ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第29話  ガリア花壇の赤い花 (前編)

 第29話

 ガリア花壇の赤い花 (前編)

 

 宇宙魔人 チャリジャ

 吸血植物 チグリスフラワー

 宇宙大怪獣 アストロモンス 登場!

 

 

「宇宙のどこかにいる我が下僕よ! 我にふさわしいこの世でもっとも強く、気高く、美しい者よ! 我は命じる、我の召喚に応じてこの場に姿を現せ!!」

 

 その日、プチ・トロワの魔法儀式のための大広間に使い魔召喚の魔法、『サモン・サーヴァント』の呪文の声が高らかに響き渡った。

 唱えた張本人の名はイザベラ。このプチ・トロワの主であり、ガリア王女にしてタバサの従姉妹である少女。

 しかし、その性根はタバサとは鏡に写したように冷酷にして残酷。さらにタバサに対して強いコンプレックスを持っており、その反動と王女ゆえの特権もあいまって、本来多感であるはずの若い心は制動されることなく、どんどん捻じ曲がっていっていた。

 

 そしてこの日も、タバサの持つ使い魔、風竜のシルフィードに激しく嫉妬した彼女は、自分の本当の力を皆に見せ付けてやろうと、一人部屋にこもって呪文を唱えていた。

(あたしが、あたしがあんな小娘に劣るはずはないっ!)

 怒りと憎しみを込めて呪文を唱え、杖を振り下ろす。

 魔法の力はその者の精神力によって決まり、精神力はその者の強い感情に左右される。

 ろくな魔法が使えないと、近従からさえ散々陰口を叩かれた怨念。才能に溢れたタバサへの憎しみ。愛情のかけらもなかった父の冷たいあしらいの記憶も加わって、たまりにたまったイザベラの憎悪は知らぬ間に彼女に強力な魔力を与えた。

 だが、負の感情から発生したエネルギーがどういう結果を招くのかをイザベラはまだ知らない。

 それでも魔法は成功し、イザベラのその眼前に、光り輝く鏡のような召喚のゲートが生み出された。

「やった! さあ、来い!」

 遂に開いたゲートをイザベラは期待のまなざしで見つめた。サモン・サーヴァントは一度開けば、後は何が召喚されるかはまったくわからない。何が来るのか、鳥、獣……それともドラゴンかグリフォンのような幻獣? とにかく、王女として誰もグウの根も出ないような使い魔なら……

 固唾を呑み、今か今かと待ちわびるイザベラの目の前で、突然ゲートの中からぽんっと何かがはじき出されるように現れた。そして、そいつがはじめて言った言葉は。

 

「おや、ここはどこですかな?」

 

 イザベラの手から杖が零れ落ちて、乾いた音を立てた後に部屋の隅まで転がっていった。

 それは、動物でも幻獣でもなく、蝶ネクタイをつけた真っ黒なスーツを着て、顔を白塗りにした小柄でやや小太りな人間の男性だった。少なくとも、そのとき彼女にはそう見えた。

「お、お前いったい誰だよ」

 やっと声を絞り出して言ったイザベラの問いに、男は手に持っていたこうもり傘と、手品の小道具でも入っていそうなトランクを置くと、懐から一片の紙切れを取り出して、うやうやしくおじぎをしてそれを彼女に差し出した。

「わたくし、こういうものでございます」

 その仕草は芝居じみており、紳士というより町劇場の芸人か俳優のように見える。

 イザベラは、その紙片を手に取り、そこに記された文字を眺めたが、それは彼女にはわからない言語で書かれていた。

「なによこれ、全然読めないじゃない」

「おや、これは失敬。では、これでいかがですか?」

 突っ返された紙片を、その男が指で軽くなでると、なんとその紙片に記されていた文字はガリア語のものに変わって、シンプルな名刺だということがイザベラにも伝わった。

 

『怪獣バイヤー・チャリジャ』

 

 名刺には、短くそれだけが書かれていた。

「怪獣バイヤー?」

「はい、わたくし色んな怪獣を探して星から星へと飛び回り、強い怪獣を売買するビジネスをおこなっているのです。つい先日も、長年捜し求めた怪獣と、ようやくめぐり合えたところだったのですが、不運にもすぐにやっつけられてしまいました。それで仕方なく帰ろうとしていましたところ、強い力に引っ張られてここにやってきたのです。失敬ですが、ここはどこでございましょうか?」

