ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第49話  あなたの声が聞こえたから

 第49話

 あなたの声が聞こえたから

 

 高次元捕食王 アークボガール

 深海竜 ディプラス

 魚人

 破滅魔虫 ドビシ

 根源破滅天使 ゾグ(幻影) 登場!

 

 

 沈み行く東方号。いや、破壊されゆく東方号。

 目的地を前にして、奈落の底が口を開く。見つかった唯一の打開策は策といえるようなものではなく、わずかばかりの延命処置に過ぎなかった。

 船のエネルギーを放出して怪獣を引き剥がす。しかしそれをすれば、東方号は浮上する力を失う。

 待ち受けているのは確実な死。その事実に、皆は言葉を失い、ドゥドゥーは血相を変えてティアに詰め寄った。

「冗談じゃない! ぼくはこんなところで死ぬなんて真っ平だぞ。そんなこと絶対認めないからな!」

「なら、このまま押しつぶされて全滅する? もう浮上しても間に合わないわ。もう、あと一分もない。決断しなさい、ここで死ぬか、目的だけでも果たして死ぬか」

 ティアの言葉は有無を言わさず選択を強いていた。東方号が巻きついているディプラスに押しつぶされて破壊されるまで、もう何十秒もない。

 選択肢だけなら、せめて水の精霊の都にまでたどり着いて目的を果たすことしかない。だが、ドゥドゥーは死にたくはなかった。いや、死にたい者など誰一人いない。それでも、ほかにどうする手段もなかった。

「おいまずいぞ、壁が破られる!」

 ファーティマが叫んだ。鋼鉄の耐圧区画が激しい音を立てて歪み、なにかが割れるような音が聞こえてくる。もはや、やるやらないの問題ではない。やらなければぺしゃんこだ。

 だが、ドゥドゥーはしぶり、ジャネットも納得していない風の表情をしている。彼らの兄のジャックであれば目的のためには死をもいとわなかったかもしれないが、二人にとってはなによりも生き延びることが大事であり、ましてや溺死など冗談ではなかった。

 このまま怪獣を追い払えたとしても、ドゥドゥーがやけを起こして『念力』の魔法を解除しても同じく終わる。ならどうしようもないのか? 船体のきしみが極限になり、砕けようかというそのとき、キュルケがドゥドゥーに怒鳴るように言った。

「いいえまだよ! 浮上できなかったとしても、助かる道がひとつだけ残ってるわ」

「なんだって? 浮き上がらずに、どうやって助かるっていうんだ。バカ言わないでくれよ!」

「そうじゃないわ。わたしたちが向かっている、異世界への扉。それを潜るのよ! このラグドリアンの底では助からなくても、ほかの世界に飛べば助かるかもしれないわ!」

 その提案に、ドゥドゥーだけでなくコルベールやファーティマたちも愕然とした。

 確かに、助かる可能性としたらそれしかない。だが、水の精霊さえも帰れなくなっているというようなそれを、果たして潜れるものなのか? そして潜れて助かったとしても、帰れるのか?

「ば、バカ言うなよ! 異世界だなんて、ぼくはそんなとこ行くのは嫌だからな!」

「じゃあこのまま押しつぶされるのがお望み? 確かに異世界のことなんてわたしにもわからないけど、生き延びてさえいればなんとかできる可能性はあるわ。それとも、偉そうなこと言って、あなた異世界の人に会うのが怖いんじゃないの?」

「なっ、なにを! ぼくはこの世界で最強のメイジになるんだ。怖いものなどあるものか!」

「なら決まりね」

 さすがは男の扱いに長けているキュルケだけあって、頭に血が上っているドゥドゥーをうまい具合に誘導してしまった。だいたいこういうタイプはギーシュといい、けっこう簡単に誘いに乗る。

 ただ正直、キュルケに計算があったわけではない。だが、今は当面の危機を乗り切らねば全て終わる。未来につないでこそ、今は意味がある。タバサなら、きっとそうするとキュルケは思った。

「聞いたとおりよ! やって」

「わかったわ! 怪獣め、やけになったパラダイ星人がなにをするか見なさい!」

 ティアは叩きつけるようにコントロールパネルに手を重ねた。次の瞬間、安全装置を解除された東方号のエンジンは発電機の出力を暴走させ、蓄えられた電気エネルギーを船体から一気に放出した。

 瞬間、東方号の船体から電撃がほとばしり、ディプラスの悲鳴が湖の中にこだました。

「やった! 効いてるわ」

 電撃は東方号に密着していたディプラスに確実にダメージを与えていた。戦艦一隻の発電量はゆうに一都市分に匹敵し、宇宙人のエンジンに換装されている今の東方号の出力はその数倍に相当するものだから、いくら怪獣といえども無視できるようなものではなかった。

 だが、それでもディプラスは離れなかった。電撃を受けて激しく頭を振り回してもだえながらも、なおも長い胴体を東方号にからませたまま締め付けてくる。

「くそ、なんて奴だ」

 コルベールが吐き捨てた。電撃は数ある攻撃手段の中でも最強クラスのうちに入り、よほど特殊な性質を持ったものでもなければ致命的な威力を発揮する。しかも水中は空気中よりも電撃の威力はアップするのに、怪獣はなおも健在だった。

 ファーティマが、もっとパワーは上げられないのかと叫ぶが、ティラのもういっぱいよという悲痛な声しか返ってこない。ジャネットはそんなティラの必死な様子に「ああ、そんな顔もいいわね」とうっとりしているが、ドゥドゥーはとてもそんな余裕はない。

「おい、まずいぞ効かないじゃないか。お、おい! 水が、水が入ってきたぞ!」

 ついに耐圧区画の密封が破られて、天井や壁から噴水のように水が噴出してきた。電撃はより伝導性の高いものに向かう性質があるので鋼鉄の壁の中にいる彼らが感電することはないが、このままではどうなるかは水でも火を見るより明らかだ。

「いかん、ミス・ファーティマ、水中呼吸の用意を頼む。それと念力の力をもっと強くしてくれ。私もやる」

 コルベールが指示し、彼も壁を支える役に加わったことで浸水の勢いが少し弱まった。

 しかし、怪獣はなおもしつこく東方号を締め付けてくる。これでは焼け石に水でしかない。

「おいなんとかしろ! 電撃がダメなら、ヘビは寒さに弱いから凍らせるといいとか聞いたぞ」

「もうちょっとマシなアドバイスはないの、世界最強のメイジさん? ちぇっ、仕方ないな……」

 ティラとティアは呆れながらも、なにかを思いついたようにコントロールパネルに指を躍らせた。

「これでダメならみんな揃って奈落の底にこんにちは、ね」

 ふたりがスイッチを入れると、一瞬外の風景が揺らいだように見えて、次いで皆の頭をめまいのような気持ちの悪い感触が襲った。

「な、なに?」

 キュルケが頭を抑えながら言った。

 なんだ? 今の妙な感触は。まるで、高山で気圧が急に変わって起きるような、一瞬意識が飛びかける嫌な感触だった。

 だが、変化はその一瞬ですでに訪れていた。それまで執拗に東方号を締め付けていた怪獣の力が抜けて、奴は呆けたように頭を上げるとそのまま口から泡を吹いて離れていったのだ。

