ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第52話  ハルケギニアの夜明け

 第52話

 ハルケギニアの夜明け

 

 破滅魔人 ゼブブ

 精神寄生獣 ビゾーム

 破滅魔虫 カイザードビシ 登場!

 

 

 異世界ハルケギニア。その精神の根幹を成してきたのは、六千年前にハルケギニアを作ったという聖人・始祖ブリミルの教えを語り継いできたというブリミル教である。

 しかし、六千年という時間は、その原初の精神が残され続けるにはあまりにも長い時であった。

 どんな精密なコピーでも百回、千回と繰り返せばデータが磨耗していくように、ブリミル教の内容も幾星霜の中で変化してきた。

 しかも、本来ならば正しい精神を継承すべきそれに、悪意が潜んでいたことが、後の世に混沌を生むことになる。

「僕は自分の考えを宗教にしてほしいなんて思ったことは一度もないよ」

 才人からブリミル教というものがあることを教えられたとき、ブリミル本人は呆れたように言った。

 自分は他人からあがめられるような立派な人間じゃない。ブリミルは、自分が聖人とされていることに何の喜びも感じず、むしろ自分なんかを聖人に持ち上げた後年の人間に対する嫌悪を表した。

 ならどうして、ブリミル教なんてものが作られたんでしょうか? その才人の問いかけに、ブリミルはこう答えた。

「六千年も経つんだから、一言で言うのは無理だろうけど、少なくとも君の時代のブリミル教の指導者たちの考えはたぶん、まばゆい光が欲しいからだろうね」

「光、っすか?」

「そうさ。光はなくてはならないものだけど、昼間に夜の暗さをみんな忘れてしまうように、明るすぎる光は闇の存在を忘れさせてしまう。そして闇にとっては、明るい光の影でこそ濃く暗くなることができる。おそらくこれで、当たらずとも遠からずってとこじゃないかな」

 才人はロマリアの街で見た光景を思い出した。ブリミル教の威光を笠に着た金持ちの神官と、数え切れないほどの浮浪者たち。しかしきらびやかな神官たちが外国に出向けば、その国の人たちはロマリアは豊かな国だと錯覚するだろう。

 むろん、ブリミル教の存在を全否定するわけではない。礼節やモラルなど、日本人の才人から見ても違和感があまりないくらいにハルケギニアの人々が礼儀正しいのはブリミル教の教えがあるからだろう。

 『神様が見ているから悪いことをしてはいけませんよ』、というのが宗教の基本で、それを否定するつもりはさらさらないが、逆に宗教が悪用されるときには『これをしないと地獄に落ちますよ』と言う奴が出てきて暴走する。それがまさに、聖戦をしないと世界が滅びますよと言っている今だ。

 死人に口なし。開祖がいくら善人でも、その教えを継いで行く者が悪人ならば教えはいくらでも歪められていく。

 しかし今、奇跡は起きて始祖は蘇った。過去からやってきた始祖ブリミル本人が相手では、いかに教皇が詭弁を弄したところで勝ち目などない。

 

 今こそ、世界を覆う暗雲とともにブリミル教の虚栄の牙城を滅ぼす時。

 さあ、決戦だ!

 

 追い詰められた教皇とジュリオが紫色の禍々しいオーラに包まれ、人間の姿が掻き消えると人魂のような姿になって空に舞い上がった。

 たちまち、教皇様? 教皇様! 教皇様!? と、人々の叫びがあがる。教皇聖下を信じたい最後の気持ちが声になってあがるが、現実は彼らにとってもっとも残酷な形で顕現した。

 空から舞い戻ってきた紫色の光の中から、右腕が鋭い剣になり、蝿のような頭をした巨大な怪人型の怪獣が姿を現し、地響きを立てて降り立ってきた。それだけではない、並び立つように、人型でありながら顔を持たず、全身が黒色で顔面に当たる部分を黄色く発光させた怪物までもが現れたのだ。

 二体の怪獣は、愕然とする人々の前で不気味な声色で笑い声を放った。しかもその声は歪んではいるがヴィットーリオとジュリオそのもので、これまで必死に教皇聖下を妄信してきた人々も、ついに自分たちが騙されていたことを認めた。

「とうとう本性を現しやがったな」

 才人が吐き捨てた。聖人面してハルケギニアの人々をだまし、自滅に追い込もうとした稀代の詐欺師の本当の姿がこれだというわけだ。

 根源的破滅招来体の遣い、破滅魔人ゼブブ、精神寄生獣ビゾーム。異なる世界でも謀略を駆使して非道の限りを尽くしてきた、悪魔のような怪獣たちだ。

 ペテンをすべて暴かれ、ついに奴らは実力行使に打って出た。もはや策謀によるハルケギニアの滅亡は無理だが、少しでもハルケギニアの人間たちの力を削っておこうという魂胆か。根源的破滅招来体が他にどれだけいるのかは不明だが、ハルケギニアがダメージを負えば負うほど破滅招来体が次に狙ってくるときに易くなるのは間違いない。

 だが、そんなことをさせるわけにはいかない。この星の平和を、これ以上あいつらの好き勝手に乱させるわけにはいかないのだ。

 才人はブリミルとサーシャを振り向いて言った。

「ブリミルさん、サーシャさん、ありがとう。こっからは、おれたちがやります」

「ああ、僕も派手に魔法を使いすぎて少し疲れた。ここから応援してるよ、君たちの力、今度は僕らに見せてくれ」

「頑張りなさいよサイト。あんなニヤけた連中に負けたら承知しないんだからね」

 ブリミルとサーシャにも背中を押され、才人とルイズは無言で目を合わせた。

 今なら人々の視線は二体の怪獣に向いている。この一瞬がチャンスだ、才人とルイズは互いの闘志を込めてその手のリングを重ね合わせた。

 

『ウルトラ・ターッチ!』

 

 光がふたりを包み込み、虹色の光芒の中でその姿が銀色の巨人へと変わる。

 時を越え、次元をも隔てられた魂が再びひとつに。ウルトラマンA、ここに降臨!

「テェーイ!」

 拳を握り、二大怪獣の前に構えをとって現れたエースの姿に、トリステインの人々から歓声があふれる。ウルトラマンが来てくれた。特に、遠方からながらも見守っていたギーシュたちや、この場所でもミシェルをはじめとする銃士隊の間で感動が大きい。ロマリア以来、姿を消していたエースがまた帰ってきた。

 だが、一番喜んでいたのは他ならぬ才人とルイズだったろう。長い間会えなかったエースが今ここにいる。

「サイト、ルイズ、よく戻ってきたな。君たちなら、どんな試練も必ず乗り越えて帰ってくると、俺は信じていたぞ」

「北斗さん、おれがだらしなかったばっかりに。けど、そのぶん過去で山ほど冒険してきたんだ、その成果を見せてやるぜ」

「冒険ならわたしだって負けてないわよ。まあ苦労した要因の半分は別のとこだけど……なにげに、初めて名前を呼び捨てにしてくれたわね。その期待を裏切らないためにも、あいつらに借りを返さなきゃね!」

