ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第60話  ジョゼフからの招待状

 第60話

 ジョゼフからの招待状

 

 UFO怪獣 アブドラールス

 円盤生物 サタンモア 登場!

 

 

「ルイズ、それに使い魔の少年。悪いが、今度はお前たちが死んでもらおうか!」

「ふざけるんじゃないわよ! この卑劣な裏切り者。トリステインの面汚しのあんたに、トリステインの空を飛ぶ資格はないことを、お母様に代わって今度はわたしが思い知らせてあげるわ」

「俺は今はガンダールヴじゃねえけど、てめえに名前を呼ばれたくもねえな。二度とおれたちの前に現れないようにギッタギタにしてやるぜ、ワルド!」

 互いに武器を抜き放ち、因縁の対決が幕を開けた。

 ジョゼフの下に現れた謎の宇宙人の”デモンストレーション”により、トリステインにいるシャルロット派のガリア軍宿営地を襲った怪獣たち。アブドラールス、サタンモア、しかしそれらはいずれもかつて倒したはずの相手であり、ここに現れるはずがない。

 だが何よりも、才人とルイズの前に現れた男、ワルド。奴はアルビオンでトリステインを裏切り、その後も悪事を重ねた末にラ・ロシェールで死んだはず。

 なぜ死んだはずの怪獣や人間が現れる? だがこれは夢でもなければ幽霊でもない。実体を持った敵の襲来なのだ! 才人とルイズは武器を握り、同時に新たなる敵の襲来はすぐさまトリステインに散る戦士たちに伝えられた。

 先の戦いの休息もままならないうちに、次なる戦いの波が無慈悲に若者たちを飲み込もうとしている。

 

 が……この戦いを仕組んだ者が望んでいるのは戦いなのだろうか? なにかの目的のために、単なる手段として戦いを利用しているだけだとしたら。それはむしろ、単純に戦いを挑んでくるよりも恐ろしいかもしれない。

 黒幕は、自分で演出した戦火を遠方から眺めながら愉快そうに笑っていた。

「オホホホ、やっぱり何かするなら派手なほうが楽しいですねえ。見てくださいよ王様、これからがおもしろくなりますよぉ。ほらほらぁ?」

「……」

「あら? ご機嫌ナナメですか。それは残念。けど、これからもっと楽しくなりますよ。ビジネスは第一印象が大事だってチャリジャさんに教わりましたから、私はりきっちゃったんですよ。そ・れ・に、これだけ豪華メンバーを揃えたんです。この星に集ってる宇宙一のおせっかい焼きさんたちがジッとしてるわけないですもの、誰が来るか楽しみだったらないですねえ」

 黒幕の声色には緊張はなく、筋書きの決まった演劇を見るような余裕に満ちている。

 これだけのことをしでかしておきながら、まるでなんでもないことのような態度。そればかりか、奴が自分を売り込もうとしているジョゼフの様子もおかしい。常の無能王としての虚無的な陽気さはどこにもなく、表情は固まり、口元は閉じられて、落ち着かない風に指先を動かし続けている。

 何より、これだけのことを起こせる力があるというのにジョゼフの協力を得ようとしている奴の目的は何か? 単なる侵略者とは違う、さらに恐ろしい何かを秘めた一人の宇宙人によって、ハルケギニアにかつてない形の動乱が迫りつつある。

 その第一幕はすでに上がった。もう誰にも止めることはできない。始まってしまったものは、もう止められない。

 

 燃え盛る宿営地を見下ろしながら、サタンモアの背に立つワルドは杖を振り上げて呪文を唱え、眼下の才人とルイズ目がけて振り下ろした。

『ウィンド・ブレイク!』

 強烈な破壊力を秘めた暴風が、姿のない隕石のように二人を襲う。だが、才人はルイズをかばいながら、ワルドの殺意を込めた魔法を真っ向からその手に持った剣で受け止めた。

「でやぁぁぁっ!」

 風の魔法は才人の剣に吸い込まれ、その威力を減衰させて消滅した。

 ニヤリと笑う才人。そして才人は剣の切っ先をワルドに向けると、高らかに宣言したのだ。

「何度やっても無駄だぜ。魔法は全部、パワーアップしたデルフが受けてくれるんでな!」

「ヒュー! 最高だぜ相棒。俺っちは絶好調絶好調! いくらでも吸い込んでやるから安心して戦いな」

 才人がかざしている銀光りする日本刀。それこそは新しく生まれ変わったデルフリンガーの姿であった。

 デルフは以前、ロマリアの戦いで破壊されてしまった。だが、その残骸は回収されてトリステインに戻り、サーシャが帰り際に修復してくれたのである。

「さっすがサーシャさんだぜ、あのワルドの魔法がまったく効かないなんてな。しっかし、サーシャさんがデルフを最初に作ったんだって聞いたときはビックリしたけど、考えてみたら魔法を吸い込む武器なんてガンダールヴのためにあつらえられたようなものだからな」

「ああ、俺もずっと忘れてたぜ。元々は、サーシャが後々のガンダールヴのためにって作り残してたのが俺だったんだ、こういうときのためにな! さあ遠慮なく戦いな相棒。魔法は全部俺が受け止めてやるからよ!」

「おう!」

 才人はうれしそうに、新生デルフリンガーを構える。その顔には、久しぶりに心からの相棒とともに戦えるという闘志がみなぎっていた。

 だがワルドもそれで戦意を失うはずがない。風がダメなら別の方法がと、ワルドの杖に電撃がほとばしる。

『ライトニング・クラウド!』

 何万ボルトという電撃が襲い掛かってくる。だがデルフリンガーはそれすらも、完全に受け止めて吸収してみせた。

「無駄だって言ってるだろう。もう二度と壊されないように、思いっきり頑丈に作り直してもらったんだ。まあちょっともめたけどな……」

 そう言って、才人はふとあのときのことを思い出した。

 