「やった! 怪獣が離れていくわ。い、いったいどうやったの?」

「超音波よ。水中通話やソナーに使う音波発生器の出力を最大にして奴の頭に叩き込んでやったの。さすがミミー星人も水生宇宙人だけあって、いいソナー使ってるわ」

 ティラの説明はキュルケたちにはわかりづらかったが、とりあえずとてつもなく不快な音で怪獣を追い払ったのだということは理解できた。さっき感じためまいはその余波だったというわけだ。

 超音波は耳には聞こえなくても生物に影響を及ぼすことは知られており、たとえば風力発電の風車のそばに住む人たちが風車の起こす超音波で体調を崩してしまったというニュースはたびたびテレビなどでもあるし、指向性を増してパワーアップすればレーザー光線のように鉄でも切断できるという。また、超音波そのものを弱点としていた宇宙生物や、超音波を武器とする怪獣なども確認されており、生物と音波は切っても切れない関係にあるのだ。

 電撃で弱っていたところに、脳に向けてそれだけ強い超音波を叩き込まれたのではたまったものではなかったのだろう。さしずめ人間で言うならヘッドホンの音量をいきなり最大にされたようなものか、そりゃあ脳がパニックを起こしてなにもできなくなって当然だ。

 東方号はギリギリのところでディプラスから解放され、バラバラになるのを免れることができた。だが安心するのは早い。船体がボロボロに痛めつけられたのは間違いないし、浸水は弱まったものの止まる気配は見せていない。

「まずいわね。船体のダメージが思ったよりひどいわ。それに、エンジンのエネルギーももうないわ……あと一回、奴に襲われたら今度こそ打つ手はないわよ」

 大破した東方号はもう潜行しているのではない、沈没しているのだ。船体のきしみは深度が増すごとに激しくなり、いったん弱まった浸水もまた強くなってくる。

 メイジ総出で念力の魔法で壁を補強しても間に合わない。もはや、ひびの入った卵の中にいるも同然の状況だ。

 水が膝下を越えた。ドゥドゥーがうろたえて悲鳴をあげるのを、ファーティマがやかましいと怒鳴り、ジャネットがだらしないわよとたしなめる。

 しかし、恐怖にギリギリで耐えているのは誰もが同じであった。裂け目からは止まらずに水が噴き出し続け、氷のように冷たい水は足から感覚を奪っていく。

 敵と戦って散る覚悟なら、キュルケにもドゥドゥーにもジャネットにもファーティマにもあるが、目の前に迫った溺死という死の形は、それとは別の恐怖を与えてくる。逃げ場のない閉鎖空間で、水を無理やり飲まされて息ができなくされて死ぬのは誰だって嫌だ。

 ファーティマが水中呼吸の魔法を使えるとはいっても万能ではない。だがそれでも、やるべきことをやらねば死んでも死に切れないという思いが彼らをなんとか支えていた。あと一歩、せめてあと少しだけでいいから持ってくれれば。

 浸水が腰までやってきた。空気はもうあといくらも持たないだろう。予想よりも浸水の勢いが強い。コルベールは予定より早いが仕方ないと決断した。

「やむを得ない、ミス・ファーティマ、早めだが水中呼吸の魔法を頼む。ここからは潜りながらの作業も必要になるからな」

 無理をして残り少ない空気を無駄にはできない。ここからは、ファーティマの水中呼吸の魔法で少しでも長く息をつないでいこう……そのはずだったのだが。

「さあ、これを飲め。そうすれば水中でも息ができる」

「ほ、ほんとかい? うえっ!? げほげほっ、なんだいおい、まるで効かないじゃないか!」

「なんだと! そんなバカな!」

 ドゥドゥーが魔法をかけた水をそのまま吐き出したのを見てファーティマは愕然とした。なぜだ、魔法はちゃんとかかっているはず、なぜ水中で息ができないのだ。

 ファーティマは自分でも試してみて失敗し、さらに困惑した。なにがどうして、魔法が効かないのだ? その謎に答えたのは、外の状況を分析し続けていたティアだった。

「無理もないわよ。その魔法、水から酸素を取り出して呼吸するものなんでしょう? けど、この周りの水、信じられないけど酸素含有量が完全にゼロなのよ。いくら魔法でも存在しないものを取り出すことはできないわ」

 ティラの説明はファーティマたちにはわかりづらかったが、つまりこの辺りの水では水中呼吸の魔法が効かないということだけはわかった。

 なんということだと、コルベールは肩を落とした。エルフの魔法でも命をつなぐことの出来ないとは、ラグドリアン湖の環境は完全に自分の想像を超えていた。

「まさに、死の世界だ」

 コルベールがつぶやく。だが、その言葉を否定するものがいた。

「死の世界? それは違う」

「っ! 水の精霊?」

「ここは太古の時代に海から切り離され、そのまま保存されていた原始の海だ。はるかな過去、生命はここで育まれ、やがて世界中に散らばってお前たちの知る生物たちの祖先となっていった。よく、見てみるがいい」

 言われて、水中を見渡してみた彼らは確かに水中を泳ぎまわっている小さな生き物がたくさんいることに気づいた。大きさは本当に微小で、大きなものでも数センチ程度だが、赤い殻を持ったクモとエビの合いの子のような生き物が元気に泳ぎまわっている。

「こんな場所にも、まだ生き物がいるなんて」

「逆だ。太古の時代、まだ天地が形作られていない頃に、生命が存在できるのは水の中しかなかったのだ。地上に上がれるようになるまで、生命は長い時間を水の中だけで過ごし続けた。実に、月が三百億回交差するほど昔の話だ」

「さ、三百億回!? ということは……ざっと、に、二十五億年前ですと!」

 あまりの桁の大きさにコルベールも仰天した。折る指を用意したはいいが、折る前で手が震えて止まってしまっている。

 利発なキュルケやジャネットも、年代のスケールが大きすぎてまったく想像力がついていけずに呆然としている。ファーティマはなんとか精霊の話を理解しようとしているが無理のようで、ドゥドゥーに関しては言うまでもない。

 理解できているのはティラとティアのふたりだけで、そのふたりもまさかこんな光景が見られるとは思わずに感動した様子を見せていた。

「二十五億年前、地球で言うなら先カンブリア時代の海ね。信じられない、ひとつの湖でこれだけ多様な時間軸の生物が同居してるなんて、宇宙中の学者が狂喜乱舞するわよ」

 まさにタイムカプセルだ。地上ではとっくに絶滅したはずの生物が目の前にいる。驚く人間たちに向かって、水の精霊は静かに告げた。

「ここは、地上に残された最後の楽園と言ってもいい。心するがいい、お前たちが驕りたかぶり、この海をも汚そうとするときが来れば、取り返しのつかない破滅がお前たち自身を襲うことになるだろう」

