存と言ってられる場合ではないようだ。一気にケリをつけるぞ〕
街はグエバッサーの被害を受けたばかりで、混乱して避難も終わっていない。あんなデカブツに自由に動き回られたら大勢の人が踏み潰されてしまう。
そして、立ち向かう二人に北斗は残った力でテレパシーを飛ばして警告した。
〔気をつけろ、その怪獣は普通の何十倍ものパワーを持っている。かつて、俺たちの宇宙でウルトラマンが六人がかりでやっと倒せた奴とよく似てる〕
〔わかりました。注意します!〕
北斗からそう聞いても、我夢と藤宮に臆するところはなかった。強敵とは今までも散々戦ってきた。それに、それほどの怪獣だというならば、ここで倒さなければいずれ我夢たちの地球にまでやって来るかもしれない。
スーパーグランドキングが前進を開始し、ガイアとアグルはそれを止めるべく、真っ正面から組み合った。
「ジュワアッ!」
「ムオォッ!」
二人がかりで組み合っても、スーパーグランドキングに対してガイアとアグルは子供のように小さく見える。それほどの体格差で押し込まれ、二人の足が土をかいて尾を引いた。
〔なんてパワーだ!〕
メカニカルな外見の通り、スーパーグランドキングの馬力はガイアとアグルの二人を上回っていた。あのキングジョーブラックの出力にも匹敵する。いくらこの二人でも押し返せるものではない。
だが、スーパーグランドキングの反撃はこれからだった。機械の顎から巨大工場の稼働音のような鳴き声を発し、巨大な腕を振るっただけで二人のウルトラマンは軽々とはじき飛ばされてしまった。
「ウワアッ!」
大きく吹っ飛ばされ、二人は背中から地面に叩きつけられる。腕力もものすごい、軽く腕を振っただけでこれか。
その強豪ぶりを見て、タルブ村に向かおうとしていたアスカが振り返って、自分も力を貸そうかと言ってきたが、我夢ははっきりと拒否した。
〔いや、いくら強敵とはいえ一匹の怪獣に三人ものウルトラマンが拘束されるわけにはいかない。アスカは他の怪獣のところに向かってくれ。君にとって大事な場所なんだろう〕
「くそ、すまねえ我夢。ダイナーっ!」
アスカはリーフラッシャーを掲げ、光となってタルブ村の方角へ飛んでいった。
まだ攻撃らしい攻撃すら見せていないのに、ウルトラマン二人を相手に圧倒的存在感を示すスーパーグランドキング。その絶望的な光景に、トリスタニアの人々はグエバッサー撃破の喜びも冷め切って呆然と立ち尽くしていたが、そこに街全体に響くアンリエッタの声が活を入れた。
「皆さん、立ち止まってはいけません! 今、未曾有の危難がトリステインに迫っていますが、まずは今の危機から逃れるべき時です。日頃の訓練通りに、安全な場所まで避難してください。逃げ遅れた人は竜騎士が空から助けあげます、だから決して立ち止まらないで急いでください」
城のバルコニーから風の魔法で増幅されたアンリエッタ女王の声がトリスタニア全域に響き、人々はハッとして歩みを再開した。街中に怪獣が現れたときのために、市民には避難訓練を徹底させてあるから一度動き始めれば大丈夫であろう。
だがこうなったら、ただでさえ弱体化しているトリステイン軍にはなすすべがない。烈風カリンを投入すればまだなんとかなるかもしれないが、彼女は本当にどうしようもなくなったときのための最後の切り札だ。
民を守るべきときに戦えず、ウルトラマンにすべてを託さなければならない状況に、アンリエッタの胸中は歯がゆさでいっぱいになる。あの人に、ハルケギニアを守っていくと誓ったばかりだというのに。
せめて、自分にルイズの虚無の魔法のような強い力があれば。そんなことさえ考えてしまうが、夢想に逃げても意味はないと思い直そうとしたとき、アンリエッタのもとに息せききって一人の兵士が駆け込んできた。
「女王陛下に至急に申し上げます!」
「え?」
その報告に、アンリエッタは鼓動を早めてバルコニーから駆け出して行った。それはアンリエッタを困惑させると同時に、この戦いを大きく左右させることになる判断を彼女に与えることになる。
