ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第67話  未知が風の銀河より

 第67話

 未知が風の銀河より

 

 奇機械改竜 ギャラクトロン 登場!

 

 

「やあや皆さん、どうもどうもご無沙汰しております。悪い宇宙人さんでございます」

 

「おや? せっかく正しくあいさつして差し上げたのに怒らないでください。毎回そんなに邪険にされると傷つきますねえ。別に私はあなた方には危害は加えませんから、もっとフレンドリーにいきましょうよ」

 

「フフ、まあ話を進めましょう。ハルケギニアの人たちのおかげで、私の目的はまあまあ順調に進んでおります。一部例外もありましたが……って、そこ笑わないの!」

 

「オホン。ともかく、私の目的は順調に進んでいます。このハルケギニアという世界の人々は感情豊かで、私が手をかける必要が少なくて助かっていますよ」

 

「この調子でいけば、ハルケギニアからサヨナラする日も遠くないと思っていました……ですが、どうも私以外にもこの世界には第三者的な何者かがいるようなのですよ……」

 

「私としても愉快なことではありませんですねえ……いったいどこの悪い子でしょう? というわけで、今回は少々趣向を変えてみました。はてさて、それがどういう結果になったのか、これからご報告させていただきましょう」

 

 不敵に笑った宇宙人の声とともに画面は暗転し、彼が記録した映像が映し出され始める。

 宇宙人の作りだす演目の舞台として選ばれたハルケギニアで、すでに数々の悲喜劇が演じられ、彼は舞台を作り出すプロデューサーとして辣腕を振るってきた。

 次にお披露目されるのは悲劇か喜劇か? だが、彼の脚本に生じたイレギュラー。呼び出したブラックキングが何者かによって改造されるという事態が、彼に危機感を抱かせた。

 一流の戯曲は一流の舞台と一流の演者によって作られるという。その点、このハルケギニアは一流とまでは呼べなくとも、十分に観客を楽しませるだけの地力と演技力を有していると言えよう。

 だが、せっかくの演目に舞台外から飛び入り参加しようとしている輩がいる。プライドの高い脚本家はこの無粋な横入りを許さず、罠を仕掛けて待ち受けることにした。

 

「ああ、言い忘れておりました。実は私、この世界にやってくる前に次元のはざまで面白い拾い物をしましてね。どうもロボットらしいんですが、私も見たことのない技術で作られていて……いやあこれに襲われたときは苦労しましたよ」

 

 

 それは、彼がハルケギニアにやってくる直前。マルチバースを渡る次元のはざまでのこと、彼は突如として謎のロボット怪獣に襲われて、やむなく自分の怪獣を出してこれを迎撃していた。

「今です。とどめを刺しなさい!」

 弱った敵に対して、彼は自分の配下の怪獣に命令を下す。すでに敵のロボット怪獣は大きく動きを鈍らせており、苦し紛れに虹色の光線を放ってきたが、配下の怪獣はバリアーを使ってそれをはじき、そして彼の怪獣は主の指示に従って、謎のロボット怪獣に強烈な一撃を放った。

 爆炎が上がり、直撃を食らったロボット怪獣は白色のボディを焦げさせて停止する。そして彼は、ロボット怪獣が完全に沈黙したのを確認すると、近寄ってしげしげと見下ろした。

「フゥ……肝を冷やしましたよ。まさか、この子をここまで手こずらしてくれるとは。しかし、誰かが操っていた様子もないですが、どこかの宇宙からのはぐれですか? まったく迷惑な……」

 並行宇宙の壁を超えることは強大な力を必要とするため、普通はマルチバースの間は平穏なものだが、ごく稀にこうしてどこからか漂流物が流れ着くことがあるのだ。しかも、その漂流物は次元の壁を突破してきたことから危険な性質を持っている場合が多い。

 今回も、相当手こずらされてしまった。幸い、自分の連れてきた怪獣がさらに強かったから事なきを得たが、一歩間違えれば危なかったかもしれない。

 しかし、いったいどこの誰がこんなものを送り込んできたのだろう? ドラゴンに酷似したスタイルは自分の知るいかなる惑星のメカニックとも似ていない。彼はしばし考えたが、ぱちりと指を鳴らして言った。

「とりあえず拾っておきますか。人生、貪欲なほうがいいってチャリジャさんもおっしゃってましたしねえ。どうせタダです」

 そうして彼は回収したロボットを連れてハルケギニアにやってきた。

 壊れたロボットの修理自体はそんなに難しくはない。ただ、このロボットは元々はよほど大掛かりな目的に使われていたのか、パワーがものすごすぎて適当な使い方が見つからないでいた。

 

「ですが、今回は別です。考えてみてください? 私も興味を持ったものを、それなりの人が見たらどう思うか? フフ、今回はこのことをよーく覚えておいてくださいよ」

 

「いやあ、それにしても私の知らないものがまだ宇宙にあるとは。次元のはざまは無限のかなたに通じていますから、もしかしたらはるかな過去か遠い未来からやってきたのかもしれません。なかなか興味深いことです」

 

 補足説明も終わり、今度こそ戯曲は再開される。

 舞台は変わらずハルケギニア。そのどこかで、複数の演者が踊らされ、複数の観客が見せさせられる。

 そう、空虚に向かってナレーションする語り手はいない。観客として、姿を消したあの二人も世界のどこかでこれを見せられていることだろう……そして、彼らも。

 今度の舞台で、踊るのは誰か、踊らされるのは誰か、踊らせるのは誰か。そして……踊りたがっているのは誰か。

 ハルケギニアの運命を乗せて、また新たな運命の一幕が上がる。

 

