第1話 ガリア来る
第1話
ガリア来る
猛禽怪獣 グエバッサー 登場!
M78星雲のある宇宙とは次元を隔てた異世界ハルケギニア。そこでは数々の異変や事件が起こり、戦い、そして解決されてきた。
その中心にあったのは、才人やルイズたち勇敢な少年少女。この世界の心ある人々、彼らを助けてきた光の巨人たちの活躍だった。
しかし、悪の因果は消えず、絡まり、次第に太くなって闇から襲い掛かってくる。長い間ハルケギニアの裏で暗躍し、舞台をかきまわしてきた勢力がついに全面攻勢に出てこようとし始めたのだ。
その日は朝から雲一つない澄みきった晴天で、多くの人々は平和な一日がやってくることを疑わなかったという。
しかし、天気で世の平穏が決まればどんなに幸せなことであろうが、この日に人々が耳にしたのは対極の凶報であった。
そしてそれを第一に見る栄誉に不幸にも預かったのは、国境付近で地質調査に当たっていたトリステイン王立魔法アカデミーの一団だった。
「ふう、ふう、せんぱーい、ちょっと待ってくださーい」
「なによだらしないわね。若いんだからもっとしゃんとしなさい」
荒れた山道を、ブロンドの髪に眼鏡をかけたきつい目付きの女に続いて、華奢な金髪の少女が追いかけていく。
一団の数は二人を含めて十名程度。山登りの用意はしてきたようだが、知力や魔法力よりも体力の求められる山道にはなかなか苦戦しているようであった。
「せんぱーい、こんな地味な仕事嫌ですよ。もっと古代の神秘とか、ロマンのある研究しましょうよ。エレオノール先輩ったら」
「うるっさいわねルクシャナ! 私だってほんとはこんな地味な仕事はしたくないわよ。けど仕方ないのよ。始祖の業績の研究だけしてればよかった昔とは違って、実になる成果もあげないとアカデミーもどんどん予算を削られちゃうんだから。まあ今回は我慢しなさい、ここで新しい土石の鉱脈を発見できれば、理事長も当分私たちに文句言えなくなるからね」
言い合っているのは今や王立魔法アカデミーの名物コンビとして有名なエレオノール女史とルクシャナ助手の二人である。この二人は国中から優秀な学者が集まるアカデミーの中でも、その頭脳が突出しているだけでなく、たぐいまれな美貌を持つ才女たちとして名声を高めている。
もちろん、二人に続いて山道を行く八名の一般研究員たちも彼女らのファンで、あわよくば求婚の機会をという野心を抱いていた。
と……いうのが全体の建前であるが、実際は半分だけ正しいと言える。確かにファンは多いが、それは片方だけで、もう片方は怒りを買うのが恐ろしいので持ち上げているというのが正解である。
もっとも、その片方にも一応婚約者がいて、しかもなかばほったらかしにされているわけだが、知らぬは当人たちばかりである。
そんな彼女たちの今回の仕事は、やりがいは薄いが簡単なものであるはずだった。しかし、軽い気持ちで裏山道を行く彼女たちの耳に突然山津波のような轟音がして、驚いて山林を抜けた先にある表街道を覗いた彼女たちの見たものは、道を埋め尽くして行進する大軍勢の姿だったのだ。
「わあおっ、なになに? お祭りかしら?」
「バカ! 隠れるのよ、ルクシャナ!」
血相を変えたエレオノールがルクシャナを木陰に引きずり込んだ。能天気なルクシャナはともかく、エレオノールは一目見ただけで、その軍勢が掲げていた旗印がどこのものであるかに気づいてしまったのだ。
「ガリア軍……どうしてこんなところに」
ここは国境のすぐそばといえ、トリステインの領内なのだ。そこにガリア軍が大挙しているなどありえない。
が、もしありえる理由があるとすればそれは一つしか考えられない。エレオノールは青ざめている研究員たちを見渡すと、母親譲りの毅然とした態度で指示を下した。
「これは、ガリアの侵略よ。あなたたち、今すぐトリスタニアに飛んで女王陛下にこのことをお伝えしなさい」
「は、エレオノール女史はどうされるのですか?」
「私は別に行かなきゃいけないところができたわ。いい、あなたたち、もうどこにガリアの斥候がいるかわからないからバラバラに走るのよ。ルクシャナ、留学生のあなたはトリステインの有事に関わる義務はないわ、事が収まるまでどこかに隠れてなさい」
「む、先輩、私がそこまで自分さえよければいいと思われてるとはさすがに傷つくわね。確かに私はこの国には義理はないけど、この国の中に守りたいものはあるのよ。先輩も……気をつけて」
ルクシャナはいつもの気楽な表情を引き締めると、真っ先に駆け出して行った。
こういうときの切り替えの早さと決断力はさすがである。また、エレオノールも非常事態だというのに取り乱しもしないで指示を出しており、その胆力に男たちは彼女を見る目を変えていた。
「あんたたち何ボサッとしてるの! ことは一刻を争うのよ!」
「は、はいっ!」
一括され、研究員たちは思い思いの方へ駆け出して行った。
それを見届けて、エレオノールも走り出す。フライの魔法で飛べば速いが、それはガリア兵に見つけてくださいと言っているようなもので走るしかない。
とにかく一人でも王宮にたどり着き、女王陛下にこの危急を伝えてくれれば。エレオノールは祈りながら、自らもある方角へ向かって急いだ。
