ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

256 / 338
第58話  この星に生きるものたちへ

 第58話 

 この星に生きるものたちへ

 

 カオスヘッダー

 カオスヘッダー・イブリース

 カオスヘッダー・メビュート

 カオスダークネス

 カオスウルトラマン

 カオスウルトラマンカラミティ

 カオスリドリアス 

 友好巨鳥 リドリアス 登場!

 

 

「泣かないで、ブリミル……」

 

 自分の体が冷たくなり、意識が深い眠りの中に落ちていく中でサーシャは思っていた。

 あなたをひとりにしてごめんなさい。けれど、わたしはいなくなっても、あなたは残る。あなたには、人が持っていない特別な力がある。その力を正しく使えば、きっと多くの人を救える。

 さよなら……わたしの大嫌いな蛮人。さよなら、わたしの大好きなブリミル。

 けれどそのとき、サーシャの心に不思議な声が響いた。

 

「君は、本当にそれでいいのかな?」

 

 そう問いかける声が聞こえた気がした。

 これでいいのか? サーシャは思った。

 良いわけがない……答えは簡単だった。今頃、ブリミルは深く嘆き悲しんでいることだろう。自分だって、ブリミルと別れるのは嫌だ。

 ブリミルのことだ、ひとりで何かをやろうとしたって空回りして痛い目を見るに決まっている。獣を取ろうとすれば黒焦げにするし、野草を探せば毒草に当たるようなおっちょこちょいだ。

 できるなら、もっといっしょにいたい。魔法以外にとりえがないあいつを、支えてやりたい。

 けれど、それは無理なのだ。発動してしまった『生命』を止めるには、リーヴスラシルが死ぬしかない。この世界を救うには、自分が死ぬしかなかったのだ。

 悲しい、苦しい、帰りたい……でも、わたしの命は尽きた。もう、あいつの元には戻れない。

 

「しかし、君にはまだ意思がある。生きたいという意思が」

 

 不思議な声がまた響き、暗く冷たい深淵に沈んでいっていたサーシャを、暖かい光が掬い上げた。

 ゆっくりと目を開くサーシャ。彼女は明るく優しい光の中で、青い体を持つ銀色の巨人の手のひらの上に抱かれていた。

 

「あなたは、神様?」

 

 サーシャの問いかけに、巨人はゆっくりと首を横に振った。

 

「私は、君たちがヴァリヤーグと呼ぶ、あの光のウイルスを追ってこの星にやってきた者だ」

「じゃあ、あなたはブリミルと同じ、宇宙人なの?」

 

 巨人はうなづき、そして語った。あの光のウイルスを放っておけば、この星は滅ぼされてしまうだろう。

 サーシャが、止められないのかと問いかけると、巨人は、難しいと答えた。奴らの力は強大だ、それにこの世界はすでに大きく傷ついてしまっている。

 

「なら、もう手遅れだというの?」

 

 サーシャは悔しかった。どんなに頑張っても、命を懸けてブリミルにつないでも、もう遅かったというのか。

 いや、そんなことはない。サーシャは叫んだ。

 

「まだ終わってない! この世界には、まだわたしたちがいる。何度倒されても、わたしたちはその度に立ち上がってきた。何度焼き払われても、わたしたちは何度でも種を撒きなおす。この世界にわたしたちが生きているかぎ、りは……」

 

 サーシャは最後まで言い切る前に、どうしようもない事実に気づいて言葉を途切れさせてしまった。

 そうだ、自分は死んでしまったんだ。自分の剣で自分の胸を貫いて……死んだ人間にできることはない。

 しかしそのとき、落胆するサーシャの中に何か暖かいものが入ってくるのを彼女は感じた。

 

「これ、熱い……でもとても優しい感じ。あなた……わたしに、わたしにもう一度命をくれるの? わかったわ、この世界を救うために、わたしにもまだやれることがあるのね」

 

 途絶えていたはずの心臓の鼓動が蘇ってくるのを感じる。胸の傷はいつの間にか消えていた。

 巨人はうなづき、その姿が消えていく。

 最後に巨人はサーシャに自分の名前と、なぜサーシャを選んだのかを教えてくれた。それは、誰かを守りたいという強い意思を二人分感じたから。

 サーシャは、自分を守ろうとしてくれた誰かが誰なのかを知っていた。それは、あいつの心に絶望ではなく勇気が宿ったということを意味している。

 光の中でサーシャは立ち、そして振り返るとブリミルが呆然としながら立っていた。

 君は死んだのでは? じゃあ僕も死んだのか? と、問いかけてくるブリミルに、それは違うと答えるサーシャ。

 そう、自分は生きている。そして生きているなら、成し得ることがある。あなたの、世界の希望にはわたしがなる。

 

「ブリミル、未来はいつでも真っ白なんだって言ったよね。もうひとつ教えてあげる、絶望の色は真っ黒だけど、希望の色は虹色なのよ。見てて、あなたのあきらめない心がわたしに新しい命と光をくれた。今度はあなたの光にわたしがなる」

 

 サーシャの手のひらの上に青く輝く輝石が現れ、その光がサーシャを包んでいく。

 

「運命は変わる。どんな絶望も闇も永遠じゃない。わたしたちがそれをあきらめない限り、未来は切り開ける。だから、彼は来てくれた。力を貸して、明日のために! 光の戦士、ウルトラマンコスモス!」

 

 その輝きが、明日を切り開く力となる。

 悲しみを乗り越え、涙を笑顔に。青き慈愛の勇者が今、絶望の大地に降り立つ。

「シュワッチ!」

 光はここに。ウルトラマンコスモスの勇姿が初めてハルケギニアの星に現れ、構えをとるコスモスとカオスリドリアスが対峙する。

 ブリミルは少し離れた場所からコスモスを見上げながら、これは夢か幻かと唖然としている。だがこれは彼とサーシャによって実現した、まぎれもない現実なのだ。それを証明するため、コスモスと一体化したサーシャはリドリアスを救うべくカオスリドリアスに立ち向かっていった。

「シュワッ!」

 急接近したコスモスの掌底がカオスリドリアスの胸を打って後退させ、続いて肩口に放たれた手刀が体のバランスを崩させた。

 重心を崩されてよろけるカオスリドリアス。コスモスはその隙をついてカオスリドリアスの首根っこを押さえて取り押さえようと組み付いた。

 それはまるで、サーシャがリドリアスに「おとなしくして!」と説得を試みているようだった。

 しかし、カオスヘッダーに取り付かれたリドリアスは力づくでコスモスを振り払うと、くちばしを突き立ててコスモスを攻撃してきた。コスモスはその攻撃を腕をクロスさせて受け止め、攻撃の勢いを逆利用してはじき返す。

「ハァッ!」

 カオスリドリアスを押し返し、再び構えをとって向かい合うコスモス。カオスリドリアスも、コスモスが容易な相手ではないということを理解して、威嚇するように鳴き声をあげた。

 そしてブリミルは、夢じゃない、と現実を理解した。この足元から伝わってくる振動、空気を伝わってくる衝撃はすべて現実のものだ。

「本物の、ウルトラマン……! ウルトラマンは、本当にいたんだ」

 ブリミルは幼いころに聞かされたことがあった。マギ族は長い宇宙の旅路の中で、宇宙のあちこちの星に伝わる伝承も集めていたが、その中に宇宙には人々の平和を守る神のような巨人がいるという伝説があった。その巨人の名が、ウルトラマン。

 よくある宇宙神話だと思っていた……だが、伝説は虚無ではなく本当だったのだ。

 ブリミルの見守る前で、ウルトラマンコスモスとカオスリドリアスの戦いは再開された。コスモスに対して、カオスリドリアスは口から破壊光線を放って攻撃を始め、コスモスはそれを青く輝く光のバリアーで受け止める。

『リバースパイク』

 光線はバリアーで押しとどめられてコスモスには届かない。しかし、悔しがるカオスリドリアスが頭を振ったことで、バリアーから外れた光線が地を張ってブリミルに襲い掛かってしまった。