 

「火事だーっ! 早く火を消せ。爆発するぞーっ!」

「ダメだ、もう間に合わん! 全員逃げろ、この船はもう助からん!」

 

 轟音を響かせ、一隻の軍艦が紅蓮の炎をあげて炎上している。

 ガリア王国、サン・マロン港。ここでは数週間前に、奇怪な事故が多発していた。それは、まるで火の気のない軍艦内でいきなり火の手が上がり、そのままなすすべなく火薬庫に引火して轟沈するといった事態が連続して起こったことであり、艦隊上層部は両用艦隊への何者かによる破壊工作と見て、調査を開始した。

 しかし、事態は思わぬ方向へと推移していった。

 原因不明の火災発生事故。それはサン・マロン港でぷっつりと途絶えたかと思うと、今度はガリア各地で起こり始めたのである。

「火事だぁーっ! お城が燃えているぞぉーっ!」

 あるときは貴族の屋敷、あるときは商人の邸宅、あるときは荘園の畑、あるときは湖に停泊中の遊覧船、さらにあるときは関所の駐屯地。

 なんの前触れもなく、ただ目立つ大きな建物や施設といったこと以外は共通点のない犯行に、ガリアの官憲はきりきり舞いさせられた。

 犯人の目的や正体はまったくの不明。ただ、事件は数日に一回のペースで、同時に別の場所で起こることはなかったことから単独犯によるものと思われた。

 ガリアでは、いつどこに現れるかわからない放火魔に、人々は貴族と平民の別なく怯える日が続いた。

 だがそんな日々は、ある日に終わりを告げることになる。放火魔が国境を越えて、隣国トリステインへと入ったからである。

「火事だぁーっ! 火を消せ、水のメイジはどうした!」

「もう遅い、すでに火勢は全体に回ってしまった。くそっ、あと少しで完成だったってのに!」

 トリステインの造船所で、ある日、建造中の軍艦から突然火の手が出て全焼するという事故が起きた。

 火災の原因は不明。船大工は皆ベテランで、火種を持ち込むようなバカはいないし、作業に使う火種は厳重に管理されていた。

 残された可能性は、何者かによる放火しかない。この結論にいたったとき、誰もが今ガリアを騒がせている連続放火犯のことを思い出した。

 そして、建造中だった軍艦のスポンサーは即座に決断した。そのスポンサーの名はクルデンホルフ大公家。その実働の一部を任されているベアトリスは魔法学院でこの一報を受けると、ただちに腕利きの配下に命令を下した。

「手段と犯人の生死は問わないわ。クルデンホルフの名に泥を塗った者がどうなるのか、なんとしてでも犯人を探し出して、二度と我が家へ手出しができないようにしてやりなさい」

「仰せのままに。報酬さえはずんでいただければ、ぼくらは期待に必ず応えますよ。元素の兄弟は、こういう仕事は得意分野ですからね」

 憤懣やるかたないベアトリスに、不敵な笑みを浮かべる少年が答える。

 元素の兄弟。裏稼業で、報酬次第でいかなる汚れ仕事でも完璧にこなすことで有名な一味のリーダーであり、兄弟の長男でもある彼、ダミアンは、久しぶりに自分たちらしい仕事が舞い込んできたことに喜びを覚えていた。

 相手はハルケギニアを震撼させている大犯罪者。相手にとって不足はなく、高い報酬をもらうだけの価値は十分にある。それに、先に独断専行で汚名を作った愚弟と愚妹に名誉挽回をさせるチャンスでもある。

 

 ダミアンはさっそく兄弟を集めると、簡潔に指示を下した。

「ジャック、ドゥドゥー、ジャネット、よく来てくれたね。さて、仕事の話だが、トリステインから一人の人間を探し出して亡き者にしてほしい。手段は問わないが、できるだけ早くとのことだ。わかったね?」

 概要を聞くと、まずは次男のジャックがうれしそうに口元を歪ませた。

「うれしいですね。久しぶりに狩り出しがいのありそうな獲物の依頼じゃないですか、腕が鳴るってものさ」

 すると、三男のドゥドゥーが意外そうに、しかしやはりうれしそうに言った。

「珍しいね、ジャック兄さんがそんなに依頼をうれしそうに受けるなんて。そういうので喜ぶのは、だいたいぼくの受け持ちじゃないかな?」

「お前と一緒にするな、といつもなら言うところだが、俺も実は最近退屈していてな。運動不足を解消するにはいいチャンスだ」

「ターゲットを探し出すのはちょっと骨かもしれないけど、これだけのことをしでかす奴なんだから、きっと腕利きのメイジに違いないものね。さあて、じゃあ今度も競争にしようか、誰が先にターゲットを見つけて始末するかって」

 ドゥドゥーは兄たちを出し抜く気満々で宣言したが、妹と兄から厳しく釘を刺された。

「ドゥドゥー兄さま。兄さまがそうして無駄に張り切るたびに、わたしが余計な苦労をさせられてるのを忘れないで欲しいですわ」

「ジャネットの言うとおりだ。ドゥドゥーは少し、自重というものを覚えたほうがいい。どうやら前の失敗であまり懲りていないようだから、今回はぼくといっしょに行動してもらうよ」

