ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第56話  守れなかった希望

 第56話

 守れなかった希望

 

 四次元怪獣 ブルトン

 残酷怪獣 ガモス

 地底怪獣 テレスドン

 鈍足超獣 マッハレス

 毒ガス怪獣 メダン

 カオスバグ

 双子怪獣 レッドギラス

 双子怪獣 ブラックギラス 登場!

 

 

 滅び行く文明、破壊されゆく世界の中で二人は出会った。

 ブリミルとサーシャ、いずれハルケギニアという世界を築き上げる偉大なメイジと使い魔。

 しかし、彼らは最初から英雄だったわけではない。むしろ、望まぬ力を突然与えられて戸惑い悩む旅人であった。

 日々を生き抜くこと。今の彼らはそれだけを考えて前に進む。

 その道中で、同じように生き残っていた人々を集め、彼らは希望を強めて旅を続ける。東へ、東へ。

 

 だが、西遊記において玄奘三蔵は旅路で弟子を集めて天竺で望みを叶えたが、東へと旅を続ける彼らを終点で待ち受けるのはなにか。

 

 始祖とガンダールヴ。その本当の誕生と、絶望を乗り越える光を手に入れるための試練が始まる。

 

 

 旅を続けるブリミルの一行。その旅路は決して楽なものではなかったが、彼らは望みを捨ててはいなかった。

 ブリミルが頼んだのは、首都に残っていると思うマギ族の仲間たちと、その力であった。各地が壊滅しても、マギ族が全滅したわけではない。必ず首都に立てこもって抵抗を続け、再興の機会を待っているはずだ。ブリミルはマギ族の底力を信じ、この危機はいつか去ると信じ、もう愚かな争いはやめて仲間たちとささやかな生活を送ろうと願っていた。

「ブリミルさん、疲れたでしょ。水、お飲みんさいな」

 汗を流しながら山道を切り開いているブリミルに、ひとりの老婆が水筒を差し出してくれた。派手な魔法を使えば凶暴な幻獣や怪獣を呼び寄せてしまうかもしれないので、地道に力仕事で進まねばならない中、こうした細やかな心配りがうれしいということをブリミルは知った。

 それだけではない。出会った人たちは、ブリミルがマギ族だと知ると最初は嫌悪感を示したが、ブリミルが威張ることなく頑張っている姿を見ると次第に手を貸してくれるようになった。

 安全なところからモニターごしに命令するだけでは決して理解できないもの。ブリミルは、自分がいままでいかに無知だったかを知り、人々との触れ合いを受けて本当に人の役に立つとは何かを学んでいった。

「ブリミルさん」

「ブリミルくん」

「ブリミルちゃん」

 そんな風にマギ族以外から呼ばれたことなどなかった。そうして触れ合ううちに、彼らも自分たちマギ族になんら劣ることなどない、いや、自分たちが忘れてしまった素朴さや思いやりを持っている立派な人たちだと思うようになっていった。

「みんなに話そう、僕らが間違っていたんだと。そして今度こそ、みんなが友達になれる世界をこの星に作り直すんだ」

 それがブリミルの目標になっていた。サーシャや仲間たちが教えてくれた、本当の幸せはものの豊かさだけじゃないんだということを。

 そんなブリミルの変わりようを、サーシャも暖かく見守るようになっていた。

「あなた、少しはたのもしくなったじゃない。けど、もしあなた以外のマギ族がわたしたちを変わらずに道具として使おうとしたらどうするの?」

「できるだけ説得はしてみるけど、もしものときは僕がみんなを守るよ。でも僕は信じてる、マギ族の中にも必ずわかってくれる人はいるって」

「ふふ、蛮人のくせに言うようになったわね。少しは期待してるから」

 サーシャや仲間たちにしても、マギ族との対決など望んではいなかった。確かに恨みは大きいが、晴らしたからといってなにになるわけでもない。なによりももう、戦うなどうんざりだった。

 贅沢は言わない、ただ平和な世界を。それを夢見て、ブリミルと仲間たちは歩いた。

 だが、ブリミルの淡い期待はすでに猛禽の住む谷に放した伝書鳩の帰りを待つのと似た、虚しい希望となっていたのだ。

 その前兆はあった。旅を続けながら遭遇する怪獣の数は錯覚ではなく増え続けていた。目に見える自然の風景もどんどんと荒れ果てていった。

「異変はおさまるどころか、ますます拡大し続けてるんじゃないのか?」

 岩陰に身を潜めて息を殺しながら、ブリミルたちは近場を地響きを立てて歩いていく怪獣と、地上に影を投げかけて飛んでいく怪獣が通り過ぎていくのを待った。

 怪獣はいっこうに減らない。それに天気も、最近は曇りばかりで晴れる日が少なくなってきたように感じられる。異変が星の環境そのものをさえ変え始めているのかもしれない。

 しかしブリミルたちは不吉な予感を意図して無視して旅を続けた。ほかにすがる望みもなく、行くべき場所もない彼らには旅を途中で投げ出すことはできなかったのだ。ブリミルもサーシャもそうだった。

 そして旅路の果て、最後の山を越えて都市にたどり着いたブリミルたちの見たものは、完全に破壊されつくされた廃墟の冷たい眺めだったのである。

 

「こ、こんな、こんなことが。僕らの、僕らの作り上げた街が……」

  

 ブリミルの落胆した声が流れた。たとえ世界中が破壊されても、ここだけは耐えられると思っていた、ここだけは大丈夫だと思っていた。マギ族の第二の故郷の象徴である大都市だけは、不滅だと信じたかったのに。

 だが現実は残酷だった。都市のシンボルであった巨大ビル群はすべて倒壊して瓦礫の山と化しており、動くものの影さえない。

 やっぱりここもダメだったのか……都市の遠景を眺めながら、皆が疲れ果てた様子で息を吐く。しかしブリミルはあきらめきれなかった。

「そうだ、地下ならまだ誰か生き残ってるかもしれない! 行こう、食料だってきっとたくさんあるはずだ」

 希望を捨てきれずにブリミルは叫んだ。サーシャやほかのみんなも、やっとここまでたどり着いたのに何もなしで引き返すのはできないと彼に従った。

 だが、都市は本当に見る影もないくらいに破壊されつくしていた。

「おーい、誰かいないのかぁ!」

 街のどこで呼べど叫べど、答える者はいなかった。

 破壊の度合いは徹底を極め、道路に残っている足跡からも、少なくとも数十体の怪獣がここで暴れたことは明白であった。防衛用のバリヤーも、力づくで突破されてしまったのであろう。

 建物は砕かれ、焼かれ、溶かされ、原型を保っているものはひとつもない。ここを襲った怪獣たちはすでに姿を消し、廃墟は沈黙に包まれていたが、それはもはや壊すものがなくなってしまったからだろう。当然、建物の中の設備や物資も使い物にはならなくなっていた。

「誰でもいい、いたら返事をしてくれ!」

 これだけの都市に生存者がいないわけがないと、一行は手分けをして方々を探した。しかし、どんなに声を張り上げても、耳を澄まして返事を探すブリミルとサーシャに届くのは風の音だけであった。

