ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第59話 予期せぬ刺客

 第59話

 予期せぬ刺客

 

 UFO怪獣 アブドラールス

 円盤生物 サタンモア 登場!

 

 

「さて皆さん、ここで質問です。あるスポーツで、とても強いチームと戦わねばならないとします。まともに試合をしてはとても敵いません。さて、あなたならどうしますか?」

 

「ふむふむ、『あきらめない』『必死に練習をする』。ノンノン、そんなことじゃとても敵わない相手です。たとえばあなた、ウルトラ兄弟を全員いっぺんに相手にして勝てますか? 無理でしょう」

 

「では、『反則をする』『審判を買収する』『相手チームに妨害をかける』。なるほどなるほど、よくある手段ですが、発想が貧困ですねぇ」

 

「いいですか? 本当の強者は、もっとエレガンツな方法で勝利を掴むものなのですよ。それをこれからお見せいたしましょう」

 

「んん? 私が誰かって? それはしばらくヒ・ミ・ツです。ウフフフ……」

 

 

 間幕が終わり、また新たな舞台の幕が上がる。

 

 

 ハルケギニア全土を震撼させたトリスタニア攻防戦、そして始祖ブリミルの降臨による戦争終結から早くも数日の時が流れた。

 その間、世界中で起きた混乱も少しずつ終息に向かい、民の間にも安らぎが戻ってきている。

 もちろん、裏では教皇が実は侵略者だったことに尾を引く動乱は、ブリミル教徒の中では枚挙の暇もなく続いていた。ただそれも、始祖ブリミル直々のお言葉という鶴の一声のおかげで、少なくとも善良な神父や神官については無事に済んでおり、今日も朝から街や村でのお祈りの声が途切れることはない。

「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかなる糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」

 戦火の中心であったトリスタニアでも、今では料理のための煙が空にたなびき、復興のためのノコギリやトンカチの音が軽快に響いている。

 やっと戻ってきた平和。そして、長い間陽光をさえぎって世界を闇に包んでいたドビシの暗雲が消えたことで、ようやく人々に安息の笑顔が蘇り、元通りの日常を取り戻すという希望が街中に満ち溢れていた。

 瓦礫は取り除かれ、道には資材を積んだ荷馬車が行き来する。昨年にベロクロンによって灰燼に帰したトリスタニアを復興した経験のある人々は、あれに比べたらマシだと汗を光らせて仕事に精を出す。

 戦火を逃れて避難していた町民たちも自分の家や店に戻ってきつつあり、中央広場では止められていた噴水が再び水を噴き始め、その周りでは子供たちが遊んでいる。

 そうなると、商売っ気を出してくるのが人の常だ。すでに一部の店舗は営業を再開しつつあり、魅惑の妖精亭でも本業への復帰の盛り上がりを見せていた。

「さあ妖精さんたち、戦争も終わってこれからはお金がものを言う時代よ。みんなで必死で守ったこのお店で、修理代なんか吹っ飛ばすくらい稼いじゃいましょう! いいことーっ!」

「がんばりましょう! ミ・マドモアゼル!」

「トレビアーン! みんな元気でミ・マドモアゼルったら涙が出ちゃう。そんなみんなに嬉しいお知らせよ。みんな無事でこうして集ってくれたお礼に、なんと一日交代で全員に我が魅惑の妖精亭の家宝である魅惑の妖精のビスチェを着用させてあげるわ」

「最高です! ミ・マドモアゼル!」

「うーん、みんな張り切ってるわねえ。さあ、お客さんが待っているわよ。まずは元気よく、魅惑の妖精のお約束! ア~~~ンッ!」

 スカロンのなまめかしくもおぞましいポージングに合わせて、ジェシカをはじめとする少女たちが半壊した店で明るく声をあげていった。

 あの戦いの終わった後で、魅惑の妖精亭でもいろいろなことがあった。新たな出会い、再会、それらの舞台となった大切なこの店は、これからもずっと繁盛させていかないといけない。

 

 賑わう店、だがこれはここだけのことではない。

 戦争が終わったことで、タルブ村やラ・ロシェールのような辺境、アルビオンのような他国でも、同じように活気は戻ってきつつある。

 人は不幸があっても、それを乗り越えて前へ進む。それが人の強みだ。

 

