第96話
あの日から始まった夢
二面凶悪怪獣 アシュラン
サーベル暴君 マグマ星人
わんぱく宇宙人 ピッコロ 登場!
トリステイン王宮を半焼させ、トリスタニアを震撼させたあの事件が終息してから四日あまりが過ぎた。
その爪痕は大きく、今でもトリスタニアでは事件の後始末に追われていることだろう。
しかし、辺境の地へ移ればその騒ぎも届かず、ラグドリアン湖近辺の村々は静かで平和な空気に包まれている。
そして対岸のガリア王国、旧オルレアン領。そこにひっそりと朽ち果てた様子を晒すオルレアン邸跡に、タバサは無言で立っていた。
「……ここも変わってしまった」
ぽつりとタバサはつぶやいた。旧オルレアン邸はいまでは住む人もなく、ギーゴンの暴れた跡も自然に飲み込まれて消えていき、あと数年もすれば建物も原型がわからないほど草木に飲まれて消えていくことだろう。かつて、ここに自分たち家族が住んでいた思い出とともに……。
あの戦いが終わった後、タバサはそっと王宮を後にした。もうあの件でやるべきことは終わっていたし、ガリアに戻ってやらねばならないことも山積していたからだ。
だが、ガリアに帰る前に、いつの間にか足がここに向いており、もう何もないことがわかっているのに来てしまったことをタバサは後悔していた。
「やっぱり、来なければよかった」
もうここには風化していく残骸があるだけで、心を癒してくれる何物も残っていない。それでも、ここに足が向いたのは、拠り所を持たない今の自分の心の弱さであるのか。
いや、拠り所を自ら捨てたのは自分だとタバサは自嘲した。あの日、自分はここでジョゼフとともに悪魔のささやきに乗った。そのことを今更後悔してはいないが、失ったものが心に開けた穴に吹く隙間風は止まない。
もうここには二度と来ないことにしよう。タバサはそう決めて、オルレアン邸跡を立ち去ろうと踵を返した。しかし、視線を戻したその先に意外な人物が待っていた。
「やあ、君とここでこうして会うのは、二度目だったかな」
「あなたは……ミスタ・モロボシ」
そこには、ウルトラセブンことモロボシダンが、使い慣らしたテンガロンハットを被った風来坊姿で立っていた。
「なぜ、あなたが?」
「我夢君たちに頼まれてね。今、自分たちは手が離せないから、代わりに君のことを見てきてほしいと」
「そう……」
余計なことを、とは言えなかった。自分が一方的に迷惑をかけてしまっていることはわかっている。
タバサは立ち止まると、ダンに目を伏せながら詫びた。
「申し訳ないとは、思ってる。悪いのは、みんなを裏切ったわたしだから」
「裏切ってなどないさ、君は今でもみんなを大切な仲間だと思ってる。だから命がけであのペダン星人と戦ってくれたんだろう? 今回、私は力になることができなかった。君にはむしろ感謝しているよ」
ダンはそう言うと、昔を懐かしむように空を見上げた。
「ペダン星人か、私も昔戦ったことがあるが、そんな人格者も中にはいるのなら、いつかは私も友達となれる誰かに出会いたいものだ」
ダンのペダン星人に対する思い出は決して愉快なものではない。しかし、ダンは悪事を働くなら容赦するつもりはなくても、未来まで含めて諦めてしまっているわけではなかった。
タバサは、まるで世間話をしに来たようなダンの空気に触れて、ダンが自分の行動を咎めるでも制止するでもなく、ただシンプルに心配なので様子を見に来てくれただけだということを理解した。
その気遣いが胸に刺さる。しかし、タバサには話に乗る余裕はなかった。すでに賽は投げられている。その先に、破滅の崖しかないとしても。
「心配してくれることには素直に感謝する。けど、今ここでわたしが止めたらガリアが滅んでしまう。事が済んだ時には、どんな形でも責任はとる。だから、もう少し放っておいてほしい」
わがままな言い分だとわかっていたが、タバサはもう立ち止まるわけにはいかなかった。そして、責任を負うということの重大さも、ルビアナの最期を見て痛感した。その思想に共鳴はできないけれど、彼女は自分の理想と信念を貫くために己の命をさえ懸けたのだ。
でもきっと、この言葉をキュルケが聞いたら叱り飛ばされるだろうとタバサは思う。しかし、ダンはタバサを叱ることなく穏やかに答えた。
「君を頭ごなしに叱れる人間はいない。それに、あのときには私たちにも選択の余地はなかった。責任というなら私たちも同罪だ。あのときは、残念だが奴の狡猾さが我々を上回っていたんだよ」
そう、すべての元凶はあのコウモリ姿の宇宙人だ。奴はまさに絶妙のタイミングでハルケギニアに現れ、ジョゼフに取り入り、ウルトラマンたちの動きを封じ込め、世界を変えてしまった。その手並みの鮮やかさは、敵ながら見事と言わざるを得ない。
つまり、奴は周到に計画を練り、入念な下調べをした上でハルケギニアにやってきた。そうまでして奴がしようとしている目的はまだ明らかではないけれど、奴の計画がルビアナの存在で妨害されてきた以上、その障害が無くなった今こそ加速していくのは想像に難くない。過去にハルケギニアに襲来した宇宙人は数多くいたが、奴は目的の底知れなさに関してはほかと違うとダンは言う。
「奴は、我々の宇宙でも悪名の高い種族だ。遅かれ早かれどこかで事件を起こしていただろう。今回も、君もまだ知らない何かを企んでいるのは間違いない。しかし、奴がこの世界に目をつけてしまったことは我々にも非がある。申し訳ない」
最初は小さな偶然だった。だがそれが今ではここまで大きなうねりに変わってしまったことに、ダンはこのハルケギニアが宇宙人たちにとって地球と同じくらい魅力的な星であると再認識していた。
始まりとなったのはあの時。以前、地球とハルケギニアが日食で繋がり、ウルトラマンメビウスとヒカリがハルケギニアに渡ってから少し経った頃まで遡る。
強化ドラコを倒し、才人はハルケギニアに残ることを選択し、メビウスとGUYSは地球に帰還した。そして異次元ゲートは閉鎖され、再びゲートを開くためにGUYSが研究を始めたことまではすでに語られている。
だが、すでに事態が地球人とメビウスたちだけの手には負えないことは明白であり、宇宙警備隊も全力で解決に当たることがウルトラの父とゾフィーの合意により決定した。
それに当たり、メビウスには異世界での情報を詳細に報告してもらうために光の国への一時帰還命令が下され、GUYSの仲間たちに見送られながらメビウスはフェニックスネストを出発した。