だが、そうしているうちにもスーパーグランドキングが待ってくれることなどはない。
超重量の戦車のようにスーパーグランドキングは家々を文字通りぺしゃんこにしながら前進してくる。ガイアとアグルはそれを食い止めようとパンチとキックを放ったが、コンクリートの塀を殴ったように手応えはない。
なら、これはどうだ! 出し惜しみはなしだとガイアとアグルは後ろに跳んで、それぞれの必殺光線を放った。
『フォトンエッジ!』
『リキデイター!』
ガイアの額から放たれる光線とアグルの放った光球が立て続けにスーパーグランドキングに炸裂して爆発を起こす。
やったか! と、見守っていた人々の中にはこれで勝利を確信した者もいた。だが、スーパーグランドキングはわずかに装甲に焦げ目をつけた程度で、何事もなかったように雄叫びをあげて再度動き出したのである。
〔くそ、エネルギー攻撃でもだめか〕
〔どんな超合金でできているのか、まだ宇宙には俺たちの知らない新元素があるらしいな。もっとも、こんな使い方は感心できないが〕
アグル、藤宮博也は憮然とつぶやいた。破滅招来体に踊らされていた頃には思いもしなかったけれど、どんな優れたテクノロジーを持っても、それをろくでもないことに使うのは人類だけではない。
宇宙には、間違えた進化をした生命が数多くあり、人類はそれを反面教師にしなければならない。そして間違えた進化をたどった、人類を含むそんな脅威から地球を守るためにこそ地球はウルトラマンの力を自分たちに与えてくれたのかもしれない。
けれど、感傷に浸れた時間は一瞬だった。猛牛のように突っ込んでくるスーパーグランドキングに対して、ガイアとアグルはこれを押しとどめようとしたものの、二人がかりでもやはり食い止めるのが精いっぱいで押し返すことはできない。ガイアは相手の勢いを利用して投げ飛ばそうと試みたものの、奴の体重はあのスカイドンをもしのぐほどあり、持ち上がらなかったばかりか逆にスーパーグランドキングの右腕についている巨大なハサミがガイアを挟み込んで持ち上げてしまったのだ。
「ウワアッ!」
まるでクレージーゴンにつままれた車のように、ガイアの体が軽々と持ち上げられている。アグルはガイアを助けようと、アグルセイバーでスーパーグランドキングの腕を斬りつけた。
「セイヤアッ!」
光の剣で斬りつけたことで火花が散り、スーパーグランドキングはガイアを離した。しかし奴の装甲自体にはまったくダメージはなく、アグルは脱出したガイアとともに敵の装甲の厚さに呆れ返った。
〔大丈夫か、我夢〕
〔ごめん、油断したよ。あの怪獣、このあいだの奴にも負けない頑丈さだ。まずいな、まだこっちの準備ができてないっていうのに〕
我夢と藤宮は科学者である。キングジョーブラックに歯が立たなかった経験から、ウルトラマンの攻撃でも破れない超装甲を有する敵がまた現れたときのために研究をおこなっていた。だが、この世界では研究に必要な設備も資材も足りず、なにより時間がなかったことから研究はまだ実を結んではいなかった。
しかし、今の二人は理論がなければ動けない頭でっかちではない。
〔悩んだところで意味はない。今の俺たちでできることをやるまでだ、我夢〕
〔ああ、こうなったらできることを片っ端からやっていこう!〕
相手は強敵、こんなことは今まで何度もあった。だからといって引き下がるわけにはいかない。
強固な装甲を破る方法。どんな頑強な金属にだって、破壊できる方法は必ずあるはずだ。
スーパーグランドキングはまさしく鋼鉄の巨竜という威圧感で、赤く輝く眼から血のような光を迸らせ、首から股下まで連なるランプを点滅させながら、一歩ごとに地面を超重量で陥没させつつ迫ってくる。
しかし、その前進を許すわけにはいかない。ガイアはスーパーグランドキングに向けて、伸ばした手の先から冷凍光線を発射した。
『ガイアブリザード!』
