ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第54話  ここは夢の星だった

 第54話

 ここは夢の星だった

 

 カオスヘッダー 登場!

 

 

 この物語は、地球の少年平賀才人が、ハルケギニアの魔法使いルイズに召喚され、ゼロの使い魔となったことから始まった。

 彼らは数々の冒険や戦いを乗り越え、幾たびもハルケギニアを救ってきた。

 しかし、そもそも……なぜ彼らの冒険は始まらなくてはならなかったのだろうか? なぜ彼らの前に、宇宙を揺るがすほどの危機が次々と訪れなくてはならないのか。

 それは突き詰めれば、ハルケギニアという世界があるためだ。

 この世に、舞台なくして起きる出来事などない。畑がなければ作物はとれず、空がなければ鳥は飛べず、水がなければ魚は泳げず、大地があるからこそ人は歩ける。

 かつて地球で無数の怪獣が暴れる怪獣頻出期があったのも、地球にそれだけの怪獣が生息できるだけの環境があったからだ。

 ならば、ハルケギニアがこれほどの異変に見舞われるだけの下地とはなんなのだろう? それは、才人とルイズの物語が始まるよりもはるか前。ハルケギニアの起源にさかのぼらねばならない。

 

 ハルケギニアの始まりのすべてを知る者。すなわちハルケギニアを作った張本人である人物、始祖ブリミル。だが現代にやってきた彼が子孫たちに告げた内容は、天雷の直撃のような衝撃を持って子孫たちの頭上に叩きつけられた。

「この星の住人ではないということは……始祖ブリミル、あなたはまさか……う、ウチュウ、人、なのですか?」

「君たちから見ればそうなるね。もっとも、サイトくんは薄々感づいていたようだけど」

 愕然とするハルケギニアの人々を見渡して、ブリミルは憂鬱そうに言葉を返した。その表情には、だから言いたくなかったんだという色がありありと浮かんでいる。

 この反応になるのは予想できた。ハルケギニアの人々にとって、宇宙人は現在では侵略者と同義語として認識されている。自分たちの敬愛する聖人が、自分たちがもっとも敵視するものと同一と聞かされたときの衝撃は、教皇の正体があばかれたときのそれにも勝るだろう。

 だが、そんなブリミルの様子に、才人は狼狽するハルケギニアの人間に代わって、彼をフォローするように話の続きを促した。

「ブリミルさんは隠し事は下手そうでしたからね。あんだけ長くいっしょにいたら、そりゃいくらおれでもちっとは怪しいって思ってたぜ……でも、おれの見てきた限りじゃあなたは悪い人じゃない。なにか事情があったんでしょ? それを説明してくださいよ」

 するとブリミルは、少しほっとした様子になり、それから何かを吹っ切ったように小さな笑顔を見せた。

「ああ、ありがとう。そうだね、サイトくんの言うとおりだ。まずは、話すべきことを話してからにしよう。少し長くなるけどね……とりあえずは、宇宙のことについてざっと予備知識として説明しておこうか」

 ブリミルはイリュージョンの魔法を併用しつつ、宇宙の基礎知識をまずは語った。この世界は宇宙という広大な空間であり、ハルケギニアはその中のひとつの星の中の一部であることを。

 それだけでも、ハルケギニアの人間にとってのショックは大きかった。彼らにとってはまだ神話のレベルである”この世のしくみ”を説明されたのだから当然である。エレオノールやルクシャナも内容を飲み込むのに必死で、全体として漠然としか伝わっていない。

 そんなブリミルを、才人は複雑な思いで見ていた。ブリミルもまた、ハルケギニアの外からやってきた異邦人。自慢ではないが、地球人の自分がこの世界に与えてきた影響は少ないものではない。増して、地球人よりはるかに進んだ宇宙人のもたらす影響などは想像もつかない。

 聞くことが怖い。しかし、聞かないわけにはいかない。やがて、前知識の解説を終えたブリミルはひと呼吸を置くと、サーシャとうなづきあって話の本題に入った。

「では、僕も覚悟を決めたから話そう。君たちも、少し酷かもしれないがまずは聞いてくれ。僕らマギ族はね、遠い昔から宇宙をさまよい続けてきた、あてどもない流民だったんだ」

 

 ブリミルはイリュージョンの魔法で記憶の光景を再現しながら、ゆっくりと自分たちの歴史を語り始めた。

 彼らマギ族が、元々どこの星から来た何星人だったのかはわからない。だが、彼らは遠い昔になんらかの理由で母星を失い、それ以来、移住できる惑星を求めて、長い長い宇宙の放浪の旅に出た。

 それがどれほどの時間を費やし、何世代に渡って続いたのかも、もはやわからない。しかし、彼らは自分たちのルーツも忘れてしまうくらいに長い時間を、たった一隻の宇宙船でさすらってきた。

「僕も故郷を知らないで、船の中で生まれた世代さ。いや、僕の生まれたころには、マギ族の本来の故郷を知る人間はひとりも残っていなかった。僕らの寿命は君たちと同じだから、少なくとも数百年は旅を続けていたんだろうね。けど、僕らが移住できるようなところは、なかなか見つからなかった」

 マギ族の宇宙船は宇宙をさまよい続け、移住できる星を探し続けた。しかし、生物が住んでいる星にはたどり着くことはできても、そのすべてが彼らの移住には適さないものばかりだったのだ。