「ミライ、道中気をつけてな」
「寄り道しないで真っ直ぐいけよ」
「ミライくん、早く帰ってきてね」
「私のバイクでも、さすがに光の国までは送ってけないからね。光の国のお土産、お願いね」
「ウルトラマンたちの土産物ってどんなサイズだよそれ? ともかくミライ、お前が留守の間の地球は俺たちがしっかり守ってるから、ウルトラ兄弟によろしくな」
「あはは、皆さん大げさですよ。報告を済ませたらすぐに戻ってきます。では、行ってきます」
サコミズ総監やGUYSの皆に見送られて、ヒビノ・ミライはウルトラマンメビウスに変身して空へ飛び立った。
帰還の道中、パトロールもかねて太陽系内を飛行し、異常がないことを確認したメビウスは、後ろ髪を引かれながらも太陽系を後にした。
ここから先は外宇宙となり、本格的に光の国への進路となる。本来ならばこれから先の何もない空間はトゥインクルウェイを使ってショートカットすべきなのだが、メビウスはハルケギニアで見聞きしたことを報告するために思い返しておこうと、あえてそのまましばらく飛び続けた。
”美しい星だったな……”
短い時間だったけれど、ハルケギニアでの思い出は鮮烈にメビウスの中に焼き付いていた。エース兄さんが守ろうと頑張っているのも、とてもよくわかる。また行ける日が楽しみだとメビウスは思った。
そうして何光年飛んだ頃だろう。飛び続けるメビウスに、突然子供のような明るい声がかけられた。
「おーい、そこの君ーっ!」
「えっ! 誰、僕を呼んでいるのは?」
いきなり声をかけられて、メビウスはびっくりして周りを見回した。こんな外宇宙で、いったい誰が? すると、メビウスの上のほうからもう一度同じ声が聞こえてきた。
「ここだよここ、そこのウルトラマンくん」
見ると、頭上を大きな彗星が飛んでいて、声はその彗星の尾に乗っているピノキオのような姿の宇宙人からだった。
メビウスは怪訝に思ったものの、その宇宙人は木彫りの人形のような顔ながらも無邪気に手を振ってきており、敵意がないと判断したメビウスは親しみを込めて聞き返してみた。
「君かい? 僕を呼んだのは。僕はウルトラマンメビウス、僕に何か用なのかい?」
「ああ、やっぱり君がメビウスか。君の活躍は噂に聞いてるよ、ウルトラ兄弟の期待のホープだそうじゃないか。えっへん、俺はピッコラ星雲のプリンス、ピッコロだ。ちょっと、有名人の君を見かけて興味が湧いたのだ」
「プリンス? 君が?」
尊大だけども子供っぽいピッコロに、メビウスが戸惑いながら答えた。するとピッコロは、プライドを傷つけられたのかプンプンと怒り出してしまった。
「なんだと、ばかにするのか! 許さないぞお前!」
「い、いや、僕はそんなつもりじゃ」
大きな木槌を振り上げて怒るピッコロに、メビウスは困ってしまった。怒らせるつもりはなかったし、メビウスはピッコロのことを何も知らないのだ。
けれど、仕方なくメビウスがピッコロに謝ろうとしたとき、今度は温厚な壮齢の声が響いてピッコロをたしなめた。
「これこれ、ピッコロくん。それくらいのことで短気を起こしてはいけないよ。呼び掛けたのは君の方なのに、メビウスくんが困っているじゃないか」
「うっ、むむむ」
「えっ? 今の声は?」
メビウスは誰もいないはずなのに声が聞こえて困惑して見まわしたが、周りには誰もいなかった。すると、今度はその声がメビウスに向かって呼び掛けてきた。
「ははは、メビウスくん、君の目の前に私はいるよ。ほら、ピッコロくんの足元さ」
「えっ? もしかして、その彗星があなたなんですか?」
「そうだよ、人は私をハーシー大彗星と呼ぶね。なあに、旅好きなだけのただの彗星さ」
まさにビックリ仰天の事実だった。宇宙に星は数あれど、意思をもってしゃべることもできる彗星がいるとはまさに驚きであった。
驚いているメビウスを見て、ピッコロは楽しそうに笑う。
「ははは、俺の友達はすごいだろう。これで、俺がプリンスだってわかったか」
「う、うん、びっくりしたよ」
「これこれ、そんなに威張ってはいけないよ。ピッコロくんはメビウスくんにお願いがあるんだろう? だったら、礼儀正しくしないとね」
「う、うむ。わかったよ」
ハーシー大彗星にたしなめられるピッコロを見て、メビウスは彼は悪い奴じゃないなと安心した。
「僕にできることがあるなら、言ってもらえるかな。役に立てるなら、うれしいよ」
「う、うーん、そう丁寧に言われるととちょっと迷っちゃうな。俺は旅が好きで、たまにこのハーシー大彗星に乗せてもらって旅をしてるんだけど、人の話を聞くのも嫌いじゃなくてね。なんでも、最近地球ではでっかい騒ぎがあったそうじゃないか、よければその話を聞かせてもらいたいんだ」
「え、うーん。僕、ちょっと急いでいるんだけどなあ」
ピッコロの要件が急ぐものではないとわかってメビウスは困った。光の国への帰還命令の途中なので、寄り道をしている余裕はないのだ。
けれどピッコロは、わかっていると言う風に、どんと胸を叩いて言った。
「もちろんタダでとは言わないさ。俺はいろんなところを旅して、宇宙のあちこちを見聞きしてきた。今、宇宙で起きていることの噂もいろいろ聞いているから、代わりにそれを君に教えてあげるってのはどうだい?」
「本当かい。情報が増えれば大隊長も……うーん、でも時間が」
光の国につくのが遅れればそれだけ地球に帰るのも遅れてしまう。メビウスは惜しいと思いながらも断ろうとしたが、ハーシー大彗星がそれを見越したように言ってきた。
「時間なら心配しなくてもいいよ。ちょうど今は光の国のある方向へ向かっているところだから、途中まで乗せていってあげよう」
「本当ですか、それは助かります。でも、そこまでしてもらえていいのかい? ピッコロくん」
「大丈夫さ、ハーシー大彗星は速いんだから。それに、今じゃ君の兄さんになってるウルトラマンタロウには、ちょっと昔借りがあってね。さあさあ、乗って乗って」
「そういうことなら、失礼します」
メビウスは一言断って、ハーシー大彗星の上にピッコロと同じようにまたがった。
乗り心地はけっこう良い。彗星は氷の塊だというけれども、やはりこのハーシー大彗星は普通の彗星とは違うようである。ハーシー大彗星は「遠慮しなくてもいいよ」と言ってくれるけれども、やっぱり驚いてしまった。