 ブリミルとサーシャが過去の語りを終えて帰る前のこと、談笑している中でサーシャがふとミシェルに話しかけた。

「んー? 何かあなたから妙な気配を感じるわね。あなた、何か特別なマジックアイテムみたいなものを持ってるんじゃない?」

 そう問い詰められ、ミシェルは迷った様子を見せたが、仕方なく懐から柄の部分だけになってしまったデルフリンガーを取り出して見せた。

 刃は根元近くからへし折れ、もはや剣だったという面影しか残してはいない。そしてその無残な姿を見て、才人は血相を変えて駆け寄った。

「デルフ! お前、お前なのかよ。どうしてこんな姿に」

「サ、サイト、すまない。後で話すつもりだったんだが……こいつはお前たちが消えた後で、教皇たちに投げ捨てられたんだ。こいつは最期までお前たちのことを思って……だが」

「おいデルフ、嘘だろ。ちくしょう、あのときおれが手を離したりしなけりゃ、くそっ!」

 才人の悔しがる声が部屋に響いた。先ほどまでの浮かれていた空気が嘘のように部屋が静まり返る。

 だが、サーシャはミシェルの手からひょいとデルフの残骸を取り上げると、少し目の前でくるくると回して観察してから軽く言った。

「ふーん、なるほど。安心しなさい、こいつはまだ死んでないわ。直せるわよ」

「えっ? ええっ! 本当ですかサーシャさん! で、でもなんでそんなことがわかるんです?」

 才人は興奮してサーシャに詰め寄った。ミシェルをはじめ、ほかの面々も一度壊れたインテリジェンスアイテムが再生できるなんて聞いたこともないと驚いている。

 注目を集めるサーシャ。しかし彼女は腰に差した剣を引き抜くと、こともなげに答えたのだ。

「別になんてことはないわ。こいつを作ったのはわたしだもの」

 才人たちの目が丸くなった。そして、サーシャが抜いた剣をよくよく見てみると、それはデルフリンガーと同じ形の片刃剣……いや、デルフがいつも言葉を発するときにカチカチと鳴らしている鍔の部分がないことを除けば、デルフリンガーそのものといえる剣だったのだ。

 唖然とする才人。しかし才人よりも頭の回転の速いミシェルは、ふたつの剣を見比べて答えを導き出した。

「つまり、あなたはその剣を元にしてデルフリンガーを作った。いや、これから作り出そうとしているということですね?」

「んー、当たってるけどちょっと違うかな。これから作るんじゃなくて、今作ってるとこなのよ。この剣には、もう人格と特殊能力を持たせるようにするための魔法はかけてあるわ。けど、魔法が浸透して実際に意思をもってしゃべりだすためには、まだ長い年月が必要になるわ。意思を持った道具を作るっていうのは、けっこう大変なのよ」

 一時的な疑似人格ならともかく、六千年も持たせるインテリジェンスソードを作り出すにはそれなりの熟成が必要、でなければこの世にはインテリジェンスアイテムが氾濫していることになるだろう。

 目の前のこのなんの変哲もない剣が六千年前のデルフリンガーの姿。才人は、自分は知らないうちにデルフといっしょに戦い続けてきたのかと、運命の不思議を思った。

「そ、それで。こいつは、デルフは直せるんですか? もう柄しか残ってないボロボロの有様だけど」

「そうねえ、さすがにこのまま修復するのは無理ね。本来なら、母体にしてる武器が大破したら付近にある別の武器に精神体が憑依しなおすはずなんだけど、そのときは運悪くそばに適当なものがなかったのね」

 そう言われてミシェルは思い出した。あのとき、傍には銃士隊の剣が何本もあったけれど、いずれも激しく痛んでしまっていた。デルフが宿り直すには不適当だったとしても仕方ない。

「大事なのは精神体のほうで、武器は器に過ぎないわ。けど、それなりのものでないと容量が足りないのよ。なにか、こいつの意思を移せる別の武器を用意しないと」

 そう言われて、才人はすかさずアニエスを頼った。ここはさっきまで戦争をしていた城、武器がないはずがない。もちろん異存があるわけもなく、武器庫への立ち入りを許可してくれた。

「戦でだいぶ吐き出したが、平民用の武器ならばまだ些少残っているだろう。剣を選ぶんだったら、城の中庭で見張りをしてるやつが詳しいから連れて行くといい」

「わっかりました! ようし待ってろよデルフ」

 喜び勇んで出て行った才人がしばらくして戻ってきたとき、その手には一振りの日本刀が握られていた。

「お待たせしました! こいつでどうっすか?」

「へえ、見たことない片刃剣ね。って、なにこの鋼の鍛え具合!? 研ぎといい、変態ね、変態の国の所業ね」

「こいつは日本刀っていって、俺の国で昔使われてたやつなんだぜ。トリステインの人には使い勝手が悪いみたいで放置されてたらしいけど、アニエスさんに紹介してもらった人にも「切れ味ならこれが一番」って太鼓判を押してもらったんだ。てか、俺が使うならこれしかないぜ! これで頼みます」

 興奮した様子で才人が説明するのを一同は唖然と眺めていたが、才人から刀を受け取ったサーシャが軽く振っただけでテーブルの上のキャンドルの燭台が真っ二つになるのを見て、その驚くべき切れ味を認識した。確かにこれなら、切れないものなどあんまりないかもしれない。

 切れ味は申し分なし。なにより才人が気に入っているのだからと、異論を挟む者はいなかった。

 サーシャは日本刀を鞘に戻すと、デルフの残骸とともにテーブルの上に置いた。

「それじゃやるわよ。見てなさい」

「そ、そんなに簡単にできるんですか?」

「大事なのは精神体だけで、作り出すならともかく移し替えるだけなら難しくないわ。たぶん数分もあれば十分だと思うわよ」

 要はパソコンの引っ越しみたいなもんかと、才人は勝手に納得した。

 一同が見守る前で、サーシャは呪文を唱えて移し替えの儀式を始めた。その様子を才人は固唾を飲みながら見守り、その才人の肩をルイズが軽く叩いた。

「よかったわね、やかましいバカ剣だけどあんたにはお似合いよ。今度はせいぜい手放さないことね」

「ああ、ルイズもデルフとは仲良かったもんな。お前も喜んでくれてうれしいぜ」

「か、勘違いしないでよ。あいつにはたまにちょっとした相談に乗ってもらったくらいなんだから! ほら、もう終わるみたいよ」

 本当に移し替えるだけだったらすぐだったようで、日本刀が一瞬淡い光を放ったかのように見えると、そのまま元に戻った。

「こ、これでデルフは生き返ったんですか?」

「さあ? 儀式は成功したけど、抜いてみたらわかるんじゃない?」

 サーシャに言われて、才人は恐る恐る日本刀を手に取るとさやから引き抜いた。

 見た目は変化ない。しかし、すぐに刀身からあのとぼけた声が響きだした。

「う、うぉぉ? な、なんだこりゃ! 俺っち、いったいどうしちまったんだ? あ、あれ相棒? おめえ何で? え、なにがどうなってんだ?」

「ようデルフ! 久しぶりだな。よかった、完全に直ったんだな!」

「当然よ、この私が手をかけたんだから直らないほうがおかしいわ」

「ん? え、えぇぇぇぇっ! おめぇ、サ、サーシャか! それにそっちは、ブ、ブリミルじゃねえか。こりゃ、お、おでれーた……え? てことは、ここはあの世ってことか! おめえらみんな死んじまったのかよ」

