ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第38話  海神の目覚め、巨砲鳴動ラグドリアン

 第38話

 海神の目覚め、巨砲鳴動ラグドリアン

 

 海凄人 パラダイ星人

 古代怪獣 キングザウルス三世 登場!

 

 

 ラグドリアン湖から流れる河水にその身を映らせて、東方号はその全長四百五十メートルの巨体を雄雄しく水上に浮かべている。

 東方号、その前身はミミー星人の作り出した軍艦ロボットアイアンロックスであり、大和、武蔵、信濃の三大巨艦をベースにして作られた巨体に隙間なく搭載された兵装は、敵としてあったときは人間たちを大いに苦しめた。

 しかし、人間の手に落ちた今は、その恐るべき力の一端も発揮できていない。ミミー星人のオーバーテクノロジーは人間の手に負えず、コルベールでもアイアンロックスという器の鎧の部分しか利用することができなかったのだ。

 

 秘めたる力を発揮できずにいる、眠れる巨人オストラント……だが、その東方号を二対の眼が望み、エメラルドグリーンの髪をなびかせながら見守っていた。

 

「なりゆきで来ちゃったこの星だけど、住んでみるとなかなか楽しかったね、ティラ」

「そうね。人間って生き物も、聞いてたほどは悪くはなかったわ。できれば、もう少し色々知りたかったけど、それも今日までかな。ほんとにいいの? ティア」

「いいさ、けっこう楽しんだけど……どのみち、わたしたちは帰れないんだものね。このまま正体がバレるのを怖がって生きていくより、この命はすっきりする使い方をしようさ。な」

「ふふ、あの人たちともっと遊びたかったけど、さっきも恩を返したつもりが助けられちゃったしね。死なせるわけには、いかないもんね」

 

 東方号と、そこに乗っている人たちを見つめるその目は優しい。

 この世界は、この世界に生きる者たちのものだが、この世界に生きているのはこの世界の者だけではない。

 異なる世界の人のために、彼女たちはひとつの決断をした。それが、彼女たちの望んだ人たちの運命にどんな航路を示していくのだろう。

 

 

 東方号に、運命の時が迫りつつある。しかし、今の東方号は危機に追われ、まだそれを知らない。 

「全艦最大船速! 壊れてもかまわん。まわせるだけまわせえ!」

 東方号の艦首が波を切り、巨大な船体がゆっくりと港の桟橋を離れていく。

 その背に望むのは燃える街。鋼鉄の船体に炎の色が赤く揺らめき、崩れ落ちる建物の轟音を水蒸気機関の叫び声が上書きして、河水の表面を叩いて震わせる。

 出航する巨大戦艦の姿は勇壮で、時が時ならば人々の歓呼の声に見送られていくことだろう。だが、この出航は勇壮とは正反対に、その背に迫っている巨大怪獣の魔の手から逃れるためでしかない。

 その怪獣の名は、古代怪獣キングザウルス三世。人間たちの必死の抵抗をねじ伏せながら暴虐の限りを尽くし、今まさにトリステインの希望である東方号さえも破壊の牙にかけんと迫り来ている。

「だが、なぜあの怪獣は東方号を狙って来ているんだ……?」

 水蒸気機関を必死に炊きつけながら、水精霊騎士隊の少年のひとりがつぶやいた。

 あの怪獣は、軍隊の妨害にあっても進路を変えようとはせず、道路も無視して街を破壊しながら東方号へと向かってきた。今でも、視線の先は東方号に固定されており、決して逃がすまいとしているかのように建物を破壊しながら向かってくる。まるで、必死ささえ感じさせるほどに高く雄たけびをあげながら。

 進路上にあるものは目障りどころか、目にすら入っていないとばかりに粉砕し、むやみやたらに吐き散らす放射能光線が炎を吹き上げて、キングザウルス三世の通った後は地獄絵図のような惨状を呈していた。

 あれに追いつかれるわけには絶対にいかない。東方号のブリッジでは、激を飛ばすために乗り込んできたベアトリスがエーコたちを通じて、緊急出航であるために人数が足りていない東方号の各所へと指示を出していた。