「さあさあメビウス、話を聞かせておくれよ。君はいったい、どんな冒険をしてきたんだい?」
「うん、じゃあ僕が行ってきた不思議な世界の話をしてあげるよ。ハルケギニアっていう、不思議な魔法使いの国なんだけどね」
わくわくしているピッコロに、メビウスはハルケギニアでの思い出を語っていった。こことは違う宇宙にある、不思議な世界のお話に、ピッコロは興味津々で聞き入っていった。
もちろん、ピッコロのほうも約束はきちんと守り、話ひとつごとに自分が宇宙で見聞きしたいろんなことを教えてくれた。その中には、悪名高い宇宙人のいくつかが不穏な動きを始めているものもあり、メビウスは宇宙の平和がまた乱されつつあるという危機感を覚えた。
けれど、熱心に冒険の話を聞いてくれるピッコロを見て、宇宙には友達になれる誰かもまだまだいるんだとうれしくもなった。そうして話に花が咲き、二人は楽しげに語り合い続けた。
だが、やがて話が終わりに近づきかけたときだった。二人の頭上から、突如聞き慣れない第三者の声が響いたのだ。
「うーん、なるほどなるほど。なかなか有益な話を聞かせていただきました。ふっふっふっ」
「っ! 誰だ!」
不快な気配を感じ、メビウスは即座に臨戦態勢をとった。空耳ではない、さっきまでは感じなかった気持ち悪い空気が周りに漂っている。
一方で、戦士ではないピッコロは声は聞こえても気配を感じるまでは無理なようで、メビウスの剣幕に驚いてうろたえていた。
「メ、メビウス、どうしたんだい?」
「ピッコロ、気をつけて。誰かが僕たちの話を盗み聞きしてたんだ。出てこい! 何者だ」
メビウスは周囲に神経を巡らせながら叫んだ。すると、メビウスたちの周囲に浮いていた小さな岩塊の陰から、等身大の宇宙人が現れた。
「盗み聞きとは人聞きの悪い。私はたまたまここにいて、立ち聞きしただけですよ。ふっふっふっふ」
「お前は……どこの宇宙人だ?」
嘲るように笑うその宇宙人にメビウスは見覚えがなかった。スマートな姿で、コウモリのようなマントをまとっているが、少なくともメビウスが地球で戦っていたころに地球に現れた宇宙人の中にはいなかった。
しかし、そいつの姿を見たピッコロが指を指して叫んだ。
「あっ、メビウス、そいつは!」
「えっ、知っているのかいピッコロ」
「なに言ってるんだいメビウス! こいつはウルトラの星に攻め込んだこともあるって有名なやつじゃないか」
「えっ? ええっ?」
すごいことを言われてメビウスはうろたえてしまった。そんなすごい経歴のある宇宙人なら、少なくとも訓練生時代に習っていておかしくないはずなのだが、思わず二度見してみたけれどもまったくわからない。
ウルトラの星に攻め込んできたほどの強豪というのならテンペラー星人やガルタン大王などがいるが、どう見てもぜんぜん似ていない。また、ウルトラの星に攻めてきた宇宙人の中では特に有名なあの宇宙人も想像してみたけれど、こんなイケメンな容姿とは似ても似つかない不細工なものだから絶対違うだろう。
「ええと、すみません、いったいあなたはどこのどなたでしょうか?」
こういうときに素直に下手に出て礼儀正しく聞いてしまうのがメビウスのクソ真面目なところだろう。ピッコロが呆れているが、その宇宙人が仕方ないというふうに名乗った名前を聞いてさらにびっくりした。
さすがのメビウスも冗談かと思ったけれども、ピッコロがそうだと言っているので無理矢理納得し、気を取り直して目の前のコウモリ姿の宇宙人に問いかけた。
「ハルケギニアのことを知って、いったいどうするつもりだ!」
「さあ? どうするかはいろいろ考えつきますが、今宇宙でちょっとした話題になっているハルケギニアに、私のようなか弱い者が侵略に行っても厳しいですねえ。私は平和主義者ですから、ヤプールとやりあうのも利用されるのもごめんです」
いかにも信用できない軽口で嘯くそいつに、メビウスは危険なものを感じた。侵略でなくとも、宇宙人が平和を乱す理由なんていくらでもあるのだ。
後ろでは、ピッコロが「そんな奴やっつけちゃえ」と騒いでいる。メビウスは好戦的なほうではないが、ピッコロの言う通り、こいつを放っておけばハルケギニアに災いが起きると直感した。
「お前、ハルケギニアに行くつもりだな?」
「ふふ、どこにあるかもわからない平行世界にそう簡単には行けませんよ。ヤプールに頼めば連れていってもらえるらしいですが、私はそんな独自に平行世界を渡れるような優秀で素晴らしい種族ではありません……おや、信じてませんね?」
信じろというほうが無理な慇懃無礼ぶりだった。それに、独自にマルチバースを渡れる力がないならこんな話を持ち出す意味がない。メビウスは決意した。
「お前を、このまま帰すわけにはいかない」
「おやおや、こんな小さくてひ弱な私を倒すと言うのですか?」
「いっしょに来てもらう。宇宙保安庁に引き渡して、お前たちが何を企んでいるのか、聞き出してもらう」
「ふふ、でもそうはさせませんよ。さあ、出番ですよ、宇宙ストリートファイターの皆さん!」
そいつがそう叫ぶと、メビウスの頭上から火炎とビームが襲い掛かってきた。メビウスはその気配に気づき、ピッコロとハーシー大彗星を守るためにバリアーを張った。
『メビウスディフェンサークル!』
光の壁が火炎とビームをしのぎ切る。しかし、捕まえようとしていたコウモリ姿の宇宙人はその隙にそそくさと逃げ出してしまった。
「では私はこのあたりで失礼しますよ」
「待て!」
「私もこう見えて忙しいものでしてね。それより気をつけたほうがいいですよ、ウルトラ戦士を倒して名を上げたいっていう腕自慢の人たちがあなたを狙っていますからねぇ」
コウモリ姿の宇宙人はそう告げて消えていき、代わってメビウスの頭上から強烈なエネルギーを放つ気配が近づいてくる。
「まずい、このままじゃハーシー大彗星も危ない。シュワッ!」
「メビウス!」
「ピッコロ、君はハーシー大彗星といっしょに逃げてくれ。僕はこいつらを引き付ける!」
メビウスは敵の目をハーシー大彗星からそらすために飛び立った。案の定、敵のビーム攻撃もメビウスをめがけて追撃してきており、ハーシー大彗星からは離れていっている。
背後から狙い撃ってくるビームや火炎をかわしながら、メビウスは近辺のアステロイド帯に逃げ込んだ。後ろを振り向くと、敵と思われる二体の影もこちらをめがけて追ってきている。