「うっ、あああああああ!」

 魔法力を使い切ってしまっているブリミルに避ける手段はない。光線と弾き飛ばされた岩塊が雨と降ってくる中で、ブリミルは思わず目をつぶった。

 だが、そのときだった。ブリミルの前に、閃光のようなスピードでコスモスが割り込んだ。

「シュワッ!」

 コスモスは光線を腕をクロスさせてガードすると、続いて目にも止まらぬ速さで腕を振って岩塊を弾き飛ばした。

『マストアーム・プロテクター!』

 人間の目では追いきれないほどの超スピードでの移動と防御技の連続に、守られたはずのブリミルは訳がわからずにぽかんとするしかなかった。

 コスモスの背にかばわれ、ブリミルには塵ひとつかかってはいない。ブリミルは、自分が守られたことさえすぐには理解できずにいたが、静かに振り返ったコスモスの眼差しに、どこか心が安らいでいく思いがした。

 そう、頼もしく、それでいて優しいコスモスの眼差し。ブリミルは、自分が守られているということを感じ取るといっしょに、この安らぎに自分が何になりたかったのかを知った。

「そうか、僕は……こうやってみんなを守りたかったんだ」

 なんで今まで気づけなかったんだろうか。自分には大それた使命などはいらない、ただこうして近くにいる誰かを守ることさえできればじゅうぶんなはずだった。そして誰でもない、サーシャをこうして守りたいと思ったのが自分の原点であったのに、自分はなんてバカだったのだろうか。

 敵に向き合い、味方に背を向け、誰かを守るにはそれだけでよかった。マギ族の犯した罪の重さなどに関係なく、サーシャは自分をいつも支えてくれた。自分もただそれに答えようとするだけでよかったのに。それなのに、悲しみに押しつぶされて道を過ち、サーシャさえ失いかけてしまった。答えは、こんなに単純だったのに。

 誰しも、自分の心はよく知っているようで大事なことは見落としているものだ。それゆえに道を誤るのも人の常、しかし過ちは過去のものとしなければならない。過ちを糧として未来につなげるため、コスモスは戦う。

「ヘヤッ!」

 間合いを詰めて、コスモスの掌撃がカオスリドリアスを打つ。破壊力はほとんどないが、いらだったカオスリドリアスの反撃をさらにさばいて消耗を強いていく。カオス怪獣とて生物だ、激しく動き続ければそれだけ疲れが蓄積していく。

 しかし、カオスリドリアスはコスモスと陸上で戦い続けてもらちが明かないと判断して、羽を広げると空に飛び上がった。それを追ってコスモスも飛び立つ。

「ショワッ」

 空を舞台に、コスモスとカオスリドリアスの空中戦が始まった。

 まずは、先に飛び立ったカオスリドリアスが上空で反転して、高度を利用してコスモスに体当たりをかけてきた。舞い降りる赤色の流星と、舞い上がる群青の流れ星。

 激突! しかしコスモスはカオスリドリアスの体を一瞬で掴まえて、そのまま自分を軸にコマのように回転するとカオスリドリアスを放り投げた。カオスリドリアスは空中でのきりもみ状態には慌てたものの、すぐに羽を広げて立て直し、口からの破壊光線を放ってくる。対してコスモスは腕を突き出し、青い光線を放って対抗した。

『ルナストラック』

 ふたつの光線がぶつかり合って相殺爆発し、赤い光が辺りを照らし出す。

 しかし、爆発の炎が収まる間もなく両者の空中戦は再開された。カオスリドリアスとコスモスが目にも止まらぬ速さで宙を舞い、激突し、その光景はブリミルの目にはまばゆく輝く二匹の蛍が舞い踊っているかのようにさえ見えた。

 前後左右、上下のすべての空間を使った三次元戦闘が超高速で繰り広げられることで、風がうねり、雲が裂ける。だが、空中戦のさなかにカオスリドリアスが勢い余って、静止していた『生命』の光に触れそうになり、コスモスは回り込んで突きとばした。

「ハアッ!」

 リドリアスは野生の生き物なのでマギ族の自爆因子はないはずだが、マギ族の改造処置は手当たり次第に行われていたので万一ということがある。カオス化したとはいえ、マギ族の自爆因子がもし遺伝子内にあったとしたら、リドリアスが生命に触れたら即死につながる。対して自爆因子を持たないコスモスなら生命の光に触れても影響はない。

 リドリアスを間一髪救えた事で、コスモスの中のサーシャはほっと胸をなでおろした。それと同時に、ブリミルはコスモスがリドリアスを本気で救おうとしているのを確信した。

「怪獣さえ救おうとする……いや、それは僕らの思い上がりか」

 ブリミルは自嘲した。さんざん命を弄んできたマギ族だが、命は誰しもひとつしか持っていない大切なものなのだ。生態として共存できないものはあっても、生き物は無益な殺戮をしないことで互いを生かし合っている。それがバランスを保ち、平和を保っている。互いを尊重し、誰かを生かすことは巡り巡って自分を生かすことにつながるのだ。

 いや、それは理屈だ。相手が怪獣であっても関係ない、誰かを救いたいと思う心がすべての始まりになる。サーシャはマギ族である自分を救ってくれた、だから今の自分はここにいる。その優しさを思い出したとき、胸が熱くなる。

「がんばれ、がんばれ! ウルトラマン!」

 自然に応援の声が口から飛び出していた。胸の中から湧き上がってくる、この明るく熱く燃える炎を抑えるなんてできない。できるわけがない!

 ブリミルの応援を聞き、コスモスとサーシャはさらに強く決意を固めた。なんとしても、リドリアスを救わねばならない。

〔コスモスお願い、あなたの力でリドリアスを解放してあげて〕

 リドリアスが暴れているのはヴァリヤーグのせいだ。取り除いてやれば、リドリアスはきっと元に戻る。

 幸いコスモスは今、生命の魔法の光球を背にしている。その強烈な光に幻惑されて、カオスリドリアスはコスモスを見失っており、今がチャンスだ。

 コスモスはリドリアスに取り付いているヴァリヤーグの位置を把握するために、目から透視光線を放ってリドリアスを透かして見た。

『ルナスルーアイ』

 見えた! リドリアスの体内で光のウイルスが集中している箇所がある。そこから取り除くことができれば、きっとリドリアスは元に戻る。

 コスモスは生命の光の中から飛び出すと、そのままカオスリドリアスに組み付いて地面に引き釣り下ろした。

「テアッ!」

 組み付き、羽を押さえることで飛行能力を抑えて墜落に追い込み、コスモスとカオスリドリアスはもつれ合いながら地上を転げる。しかしコスモスは着地の瞬間も自分が下になるように調節し、リドリアスへのダメージを最小限に抑えた。

 再び離れて向かい合う両者。だがカオスリドリアスは肉体へのダメージは少なくとも目を回している、今がチャンスだ! コスモスは優しい光を掌に集めると、子供の背を押すように優しく右手を押し出しながらカオスリドリアスに光を解き放った。

『ルナエキストラクト』

 浄化の光がカオスリドリアスに浸透していき、その体から金色の粒子が抜け出して天に帰っていく。そして変異していたカオスリドリアスの体も元のリドリアスのものに戻った。正気を取り戻したリドリアスの穏やかな鳴き声が流れると、ブリミルは奇跡が起きたのだと思った。

 しかし、まだ終わってはいない。膨張はやめたものの、『生命』の魔法の光球はまだ残っている。これを地上にそのまま残しておくのは危険すぎる、コスモスは手からバリアーを展開すると、『生命』の光球を押し上げながら飛び立った。

「ショワッチ」

 コスモスの十倍は優にある光球が下からコスモスに持ち上げられてゆっくりと上昇していく。ブリミルは光球が小さくなっていくのを呆然としながら見上げていた。

 そしてコスモスは光球を大気圏を抜けて宇宙空間にまで運び上げた。星星が瞬く中で、コスモスは空間に静止するとバリアーごと光球を押し出した。漆黒の宇宙に向かって流れていく光球を見つめながら、コスモスは右腕を高く掲げながら戦いの姿へと転身した。