「そ、そんなぁーっ!」

 厳しい兄に四六時中そばで見張られることに、すっかり精気を失ってしょげかえったドゥドゥーが哀願してもダミアンは一顧だにしなかった。

「そういうわけで、ジャックは今回ジャネットといっしょに行動してくれ」

「わかった。だがドゥドゥーよりはましとはいえ、ジャネットも気が散りやすいタイプだからな。俺も今回は厳しくいくぞ、いいなジャネット」

「はーい、ですわ。はぁ、これはターゲットが可愛い子でないと割に合わないかしら」

「ジャネット、ダミアン兄さんにも我慢の限界ってものがあるのを忘れるなよ。払いのいいスポンサーを怒らせた時の兄さんに俺まで灸をすえられるのはごめんだ。ターゲットは確実に始末する、わかったな」

「はいはい、仕事は楽しみつつ任務は堅実に、ね。でも、心を壊して人形にするならいいよね? もちろん、おじさんだったら首はジャック兄さんにあげるわ」

 裏稼業の人間らしく、言葉使いは軽くても標的に一片の生存権も認めていない。彼らはこうして一見ふざけているように見えつつも、数多くの人間を闇から闇へと葬ってきたのだ。

 ダミアンは、可愛い弟や妹たちがやる気を出したのを見ると、最後に見まわして締めた。

「ようし、では今回は二組に分かれて行動しよう。競争などは考えず、仕事を片付けることを第一に考えるんだ。どちらがターゲットを始末しても、終わった後はみんなでゆっくりスープを飲んで祝おう。楽しみにしているよ」

 四人兄弟は二手に分かれ、いまだトリステインのどこかに潜んでいるであろうターゲットの情報を探るために地下に潜っていった。

 蛇の道は蛇。いかに犯人が巧妙に世間に潜伏しようとも、犯行を繰り返すためには必ずどこかに足跡を残していくはずだ。それが表に表れなくとも、普通でない情報が集まる場所はある。元素の兄弟はそれらに精通しており、あらゆる手段で目標を追い詰めては仕留めてきた。

 我らに追われて逃げ切れた人間はいない。ガリアに居た頃は王家の命を受けて、辺境に逃げ延びた貴族を探し出して始末したこともある。それに比べれば楽なものだ……もっとも、そのときみたいに証拠品としてターゲットの生首を持参するのはやめておいたほうがいいだろうが。

 しかし、意気揚々と出発した彼らは知らなかった。これの裏に、甘い予測の通じない恐ろしい相手が隠れているということを。

 

 

 そして数日後……

 所は変わり、ここはトリステインのラグドリアン湖に通じる大河の港町。

 造船と修理で活気に満ちるこの街の一角で、ひときわ目を引く巨大船が修理を受けている。それはもちろん東方号のことで、以前の戦いで半壊したその船体を修復する作業は活気に満ちて続いていた。

 そして、その修理作業の一角で、コルベールが満足そうな様子で作業を見物していた。

「ふう、しばらくぶりに見に来ましたが、だいぶ修復が進んだようですねえ。工員の方々の技量も上がってきておりますし、これはもう私がいなくともあまり問題はなさそうですね」

 コルベールの見ている前で、作業員たちが汗を拭きながらテキパキと動いている。魔法学院の連休を利用して様子を見に来た彼だったが、以前は自分があれこれ指示してやっと動いていた工員たちが、今では立派に自分で動いているのを見ると感慨深いものがあった。

 東方号に開けられた無数の損傷口は新しい鉄板で埋められ、地球製の装備は再現は無理なので全体的にのっぺりした印象になりつつあるものの、東方号はかつての威容を着々と取り戻しつつある。

 まだ出港できるほどには遠いものの、やはりハルケギニアでは作れない巨艦の威容は何度見ても飽きることはない。

 ハンマーで鉄を叩く音や、威勢のいい男たちの掛け声が響き、作業場はまさに男の職場という雰囲気に満ち満ちて、コルベールには魔法学院とは違う意味で心地よかった。ただ周りを歩き回るだけでも、工員たちがすっかり慣れた手つきで鉄を扱っている姿を見るのは、トリステインに新たな”進歩”が訪れているのを感じ取れてうれしかった。

 それでもやはり、コルベールの助力や助言を必要とするところから求められて、コルベールはハゲ頭を光らせながらそれらに応じていった。魔法学院と立場は違えども、コルベールはやはりここでも教師なのであった。

 そうしているうちに、町全体に教会の尖塔から大きなベルの音が響き渡った。

「おや、そろそろお昼ですね」

 忙しく動き回っているうちに時間が過ぎてしまったらしい。コルベールは気づくと自分の腹も悲鳴を上げていて、区切りをつけて船を降りようと考えた。

 ところが、船を降りようと甲板に上がってきたとき、作業現場の片隅で膝をついてお祈りをしているシスターが目について立ち止まった。

「もし、そちらのシスターさん。そんなところで何をお祈りされているのですかな?」

 コルベールが尋ねると、シスターはふっと気が付いて振り返ってきた。

 軍艦に聖職者とは一見合わないように見えて、実は欠かせない存在である。平時は兵士の精神面のケア、戦時は戦死者の弔い。とかく生死に関わる軍人とは切り離せない存在で、実際に従軍牧師や従軍僧侶などが存在する。ここハルケギニアでも、戦列艦以上の大型艦には神官が乗船するのが基本であった。