いいぞ、お前たちの相手はこの僕だ。メビウスはアステロイド帯の中に浮かぶ大きめの小惑星の上に着地すると、追ってきた二体の怪獣と宇宙人に相対した。
「グァグァグァ、追い詰めたぜえウルトラマンメビウス。はじめましてぇ、そして永遠にグッナイッ」
強烈な殺気を放ちながら現れたのは右手にサーベルを装備したスマートな人型宇宙人と、奇怪なことに体の前後が赤と青でまったく同じ姿の鬼のような怪獣だった。
宇宙人のほうには記憶がある。以前ウルトラマンレオが地球に来たときにGUYSの資料で見たことがあるサーベル暴君マグマ星人で、双子怪獣を率いて東京を水没させた凶悪な星人だ。
もう一体の怪獣のほうは同じくGUYSの資料のなにかで見たような気がするが思い出せない。しかし、メビウスが問いかけるより先に、マグマ星人は高らかに歓声をあげてきた。
「今日はついてるぜえ、ウルトラ兄弟の一人を倒したとなれば俺たちマグマアシュランの地獄組タッグの名は宇宙一ソウルフルになるってもんよ。それも、一番よわっちい新顔を狩れるたあ、なんてラッキーなんよ!」
「お前たち、あいつの手下か?」
「手下ぁ? 俺たちはあいつから情報を買っただけよ。そんなことより、うざってえジャシュラインのいなくなった今、宇宙ストリートファイト連勝街道爆進中の俺様マグマと相棒アシュランの顔と名前を冥土の土産に覚えておきな、行くぜ!」
叫び声をあげてマグマ星人と怪獣アシュランはメビウスに襲いかかってきた。メビウスは、この両者の説得は不可能と見なして迎え撃つ。
「ヘヤッ!」
タロウに仕込まれた、左手を前に付き出すファイティングポーズをとり、メビウスはまずサーベルを振り上げて向かってくるマグマ星人に相対した。
「死ねえ!」
「セイッ!」
振り下ろされるサーベルをかわし、メビウスはマグマ星人に右手で突きを繰り出した。喉元を突かれて姿勢を崩したマグマ星人にそのままミドルキックをお見舞いして倒し、返す刀で背後から襲いかかってきたアシュランに肘打ちをかけてのけぞらせる。
「来いっ! 宇宙のならず者たちめ」
メビウスは列泊の気合いを込め、アシュランのまさに阿修羅のような恐ろしい顔をにらみ返した。
対してアシュランも悪鬼の彫像のような姿をいからせ、腕を振り上げて向かってくる。メビウスはジャンプしてアシュランの頭に飛び蹴りを浴びせると、そのままアシュランの後ろに出た。ところが。
「セヤアッ! ヘアッ?」
アシュランは正面の赤い顔にキックを受けてのけぞりながらも、体を起こすと背中側の青い顔から猛烈な火炎を吹き付けてきたのだ。メビウスは右に転がってかわすと、青い体でそのまま向かってくるアシュランを見据えて唖然とした。
「こいつ、体の前後で同じ動きができるのか」
これがアシュランが二面凶悪怪獣と呼ばれている所以であった。アシュランは怪獣の中でも極めて特異なことに、体の前後が色を除いて完全に同じ姿をしており、相手に後ろに回られても後ろのほうの体で即座に反撃できるという能力を持っている。もちろん関節も前後どちらにでも曲がるようにできているので、前後どちらが正面でもまったく支障はない。それに、相手の攻撃でダメージを受けても反転すればノーダメージの状態で戦うことができるため、相手からすれば非常にめんどうな能力といえた。
メビウスは、こいつは油断できない相手だと気を引き締めた。実際、アシュランの同族はパワーや耐久力にも優れ、ウルトラマンジャックを一度は撤退に追い込んでいる。
『メビュームスラッシュ!』
牽制で撃ち込んだ光刃が当たってもアシュランはあまりひるまず、振り下ろした腕の一撃はメビウスのガードの上からでもかなりの衝撃を与え、反撃のメビウスキックを受けてもわずかに後退するだけでメビウスも舌を巻いた。
まさに戦神阿修羅の名を関しているのは伊達ではない。余談だが、実際の阿修羅神は善神と悪神の両方の伝承を持っており、ほかにも戦神でも平和の神でもあり、はてはあるときは男性だったり別のところでは女性だったりとなにかと二面性を多く持っている神である。
しかし、このアシュランは阿修羅っぽい見た目をしているだけのただの凶悪怪獣だ。さらに敵はアシュランだけではない。
「俺様を忘れてもらっゃ困るぜ!」
「くっ!」
サーベルを振りかぶったマグマ星人の攻撃が割り込んできて、メビウスは後ろに跳んでそれをかわした。さっきは素手でもいけたが、サーベルを持つマグマ星人はリーチの面で有利だ。メビウスも左手のメビウスブレスからメビュームブレードを展開し、激しく剣撃を繰り広げた。
「テヤアッ!」
光の剣とサーベルが打ち合い、無数の斬撃が宙を舞い、無数の火花が舞い散る。
一見互角。しかし、斬り合いが続くと、地球で数々の経験を積んだメビウスと、しょせんケンカ剣法でしかないマグマ星人の差は大きくついてきた。
「こ、この、ひよっこのはずじゃなかったのかよ!?」
「その情報は、一年遅いよ!」
今のメビウスの実力はほかのウルトラ兄弟とも遜色はなく、マグマ星人がなめてかかれるようなレベルをとうに超えていた。
剣撃を制したメビウスはマグマ星人のサーベルを大きく弾き上げた。そしてそのままメビュームブレードを収納し、電撃エネルギーをメビウスブレスにチャージすると、一気にマグマ星人目掛けて解放した。
『ライトニングカウンター!』
「ほわあぁっ!」
マグマ星人はライトニングカウンターのエネルギーに吹き飛ばされて岩盤にめり込まされ、がっくりと倒れた。死んだかはわからないが、これでしばらくは動けないだろう。
だが、まだアシュランが残っている。メビウスは青い体を前にして攻めてくるアシュランを迎え撃つ。
「ヘアッ!」
アシュランの張り手をかわし、ボディにパンチを打ち込む。さらにチョップの連打を首筋に浴びせるが、頭突きを繰り出してきたアシュランに押されていったん後退した。
鋭い牙をいっぱいに生やした口から凶暴な叫び声をあげてアシュランが突っ込んでくる。その勢いのままに突き飛ばされて、メビウスは背中から小惑星に叩きつけられた。アシュランはすかさず馬乗りになって攻めてこようとするが、メビウスは巴投げにしてアシュランを弾き飛ばした。
「こいつ、なかなか強い」
メビウスは投げ飛ばされてもたいしてダメージを受けたように見えないアシュランに、やっかいな相手だという印象を受けた。単純な強さならマグマ星人なんかより数段上だ。
