ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第45話  守護者なき世界

 第45話

 守護者なき世界

 

 カプセル怪獣 ミクラス

 カプセル怪獣 ウインダム

 高次元捕食王 アークボガール 登場!

 

 

 その日、ベアトリスが街を離れていたのも、偶然という名の運命であったかもしれない。

 急を要する東方号の改造。しかし始まってしまった戦争は、トリスタニアから遠く離れたラグドリアン近辺にも影響を及ぼし、資材の不足や工員の逃亡などで、その調整に責任者であるベアトリスは頭を悩ませていた。

 もとより、クルデンホルフ本国でも、東方号には莫大な予算がかかるために快く思っていない者が少なくない。それに加えて、戦争の勃発によりクルデンホルフ本国からも帰国指示が来ていて、ベアトリスの心労は増える一方であった。

 そんなやつれていく姿を見かねたエーコたちが、少しの気分転換にとラグドリアン湖への遠乗りを提案したのである。

 しかしそこで、彼女たちは信じられないものを見ることになるのだった。

 

「なによあれ。み、湖が干上がっていくわ……」

 ベアトリスとエーコたちが見ている前で、なみなみと水をたたえたラグドリアン湖の水位が見る見るうちに下がっていっていた。

 こんな馬鹿なことって、悪夢でも見ているのだろうか? ラグドリアン湖の水量は学者が計算したところでは、トリステインを丸ごと水没させてお釣りが来るほどの圧倒的な膨大さを誇るはずなのに……しかもそれを、たった一匹の怪獣が吸い込んでいるだなんて。

 突然空から降りてきた怪獣が、ラグドリアンの水をとてつもない勢いで胸に吸い取っていたのだ。もちろん、そこに住む生き物もいっしょに飲み込んでいく上で、奴は愉快そうな笑い声をあげた。

「フハハハ! なんという濃い生命エネルギーに満ちた水よ。やはり、我の目に狂いはなかったわ。さあ、このまま一滴残らず吸い取ってくれるわ!」

「か、怪獣がしゃべった……」

 見るからに怪物然とした怪獣が流暢にしゃべったことで、唖然としてベアトリスたちは目の前の巨大怪獣・アークボガールを見上げた。

 まったくなんという偶然か、ベアトリスたちが遠乗りを楽しんでいた湖畔はアークボガールの着地した地点から百メートルばかりしか離れていない。アークボガールからしたら人間など歯牙にかける価値もないので見逃されているが、人間からしたら目の前の光景は悪夢そのものだ。

 ともかくここにいては危険だ。我を忘れて立ち尽くすベアトリスを、エーコたちが必死に避難するようにうながした。

「姫殿下、は、はやく逃げましょう」

「はっ! そうね、早く行きましょう!」

 ベアトリスも、すでに何度も間近で怪獣を見ているので、声をかけられれば立ち直りは早かった。確かに目の前の出来事は一大事だが、今自分たちがここにいたところで何もできることはない。

 しかし、慌てて馬にまたがろうとしたときだった。アークボガールの吸引力の一端がベアトリスを捉えてしまったのだ。

「きゃあぁぁっ!」

「姫さま!」

「ビーコ! 掴まってっ!」

 宙に浮き上がりかけていたベアトリスをビーコが掴まえて、ビーコをエーコとシーコがしっかりと掴んで飛ばされるのを防いだ。

 しかし吸引力は余波に過ぎないというのに竜巻のようなすさまじい強さだ。彼女たちの乗ってきた馬はあっというまにアークボガールにひきずりこまれてしまい、彼女たちが飛ばされないようにしがみついている木もミシミシとうなっている。

「ビーコ、手を離して! このままじゃあなたたちまで吸い込まれちゃうわ」

「そんなこと、できるわけないじゃないですかぁっ!」

 ベアトリスが命じても、エーコ、ビーコ、シーコの結束は強かった。決して手を離すまいと渾身の力を込め、普通なら木の葉のように舞い上げられるところをかろうじて耐えていた。

 しかし、耐えられたのは本当にわずかなあいだだけで、四人がまとめて地面から引き剥がされかけた、その瞬間だった。

 

「ミクラス、行け!」

 

 目をつぶって、もうだめか、と、あきらめかけていた彼女たちの耳に、なにか重いもの同士がぶつかったような轟音が響いたかと思ったとき、突然引き込まれていた力がなくなった。

「きゃあっ!」

「あわっ!?」

 宙に浮きかけていたのが解放されたので、四人は折り重なるようにして地面に落ちてもつれあった。

 その拍子に、ベアトリスのツインテールがエーコ、ビーコ、シーコに絡み合って、四人はまるでだんご状態だ。

「痛い痛い! エーコ、シーコ、髪を引っ張らないで!」

「そ、そんなこと言っても! ビーコそっち右、シーコそっち左! いったい何が起こったっていうの……ああっ! ひ、姫さま、あの人は!」

 慌てふためいた様子のエーコの声に、ベアトリスたちは何事かと首だけをなんとかまわしてそちらの方向を見た。そして、そこにいたテンガロンハットをかぶった男の姿を見て同様に驚いた。そう、彼こそ以前バキシムの魔の手から自分たちを救ってくれた、あの風来坊。

