第91話
神鉄の乙女
誘拐怪人 ケムール人
殺戮宇宙人 ヒュプナス
策略宇宙人 ペダン星人
宇宙ロボット キングジョーブラック 登場!
「ダイナーッ!」
「ガイアーッ!」
「アグルーッ!」
三つの光が輝き、進撃する黒いキングジョーの前に三人のウルトラマンが立ちはだかる。
ルビアナとの交渉が決裂し、ついに両者は実力行使に打って出た。
不気味な黒いキングジョーに挑むのは、雪辱戦に燃える三人のウルトラマン。
対して、才人とルイズ、銃士隊の総力の前にルビアナは十数人のペダン兵士を率いて立っていた。
「皆さん、どこからでもかかっていらしてください。わたくしは逃げも隠れもいたしません」
悠然と立つルビアナに対し、才人や銃士隊は緊張で額に汗をにじませて包囲陣形を保っている。
警戒すべきはルビアナの持つ二丁の長銃。エレキングの胴体を一発でぶち抜いたあれを人間が食らったらひとたまりもない。
「どうしました? では、こちらからいきますよ」
動けない銃士隊に対してルビアナが先に動いた。二丁の銃が左右に展開され、閃光と轟音に続いてダンスホールの床が爆裂した。
「うわあぁっ!」
銃弾は床を爆砕し、一瞬で四、五人の銃士隊員が破片と爆風に吹き飛ばされた。
「くそッ、なんて威力だ!」
アニエスがたまらずに叫んだ。見た目はただのマスケット銃だというのに大砲のような破壊力。しかも、ルビアナは直接銃士隊員を狙わずに、爆風で数人まとめてなぎ払ってきた。それはつまり。
「気をつけろ! この女、戦い慣れているぞ」
「ええ、わたくしに遠慮なさることはありませんわよ。わたくしも本気で舞わせていただきますから、この首をかき斬るつもりでいらしてくださいませ」
軽く挑発したルビアナが言い終わったと思った瞬間、その姿が消えた。いや、銃士隊でさえ目で追えないほどの速さで跳躍していたのだ。
「はっ、速!?」
「ごめんあそばせ」
一人の銃士隊員の懐に一瞬で飛び込んだルビアナは、その隊員が剣を振りかぶった体勢から動く間さえ与えず、銃床を彼女のみぞおちに叩き込んだ。
「ぐ、はぁ」
一撃で骨が折れ、内臓がえぐられて、その隊員は白眼を剥いて倒れた。
なんという瞬発力だ。銃士隊員たちの中には、かつてツルク星人討伐に参加した者も混ざっていたが、あの星人よりも速いかもしれないと冷や汗を流し、そんな彼女たちを見てルビアナはにこやかに笑った。
「手加減は無用ですわよ。わたくしのことは、オーガやドラゴンのような化け物と思って攻めていらっしゃい。そうでなければ……みんな殺してしまいますわよ」
ぞっとするほど優しい言葉での死の宣告に、勇猛果敢な銃士隊の中に、恐怖が無音の合唱となって響き渡った。
その一方で、三人のウルトラマンと黒いキングジョーの戦いも、開始からいきなり容易ではない展開を見せていた。
「セヤァッ!」
「ドリャアッ!」
接近してくる黒いキングジョーに対して、アグルのハイキックとダイナの気合いパンチが同時に炸裂したが、黒いキングジョーは小揺るぎもしない。
〔いってえーっ! やっぱり固てぇ〕
殴ったダイナが手を抑えて痛がった。そんなダイナを見下ろして、アグルは呆れながら呟いた。
〔同じ失敗を二度するか? だが、前回はまともにやり合う余裕さえなかったが、やはりこいつのスペックは前に倒した奴と同等以上だ。我夢、油断するな〕
〔わかってる。恐らくこいつにはライトンR30も無効だろう。僕たちの地力で砕くしかない〕
〔おいお前ら、ちょっとは俺を心配しろ〕
アスカが抗議しているが、自業自得に構ってやるほど我夢も藤宮も暇ではない。いや、本当にそんな暇などないのだ。黒いキングジョーの右腕の大砲が動くと、その砲口をすっとガイアに向けたのだ。
〔我夢! 避けろ〕
「シュワッ!」
黒いキングジョーの砲口が火を吹き、間一髪で身を捻ったガイアの脇を掠めていった砲弾が、その後ろの見張り矢倉を粉々に吹き飛ばした。
いや、それで終わりではなかった。砲口はさらに機関銃のように火を吹き、ガイアとダイナに次々に着弾したのだ。
「ヌワァッ!」
「グウッ!」
避けたと思っていたところに弾丸を撃ち込まれ、ガイアとダイナは吹き飛ばされ、そこにさらに弾丸が降り注ぐ。凄まじい弾幕だ。
だが、照準から外れていたアグルが二人を助けようとキングジョーの大砲に組み付いた。
「ドウァッ!」
力づくで砲口を上に向けさせて照準を狂わせ、ダイナとガイアを救い出す。しかし、キングジョーは軽く腕を降るだけで簡単にアグルを振り払ってしまった。
砲口が今度はアグルを狙い出す。だがアグルは素早く右手からアグルセイバーを引き出し、キングジョーの蛇腹状になっている腕の間接部へと降り下ろした。
「デヤァッ!」
あらゆるものを切り裂く光刃が狙い違わず間接部に食い込み、すり抜けた。だが、鈍い金属音が響いた後に、苦悶の声を漏らしたのはアグルのほうだった。
〔ぐうっ、やはり関節も強化されているか〕
バットでアスファルトを叩いた時のように、腕がしびれるのみで相手側には傷ひとつついていない。
なんという固さだ。ガイアとダイナも弾幕から解放されて起き上がって来ているが、黒いキングジョーは頭部と胸部のランプを明滅しながらかすり傷ひとつなくそびえ立ち、まだ戦い始めたばかりだというのに肩で息をしているのは三人のウルトラマンのほうだった。
〔こいつ、シンプルに強い……〕
ダイナが吐き捨てるように呟いた。パワー、防御力、火力、キングジョーはまだそれだけのスペックしか見せていないが、それだけで三人のウルトラマンと渡り合う実力を見せている。
するとそこへ、からかうようにルビアナの声が響いた。
「フフッ、あなた方も手加減は無用ですわよ。その子、キングジョーブラックは、あなた方が先に戦ったキングジョーと同じ形をしていますが、能力はまったく比較にならないレベルにあります。フフ、ペダン星でも私の残したプロトタイプからずいぶん進歩させたようですが、まだまだオリジナルのこの子に追いつくにはあと数千年はかかりそうですわね」
