第94話
ルイズのパイ焼き大作戦
鬼面宇宙人 きさらぎ星人 登場
その小さな物語は、ルビアナとの戦いが終わった二日後の朝に始まる。
朝日を浴びるトリステイン王宮。しかし、二日前までは壮麗な輝きを放っていた建物は半壊し、その大半はまだ片付けられずに放置されている有り様をさらしている。
そんな瓦礫の散乱する王宮の中庭に、憂鬱な表情でルイズと才人がたたずんでいた。
「はあーぁ」
「またため息ついてるのかよ、今日で何回目だよルイズ?」
才人がうんざりしたように抗議しても、ルイズの暗い表情に変わりはなかった。
今、彼らは魔法学院から駆けつけてきた水精霊騎士隊の仲間たちと共に、王宮の警備に当たっている。本来なら本職の魔法衞士が務める役割だが、先日のルビアナとの戦いの折に宮殿内に放たれたヒュプナスとの交戦で多数の負傷者が出たために人手が足りず、彼らまで穴埋めに駆り出されている状態であった。
しかし、比較的重要度の低い場所への配置であったため、最初は気を張っていた彼らも今ではすっかり私語をかわすほど緩んでいた。ただその中で、ルイズだけは沈んだ様子を続けて皆から浮いていた。
「いい加減にしろよルイズ。もう終わったことなんだ、これ以上気にしたって仕方ねえだろ」
「でもわたし、今度のことで何も役に立てなかったんだもん。ルビアナさんに啖呵切ったけど、杖を飛ばされてギーシュを見てるだけしかできなかったし……わたしが、もっと強ければルビアナさんも……はぁ」
またため息をつくルイズを横目で見て、才人は「ルイズはクソ真面目だからなあ」としみじみ思った。責任感が強く頑固だから、自分に落ち度があると思うととことん突き詰めてしまう。
だが、今回については才人もルイズの気持ちがわからないではない。
「ルイズ、あんまり気にするとルビアナさんに失礼だぜ。あの人は、きっとあれで満足してたんだ。おれたちだって、あのときできるだけのことはした。そうだろ?」
「そうだけど……わたしはこれでも、伝説の虚無の担い手なのよ。こんなときに役立てなきゃどうするの?」
「はぁ……お前って奴は。しょうがねえな、ここはおれが見てるから、ちょっとそのへん散歩して風に当たってこいよ」
「うん、そうするわ……」
そう言ってふらふらと力なく歩いていったルイズを見送って、才人は「今回は重症だな」と、ため息をついた。
そしてルイズがいなくなったことで、空気を読んでくれていたレイナールが隣にやってきて才人の肩を叩いた。
「お疲れさま、ルイズのご機嫌とらなきゃならないのも大変だね」
「今回はましなほうだよ。癇癪起こして暴れられるよりかは、ちょっとはな」
疲れた様子で息を吐く才人を、レイナールは慰めるようにもう一度肩を叩いた。
水精霊騎士隊の皆には、ルビアナが宇宙人であったことはまだ伝えず、話を濁している。こいつらの中には口の軽い奴もいるし、やはりショックが大きいと思ったからだ。
「そういえば、ギーシュはまだ目が覚めないのか?」
「モンモランシーがつきっきりで看病してるけど、容態はもう安定してるそうだ。今日明日には目が覚めるって聞いたよ」
「そうか、目が覚めたときあいつが一番つらいだろうな……」
もうしばらくは、このことは伏せたままでいなければならないために、才人も気が重い。それに、ルイズの気持ちだってよくわかる。才人だって、今回はたいした働きができずにギーシュを見守るしかできなかったのだ。
だが才人はある程度楽観的に切り替えることができるが、ルイズは引きずるほうだから始末が悪いのである。
「それもまあ、ルイズのいいところでもあるんだけどなあ……」
「君もよくあんなやっかいなご主人に仕え続けられるものだね」
「ルイズがめんどくさい女なのは最初っからさ。そういうレイナールこそ、気になってる子はいないのかよ?」
「えっ? ぼ、ぼくは」
才人の反撃で眼鏡をずり下げさせてどもるレイナール。そうして面白そうだと集まってきた水精霊騎士隊の仲間たちも加わって、場は一気にコイバナ大会の様相を見せ始めた。
そして、わいわいとばか騒ぎを始める悪友たちに混ざりながら、才人はルイズが早く立ち直れることを祈るのだった。
そしてその頃、ルイズはとぼとぼと当てもなく宮殿の中を歩いていた。
「なによサイトったら、なにもわかってないんだから……」
ぶつぶつ呟きながらルイズは足元の小石を蹴っ飛ばした。才人に対して愚痴るのも何回目になるかわからないが、言わずにはおれなかった。
「わたしはヴァリエール家のルイズ、女王陛下の杖なのよ。敵を倒せない杖なんて、そんなの何の価値もないじゃないのよ」
ルイズは貴族として、そうあるべきだと信じ、そうなりたいと願ってきた。だが才人は違う、才人にも夢や目標はあるが、そこが自分と才人のどうしても埋めがたい溝だとルイズは思っている。
これをアンリエッタが聞けば、そんなことはないと叱りつけるであろうが、今のアンリエッタは事件の後始末に追われてとてもルイズに会う余裕などはなかった。
何度も自問自答しながら、気が晴れないルイズ。しかし、そんな折のルイズに突然話しかけた声があった。