「ダンさん!」

 ウルトラセブンの仮の姿、モロボシ・ダンがそこにいた。

 一転して、ベアトリスたちの表情が輝く。あのとき以来、ダンは彼女たちにとってもう一度会いたいと願い続けてきた恩人であり憧れの人になっていたのだ。

 しかし、ダンには以前にバキシムと戦ったときのような余裕は無い。敵は最強クラスの怪獣であるアークボガール……しかも、今のダンはセブンに変身することはできない。

 すでに、ヒカリからの必死のウルトラサインによって何が起こったのかは知らされていた。ウルトラマンふたりを軽々と撃退する力……暗黒四天王に所属していたアークボガールとは別個体とはいえ、その実力にはほとんど差はあるまいと思われた。

 こちらの戦力はカプセル怪獣二体のみ。アークボガールはミクラスとウインダムを見て、よい余興が来たとばかりにあざ笑った。

「ほほお、ここにもまだ、我に歯向かう愚か者がおったか。おもしろい、お前たちもスパイス代わりに味わってくれようぞ」

 ウルトラ戦士を一蹴する実力を持つアークボガールにとって、怪獣二体くらいは警戒にも値しないに違いない。ダンもそのことをよくわかっている。本来ならば、ウルトラ兄弟の少なくとも半数以上は集まってやっと戦える相手だ。

 だが、やるしかない。ここで戦わねばラグドリアン湖は確実に飲み干され、味を占めたアークボガールは瞬く間に惑星全体を食い尽くしてしまうに違いないからだ。

「ヒカリ、お前のウルトラサインは確かに受け取った。私たちもできる限りやってみよう……頼むぞ、ミクラス! ウインダム! アークボガールを倒せ!」

 ダンの命令が飛び、ミクラスとウインダムは恐れることなく一直線にアークボガールへ立ち向かっていった。

 対して、アークボガールはかわす気配もなしに、まずはミクラスの突進を受け止めた。驚くべきことに、片手で軽々とミクラスを受け止めて、小揺るぎもしないで押さえつけている。

「どうしたどうした? まるで手ごたえが無いぞ? もっとパワーを入れて攻めてこんか」

 無造作にミクラスを投げ捨てると、アークボガールはもう一体の敵であるウインダムと向かい合った。

 ミクラスよりもパワーで劣るウインダムが同じように突進を仕掛けても勝ち目は無い。ウィンダムは頭部のランプから白色のレーザービームを放った。が……

「はっはっは、これは心地よいシャワーではないか。いくらでも撃ってくるがいい、喜んで受けてやろうではないか」

 ビームはアークボガールの皮膚にはじかれるばかりで、まるで応えている様子はなかった。ヒカリやジャスティスのビームに比べれば、吸収して栄養にする価値もないということなのだろう。ビームを撃つのをやめたウインダムに、奴は「もう終わりか?」とせせら笑う余裕を見せてくる。

 単独で戦っても勝負にすらならない。ダンは覚悟していたとはいえ、アークボガールとのあいだに計り知れない地力の差があることを痛感させられた。

 が、まだあきらめるには早すぎる。ほんのひとかけらでも勝機を見つけるために、ダンの命令が飛ぶ。

「ミクラス、ウインダム、バラバラではダメだ。コンビネーションで攻めろ!」

 単独で無理なら力を合わせるのだと、ミクラスとウインダムは今度は同時に攻撃を仕掛けた。

 まずは素早いウインダムがアークボガールの懐に飛び込んで攻撃を誘い、かわして隙ができたところにミクラスが体当たりをかける。

「うおっ? ほお、少しはがんばるではないか。そうでなくてはおもしろくない」

 無防備のボディに体当たりされて、はじめてアークボガールが後ずさった。

 しかし、ダメージにはなっていない。ミクラスの全力が当たれば、大概の怪獣はひとたまりも無いはずなのに、すさまじい防御力だ。

 それでも、一発でだめなら二発目をと、ミクラスは再度突進する。今度はウインダムはレーザーショットをアークボガールの顔に浴びせて目くらましにし、ミクラスの体当たりとともにアークボガールとよっつに組み合うことになった。

「ほう、力比べか? 光の国の家畜だけあって少しはやるようだが、我に勝てるかな?」

 ミクラスはアークボガールを投げ飛ばそうと、ありったけの力を全身から蒸気が沸くほど込めた。だが、アークボガールはびくともせずに、そのままミクラスを持ち上げると、あっさりと投げ捨ててしまったのだ。

 ラグドリアンの湖畔を転がり、ミクラスは湖に頭を突っ込んでやっと止まった。アークボガールはそんなミクラスをさらにあざ笑う。

「ひ弱だな。ナイフとフォークより重いものを持ったことがないのではないか? ファハハハ」

 力自慢のミクラスにとって、この上ない侮辱であった。アークボガールは背後から後頭部にチョップをかましてきたウインダムの攻撃も意に介さずに、背中にパンチを浴びせてくるウインダムを軽く裏拳でふっ飛ばしてしまう。