 単純に、人間が住むのに適さない温度や気候条件の星だったことが一番多かったが、ようやく住めるだけの環境を持った星を見つけても、それらのほとんどには先住民がいた。移住はことごとく拒否され、彼らは再び宇宙へと追い出されていった。

 この事に、ルイズやティファニアは「ひどい」と感想を持ったが、アンリエッタが難しそうな様子でそれを否定した。

「たとえ最初は数千人でも、時間が経てば数は増えていくわ。それに、一度受け入れたら、同じような人たちが来たらまたそれを受け入れなくてはいけなくなるの。非情なようだけど、元々住んでいた人の平和を守るためには仕方がないことなのよ」

 ウェールズやカリーヌも、そのとおりだとうなづいている。地球で過去にも、地球に定住した宇宙人はいたが、いずれも少数で、隠れ潜んで住み着いている。たとえ悪意がなくとも、よそ者というそれだけで危険視されるに充分な理由だということを彼らは心得ているのだろう。決して地球人が排他的だというだけではない。

 もう何回目になるかわからない拒絶を受けても、マギ族は旅を続けた。宇宙のどこかには自分たちの永住できる星が、きっとあると信じて。

 しかし、現実は彼らの期待を裏切り続け、移住可能な惑星はどれだけ旅を続けても見つかることはなかった。もはやどれだけ旅を続けても無意味なのではないか? 絶望感が彼らを支配しかけていたときである。船のひとりの技術者が、超空間開門システムを完成させたのは。

「ちょう……なんですの、それは?」

「超空間開門システム。簡単に言えば、まったく違う世界と世界をつなぐことができる門を作り出す機械と思ってくれればいい。この世界に自分たちの住める星はなくても、別の世界にならあるかもしれないという望みが、僕らにとっての最後の希望だったんだ」

 才人は、「なるほど、つまり前に我夢さんが見せてくれたアドベンチャー号に似たもんか」と納得した。そしてルイズは、ブリミルの説明を聞いて、ふとあることに気がついた。

「それって、虚無の魔法にある『世界扉』と似ているわね」

「いいところに気がついたね。その魔法も関係してくるんだが、それは追々説明するよ。ともかく僕らは、一縷の望みをかけて次元の門を開いた。そして、その先にたどり着いたのが、この星の聖地だったというわけなんだ」

 それが始祖降臨の真実なのかと、場を戦慄が支配した。始祖は、神に命じられて降り立ったのではなく、神頼みで流れ着いたのだというのか。

 突きつけられる現実、しかしブリミルの話は続く。

「僕らは狂喜したよ。なにせ、僕らが夢見続けてきた理想の世界がここにはあったんだから。僕らが住むのにちょうどいい気候に、豊富な自然、なによりも発達した文明を持った先住民族がいない。そのころの僕は五歳くらいだったけど、よく覚えているよ。狭い船の中の生活から、無限の広さを持った青空の下で生活できるようになった喜びは、忘れられない」

 しみじみとブリミルは語った。

 マギ族はたどり着いた惑星を丹念に調査し、ここが移住に最適の地だとわかると早速入植を開始した。

 なにせ彼らは宇宙船の中だけで、数百年ものあいだ生活サイクルを続けられたほど高い科学力を持った種族である。それが、広さも資源も無尽蔵な惑星に解き放たれたのだから、開拓は見る見る間に進んでいき、聖地を中心にわずかな期間で、周辺には大都市が建造された。

 そこでは、東京都庁もかくやという巨大ビルディングが並び立ち、その中には王城のようにあらゆる生活設備がかねそろえられていた。マギ族はそこに住み、さらに地下にはオートメーション化された工場が配置されており、豊富な資源を元にあらゆるものが生産され、彼らはなに不自由ない生活を謳歌できた。才人の目から見てさえ、それは科学が生んだ理想郷とさえ言える巨大なメガロポリスであった。

「東京都心どころじゃねえ。ニューヨークやドバイだってここまでいかねえぞ」

 地球のどんな大富豪でさえできないであろう、究極の贅沢がそこにあった。願えばどんなものでもすぐに作り出され、食べ物はどんな珍味も簡単に合成され、その量に際限はなかった。

 これに比べたらトリスタニアなどは子供が砂場に作った城であろう。ハルケギニアの人間たちは圧倒され、エルフの都であるアディールでさえ田舎町にしか見えない規模にルクシャナも開いた口がふさがらないでいる。

 しかし、ついさっきまで宇宙船で流浪の旅を続けるばかりだった彼らが、いくら科学力があろうともここまでの都市を築けるとは行きすぎな気がした。これほどの力があるのならば、不毛の惑星のテラフォーミングもできたであろう。その疑問に、ブリミルはこう答えた。

「僕らをこの星に導いた超空間開門システムは、想定外の恩恵を僕らにもたらしてくれたんだ。つまり、ゲートの向こうの別の宇宙から、まるで雨が高いところから低いところに降るようにして、無尽蔵にエネルギーを取り出せるようになったんだよ」

 それがマギ族の短期間の発展の理由であった。別の宇宙からこの宇宙に流れ込んでくる無限のエネルギーは、マギ族に使いきれないほどの力をもたらしたのだ。

 けれども、彼らはそれだけで満足したわけではなかった。彼らは願い続けた生存圏の確立はできたものの、彼らの人数はわずか数千人、都市にいるのは他にはロボットだけ、彼らが孤独感を感じ始めるのは当然であった。