「いい? この船を沈められたらわたしたちのこれまでの苦労もなにもかもおしまいよ。飛び立てるようになるまで時間を稼いで、この船に女王陛下がいらっしゃると思って動きなさい! この船なら簡単には落とされない、空まで逃げればわたしたちの勝ちよ」

「特に男たち! 普段ふざけてる分はちゃんと働きなさいね。もし使えなかったら、グラモン隊長が帰ってきたら全員丸坊主にしてあげるから覚悟なさい」

「こんなときに、ミスタ・コルベールはいったいどこに行っちゃったのよ、もう」

 自分たちだけで、この東方号を扱いきれるのか? ビーコが不安そうに外を見渡すと、窓が開いて外からつるっぱげの教師が飛び込んできた。

「すまない、遅くなった」

「ミスタ・コルベール、この非常時にどこに行っていましたの?」

「ちょっと人懐っこい犬とじゃれててね。君たち、慣れない身でよくこの船を動かしてくれた。さあ、後は私が引き継ごう」

「お願いしますわ。けど、早くしないと追いつかれてしまいますよ。まさか、水の中にまでは追ってこれないと思いますけど、あの光線は脅威です」

「わかっている。それにしても、あの怪獣、まるでなにかに焦っているかのような必死さだ……この東方号に、それほど欲しい何かがあるというのか? いや、今は考えている場合ではない!」

 東方号はその巨体のため、スピードを出すには時間がかかる。ましてや、この非常時に緊急加速を行おうとするならば、ひとつのミスも許されない緻密な操作が必要とされるのだ。コルベールは船の各所に通じる伝声菅に次々飛びつき、すでに彼の体の一部ともなっている水蒸気機関の制御室や燃料庫に指示を出していった。

 

 

 生みの親であるコルベールが帰ってきたことを喜ぶかのように、水蒸気機関から石炭の黒い煙を盛大に噴出す東方号。

 黒煙の柱は東方号の翼につけられた四基の水蒸気機関それぞれから伸び、天へ向かって登っていく。その光景は、日本でも昭和の昔に数多く見られ、煤煙が空を覆って多くの生命を苦しめたこともあるが、蒸気機関車の煙突からたなびく黒煙が子供たちの心を打つように、力強く吹き上げる煙はこよなく人の心を揺さぶるものがある。

 港を離れていく東方号を、街に残った防衛隊の兵士たちや、対岸からも大勢の人が見ていた。

「おおっ! オストラントがゆくぞ」

「がんばれ、お前たちはトリステインの希望の星なんだ!」

 トリステインが誇る、世界最大の軍艦である東方号のことは現在マザリーニ枢機卿の政治的戦略で大々的に宣伝されていた。それには虚飾も多く混ざっているとはいえ、東方号が存在するだけで多くの人に安心感を与えられている。

”トリステインにはオストラントというすごい戦艦がある。トリステインにどんな敵が襲ってきても、オストラントが必ず撃退してくれるだろう”

 実際の東方号には、まだ戦う力はない。だが人が生きていく上で拠り所となるものがあるかどうかということは、非常に大きい。例えるならば、警察が常に犯罪者を取り締まってくれているからこそ市民は毎日に安心感を持って生活できるのと同じようなものだ。

 闇に包まれた現在のハルケギニアで、トリステインの人たちが落ち着きを保っていられるのも、東方号がいるという安心感が一端を担っているのは間違いないだろう。

 だからこそ、東方号は沈むわけにはいかない。幻の期待だとしても、誰かの支えになっているものが折れることは絶対に許されないのだ。

 一般人の無邪気で無知な声援に混じって、防衛線を突破されてしまったトリステイン軍の将兵や、自艦を撃墜されてしまったあの司令官も出航していく東方号を見守っている。

「頼むぞ、なんとしても逃げ切ってくれ。オストラントの存在は、今や百隻の戦列艦にも匹敵するのだ」

 

 

 だが、人間たちの努力など関係ないとばかりにキングザウルス三世は、もうすぐ後ろまで来ている。そしてついに、追いすがるように放たれた放射能光線の赤い光が東方号の至近の水面に炸裂して高々と水柱をあげた。

