ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第25話  甘い薬の恐怖

 第25話

 甘い薬の恐怖

 

 大モグラ怪獣 モングラー 登場!

 

 

 その日、才人は学院の水場で、いつもどおり洗濯に精を出していた。

「平和だなあ」

 手を動かしながら、思わず才人はつぶやいた。

 この日は天気晴朗にして、風は穏やか、日差しは温かく、湿度も良好、暑くも寒くもなく、平和そのものの陽気であった。

 水場の向こうの広場では、シエスタが何百枚になろうかという生徒達のシーツをうきうきしながら干している。

「晴れた日には布団を干すものです」

 と、この間シエスタが言っていたことを思い出しながら、才人は夏の青空の下を風に吹かれてひらひらと舞う洗濯物と、その間をスカートをなびかせて軽やかに駆けるメイド服の少女を眺めた。

 まったく、惚れ惚れするほど素晴らしい光景ではないか。この場にカメラがあったなら、百枚くらい撮って末代までの家宝にできるのに、などと清純な自然の中で不純なことを考えていた。

 これでは、もし撮られた写真の数だけ自分を増やせる二次元超獣ガマスが美少女の姿をしていたら、才人はハルケギニアを滅ぼしていたかもしれない。まあそんなことをした日には、「焼却、ついでにあんたも燃えろ!」と、ルイズにネガごと一片も残さず消し去られてしまうだろうから大丈夫だろうが、もし秋葉原なんかでそれをやられたら地球は……。

 

 物語を戻そう。

 あのフリッグの舞踏会から、早二週間が経った。怪獣や宇宙人の襲来もあれ以来なく、ヤプールも中休みをしているのかハルケギニアは平穏に包まれていた。

 

 しかし、この日の夜。恐るべき事件が幕を上げようとは、まだ誰も知るよしもなかった。

 夜もふけ、生徒達の誰もが自室に戻っていったそんな時間、女子寮のある部屋から、煌々とした明かりが漏れていた。

 この部屋の主は、長い金色の巻き毛と青い瞳の少女。名前はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、ルイズの級友の一人であり、水系統の使い手である。

 ちなみに通り名は『香水』と呼ばれており、その通りに趣味と実益をかねて香水作りを得意としている。

 才人がハルケギニアにやってきた翌日に、ギーシュと決闘をする騒ぎがあったときの、その発端となった香水も彼女がギーシュに送ったものである。その後紆余曲折あったものの、王宮での活躍や先日のフリッグの舞踏会でいっしょに踊ったことなどもあって、ギーシュとはよりを戻し、一応彼氏と彼女という関係に落ち着いている。

 今日も、彼女は放課後の日課である香水製作に打ち込んでいたが、この日は少々おもむきが違っていた。

 いつも通りに香水の原料の薬草や魔法薬のビーカーやフラスコをランプの炎にかけているところは同じだが……いや、年頃の女性の部屋がなかば化学の実験室のようになっている時点でかなり異様だが、問題はそこではない。

 今、彼女が混合している薬品の種類や調合手順は、香水のものとはまったく違っていた。

 端的に言うと、それは禁断のポーション、国の法で作成、所持を禁じられている代物、ましてや使用するなどはもってのほか。しかし、趣味は道徳に勝る。あらかたの香水や魔法のポーションを作り飽きてしまった彼女は、好奇心のままに、禁断のポーションの作成に手を出してしまったのである。もちろん、そんなことは言い訳にはならずに、発覚しようものなら大変な罰金が科せられて、彼女の実家さえも危機に陥ることになるが、若さというのは恐ろしい。要するに、興味本位で危ない遊びに手を出して大火傷を負う中学生や高校生などと同じパターンだ。

 さて、そんなリスクを背負っているとは自覚せずに、彼女は秘薬の製作の最終段階に取り掛かろうとしていた。

「竜硫黄と、マンドラゴラを同時に入れて、透明になるまでかき混ぜてっと……」

 大枚をはたいて手に入れた禁断のポーションのレシピによれば、その作業がすめば、後はある特殊な秘薬を混ぜれば完成とあった。

 モンモランシーは胸をわくわくさせて、薬壷の中の液体をかき混ぜ続けた。なお、この姿を人が見たら、ランプの薄暗い明かりに照らされて、笑いながら薬を混ぜている彼女はすごくコワく見えただろう。