そして、結果としてエレオノールの指示は適切で、何人かの研究員が王宮にたどり着いて凶報を伝えることに成功した。
この時、王宮はルビアナとの戦いによって受けた被害の復旧にかかりっきりであり、足りなくなった警備に水精霊騎士隊までも駆り出している有り様だった。それゆえに、他の事柄にはほとんど注意が払われていないようで危機意識はまるで感じられず、それだからこそ、そんな時に飛び込んできたこの凶報は王宮を激震させた。
『ガリア軍、国境を越えて大挙浸入』
もちろんアンリエッタもこれをいきなりは信じられなかったが、名誉あるアカデミーの研究員が嘘を言うとも思えず、念のために飛竜を飛ばしてみた。すると、時をおかずに大軍勢の移動が発見され、続いて各所から同様の報告があがり、とどめにガリアからの宣戦布告文書が届くにいたってアンリエッタは戦争の勃発を確信した。
「すぐに国内のすべての貴族を召集しなさい。信じられないことですが、戦争です」
これをもって時間は現在となり、トリステイン王宮の一室では緊急会議が開かれていた。
「ともかく詳しいことは調査中ですが、ガリア軍が国境を越えてこのトリスタニアへ向かっているのは事実です。現在の進軍速度だと、トリスタニアへの到達は三日後でしょう。これより、トリステイン王政府は戦時体制に移行します。皆様には、自由に対策を論議していただきたく願います」
集められた大臣たちの役職や爵位は様々だが、皆一様に事態を飲み込めていないというのは共通していた。だが、あまりにも非常識な事態であるので無理はない。
「女王陛下、とにかく訳がわかりません、なぜガリアが我が国を? 彼の国は宣戦布告文でなんと言ってきたのですか?」
一人の大臣がそう質問した。当然のことである。戦争とはそう簡単に起こせるものではなく、一国が何か月も、場合によっては何年も入念に準備してやっと起こせる国家行事なのだ。その目的がわからなければ対応のしようがない。
だがこれに対して、アンリエッタの隣に控えたマザリーニ枢機卿が苦渋をにじませながら答えた。
「残念ながら、ガリアからの宣戦布告文にはこうとしか書かれておりませぬ。『うたかたの夢のことゆえ、軽くお相手願いたい』と、だけ……」
「なんだそれは! ふざけているのか?」
当然の反応だった。戦争を仕掛けて来ているというのに、大義名分の欠片もない意味不明な一文しかない。
しかし、宣戦布告文が送られ、軍隊がやってきていることは事実だ。現実的に、選択肢はざっと三つしかない。すなわち、降伏か、戦うか、逃げるかである。
「戦わずして降伏など、トリステインの先霊に申し訳が立ちません。しかし、戦うとなると、軍のほうはどうなっているのですかな?」
大臣の一人が尋ねると、軍の代表として席についていたド・ゼッサールが立ち上がって答えた。
「結論から言うと、とても無理です。すでに烈風どのを中心に軍編成は始められていますが、あと三日、いや実質二日で軍を編成するにはなにもかもが足りません。兵士を集めるにも、指揮官となる貴族を召集して任命するにも一週間は最低必要です。ほかの物資や兵糧のことも考えれば気が遠くなるようなものです。無理です」
はっきりとした不可能の現実が突きつけられ、大臣たちは色を失った。
軍隊は平時においては金食い虫であるため、対立している国がなければ最低限に抑えるのが基本だ。特に兵士は莫大な維持費がかかるため、戦時だけ傭兵を雇ったり、主力となる貴族たちも平時は自分の領地で普通に暮らしている。
これに呼び掛けて集めるだけでも莫大な手間がいる。その後の手間も考えれば、ド・ゼッサールが悲鳴をあげるのも当然のことであった。
と、なれば同盟国の援助も危うい。大臣の一人がアルビオンのウェールズ王が来ていたはずだがどうしたのか尋ねると、アンリッタは苦悩しながら答えた。
「急ぎアルビオンに戻り、軍を率いて救援に来るとおっしゃられてウェールズ様はすでに立たれました。ですが、到着までは早くても十日はかかります。なんとかそれまで粘れればよいのですが、どうですゼッサール卿?」
「編成可能な戦力は、トリスタニアに常備している兵力をすべて集めても千……雑多な顔ぶれも集めても二千が限度です」
たった千や二千の兵力で数万のガリア軍と当たっても、巨竜に生卵をぶつけるようなものだ。別の大臣がいきり立って叫んだ。
「そもそもどうしてこんなことになるまで気づかなかったのだ! 国境警備はどうなっている?」
「連絡不通です。恐らく、早いうちに奇襲を受けて無力化されたものと思われます」
「ゼッサール殿! これは軍の責任問題ですぞ!」
場が一気に険悪になり、他の大臣たちもこれに追従しかけたが、そこにアンリエッタの一喝が入った。
「あなたたち! 今はそんなことを問題にしている時ではありません。トリステインのためになる話ができないというのであれば、今すぐ爵位を捨ててガリアに駆け込みなさい。このわたしがトリステイン軍の先頭に立って無能者の首を取りに行きましょう!」
大臣たちはびくりと身を正し、不毛な罵り合いになるのだけはなんとか避けられた。
落ち着けば、彼らもまたトリステインの重職を任ぜられる人材である。それぞれが知恵を働かせ、会議はやっと前へ動き出した。