 けれど、平和が完全に戻るためにはまだ大きな障害が残っている。

 トリステイン魔法学院の校長室から、オスマン学院長が無人の学院を見下ろして寂しそうにつぶやいた。

「魔法学院の休校は無期限継続か。いったいいつになったら学び舎に子供たちが帰ってこれるのかのう……」

 戦争は終わったけれども、トリステインの戦時体制は解除されていない。あれだけ大規模であった戦争は、その後始末にも膨大な手間を要し、教員や生徒であっても貴族には仕事は山のようにあり、トリステインが猫の手も借りたい状況は終わっていなかったのである。

 学院が休校になった後、校舎には警備と保全のための最低限の人間のみで、教員で残っているのは高齢を理由に参戦を控えたオスマンのみ。しかしそれでも、いつでも学院を再開できるように待ち続けており、貴族はいなくても厨房ではマルトーやリュリュたちが火を消さずにいる。

 

 

 平和は一度失うと、取り戻すための代償は大きい。しかし、現世は戦わなければ大切なものを得ることのできない修羅界でもある。

 だが、勝利の余韻が過ぎ去った後に、戦士たちに戻ってくるのが闘志とは限らない。忘れてはならないが、才人は元々はただの高校生、ルイズたちにしても、貴族として国のために命を捧げる覚悟は詰んできたものの、まだ十代の少年少女に過ぎない。

 そんな彼らに、戦争には必ず潜んでいるが、これまで大きく現れることのなかった魔物が、音もなく侵食しはじめてきていたのだ。

 

 

 確かにロマリアが主体となった戦争は終わり、聖戦は回避された。けれども、凶王ジョゼフのガリアがまだ残っている。鉄火なくしてこれを倒せると思っている人間はひとりもいなかった。

 また、次の戦争が始まる……対すべき敵はガリア王ジョゼフ。教皇と手を組み、世界を我が物にせんと企んでいたと目される無能王と、ガリア王家の正統後継者として帰って来たシャルロット王女との全面対決はもはや必至と誰もが思っていた。

 そして戦争の中心にいた才人やルイズたちも、ブリミルとの別れから、再会や出会いを経て、新たな戦いへ向けての準備を始めている。しかし彼らは、これが正しいことと理解しながらも一抹の寂しさを覚えていた。

「なんかタバサのやつ、ずいぶん遠くに行っちまった気がするな」

 才人は、ガリアの女王としてガリア兵士の前でふるまうタバサを見るたびにそう思うのだった。正確にはまだ正式に即位していないので女王というのは自称に過ぎないのだが、トリステインに投降したガリア兵をはじめ、ほとんどの人間がいまやシャルロット女王こそガリアの正統なる統治者だと認識していた。

 これはシャルロット王女が始祖ブリミルの直接の祝福を受けたことが最大の理由ではあるが、単純に、タバサの父であったオルレアン公の人気の高さと、ジョゼフの人望のなさが反映されたというのも大きい。

 オルレアン公が暗殺されたのは四年前。ルイズたちもまだまだ子供の頃で、しかも外国のことであるので当時は詳しくなかったのだが、まさか自分たちのクラスメイトがその渦中の人になるとは想像もできなかった。

「すんなりアンリエッタ女王に決まったトリステインは幸運だったのかもしれないわね。たったひとつの王の椅子を巡って家族で争う、ね……タバサ……でも、それがあの子の選んだ道なのよ。むしろ、これまで友人でいられたことのほうがおかしかったのよ」

 ルイズも、もしもカトレアやエレオノールと争うことになっていたらと思うとぞっとした。自分は貴族の責務を背負っていることを自覚してきたが、王族の責務からしたら軽いものだ。

 今ではタバサにまともに話しかける機会さえなかなかない。しかしそんなわずかな機会に話した中でも、タバサはガリアのために女王となることに迷いを見せてはいなかった。

「本来はわたし一人であの男と決着をつけるつもりだった。でも、もうこれ以上わたしの私情で対決を引き伸ばして世界中に迷惑をかけるわけにはいかない。わたしはガリアの女王になる、これはもう決めたことだから」

 タバサにはっきりとそう告げられ、ルイズたちはそれ以上なにも言うことはできなかった。

「タバサもきっと、わたしたちと同じように異世界でいろんな経験をしてきたのよ。寂しいけど、きっとそれがガリアにとってもタバサ自身にとってもきっと一番いいことなんだわ」

「そうだよな、おれたちはタバサの意思を尊重しなくちゃいけない……ってのはわかってんだけど、もう学院に戻れてもタバサはいないんだぜ。やっぱり寂しいぜ」

「サイト、もうわたしたちの感情でどうこうできるレベルの話じゃないのよ。それに、寂しいっていうならキュルケが我慢してるのに、わたしたちが愚痴を言うわけにはいかないわよ」