「ちくしょう、僕らはここに宇宙のどこにも負けないすごい街を作ったつもりだったのに。今じゃ虫の音ひとつ聞こえないなんて」

「まだあきらめるには早いわよ。もっと先に行ってみましょう……あら? ねえ、何か聞こえない?」

 サーシャが長く伸びた耳を立てて立ち止まると、ブリミルも慌てて立ち止まって耳を澄ませた。しかしブリミルの耳に届いてくるのは、相変わらず寒々しい風の音だけであった。

「どうしたんだい、何も聞こえないけれど?」

「や、今なにか、ドクンドクンって、心臓みたいな音が聞こえたんだけど……もう聞こえないわ、気のせいだったのかしら?」

 サーシャはまわりを見渡したが、それらしい音をさせるようなものは何もなかった。幻聴なんかが聞こえるとは、自分もけっこうまいっているのかもとサーシャは頭を振った。

 都市は破壊されてからすでに数ヶ月は経っていると見え、生き埋めになっている人がいたとしても生存は無理だろう。と、なればやはり可能性のあるのは地下しかない。

 頼む、誰でもいいから生きていてくれ。ブリミルたちはすがるように願いながら先へ進んだ。この都市の地下には広大な工場施設があった、そこの奥深くに逃げ込んでいれば助かった可能性はある。きっとある。

 ブリミルたちは都市を進み、ようやく地下への入り口を見つけた。魔法で瓦礫をどかし、補助電源すら死に掛かっている通路を明かりを灯しながら進んだ。しかし彼らがそこで見つけたのは、半壊したコンピュータに残されたあまりに残酷な記録であったのだ。

「そんな、マギ族が……全滅」

 都市の自動記録装置が撮影した最後の映像には、星を脱出しようとして叶わずに宇宙船ごと全滅するマギ族の姿が映し出されていた。

 宇宙船は地上に激突して炎上し、生存者は望むこともできない。そして怪獣たちによって破壊されていく都市が映し出され、カメラが破壊されたところで映像は途切れた。

 落胆して床に座り込むブリミル。別の映像では変貌していく亜空間ゲートの姿も映し出されていたが、いまのブリミルにはどうでもよかった。

「僕らのやってきたことは、いったいなんだったんだ?」

 ブリミルは苦悩した。なんのために何百年も何世代もかけて宇宙をさすらい、やっとたどりついたこの星に安住の地を築いたんだ? せっかく築いた繁栄も、もうなにもかも壊れ果ててしまった。マギ族は死に絶え、残したものといえば、この星の人々への多大な迷惑だけではないか。

 自分たちがこの星でやってきた十年はまるで無駄だったのか……? 星を荒らし、人々を傷つけて、外敵を呼び込んだ結果、なにもかもをだいなしにしてしまった。繁栄に酔っているときは、こんなことになるなんて思いもしなかったのに。

「やり直せるならやり直したい」

 ブリミルが悲しげにつぶやくと、サーシャは厳しく言い返した。

「無理よ、これはあなたたちの過ちが招いたこと。罰を与えたのは誰でもなくあなたたち自身、誰を恨みようもないし、受け入れるしかないことなのよ」

「そうだね、まったくそのとおりだ。でも、僕の同胞はもういない。僕一人で、いったいどうすればいいんだ」

「ならわたしたちの仲間でいいんじゃない? マギ族でなくたって、あんたはあんたでしょ。ただのブリミルとして、さらっと生まれ変わったつもりで生きなおしていいんじゃない?」

 サーシャにそう言われて肩を叩かれると、ブリミルは苦笑しながらも顔を上げた。

「君はそれでいいのかい? 君は、マギ族をどう思ってるんだい?」

「そうね、ざまあみろとは思うわ。けど、いまさらどうしようもないことじゃない。それに、今は過去を振り返ってるときじゃない。未来のために、誰もがぐっと我慢しなきゃいけない時なんじゃないの」

 いがみあっていたら、それこそマギ族の二の舞になる。サーシャの言葉に、ブリミルはぐっと涙を拭いて立ち上がった。

「君は、君たちは強いね。僕らマギ族にも、君たちのような正しい前向きさがあれば、つまらないいさかいに夢中になったりしなかっただろうに」

「ええ、ほんとにマギ族ってひどい奴ら。だからこそ、あなたは他のマギ族の分も生きていく義務があるんじゃないの? さあ、あなたたちの船のところに行きましょう。マギ族はひどい奴らだったけど、墓くらいはちゃんと建ててあげなきゃね」

 ブリミルはうなづいて、サーシャの後について歩き出した。そうだ、同胞たちの亡骸をそのままにしてはおけない。せめて、長年夢見てきた第二の故郷の土に眠らせてやるのがせめてもの弔いだ。

 亜空間ゲートと宇宙船の残骸のあるのは、都市の中心部にある大空港だ。ブリミルたちはそこに向かいだした。

 

 だが、空港に向かうためにいったん地上に出たときだった。先に様子を見に行っていた仲間の悲鳴のような叫びが聞こえてきたのだ。

「おおーい、大変だぁ! ブリミルさん、すぐに来てくれーっ!」

 なんだ!? 尋常ではない様子の叫びに、ブリミルとサーシャも血相を変えて走り出した。

 精神力の温存もかまわずに、瓦礫の山を魔法で飛び越えて空港へと急ぐ。そしてビル街から空港の開けた空間へと飛び出たとき、ブリミルとサーシャの見たものは異様な光景であった。

 不気味な姿に変形した亜空間ゲートと、その傍らに横たわるマギ族の宇宙船の残骸。だがそれはもうわかっていた光景だ。ふたりが驚いたのは、空港のあちこちに散乱する、破壊された小型の円盤だったのだ。

「これは、僕らマギ族の飛行円盤じゃないか。どうして、これがこんなに?」

 ブリミルは困惑した。それらは、以前にブリミルが虚無の魔法を会得することになった円盤と同じタイプのマギ族の自家用機の数々であった。

 いずれも、大きく破壊はされているが、元の形状がシンプルな円盤だったために原型はとどめていた。しかし、マギ族の空港にマギ族の円盤があるのは当然のことだ。ふたりが驚いたのは、それら円盤の残骸が真新しいことだったのだ。

「こいつは、墜落してまだ数日も経ってないぞ」

 一機の円盤の残骸に近づいてブリミルはうなった。その円盤の残骸の傷口にはさびやこびりついたほこりも見えず、ちぎれた金属の光沢はそのまま残っている。しかも、墜落時の炎上の残りか、まだうっすらと煙まで吐いているではないか。

 乗員は死亡している。けれど、船外に投げ出された遺体を見ても、腐敗の気配はまだ見えない。

「僕以外にも、生き残っていたマギ族がいたんだ」

 これは、つい最近ここにやってきた者たちだ。おそらく円盤が故障するかなにかで、首都に帰れずに難を逃れ、修理を終えてここにやってきたのだろう。

 けれど彼らは到着時に何者かに襲われた。犯人はおそらく、怪獣だ。その証拠に、空港には無数の足跡が残されており、掘り返された土もまだ乾ききっていない。

 他の円盤を見に行っていた仲間たちからも、どの円盤も同じような状態だったとブリミルは聞かされた。

「君たちも、ようやくここに帰ってこれたのに、さぞ無念だったろう」

「蛮人、感傷に浸ってる場合じゃないわよ。ここに来たマギ族の船は、どれも到着と同時に襲撃を受けたんだわ。なら、襲った張本人はどこに行ったのよ?」

「えっ? そりゃ、もうどこかに立ち去ったんじゃないか?」

 ブリミルは素朴に考えて答えたが、サーシャは険しい表情で円盤の残骸を指差して言った。

「残骸の状態をよく見てみてよ。目の前のこれは、つい昨日くらいに壊されたものだけど、あっちに見えるあれはさびが浮き始めてるわ、一週間前に雨が降ったからそれを浴びたんでしょう。かなり時間がずれた状態で、同じ壊され方をしてるなんて変じゃないの?」