「女王陛下、打てる手がわからないときは、あらゆる手を打っておくべきです。軍事のことはおまかせするとして、このトリスタニアに籠城すれば国内の経済が大混乱します。恐れながら、女王陛下にはトリスタニアを出て、いずこかの城に陣を張っていただくのがよろしいかと思います」
「このトリスタニアはトリステインのシンボルですよ。女王のわたくしにそこを捨てろというのですか?」
「恐れながら、あと二日では街の住民を避難させることも不可能です。それに、トリスタニアを灰燼にして仮に勝ったとしても、その後のトリステインの復興はどうするのですか?」
財務卿デムリの正論に、アンリエッタも返す言葉がなかった。準備期間がもっとあればトリスタニアは難攻不落の要塞と化すが、今のトリスタニアはほとんど裸でしかない。
残念だが、トリスタニアは無防備化してガリアの良識にまかせるほかはないだろう。略奪がおこなわれるかもしれないが、少なくとも決戦場になるよりかはマシだ。
「仕方がありません。移動する城の選定はド・ゼッサール卿、お願いします」
「はっ、それならばゲルマニアからは遠く、アルビオンの支援を受けやすいラ・ロシェール近辺のいずこかがよろしいでしょう。すぐに軍の移動準備にかかります」
ド・ゼッサールはそこで退席していった。彼は地味だが有能な軍人であり、任せて問題はないだろう。
しかし、最悪の事態に備えるとしても、まだやれることはあるはずだとアンリエッタは残った大臣たちを見回した。
「皆さん、猶予はあと三日しかありません。しかし、見方を変えればまだ三日あるとも言えます。なんとか外交的手段で、戦争を食い止める、または遅らせる手段をとれませんか?」
「そのためには、やはり使節を送って交渉にあたるしかありますまい。ガリアの……?」
その大臣はなぜか言葉の途中で口を止めてしまい、アンリエッタの隣で話をうかがっていたマザリーニは先をうながした。
「どうしたのですか? 続きをおっしゃってくだされ」
「い、いや、その……ガ、ガリア王の、その」
「しっかりなされ、まさかガリア王の名を忘れたと申すわけではあるまい!」
マザリーニに叱責され、その大臣は恐縮して「ど、度忘れかもしれませぬ」と申し開きをして頭を下げた。言いたいことは最後まで言われずともわかるが、大臣ともあろうものがいざというときにこれでは情けない。
「ともあれ使者は送るべきですな。交渉になるかはともかく、あの……あの?」
すると、今度はマザリーニが口ごもってしまい、アンリエッタが問いただした。
「枢機卿? どうなさったのです」
「あ、いや、歳のせいでしょうか。すみませぬ、ガリア王の名はなんといったでしょうか?」
「はぁ、枢機卿は働きすぎです。ガリア王の名は……え?」
アンリエッタは口を開こうとして愕然とした。当たり前に出てくるはずの名前がまったく浮かんでこないのだ。
これはどういうこと? アンリエッタは、まさかと思って席を並べた大臣たちに向かって尋ねてみた。
「誰でもかまいません。ガリア王の名前を知っている者がいれば、手を挙げて答えてください!」
それはまったく奇妙な質問だった。大臣と呼ばれるような立場の者がどうして隣国の国王の名前を答えられないということがあるだろうか。
当然、居並ぶ貴族たちの誰もがそんな質問などわかって当たり前だと笑ったが、すぐにどの顔も困惑へと変わり、そして誰一人手を挙げられる者はいなかった。
「これは……いったい」
奇妙、いや、奇怪を通り越しておぞましい感覚が皆の体を包んだ。なぜ、誰もが知っていて当たり前のことを誰一人答えられない? それに名前だけでなく、ガリア王の顔も人となりもなにも思い出せない。
誰かが「し、資料をここへ!」と叫んだ。だが、アンリエッタら誰もが不気味な寒気で顔を青く染めていた。知らないうちに誰かに頭の中をいじられていたような……一刻を争う事態だというのに、誰も会議を進めることができないまま時間だけが過ぎていった。
そして、一歩遅れながらもトリスタニアにもガリア軍が攻めてくるという情報が入って街は大混乱となっていた。
「ガリアが来るって、せ、戦争なのかぁ!」
「ここが戦場になるのか? 逃げろって、どこへだ!」
「ともかく荷物をまとめろ。急ぐんだ」
怪獣が襲ってくるなら一時避難ですむが、軍隊が来るとなれば話は別である。城砦が落ちるとき、略奪、殺戮、凌辱、破壊はつきものだ。アンリエッタやウェールズであれば軍にそれは禁止させるだろうが、相手がそうしてくれるという保証はどこにもない。そうでなくとも戦火の巻き添えを食らって死ぬ可能性はじゅうぶんにある。
一般人は、田舎がある者はそこへ、金のある者は外国か僻地へでも逃げようとやっきになって、路上はいっぱいに溢れてしまっている。『かつて』の戦争の記憶も失っているトリスタニアの人間には、再び戦おうという気持ちも無くなってしまっていたのである。
しかし、逃げるという選択肢があるだけ彼らはマシであったろう。城に残されている兵士たちは逃げるわけにはいかず、城の中庭では水精霊騎士隊が集まって相談していた。
「みんな、よく集まってくれた。突然のことでわけがわからないが、戦争となればぼくたち貴族はトリステインのために参戦するのが義務だ。しかし、その前になにかいい案があれば今のうちに出しておきたい。貴賤のない意見を聞かせてくれ」