『ウルトラマンコスモス・コロナモード!』

 炎のようなオーラを輝かせ、コスモスの体が赤い太陽の化身へと移り変わって闇を照らす。

 遠ざかっていく『生命』の光。そして、悪魔の光を消し去るために、コスモスは頭上に上げた手を回転させながら気を集め、突き出した両手から真紅の圧殺波動にして撃ち放った。

『ブレージングウェーブ!』

 超エネルギーの波動攻撃を受けて、『生命』の光球は一瞬脈動すると、次の瞬間には大爆発を起こして砕け散った。

 爆発の光を受けてコスモスの姿が一瞬輝き、そして爆発が収まると、コスモスは惑星を振り返った。そこには、青さの面影を残しながらも黒く濁りつつある惑星の姿があった。

 爆発の閃光は地上からも伺うことができ、ブリミルは『生命』の最後の瞬きを望んで、自分の愚かな夢が終わったのだと悟った。

「これで、やっと……」

 ブリミルのまぶたが重くなり、強烈な睡魔に襲われた彼は、疲労感に誘われるままに砂の上に倒れこんだ。

 

 次にブリミルが目を覚ましたときに最初に見たのは、自分の頭をひざの上に抱きながら心配そうに見下ろしてくるサーシャの顔だった。

「やあ、サーシャ。おはよう、かな?」

「ばか、寝すぎよ……朝よ、今日も昨日と同じ、ね」

 ブリミルの目に、地平線から昇る朝日の光が差し込んでくる。空には厚い雲がかかっているが、その切れ端から覗くだけでも太陽の光は美しかった。

 ああ、この世界はまだこんなに美しい。ブリミルの心を、すがすがしい気持ちが流れていく。

「サーシャ、君は……?」

「生きてるわよ。あなたのおかげ、まあ無くしたものもあるけどね」

 そう言うと、サーシャは左手の甲を見せた。そこにはガンダールヴのルーンはなく、それに胸元を睨まれながら覗いて見てもリーヴスラシルのルーンはなかった。

 つまり、あれは夢ではなかった。信じられない気もするが、傍らに目をやれば、こちらを見下ろしているリドリアスの視線と目が合って、現実を受け入れることを決めた。

「サーシャ、体は?」

「大丈夫、彼が治してくれたわ」

「彼……?」

「後でまとめて話すわ。でも、わたしたちが見て体験したことは全部真実……ねえ、ブリミル」

 そこまで言うと、サーシャは一呼吸を置いて、ブリミルの目を見つめながらゆっくりと言った。

「もう一度、希望に賭けてみない?」

 ブリミルは目を閉じて、静かにうなづいた。

 サーシャにはかなわない、今回は心底そう思った。最後まであきらめない力が、こんなにも強かったなんて。サーシャには教えてもらうことがまだまだたくさんある。これからも、できれば、一生かけてでも。

「サーシャ、僕からもひとつ、お願いがあるんだけど」

「ん? 何?」

 ブリミルは起き上がると、真っ直ぐにサーシャの目を覗き込んで告白した。

 

「僕と、結婚してくれないか!」

 

 その瞬間、時が止まった。

 え? サーシャは自分が何を言われたのかを理解できずにぽかんとしたが、意味を理解すると顔を真っ赤にしてうろたえた。

「な、ななななななな、いきなり何を言い出すのよ! わ、わわ、わたしと何ですって!?」

「結婚してくれ。わかったんだ、僕には君が絶対必要なんだって! いや、それ以上に僕は君が好きだ。君がそばにいると幸せだ、君と話してるとドキドキする。君のためならなんでもしてあげたい。この気持ちを抑えられない! 抑えたくないんだ!」

 熱烈な愛の告白に、サーシャは赤面しながらうろたえるばかり。しかしブリミルに手を取られて再度「頼む!」と迫られると、あたふたしながらも答えようとし始めた。

「そ、そんなこと突然言われても。わ、わたしまだ結婚なんて考えたこともないし、その」

 顔は真っ赤で汗を大量に流しながら、サーシャは必死に釈明しようとしたがブリミルは引かなかった。

「僕には君しかない。君が好きなんだ! 君だって、僕のことが好きだって言ってくれただろう?」

「あ、あれは友達として、仲間として好きだってことでその……いや、でもわたしはその。別に嫌いってわけじゃなくて、その」

「ならオッケーじゃないか。僕は君がいないとどんなにダメな男かってわかったんだ。いや、僕は君にふさわしい立派な人間になれるよう努力する。もう二度と絶望してバカなことしたりしない。だから、一生のお願いだ」

「そ、そんなこと言ったって、わたしにも心の準備ってものが」

「ごめんよ。でも僕は君を失いかけて、君がどんなに大切だったか思い知ったんだ。もう一時たりとも君のことを離したくない。君を抱きしめてメチャクチャにしたいくらいなんだーっ!」

「ちょ、ちょ! ちょっと落ち着きなさいよ、この蛮人がぁーっ!」

「ぐばはぁーっ!?」

 見事なアッパーカットが決まり、ブリミルの体は宙を舞ってきりもみしながら砂利の上に墜落した。

 危なかった。あとちょっとでカミングアウトから子供には見せられない展開になっていたところだった。

 サーシャは肩で息をしながら立ち上がると、地面に落ちて伸びているブリミルの元につかつかと歩み寄って、その頭をずかっと踏みつけた。

「あんた、何また別のベクトルで正気失ってるのよ。誰が? 誰を? どうするですって?」

「ごめんなさい、気持ちに素直になりすぎました」

「女の子を口説くときにはもっとムードとかあるでしょうが、一生の思い出になるのよ」

「ほんとにごめんなさい、許してください」

「っとに……けどまあ、あんたの正直な気持ちはわかったわ。ほんとなら五部刻みで解体してやるとこだけど、今回だけは大目に見てあげる。ほら、立ちなさいよ」

 サーシャが足をどけると、ブリミルはいててと言いながら砂を払って立ち上がった。さすがの頑丈っぷり、才人と同じで復活が早い。

 そしてブリミルは今度は真剣な表情になってサーシャに言った。

「サーシャ、好きだ。僕と結婚してくれ」

 今度は真面目な告白に、サーシャも表情を引き締める。そしてブリミルと視線を合わせると、自分の答えを返した。

「ごめんなさい、今はあなたの思いを受け入れられないわ」

「ううん……やっぱり、今の僕じゃいろいろ足りないのかな」

「そうね。けど、結婚ってのはもっとたくさんの人に祝福してもらいたいじゃない。今のわたしたちはたったのふたり、それもこんな殺風景な荒野じゃ式の挙げようもないでしょ? あなた、わたしにウェディングドレスも着せないつもり?」

「そ、それじゃあ」

 喜色を浮かべるブリミルに、サーシャは優しく微笑んだ。

「もっと仲間を集めて、平和を取り戻して、小さな家にでも住めるようになれたとき、そのときにまだわたしのことを好きでいたら、いっしょになりましょう。そして」

「ああ、世界中に知れ渡るほどの盛大な結婚式を挙げよう。そして、必ず君を幸せにする。約束する」

 ブリミルとサーシャは、今度は互いに強く抱きしめあった。そして、どちらからともなく唇を合わせる。それは、ふたりが初めて互いの意思でした口付けであった。

 唇を離したふたりの間に銀色の糸の橋が一瞬だけかかる。

「サーシャ、いつかきっと結婚しよう。そのためにもきっと、平和な世界を取り戻そう」

「そうね、それまではわたしたちはその、こ、恋人ってことでいいわね?」

「こ、恋人! サーシャの口からその言葉を聞けるなんて。ようし、じゃあ恋人らしく、もう一段階上のところまで行ってみようよ!」

「だから、調子に乗るなって言ってるでしょうがぁーっ!」

 無慈悲な右ストレートがブリミルの顔面にクリーンヒットし、野外で年齢制限ありな行為に及ぼうとしていた馬鹿者がまた吹っ飛ばされた。

 サーシャも今度は情け容赦せず、ブリミルの頭に全体重かけて踏みつけると、その傍らに剣を突き刺してドスのきいた声ですごんだ。

「ど、どうやらわたしはあんたを甘やかしすぎたようね。この際だから、あんたには女の子の扱い方といっしょに、立場の差ってやつを思い知らせてあげるわ。今日からあんたはマギ族なんかじゃなくてただの蛮人、ミジンコにも劣る最低の生き物なのよ。これからたっぷり教育、いえ調教してあげるから覚悟なさい!」