 ビジネススマイルを浮かべながら、怪獣を売り買いしているなどととんでもないことを言うその男に、イザベラのかんしゃくが爆発するのに時間は必要なかった。

「どこだだって? ここはガリア王国のヴェルサルテイル宮殿だよ!! で、あたしは王女のイザベラ様だ! 聞いて驚いたか! てめえこそ、いったいどこから来た!」

 およそ王女どころか女の子とも思えないほど口汚く怒声を放ったイザベラだったが、男はまったく動ぜず、きょろきょろと周りを見回すと興味深そうに言った。

「ほほお……どうやら、とんでもなく辺境の未開惑星に呼ばれてしまったようですね。まあよいでしょう、こういう場所にこそ掘り出し物の怪獣がいたりするものですから」

「あたしを無視するな!」

「これはまた失敬。それであなたが私をここに呼んだ張本人というわけですか。はて、何ゆえに?」 

 王女を前にしても、ひかえるどころか堂々と質問をしてくる相手に、イザベラは感情をおさめることができなかった。なにせ、これまでずっと人にかしずかれて育ってきたのだ。王である父以外に上位、対等の相手と接した経験などほとんどなかった。

 だが、それでも一応は自分の魔法で呼び出した相手である。金切り声を混ぜながらも、サモン・サーヴァント、使い魔の契約などについて一息にイザベラはしゃべりきった。

「ほぉ……宇宙は広いですなあ、そのようなことで空間を歪めて他の生物を転移させる能力があるとは。ですが残念、私はフリーのバイヤーでして、スポンサーは必要ありません。はい」

「なっ、なにこの!」

 イザベラはカッとなって拳に力を込めたが、自分にはまともに使える攻撃呪文のひとつも無いことを知っているだけに、それ以上のことはできなかった。

 だが、男はそんなイザベラを見て、ほっほっと喜劇じみた笑いを浮かべると。

「ですが、故意ではないとはいえ、思いがけないビジネスチャンスを与えてくれたお礼はしなければなりませんね。あなたの専属にはなれませんが、少しあなたのために働いてあげましょう。使い魔の仕事に、秘薬や薬草を探してくるというのがありましたね。では」

 すると、男は傘とトランクを持ち上げると、すたすたと窓のほうへと歩いていく。

「おい、どこに行く!」

「ちょっとお出かけしてきます」

「待て! 逃げようったってそうはいかんぞ! 衛兵!!」

 たとえ常識離れしたことばかり言う奇人でも、自分が呼び出した使い魔には違いない。そして使い魔はそれが死ななければ次を呼び出すことはできない。ここで逃げられたら、自分は一生使い魔なしになってしまうかもしれない。

 しかし、そこまで考えたとき、イザベラの心に悪魔がささやいた。そうだ、こいつさえいなくなれば、あたしは別のもっとましな使い魔を呼び出すことができる、と。

 やがてイザベラの怒鳴り声に答えて、扉の外から槍や杖を持った兵士が十人ほど部屋の中になだれ込んできた。

「王女の部屋に忍び込んできた狼藉者だ。殺せ、殺してしまえ!」

 兵士達がすぐさま円陣を組んで男を取り囲む。どいつも王室警護の屈強な兵士に、トライアングル以上のメイジばかり。普通ならスクウェアクラスのメイジでも脱出不可能な陣形だったが、男は微笑みをそのままにしたまま、傘を開いて床に置いた。

「おお怖い……けれどわたくしもこの世に未練たっぷりな身の上、ここはひとまず失敬させていただきますね」

「逃げられると思っているのか、やれ!!」

 包囲陣から一斉に魔法攻撃が男に浴びせかけられる。しかし命中直前、男の姿は手品のように掻き消えた。

「なっ!?」

 空振りした魔法がぶつかり合って起きた爆発が部屋の空気を激しく揺さぶる。

 そして頭の上から、あの男の声が響いて頭上を見上げたイザベラの目は大きく見開かれた。

 男は広げた傘の上に立って、宙をふわふわと飛んでいる。

「ざーんねん。そのぐらいでは私は殺せません。けれど私は一度した約束は守りますよ。ではお姫様、しばしの間お待ちくださいませ」

「に、に、逃がすな!」

 再び幾重もの魔法攻撃が男を襲うが、男は当たる前にドロンと煙とともに消えてなくなってしまった。

 

「ほっほっほっ……ご心配に及ばなくとも、すぐに素晴らしいおみやげを持って帰りますよ……」

 

 何も無い空間からしてくる男の声が、だんだんと小さくなっていくのを、イザベラも兵士達もただ呆然と聞いているしかできなかった。

 

 その後、イザベラはサモン・サーヴァントの失敗を誰かに言うこともできずに、使用人やメイド達に当り散らし、昼食の豪勢な料理を味が気に入らないと兵士の顔に投げつけたりして、うさを晴らしていた。