極低温の凍結光線を頭から浴びせられて、スーパーグランドキングの動きが鈍り出す。だが、いつもならこれで止めるところだが、ガイアはさらにエネルギーを込めて光線を照射し続けた。
〔凍れえっ!〕
長時間の冷凍光線の照射で、スーパーグランドキングは周囲の水蒸気が凝結した氷の彫像と化していく。
〔よし、いいぞガイア!〕
アグルも応援し、街の人たちも氷の像と化していくスーパーグランドキングを逃げながら呆然と見ていた。
しかし、単に凍らせただけでは一時的に動きを止めても倒すことはできまい。ならばなぜエネルギーを消費しても凍らせるのかといえば、もちろん理由はある。
〔どんな金属でも極低温にさらせば脆くなる。絶対零度まで下げれば原子崩壊を起こすけど、そこまでできなくても〕
〔破壊できる可能性は大きく増す!〕
これが二人の狙いだった。液体窒素につけた薔薇が粉々になるのはよく知られているが、それはなにも生き物だけでなく金属にも当てはまる。
台風でもびくともしない鉄塔が吹雪で折れたり、雪原の戦車戦において通常なら砲撃を受けても耐えられるはずの装甲が割られることが起きる。その状態になればいくらスーパーグランドキングの装甲でもと、アグルはエネルギーを渦巻く光球に握り固め、凍り付いたスーパーグランドキングに向けて撃ち放った。
『フォトンスクリュー!』
かつてロボット怪獣Σズイグルのボディを貫通したときよりもエネルギーを込めたアグルV2の必殺技が飛んで、動きの止まったスーパーグランドキングに直撃する。その瞬間に氷片が弾け飛び、トリスタニアに一瞬の吹雪が吹いた。
〔これならどうだ?〕
ガイアとアグルだけでなく、見守っている才人やルイズもこれで決着することを祈った。少なくとも、並の怪獣なら木っ端微塵になっているはずだ。効いていないなんてことは……。
だが、スーパーグランドキングを包んでいた白いもやがゆらりと動いたと思った瞬間、赤黒い破壊光線が放たれてガイアとアグルを吹き飛ばしてしまった。
「グワアッ!」
「ムオォッ!」
強烈な威力の破壊光線を受けて地面に土砂をあげて叩きつけられる二人。そしてもやを吹き払って、スーパーグランドキングは無事な姿を現したのである。
〔だめかっ!〕
奴は体についた氷の破片を振り払いながら再度前進を始めた。その装甲には損傷の後は見受けられず、我夢と藤宮の策が通じなかったことを思い知らされた。
けれど、まだあきらめるには早すぎる。第一の試行が失敗したら第二の試行へ、科学はそうして進歩してきた。
立ち上がり、次の作戦に移ろうと試みるガイアとアグル。しかし、その胸のライフゲージは赤く点滅を始め、二人に残された時間はわずかであることを知らせていた。
まるで山が動いているかのように、スーパーグランドキングは眼前の障害をことごとく蹴散らし、家々を瓦礫に変える進撃を止めない。
ガイアとアグル、ウルトラマン二人の力を持ってしても足止めさえろくにできない。その危機を見て、才人とルイズはまともに体が動かないにも関わらずに歯を食いしばって立ち上がろうとしていた。
「く、くっそう……まだやれる、まだやれるはずだ」
「そ、そうよ、このくらいで……うう、なんでわたしの足は動かないのよ」
グエバッサーとの激戦とエースバリアの反動は、二人に容易には回復できないダメージを与えてしまっていた。
けれど、無理に立ち上がろうとして倒れる二人に、北斗星司は穏やかに告げた。
〔二人とも、無茶はするな。ただでさえエースバリアを使った後は消耗が激しいんだ〕
「北斗さん、でも、このままじゃガイアとアグルがやられちまう」
才人はデルフリンガーを杖にして、額に脂汗をいっぱいにして立とうとしていた。今ここで無理してでもやらなければ、他に誰がいるというのか。しかし、北斗は意外にも落ち着いた様子で才人を止めた。
〔いや、その必要はないかもしれない。見ていたが、あの怪獣は以前のグランドキングとよく似てはいるが、強さはあのときほどではないように感じる〕