 この世には、人が触れてはいけない場所がある。好奇心や探究心が破滅を招いた例は数知れず、もしも人類がこの場所まで来ることができるようになってなおタブーを笑うようならば、人類に未来はないだろう。

 もっともそれも、未来をつなげたらの話である。水中呼吸の魔法も使えない今、生還の可能性は限りなくゼロに近い。キュルケは心の中で、懸命に生き抜くことを教えてくれたダンに詫びた。

”ごめんなさい。わたしたち、やれるだけのことはやったけど、やっぱり生きて帰るのは無理みたい。でも、せめてこれだけは……タバサ、あなたの帰る道だけは開いてあげる”

 キュルケは祈るような思いで、大切に仕舞いこんである発信機を握り締めた。

 深度、一万八千メイルを超えた。すでに外は人間を一瞬でゴミに変えてしまう地獄……そこへ落ちていく東方号に残された時間はもはやない。

 だが、棺桶と化して沈み行く東方号を見つめる水の精霊の眼差しは、どこか優しかった。

「よくぞここまで来たな、単なる者たちよ。さあ、やってくるがいい……お前たちの望むものはここにある」

 水の精霊はその力を持って、なにかを伝えるような思念を水底に送った。その先では、まるで迎えるように、水底で青く優しい光が静かに瞬き始めていた。

 

 

 だが時間という残酷な魔物は、休まずに刻一刻と破滅の瞬間へと歩を進めつつある。

 激戦続くトリスタニア。なにかを生み出し、育むためには膨大な年月を必要とするが、失うときは一瞬だという。

 その言葉のとおり、数千年の歴史と伝統を誇ってきたトリスタニアの都は今、天罰によってこの世から消滅しようとしていた。

「罪深きトリステインの女王と、それに従う異端者たちよ。もう憐憫の時は過ぎました。神の意向は、あなたたちの廃滅を告げているのです。信仰の意思の一端でも残っているのであれば、これ以上無意味な抵抗をせずに天使の裁きを受けるのです」

 ヴィットーリオの言葉に合わせるかのように、トリスタニアの街を見下ろす巨大天使は手から波動球を放ってトリスタニアの市街を破壊していく。

 それは人の目からすればまさに天罰の光景。絶対の正義を誇る神の手による断罪は、いかなる者も逃れることはできない。

 だが、抗うことはできる。神々しい神の使いに対して、悪魔の使いのごとく巨鳥を駆って飛ぶ女騎士がひとり。

「ひるむな! 兵たちよ、あんな偽物の天使に怯えるな。真の信仰は、お前たち自身の良心の中にある。神とは決して、人の都合のいいように動いてくれるようなものではない。人間がその人生をかけて、そのお膝元へと歩み寄っていくべき目標なのだ。お前たちの守るべき誇りを信じて立て! 忘れるな、お前たちの前に烈風あり、お前たちの後ろに陛下あり、一歩も引かずに戦い抜け!」

 自らの使い魔である巨鳥ラルゲユウスの背に立ち、兵士たちを鼓舞しながらカリーヌは巨大天使に向かって立ち向かっていった。

 特大の『エア・ハンマー』が波動球を相殺し、『エア・カッター』が天使の胴体を切り裂く。それと同時にラルゲユウスの起こす突風はロマリア軍を吹き飛ばして足を止め、一時は完全に崩壊しかけていたトリステイン軍が立て直す間を稼ぐことができた。

 トリステインの兵たちは、あの天使と互角に戦えるとは、やはり烈風はすごいと尊敬の念を新たにする。だが、彼らとは裏腹にカリーヌは戦っている天使に違和感を覚えていた。

「なんだこいつは。攻撃して手ごたえは確かにあるのに、まるで効いた気がしない。実体はあるはずなのに……本当に生き物なのか?」

 天使などこの世に存在しない。こんなものはまやかしだと決めてかかっているカリーヌはすでに何発もの魔法を直撃させてはいたが、命中してダメージを与えたように見えても実際にはまったく相手は弱ってはいないことを悟っていた。

 このままでは、いくら自分の魔法が強力でもこいつは倒せない。なんとかこいつの不死身の秘密を探り出さない限り、じり貧に陥って負ける。そうなればトリステイン軍は総崩れだ。

 カリーヌのほおを焦りの汗が流れ落ちていく。だが、戦うことに忙殺されているカリーヌにはほかにどうすることもできなかった。

 

 市街地はなんとかトリステイン軍が防戦しているが、銃士隊すら旗色はよくない。

「隊長、もうじき火薬も弾も底をつきます。ロマリアの奴ら、いくら倒してもきりがない。アルビオンの連中、援護射撃もしないでなにやってるんだ!」

 隊員のひとりがアニエスに悲鳴のように叫んだ。ロマリア軍の攻撃は、天使の勢いにまかせて猛烈そのもので、いくら倒してもひるまずに次がやってくる。

 本来ならば、上空のアルビオン艦隊がトリステイン軍を援護する手はずなのだが、なぜか肝心のアルビオン艦隊は沈黙していた。

 しかしアルビオン軍は遊んでいるわけではない。トリステインの窮地と、カリーヌの激を受けて艦隊を直々に指揮しているウェールズ王はすぐさまボーウッド提督に天使への攻撃を命じた。その直後、大砲を詰めていた兵士たちの前に前触れもなく異形の怪物が現れたのだ。

「うわぁぁっ! ば、化け物っ!?」

 そいつはまるで幽霊のように船内の各所に突然現れた。

 姿は服を着た半魚人のようで、ゆらゆらとおぼろげに揺れながら何体もが船員たちに迫ってくる。

「ちきしょうめ、なめんじゃねえぞ! こんにゃろうがぁっ!」

 勇敢な船員たちは手に角材や鉄棒を持って不気味な半魚人に殴りかかっていった。だが、怪物たちは殴りかかられても、その体を武器が素通りするだけで触れることはできなかった。貴族の士官の魔法でも結果は同じで、それを見て彼らはこの半魚人たちには実体がないことを悟った。

「こいつら……ただの幻だ! 貴様ら、怯える必要はないぞ。こいつらは驚かすだけでなにもできやしない。任務に戻れ、大砲を撃つんだ!」

 士官が、幻なんかは無視して任務を遂行しろと命令すると兵士たちは勇気を奮い起こして魚人を無視にかかった。彼らもまた、鍛え上げられたアルビオンの精兵たち、幻とわかれば恐れはしない。