 そして、やがてそれにも飽きると、イザベラは使用人たちを追い出し、自室で不貞寝をはじめてしまった。兵士たちの白い目に背を向けて……

 

「やれやれ……あの女のヒステリーも、どんどんひどくなっているな」

「まったくだ……シャルル様が生きていてくだされば、こんなことにはなっていなかったものを」

「だが、まだ我らにはシャルロット様がいる。あのお方は強い、必ずや近いうちに王座を奪回なさるだろう。そうしたらあんな可愛げのないガキ、知ったことではないさ」

 王女の寝室のすぐ前なのに遠慮の無い陰口をたたく侍従や兵士は一人や二人ではない。

 否、この王宮内でイザベラの味方をする者自体、すでに皆無といってよかった。彼女が王の娘として、このプチ・トロワに来たとき、簒奪者の娘として冷たい目で見る者はすでに多数いたが、親と子は別だと普通に接しようとした者もいた。魔法が使えないことにも、同情の目を向けた者もいた。

 しかし、それらのわずかな善意の人々も、イザベラ自身の傲慢さによって次々に彼女を見放していき、いまや作り笑い以外の笑顔をイザベラに向ける者は一人たりとていなくなっていたのだ。

「ちっ、いっそ火事でも起きねえかな、そうしたら魔法の使えないあんな小娘、簡単にくたばってくれるのに」

 そんなことになっているとも知らず、イザベラはベッドの上で毛布を蹴飛ばして高いびきをかいていた。

 

 

 だがこのとき、自他共に『無能』のレッテルを押されているはずのイザベラの魔力の真価の一端か、それとも単なる偶然か、奇跡が起きようとしていることに、本人も誰も気づいてはいなかった。 

 すでに誰もいなくなった魔法儀式の間で、チャリジャが現れたのと同じように次元の歪みが生じ、そこから一人の青年が投げ出された。

「うわーっ! いってー……どこだ、ここは?」

 その青年は、歪みから飛び出て部屋の中に落ちた後、部屋の中、そして窓の外の景色を見て目を丸くした。

「これは……おいおい、1965年の円谷プロの次は、中世のヨーロッパか? あいつめ、今度は何をたくらんでるんだ」

 その風体はどう見てもハルケギニアのものではなかった。全体的に白をベースに、グレーとレッドの混じった、強いて言うなら地球のジャンパーに近いようなそんなもので、胸にアルファベットでGUTSと記されたエンブレムがつけられている。

 彼は唖然とした様子でその風景を眺めていたが、扉の外から兵士の硬い靴音が近づいてくると、とっさに身構えた。まずい、こんなところを見られたらどう見ても不審者にしか見えない。この時代だと捕まったら死刑か? 火あぶり、それともギロチン台? 教科書やテレビで見た展開が頭をよぎるが、隠れるところなどない。

 あたふたしているうちに扉がきしんだ音を立てて開くと、現れた兵士達は予想通りの反応をした。

「だ、誰だ貴様は!?」

 すぐさま槍を向けてくる兵士に、彼は「怪しい者じゃない」と答えたが、この状況でその返事は逆効果なのは言うまでもない。

「賊が出たぞーっ!! ひっ捕らえろー!!」

「なにーっ!! この王宮に忍び込むとはいい度胸だ! 捕まえて火あぶりにしてくれる!!」

 たちまちあちこちから何十もの足音が地響きのように近づいてくる。

 目の前の兵士達も目を血走らせていて、とても話を聞いてくれそうな雰囲気ではない。命の危険を感じた彼は、唯一残った逃げ道である、窓から身を投げ出した。

「うわーっ!!」

 二階から落ちた彼は、運良く下が植え込みだったおかげと、普段からそこそこ鍛えているおかげでほとんど無傷で地面に降り立った。

 だが、兵士達は彼を追い詰めようとあちこちから集まってくる。彼は必死で走ると、広大な庭の植え込みの一角に身を潜めた。

 彼の隠れている植え込みのすぐ側から、追っ手の兵士達の話し声が聞こえる。

 

「いたか?」

「いや、こっちにはいない。変な白い服を着た奴だから、目立つはずなんだがな」

「ああ、賊にしては目立つ格好をしてたな……異国の奴かもしれんな、なにせあの王は最近怪しげな奴をよく招き入れているというしな」

「そうだな……なあ、よく考えたら真面目に探す必要無くないか、あれが暗殺者だったとしたら、むしろ望むところだろ」

「なるほど! 確かにそうだな。あの無能王と無能姫じゃ、狙われても助かるまいから俺達が責任を取らされる心配もないし、これでシャルロット様が戻ってきてくだされば万々歳だ」