その言葉を聞いて才人もルイズも愕然とした。今でさえガイアとアグルが手も足も出ないというのに、それならオリジナルのグランドキングはどれだけ強かったというのか。
「でも、ミスタ・ホクト。あの怪獣があなたの知っている奴ほどじゃないとしても、あの二人のウルトラマンの攻撃が通用しないのよ。このままじゃ」
〔いや、彼らはまだ諦めてはいない。俺も昔、タロウのピンチに飛び出していこうとしてゾフィー兄さんに何度も止められた。仲間を信じるのも、大切なことだ。それに、戦っているのは彼らだけじゃない……〕
北斗は、あのグランドキングの装甲を破れるかもしれない手を一つだけ思いついていた。そして、彼らなら今ごろは。
才人とルイズは北斗の真意を図りかねながらも、どっときた疲れに負けて折り重なるように倒れこんだ。
かつてのキングジョー同様にありとあらゆる攻撃を受け付けず。いや、あのキングジョーは無意味な破壊はしなかったが、スーパーグランドキングは建物を踏み潰し、破壊光線で火の手を広げながら暴れ続けている。
対して、すでにガイアとアグルの力は限界に近づいている。パワーや光線には対抗できないわけではないが、とにかくあの装甲がやっかいだ。
〔あの、装甲さえなんとかする方法があれば〕
ひざをつきながらも力を振り絞るガイアとアグル。二人で戦ったときのこのくらいのピンチは、根源破滅海魔ガグゾムとの戦いの時もあった、まだまだ諦めるには早い。
そのときである。追い詰められた二人の耳に、街の外に不時着している宇宙船から脳波シグナルにも似た声が響いたのは。
「ウルトラマンガイア、ウルトラマンアグル、これからこの船の主砲でその怪獣を狙撃します。射線上から待避してください」
その声に、ガイアとアグルははっとして街の外を振り向いた。すると、半壊した城壁の隙間から、郊外で残骸をさらしているペダン宇宙船の一部が開き、巨大な砲門がせりだして来るのが見えたのだ。
〔あの宇宙船の主砲。つまり、ペダニウムランチャーか!〕
我夢は、自分も苦しめられたキングジョーブラックの武装の威力を思い出した。しかも、宇宙船の兵装だけあって口径は数十倍はある。もしかして、あれならば。
けれど、ペダン宇宙船はルビアナの死後、残ったペダン星人たちは全員王宮で軟禁され、宇宙船には調査のためのアカデミーの人間数人しかいないはずなのに、どうやって?
そのころ、ペダン宇宙船の損傷著しい指令室では、やや憔悴した様子を顔に張り付けたペダン星人の隊長が、部下に機器を操作させながら報告を受けていた。
「エネルギーのバイパスはまだ生きています。接続でき次第、使用はできますが……本当にいいのですか? 我々は……」
「ジオルデ、我々はこれまで、ルビアナお嬢様の命に従い、お嬢様のために生きてきた。だがこれからは、我々は我々自身のために生きねばならん。この星を新たな故郷に定めてな。だから私にもお前たちに命令する権利はない、不服ならば去るがいい。それも自由だ」
「いえ、生きる場所を残してくれたお嬢様のご恩を裏切ることはできません。ですが、自由とは不安を伴うものですね」
そのペダン星人の隊長は、まったくだと苦笑した。
ルビアナが生きていた頃は、なんの心配もなかった。しかし、もう頼ることはできず、自分で考えて行動することには不安が尽きない。
けれども、ルビアナは彼らを命令が無ければ何もできない無能には育ててはいなかった。アンリエッタが対策に窮して悶々としていたとき、彼らペダン星人が進言してきたのだ。
「我々の船の武器ならば、あの怪獣を倒せるかもしれない。我々にも戦わせてほしい」
この要請を聞いたとき、もちろんアンリエッタは驚いた。ペダン星人の武器の威力は直接戦ってよくわかっている。だが、つい先日まで敵だった彼らをそのまま信じることはできず、マザリーニ枢機卿も厳しい表情で見守る前で、彼女は緊張して問いかけた。
「あなた方を信用できるという、証を立てることができますか?」