 ふたりとも、タバサにはこれまで多くの借りがあった。それを返したい気持ちも多々あるが、ルイズの言うとおり、一国の運命がかかっているというのに自分たちの私情でタバサに迷惑をかけることはできなかった。

 ガリア王国がタバサの手に渡るか、それともジョゼフの手にあり続けるか。それによってガリアだけでも何十万人もの生死に関わってくることと言われれば、才人も返す言葉がなかった。こればかりはウルトラマンたちがいようとどうすることもできない。

 コルベールやギーシュたちも、タバサが実はガリアの王女だったと知って驚いたものの、今ではできるだけ彼女を支えるべく行動している。彼らはルイズと同じく、貴族や王族の責務というものを心得ていて、才人はギーシュたちのそんな切り替えの速さを見ながら、やはり自分はこの世界の人間とは異質な存在なんだなと心の片隅で思っていた。

「なあルイズ、確か学院の予定だったら、もうすぐ全校校外実習……要するに遠足だろ? せめてそれくらい」

「サイト! 今はそんなこと言ってる場合じゃないって何度言えばわかるのよ。今タバサがガリアを統治できたらハルケギニアはようやく安定できるわ。それが、一番多くの人のためになることで、それはタバサにしかできないことだって、これ以上言わせると承知しないわよ!」

「ご、ごめん。でも、どうしても釈然としなくてさ。やっと教皇を倒してホッとできると思ったらまた戦争だぜ。これで本当に平和が来るのかと思ってさ」

 才人の暗い表情に、ルイズも気分が悪いのは同調していた。

 もしもガリアをタバサが統治できれば、アルビオン・トリステイン・ガリアで強固な連帯が組まれてハルケギニアは安定する。そして三国が協調すればゲルマニアも追従せざるを得なくなる。ロマリアは勢力が大幅に減退してしまっており問題にならず、実質的にハルケギニアに平和が訪れるということになるのだ。

 もちろん、完全な平和とはいかないが、平和とは地球でも均衡の上に成り立つものだ。そもそも世界中の人間が心から仲良く、などとなれば『国』というものがいらなくなる。残念ながら、それが実現するのは遠い遠い未来のお話であろう。

 うかない気分をぬぐいきれずに、次の戦いの準備を進める才人たち。その様子を、ウルトラマンたちも複雑な心境で見守っていた。

「長引きすぎる戦いに、皆が疲れ始めているようだ。しかし、我々にはどうすることもできない」

 再び旅立ったモロボシ・ダンが言い残した言葉である。彼をはじめ、どの世界のウルトラマンもこの戦争には関与できない。もしもジョゼフが怪獣を投入してきた場合は別だが、それ以外では静観するしかないのだ。

 この戦争は、あくまでハルケギニアの人間同士の勢力争いである。宇宙警備隊の範疇ではなく、我夢やアスカらにしても直接関わるのははばかられた。彼らは戦争中にヤプールや他の侵略者が介入してこないかを見張ってくれている。

 だが、彼らは外部からの侵略者よりも、この世界での友人たちの内面が受ける心配をしていた。特にウルトラマンアグルこと、藤宮博也はこの世界の状況を見て我夢にこう言っている。

「人間は、自分が”狙われている”という状況にいつまでも耐えられるほど強くはない。この世界の人間たちも、俺たちの世界の人間たちと同じ過ちを犯しかねない状況になっている」

 我夢や藤宮のいた世界では、いつ終わるともわからない破滅招来体との戦いの中で人間たちは焦り、地底貫通弾による地底怪獣の早期抹殺や、ワープミサイルでの怪獣惑星の爆破などといった強攻策を浅慮に選んで手痛い目に何度も会っている。M78世界でも、防衛軍内を騒然とさせた超兵器R1号計画の推移も、度重なる宇宙からの侵略に地球人たちが「いいかげんにしろ」としびれを切らせた気持ちがあったことをダンは理解している。戦いに疲れ果て、もう戦うのは嫌だという気持ちが人に正気を失わせてしまうのだ。

 今のハルケギニアは、長引く戦いで疲れが溜まりきってしまっている。このまま開戦すれば、決着を焦った人々によって何が起こるかわからない。ウルトラマンたちはそれを懸念していた。