〔なんだと! ってことは、キングジョーってやつは元々は〕
「ええ、私がかつて設計開発したものです。ですから、この子たちについて、私はすべて知り尽くしています。さて、あなた方も、人類の守護者を名乗るのでしたらこの子を倒して見せなさい。大丈夫、その子の右腕のペダニウムランチャーは山をも砕く威力があるという程度ですから」
なにが大丈夫だとアスカは怒鳴りたくなった。あのキングジョーの強化形態だというだけで十分すぎるほど脅威だ。前回、通常のキングジョーを倒すだけでどれだけ苦労させられたと思っているのだ。
ダイナがかつて戦ったことのあるロボット怪獣の中でキングジョーに匹敵するものといえば、一度は完敗させられた電脳魔人デスフェイサーがまず思い付くが、キングジョーにはあれほどの火力はない反面、装甲が薄い箇所などの弱点もなかった。そんなキングジョーに火力まで追加されたとなればたちが悪いどころの話ではない。
けれど、だからといってウルトラマンがおじけずくことは許されない。なにより、今回は最初から頼もしい仲間がいるのだ。
〔へっ、いいぜやってやるよ。その分厚いバックスクリーンにボールをめり込ませてやろうじゃねえか〕
〔アスカ、君ピッチャーだったよね〕
アスカが自分の存在意義全否定なことを言うのに我夢が呆れながら突っ込んでいるが、細かいことを気にしないのがアスカの流儀だ。
はるかな強敵であるキングジョーブラックに対して、恐れを知らずに構えをとるダイナと、その隣でやれやれというふうに合わせるガイア。二人とも気負いはまったくなく、この強敵を相手にどう立ち向かおうかと、それだけを考えている。
その一方、一歩引いたところでアグルはたたずみ、ダンスホールの中から見上げてくるタバサと目を合わせていた。
〔好きにすればいい。俺たちはこの世界の脅威が俺たちの世界に流れ込まないようにするために来ているから、お前の家のことには関われん。だが、お前がこの世界ですべきことはそれだけではないはずだ〕
「……」
タバサは胸に罪悪感を抱きながら、ぎゅっと杖を握り直した。
“今、この場でわたしがやるべきこと……”
みんなに迷惑ばかりかけている。今回のことだって元はといえば自分のせいだ。なのに、藤宮も我夢も怒りもせずに自分に合わせてくれている。
それでも、今この場で自分にできること。
タバサは目を開けてダンスホール内の惨状を見渡した。すでに十人近い銃士隊がルビアナに倒されて横たわっている。
「どうしました? まだわたくしの体にはかすりもしていませんわよ。これではダンスにもなりませんわね」
余裕の笑みを浮かべるルビアナを、アンリエッタやアニエス、それにルイズや才人らは苦々し気に睨みつけていた。
ルビアナの言う通り、彼女は銃撃をほとんど使わずに体技だけで銃士隊を次々に仕留めていた。銃士隊は伊達に近衛隊を任されているわけではなく、白兵戦となれば国内に並ぶもののないほどの手練れで構成されているにも関わらずである。
今、銃士隊の半数はルビアナと対峙し、後の半数はペダン星人兵と戦っている。幸いあちらのほうは衝撃銃と防護服を着ている以外は銃士隊でも十分渡り合える実力しかなかったが、とにかくルビアナ本人が別格だ。
だが、烈風カリンならば真っ向勝負で対抗できるかもしれない。それに城内には手練れの魔法騎士が舞踏会の警備のために、まだ何百人もいる。しかし、その烈風や魔法騎士たちは突然城中に現れたヒュプナスの大群との激闘に引きずりこまれていた。
『ウィンドブレイク!』
カリーヌの放った風の魔法がヒュプナスを数匹まとめて吹き飛ばした。しかし、ヒュプナスは上空の円盤から次々と送り込まれ、倒しても倒してもきりがない。
いや、カリーヌひとりならなんとでもなる。しかし、城には文官の貴族や各国から招いた貴賓も大勢おり、カリーヌが一人だけで無理をするわけにはいかず、今もマザリーニ枢機卿の護衛から離れられずにいた。
「烈風殿、私はよいからどうか陛下のもとへゆかれてくだされ。こんな老骨、どうなってもかまいませぬ」
「なにをおっしゃるマザリーニ殿。あなたにはまだ当分は老骨に鞭を打ってもらわねば困ります。あなたが陛下にお伝えすべきことは、たった数年で全部終わってしまうほど少なくはないでしょう」
このやせぎすな老人が、どれほどトリステインにとって重要な要かを理解している者はそう多くはない。しかし、理解している一人として、カリーヌはこの老人を怪物の毒牙などにかけるわけにはいかなかった。
しかし、ヒュプナスの相手は本来熟練の騎士でも簡単なものではない。城の各所では精鋭の魔法騎士たちが全力で戦ってこれを撃破し続けているものの、その鋭い爪にかかって倒されてしまう者も少なくはなく、戦況は予断を許さないばかりか、ダンスホールからやっとの思いで避難してきたベアトリスやキュルケたちも巻き込まれていた。
「いやああ、来ないでええぇぇ!」
「こら! 敵に背を向けたら殺してくれって言ってるのと同じよ。わたしから離れないで、ちゃんと杖を持ってなさい。まあわたしもたまには先輩らしいところも見せないとね。『フレイム・ボール!』」
キュルケの放った火炎弾が一匹のヒュプナスを飲み込むが、さらに飛び込んできた別のヒュプナスに対してエーコ、ビーコ、シーコがベアトリスをかばいながら魔法を打ち込んだ。
二体のヒュプナスが折り重なって倒れ、ベアトリスたちはほっとする。しかし、キュルケは火の系統ゆえに戦場の熱気がまだ収まっていないことを感じ取っていた。ベアトリスたちを守りながら戦い続けるのは無理だ。いったん彼女たちを安全なところまで送り届けなければいけない。
”ルイズたちは大丈夫かしら?”