 離れ離れになっていた間、自分たちの絆は切れていたわけではない。むしろ、会えないからこそ、遠いかなたを思い、歩き続けてきた。

 奴らは永遠のかなたへと追放したことで絆を断ち切れたと思ったかもしれないが、”永く遠い”のならば、それは乗り越えられる。それに絆は才人とルイズの間の一条だけではない。いまや、ふたりが持つ絆は数多く、それらを束ねれば永遠の長さなど何ほどのものがあろうか。

 ウルトラマンA、北斗星司は才人とルイズの魂から、これまでにない生き生きとした力が流れ込んでくるのを感じた。

 これならば、以前と同じ結果になることはない。パワーアップした力を、今こそ見せてやろう。

 しかし、いかにエースが力を増したといっても相手は二体。しかもあのヴィットーリオとジュリオが元である以上、並々ならぬ敵であることは疑いようも無い。

 少なくとも苦戦は必至。しかも悪辣な奴らのことだ、片方がエースを相手取っている隙に片方が人質を取りに出る手段に訴えることも考えられる。なにぶんトリスタニアには人間が多すぎる。人間の盾作戦を取られるとやっかいだ。

 

 ただし、それはエースひとりだけならばの話だ。

 ここには、もう一人のウルトラマンがいる。そう、ルイズとともに旅を続けてきたネオフロンティア世界の勇者、彼もまたウルトラマンとして戦うべき時が来たことを悟っていた。

 ファイターEXのコクピットから地上を見下ろし、アスカはリーフラッシャーを掲げた。

「ダイナーッ!」

 新たな輝きと共に、M78星雲出身のウルトラマンとはまた一味違うたくましいスタイルの巨人が現れる。

「デュワッ!」

 銀のボディにレッドとブルーのラインをまとい、胸には金色のダイナテクターを輝かせた光の戦士、ウルトラマンダイナここに参上。

 ウルトラマンがもうひとり! 光の柱の中からその雄姿を現したダイナに、人々がさらに沸きあがる。そして、エースの心の中で、ルイズは驚いている才人に向かって誇らしげに言った。

〔びっくりした? あいつはアスカ、またの名をウルトラマンダイナ。わたしは、あいつと旅をしてきたのよ〕

〔え? ダイナって、学院長やタルブ村の昔話で聞いた、あのウルトラマンかよ! けど、ダイナが現れたのは三十年も昔のことだって〕

〔わかんないわ。けどあんただって、始祖ブリミルを連れてきたじゃない? なんかのはずみで、よその世界で現代のわたしと三十年前のアスカが出会った。それでいいじゃない〕

〔ううん、さっぱりわかんねえけどそんなもんか。けど、伝説のウルトラマンといっしょに旅できたなんて、うらやましいな畜生〕

〔まぁ、そんなに自慢できるような奴じゃないけどね……〕

 うらやましがる才人に対して、ルイズはやや複雑だった。ウルトラマンになる人間にもいろんな種類がいるのは承知していたつもりだったが、旅の最中アスカには振り回されっぱなしだった。旅をしてたくましくなれたとは思うけど、それがアスカのおかげだと思うと癪に障る。

 それでも、ルイズはアスカを信頼していた。才人に輪をかけて無謀、無茶、無鉄砲ではあっても、絶対に引かずにあきらめない心の強さは、理屈を越えた力があるということを何度も見せてくれた。

 強大な悪の前に心が折れそうでも、それでも立ち向かうところから道は開ける。それはスタイルに関わらずに、すべての生き方に当てはまることだろう。

 だからこそ、ダイナが共に戦ってくれるということは何より心強い。ダイナはエースに向かって、俺もやるぜというふうに胸元で拳を握り締めた。

〔君は……〕

〔二対一なんてのはずっけえからな。俺も戦うぜ、よろしくな〕

〔不思議だ、君とは初めて会った気がしない〕

〔奇遇だな、俺もだぜ。へっ、後でパンでもごちそうしてくれよな!〕

〔ああ、食べすぎなんか気にしないくらいガンガン食わせてやるよ!〕

 エース、北斗の胸に不思議な感覚が湧き上がってきた。確かにTACに入る前に自分はパン屋にいた。しかし、なぜ彼は知っていたようにパンを食わせてくれなどと言えたんだ? いや、自分はパン屋をやっていて、何度も彼に食べさせたことがあるような気がする。夕子といっしょに、どこかの港町で?

 いや、それは後でいい。今するべきことは、この世界の災厄を払いのけることだ!

「ヘヤアッ!」

「デアッ!」

 闘志を込めて構えるエースとダイナに向かって、ゼブブとビゾームが突っ込んでくる。

 巨体が走る一歩ごとに、響く轟音、舞い上がる敷石、立ち上る砂煙、そして、踏み潰される家々から吹き上がる炎。まるで巨大な山津波にも似たそれを、立ちふさがるウルトラマンという堤防が受け止める。

 激突! エースがゼブブと、ダイナがビゾームと相対し、壮絶な戦いが始まった。

 ゼブブの突き出してきた剣をひらりとかわし、エースのキックが炸裂する。

〔もうお前たちの負けだ。この世界から出て行け!〕

〔あなた方こそ、人間はいずれ美しいこの星も破壊しつくします。今のうちに殺菌しておかねば、どうしてそれがわからないのです〕

〔この星を守るのも滅ぼすのも、この星に生まれた者のするべきことだ。お前たちに好き勝手する権利なんてない!〕

 エースは破滅招来体の独善を許さないと、鋭いチョップやキックを繰り出して攻め立てる。たとえ善意であろうとも、よその家に勝手に上がりこんで掃除をすることを親切とは呼ばない。

 さらにダイナも、ビゾームと激しい格闘戦を繰り広げていた。

〔てめえらが、ハルケギニアをこんなにしやがったんだな。ゆるさねえ、青い空を返しやがれ!〕

 ダイナとビゾームは激しいパンチのラッシュに続いて、キック、チョップを含めた乱打で互いを攻め立てていった。そのパワーとスピードは両者ほぼ互角。どちらも一歩も譲らない。

 やるな! 両者共に、相手が見掛け倒しではないことを認識し、警戒していったん離れた。わずかな間合いを置いて、構えたままじりじりと睨み合う。

 うかつに動いて隙を見せたら一気に攻め立てられる。実力が拮抗する者同士での戦いは、少しのヘマが負けにつながる。逆に言えば、その一瞬をものにできれば優勢に戦える。

 続く睨み合い。だが、それも長くは続かないだろう。戦いを見守る多くの人々の目の中で、カリーヌはそう確信していた。

「フン、かっこうつけて頭を使うな。お前はそんな、気の長い奴じゃないだろう? アスカ」

 短く笑い、カリーヌは思い出とともに、疲れ果てた体に力が戻ってくるのを感じていた。

 そう、遠い昔のタルブ村のあの日もこんなだった。どうしようもないような絶望の中でも、前に進むことはできる。

 ダイナの姿に、半壊した魅惑の妖精亭の前でもレリアが目頭を熱くしている。スカロンやジェシカは、レリアからあれがおじいさんを救ってくれたウルトラマンなのと聞かされて驚き、ついでになぜかパニックに陥っている三人組がいるが、これはどうでもいい。