「なるほど、それで落ち込んでたんだな」
「えっ! だ、誰!?」
人気のないところでいきなり声をかけられ、ルイズは驚いて周りを見回したが、誰の人影もなかった。すると、今度はさっきよりはっきりわかる声がルイズの耳に響いた。
「ここだここ、俺の声を忘れたかい?」
「え、えっ? あ、その声はエース、いえ、ホクトさん?」
それは才人とルイズに一体化しているウルトラマンAこと、北斗星司の声だったのだ。しかし、普段は北斗のほうから話しかけてくることは滅多にないためにルイズが戸惑っていると、北斗は少し申し訳なさそうに言った。
「驚かせてしまってごめんごめん。いつもは君たちのプライバシーに触らないように見聞きすることを控えてるけど、ずいぶん鬱屈した感情が伝わってきたからなにかと思ってね」
「は、はい、ごめんなさい……」
エースではなく、北斗としての温和で優しい言葉で話しかけられて、ルイズは思わず謝ってしまった。そして、そんなにひどく落ち込んでいたのかと恥ずかしくなってしまった。
けれど、これは自分の問題だからとごまかそうとしたとき、北斗はもう一度ルイズをどきりとさせた。
「よければ俺にちょっと話してみないかい? 一人じゃ答えが出せないんだろ」
「えっ? いえでも……ホクトさんは貴族じゃないし」
「貴族じゃなくても、伊達に君の倍以上生きてないさ。それに、話すだけでもだいぶ楽になるってよく言うだろ? 心配しなくても、才人くんに言ったりしないよ」
「うー……ほんとに、サイトに言ったりしないでよ」
ルイズは迷ったが、考えが袋小路になっていたのも確かだったので、思いきって頼ってみることにした。これまでにも何度か北斗にはアドバイスをもらったことがあるし、才人に言わないというのが決め手になった。
周りを見渡し、人影がないのを確認すると、ルイズは胸の内に溜め込んだ悩み……自分の力が今の戦いに及ばない悔しさを吐き出した。
それは傍目から見たら一人言を言っているようにしか見えなかったろうが、話し終わったとき確かにルイズは少しスッキリする感じがした。そして、聞き届けた北斗の返した答えは、いかにも北斗らしいものであった。
「なら簡単だ、自分の力に自信がないなら鍛えればいい。君はまだ若いんだ、トレーニングする時間なんていくらでもあるじゃないか」
「えっと、いやそういうわけじゃないんだけど……」
力業の解決方法が出てきてルイズは頭が痛くなった。魔法の訓練なら続けている。それでなお足りないと感じてるから悩んでるのに。
こういうところは、さすが才人と気が合うだけはある。しかし北斗は、むずがるルイズにきちんと大人らしく諭した。
「なら、君の知っている強い人の中に、日々のトレーニングを怠っている人がいるかい? 俺たちウルトラ戦士だって、光の国にいるときはトレーニングを続けてる。やるべきことを続ける以上に強くなる方法なんてないさ」
「う……」
「俺たちの父さんも言っていたよ。実戦は出たとこ勝負だから、まずはどんな相手にも通じるように自分を鍛えろ、基本の力がなによりものをいうってね。強くなりたいなら、焦っちゃだめだ」
北斗の正論に、ルイズは自分の未熟さをあらためて情けなく思った。周りは強い人ばかりなのに、自分だけ空回りしている。
でも、欲しいのは今の力なのだ。
「わかったわ。けどホクトさん、いえミスタ・ホクト、強くなるためには他にできることはないの? わたしはもっと役に立てる杖になりたいの」
「そうだなあ、それなら戦う以外の経験もいろいろ積むことかな。君の言う杖というのは武器としてのものだろう? でも、杖はなにも戦うだけが能じゃないだろ?」
「そんなこと言っても、ヴァリエールは王家の騎士なのよ。戦う以外のことなんて」
「なら、君の知っている強い人たちはみんな、戦うしかできないような人ばかりなのかい?」
「う……」
ルイズは言い返せなかった。母であるカリーヌは領地では父の不在時には為政者として辣腕を振るっているし、銃士隊も普段は治安維持のために捜査や取り締まりを行っている。
誰もが、戦い以外でも役に立てる方法を持っている。そんなルイズを北斗は諭した。
「ひとつのことだけやって生きていけるのは、よほど器用な奴か、もしくはよほど不器用な奴だけさ。君はもっと、いろんな形で人を見たほうがいい。君の周りには、見習える大人がいっぱいいるんだからね」
「ホクトさんも、そうして見習ってきた人がいるの?」
「ああ、もちろんさ。父さんに、兄さんたち、まだまだ俺もみんなに比べたらひよっこさ」
エースはウルトラの父の養子であり、幼いころはゾフィーに可愛がられてきた。それに北斗自身も孤児だった育ちもあり、人一倍人とのつながりにはこだわりがあった。
懐かしそうに、北斗……エースは幼少時代を思い出していた。兄さんたち、きっと今頃は……。
と、思い出にふけりかけていた北斗は、ルイズがまだ納得できていないのに気が付いて、ひとつ提案をしてみた。