「あ、ああ。そういえば、空から見れば怪獣がいるのはわかるはずなのに、どうして彼らは着陸しようとしたんだ」

「ねえ、何か悪い予感がするわ。さっきはああ言ったけど、ここにいると何かよくないことが起こりそうな気がするの」

「そうだね、君の言うとおりだ。まだ調べたいことはあるけど、急いでみんなを集めてここから離れよう」

 ブリミルも背筋に冷たいものを感じ、サーシャの意見に賛同した。なにが変だと具体的には言えないが、ごく最近にここで惨劇が起こったのは確かだ。後ろ髪を引かれる思いはあっても、皆の安全には代えられない。

 しかし、ふたりが街に散った仲間たちを呼び集めようとした、まさにそのときであった。彼らの耳に、まるで心臓の脈動のような不気味な音が聞こえてきたのだ。

「なんだ、この変な音は?」

「あなたにも聞こえるの? これよ、さっきわたしが聞いた音は。あっ、あれを見て」

 音に続いて異変は立て続けに起こった。突如地響きがして、サーシャの指差した滑走路の一角から土煙とともになにか巨大なものがせり上がってきたのだ。

「なっなんだ? なんだいあれは!」

「んっ、ホヤ?」

 それは奇怪としか表現のしようがない物体であった。全長は六十メートルほどもある巨体だが、まるでフジツボを寄せ集めてできたかのような、穴ぼこと出っ張りだらけの訳のわからない形をしている。色は青と赤で上下が分かれていて、気味が悪いというかおよそ生き物とすら思えなかった。

 まさかあれもヴァリヤーグの仲間か? いや、光の粒子は見えないし、違うのか?

 出現した物体の正体がわからずに戸惑い立ち尽くすブリミルとサーシャ。しかしそれを映像で見ていた才人には、そいつが何者なのかわかっていた。そいつは、かつて地球にも出現して科学特捜隊をさんざん翻弄した、あの。

「四次元怪獣ブルトン!」

 

【挿絵表示】

 

 歴代ウルトラ戦士が戦った怪獣の中でも特に不条理かつ謎の多い存在だ。なぜ、こいつまでここに? 暴走した亜空間ゲートの強烈な時空エネルギーに呼び寄せられたのであろうか?

 こいつはとにかく謎だらけの存在で、無重力圏の谷間から落ちてきた鉱物生命体ということぐらいしかわかっていることはない。しかし、その行動原理は不明であっても、こいつは自分に敵意を持つものに対しては明確な敵意で返す習性を持っている。ブルトンに攻撃を仕掛けた防衛軍の戦車や戦闘機は四次元現象で全滅させられた。もし、ブルトンが近づいてくる人間を外敵と判断したとしたら。

 まずい、逃げろ! と才人は叫ぶが、当然過去のビジョンの中のブリミルたちには届かない。

 ブリミルとサーシャが、ブルトンが何なのかわからずに棒立ちになっていると、ブルトンは無数にある開口部のひとつから四本の細い繊毛のようなものをせり出させて震わせた。するとそこから鈍い光が放たれて、周辺の空間が歪んだかと思うと、その中から四体もの怪獣が現れてきたのだ。

「なっ! か、怪獣だって」

「そんな、いったいどこから」

「ブリミルさん、あっちにも!」

「サ、サーシャさん、あっちにも出ましたわ!」

 ふたりや彼らの仲間たちは困惑した。今まで何もなかったところから、まるで召喚されたように怪獣が現れるなんて!

 だが、これこそ四次元怪獣ブルトンの能力なのだ。奴は時空を自由自在に操ることで、あらゆる世界の法則を無視することができる。才人の知っている記録では披露されたことはなかったが、遠く離れた場所にいる怪獣を呼び寄せるなど本来ブルトンには簡単なのだ。

 出現した怪獣たちは四体、それぞれが人間たちを獲物だと認識して襲い掛かってきた。

 まず一匹目は、シャープな頭部と弾力がありそうな体を持つ地底怪獣テレスドン。怪力と大重量を持ち、滑走路に巨大な足跡をつけながら向かってくる。

 二匹目は、背中に大きなヒレを持つ鈍足超獣マッハレス。爆音を鳴らすものや高速で動くものが大嫌いな習性を持ち、空を飛んで逃げ出そうとした人たちに怒って飛び掛っていく。

 長く伸びた鼻を持つ三匹目は毒ガス怪獣メダン。ガスを主食とし、窒息性の猛毒ガスを吐き散らす凶暴な怪獣で、さっそく興奮して白色の毒ガスを撒き散らしている。

 そして四匹目が、地球に現れた怪獣の中でもトップクラスに凶悪無比な一体とされる、その名も残酷怪獣ガモス。ヘビのような光沢を持つ体と濁りきった目を持ち、背中には無数の鋭いトゲを生やして見るものを威圧する。さらに何よりも、その頭脳は殺戮を至上の喜びとする邪悪な意思に満ち満ちており、目の前に多数の人間がうごめいているのを見ると、歓喜に吼えたけりながら襲い掛かった。

 四方から襲い掛かってくる四匹の怪獣。ブリミルたちは理解した。

「あいつが、マギ族の生き残りは、あのフジツボおばけが呼び出した怪獣にやられてしまったんだ」

 マギ族の生き残りは、この空港にやっと帰ってきてほっとしたところを、異次元から現れた怪獣に奇襲されてしまったに違いない。

 せっかく生き残っていた仲間をよくも。ブリミルは怒りに震えたが、ブリミルにできることは、ただ一言叫ぶだけであった。

「逃げろーっ! みんな逃げるんだーっ!」

 それ以外にできることはなかった。相手は四匹、勝ち目など最初からゼロに等しい。魔法でみんなを逃がすにも、全員を集合させなくてはテレポートも世界扉も使えない。

 できることは、全員がバラバラになって少しでも遠くに逃げること。そしてリーダーである自分には、できることではなくてしなければいけないことがある。

「ぼ、僕が時間を稼ぐ。サーシャ、君はみんなを連れて逃げるんだ」

 それが、この中で唯一怪獣とも戦える魔法を持つブリミルにだけできる仕事であった。しかし相手は五体、魔法の訓練は積んできたが、こんな数を相手にするのは初めてだ。

 敵の能力は未知、自分の力は発展途上。しかしやるしかない、でなければ、自分はマギ族である自分を今度こそ許せなくなってしまう。

 だが、悲壮な決意をするブリミルの肩をサーシャが叩いた。

「やせ我慢してんじゃないわよ。あんた一人じゃ呪文を唱える時間もないでしょ、ふたりでやるわよ。いいわね」

「サーシャ、すまない」

 ブリミルは己の非力さを嘆き、サーシャの気遣いに感謝した。だが、ふたりならばまだ何とかなるかもしれない。

 怪獣たちの気を引くために、ブリミルは中途半端なエクスプロージョンの爆発を頭上で起こし、「お前たちの相手は僕らだ」と叫ぶ。そのふたりの後ろでは、彼らの仲間の人間や亜人たちが懸命に逃げていっていた。