「そうそう、じゃあさっさと戻ろうぜ。がんばれよ暗殺者」

 

 兵士達は、急激にやる気を失うと、あくびをしたりしながら去っていった。 

 彼はほっとすると同時に、自分が大変なところに迷い込んでしまったことを悟った。

「やれやれ……これはどう見ても現代じゃないな……仕方ない、夜までここで隠れてるか」

 先程の兵士達の様子から見るに、それほど真面目に警備をしてはいないようだ。それなら、夜になれば動きやすくもなるだろう。戦えないこともないが、無関係な人を傷つけたくない。

「はぁ……勝手に何日もいなくなって、後でイルマ隊長になんて言おうか……それにレナ、怒ってるだろうな」

 落ち着いてくると、元の世界に置いてきた仲間達のことが浮かんでくる。しかし、考えていても始まらないと、芝生に寝転ぶと、今までの疲れもあってやがて静かに寝息を立て始めた。

 

 

 そして、太陽が天頂から一傾きほど動くころ、爆睡中の王女の部屋に忍び込む影があった。

"ぐがー……ぐがー"

 蟻一匹入り込めないほどがっちりと固められた寝室に、その男は手品のように壁をすり抜けて入ってきた。

「おやおや、おねむの途中ですか、じゃあちょっと失礼いたしまして……はい」

 男は、ポケットから風船を取り出すと、ぷーっと息を吹き込んで膨らませて、それをイザベラの目の前で、針でつんっと突っついた。

 当然、彼女の目の前で十人くらいが一斉に手を叩いたような音がして、いっぺんに彼女は飛び起きた。

「ななな? なんだ、いったいなんだ!?」

「おはようございます。お姫様」

 ベッドから落ちかけてシーツにしがみつくイザベラの視界に、あの男の満面の笑顔が飛び込んできた。

「あっ、おおお、お前は、いったいどうやって入ってきた!!」

「ほほほ、この程度のセキュリティなど、特に問題ではありませんよ。それよりも、約束どおりおみやげを持ってまいりましたよ」

 男は、人のよさそうな笑顔を浮かべると、丁寧に包装された小箱を手渡した。

「お改めください。つまらないものですが、一生懸命探してまいりました一品です。さささ」

 その男のせかすような態度にイザベラは胡散臭いものを感じたものの、仕掛けを疑って臆病者呼ばわりされるのを嫌い、リボンをほどき、包み紙を解いて箱を開いてみた。するとそこには、子供の握りこぶし大の茶色く丸っこい塊が納まっていた。

「……球根?」

 それはまったく、何の変哲も無い球根であった。

「はい、綺麗な女性に一番似合うのはやっぱりお花ですからね。きっとイザベラ様にぴったりのお花が咲くと思いますよ」

「ざけんな! 花なんかあたしゃもう見飽きてるんだよ。それよりもさっさと死ね!」

 イザベラは衛兵を呼んで男を捕らえさせようとするが、やはり男は涼しい顔を崩さない。 

 怒った衛兵が攻撃を仕掛けても、ほほほと笑いながら軽くかわしてしまう。

 そして男は再び傘に乗ると、衛兵達などまるで最初からいないように、笑いながら窓の外に飛び出してイザベラに言った。

「いやあ、お気に召さなくて残念。ですが、それはあなたのために探してきた特別な球根、咲かせる花もまた特別なのですがねえ。仕方ありません、また来ましょう。ちょっと散歩してきましたが、ここは中々面白いです」

 男は、バイバイと手を振ると、またドロンと煙のように消えてしまった。

 だが、二度にわたってコケにされまくったイザベラは、怒り心頭で球根を握り締めると、渾身の力でそれを庭園の方へと投げ捨ててしまった。

「ふざけやがって……あたしは、あたしはガリアの王女だぞ……あの野郎、次は必ず殺してやる」

 タバサに似て、整った美しい顔立ちを醜く歪めて罵るイザベラの姿を、衛兵達が白い目で見ているのを、知らないのはその本人だけだった。

 

 