 けれど、戦いを避けるという選択肢が実質ないことも皆が理解していた。当初、アンリエッタらは圧倒的戦力差を背景にしてジョゼフに生命の保証を条件に降伏を迫ろうと提案したが、タバサがジョゼフの異常性を主張して断念させた。

「忘れないでほしい。あの男は、王になるために自分の弟を殺した男だということを。そして、王でなくなったあの男を受け入れるところなんて世界中のどこにもない、ガリアの民がそれを許さないということを」

 一切の反論を封じる、タバサの氷のような視線が残酷な現実を突きつけていた。

 ジョゼフの積み上げてきた業は、もう生きて清算できるようなものではない憎悪をガリアの民から買っている。ガリアの民は、ジョゼフの支配が完全な形で終わることを望んでいた。

 

 トリステインでは、前の戦争で攻め込んできたガリア軍がそのままシャルロット女王の軍となり、ガリア解放のために動く準備を日々整えている。

 開戦の日は近い。才人たちは、あくまでもタバサに個人的に協力するという立場で、ひとつの街ほどの規模のあるガリア軍の宿営地で手伝いを続けていた。

 

 

 だが、戦いの火蓋は感情や理屈を無視して、文字通り災厄のように切って落とされた。

「おわぁぁぁっ! なんだ、敵襲かぁ?」

 ガリア軍の宿営地に火の手があがった。同時に爆発音が鳴り、砂塵が舞い上がって悲鳴がこだまする。

 兵士たちの仮の寝床であるテントが次々と吹き飛ばされ、武器を持つ間もなく飛び出したガリア兵たちが右往左往と走り回る。

 それを引き起こしている元凶。それは、この一分ほど前、宿営地を襲った激震を前兆として現れた。

「地震か! おい、みんな外へ出ろ!」

 そのとき、テントの中では才人やルイズがギーシュたち水精霊騎士隊と休息をとっていた。しかし、突然の地震に驚き、とにかく外へと飛び出たとき、彼らは地中から空へと躍り出る信じられないものを目の当たりにしたのだ。

「サイト! あの円盤は」

「あれは! なんであれがまた!?」

 地中から現れて、宿営地を見下ろすように空に浮かんでいる光り輝くUFOの姿にルイズと才人は愕然とした。

 白色に輝くあのUFOは、一年前の雨の夜、リッシュモンが操ってトリスタニアを襲撃したものとまったく同じだったのだ。

 だがあれは確かに破壊したはず。それがなぜまた現れる!? 同じ型のUFOがまだあったのか? だがUFOは困惑する才人たちを尻目に、破壊光線を乱射して宿営地を攻撃し始めた。あまりに突然の襲撃に、宿営地は完全に秩序を失った混乱に陥っている。

「くそっ、考えてる暇はねえか。ルイズ、あいててて!」

「遅いわよバカ犬。このままじゃガリア軍はすぐ全滅しちゃうわ、戦えるのはわたしたちしかいない。行くわよ」

 ルイズは才人の耳を引っ張りながら連れ出そうとした。完全にふいを打たれたガリア軍に邀撃する術はなく、トリステインから援軍が来るのを待っている余裕もない。

 いや、迎え撃つ余裕があったとしても、竜騎士の力程度ではあのUFOに対抗する術はない。なにより、今ここを襲撃してくるのはジョゼフの息のかかったものに違いない。ここには全軍を統率する立場としてタバサもいる。タバサがやられたらガリアは完全におしまいだ。

「あんなのが出てきたなら、こっちだって遠慮する必要はないわ。わたしのエクスプロージョンで叩き落してあげる、それでダメならわかってるんでしょバカ犬!」

「わかったわかった! わかったからもうやめろってご主人様」

 UFOが相手ならウルトラマンAも遠慮する必要はない。ともかく、ギーシュたちの目の届かない場所に移動するのが先決だ。幸い連中もあたふたしていて、今ふたりが姿を消したとしても気づかれない。

 だが、UFOはふたりが行動を起こすよりも早く、下部からリング状の光線を放射して地上にあの怪獣を出現させた。黒光りするヌメヌメとした体表に、黄色い目を持ち、体から無数の触手を生やしたグロテスクなあの怪獣は。