 そこで彼らは生存圏を広げるのと同時に、この星の先住民族との交流をはかり始めた。

「当時のこの世界には、発達した文明こそはないが、原始的な狩猟や農業をおこなっている人間たちの集落が点在していた。僕らは彼らを自分たちのコミュニティに加えようと試みたんだ」

 マギ族は事前に先住民族の文化・言語などを分析することで、彼らにもっとも有効なアプローチを用意して接触し、友好的な交流を築き上げていった。

 その様子はブリミルのイリュージョンの魔法で部屋に映画のように映し出され、ルイズたちはその友好的な様子を目の当たりにして、頬をほころばせていた。

 しかし、エレオノールやキュルケの顔はうかない。王家に伝わる、あの伝承が彼女たちの脳裏に蘇っていたからだ。

 そして、現地民に神のごとく敬われ、マギ族は勢力圏を爆発的に拡大していった。

 聖地、現在のサハラ地方を中心に、東方、西方は現ハルケギニアのガリア中部からゲルマニア中部までの村落が早々に影響下に置かれた。生活様式も、それまでは原始的な家屋が少数集まった集落がバラバラに点在したり、遊牧民的な生活を送っていたものから一転して、マギ族の用意した都市に多数が集まる中世的な様式へと変貌していったのだ。

 それはまさに文明の洪水であった。マギ族は現地民たちに自分たちの道具、技術を与え、さらに睡眠学習装置なども併用して知識、制度のレベルまでも高めた。

 ほんの数年で、粗末な小屋やテントしかなかった村は、現代のハルケギニアと見まごうばかりの都市へと変貌し、それが各地に続々と増えていった。その速度はまさに圧倒的で、エルフの技術に自信を持ってきたルクシャナでさえ感嘆として見ていた。

「まさに、人知を超えたこの世ならざる者の所業ね。普通なら、何百年、何千年もかけておこなう変化を、たった数年で。しかも先輩、あの都市の作り方、見覚えがあるでしょ?」

「ええ、アボラスとバニラが封じられていた悪魔の神殿にそっくり、いえ、そのものね。やっぱり、この時代に作られたものだったのね」

 ふたりは、各地でたまに見つかる高度な技術で作られた遺跡が、この時代の遺産であったことを確認してうなづきあった。あれほど高度な技術が用いられた遺跡が、いったいどうやって作られたのかはずっと謎だったのだが、最初から人間の作ったものではなかったというなら当然のことだ。

 マギ族の与える文明は、現代のハルケギニアよりもやや進んだ程度のレベルを基本として、それからもあらゆる方向へと進んでいった。農耕、漁業、牧畜の発展で食料は有り余るほど手に入るようになり、医療は化学工場で作られた薬品とロボットドクターによって病の恐れが消え、文字の普及によって本が作られるようになって娯楽の幅が広がり、さらには半永久電池による照明は焚き火しか明かりを知らなかった人々に爆発的に広がっていった。

 

 それは、文明が努力と失敗の積み重ねでできていると信じる者からしたら、まさに”反則”としか言いようの無い光景であった。

 

 地球でも、例えば明治維新のように社会制度と文明の流入による急速な発展の事例はあるが、これはその比ではなかった。例えるならば、明治維新は日本という白黒の下絵の上に文明開化という絵の具で絵を作ったようなもので日本という絵そのものは変わっていないが、マギ族のやったことは題名も決まっていない白紙のカンバスの上に文明のカラーコピーをしたようなものである。

 それでも、先住民族の文明化は止まらなかった。マギ族は先住民族が自分たちを神も同然の存在として受け取るように計算して接触しており、しかもマギ族の与えるものは確実に生活を豊かにしてくれたからである。苦痛には人は耐えられても快楽に耐えられる人間はそうはいないという理屈だ。

 都市化、文明化の波は、やがてこの星から夜の闇を消し去るほどに広まった。それに要した時間は、ほんの十年足らず……ほんの十年で、それまで野で獣を追い、狭い畑で粗末な野菜を育てるだけだった人間たちは、都市で夏は涼しく冬は暖かく、山海の珍味を季節によらず口にし、遊びきれないほどの娯楽に囲まれる生活を手に入れたのだ。

 マギ族は、聖地に建設した近代都市に住まい、世界中を統治した。そこはまさしく神の居城であり、通信を使って都市にいながら支配地に指令を出し、ときおりUFOに乗って支配地に降臨する彼らは神そのものであった。

 広大な支配地と支配都市の数々を、マギ族ひとりが少なくともひとつの都市を所有するようになっていた。その中には十五歳になったブリミルもおり、彼らは自分の支配地をいかに発展させるのかを最大の娯楽とするようになっていた。

「まさに、神の遊び。なにも知らない無垢な人々に、いろいろ吹き込むのはさぞ楽しかったでしょうね」

 サーシャが皮肉げに言うと、ブリミルはばつが悪そうに苦笑いした。

「まったく君はずけずけと言ってくれるね。だが、まったくそのとおりだよ。僕らは最初、友が欲しくて人々に接触していたけれど、いつしか調子に乗りすぎていってしまったんだ……そして君たち、これまでの様子を見てきて、なにか気づいたことはないかい?」