 一方、イザベラを屈辱に震わせた張本人は、追っ手を軽く煙にまいた後、スキップのような足取りで見張りのいない庭園の一角を歩いていた。

「ほっほっほっ……おや? あなたは」

 しかし、その前に、あの白い服の青年が立ちはだかった。

「おやおや……どうやらあなたも私のタイムワープに引きずられて、ここにやってきてしまったみたいですね」

「探したぞ……チャリジャ、1965年で怪獣を蘇らせた次は、今度はこんな時代で何を企んでいる!?」

 彼は腰のホルスターから銃を抜いて、チャリジャに向かって構えた。

「別に、わたくしも元の時代に帰ろうとしていたところを、ここに呼ばれてしまっただけですからね。気づいてませんか、ここは地球ではありません。よく似ていますが、別の星のようです。まあ、帰ろうと思えば帰れますけど、少々面白そうなのでもう少し滞在させてもらいます」

「そうはさせないぞ、また怪獣を呼び出して暴れさせるつもりだろう!」

「それはどうでしょうか? では、わたくしはまだお仕事が残っていますので、ここで失敬いたします」

「待て!」

 彼はチャリジャに向けて銃の引き金を引いた。だが、チャリジャはレーザーが当たる寸前に、また煙とともに消えてなくなってしまった。

「いったい、なにを企んでいる……」

 チャリジャのあざ笑う声が遠ざかっていく中、彼は呆然と日が傾き始めた空を見詰めていた。

 

 

 しかし、彼の心配は不幸にも的中していた。 

 その夜、月も山影に沈みゆくほどの深夜、犬を連れて警備巡回していた兵士が、庭園の片隅で芝生の中からぽつんと一輪だけ顔を出して咲いている赤い花を見つけた。見た目はチューリップに似ているが、それより赤みが強く全体的にとげとげしい雰囲気がある。

 おや、こんな花ここにあったかなと彼は不思議に思った。ヴェルサルテイル宮殿内の庭園はすべて専門の職人によって完全に管理され、一部の隙も無く人工的に作られた自然の理想郷を形成している。青々とした芝生の上に一輪だけ花が生えているなどありえなかったが、兵士はそれは自分の仕事ではないと、無視して行こうとした。だが連れている犬がその花を睨んで動こうとしない。

 どうした、と犬の鎖を引っ張ったけれど、犬は言うことを聞かず、その花に向かって吼え始めた。

「おいどうした。何の騒ぎだ?」

「いや、この犬が急に……」

 犬の声を聞きつけて、他の兵士達も集まってきた。

 目の前には相変わらず、見慣れぬ一輪の花しかない。だが、犬はそこに何か得体の知れないものがいるかのように吼えるのをやめない。

 そして、信じられないことが兵士達の目の前で起こった!

「! なんだあれは!?」

 一人の兵士が、芝生の間をすり抜ける蛇のようなものを見た次の瞬間だった。それは犬の前足と体に瞬時に巻きついて、大人ほどもある体格のその犬をすさまじい力で花の根元まで引きずっていき、まるで飲み込むように地面の下に引きずり込んでしまったではないか!

「う、うわわわぁぁぁ!!」

「花が、花が犬を食っちまったぁ!?」

 人食い花、このハルケギニアではそれはおとぎ話ではない。密林の奥深くに潜んで獲物を狙う食肉植物は図鑑にも確かに存在する。きれいな花だと思って獲物がのこのこ近づいてきたところを、地中に潜んだ本体が捕らえて捕食するのだ。

 過去にも、これによって全滅させられた探検隊や、枯れた食肉植物の中から大量の人骨が発見されたなどという、恐ろしい実例も報告されている。

 耳を澄ませば、獲物を捕らえる触手のようなツタが地面をはいずってくる音がまた聞こえる。

 兵士達は取るものもとりあえず逃げ出した。

「に、逃げろ喰われるぞ!!」

「た、助けてくれぇー!」

「俺達じゃ手に負えん、花壇騎士を呼べ!!」

 

 庭園の中に食肉植物が現れたという報告は、恐怖に震えた兵士によってすぐさま花壇騎士団へと伝えられた。

 これを受け、ガリア東花壇警護騎士団団長、バッツ・カステルモールは一個小隊を率いてただちに出動し、連絡のあった庭園の一角を封鎖し、目的の花を包囲した。

「あれが、そうか?」

「はい、あれの根元から突然ツルみたいなものが生えてきて、犬を絡めとるとそのまま引きずり込んでしまったんです」

 ガダガタ震えている兵士から話を聞き、彼を下がらせると、カステルモールは見慣れない形の花を睨みつけた。

 何故こんな場所に辺境にしか生息しないはずの食肉植物が現れただろうか? いや、それは後で考えればいい。それ以上にあれを野放しにして、万一繁殖でもされたら一大事、犠牲者が犬一匹のうちに始末してしまおうと決意した。