「ルイズくん、君は誰かの役に立てない自分のことが許せないんだろう? なら、今はちょうど敵もいないし、戦う以外で役に立てる方法を探してみたらどうかな?」
「う、ううん、でもそんな急に言われても」
ルイズにとって、魔法や勉強以外で知っていることといったら編み物くらいだが、これは毛糸の塊にしかならない代物で、自分ではよくできたつもりでも、それを見たシエスタが形容しがたい表情をしていたのが忘れられない。
思えば、自分はずいぶんと無趣味だったんだなとルイズは思った。とび色の美しい瞳に悲しみがこもる。しかしその時、突然ルイズのおなかがキュルルとかわいらしく鳴いてしまった。
「あ……っ」
突然のことでルイズは赤面した。そういえば朝から気が沈んでろくに食べていなかった。
けれど、北斗は笑うどころか指をはじくようにうれしそうに言った。
「そうだ! ルイズくん、君の好きな食べ物はなんだっけ?」
「え? クックベリーパイ、だけど。それがどうしたの?」
なんのことかと戸惑うルイズ。すると北斗はさらに驚くことを告げてきた。
「作るんだよ、君が自分の手で好きなものを。そうしてみんなにも食べてもらえば、好物も食べられてみんなにも喜んでもらえて一石二鳥だろ」
「えっ、ええーっ!? ちょ、ちょちょ待ってミスタ・ホクト! 突然そんなこと言われても、だいたい強くなることとなんの関係もないじゃない」
「なにかに迷ったときは、まずは好きなことから初めてみるのが近道さ。ぜんぜん関係ないことからヒントが見つかることだってある。それとも、こうしていじいじと歩き回って時間をつぶしているかい?」
北斗の突拍子もない提案にルイズはためらったが、ほかに思いつくこともないのも確かだった。このままなんの変わりもなく才人のところに帰って呆れられたくはない。
「で、でもわたし食べ物をつくったことなんかないし……」
「それなら心配いらないって。なんてったって、俺はウルトラマンになる前はパン屋をやってたんだからな」
「ええっ? あ、あなたっていったいどんな人生送ってきたのよ?」
「ようし、じゃあ俺のTAC時代の思い出もついでに教えてやるよ。さあ、善は急げだ、ほらほら!」
今日はやけにフレンドリーな北斗に押し切られる形で、ルイズは仕方なく城の厨房に向かって駆けていった。
その後ろから、怪しげな視線を送っていた何者かがいることに気づかないまま……。
「まさかこんな簡単にキッチンを借りられるとは思わなかったわ……」
十数分後、借りたエプロンを首から下げたルイズが複雑な表情で城の台所の一角に立っていた。
「いいことじゃないか、しばらくの間食料は城下街から仕入れるから厨房は使っていいって、ラッキーだったな」
「いえ、そういうことじゃないんだけど……はぁ、どうしてこういうときに限って」
ルイズは北斗に乗せられてここまで来てしまったが、初めてキッチンに立つというのでやはりためらってしまっていた。だいたいこういうことは貴族がやるべきことではないはずだ。
だが、ルイズがエプロンを脱ごうとしたとき、北斗は少し煽るように言った。
「おやあ、ここまで来て怖じ気づいたのかい? ヴァリエールの騎士というのは、パイを相手に敵前逃亡する人のことを言うのかな?」
「なんですって……上等じゃない! 逃げるなんて不名誉なことを貴族はしないって証明してあげるわよ! なによパイくらい、わたしにかかればそんなのチョイチョイなんだからね」
煽り耐性が皆無なルイズはあっさりと挑発に乗り、生まれて初めてのパイ作りに挑戦することを宣言した。北斗はしめしめと、才人のやっていたのを真似したらこうもうまくいくものかと内心でほくそ笑んだ。
食材は好きに使っていいと許可をもらってある。手を洗って三角巾をして、ルイズはまずパイ生地を作るために粉とボウルを集めた。
「えっと、言われた材料は集めたけど、これからどうすればいいの?」
「うん、材料は申し分ないな。じゃあ、俺の言う通りに材料を量って混ぜ合わせてくれ。ふふ、懐かしいな。神戸でコックをしていた頃を思い出すよ」
懐かしそうに呟いた北斗の言葉とともに、ルイズの頭に賑わう厨房の光景がかいま見えた。
「今のって、ホクトさんの記憶?」
「ん? ああ、つい懐かしくてイメージが君にも届いてしまったようだ。お、計量はそれでいいよ。後はそれをボウルに移してかき混ぜるんだ」
「う、うん……こ、これけっこう力がいるのね」
「うんうん、なかなか筋がいいぞ。パイ生地は基礎だから多めに作っておかないとな」
「くぅっ、手が持つかしら」
こんな大変なことをシエスタやリュリュは簡単そうにやっていたのか。ボウルの中で、パイ生地のもとがすごい抵抗でルイズの手に跳ね返ってくるが、今さら投げ出すのはルイズのプライドが許さなかった。
「がんばれ、きついのは最初だけで慣れてくると気にならなくなるよ」
「ううん、負けないんだから。なによパイ生地くらい、わたしは虚無のルイズなのよ!」
根拠が不明な自信だが、日々才人をしばいて鍛えたルイズの腕力は小麦粉の反動によく耐えた。手つきは危なっかしいが、北斗は咎めることなくそれを見守っている。そしてルイズがエプロンを白いしぶきで汚しながらも慣れてくると、ルイズを褒めながら昔話をはじめた。