 そして、液体がレシピのとおりに透明になると、彼女はとうとう最後の、一番大事な秘薬を投入しようと、それを入れてある香水の瓶を手に取った。これを手に入れるために払った代価はエキュー金貨にして七百枚、平民が五、六年は暮らせる額で、彼女の貯金のほぼ全額に当たる。それだけ高価で貴重だということだ。

 容量も、小瓶の中にほんのわずかにあるだけで、失敗しても次はない。

「そーっと、そーっとよ……」

 こぼさぬように細心の注意を払いながら、高鳴る心臓の音を抑えながらモンモランシーは小瓶をゆっくりと傾けていった……

 

 と、そのときだった。

 

 彼女の部屋のドアを、まるで太鼓を打ち鳴らすかのような激しいノックが揺さぶった!!

「モンモランシー、ぼくだ、ギーシュだ! 君への永遠の奉仕者だよ。このドアを開けておくれ」

「!?」

 それはこの学院でもっともやかましい男にして、単細胞で、直情型で、その他いろいろあるが、とりあえずバカと言い捨てて間違いではない男、ギーシュの突然の訪問であった。

 だが、そんなことはどうでもよかった。

「あ、ああ……」

 今のショックで、モンモランシーの手元が狂い、一滴ずつ投入しなければならない秘薬がいっぺんに全部入ってしまった。そのため、ポーションは過剰反応を起こし、静かにピンク色に変わるはずが、真っ赤になってポコポコと泡立っている。これはどう見ても失敗だ。

「……ギ、ギーシュぅぅぅ!!」

 精魂込めて莫大な労力と経費を費やしてきた実験を、たった一瞬で台無しにされ、彼女は抑えきれない怒りを、無神経にドアを叩き続けているバカ男にぶっつけることを迷わず決定した。

 開錠の魔法で鍵が外され、扉が古びた木がきしむ音を立てて、ゆっくりと開いた。

「おお、ようやく君の美しい顔を見せてくれたね。実は、あのフリッグの舞踏会のときの君の姿を思い出したら我慢出来なくなってしまってね。二人でいっしょに月夜を眺めながらワインでもと、こうしてやってきた次第さ!」

 まったく空気を読めずに、ギーシュはきざったらしく自らの死刑宣告文を読み上げていった……が、モンモランシーはそんな台詞は一文字も耳に入れずに、ぽつりとギーシュに言った。 

「じゃあギーシュ、わたしのお願いをひとつ聞いてくれる?」

「君の頼みとあれば、この命だって捧げるさ!」

「そう……じゃあ、死んで」

「へっ?」

 一瞬何を言われたのか、理解できずにギーシュは間抜けに立ち尽くしたが、どす黒い声で呪文を詠唱するモンモランシーの姿に、はっと我に返った。

「モ、モンモランシー!?」

「ギーシュ、あなたはこの学院のバイキンなの、バイキンは消去しないといけないよね。だから、死んで」

 ようやくギーシュは自分がとんでもなく危険な状況にあることを理解した。

 モンモランシーに向かって、すさまじい強さの魔力が集まっていく。彼女は、メイジとしてまだまだ低級のはずだが、今の彼女から立ち上るオーラはトライアングルクラスはおろか、スクウェアクラスさえ凌駕しかねないように見えた。まるで大いなる海の力が彼女に宿ったかのようだ。

 空気中の水分が凝縮して、渦を巻く水の玉が形作られていく。

 ギーシュは全身から血の気が引いていくのを感じた。いつものモンモランシーなら水の塊で溺れさせてくる程度(それでも充分人は死ぬが)で済ませてくれるのだが、巨大な圧力をかけられた水は、鋼鉄すらも寸断する。あんなものをぶつけられたら確実に死ねる。

「ま、まってくれ……ぼ、ぼくが悪かった。だ、だから……」

 必死に命乞いをするギーシュだったが、モンモランシーは冷酷に言い放った。

「悪かったって、なにが?」

「だ、だから……そうだ、一年のシンシアといっしょに遠乗りに行ったときのことだろう、あれは違うんだ、彼女から詩を送られて、そのお礼のために……」

 