 大混乱に陥っているデルフを見て、才人やサーシャたちはおかしくて笑った。

 だがずっと眠っていたデルフからしたらしょうがない。なにせデルフからしたらブリミルもサーシャも六千年前に死んでいる人間なのだ。才人がこれまでの経緯の簡単な説明をすると、デルフは感心しきったというふうにつぶやいた。

「はぁぁぁぁ、時を越えてねえ。まったく、長げぇこと生きてきたが、今日ほどおでれーた日はなかったぜ。しっかし、ほんとにブリミルとサーシャなのかよ。うわ懐かしい……おめえらと生きてまた会えるなんて、夢みてえだぜ。ああ、思い出してきたぜ……おめえらといっしょにした旅の日々、懐かしいなあ」

「久しぶり、いや僕らからすればはじめましてだけど、君も僕らと共に過ごした仲間だったんだね。会えてうれしいよ」

「まったく、なんか生まれてもいない子供に会った気分ね。けど、その様子だとちゃんとインテリジェンスソードとして成熟できたようね。よかったわ」

 奇妙な再会だった。こんなに時系列がめちゃくちゃで関係者が顔を合わせるなんてまずあるまい。

 しかし、困惑した様子のブリミルとサーシャとは裏腹に、デルフは堰を切ったように話し始めた。

「思い出した、思い出した、思い出してくるぜ。忘れてたことがどんどん蘇ってきやがるぜ。ちくしょう、サーシャに振られてたころ、懐かしいなあ、楽しかったなあ。でもおめえらほんと剣使いが荒いんだもんよお、六千年も働いたんだぜ。俺っちは死にたくても死ねねえしよお、わかってんのかよ? 苦労したんだぜまったくよぉ!」

「悪いわね。けど、私たちの子孫を助け続けてくれたそうね、感謝してるわ。寿命のある私たちにはできない仕事だから、もう少しサイトたちを助けてあげてくれないかしら」

「へっ、おめえにそう言われちゃしょうがねえな。まったくおめえらが張り切ってやたら子供をたくさん残しやがるからよぉ。ほんと毎夜毎夜、俺を枕元に置いてはふたりして激しく前から後ろから」

「どぅええーい!!」

 突然サーシャが才人の手からデルフをふんだくって壁に向かって野獣のような叫びとともに投げつけた。

 壁にひびが入るほどの勢いで叩きつけられ、「ふぎゃっ」と悲鳴をあげるデルフ。そしてサーシャはデルフを拾い上げると、「えーっ、もっと聞きたかったのに」と残念がるアンリエッタらを無視して、鬼神のような表情を浮かべ、震える声で言ったのだ。

「ど、どうやら再生失敗しちゃたようね。サイト、このガラクタを包丁に打ち直してやるからハンマー用意しなさい! できるだけ大きくて重いやつ!」

「あ、じゃあ武器庫に「抜くと野菜を切りたくなる妖刀」ってのがあったから、それと混ぜちゃいましょうか」

「キャーやめてーっ! 叩き潰されるのはイヤーッ! 生臭いのもイヤーッ!」

 悲鳴をあげるデルフの愉快な姿を眺めて、場から爆笑が沸いたのは言うまでもない。

 さて、それからサーシャの機嫌をなだめるのには少々苦労したものの、六千年ぶりの生みの親との再会にデルフは時間が許す限りしゃべり続けた。

「懐かしいぜ、おめえらとはいろいろあったよなあ。極寒の雪山で雪崩を切り裂いたことも、マギ族の魔法兵士と戦うために魔法を吸い込む力を与えてもらったことも昨日のように思い出せるぜ。それからよ、それからよぉ」

 懐かしさで思い出話が止まらなくなっているデルフに、ブリミルとサーシャはじっくりと付き合った。デルフの思い出は、ブリミルとサーシャにとっては未来のことだ。それも、未来を聞いたことによってこれから本当に起こるかはわからない。

 それでもよかった。仲間との再会はうれしいものだ、デルフの語る思い出の光景が、ふたりの脳裏にも想像力という形で浮かんでくる。もっとも、ときおり夜の思い出の話になりかけると、ブリミルは期待に表情をほころばせ、そのたびにサーシャが大魔神のような表情で睨みつけて黙らせていたが。

 そして、ひとしきり話が終わると、サーシャはなにげなくデルフに新しい魔法をかけていった。

「魔法を吸い込む力を強化しておいたわ。吸い込む量が増えれば反動も大きくなるけど、その刀の強度なら耐えられるでしょう」

 それが、再び今生の別れとなるサーシャからデルフへの餞別だった。

 そうして、ブリミルとサーシャは才人やルイズたち一同に見送られながら過去の世界へとアラドスに乗って帰っていった……山のように大量の食糧をおみやげに持って行って。

 

 あのときのことは、本当に思い出すと笑いがこみあげてくる。しかし、サーシャのこの時代への置き土産は、この時代の苦難はあくまでこの時代の人間がはらわなければいけないという課題でもある。