 しかし、放とうとした大砲は今度は実体あるものに遮られた。

「うわっ! なんだ、外が、外が見えないぞ!」

「見ろ、虫だ! 虫の大群が船に群がってやがるんだ」

 なんと、魚人に気を取られていた隙に、軍艦は何百何千という黒い虫にびっしりと覆いつくされていたのだ。

 こいつらはどこから!? いや、この虫は空を覆っている黒雲を作り出している虫どもだ。

「なんだってんだこいつら。これじゃ大砲が撃てないぞ」

「そんなこと言ってる場合じゃないぞ。こいつら船を食い荒らし始めやがった!」

「なんだとぉ!」

 アルビオン艦隊に群がった虫どもは、視界を遮って戦闘不能に陥らせるだけでなく、木製の船体を破壊し始めたのだ。

 船がバラバラにされてしまう! いや、風石の貯蔵庫が破られようものなら群がった虫の重みでトリスタニアに真っ逆さまに墜落する。

 マストが破られ、舷窓を破って虫どもは船内にも侵入してくる。ウェールズは自らも杖を振るいながら、全将兵に防戦を命じた。

「反撃するのだ! 虫どもを振るい落としてトリステイン軍を急いで援護せよ」

「しかし陛下! この虫ども、いくら叩き落としても無限に湧いてきます。まるできりがありません」

「おのれ。だが魔虫がここで我々を襲ってくるということは、つまりそういうことなのだな教皇よ!」

 ウェールズはこの状況から、何者が虫を操っているのかを悟って憤然とした。そしてそれは間違っていなかった。

 戦場を少し離れた場所で竜にまたがりながら、ジュリオがあざけるようにつぶやいていたのだ。

「アルビオンの皆さん、遠路ご苦労様、そろそろ休んでいてくれ。地上の人間たちの視線は戦場と天使に釘付けになっていて艦隊など誰も見ていない。死人に口なしさ、そのままドビシどもと心中してくれたまえ」

 世界を覆う黒雲を形作っている破滅魔虫ドビシは、単体では弱いが無限に近い数を活かして使い道はいくらでもある。アルビオン艦隊を無力化するなどは簡単なことで、千や万の数がそれで失われようとも痛くもかゆくもない。

 アルビオン艦隊の援護がなくなれば、いくらトリステイン軍に地の利があろうとも物量差がすべてを決する。そして戦いが終われば、勝利の美酒に酔う人間たちは過ぎ去ったことなど気にとめはしない。

 楽なものだねとジュリオは思った。これでトリステインとアルビオンが滅んでくれれば、ハルケギニアでロマリアに従わないものはいなくなる。後はエルフとの最終戦争へと一直線だ。

 

 ヴィットーリオ、ジュリオは作戦が予定通りに進んでいることに満足してほくそ笑む。

 「烈風」が奮戦して、トリステイン軍はなんとか持ちこたえているが、「烈風」の精神力とていつかは尽きる。そして奴らには天使の秘密を解くことは絶対にできない。

 トリステイン軍が怒涛のごとく殺到するロマリア・ガリア軍に押しつぶされて、王宮が陥落するまでもういくらもかからないだろう。いや、その前にもうひとあがきくらいは見せてくれるかもしれないか?

 

 市街地ではトリステイン軍や銃士隊の防戦も限界に近づき、負傷兵も、まだ動ける者は引かずに前線にとどまってやっと人数が保たれている始末。

 ジルさえ即席の義足をつけて戦っているが、それでも後方のスカロンたちがつとめている救護所の収容人数は飽和状態だ。

 残された手段は、王宮まで撤退しての篭城戦……いや、城に火をかけられたら一網打尽になるだけだ。

 その王宮でも、悲壮感は高まっていっていた。予備兵力はすべて投入し、王宮には王族護衛の少数が残るのみ。敵に攻め込まれたらひとたまりもないだろう。

 

 王宮から見えるのは絶望的な劣勢。それを窓のひとつから望みながら、ティファニアは決断を迫られていた。

「あの天使を倒せれば、きっとこの戦いは終わる。わたしには戦うための力が……けど」

 彼女は迷っていた。今の自分には、あの天使の姿をした怪物と戦うだけの力、ウルトラマンコスモスの力がある。だけど、コスモプラックを手にしてもティファニアの心には闘志はない。

 最初の変身のときには、ただエルザを救いたいという一心があった。しかし、ただ敵を倒すために戦おうとしても心が震えない。戦えない……

「コスモス、わたしはどうすればいいの……?」

 コスモスは多くを語らず、ただ君の思うままにすればいいと告げた。

 本来ティファニアは争いを好まない。まして、戦争に参加するなど考えたこともない。けれど、この戦争で傷つく人がいなくなるのならば。

 そのときだった、ティファニアのいる部屋の扉を蹴破るようにしてロングビルとルクシャナが飛び込んできたのだ。

「テファ、ここにいたのかい!」

「マチルダ姉さん? どうしたの」

「話は後よ。すぐに城を離れろって女王さんからの命令なの」

 女王陛下が!? ティファニアが思わず聞き返すと、ルクシャナがつらそうに答えた。

「もうじきこの城は戦場になる、地下に抜け穴があるから、その前に虚無の担い手だけでも逃げてくれと言われたわ」

「そんな、わたしたちだけ逃げるなんて。マチルダねえさん、どうして」

「教皇に、虚無の力が渡ったら恐ろしいことになるのはテファもわかってるだろう? 女王陛下の苦渋の決断さ。それに私にとっては、あんたの命が一番大事だからね。いくよテファ」

「ま、待って! わたしたちだけ逃げるなんて」

 手を引かれそうになって、慌ててティファニアは踏みとどまった。

 今、逃げるわけにはいかない。逃げたところでどこに行けというのか? ハルケギニアでロマリアの手から逃れられる場所などない。サハラに逃げ込んだとしても、すぐに戦争がはじまる。

 だがロングビルことマチルダは懸命だった。彼女にとって、ティファニアを生かすのが最優先だということは動かない。ルクシャナも、もうここにいてもどうしようもないことを考えている。

 けれど、なぜだろうか。そんなふたりの姿を見たティファニアの心の中から、逃げてはいけないという強い意思がふつふつと湧いてきた。

「ごめんなさい、姉さん。わたし、行けないわ」

「テファ! こんなときに何を言い出すんだい。今はあんたのわがままを聞いてる場合じゃないんだよ」

「違うよ、姉さん。わたし、姉さんの一生懸命な姿を見てわかったの。みんな、戦いに勝つためじゃなくて自分の大切なものを守るために戦ってる。わたしは戦いは嫌い、けど戦わなくちゃいけないときがあるなら逃げちゃいけない。そしてわたしは……」

 そのときだった。外で続いている天使とカリーヌの戦い、だがカリーヌも長引く戦いに疲弊して、ついに天使の放った一発の波動球が王宮に炸裂してしまったのだ。

「しまった!」

 カリーヌがふいを打たれたのを嘆く前で、波動球の直撃を受けた王宮で大爆発が起こり、石材が砕けレンガが飛び散った。

 幸い、アンリエッタのいるテラスは影響を避けられたものの、城内は壁や天井が崩れ落ちる大惨事となっていた。城内に残っていたわずかな人々は、崩れてきた資材や道具に巻き込まれて怪我をし、それは当然この三人も含まれていた。