「ブリミルさん、すまねえ!」

 彼らは皆、今日まで旅路で苦楽を共にしてきた大事な仲間たちだ。種族など関係ない、守らねばならないという思いがブリミルとサーシャの胸に強く燃え上がる。

 サーシャは腰の剣を抜き、ブリミルの肩を抱いた。ガンダールヴは詠唱の間に敵と戦って時間を稼ぐのが仕事だが、相手があれでは戦いようがない。なら、ガンダールヴの素早さでブリミルごと逃げ回るしかない。

 四大怪獣が来る! ブリミルはエクスプロージョンの詠唱を始め、サーシャは全力で走る準備を整えるために息を吸い込んだ。

 最初に来るのはなんだ? 火炎か? 毒ガスか? 破壊光線か? 身構える二人。

 

 だが、今まさに怪獣たちを迎え撃とうとしていた二人は信じられないものを見た。なんと、こちらに向かってきていた四匹の怪獣のうち、ガモスがくるりと方向を変えてブリミルたちの仲間のほうへと向かいだしたのだ。

「なに! こら、どこへ行く! お前の相手は僕だ」

 ブリミルが叫んでもガモスはまるで聞く耳を持たない。なぜなら、殺戮のみを喜びとするガモスにとって、立ち向かってくる相手など興味はない。逃げ惑う弱者をいたぶることこそ快感があるのだ。

 いやらしい笑いを浮かべているような目で逃げる人間たちを見下ろして追いかけるガモス。しかしブリミルとサーシャには、残りの三匹が向かってきているのでガモスに向かうことができない。

 攻撃が来る! メダンの吐いた毒ガスとマッハレスの吐いた爆発性ガスが来る。ブリミルはやむを得ず、自分の身を守るために呪文を開放した。

『エクスプロージョン!』

 魔法の爆発がガスを吹き飛ばし、勢いを衰えさせずに爆風でメダンとマッハレスを吹き飛ばして尻餅をつかせた。

 しかし、非常に重い体重を持つテレスドンは吹き飛ばず、そのまま猛牛のように突進してブリミルたちを踏み潰そうとしてきた。

「飛ばすわよ、舌噛むんじゃないわよ!」

 サーシャはブリミルの手を引いて走り出した。ガンダールヴの力で何倍にも上げられたスピードでテレスドンの突進をかわし、ブリミルは手提げかばんのように振り回されながらも必死で呪文を唱え続ける。

 この三匹はどうでもいい! 仲間たちを追っていった、あの怪獣を止めなくては!

 皆は魔法を使って飛んだりしながら必死に逃げているが、瓦礫も無視しながら歩く怪獣の速度のほうが速くて逃げ切れない。そしてついに、最後尾の数人がガモスの射程内に入ってしまった。

「うわっ、うわぁぁっ!」

 逃げる人間たちを見下ろして、ガモスが笑うように開けた口から白い泡が吐き出されて人間たちに振りかけられる。すると、泡を浴びた人間たちは一瞬にしてシルエットだけを残して溶かし殺されてしまった。

「なっ、なっ、なんてことを!」

 サーシャが悲鳴をあげた。ガモスの吐き出す泡は強力な溶解泡であり、かつて宇宙指名手配犯ナンバー2として悪名をとどろかせていたガモスの同族は、これを使って宇宙の各地で殺戮の限りを尽くしていたのだ。

 ガモスは犠牲者たちの残骸をうれしそうに見下ろしてから踏みにじると、さらなる獲物を求めて歩を進めた。まだ、ガモスの前には何十人もの人間たちが残っていた。

「みんな、怪獣の吐き出す泡を浴びちゃだめよ。魔法で防ぎながら逃げて!」

 サーシャはブリミルの手を引きながら叫んだ。仲間たちには怪獣と戦えるほどの力はない、自分とブリミルが守らなくてはならないのだ。

 仲間たちのメイジや翼人、エルフが風を操ってガモスの放つ溶解泡をそらしていく。しかしガモスは溶解泡が通じないと見ると、その目から今度は波状の破壊光線を撃ってきたのである。

「わあぁぁっ!」

 光線は防ぎようがなく、爆発に飲み込まれて仲間たちが消えていく。しかもガモスは卑劣なことに倒壊したビルの残骸を狙って光線を打ち、瓦礫の雨を仲間たちの頭上に降らせたのだ。

 破片とはいっても数十キロから数百キロはある岩の雨だ。まともに食らえば人間などひとたまりもない弾雨に、魔法で防壁を作ろうとするしかない。しかしそうすれば、ガモスは努力をあざ笑うかのように、彼らの上に生き埋めになるほどの瓦礫を降らせるのだ。

 ガモスの猛威はまだまだ続く。奴は遠くまで逃げた者がいるのを、その蛇のような目で見つけると、前かがみになって背中と尻尾に生えている鋭いとげをミサイルとして発射したのだ。

「ぎゃあぁっ!」

 トゲミサイルの爆発で仲間たちが炎の中に消えていく。翼人の青年ゼイブ、エルフの幼子ラチェ、口うるさいメイジの老人キナさん。

 みんなの命が消えていく。

「やめてっ! やめてえぇぇっ!」

 サーシャの絶叫が響く。ガモスの虐殺の前に、すでに何十人もの仲間が殺されてしまった。彼らはサーシャにとっても、かけがえのない仲間だったのだ。

 しかし三匹の怪獣が道をふさいでいる。ブリミルは詠唱が不完全なのにも関わらずに魔法を発動させた。

「邪魔だ! どけ、お前らぁ!」

 口調も荒く、ブリミルはエクスプロージョンを炸裂させた。怒りで感情が高ぶって魔法の威力が上昇し、不完全な状態だというのに三匹の怪獣を爆風で吹っ飛ばした。

 これで道が開けた。それだけではない、爆風の威力に驚いたのか、テレスドンが土砂を巻き上げながら地面に潜っていったのだ。

「よし、一匹片付いたわ。早くしないと!」

「サーシャ、捕まってくれ。飛ぶよ」

 ブリミルはサーシャの手を掴むと魔法で飛び上がった。この距離ならばテレポートで瞬間移動するより飛んでいったほうが早い。サーシャも飛ぶ魔法は使えるが、あまり得意なほうではなく、飛ぶならブリミルのほうが断然速かった。

 だが、飛び上がったブリミルたちを見て、狂ったようにマッハレスが白色ガスを吹きかけてきた。猛烈な風圧で迫り来たそれを、ブリミルはかろうじてかわす。

「こいつめ。お前だな、僕の仲間たちの乗った円盤を落としたのは!」

「バカ! それどころじゃないでしょ」

「わかってる。こっちを向け! これ以上、お前を先には進ませないぞ」

 憎さ余りあるガモスを止めるために、ブリミルは怒りを込めてエクスプロージョンをガモスの頭に叩き付けた。それと同時にマッハレスの目の前を魔法で瓦礫を飛ばして注意をそらした。