本当ならダンスホールに引き返したいが、戦い慣れていないベアトリスたちを置いていくわけにもいかない。キュルケはルイズたちなら心配はいらないわねと思いながらベアトリスたちを連れて城門を目指した。
外では三人のウルトラマンとキングジョーブラックの戦いが続いている。三人のウルトラマンは相手の動きの鈍さに救われて互角に渡り合えているように思えたが、キュルケには相手のあまりの硬さに三人が攻めあぐねているように見えてならなかった。
「ウルトラマンが三人もいてやっと互角って、どんな怪物よ。これ以上悪いことが起きなければいいけど」
いったい何が起こっているのかキュルケは知らなかったが、すごく悪いなにかが今起きていることだけは感じていた。
本当にルイズたちは大丈夫だろうか? こんなときにあの子がいたら……キュルケは無意識に思いながら先を急ぐのだった。
戦場と化してしまったトリステイン宮殿。その中心であるダンスホールでは、ルビアナが銃士隊をあしらいながら常と変わらぬ笑顔を見せている。
「皆さん、もうお疲れですか? せっかくのパーティだというのに、期待外れなら、早々に打ち切らせていただいても……あら?」
その時、銃口をアニエスに向けようとしていたルビアナを無数の氷の矢が襲った。だがルビアナはさっと飛びのいて自分に魔法を放ってきた相手を見て微笑み、そしてルイズはその相手を見て驚きの声をあげた。
「タバサ、あんた!」
「あらあら、お姫様もダンスに参加ですか。どうぞ、歓迎いたしますわ」
「当面の敵はその女。加勢する」
タバサは杖を構えながら言い放った。自分はこの場では部外者に近いが、それでも仲間の危機を見過ごすことはできない。
しかし相手は、完全に不意を突いたと思った今のウィンディ・アイシクルも余裕でかわしてしまった。油断はできない。
「でもわたしひとりでは荷が重い。ルイズ、自慢の爆発魔法はどうしたの?」
「誰の自慢が爆発魔法なのよ! しょうがないじゃない。狙いを定めると、ルビアナはちらちらこっちを見るんだもの。まるで背中に目があるみたいだわ。って、なんで見ず知らずのあんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ」
「背中に目がある……案外、冗談じゃないかも」
ルイズの錯乱に関わらず、タバサは呟いた。今の攻撃は完全に虚を突いたはずなのに避けられた。勘がいいというレベルの話ではない。
それはミシェルも同じで、隊員たちがやられそうになる度に魔法で援護しようとしていたが、ルビアナは絶妙なタイミングで牽制してくる。これでは連携できない。さらに才人もで、ルイズの爆発魔法でルビアナが体勢を崩したところを狙おうと構えていたが、そのチャンスをことごとくつぶされて焦っていた。
それというのも、ルビアナの持つ二丁の銃が問題だ。エレキングを一撃で殺した威力は全員の目に焼き付いており、どうしても懐に飛び込むのに躊躇してしまう。すると、皆の視線が銃に集まっているのに気が付いたルビアナが微笑んできた。
「おやおや、皆さん、恐れを知らない勇猛な戦士でしょう。そんなにこの銃が気になりますか?」
言ってくれる、と誰もが思った。あの銃は見た目はただのマスケット銃だが、弾丸は当たれば軽々と石の床をえぐり、特殊な素材でできているようで剣と打ち合いをしても傷一つついていない。おまけにどれだけ撃っても弾切れになる気配さえない。
あの銃がある限り、接近戦でも間合いを開けてもルビアナに隙はない。いったいあれはなんなんだと皆が思うと、ルビアナは片方の銃を掲げて語り始めた。
「気になるようなら教えて差し上げましょう。これは、わたくしの趣味で古風なデザインにしてありますが、わたくしの自信作で、キングジョーブラックのペダニウムランチャーを手持ちサイズまで小型化させたものです。当然、威力はこのとおり」
そう言うと、ルビアナは一丁の銃口を外に向けて引き金を絞った。たちまち十数発の弾丸がはじき出され、外で戦っているダイナに襲い掛かって爆発した。
「ヌワアァァッ!?」
突然背中から銃撃を受けてダイナが大きく吹き飛ばされた。当然、ダイナはなにが起こったのかわからないというふうにキョロキョロしていたが、ルビアナに撃たれたことに気が付くと猛抗議してきた。
〔この野郎、いきなりなにしやがるんだ!〕
「失礼、お三方の中でこういう役を任せられるならあなたしかいないと思いまして。地球ではこういうことを、芸風と呼ぶのでしたかしら?」
〔俺は芸人じゃねえっての!〕
だがアスカの抗議に対してはっきりと賛同できる者はいなかった。なんというか、アスカがクイズ番組とかに出演したら珍回答を連発して人気者になりそうな、そんな妄想さえなぜか浮かんでくる。
けれど、そうしてのんきに話していられるほど現状は優しくはなかった。
「ああ、そういえば後ろにはお気をつけなさって」
「ムッ? グワァァッ!」
〔アスカ!〕
ダイナが気を取られた隙に、今度はキングジョーブラックのペダニウムランチャーが唸ってダイナを襲ったのだ。
またも無防備なところに直撃を受けて倒れ伏すダイナ。背中から煙を舞わせながら、苦しい声が漏れる。
〔ぐ、ぐぅぅ……お、同じ威力だと……〕
「ええ、だから言ったでしょう? ペダニウムランチャーを威力をそのままで小型化したと。当たるとウルトラマンさんたちでもちょっと痛いので、皆さんも当たらないように気を付けてくださいませ」
親切そうにとんでもないことを言うルビアナ。怪獣の武器を性能を保ったままで手持ちサイズに縮めるとは恐るべき科学力だ。もちろん、そんなものを人間が食らったらひとたまりもなく、銃士隊は弾丸が自分の体にめり込んで胴体や手足をもぎ取っていく様が脳裏に浮かんで背筋を震わせ、戦いを静観しているコウモリ姿の宇宙人も「この間はそんなものを私に撃ち込もうとしていたのですか……」と、戦慄していた。
するとさらに皆の不安をあおるようにルビアナは続けた。
「それからもうひとつ。弾切れを待とうとしても無理ですよ。これのペダニウム弾頭弾はナノサイズにミクロ化させて詰め込んであるので、ざっと百万発は連射できます。あえて困難に挑戦したいというなら止めませんけれど」
無邪気に絶望を振りまくルビアナ。外では、ダメージを負ったダイナをかばうようにガイアとアグルがキングジョーブラックへと攻勢をかけているが、ふたりのパンチもキックもキングジョーブラックにはやはり通用せず、反撃の糸口はまだどこからも掴めないでいた。
その上、もしキングジョーブラックが危なくなればルビアナが援護射撃をしてくるだろうので、後ろにも気を配らねばならないのは大きなハンデになる。もちろんそうならないためにも人間たちの手でルビアナを止めなければならないのだが、彼女はたった一人で悠々とこの人数を翻弄している。ルビアナの周りには倒された銃士隊員たちがうめいていて、ルビアナはそんな彼女たちを見渡して笑いながら言った。
「でも、そろそろ舞台が狭くなってきましたね。その前に疲れた方々には退場していただきましょう」