「きゃああっ! やられたっ」

「やられてないっ。水柱があがっただけよ」

「だがすごい威力だ。あんなものをまともにもらうわけにはいかないな。機関室、まだ本調子にはいかないのか?」

 外れたとはいえ、今の攻撃で東方号はかなりの揺れに見舞われた。あんなものをまともに受けたら東方号とてただではすまないだろう。

 早く、まだ飛べないのか、早く! ビーコやシーコの悲鳴が響き、コルベールも額が汗でさらにてかって輝く中、ようやく待ちに待った報告が伝声菅から響いてきた。

「今、圧力が最大に上がりました。いつでもいけます! というか早くお願いします!」

「ようしいいぞ、こんなこともあろうかと水蒸気機関をさらに強力な圧力で使えるようにと日々強化してきたかいがあった。もうすぐ飛べるぞ、準備したまえ」

 東方号の水蒸気機関のプロペラがうなりをあげて回転し、風圧で水面に巨大な波紋を四つ生み出した。

 この水蒸気機関の推進力で巨大な翼に揚力を与え、東方号に飛翔する力が与えられる。轟音とともに速度を上げていく東方号を見て、沿岸の観衆たちからもさらに大きな歓声が上がる。

 だが、膨れ上がった期待は時に風船のように儚い。激しく回転するプロペラを見て、それがキングザウルス三世の視線も激しく刺激するのはもはや必然であったのだ。

 東方号のプロペラを睨みつけ、大きく口を開くキングザウルス三世。さっきの攻撃は相手の足を止めるための威嚇のつもりであったが、威嚇しても止まらないというのであれば野生の本能は容赦しない。

「右翼大破! 一番、二番水蒸気機関が!」

「み、ミスタ・コルベール!」

「なんということだ、これではもう飛びようがないっ」

 放射能光線が東方号の右翼を貫いて爆発し、右翼は真ん中から折れて千切れ飛んでしまっていた。東方号は飛行するために、風石、宇宙人の円盤から流用した半重力装置、そして水蒸気機関の加速で生まれる揚力を利用しているが、水蒸気機関の推力なしでは浮くことはできても前進する力がほとんどなくなってしまう。当然、浮いただけの状態なぞはいい的以外の何者でもない。

 右翼を破壊されて、東方号は大きく煙を噴いている。だがその煙も、今は悲嘆を誘うものでしかない。

「ミスタ・コルベール、どうしてくれますのよ!」

「落ち着いて、ミス・クルデンホルフ。まだやられたわけではありません。こうなれば、水上航行でできるだけ遠ざかるしかありません。まだ何発かは食らうでしょうが、東方号の頑丈さを信じましょう!」

「そんな! あなた正気なの?」

「あきらめたらすべて終わりですぞ。私は教え子たちからそう学びました……あの光線も、届く範囲には限りがあるはずです。ラグドリアン湖まで耐えられれば我々の勝ちです!」

 コルベールは、あの苦しかったサハラでの戦いを思い出していた。限界は理屈で決まるものではない、限界を超えることができるのが人間なのだ。

 しかし、人間が限界へ挑戦するように、怪獣もまた理屈を超えてくる。次第に沿岸から遠ざかり、怪獣の姿も小さくなっていくことで安堵の息を吐きかけていた見張り所から、信じられない報告が飛び込んできたのだ。

「か、艦橋! 大変です。か、怪獣が水の中に!」

「なんですと!? なんと、あの怪獣は泳ぐこともできるのか!」

 コルベールやベアトリスたちは窓から船の後ろを望んで驚いた。あの怪獣が河に飛び込んで、首と胴体を水面に出して泳いでくる。まるでワニのようだ。

 

【挿絵表示】

 

 悪夢を見ているのではあるまいか。だが、これはあながち荒唐無稽な光景ではない。

 水の中を泳ぐキングザウルス三世……ありえないようだが、ここでキングザウルス三世の頭の形を見て欲しい。長く前に突き出て大きく裂けた口を持つ形が、古代地球にも生息した海生爬虫類であるイクチオサウルスやモササウルスなどに似ていると思われないだろうか? それに、全体のシルエットも、足をヒレに変えても違和感がないと思われないか?