「その前にギーシュ、お前まだその腕じゃ何もできないだろ。寝てなくていいのか?」
ギーシュの腕はまだ包帯ぐるぐる巻きで、完治にはまだ当分かかる。モンモランシーの助けがなければ歩くこともままならない状態で、体の調子を心配するギムリの言葉ももっともだった。
「まだ口を動かすことはできるさ。貴族として、這ってでも戦場には出る……と、言いたいところだけど、ね」
最初、ギーシュは水精霊騎士隊の隊長として参戦するつもりであった。しかし、その以前に才人に止められていた。
「いや、どう見たって足手まといだろお前。それにお前が出てくるならモンモンも戦場に引っ張り出すことになるけどいいのかよ?」
「サイト、ほんとに君はズケズケと無礼になんでも言うね。だが、無礼な平民を手打ちにすることもできない今のぼくじゃどうしようもない。わかったよ」
ギーシュは心底悔しかったが、聞き分けずにだだをこねるほど愚かでもなかった。ただし、腕が治ったら一発殴るからなと才人に約束した上でではあるが。
「一応、隊長としておおむねの方針は立てるまではやるさ。その後は代理にレイナールとギムリに引き継いでもらう。指揮官が二人になるというのはあまり良くないが、ぼくの代わりをするには二人分くらいでちょうどいいからね。それに、すべては女王陛下のためにという水精霊騎士隊のモットーに従って、みんなうまくやってくれるとぼくは信じている」
組織で上の統率が変わると、功績争いや仲間割れが頻発するが、ギーシュは前もって釘を刺しておいた。この戦争は個人の手柄をどうこう言える次元のものではない。負ければなにもかも奪われる、守りの戦いなのだ。
その中で全員合わせて半人前の水精霊騎士隊に何ができるか。才人やギーシュをはじめ、計画性のない顔ぶればかりの水精霊騎士隊の中で、数少ない頭脳担当のレイナールが口を開いた。
「みんな、聞いてもらいたい。考えてみたんだけど、ぼくらがガリア軍に正面から立ち向かってもかなうわけがない。前提条件で、それはみんなに納得してもらいたいんだが、いいかな」
少年たちは不服そうにうなづいた。訓練はしてきたが、戦争となると烈風や魔法騎士団、クルデンホルフの空中装甲騎士団も今回は出兵を断れないだろうから、水精霊騎士隊は二番手三番手で、彼らが倒された後に勝ちに乗ったガリア軍に蹂躙される未来しかあるまい。
「そこでだけど、ぼくらは正規の部隊じゃないからこそできることをやろうと思う。あまり愉快な方法じゃないけど、これしかないと思う」
少年たちはレイナールの案をもとにして打ち合わせを始めた。彼らにも、どんな手を使ってでもトリステインをガリアなんかに渡したくないという意地があった。
その一方、彼らから一歩引いて話に参加せずにいる才人とルイズは、この戦いが単なる戦争にはならないだろうという奇妙な確信を抱いていた。
”ガリアがただの戦争なんか仕掛けてくるわけねえ。テファをさらったときにガリアの王様は怪獣まで出してきたんだぞ”
”そうよ。サハラに行く時だって、ガリアを通ったときに怪獣に襲われたことは忘れないんだからね」
二人は以前に痛い目に会わされた苦い思い出を噛み締めて、ジョゼフの放ってくるであろう怪獣との戦いになることを覚悟した。
しかし、二人は自分の意気込みとは裏腹に、ガリアが危険という認識はあったはずなのに、なぜその脅威を認識せずに今の今までのほほんと暮らしていたのかという矛盾には気づいていなかった。
北斗は何も語らないまま、じっと二人の中で時を待ち続けているのみである。
さらに、破滅を避けるべくウルトラマンたちも動き始めようとしていた。
トリスタニアの郊外で、我夢と藤宮は墜落したぺダン星人の円盤を調べていた。だがそこへ、アスカがガリアが動き出したという知らせを持ってくると、彼らはすぐに行動に移ることを決めた。
「俺たちは、この世界のことに関わるべきじゃない。けど、後ろに宇宙人がいるなら話は別だよな?」
「ああ。なにより、戦争が始まるなら、あいつが僕たちに約束した取引は反古ということになる」
「初めから信用などしていなかったがな。だが、気をつけろ。こうするからには当然奴も我々が動き出すことは想定しているはずだ。これは奴の宣戦布告と言っていい。必ず俺たちにも仕掛けてくるぞ」
三人は、戦うべき時が来たことを確認しあった。アスカと我夢たちでは戦う理由が違うが、この平和な世界をあんな奴の好きにさせたくはないという気持ちはひとつだ。
恐らく、今ごろはこの世界のウルトラマンすべてがなんらかの行動を始めているだろう。
だが、藤宮の懸念は不幸にも当たっていた。混乱に陥っているトリスタニアの上空を旋回する鳥型のガーゴイル。それはシェフィールドが放った偵察ガーゴイルであったが、ジョゼフの大望を成就させることを望む彼女は、ガーゴイルにある仕掛けを施していた。
「ジョゼフさまは此度の戦にすべてのチップを賭けるつもりでおられる。巨人たちめ、ジョゼフ様の最後のゲームの邪魔はさせない。お前たちは私と遊ぶのよ」
シェフィールドの邪念が飛び、ガーゴイルが破裂するとともに内部に仕込まれていたカプセルが破壊され、封印されていた怪獣が外界へと解き放たれた!