負けるとは思わないが苦戦は免れない。それに、エネルギーの残量も気になる。まだ余裕はあるが、ここは太陽からはるかに離れた外宇宙、エネルギー切れになってしまえばおしまいだ。
一方、アシュランはまだまだ元気いっぱいというふうに眼から破壊光線を放って攻撃してきた。
「ウワッ!」
メビウスはとっさに飛びのいてかわしたが、破壊光線の威力は強烈で、大きな岩石が粉々になってしまった。
これはいよいよ厳しい相手だ。メビウスは、こんなときにテッペイのアドバイスがほしいと心の中で一瞬弱音を吐いたが、ここは一人で戦うべきときだと自分を叱咤した。だが、そのとき。
「助太刀するぞおメビウス!」
なんと、アシュランのメビウスから見て後ろに大木槌を握ったピッコロが降り立ったのだ。その大木槌を振り回し、ピッコロはやる気満々とポーズをとるが、どう見ても強そうには見えないピッコロをメビウスは慌てて制止しようとした。
「ピッコロ、危ない! 敵は僕に任せるんだ」
「へへん、なめてもらっちゃ困るぞメビウス。宇宙を股にかけて冒険してきた俺様の実力、そんじょそこらの奴になんか負けるもんか。行くぞぉ!」
「ああっ、もう仕方ない!」
言うことを聞かずに突撃を始めたピッコロに、やむをえずメビウスもアシュランに向かっていった。赤い面をピッコロ、青い面に向けてメビウスが同時に突っ込んでいく。
当然アシュランは前後を同時に見れる体を使って、メビウスとピッコロの攻撃を一度にさばくかと思われたが……。
「あ、あれ?」
「当ったりー!」
なんと、受け止められるかと思ったメビウスのパンチはアシュランの腹にめり込み、ピッコロのハンマーはアシュランの頭にクリーンヒットしたのである。
アシュランは体の両面にダメージを受けて苦しそうに体をよじらせた。その様に、メビウスはどういうことかと思った。自分はともかく、ピッコロの攻撃は素人そのものだったというのに、なぜ避けも受けもできずに食らったのだ?
けれど、ピッコロが追い立てるようにさらにハンマーでポカポカと殴り付けると、アシュランも怒ってピッコロに迫った。
「危ない!」
しかし、そこにメビウスが攻撃をかけると、またも驚くほど簡単にキックが決まった。それは、顔はこちらを向いているのにまるでメビウスが見えていないようで、その反応からメビウスはついにアシュランの弱点を悟ることができた。
「そうか、顔は二つあっても考える頭は一つしかないんだ!」
そう、顔が二つあることで騙されてしまうが、アシュランの脳は頭の中にひとつしかない。これがパンドンのような多頭怪獣なら、頭がそれぞれ別々の行動をとれるが、脳がひとつなら一人の相手に集中するのが精一杯となる。
例えるなら、テレビを二台並べて別々のゲームを一人でやるようなものだ。いくら両方をいっぺんに見れても、プレイに集中できるのは片方ずつになってしまうだろう。いや、むしろ混乱してどちらもまともにプレイすることはできなくなる。
「ピッコロ、挟み撃ちだ!」
「よしきた、まかせとけ」
思わぬ形で得たチャンスだが、アシュランが二対一に慣れる前にカタをつけねばとメビウスは攻撃を強化した。
メビウスがアシュランの頭にハイキックを食らわせて注意を引くと、ピッコロがアシュランのつま先にハンマーを振り下ろす。
痛がって跳ね回るアシュラン。文字通り悪鬼の形相でピッコロに向かって火炎を吹き付けるが、ピッコロはあちゃちゃと言いながら逃げて頭にかぶっていたつば広の帽子を手に取った。
「よくもやったな。くらえ、八つ裂きハット」
ピッコロがフリスビーのように帽子を投げると、帽子はウルトラマンの八つ裂き光輪のように白いエネルギーの刃をまといながらアシュランに襲い掛かった。
これはたまらんと身をかわすアシュラン。しかし、避けられた帽子をメビウスが白羽取りしてアシュランに向かって投げ返し、避けきれなかったアシュランの腹に切り傷を作ってピッコロの手元に戻った。ピッコロはひょいと帽子を被り直し、さらにピノキオのような鼻からロケット弾を発射してアシュランを攻撃する。
「はっはっはー、どうだ俺は強いだろう」
ロケット弾攻撃でアシュランを爆発で包み、ピッコロは腰に手を当てて得意気にふんぞり返った。
なんともはや調子のいいものだが、なかなかの多芸ぶりにはメビウスも感心した。前にウルトラマンタロウとも戦って、さすがにかなわなかったもののけっこう苦戦させた(本人談)というのはまんざら嘘ではないかもしれない。
ピッコロのロケット弾で姿勢を崩したアシュランをメビウスは掴まえて思い切り投げ飛ばした。
「テェイヤッ!」
赤いほうの頭から地面に叩きつけられてアシュランは地を這う。それでもしぶとく起き上がろうとするが、挟み撃ちで受けた精神的ダメージもかなり大きかったようで、メビウスとピッコロのどちらと戦ったらいいのかとうろたえている。
今なら倒せる! メビウスはとどめを刺す好機だと、メビウスブレスに右手を当ててメビュームシュートの体勢に入った。だが、そのとき。
「待ちなメビウス! そこから動いたらこいつの命はねえぞ!」
「っ!? マグマ星人!」
なんと、倒したと思っていたマグマ星人がいつの間にか目を覚まして、ピッコロを後ろから羽交い締めにして喉元にサーベルを突きつけていたのだ。
「ひ、ひええ、メビウスぅ」
ピッコロを人質にとられ、メビウスは仕方なくメビュームシュートの体勢を解除した。それを見て、マグマ星人は下品な笑い声をあげる。
「ガハハハ、それでいいんだ。こいつの命が惜しかったら言うとおりにしなよ」
「くっ、卑怯だぞマグマ星人!」
「ひっひっひっ、勝てばいいんだよ勝てばよお! これが俺達が無敗で勝ち進めた秘訣なのさ。さあアシュラン、メビウスをぶっ殺しちまえ!」
マグマ星人の卑怯な戦法で動けないメビウスに向かってアシュランが突進し、怒りを込めた張り手が猛烈な勢いでメビウスを張り倒した。
「ウワァッ!」
「メビウス!」
殴り倒されたメビウスを見て、ピッコロが思わず悲鳴をあげた。だが、その首筋に冷たいサーベルがあてがわれる。
「おっと、てめえも命が惜しかったら動くんじゃねえぞ」
「うう、メビウス! 俺にかまわずにそいつをやっつけちゃってくれ」
「そ、そうはいかないよ。君はタロウ兄さんの友達だ。僕が守らなきゃ」