「マチルダ姉さん! ルクシャナさん!」

「く、あたしとしたことがまたヘマしちまったか」

 部屋の天井が崩れてルクシャナとロングビルはその下敷きになってしまっていた。とても女の力ですぐにどうこうできるようなものではなく、ルクシャナも方々で頼られたせいで精神力が枯渇して精霊魔法が使えなかった。

 ティファニアは懸命に瓦礫をどかそうとするが、とても彼女の細腕では歯が立たない。

「テファ、もういいよ。お前だけでも先に逃げるんだ」

「マチルダ姉さん、なにを言うの!」

「か、勘違いするんじゃないよ。これくらい自力でなんとかしてから後を追うから、足の遅いあんたは先に行くんだよ。さ、早く」

「姉さん、ルクシャナさん」

「わたしも、ちょっとくらいすれば魔法が使えるようになるからさ。心配しないの、大いなる意思はエルフを絶対に見捨てないから、ちょっと先に行って待ってて、ね?」

 ロングビルもルクシャナも、優しくて悲しい笑みを浮かべてティファニアを諭していた。

 しかし、彼女たちのその笑みこそがティファニアに戦う勇気を与えてくれたのだ。

「ううん、わたしは逃げないよ」

「テファ! あんたまだそんな強情を」

 波動球が再び王宮を襲い、部屋がさらに崩れる。しかしティファニアは毅然としたまま動かない。

「聞いて。わたしは、みんなが守るべきもののために一生懸命戦ってる姿がすごくまぶしかった。けど、戦うことを恐れてたわたしにカリーヌさんが教えてくれたの。戦うためには、戦う誇りがいるんだって」

「テファ! あんたに、あんたなんかが戦う必要なんてない。あんたの手は、戦いなんかで汚しちゃいけないんだよ」

「違うよ。大切なものを守るために戦っている人は、みんなすごく美しい。わたしにも守るべきものはある。けどわたしはそれだけじゃなくて、みんなに笑って生きていてほしい、だから!」

 そのときだった。カリーヌの隙を突いた天使の特大の波動球が、今度は城そのものを粉々にできる勢いで飛んできたのだ。

 

 だめだ、もう間に合わない!

 カリーヌが、アンリエッタが最後を予感し、ロングビルとルクシャナももはやこれまでかと目を瞑った。

 だが、ティファニアの目には光がある。そして彼女はコスモプラックを掲げ、闘志を込めて叫んだ。

 

「わたしは、誰かを守る人を守るために戦う! だからいっしょに行こう、コスモース!」

 

 青い光があふれ出し、波動球ははじき返された。そして、その輝きの中から青き巨人が姿を現す。

「シュワッ!」

 ウルトラマンコスモス・ルナモード。優しき光をまとったその姿は、生命を慈しみ見守る月のごとき守護者。彼はティファニアの見つけた戦う意思に応えてついに現れた。

 人はなにかを守るために戦う。だが守るために戦う人も、また失われてよいものではない。ならば、そんな人たちを守りたい。

 ロングビルとルクシャナを押さえつけていた瓦礫はいつの間にか取り除かれていた。そしてふたりは、自分たちを救ってくれたコスモスの姿に、自然とティファニアを重ねて見ていた。

「テファ、まさか……あんたなのかい?」

「あのウルトラマンは。そっか、またあんたに助けられちゃったか。ごめん、わたしのほうが年上なのにあんたにばっか世話かけさせちゃって」

 守るつもりが守られてしまった。けれども、彼女たちの思いがティファニアに伝わってコスモスを呼んだのだ。

 また、王宮のテラスからも、アンリエッタや彼女の護衛に努めていたエレオノールやカトレアがコスモスの姿を望んで胸を熱くしている。まだ、トリステインは神に見放されてはいない。

 だが、安心はできない。敵はまだその手の内をすべて見せたわけではない。対して、自分に残されている切り札はあとひとつ、始祖から託された力を使うべきときは決して間違えることはできない。

 

 対峙するコスモスと巨大天使。それはいずれも、双方にとっての希望に他ならない。

 しかし、神の眼を持たない人間たちには存在だけで善悪はわからない。

 

 王宮をかばうように現れたウルトラマンコスモスの勇姿に、人々は一瞬戦いを忘れて見入った。

「おおっ! ウルトラマンだ」

「青いウルトラマン……今まで見たこともないウルトラマンだ」

 コスモスがハルケギニアの人々に姿を見せるのは、実質今回が初めてになる。

 青いウルトラマン、果たして何者なのか? だがトリステイン王宮を守っているということはトリステインの味方なのか?

 トリステイン側が味方の登場に歓呼に震えるのと対照的に、ウルトラマンがトリステイン側についたことで、ガリアとロマリアの兵に動揺が生まれた。トリステイン軍への攻撃が弱まり、進撃速度が鈍る。

 このまま戦いは沈静化してくれるのか? 淡い期待が人々のあいだによぎる。

 だが、そんな期待を粉砕するかのようにトリスタニアにヴィットーリオの声が響いた。

「惑わされてはいけません。それは我々を欺くために敵が作り出したまやかしです。あなたがたの信ずべきものは神のみであり、天使の目はあざむけないことを見るのです!」

 その瞬間、天使はコスモスをめがけて波動球を発射した。

 今度もまた大きい! 避けたら後ろの王宮は粉々になってしまうと、コスモスは腕を前に掲げて金色のバリヤーで受け止めた。

『リバースパイクバリア!』

 コスモスのバリアで波動球はギリギリのところでストップした。だが威力が大きすぎて、コスモスは後に跳ね飛ばされて王宮に叩きつけられてしまった。

「ウオォッ!」

 コスモスに城の瓦礫が降り注ぎ、粉塵が巻き上がる。

 トリステインの人間たちから悲鳴があがり、アンリエッタも「なんてことを!」と、愕然とする。だが、教皇の声はアンリエッタたちが反応するより早く響いた。

「見ましたか皆さん! 天使の裁断はあの巨人を悪魔と見なしました。さあ、恐れずに立ち向かうのです。いかなるものが現れようとも、あなたたちの行く先は天使が導いてくれるのです!」

 途端に、ヴィットーリオの声に迷いから解き放たれたガリア・ロマリア軍はトリステイン軍への総攻撃を再開した。どんなことが起ころうとも天使を信じていればすべて心配することはないと心をゆだねたロマリアとガリアの兵が、戸惑うトリステイン軍に襲い掛かってくる。

 その光景に、アンリエッタは「しまった」とほぞをかんだ。教皇のこの対応の早さは、最初からウルトラマンが現れることを想定していたに違いない。本来ならば自分が先手を打って、ウルトラマンが味方についてくれたことを大きく演説して味方の士気を高めて、かつ敵の迷いをうながすべきであったのに、ウルトラマンが助けてくれたことで有頂天になって教皇に先を越されてしまった。