「うまいぞ、その調子だ。よし、ルイズくん、まだ時間がかかりそうだし、ウルトラマンAが……俺たちウルトラ兄弟が戦ってきた歴史を、そろそろ聞かせてあげようか」
「うん、ウルトラマンたち、光の戦士と呼ばれる人たちがどんな歴史を歩んできたか、勉強させてもらうわ」
ウルトラマンたちがハルケギニアに来る前に地球でどんな活躍をしていたのか、才人や北斗からこれまで断片的に聞ける機会はあったけれども、時間をかけてじっくり聞かせてもらうのは思えばこれが初めてだった。
どんな強敵を相手にしても、決して逃げずに立ち向かって平和を守る光の戦士、ウルトラマン。そんな彼らが才人の故郷”地球”でどう戦ってきたのか、ルイズは手を動かしながら耳を傾けた。
「長くなるからどのあたりから始めるかな。俺は元々パン屋に勤めてて、あの日もトラックにパンを積んで学校に向かってたんだ。けど、そのときに空を割って現れたのが、ヤプールが最初に送り込んできた超獣、あのベロクロンだったんだ」
ただの人間だった北斗星司がウルトラマンAに選ばれて一体化し、超獣攻撃隊TACに入隊し、それから数々の超獣との戦いが始まっていった事実が、時折北斗の見せる記憶のビジョンに重なりながら語られていった。
卑劣な策略で襲ってくるヤプールとの厳しい戦い。けれど、それに立ち向かって勝利していけたのはウルトラマンAの力だけではなく、共に戦うウルトラ兄弟たちや、TACの仲間ら人間の力。それらの歴史を、ルイズは手を動かしながら聞き続けた。
だが、そうして時間を過ごすルイズの姿を物陰から不気味に見つめる怪しげな老婆の姿があった。
「キェッヘッヘッ、見たぞ見たぞ。ワシの目はごまかされんぞヒェッヘッヘッ、にっくきウルトラマンタロウの兄、ウルトラマンAめ。ここで会ったが百年目、あのときの仕返しをしてやるからなあ」
見るからに普通ではないこの老婆、もちろんただの人間ではない。人間の老婆の姿に化けてはいるものの、その正体は悪質な性格のきさらぎ星人。彼女はルイズがウルトラマンAと一体であることを見抜き、邪悪な企みを胸にしていた。
が、どうもこのきさらぎ星人はウルトラマンタロウに恨みがあるようだが、どうした因縁であろうか。
「忘れもせぬぞ、あの節分の日のことは。ウルトラマンタロウに宇宙に放り出されて、運悪くウルトラゾーンに引っかかってしもうた。そしてこの世界に落ちてきてからの苦節五十年。その恨みを思い知らせてくれるわ」
わかりやすい独り言をどうもありがとう。
つまり、このきさらぎ星人は昭和49年2月1日にウルトラマンタロウと戦ったきさらぎ星人本人ということになるわけだ。なるほど、あの時きさらぎ星人は捨て台詞に「来年の今日も来るからなーっ」と、言っていたのに結局来なかったのはハルケギニアに迷い込んでいたからだったんだね。
さて、このきさらぎ星人。いったいどんな悪いことを企んでいるんだろう?
「ヒッヒッヒ、この世界にはワシの嫌いな豆はない。つまり怖いものはなあい。小娘め、今に恐ろしい目に会わせてやるぞよ」
不気味に笑うきさらぎ星人。もっとも、その着ている衣装は日雇いの掃除婦のおばちゃんのものであるからいまいち決まってない。宇宙人とはいえ、魔法使いがそこらじゅうにいるこの世界でタダで生活していくのは大変なんだね。
「おいバアさん! そんなところでサボってないで仕事しなさイ! 掃除する場所はいくらでも残ってるのヨ!」
「ハ、ハイィ今すぐぅ!」
ごついおばさんのメイド長に怒鳴られて、きさらぎ星人は慌てて走っていった。世知辛い世の中は宇宙人でも甘やかしてくれないんだね、しょうがないね。
はてさて、そんな悪巧みがすぐそばでされていたとは露知らず、ルイズは北斗星司の思い出話に聞き入っていた。
「それで、ヤプールを封印したはいいけど、ウルトラマンに戻る力を失ってしまった僕らは神戸という街にとどまってヤプールを監視しながら人間として生活することにしたんだ。で、俺は昔の経験を活かしてホテルのコックに就職してね。いやあ、あの頃は楽しかったなあ」
それは戦士としてのものよりも、ひとりの人間北斗星司の人生そのものであった。
笑いあり涙あり、出会いあり別れあり、それは北斗だけでなく彼の兄弟たちも同じで、それまで超人的な印象の強かったウルトラマンたちが皆、普通の人間と同じようにそれぞれの人生を歩んでいるということを教えていた。
そして、そんな北斗の人生を見て、ルイズは率直に思ったことを尋ねてみた。
「ねえ、ホクトさん、どうしてあなたたちは、そんなに重い使命を背負ってるのに、そんなに普通に振る舞うことができるの?」
「ん? ああ、それで君は悩んでいるんだね。じゃあ逆に聞くけど、特別な人間は特別に振る舞わなきゃいけないなんていう決まりがあるのかい?」
「え? でも、特別な人間は持った力に応じた責任を背負わなきゃいけないわ」