 真顔に戻ったブリミルがそう尋ねると、一同は顔を見合わせあった。

 違和感。そう、今まで見てきた中で、なにか現代のハルケギニアとは決定的に違う何かがあることを一同は感じ始めていたのだが、それが具体的に何かは一部の者を除いてわからなかったのだ。

 すると、一同の中からルクシャナが一歩前に出た。

「エルフの姿を見なかったわ。どの都市にも、住んでいるのは普通の人間ばかりで、わたしたちの同族はひとりも見なかった。いいえ、翼人も獣人も、人間以外のどんな人種も見かけなかった。ねえ、わたしたちの祖先はどこにいるの?」

 言われて皆ははっとした。確かに、これだけの巨大都市が乱立しているというのに、そこに住んでいるのは今で言う平民ばかりで、どこを見てもエルフのような亜人はおらず、それに家畜も馬や牛や豚ばかりで見慣れたドラゴンやグリフォンなどの姿はどこにもなかった。才人がタイムスリップした時にはいたのに、である。

 今のハルケギニアでは当たり前に見られるものが見えない。それになにより奇妙なことに、ハルケギニアならいなければおかしいはずのメイジ……魔法を使う人間が一切見当たらない。それが不自然すぎる。

 ここがハルケギニアの過去なら、この不自然さはいったい? 違和感の正体に一同は首を傾げたが、ふとルイズが思い出したように言った。

「確か、ブリミル教の教義では始祖ブリミルが魔法の力を授けたとあるわ。もしかして、それがこれからなんじゃないの?」

 ルイズのその言葉に、ブリミルはゆっくりとうなづいた。しかしその表情はとても重く、やがて彼は血を吐くように話し出した。

「僕らマギ族は、この星の人々に与えられるものを次々に与えていった。それは、さっきも言ったとおり最初のうちは僕らの仲間を増やしたいという純粋な思いからだったけれど、この星で無垢な人々を相手に神のように力を振るい続けているうちに、いつしか僕らは自分たちが本当の神であるかのように思い上がるようになっていったんだ」

 ブリミルの言葉とともに、繁栄を謳歌していた都市に異変が起こり始めた。それまでは各都市が自由に交流をできていたのが、突然人の行き来が禁止され、それぞれの管理者の都市ごとに隔離されてしまったのだ。

 いったいなにが起きたのか? その答えは困惑する面々の前に、もっとも残酷な形で現れた。

 

「えっ? 人間同士で……戦いが!?」

 

 マギ族の支配する都市同士での戦争、それが破局の始まりであった。

 ブリミルは語った。

「人々を支配しきり、星を完全に開拓しきった後のマギ族は、とほうもない”退屈”に襲われたんだ。やるべきことをやりきって、やらなきゃいけないことがなくなってしまったマギ族は、新たな”楽しみ”を探し求めた」

 

 マギ族は、惑星開拓という大事業に成功した後の喪失感を埋めるための、退屈しのぎを追い求めたのである。

 最初、それはマギ族同士で自分の支配する都市の充実具合を競い合うものであったが、彼らはすぐにそれに飽きて、より直接的な刺激を求めるようになった……

 それがすなわち、自分の都市の住人を兵士に仕立てての戦争ゲームである。

 もちろん最初から殺し合いをさせたわけではない。彼らにもちゃんと良心はあり、武器は殺傷能力のないものを持たせて、様々なルールを作って勝ち負けを競った。サバイバルゲームの大規模なものだと思えばいい。住人たちも、神々の命ずることだからと無抵抗に従った。

 だが、彼らはこの遊びを甘く見すぎていた。この世で、自分が傷つくことがないならば戦争ほど楽しいゲームはほかにない。そしてサバイバルゲームならば、いくら熱中しても社会的制裁を恐れてルールは厳密に守られるが、彼らマギ族をしばる社会的なたがは何もなかった。

 マギ族は、この戦争ゲームに泥沼のようにはまっていった。当初はそれこそ、模造の剣や槍だけを使った中世的な戦争ごっこだったものが、すぐさま銃や大砲を大量に用いて砦を攻め落とすようなものに、規模も複雑さも増して行き、さらに住民たちも強力な武器を用いて傷つくことなく好きなように暴れられるこのゲームに熱中した。

 アンリエッタやウェールズは、ハルケギニアの王族の中にも退廃した享楽に溺れた例はあると聞いたが、ケタが違うと戦慄した。他の面々も、顔色をなくし、冷や汗をかきながらようやく見つめている。

 

 ただ、この時点で踏みとどまることができれば、まだ遊びで済んでいただろう。しかし、彼らは知らず知らずに超えてはいけないラインへ踏み入り、遊びに入れてはいけない要素を取り入れてしまった。

 賭けの登場である。

 マギ族はお互いに直接戦うだけでなく、他人の勝負をダシにして賭けに興じるようになった。質に使われたのは住民から都市そのものまで幅広い。

 が、賭け事とは愚者の道楽である。しかも、個人がはまる分にはそいつひとりが破滅して他者の冷笑の的にされるだけだが、責任ある立場の者が賭け事にはまるとおおむね他人を巻き添えにする。

 地球の歴史上も、国を担保に賭けをして悲劇を巻き起こした王や軍人は枚挙に暇が無い。そしてその例は、ここでも完全に再現された。

 賭けに負けて、自分の所有する都市や領民を巻き上げられたマギ族の者は、怒りからさらに賭けに没頭した。しかし賭けるものがすでに無い彼らは、賭けの質を自ら作り出し始めた。それはすなわち、戦争ごっこをより魅力的に刺激的に変えることのできる、新たな駒の製造である。