 しかし工事中のところにとは珍しい。立ち上がってこちらを向いたシスターは、フードをまくって顔を見せた。

「こんにちは、実は先日こちらのほうで数人が怪我をする事故が起こりまして。そのお祓いのためにと頼まれてお祈りを捧げておりました」

 若いな。コルベールは意外に感じた。長い金髪を結い上げた大人しそうな娘で、年のころは二十代中ごろであろうけれど、どこか儚げな不思議な雰囲気をまとっていた。

「失礼しました。お仕事ご苦労様です。私はこちらで技術主任をしているコルベールという者です。見かけないお顔ですが、最近こちらにやってこられたのですかな?」

「はい。わたくし、名をリュシーと申しますが、修行のためにあちこちを回りながら祈りを捧げております。こちらの偉いお方だったのですね。ミスタ・コルベール、わたくしに神と神の御子に奉仕する場を与えてくださり、感謝いたします」

 リュシーと名乗った女性はぺこりとおじぎをし、澄んだ瞳でコルベールに微笑みかけてきた。

 思わずどきりとするコルベール。技術者一本で堅物に見えるコルベールだが、彼とて人並みの感性は持ち合わせている。学院でその気配がないのは、単に教え子に手をかける趣味がないだけだ。

「では、わたしはこれで」

「あ! ちょっと、その」

「はい?」

 立ち去ろうとしたリュシーをコルベールは呼び止めた。リュシーは相変わらず優しげに微笑んでいる。

「その、よろしければいっしょに、昼食をいかがでしょうか? 各国を回られてきた貴女のお話は、大変興味深く思いまして」

 照れくさそうにしながらも、コルベールは思い切って誘ってみた。するとリュシーはにこりと笑い。

「ええ、喜んで」

 その瞬間、コルベールは心の中で万歳三唱した。しかし表情には出さないよう気を配りつつ、ふたりは並んで歩きだす。

 やった! ダメ元だったけど言ってみるものだ。人間、生きてたら何かいいことがあるものだなあとコルベールはしみじみ思った。

「ミスタ・コルベール」

 リュシーが話しかけてきた。垂れがちの眼は柔和な面持ちを作り、少し遠慮した声色は尖った心を溶かしてくれる。

「ああ、私のことは呼び捨てでかまいません。私は軍属ではありませんし、堅苦しいことは好みませんので」

「わかりました。ではコルベールさん……いえ、コルベール様とお呼びいたしますね。わたしのような一介のシスターに目をかけていただけるなんて、コルベール様はお優しい方なのですね」

「い、いやいやそんな! あなた方聖職にある方々は日夜、万民のために働いてくれています。ないがしろになんてできませんよ!」

 すまなそうなリュシーに対してコルベールは慌てて取り繕うのといっしょに、まるで天使だ! と、心の中で快哉をあげた。

 出会いの少ない仕事をしているコルベールは、自分の将来についてはなかば絶望視していた。ずっと前にはミス・ロングビルにアタックしたこともあるのだが、それは玉砕に終わり、学院には他に若い女性の教員もいないことから、もう自分に出会いはないものとあきらめていた。

 しかし、出会いがあった! しかも若いシスターである。始祖ブリミル、あなたのお導きに心から感謝いたします。コルベールは心の中で号泣するとともに、このチャンスを逃してなるものかと決心していた。細かいことはとうに脳内から消し飛んでしまっている。

「と、ところでミス・リュシー。あなたほどお若い方が、修行のために旅をなさっているとは、素晴らしい信仰心ですね」

「いえ、わたくしはそんな敬虔な信徒ではありません。わたしは生まれはガリアの貴族でしたが、家が没落して一族は散り散りになり、わたくしは出家して尼となったのです」

「そうだったのですか。私も、物心ついたときは親はなく、ずっと家族なく育ちましたので、お気持ちは少しわかる気がします。あなたも、苦労なされたんですな」

 コルベールがしみじみとつぶやくと、リュシーは悲しげに顔を振った。

「コルベール様もですか。本当に、この世は無情なものですね。神は、いったいどれだけの試練を人にお与えになるのでしょうか」

「それはまさに、神のみぞ知るというものでしょうね。ですが、神はこうして出会いをお与えになられました。ミス・リュシー、今日は私がごちそうしましょう。美味いものを食べる幸せは、万民に共通ですからね」

「えっ、いえそんな悪いですわ。それに私は神に仕える身、貪るわけにはまいりません」

 遠慮するリュシーだったが、コルベールは彼女を元気づけるように、その頭頂部のような明るさで彼女を押していった。

「心配いりません。働いた分の糧を得ることは神の御心に逆らわないはずです。それに、私にも聖職の方に尽くす功徳をさせてくださいよ。さあさあさあ」

「あ、あらあらあら!?」

 リュシーは強引に押されながらも、嫌がって逃げようとはしなかった。そのまま中級士官用の食堂に案内されて、コルベールと向かい合って座らされる。

 コルベールはウェイターにチップを持たせ、いい具合に見繕ってくれと頼んだ。ほどなくして、テーブルに豪華とまでは言わないがこじゃれた料理の数々が並べられ、リュシーは喜びの声を漏らした。