よろよろと立ち上がってくるメビウスに、ピッコロは涙を流さずにはいられなかった。
しかし、卑怯なマグマ星人はアシュランにさらに攻撃の手を強めさせる。
「ひゃっはっは、正義の味方はつらいねえ。アシュラン、さっきやられた恨みだ、もっと徹底的に痛め付けてやれ!」
アシュランは抵抗できないメビウスに、情け容赦のない攻撃を繰り返した。殴り、蹴り、倒れたところを何度も踏みつける。
「ウアァァッ!」
足蹴にされたメビウスのカラータイマーが鳴り出し、メビウスの苦悶の声が流れた。
いくらメビウスでも戦えなくてはどうしようもない。アシュランは抵抗できないメビウスを思うさま踏みつけまくって満足すると、メビウスの首根っこを掴んで引き起こし、顔面を力いっぱい張り付けて吹き飛ばした。
「ウワアッ!」
「メビウスぅ!」
ピッコロの悲鳴がこだまする。メビウスはなんとか立ち上がろうとしているが、もう力尽きかけているのはどう見ても明らかだった。
あと一撃でメビウスはやられる。アシュランは勝利を確信して遠吠えをあげ、マグマ星人も愉快そうに高笑いした。
「ヒャッヒャツヒャツ、天下の宇宙警備隊もたいしたことねえなあ。ようしアシュラン、もうそろそろとどめを刺しちまえ!」
マグマ星人の命令で、アシュランはとどめの火炎放射をメビウスに浴びせるために大きく口を開けた。真っ赤な火炎が蛇のように伸びてメビウスに襲いかかる。メビウスには、もうバリアを張る力も残されてはいない。
マグマ星人とアシュランは、勝った! と確信した。メビウスの最期の光景に、涙目のピッコロの絶叫が響いた。
「メビウスーっ!」
地獄の業火がメビウスを焼き付くさんと迫り、あと一瞬で悪の勝利が決定する。だが、その瞬間、宇宙のかなたから白い閃光が走った。
「デュワッ!」
流星のように飛び込んできた閃光はメビウスに迫るアシュランの火炎に真っ正面から突っ込み、これをたやすく真っ二つに切り裂いてメビウスを救った。そればかりか、驚愕するアシュランとマグマ星人の回りを縦横に飛び回り、一瞬の隙をついてマグマ星人のサーベルを根本から切り落としてしまったのだ。
「あ! 俺様のサーベルが!」
「いまだ、ええい!」
突き付けられていたサーベルが無くなったことでピッコロはマグマ星人を振りほどいて脱出した。
人質に逃げられて慌てるマグマ星人は、もう一度ピッコロを捕まえようと手を伸ばす。だが、そのときピッコロとマグマ星人の間に赤い正義の戦士が降り立った。
「マグマ星人、それ以上の非道は許さん」
「お、お前は……!」
愕然とし、怯えて後ずさるマグマ星人。宙を舞っていた白い閃光、アイスラッガーがその戦士の頭に舞い戻って銀の輝きを放ち、アシュランはうろたえ、メビウスとピッコロは歓喜の叫びをあげた。
「セブン兄さん!」
「ほ、本物のウルトラセブンだぁーっ!」
ウルトラ兄弟№3、セブンがメビウスを救うべく颯爽と戦場に駆け付けたのだ。
「立てメビウス、戦いはまだこれからだぞ」
「はい! でもどうしてセブン兄さんがここに?」
「ゾフィーに念のためにと迎えに行くよう指示された。不幸なことだが、今宇宙に大きな動乱の兆しがあるというゾフィーの危惧が当たってしまったようだ。メビウス、こんな奴らにやられている場合ではないぞ。お前にはまだやらねばならないことがあるはずだ」
「そうでした。こんなところでひざを折っていたらリュウさんに叱られちゃいます。うおぉぉぉぉっ!」
メビウスはGUYSの仲間たちとの絆を思い出し、赤く燃える炎をまとった新たなる姿へと転身した。
『ウルトラマンメビウス・バーニングブレイブ!』
絆から生まれた炎の勇者。その雄姿に、ピッコロも大喜びで歓声をあげた。
「おおおーっ、かっこいーっ!」
力を取り戻したメビウスを前にして、アシュランは臆したように後ずさった。アシュランは知能が高く悪賢いが、相手が自分より強そうだとわかるととたんに戦意を失くしてしまう気の弱さも持つ。
しかし、だからといってアシュランのような極悪人を宇宙警備隊のメビウスが逃がすわけがない。逃げられないと悟って逆上して向かってくるアシュランを、パワーアップしたメビウスのパンチが迎え撃つ!
「イヤァッ!」
力を込めたメビウスの右フックがアシュランの腹を打ち、アシュランは黄色い血反吐を吐きながらよろめいた。メビウスはさらにアシュランの腕をつかみ、思い切り振り回して岩盤に投げつける。
『ジャイアントメビウスゥイング!』
岩盤に巨大なクレーターを作って叩きつけられるアシュラン。しかし当然、メビウスの攻撃はこれで終わりではない。
そして一方、マグマ星人も進退窮まったことを悟って狼狽していた。
「じょ、冗談じゃねえ。ウルトラセブンが来るなんて聞いてねえぞ。こ、ここは」
「どこへ行く気だ?」
「ヒッ!」
逃げ出そうとしたマグマ星人の前に腕組みをしたセブンが立ちふさがる。
「お前たち二人には宇宙Gメンからも手配がかかっている。観念するがいい、今までの悪事を償う時が来たのだ」
「く、クソッ! 野郎、ぶっ殺してやる!」
宇宙牢獄に捕まるなんてごめんだと、マグマ星人はへし折れたサーベルの代わりに左手にフックを出現させてセブンに向かっていった。が、そんなものがセブンに通用するわけがない。
「ジュワッ!」
すさまじい速さと重さで放たれたセブンのパンチがマグマ星人の顔面を文字通り粉砕した。
「がはっ……」
鼻をつぶされるほどの一発を食らい、マグマ星人はよろよろと足踏みした。
たったの一撃で意識が朦朧とするほどのダメージを受けて、マグマ星人は本能的に自分たちが井の中の蛙であったことを悟っていた。しょせんは卑怯な手で宇宙ストリートファイトを勝ち進んだだけの小悪党、本物の強者にかなうはずがなかったのだ。
しかし、捕まれば宇宙のあちこちを荒らしまわっていたマグマ星人に待っているのは宇宙牢獄での終身刑のみだ。マグマ星人はやけくそになってフックを振り回し、哀れな目でそれを見るセブンはそれでも容赦のない一撃をマグマ星人に叩き込んでいく。
さらにメビウスとアシュランの戦いも佳境へと入っていた。
「がんばれーメビウス、やっつけろー!」
ピッコロの応援を背に受けて、メビウスはアシュランを攻め立てていた。
タロウから直伝されたボクシングから来る連続パンチ。そこから発展させて、ローキック、エルボーを組み合わせた連続攻撃が炸裂する。