 画像が、マギ族の所有する工場の内部へと切り替わったとき、一同の顔は驚愕と恐怖に彩られた。

「ドラゴンが……グリフォンが……つ、作られている」

 そこでは、大きな水槽の中で様々な生き物が改造されている様が鮮明に映し出されていた。

 トカゲやワニが大きくなってドラゴンになり、鷲とライオンが合成されてグリフォンになり、ただの馬に角が生やされてユニコーン、翼が生やされてペガサスになった。それらの目を疑うばかりの光景を、ブリミルは淡々と説明した。

「バイオテクノロジー。簡単に言えば、猪を飼いならして豚に変え、犬や猫の交配を繰り返して新しい品種を作り出すことを極限まで進歩させた技術だと思ってくれればいい。マギ族はこれを使って、次々に新しいしもべとなる生き物を作り出していったんだ」

 もはや誰も言葉も無かった。ドラゴンやグリフォンの他にも、魔法騎士隊で使われているヒポグリフやマンティコア、火竜や風竜、サハラに生息する水竜や海竜が作られている。また、戦闘用の幻獣の他にも、ただの鳥から極楽鳥が作られて、愛玩用に売却されていくのも映っていた。

 才人はこれで、なぜ地球とほとんど同じような環境をしたハルケギニアで、地球とまったく違う生物が存在しているのかを知った。ハルケギニア固有の生き物は、全部とは言わないがドラゴンのように攻撃性が強くて軍事利用が容易なものか、家畜として利用価値の高いものが多いのは、最初から人間が利用するために作り出した人工種だったからというわけだったのだ。

 地球でも実用化が進んでいる技術だが、マギ族のやるそれは文字どおり次元が違った。小さなものは人語を解する動物から、大きなものは船のような鯨竜まで、それらが粘土細工のように生産されていく様は恐怖でしかない。特に、人語を話す風竜、つまりシルフィードと同じ韻竜が生み出されているのを目の当たりにしたときにはタバサでさえひざを突いて嗚咽した。

「タ、タバサしっかりして!」

「だ、だいじょうぶ……大丈夫だから」

 ルイズとキュルケが慌てて助け起こしたが、タバサの顔は蒼白そのものだった。他の面々も大なり小なり青ざめていて、エレオノールはここにカトレアを連れて来ていなくてよかったと心底思っていた。生命の創生はまさに神の御技だと思ってきたが、まさかこんな遊びの一貫でおもちゃのように作り出されていたとは。

 しかし、これはまだ序の口でしかなかったのだ。作り出されたドラゴンなどの人造生命体は、戦争ごっこに投入されると、その様相を劇的に変貌させた。それはまさにファンタジックかつスリリングな光景で、火を吹くドラゴンに乗って空から舞い降りてくる騎士の姿にマギ族は歓喜し、幻獣同士の肉弾戦に歓声を上げ、さらに激しくのめりこんでいった。

 だがその一方で、戦わされている人間たちは果てしなく続く茶番劇にすでに飽きてしまっていた。彼らにとっては戦勝のたびにもらえる適当なご褒美以外にはうまみがなく、それどころか戦うたびに主人が変わったり、新しい主人のところへ強制的に移らされたりするので、戦闘の興奮に飽きてしまうと後は一気に冷めてしまったのだ。

 マギ族と先住民とのあいだに溝が生まれ、それは急激に開いていった。マギ族は相変わらず戦争ごっこと賭けに狂奔していたが、先住民たちは神に等しいマギ族に逆らう術などなく、仮に逆らう気力があったとしても、かつての貧しい生活に戻ることなどできようはずもなく、ただただ戦いに駆り立てられていった。

 ひたすら繰り返される死なない戦争。武器は派手に見えてもすべて殺傷力はなく、ドラゴンの攻撃に対してもボディスーツに仕込まれたバリヤーが働いて、戦闘不能判定が出るだけで無傷で済む。万一なんらかのアクシデントで負傷しても即座に治療されて再び戦場に舞い戻らされる。その繰り返しにより、ノイローゼになる者も続出した。

 アンリエッタやウェールズは、かの無能王でもここまでむごいゲームはするまいと戦慄に身を震わせる。恵みの神はいつしか、人々を弄ぶ悪魔へと堕落してしまっていた。

 

 だが、カリーヌやエレオノール、キュルケは知っていた。王家に伝わる伝承、成人した人間しか知ることの許されないほどの危険な秘密が語る六千年前の真実は、まさにこれからが本番だということを。

 

 マギ族の精神的退廃はその後も急激に進み、彼らはもはや傲慢な支配者以外の何者でもなくなってしまっていた。

 そして、彼らはついに戦争ごっこにも賭けにも飽きてきた。

 もっと刺激を! もっと楽しいことを!