そう言ってルビアナが指を鳴らした瞬間だった。床に倒れていた銃士隊員たちが、ふっと溶けるようにして消えてしまったのである。
むろん、アニエスやミシェルの顔色が一気に変わる。そして先に感情を爆発させたのはミシェルだった。
「貴様! わたしの部下たちをどうした!」
その問いかけに対してルビアナは答えず、代わりにルビアナの傍らに細長い頭と触角を持った宇宙人が現れた。
「ルビアナ様、ご命令通りにあの者共は転送完了しております」
「ご苦労様。では引き続いて、戦闘不能になった方々の処理をお願いしますね」
その宇宙人にミシェルとタバサは見覚えがあった。むろん才人も、その知識の中から対象を即座に見つけ出して叫んだ。
「ケムール人!」
「あらご名答。私の友人に彼らがいるということはすでに伝えてありましたよね。戦えなくなった方は、彼らの手で舞台上から退場していただきますから舞台が手狭になることはありませんわ。ご心配はいりません。安全なところで手厚い治療を受けていただいています。それから、健在な方には手を出させませんのでご安心を」
つまり、全員が消されてしまえばゲームオーバーということか。しかも、ケムール人のリーダーに続いて、槍で武装した十名ほどのケムール人兵士までもが出現してきたではないか。
「我々も加勢させていただきたく願います。生え抜きの戦士を選んで参りましたゆえ、必ずや、お役に立ってご覧にいれましょう」
「ではご好意に甘えさせていただきますわ。でも、皆さんお年なのですから無理はしないでくださいね」
「ははっ」
ケムール人兵士が散開し、銃士隊との白兵戦が再開された。ケムール人の素早い動きに銃士隊も翻弄され、また何人かの銃士隊員が倒されて消されていく。
そしてケムール人兵士の一人がルイズを狙ってきた。才人はとっさにその前に立ちふさがってデルフリンガーでケムール人兵士の槍を止め、力づくで押し返しながらルビアナに向かって叫んだ。
「ケムール人も手下にしてやがるってのは本当だったのか。だけど、どうやってケムール人を手なづけやがったんだ?」
「簡単なことです。よく働いてくれたら、お礼に永遠の若さを得る方法を教えて差し上げると約束しただけですわ」
なんでもないことのように言うルビアナに、一同は背筋が震えるのを感じた。人類の永遠の命題をそうも容易く。だが、ルビアナならできる。
才人と鍔ぜりあっているケムール人は、血を吐くように言った。
「我らケムールの種は老化し、滅亡の危機に瀕している。なんとしてでも、あのお方から若返りの秘術を教えてもらわねばいかんのだ」
「そんなもん、体よく利用されてるだけに決まってんじゃねえかよ」
「そんなことはない! あの方は、老いさらばえ、一縷の望みをかけて人間狩りにやってきた我々に手を差しのべてくれたばかりか、再び生きる目標を与えてくれた。なにより、あの方は、我々も含めて一度も約束を破ったことはないのだ」
そのケムール人兵士は、才人にもわかるくらいに声がしわがれて聞こえ、相当な高齢であることが察せられた。
ケムール人が、才人たちもかつて会ったことのあるワイルド星人と同じように、種として老化して滅び行く宇宙人だということは才人も聞いたことがある。かつてケムール人はそのために地球人の若い肉体を狙って襲来したことがあるが、このハルケギニアでもそれをしようとしていたのを止め、なおかつ前向きに生きる希望を与えたのだとすれば、ルビアナは二重の意味で救世主ということになる。
これが、ケムール人の忠誠心の理由か。才人はルイズを庇いながらケムール人を押し返すと、まだ呆然として戦いを傍観しているギーシュに向けて怒鳴った。
「おいギーシュ、お前いつまでボーッと見てるんだよ! お前も戦え」
「い、いや、でもやっぱりぼくは……」
ギーシュはまだ、自分がどうすべきか迷っていた。モンモランシーもギーシュの傍らで、成り行きを見守るしかできないでいる。
「いい加減にしろ! いつも言ってる女王陛下への忠誠はどうしたんだ? 相手はもう億歳越えのババ、どうわぁあぁっ!?」
その瞬間、才人の周りが爆発した。数十発の弾丸が叩き込まれ、才人は火花と粉塵に包まれたと思った次の瞬間に、立っていたわずかな床を残したクレーターの中に樹上に取り残された子猫のように腰を抜かしていた。
そして、そんな才人にわずかにほおをひきつらせたように見える笑顔を向けるルビアナは、硝煙をあげる二丁の銃を下ろして告げた。
「才人さん、レディに向かって言っていいことと悪いことがあるんですわよ」
「な、ななな、なんだよ。お、おれはただ本当のことを言っただけじゃねえか!」
涙目になりながら抗議する才人だったが、アンリエッタやアニエスら銃士隊、ギーシュやルイズたちも含めて全員が才人に白い目を向けていた。
「いや、今のはサイトが悪い」
全員に同時に断言され、なお涙目になる才人の耳を激怒したルイズが引っ張ったのはそのときだった。
「このバカ犬! 今日ほどあんたをバカだと思ったことはないわ。そんなんだからあんたはもうミジンコ、ゾウリムシ、廃棄物以下なのよ」
「ル、ルイズ、今こんなことしてる場合じゃ」
「うるさい! 今日という今日はあんたを去勢してやるから! それでちょっとは女心がわかるようになるでしょ」
久しぶりに本気で切れたルイズが才人をひきずっていく。そんな二人を一同が呆れながら、タバサでさえゴミを見るような目で見送ると、ルビアナははぁとため息をついた。
「あらあら、少しお説教してあげようかと思ったのに、仲のよいことですね。あら?」
そうして振り向いたルビアナの背後から一陣の塵風が襲い掛かった。豹のような俊足で床を蹴り、上段に振りかぶったアニエスの剣が光り、ギーシュの悲鳴が響き渡る。
「ルビアナーっ!」
だがアニエスは容赦なく、ルビアナの背後から、その首筋へ向けて剣を降り下ろし、鈍い音が流れた。だが……。
「あらあら、少し油断してしまいましたわ」
「ば、バカな……切れん!?」
なんと、アニエスの剣は確かにルビアナの肩口に当たっていたが、その切っ先はドレスをわずかに切り裂いたのみで、ルビアナの皮膚にはまったく食い込んでいなかったのだ。
愕然とするアニエスとギーシュ、振り払おうともしないルビアナ。だがそのとき、今度はセリザワがナイトブレードで切りかかってきて、ルビアナはその斬撃を無造作に腕で受け止めてみせた。
「まあ、あなたも隙をうかがっていらしたのね。抜け目のない方」
「この手応え……やはり、貴様、サイボーグだったか!」
セリザワが吐き捨てると、ルビアナは身をひねってアニエスとセリザワを弾き飛ばしてしまった。
乱れたドレスを直し、無傷で立つルビアナ。アニエスも体勢を立て直していたが、弾かれて痺れる腕を震わせていた。
「くそっ、この剣には、鋼でも切り裂ける魔法がかけられているはずだぞ。さいぼおぐ? なんのことだ?」
「サイボーグ。生身の体を機械に置き換えた人間のことだ。奴が不老不死なのも当然だ。はっきり言えば、あの女の体の中には血肉ではなく鉄が詰まっている」