「こんなに……わたくし、こんな手のかかったお料理を見るのは本当に久しぶりです。ほんとに、よろしいんですか?」

「もちろんですとも。その代わりに、あなたが旅をして見聞きしたことを話してください。こういう仕事をしていますと、どうも世界が狭くなってしまいますので」

「喜んで。ですが、わたくしも世間を巡る修行中の身。代わりにコルベール様もいろいろお話を聞かせてくれたら幸いです」

「もちろん喜んで! ですが、私の話などは機械のことばかりで、とてもあなたに喜んでもらえるとは思えませんが」

「いいえ、熱心に働く人は皆が神の使徒です。そのお話を聞くことの、なにが不満でありましょうか」

 コルベールはまさに天にも昇る心地になった。まさか、ほとんどの人にスルーされるばかりの自分の話を聞いてくれる女性がこの世にいようとは。

 優しく微笑んでいるリュシーの姿は、まさに天使にコルベールには見えた。苦節ン十年、年齢が彼女いない歴と同じ彼は、この出会いの奇跡に感謝した。

 料理に舌鼓を打ちながら、二人は話に花を咲かせた。

「あの船、東方号というのですが、あの船は私の誇りなのです。いつか、あの船でハルケギニアを巡り、そして誰も見たことのない東方の地や、そのまた向こうにある未知の世界を見に行きたい。よく笑われますがね」

「そうですね、わたしにはコルベール様のお話は大きすぎて正直イメージが追いつきません。ですがわたしも諸国を巡るごとに、あの山の向こうにはどんな街があるのだろう? あの川を越えた先にはどんな出会いがあるのだろうと思います。どこまでも先へ進もうとするコルベール様の夢は、とても素敵なものだと思いますわ」

 真剣に聞いてくれるリュシーに、コルベールの機嫌はますますよくなる。

「ミス・リュシーはとても広い心をお持ちなのですな。ですが、巡礼の旅という苦行を選ばずとも、故国でもじゅうぶんな修行はできたでしょうに。なぜ、危険な一人旅を選ばれたのですか?」

「はい、わたしも最初は教会で住み込みで働いていました。ですが、ある人に、迷いや悩みを断ち切るためには世界でいろいろな体験をしたほうがいいと忠告を受けて、旅立つことにしたのです」

「そうだったのですか。それでも、お一人で旅を続けるのはさぞ苦労されたのではありませんか?」

「はい、確かに楽なものではありませんでした。けれど、敬虔な神の信徒の方はどこにでもいらっしゃるものです。ゲルマニアで、ささやかですがわたしの旅を援助してくださる素敵な方に出会えまして、路銀くらいならばまかなえています」

「それは……その、男性の方ですか?」

 どきりとしたコルベールが問いかけると、リュシーは笑って首を振った。

「いいえ、女性の実業家ですわ」

「あっ、いやそうでしたか! これはこれは私としたことがお恥ずかしい」

「まあ、コルベール様ったら。うふふふ」

 コルベールが笑ってごまかすと、リュシーもコルベールの気持ちを知ってか知らずか笑った。

 本当に天使のような人だ……コルベールは心の中で涙した。こんな清純な女性を相手に下心を持ってしまった自分が恥ずかしい。そして、だからこそ心の中で炎が赤々と燃えてくるのを感じていた。

 その後、ふたりは他愛のない話を続け、やがて昼休憩の時間の終わりを告げる鐘が響き渡った。

 

「あら、もうこんな時間ですか。残念ですが、お祈りを依頼されているところはまだありますので、そろそろ行かねばなりません。コルベール様、ご馳走をどうもありがとうございました。このお礼はいずれ……」

 

 鐘の鳴る中、椅子から立ち上がったリュシーを見て、コルベールは時間の残酷さを呪った。

 だが、彼は申し訳なさそうに席を立とうとしているリュシーを黙って見送ることはできなかった。勇気を振り絞って、その背を呼び止めたのである。

「ミ、ミス・リュシー! 今回はとても有意義な話を聞かせていただき、こちらこそ感謝いたします。こちらには、まだおられるのでしょうか?」

「はい、こちらは大きい街なので、しばらくのあいだは滞在しようと思っております。それが、何か?」

「い、いいえ、その……それならば……そこでなのですが、よろしければ今夜もう一度お会いしていただけませんか!」

 コルベールは半生分の勇気を振り絞って言ってみた。自分の容姿が貧相なのは自覚している。女ウケする性格でもなく、さらに夜に女性を誘うことがどれほど難易度の高いことなのかも理解している。

 正直に思って、成功の確率はないに等しい。ここまでこれただけでも奇跡に等しいことなのだ。

 しかし、それでもコルベールは言ってみた。なぜなら、彼の魂が言っていたのだ、自分が”男”になる機会はここしかないのだと!

 緊張し、返事を待つコルベール。瞬きをする時間さえもが永遠に思える中を過ごし、ついにリュシーが口を開いた。

「今夜、ですか? はい、わたくしでよろしければ」

 笑顔で会釈して答えるリュシー。この瞬間、コルベールは人生の勝利者になったと心の中で喝采した。

 ジャン・コルベール、人生苦節四十ン年。ついに生まれてきた意味を味わえる日がやってきたのですな。始祖ブリミルよ、この罪深き仔羊に人並みの幸せを与えてくださったことを感謝いたします。