「アブドラールス! くそっ、あいつも前に倒したはずなのに。どっからまた出てきやがった!」

 才人が毒づく前で、アブドラールスはさっそく目から破壊光線を放って宿営地を破壊し始めた。その圧倒的な猛威の前には、ガリア軍は文字通り成すすべもない。

 もう躊躇している場合ではない。ここにいるウルトラマンはエースだけ、才人とルイズは急いで変身をしようと踵を返しかけた、だがその瞬間。

「うわっ! なんだこの突風は!?」

 猛烈な風が吹いて、才人は飛ばされそうになったルイズを抱きとめてかがんだ。

 うっすらと目を開けて見れば、さっきまでいたテントが突風にあおられて飛んでいき、ギーシュたちも手近なものに掴まってこらえている。

 あのUFOかアブドラールスの仕業か? だがどちらも突風を起こすような攻撃は持っていなかったはず、なのにと才人が考えたとき、空を見上げたルイズが引きつった声で才人に言った。

「サ、サイト、空を見て!」

「な、なんだよ……そんな……そんなことってあるかよ!」

 才人は自分の目が信じられなかった。空を飛びまわる船ほどもある巨大な鳥、それは以前にアルビオンで戦って倒したはずのあの怪獣。

「円盤生物サタンモア! どうなってんだ、なんでまた倒したはずの奴が」

 奴は確かにアルビオンで葬ったはず。しかし、驚くべきことはそれだけではなかった。サタンモアの背中に人影が現れ、才人とルイズにとって聞き覚えのある声で呼びかけてきたのだ。

「久しぶりだねルイズ、それに使い魔の少年!」

「その声、そんな……そんな、ありえない!」

「てめえ! なんでここにいやがる。てめえ、てめえは確かにあのときに」

 ルイズと才人にとっての忌むべき敵のひとり。トリステインの貴族の衣装をまとい、レイピア状の杖を向けてくるつば広の帽子をかぶった男。

 だが、こいつはとうにこの世からいないはずだ。それが何故ここに? 才人とルイズの頭に怒りを上回る困惑が湧いてくる。

 混乱を増していく戦場。いったいなにが起こって、いや起ころうとしているのだろうか? これもジョゼフの策略なのだろうか?

 

 

 だが、混沌の元凶はジョゼフではなかった。それは、ジョゼフさえも観客として、自分が作り出したこの惨劇を遠くガリアのヴェルサルテイル宮殿から眺めている。

「さあ、楽しいショーが始まりましたよ。王様、とくとご覧ください。そうすれば私の言ったことが本当だとおわかりになるでしょう。そうしたら、私のお願い、かなえてくれますよね? ウフフフ」

「……」

 遠くトリステインの状況を映し出しているモニターを、ジョゼフが無言で見つめている。その表情にはいつもの自分を含めたすべてをあざ笑っているような余裕はなく、この男には似つかわしくはない緊張が張り付いていた。

 この部屋には、そんな様子を怒りをかみ殺しながら見守っているシェフィールドと、もうひとり人間ならざる者が宙にぷかぷか浮きながら楽しそうな笑い声を漏らしている。

 

 教皇に対してさえ平常を崩さなかったジョゼフに態度を変えさせる、こいつはいったい何者なのであろうか?

 それはむろん、ハルケギニアの者ではない。人間たちの思惑などは完全に無視して、戦争の気配が再度高まるハルケギニアに、誰一人として予想していなかった第三者が介入を計ろうとしていたのだ。

 

 それはこのほんの数時間前のこと。そいつは誰にも気づかれずに時空を超えてハルケギニアにやってくると、楽しそうに笑いながらガリアに向かった。

「ここが、ふふーん……なかなか良さそうな星じゃありませんか。ウフフフ」

 それは痛烈な皮肉であったかもしれない。今のガリアは王政府が混乱の巷にあり、貴族や役人たちが不毛な議論に時間を浪費し続けていた。もっともジョゼフはそんなことには何らの興味も持たず、タバサとの最後のゲームに向けて、機が熟するのを暇を持て余しながら気ままに待っていた。

 ジョゼフのいるのはグラン・トロワの最奥の王族の居住区。豪奢な寝室のテラスからは広大な庭園が一望でき、太陽の戻ってきた空の下で花や草が生き生きと美しく輝いている。それに対して、グラン・トロワの大会議室では大臣たちがシャルロット王女の立脚に対して、王政府はどう出ようかと紛糾しているのだが、ここには飽きもせず続いている罵詈雑言の嵐も届きはしない。

「まったく変なものだ。命が惜しければ、さっさと領地に逃げもどるなり、シャルロットに頭を下げるなりすればいいものを。いつまで宮殿に張り付いて、決まりもしない大義とやらを探し求めているのやら」