セリザワも戦慄しながら告げると、アンリエッタや銃士隊の中にも動揺が走った。つまり、ルビアナは一種のガーゴイルだというのか? あの、人間離れした力もそのためであると。
すると、ルビアナはアンリエッタらを見渡しながら、懐かしむように語り始めた。
「もう遠い昔のことになりますわ。わたくしの本来の体は、ペダン星を出たときの戦いで壊れてしまいましたの。以来、私はこの体に命と心を移し代え、生きてまいりました」
「自分自身までも、作り物に変えてしまったというのですか、あなたは!」
「そんなに驚かれることはないでしょう。あなた方の世界でも、大怪我をしたときには目や鼻、皮膚や臓器を作り物で代用することはすでにやっていることでしょう? それに、私のこの姿は、私が生身だった頃の姿を寸分違わぬよう再現したものです。私にとっては、生身だったころも今の自分も変わりありません。大切なのは、体に宿った心のほうではありませんか」
平然と、整然としたその言葉に、アンリエッタもそれ以上言うことができなくなってしまった。
しかし、ルビアナはギーシュとモンモランシーに向き合うと、寂しげな表情を見せた。
「けれど、できればギーシュ様とは同じ血の通う体で手を取り合いたかったとも思いますわ。ギーシュ様、こんな人形のような体の女で、嫌いになられましたか?」
悲しく問いかけるルビアナに、ギーシュはぐっと立ち上がって、改めてルビアナの顔を見つめた。
美しい……金糸のような髪をなびかせ、精巧な人形のようでいて、柔和な優しさもたたえた完璧な笑みがそこにある。初めて見たときから、まるで人形のようだと思っていたが、まさか本当に作り物だったとは……だけど。
「ルビアナ、ぼくは言ったよね。君がなんであっても、ぼくは君を信じると。見掛けがどうであっても、ぼくは君が美しい心の持ち主だと信じているよ」
「ありがとうございます。けれど、私はひとつギーシュさまに謝らねばならないことがあります。私はギーシュさまに、何一つ嘘を申してはいないと言いましたが、実はひとつだけ嘘をついておりました。私は目が悪いのでいつも眼を閉じていると申しましたが、実はよく見えているのです。ただ……」
そう言って、ルビアナは固く閉じていたまぶたをゆっくりと開いた。しかし、その下から現れた彼女の目の姿にギーシュは息を呑んだ。
「ひ、瞳が……ない」
ルビアナの眼球は黒曜石のように黒一色で、瞳はなく、小さな光が明滅する異様なものであったのだ。
その不気味な風貌に、モンモランシーやアンリエッタも悪寒を感じ、銃士隊も思わず後ずさる。だが科学者であるヒカリと一体になっているセリザワはルビアナの目の秘密を見抜いていた。
「レーダーアイか」
「正解です。この目のおかげで、私は右や左に後ろもいっぺんに見られるほか、姿を隠した相手でも察知することができます。ご覧の通り、醜いものであるので普段は目をつむって隠していますけれどね」
そこまで言うと、ルビアナは再びまぶたを閉じていつもの顔に戻った。
「ごめんなさいギーシュさま。この目のことだけはお見せしたくなかったのですが、これで私があなたがた人間とは違うということをわかっていただけたでしょう」
「う、うん、正直びっくりはした。でも、ひとつ答えてほしい。君ほどの力があるなら、生身の体を取り戻すこともできるだろうに、どうして作り物の体のままでいたんだい?」
「ギーシュさま、わたくしたちが旅をしてきた宇宙とは厳しい世界なのです。鉄をも蒸発させる超高温、涙も凍り付く絶対零度の場所が無数にあり、恐ろしい怪物たちも数多く潜んでいます。わたくしには、そんな脅威から共に星を脱出した仲間たちを守る義務があったのです。そのため、あえて私は生身の体を捨てたのです」
「それじゃあ、あなたの仲間たちもみんな何億年もそうやって旅をしてきたのかい?」
「いいえ、その頃から生きているのは私だけで、今の仲間たちは当時の仲間たちの子孫です。この体でいるのは私だけですわ」
つまり五億年以上も、ずっと一人で仲間を守りながら生きてきたというのか。ギーシュは心の底から戦慄し、とても自分にはできないと思った。そして、それほどの人が、どうして自分を”好き”と言ってくれたのだろう。
「ルビアナ、君が生きてきた時間の中では、ぼくよりも素晴らしい男性と会えることもあっただろう。しつこいかもしれないけど、なぜぼくを?」
「ふふ、私も何度も言いますが、わたくしの理想のタイプがギーシュさまだったのです。体は捨てても、女であることは捨てていませんわ。どれだけ時を重ね、兆や京の殿方を見てきても、ギーシュさまはこの世でたったひとりの存在です」
「ルビアナ……ぼくは非常に感動している。今なら歴史に残る傑作の愛の詩を百通りも書けそうだ。君の体が冷たい鉄であろうと、ぼくのこの手で温めようじゃないか」
「ぜひお願いします。けれど、私の体は大半が人工物に代わっていますが、生身の部分が残っていないわけではありませんのよ。たとえば、わたくしのここにギーシュ様のエキスを注ぎ込めば、赤ちゃんを作ることもできますわ。ふふ、試してみますか?」
スカートをたくし上げる仕草をするルビアナの前で、ギーシュがタコのように赤面したのは言うまでもない。
モンモランシーはそんなギーシュに、偉そうなことを言うくせに初心なんだからと呆れた。それにルビアナに対しても、どこまでも完璧なルビアナに唯一欠点があるとしたら男の好みだとも思った。もっともそれは自分にもブーメランなのが腹が立つが。
ただ、モンモランシーはひとつ心にひっかかっていることがあった。ルビアナが、理想とする光の国を作ろうとしているのが本当だとしても、それだけのために悠久の時を生き続けられるものだろうか。もちろん、仲間のためだということも嘘ではないだろう。それでも、同じ女性として、ルビアナの中にはこれまでに語られたものとはまた別の何かがあるような感じがした。
しかし、ルビアナはある一面においては厳しかった。いたずらっぽさを浮かべていた表情を引き締めると、ギーシュに対して問うたのだ。
「ですがギーシュさま、わたくしを信じてくださるということについてはよくわかりました。ただ、あなたはこれからどうしますか? わたくしの味方として私を守りますか? それとも貴族の義務に従い私を討ちますか?」
「い、いや、ぼくは女王陛下と君との争いを止めたい。どちらかを選ぶなんて」
「いいえ、話し合いで収まらないからこそ今こうして我々は戦っているのです。ギーシュ様も立派な貴族の子、頭ではわかっているのでしょう? 選ばなければいけないどちらも大切なものでも、選ばないで済む方法を探すというのは時には逃げでしかないのですよ」
ギーシュは絶句した。確かに、もしこれが他人ごとならば、女王陛下の臣としてたとえ肉親とでも戦うのが正しいと威勢よく言っていただろう。ギーシュは自分の未熟さを恥じたが、決断の言葉はどうしても喉から出てこなかった。
けれど、事態は語り合う時間をいつまでも与えてはくれない。