「メタル星のポンコツが、お前の攻撃など、スープがはねた程度にも感じぬというのがまだわからんか? ん? これはこれは、お前たち二匹で我を前後から挟み撃ちに出来る位置にいるようだな。遠慮なくかかってくるがいい。我をサンドイッチにする絶好のチャンスだぞお?」

 アークボガールの挑発。だがアークボガールには、それだけのことをしても何ら問題ないだけの圧倒的すぎる余裕があることを、ダンも、ミクラスとウインダムも、そして戦いを見守り続けていたベアトリスたちも完全に理解していた。

「あの二匹じゃ、勝てない……」

「ダンさん……」

 詳しい理由はわからないが、ダンがあの二体の怪獣を使役しているということは見ているうちに理解できた。また、聡明な理解力を持つ彼女たちは、ダンがこれだけの劣勢にあるのにウルトラセブンへと変身しないことから、なんらかの理由で変身が不能に陥っていることを察してしまっていた。

 才人とルイズ、それにヒカリにだけは知らせているが、セブンが光の国から持ち込めた変身のためのプラズマエネルギーは一度きり。それはバキシムとの戦いで使ってしまった。

 この世界でM78世界のウルトラマンが適応するためには、メビウスやヒカリのように特殊なアイテムを持つか、あるいはエースのように人間と同化するしかない。しかしダンは、いかに緊急を要する事態だとはいえ、ウルトラマンの力を受け継ぐであろう人間を安易に決めるつもりはなかった。

 この場で戦うことができるのは、もはや自分たちのみ。いや、あとひとり……ティファニアと一体化しているコスモスがいるが、ダンは協力に向かおうとするコスモスをテレパシーで止めていた。

「来るな、今ここで君までやられてしまったら、ハルケギニアで戦えるウルトラマンはいなくなってしまう。そうなれば、敵はなんの心配もなくハルケギニアを我が物にしようとするだろう。奴らに総攻撃を躊躇させるための、最後の抑止力を失ってはいかん!」

 ウルトラマンという枷がなくなれば、これまで潜伏していた勢力が一気に動き出してくる。それだけはなんとしても避けねばならない……そのためには、自分たちだけでアークボガールを止めるしかない。

「ミクラス、ウインダム! 次の一撃で勝負を決めるぞ。いいな!」

 ダンの叫びが飛び、ミクラスとウインダムは覚悟を決めた。

 だらだらと長引いてもアークボガールが疲労することはない。なら、奴がこちらをなめているうちに全力を叩きつける以外に手段はない。

 ミクラスは目つきを引き締め、どっかと腰を落として突撃体勢をとる。ウインダムも甲高い機械音の鳴き声をあげて、ミクラス同様に肉弾突撃の構えに入った。

 小細工は不要。この身そのものを弾丸と化して奴にぶっつける。地響きと土煙をあげて突撃していくミクラスとウインダム、アークボガールはほとんど無防備に近い形で受け止めようとしている。

 そして激突! ミクラスとウインダムの吶喊を前後から受けて、アークボガールは自分で言ったとおりにサンドイッチとなったかのように、ベアトリスたちは一瞬期待した。しかし、ダンは冷静に無情な現実を見ていた。

「だめか……」

 ダンは見ていた。二体の挟み撃ちにあっても、アークボガールのボディには少しのダメージもないことを。

 ミクラスとウインダムはアークボガールが身をよじると軽々と振りほどかれ、奴は勝ち誇って高らかに笑った。

「馬鹿めが、己のひ弱さが少しはわかったか、下等生物どもめが。フン、こんなものでは軽い腹ごなしの運動にもなりはせん。だがまあいい、お前たちのような雑魚でも、つまみくらいにはしてやるわ」

 アークボガールの背中の捕食器官が動く。奴は、ミクラスとウインダムをまとめて捕食してしまうつもりなのだ。

 迫り来るアークボガールに対して、ミクラスの赤色熱線とウインダムのレーザービームが当たるが、やはりなんの効果もあげられない。

 そして、ついにアークボガールの口が開かれようとした、そのときだった。

「ミクラス、ウインダム、戻れっ!」

 間一髪、ダンによってカプセルに回収されることで二体は捕食を免れることができた。

 しかし、これでアークボガールに対する勝ち目はなくなってしまった。アークボガールはまったくの無傷、たとえセブンに変身できたとしても、アークボガールを倒すのは無理だろう。

 アークボガールは、まるで無警戒でダンを見下ろしている。

「フッ、つまらん座興だったな。まったく、お前たちウルトラ族は無駄なことばかり熱心だ。それでも礼くらいはしなくてはな。我がこの星を平らげていく様を、我の胃袋の中から見物する権利をくれてやろう」