 愚か者の辿る末路とは、こういうことを言うのであろう。

 

 この瞬間、モンモランシーの堪忍袋を押さえていた、最後の細い糸が切れた。

「地獄に落ちろぉぉっ!!」

 この瞬間、モンモランシーはルイズでさえ発揮したことがないほどの怒りを込めて、超圧縮された水の玉をギーシュに投げつけた。

 それは、命中しても砕けずに、まるで鉄のハンマーのように瞬時にギーシュの体を壁に叩きつけ、そのまま勢いを緩めずに壁ごとギーシュを外にたたき出した後、花火のように爆裂した。

「ぎゃあぁぁぁっ……」

 石造りの壁をぶち破って、ギーシュは階下の地面に向かってまっ逆さまに落ちていった。

 

「はぁ、はぁ……はぁ……」

 怒りを全部吐き出して、壁に大きく開いた穴から吹き込んでくる風に当たりながらしばらくすると、モンモランシーはようやく落ち着いてきた。

 そして熱狂が冷めて、自分のやってきたことを冷静に見つめなおしてみたら、禁断のポーションを作ろうとしていたのだという恐怖と罪悪感がいまさらながら襲ってきた。 

 もし、このままポーションが完成していたら、自分は使いたいという欲求に勝てなかっただろう。そして、誰かに使用すれば、ここは魔法学院だから発覚するのは時間の問題。衛士隊に引き渡され、莫大な罰金か牢獄暮らし、家名は地に落ち、一族郎党路頭に迷うはめに……

 そう思うと、ギリギリのところで踏みとどまれてよかったと、どっと冷や汗が浮かんできた。

「結果的に、ギーシュに助けられたことになるわね。し、仕方ないから、明日会ったら許してやってもいいかな……」

 ぽっと顔を赤くしてつぶやいたモンモランシーだったが、部屋に戻った彼女の目に、件の禁断のポーションの失敗作が、不気味な泡を立てているのが入ってきて、顔をしかめた。

 もう用済みで、さっさと処分したい代物だが、物が物だけに正規の処分法で学院の魔法薬の処理場に持って行くわけにもいかない。

 どうしたものかと考え込んだモンモランシーだったが、薬壷からただよってきた失敗作の甘ったるい臭いが鼻を突くと、とたんに面倒くさくなって、窓を全開にすると中庭に向かって力いっぱい薬壷ごと放り投げてしまった。

「あー、これですっきりした。やっぱり悪いことはするもんじゃないわね。さっ、もう寝よ寝よ」

 気分がさっぱりしたモンモランシーは、部屋の明かりを消すと、そのままベッドに入ってすやすやと寝入ってしまった。

 

 一方そのころ、スクウェアクラスの魔法の直撃を受けて、塔の上から落下させられたギーシュは、奇跡的にもたいした傷もなく、女子寮から退去しようとしていた。

「あいたた……どうも今日は虫の居所が悪かったみたいだな。また出直すか」

 信じがたいことに、平然とした様子で歩いていく。人間技とは思えないが、考えてみれば才人だってルイズからの攻撃であれば、爆発の中心にいようとすぐに蘇ってくることから、男という生き物は、女性からの攻撃に対しては特別な防御力を備えているのかもしれない。

 これ以上ここにいては、さっきの爆音を聞きつけて誰かがやってくるかもしれない。校則で女子寮に男子は立ち入り禁止になっているし、今は夜中、間違いなく疑われる。ギーシュは足早に女子寮から離れようとした。

 と、そのときである。彼の前面の地面が盛り上がって、そこから体長二メイルくらいの大きなモグラが顔を出してきた。

「おお! ヴェルダンデ、ぼくのヴェルダンデじゃないか、おお、いつ見ても君は美しい。そうか、この不幸な主人を慰めようとしているのだね。ああ、君はなんて優しいんだ」

 それは、ギーシュの使い魔のジャイアントモールのヴェルダンデであった。特徴としては大きさの他には、大きく突き出た鼻がチャーミング(と、ギーシュは言っている)。もちろん、ハルケギニアの特有の種であり地球には存在しない。