「……我々が、あなた方の神に誓いを立てても意味はありますまい。我々は、我々を遠い昔から守り続けてくれたあの方のためにのみ、生きてきました。ですが、あの方はもういない……けれど、あの方は我々に生きろと言ってくださいました。我々が何をすべきかはまだわかりませんが、今はあの方が最後に愛したこの地とあなた方を守るために戦いたいのです!」
生き残りのペダン星人を代表した彼の言葉に、アンリエッタはルビアナの優しい笑顔を思い出した。そう、友すら信じられなくて何が女王か。
「わかりました。責任はわたしが取ります、マザリーニ枢機卿。彼らが必要な人数の拘束を解き、すぐに送ってください」
そうして、数名のペダン星人が解放され、ヒポグリフで宇宙船に送られた。
だが、アンリエッタには絶対の自信があったわけではない。厳しい視線を向けてくるマザリーニ枢機卿に、彼女は苦慮をにじませながら言った。
「わかっていますよ、わたくしも女王です。この世には、信じるべき人間と信じてはいけない人間がいるのですよね。そして、裏切られたときの苦味もわかっているつもりです。でも、もっとも愚かな王とは誰も信じられない孤独な王でしょう」
「ふふ、女王陛下、悩まれなさい。その悩みが貴女を王にふさわしく育てるでしょう。ですが、本当に道を誤りそうになったときにはこの身に代えても止めますぞ」
「そうならないよう、胆に命じます」
どんな名君でも、臣下の裏切りから無縁ではいられない。自分が人を信じても、人が信じてくれるとは限らない。でも、それで終わってはあまりに寂しいではないか。
そして、ペダン星人たちはアンリエッタの思いに応えて、ペダニウムランチャーの照準をスーパーグランドキングへと向けていた。
「エネルギーバイパス接続完了。しかし回路の損傷が激しく、撃てるのは恐らく一発だけです!」
「構わん! 砲撃用意」
「レーダーが復旧不能。自動照準装置が動きません!」
「ならば手動照準だ。お前が撃て、ジオルデ」
「私が? ですが」
「お前はお嬢様の遺言を直接聞いたのだろう? それに、お前はラピスの本当の兄さんになってやると決めたのだろう。その覚悟を見せてみろ!」
「ぐう、隊長も人が悪い。了解です!」
ペダン星人たちの間でも、未来をそれぞれが生きていくための戦いが始まっていた。
大型ペダニウムランチャーにエネルギーが供給され、砲口にエネルギーの粒子が集まっていく。
しかし、放てるのは一発が限度。外したら後はないし、いくらスーパーグランドキングが大きな的であるとはいえ、動き回っている相手に命中させるのは容易ではない。
直撃させるためには、発射まで奴の動きを止めておく必要がある。ガイアとアグルはうなづき合うと、スーパーグランドキングの左右から羽交い絞めに入った。
「ダアァァァッ!」
「トアァァァッ!」
渾身の力を込めて、二人のウルトラマンはスーパーグランドキングの巨大な腕を抱え込んで抑えつけた。
だが、当然スーパーグランドキングは暴れて二人を振り払おうとする。二人とも、日ごろから鍛錬には励んでいるが、体格差がありすぎてまるで関取に挑む空手家だ。それでも、二人はここが正念場だと力を振り絞る。
〔藤宮、がんばれ!〕
〔それは俺に言ってるつもりか? うおおっ!〕
藤宮は熱血をやるタイプではないが、力をここで使いきってもいいと、二人のウルトラマンの筋肉が張り詰める。そしてその時、スーパーグランドキングの動きが完全に止まった。
今だ! ペダン星人の隊長は宇宙船の真っ正面にきたスーパーグランドキングを見て叫び、ジオルデは息を飲んで手動照準器のグリップを握った。
「ターゲットスコープ・オープン。電映クロスゲージ明度20」
「エネルギー充填、120パーセント。シアーロック解除」
「発射十秒前、対ショック、対閃光防御。5、4、3、2、1、ゼロ。発射!」
その瞬間、宇宙船の砲口からキングジョーブラックのものとはまったく違うエネルギーの太い束が放射され、ガイアとアグルに押さえつけられているスーパーグランドキングの胸部へと突き刺さった。