 爆発がガモスの左側頭部で起こり、これにはさしものガモスもたまらずに振り返ってブリミルたちを睨み付けた。

 交差するブリミルとガモスの視線。そうだ、それでいい。お前の相手は僕らだ、貴様だけはこの世から跡形もなく消してやる。

 瓦礫の山の頂上に降り立ち、呪文を唱えるブリミル。今の僕は怒っている、この溢れんばかりの怒りのすべてを貴様にぶつけて、本当に跡形もなく消してやる。

 ガモスは邪魔者を排除しようと、ブリミルに向かって目からの破壊光線を放ってきた。しかし、詠唱中の使い手をガンダールヴが守り抜く。

「地の精霊よ! 私たちを守りなさい!」

 瓦礫が生き物のように立ち上がって破壊光線からふたりの身を守った。瓦礫の盾は粉砕されて破片が降り注ぐが、それらは剣を抜いたサーシャがすべてはじき返して止めた。

 魔法と剣技、両方を使えるガンダールヴの強さに隙はなく、その戦いぶりを見た才人は改めて感嘆した。そしてサーシャの援護のおかげで、ブリミルはガモスを倒すのにじゅうぶんなだけの力を溜めることができた。

「いくよサーシャ!」

「ええ、みんなの敵を」

 溜まった魔法力を解放するため、ブリミルは杖を頭上に高く振り上げた。

 これで殺された仲間たちの敵をとる。エクスプロージョンを解き放つため、ブリミルが杖を振り下ろそうとした、だがその瞬間だった。

「エクス、っん? なんだ、か、体が動かないっ」

「はあ? あんたこんなときに何を言って……な、なによこれ? わたしも、体が動かない!?」

 これからだというのに、二人の体は鉛になったように動かない。いったい何が起こったんだ? 二人だけでなく、映像を見守っているルイズたちも困惑する。

 これは……はっとした才人が映像の奥を指差して叫んだ。

「ブルトン! あいつの仕業だ」

 そう、いつの間にかブルトンは穴から円筒のついたアンテナを出し、二人に向かって閃光を発していた。

 あれは何をしているのかわからないが、何かをしているのはわかった。恐らくはブルトンはふたりを脅威とみなして、時空エネルギーを使ってブリミルたちの身動きを止めに出たのだろう。

 ブルトンのパワーは見た目よりはるかに強烈で、地球に現れた個体も初代ウルトラマンの動きを封じ込めてしまっている。

「まずい、やられるっ」

 魔法を使おうにも狙いがつかない。この状況で破壊光線や溶解泡を浴びせかけられたら防ぎきれない。

 だが、窮地に陥ったブリミルとサーシャに対して、ガモスは追撃を仕掛けなかった。ニヤリと笑ったかのように口元を動かすと、くるりと再反転してブリミルの仲間たちへとまた向かいだしたのだ。

「あっ、あいつぅっ! 畜生」

 戦うことなど興味はない。標的はあくまで弱者、目的は勝利ではなく悲鳴と断末魔。ガモスとはそういう怪獣なのだ。

 身動きできない二人に背を向けて、ガモスは逃げ惑う人間たちへと歩を早めた。またも悲鳴が響き、命が奪われていく。だが、身動きのできないブリミルとサーシャには暴虐を止められない。

 ガモスの非道さに、才人やルイズたちも歯軋りをしたり靴のかかとを叩きつけたりして悔しさを表した。だが、ブルトンの金縛りは簡単には解けない。

「蛮人、なんとかならないの!」

「だめだ、テレポートを使おうにもつながっていなくては君を置き去りにしてしまう。君こそ、魔法でなんとかならないのかい?」

「無理よ。周りの瓦礫ごと固められちゃってる。さっきから精霊に呼びかけてるけどビクともしないわ!」

「なんて力だ、くそっ。仕方ない、サーシャ、少し痛いが我慢してくれよ。エクスプロージョン!」

 なんとブリミルは自分の正面で爆発を起こした。その衝撃は時空エネルギーを切り離し、ブリミルとサーシャも無理やり吹き飛ばされることで金縛りから抜け出ることができた。

 瓦礫の山の上をゴロゴロと転がるブリミルとサーシャ。やっと止まったときにはふたりとも擦り傷だらけになってしまっていた。

「はぁ、はぁ、うう、いてて」

「む、無茶なことするわね」

「そう言わないでくれ、あれしかなかったんだ。それよりはやくみんなのところへ」

「ええ、あっ! 後ろっ! 別の怪獣が来るわ」

 窮地を脱したのもつかの間、ブリミルとサーシャには別の脅威が迫っていた。吹き飛ばしたメダンが起き上がってこちらに向かってきていたのだ。奴も当然のように機嫌は最悪で、鼻先から一酸化炭素を含んだ猛毒ガスを吹きかけてきた。

「吸わないでっ!」

 サーシャはこのガスの中では生命の声が急激に消えていくのを感じていた。ちょっとでも吸えば確実に死ぬ、ふたりともとっさに吸うことをやめたが、人間が呼吸を止めておけるのは一分がせいぜいと言われる。

 つまり、今肺の中にある空気だけで魔法を使わねばならない。しかし、たった今魔法を使ったばかりのブリミルには必要分の詠唱をするだけの空気が残っていない。毒ガスの中ではサーシャも精霊魔法を使えない。

「ウリュ……ぐっ」

 やはりさっきまで息を切らせていただけに、声を出す空気がまったく足りない。

 詠唱を継続するには息を吸わなくては。だが、吸えば死ぬ。走って離れるにも、毒ガスは周辺に充満していて逃げ場はない。

 駄目か……ブリミルが窒息の苦しさの中であきらめかけたときだった、ブリミルの口に突然暖かいものが押し付けられた。

「んっ? サーシ……っ!?」

 ブリミルはこんなときだというのに赤面した。なんと、サーシャがブリミルに口づけをして自分の息を注ぎ込んでくれていたのだ。

 わずかだが息が戻った。しかし、代わりに空気を失ったサーシャは、力なく崩れ落ちていく。

「後は、お願い……」

「サーシャ? サーシャ!」

 サーシャは肩を揺すっても答えない。だが、サーシャのくれた空気もすぐになくなる。ブリミルはサーシャをしっかりと抱きしめたまま呪文を唱えた。

「ウリュ・ハガラース・ベオークン・イル……テレポート!」

 毒ガスの中からふたりの姿が掻き消えて、少し離れた場所に現れる。距離は二百メイル程度だが、なんとか毒ガスの影響圏外だ。

 脱出に成功したブリミルは、咳き込みながら息を吸い込むと、腕の中でぐったりしているサーシャへ呼びかけた。

「サーシャ! サーシャ! しっかりしてくれ。目を開けてくれよ」

 しかしサーシャはブリミルに息を与えたときに毒ガスを吸い込んでしまったのか、不規則な呼吸と痙攣を繰り返すばかりで答えてくれない。

「サーシャ! 畜生、お前らぁぁぁっ!」

 そのとき、ブリミルの中で怒りを越えて何かが切れた。サーシャを抱きかかえたまま立ち上がり、きっと目の前にいる怪獣メダンを見据える。

 メダンはブリミルとサーシャを見失って立ち尽くしている、いい的だ。それに、さっきやり過ごしたマッハレスも戻ってきた。ちょうどいい、この状況にぴったりの魔法がある。ブリミルは早口で呪文を唱えると、メダンへ向かって杖を振り下ろした。

『忘却』

 記憶を消し去ってしまう虚無魔法がメダンの脳に作用して、メダンは魂が抜けたようにフラフラと千鳥足であさっての方角に踏み出したかと思うと、そのままマッハレスと衝突してしまった。