 才人はワルドを睨みながらデルフを握りしめ、今度こそデルフとともに最後まで戦い抜くことを誓った。

「さあ何度でも来やがれヒゲ野郎! もうお前なんか、おれたちの敵じゃねえぜ」

「おのれ、たかが平民が大きな口を叩いてくれる」

 才人の挑発に、ワルドは再度魔法を放とうとした。しかし、その詠唱が終わる前に、ワルドの至近で鋭い威力の爆発が起こったのだ。

『エクスプロージョン!』

「ぐおおっ!」

 とっさに身を守ったものの、死角からの一撃に少なからぬダメージをもらったワルド。そしてその見る先では、ルイズが毅然とした表情で自分に杖を向けていた。

「飛び道具があるのが自分だけだと思わないことね。そんなところに突っ立ってるなら狙いやすくて助かるわ。次は外さないわよ、覚悟なさい」

 ルイズの魔法には弾道がない。それゆえに回避が難しく、ワルドもさっきは長年の勘でとっさに身をひねってかわしたに過ぎない。

 ワルドは、このまま魔法の打ち合いを続けたら自分が不利だと判断した。あの二人は自分が死んでいた間にもさらに成長している。前と同じと思っていると危ない。

「やるね、小さいルイズ。だが君たちも僕をあなどってもらっては困る。楽しみは減るが、こちらも本気を出させてもらおうか」

 そう宣言すると、ワルドはサタンモアの背中から飛び降りた。そしてサタンモアに、お前はそのまま施設の破壊を続けるように命じると、自身は得意とするあの魔法の詠唱をはじめた。

「ユビキタス・デル・ウィンデ……」

 ワルドの姿が分身し、総勢八人のワルドとなってルイズたちの前に降り立った。

「風の偏在ね。まあ見たくもない顔がぞろぞろと、吐き気がするわ」

「ふん、だが君の魔法でも八人は一気に倒せまい。そして知っての通り、本体以外への攻撃は無効な上に、君の虚無の魔法が詠唱に時間がかかるのも知っている。時間は稼がせんよ、覚悟したまえ!」

 ワルドとその偏在は、八方からいっせいにルイズと才人に杖を向け、『ライトニング・クラウド』を唱え始めた。ルイズの反撃は間に合わず、デルフリンガーとてこれだけの魔法の攻撃はしのぎ切れない。

 だが才人は不敵な笑みを浮かべると、ワルドたちに向かって言い返した。

「それはどうかな?」

 その瞬間だった。横合いから、無数の魔法の乱打がワルドと偏在たちに襲い掛かったのだ。

「サイトたちを助けろ。水精霊騎士隊、全軍突撃ーっ!」

 炎や水のつぶてが大小問わずに叩き込まれ、それらはとっさに防御姿勢をとったワルドたちには大きなダメージは及ぼさなかったものの、態勢を崩壊させるのには充分な威力を発揮した。

「ギーシュ、いいところで来てくれるぜ」

「ふふん、英雄は活躍するチャンスを逃さないものなのさ。てか、あれだけ騒いでおいて気づかれないほうがどうかしているだろうよ」

 かっこうつけて登場したギーシュたち水精霊騎士隊の仲間たちに、才人も笑いながらガッツポーズをして答える。

 対して、虚を突かれたのはワルドだ。八人で才人とルイズを包囲したと思ったら、いつのまにか倍の人数に囲まれている。ワルドは烈風カリンのような強者の存在は計算して襲撃したつもりでいたが、学生の寄り合い所帯に過ぎない水精霊騎士隊のことは完全に計算外だった。

 しかし……だが。

「ワルド、てめえの次のセリフを言ってやろうか? たかが学生ごときが何人集まったところで元グリフォン隊隊長たる『閃光』のワルドに勝てると思っているのかね? だ」

 才人のその言葉に、並んだワルドたちの顔がぴくりと震えるのが見えた。だが才人はただ調子に乗っているだけではない、そしてギーシュたちもプロの軍人メイジを前にして根拠のない蛮勇ではない。

 簡単なことだ。水精霊騎士隊の積み上げてきた経験は、もう並のメイジの比ではない。そしてメイジ殺しのプロである銃士隊に鍛え上げてもらってきたのだ、その地獄を潜り抜けた自信はだてではない。ギーシュは、ギムリやレイナールたちに向かって隊長らしく命令を飛ばした。

「さて諸君、元グリフォン隊隊長ワルド元子爵を相手に訓練ができるとは願ってもない機会だ。僕らの帰りを待ってくれているレディたちにいい土産話ができるぞ。元子爵どののご好意に感謝しつつ、元隊長どのを環境の整った美しい牢獄へご案内してあげようじゃないか」

「ええい、元元とうるさい! よかろう、ならば特別に稽古をつけてやろうではないか。その成果を十代前の祖父に報告するがいい」

 本気を出したワルドと水精霊騎士隊がぶつかる。ワルドにも焦りがあった、時間をかければ当然あの烈風がやってくる可能性が高まる、アルビオンでの敗北はワルドにとってぬぐいがたいトラウマとなっていた。

 ワルドは自分がつけいる隙を自らさらしていることに気づいていない。そして、当然才人とルイズも攻勢に打って出て、戦いは乱戦の様相を見せ始めた。

 

 

 しかし、才人とルイズがワルドとの戦いに忙殺され、ウルトラマンAに変身できなくなったことで、アブドラールスとUFO、そしてサタンモアは我が物顔でガリア軍を攻撃している。

 怪獣二体が相手では通常の軍隊では勝機は薄い。しかも不意を打たれているのだ、タバサはこれまでであれば自らシルフィードに乗って戦えたが、女王という立場では動くことはできない。

 ガリアの人間たちが傷つけられている姿を見ていることしかできないタバサ。しかし、彼女は敗北を考えてはおらず、その期待に応えて彼らはやってきた。

「きた」

 短くタバサがつぶやいたとき、空のかなたから光の帯が飛んできて上空のUFOに突き刺さった。

『クァンタムストリーム!』

 金色の光線の直撃を受けたUFOは粉々に吹き飛び、続いて空の彼方から銀色の巨人が飛んできてアブドラールスの前に土煙をあげて着地した。

「ウルトラマンガイア」

 信頼を込めた声でタバサがその名を呼ぶ。異世界でタバサが出会った友、タバサが突然の敵の襲撃を受けたと聞き、駆け付けたのだ。

「デヤァッ!」

 掛け声とともに、ガイアはアブドラールスとの格闘戦に入った。ガイアにとっては初めて戦う怪獣だが、ガイアがこれまで戦ってきた怪獣の中にもミーモスやゼブブなど格闘戦を得意とする相手はいた、初見の相手でも遅れはとらない。