 生物には進化といい、時間が経つに連れて自らの体を変えていく機能がある。だが、生き物の体をよく観察すれば、進化する前の先祖の生き物の形の名残を見つけることができる。

 例えば、人間のお尻には猿だったころに尻尾があった名残の尾てい骨という出っ張った骨があるし、わかりやすい例としては犬の先祖が狼だということは一目でわかるだろう。怪獣にしても、よく似た体つきをしていて地底怪獣という共通点を持つパゴス、ガボラ、ネロンガなどは、ほとんど同じ体つきをしていたバラナスドラゴンという古代爬虫類を共通の先祖としていたという説があるのだ。

 キングザウルス三世にしても、最新の研究から、骨格に非常に類似点のある魚竜の化石が発掘されて、これを先祖にして陸地に対応して進化した種ではないかという説が有力なのである。決して速くはないにせよ、水を恐れずに泳ぐことができるのは、奴の遺伝子に残された先祖の記憶が生きているからか。ここに、生物の底知れない驚異と可能性の一端があった。

 だが、東方号にとっては生命の神秘などは今はどうでもいいどころか、はなはだ迷惑以外の何者でもなかった。

 ラグドリアン湖を目指して航行する東方号を追って泳いでくるキングザウルス三世。東方号は全速で逃れようとするが、半分のエンジンが吹き飛ばされている今では速度が出せずに、とても引き離せない。

「ミスタ・コルベール、こういうときのためにスピードの出せる秘密兵器とかないんですの?」

「あることはあるが、飛んでいるときしか使えないんだ。これは今後の教訓だな、ブレス攻撃を無効にできる装置も考えたいし、本当にこの世は退屈しないね」

「のんきなこと言ってる場合ですの! きゃああっっ!」

「ブリッジ! こちら機関室、左翼に怪獣の光線がっ。火がこっちに、もう防ぎきれません」

 伝声菅から爆発音とともに最悪の報告が飛び込んでくる。

 やられた、これでもう東方号の水蒸気機関は使い物にならない。コルベールは、ベアトリスたちを不安にさせないために落ち着いた態度を保っていたけれども、心の中で「もはやこれまでか」と、覚悟を決めた。水蒸気機関を失ってしまった東方号は、もうまともに動くことも出来ない。

 右と左の翼を失い、激しく炎上する東方号。その中では、水精霊騎士隊の少年たちや銃士隊、それに新規のクルーたちが必死に走り回って消火に当たっているが、炎は衰えるどころか勢いを増し続けている。彼らももちろん必死だが、補充クルーは錬度が足りない上に、今はアニエスやギーシュといった中心メンバーがいないことが響いていた。

 キングザウルス三世は、東方号にある程度まで接近すると水上に停止して、そのまま放射能光線を連続して撃ち掛けてきた。爆発に次ぐ爆発が起こり、東方号の船体がみるみるうちに削り取られていく。

「こちら左舷の消火班です! もう、もう手がつけられません。応援を、応援を!」

「右舷、負傷者多数で行動不能です。退避の許可を、撤退許可を!」

「後方格納庫、天井が崩落寸前です。このままではせっかく積み込んだゼロセンが押し潰されてしまいます!」

 伝声菅や伝令を通じて、船のあちこちから悲鳴のような報告が上がってくるが、コルベールには打てる手がなかった。図体こそ大きいが、東方号には反撃できる武器がない。翼を奪われてしまった今、東方号は虎を前にした孔雀も同然であった。

 放射能光線がさらに東方号を打ち据え、高角砲が吹き飛び、マストが宙を舞った。

 爆発に次ぐ爆発、放射能光線の破壊力はすさまじく、東方号でなければ数発でバラバラになっていただろう。かつて、サハラの戦いでも東方号は大損害を受けていたが、そのときに船を守り通したクルーの大半が欠けている。どんな優れた道具や兵器であろうとも、結局は使う人しだいだということを証明していた。

 東方号の惨状に、沿岸で見守っていた人々からも悲鳴が響き、がっくりとひざを落とす者も多い。彼らは東方号が戦わないのではなく、戦えないのであることを知らなかったが、希望から絶望へと突き落とされた衝撃は激しく重かった。