キングジョーブラックはなお暴れ続け、三人のウルトラマンは健闘を続けるも追い詰められている。また、城のあちこちでも、王宮騎士とヒュプナスとの戦いは続いているが、いくら烈風や腕利きの騎士が揃っているとはいえ、数の力に押されつつある。アニエスは焦燥感に迫られて叫んだ。
「くそっ、何をしているお前たち。包囲して隙を誘え! この世で倒せない者などない」
「ギーシュ様……わかりました。傍観もひとつの選択ですね。すみません、ダンスのお誘いが来てしまいましたので、お話の続きはまた後で」
戦闘は再開された。しかし戦況はまったく好転することはなく、相変わらずルビアナは余裕のままだ。
なんとしても、全体を統括しているルビアナを止めなければじり貧で負ける。だが銃士隊の実力ではルビアナを止められず、アンリエッタはついに禁じ手にしていたあの魔法を使う覚悟を決めた。
「ウェールズ様、わたくしは友として認めた方をこの手にかけなければなりません。こんな罪深いわたくしを、あなたはお許しになってくれますか?」
「アンリエッタ、僕らはもう小さなことをいちいち伺う仲じゃない。だけど、それは君の力だけでは無理だろう。僕も正直、あの方には為政者として学ぶことが多くあった。そして僕らが、あの方に力を示せるとすればこれしかない」
ウェールズも杖を持ち、アンリエッタと合わせる。普通の魔法ならば避けられるか耐えられる、しかしこれならば少なくともルイズの虚無に次ぐ威力がある。
あとはどうにかして隙を作るか。だが、自らのすべきことをわかっている戦士たちは、すでに戦いに望んでいた。
銃士隊の包囲陣を利用してタバサが杖を振るう。
『ウィンディ・アイシクル!』
『エア・カッター!』
氷の散弾で隙を作ってからの空気の刃による二段攻撃。だがルビアナのペダニウムランチャーの銃弾はエア・カッターを正面から粉砕し、さらにタバサをかすめていった。
だが銃士隊もアニエスに叱咤されて、気力を振り絞って立ち向っていく。
「足を攻めろ! 倒せずとも動きを封じるんだ」
大型の幻獣を仕留めるときなどは、まず動きを止めることから始めるものだ。身動きさえ止めてしまえれば、ドラゴンであろうと料理する手はある。そしてルビアナは明らかにドラゴンより格上の相手だと、アニエスやミシェルは判断した。
固定化の魔法で強化した鎖を使っての捕縛が試みられる。オークやトロルでも身動きできなくなる強度の鎖がルビアナの足に巻き付き、やったと思われた瞬間にルビアナの銃が火を吹いて鎖を切断し、さらに破片が散弾となって二人の隊員を打ちのめした。
しかし、その一瞬のうちにルビアナの左右からタバサとミシェルが『ブレイド』をまとわせた杖と剣を振りかぶって急接近していた。
「もらった!」
左右からの挟み撃ち。片方に集中すればもう片方に斬られる。どんな手練れでも回避不能な同時攻撃で、今度こそやったと思われたが。
「残念、惜しかったですね」
なんとルビアナは左右どちらにも振り向かずに、両側からの斬撃を銃で軽々と受け止めてしまったのだ。
しかも、それだけにとどまらず、背後からの奇襲を狙っていたセリザワに対しても牽制をかけている。完全に全方位に対して隙がなく、さらにルビアナはペダニウムランチャーを振るってミシェルとタバサを振り払うと、そのまま銃口をガイアに向けて引き金を引いた。
「グワアァッ!」
ガイアが吹き飛ばされ、そこにできた隙にキングジョーブラックもペダニウムランチャーを放ってダイナとアグルもなぎ倒した。
「ウワアッ!」
「ヌオォッ!」
ペダニウムランチャーの威力はものすごく、まるで重量級の怪獣に体当たりされたような衝撃がダイナとアグルを突き抜けた。
地に倒れ伏すアグルを、キングジョーブラックは巨大な足で踏みつける。さらに、助けようとガイアが傷ついた体をおしながらキングジョーブラックに掴み掛かるが、キングジョーブラックの左手で首を掴まれて吊り上げられてしまった。
「グゥアァッ!」
片手でのネックハンギングだというのに、ガイアのパワーでも外せない。だがそこへ、ダイナがストロングタイプにチェンジして決死の体当たりを食らわせた。
〔この野郎!〕
ダイナのタックルがキングジョーブラックに正面から炸裂するが、信じられないことに小揺るぎもしない。ダイナはそれであきらめず、キングジョーブラックに組ついて投げ飛ばそうとするが、やはり根っこが生えているようにビクともしなかった。
〔ほんとにどうなってやがるんだこいつは!〕
以前のキングジョーはある程度は格闘で渡り合えた。しかしこいつは、ストロングタイプの全力でも歯が立たない。
〔アスカ、上だ。上に攻めるんだ!〕
〔我夢? そうか、わかったぜ〕
首を絞められながらも我夢の送ってくれたアドバイスに従って、ダイナは渾身の力でキングジョーブラックを上に持ち上げた。浮かせてしまえば相手がいかにすごいパワー持ちでも意味はない。
〔二人とも、今だ!〕
浮かされたことでキングジョーブラックに隙ができた。足蹴にされていたアグルは脱出し、ガイアも渾身の力でキングジョーブラックの手を振りほどいて逃れた。
〔アスカ!〕
〔おう!〕
二人が逃れたことでダイナはキングジョーブラックを放り投げた。しかし、思いきり地面に叩きつけてやるつもりだったのに、キングジョーブラックは背部のバーニアを噴かせて無事に着地してしまった。
だが、このまま体勢を立て直されてなるかと、三人のウルトラマンは間髪入れずにそれぞれの必殺光線を放った。
『クァンタムストリーム!』
『フォトンクラッシャー!』
『ガルネイトボンバー!』
金色と青白色の熱線と赤色の火炎球がキングジョーブラックに正面から直撃した。
これならどうだ! 以前、ノーマルのキングジョーにソルジェント光線を弾かれたダイナは、いくら強化版でもここまでの攻撃なら無事じゃすまないだろうと、ガイアとアグルに対してサムズアップをして見せた。
しかし、爆発の煙の中から鉄の足音が響くと、次の瞬間には完全に無傷のキングジョーブラックが黒鉄の装甲を輝かせながら現れたのだ。
バリアもエネルギー吸収もなしに、装甲だけで耐え抜いたというのか。科学者である我夢と藤宮も、そんなこと物理的にあり得ないと呻くが、ルビアナはそんな彼らに楽しそうに告げた。
「驚くのも無理はありませんわ。そのキングジョーブラックの装甲材は、わたくしが数億年の研究の末に完成させた超々ペダニウム合金とでも呼ぶもの。いかなる物理的、エネルギー的な攻撃でも破壊は不可能です」
〔破壊、不可能な金属だって!?〕
「ええ、あなた方は『兵器』というものをどうお考えになられていますか?」
〔兵器、だと?〕
「そう。あなた方はウルトラマンとして、これまでに数多くの強敵と戦ってこられたことでしょう。星をも破壊するエネルギーを備えたもの、奇々怪々な超能力を発揮するもの。ですがそれらも、倒されてしまえば全て終わりです。派手な超兵器やギミックなどは必要ありません。本当に優秀な兵器とは、決して破壊されず、静止されず、無限永久に活動し、無限永久に敵に脅威を与え続ける、そんな存在ですわ」