 教皇の言葉で、ロマリアとガリアの将兵たちは天使がついているのだからという免罪符を心につけてしまった。これではウルトラマンの存在が戦略上の価値を大きく減じてしまう。

 やられた……だが、そこでアンリエッタは見たのだ。青いウルトラマンが立ち上がり、再び天使に向かって構えをとるのを。

「シュワッ!」

 そうだ、ここで引き下がるわけにはいかない。過ぎたことを悔やんでもなんにもならない。大切なのは、前を向いて歩みだすこと! アンリエッタは意を決して、全軍への呼びかけをはじめた。

「トリステインの皆さん、くじけてはなりません! 人の守るべき大切なものは、すべての人の中にあるということを思い出すのです。ここに集まった者はすべて、守るべき大切なもののために戦っているはず。その大切なものを無言で奪い去ろうとするあれが天使なはずがありません! 戦うのです。まだ我々にはその力が残っています!」

 アンリエッタの激が、崩れかけていたトリステイン軍の士気を立て直した。

 もう後がないが、背水の陣の人間は強い。銃士隊、魔法騎士隊、一般の将兵たちも死力をふりしぼって数倍の敵を迎撃する。

 ティファニアは、その光景をコスモスを通して望み、自らがしなければならないことを心に定めた。

〔みんな、守りたいもののために必死に戦ってる。みんなのためにも、あの偽物の天使を止めないと! コスモスお願い、あなたの力を〕

 コスモスはその思いに応えて、自分を黒い眼差しで見下ろしてくる巨大天使を見上げた。空に掲げた手のひらに優しい光がきらめき、コスモスは慈愛の光を天使に向かって降り注いだ。

『フルムーンレクト』

 生き物を傷つけずに沈静化させる慈愛の光線。それが光のシャワーのように美しくきらめきながら天使を包み込む。

 だが、フルムーンレクトの光を受けても天使はまったく変化を見せなかった。輝きの中で怪しく微笑み、それどころかお返しとばかりに波動球を投げつけてきたのだ。

〔危ないっ〕

 とっさに身を翻し、コスモスは波動球を避けた。

 けれどなぜ? あの天使にはコスモスの力も及ばないというの?

 ティファニアが愕然としていると、彼女の心にコスモスが語りかけてきた。

〔やはりそうか、あの天使は生き物じゃない〕

〔コスモス? 生き物じゃないって、じゃああの天使はいったいなんなの?〕

〔あれは、何者かがこの街全体を超空間化して投影している、いわば実体のある幻影だ。だから、どんなことをしても消えないし、あの天使を作り出している何者かを見つけ出さない限りは、私の力も通用しないのだ〕

 相手が存在を持たない影も同然の相手では、どんな強力な力を持っていようと倒せるわけがない。

 ティファニアだけでなく、アンリエッタやトリステインの人々も、ウルトラマンの力が通じなかったことでショックを隠せないでいる。ウルトラマンでさえどうしようもないなんて、やはり天使に勝つなど不可能だったのか?

 絶望をあおるように教皇の声がさらに響く。

「哀れな異端者たちよ、これ以上天命に逆らってはいけません。人の力で神に勝つことなどできはしません。あなた方が守護者と崇めるウルトラマンなど、しょせん神の力の前では子羊のようなもの。悔い改めなさい、さもなければあなた方の魂は地獄へと落ちて永遠に苦しみ続けることになりますよ」

 だめなのか、どんなに頑張っても神に立ち向かうなんてことは無謀だったのか? 立ち直りかけたトリステイン軍を、再び教皇の言葉が絶望に染め始める。

 だがそのときだった。コスモスに放たれた波動球を真空の刃で切り裂き、トリステイン軍を押しつぶしかけていたガリア・ロマリア軍を猛烈な突風が押し返したのだ。

「まだだ! まだ我々は屈してはいないぞ。見るがいい、まだこの烈風は飛んでいるのだぞ!」

 あれは『烈風』!? まだ戦う力が残っていたのかと、敵味方共に驚いた。並のメイジなら一個大隊がつぶれていてもおかしくないほどに戦っているはずなのに、なんて騎士なのだ。烈風の力は底なしなのかと畏怖の念が流れる。

 けれども実際には『烈風』の余力はほとんどない。使い魔のラルゲユウスも疲労して、ベストコンディションからは程遠い状態でしかない。それでも見た目は平然として立ち続けるのは、自分がトリステインに唯一無二の『烈風』としての使命を背負っているという誇りがあるからに他ならない。

 人はそれをやせ我慢というかもしれない。それでもカリーヌは誇りを捨てない。なぜかと問うなら、彼女はルイズの母だからだと答えれば済むだろう。

「教皇ヴィットーリオよ、たかが人間ひとりを地に這わせることもできないものが神だなどと笑わせてくれる。すぐにその天使の化けの皮をはいでやろう。楽しみにしているがいい」

「ああ、どこまでも、どこまでもあなた方という人たちは救いがたいのですね。仕方ありません、神罰に焼かれて、神前で己が所業を始祖に懺悔なさい」

「始祖の名をどこまでも騙るか、だが後悔するのは貴様たちのほうだ。さあ、我に続けトリステインの勇者たちよ! そして名も知らぬウルトラマンよ、助力に感謝する。そして願わくば、我らと共に闇を打ち払わんことを!」

 喚声があがり、その瞬間追い詰められていたはずのトリステイン軍は確かに大軍のロマリア・ガリア軍を気圧していた。

 街では、アニエスたちやスカロンたち、将兵たちが勇気を取り戻した。また、トリステイン軍を適当に援護しながら経過を見守っていたダミアンはジャックに嫌味たっぷりに「ね、トリステインに味方して正解だったろ」と言っている。

 カリーヌの声で、トリステイン軍は再度その士気を立て直した。しかし心の力も無限ではない、今度崩されたらもはや立て直しは不可能であろう。

 ロマリア側から見ても、トリステイン軍が瀕死なのは容易に見て取れる。それを待っていたのだろう。ヴィットーリオは最後の仕上げとばかりに呪文を唱えはじめた。

「なんだ、あの呪文は?」

 ヴィットーリオの唱える呪文は戦場全体に響き渡り、人々は聞いたこともないスペルに困惑した。

 だが、完成した魔法の発動が疑問を吹き飛ばした。なんと、教皇が杖を振り下ろした瞬間、空が揺らめいて、空一面にまるで映画のスクリーンのようにトリステインの状況が投影されたのだ。

「これは私に与えられた始祖の虚無の力のひとつ、イリュージョンの魔法の応用です。今、この瞬間の光景と我々の声はガリアやロマリア、ゲルマニアにアルビオンなど世界中に映し出されています。我々とトリステインのどちらに神の審判が下るか、全世界の人々に見ていてもらおうではありませんか」