 捕食器官を広げ、アークボガールはダンに迫った。奴はダンを捕食し、そのままの勢いで惑星全土を食い尽くすつもりなのだ。

 ダンに逃れる術はなく、見守っていたベアトリスたちからも「ダンさん、逃げて!」と悲鳴のような声が響く。

 もはやこれまでか……ダンは、セブンとしての最後の手段を使う覚悟を決めた。

「もう残った手段はこれしかない。アークボガール、私の命に換えても貴様の思い通りにはさせんぞ」

 ダンは決意を込めて、腕を目の前でクロスさせて念を込めた。

「デュワッ!」

「むっ? な、これはぁぁっ!?」

 突然体の異変を感じてアークボガールの動きが止まった。体の自由が利かない? いや、それどころか体の内部に強烈な圧力を感じる。

 アークボガールの声色に初めて困惑と焦りの色が浮かぶ。これは尋常ではない、アークボガールは自分を捕らえている力の正体を知った。

「念力かぁ! おのれ、ここまできてちょこざいな真似を!」

 そう、これがダンがセブンに戻れないときの最後の切り札であるウルトラ念力であった。その力は怪獣数匹をまとめて動けなくしてしまうほど強力で、ダンがMAC隊長として活動していた期間にはこれで数々の怪獣を撃退してきた。

 しかし、これほどの能力がノーリスクであるはずがない。

「貴様ぁっ! ぐうぅぅっ、我を押さえ込むつもりか。そんなことをすれば貴様もどうなるかわかっているのだろうなあ!」

「当然だ。私の命にかえても、貴様だけは絶対に好きにはさせんっ!」

 ウルトラ念力の行使には、ダンの生命力を著しく消耗させ、場合によっては寿命すらも削ってしまう禁断の秘技であり、諸刃の剣であるのだ。

 ダンの額に脂汗が浮かび、食いしばった歯がぎりりと鳴る。アークボガールはなんとか拘束から逃れようともがいたが、ダンのウルトラ念力はアークボガールをがっちりと掴んで締め上げていった。

「ぐおぉぉっ! おのれ、力が入らぬぅっ。メインディッシュを前にして、おのれぇぇっ」

 いくらアークボガールがもがいても、命がけのダンのウルトラ念力は振りほどけなかった。それどころか、反抗すればしようとするほど体内に反発でダメージが蓄積していく。

 このままでは致命的なダメージを受ける。そう判断したアークボガールは、未練を残しながらも背後に青黒くうごめく異次元ゲートを作り出した。

「ここは引いてやろう! だが、貴様もそれほどの力はもう使えまい。ほんの少しディナーを長引かせただけだということを忘れるなよぉーっ!」

 そう言い捨てると、アークボガールは最後の力で後ずさって異次元ゲートの中へと消えた。

 ゲートが閉じると、あたりはそれまでのことが嘘だったかのように静けさに包まれた。風がゆっくりと生暖かく過ぎていき、水位がやや下がったラグドリアン湖が小さな波を白く立てて凪いでいる。

 ベアトリスたちは、あの怪物は去ったのかと、ほっと胸をなでおろした。しかし、ダンに視線を移した瞬間、彼が力を失って倒れこむ姿を見てしまったのだ。

「ダンさん!」

 顔を青ざめさせて、ベアトリスたちはダンに駆け寄った。

 倒れたダンは、気を失っているのか固く目を閉じて、瀕死の病人のように荒く息をついている。ベアトリスたちがいくら呼びかけても返事はなく、まさかと思ってダンの額に手を当てたビーコは愕然とした。

「あつっ!? ひ、ひどい熱。信じられない」

「なんですって! シーコ、すぐに馬を探してきて! ダンさんを医者のところまで運ばなくちゃ」

「は、はいっ!」

 シーコが緑色の髪を振り乱しながら、『フライ』の魔法で町の方向へと飛んでいった。

 ダンは相変わらず呼びかけても返事をしてくれず、その苦しそうな表情を見てベアトリスたちの胸は痛んだ。

「ダンさん……そうだわ! エーコ、わたしのハンカチを湖の水で濡らしてきて。少しでも熱を下げるのよ」

「は、はいっ! わかりました」

「エーコ、わたしのハンカチも持っていって、たぶん三枚あってもすぐに足りなくなるわ」

 ビーコからもハンカチを受け取って、エーコは急いで駆けていった。

 ベアトリスたちは、自分たちが氷を作る魔法が不得意であることを心から悔やんだ。作ることができなくはないが、氷のうにできるような適当な大きさに調節が難しい。

 だが、泣き言は言っていられない。

「ダンさん、あなたがあの怪獣を追い払ってくれたんでしょう? 絶対に助けるから待ってて。わたしたちは、みんなあなたともう一度会いたいと願ってたんだから」

 ダンからは、自分たち皆が返しても返しきれないほどの大きな恩を受けている。恩を受けたからにはきちんと返すのが貴族の道。いや、ティラとティアに習うまでもなく、恩に報いるのは人の道だ。

 しばらくして、シーコが馬に乗って急いで戻ってきた。ベアトリスたちは、ダンを馬に乗せると、一刻も早く医者に診せるべく拍車をかけるのだった。

 

 