 そして戦いの流れは、カリーヌの予想したとおりになった。

「デヤッ!」

 先に仕掛けたのはダイナだった。強く大地を蹴って走り出し、腕を大きく振りかぶって突進していく。

 むろんこれに黙っているビゾームではない。ダイナの攻めにカウンターで仕掛けようと、ダイナとは逆に下段から腰を落として待ちうけ、ついに両者が激突した。

「ダアッ!」

 上から振り下ろしてくるダイナのパンチに対して、ビゾームは下から打ち上げた。そしてダイナのパンチが当たる前に、ビゾームのパンチがダイナのボディに命中した。

 やった! と、そのときビゾームは思ったであろう。ビゾームのパンチはダイナにクリーンヒットした、これが効かないはずはない。しかしなんということか、ダイナはビゾームの攻撃を受けてもかまわずに、そのままビゾームの顔面を殴り飛ばしたのである。

「デヤアァァッ!」

 上段から勢いに乗ったパンチの威力はものすごく、ビゾームは吹っ飛ばされてもんどりうった。

 なぜだ? 当たったはずなのにとビゾームは困惑した。手ごたえはあったはずなのにと、戸惑いよろめきながら起き上がってきたその視界に映ったのは、腹を押さえながらも拳を握り締めるダイナだったのだ。

〔勝負はな、根性のあるほうが勝つんだよ。いってて〕

 なんとダイナは最初からカウンターを食らうのを承知の上で特攻をかけたのだった。最初からダメージと痛みを覚悟してたからこそ、カウンターを受けてもひるまずに攻撃を続行することができた。虎穴にいらずんば虎子を得ずとは言うが、なんという無茶か。しかし、食らうのを覚悟していたおかげで、同じクリーンヒットでもダイナよりビゾームのほうがダメージは大きい。

”今だ、敵はひるんでいる、追撃しろ”

 戦いを見守っているカリーヌが心の中で命ずる。聞こえずともそれに答え、ダイナはエネルギーを集めると、白く輝く光弾に変えて発射した。

『フラッシュサイクラー!』

 並の怪獣なら粉砕する威力のエネルギー球がビゾームに向かう。

 こいつが当たれば! だがビゾームは右手から赤く光るビーム状の剣を作り出し、フラッシュサイクラーを一太刀で切り払ってしまったのだ。

〔なめないでもらおうか。戦う手段なら、こちらもまだ全部見せてはいないよ〕

〔そうこなくっちゃな。本当の戦いは〕

〔これからだよ!〕

 剣を振りかざして襲い掛かってくるビゾームに対して、ダイナも再び突進していった。

 剣閃をかわして、ダイナのキックが炸裂する。しかしビゾームの横なぎの剣閃がダイナの喉元をスレスレでなでていき、両者の戦いはさらに激化していった。

 

 さらに、エースとゼブブの戦いも死闘の度合いを深めていく。

 エースにひけを取らないゼブブの身体能力に加え、奴は右腕が鋭い剣になっている。あんなもので切りつけられたらウルトラ戦士の皮膚でもやすやすと切り裂かれてしまうだろう。

〔このハンデはけっこうデカいな〕

 北斗は決定打を与えるためにはゼブブの懐に入らねばならないが、そのためにはあの剣のリーチの内側に入らなければならないことにやっかいさを感じていた。

 剣を持った敵には、過去にもバラバやファイヤー星人、ハルケギニアでもテロリスト星人との戦いがあったけれども、いずれも楽なものではなかった。武器は、たとえそれがナイフ一本であろうとも持つと持たないとでは戦力に大きな開きが出る。勝てないとまでは思わないが、このまま戦えば一方的に不利だ。

 しかも、ならば武器を先に破壊してしまおうとしても、ゼブブは武器破壊に警戒した仕草を見せて剣を折らせようとはしなかった。まるで、一度剣を折られたことがあるかのようだ。

 それならばこちらもなにか武器を持てば? しかし、たとえば足元に落ちている兵士の剣を拾ったとしても、数打ちの量産品では強度に不安が残る。巨大化させてすぐ折れてしまわれたらエネルギーの無駄だ。それにエースブレードは念力で作り出す剣なので斬り合いには向いていない。

〔ちくしょう、こんなときにデルフがありゃあなあ〕

 才人は、異次元に飛ばされるときに無くしてしまった相棒であり愛刀のことを思いだした。あいつがいれば思うままに振り回すことができたのに。

 だが、いないものを考えてもしようがない。それに斬られることを恐れてはウルトラマンAの名がすたる、斬るのはこっちの専売特許だ。北斗と才人がたじろいでいるのを見かねたのか、ルイズが大声でふたりを叱咤した。

〔しっかりしなさいよ男のくせに! 力のことなら心配しなくても、今日のわたしは気合が有り余ってるから好きなようにしていいわ。後先のことなんか考えてんじゃないわよ!〕

 その叱り声に、才人と北斗ははっとしたものを感じた。そうだ、慎重になって悩むなどらしくない。相手が自分より二倍強いなら二分割して、四倍強いなら四分割してやればちょうどよくなるだろう。

 迷いを振り払ったエースは、腕を上下に大きく開き、白く輝く光の刃を作り出して放った。

『バーチカル・ギロチン!』

 超獣を一撃でひらきに変えるエースの必殺技がゼブブへ向かう。だがゼブブは迫り来る光の刃を剣ではじき返すと、奇声のような鳴き声を上げてエースに突進を開始した。

 しかしエースもひるみはしない。今度は腕を水平に突き出して、ゼブブの首を狙った三日月形のカッター光線を発射した。

『ホリゾンタル・ギロチン!』

 その首置いてけと放たれた光刃を、ゼブブはしゃらくさいとばかりに縦一文字の斬撃で斬り砕く。だがエースはそのときには、二枚の光刃をXの形に重ねて撃ち放っていた。

『サーキュラー・ギロチン!』

 一枚の光刃は切り払えても二枚となるとそうはいかない。ゼブブは自分を四等分するべく向かってくるエネルギーのカッターを止めるために、急ブレーキをかけると、額を光らせて全身に電磁波の防御幕を形成した。

 一瞬、スパークしたような稲光がゼブブの体にひらめくと、サーキュラーギロチンのエネルギーははじかれて砕かれ、ゼブブは無傷な姿を現す。そして肩を揺らして笑うゼブブに、才人はいぶかしんだ様子でつぶやいた。