「ジョゼフ様、彼らはせっかく手に入れた地位を奪われるのが怖いのですわよ。シャルロット姫が帰ってくれば、彼らは確実に失脚します。命は助けられたとしても、一生を閑職で過ごすことになるのは明白。他人を見下すことに慣れた人間は、自分が見下されるようになるのが我慢できないのですわ」

 傍らに控えるシェフィールドが疑問に答えると、ジョゼフは理解できないというふうに首を振った。

「人を見下すというものが、そんなにいいものなのか余にはわからぬな。余は王族だが、すべてにおいて弟に劣る兄として侍従にまで見下されて育ったものよ。増して、今は世界中の人間が余を無能王と呼んでいる。そんな無能王の家来が、いったい誰を見下せるのか? 大臣たちはそんなこともわからんと見える」

 心底あきれ果てた様子で笑うジョゼフに、シェフィールドはうやうやしく頭を下げた。

「まったくそのとおりです。やがてシャルロット姫は軍勢を率いてここに攻めてくるでしょう。彼らにはそのとき、適当な捨て駒になってもらいましょう」

「はっはは、捨て駒にしても誰も惜しまなさ過ぎてつまらんな。今やガリアの名のある者は続々とシャルロットの下に集っている。対して余にはゴミばかり……フフ、これだけ絶望的な状況でゲームを組み立てるのもまた一興。シャルロット、早く来い! ここは退屈で退屈でかなわん。俺の首ならくれてやるから、代わりに俺はガリアの燃える姿を見せてやる。そのときのお前の顔を見て、俺の心は震えるのか? 今の俺にはそれだけが楽しみなのだ」

 空に向かって吼えるジョゼフ。その顔には追い詰められた暴君が死刑台に怯える気配は微塵も無く、最後に己の城に火を放って全てを道連れにしようとする城主をもしのぐ、すべてに愛着を捨てた虚無の残り火だけがくすぶり続けていた。

 

 すでにジョゼフの胸中には、これから起こるであろう戦争をいかに凄惨な惨劇にしようかという試案がいくつも浮かんでいる。数万、数十万、うまくいけば数百万の人命を地獄の業火に巻き込む腹案さえもある。

 だが、シェフィールドに酌をさせながら思案をめぐらせるジョゼフの下に、突如どこからともなく聞きなれない笑い声が響いてきた。

「おっほっほほ、これはまた聞きしに勝るきょーおーっぷりですねえ。人の上に立つ者とは思えないその投げ槍っぷり、わざわざ足を運んだかいがあったというものです」

 わざと音程に抑揚をつけて、聞く相手を不快にさせるためにしゃべっているような声に、真っ先に反応したのは当然シェフィールドだった。「何者!」と叫び、声のした方向に立ちふさがってジョゼフを守ろうとする。

 そして声の主は、自分の存在を誇示するように堂々とふたりの前に現れた。

「どぉーも、はじめまして王様。本日はお日柄もよく、たいへんご機嫌うるわしく存じます。ううぅーん? この世界のお辞儀って、これでよかったですかね」

 敬語まじりではあっても明らかに相手を小ばかにした物言い。ジョゼフたちの前に現れたそいつは、身の丈こそ人間と同じくらいではあるものの、ハルケギニアのいかなる種族とも似ていないいかつい姿をしていた。

 ”宇宙人か?” すでにムザン星人やレイビーク星人などの宇宙人をいくらか見知っていたシェフィールドはそう推測したが、そいつはシェフィールドの知っているいずれの星人とも似ていなかった。また、シェフィールドは自身の情報力で、ハルケギニアに現れたほかの宇宙人の情報も可能な限り調べ、その容姿も頭に入れていたが、やはりそのどれとも該当しない。仮にここに才人がいたとしても「知らない」と言うだろう。

 シェフィールドは長い黒髪の下の瞳を鋭く切り上げて、ほんの数メイル先で無遠慮に立っている宇宙人の悪魔にも似た姿を睨みつける。いざとなれば、その額にミョズニトニルンのルーンを輝かせ、隠し持った魔道具で八つ裂きにするつもりだ。

 だがジョゼフはシェフィールドを悠然と制し、目の前の宇宙人にのんびりと話しかけた。

「まあ待てミューズよ。余に害を成すつもりならば、頭にカビの生えた騎士でもなければさっさとふいをつけばいいだけであろう。はっはっはっ、ロマリアの奴といい、悪党はノックをせずに入ってくるのが世界的なマナーらしいな」