 当然のごとく怒ってメダンを攻撃し始めるマッハレス。メダンもわけがわからないが、マッハレスが攻撃してくるなら迎え撃たねばならない。二匹はそのまま泥仕合に突入していった。

「消せるだけの記憶を消してやった。そのまま同士討ちしてしまえ。だが、それよりも」

 ブリミルはちらりとブルトンを睨み付けると、再度テレポートの呪文を唱えて仲間たちの下へと急いだ。

 しかし、瞬間移動で先回りして、ガモスから逃げ続いていた仲間たちの下にようやくたどり着いたブリミルの目に映ったのは、あまりにも少なくなった仲間たちの姿だったのだ。

「ブリミルさん! サーシャさんも……」

「みんな、遅くなってすまない。サーシャを頼む、後はまかせてくれ」

 回復魔法の使えるメイジにサーシャを託し、ブリミルはガモスの前に立った。

 仲間たちは、もう十人足らずにまで減ってしまった。バラバラに逃げた者がまだいるかもしれないが、数多くの仲間がこいつに殺されてしまった。

 絶対に許せない。ブリミルは胸の奥から湧き上がってくる憎悪を込めて、奴にふさわしい呪文の詠唱を始めた。

「エオルー・スーヌ・イス・ヤルンクルサ……」

 心の底から果てしない力が湧いてくるのをブリミルはわかった。旅の途中で出会った仲間たち、ほんの数ヶ月のあいだだったが、彼らからは多くの思い出をもらった。

「オス・ベオーク・イング・ル・ラド」

 わずかな食べ物をわけあったこともあった。老人のうさんくさい武勇伝に付き合わされたことがあった、子供の遊びに付き合わされてクタクタになったこともあった。

 みんな消えてしまった。彼らはもう戻らない、もう会えない。

「アンスール・ユル・ティール・カノ・ティール」

 そしてサーシャまでも……貴様らは絶対に許さない。

「ギョーフ・イサ・ソーン・ベオークン・イル」

 ガモスの吐いた溶解泡が降りかかってくる。しかし、そんなものはどうでもいい。この魔法の威力、地獄に持っていけ。

『分解』

 この世のすべては原子からなる。溶解泡も、それにガモス自身も……そのつながりをすべて忘却させ、塵に返るがいい。

 魔法の光が溶解泡を水素と酸素に、そしてガモスを照らし出して炭素と窒素に戻していく。ガモスの目に、恐怖が映り、そして生命の灯が消える。

 そして光が過ぎ去ったとき、ガモスの上半身は削り取られたように消え去っていた。

「死ね」

 心からの憎悪を込めたブリミルの言葉とともに、ガモスの残った下半身も崩れ落ちた。

 みんな、敵はとったぞ。ブリミルの頬を一筋の涙が伝う……。

 勝利したブリミルの元に仲間たちが走りかけてくる。ブリミルは涙をぬぐうと、彼らに向き合った。

「ブリミルさん、やってくれたんだね。みんなの、敵を」

「ああ、みんな……よく無事でいてくれた。サーシャは?」

「大丈夫、命に別状はない。やがて目を覚ますだろうよ」

「よかった」

 ブリミルはほっとした。これでサーシャまでも失ってしまったら、自分はどうなってしまっていたか。

 だが、安心している時間はない。あのフジツボのお化けが新しい怪獣を呼び寄せる前に逃げなくては……そうブリミルが口にしようとした、そのときだった。

「ブリミルさん、空を!」

 顔を上げて空を望んだブリミルは信じたくないものを見た。空に無数の金色の粒子がきらめき、それが収束すると地上に流れ星のように次々と落ちてきたのだ。

 地響きがなり、金色の流星の落ちた地点から巨大な昆虫型の怪獣が飛び出してくる。それらはよく見ると、都市の残骸を寄せ集めて体が構成されていた。

「ヴァリヤーグ、奴らまでか!」

 ブリミルは憎憎しげにつぶやいた。この戦いの熱気と歪んだ時空の波動が、ついにカオスヘッダーまでをも呼び寄せてしまったのだ。

 カオスヘッダーは街の瓦礫を寄せ集めて、無機物でできた怪獣カオスバグとなって現れた。しかも構造物は無尽にあるし、この場所の時空エネルギーがカオスヘッダーも活性化させているのか、カオスバグはなんと一度に三体も現れた。

 街の瓦礫を踏み砕き、カオスバグたちはブルトンと怪獣たちを脅威と見たのか前進を始めた。その無遠慮な姿に、ブリミルは暗い声でつぶやいた。

「僕らの街を、僕らの同胞の墓標を、どいつもこいつも」

「ブ、ブリミルさん、今はそれよりも……」

「わかってる、みんな、ここから離れるよ」

 憎悪を抑えて、ブリミルは皆を避難させるために『世界扉』の呪文を唱え始めた。これで、一気に数十リーグの距離を稼いで逃げ切る。この魔法に使用する精神力は莫大で、これで精神力はカラになってしまうが仕方ない。

 詠唱を始めるブリミル。しかし、現代のブリミルは沈痛に語った。

「僕はここで、この魔法を使うべきじゃなかった」

 世界扉のゲートを開くべく、詠唱を進める過去のブリミル。しかし、仲間をやられた興奮が冷めやらぬブリミルには、この魔法が与える影響を想像することができなかった。

 魔法を完成させて、杖を振り下ろしたブリミル。本来ならば、これで遠方に通じるゲートが生まれるはずであった……が。

「ブリミルさん、なんか変じゃないですか?」

「おかしい、すぐにゲートが開くはずなのに。なんでなんだ、くそっ! コントロールが効かない!」

 人一人が通れるだけで済むはずだったゲートは、ブリミルの制御を外れて拡大・暴走を始めたのだ。

 なぜだ? この魔法はこんな効力はないはずなのにと、仲間たちとともに暴走するゲートから逃げ出すブリミル。なぜこんなときに魔法が暴走するんだ?

 その理屈は簡単である。未熟な彼は気づいていなかったが、世界扉とは文字通り次元に穴を開けて、場合によっては異世界への通行も可能とするとてつもない魔法だ。だがこの場所には、暴走して強大化したマギ族の異次元ゲートと、巨大な時空エネルギーを放つブルトンがいる。その影響がこの付近一帯の空間を不安定にさせ、世界扉の魔法に過剰に反応してしまったのだ。

 時空に不用意に穴を開けるということは、膨大な水をたたえた堤防に穴を開けるのと同じことだ。時空間の扱いに長けたブルトンならいざ知らず、考えなしに開けられた世界扉の穴は、この空間に溜め込まれていた膨大な時空エネルギーを暴走させるきっかけとしては十分すぎた。

 

 空が歪み、雷鳴が轟く。それは予兆。破局が……始まった。

 

 街に閉じ込められたブリミルたちの傍で、もはや止めようのない戦いが破滅の第一歩を印す。

 三匹のカオスバグは、まずはブルトンがボス格だと見て殺到した。メダンとマッハレスはまだ仲間割れを続けており、後回しにしてもよいと踏んだのだ。

 カオスバグから金色のカオスヘッダー粒子が飛び出してブルトンに飛び掛る。ブルトンもカオス怪獣化するつもりだったのだが、ブルトンは自分の周囲を歪ませてカオスヘッダーに取り付かれるのを防いでしまった。