 それから数時間後。ダンの姿は湖からほど近い小さな町の宿のベッドの上にあった。

「久しぶりだね。今度は私が君たちに助けられてしまったか。ありがとう、礼を言うよ」

 一時は人間にはありえないほどの高熱を出していたが、時間が経つにつれてしだいに落ち着き、目を覚ましたときには普通にしゃべるくらいには問題ないくらいに回復していた。

 しかし、体力の消耗は著しく、ベッドから起きることはできない。ダンは、目覚めたときに自分を心配そうに見下ろすベアトリスたちの眼差しから、彼女たちに助けられたことを察して礼を言い、ベアトリスたちは、その以前と変わらないダンの優しげな笑顔と言葉にほっとして涙を浮かべた。

「よかった……呼んだ医者も、とても手がつけられないと逃げ出すものだから、もうダメかと絶望しかけてたんだから。ダンさん、もう加減はいいの? わたしたち……」

「心配は要らない、峠は越したようだ。私の体は人間とは違うから、医者を責めないであげてくれ。君たちも、元気そうでなによりだ」

 ダンの言葉に、ベアトリスたちはようやく心から安堵した。ダンの言った、人間ではないという言葉は彼女たちにはもう問題にする価値もないことだ。彼女たちの前にいるのは、ただひとりの恩人であり友人だ。

 ベアトリスと、それからエーコたちもひとりひとりダンとの再会を喜び合った。しかし、積もる話は山ほどあるが、今はそれを語り合っている場合ではない。

「君たち、私のことはもういい。それより今はアークボガールのことが問題だ」

「アークボガール? あの怪獣のことかしら? でもあいつは、ダンさんが追い払ったんでしょう」

「いや、あんなものであきらめる奴じゃない。体勢を立て直したら必ずまた現れる。私が倒れてから今まで、どれくらい経ったかね?」

「えっ? 三時間、いえもう四時間になるかしら」

 それを聞いて、ダンの表情に深刻な色が浮かんだ。

「そうか、もう一刻の猶予もないな。君たち、事情は私も仲間から聞いている。今すぐ、ラグドリアン湖の底の水の精霊の都に行くんだ!」

「えっ! 今すぐってそんな。まだ準備もぜんぜんできてないのよ」

 ベアトリスたちは仰天した。東方号の改装は遅れ気味で、まだとても出港できた状態ではないと聞いている。しかしダンは真剣だった。

「無理は承知している。だが、アークボガールが再度現れたときに、また追い返す力は私には残っていない。そして、再び奴が現れたときに迎え撃てるウルトラマンは今ハルケギニアにいないのだ」

「ええっ!?」

 絶句した。あれほどの怪獣が現れるというのに、ウルトラマンが来られない? 軍隊はトリスタニアで戦争の真っ最中で、とても余裕なんてないというのに。

 そしてアークボガールが再び現れたときに起こる惨状をベアトリスたちは思い浮かべた。手始めにラグドリアン湖は干上がらされ、トリステイン全土が、果てはハルケギニア全土のありとあらゆるものが食い尽くされてしまう。

「ウルトラマンAは? 彼はどうしたんですか」

「残念だが、消息不明だ。エースのことだから無事だとは思うが、今来ることはできないようだ。よしんば来れたとしても、アークボガールはウルトラマン数人分に匹敵する力を持っている恐るべき敵だ。エース単独での勝機は薄い。だから今のうちに、湖の底にあるという異世界への扉を通して、私の世界に応援を要請するんだ」

「ダンさんの世界……やっぱり、ダンさんは違う世界からハルケギニアにやってきたんですのね」

「そうだ。私たちは向こうの世界で、宇宙の平和を守る組織に属している者だ。向こうの世界では、私の兄弟たちがヤプールを倒すために扉が開くのを待っている」

 ごくりとつばを飲み込む音が複数響いた。ウルトラマンの仲間たち、それらが来てくれたら今世界を覆う暗雲も一気に晴らしてもらうことができるかもしれない。ベアトリスは、心音が高鳴ってくるのを抑えながらダンにもっとも重要なことを尋ねた。

「それで、あの怪物……アークボガールが再び現れるまで、どれくらいの時間が残っているの?」

「よくて、一日というところだろう」

「い、一日……」

 目まいがして、ベアトリスは倒れこみそうになるところを慌ててエーコたちに支えられた。

 たった一日? たった一日で、人跡未踏の秘境であるラグドリアン湖の底の底にあるという水の精霊の都にたどり着かねばならないというの? ミスタ・コルベールは、万全の状態でも保障はとてもできないという、人間の侵入を到底許さない水圧の地獄だというそこに。

 だが、迷っている時間すらない。ベアトリスは、気力を奮い起こして立ち直った。

「エーコ、ビーコ、シーコ、街に戻るわよ。ミスタ・コルベールと東方号の関係者全員を集めて、今度はわたしたちがダンさんたちに恩を返す番よ」

 無茶は承知だ。しかし、ダンは以前のことに重ねて、今度は死にかけてまで自分たちやハルケギニアのために戦ってくれた。ティラとティアが小さな恩でも命をかけてくれたように、今度は自分の番だ。

 

 