 とまあ、ギーシュの言葉からもわかるように、主人に溺愛されている彼(オスである)だったが、今回顔を出してきたのは、決して不憫な主人を慰めるためではなかった。

 ヴェルダンデは、自分の台詞に酔っている主人をスルーすると、彼のかたわらに落ちていたなんともはや甘くていい匂いのする液体がこぼれている小さな壷に飛びついて、それをぺろぺろと舐め始めた。 

「あっ、ウェルダンデ、落ちてる物を口にしてはいけません! 行儀が悪いでしょう。食べ物ならきちんとミミズをあげるからやめなさい!」

 まるでママさんである。しかしヴェルダンデは、その液体の味がよほど気に入ったのか、その後も押さえつけようとするギーシュを無視して舐め続け、両者の珍妙な相撲は夜が更けるまで続けられた。

 

 

 が、そんな平和な光景もここまでだということを、まだ知っている者は誰もいなかった。

 

 

 翌日、山裾から日が昇り、魔法学院にまた朝がやってきた。

 小鳥のさえずりが朝を告げ、厨房からは早くも煙と湯気が立ち上る。

 女子寮では、まだルイズと才人がぐーすかと眠っていることだろう。

 そんななか、珍しく早く目を覚ましたギーシュは、特にすることもないからと、ヴェルダンデの顔でも見ようかと、中庭へと下りていった。通常使い魔は専用の厩舎のようなところに住まわされるか、主人の部屋と同居するかだが、ヴェルダンデはモグラ、地面の下ならどこでも自分の家である。

「ヴェルダンデー、ぼくのヴェルダンデー、顔を見せておくれ」

 中庭の真ん中に立って、いつもどおり愛しい使い魔の名前を呼んだ彼の前に、ヴェルダンデはすぐにいつもと変わらない姿で現れた。

 一応、姿だけは……

「ヴ、ヴェルダンデぇぇぇ!!」

 ギーシュの絶叫が、誰もいない中庭に響き渡った。

 

 この日、ギーシュは授業を欠席した。

「ミスタ・グラモン……いないのですか、では、ミスタ・エリュオン……」

 教師は特に気にせずに授業を開始した。元々生徒のサボりは珍しいことではない上に、ギーシュが特に熱心な生徒でもなかったために、他の生徒達もすぐにそれを忘れてしまった。

 

 だが、放課後になると、どこからともなく現れたギーシュは、WEKCの少年達が溜まり場にしている納屋で雑談をしていた才人、ギムリ、レイナールを学院から離れた森の中にひきずるように連れて行った。

「どうしたんだよギーシュ? 今日は授業にも出てこないで、こんなところで何の用だい?」

 連れて来られた森の奥で、なにやら切羽詰った様子のギーシュにレイナールが尋ねた。

「君達を……親友だと、絶対信用できる人間だと見込んで話があるんだ」

「なんだ、かしこまって……」

「またモンモランシーに浮気がばれたとか?」

 レイナールもギムリも、どうせギーシュのことだから女がらみだとは思ったが、ギーシュの目は真剣だった。

「サイト」

「ん?」

「特に、君に話しておきたいんだ。君は、怪獣のことには詳しいんだよね?」

「まあ、それなりにはな」

 どういうことだ? と才人は首をひねった。

 どうもギーシュの様子がおかしい。いつもの彼なら、どんな大変な事態(他人から見たらくだらないことが多いが)に陥ろうが、生来のナルシストぶりを発揮して、窮地に陥った自分を美化して陶酔にひたるのだが、今回はそんな余裕もないように見えた。きょろきょろと周りを見回し、人影がないか常に気にしている。

「三人とも、これから見せることは絶対秘密にしてくれると約束してくれるか?」

「……どうやら、ただごとじゃないみたいだな」

 三人はふざけるのをやめて、顔を見合わせてうなづきあうと、「約束する」とギーシュに言った。

 そして、三人の顔が真剣なのを見たギーシュはもう一度周囲を確認すると。

「……大丈夫だよ、出てきておくれ」

 そう、森の一角に向けてささやいた。

 すると、彼らの立っている地面が、いきなり地震のように揺れ動きだした。

「うわっ!?」

 いきなりのことに、立っていられず彼らはひざを突いた。

 やがて、目の前の地面がもこもこと小山のように盛り上がり始めると、彼らの目はそれに釘付けになり……

 

「な、なんだあれは!?」

 

 小山の頂上が突然崩れたかと思うと、そこからとてつもなく巨大なモグラの頭が顔を出してきたではないか!