アシュランはもうフラフラだ。マグマ星人同様に、卑怯な手で戦うことに慣れていたアシュランはメビウスの底力を見誤っていたことに気づいたが、もう後の祭りだった。
だが、アシュランも終身刑は絶対嫌だと最後のあがきを繰り出した。体の前後の顔から同時に火炎とビームを放射して、周囲一帯を破壊すべくグルグル回りだしたのだ。
「ウワッ!」
まるで火を噴くスプリンクラーだ。メビウスはその火勢に押されて後ろに跳び、ピッコロも慌てて岩陰に隠れた。
このままでは近づけない。いや、唯一の死角はあそこだ。メビウスは大きくジャンプすると、アシュランの真上で同じように大きく体を回転させ始めた。
「テヤアァァァ!」
コマのように超高速回転するメビウスの体が紅蓮の炎に包まれていく。メビウスはアシュランの炎をはるかに上まわる真紅のドリルとなってアシュランに突撃した。
『バーニングメビウスピンキック!』
GUYSの仲間たちとの特訓の末に生み出したメビウスのオリジナル必殺技がアシュランの直上から炸裂し、小惑星に巨大な爆炎とクレーターを作り出した。
岩陰から顔を出したピッコロは、炎の中から現れたメビウスの雄姿を見て大きく万歳をした。アシュランの姿はもう欠片もない。
「やったやったぞ! メビウスの大勝利だ」
そして、アシュランの最期の炎を見て、マグマ星人もいよいよ蒼白になっていた。
「あ、あ……」
「年貢の納め時だ。お前たちが殺めてきた者たちへ償いをするのだ。心を入れ替えて奉仕すれば、いずれ自由に戻れる日も来るだろう。投降しろ」
セブンは重ねて勧告した。マグマ星人はボロボロになるまであがいたが、セブンには傷一つつけられていない。しょせん、双子怪獣もいないマグマ星人が万全の状態のセブンに勝てるはずがなかったのだ。
しかし、セブンの最後の温情もマグマ星人には通じなかった。
「い、嫌だぁ!」
マグマ星人は背を向けて飛び立った。だが、逃げられるわけがない。セブンは逃げていくマグマ星人の背を残念そうに見つめると、一転冷たい眼光に変わって頭の宇宙ブーメランに手をかけ投げつけた。
『アイスラッガー!』
白熱化して超高速で飛ぶ正義の剣。それは逃げるマグマ星人に瞬時に追いつき、股下から頭部にかけて一刀で両断した。
「はがぁ!?」
切り裂かれ、左右にズレるマグマ星人の体。セブンは戻ってきたアイスラッガーを受け止めると、額に指をあててとどめの一閃を解き放った。
『エメリウム光線!』
白色の稲妻が突き刺さり、マグマ星人は一瞬炎上し、爆発して消滅した。
宇宙を荒らしまわっていた無法者の、自業自得な最期であった。
その後、セブンはメビウスと共にピッコロをハーシー大彗星のところにまで送っていった。
「ピッコロくん、無事でよかったね。メビウスにセブン、私からもお礼を言わせてもらうよ。私の友達を助けてくれてありがとう」
「いえ、これが僕らの使命です。お気になさらないでください。ピッコロ、次はもっとゆっくり話をしたいね」
物腰柔らかなハーシー大彗星の言葉に、メビウスは少しサコミズ隊長のことを思い出しながらピッコロにさよならをした。
「うん、結局迷惑をかけちゃって悪かったねメビウスにセブン。俺、次に会うときはもっといろんなところを旅しておもしろい話を聞かせてやるからな。じゃあ、バイバーイ!」
明るく手を振りながら、ピッコロはハーシー大彗星といっしょに宇宙のかなたへと去っていった。
セブンとメビウスはハーシー大彗星が見えなくなるまで見送ると、光の国を目指して飛び立った。
「さあ帰るぞメビウス。大隊長と兄弟たちがお前の報告を待っている」
「はい!」
もう光の国へはすぐだ。その途中で、メビウスはセブンにさっきの宇宙人のことを話していた。
「すみませんセブン兄さん、僕の不注意でハルケギニアのことをあいつに知られてしまいました」
「気にするな。地球では、壁に耳あり障子に目ありという言葉がある。ああいう奴は、知ろうと思えばどんな手を使ってでも探っていただろう。それよりも、これからのことを考えろ」
「はい、奴はきっとハルケギニアへの侵略を企むでしょう。なんとしてでも防がないと、僕の責任です」
「メビウス、お前の責任は兄弟である我々の責任でもある。兄弟とはそういうものだろう? 必要ならば、一人で背負い込まずに我々を頼れ。お前はもう立派なウルトラ兄弟の一員だ、遠慮することはない」
セブンに諭され、メビウスは心の中に刺さっていた焦燥感が薄れていくのを感じていた。
そしてその後、帰還したメビウスから話された情報を元に宇宙警備隊は総力で事態の解決に当たることを決定した。しかし、次元を越えることはヤプールの妨害に合って失敗し、今に至るのがかつての真実であったのである。
それをタバサに語り、ダンはタバサに改めて詫びた。
「ヤプールは我々の世界からこちらに来て、さらに我々の世界から来たあいつが君たちを苦しめている。本当にすまない」
しかし、タバサはゆっくり首を横に振ってそれを否定した。
「このハルケギニアにも、わたしたちガリア王家にも、あんな奴らに付け入られる隙があったのがそもそもの原因。家の中で醜い争いに明け暮れ、戸締まりも忘れていた家に強盗が入っても、それは間抜けと言われるだけ。あなたたちに責はない」
以前アルビオン王家はヤプールの内部工作によって滅亡寸前まで追い込まれた。だが、トリステイン王家は何度もスパイに侵入されながらもいまだに健在を誇っている。それはトリステインにはアンリエッタ女王を中心に、有能で、かつ情熱を持った家臣が揃っているからだ。
けれど、ガリアはそうではなかった。有能な人材はいれど、ジョゼフが支配する今のガリアのために情熱を燃やそうという人間はいない。その虚無に、あいつはつけこんだ。それはガリア王家をそんな風にしてしまった自分たち王族の責任に他ならない。
立ち去ろうとするタバサに、ダンはもう一度声をかけた。
「これからどうするのかね?」
「いずれすべてが元に戻るとき、ガリアをまとめられる人間が必要。わたしはガリアに戻ってそれに備える……それに、わたしもわたしなりにガリアという故郷を愛している。できれば、滅ぼしたくないから」
最後に本心を告げ、タバサは旧オルレアン邸を後にした。もう、二度とここに戻ることはないという決意を込めて。