 そして一時間後、風竜を呼び寄せて大急ぎで東方号の母港に戻ったベアトリスは、東方号に関係者を緊急招集し、コルベールに今すぐ東方号を出港させるように命じた。

「無茶です!」

「無茶は承知よ。けど他に方法がないの! オストラントを使って、ラグドリアン湖の底の底へ潜るの。あと、十二時間以内にね」

 ベアトリスの言い出した、無茶にも程がある命令にコルベールは当然反発した。けれど、ベアトリスは真剣だった。

 皆が集められた東方号の甲板の上には、コルベールのほかに、キュルケやシルフィードにファーティマ、船のクルーをかねている銃士隊の面々や、ギーシュたち水精霊騎士隊、それにティラとティアもつめている。

 なお、アニエスとミシェルはトリスタニアでの戦いで指揮をとっており、ここにいる銃士隊は一般隊員だけだ。水精霊騎士隊の面々は、トリスタニアでの防衛戦に参加したがったが、東方号の扱いに習熟したクルーに代わりがいないという理由でコルベールが反対したのでここにいる。ギーシュたちは不満がったけれども、それは戦争に若者をできるだけ関わらせたくないというコルベールの親心だった。未熟なうちに無理をしなくとも、彼らの世代が命をかけるべきときは、今の世代が退いた後からでいい。

 一方で、ティファニアとルクシャナはトリスタニアで王宮にとどまっている。戦争の渦中の場所で危険とも思われたが、教皇が虚無の担い手を狙っているのは明白なので、防備の万全な王宮のほうが安全と判断されたのだ。ルクシャナはその護衛と話し相手もかねており、彼女たちの身辺はミス・ロングビルが見張っており、場合によっては烈風も即座に駆けつける。再びさらわれる危険性は小さいと見られた。

 対して、ファーティマがこちら側にいる訳は、自分がサハラからやってきた使命の半分は果たしたので、もう半分を見届けたいという理由だった。ティファニアとの再会を果たした後、ティファニアはいっしょにいてほしいと懇願したが、どんな理由があろうとも人間同士の争いにエルフの軍属である自分が関わるのはまずいということで身を引いたようだ。

 人それぞれの思いはバラバラだけれども、誰もが自分のいる場所で戦い続けている。だが、大抵のことには驚かないくらい場数を踏んできた彼らでも、予定を大幅に上回る突然の出港命令に戸惑いを隠せないでいた。

 なにせ東方号はキングザウルス三世から受けたダメージすら残っている状態だ。潜水艦への改造は半分もできておらず、まだ工事の真っ最中だというのに。

 しかし、それでもベアトリスの語った、アークボガールの脅威の話は全員を戦慄させるに充分だった。

「ラグドリアン湖を、いやハルケギニアすべてを食い尽くすほどの怪獣が半日後は現れる。しかもウルトラマンたちは今回は来られないって、それは確かに問題だね。本当のことなのかい?」

 ギーシュが話のスケールの大きさに怪訝な表情で尋ねてきた。この街からではさすがにラグドリアン湖の異変はわからず、信じられなかったとしても無理はない。

 だが、そこへエーコたちの姉妹たちと、そのひとりのユウリに肩を支えられながらダンがやってきた。

「ダンさん! まだ休んでないと。ここはわたしが」

「心配はいらないよ。ここはやはり、私からお願いするのが筋だろう。はじめまして、何人かは久しぶりな顔もいるね」

 ダンは穏やかな表情で皆を見渡し、ダンの顔を見た何人かの銃士隊員は驚いて言った。

「あなたは、あのときの超獣を倒したウルトラマン!」

「そう、私の本当の名前はウルトラセブン。この姿のときは、モロボシ・ダンと名乗っている。君たちには弟のエースが世話になっているようだね、ありがとう」

 ほぼ全員が口から心臓が飛び出そうな衝撃を受けたのは言うまでもない。これまで謎の存在であったウルトラマンが、人間の姿で自分たちの前に立っている。

 皆がどう言ったらいいかわからず、ギーシュやギムリなどは目を白黒させながらあわあわしているばかりだ。そんな彼らに、ダンはゆっくりながら真剣な様子で話し始めた。

「聞いて欲しい。今、この世界が外敵に狙われているのは君たちも知ってのことだろう。君たちも何度もヤプールとは戦っているね。最初はヤプールだけだと、我々も思っていた。しかし、今やヤプールにとどまらずに、我々も知らなかった闇の勢力がこの世界を我が物にしようとしている」

 ダンの言葉に、ギーシュたちは教皇やジョゼフのことを思い浮かべた。確かに、ヤプールが彼らの背後についている可能性もあるが、手口がどこか違う気がしないでもない。考えてみれば、同じように卑劣ではあってもヤプールは自分の存在を誇示するように発覚後は派手に動くが、教皇やジョゼフがからんでいると思われる事件では黒幕がわからないように毎回煙にまかれることが多かった。

 納得する皆を見回して、ダンはベアトリスたちに説明したのと同じようにアークボガールの脅威を伝え、さらに話を続けた。

「宇宙には、善も悪もそれぞれ数え切れないほどの生命が住んでいる。私たちウルトラマンは、こことは違う別の世界で平和を守るために戦っている者だ。そして我々は、この世界に侵略を始めたヤプールを倒すために、一度この世界に通じるゲートを作ろうと試みたが、ヤプールによって妨害されて、たどり着けたのは私だけだった」