「あら? 私としたことが誰かの二番煎じでしたか。これは恥ずかしい、次からは花束でも持参で来ることにいたしましょう。あっと、申し遅れました。私、こういう者で、この方の紹介で参りました」

 わざとらしい仕草でジョゼフのジョークに答えると、宇宙人は二枚の名刺を取り出してシェフィールドに手渡した。

 ご丁寧にガリア語で書いてある名刺の一枚はその宇宙人の名前が、もう一枚にはジョゼフとシェフィールドのよく知っているあいつの名前が書かれていた。

「チャリジャ……」

「ほう? あいつの名前も久しぶりに聞いたな。なるほど、あいつの知り合いか」

 シェフィールドは面倒そうに、ジョゼフは口元に笑みを浮かべながらつぶやいた。

 宇宙魔人チャリジャ、別名怪獣バイヤー。過去に、ふとしたことからハルケギニアを訪れ、この世界で怪獣を収集するかたわらジョゼフにも色々と怪獣や異世界の珍しいものを提供してくれた。商人らしく、やるべきことが済むとハルケギニアから去っていってしまったが、小太りで白塗りの顔におどけた態度は忘れようも無く覚えている。

 まさかチャリジャの名前をまた聞くことになるとは思わなかった。異世界のことは自分たちには知る方法もないが、どうやら元気に商売にせいを出しているらしい。それでと、ジョゼフが視線を向けるとそいつは楽しそうにチャリジャとの関係を話し出した。

「ええ、私もいろいろなところを歩き回ることの多いもので、彼とはある時に偶然出会って意気投合しましてねえ。それで、とある怪獣のお話になったところで、彼からあなたとこの世界のことを聞きまして。私の目的にベリーフィット! ということなのではるばるやってきた次第です」

「それはまたご苦労なことだな。で? お前は余に何の用があるというのだ? 余は退屈してたところだ、少し前まで多少は楽しいゲームを提供してくれていた奴がいたのだが、勝手に負けていなくなってしまってな。この世界が欲しいというなら手を貸してやらんでもないぞ? うん?」

 やや嫌味っぽく言うジョゼフは、その態度で相手を計ろうとしていた。これまで自分に興味を持って利用しようと接触してきた奴はいろいろいたが、いずれも途中で脱落していった。ましてやこれから始めるゲームは、シャルロットとの最後の対戦になることは確実なのだ、三下を入れてつまらなくはしたくない。

 しかし、宇宙人はジョゼフの嫌味に気分を害した風もなく、むしろ肩を揺らして笑いながら言った。

「いえいえ、侵略などとんでもない。ウルトラマンがこれだけ守ってるところに侵略をかけるなんて、やるならもっと強いお方と組みますとも。実は私、同胞がちょっと面白そうなことを計画していましてね。その手伝いをできないかと考えていたのですが、あなたを利用するのが一番手っ取り早いと……おっと、私ったら余計なことまで言っちゃいました。気にしないでください」

 その言い返しにシェフィールドは唇を歪めた。間接的にジョゼフを馬鹿にされただけでなく、おどけた口調の中でもこちらを見下す態度を隠そうともしていない。話しているときの不快度ではチャリジャやロマリアの連中以上かもしれない。

 だがジョゼフは相変わらず気にもせずに薄ら笑いを続けている。元より傷つけられて困るプライドがないせいもあり、何事も他人事を言っているようにも聞こえる不快な態度をとるのは彼も似たようなものである。

「ははは、よいよい、悪党は悪党らしくせねばな。それで、余にどうしろというのだ? 悪事の片棒を担ぐのはやぶさかではないが、余もそこまで暇ではない。利用されるかいがあるような、それなりに立派な目的なのかな、それは?」

 つまらない理由なら盛大に笑ってやるつもりでジョゼフはいた。宇宙人を相手にしてはミョズニトニルンや自分の虚無の魔法でもかなわない公算が高いが、かといって惜しい命も持ち合わせてはいない。

 宇宙人は、その手を顔に当てて大仰に笑った仕草をとった。どうやらジョゼフの物怖じしない態度が気に入ったらしい。そいつは、ジョゼフに自分の目的を語って聞かせると、さらに得意げに言った。

「……と、いうわけでご協力をいただきたいのですよ。どうです? 王様に損はないでしょう。それに、王様と王女様のゲームとしても存分に楽しめると思いますよ。なにより、私も見てて面白そうですしねえ」