 感激で、心の中でコルベールはむせび泣いた。周りの客からは、なんだあのオヤジと、冷たい視線を向けられているがコルベールには届いていない。

 しかし、よほど感激で我を忘れていたのだろう。「コルベール様?」と、声をかけられてはっとすると、視線の先には怪訝な様子のリュシーがいた。

「どうなさいました? どこか、お体の具合でも」

「い、いいえ、なんでもありません。それより、夜のことですが、日が暮れたらまたこの店で落ち合うというのはいかがでしょうか?」

「はい、わたしはそれでよろしいです。うふふ、夜が楽しみですわね」

 この瞬間、コルベールの心が有頂天に登りつめたのは言うまでもない。生徒以外では若い女っ気のない職場で働き、暇があれば研究に打ち込む日々。もちろん出会いなんかからっきしだし、若い頃から仕事一途でその手の店に行く趣味もなかったから、今日まで経験は皆無といってよかった。

 そんなナイーブなコルベールに、ようやく春の風が吹いてきたのだ。しかも、優しく美しいシスターときている。舞い上がるなというほうが酷というものだ。

 コルベールははやる心を抑えると、お仕事がんばってくださいと、月並みな台詞で彼女を見送った。去っていくリュシーは、後姿だけでも美しかった。

 そして、リュシーが見えなくなると、コルベールはすっと振り返り、走り出した。それはもう、全力で走り出した。

「うおおおおお! 生徒のみなさーん! わたしはやりましたぞぉぉぉぉーっ!」

 彼は走った。走らずにはいられなかった。まだスタートラインに立ったばかりでも、コルベールにとっては長年夢見ながらも訪れなかったチャンスなのである。

 聖職者とは結婚がどうたらこうたらという理屈は頭から消し飛んでいた。今の彼は己の火の系統のように燃え滾る情熱の愛の戦士であったのだ。

 

 しかし、人が幸せに浸っているときでも、性格の悪いお邪魔虫は悪だくみを続けている。

 街を見下ろす丘の上。そこで、黒幕の宇宙人はいやらしい笑いを浮かべていた。

「いやあ、活気があっていい街ですねえ。こういう街を見ていると、いたずらをしたくなりますねえ。うーん、私ってばなんて悪い子なんでしょう」 

 いたずらというには度が過ぎていることを考えているのが明白な声を漏らしながら、なんらかの意図を持った目で街を見下ろす宇宙人。

 だが、その宇宙人以外には誰もいないはずの丘の上に、突然姿を現した人影があった。

「とうとう見つけたぞ」

「おや? あなたは、おやおやウルトラマンヒカリさんじゃないですか」

 手を叩いて迎えた宇宙人の前に現れたのは、ウルトラマンヒカリことセリザワ・カズヤだった。

 丘の上の展望台で、数メートルの間隔を挟んで睨み合う両者。沈黙を破って口火を切ったのはセリザワだった。

「もう、いいかげんにこの世界への干渉をやめろ。この星の人間の心をこれ以上もてあそぶな」

「はいはい、そう言われると思っていましたよ。正義の味方にやめろと言われてやめていたら宇宙警備隊はいらないでしょう? 定型句、大変ですね」

「戯言はいい。お前のやっていることは、この世界への立派な侵略行為だ。見過ごすことはできない」

 厳しい眼差しを向けてくるセリザワに対して、宇宙人はあくまで余裕の態度を崩さずにいた。

「侵略ですか。まあ、そう見られても仕方ないとは思いますが、何度も言いますけれど私はこのハルケギニアを壊してしまおうとかは考えてませんよ。むしろ、私のおかげで恩恵を受けていることも多いじゃないですか。そこのところ、なくなってもいいんですか?」

「お前はそれを永遠に与え続けるわけではないだろう。長くお前の与える空気に慣れすぎると、それが失われたときにショックが大きい」

「ほぉ、さすが光の国でも有数の頭脳派ですね。あなたが我々の星に生まれなかったことが残念です」

 大げさに残念ぶる宇宙人。だがセリザワは、宇宙人のそんな芝居じみた態度には構わず、断固として言った。

「いつまで猿芝居を続けるつもりだ。俺がここにやってきたことが、偶然だと思うか?」

「ええ、もちろん。あなた方ウルトラマンの方々が必死で私を探し回っているのは知ってますよ。いずれ、すぐに見つかるようになるでしょうね。それに、あの少女の行方もね」

「貴様……」

「おっと、何度も言いますが、私は人質をとろうとか考えてはいませんよ。ただ、彼女たちとはwinwinの関係なだけです。返せなんて言わないでください。それに、私もまだこの世界を離れるわけにはいかないのですよ!」

 交渉は決裂だとばかりに、宇宙人が指を鳴らすと同時に街の空に時空の歪みが生じた。そして、その中から現れて街の中に降り立つ、ドラゴンを模したような白色のロボット怪獣。

 悲鳴や困惑の声が街からあふれ出す。ロボット怪獣は一見すると洗練されたスタイルのせいで悪役に見えなかったこともあり、人々は最初は正体をいぶかしんだが、すぐに建物を踏みつぶして破壊活動を始めると、すべては悲鳴に統一された。

「貴様!」

「勘違いしないでください。私だって、こんな手段はとりたくないのですが、力づくで来られるならこっちもそれなりの手で対抗させてもらいますよ。では私は逃げますが、追いかけてくるか、それとも街を助けに行くかはご自由に」

 そう言い捨てると、宇宙人はさっと宙に飛び上がった。セリザワは、異変の元凶をここで逃してはと苦心したものの、ロボットは人口密集地域に落ちたらしく、無数の助けを求める声が彼を引き止めた。

 ここで行かなければ大勢の人間が死ぬ。命だけは失われたら取り返しがつかないと、セリザワは決意してナイトブレスを輝かせた。

 

「シュワッ!」

 