 ヴィットーリオの宣言にロマリア軍から喚声があがる。教皇聖下のお力はまさに始祖の虚無に相違ない、始祖の虚無が味方についている以上、自分たちに負けがあるはずがない。

 が、トリステイン側からすれば、トリステインを見せしめにした公開処刑でしかない。実際、遠く離れたガリアのリュティスの上空に同じように映し出された光景を見上げて、ジョゼフは「悪趣味なことだ」とせせら笑っていた。

 これでトリステインが負けるようなことになれば、もはや世界中にロマリアに逆らえるものはいなくなる。世界は加速度を増して聖戦へと突き進むこととなる。

 それでも人間たち、そしてコスモスもティファニアとともに天使に向き合う。戦う誇りを胸にして。

 

 どんな絶望の中でも、希望がすべて消え去ることはない。あきらめずに、それを探し続ける限りは。

 

 確かに悪の力は強大である。しかし、あきらめずに希望を求め続ける力は正義にしかない。

 ラグドリアン湖においても、アークボガールがウルトラマンヒカリとウルトラマンジャスティスを圧倒している。だが、ふたりのウルトラマンはまだくじけてはいない。

「死にぞこないどもめ。暴れすぎると獲物の味が落ちる。我のディナーになれる光栄を理解して、そろそろおとなしくしたらどうだ?」

「まだまだ……勝負は、これからだ」

「希望を、最後まで信じる。まだ人間たちが希望を捨ててないのに、我々がひざを屈するわけにはいかん」

 アークボガールの嘲りも、ヒカリとジャスティスの心を折ることはできない。たとえ勝機が限りなく低くても、彼らにはまだ背中を支えてくれる人たちがいるのだから。

「うおおおおっ! 水精霊騎士隊、声出せぇぇぇ! ぼくたちに応援しかできないなら、喉が張り裂けるまで応援するだけどぁぁぁっ!」

「がんばれーっ! がんばれーっ! ウルトラマーン!」

 ギーシュたち水精霊騎士隊のどら声が船上から湖の水面に波紋を生むほどに響き渡る。

 むろん、それだけではない。ベアトリスたちも負けじと声をあげていた。

「みんな、今日だけは下品になることを許可するわ。馬鹿な男たちに負けてるんじゃないわよ! がんばれーっ!」

「がんばれーっ! ウルトラマン、がんばってーっ!」

 エーコたちや、それに銃士隊も含めて女子全員も男子に負けじと応援している。

 むろん、ダンもあきらめるなとふたりをはげましている。これだけの声を背に受けて、あきらめられるわけなどない。

 だが、アークボガールはもはや我慢と怒りの限界に達していた。

「虫けらどもが! ならもういい、貴様らを調理するのはもう飽きた。黙って捌かれたくないのなら、生きたまま踊り食いにしてくれるわ。そして順序は狂ったが、そのままこの星も丸呑みにしてくれようぞ!」

 怒りと空腹に燃えるアークボガールがヒカリとジャスティスに迫る。すでにカラータイマーの点滅が限界に近づいているふたりには、もはや抗う力はほとんど残されていない。

 にも関わらず、決して恐怖を見せようとしないふたりのウルトラマンにアークボガールはいらだつ。それが、アークボガールにとって決して理解できない心だからだ。

 

 

 悪の猛攻に対して、光の戦士たちはまさに背水の陣と言っていい。それでも、心の力で限界を超えて戦い、闇の侵攻を食い止め続けている。

 だが、もはやそれすら終わりに近い。敵の強大な力の前に、敗北と破滅は目の前にまで来ている。

 

 そんなハルケギニアに残った最後の希望、東方号。

 深海竜ディプラスの襲撃を撃退し、ついに東方号はラグドリアン湖の深度一万九千メイルを突破した。そこに待つという水の精霊の都が、とうとうその姿を現す。

「見て……湖の底に光が見えるわ」

 キュルケが指差す先で、神秘的な光景が彼女たちを待っていた。

 湖の底、暗黒の世界の底の底に淡い緑色の光が満ちている。まるで、夜空の一面に蛍がいるかのような幻想的な風景が、沈み行く東方号を迎えてくれている。

「きれい……こんなの、どこの宇宙でも見たことない」

 ティラが見惚れたようにつぶやいた。暗黒の世界の果てに広がる光の世界に、彼女だけでなく、コルベールやジャネットも唖然として目を奪われ、ファーティマも大きすぎる精霊の存在に圧倒されて涙を流すばかりでしかない。

 あれが、目指す水の精霊の都。深度は間もなく二万メイルに届き、東方号の耐久力ももはや限界で、浸水はついに胸から首に届くまでに来た。

 これで、命の綱は天井付近にわずかに残った空気だけとなる。もって、あと十数分……それが、自分たちに残った命のリミット。その間に、やるべきことをやらなければ。

 そのときだった。彼女たちの前に、水の精霊が再び姿を現した。

「とうとうここまで来たな。単なる者たちよ、歓迎しよう。ここがお前たちの目指す場所、我らの都へ、ようこそ」

 今度の精霊はタバサの姿をとっておらず、声も元のままで、水の塊が静かに発光するような美しい姿をしていた。

 いや、それだけではない。沈み行く東方号の周りには、同じように発光する微小な生き物が何百、何千、何万と泳ぎまわっている。

 星の海の中に飛び込んでしまったかのようだ。こんな光景、ハルケギニアでは一生かかってもお目にかかれないに違いない。さらによく見ると、水中にはクラゲをさかさまにしたような構造物が無数に浮いていて、光る生き物たちはそれを出入りしていた。

「あれが、彼らの城なんだわ。すごい、水の精霊の都っていうのは比喩じゃない。これは都市、水の精霊は本当にラグドリアン湖の底で都を築いてたんだわ」

 まさに光の都……水の精霊は、誰も近寄ることのできない水の底で、人間にもエルフにも劣らない一大文明都市を築いていたのだ。

 目の前に死が迫っているというのに、眼前の光景は完全に彼らにそれを忘れさせるだけの圧巻を持って存在していた。これが、ハルケギニア原初の知的生命の本当の姿、水の精霊としての姿は彼らのほんの一端に過ぎなかったのだ。

 そして、目指すべきものはここにある。水の精霊の声が、そのときが来たことを促した。

「見るがいい、あれがお前たちの望むもの。異世界への扉だ」

 それは、東方号の真下に、まるで黒いもやのように存在していた。水の精霊の都のさらに深く、ラグドリアン湖の本当の湖底に、まるで沈み行く東方号を呑み込もうとしているかのようにブラックホールが待ち構えていたのだ。

 東方号は水の精霊の都を通り過ぎてブラックホールの中に落ち込もうとしていた。あの先は、どこへつながっているかもわからない無限への入り口……間違いない、あの深淵こそが目指す場所であるとキュルケは確信した。