〔見えないバリヤーか?〕

 それ以外には考えようが無かった。となればやっかいだ、近接戦では武器を持ち、飛び道具はバリヤーで無効化する。攻防ともに隙が見られない。

 が、ゼブブの余裕もそこまでだった。上空を旋回するファイターEXから地上のエースに向かって我夢の声が響いたのだ。

「そいつの電磁波シールドは目の部分は覆えません。目を狙ってください」

 エースははっとし、ゼブブはぎくりとしたのは言うまでもない。我夢は以前の戦いで別個体のゼブブと戦ったことがあり、そのときの経験からゼブブの能力は把握している。

 弱点がわかればこちらのものだ。エースは我夢のアドバイスに感謝しつつ、ゼブブの目を狙い、右手を突き出して菱形の光弾を連続発射した。

『ダイヤ光線!』

 光の弾丸がゼブブの急所を狙って殺到する。しかしゼブブも、急所を狙われるとわかるならば当然そこを守ろうとする。

 ダイヤ光線が当たる前に、ゼブブは両手を顔の前でクロスさせて目を守った。腕は電磁波で守られているので光線をはじき、見守っている人たちから落胆の声が流れた。

 しかし、エースは次の手を考えていた。電磁波での防御ということは、光線ははじかれるし、物理的な攻撃も反発されて防がれる。実際、ガイアもかつてのゼブブとの戦いではそれでかなりの苦戦を余儀なくされた。だが、そういうふうに攻撃が効かないということで、逆にエースにひらめいた手段があったのだ。

 ゼブブは目を守ったことで、一時的に視界が失われている。そこを逃さず、エースはゼブブの腕をめがけて両手を突き出し、合わせた手の先から白色の霧を噴出して浴びせかけた。

『ウルトラシャワー』

 霧は強力な溶解液となってゼブブの腕にまとわりつき、ゼブブの皮膚と剣を瞬く間に腐食させていった。ゼブブはそれを見て慌てふためくが、時すでに遅しであった。電磁波の反発力でも、空気の対流に乗って入り込んでくるガスに対しては無力だったのだ。

 電磁波シールドを突破され、武器をボロボロにされたことでゼブブはうろたえている。その隙にエースは空高くジャンプして、直上からの急降下キックをお見舞いした。

「トオォーッ!」

 ゼブブは頭部の二本の角から電撃を放って迎撃しようとしたが狙いが甘く、外れてしまった。エースのキックでゼブブの頭で火花が散り、悲鳴と共に角の一本がへし折れる。

 よしいける! エースはゼブブが体勢を立て直す前にと、奴の顔面に向かって再び両手をつき合わせて、今度は高熱火炎放射を食らわせた。

『エースファイヤー!』

 エースの手から放たれる灼熱の炎がゼブブの顔面を焼いて爆発する。ゼブブは片目を焼かれて、もう電磁波シールドを張ることはできないだろう。

「ざまぁ!」

 才人とルイズは声を揃えて言ってやった。力はまだまだたっぷり残っている。この時のために、ふたりとも臥薪嘗胆の日々を送ってきたのだ、簡単に燃え尽きてたまるものか。

 こちらがダメならあちら、様々な攻撃を繰り出して敵を圧倒する、技のエースの面目躍如だ。

 トリスタニアの人々は久しぶりに見るエースの活躍に、声をあらん限りに声援を送り、ロマリアやガリアからもウルトラマンたちを応援する声が出だしている。ほとんどの者たちは、よくもこれまで騙してくれたなという怒りでいっぱいだ。俺たちがこれまで命をかけて来たのは、それが神の御心だと信じてきたからだ、許すことはできない。

「がんばれ! がんばれウルトラマンたち!」

 人々の声援を背に受けて二人のウルトラマンは全力で戦う。人々の心の支えを利用して世界を滅ぼさせようとした卑劣な所業、散々人に対しては天罰や異端を吹聴してきたのだ、ならば自分たちでそれを実践してもらおうではないか。

 エースの猛攻にゼブブは傷つき、しかし手から紫色のエネルギー弾を繰り出して反撃してくる。が、エースはそれをさばいてフラッシュハンドでさらなるダメージを与えていく。

 

 一方で、ダイナ対ビゾームの戦いもラウンドの山場を迎えていた。

〔おいおいゾロゾロと増えやがって、孫悟空かてめえは〕

 ダイナの前に、数分の一サイズに縮んだビゾームが十体ばかりも並んで不気味な笑い声をあげていた。

 これがビゾームの分裂能力である。奴は精神寄生体という、なかば幽霊のような実体があるかないかあいまいな存在であり、それゆえにまるでアメーバのように分裂することもできる。奴はダイナの放った八つ裂き光輪でわざと自分の体を何回も切らせることで、その破片の一つ一つから再生して多数のミニビゾームとなったのだ。

 奇声をあげながら、ダイナの前に壁のように並び立つミニビゾームたち。人々はその不気味な様に、「化け物め」と、うめき声をもらし、ミニビゾームたちはダイナに向かって顔の黄色い発光体からいっせいに破壊光線を放った。

「ヌオワッ!」

 ダイナの体に光線が当たり、外れたものも周囲で爆発して煙と火柱をあげた。分裂したことで威力は小さくなったものの、数を頼りに撃ちかけられては防ぎきりようが無い。

 ミニビゾームたちは炎と黒煙に囲まれたダイナを見て愉快そうな笑い声をあげ、その不快な響きが人々の心に、こんな奴をどうやって倒せばいいのかと暗雲を湧き上がらせていく。だが、ダイナの闘志はこんなもので折れてはいなかった。

〔なめてんじゃねえぞ、本当の本当の戦いは、これからだ!〕

 気合を込めると同時に、ダイナの額のクリスタルがまばゆく輝く。悪への怒りが光に新たな力を与え、ダイナの肉体が赤く燃え上がる闘士の姿へと転身した。

『ウルトラマンダイナ・ストロングタイプ』

 マッシブさを増した超パワーへのモードチェンジ。まるで小人を睥睨に巨人が現れたかのような雄雄しさに、ミニビゾームたちは一瞬ひるんだが、すぐに再び破壊光線の集中砲火を浴びせてきた。

 避けることもままならない弾幕に襲われるダイナ。しかし、今度のダイナは避けも守りもせずに、そのまま攻撃を受けながら突進し、一匹のミニビゾームの元までたどり着くと振り上げた鉄拳を渾身の勢いで叩き付けた。

「ダアッ!」

 隕石のような超パワーのダイナックルを頭上から叩きつけられ、そのミニビゾームはクレーターの底でそれこそぺしゃんこにつぶれてしまっていた。

 なんともいとあはれ。しかし、彼らにとっての惨劇は始まったばかりでしかなかった。一匹を失って狼狽するミニビゾームの群れに向かって、ダイナは思う様言ってのけたのである。

〔知らなかったか? 俺はモグラ叩きは大得意なんだよ!〕

 今度はミニビゾームたちが絶望する番であった。相手が小さいなら全部叩き潰してしまえばいいと、ダイナが繰り出してくるダイナックルの連打から逃げ惑うはめになった。

 右と思えば左、ミニビゾームたちは小柄さをいかして逃げ切ろうとするがダイナもそうはさせない。街の地形を見て、ミニビゾームの大きさでは動きにくい路地などへ追い込んでは叩き潰していく。

 人々を恐れさせていたビゾームの悲鳴のような奇声が、今度は本物の悲鳴になっていた。もちろんミニビゾームたちは逃げながら光線で反撃する。しかし、バラバラに放たれた攻撃では、ダイナのボディには通じない。

〔へっ、ヒビキ隊長のカミナリに比べたら、こそばゆいぜ!〕

 アスカがバカをする度に「ばっかもーん!」と怒声を浴びせてきたSUPER GUTSの名物隊長の顔がダイナの脳裏に蘇る。いつか、必ず帰ると誓ってはいるが、きっと帰ったら特大のカミナリを食らわせられるだろうなと彼は内心で苦笑いした。

 が、ビゾームにしてみれば知ったことではない。ダイナから逃れようとちょこまかと走り回っているけれど、悪人がどんなに逃げても怒れる魔神の神罰から逃れることはできないように、ダイナはきっちりと見つけ出し、ジャンプすると真上から一匹のミニビゾームを踏み潰した。

「デアッ!」

 体格差がありすぎるために、ミニビゾームはひとたまりなくつぶされてしまった。

 さあて次はどいつだ?