「やれ、異界の魔鳥よ。虫けらどもを吹き飛ばし、ジョゼフ様の敵をいぶりだせ!」
シェフィールドの叫びとともに、街中に突如出現した白い始祖鳥のような怪獣は、翼を羽ばたかせて家々を吹き飛ばしながら暴れ始めた。
快晴の空の下で台風のような突風が吹き荒れ、荷車が舞い上がり、家が瞬時に骨組みに変えられる。その猛威は一瞬にしてトリスタニア全体に知れ渡ってパニックに拍車をかけ、あのコウモリ姿の宇宙人はそのパニックをシェフィールドといっしょに遠見の鏡で眺めながら愉快そうに笑っていた。
「ほう、猛禽怪獣グエバッサー。私も名前は聞いたことはありますが見るのは初めてです。こんなレア怪獣を温存していたとは、なかなか食えない方ですねえ」
「……」
宇宙人からの煽りにもシェフィールドは耳を貸さない。彼女にとって、世界とはジョゼフひとりだけであり、それ以外のなにものも存在しないからだ。
ただじっとシェフィールドは憎悪を込めたまなざしで映像の先のグエバッサーの暴れようを見守っている。ジョゼフのためならば、ハルケギニアのすべてが死に絶えようとも彼女にとってはどうでもよかった。
突風を操るグエバッサーの猛威は普通の怪獣の比ではなく、突風は大きく離れた王宮の窓ガラスも揺さぶり、進まない会議を続けていたアンリエッタたちの元にも飛び込んで心胆を寒からしめた。
「大変です! 市街地に怪獣が出現して暴れています。すでに被害は甚大な模様」
「なんですって!?」
どうしてこんなときに、という思いがアンリエッタの脳裏をよぎった。
すぐに軍隊を、と命令しかけて思いとどまる。今のトリスタニアにいる部隊はまともに怪獣と戦えるほどの戦力はなく、それにここで怪獣相手に戦力をすり減らしたらガリア軍と戦えなくなってしまう。
だが、そう思ったのも一瞬だった。民を守れずしてなんの王家か、後のことは後で考えればいい。ルイズならそう言うと、アンリエッタは決めた。
「すぐに出せる部隊は全部出しなさい。一人でも多くの民を救うのです!」
たとえ自分の決断がトリステインの滅亡を招くとしても、目の前の民を救えない女王になんの価値があるだろうか。
そしてその頃には当然水精霊騎士隊も飛び出し、彼らからこっそり離れたルイズと才人は暴れまわるグエバッサーを睨んで吐き捨てていた。
「もう! この大変なときに。いったいどこから現れたのよ、あのニワトリ!」
「どうせこれもガリアの王様の仕業だろ。ちっくしょう、いつか羽田で照明弾食わしてやる。ルイズ、やるか?」
二人はグエバッサーの猛威がすごい勢いでトリスタニアを破壊し、さらにその進行方向にジェシカたちもいるチクトンネ街があるのを見て、すぐに変身を決意した。
しかし、才人も見たことのない怪獣だ。どんな武器を持っているかわからないから油断をしたら痛い目を見るかもしれない。例えば、才人は機嫌の悪いルイズにうかつに話しかけては毎回八つ当たりを食らっているように、相手の出方を考えずに行動するのは愚の骨頂でしかない。
「サイト、行くわよ!」
「よっしゃあ!」
ウルトラリングが輝いて、二人はその光を一つに合わせる。
「ウルトラ・ターッチッ!」
虹色の閃光が迸り、輝きの中から銀の戦士が現れる。
宇宙の平和を守るウルトラ兄弟の5番目の勇者、ウルトラマンAここに参上! 翼を振り回すグエバッサーの直上から、ウルトラマンAは急降下キックをお見舞いする。
「テヤアアッ!」
鼻先をはじき、グエバッサーはきりきり舞いして倒れた。そして大地に降り立ち、グエバッサーを睨んで構えをとるエースの勇姿を見て、トリスタニアの市民たちから歓声があがった。
「おおっ、ウルトラマンAだ!」
「わーい、エースが来てくれたーっ」
大人は安堵し、子供たちは歓喜の叫びをあげた。しかしグエバッサーは起き上がり、魔物のようなおぞましい叫び声をあげてきた。
エースはグエバッサーに組み付き、エースを敵と認識したグエバッサーも激しく暴れてエースに抵抗する。グエバッサーは腕は小さいが、その分巨大な翼を鈍器のように振るい、長く鋭いくちばしを勢いよく振り下ろしてくる。
〔おっと! やるな、手強いぞ〕
エースのチョップやパンチを受けてもあまりこたえた様子はなく、果敢に反撃してくることから、エースはグエバッサーが並以上の怪獣であると判断した。
グエバッサーが濁った鳴き声をあげながら白い巨大な翼でエースを殴打してくる。エースはとっさに腕でガードして防いだが、衝撃はガードの上からもエースの体を突き抜けた。
「ヌオォッ!」
エースも思わずうめき声を漏らした。こいつはパワーについても申し分ない。あの翼は立派な凶器だ。