 それに、ここは悪いことに王女イザベラの寝室のすぐそば、騒ぎが大きくなって感づかれたら面倒だ。

「よし、全隊それ以上近づくな。とにかく、怪しいものは一応処分しよう。土、および風系統の使い手、前に」

 食肉植物にとって、地上に出ている花の部分はあくまで獲物をおびき寄せるための疑似餌、いわばチョウチンアンコウの触覚のようなものだ。焼こうが引っこ抜こうが、地下の本体を枯らせない限りいくらでもまた生えてくる。

 そこで、まずは土系統のメイジによって周辺の土を金属化して食肉植物の動きを封じるとともに、それを伝導体として風系統のメイジが雷撃を発射する風のトライアングルスペル『ライトニング・クラウド』で地下の本体を電撃で感電死させる。

 そうなると、さすが王宮警護の精鋭部隊、瞬く間に布陣を終え、団長の命令を待つだけとなった。

「ようし、一撃で仕留めろよ……『錬金!』」

 命令一過、五人の土メイジが目標の地面を一斉に鉄に変える。これで、食肉植物の武器であるツルが出てくることはない。後は、隊長以下の雷撃によってとどめを刺すだけだ。

「これまでだ……『ライトニング・クラウド!!』」

 カステルモールと、四人のメイジの杖の先から強烈な閃光と雷鳴を伴った太い電撃の束が、鉄と化した地面へと吸い込まれていく。一人一人でも強力だが、これだけ集めると本物の雷にも匹敵する威力となる。

 これにより、瞬時に鉄は電熱により赤熱化し、その直下にあるはずの食肉植物の本体も焼き尽くされて枯れ果てるはずであった。

「終わったな……我ら東花壇騎士隊の五連雷撃はミノタウロスすら瞬時に絶命させる。食肉植物ごとき、今頃は地中で炭と化しているだろう」

 そう、普通の食肉植物であったなら、そうなっていただろう……

 しかし、その植物の名はチグリスフラワー。これが持つ特性の恐ろしさを彼らは知らない……

 

 突如、東花壇騎士団の足元から突き上げるような衝撃が襲ってきたかと思うと、マグニチュード七以上ものとてつもない揺れが彼らを翻弄した。

「うわぁぁっ!?」

 メイジ達は突然のことに対処できずに、地面を転げまわった。

 だが、本当の恐怖はこれからだった。

 赤い花の生えていた場所を基点にして、地面に亀裂が走った。そこが盛り上がっていったかと思うと、そこから周り三十メイルを越えるかのような巨大な赤い花が現れたのだ。

「花の……化け物」

 東花壇騎士の団員達は口を揃えてそう言った。

 けれど、それは氷山の一角に過ぎない。土の中から、大木のように太いムチ、巨大な鎌、それとつながる爬虫類のような外皮を持った二足歩行の胴体、そしてその上に乗る鋭い牙の生えたワニのような頭……

 かつて地球でウルトラマンタロウを苦しめた宇宙大怪獣アストロモンスが出現した!!

 

「か、か、怪獣だぁーっ!!」

 

 アストロモンスは大きく遠吠えをあげると、庭園、花壇を踏み荒らし、腕のムチと鎌を振り回して暴れ始めた。

 さしものカステルモールをはじめとする東花壇騎士団も、これにはどうすることもできずに蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

 その様子を、離れた場所からにこやかな笑顔でチャリジャは見ていた。

「ははは、ヤナカーギーがやっつけられてがっくりきてましたが、こんな掘り出し物を見つけられるとはついてますね。いけぇーアストロモンス! 破壊だ、手当たり次第に破壊しろ!」

 チャリジャが傘を構えて念じると、その姿が奇怪な姿の宇宙人に変身した。

 

 深夜のヴェルサルテイル宮殿は一瞬にして阿鼻叫喚の巷に変貌した。

「なんだ、いったい何事だい!?」

 就寝中を轟音で叩き起こされたイザベラは、手近にいた使用人を捕まえて問いただした。

「に、庭に突然怪物が! あ、あれです!」

「なに? なっ、なんだいあれは!?」

 窓から入ってくる星明りに怪しくうごめく巨大なシルエットを見て、さすがのイザベラも愕然とした。

 怪獣は、両手のムチと鎌を振り回し、近づくメイジや飛竜などを次々と蹴散らしている。象に挑む蟻どころか、火中に飛び込む蛾のようだ。

「何してんだい役立たずどもめ、あんな怪物一匹仕留められないのかい!」

「そんな! 怪獣に人間が敵うはずがありませんよ!」

「なんだと! ……そうだ、お前今すぐにあの人形娘を呼び戻しな、あいつに仕留めさせるんだよ」

 使用人は、その命令とさえ言えないめちゃくちゃなイザベラの言葉に慄然とした。この王女の衣装を着た狂人は王宮の危機すら利用して、我等の本当の王女を殺そうとしている。

 彼が躊躇していると、イザベラはいらだったように言った。

「なにをしてるんだい、"ただちにリュティスに帰還しろ"それを届けりゃいいだけだろが、さっさといきな。それとも、お前の家族もろとも辺境で一生石炭掘りでもさせてやろうか?」