 欲というものは満たされ続ける限り、無限に肥大化して終わりがない。そして歯止めの利かない欲望は、ついに彼らの良心を深奥まで蝕んでいった。

 自分より多く領地を持っているあいつが憎い。嫉妬はついに爆発し、戦争ごっこはとうとう惑星の支配権を賭けたマギ族同士の本物の覇権戦争へと拡大していったのだ。

「武器は実弾に変わり、戦闘は完全に奪い合いに変わった。僕自身も例外じゃなく、自分の領地で近隣の同胞と争っていたよ」

 ブリミルの領土はどこかの湖のほとりで、若い彼はそこで多くの同胞と同じように住民を駆り立てていた。それは現在の温厚な彼からは信じられないほどの冷酷な様で「突撃しろ! 退く奴は後ろから撃て」などと叫んでいた。

 聖人のかつての信じられない姿に呆然とする一同。だがその光景に、エレオノールはカリーヌに確信を持って言った。

「お母様、わたくしたちの祖先が水の精霊から聞いたという古代の伝承は……正しかったのですね」

「ええ、古代のラグドリアン湖の周辺を支配し、争っていた異邦人。その中の一人の名が……ブリミル。そして伝承のとおりなら、この後……」

 そう、秘匿に秘匿されてきたハルケギニア最大の秘密がこの先にある。

 ブリミルは暗い声で、感情を押し殺して淡々と続けた。

「戦いは激化し続けた。けれど、僕らには優れた医療技術があったおかげで、仮に致命傷を受けたとしても治すことが可能だったために、勝敗はなかなかつかずに長引き続けた。当然、もっと強い武器をと僕らは考え……ついに最後のタブーさえも犯してしまったんだ」

 イリュージョンの再現映像が、着陸しているマギ族の円盤を映し出した。そして、その中に住民たちが連れ込まれている様子が映し出され、中でなにが行われているのかに切り替わったとき、今度こそ全員の眼差しが恐怖に染まりきった。

 

「に、人間が……人間が改造されている」

 

 円盤の内部の部屋には、ドラゴンを作り出していた工場にあった水槽と同じようなものが並べられており、その中には連れ込まれてきた近隣の人々が浮かべられていた。

 死んでいるのか? 水槽の中に浮かべられている人間たちは目をつぶったまま身動きしないが、水槽の中の液体は不思議な明滅を続けており、中の人間に何らかの手が加えられているのは誰の目にもわかった。

 そして、水槽から出された人は、自分の身に何が起こったのかを理解できていない様子だったが、ロボットから一本の棒を渡されると、何かに気づいたようにそれを振った。

 その瞬間、すべての謎は解かれた。

 

『ファイヤーボール』

 

 呪文とともに棒……いや、杖から炎の玉が放たれると、誰もがすべてを理解した。

「ま、魔法……」

 それは間違えようも無く、ハルケギニアの人間ならば知っていて当然の魔法……魔法そのものであったのだ。

 水槽から出されてきた人々は次々と杖を渡され、水槽内ですでに脳に使い方を刷り込まれていたのか苦も無く魔法を使い始めた。エア・カッター、ウィンドブレイク、錬金、今のハルケギニアで当たり前に使われている魔法が完全にそこに再現されていた。しかも、使っているのはそれまで魔法を使ったことなど無い普通の人間たちである。

 魔法の力を得て、戸惑いながらも歓喜する人々。それを見て、エレオノールは冷や汗を流しながら言った。

「ま、魔法の力は脳の働きに由来するっていう説があるわ。メイジの脳は、ほんの少しだけど平民の脳より大きいから、きっとその部分が魔法を使うために必要なんだろうって。だから、なんらかの方法で人間の脳をいじることができれば、理論上は平民でも魔法が使えるようにはなる、のが学者の中ではささやかれてたけど……私たちの技術では絵空事に過ぎなかった。だけど、もしも私たちよりはるかに技術の進んだ誰かが、過去にいたとしたら」

 学者たちの中で密かに流れていた、決して表立って言うことのできない魔法の起源説。しかしそれは、もっとも残酷な形で的を射ていたのだ。

 ブリミルは補足説明をした。

「僕らは長い旅の中で様々な超能力を持った宇宙人たちと会い、その能力を記録し続けていた。その能力を人間の脳に刻み込み、呪文というワードをキーにして解放できるようにした。それが、君たちの言う魔法の正体だ」

 ただし、人間の脳を改造するということは、これまではマギ族たちもやりすぎだと忌避してきた。しかし熱狂する彼らは、その羞恥心さえも捨て去ってしまったのだ。

 魔法を使える兵隊の投入は、戦場をさらに激しく変えた。現在でも、メイジと平民の間に大きな差があるのは周知の事実だ。それを近代武装をした兵士が持ったとしたらどうか? 単純な話、グリーンベレーやスペツナズが魔法を使えるようになったらもはや手がつけられないだろう。

 メイジを戦線の主軸に添えたマギ族の軍隊は支配領域の大幅な拡大に成功した。しかしそれは一時的なものに過ぎず、相手もこちらと同じ技術力があるなら新兵器は簡単に模倣される。すぐにどのマギ族もメイジを量産し、戦いはふりだしに戻った。

 すると、メイジ以上の兵隊を欲するのが当然だ。マギ族は今度は人間の直接の強化に乗り出した。

 バイオテクノロジーのモラルを失った乱用は、人間をベースに考えられる限りの強化が行われた。背中に翼を植えつけて直接の飛行能力を持たせたり、獣の遺伝子を配合して身体能力の強化を狙ったり、逆に人間の遺伝子を豚や牛に植えつけることで最低限の知能を有する使い捨ての突撃兵を量産したりもした。