「か、怪獣だぁ!!」

「お、大モグラ怪獣モングラー!?」

 突如現れたモングラーの姿に、とっさに才人は懐のガッツブラスターを、ギムリとレイナールは杖を取り出して目の前の大モグラに向けたが、その前にギーシュが両手を広げて立ちふさがった。

「待ってくれ! 撃たないでくれ! あれは怪獣なんかじゃない、ぼくのヴェルダンデなんだ!」

「ヴェルダンデ!? お前の使い魔か? だが大きさが全然違うじゃないか!」

 言われてみれば、特徴的な鼻は確かにヴェルダンデのものだ。しかしジャイアントモールは二~三メイルがせいぜいだ、目の前のこいつは頭だけでも十メイル相当はある。

「ぼくにだってわからないさ。なんでか朝になったら、こんなに大きくなってたんだ。昨日の夜まではなんでもなかったのに……こんな姿が人に知られたら……」

 普段能天気なギーシュとは思えないほどにがっくりとうなだれて、今にも泣き出しそうな表情に、さしもの才人達も同情を禁じえなかった。

 だが、事態が深刻なのは理解できた。

 これが二ヶ月前なら、お調子者のギーシュのことだから、極めてレアリティの高い使い魔だとして大いに自慢したかもしれない。けれど怪獣災害の多発するようになった今、怪獣を飼っているなど容認されるはずもない。

 よくて没収されて魔法アカデミーの実験材料か、辺境への放逐、悪くすれば速攻で処分されてしまう。もちろん、ギーシュの学生としての身分も、家名の立場も危うくなる。

 先生方に相談することもできずに、ギーシュは半日の間にすっかりやつれてしまったように見えた。だが気の毒ではあっても才人たちにも早々に名案などあろうはずもなく、とりあえず詳しく話を聞いてみることにした。

 

「とにかく、訳も無く巨大化するはずもない。昨日までは変わりなかったっていうけど、本当に何か変わったことはなかったのか?」

「特になかったと思う……ヴェルダンデは、いつもはずっと土の中にいるから、ぼくも行動を完全に把握できてはいないし」

 確かに、ほかの使い魔たちならともかく、呼ばない限りめったに地上には出てこないモグラの行動を把握することは不可能に近い。

「もしかして、ヤプールの仕業か?」

「ヤプールだったら大暴れするように改造するさ。ただでかくなっただけで、おとなしいものじゃないか」

 ギムリの説を才人は一蹴した。ガランやブラックピジョンのようにヤプールが人間のペットなどを奪って超獣化させた例では、どれも凶悪な超獣と化している。

 こういうときは、仲間内の中で一番の知性派で良識派のレイナールの意見がほしいところだ。

「ギーシュ、昨日の夜から朝までの間に、何か違和感を感じなかったか? 使い魔と主人は感覚を共有できるから、どちらかに大きな変化があったら、相手にも多少なりとて影響があるはずだ」

 さすが、いいことを言うと才人とギムリは感心した。使い魔との契約を考えた見事な意見だ。だてに眼鏡はかけていない。

「そういえば、昨日最後にヴェルダンデと別れて、眠る前にずいぶん体がだるかった気がする。あれは、モンモランシーの愛の痛みだったと思っていたけど、もしかしたら」

「そのときだな、巨大化したのは」

 レイナールのおかげで、問題は一歩前進した。ヴェルダンデが巨大化した原因は、その直前に何かがあったと考えるべきだろう。

 才人は今のこともふまえて、もう一度ギーシュに質問をぶつけてみた。

「ギーシュ、その別れる前に何があったのかをよく思い出してみてくれ。多分そこで何かがあったんだろう。例えば、何か妙なものを食べてたとか」

 彼の脳裏には、かつて地球でモングラーとなったただのモグラが巨大化した理由が浮かんでいた。 

「ええと……ええと……そうだ! あのときヴェルダンデは、地面に落ちてた薬壷からこぼれてた液体を舐めてたんだ!」

「それだな。その場所に案内してくれ」

 四人は、ヴェルダンデを地中に帰すと、ギーシュの案内で昨晩の場所へと駆けつけた。

 