「ふぁ、ふぁい」

 なんか、ものすごく既視感のある光景が繰り広げられ、主従が逆転したようだった。サーシャはそのままブリミルの襟首を掴むと、ぐいっと持ち上げて引きずりながら歩き出した。

「んっとに! ほんとならわたしはあんたみたいな蛮人にふさわしい女じゃないのよ。あんたなんて、そこらのカマキリのメスで上等。いえミドリムシといっしょに光合成してりゃいいの。わかってるの!」

「すみません、わたくしはガガンボ以下のゼニゴケのような存在であります」

「たとえがよくわかんないわよ。ともかく、今後おさわり禁止! 今のあんたは発情期の犬より信用が置けないわ」

「そ、そんなぁ。恋人なのに手も握っちゃダメだって言うのかい」

「自分の胸に聞いてみなさい! 誰のせいでこうなったと思ってるの。まったく、リドリアスだって呆れてるじゃないの」

 見上げると、じっとふたりを見守っていたリドリアスも、反応に困っているというふうに首をかしげていた。

 ともかく、ブリミルが全部悪い。サーシャは女の子らしくロマンチックな展開を期待していたのに、このバカが台無しにしてしまった。というか、何をしようとしていたんだか忘れてしまった。

 ええと……? ああ、そうだ。本当なら、もっと清清しく晴れ晴れとした雰囲気でいくつもりだったのに。まったくしょうがない。

「ほら、さっさと行くわよ」

「へ? 行くってどこへ」

「ふふ、どこへでもに決まってるじゃない。さあ、旅立ちよ!」

 そう叫ぶと、サーシャはブリミルを抱えたまま地面を蹴って飛び上がり、そのまま宙を舞ってリドリアスの背中に降り立った。

 リドリアスの背中に乗り、サーシャがその青い鎧のような体表をなでると、リドリアスは「わかった」というふうに短く鳴き、翼を広げて前かがみになった。

 ブリミルをリドリアスの背中の上に放り出し、サーシャはまっすぐに立つ。そのとき、雲海から刺す朝日がサーシャを照らし、翠色の瞳を輝かせ、舞い込んだ風が金色の髪をたなびかせた。

「いいわね、この蛮人と違って太陽も風も、わたしたちを祝福してくれているみたい。運命とは違う、なにか不思議な星の導き……大いなる意思とでも言うべきかしら。さて、いつまで寝てるの蛮人、最後くらい締めなさい」

「う、うぅん。どうするんだいサーシャ?」

「決まってるでしょ。こんな殺風景な場所に用は無いわ、旅立つのよ、わたしたちが行くべき新しい世界にね!」

 リドリアスが飛び上がり、ふたりを新しい風が吹き付ける。しかしその冷たさは心地よく、サーシャの笑顔を見たブリミルの心にも新たな息吹が芽生えてきた。

「そうか、そうだね。僕らはこんなところでとどまっていちゃいけない。行かなきゃいけない、まだこの世界に残っている人々のところへ、ヴァリヤーグに苦しめられている人々を助け、平和な世界を取り戻すために」

「たとえ世界を闇が閉ざしても、わたしたちはもう絶望はしない。あきらめなかったら、きっと新しい光に出会える。そのことを、わたしたちは学んだから」

 高度を上げ、リドリアスはスピードを上げる。カオスヘッダーから解き放たれ、ふたりを仲間として認めたリドリアスは何も命じられなくてもふたりを運ぶ翼となってくれた。

 だが、前途は厳しい。カオスヘッダーの脅威はすでに星をあまねく覆っている。それと戦い、平和を取り戻すことは果てしない道に思える。けれど、ふたりには希望がある。ヴァリヤーグといえど、決して無敵ではないということが証明されたのだから。

「ところでサーシャ、そろそろ君を助けてくれたあの巨人のことを説明してくれないかな? 僕らの世界の伝説では、宇宙を守る光の巨人、ウルトラマンが言い伝えられていたんだけど」

「そうね、ウルトラマンはひょっとしたらいろんな世界にいるのかもね。けど、この世界にいるウルトラマンの名前はコスモス、ウルトラマンコスモス。わたしたちがヴァリヤーグと呼んでいる、あの光の悪魔を追ってはるばる宇宙のかなたからやってきたんだけど、もうこの星は彼一人の力で救うには遅すぎたんですって。だから、わたしたちの力を貸してほしいそうよ」

「ウルトラマンの力でも足りないくらい、もうこの星はひどいのか。結局は僕らマギ族の責任か……あの光で怪獣たちを解放していっても……いや、まてよ」

 ふと、あごに手を当てて考え込んだブリミルに、サーシャは怪訝な表情を向けた。

「蛮人?」

「わかったかもしれない。怪獣からヴァリヤーグを分離することができるなら、僕の魔法ならあの『生命』のように怪獣の体内のヴァリヤーグだけを破壊することができるかも」

 サーシャの顔が輝いた。確かに、理論上は可能のはずだ。

 ルナエキストラクトがヒントになり、破滅の魔法である『生命』が真の救済の魔法に生まれ変わるかもしれない。

「そうか、僕はこのためにこの魔法を授かったんだ。マギ族の本当の贖罪と、世界を救うために、神様は僕にこの力をくれたんだ」

 もちろんそのためには、さらなる研究と鍛錬が必要に違いない。だが、会得できたときにはそれは大きな力となるだろう。

 サーシャもブリミルの言葉にうなづき、さらに自らの決意を語った。

「そうかもしれないわね。あなたとわたしで、ヴァリヤーグからこの世界を守るために。コスモスとともに、わたしもリドリアスの仲間たちを救うわ」

 そう言うと、サーシャは手のひらの上に青く輝く輝石を乗せて見せてくれた。

「それは? きれいな石だね」

「コスモスがくれたの。君の勇気が形になったものだって、彼とわたしの絆の証……あっ?」

 すると、輝石が輝きだして、その姿をスティック状のアイテム、コスモプラックへと変えた。

 コスモプラックを手に取り、握り締めるサーシャ。そこからサーシャは、コスモスの意思と力を確かに感じ取った。

「わかったわコスモス、これからよろしくね」

「おおっ、ひょっとしてこれからいつでもウルトラマンの力を借りられるってことかい! すごいじゃないか」

「そんな都合よくないわよ。彼には強い意志があるわ、わたしが彼の力を借りるに値しないようだったら、彼は力を貸してはくれないでしょう。あなたと同じく、わたしもまだまだこれからってことね」

 ウルトラマンに選ばれた人間は、数々の次元でそれぞれ無数の試練を潜り抜けて真の強さを身に付けていった。サーシャは当然そのことを知る由も無いが、これからどんな試練でも立ち向かっていく決意があった。

 なにせ自分は一度死んだのだ。それに比べたら、ちょっとやそっとの苦難や挫折などなんのことがあろうか。

 笑いあうブリミルとサーシャを乗せて、リドリアスもうれしそうにしながら飛ぶ。その行く先はどこか? いや、考える必要などはない。

「どうする蛮人? 北でも西でも南でも東でも、どっちにでも行けるよ」

「どっちでもいいさ。どうせ世界は丸いんだ、どっちに行ったって必ず何かに出会えるよ」

「そうね、さぁ行きましょうか。まだ知らないものが待ってる地平のかなたに」

「どこかで僕らを待ってる新しい仲間のところへ」

 

 いざ、旅立ち!