 接近しての腰を落とした正拳突きでよろめかせ、すかさずキックを入れて姿勢を崩させる。

 逆に、反撃でアブドラールスが放ってきた目からの破壊光線は、大きくジャンプしてかわした。

 その精悍な戦いぶりに、パニックに陥っていたガリア軍からも歓声があがりはじめた。

「おお、すごいぞあのウルトラマン! ようし、今のうちに全隊集まれ、女王陛下をお守りするのだ」

 余裕が生まれると、さすがガリアの将兵たちは秩序だった動きを発揮しだした。それに、ガイアの戦いぶりは彼らに「怪獣はまかせても大丈夫」という頼もしさがあった。我夢は頭脳労働担当ではあるが、XIGの体育会系メンバーにもまれることで貧弱とは程遠いだけの体力も身に着けていたのだ。

 ガイアはリキデイターを放ち、アブドラールスの巨体が赤い光弾を受けてのけぞる。我夢は、敵が別の場所で動きを見せた場合に備えて藤宮に残っていてもらっていることに余裕を持ちながら、冷静に敵の意図を考えていた。

〔このタイミングで、白昼堂々仕掛けてきた理由はなんだ? 作戦も何もない力押しの攻撃、怪獣もなにか特別な能力を持たされてるわけではなさそうだ……〕

 もしも破滅招来体のような狡猾な相手なら、なにか裏があるはずだ。まして聞いた話ではジョゼフというのは相当に頭の切れる男らしい、我夢は戦いながら思案を巡らせ続けた。

 

 一方で、サタンモアもワルドから解放されて自由に暴れていた。

 空を縦横に飛び回り、本来の凶暴性を発揮して、子機であるリトルモアを解放して地上の人間たちを襲おうとする。が、そんな卑劣を許しはしないと、別の方向から次なる戦士が現れる。

『フラッシュバスター!』

 青い光線が鞭のようにサタンモアを叩き、リトルモアの射出態勢に入っていたサタンモアを叩き落とす。

 そして光のように降り立ってくる、ガイアに劣らないたくましい巨人の雄姿。その名はウルトラマンダイナ!

〔ようルイズ、手こずってるみたいじゃねえか。こっちの焼き鳥もどきはまかせな。さばいて屋台に出してやるぜ〕

「アスカ、あんたまた出しゃばってきて! 仕方ないわね。わたしより先にそいつを片付けられなかったらそいつのステーキを食べさせてやるからね」

〔うわ、それは勘弁してくれ。ようし、いっちょ気合入れていくか〕

 ルイズとテレパシーで短く言い合いをした後で、ダイナは指をポキポキと鳴らしてサタンモアに向き合った。

 対してサタンモアもリトルモア射出器官をつぶされはしたものの、これでまいるほど柔くはない。再浮上して、その最大の武器である巨大なくちばしをダイナに向かって猛スピードで突き立ててくる。

〔真っ向勝負のストレートで勝負ってわけか! その根性、気に入ったぜ〕

 ダイナは逃げずに正面からサタンモアに対抗し、胸を一突きにしようとするサタンモアの頭を一瞬の差でがっぷりと担ぎ上げた。

「ダアァァァッ!」

 サタンモアの勢いでダイナが押され、ダイナは全力でそれを押しとどめる。

 なめてもらっては困る。アスカはピッチャーだが下位打線ではない、それに、相手が真っ向勝負を向けてきたら燃えるタイプだ。

〔しゃあ、止めてやったぜ。俺ってキャッチャーの才能もあるんじゃねえか? ようし、じゃあでかいバットも手に入ったし、今度は四番バッターいってやろうか〕

 ダイナは受け止めたサタンモアの首根っこを掴むと、そのままホームランスイングよろしく振り回した。その豪快なスイングの風圧でテントが揺らぎ、砂塵が巻き起こる。当然サタンモアはたまったものではない。

 その相変わらずの戦いぶりには、旅を共にしてきたルイズも苦笑いするしかない。

 そして、戦いの中でダイナとガイアは一瞬だけ目くばせしあった。こっちはまかせろ、お前はそっちを存分にやれという風に、まるで長年そうしてきたようにごく自然にである。

 

 ふたりのウルトラマンの参戦によって、戦いは一気に流れを変えだした。

 だが、この戦いを見守る黒幕は、この状況を見てむしろ楽しそうに笑っていた。

「すごいすごい、さっそくウルトラマンがふたりも駆けつけてきましたよ。まったくこの星は恐ろしいですねえ、ひ弱な私にはとても侵略など思いもできませんよ」

 まるで他人事のような気楽な態度。自分が送り出した怪獣がやられそうだというのに、まるで気にした様子を見せていない。

 隣のジョゼフは無言で、なにかをじっと考え込んでいる。シェフィールドが心配そうにのぞき込んでいるが、まるで気づいている様子さえない。

 ジョゼフにここまで深刻に考えさせるものとはなにか? そして黒幕の宇宙人は、手を叩いて愉快そうにしながらクライマックスを告げた。

「おやおや、そろそろ決着みたいですね。王様、見逃すと損をしますよ。私も私の世界にはいないウルトラマンがどんな必殺技を繰り出すのか、もうワクワクしてるんですから」

 だがジョゼフは答えず、視線だけをわずかに動かしたに過ぎない。

 そしてそのうちにも、戦いは黒幕の言った通りに終局に入ろうとしていた。

 

 まずは怪獣たちに先んじて、ワルドが引導を渡されようとしていた。

「くっ、弱いくせにしぶとさだけは一人前だな」

「伊達に猛訓練してきたわけではないのでね。これくらいでへばっていたら、もっと怖いおしおきが来るのさ」

 ギーシュたちは三人がかりでワルドの偏在ひとりと対峙していた。互角、と言いたいところだがさすがワルドは強く、ギーシュたちは苦戦を余儀なくされているが、ワルドとて楽なわけではない。