 まさに超特大のモグラ叩きそのものな光景に、人々からいいぞと喝采があがる。

 ミニビゾームたちは、バラバラのままでは全滅してしまうと人魂のような姿になるとひとつに結合して元のビゾームの姿に戻った。が、だからといって形勢がよくなるわけでは当然なく、待ってましたと突っ込んできたダイナの強烈なラリアットで大きく弾き飛ばされるはめになった。

 地を舐めさせられるビゾーム。同じころ、ゼブブもエースのエースリフターで投げ飛ばされ、両者はもつれ合いながらもなんとか起き上がってきた。

 

 さあ、そろそろ積みだ。エース、そしてダイナは肩を並べて悪の二大怪獣の前で構えをとる。

〔これまでだ。この世界の人々の運命は、お前たちなどに渡したりはしない〕

 どんなご立派な大義名分があろうとも、他人の人生をおもちゃにしていい理屈は無い。お前たちのために、この世界があるわけではないのだ。

 とどめの一撃の体勢に入るエースとダイナ。だが、ゼブブは追い詰められながらも、蝿のような頭の中に持つ悪魔的な頭脳を止めてはいなかった。

〔確かに強いですね、あなたたちは。さすがは次元を隔ててもウルトラマンです。しかし、ウルトラマンであるならば、これはいかがですか?〕

 ゼブブが空に向かって手をあげた瞬間、空を覆っている黒雲から、何万、何億という数の虫の群れが地上へと舞い降りてきたのだ。

「なんだっ! 虫が集まって、怪獣になった!?」

 人々の見ている前で、その信じられないことは起こった。なんと、数え切れないほどの虫が地上で合体して、一つ目のグロテスクな怪獣へと変貌してしまったのだ。

 これが、世界を覆っている黒雲の正体である破滅魔虫ドビシの集合体である、破滅魔虫カイザードビシだ。胴体の上についた血走った一つ目には感情を感じず、片手、あるいは両腕が鋭い鎌のような武器になっている。

 しかも、それは一匹ではない。トリスタニアのいたるところに出現し、何十体もの軍団となってうごめいている。完全に囲まれてしまった。エースとダイナは一気に膨れ上がった敵の戦力がいっせいに攻撃をしてくるだろうと、背を合わせて構えをとる。

〔へっ、今度は数で勝負かよ。芸がねえぜ〕

 ダイナが強気に言ってのけた。これだけの数の怪獣をいっぺんに繰り出せるのならば最初からやればいい、なのにしなかったということは、戦力としてはあまり期待できないからだろう。昔から量産型は弱いものと相場が決まっているのだ。

 しかし、カイザードビシどもはエースとダイナの予想していなかった行動に出た。奴らはエースとダイナに襲い掛かってくるどころか、目も向けずに街を破壊し、人々を蹂躙しにかかってきたのである。

〔怪獣たちが! 貴様、なにをする!〕

〔フフ、あなた方に彼らを見殺しにすることができますか? 死にますよ、何千と、何万という人間たちがね〕

 あざ笑うゼブブに対して、エースとダイナは「このクズ野郎」と怒りに震えた。それが仮にも聖職者を名乗っていたもののすることか。

 カイザードビシたちは足を振り上げて街を破壊し、人々に向けて目から破壊光線を放って暴れている。止めなければ、本当に何万という犠牲者が出てしまうだろう。

 だが、エースとダイナがゼブブとビゾームを後回しにしてカイザードビシへと向かおうとしたそのとき、一陣の風とともに壮烈な怒声が響き渡った。

「やめろ! お前たちの倒すべき相手は、そいつらじゃない!」

 巨大なエアカッターの刃が一匹のカイザードビシの腕を切り飛ばし、次いで巨鳥ラルゲユウスの体当たりが黒い魔虫を地に這わせた。

 烈風が吹きすさび、傷だらけの騎士が杖を手にして空から声を響かせる。

「立て! トリステインの兵たちよ。お前たちは傍観者か? 諦観者か? 牙を失った猫か? いや! お前たちの手には剣がある、杖がある! これまでの戦いを思い出せ、お前たちは勇者だ! この烈風もまだ戦える。続け、トリステインを守るのは我々だ!」

 カリーヌの激が、疲れ果てていたトリステインの兵たちに最後の力を与えた。すでにカリーヌ自身も息が苦しくてたまらない。しかし気力だけは満タンだ。奇跡に奇跡が続いてやっと見えた勝利への光明を、自分たちの情けなさで台無しにするわけにはいかない。

 この国を守るのは、この国の人間でなければならない。それだけは譲れない、譲ってはいけない。

 ラルゲユウスはその翼を一匹のカイザードビシと対峙し、その背に立つカリーヌはダイナに向かって一瞬だけ視線を送ると、短くつぶやいた。

「本当の戦いはこれから、そうだろ? アスカ」

〔まさか、お前……〕

 カリーヌは答えず、雄たけびのように吼えるとカイザードビシに向かっていった。

 あれから三十年経った。私もずいぶん年を取ったけど、お前は変わらないな。けど、お前と共に戦ったあの日のことは忘れていない。お前と共に、もう一度戦う。

 メイジたちは残り少ない精神力をふるって魔法を撃ち、兵たちも弓や銃、それもない兵も声を振り絞り、体に鞭打って武器を持ち、武器の無い者も懸命に負傷者を運ぶ。

 人間たちの予想外の逆襲にカイザードビシたちは意表を突かれた。カイザードビシはいかつい見た目はしているが、ダイナの見立てどおりに単体での戦闘力はたいしたことはなく、数でそれを補うタイプの怪獣だ。事実、ガイアの世界では戦車砲程度で倒されており、耐久力もあまりない。

 そして、トリステインの兵たちは怪獣相手の戦いに慣れている。指揮官たちは過去の戦いを思い出し、的確に指示を出していった。

「目だ! あのでっかい一つ目を狙え」

 カイザードビシのいかにも目立つ単眼にメイジや弓兵たちは攻撃を集中させた。

 また、街のいたるところには固定化の魔法がかけられた鎖が用意されていて、魔法の使えない兵はこれを使ってカイザードビシの脚をからませていった。怪獣を相手に生身の人間で何ができるかと考えられた結果、やれることはすべてやっておこうと、トリスタニアのあちこちにはこうした道具が隠されているのである。