 

 絶望に別れを告げ、希望を胸にふたりは旅立った。

 この先、長い長い旅路と、想像を絶する苦難の数々が待っていることをふたりはまだ知らない。

 そして、世界を救うことができずに志なかばで倒れ、世界が滅亡してしまう結末が待っていることも知らない。

 だが、彼らの意思を受け継いだ人間たちは滅亡を終焉にはせずに立ち上がり、さらに数百年をかけて後にハルケギニアと呼ばれる基礎を築き、以降六千年間も続く繁栄を築き上げることになるのだ。

 この世で、何代にも渡ってようやく完成する偉業は数多いが、それも誰かが始めなくては結果が出ることはない。そう、始祖ブリミルという偉大な先駆者がいたからこそ、今のハルケギニアはあるのだ。

 

 この後、ブリミルとサーシャはリドリアスとともに各地を旅し、生き残りの人々を集めてキャラバンを作っていくことになる。

 そのうちにブリミルの魔法の腕も向上し、ヴァリヤーグの操る怪獣との戦いを経て、彼は名実ともに歴史上最高のメイジに成長する。これが、後年に伝わる虚無の系統の源流だ。

 そして数年後に、彼らは時を越えて未来からやってきた才人と出会うことになる。その後のことは、知ってのとおりだ。

 

 始祖の語られざる伝説。これがその全容である。

 ハルケギニアはかつて、異世界人であるマギ族が作った超文明だった。しかし驕り高ぶった彼らは自滅の道を歩み、文明はさらなる侵入者によって滅亡した。

 始祖ブリミルはマギ族の最後の生き残り。偶発的な事故によって、虚無の系統の力を得た彼は使い魔としてサーシャを召喚し、世界の復興を目指して歩み始めた。

 しかし運命は彼らに過酷な試練を課した。試されたのは真の愛と折れない心、それを勇気を持って示したときに奇跡は起きた。

 

 

 舞台は現代に戻り、現代のブリミルは、長い語りを終えてイリュージョンのビジョンを消して言った。

「以上が、僕とサーシャが体験してきたことの全てだ。わかってもらえたかな?」

 伝説の謎が明かされ、場にほっとした空気が流れた。

 まるで大作の映画を見終わったような感じだ。しかし、今見たのはすべてフィクションではない現実なのだ。

 ハルケギニアはああして作られ、六千年の時を越えて今につながっている。それを成し遂げたのは誰のおかげなのか、その場にいた者たちは自然とその最大の功労者の前にひざまづいて頭を垂れた。

「ミス・サーシャ、あなたが聖女だったのですね」

「は?」

「あれー?」

 いっせいにサーシャに礼を向ける一同に、サーシャはきょとんとした顔をするしかなかった。

 ブリミルはといえば、わけがわからないよというような顔をするばかりで、彼の隣にいるのは才人ひとりだけである。

「おっかしいなあ、どこでこうなっちゃったのかなあ?」

「そりゃしょうがないっすよブリミルさん。だって、おふたりのやってきたことってブリミルさんがヘマやらかしてサーシャさんがフォローするってパターンばっかりでしたもん」

 あー、なーるほどねー、とブリミルが乾いた笑いをするのを才人はひきつった笑みで見ているしかできなかった。

 あなたこそ本物の聖女、英雄です、と褒めちぎられているサーシャを蚊帳の外から見守るしかないダメ男二人。なんなのだろう、壮大な秘密が明らかになった後だというのにこの喪失感は。

 女子の会話からもれ聞こえてくる、「だから男なんてダメなのよ」「ねー」という言葉が耳に痛い。そのとおりすぎて反論もできない。

「だから話したくなかったんだよねー。いやさあ、僕だって頑張ってたんだよ。でもねえ、僕がよかれと思ってやることって、なんでか裏目に出ることが多くってさあ。後で思えば失敗だったと思うけど、そのときは大丈夫と思ってたんだよ」

「努力の方向オンチなんですね。まあおれも人のことは言えねえけど、だから今のブリミルさんは落ち着いてるんすね。でも、そうなるまでサーシャさんの苦労は相当なもんだったんでしょうね」

「認めたくないね、若さゆえの過ちというものはさ」

 すごく説得力のあるブリミルの言葉に、才人は返す言葉がなかった。

 なお、サーシャのガンダールヴのルーンはその後に再度刻むことにしたそうだが、その際も相当に難儀したらしい。

 とはいえ、ブリミルもハルケギニア誕生の重要な功労者であることは変わりない。一同が落ち着くと、ウェールズとアンリエッタが代表してブリミルに礼を述べた。

「始祖ブリミル、紆余曲折はありましたが、あなたがハルケギニアの始祖であるということは確かにわかりました。全ハルケギニアを代表して、お礼申し上げます」

「あー、うん。もうそのことはいいよ。今の僕が言われても実感わかないしさ。それより、何かまだ質問があるならなんなりとどうぞ」

 ややふてくされた様子のブリミルに、一同は苦笑した。とはいえ、別にブリミルに対して悪意があるわけではなく、むしろ逆である。ブリミルに対して余計な警戒心がなくなり、気を許せてきたということだ。

 しかし、ブリミルがこの時代にいられるのはあとわずかな時間しかない。急がないといけない。

 ブリミルたちに聞きたいことで、大きな問題はあとふたつ。そのうちひとつに対して、アンリエッタはサーシャに問いかけた。

「ウルトラマンは、人間に力を貸すことでこの世界にとどまっていたのですね。ウルトラマンコスモス、先の戦いでトリスタニアに現れたウルトラマンのひとりは六千年前にもハルケギニアにやってきて、ミス・サーシャ、あなたといっしょに戦っていたのですか」

「そういうこと、この時代はほかにもいろんなウルトラマンが来てるのね。びっくりしちゃった」

「逆に言えば、今のハルケギニアはそれほどの危機にさらされているということでもありますね。六千年前のヴァリヤーグというものも、なんと恐ろしい。もしも、ヴァリヤーグが今の時代にもまだ生きていたとしたら……ミス・サーシャ、今でもコスモスさんとはお話できるんですの?」

 アンリエッタは、ヴァリヤーグが今の時代にも現れたときのために、できればコスモスからも話を聞きたかった。だがサーシャは首を横に振って言った。

「そうしてあげたいけど、今のわたしの中にコスモスはいないわ」

「え? それはどういう?」

「この時代にやってくるときに、わたしがコスモスになるために必要なアイテムがどこかに行ってしまったの。最初はなくしたのかと思ったけど、落ち着いて確かめたらコスモスの存在自体がわたしの中から消えていたわ。たぶん、時を越えるときにコスモスはわたしたちの時代に置き去りにしてしまったんだと思うわ」

 なぜ? それを尋ねると、サーシャはティファニアに歩み寄って目を覗き込んだ。

「理屈は知らないけど、同じ時代に同一人物がいるのはダメってことでしょうね。久しぶりね、コスモス」

「えっ、えええっ!?」

 ティファニアだけでなく、その場の人間たちの半数が驚いた。

 コスモスが、ティファニアに? すると、ティファニアはおずおずと懐からコスモプラックを取り出してみせた。

 それは過去でサーシャが持っていたものと同じ。一同が驚く中で、サーシャはティファニアのコスモプラックに触れると、独り言のようにつぶやいた。

「そう、久しぶりね。わたしにとっては一瞬だけど、あなたには六千年なのね。そう、わたしたちの後からそんなふうになったのね」

 皆が唖然と見守る前で、サーシャはそうつぶやいてから振り向いて言った。

「みんな、安心して。少なくともこの時代で、ヴァリヤーグが襲ってくる心配はないわ」

 えっ? と、皆の驚く顔が連なる。ブリミルや才人も同様だ。

 それはいったいどういう意味なのか? ティファニアがウルトラマンコスモスだったのも含めて、皆の理解が追いつかないでいるところに、サーシャはブリミルを呼びながら言った。