「じゃあ、ウルトラマンAやほかのウルトラマンは?」

「エースは事故によってこちらの世界に飛ばされてしまったらしい。それから、全員を把握できているわけではないが、この世界に元々いるウルトラマンや、さらに別の世界から来たウルトラマンもいるようだ。だが、敵の勢力はもはや我々だけでは抑えきれないところまで来てしまったようだ。すでに、アークボガールによってふたりのウルトラマンが倒されている」

「な、なんですって!」

 ダンがヒカリとジャスティスのふたりが敗退してしまったことを告げると、場に明らかな動揺が流れた。

「エースは消息がわからず、私はバキシムとの戦いで力を使い切ってウルトラセブンに戻ることができない。今、アークボガールが再び現れたら食い止める手段がないんだ。だから頼む、君たちの力を貸して欲しい」

「そ、そりゃまあ。助けてくれと言われたら助けるのはやぶさかではないですが、いったいどうすればいいんですか?」

「私たちの世界からこちらの世界にやってくるための努力は今でも続けられているはずだ。しかし、問題はこちらの世界の位置を突き止める方法なんだ。ラグドリアン湖の底にあるという異世界への扉からシグナルを送れば、それを辿って私たちの世界でヤプールと戦っていた人間たちや、私と同じウルトラ兄弟がこの世界に来ることができる。そうすれば、アークボガールやヤプールたちとも互角に戦うことができるだろう」

「ウルトラ……兄弟」

 ギーシュたちの顔が一気に輝いた。エースと同じウルトラマンがまだそんなにいるというのか。そうすれば、本当にヤプールらにも勝つことができるかもしれない。

 希望を見つけたことで、ギーシュたち水精霊騎士隊の意見は一気に実現の方向へと動いていった。

 けれど、銃士隊の面々はまだ話のスケールの大きさゆえに納得しきれていない。そこへ、キュルケが断言するように言った。

「私は信じるわ。ミスタ・ダンの言葉をね」

「ミス・ツェルプストー?」

「私は以前、異世界からやってきたウルトラマンAの仲間と会ったことがあるわ。ウルトラマンメビウス、ウルトラマンヒカリとね。残念だけど、そのときには一時的にしかいれないからメビウスは帰ってしまったけど、彼らの力は間違いなくヤプールも恐れるほどだった。だから、私は信じるわ」

 キュルケの言葉の自信のほどに、銃士隊の面々もそれならばとうなづいた。

 

 これで総意は決まった。後は実行手段だけである。

 だが、東方号の責任者であるコルベールの顔は渋かった。

 

「非常に難しいですね。潜水機能自体は元々ついていたものを使えばいいのですが、船体がボロボロなので水中でどこまで動けるものかわかりません。だから潜るというより、ほとんど沈むしかできないと言ったほうがいいでしょう」

「沈むだけ……でも、水の精霊に案内してもらえるんだから、真上から沈んでいけばいいんじゃないの?」

 キュルケが、とにかく辿りつければそれでいいというふうに言うが、コルベールは首を振った。

「それは私も考えた。しかし問題は、中に乗る人間なのだ。今現在、完成しているのはわずかに二割分だけ、ラグドリアン湖の水圧から生きていられる場所はそこしかない」

「そこだけじゃダメなんですか? とにかく辿りつければいいんでしょ」

「船とはそんな簡単なシロモノじゃない。船のこんぴうたあによって、全体を操ることはできるが、なにせいじれるだけいじりまわした後だ。本来なら、各部分を人間の手でサポートしなければならん。それでも、水中で武器を使うのをやめて、航行することも放棄するならいい。だが、本来は耐圧区画は卵のからのように全体がひとつになって強度を維持するようになっているんだ。一部だけだと強度はいちじるしく下がってしまう。なによりテストも一回もしていないんだよ」

 もちろん固定化の魔法で最大限補強した上でのことだ。ラグドリアン湖の深部の水圧はそこまで強烈なので、乗る人間が無事でいられる保障は一片もないと、コルベールは断言した。

 皆が一様に押し黙った。誰だって押し潰されるのも溺れ死ぬのも嫌に決まっている。そんな中で、レイナールが手を上げて意見を述べた。

「要は、水の精霊の都で、その装置を動かせればいいんだろう? なら、ミス・ティラとミス・ティアに潜って持っていってもらえばいいんじゃないかな」

 ティラとティアが水棲宇宙人だということは、銃士隊と水精霊騎士隊には明かされていた。何度も宇宙人に苦戦させられてきた銃士隊は少々難を見せたがベアトリスが強引に説得し、水精霊騎士隊に関してはティラとティアが美少女だという一点だけでも採決率百パーセントであった。

 しかしティラとティアは首を横に振った。

「無理ね。あの湖には一度素もぐりでどこまでいけるか試してみたけど、半分くらいで頭が割れそうになって引き返してきたわ。わたしたちの星の人間は大きな海に住んでいるけど、どんな深さでも大丈夫ってわけじゃないのよ」