「だが、いくら粘っても私の偏在ひとつ倒せないお前たちに勝機はないぞ」

「それはどうかな? ぼくらはただの時間稼ぎだったことに気づかなかったようだね。ルイズ、いまだ!」

「ええ、あんたたちにしちゃ上出来ね。『ディスペル!』」

 合図を受けたルイズが詠唱を終えて杖を振り下ろすと、杖の先から虚無の魔法の光がほとばしり、ワルドの偏在たちを影のように消し去っていった。あらゆる魔法の威力を消滅させる『ディスペル』の魔法の効力だ。

 たちまち一人になるワルド。ワルドは、水精霊騎士隊の戦いが、最初からディスペルの詠唱を終えるための囮であったことに気づくが、もう遅い。

「し、しまった」

「ようし、これで邪魔者は消えたな。みんな、袋叩きにしてやれーっ!」

 いくらワルドでもひとりで才人をはじめ水精霊騎士隊全員とは戦えない。悪あがきのライトニング・クラウドも才人のデルフリンガーに吸収され、後にはワルドの断末魔だけが響いた。

 唯一、救いがあるとすればルイズが冷酷に言い放った一言だけだろう。

「とどめは刺すんじゃないわよ。そいつには吐かせなきゃいけないことがたくさんあるんだからね。まあ、アニエスの尋問を受けるのに比べたら死んだほうがマシかもしれないけど」

 まさしく『烈風』の血を引く者としての苛烈な光を目に宿らせたルイズの冷たい笑顔が、ワルドが気を失う前に見た最後の光景であった。

 

 そして、怪獣たちにもまた最後が訪れようとしている。

「ダアアッ!」

 ガイアがアブドラールスを宿営地の外側へと大きく投げ飛ばす。そして、無人の空き地に落ちたアブドラールスに向けて、ガイアは左腕にエネルギーを溜め、右手を交差させながら持ち上げると、そのまま腕をL字に組んで真紅の光線を放った。

『クァンタムストリーム!』

 光線の直撃を無防備に受けて、アブドラールスはそのまま大爆発を起こして四散した。

 

 さらに、ダイナも空を飛び交うサタンモアとの空中戦の末、両腕を広げてエネルギーをチャージし、全速力で突進してくるサタンモアに対してカウンターで必殺光線を放った。

『ソルジェント光線!』

 頭からダイナの必殺技を浴びたサタンモアは火だるまになり、そのまま花火のように爆発して宿営地の空にあだ花を残して消えた。

 

 ダイナはガイアのかたわらに着地し、「やったな」というふうに肩を叩いた。

 だが、ガイア・我夢は素直に喜ぶことができなかった。

〔どうした我夢? どっかやられたのか〕

〔いや、本当にこれで終わったのかなと思って。なにか、あっけなさすぎると思って〕

 ガイアもダイナもたいした苦戦をしたわけではない。ふたりともカラータイマー、ガイアの場合はライフゲージではあるが、青のままで余力たっぷりだ。

 念のために周りを探ってみたが、別の怪獣が潜んでいる気配もない。こちらがエネルギーを消費したところへ追撃が来るというわけでもなさそうだ。Σズイグルのように罠を残していった様子もなかった。

 アスカも、言われてみれば楽に勝てすぎたと思い当たったようだが、彼にもそれ以上はわからなかった。

 しかし、ウルトラマンの活動限界時間は少ない。考えている時間はなく、ふたりともこれ以上余計なエネルギーを消耗するわけにはいかないと飛び立った。

「ショワッチ」

「シュワッ」

 ガイアとダイナはガリア兵たちの歓声に見送られて飛び去り、宿営地に安全が戻った。

 兵たちは秩序正しく動き出し、被害箇所の復旧や負傷者の救助に当たり始めた。

 そんな中で、タバサは連行されていくワルドの姿を見た。すでに大まかな報告はタバサのところに上がってきており、概要は知っている。

 だが、タバサもまた解せない思いでいた。

「おかしい……」

「ん? なにがおかしいのね、おねえさま」

「ジョゼフの仕業にしては、あっさりしすぎてる……」

 シルフィードにはわからないだろうが、ジョゼフという男を長年見続けてきたタバサには、これがジョゼフのしわざとは到底思えなかった。

 確かにふたりのウルトラマンは強かった。それに、才人やルイズたちが強いのも友人のひいき目はなくわかっているつもりだ。だがそんなことはジョゼフなら当然わかるはずで、力押しならば圧倒的な戦力を背景にした上で、そうでなければ裏をかいて悪辣な何かを仕組んでいるのが常套だ。

 しかし、今回は怪獣たちは特に強化された様子もなく、ワルドも前のままの実力であっさりと捕らえられてしまった。追い詰められて手段を選んでられなくなったのか? いや、それはない。ジョゼフがそんな暗愚の王ならば、とっくの昔に仇は討っていた。けれど、ここが陽動でほかの場所で事件が起きたという知らせもなく、タバサもまた公務に忙殺されていった。

 

 激震が起きたのは、その翌日である。

 その日、ルイズは才人を連れてトリステイン王宮を訪れていた。もちろん昨日の顛末を女王陛下に報告し、さらに今後のことを話し合うためである。

「女王陛下、ルイズ・フランソワーズ、ただいま参上つかまつりました」

 謁見の間には、アンリエッタのほかにタバサも先にやってきていて、王族同士ですでに話をつめていたようだ。

 なお、ウェールズは今はアルビオンに戻っている。アルビオンもまだまだ安泰というわけではないので当然だが、新婚だというのに別居せねばならないアンリエッタのことをルイズは痛ましく思った。平和が戻った暁には、トリステインとアルビオンを夫婦で交互に行き来して統治するつもりだというが、一日も早くそうしてあげたいと切に願っている。

 今日はこれから、捕縛したワルドから引き出した情報を元にしてジョゼフへの対抗策の原案を練る予定となっていた。だが、謁見の間に深刻な面持ちで入ってきたアニエスの報告を受けて、一同は愕然とした。

「ワルドの記憶が消されている、ですって!?」

 ルイズは思わず聞き返した。ほかの面々もあっけにとられている中で、アニエスは自分も納得できていないというふうにもう一度説明した。

「目を覚ましたワルドを、考えられるあらゆる方法で尋問したが、奴は錯乱するばかりで何も答えようとはしなかった。そこで、まさかと思って水のメイジに奴の精神を探ってもらったら、どうやら奴はここ数年来の記憶をまとめて消されてるようなのです」