「驚かないでいいわよ。わたしの時代でコスモスに選ばれたのがわたしだったように、この時代でコスモスに選ばれたのが彼女だったというだけ。ブリミル、この子にイリュージョンを教えてあげて、ヴァリヤーグ……この時代ではカオスヘッダーと呼ばれているんだっけ、それが最後にどうなったのかをコスモスが見せてくれるわ」

 百聞は一見にしかずと、サーシャはブリミルをうながした。ブリミルはあっけにとられた様子ながらも、ともあれティファニアにイリュージョンの呪文とコツを教えた。

 虚無の担い手は、必要なときに必要な魔法が使えるようになる。ブリミルから呪文を授けられたティファニアは、初めて唱える呪文なのにも関わらずに口から歌うようにスペルが流れ、そして杖を振り下ろすと、ティファニアの中にいるコスモスの記憶がイリュージョンとなって新たに映し出された。

 

 それは、ブリミルたちの歴史にも劣らない、壮大な物語であった。

 青く輝く美しい惑星、地球。それは才人の来た地球とは別の、この宇宙にある地球での出来事だった。

 この地球は、才人たちの地球とは似ていながらも違う文化を育み、怪獣たちとも良い形で共存を始めていたが、そこへかつてのハルケギニアと同じように光のウィルスが襲い掛かった。

 光のウィルスは、この地球ではカオスヘッダーと名づけられ、かつてのハルケギニアと同じように怪獣に憑依して暴れさせ始めた。

 リドリアスの同族がカオスリドリアスに変えられ、暴れ始める。しかしそのとき、リドリアスを止めようと、ひとりで必死に呼びかける青年がいた。

「帰ろう、リドリアス」

 その勇気に、見守る人たちは感嘆し、リドリアスも一度はおとなしくなりかけた。

 しかし、不幸な事故によってリドリアスが再び暴れ始め、彼自身も窮地に陥ったときだった。青年の勇気に答えて、コスモスは彼の元へと降り立った。

「僕はあきらめちゃいない! 僕は本当に、本当に勇者になりたいんだ、ウルトラマンコスモス!」

 コスモスは彼と一体化してリドリアスを救い、この地球でのカオスヘッダーとの戦いが始まった。

 カオスヘッダーに侵された怪獣や、不幸によって人に害をなしかける怪獣を保護し、侵略者を撃退する。それらの日々は厳しいながらも、コスモスにとってもやりがいがあり、かつ学ぶことの多い経験となった。

 しかし、カオスヘッダーはかつてのハルケギニアと違ってはるかに人間が多く複雑な環境であるからか、次第に進化を始めていったのだ。

 コスモスの能力に対抗して怪獣から分離されないように抵抗力を付け始め、さらに人間たちにも興味を持ち始めたカオスヘッダーは人間を分析して、その感情の力を使ってついに怪獣に憑依することなく自ら実体を持った。

「実体カオスヘッダー……」

 黒い魔人、実体カオスヘッダー。その名はカオスヘッダー・イブリース、コスモスと互角に戦えるようになったカオスヘッダーの力はすさまじく、コスモスは大きく苦しめられた。

 イブリースをかろうじて倒すも、進化を覚えたカオスヘッダーはさらなる力と狡猾なる頭脳を身に付けて再度襲ってきた。

 毒ガス怪獣エリガルを囮にして、コスモスのエネルギーを消耗させたカオスヘッダーはさらに凶悪さを増した姿となって現れた。

 実体カオスヘッダー第二の姿、カオスヘッダー・メビュート。コスモスのコロナモード以上の力を持つメビュートの猛攻によって、コスモスはついに敗れ去ってしまった。

 しかし、コスモスと心を通わせていた青年と、人間たちはあきらめなかった。その心が力となって、コスモスは新たな姿を得て蘇り、メビュートを撃破した。

 だがそれでもカオスヘッダーの侵略は止むところを知らず、今度はコスモスの姿をコピーした暗黒のウルトラマン、カオスウルトラマンの姿に変わり、さらにその強化体であるカオスウルトラマンカラミティにいたっては完全にコスモスの力を上回っていた。

 何度倒しても再び現れるカオスウルトラマン。人間たちも、カオスヘッダーに対抗するために方法を模索していたが、カオスヘッダーは対抗策が打たれる度にそれに耐性を持ってしまう。

 カオスヘッダーにこれ以上の進化を許せば勝ち目はない。人間たちにも焦りの色が濃くなり、それに加え、長引く戦いでコスモスにも疲労とダメージが積み重なってきた。もはやコスモスが地球にとどまって戦えるのもわずか、誰もがカオスヘッダーとの決戦に全力をかけようと必死になる中で……彼だけは違っていた。

「戦わなくてすむ方法、それが何かないのかな」

 戦うことで皆が団結する中で、ひとりだけ戦わなくてすむ道を模索している青年の存在は異質であった。

 だが青年は完全平和主義者や無抵抗主義者ではない。悪意を持ってくる相手には断固として戦う意思の強さを持っている。しかし、誰もが戦うことだけを考えて、本来の目標や使命を忘れてしまいそうになってしまうことを彼は心配していた。

 自分たちは、コスモスは、戦うために存在するのではないはずだ。そんなとき、カオスヘッダーの通ってきたワームホールを通して、ようやくカオスヘッダーの正体をつきとめることができた。

 カオスヘッダー……それははるかな昔にどこかの惑星で、混沌に満ちた社会を統一して秩序をもたらすために作られた人工生命体だったのだ。

 つまりは、カオスヘッダーが怪獣にとりついて暴れさせるのも、社会を一個の意思に統一された組織にするための過程にすぎず、カオスヘッダー自身には侵略の意思などといった悪意はまったくない。極論すれば全自動のおそうじロボットが暴走して、部屋をゴミも家具もいっしょくたにしてまっさらに片付けようとしてたようなものだったのだ。

 かつてのハルケギニアや、この地球でおこなっていることもカオスヘッダーにとっては最初に創造主によって与えられたプログラムを遂行しているのみの行動だった。つまり、カオスヘッダーもかつてのハルケギニアでマギ族が作り出した人工生命同様に、創造主に理不尽な運命を背負わされて生み出された被害者でもあった。

 ただ、かつてと違うのはカオスヘッダーは地球人と戦いながら観察するうちに、地球人やコスモスに対して憎悪の感情を持つようになってきた。カオスヘッダーに、自我が生まれてきたということだ。

 コスモスに対しての憎しみを露にして襲い掛かってくるカオスウルトラマンカラミティを、コスモスは月面に誘い出して最終決戦に臨んだ。しかし、コスモスの必死の攻撃で倒したと思ったのもつかの間、カオスヘッダーすべてが融合した最終形態、カオスダークネスが誕生して、コスモスはとうとう力尽きてしまう。

 

 そして、それからの結末は、まさに涙なくしては見られないものであった。

 憎悪に染まったカオスダークネスへの懸命の呼びかけと、青年とコスモスの起こした奇跡。生まれ変わったカオスヘッダーの新しい姿、カオスヘッダー・ゼロの輝き。

 すべてが終わり、コスモスとカオスヘッダーが地球を去っていく。結末の有様はまさに筆舌に尽くしがたく、長い物語を見終わったとき、多くの者が感動で目じりを熱くしていた。

 

「これが、まさに真の勇者の姿なのですね」

 アンリエッタがハンカチで涙を拭きながらつぶやいた。地球での出来事はハルケギニアの人間たちには理解できないところも多かったが、すでにマギ族の一件を見ることで科学文明に対する予備知識がある程度あったことと、才人が地球の文化を解説して、ティファニアがコスモスの言葉を通訳するのををがんばったおかげでおおむねの事柄はみんなに伝わっていた。