実際、鳥類は美しく華奢な見た目に反して力が強く凶暴で、小動物やヘビを爪やくちばしで仕留めて捕食し、中には翼で獲物を殴り殺す種類もいる。小さなカナリアや文鳥に手出しをして痛い目を見せられた思い出のある人もいるだろう。
だが考えてみれば当然だ。鳥類は飛ぶという重力に反した行為をするために、進化の過程で体を筋肉の固まりにし、構造を徹底的に合理化してきたのだから。それが怪獣になったものが弱いわけがない。
だがエースも負けまいと、グエバッサーに組み付いて喉元にチョップを入れ、下腹に膝蹴りを加える。その急所への連続攻撃にはグエバッサーも苦しそうな鳴き声をあげ、戦いを見守っているアスカや我夢たちも感心して見ていた。
「やるな」
エースの戦い方はダイナやガイアとは異なり荒々しく容赦なく、エースが超獣という情けをかける必要が微塵もない相手と戦ってきたのだということが察せられる。だが、それが歴戦の戦士だということをも示し、格闘技主体の彼らとは違う戦いぶりを学べるものがあった。
しかし、グエバッサーもダメージは受けはしたもののスタミナも低くはなく、エースの攻撃に耐えながら、エースの身長四十メートルに対して五十五メートルという体格の差を生かして押し潰そうと迫ってくる。
「トアッ!」
エースは間合いを取り直そうと、大きくジャンプしてグエバッサーの背後に着地した。グエバッサーも反転してくるが、それが終わる前にエースはグエバッサーの頭に向かって突き出した手から三日月型の光線を放った。
『ムーン光線!』
光線はグエバッサーの横っ面を叩き、小さくないダメージを与えたようだった。しかし、ひるませはしたが同時に怒りもかきたててしまったようで、グエバッサーは翼を羽ばたかせて凄まじい突風を浴びせてきた。
「ムオォッ!」
一瞬で台風もかくやという暴風が生み出されてエースを襲い、何万トンもあるエースの体が押され、半身がよろめく。
〔なんて突風だ!〕
翼を持つ超獣カメレキングも突風を起こして攻撃してきたが、ここまでの威力はなかった。この突風に対しては前進することもできず、踏みとどまって耐えるだけで精一杯だ。
だが、エースは突風に耐えることができるが市街地は別だ。土台から建物が引き剥がされて宙に舞い上がり、人も家畜も吹き飛ばされ、おっとり刀で駆けつけてきた竜騎士やヒポグリフ隊もはじき飛ばされてしまった。
〔まずい! このままではトリスタニアが全滅してしまう!〕
アウト・オブ・ドキュメントにある古代怪鳥ラルゲユウスが現れたとき、上空を通過するだけで突風で街が破壊され、電車が横転するほどの被害が出ている。またそれ以前でも、昭和三十一年に九州に現れた翼竜の怪獣は羽ばたきだけで福岡をほとんど同じような光景で壊滅に追いやっている。
地上で戦い続けるだけで街が危ない。そうなれば、不利だが戦う場所を移すしかないと、エースは空を目指して飛び立った。
「シュワッチ!」
空に飛び上がったエースを追ってグエバッサーも空に舞い上がってくる。これで、街への被害は抑えられる。
雲を背に、戦いの舞台は空中戦に移った。
エースの飛行速度はウルトラ兄弟の中でも随一を誇り、空を裂いて鋭く飛び、音が後からついてくる。
しかし、翼のあるグエバッサーはさらに風を味方につけて飛び、巨大な翼を広げて飛翔する巨体は雲を真っ二つに切り裂き、巨体からは思いもよらない旋回力でエースの背後を狙ってくる。
〔やっぱり鳥を相手に空中戦は無茶だったんじゃないの?〕
ルイズが、エース以上の機動性を見せるグエバッサーを見て焦りながら言った。しかし、トリスタニアを犠牲にしてまで地上で戦い続けるわけにはいかない。
決着は、地上に影響を出さない高度一万メートルのこの上空でつける! グエバッサーは空飛ぶ要塞のように縦横に空を飛んでエースに体当たりを仕掛けようと突撃してくる。その急激な気流の変化は気圧をかき乱し、晴天であったトリスタニアの上空に黒雲でできた巨大な積乱雲を作り出した。
「まるで竜巻だ!」
以前に戦ったバードンやテロチルスとも空中戦を繰り広げたが、こんなことにはならなかった。しかも奴はエースでさえ流されそうになる乱気流の中を平然と飛んでいる、間違いなくグエバッサーは飛翔能力でいえばバードンらよりも上だ。
地上の王宮やトリスタニアの街からは、街の上空に生まれた巨大な雲を人々が呆然としながら見上げている。王宮ではアンリエッタや銃士隊、水精霊騎士隊が、街では魅惑の妖精亭や裏路地の武器屋の店主が、それぞれエースの勝利を祈っていた。
黒雲の中には雷鳴も轟き、高さ数千メートルにも及ぶ巨大渦巻の中でウルトラマンAとグエバッサーの空中戦は続く。
『メタリウム光線!』
虹色の光芒がグエバッサーを狙って放たれて追尾するが、グエバッサーは黒雲の中に飛び込んで姿をくらませてしまう。
どこだ? 上か? 下か?