 青と緑の輝きの中から、群青の光の戦士がロボット怪獣の前へと降り立つ。

 ウルトラマンヒカリ、彼は大勢の人々の命を守るため、白銀のロボットの前に立ちふさがったのだ。

「おおっ、ウルトラマンだ!」

「た、助かったぁ」

 今まさにロボットに踏みつぶされようとしていた人々から涙交じりの歓声があがり、救われた人々は瓦礫のあいだを縫って這う這うの体で逃げていく。

 さすがは何度も怪獣の襲撃を生き延びてきた人たちだ、命さえあればやるべきことは体に染みついている。しかし、本当に危機を拭うためにはこいつを倒さなくてはならない。

「デヤッ!」

 速攻! 先制攻撃に放った回し蹴りがロボットのボディに当たり、わずかだが押し返した。

 だが、それによってロボットもヒカリを敵と認識して攻撃態勢をとってくる。ヒカリは、ロボットの注意を自分に向けることで、人々が逃げる時間を稼ぎながら、同時にロボットを注意深く観察した。

〔見たことのないロボットだ。いったい、どこの星で作られたものだ?〕

 ヒカリはセリザワとして、またウルトラマンとして、おおむねの宇宙人のロボット兵器は頭に入れてあるものの、このロボットはそのどれとも似ていなかった。

 どこかの星の新兵器? もしくはまったく知らない宇宙で作られたものか? ともかく、知識が通じない以上は油断禁物だ。

 ロボットはサイレンのような稼働音を響かせながら向かってくる。体格はヒカリの倍近い巨体だ。それでもヒカリはひるむことなく迎え撃つ!

「シュワッ」

 ヒカリは懐に飛び込んで、下からロボットの頭を突き上げた。

 硬い!? だがあごを突き上げられ、ロボットがのけぞる。ヒカリはさらにボディにパンチを打ち込み、休むことなく追撃を仕掛ける。

 しかし、ロボットの強固なボディはほとんどダメージを受けていなかった。ロボットの左腕についている巨大なブレードがヒカリを狙って一文字に飛んでくる。

「シャッ!」

 ヒカリはバック転してブレードの一撃をかわした。インペライザーの大剣ほどではないにせよ、あのロボットのブレードはまるで斧だ。まともに食らうわけにはいかない。

〔やはり接近戦には強いか。それに中距離戦でも……〕

 ロボットの巨体からして接近戦でのパワーは予想していた。今のブレードの一撃をもらうわけにはいかなかったのでやむなく距離をとったが、離れても安心はできない。なぜならこういうやつは飛び道具も豊富なのが常だからだ。

 そして案の定、ロボットの目から赤色の光線が放たれてヒカリを襲った。

「ハッ!」

 とっさにかわしたヒカリのいた場所をすり抜けて、その先にあった建物を爆発の炎に包んだ。

 けっこうな威力だ。こいつを作ったのは、相当に兵器開発に長けた宇宙人だったに違いない。ここで倒してしまわねば大変なことになると、ヒカリは冷たいものを感じた。

 しかしロボットはさらに右腕の巨大なクローからもビームを放ってきた。これの威力もものすごく、街からはさらなる火の手と悲鳴があがる。

〔まずい、戦いが長引けば街が壊滅してしまうぞ〕

 ヒカリは、ロボットの強烈な火力がもたらす被害の大きさを見て焦った。こいつはとんでもない破壊兵器だ、野放しにしておけば、あっというまに星中を焼け野原にしてしまうだろう。

 破壊されつくした星……ヒカリの脳裏に、かつてボガールによって滅ぼされてしまった神秘の惑星アーブの荒野が浮かんでくる。

〔そんなことは、絶対にさせん!〕

 意を決したヒカリは、ロボットにビームを使わせないために、あえて不利を承知で接近戦に打って出た。

 近接し、ロボットのブレードを回避しながらわき腹にエルボーを食らわせる。ヒカリは科学者ではあると同時に宇宙警備隊一流の戦士でもある。いくら相手が未知の超兵器だとしても、そう簡単に後れをとりはしない。

 パンチの連打を浴びせ、体当たりで跳ね飛ばされてもなお向かっていく。そんなヒカリの戦いを、街の人々も声をあげて応援した。

「青いウルトラマン、がんばれーっ!」

 人々の願いを背負って戦う者こそ、ウルトラマンだ。その背の先の人ひとりひとりに人生があり幸せがある。それを守らなくてはならない。

 しかしロボットはヒカリの猛攻を強固な装甲で受け止め、まるでダメージを受けない。そればかりか、胸部の赤い宝玉を輝かせると、不気味に輝く極太のビームを放ってきた!