 宇宙のあちこちで破壊と混沌を撒き散らし、かつてのマギ族の文明を滅ぼしたヴァリヤーグことカオスヘッダーは、地球の人間たちとの交流を経て、今では遊星ジュランという星の守護神となっているという。かつての悪魔が今では天使に、そのことに対して、一番感銘を受けていたのは誰でもなくブリミルとサーシャだった。

「そうか、僕らの時代にヴァリヤーグ……カオスヘッダーがやってきたのは、まさにマギ族がこの星をカオスにしていたからだったんだな。結局は僕らの自業自得か、でもやっぱり愛が大事なんだな、愛が」

「ううっ……リドリアスはどこでも健気なのね。帰ったら、うちの子もうんとかわいがってあげなきゃ」

 幾千年に及んだ物語の意外な、しかし感動的な結末は、カオスヘッダーと戦い続けてきたふたりの心も熱く溶かしていた。

 才人やルイズもじんと感じ入っている。ティファニアは杖を握りながら涙を滝のように流している。さすがにタバサやカリーヌたちは気丈に立っているが、心に思うところはあったようで視線は動かしていなかった。

 ただ、エレオノールやルクシャナは少し考え込んでいて、皆の様子が落ち着くと、それを確かめるように切り出した。

「ねえ、ちょっと疑問なんだけど。未来でのこのことを知った始祖ブリミルが過去に戻ったら、歴史が変わっちゃうんじゃないかしら?」

 皆がはっとした。確かに、未来でのこの顛末を知っているなら、ブリミルたちにはやりようがいくらでもある。しかしブリミルは少し考えると、それを否定するように言った。

「いや、たぶんだけど大きな影響はないんじゃないかな」

「なぜ? 根拠を示してくださいませんこと?」

「カオスヘッダーが浄化できたのは、地球という星でそれなりの条件が揃ったからだよ。残念ながら、僕の時代では無理だね。人が少なすぎて、カオスヘッダーは僕らを観察対象にすら見ないだろう。と、いうよりも……僕らの時代はすでにカオスヘッダーの目的の、なあんにもないがゆえに秩序が保たれてる世界に近い。もう間もなくしたら、カオスヘッダーは勝手に僕らの世界から去っていくだろうね」

 ブリミルの自嘲げなつぶやきに、ふたりの学者も返す言葉がなかった。ブリミルの時代の世界人口はすでに一万人以下に落ち込んでしまっている。文明を維持できる範囲ではなく、カオスヘッダーからすればコスモスも含めて誤差の範囲となり、目的を達成したと判断したカオスヘッダーは次の惑星を求めてこの星から去っていく。そしてわずかに残った人間たちによって、数千年をかけての復興が始まるのだ。

「けれど、未来で起こることに対して、いろいろ書き残したりすることはできるんじゃないの?」

「もちろんそのつもりだよ。聞いたけど、実際この時代にも祈祷書とかなんとかの形でけっこう残ってるようだね。特に、あの首飾りは役に立ったようだね。それと、ミーニンもこっちで元気にやってるようでよかった」

「なら、過去に戻ってさらなる始祖の秘宝を残すことも」

「できるけどね、それならすでにこの時代に影響があってもいいはずだろ? でも、特になにもない。なら、それを前提にして過去で行動したら?」

「え? え?」

 頭がこんがらがる面々、これがタイムパラドックスだ。原因と結果のつじつまが合わなくなり、わけがわからなくなってしまう。時間旅行はこれがあるから難しい、何をすれば何が起こるかが読めないのだ。

 しかし、理論はめちゃくちゃになっても、この世界では実際にタイムワープができてしまう。それについては、ブリミルは投げやりに言うしかなかった。

「つまり、やってみないとわからないってことさ。心配するだけ無駄だよ、いくら考えても頭がバターになるだけさ」

 思考放棄だが、実際それしかないようだった。エレオノールやルクシャナは、学者として考えることをやめるのには抵抗があったものの、論理的に組み立てようのない問題相手に沈黙するしかなかった。

 歴史が変わるか変わらないか、それこそやってみないとわからない。そして仮に変わったとして、それを認識できるかもわからない。そういうものだと割り切るしかないのだ。

 そして、ティファニアに今のコスモスが一体化しているということについても尋ねることはあったが、それはサーシャに止められた。

「だめよ、コスモスだって難しい立場なの。彼は今度こそ、この星を守り抜こうともう一度はるばる来てくれたの。でもわたしたちが騒ぎ立てたら、彼も動きにくくなってしまうわ。コスモスがここにいるのは、ここにいる人だけの秘密よ。いいわね」

「は、はい。でも、コスモスさんがそうだったように、もしかしたら他のウルトラマンの方々も、もしかしていつもは?」

「おっと、それを詮索するのも禁止よ。コスモスもだけど、ウルトラマンは訪れる星の人たちに余計な気を遣ってはほしくないんだって。それに、ウルトラマンのみんなを、不自由な立場にしたくないならね」

 アンリエッタは、うっとつぶやくと押し黙った。確かに、世間にウルトラマンが普段は人間の姿をしていることが知れたら普通に外を出歩くことも難しくなってしまうだろう。それだけならまだしも、ウルトラマンの正体が公になっていたら、その気のない侵略者からもマークされてしまうだろう。

 才人は思う。自分やルイズなら、まだ身を守ることはできるだろうが、ティファニアくらいか弱かったら宇宙人に狙われたらひとたまりもない。

 それから、歴史を変えるということに関しては、才人はサーシャに聞いておきたいことがあった。

「サーシャさん、あっちに戻ったら、あっちの時代のコスモスに未来のカオスヘッダーのこととかを話すんですか?」

「いいえ、そのつもりはないわ。彼も聞くことを望まないでしょうし、未来が変わるか変わらないか、わたしたちはわたしたちにできることをやっていくだけよ、変わらずにね」

「サーシャさん……」

 やっぱり、この人は強いなと才人は思った。自分のやるべきことを見据えて迷いがない。

 このふたりが過去で頑張ってくれたからこそ、今の自分たちがある。それを自分たちの時代で無駄にしてはいけない。

 そして、始祖ブリミルの残した最後にして最大の謎。それをルイズはブリミルに問いかけた。

「始祖ブリミル、教えてください。あなたは始祖の祈祷書を通じても、念入りに聖地のことを言い残されました。聖地が大変な状態になっているのはわかりました。それで結局、あなたは聖地をどうなさりたかったんですか?」

 聖地は海に沈んだ。しかし、その聖地を具体的にどうしてほしいのかに関する伝承がこれまでにはない。いや、始祖の祈祷書の最後になら記述されていたかもしれないが、祈祷書はエルフへの保障の証としてネフテスに預けられたままになっている。

 ブリミルはその質問を受けて、難しそうに答え始めた。

「六千年も先まで迷惑をかけていることを本当に申し訳なく思うよ。できれば僕が生きているうちになんとかしたかったんだけど、無理だったらしいね」

 ため息をつくと、ブリミルは再び杖を振ってイリュージョンの魔法を唱えた。

「僕らは、あの後しばらくしてからもう一度聖地の様子を見に行ったんだ。だけど、聖地のあった場所での時空嵐はまだ収まらず、亜空間ゲートは海底に沈んだままで、コスモスの力でも近づくことはできなかったんだ」

 リドリアスに乗って都市の跡に近づくも、嵐にはばまれてはるか手前で引き返さざるを得なくなるブリミルたちの悔しげな表情が映っていた。

「時空嵐が収まるまで数百年はゆうにかかってしまうだろう。だが僕は、近づかなくても世界扉の魔法がまだ聖地で動き続けてることを感じた。このまま次元の特異点となっている場所をほうっておいたら、なにが起こるかわからない。けれど聖地にたどり着ける様になる頃には、僕もとても生きてはいられない。だから、僕は子孫たちに託そうと思ったんだ。聖地を刺激することなく管理してほしい。そしてできるなら……」