「そう、責任は大事だ。でも、それで人生の全部を捧げなきゃいけないなんてことはない。俺も君も人形じゃあないんだ、笑って泣いて楽しんで休む権利はちゃんとある。自分で自分の心を檻に閉じ込めちゃいけないよ」
「心を檻に……でも、それは責任を果たせる人間に与えられる権利でしょ」
「その責任は君ひとりが負うべきものじゃない。みんなで分かち合うべきものだ。女の子ひとりに全部まかせて何もしないような世界なら滅んでしまったほうがいいだろ」
「ちょっ! それはいくらなんでもウルトラマンとして言い過ぎじゃない!?」
ルイズが北斗の放言に慌てて突っ込むと、北斗は笑いながら撤回した。
「冗談だよ。でも、ウルトラマンだって無条件で人間を守ってるわけじゃない。君だって、単なる貴族の義務感だけじゃなくて、重い責任を背負っても守りたいものがあるからだろう?」
北斗は豪快でおおざっぱな話し方をするが、話すことはルイズの閉ざされていた視野を少しずつ開いていく明るさを与えてくれた。そう、ルイズにとって、貴族の責務より守りたいものは……。
「はぁ、エレオノール姉さまみたいなのじゃなくて、ホクトさんみたいなお兄さんがいてくれればよかったのに」
「ははは、でも俺じゃあの厳しいお母さんのところじゃやってけないだろうな。あ、でもハヤタ兄さんやダン兄さんなら合うかもな」
「でしょうね。はーあ、わたしのところに来たのがホクトさんでよかったわ。真面目なお兄さんたちなら息が詰まってたかも」
「おいおい、それじゃまるで俺が適当みたいじゃないか。お、パイ生地の練りはそれくらいで充分だな。じゃあ、次に移ろうか」
北斗の指導はさすがプロだけあって押し付けずに分かりやすく、お菓子作り初心者のルイズでもなんとか形にはなるように進められていた。
パイ生地から焼き上げ、トッピングするフルーツやクリームを用意する。出来上がりの形が見えてくると、ルイズも口の中によだれがわいてきた。
その間にも北斗の思い出話は続き、メビウスを助けるために月面でルナチクスと戦ったときや、太陽の黒点を消すために兄弟たちと宇宙に飛び立ったときなど、ルイズの想像を絶する話に驚かされた。
「暗黒の皇帝……すっごい敵と戦ってたのねあなたたち」
「ふーん、才人くんからけっこう聞いてるものと思ってたけど意外だな」
「あいつは興奮する上に話がわかりにくいのよ」
でも、思えばちゃんと一度は聞いておくべきだったかもと思う。それもこれも才人が悪いとルイズは決めつけると、出来上がったパイの材料を並べて満悦した。
色とりどりの具材。もちろんルイズの好物のクックベリーもあり、ワクワクがあふれ出してくる。
「はぅぅ、クックベリーパイぃ……一度でいいからお皿みたいなおっきなのを食べてみたかったのよね」
「じゃあ、後はトッピングするだけだね。どうだい? むずがらずに、なんでもやってみるものだろう」
「うーん、まだなんか騙されてるような気がするけど、まあいいわ。わたしだってちょっとした料理くらいできるのよ。これならサンドイッチだってクレープだってへっちゃらだわ」
挟むものばかりだね、と言わないのが北斗の大人の優しさであった。
けれど、こうしていると本当にTAC時代を思い出して懐かしくなる。TACの任務の傍ら、北斗は子供たちと触れ合う機会が多く、カイテイガガンのときやサウンドギラーのときなどに子供や若者を人生の先輩として導いてきた。
エプロンと顔を白く汚したルイズは嬉々としてパイ生地の上にトッピングを始めた。もちろん形も不揃いで歪んでいるが、そんなことはどうでもいい。菓子作りに必要なのは、まず楽しむことだ。
「ちょっと味見を……んー、あまーい、おいしーっ」
頬をとろけさせてルイズは微笑んだ。空腹のところに甘いもの、それは小さな悩みを吹き飛ばす威力を存分に持っていた。
ここまでくればいくら不器用なルイズでもなんとかなる。北斗はルイズの機嫌がよくなっていくことに満足し、見守っていた。
良かった、これで自信を取り戻してくれればいいが。北斗は、ルイズは生真面目すぎて道に突き当たると横道を探すということができないのを心配していたが、どうやらうまくいきそうである。
ルイズは自分の好物のクックベリーパイを作ると、残った材料で皆に配る分を作り始めた。北斗は一応見ていたが、どうやらルイズはなにを作ってもなぜか生ごみになってしまうという不思議な特性はなさそうで、形は少し崩れているがなかなかおいしそうなパイが並んでいった。
と、そうして手を動かしていたルイズの動きがふと止まった。
「そういえばサイトにも配るのよね。なら、日ごろのお礼もかねて……ふふ」
なにやら含みのある笑みとともに、別の材料をトッピングしていくルイズ。包み紙もほかと間違えないためかひとつだけ銀紙でくるまれている。
「これで……うふふふ」
「なにを乗せたんだい?」
「秘密」
ちょっと目を離していた北斗が尋ねても、ルイズは含み笑いをするだけで教えてくれなかった。
それでも材料はいくらか余っていたので、パイ生地の残りを使ってルイズは作っていく。果たしてルイズは何を考えているのだろうか?