「なるほど、確かに一石二鳥で、しかも余から見てさえ悪趣味なことこの上無いゲームだな……だが、貴様はひとつ忘れているぞ。そのゲーム、余はともかくとしてシャルロットが乗ってこなければ話になるまい。あの娘がこんな舞台に乗ってくるとは思えんがな」

「だぁいじょうぶですとも! チャリジャさんからそのあたりの事情はよーく聞き及んでおります。ですから、あなた方に是非とも参加いただけるほどの、素敵な景品をプレゼントさせていただきますよ。ゲームが終わった暁には、王様へのお礼もかねて、なな、なんと特別に!」

 宇宙人は高らかに、ジョゼフに向かって『豪華プレゼント』の中身を暴露した。

 その内容に、シェフィールドは戦慄し、そしてジョゼフも。

「な、んだと……?」

 なんと、ジョゼフの表情に狼狽が浮かんでいた。あの、自分を含めた世界のすべてに対して唾を吐きかけて踏みにじってなお、眉ひとつ動かさないほどにこの世に冷め切っているジョゼフがである。

 あの日以来、何年ぶりかになる脂汗がジョゼフの額に浮かんでくる。だが宇宙人は、ジョゼフとシェフィールドが怒声を上げるより早く、勝ち誇るように宣言してみせた。

「おやおや、ご信用いただけない様子? では、お近づきの挨拶もかねて軽いデモンストレーションをいたしましょう。それできっと、私の言うことが本当だと信じていただけるでしょう。フフ、アーッハッハハ!」

 狂気さえにじませる宇宙人の笑い声がグラン・トロワに響き渡った。

 この日を境に、ジョゼフとタバサの最後の決闘となるはずだった歴史は、いたずらな第三者の介入によって狂い始める。その魔の手によって混沌と化していく未来が、魔女の顔をして幕から姿を現そうとしている。

 

 

 所は移り変わってトリステイン。時間を今に戻して、燃え盛る宿営地に二匹の怪獣が暴れ周り、人とも物ともつかぬものが舞い上げられていく。

 その頃、タバサは北花壇騎士として培った経験からすぐに衝撃から立ち直り、杖を持って飛び出していた。そしてすぐにトリステインに連絡をとり、援軍を要請するよう指示を出すとともに混乱する軍をまとめるために声をあげる。そこには戦士としてのタバサではなく、指導者としてのタバサがいた。

 タバサは、この襲撃がジョゼフによるものであることを確信していた。戦争が始まる前に、反抗勢力ごと自分を抹殺するつもりなのか? だけど、わたしはあなたの首をとるまでは死ぬつもりはない。

 だがタバサといえども、これがそんな常識的な判断によるものではなく、よりひねくれた、より壮大且つ宇宙全体に対して巨大な影響を与えるほどの計画の前哨であることを知る由もなかった。

 そして、これがタバサとジョゼフの最後の対決を、まったく誰も予測していなかった方向へ導くことも、ハルケギニア全体に壮大な悲喜劇を撒き散らすことも誰も知らない。

 

 それでも、運命の歯車は無慈悲に回り続けている。

 空を飛ぶサタンモアの背に立つ男から、ウィンドブレイクの魔法が地上の才人めがけて撃ちかけられてきた!

「相棒、俺を使え!」

「わかったぜ!」

 才人は背中に手を伸ばし、再生デルフリンガーを抜き放った。

「でやぁぁぁっ!」

 魔法の風が刀身に吸い込まれ、才人とルイズには傷一つつけられずに消滅した。しかし、男はむしろ楽しそうにあざ笑う。

「どうやら腕は落ちていないようだね使い魔の少年、そうこなくては面白くない。以前の借りをルイズともどもまとめて返させてもらおうか」

「てめえこそ、どうやら幽霊じゃねえみたいだな。いったいどうやって戻ってきやがった、ワルド!」

 

 倒したはずの怪獣、死んだはずの人間。それが現れてくる理解不能な現実。

 常識は非常識に塗り替えられ、前の編の総括すらすまないまま、新たな幕開けは嵐のようにやってきた。

 役者はまだ舞台に上がりきってすらいない。しかし、客席から乱入してきた飛び入りによってカーテンコールは強要され、悲劇の幕開けは笑劇へと変えられた。

 それでも運命という支配人は残酷な歯車を回し続ける。舞台セットや奈落が勝手に動き回る狂乱の舞台が、ここに始まった。

 

 

 続く


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