「ついにやってきたのね。これで、わたしたちの役割も終わる……みんな、いくわよ」

 キュルケは大事に守り続けていた発信装置を取り出して皆にうながした。

 もう水は首を超えて天井に近づき、皆は立ち泳ぎでやっと息をつないでいる。それでもコルベールは微笑してうなづき、ティラとティアも満足げに笑っている。

 ファーティマは心残りがありげだったが、使命を果たせたことで亡くなっていった仲間たちにようやく申し訳が立つと思ったのか、無言でうなづいた。と思ったら、後ろからジャネットに耳をはみはみされてキレてふたりで乱闘になってしまった。もっともジャネットはファーティマとくんずほぐれずで満足なのか楽しげで、ここまできてのそのマイペースさには皆が感心さえ覚えた。なおドゥドゥーはもうどうにでもなれと、あきらめて向こうを向いている。

 本当に、よくぞこんなメンバーでやりとげられたものだ。だが、皆が自分のできることを最大限にやったからこそここに来れた。不可能という壁を乗り越えることができたのだ。

 キュルケは皆への感謝を込めて、以前にセリザワに教わったとおりに装置のスイッチを入れた。

 カチリ、確かな音が響いて、装置にランプが点った。これで、この装置からは特殊なシグナルが放たれ、GUYSの待つ宇宙へとこの次元の場所を伝えることができる。

「これで、わたしたちの役割も終わり、ね」

 満足してつぶやいたキュルケの言葉を最後に、ついに浸水が天井に達した。

 室内は完全に水に満たされ、皆が水底に沈んでいく。もう空気だまりはない、無酸素状態の水ではパラダイ星人も呼吸はできない。終わりだ。

 

 発信装置が床に落ちてコトリという音を立てた。そのランプの明滅だけが無機質に輝く。

 だが、彼女たちの頑張りは確かに報われていた。発信されたウルトラシグナルは異次元のゲートを潜り、複雑に入り組んだマルチバースの境界を旅して、GUYSがウルトラゾーン近くに設置した観測衛星に届いたのだ。

「隊長、ウルトラゾーンから発信ボール五十五号からのシグナルを観測しました。パターン計測、ウルトラマンヒカリのエネルギーに間違いありません」

 フェニックスネストでオペレーターの報告がリュウ隊長の耳に飛び込み、リュウは即座に命令を出した。

「セリザワ隊長、待ってたぜ! ようし、すぐに発信場所を突き止めるんだ。フジサワ博士はどこ行った? ったくこんなときに、早く呼び出せ!」

「G・I・G! ですが隊長、シグナルは非常に微弱で、逆探知にはかなり時間がかかるかと」

「だったら時間をかけてやりゃいいだけだろ! 異世界の仲間たちが俺たちのメッセージを聞いてやってくれたんだ。GUYSのクルーなら、そいつに答えないでどうする!」

「G・I・G! すみませんでした」

 まだ新人たちが一人前になるにはかかるな、とリュウは思った。今のGUYSクルーもカナタをはじめ経験を積んできているが、エンペラ星人との激闘の一年を送ってきた前メンバーのレベルにはさすがに届いてはいない。

 それでも衛星からのデータを着々と集めている彼らの手並みは乱れがない。

 あとは、集まったデータを元にしてハルケギニアのある宇宙までの航路を築き上げる作業が待っている。正直、これが一番厳しいが、どうやらハルケギニアのある宇宙は相当に遠くの次元らしい。ちゃんとした通路を作らなければ、次元の迷子になってしまうだけだ。

 すぐにでも救援に飛び立ちたい気持ちを押し殺し、どれだけかかっても必ず成し遂げてやるとリュウは決意していた。

 

 しかし、ハルケギニアにはもはや一刻を待つ余裕すらなかった。

 トリスタニア、ラグドリアンでそれぞれ敗北と破滅が目の前に迫っている。

 東方号の中は水で満たされ、中の生命が死に絶えるのにはあと数分しかかからないだろう。

「さよなら、タバサ……」

 透けて見える壁を通して、キュルケは自分の目に映る最後の光景になるであろう異世界への門を見つめた。あの門を潜ればなんとかなるかもとした期待も、もうそんな時間もないらしい。

 でも満足だ。やるべきことはやった。これで、自分の使命は果たした。

 無念はある。自分だけならともかく、皆を道連れにしてしまった。コルベールの見るからにどざえもんな浮きっぷりと、ジャネットに抱きつかれたままですごく嫌そうに浮いているファーティマ、最後までじたばたしているドゥドゥーには悪いが少し引いてしまったけれど、緑色の髪をなびかせて沈んでいるティラとティアにはすまないと思った。遠い星の人間なのに、自分たちのためにここまでしてくれて。

 しだいに意識が薄れてくる。そのときが近づいているのだ。せめて最後にタバサ、あなたに会いたかったな……

 そのときだった。

『……ケ、キュルケ、そこにいるの? 返事をして』

「この声……タバサ? 水の精霊、最後に悪い冗談はやめてよ」

「我ではない」

「じゃあ幻聴ね。まあいいか、幻聴でも最後にタバサの声が聞こえたなら、それは」

『キュルケ、返事をして! わたしはここ、ここにいる!』

「えっ!?」

 閉じかけていたまぶたを開けて、キュルケと皆は見た。まだ稼動を続けていた東方号のコントロールパネル、声はそこから響いている。幻聴ではない、なぜなら全員に聞こえた証拠に皆が揃ってコントロールパネルを見ていた。

 ティラとティアは気付いた。あれは、怪獣を撃退したときにそのままつけっぱなしにしていた水中通話機の機能、なぜあんなものから声がするの!?

 さらに、今度は耳からではなく目から異変が飛び込んできた。深淵の闇に見えていた異次元への門の一角に、唐突に人工的な明かりが見えたのだ。

「あれは、ライトの明かり? なんで、ゲートの先から」

「ありゃあ……潜水艇か? へへっ、なーんか助かる気がしてきたぜ」

 溺死寸前であったティラとティアの口元に笑みが蘇る。

 異世界へと消えてしまったはずのタバサの声、そして突然現れた潜水艇は何者なのか。

 水の精霊はその光景を望み、静かにつぶやいた。

「遠い世界の同胞たちよ、感謝する。我らの危機に、お前たちが希望を呼んでくれたことを……そして単なる者たちよ、お前たちはまだ消えるべきではない。さあ、帰るがいい、お前たちの世界へ。すべての世界に未来をつなぐために、お前たちの希望、ウルトラマンとともに」

 

 異世界の門の先からの小さな来訪者。しかしそれは、赤々と燃える希望の炎への火種であったのだ。

 闇を切り裂き、ふたつの叫びがすべてを変える。

 

 

「ガイアーッ!」

「アグルゥーッ!」

 

 

 赤と青の輝きが姿を成し、今、大決戦の幕が上がる。

 

 

 続く


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