だが、そのとき厨房にこっそりと忍び込んできた人影があった。誰だかもうわかるよね?
「きっひっひっ、ようやくメイド長をまいてきたぞよ。ワシがこんなことになったのも、すべておぬしらのせいじゃ、許さんぞぇ」
そういうのを逆恨みというんだ。みんな知っているかな。
戻ってきたきさらぎ星人は、物陰に隠れながらこそこそとルイズに近づいていく。ルイズはパイのトッピングに夢中で気が付いていないようだね。
「ひひひ、そろそろ頃合いじゃな。ひひ、ちょうどいいものがあるではないか。朝飯前とはこのことよ」
こっそりときさらぎ星人はルイズに近づいていく。ルイズはまだ気づいてないよ。
しかし、そのとききさらぎ星人の鼻をパイの甘い香りがくすぐった。
「うう、うまそうじゃ。そういえば働き詰めでろくに食っとらんかったで。ようし、せっかくじゃからひとつ……」
そろそろと手を伸ばし、きさらぎ星人はテーブルの上に置かれていたパイのうち、一番立派そうに見えた銀紙に包まれたパイを盗み出した。
醜悪な顔に笑みを浮かべ、大口を開けてかぶりつく。そして次の瞬間、厨房に大きな声が響き渡った。
「ぐぎゃあぁぁーっ!」
形容しがたいすさまじい悲鳴。そのあまりの大きさで部屋の空気が震え、ルイズもびくりとして気が付いた。
すると、床では見慣れない老婆が口を押えてのたうち回っている。何事かとルイズや北斗が驚いていると、床にかじられた跡のあるパイが転がっているのを見つけた。
「あっ! それサイトに食べさせようと思ってた特製パイじゃないの。あちゃあ、勝手に食べちゃったのね」
「なんかすごい苦しんでるようだけど……サイトくんに食べさせようとしてたって、何入れたんだい?」
「何って、タバスコと鷹の爪とハバネロとチリソースくらいだけど?」
「鬼だね、君」
さらっと何のこともなしに聞くだけで体温が上がりそうなラインナップを並べるルイズに、さしもの北斗も才人に同情した。
つまり、そんな爆弾のようなものを盗み食いしてしまったわけらしい。老婆は口を押えながらじたばたともがき苦しみ続けている。さらに地獄の底から響いてくるようなうめき声も続き、その苦しみが想像を絶しているのが察せられた。
「ルイズくん、助けてやったらどうだい?」
「いやよ、人のものを勝手に食べるのが悪いんじゃない。おかげでもう一回作り直さなきゃいけないわ」
まだ才人に食べさせる気満々なルイズは、いったいどれだけ才人に恨みつらみがたまっているというのだろうか。
しかし、このままではらちがあかないので、ルイズは仕方なしにのたうっている老婆に声をかけた。
「ちょっとあんた大丈夫? そこに水があるから飲んで落ち着きなさいよ」
ルイズがうながすと、老婆は必死に水の入ったコップをひっつかまえて飲み干した。それで少しは収まったらしく、老婆は思いきり怒りにまかせてルイズに噛みついてきた。
「おほれほほひはくなほむふふめははほほはほほはふなはなをひはへるとはははひはろふのあにはけはあるな!(おのれこしゃくな小娘め、こんな卑劣な罠をしかけるなんて、さすがタロウの兄を宿しているだけはあるな)」
「は? なに言ってるのよあんた」
思いきり宣戦布告を並べ立てているはずが、くちびると舌が真っ赤にはれ上がっていて言葉になっていなかった。哀れ。
もちろんルイズは訳が分からずにしれっとするだけで、言葉が通じていないことに気づいていない老婆・きさらぎ星人はさらにまくしたてる。
「おおほほやつね、ほほひひのはへものをほい、以下省略(おのれこやつめ、毒入りの食べ物を置いてだまし討ちなんて鬼でもやらぬぞ。やはりウルトラ兄弟は裏切り者の卑怯者じゃ)」
「なによ怒ってるの。盗み食いなんかするあなたが悪いんじゃない」
「ははひほりおっへはあひくら、以下略(勝ち誇りおって、ああ憎らしい。おぬし、仮にも正義の味方として恥ずかしくないのか?)」
「ええ……もうそんなにしつこく怒らなくてもいいじゃない。そりゃまあ、サイトのデリカシーのなさにイライラしてたからちょっとこらしめてやろうと思ったけどさ、わたしだって日ごろからいっぱい我慢してるのよ」
噛み合うようで噛み合っていない会話で、二人の間を微妙な空気が流れていく。ちなみに北斗には目の前の老婆は、地雷を踏んでしまったかわいそうなばあさんに見えていて、どうしたものかと考え中であった。
けれど、さすがにルイズも悪いことをしたかなと思い始めた時だった。しびれを切らしたきさらぎ星人は、ついにルイズに実力行使に出た。
「へへひほほひは、以下(ええいこしゃくな。こうなればこうしてくれるわ、くらええい!)」
怒ったきららぎ星人の口から白い糸のようなものが大量に吐き出されて、まるで網のようにルイズに絡みついた。
「きゃあっ! なによこれ、蜘蛛の巣? いやあっ」
驚いたルイズは引きはがそうとするが、糸は粘っこいうえに絡みついてきて引きはがせない。しかも、どんどん増えてきてルイズをくるもうとしてくるではないか。