〔な、なんだこの光線は?〕

 ヒカリは寸前でかわせたものの、ビームが着弾した場所を見て愕然とした。なんと、破壊はされずにビームを浴びた場所が宝石のようにキラキラと輝く結晶と化している。それこそ、建物から立ち木、つながれていた馬や犬までである。すべてが元の形のまま結晶化してしまっていた。

 こんなものを食らえばウルトラマンでもひとたまりもない。恐るべき即死兵器の出現に、さしものヒカリも戦慄して足を止めた瞬間、ロボットの目から放たれた光線がヒカリを直撃してしまった。

「ウワァァッ!」

 体から火花をあげ、大きくのけぞるヒカリ。一瞬ひるんだ隙を突かれてしまった。

 まずい。ロボットは冷徹に結晶化光線の発射態勢に入っている。避けなければやられる! 街の人々も、ウルトラマン危ない、と叫ぶ中で、ロボットから光線が放たれようとした、そのときだった。

 突然、ロボットが止まったかと思うと、「ガガガ」「ギギギ」と、聞き苦しい機械音がけたたましく鳴りだしたではないか。

 なんだ!? いったいどうした? ヒカリや街の人々はロボットの異変に困惑する。それを、あの宇宙人は空の上から見下ろしていたが、やれやれとばかりに肩をすくめた。

「あらら、やっぱりちゃんと直ってませんでしたか。めんどくさいんでテキトーに復元しただけですからね。まあ完璧に直して暴走されたらそれはそれで困ったんですが……この場合はむしろ、うふふ」

 意味ありげにつぶやく宇宙人の声を聞けた者はいない。

 しかし、誰から見てもロボットが故障を起こしていることは明らかだ。ヒカリはこのチャンスを逃すまいと、ナイトビームブレードを引き抜いた。

「デアッ!」

 棒立ちになって震えているロボットに向け、ヒカリはナイトビームブレードを振りかざして突進した。

 すれ違いざまの一閃! 鋭い斬撃が放たれ、次の瞬間ロボットの右腕の巨大クローがひじの部分から寸断されて、地響きをあげて地面に落ちた。

「やった!」

 歓声があがった。ロボットは重量級の右腕が切り落とされて、体のバランスを崩してよろめいている。今なら倒せる、誰もがそう思った。

 だがしかし、ダメージを受けたロボットはそれで完全に狂ってしまったようで、よろめきながら後進を始めた。

 どこへ行くんだ!? 酔っ払いのような足取りで後退していくロボットを、ヒカリも街の人々もなかば呆然として見送る。

 そして、ロボットはとうとう港の桟橋まで来ると、そのまま河中へと転落していったのだ。

「おい、沈んでいくぞ!」

 川岸に集まった人々は水中に泡を立てながら沈んでいくロボットを指さして叫んだ。

 この河は大型船の港にも使えるほど水深が深く、ロボットの巨体さえもずぶずぶと飲み込んでいく。

 やがて、ロボットの姿は完全に水中に消え、河は何事もなかったかのようにまた流れ始めた。

 終わったのか……? 人々は、あまりにあっけない完結が信じられずにしばし立ち尽くした。そしてヒカリも、これで終わったのかと納得しきれない思いが残っていたが、ウルトラマンとしての活動限界時間が迫っていた。

〔あの正体不明のロボット、本来ならこの程度で破壊できる代物ではないだろう。これで済めばいいのだが……〕

 できるなら完全に破壊したかったが、河ざらいをしている余裕はない。今は半壊させて、街の被害を防いだだけでも良しとするしかない。ヒカリは満足できないながらも、人々の感謝の声と視線に見送られながら飛び立った。

「ショワッチ!」

 戦いは終わり、街には一応の平和が戻った。

 

 しかし、最小限で済んだとはいえ街には被害が出た。

 破壊された建物からはまだ煙がくすぶり、衛士の怒鳴る声があちこちから響き、医師や水のメイジが方々を駆け回っている。

 痛々しい光景。それも、もうハルケギニアの人々からすれば慣れたものであろうが、そんな中でリュシーは結晶と化してしまった犬の前にひざまずいて祈っていた。

「……」

 犬は吠えようとした姿勢のまま固まってしまっていた。それはよくできた彫刻のようであり、今すぐにでも動き出しそうであるが、その体は冷たく冷え切っていて鳴き声ひとつ出すことはない。

 廃墟の中で、じっと祈り続けるリュシー。そんな彼女を、心配して探しに来たコルベールは後姿を見つけていたが、一心に祈る彼女の姿を見て、声をかけることができずにいた。

「可哀そうなワンちゃん。せめて、その魂は迷わずに始祖の下へ行けるよう、お祈りいたします」

 元は小汚い野良犬であったろうに、そのためにリュシーは心から祈っている。

 コルベールは、すべての生き物は始祖の子だというふうに慈愛を注ぐリュシーに、改めて深い感動と尊敬を感じていた。

「ミス・リュシー、あなたはまさにこの世の天使です。お邪魔してはいけませんな。ディナーに誘うのは、また今度にいたしましょう……」

 そっと、足音を立てずにコルベールはリュシーのそばを立ち去った。

 

 

 だが、その夜。宿屋で休むリュシーの部屋に、土足で踏み込む者たちがいた。

「どなたでしょう? わたくしは一介の旅の尼僧です。お金になるようなものは何も持ち合わせていませんよ」

 侵入者たちに、恐れることなく諭すように語り掛けるリュシー。しかし、侵入者二人はふてぶてしくもリュシーに杖を突きつけながら言った。

「お嬢さん、シラを切っても無駄だ。調べはもうついている。だが安心してもいい。俺たちは別にあんたを捕まえに来たわけじゃないんだ。まあ、あんたはある方面を怒らせちまったって言えばわかるかな」

「ウフフ、でもわたしたち元素の兄弟にも情けはあるの。あなた、とっても可愛いわ……ねえ、人間をやめてわたしのお人形にならない? そうすれば、毎晩たっぷりかわいがりながら生かし続けてあげるわ」

 事実上の死刑宣告を言い渡し、問答無用と迫るジャックとジャネット。

 対してリュシーは言い訳すらすることなく、静かに二人の目を見据え……そして。

 

 

 続く

 


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