「一応言っておくけど、装置を自動にセットして沈めるって手も無理よ。この装置、最後は必ず手動で動かさなきゃいけないようにできてるし、下手に固定化の魔法を強くかけたら動かなくなる可能性もあるよ」

 海棲人パラダイ星人でも、どんな深さでも耐えられるというわけではない。ある時空では、地球侵略に来た海生宇宙人が地球の海の水圧で巨大怪獣になってしまったという。海の底というのはある意味宇宙よりも過酷な世界なのだ。

 と、レイナール案が挫折すると、今度はギーシュが薔薇の花の杖を振りながら考えを述べた。

「ただ潜ればいいっていうなら、頑丈な鉄の玉を用意して、それに入っていけばいいんじゃないかね? 鎖をつけておいて、浮かぶときは引っ張り上げてもらえばいいじゃないか」

「過去にもその方法で潜ろうと試みた学者がいたそうだ。だが、途中で中が酸欠に陥ってしまってあえなく失敗したらしい。水中で人間が長時間生き続けるためには大量の空気を持ち込まなければならんが、そんな大きい鉄球を作っている時間などないよ」

 ギーシュの案は潜水球として悪くはなかったが、準備の手間の関係で残念ながら没となった。そして最後にギムリが手を上げた。

「その、アークボガールという怪獣はラグドリアン湖を丸ごと飲み込んでしまうほどなんだろ。なんならラグドリアン湖の水を丸ごと飲み込んでもらったら楽に湖底まで行けるんじゃないか?」

 さすがにこの暴論には即座にキュルケが否をぶつけた。

「あのねえ、ヤプール並に頭のいい奴がウルトラマンを呼びに行くのを黙って見過ごしてくれるわけないじゃない。仮に目を逃れられたとしても、その頃にはトリステインはボロボロに食い荒らされてるわ。なによりラグドリアン湖がなくなったら周りの森は枯れ果てるし、湖畔の町や村は全滅するわ。トリステインが破産しちゃうわよ」

「やっぱりダメか。まあ人間の力じゃ、湖の水を全部かき出すなんて無理だしなあ」

 湖の生き物のことを考えると、とても無茶はできない。ジャックやゾフィーが大胆なことをやった前歴があるが、ダンはそれは言わないでおこうと思った。一応、後で元に戻っているようだし。

 だがこれで、正攻法で湖に潜るしかないということがわかった。ベアトリスはあらためてコルベールに命じる。

「ミスタ・コルベール、今現在の状況で、ラグドリアン湖の底に行くことはできる? どんな可能性でもいいわ、言ってちょうだい。無理ならハルケギニアは丸ごと食べつくされてしまうのよ」

 不可能……と本来なら絶対に言う。しかし、それではすべてが終わってしまう。

 コルベールは熟慮の末に、ゆっくりと口を開いた。

「可能です。潜水以外の全ての機能を放棄して、水圧に潰されないように沈む速さをゆっくりと調節しながら、耐圧区画を中から常に魔法で補強しながらなら、潜りきることは可能でしょう」

 全員の顔が喜びに変わり、ギーシュなどは早速出港しようとすでに息巻いている。

 しかし、コルベールは決して楽観的に言ったわけではなかった。

「ただし、条件があります」

「条件?」

 皆が振り向くのを見て、コルベールは重々しく答えた。

「まず、窒息するのを防ぐために、乗り込ませられるのは多くて五人、いや六人までが限度です。さらに、中から耐圧区画を補強し続ける必要上、可能な限りメイジである必要があります」

 たった六人。それもメイジである必要上、銃士隊員たちはこの場で留守番が決まってしまった。

 だが、コルベールの言いたいことはそんなことではなかった。次に彼が口にした言葉は、全員の心臓を氷の指で締め上げた。

「沈みきった時点で、中に残った空気、そして全員の精神力もゼロになってしまうでしょう。つまり、成功しようがしまいが、一度沈めばもう二度と浮かび上がってくることはできないということです」

 

 沈黙が場を支配する。決死ではなく必死が待つ作戦……結果がどうなれど、確実に六人の仲間を失ってしまう。

 どうすればいい? どうすれば……? 容易に口を開くことは、誰かに死ねと言うも同然の問題に、誰の顔も苦渋に染まる。

 

 だが、そうして東方号の甲板で立ち尽くす彼らを、船のマストの上から面白そうに見下ろす数人の少年少女の姿があったのだ。

 

「おやおや、雇い主にあいさつに来たら妙なことになってるねえ。でも、これは売り込みのチャンスかもしれないね。よかったじゃないか、君たちふたりにさっそく汚名返上の機会が来たかもしれないよ」

「はーい。戦争に出るよりはおもしろそうだし、あの子たちの困った顔も可愛いわ。わたしがいないとダメなのねって風に育てるのも、悪くないかもしれないわね」

「おい! お前がひとり五十万エキューで雇ってくれるところがあるって言うから、やっと兄さんの機嫌が治ったのに余計なこと言うなよ。まったく、こんなことになったのも余計なことを言ってきたロマリアが悪い!」

 

 

 続く


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