 思わぬ人間たちの反撃に足止めを余儀なくされるカイザードビシたち。エースとダイナはその奮闘振りに「やるな」と、感心した。

 しかしカイザードビシもまた怪獣、一筋縄ではいかない。倒れこんだカイザードビシの腹の口から開くと、そこから何千匹という数のドビシの群れが吐き出され、さらにゼブブが「こしゃくな!」とばかりに手を上げると、黒雲からさらにドビシたちが降り注いできて、人々に直接襲い掛かっていった。

〔フハハハ、十匹の象を倒すことはできても、十万匹の鼠を殺しつくすことはできないでしょう。罪深き者たちよ、そのまま滅びなさい〕

 くっ、どこまで悪辣な奴だ。だが、効果的なことは認めざるを得ない。ドビシは一匹ごとは猫ほどの大きさしかないが、束になって敵に群がることで、ミツバチがスズメバチを倒すように相手を仕留めることができる。人間にとっては2・3匹もいれば十分に脅威だ。

「うわぁぁ、助けてくれっ!」

 複数のドビシにのしかかられて噛み付かれ、あちこちで悲鳴があがっている。まずい、このままでは弱った人から食い殺される。

 エースとダイナならば、光線技の広域発射でドビシたちをなぎ払うことができる。だがそれをすると、せっかく追い詰めたゼブブとビゾームにとどめを刺すエネルギーを使ってしまうことになる。それでも、何万という人々を見殺しにすることはできない。エースとダイナは、人々にイナゴのように群れていくドビシたちをなぎ払うために、光線技の構えに入ろうとした。

 が、その瞬間だった。街の上を乱舞していたドビシの群れを、カリーヌのものとは違う氷雪の突風が押し流して行ったのである。そして王宮から響き渡る凛とした声が、街中に響き渡った。

「ウルトラマンさんたち、惑わされてはいけません。あなた方が戦うべき敵は、その偽善者たちです!」

 それは半壊した王宮で、なおも水晶の杖を掲げて立つアンリエッタの声であった。すでにドレスはすすけて汚れ、優美な印象は残っていない。しかし、彼女の表情には絶望はなかった。アンリエッタの傍らには、彼女の肩を支えてウェールズも立っていたからである。

「聞きなさい! トリステインとアルビオンの、二本の杖はまだ健在です。戦いなさい、トリステインの勇士たちよ! 血路はわたくしたちが開きます」

「アルビオンの猛者たち! 艦隊はなくなったが、我々にはまだ杖がある。腕がある、足もある、なにより命がある。戦おう! そして終わらせて帰ろう、我らの誇る空の故郷へ!」

 そしてウェールズとアンリエッタは杖を合わせると、呪文を唱えて二人同時に解き放った。完全にシンクロした魔法は互いを増幅しあい、トリステインの水とアルビオンの風が合わさった巨大な吹雪と化して街の上空を遷移するドビシたちを飲み込んでいく。王家の血筋同士が可能とする合体魔法、ヘクサゴンスペルだ。

 カリーヌのカッタートルネードにもひけをとらない暴風によって、数万のドビシたちが切り刻まれ、氷漬けにされて吹き飛ばされていく。しかしドビシたちはまだまだ無限に近い数で人間たちを攻め立てている。けれども苦しめられる人々に、ウェールズとアンリエッタは毅然と声を投げかけた。

「戦え! 今、ここを乗り切れば勝利は目の前だ。苦しければ我らを見よ! 王家は逃げない。誇りを胸に最後まで戦う。平和な世を取り戻すために」

「ガリア、そしてロマリアの人々も聞いてください。あなた方は欺かれていました。ですがそれで終わりではないはずです。思い出してください、あなた方にはまだ、帰るべき故郷や守るべき人たちがあるはずです。誰かに守ってもらおうと考えるのではなく、あなた方が誰かを守るのです。戦う誇りを取り戻して、我らと共に未来を勝ち取りましょう!」

 声をあらんばかりに張り上げて、ふたりの若者が叫ぶ。それは飾り立てるものなどない魂のうねりであり、人間としての誇りの咆哮であった。

 その魂の発露が、人々に思い出させた。信仰が失われても、まだ自分たちには帰る故郷があり、帰りを待っている人がいる。そのためにも、こんなところで死ねない。

「うおぉぉーーーっ!」

 獣のような叫びとともに、その瞬間トリスタニアにいた人々は国籍も所属も問わず、一体となって立ち上がった。

 襲い掛かってくるドビシに対し、本当に最後の力で立ち向かう。もう余計なことは考えない、俺たちは人間なんだ、お前たちなんかに負けてたまるか。

 

 魔法を撃ち、銃を撃ち、剣を振るい、槍を突き立て、素手の者は瓦礫を拾い、石を投げ、生きる理由のある人間たちはドビシたちを次々に仕留めていく。

 街中ではこれまで敵味方に分かれていたトリステインとロマリアの兵たちが共に戦う姿があちこちで見られた。呉越同舟も何も無い、ただ生きるために生命は全力で抗う。人間がその例外ではないということを見せているだけだ。

 

 ある街角では銃士隊が戦っていた。その姿は、まるで敗残兵のようにボロボロの有様になって、剣も刃こぼれし、なかばから折れてしまっている者もいる。

 だがその士気は天を突くように高く、アニエスとミシェルを先頭にすさまじい勢いでドビシを駆逐していっている。

「はあぁぁっ! ふぅ、どうしたミシェル? ずいぶんと調子がいいみたいじゃないか」

「ははっ、もちろんですよ。サイトが、あいつはやっぱり生きていてくれた。帰って、帰ってきてくれた。こんな、こんなうれしいことがありますか!」

 半分涙目になりながら剣を振るっているミシェルに、アニエスは微笑し、隊員たちも優しい笑みを浮かべながら剣を握りなおした。

「ようし、我々もサイトに負けてられんぞ。虫けらどもをトリスタニアから叩き出すんだ! 隊長と副長に続けーっ!」

「副長の結婚式を見るまでは、死ねませんしねっ! っと、でりゃ!」

「その次は、隊長のお婿さんを見つける楽しみもあるものね。でもこっちはちょっと難しいかしら」

「それなんですけど、お婿さんは男じゃなきゃいけないといけないってことはないですよね?」

「ん?」

 なにやらひそひそと話し合いながらも、銃士隊は的確に剣を振るい、ドビシに叩き付け、突き刺して倒していく。

 いくらでも来るなら来い虫けらどもめ。女は恋をすれば強くなる。愛することを知れば不死身になる。誰かを支えれば無敵になる。この世でもっとも強い生き物がなんであるか、とくと教えてやろうではないか。

 

 ドビシと人間たちの格闘はいたるところで繰り広げられている。人と虫とが乱戦となり、もはや戦術もなにもない混沌と原始の巷である。

 が、闘争とは本来そういうものだ。古来、人間は他の獣を狩って生きるハンターであった。食うか食われるか、それが戦いの原初であり、それをよく知るひとりの狩人は乱戦の中でも唯一冷めた目でドビシたちに矢を打ち込んでいた。