そんなもがくルイズを見て老婆はうれしそうに笑い、しかもその顔はいつのまにか鬼の面のような恐ろし気なものに変わっていた。
「このばあさん、まさか宇宙人!」
北斗はとっさの勘でそう気づいた。まさか、こっちの正体を知って襲ってきたというのか? まずい、才人がいない今は変身することができない。
ルイズは頭から足まで白い糸にべったりと貼りつかれ、ミイラのようにされていく。杖を取り出そうとするがべたついてうまくいかず、きさらぎ星人は楽し気に笑いながら、もう一杯水を飲んで口の日照りをようやく落ち着かせると、やっと回るようになった舌で言った。
「ひっひっひ、ざまあみろじゃ、最初からこうすればよかったわい。どうじゃ動けまい、ひっひっひ」
「あ、あんた人間じゃないわね。人間に化けた、う、ウチュウジンでしょ!」
「今頃気が付いてももう遅いわい。そうれそれ、わしの糸にくるまれて、お前はだんだん繭になる。繭を叩いて丸めて握って、まるで豆のように小さくなる。そして小さくなったお前をこのパイ生地に包んで、ひょいっと食らってくれようぞ」
「じ、冗談じゃないわよ!」
パイ生地を掲げて笑う鬼面のきさらぎ星人にルイズは必死で抵抗するが、どんどん体の自由が利かなくなってくる。
これがきさらぎ星人の恐るべき能力で、かつてもこれでウルトラマンタロウの人間体である東光太郎を豆粒ほどに小さくしてピンチに陥れている。北斗はこれで、この老婆がきさらぎ星人であると気が付いたが、ここまでやられてしまった状態ではもうどうしようもなかった。
ついに立っていることもできなくなったルイズはテーブルを巻き込むように倒れこみ、菓子の余りが周りに散乱した。
「ひぇっへっへっへ、もう少しでしまいじゃあ。小さくたたんで包んで、よーく噛み砕いて食ってやろう。小娘の肉はさぞ甘くてうまいじゃろうなあ」
鬼そのものの形相で笑うきさらぎ星人。だが、このまま黙って食われてなるものかと、ルイズはかろうじて動けていた左手で、手近にあったなにかを思いっきり投げつけた。
「ええぇーい!」
「きぇっ? なんじゃこんなもの。む、ひ、ひぇぇぇ、豆ぇぇぇ!?」
なんときさらぎ星人は自分に投げつけられたものに激しく驚き、信じられないほど狼狽したではないか。
ルイズはそれを見て驚くとともに、自分がなにを投げつけたのかを見た。それは茶色いひとつまみほどの粒で、クルミの粉末を砂糖とともに練り上げた菓子だが、ぱっと見では炒り豆に見えなくもなく、それに気づいた北斗ははっとしてルイズに指示した。
「それだ! ルイズくん、それをあいつに向かってこう叫びながら投げるんだ」
「えっ! よ、ようしわかったわ」
ルイズはきさらぎ星人が狼狽したからか拘束が緩んだ糸から脱出すると、その豆に似た菓子をつかんで立ち上がった。
もちろんきさらぎ星人も我に返って襲い掛かってこようとする。しかしルイズは思いきり振りかぶると、北斗から教わった言葉を叫びながら全力で投げつけた。
「鬼はーっ、外ーっ!」
「いだだっ! 痛いーっ!」
「福はー、内ーっ!」
「いだだだだ! ひぃぃぃ、豆は、豆だけは嫌いなんじゃああ!」
さすが、鬼に豆まきは効果抜群であった。本当は豆ではなくてきさらぎ星人の勘違いなのだが、鬼が豆を嫌いになった昔話でも鬼の勘違いが原因であった。要は気の持ちようなのだ。
「鬼はー外! 福はー内!」
「ひえええ、痛い痛い」
ルイズも楽しくなってきて、さっきの仕返しもかえて歌うように叫びながら豆もどきを投げる。
節分とは、厄を払って心身の健康と幸福を願う行事。時期が違っても世界が違っても、北斗もいっしょになって「鬼は外」と唱えて、確かに今ルイズは元気を取り戻しつつあった。
やがて、投げる豆もどきもなくなってようやく豆つぶてが止んだとき、すでに決着はついていた。
「いててて、よくもやってくれたな小娘め。こうなったらワシの本当の姿を見せ、てぇ!?」
きさらぎ星人は、自分の正体である巨大怪獣オニバンバの姿に戻ってルイズを踏み潰してやろうと振り返ったが、そのときにはすでにルイズは凛々しい表情で呪文の詠唱を終えてしまっていた。
「わたしの前に現れたことを後悔しなさい。鬼はーっ『エクスプロージョン!』」
ルイズの十八番の爆発魔法が炸裂し、きさらぎ星人は変身する間もなく大爆発によってお空のかなたへとぶっ飛ばされたのであった。
「ちっくしょーっ、来年の節分こそは帰ってきてやるからなーっ。それまで覚えてろーっ」
捨て台詞を吐いてお星さまになっていくきさらぎ星人。次に彼女がたどり着くのはどの星だろうか? もし君の町であやしいおばあさんを見かけたら、豆を用意しておくといいかもしれないね。
そして、城の壁に大穴を空けるほどのエクスプロージョンできさらぎ星人をやっつけたルイズは、ふうと息をついて勝ち誇った。
「ま、ざっとこんなものよ」
フフンと、無い胸を張ってつぶやくルイズ。ルイズはすっかり元の自信を取り戻していた。