「ここ数年ということは、つまりトリステインに反旗を翻したことも、昨日のことも……」

「ええ、きれいさっぱり忘れてしまっています。嘘をつけないように、それこそあらゆる手を尽くしましたが、結果は同じでした」

 アニエスの言う「あらゆる手」が、どんなものであるか、才人は想像を途中で切り上げた。ここは現代日本ではない、悪党へのむくいも違っていてしかるべきだ。

 しかし、記憶が消されているとは。アニエスは説明を続ける。

「恐らく、敗北したら記憶が消去されるようになんらかの仕掛けがされていたのでしょう。魔法か、薬物か、催眠術か……今、調査を続けておりますが、奴の記憶が戻る望みは薄いと思われます」

「口封じというわけね……けど、おかしいわね。口封じのためなら敗北したら死ぬようにしておけば、一番確実で安全でしょうに?」

 ルイズは、なぜワルドを生かして捕らえさせたのかと疑問を口にした。

 記憶が消されているのはやっかいだが、戻る可能性が皆無というわけではない。たとえば何らかの魔法、今も行方不明のアンドバリの指輪でも使えば強固な精神操作は可能であろうが、ディスペルを使えば解除は可能だ。そのくらいのことをジョゼフが予見できないとは考えられない。

 なら、記憶を消されたワルドにはまだ何か役割があるということか? アンリエッタはアニエスに、念を押すように尋ねた。

「アニエス、死んだはずのワルド子爵ですが、本当に死んだところを確認したのですね?」

「はい、あのとき奴の心臓をこの手で確実に……そして怪物と化した後はウルトラマンAが倒したのをこの目で確認しました。あれで、生きているわけがありません」

「しかし、現に子爵、いえ元子爵は生きた姿で帰ってきました。シャルロット殿、あなたはどう思われますか?」

 話を振られたタバサは、自分もいろいろと考えていたらしく、仮説を口にした。

「まだ、はっきりしたことは言えないけど。可能性としては、前にあなたたちが倒したワルドが偽物だった、スキルニルなどを使えば精巧な偽物は不可能じゃない。第二に、ワルドに似せた別人を自分をワルドだと思わせるように洗脳した。ほかにもいくつか仮説はあるけれど、どれも『なぜこのタイミングでワルドを送り込んできた』かの説明ができない。腕の立つ刺客なら、ジョゼフはほかに何人も雇えるはず」

 確かに、タバサを始末するだけならあんな派手な攻撃は必要ない。むしろひっそりと暗殺者を送り込むほうが安全で確実だ。なにより、ワルドはルイズたちへの雪辱に気を取られてタバサには目もくれていなかった。

 ルイズや才人も、納得のいく答えが出なくて悩んでいる。才人は、なにかあったらまたその時に考えればいいんじゃね? という風に笑い飛ばそうかとも思ったが、自分の手で確実に葬ったはずの奴が当たり前のように戻ってきたと思うと、やはり不愉快なものがあった。そんなにしつこいのはヤプールと、いいとこバルタン星人くらいでいい。

 残された手掛かりはワルドのみ。今もミシェルがやっきになって調査をしているものの、あまり期待はできそうにない。

 タバサはアニエスに対して、もう一度尋ねた。

「あのワルドという男、本当にあなたたちの知っているワルドそのものなの? スキルニルで作られた複製、あるいはアンドバリの指輪で操られている死人という可能性は?」

「ない! 女王陛下への報告の前に、あらゆる手立ては尽くした。魔法アカデミーにも頼んで徹底的にな。あれは間違いなくワルドだ。生きた人間だ!」

 アニエスはいらだって大声で答えた。彼女とて信じられないのだ、確実に死んだはずの人間がまた現れる。そんなことは、先の始祖ブリミルの一件だけでたくさんだ。

 

 しかし、完全に秘匿されているはずのこの部屋を、こっそりと覗き見ている者がいた。

 それは窓ガラスに張り付いた一匹の蛾。それが魔法で作られたガーゴイルであれば、部屋のディテクトマジックに引っかかっていだろうが、あいにくそれは科学で作られた超小型のスパイロボットだったのだ。

 その情報の行く先はもちろんガリアのヴェルサルテイル宮殿。そこでジョゼフとシェフィールドを前にして、黒幕の宇宙人は高らかに宣言した。

「ウフハハハ! 聞きましたか王様? 間違いなく生きた人間そのものだそうですよ。これで、私の言うことを信じていただけますね! では、始めていただけますね。約束しましたよね?」

「ああ、やるがいい……ミューズ、出かけるぞ。支度しろ」

「ジョゼフ様……はい、仰せのままに……」

 グラン・トロワから飛行ガーゴイルが飛び立ち、ジョゼフを呼びに来た大臣が騒ぎを起こすのはその数分後のことである。

 

 そして時を同じくして、トリステイン王宮でも事態は急変していた。

 突然、謁見の間の窓ガラスが割れて、室内に乾いた音が響き渡る。

「女王陛下!」

「ルイズ、俺の後ろにいろ!」

 敵襲かと、アニエスはアンリエッタをかばって剣を抜き、才人もルイズをかばって同じようにする。もちろんタバサも愛用の杖を握って、女王ではなく戦士の目に変わった。

 しかし、敵の姿は見えず、代わってガラスの破片の中からジョゼフの声が響いた。

『シャルロットよ、お前の屋敷で待っている。戦争を止めたければ、来い』

 それが終わると、ボンと小さな爆発音がして静かに戻った。

 いまのは、いったい……? 唖然とするルイズや才人。だが、タバサはわかっていた。わからないはずがなかった。

「ジョゼフ……」

 あの男の声を、父の仇であるジョゼフの声を聴き間違えるはずがない。

 だが、ジョゼフの声にしては珍しく落ち着きがなく、動揺が混じっていたように感じられたのはなぜだ? しかしタバサの中の冷静な部分の判断も、抑え込み続けてきた怒りの前にはかなわなかった。