〔それが、こいつだというのか?〕
キングジョーブラックはかすり傷ひとつなくそびえ立ち、ルビアナは笑顔で肯定した。
「そうです。そのキングジョーブラックは、わたくしがペダン星を追われたときに追手の艦隊を撃滅してより、改良を重ねながらずっと私たちを守り続けてくれた、いわば私の分身です。通常機とは違い、分離機能は排除されていますが、その代わりに防御力は極限まで引き上げてあります。つまり、わたくしと同じ不滅の守護神……ふふふ、あなた方に打ち破ることができますか?」
それは明確な挑戦であった。不滅、不死身と等しい存在をウルトラマンは倒すことはできるか? あらゆる手を尽くしてキングジョーブラックを破壊してみせろと。
キングジョーブラックが再び動き出し、左手のパンチがガイアを弾き飛ばしてペダニウムランチャーの狙いを定める。そうはさせじとアグルがウルトラバリヤーでガイアをかばって弾丸をはじき、ダイナが突進するが、キングジョーブラックはペダニウムランチャーをハンマーのようにふるってストロングタイプのダイナを軽く吹っ飛ばしてしまう。ダイナを助けようと、ガイアは決死の突撃戦法をかけたが、キングジョーブラックのボディはガイアの特攻をも無傷ではじき返してしまった。
本当に、不死身に近い防御力でウルトラマンたちを翻弄している。さらにそれだけではなく、ルビアナは手に持った二丁のペダニウムランチャーを掲げて三人のウルトラマンを見上げた。
「さて、それではこちらの方々ではわたくしのダンスの相手になる人はいないようですし、わたくしもそちらに参加させていただきますか……」
人間たちでは自分を傷つけられないと見て、戦闘をペダン星人兵やケムール兵に任せてウルトラマン相手の戦闘に飛び込もうとしているルビアナ。
だが、ルビアナが動きを止めた瞬間を、冷徹な戦士たちは見逃さなかった。
『ウォーターウィップ!』
突然、ルビアナの周りを蛇のようにうねる水の触手が包囲した。その根元はタバサの杖につながっており、ルビアナはタバサに顔を向けると残念そうにつぶやいた。
「嫌ですわお姫様、アンコールにはまだ早いですわよ」
「あなたの戯言に付き合ってあげる義理はわたしにはない。実体のない水はいくらあなたの銃でも破壊することはできない。捕まえた」
タバサの言う通り、水でできた鞭はペダニウムランチャーを撃ち込んでも一部が吹き飛ぶだけですぐにつながってしまう。しかし、所詮は水でしかないと笑うルビアナに対してタバサは即座に次の魔法を放った。
『アイス・ストーム!』
無数の雹が混じった嵐がルビアナを襲う。むろん、雹程度ではルビアナの体に傷をつけることはかなわなかったが、強烈な冷気は水の鞭を凍らせて氷のつたとなってルビアナを拘束した。
「なるほど、さすがはスクウェアクラス。しかし、この程度の氷を私が砕けないとでも?」
「いいえ、少しでも動きを止められればそれで充分。元からわたしだけであなたを倒せるなんて思っていない」
タバサが言い終わるのと同時に、ルビアナの四方から魔法のかかった鉄の鎖が飛びかかった。ルビアナは自分に取りついている氷を力づくで砕くが、それと同時に十数本の鎖がルビアナの体に巻きついた。
「まぁ」
「ようし、捕らえたぞ!」
勝鬨をあげたミシェルの声に続いて、十数人の銃士隊員も一本ずつルビアナに巻き付いている鎖の端を持ちながら歓声をあげた。
今、ルビアナは十数本の鎖で体を縛り上げられ、その鎖一本ごとを銃士隊員が引っ張って八方から締め上げている。その鮮やかな手並みを見て、ルビアナは感心したように言った。
「なるほど、銃士隊の皆さんがさきほどから妙に手ぬるいと思っていたのは、この仕掛けの準備をしていたからですか」
「そうだ。普通に鎖を放ったのでは、貴様には通じないのはわかっていたからな。だが、ミス・タバサのおかげでようやく貴様に隙を作れた」
「お見事です。と、言って差し上げたいところですが、なめられたものですね。硬化の魔法で強化された鎖のようですが、こんなものは私にかかれば」
ルビアナが軽く体を動かしただけで強固なはずの鎖がきしみ、一気にひびが入り出した。最大級のドラゴンでも身動きできなくなるはずだというのに信じられない力だ。
だが、アニエスやミシェルもこれだけでルビアナを無力化できるとは思っていなかった。
「今だ! 外に放り出せ!」
アニエスの命令一過、銃士隊員たちは全力で鎖ごとルビアナをダンスホールの壁の裂け目から外に放り出した。
むろん、それだけでは多少場所を移すだけの意味しかない。ルビアナは縛られたままですたりと外の芝生に着地し、鎖の拘束もすでに破ろうとしている。
だが、外に場所を移した意味はこれからなのだ。そう、閉鎖空間ではなく、かつ味方を巻き込まない広い場所に移すことが。
「水のトライアングルと!」
「風のトライアングルよ!」
「「二つが合わさるとき、トライアングルは星となる。それすなわち極大六芒星ヘクサゴンスペル。今ここに嵐となりて顕現せよ!」」
アンリエッタとウェールズが同時に呪文を唱え、合体魔法であるヘクサゴンスペルが発動した。膨大な魔力が渦を巻き、ルビアナを中心にしてタバサが作り出すよりはるかに凄まじい勢いを持つ竜巻が立ち上がったのだ。
そう、タバサや銃士隊の作戦は全てがアンリエッタとウェールズにヘクサゴンスペルを成功させるためにあった。剣で切っても通じないルビアナには、今現在最大威力のこれしかなく、個人で繰り出せる魔法の規模をはるかに超えた竜巻に、初めて見る者は例外なく驚嘆のうめきを漏らしている。
だが、並の人間なら巻き込まれたら粉々に刻まれてしまうであろう竜巻に飲まれてもなおルビアナは生きていた。
「ふふ、これが本命でしたか。確かに、なかなかの威力ですが、私の肌を傷つけるには少々足りないようですわね」
まるで苦痛を感じている様子のないルビアナの声が竜巻の中から響いてきたとき、アンリエッタらや銃士隊の中に戦慄が走った。
「これでもまだ生きているというのか……」
「化け物め……」
次いで、完全に鎖のちぎれ飛ぶ金属音が響いてきた。
ルビアナは健在。そしてこれ以上強力な攻撃手段は、タバサにもアンリエッタらにもない。
しかし、“自分ら”には攻撃手段はないということをアニエスは理解し、そしてウルトラマンたちに向かって叫んだ。
「今だ! こいつが動けない今しかない。こいつをやれ、ウルトラマン!」
その叫びに、ガイア、アグル、ダイナははっとした。見ると、キングジョーブラックもルビアナが足止めされているせいか、動きが鈍っているように見える。やるなら、今しかない。
〔俺がこいつを抑える。ガイア、ダイナ、その隙にお前たちがやれ〕
〔わかった〕
〔よし、まかせとけ!〕
三人は即座に反応した。三人の力を持ってしてもキングジョーブラックにはいまだまともなダメージを与えられていない。エネルギーも半分近くを消費し、これ以上泥沼の戦いを続ける余裕はない。