「翼人、獣人、オーク鬼にミノタウルス……」

 ルイズが震えながらつぶやいた。それらの亜人たちが人間を材料にして次々と量産され、戦場へと投入されていくごとに混沌は深まっていった。

 しかしそれは、確実に現代のハルケギニアの光景に近づいてきていることでもあった。そして遂に、マギ族は戦闘用改造兵士の最高傑作と呼ぶべき一品を作り上げた。

 メイジよりはるかに強い魔法の力を持ち、人間より優れた肉体で寿命が長く、そして遺伝子操作によって男女問わず美貌を持つ新人類。それが改造用水槽から姿を現したとき、ティファニアとルクシャナはこれが悪夢であることを心から願った。

「エ、エルフ……」

 同族であるルクシャナにははっきりとわかった。いや、間違えるほうが困難であろう。

 透き通るような金髪、ひとりの例外もない美貌、そして人間よりも長く伸びた両耳。それはすべて、彼女たちエルフのそれそのものであったのだ。

 エルフまでもが『作られている』。しかも、人間をベースにしてである。先住魔法も本物だ……ルクシャナは、自分の歯がカチカチと鳴っているのを止めることができなかった。

 戦場に投入されたエルフは、ハルケギニアの歴史で何度も繰り返された聖戦で展開された光景同様に、強力な先住魔法で人間の軍隊を蹴散らしていった。近代武装を持つ上に先住魔法を駆使するエルフの軍隊の威力は、たとえ地球の軍隊であったとしてもかなわないかもしれないほどの強さを見せていた。

 しかしそれも一時のことで、戦いはすぐにエルフ対エルフの戦いへと転換する。その繰り返し……繰り返し……繰り返し。

 

 ブリミルが説明を切って、イリュージョンのビジョンを閉じると、一同の中で顔色を保っている者はいなかった。才人も言葉を失い、カリーヌも拳を強く握り締めたままで立ち尽くしている。部屋の入り口で見張りについているアニエスとミシェルも、冷や汗を隠しきれていない。

 これが……これが事実ならば、今のハルケギニアという世界は。誰もが認めたくないという思いを抱いている中で、タバサが勇気を振り絞ってブリミルに問いかけた。

「なら、今ハルケギニアにいる、幻獣や亜人たち、エルフ……そして、メイジというのは」

「そう、すべて僕らマギ族が”兵器”として作り上げた人造人間なんだよ」

 完全なるブリミルの肯定が、一同のすがった最後の甘い藁を焼き払った。

 ハルケギニアとは、そこに住む生き物とは、そのすべてが作り物だった。

 アンリエッタがあまりのショックによろめいて倒れかけ、ウェールズに慌てて支えられた。ルクシャナは部屋の隅で激しく嘔吐し、ティファニアに背中をさすられている。そのティファニアも今にも泣きそうだ。

 エレオノールはルクシャナの気持ちがわかった。自分たちが始祖ブリミルの伝説が虚構であったことを知ったのと同様、頭の回転の速いルクシャナは、自分たちの信じる大いなる意思というものが宇宙人の能力の移植によって感じられるだけの虚構かもしれないと思い至ったからだ。

 大厄災の以前の記録が一切残っていないのも至極当然だ。それ以前の歴史など、最初から存在しなかったのだから。この星の魔法を使えない人間以外の知恵ある生き物はすべてが、六千年前に突然現れた箱庭の人形に過ぎないというのか。

 自分の信じるものが音を立てて崩れていく絶望。なにもかも、自分自身さえもが虚構であると知らされて平静でいられる者はいるまい。もしこの事実が公になれば、人間社会もエルフの社会も大混乱に陥ってしまうだろう。

 その中で、なんとかルイズとキュルケは深呼吸をしながら自分を保っていたが、ルイズはやがて歯を食いしばると激昂してブリミルに杖を向けた。

「あんたは、あんたたちは! この世界をなんだと思ってるのよ!」

「ちょっ、ルイズ落ち着きなさい!」

 キュルケが慌てて抑えたが、ルイズの怒りは止まらなかった。エレオノールや才人も止めに入るが、ルイズは両手を押さえられながらも涙を流しながら杖を振り回している。

「離して、離してよ! 全部、全部こいつらのせいじゃない。こいつらさえ来なかったら」

 今にもエクスプロージョンを暴発させそうな勢いのルイズに、とうとうカリーヌが手を出しそうになったときだった。ブリミルは深々と頭を下げて言った。

「すまない、君の言うとおりだ。すべては僕らの犯した罪、侘びのしようもない」

「謝ってすむ問題じゃないでしょ! ハルケギニアは、あんたたちのおもちゃじゃないわ」

「そのとおりだ。きっと、僕らが本来の故郷を失ったのも、その傲慢さがあったからなんだろう。僕らは、なんの罪もないこの星の人々に取り返しのつかないことをしてしまった」

 ブリミルは心からかつての自分を悔いていた。しかし、ルイズの怒りがそれでも収まらなかったとき、サーシャがブリミルをかばうように前に出た。

「待ちなさいよ。こいつに手を出すのは、私が許さないわ」

「なによ、あんただって元は人間でしょ。そいつの肩を持つの?」

「まだ話は終わってないわ。怒るのは、最後まで聞いてからにしてからでも遅くはないんじゃない? それに、こいつは一応は私の主人だからね、こいつをしばくのは私の特権よ」