 謁見の間の窓ガラスを自ら叩き壊し、ベランダに出たタバサはシルフィードを呼び寄せた。もちろんルイズや才人が慌てて引き止めようとする。

「待ってタバサ! あなた、どこへ行くつもり?」

「ジョゼフが待ってる。わたしは、行かなきゃいけない」

「なに言ってるのよ! これは間違いなく罠よ。あなたならわかるでしょう」

「たとえ罠でも、これはジョゼフを倒すまたとない機会。たとえ刺し違えても、あの男をわたしは倒す。わたしがいなくてもガリアは……さよなら」

 飛びついて止める間もなく、タバサはシルフィードで飛び去ってしまった。こうなると、シルフィードに追いつけるものはそうそう存在しない。

「タバサ! ああ、もうあんなに小さく。アニエス、竜かグリフォンを、って、それじゃ間に合わない。シルフィードより速いのなんてお母様の使い魔くらいしか、お母様は今どこ?」

「カリーヌどのは昨日の襲撃の検分のために、ちょうどお前たちと入れ違いになった。お前こそ、前に使ってみせた瞬間移動の魔法はどうした!」

「遠すぎるしシルフィードが速すぎるわ! もう、あの子ったら我を忘れちゃってるわ。こんなときに限って、キュルケもいないんだから、もう!」

「落ち着け! 追いつけなくても追いかけることはできる。シャルロット女王はどこへ向かった? 飛び去ったのはリュティスの方角ではないぞ」

 アニエスに言われて、ルイズははっとした。あの方向は、まっすぐ行けばラグドリアン湖……そしてキュルケから聞いたことがある。ラグドリアン湖のほとりには。

「旧オルレアン邸……タバサの実家だわ!」

 ジョゼフの言葉とも一致する。そこだ、そこしかないと才人とルイズは飛び出した。

 同時にアンリエッタもアニエスに命じる。

「アニエス、伝令を今連絡がとれる味方すべてに出しなさい。あらゆる方法を使って、ラグドリアン湖の旧オルレアン邸に急行するのです! シャルロット殿を死なせてはなりません!」

 伝書ガーゴイル、その他思いつく限りの方法がトリステイン王宮から放たれる。

 そして、急報を受けてトリステインのあらゆる方向からタバサに関わりのある者たちが飛び立っていく。目指すはオルレアン邸、前の戦いの疲れも癒えないままに、それはあまりにも唐突で早すぎる決戦かと思われた。

 

 

 しかし、いかに彼らが急ごうとも、タバサに先んじてラグドリアンまでたどり着ける位置と方法を有している者は、ウルトラマンでさえいなかった。

 

 

 オルレアン邸は現在ギジェラに破壊されて以降、放置されたままの廃墟の姿をさらし続けている。

 タバサは飛ばされる理由もわからずに飛んでいるシルフィードに乗って、自分の家であり、かつて異世界に飛ばされる場所になったそこに帰ってきた。

「ここで待っていて」

 タバサは門の前にシルフィードを残すと、ひとりで邸内へと入っていった。

 敷地内は雑草で覆われ、焼け落ちた邸宅はつるに巻き付かれて荒れ放題な様相を見せていた。

 女王のドレスに身を包んだままのタバサは、油断なく杖を構えながら庭を進んでいく。かつて幼い日には家族と遊びまわった庭、ジョゼフが弟を訪ねて遊びにやってきたことも何回か覚えている。

 そう、オルレアン公と王になる前のジョゼフは、庭の一角にテーブルを広げ、よくチェスに興じていたものだ。思えば、チェスに関しても無類の強さを持っていた父が「待った」をしていたのはジョゼフを相手にだけだったかもしれない。

 そしてその場所で、ジョゼフはひとりで立って待っていた。

「来たなシャルロット……ここも変わってしまったな。俺がここにやってきたのは、ざっと五年ぶりくらいだ。あの頃のお前はまだ妖精のように小さくて、来るたびにシャルルの奴が娘の自慢話を長々と聞かせてくれたものだ」

「呼ばれたから、来た。なにを、企んでいるの?」

「そう警戒するな。別に罠などは仕掛けていないし、ここにいる俺はスキルニルでも影武者でもない俺本人だ。お前より先にリュティスからここに来るのは、少々骨を折ったぞ」

 ジョゼフは杖も持たずに棒立ちでタバサの前に無防備でいた。

 対してタバサは油断せずに、全神経を研ぎ澄ませてジョゼフと自分の周囲を観察している。

 伏兵が潜んでいる気配は特にない。目の前の相手も、こうして確認する限りではジョゼフ本人に間違いはない。だが、一気に魔法を撃って仕留める気にはならなかった。ジョゼフも虚無の担い手であることは判明している。下手な攻撃は返り討ちに合う危険性が高い。

 だが、洞察力をフル動員してジョゼフを観察しているタバサは、違和感を覚えてもいた。なにか、声に余裕がなく、焦っているように感じられる。あのジョゼフが焦る? まさか。

「ここはわたしの家、客人は来訪の用件を言ってもらう」

「フ、たくましくなったものだなシャルロット。用事は簡単だ。お前にひとつ、相談したいことがあってな」

「相談? 冗談はよして」

「冗談ではない、俺は本気だ。実は今、真剣に悩んでいることがあってな。お前にもぜひ意見をもらいたいんだ」

 信じがたい話だが、ジョゼフが嘘を言っているようには思えなかった。だがジョゼフの口から出る言葉が、まともなものとはとても思えなかった。

 このまま問答無用で仕留めにかかるか? 相談とやらが何か知ったことではないが、それを聞けばまず間違いなく自分が不利になる。

 しかし、タバサが決断するよりも早く、ジョゼフがつぶやいた一言がタバサの心を大きく揺り動かした。

「……」

「……え?」

 タバサの表情が固まり、心臓が意思に反して激しく脈動し始めるのをタバサは感じた。

 ジョゼフは今、なんと言った? まさか、いやそんな馬鹿な。だが、それならジョゼフの焦りの説明もつく。そうか、あれはすべてこのために用意された伏線だったのか。

 呼吸が荒くなり、杖を持つ手が幼子のように震えだす。それは、どんな悪魔のささやきよりも深くタバサの胸へと浸透していった。

 

 その間にも、才人たちは全速力でオルレアン邸へと急行しつつある。

 けれど、黒幕のあの宇宙人はそれにも動じることはなく、自分の思い通りに事が進んでいることに高笑いを続けていたのだ。

 

 

 続く


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