刹那、スーパーグランドキングから凄まじい絶叫の咆哮が響き渡る。これまで何をしてもかすり傷もつけられなかった奴から、初めて苦痛の声が漏れたのだ。
ペダニウムランチャーの直撃した箇所を覆っていた煙が晴れると、そこには溶鉱炉のような傷口が広がり、装甲が煮えたぎって溶解しているのが見えた。そう、どんな頑強な装甲でも、その強度を上回る破壊力を叩きつければ壊せるという絶対の法則が勝利したのだ。
だがスーパーグランドキングは胸元に大穴を開けられながらもなお生きていた。狂ったように叫び声をあげ、光線をところ構わず乱射して暴れ狂っている。
奴を倒さなければ! そして、あの傷口が奴の唯一のウィークポイントだ。ガイアとアグルは光線技を放つ余力はなく、飛び上がると両手を鋭く突き出した体勢で高速回転し、その体そのものを巨大なドリルと化させて突っ込んだ。
『ガイア突撃戦法!』
『アグル突撃戦法!』
惑星に落ちる流星のように、二人のウルトラマンの身を挺した弾丸はスーパーグランドキングの胸を貫いて背中まで突き抜けた。
ガイアとアグルは回転を止めてスーパーグランドキングの後ろに着地する。そして、振り返らず立ち尽くす二人の後ろでスーパーグランドキングのボディに空いた風穴を中心に全身に亀裂が走ると、その巨体は膨れすぎた風船のように爆裂して果てたのである。
「や、やった! やったんだ!」
戦いを見守っていた才人は、ついにスーパーグランドキングを倒したガイアとアグルに歓声をあげて飛び上がり、すぐにまた限界が来て倒れこんだ。
スーパーグランドキングは完全に粉々になり、奴のいた場所は噴火口のように煙が上がり続けている。黒煙の中で、奴の精神体の残沚のマイナスエネルギーが黒いもやとなって空に昇って行ったが、いずれ散って溶けて消えてしまうだろう。
しかし、今回は人々からあがる歓声はまばらで、アンリエッタから街の人々にいたるまで、喜びよりも安堵や脱力感のほうが大きく、ホッと息をつくだけの人が多く見られた。それだけ、グエバッサーからスーパーグランドキングにいたる脅威は災害のように人々の心を圧迫していたのだった。
そして一方、見事勝利の立役者となったペダン宇宙船では、無理な砲撃で限界を迎えたペダニウムランチャーの砲身がへし折れ、指令塔内のすべての機器もショートして機能停止していた。
「全電源喪失……ありがとう、我々の船」
それは彼らが流浪の旅への未練を絶ち切り、この地へ根を張って生きていかねばならないということへの区切りであった。
二大怪獣の猛威を打破し、トリスタニアはなんとか壊滅を免れた。かに、思われたが……その代償は今回も決して小さなものではなかった。
「グゥゥッ……」
「オアァァッ……」
スーパーグランドキングの装甲を貫くための渾身の突撃戦法で、エネルギーだけでなく体力も使い果たしたガイアとアグルは倒れこむようにして消滅し、元の姿に戻った我夢と藤宮は瓦礫の中で荒い息をついていた。
「ハァ、ハァ……大変な相手だった。意識を失わないだけ、ゾグのときよりマシか。藤宮、大丈夫かい?」
「フゥ、少なくとも、お前よりはマシだ。だが、光をほとんど使いきってしまった。互いに、しばらく変身は無理だな」
二人はエスプレンダーとアグレイターに宿っている光が相当弱まっているのを確認して、勝てたものの戦略的にはかなりまずい状態になってしまったことを感じ取っていた。
ウルトラマンAが力尽き、今度は自分たちが。もし敵がウルトラマンが再度現れるまでのインターバル中にすべてを片付ける作戦であったなら……。
しかし残念なことに、我夢と藤宮の懸念は最悪の形で当たっていたのだ。
グラン・トロワの一室で、力を使い果たして消えるガイアとアグルの姿を遠見の鏡で覗き見ながら、あのコウモリ姿の宇宙人は愉快そうに笑っていた。
「エェエクセレント! 敗れはしましたが、実質ウルトラマン二人を道連れにしてくれるとはさすが宇宙の帝王の使い魔。これが本物でなかったのが残念です」