門をくぐると、最後にあと一度だけ振り返ろうかという欲求が足を止めた。だが、未練を振り切ってラグドリアンの湖畔に出て、考えをまとめるようにガリアとトリステインの国境である湖畔を歩き続けた。
このラグドリアンの湖畔も、幼い頃には父や母といっしょに何度も遊んだ。もっと幼い頃には、まだ仲のよかったイザベラといっしょに泳いだこともある。
思い出は尽きない。あの頃は、将来こんなことになるなんて夢にも思わずに、未来は明るさに満ち満ちていた。
「でも、もう時間がない。この茶番の時間が終わったとき、ガリアは必ず大混乱になる。そのとき、王冠を頂くべきなのは……」
少し前まで、本来ガリアの王冠にふさわしいのはたった一人だと長く信じてきた。しかし、今は違う考えを持っている。ただ、それを実現するためにはまだしばらくの準備がいる。
その計画を立てつつ、タバサが湖畔の小さな町に近づいたときである。トリステインの方角から、土煙をあげながら馬車がやってきてタバサの前に止まった。
「おお、そこのお嬢ちゃん。ちょっと聞くけど、こっからはもうガリア王国かい?」
慌てた様子でタバサに尋ねてきたのは商人風の男だった。タバサは男のそんな様子にいぶかしみ、油断せずに相対した。だが、彼から返ってきた答はタバサの想像を超えるものであった。
「そうだけど……何か、あったの?」
「ああ? なんだまだ知らねえのか。どうしたもこうしたもねえ、トリステインにガリア王国軍が攻め入ってきたんだよ!」
「え……そんな、まさか!?」
タバサは耳を疑った。なぜ、という前に意味がわからない。
「どういうことなの? どうしてガリアが!」
「おれも詳しくはわからねえけど、ガリアが突然トリステインに宣戦布告してきたんだよ。ここと反対の国境付近じゃすでにガリアの大軍勢が進軍中らしい。三日後には確実にトリスタニアまでやってくる。国内の貴族には緊急動員がかけられたって話で、俺たちみたいな身分のは逃げ出すので精一杯さ!」
「……なんてこと」
タバサは、事態が知らない間に勝手に加速していたことを理解した。見ると、トリステインの方向から同じような避難民の馬車や列が続々とやってくる。
だがどうしてジョゼフは? しかもこんなタイミングで? 偶然だろうか……まさか。いや、考えている時間はないと、タバサは商人の乗ってきた馬車を引いている二頭の馬の一頭の綱を魔法で断ち切ってその背に飛び乗った。
「この馬はもらっていく」
「お、おい冗談じゃねえ! この馬を買うのにどれだけかかったと思ってんだ」
商人の抗議にタバサは答えず、金貨の詰まった財布を投げつけると馬の腹を蹴った。
「はっ!」
馬は一声いなないて走り出す。馬を走らせると、トリステインから逃げてきたと思われる者たちといくつもすれ違った。こんな僻地でこうなっているということは、トリスタニアあたりは大騒ぎになっていることだろう。
そうなれば当然みんなも……タバサは残してきた友たちを思い出して呟いた。
「キュルケ、ルイズ……」
彼女たちがおとなしく避難しているとは思えない。もしガリア軍と相対することになれば、今度こそは。
タバサは、やはり無駄な寄り道などするんじゃなかったと後悔した。一刻も早くガリアに戻ってジョゼフに問いたださねばならない。
けれど、果たして間に合うだろうか? こんなことならガリアから出るのではなかった。
シルフィードがいればひとっ飛びの街道を、タバサはひたすらに駆け続けた。手遅れになる前に、ジョゼフを止めなければならない。
「やめてジョゼフ、あなたは間違ってる。こんなことをしても、あの日は……帰ってきはしない」
すべては四年前のあの日から始まった。このままでは、またあの日の過ちが繰り返されてしまう。タバサは自分の見通しの甘さを呪いながら、ただひたすらに急いだ。
しかしそのころ、両国の国境。さらにトリステインに続くガリアの街道では、商人の言った通り何万というガリア軍の兵士たちが国境を目指して行進を続けていた。
目指す目標は当然トリスタニア。そして進軍するガリア軍の傍らを、逆方向に向かって旅人に扮したイザベラは足を急がせていた。
「バカ親父……なんて早まったことをっ」
イザベラは苦渋を浮かべながら怒りに胸を焦がしていた。ジョゼフも追い詰められているのはタバサから聞いて察していたが、まさかこんな無茶に出るとは。
いったい何を考えているのか。ガリアがトリステインに戦端を開けば、自動的にトリステインの同盟国であるアルビオンとも開戦となり、ゲルマニアも介入に出てくる。つまりはハルケギニア全体が混乱に包まれて、誰も先が読めない混沌に陥る。そうなれば、すべてが元に戻った時にガリアは……。
道をイザベラは急いだ。こういうとき、面倒ごとを押し付けたタバサは今はいない。自分の力なんてタバサに比べたら塵も同然のものだということもわかっている。しかし、でも、だからこそ。自分にしかできない自分だからこそできることを命をかけてすべきだと覚悟を決めて、ある場所へと向かっていた。
だが、ガリアの中核にあって、ジョゼフの暴走はもはや歯止めの効かないところにまで及ぼうとしていた。
首都リュティスから進軍を始めたトリステイン征服軍の第二陣二万を見送ったジョゼフは、冷たいほど澄みきった青空を見上げながらつぶやいた。
「なあシャルルよ、お前が死んでから俺はいろいろと好き勝手に馬鹿をやってきたがな、そろそろ飽きてきたよ。親父どのに叱られもせず、お前に呆れられずもせず、一人遊びというのは虚しいものだ。だが、これまではそれでも退屈しのぎにはなったんだがな……」
ジョゼフのガリア王族の証である青い髪が風に揺れる。しかし、空色の象徴であるその色とは裏腹に、その表情は暗くよどんでいた。
「退屈しのぎはしょせん退屈しのぎだ。どうしても、何かが足りない。すぐに冷めてしまう。だからな、シャルルよ、我が弟よ。最後に思い切り盛大に馬鹿騒ぎをして、それでガリアをお前に返そうと思う。待っていろ、もうすぐ、もうすぐだ。この無能王が最後に世界を驚かせてやるからな!」
世界に拒絶されて未来を捨て去った男の、暗い哄笑が空に消えていく。その後ろでは、シェフィールドがじっと控えて主の命を待っている。
「ジョゼフ様、どこまでもあなたのお側に……」
彼女の懐には各種の魔道具と異界の品が出番を待ち、その手には一握りほどの石が握られ、まるでジョゼフとシェフィールドの暗い思念に共鳴するかのように不気味に輝いていた。
最終章へ続く