見失ったエースは竜巻の中で目を凝らすが、グエバッサーは背後の黒雲から突然現れてエースの背中にカギ爪を突き立ててきた。
「ヌッ、グアァッ!」
後ろだと!? グエバッサーは猛禽怪獣の名に恥じない強靭で鋭い爪でエースの背中に傷をつけたかと思うと、さらに槍のようなくちばしを突き立ててくる。エースはとっさに身をひねってそれはかわしたが、グエバッサーはあっさりと上空へと飛び上がってしまった。
〔逃がすかよ!〕
才人は北斗と息を合わせてグエバッサーを見上げると、エースは金色の目に映った敵にめがけて、広げた両手からの切断光線を放った。
『バーチカルギロチン!』
白く輝く光の刃がグエバッサーの翼を切り落とすべく飛ぶ。しかしグエバッサーはその巨体からは信じられないくらいに、まるで鳩のように軽々と身をかわして避けてしまった。
〔嘘でしょ!?〕
ルイズも驚いた。五十メイルはゆうに超える巨体であんなひらりと飛ぶなんて、烈風カリンの使い魔のラルゲユウスでも無理だ。
完全にエースの上をとったグエバッサーは鈍く鳴くと、その翼を振って羽を雨のように降らせてきた。羽には起爆する性質があるらしく、エースに当たったものは爆発して少なからぬダメージを与えてきた。
〔くっ、ここは完全にあいつのホームグラウンドか〕
わかってはいたが空の上は鳥の独壇場だった。奴に類似するなんらかの能力がなければどんなウルトラマンでも苦戦は免れまい。
だが、かといって地上に降りるわけにはいかない。それに飛行速度からして、バードンとテロチルス戦でやった空気の薄い上空に誘い出す手は追いつかれてしまって使えない。
カラータイマーが鳴り出し、もう時間がないことを知らせてくる。すると、地上でエースのピンチを感じ取ったアスカたちが加勢を申し出てきたが、北斗はこれを退けた。
「北斗さん、俺たちも戦うぜ」
〔いや、君たちは来るな。敵の怪獣がこいつ一匹で終わりなんてことはないはずだ。こいつだけのためにウルトラマンが複数消耗させられるのはまずい。こいつは俺、俺たちだけで倒す!〕
北斗は熱血だが馬鹿ではなく、グエバッサーが敵のほんの先兵でしかないことを察していた。アスカは悔しいながらもそれを認めてリーフラッシャーをしまい、我夢と藤宮もエースを信じてエスプレンダーとアグレイターを下した。
だが、どうやって縦横に飛び回るグエバッサーを捉えればよいのか?
追いかけても乱気流の中では速度や旋回力で敵わない。光線技も避けられる。
ならば……エースに残った技はあれしかない。しかしそれはエースにとっても危険な賭けであり、北斗は懇願するように才人とルイズに言った。
〔二人とも、あいつを倒す方法が一つだけある。だが、それをやると君たちに今まで以上の負担をかけてしまうかもしれない。それでもいいか?〕
〔なにを今さら、水くさいぜ。嫌だってならとっくに言ってるよ。苦しくても、おれたちもうずっといっしょにやってきた仲間だろ。どんとこいよ〕
〔覚悟はとっくにできてるし、死ぬような目には散々会ってきたじゃない。いつまでも子供扱いしないで〕
二人の決意と信念に裏付けられた即答は、二人のために遠慮していた北斗に決心を与えてくれた。
チャンスは一度、それで確実に奴を捕まえる! エースは竜巻の中で腕を組んで高速回転を始めた。
〔回転して空気の裂け目を作り、そこに敵を封じ込める。ただし、こいつはエネルギーを大量に消費するから何度も使えない。だからこそ、確実に奴を捉える! いくぞ〕
『エースバリア!』
エースの超高速回転によって作り出された真空渦巻が乱気流を割き、竜巻の中に刀で切られたような断層を作り出した。
音速で飛んでいたグエバッサーは風の異常に気付く。しかし、気づいた時にはすでに遅く、まるで力強く飛んでいたトンボがクモの巣に飛び込んでしまったときのように、真空断層の中に引っかかってしまった。
〔いまだ!〕
真空断層の牢獄であるエースバリア内に閉じ込められてしまったグエバッサーは、エースの眼前で磔にされたように完全に動きを封じられている。才人の脳裏にミシェルに木刀でボコボコにされながらつけてもらった稽古で教わった教訓が蘇る。
「戦場で一度逃した勝機が二度来ると思うな。ひとつのチャンスに全力を注いで、確実に敵の息の根を止めろ」
忘れてないぜ。今が、そのチャンス! エースは才人の意志を受けて、両腕を頭上に上げてビームランプにエネルギーを溜め、腕を水平に下すと同時に頭と腕と胴から四本の光のカッターを発射した。
『マルチ・ギロチン!』
四本の斬撃はグエバッサーの首、翼、そして胴を直撃。厚い羽毛に包まれた体もさすがにこれの直撃に抗することはできず、グエバッサーは断末魔の叫びを残して五体をバラバラに分断されて宙に砕け散った。
〔やった!〕
バラバラにされたグエバッサーの残骸は、自らが生み出した竜巻の風に飲まれて吹き飛ばされていく。恐ろしい怪獣だったが、これでもう奴も終わりだろう。
才人は心の中で、稽古では心を鬼にしてしごいてくれたミシェルに感謝した。もっとも、ほんとに忘れられないのは稽古の後で照れながら生傷に薬を塗ってくれた時の顔だと言ったら怒るだろうが。
しかし、ここで倒せてよかったとエースやルイズは心底思った。あいつを放っておけばトリスタニアだけでなく、世界中の町や村が瓦礫に変えられていたかもしれない。もしあれがもっと力をつけていたら、魔王のごとき恐るべき脅威となっていただろう。