 行き場を失って拡散するカオスヘッダーの粒子。ブルトンは変わらずに、心臓のような音を鳴らしながら存在している。これを見たカオスバグたちは、実力行使に打って出た。

 カオスバグの触覚から破壊ビームが放たれてブルトンを襲う。ブルトンはそれもバリアーでしのいだが、ブルトン自身の攻撃力はそこまで高くもないので、新たに手先となる怪獣を呼び寄せた。

 

【挿絵表示】

 

 空間が歪み、中から全身が赤と全身が黒の同じ姿をした怪獣が二匹現れる。才人はそいつらにも見覚えがあった。

「双子怪獣の、レッドギラスとブラックギラスだ」

 かつて、マグマ星人に率いられて東京を壊滅状態に追いやった怪獣たちだ。連携すれば、ウルトラセブンでさえ苦戦させられるほどの強豪でもある。

 現れたギラス兄弟は、目の前のカオスバグたちを敵だと認識して戦闘態勢に入った。カオスバグたちも、当然のようにそれに対抗しようと動き出す。

 だが、ギラス兄弟が呼び寄せられたことで、この場所の時空がさらに不安定化してしまったのだ。暴走した世界扉によって空間は歪み続け、マギ族のゲートから漏れ出すエネルギーがそれをさらに助長する。

 するとどうなるか? 空間がアンバランス化するということは、例えるならば走っている電車の一両から車輪が突然なくなるようなものだ。当然レールの上を走れなくなってガタガタになるし、前列の車両からは引っ張られ後列の車両からは押されて車両そのものが破壊されていく。そして惑星の一部の空間が不安定化すると、そこだけ惑星の自転や公転から放り出されるも同然の状態となる。そして起きるのは、とてつもない天変地異だ。

「うわぁぁっ! 地震だ!」

 ブリミルたちは立っていられないほどの激震に襲われ、都市の残骸もさらなる崩壊を始めた。ブリミルにはすでにテレポートを使う精神力もなく、仲間たちとともに地を舐めるしかない。

 空も同様だ。大気も拡販され、嵐と稲光が轟き始めた。そしてこの状況は、ギラス兄弟にとってはまさに絶好のホームグラウンドであった。

 レッドギラスとブラックギラスはスクラムを組むような形で抱き合うと、そのままコマのように高速回転を始めた。それを見たカオスバグたちはいっせいに目や触覚から破壊光線を放つが、回転するギラス兄弟の威力の前に軽々とはじき返されてしまった。

『ギラススピン』

 これがギラス兄弟の必殺技である。高速回転することによって自分たちを巨大な回転カッターも同然の状態に変え、この状態になったらウルトラセブン必殺のアイスラッガーも通用しない。

 もちろんこれは防御だけの技ではない。ギラス兄弟は回転したままで、猛烈な勢いを持って一体のカオスバグに突進して跳ね飛ばしたのだ。

「すげえ威力だ」

 才人は恐れ入った。二匹の怪獣が高速回転して突進する破壊力はすさまじく、直撃を受けたカオスバグは大きなダメージを受けて瓦礫でできた体が崩れかけている。

 カオスバグたちはギラススピンの前にはなすすべがなく、二体目が吹っ飛ばされた。だが、このままギラス兄弟の圧勝かと思われたが、そうはいかなかった。マグマ星人という司令塔がいないギラス兄弟は、ギラススピンを続けながら頭部の角から光線を放ってカオスバグたちだけでなく、仲間割れを続けていたメダンとマッハレスまでも攻撃したのである。

 攻撃を受けた二匹は当然怒る。特にマッハレスは騒音と高速物体が大嫌いという性質で、わき目も振らずにギラススピンに突進していった。

 残るメダンは最後のカオスバグと相対する。その激闘のエネルギーで地は裂け、ついに地殻までもが破壊され始めた。地割れが無数に発生し、そこから地下水が湧いてきて廃墟を飲み込み始め、水没していく都市の様子に喜んだギラス兄弟は突撃してきたマッハレスを弾き飛ばすとギラススピンを止めて分離し、それぞれ頭部の角から青色の光線を周辺に向けて放った。

『津波発生光線』

 その効果によって、地盤沈下は拡大し、地下からはさらに大量の水が噴出してくる。そればかりか、ここは内陸部だというのに遠方の海から怒涛のように海水が都市へ向かって押し寄せてくる。

「街が……街が沈んでいっていますわ……」

 アンリエッタが震えながらつぶやいた。トリスタニアの何十倍もあろうという大都市が、地割れと洪水に飲み込まれて沈んでいっている。

 これがギラス兄弟の力。マグマ星人はギラス兄弟のこの能力で、ウルトラマンレオの故郷L77星を滅ぼし、東京を水没させてしまったのだ。

 一挙に海と化していく廃墟の中で、怪獣たちの戦いはなおも続いている。レッドギラスが角から放った赤色光線とマッハレスの放った黄色光線がぶつかり合い、カオスバグとメダンとブラックギラスは三つ巴の戦いを繰り広げている。蚊帳の外で高みの見物をしているのはブルトンだけだ。

 そして、ブリミルたちにも最後が迫っていた。

「早く! 少しでも高いところへ」

 洪水から逃れるために、ブリミルたちはビルの瓦礫の上へとよじ登っていた。

 すでに低地は洪水で埋め尽くされ、ビルの残骸がかろうじて顔を出しているにすぎない。立って暴れられるのは巨体の怪獣たちくらい。魔法の力はすでに尽き、彼らは生き延びるために夕立に会った昆虫も同然に、ひたすら高台を目指していた。

 ブリミルは残った仲間たちの手をとり、瓦礫の上のほうへと引き上げていく。マギ族が繁栄を極めたこの街で、マギ族の自分がずぶぬれの泥まみれになりながら必死に生き延びようとしている。こっけいなものだ……だが、今はもうどうでもいい。サーシャを含めて、生き残った仲間はもう十人足らず、けれどこの仲間たちが今の自分にとっては何よりの宝なのだ。

 瓦礫の山の頂上につき、ブリミルはここならばしばらくは持つと判断した。そして続いてくる仲間たちを導くために、手を差し伸べる。

「みんな、急いで!」

「はい。ブリミルさん、先にサーシャさんを!」

「わかった!」

 ブリミルは仲間の手から、気を失ったままのサーシャを受け取って抱きかかえた。そして、続く仲間の手をとって引き上げようとした、そのときだった。

 仲間たちの足元の瓦礫の山が、突然消滅した。

「え? あ、うわぁぁーっ!」

「みんなーっ!」

 叫ぶブリミルの前で、仲間たちは突然開いた地割れに飲み込まれて落ちていく。その逆に、地割れの中からブリミルの眼前に現れる土色の怪獣の姿に、才人は愕然とつぶやいた。

 

【挿絵表示】

 

「テレスドン……っ」

 そう、先ほど地中に逃れたテレスドンが地殻の異常に耐えかねて再び地上に上がってきたのだった。しかもなんたる不運か、テレスドンが地上に出るために開けた穴の真上にブリミルの仲間たちがいたのだ。