アグルが正面から突進してキングジョーブラックの両腕を押さえつけた。キングジョーブラックはアグルでも押し負けそうなパワーで押し返してくるが、アグルも渾身の力でこらえ、その隙にガイアとダイナはキングジョーブラックの左右から挟み込んで持ち上げた。
「デヤァァッ!」
「ドリャァァッ!」
漆黒の鋼鉄の巨体が胴上げの形で浮きあがる。もちろんこのまま地面に叩きつけたところで効果はないし、上空のペダン円盤に投げつけたら街中に墜落してくる。なら、落とすところは一つしかない。
〔お前ら、そこをどけーっ!〕
ダイナの叫びとともに、ダイナとガイアはキングジョーブラックを放り投げた。
巨体が宙に舞い、城に大きな黒い影がかかる。そしてその落ちてゆく先で、アニエスの全力の叫びが響いた。
「総員退避ーっ!」
巨大な鉄塊が降ってくる。銃士隊員たちはいっせいに走り出し、銃士隊とつば競り合いをしていたペダン星人やケムール人も驚き慌てて逃げ出した。
巨体はヘクサゴンスペルの竜巻をも上から押しつぶし、その直下にいたルビアナはふと空を見上げてつぶやいた。
「あら?」
次の瞬間、キングジョーブラックは背中から墜落し、轟音と激震がダンスホールの中までも揺るがした。
舞い上がった粉塵が視界を遮る。アンリエッタとウェールズは銃士隊員たちがその身を盾にしてかばい、ルイズは才人を肉壁にして防ぎ、そしてギーシュはモンモランシーを抱きかかえながら叫んだ。
「ルビアナーッ!」
やがて粉塵が収まり、視界が開ける。
そこには、庭園にあおむけに横たわるキングジョーブラックの巨体のみがあり、ヘクサゴンスペルの竜巻も、そしてルビアナの姿も消え失せて、不気味なまでの静けさに包まれていた。
誰も、敵も味方も石像になってしまったかのように動けない。しかし、数秒の沈黙の後に、銃士隊の中から歓声が上がった。
「や、やったのか……?」
「そ、そうよ。やったのよ、勝ったのよーっ!」
銃士隊の中から一気に勝どきがあがる。そしてその逆に、ペダン星人やケムール人たちはがっくりと肩を落とした。
「そ、そんな、お嬢様が……」
まだ剣を握った銃士隊が目の前にいるというのに、ペダン星人たちは無防備な姿で立ち尽くしていた。
彼らのそんな姿に、アンリエッタはルビアナがいかに仲間から信頼されていたのかを察し、悲しげな表情で祈りをささげた。
「ミス・ルビアナ、申し訳ありません。こうするよりほかにありませんでした……」
ウェールズはアンリエッタの肩に無言で手を置く。
アニエスやミシェルは、よくこんな作戦が成功したと胸を撫で下ろしていた。だが、これなら確実に生きてはいないはずだ。二人はウルトラマンたちを見上げると敬礼をし、ダイナやガイアたちも辛い勝利にやるせない思いを抱いていた。
〔やったな、我夢〕
〔うん、だけど……後味の悪い勝ち方だったね〕
あれしか確実な方法が無かったとはいえ、ウルトラマンが等身大の相手を直接攻撃するというのはスマートなやり方とは言えなかった。似た例は、ウルトラセブンが猛毒怪獣ガブラにとどめを刺すためにシャドー星人の円盤を破壊したり、ウルトラマンジャックが等身大のブラック星人を粉砕しているが、やはり例外的な扱いだと言えよう。
クールなアグルも、やはり気持ちいいものではなかったらしく憮然としている。結局、キングジョーブラックを自力で撃破することはできなかったのだ。
ルイズもルビアナにはまだ思うところがあったようで、無言で祈りを捧げている。才人も、ルイズに説教されて多少は反省したのか、じっと手を合わせていた。
そして、ギーシュは目に涙を浮かべながらモンモランシーに肩を抱かれていた。
「ぼくは、ぼくは……結局ルビアナになにもしてあげることはできなかった。彼女はただぼくらのことだけを思ってくれてたというのに。なにが水精霊騎士隊の隊長だ。ぼくは貴族として、グラモンの男として失格だ」
「ギーシュ……もういい、もういいのよ。あなたは、あなたが背負うにはまだ重すぎるものを背負おうと必死にがんばったわ。ルビアナさんも、わかってくれるわ……」
モンモランシーはギーシュの無力感を察して懸命に慰めていた。
キングジョーブラックは横たわったままで、動く気配は見せない。しかし、セリザワはじっと明滅を続けるキングジョーブラックのランプを睨み付けている。
“あの女が死んだなら、なぜ機能を停止しない?”
嫌な予感が消えない。まさか……。
そのことにガイアとアグルも気づいたようで、飛び去ろうとしているダイナを引き止めている。
そしてアンリエッタは壇上からウェールズとともに降りて、皆に呼びかけた。
「皆さん、もうこれ以上の争いは無用です。ミス・ルビアナのお仲間の方々も降伏してください。わたくしの名にかけて決して悪くは扱いません。そして、皆で我々の友人のためにまずは祈ろうではありませんか」
もとより憎しみがあっての戦いではなかった。譲れぬ主義主張のために杖を交えたとはいえ、アンリエッタのルビアナに対する友情は変わってはいなかったのだ。
アンリエッタの指示に、銃士隊も粛々と従う。ペダン星人たちは落胆して戦意を失いながらも、それでも忠誠心を見せて敬礼をしようとしている。
しかし、誰もが死者に敬意を払って頭を垂れようとした、その時だった。
「まあまあ、皆さん揃ってこんなに心配されては、少し照れてしまいますわ」
聞こえるはずのない人間の声が聞こえ、皆が愕然として目を見張った。
それと同時に、横たわっていたキングジョーブラックが浮き上がっていく。起き上がっていくのではなく、倒れたままで垂直に持ち上がっていっているのである。
まさか……そんなはずがない。キングジョーブラックはその巨体で五万トンもの重量を持つのだ。それにつぶされて生きているはずがない。
戦慄する面々の前でキングジョーブラックの巨体が金属のしくむ音を立てて持ち上がっていく。そして巨体が完全に持ち上がり、その下にいたものが姿を現したとき、誰もが悪夢を見ているかのように言葉を失った。
「ふふふ、お見事な連携でしたわ。これほどの衝撃を受けたのは久しぶりです。びっくりしましたわ」
ルビアナは、片手でキングジョーブラックの巨体を人形のように持ち上げていた。そう、無造作に素手で五十五メートルもの巨体を持ち上げて宙に浮かせ、何も変わらない姿で立っている。
アンリエッタは、ルイズと才人は、アニエスやタバサらも自分の目を疑い、背筋に止められない震えを感じる。そしてルビアナは、顔色を失って戦慄する面々に微笑みながら、こう告げたのだ。
「けど残念ですね。わたくしは幾億の歳月の中で、この体を改良し続けてまいりましたの。さあ、そろそろ舞台の次の幕に移ると致しましょう。最後までわたくしについて踊り続けることがあなた方にできますか?」
疲労した銃士隊に向かってルビアナの銃が再び火を噴き、キングジョーブラックも再稼働してウルトラマンたちに狙いを定める。
この世に不死身などはあり得ないと誰かが言った。だが、もし不死身に限りなく近い相手と相対したとき、不死身でない者はどう戦えばよいのだろうか。
舞踏会は、まだ終わらない。
続く