と、そのときエースの目に、飛び散っていくグエバッサーの残骸から黒いもやのようなものが離れて消えていくのがちらりと見えた。
〔あれは、奴の邪念の残留思念か?〕
追おうかと思ったが、すでにエースにそこまでする余力は残されていなかった。
力場を発生させるものがいなくなったために竜巻は次第に勢いを無くしていき、エースは自由落下に近い形ながら、なんとかトリスタニアの一角に着地した。
ウルトラマンAが黒雲から戻ってきたことで、怪獣が倒されたことを確信した住人達から歓声があがる。だが、エースはそれに答えることなく、よろめくようにしながら姿を消していった。
「ム、オォォ……」
そして王宮の一角に汗だくになった才人とルイズが投げ出されていた。
「ハァ、ハァ……ち、力が入らねえ」
「な、なに……? まるで、一日中走り回った後みたい。あ、そうか、忘れてたわ。あはは」
才人は泳いだ後のように額も髪の毛もずぶ濡れで、ルイズはシャツが濡れて下着が透けて見えるほど疲労していたが、やっとこれがエースバリアを使用した代償だと気が付いた。
なるほど、エースが使用を渋るわけだ。二人とも地面に大の字になって息をつくだけで精いっぱいで、立つ力もろくに残っていない。こんな技を使わなければ勝てなかったとは、本当に恐ろしい敵だった。
「でもルイズ、おれたち勝ったんだよな?」
「い、今こっち見たら殺す。で、でも……ちょっとだけならいいかも」
「え? マ、マジ?」
「き、今日だけは特別なんだから!」
しかし、すぐに気分だけでも元気を取り戻しているのは若さゆえか。才人は、いろいろあってもう見慣れているはずなのに興奮してしまうのは、あのオスマンといい勝負である。
けれど、グエバッサーを倒してほっとできていた才人たちやトリスタニアの民たちに、災厄はさらに容赦なく襲い掛かろうとしていた。
グエバッサーが倒されたことを偵察用ガーゴイルの映像を通して見ていたシェフィールドは、ちっと舌打ちをすると、額のミョズニトニルンのルーンを輝かせながらつぶやいた。
「さすがの力ね、ウルトラマン。けれど、勝ち負けなんてどうでもいいわ。ジョゼフ様のお望みが果たされるまであと少し、それまでお前たちには私のすべてをかけてもじっとしていてもらう。さあ、私の最後の駒たちを見せてあげるわ!」
あらゆる魔法道具を操れるミョズニトニルンの力で、トリステインの各所に放たれていたガーゴイルがいっせいに自爆し、その中に封じられていた怪獣や、地下で眠りについていた怪獣の眠りを呼び起こした。
魔法学院、タルブ村などに向かって怪獣たちが進撃を始める。
その異変はトリステインの上空で偵察を行っていた我夢のXIGファイターEXに捕捉され、すぐさま我夢はアスカと藤宮に怪獣たちの一斉出現を知らせた。
「タルブ村だって? ちっくしょう……悪い、俺はちょっと行ってくるぜ」
「我夢、俺たちも手分けして怪獣たちに対処するしかないな」
アスカは鉄砲玉のように飛び出し、我夢と藤宮もそれぞれ飛び出そうと身構えた。
だが、事態は最悪という言葉でもまだ生ぬるい方向へと舵をとろうとしていた。シェフィールドの呼びだした怪獣軍団を見て気分を良くしたコウモリ姿の宇宙人は、楽しそうにこれに割り込んできたのだ。
「ほほほぉ、なんと素晴らしいパーティではないですか。これだけの光景、私の宇宙でもそうそう見られるものではありませんよ。これは見ているだけでは、損、損ですね。よろしい、私もこれだけは残しておこうと思っていたとっておきのとっておき、あのヘルベロス以上の一番の超レア怪獣でお手伝いしてあげましょう!」
手伝いとは口実で、今がウルトラマンたちを追い詰めるには最大の好機と見たコウモリ姿の星人は、トリスタニアの地下に向かってシグナルを送った。たちまち、大地震がトリスタニアを襲って、土煙をあげながら地下から巨大な何かが這い出して来る。
「もしもに備えて眠らせていた最強の怪獣のお披露目をこんな形ですることになるとは思いませんでしたが、盛り上げどころで目立てない屈辱に比べればなにほどでもありません」
それは彼にとっても、ある宇宙で偶然に眠っているところを見つけただけのジョーカーだった。本来なら、強大な力を持った何者かのためのものだったかもしれないが、今はそんなことはどうでもいい。シェフィールドが冷めたまなざしで興味を示していなくとも、彼にとっても自分のことだけが大事なのだから。
トリスタニアの人々は、才人とルイズは、出発しようとしていた我夢と藤宮は、地底から突如現れたその怪獣の巨体に息を呑んだ。
「冗談きついぜ……」
全身を土色の装甲で覆われ、普通の怪獣よりも一回り以上大きな巨体。そして、その威容を見た北斗星司は愕然としてつぶやいた。
「そんなバカな。どうして、あいつがこんなところに! 奴は確かにあの時、宇宙の歪みとともに倒したはずだ」
かつて、ウルトラ五兄弟の力をもってしてもかすり傷ひとつつけることのできなかった最強の怪獣とそっくりの威容。それが今、トリスタニアの中心で雄たけびをあげている。
いったい、ハルケギニアはこれからどうなってしまうのだろうか。ウルトラマンAはすでに力尽き、怪獣たちの数はトリステインを埋め尽くさんばかりである。
この場にいないヒカリやコスモス、ジャスティスの元にも、嵐はすぐに届くだろう。ガリア軍がトリステインを戦場とするまで、あと三日。それは果たして、ウルトラマンたちにとっても最期のカウントダウンと化すのであろうか。
続く