「これで二十七匹目、と……数が多いのはいいが、こいつらは煮ても焼いても食えそうにないな。これならキメラどものほうが料理できるだけマシか。いや、殻や内臓は薬になるかもしれないね。今のうちに集めておこうかしら」

 ジルという狩人の前では、人間以外の生き物は獲物としての価値があるかないかの二択でしかない。そこに善悪はなく、ジルにとってはドビシも猪や鹿と同等の存在でしかなかった。

 いや、極論すれば、人間が生きるために善悪などというものは必要ないのかもしれない。事実、化け物の森で長年を過ごしてきたジルにはそんなものはいらなかった。ただ、それなのにジルを動かしているものがある。

「薬の試作ができたら竜のお嬢ちゃんに試し飲みしてもらうかな。手ごろな回復薬ができたらシャルロットの役にも立つかしらね」

 ジルはタバサの喜ぶ様子を想像してわずかに微笑んだ。人は生きるだけなら一人でできるが、誰かのために何かをすることでのみ己という存在に価値を見出すことができる。

 この戦いに、ジルがいる理由はそれだけだ。国がどうなろうとどうでもいい。言ってみればただの親ばかだ。

 

 そして親ばかといえば最たるところがチクトンネ街にいる。

「ふんぬぅ、うちの妖精さんたちはお触りは禁止されていますぅ。お引取りいただきましょうか、お客さんたちぃ!」

 くねくねとした動きをしつつも、鉄拳でドビシたちを吹っ飛ばしていくスカロンの雄姿? が、そこで輝いていた。

 魅惑の妖精亭、正確にはその跡地となりつつあるが、店員たちは皆そこを離れようとはせずに守り続けている。華奢な少女たちが、フライパンやおたまを武器にしてドビシに立ち向かい、その先頭にはジェシカが立って皆を鼓舞していた。

「みんな、あと一息よ! これが終われば、商売敵の店はみんなつぶれたからうちの独占商売よ。そうしたらじゃんじゃん稼ぐんだからね! がんばって」

「おーーーっ!」

 なんともたくましいものである。しかし、この若いパワーが未来を作るピースであることは間違いない。

 彼女たちにはそれぞれ、自分の家を持つ、故郷の家族のために稼ぐ、独立して自分の店を持つなどの夢がある。この戦争はマイナスだったが、終わればそれがプラスに転じるチャンスが来る。ならば、それを逃すわけにはいかない。

 スカロンは、少女たちの夢をそれぞれ応援している。血のつながった娘はジェシカひとりだが、同じ屋根の下で共にやってきた少女たちは皆、自分の娘も同然だ。それを守るためなら、無限に力が湧いてくる。

「でありゃあっ! そう、その意気よ妖精さんたち。けど顔だけは絶対傷つけちゃダメよ。ミ・マドモアゼル、泣いちゃうからねぇっ!」

「それだけは勘弁してください! ミ・マドモアゼルっ!」

 さすがの妖精さんたちも想像するに耐えない光景に身震いした。ジェシカは呆れたように笑うばかりだが、その手には得物の包丁と頑丈そうなロープが握られていて、その先には逃げ出そうとしているドルチェンコたち三人がくくり付けられていた。

「だめよー逃げちゃ。壊れたお店を建て直すのに、男の人の手は欠かせないんだからね」

「頼む逃がしてくれ、神様仏様ジェシカ様! あいつに、ダイナに見つかるのだけはすごくマズい!」

 過去になにがあったかは知らないが、三人組の焦りようはすごかった。もっとも、完璧に自業自得であるのだから仕方ない。

 やがて、スカロンのおかげで店の周囲からドビシが一掃されると、彼女たちはウルトラマンたちに向かって手を振った。

 

 十万匹の鼠は駆逐できないとゼブブは言った。しかし、人間たちの奮闘はその常識に風穴を開けつつある。

 新たに湧いてくるドビシはアンリエッタとウェールズのヘクサゴンスペルが食い止め、その絶対数が増加することを許さない。

「大丈夫かい? アンリエッタ、さあ、僕につかまって」

「ありがとうございます、ウェールズさま。けど、国民の前でだらしない姿はさらせませんわ。大丈夫です、ウェールズさまが傍らにいるだけで、わたくしは負けません」

 ふたりとも常人の域を超えた魔法の行使でとっくに限界を超えているが、その表情は明るい。

 また、ふたりを狙ってドビシたちが襲ってくるが、それをカトレアやエレオノールたちが迎え撃っている。

「ラ・ヴァリエールの名において、お二人には指一本触れさせません。あなたがたのような命を弄ぶ人たちに、この杖は決して折らせませんわ」

「ちびルイズが目立ってるのに、私が働かなかったら後でお母様に殺されるわ。ま、たまには姉の威厳を妹たちに見せておくのも悪くないわね」

 ドビシたちは次々と叩き落され、王家のふたりは威厳を保ったまま立ち続けている。

 元凶であるカイザードビシたちも、カリーヌの奮闘や、ド・ゼッサールの率いる魔法衛士隊、名も無い兵士たちの活躍で押さえ込まれ、それでも余った連中にはブリミルのエクスプロージョンが炸裂した。

「やれやれ、いい加減疲れたから休ませてほしいんだけどな」

「なに言ってるの。私たちの子孫がピンチなんだから、頑張りなさいなご先祖様、それっ!」

 ブリミルに襲い掛かろうとするドビシをサーシャが舞うように剣を振るって切り刻んでいく。主の詠唱を守るガンダールヴの本領発揮というところだ。

 

 いまや、ドビシの活動はほぼ完全に押さえ込まれていた。街中にはドビシの死骸が無数に積み上げられ、人間たちの凱歌がそこかしこであがっている。

 まさか、こんなはずではとゼブブとビゾームはうろたえたが、これが現実であった。

 人間たちの最後の力を振り絞った悪あがき。もちろん時間が経てば、無限の物量を誇るドビシたちが再び圧倒するであろうが、それまでのこの、わずか一分程度の時間さえあれば十分だ。

〔ああ、お前たちを倒すには、一分もあればたくさんだぜ!〕

 ダイナはゼブブたちを指差して言い放った。

 人々が全力で作ってくれたこの機会。これ以上、もはやどんな手も用意してはいないだろう。このチャンスで、お前たちを倒す。

「シュワッ!」

「テェーイ!」

 ダイナ、そしてエースの猛攻が再開された。

 空中高く飛び上がったエースのキックがビゾームを打ち、助走をつけたダイナのダイナックルがゼブブを吹き飛ばす。

 対して、ゼブブとビゾームもあきらめ悪く反撃を繰り出してきた。ゼブブの怪光線がダイナのボディを打ち、ビゾームの光の剣がエースの喉下をかすめる。

 しかしウルトラマンたちは攻撃をやめない。この一分はただの一分ではない、人々の願いのこもった世界で一番貴重な一分だ。一秒たりとて無駄にはできないのだ。

 エースのタイマーショットがビゾームの腕を剣ごと焼き切り、ダイナのブレーンバスターが見事に炸裂する。

 破滅招来体の企みも、ついにここで絶えようとしている。幾星霜を費やした遠大な計画が崩壊した理由、それは彼らがひとつのことを見落としていたからだ。

「なぜだ、なぜこうまで理不尽な偶然が重なる? なにがお前たちに味方しているというのだ」

〔お前たちにはわからないだろう、希望の持つ本当の意味を。希望は自分が歩き出すための糧じゃない、誰かと共に歩き出すために分かち合うものなんだ〕

 エースは才人とルイズ、多くの人たちを見て思った。こうしてこの世界に帰り、そして勝利を目前にしていられるのは、才人とルイズが希望を捨てずにあきらめなかったから。そしてこの場の人間たちがあきらめずに戦い、ドビシたちを追い返せたのは、ふたりのウルトラマンがいるという希望があったからだ。