けれど、騒ぎのせいで厨房は無茶苦茶になってしまった。作ったパイのいくらかは難を逃れているものの、もう才人用特製パイを作ることはできなさそうで、ルイズは残念そうに顔をしかめた。
すると、そこへ騒ぎを聞きつけた才人や水精霊騎士隊の少年たちが駆けつけてきて惨状に声を上げた。
「うわっ、なんだこりゃ!」
「ルイズ、お前今度はなにやったんだよ」
レイナールやギムリをはじめとした顔ぶれが詰め寄ってきて、ルイズは思わず後ずさった。これはまずいわ、この状況だと自分が暴れて厨房を壊したようにしか見えないじゃないの。
「あ、えっと、あの」
どうやっても弁解の余地のない状況にルイズは冷や汗を流しまくった。非常にまずい、もしイライラして城の一部を壊したなんてお母様に言われたら殺される。
だがそこへ、北斗が才人の耳にひそひそと耳打ちして、才人はみんなに聞こえるくらいびっくりした大声で叫んだ。
「ええっ、なんだって! ルイズ、お前城の中に忍び込んでいた宇宙人をやっつけてたのかよ!」
「えっ、ええっ!?」
突然の才人の叫びに、ルイズは心臓が止まるほど驚いた。だが才人はそのままルイズの前までやってくると、誇らしげな顔でルイズの肩を掴んで言った。
「危なかったな、そんなときに傍にいてやれなくて悪りい。けど、ひとりでも宇宙人を倒せちまうなんて、さすがルイズだ。すげえじゃねえか!」
「あ、あぅぅぅ……」
才人に思いもよらない優しくて力強い言葉をかけられて、ルイズは顔から湯気が出そうなほど赤面するばかりだった。
水精霊騎士隊の少年たちも最初は困惑していたが、才人の自信たっぷりな言い方で、もともと根が単純な連中ばかりなのでやがて信用して、口々にルイズをほめたたえてきた。
「すごいなルイズ、おれたちの知らないところで一人でパトロールしてるなんてさ」
「一人でウチュウジンを倒せるなんて信じられないけどすげえぜ、どんな奴だったんだ? なんだサイト? え、鬼みたいな奴だった? 鬼でもルイズにはかなわないってことか」
こんなにみんなから褒められたことなんかないルイズは、どうしていいかわからずにおろおろするばかりだった。
しかも才人はテーブルの上に並べられたパイに目をつけると、ひょいとひとつ手に取ってパクっといったのである。
「おおっ、こりゃうまいな! ルイズ、お前がおれたちのために用意してくれてたのか。お前にこんな特技があったなんてな、見直したぜ!」
「あっ、それはそのっ! えっと……そ、そうかホクトさんね、サイトに変な入れ知恵してるのは」
妙に饒舌な才人に違和感を持ったルイズがはっとして指摘すると、北斗はしれっとした様子で答えた。
「君たちのパターンだと、ちょっと後ろから押す程度がちょうどいいと思ってね。どうだい? 変に特別を目指したりしなくても、普通のパイだけでじゅうぶん喜んでもらえるだろう」
悔しいけど返す言葉がなかった。ルイズの作った不格好なパイで才人は美味いと喜んでくれていて、いたずらで作った激辛パイではこうはいかなかっただろう。
才人は北斗から、今は大げさでもいいから誉めてやれと言われていたが、そんなこと言われなくてもルイズが自分のために手作りのパイを作ってくれたというだけでうれしかった。
「ルイズ、お前ってけっこう器用だったんだな。よかったらまた作ってくれよ」
「か、勘違いしないでよね。これは、わたしが食べるために作った、そのついでなんだから! あんたのためじゃないんだからね!」
必死にごまかしながらも、もうルイズの表情には自信を失っていた時の暗い影はなかった。才人に続いてみんなもパイをつまんで食べて喜び、うまいとほめてくれる。
自分の信じる道を突き進むことは大事だが、道はなにもそれだけではない。ルイズは、自分にはできないと決めつけていたが、こんな誰にでもできそうなことでも才人やみんなは喜んでくれる。
普通……それはつまらないことに思えるが、実はとても大切なことだとルイズは理解した。それと、悔しいけれども自分にはまだ新しく始められることがあると教えてくれた北斗には感謝した。
ルイズも才人たちに囲まれながらいつのまにか笑っていた。北斗はそんなルイズたちを見ながら、そっとルイズと才人の中へと帰っていき、そして最後に青空を仰いで思った。
「ゾフィー兄さん、彼らを見ていると俺たち兄弟の子供のころを思い出します。本当なら、彼らのような若者には戦ってほしくはないですが、彼らは自分の故郷のために命をかけようとしています。俺たちは彼らを助けなければならない。兄弟のみんな、みんなもきっと……」
空の雲は流れて、二度と同じ形には戻らずに崩れて消えていく。しかし、雲はどこからか流れてきて、今は晴れていてもいつか曇って雨を降らせる。
世界に雨が降り始めたとき、傘となるのは誰か? 風に湿り気が混じり始め、その時が近いことを北斗は感じ取っていた。
その後……?
サービスカット
続く