「はい……」

 彼は、血を吐くような思いで、命令を実行するために魔法人形の保管されている工房へ向かった。あそこはまだ破壊されていないし、重要施設だからメイジも残っているだろう。彼は心の中で血の涙を流してシャルロットに詫びながら走った。

「ちっ、まったくどいつもこいつも愚図め」

 走り去っていった使用人の姿を見送り、イザベラは不愉快そうに吐き捨てた。よく見れば城内にはもう誰もいない。すでに怪獣におびえて逃げ去ってしまっていたのだが、それを知らないイザベラは王女を放り出していったいどこに行ったのかと憤慨した。

 だがしかし、思慮の浅い彼女は、自分がこのあたりでもっとも目立つ建物の中に居ることを忘れていた。

 振り下ろされてきた巨木ほどの太さと長さ、そして重さを持つアストロモンスのムチがプチ・トロワの天井を直撃する。イザベラが自身の愚かさを悟る間もなく、轟音とともに城の天井が抜け落ち、周囲の壁が音を立てて崩れ始めた。

「ひ、きゃあぁーっ!!」

 イザベラは絹を引き裂くような悲鳴をあげて、その場にうずくまった。

 その上に、巨大な瓦礫が怒涛のように降り注いでくる……

 

 いまや、宮殿は完全にアストロモンスの遊び場と化していた。

 壮麗な大理石で作られたプチ・トロワも、怪獣の破壊力の前では砂の城同然だった。

 東、西、南、どの警護花壇騎士団もアストロモンスの暴虐を止めることはできない。中には無謀にも、この宇宙大怪獣に挑んでいった者もいたが、それはかつてベロクロンに挑んだトリステイン魔法衛士隊とまったく同じ運命を辿ることになった。

「団長、このままではヴェルサルテイル宮殿が……いえ、リュティスが滅んでしまいます」

 散り散りになった団員をなんとかまとめたが、カステルモールも破壊されていくプチ・トロワを呆然と見つめているしかできなかった。

「全員、城内の人間の避難を最優先に行動、これ以上犠牲者を増やすな」

「はっ……あの、姫……様はどういたしましょうか?」

「……」

 沈黙、それがカステルモールが花壇騎士全員を代表して示した雄弁かつ明確な回答であった。

「はっ、東花壇警護騎士団、これより宮殿内の避難誘導に当たります」

 彼らは、プチ・トロワとは反対の方向へと散っていった。

 

 だが、完全に瓦礫の山と化したプチ・トロワの中で、イザベラは奇跡的に生き延びていた。

 彼女のためにあつらえられた純白のシルクのネグリジェは、ほこりまみれで見る影も無い。それでもイザベラ自身は魔力の障壁に守られて、あの瓦礫の雪崩を切り抜けていた。万一の暗殺に備えるために、王族が常に身に着けている一度だけ持ち主の危機を救う魔法のイヤリングの効果だったが、それも役目を果たして砕け散った。

「わたしの……わたしの城が……誰か! 誰かいないのかい!!」

 大声で叫んだが、廃墟と化した周りからは誰の返事もなかった。

 しかし、その声を聞きつけたのか、重々しい足音がだんだんとイザベラのほうに近づいてくる。

 それと同時に星明りに怪しく光り、赤く毒々しい花弁を持つ巨大な花が闇の中からうごめく。アストロモンスが引き返してきたのだ!!

「ひ……ああーっ!!」

 悲鳴をあげ、裸足のままでイザベラは逃げ出した。

 瓦礫を掻き分け、芝生に飛び込み、必死で走るが大きな足音は背後からどんどんと迫ってくる。

 そのとき、逃げ遅れていたのか一人の使用人の姿を見つけて飛びついた。

「おいお前! わたしを背負って走れ!」

「なに! うるせえこの野郎!」

 その使用人はイザベラを突き倒すと、あっという間に走り去っていった。

「ぐっ……ち、ちきしょうが!」

 すりむいて毒づくイザベラだったが、アストロモンスは遠慮なく迫ってくる。振るわれたムチが彼女のかたわらの木々を五、六本まとめてへし折って、折れた枝や木の葉が降り注いできた。