 すでに飛ぶ力もなく、地割れに飲まれて消えていくメイジやエルフの仲間たち。ブリミルはサーシャを抱きかかえながら、片手で必死で残ったひとりの手を掴んでいたが。

「は、離さないで」

「ブルミルさん、あっ、きゃぁぁーっ」

「ああっ! みんなぁーっ!」

 無情にも、濡れた手は滑り、最後のひとりの姿も地割れの中に消えていった。

 テレスドンはブリミルには気がつきもしない風に地上に這い出し、ブリミルの仲間たちの落ちていった穴も崩れて埋まる。

「うあぉぉぉーっ!」

 悲しみの余り、サーシャを抱きしめながら声にならない叫びを上げて慟哭するブリミル。

 地上は怪獣無法地帯となり、歪んだ空間の異常で気候はさらに荒れていく。もはや歯止めなどどこをどうしても見つけようもない。

 それでも、終わりはやってくる。怪獣たちの乱闘にテレスドンも参戦したとき、テレスドンはその口から強力な溶岩熱線を吐いて、これをこともあろうにメダンに浴びせかけてしまったのだ。

 メダンは天然ガスを食って養分にする怪獣だ。つまりその体内には可燃ガスが充満しており、ガスゲゴンなどと同じく火気に反応して誘爆を起こす性質を持っている。増してテレスドンの強力な溶岩熱線を浴びたのでは、結果は火を見て明らかになった。

 

 メダンを中心にして、赤い閃光とともにすべてが白い世界に染め上げられる。

 怪獣たちも、街の廃墟も飲み込まれて消えていく。そしてブリミルも吹き飛ばされて海に落ち、そのまま意識を失った。

 その日、はるか宇宙からこの星を見下ろした怪獣たちは、星の一角で渦巻く台風のような黒雲と、その中心できらめいた閃光を見たという……

 

 それからいかほどの時間が流れたのか。ブリミルが目を覚ましたのは、どこかの海岸の砂浜であった。

 耳に聞こえるのは涼やかな波の音。うっすらと開けた目に入ってきたのは、自分に寄り添うサーシャの心配する顔だった。

「う、ここは……サーシャ?」

「ようやく目が覚めたわね。見なさいよ……なにもかも、すべてはもう海の底になってしまったわ」

 はっとして起き上がったブリミルは、海岸からはるか遠くの水平線を望んで、それを見た。

 水平線のかなたで黒雲が渦巻き、無数の雷光がきらめいている。ブリミルは呆然としながら、サーシャに尋ねた。

「あれからいったい、何が起こったんだい……・?」

「わからないわ、わたしが気がついたときには水の中だった。気を失って流されていくあなたを掴まえて、必死に泳ぐので精一杯だった。そして流されて流されて、やっと流れ着いたのがここだったというだけ」

「君は、僕を抱えたまま泳ぎ続けてくれたのか。ありがとう……街は、どうなった?」

 しかしサーシャは首を横に振った。

「最後に振り返ったとき、なにもかもが水底に沈んでいくのが見えただけ。あの街の一帯は、もう完全に沈んでしまったんでしょう。今もあのとおり、近づくこともできないわ」

「みんなは……僕ら以外に、誰か流れ着いた人はいないのか?」

 一縷の希望を込めたその問いかけに答えたのは、サーシャの沈痛な面持ちの沈黙だけであった。

 生き残ったのは、自分たちふたりだけ。ブリミルは自分の心に、これまでにない暗さと痛みが巻き起こってくるのを感じた。

「う、うぅ……うあぁぁーっ!」

「ちょっ、ブリミルっ?」

「ああぁーっ! なんで、なんでこうなるんだ? そりゃ、僕らマギ族はバカだったさ。バカなことをいっぱいやったさ、なにもかも僕らのせいさ。けど、けどここまで何もかもを奪いつくされなくちゃいけないかい! 罰だっていうにしてもあんまりじゃないか! ひどすぎるじゃないか、畜生ぉぉっ!」

「落ち着きなさい、蛮人!」

 わめき散らすブリミルの頬を、サーシャの平手が思い切り叩いた。

「悲しいのがあんただけだと思ってるの? わたしだって、わたしだってねえ……でも、わたしとあなたは生きていられた。それだけでも、ゼロじゃないじゃない」

「でも、でも……うあぁぁ、みんなぁ……」

 サーシャの胸に顔をうずめて、ブリミルは子供のように泣いた。ブリミルを抱きしめるサーシャの頬にも、涙の川が流れていた。

「故郷も、仲間も、全部海の底に沈んでしまった。僕は、僕は守れなかった! こんな力があったって、誰も救えなかった。こんな力、何の役にも立たないじゃないか……まるで虚無だ、僕なんて、虚無の使い手がお似合いなんだ」

「いいえ、あなたが頑張ったからわたしはこうして生きてる。みんなだってきっと、あなたが生き残れてよかったって思っているわ。これ以上、もう自分を責めないで」

「いや僕のせいさ。僕があんな街に行こうとしなければ、みんなが死ぬことはなかった。僕がみんなを殺したも同然だ。僕は、僕はどうやって償えばいいんだ」

 サーシャには答えられなかった。ブリミルにとって、この旅の中で出会った仲間たちがどんなに大切であったか、代われるものなら自分が代わって死にたかったに違いない。

 これからどうすればいいのか? それはサーシャにも何もわからなかった。仲間はすべて失い、ここは見も知らない土地、持っているものといえば腰に吊るしたままの愛用の長剣一本くらいだ。

 自分を責め続けるしかできないブリミルを、サーシャはひたすら抱きしめてやるしかできなかった。せめて泣くだけ泣いて、悲しみをすべて吐き出して楽になってほしかった。

 

 そしていかほどの時が流れたか……涙も枯れ果て、すっかり日も落ちて、辺りは雲からわずかに刺す月光のみが照らすだけの時間となったとき、ブリミルはゆっくりと立ち上がった。

「ブリミル?」

 立ち上がって空を見上げるブリミルに、サーシャは怪訝な様子で名を呼びかけた。

 けれどブリミルは空をあおいだまま答えない。代わりにサーシャの耳に響いてきたのは、呪うようにつぶやかれたブリミルの独語だった。

「もう、この世界に希望なんてない。そうだ、償いだ……償わなきゃいけない。僕らが犯した過ちは、僕の手で終わらせなきゃいけないんだ。みんな、僕は何をすべきかをわかったよ。虚無の魔法……これで、この星を元に戻すんだね」

 そのとき、雲が切れて月光がブリミルの顔を照らし出した。

 だが、サーシャはブリミルに話しかけることはできなかった。なぜなら、ブリミルの口元は鈍く歪み、その顔には狂気の色が濃く浮かんでいたのだ。

 

 

 現代のブリミルは語った。

「このときの僕は、ほんとにどうかしていたね。もうこの世に自分しかいないと思うくらい絶望しきって、使ってしまおうとしたんだ……自分でも大仰な名前をつけた、『生命』なんて禁断の邪法をね」

 ブリミルは顔を振りながら、まったく自分の情けない過去をさらすのは嫌なものだね、とつぶやいた。

 しかし、ルイズやティファニアはぐっと拳を握り締めて話の続きを待っていた。なぜなら、ブリミルが禁断の邪法などと呼ぶその魔法は、虚無の系統を受け継ぐ自分たちにも使えるはずなのだから。

 

 

 ブリミルは静かにため息をつくと、語りを再開した。

 始祖の語られざる伝説も、ついに最後を迎える。絶望の果てにブリミルとサーシャを待つものは何か?

 希望は本当になくなってしまったのか……空に輝きだした不思議な青い星だけが、その答えを知っていた。

 

 

 続く


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