 希望はつながり、連なり、より多くの人々へと拡散していく。小さな希望が大きな希望へ、そして奇跡を呼び、不可能を可能に変える。その連鎖こそが希望の本当の力なのだ。

〔うわべだけの絶望で、人間を支配できると思っていたのが間違いだ。人間はお前たちが思うような愚かな生き物じゃない。人間はこれからも、進歩し続ける生き物なんだ〕

 ウルトラマンは人間の希望と未来を信じる。そして才人とルイズも己の信念を込めて言い放った。

〔ハルケギニアはな、ブリミルさんやサーシャさんたちが死ぬ思いで旅を続けてやっと立て直した世界なんだ。お前たちなんかが勝手に独り占めしていいほど安くないんだよ〕

〔人間はバカだわ、それは否定しない。けど、お前たちなんかにバカにされたくないような素晴らしい人だってたくさんいるわ。人間の中にそんな人たちがいる限り、ハルケギニアは滅んだりしない〕

 ハルケギニアの人間の愚かさを信じた破滅招来体と、希望を信じた人間たちの対決の、これが答えであった。

 

 だが、破滅招来体は、ゼブブは違った。彼らの誇示する彼らの正義にとって、人間たちの希望の力はあくまでも理解できない、不要なものでしかなかった。

 破滅招来体は過去幾度もガイアの世界でもその意思を表示することがあったが、それらの中で共通していることがある。彼らは地球を美しい星と呼び、人類は不要と主張し続けたが、そんな彼らの要求する世界は人類では決して到達不可能な機械的な完全世界だったのだ。

 彼らは妥協を嫌い、不確定要素を嫌った。彼らが文明を築く上でどのような進化を辿ってきたかはさだかではないが、彼らの欲する磨き上げられたダイヤモンドのような一点の傷も無いパーフェクトワールドは、感情を持つ人類とは決して相容れないものであり、そうでない世界は彼らにとって受け入れられないものだった。

 ゼブブとビゾームは敗北を悟った。しかし、彼らは破滅招来体の使者として、その最後の使命を果たそうとしていた。

「わかりません。わかりたくもありませんが、この戦いは我らの負けです。しかし、我らの主はいつか必ずこの世界を醜い人間たちから解き放ちます。我らはその捨て石となりましょう!」

 ボロボロの体でなお消えぬ殺意をみなぎらせて、ゼブブとビゾームは突撃をかけてきた。地響きをあげ、一直線にエースとダイナに向かって突進してくる。もはや小細工も戦法もなにもない、刺し違えることを覚悟した特攻だ。

〔奴ら、自爆する気か!?〕

 そうだ。奴らは、自らの命と引き換えにエースとダイナだけでも道連れにしようとしている。次に来る侵略部隊を少しでも有利にするため、恐るべき執念だ。

 避けるか? いやもう遅い。迎え撃つか? 自爆する気の相手に危険すぎる。

 引くも、受けるもできない。そしてここでエースかダイナがどちらかひとりでも倒れれば、破滅招来体は再侵略の余地があると見なすだろう。それでなくとも、ウルトラマンが倒されたという事実は他の侵略宇宙人たちも喜ばせ、我も我もと動き出させるに違いない。

 ウルトラマンが負けられない理由がここにある。奴らは命と引き換えにそこに一穴を残そうとしているのだ。

 危ない! だがその瞬間、アンリエッタとウェールズは温存し続けてきた切り札を使うときが来たことを悟った。

「ウェールズ様、あれを。今こそハルケギニアに光を取り戻しましょう」

「ああ、長かった夜を終わりに。我らの世界に再び朝を! 始祖の秘宝よ、お導きください」

 ふたりは守り続けてきた始祖の首飾りを共に空高く投げ上げた。一筋の流星となって秘宝は黒雲へと吸い込まれ、封じられていた『分解』の魔法を解放する。

 

”光、あれ”

 

 祈りが込められた二つの始祖の首飾りの力は、トリスタニアの空を中心に一瞬にしてドビシの黒雲を消し去っていった。

 『分解』の魔法は、ものを形作る小さな粒に、そのつながりを忘れさせることであらゆるものを崩壊させる効力を持つ。地球流に言うと、分子結合を強制解除させるとでもすればいいか。すなわち、あらゆる物質はその強度に関係なく塵に返ってしまうということだ。

 むろんドビシも例外ではなく、焼け石に落ちた水滴のように次々に消滅していく。分子結合を解くことで物体を溶解消滅させるものとしては、地球では一九五四年にほぼ同じ効力を持つ薬品が一度だけ使われたことがあるそうだが、これに耐えられるのは文字通り神の域を超えた生命だけであろう。

 ドビシの黒雲が切り裂かれた空からは、黒に変わって透き通るような青とともに、明るく暖かい太陽の日差しが再び差し込んできた。

 一瞬にしてトリスタニアは夜から昼に変わり、数秒後には魔法学院やタルブ村も忘れかけていた太陽に照らし出され、数分後にはハルケギニア全土が光を取り戻した。

 しかし、この戦いの決着にはほんの数秒でたくさんだった。

 太陽の光がトリスタニアを、人間たちを、そしてウルトラマンと怪獣たちを照らし出す。その白い輝きは暗がりに慣れていた人々と、怪獣の目を激しく焼いた。

「ウオオォォッ、光? 光がぁぁっ!?」

 巨大な複眼を持つゼブブと、闇夜での活動を得意とするビゾームにとっては突然差し込んできた太陽の光は強すぎた。視覚を奪われ、エースとダイナの姿を見失った二体はなすすべなく立ち尽くした。

 今だ! すべての人がそう叫ぶ。太陽が与えてくれた、この黄金の一秒がすべてを決める。

 無防備な様をさらすしかないゼブブとビゾーム。対して、ウルトラマンは太陽の子、光の戦士だ。その金色の瞳はまっすぐに敵怪獣を見据え、その心は己がなすべき使命を悟っていた。

 

 これが破滅招来体との戦いの最後の一撃だ。エースのL字に組んだ腕が、ダイナの渾身のエネルギーを込めた火球が決着の時を告げる。

 

『メタリウム光線!』

『ガルネイトボンバー!』

 

 虹色の光芒がゼブブを貫き、灼熱の業火がビゾームを燃やし尽くす。

 長く続いたハルケギニアの夜。それが終わり、本当の夜明けを迎える時がやってきた。

 

 

 続く

 

 

 

 

 

 

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