「……ずいぶんご満悦ね。貴様にとって最強の手駒なのではなかったの?」
五月蝿さに苛立ってシェフィールドが尋ねても、宇宙人は気にした素振りを見せずに答えた。
「手駒など、また拾ってくればいいだけですよ。あなたもそうしてきたでしょう? 魔道具使いのミョズニトニルンさん。そ、れ、に、死んだら死んだで生き返らせるという手もあるでしょう? 生き返らせるというね、ホッホッホッ」
耳にさわる笑い方をするそいつに、さしものシェフィールドもわずかに眉を動かした。ジョゼフのためが思考の最優先であるとはいえ、シェフィールドも人間であり、それにも限度がある。
うっとうしそうに立ち上がったシェフィールドは、彼に背を向けて部屋の出口に歩き出した。
「おや、どちらへ?」
「お前に説明する義務はないわ」
「おお、怖い怖い。では、私もあなたに秘密を作って構わないんですね」
つくづくカンに障る奴だとシェフィールドは紫色の唇を歪めてむかつきを抑えた。本来ならこの場で八つ裂きにしてやりたいが、ジョゼフの願いのためにはこいつの協力が絶対必要であるから、シェフィールドは振り向かないまま奴の問いかけに答えた。
「ジョゼフ様のお望みをかなえるためには、あれにしばらくおとなしくしてもらわなければならない。今ごろはこのことを知って慌ててこちらに向かっているはず、捕らえるには今がちょうどいい」
「お忙しいことで。ですがあれも相当な使い手ですが、怪獣をすべて使いきってしまったあなたに捕まえられるんですか?」
「……あれに一番有効な駒は既に私の手中にあるわ。怪獣なんて必要ない。私の邪魔だけはしないで」
部屋の扉が乱暴に閉められる音がして、宇宙人は芝居がかったしぐさで肩をすくめた。
「やれやれ、どこの星でも女性というのはどうしてこうなんでしょうね。大宇宙究極の謎ですよ……ですが、フフ……人間というのはたまに我々よりもえげつないことを考え付くものですねえ。参考にさせてもらいましょうか。フフフ……」
宇宙人は、自分の計画が大勢の人間を動かしているということに高揚感を覚えながらつぶやいた。
計画は順調に進んでいる。向こうはこちらをまったく信用していないようだが、最上の計画とは相手をいかに乗せるかではなくて、相手をいかに乗らざるを得ない状況に持っていくかなのだから関係ない。
「そんなに警戒しなくても、約束を破る気なんかありませんし、破る必要なんてないんですがねえ。ま、私が直々に出ていくまでにはまだ時間がありますし、もうしばらくウルトラマン方の戦いを楽しませていただきましょう。おや、次はこの方がご登場ですか」
所はトリスタニアから遠く離れ、地方の農村であるタルブ村へと移る。
「怪獣が出たぞーっ!」
村人が大声で叫ぶ声が響き渡る。この村に怪獣が現れるのは初めてではなく、村人たちは怪獣の足音の地響きに慌てながらもパニックにはならずに避難を始めようとしていた。
しかし、今回の怪獣はタルブ村にとって一番大事な場所に現れていた。
「大変だ。あの怪獣、貯水池を狙ってるぞ」
ブドウを栽培し、ワインを生産して収入を得ているタルブ村にとって水源は死活問題である。あそこを破壊されたら村人が助かったとしても村としては死んでしまう。
だが、鍬や鎌を手にする村人たちに対して怪獣はあまりにも巨体であり、その進撃を止めるには悲しいほど非力であった。
けれども、小さな叫びが邪悪な暴力に押しつぶされそうなとき、必ず彼らはやってくる。
「ダイナァーッ!」
光とともに怪獣の眼前に勇ましく銀の巨人が降臨する。対して、貯水池を目指していたタツノオトシゴに似た怪獣は焦点の合っていない目でウルトラマンダイナを睨みつけ、興奮したように体を震わせた。
たとえ罠であろうとも、その罠を踏み越えて先に進む。アスカ・シンはいつだってそうやって戦ってきた。
そんなダイナを、村人たちに交じって一人の初老の婦人が頼もしそうに見つめていた。
続く