 え? それ普通は逆じゃない? と、ルイズは思ったが、心の中でツッコミを入れたおかげで少し冷静さが戻って体の力を抜いた。

 部屋の空気にほっとしたものが流れる。結果的にだが、ルイズが暴れたことが適度なガス抜きになってくれたようだった。

 ルイズが引いた事でブリミルも頭を上げた。そしてサーシャに「すまないね」と声をかけると、再び杖を持ってイリュージョンの魔法を唱えた。

「もう少しだけ続くので、すまないが付き合ってくれ。エルフも加え、マギ族の戦争は激化の一途を辿った。だが、長引く戦乱とそれによる星の環境の破壊は、僕らも想定していなかった事態を招いた。戦火に釣られるようにして、この星の中に眠り続けていたものたちが次々と目覚め始めてしまったんだ」

 大地の底から目覚める無数の巨大な影。それが破局の始まりであった。あまりに星の環境を変えすぎてしまったことが、この星のもうひとつの先住種族である怪獣たちの眠りを妨げたのだ。

 土煙をあげて地の底から次々と現れる巨大怪獣たち。

 

 ゴモラ、レッドキング、ゴルメデ、デットン、キングザウルス、キングマイマイ、パゴス、リトマルス、ガボラ、ボルケラー、バードン。

 

 一挙に目覚めた怪獣たちは、まるで眠りを妨げたものがなんであるのかを知っているかのように人間たちに襲い掛かっていった。

 巨体で暴れ、火を吹く怪獣たちの前には、マギ族の軍隊もまるで無力であった。一体や二体ならまだしも、怪獣たちはどんどんと現れてくるのだ。しかも戦争中だった彼らは、怪獣と戦っている背中から敵に狙われるのを恐れて連携などまるでとれなかったのだ。

 怪獣たちの猛威に、マギ族の中にも少なからぬ犠牲者が現れた。サハラの首都にいた者は別だが、各地方都市で戦争の陣頭指揮に当たっていた者は直接の被害を受けてしまったのだ。

 しかし、マギ族はこの事態になっても戦争をやめようとはしなかった。それどころか、むしろ怪獣たちを操って戦争の道具にしようとさえし始めたのだ。

「なんて愚かな。守るべきものも、大義すらない戦争になんの意味があるというのだ」

 ウェールズがアンリエッタの肩を支えながらつぶやいた。レコン・キスタとの戦いで数多くのものを失った彼の言葉は重く、皆をうなづかせた。

 それでも、マギ族の優れた科学力は何体かの怪獣を従わせることに成功した。そして従えた怪獣たちを使って、戦争は続いていく。もはや、この戦争の落としどころをどうするのかなど、誰も考えてはいなかった。

 だが、これがマギ族が破滅を回避することのできる、本当に最後のタイミングであったのだ。マギ族は惑星原産の怪獣にはなんとか対抗できたものの、星の動乱に引き付けられるようにして、宇宙から多数の宇宙怪獣までもが来襲するようになったのである。

 

 ベムスター、サータン、ベキラ、メダン、ザキラ、ガイガレード、ゴキグモン、ディノゾール、ケルビム、そしてアボラスにバニラ。

 

 これらでさえ氷山の一角なほど、宇宙怪獣たちは先を争うかのように惑星に殺到し、その凶悪な能力を駆使して大暴れを始めた。

 たちまちのうちに炎に包まれ、灰燼に帰していく都市。摩訶不思議な超能力を駆使する宇宙怪獣の大軍団を相手にしては、いかなマギ族の超科学文明とても敵うものではなかったのだ。

 地方都市は次々に壊滅し、マギ族は従えた怪獣で宇宙怪獣に対抗しようとしたものの、しょせんは焼け石に水。軍隊は人間も亜人もエルフも疲弊しきり、士気もないも同然。まして、マギ族同士は今日まで戦争をしてきた相手を信用などできず、連携などはまったくできない。

 すでに戦争どころではないにも関わらず、それでも戦争は続いていた……まさに愚行の極み。だが、この世のすべてのものには終わりがある。

 そう、終わりを導く本当の破滅が現れたのだ。

 戦乱渦巻く世界に、空から舞い降りてくる金色の光の粒子。「あれは!」と、才人は叫んだ。

「すべての秩序が崩壊した混沌の世界に、そいつはやってきた。ヴァリヤーグ……我々はそう呼んだ、宇宙からやってきた、光の悪魔」

 ブリミルがそうつぶやく前で、光の粒子が地上の怪獣、宇宙怪獣問わずに取り付いて、凶悪な変異怪獣へと変えていった。そして強化・凶暴化した怪獣たちの前に、マギ族の武力は無力であった。

 一方的な破壊が文明を、マギ族の築き上げてきたすべてを炎の中に消し去っていく。マギ族の終わりの始まりが、夢の終わりの時が来たのだ。

 ヴァリヤーグ? あの光の粒子はいったい……戦慄する面々の中で、ティファニアだけがまるで知っていたかのように、ひとつの名をつぶやいた。

「カオスヘッダー……」

 無数のカオス怪獣の猛攻にさらされ、青く美しかった星は赤黒く塗り替えられていった。

 そして、廃墟の中をカオス怪獣に追われて逃げ惑う少年ブリミル。虚無の系統と、始祖の伝説の誕生……本当の愛と勇気と希望のために歩き始める、語られない歴史がここから始まる。

 

 

 続く

 

 

 

 

 

 

 

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