 ブリミルの言葉に、ルイズは合点したように毅然と答えた。

「わかりました。わたしたち虚無の担い手の誰かが聖地にたどり着けたら、そこで魔法解除の虚無魔法『ディスペル』を使ってほしい。そういうことですね?」

「そう、ディスペルは僕が使ったのを君も見てたね。世界扉をディスペルで解除すれば、聖地のゲートは少なくとも小規模化して安定してくれるだろう。ほんとはこの時代にまで来た以上、僕がやるのが筋なんだろうけれど……」

 しかしルイズは首を横に振った。

「いいえ、この時代のことはこの時代の人間でカタをつけるべきだと思います。そうですわよね、姫様、みんな」

「もちろんですわ。もしも聖地がなかったとしても、ヤプールは別のところを狙っただけでしょう。なにより、自分の身にかかる火の粉を自分で払えないようでは、わたくしたちは子孫に自分たちの歴史を誇れません。苦労は、わたくしたちの世代で解決いたしましょう、皆さん」

 アンリエッタが振り向くと、他の皆もそうだというふうにうなづいている。

 ブリミルは、子孫たちのそうした力強さに、黙って静かに頭を下げた。

 時空の特異点と化している聖地。それを鎮めることが、おそらくは虚無の担い手の最終目標になるのだろう。聖地のゲートの規模が縮小すれば、ハルケギニアに異世界から様々な異物が飛び込んでくることも少なくなる。

 虚無の担い手としての使命を肩に感じて、ルイズは手のひらににじんだ汗を握り締めた。

「わたしはきっと、これをするために生まれてきたんだわ」

 これまで、虚無の担い手であることはルイズにとって、形の無い誇りであり重荷でもあった。しかし、虚無の担い手である自分だからこそできる、一生をかけてもしなければいけない仕事ができた。聖地を鎮めること、ハルケギニアのためにこれほど誇りを持って挑める仕事はほかにないではないか。

 しかし、それはルイズがこれから起こる聖地争奪戦の渦中から逃れようもなくなるということを意味してもいる。アンリエッタやキュルケは口には出さないものの、張り切るルイズの様子を心配そうに見つめ、カリーヌは無表情の底から何かを娘に投げかけていた。

 ルイズはよく言えば責任感が強く、悪く言えば思い込みがすぎる。それを察して、軽口でルイズの肩を叩いたのはやはり才人だった。

「気負うなよルイズ、人生は長ーいんだ。明日や明後日に聖地に行けるわけじゃないだろ、てか聖地を取り戻したらディスペルひとつでパーッと終わるんだから、難しく考えるなよ」

「あんたは……せっかく人が世紀の偉業に燃えてたところによくも水を差してくれるわね。わたしがハルケギニアの歴史に名を残す偉大なメイジになれなくてもいいの?」

「英雄になりたがる奴にろくなのはいねーよ。ブリミルさんだって、なりたくって始祖なんて呼ばれるようになったんじゃないだろ。だいたい、英雄ルイズの銅像がハルケギニア中に立つ光景なんて想像したくねえ」

 才人のその言葉に、皆は「かっこいいポーズで立つルイズの銅像」が世界中に聳え立つシーンを想像した。ひきつった笑みをこぼす者、ププッと笑いをこらえられなくなる者など様々だが、誰もが一様にそのシュールな光景に腹筋を痛めつけられており、ルイズは急に恥ずかしくなってしまった。なお余談ではあるが、皆の想像の中の英雄ルイズの像の横には忠犬サイトの像が並んでいた。

「はぁ、もういいわよ。考えてみたら、教皇がいなくなってこの時代の担い手は減っちゃったし、秘宝とかなんとかいろいろあったわね。なんか一気にめんどくさくなってきちゃったわ」

 気が抜けた様子のルイズに、今度は皆から安堵した笑いが流れる。そう、それでいい、才人の言うとおり、人生は長い、まだ燃え尽きるには早すぎる。

 ブリミルとサーシャも、子孫たちの愉快な様子に笑っていた。こうしてつまらないことで笑い合える、それができる未来があるというだけで、自分たちのやってきたことは無駄ではなかった。それがわかっただけで十分だ。

 

 と、そのとき壁にかけられていた時計が鐘を鳴らして時報を告げた。どうやら、かなり長い間話し続けてしまっていたらしい。

 ブリミルとサーシャが帰らねばならない時間が近づいている。さて、残りの時間をどう使うべきだろうか? 重要なことはほぼ聞いた、あと何か聞き逃していることはないだろうか?

 時間は少ない。しかし、おしゃべり好きなアンリエッタやキュルケなどは、少しでも話す時間があるならサーシャからブリミルとの間にどんなロマンスがあったのかを聞き出そうとし、いいかげんにしろとカリーヌやアニエスから止められている。

 平和な時間、それもあとわずかしかない。そんな中で、ルイズは疲れた様子のブリミルに恐縮しながら礼を述べた。

「始祖ブリミル、どうも騒がしいところですみません。ですがあなたの子孫として、もう一言だけお伝えしておきたいのですが、よろしいですか」

「もちろん、君たちの言葉に閉ざす耳は僕にはないよ」

「では、始祖ブリミル……このハルケギニアを、わたしたち子孫をこの世に残してくれて、ありがとうございます。わたくしたちの遠い遠い、素敵なおじいさま」

 優雅な仕草で会釈したルイズに、ブリミルは照れながらも頭を下げ返した。

「こちらこそ、もうないものと思っていた未来を見せてくれてありがとう。君たちなら、僕らと同じ間違いはせずに、いつかマギ族も追い抜いていける。いつでも応援してるよ、僕らの可愛い遠い遠い孫の孫の孫たち」

 にこりと笑いあう先祖と子孫。年の差実に六千才のふたりは、今では同じものを見つめていた。

 自分の存在を探し求めていた少女、過ちからスタートした聖者。ともに愛を知って生まれ変わり、多くのものを見知って救い主となった。誇れる先祖、誇れる子孫、それを確認した彼らの胸中にあるのは、互いに相手に負けないように頑張っていこうという新しい意思だ。

 

 語り合う先祖と子孫。つかの間だが、平和な時間を彼らは楽しんだ。

 しかし、現代にほんとうの平和が訪れるための道のりはまだ長い。

 教皇が倒れ、ハルケギニアに残った災厄の根源はあとひとつ。ガリアにジョゼフがいる限り、平穏と安定は訪れず、必ず平和を乱そうとしてくることだろう。

 タバサは、和気藹々とする面々の中で、目前にまで迫っているジョゼフとの決着に胸を締め付けられていた。

 あのジョゼフのことだ、いくら状況が悪くなろうとも降参してくることなど絶対にない。いや、状況に関わらずに、常に最悪の一手を打ってくるのがあの男だ。それでも、臆することはできない。

「お父さまの仇……今度こそ、あなたを倒す」

 小さくタバサはつぶやいた。チャンスは間違いなく次が最後、長引かせたり引き伸ばせば、聖地を奪ったヤプールが本格的に動き出す。そうなればもはやジョゼフ討伐どころではなくなる。

 自分が異世界にいるとき、キュルケやシルフィードやジルまでもが自分をハルケギニアに連れ戻そうと頑張ってくれていたことを聞いたときには心から感謝した。だが、敵討ちは自分で自分に課した人生の責務、譲るわけにはいかない。

 どんな結果が待っているにせよ、決着は必ずつける。皆が奇跡を積み重ねてまで得た平和への道のりを、自分たちガリア王族のせいで台無しにすることはできないと、タバサは強く決意した。

 

 だが、確実に迫るタバサとジョゼフの戦い……それが、タバサどころかジョゼフの想像さえ超えた恐ろしいゲームとなってやってくることを、まだ誰も知らない。

 ひとつの編が終わり、幕が下りる。だが、物語はまだ終わらず、すぐに次の編に移って再び幕が上がる。

 

 それでも、今は休んで語り合おう。先祖と子孫、決して交わることがないはずの者たちの宴は、笑い声に満ちて今しばらく続く。

 

 

 続く


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。