 再び逃げ出そうとするイザベラ。その前に、逃げ遅れた者と見たのか、飛竜に乗った騎士が一人降りてきてくれた。

「おお、よく来た! さあ、早くわたしを乗せな」

「……ちっ」

 しかしその騎士は相手がイザベラだと知ると、舌打ちをして飛び去ってしまった。

「お、おいなんで行ってしまうんだ!! わたしを助けろ! ひっ、きゃぁぁっ!」

 逃げる、走って逃げるしかできない。

 足の裏は擦り切れ、体のあちこちからは血がにじみ、運動などほとんどしたことのない体は悲鳴をあげる。

 それでも、生きたい、死にたくないという思いだけが彼女を人のいる方向へと走らせる。

「誰か! 誰でもいいからあたしを助けろ! そうしたら貴族に取り立ててやるぞ!」

 泥まみれになった髪を振り乱し、出会う人間にそう叫びながらイザベラは走った。

 だが、彼女がイザベラだと知ると、誰もが顔をしかめて逃げていく。

 そして、ついに走る力も失って倒れこんだとき、最後に身近に残っていた執事らしき男の足首を必死に掴み、あるだけの威厳と権威を込めて言った。

「あ……たしを、安全な場所まで……連れていけ……」

 けれど、その男はぼろ雑巾のようになったイザベラを一瞥すると、乱暴にその手を振り払って一言だけ。

「死ね!」

 そう言い放って逃げていった。

 彼女は、その男の顔に見覚えがあった。毎日彼女に食事と菓子を運び、常に礼儀正しく、どんなわがままにも黙って従ってきた忠実な犬のような男だった。

 そして、イザベラの周りには誰もいなくなった。

 

 ……そうか、やっぱりみんなわたしをだましてたんだ……誰もわたしを助けてはくれないんだ……

 

 冷たい地面にはいつくばって、イザベラはようやく自分がとうに全てを失っていたんだと知った。

 もう、手も足も動かない。動かす気も起きない。

 怪獣はもう数歩歩けば、彼女を虫けらのように踏み潰していくだろう。

 自分が死んだら、誰もが笑って喜ぶのだろう。あの父は、恐らく涙ひとつこぼさないに違いない。

 死ぬことでのみ、人のためになれる。だったら自分という存在はいったいなんだったのだろうか……

「は、ははは、あはははは……」

 絶望の、乾いた笑いが口から零れ落ちてきた。

 アストロモンスの足の裏さえもう見える。

 地獄とは、どんな場所なのだろうか……そこに落ちた自分を、シャルロットはどんな目で見るのか。

 自然に涙もあふれてくる。

 あと瞬きひとつすれば、あの巨大な足は自分の上に覆いかぶさってくるだろう。

 イザベラは、目を閉じようとした……そのとき!!

「危ない!!」

 突如、誰かの腕が彼女を抱え上げ、そのまま間一髪のところで圧死から救い上げると、彼女を抱きかかえたまま駆け出した。

「あ、あんたは……?」

「しゃべらないで、舌を噛むよ」

 虚ろな意識の中で、イザベラはその誰かの顔を見た。

 見たことも無い白い服を着た、凛々しい顔つきの青年だった。

 

 彼は物陰にイザベラを下ろすと、泥まみれになった彼女の顔をハンカチでぬぐってくれた。

 そして、もう一枚ハンカチを取り出すと、それを幾つかに裂いて、彼女の手足の傷を覆って応急手当を施した。

「いいかい、ここから動いちゃいけないよ。すぐに助けがくるからね」

 うそだ、誰もあたしなんかを助けに来やしないと彼女は思ったが、その青年の言葉はなぜか安心できるものがあった。

「あなたの……名前は……?」

「……マドカ・ダイゴ」

 薄れゆく意識の中でイザベラの心に、手のひらに握らされた一枚のハンカチの感触と、その一言だけが残った。

 

 だが、イザベラの姿を見失ったアストロモンスは、その姿を捜し求め、遂に二人を見つけるや再び進撃を開始する。

 ダイゴは、眠り姫の体を壁に寄りかからせると、アストロモンスの正面に立ちはだかり、懐から先端が二股に分かれて、中央にクリスタルが埋め込まれた金色のスティックを取り出し、それを天に掲げて叫んだ。

 

「ティガ!!」

 

 眩い光が天を貫き、光が形となって顕現する。

 三千万年前の光の巨人の末裔が、時空を超えて降り立った!!

 

「エース……?」

「いや、違う……しかし、あの巨人もウルトラマンだ」

 

 

 続く


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