 

「ここだ、ここだよ」

「ここって……女子寮のまん前じゃないか、こりないねえお前というやつは」

「そんなことはこの際いいから、その薬壷ってのは、これじゃないのか」

 レイナールが、杖の先にひっかけて、泥に汚れた薬壷を拾い上げてきた。

 すでに中身は空になっていたが、才人は中から漂ってくる甘い匂いをかいで、自分の考えていた仮説が正しかったことを確信した。

「やっぱり、ハニーゼリオンだな」

 ハニーゼリオン、それはかつて地球で開発された特殊栄養剤の一種であり、生物を急成長させる効果がある。ただし、過剰に摂取すると、成長の度を過ぎた効力を発揮して、モグラのような小動物でも怪獣サイズまで巨大化させてしまうのだ。そのため、ハニーゼリオンは現在では作成と使用を禁止されている。

 問題は、なんでそんなろくでもないものがこんなところに転がっていたのかだが、それは薬壷を見たギムリがすぐに答えを出した。

「これは、モンモランシーの使ってる薬壷じゃないか?」

「そういえば……じゃあ、この薬を作ったのはモンモランシー?」

「そんな! 彼女がそんな恐ろしいことをするもんか!」

「するかどうかはモンモンに直接聞いてみればいいだろ。とにかく、手がかりは掴んだんだ」

 ああだこうだと言いながらも、四人は揃ってモンモランシーの部屋に押しかけた。

 

 ドアを激しくノックして、怒ったモンモランシーが顔を出したと思った瞬間、四人は部屋の中になだれ込み、件の薬壷を彼女の前に突き出した。

「モンモン、この薬壷、お前のだよな」

 それを見た瞬間、モンモランシーの顔色が変わった。突然の無礼な来訪者に怒って赤かった顔が、見る見るうちに青ざめていく。才人達はそれで確信を持った。

「そ、そうだけど、それが何か」

「中に入ってた薬はなんだ?」

「う……た、ただの、失敗作の香水よ」

 モンモランシーはうつむいて、たどたどしく冷や汗を流しながら答えた。やはり怪しい。

「目を見て言え、単なる薬じゃないだろ。相当やばいもんだろうが、今なら正直に話せば、先生方には黙っていてやってもいいぞ」 

「う、ほ、本当に?」

 その一言で、もうやばいものを作ってましたと告白したようなものだが、四人はとりあえず揃って頭を縦に振ってみせた。

「う……じゃ、じゃあ言うけど、絶対に他の人には言わないでよね、実は……」

 遂に折れたモンモランシーは、訥々と自白を始めた。そして、その薬の正体は、四人を例外なく驚愕させた。

 

「ほ、惚れ薬ぃ!?」

 

 そう、モンモランシーが作ろうとしていたのは、ご禁制の人の心を操る薬、惚れ薬だったのだ。

 彼女は、好奇心のほかにも、浮気性のギーシュの意識を自分に固定するために、これに手を出していたのだ。まったく女心というものは恐ろしい。

「なによ、そんなに驚かなくたって失敗しちゃったんだから別にいいじゃない!! 大体ギーシュ、あなたがあっちこっちの女の子にやたら声をかけまくるのが悪いんだからね!!」

 全然よくない。ケシの花を栽培しようとして枯らしてしまったから無罪だなどということがありえないように、彼女のやったことは重罪だ。しかし逆ギレしてしまったモンモランシーは、溜め込んできた思いもあってギーシュに盛大に八つ当たりをしていた。

 そして、あんまりにも馬鹿らしい真実に、才人は呆れ返ってその様子を眺めていた。

「なるほど、惚れ薬を作ろうとして失敗したら、何がどうなっているのかハニーゼリオンができてしまったというわけか……」

 ある意味、彼女は天才かもしれないなと才人は思ったが、別に探偵をやっているわけではないから、犯人を見つけても事件は解決しない。

「それでモンモン、この薬の解毒薬はないのか?」

「え!? ないわよそんなもの、作ろうと思えば作れるけど、材料はこのバカのおかげで全部消費しちゃったから作りようがないの」

 それを聞いた才人は、頭を抱えた。

「そうか、惚れ薬の失敗作で変化したなら、その解毒薬でなんとかなるかと思ったんだが」

「え? もしかして、あれを誰かが飲んじゃったの?」

 モンモランシーの顔が引きつった。

「ギーシュ、この際彼女にも聞いてもらったほうがいいだろう。実は……」

 事情を知らされたモンモランシーが天地がひっくり返ったほど驚いたのは言うまでもない。

 

「だからモンモランシー、ぼくのヴェルダンデの、ひいてはぼくがこの学院にいられるかどうかの瀬戸際なんだ。どうか解毒薬を作ってくれ、お願いだよ」

 ギーシュの普段のからは想像できないような切実な願いに、しかし、モンモランシーは苦しい表情をして、言いにくそうに答えた。

「残念だけど、ほとんどの材料は揃えられるけど、一番肝心な『水の精霊の涙』が、どこももう売り切れで手に入らないのよ。ただでさえとてつもなく高価なものだし、予約を頼んでもいつになることか」

「水の精霊の涙だって!? それは、確かに難題だな。魔法の秘薬のなかでも五本の指に入るほどレアな代物、おまけに桁外れに高価ときている」

 材料がなくてはどうしようもない。四人の顔は絶望に包まれ、ギーシュはもう死霊のようになっている。

「ごめんよヴェルダンデ、でも君を死なせはしない、どこまででもいっしょにいこう……みんな、短い間だったけど、楽しかったよ」

 生気を失ったギーシュの独白が、その唇から零れ落ちた。

 だが、そのときモンモランシーが、思い切ったように、驚くべきことを口にした。

「一つだけ、方法があるわ」

「えっ!?」

「ラグドリアン湖にいる、水の精霊に直接かけあって、涙を分けてもらうの。わたしの家系は、代々水の精霊との交渉役をやってきたから、わたしにもその心得があるの」

 それを聞いて、四人の顔に喜色が宿った。

「なんだ、そんな方法があるなら最初から言えばいいのに」

「馬鹿言わないで、そんな簡単に手に入るならわたしだって買ったりしないでとりに行ってるわ。水の精霊はとても気難しいから、ちょっとでも機嫌を損ねたら、もう二度とチャンスはないわ。それに、水の精霊は気難しいだけじゃなくて、恐るべき先住魔法の使い手。うっかり機嫌を損ねて水の底に沈められた先祖が何人いたことか……命がかかってると思いなさい」

 四人は、背筋が寒くなるものを感じた。

 特に才人以外の三人は、先住魔法という言葉に敏感に反応した。人間の系統魔法とは違う、圧倒的な威力を誇る先住の魔法は、ハルケギニアの人間にとって恐怖の代名詞でもある。

「わ、わかった。じゃあ、善は急げだ、さっそく行こう」

「ちょっ、今から!?」

「地中にいるとはいえ、たまに呼吸のために顔を出すからいつ見つかるかもしれないんだ。それにどうせ明日は虚無の曜日で休みだろ」

「わかったわよ。わたしの責任だし、けじめはつけるわ……やれやれ、野宿はお肌によくないのに」

 モンモランシーは、ぶつくさ言うと、それでも旅支度を始めた。ここからラグドリアン湖まではゆうに半日はかかる。

 男達は部屋から出ると、それぞれの準備のために一旦自室へ戻っていき、才人はルイズにそのむねを報告した。

「と、いうわけなんだが、行っていいかなルイズ」

「はぁ、あんたはどこまで厄介ごとを持ってくるのよ。ほんとにお人よしなんだから……あんなのほっとけばいい……とも今回は言えないか。仕方ないわ、すぐに準備するから手伝いなさい」

「えっ、お前も来るのか?」

 意外なルイズの言葉に、才人は思わず声を大きくした。

「勘違いしないで、万一なにかあったら、あんた一人じゃ変身できないでしょ。第一、何かあったらお互いに相手を連れて行くのがあんたとした約束よ。この際だから、旅の間にそのたるんだ根性を叩きなおして、誰が主人で誰が下僕かわからせてやるわ」

 口元を歪めて、愛用の乗馬鞭のほかに予備の鞭を三本もバッグに詰めたのは、馬に乗るときのためではないだろうと、才人は明るくない未来に祈りをささげた。

 

 

 続く

 

 

 

 

 

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