 大火災はもはや止めようがなく、全身を炎と轟煙に包まれた東方号は、かつて激闘かなわず最期を迎えた大和や武蔵のそれを思わせ、ウルトラセブンによって神戸港に沈んだ初代アイアンロックスの再現となってしまうのだろうか。

 

”みんなで力を合わせて、長い時間をかけて築いてきたものも、壊れるときはあっという間か……すまないなサイトくん。せっかく君が帰ってきたら、大きなプレゼントを渡そうと思っていたのだが”

 

 コルベールはふと、この世の物事の儚さを思った。世界のためにと、今日まで東方号を作り上げてきたが、今や東方号は大破炎上し、もう助かりそうもない。

 どうすればいい? どうすれば? ベアトリスたちの青ざめた顔を見つめてコルベールは考えた。航行能力を失い、正規のクルーの大半を欠く東方号にはすでにできることはほとんどない。いずれ試してみようと思っていた、”あの改造”ができていたら話は別だったかもしれないが、それも今は夢か。

「仕方ありませんね。ミス・クルデンホルフ、お友達を連れて脱出してください」

「っ! ミスタ・コルベール、どうするつもりですの?」

「もう体当たりをする力も東方号には残っておりません。私は船底に下りて、弾薬庫の起爆装置を仕掛けます」

「自爆、ですって!」

 ベアトリスは愕然とした。確かに、この東方号にはアイアンロックスの頃から残っている大量の砲弾がある。それを起爆させたら、周囲は東方号ごと跡形もなく消し飛んでしまうことだろう。

 だが、東方号は確実に失われる。そして、東方号を失ってしまったらトリステインは、そして世界は……

「バカなことを言い出さないでミスタ・コルベール。あきらめたらすべて終わりだって、あなたたった今そう言ったばかりじゃないの!」

「私はあきらめてはおりませんぞ。ただ、船は作りなおせますが、あなた方の代わりは永遠に作れませんからな。さあ、東方号がまだ持っているうちに早く脱出を!」

 コルベールは強い調子でベアトリスたちに脱出を促した。キングザウルス三世は、東方号が燃え落ちてからゆっくり餌食にしようとしているのか、一定の距離で停止したまま動かない。しかし、その視線は燃え盛る東方号から片時も動かさずに、奴の底知れない執念のようなものを感じさせられた。

 エーコたちも、急いで脱出をと急かしてくる。ベアトリスが承諾次第、すぐに全艦にも退艦命令も出るだろう。今なら、人的被害だけならば最低限にして済ませることができるだろう。

 しかし、と、ベアトリスは思った。たとえ、ここで自分たちが生き残ったとしても、それだけで意味があるのか? ただ生き延びても、東方号を失った自分たちにいったいなにができるというのか?

「ダメ、絶対ダメよ! ここで東方号を失ったら、わたしたちは来るべきヤプールとの決戦に勝てないわ。今、命だけ長らえても将来みじめに失うようになるんじゃ意味がないじゃないの!」

「無駄ではありません。生きてさえいれば、命さえあれば、必ず新しい可能性が見つかります。東方号は失われても、君たちならば東方号に代わる新しい力をきっと見つけられます」

「きっといつかじゃダメなのよ! トリステインには、今、このときに確実な力が必要なの。東方号をまた作るのに、何年かかると思ってるの? お父様が言ってたわ、意味のある生き方ができないなら死んでるのと同じだって。わたしは破滅を待ちながら無駄な努力なんてしていたくない」

「聞き分けてください。生きてさえいれば、未知の可能性に必ず出会えます。東方号は完成ではなく通過点なのです。そんなもののために、若い君たちを巻き添えにはできません!」

「完成するのを待ってくれるほどヤプールが甘いはずはないでしょう! 不完全でも見掛け倒しでも、今ここにあるものじゃないと役に立たないのよ。この学者バカのコッパゲ!」

「なんですと! くぅぅ、どこでそんな言葉を覚えたんですか。さてはうちの生徒たちの影響ですな? 淑女がそんな言葉遣いをしてはいけません! こうなったら、力づくでも降りてもらいます」

「きゃーっ! 触らないでよこの変態。あなたこそ、東方号を扱えるのが自分だけだからって最近調子に乗りすぎてるんじゃないの! 会計に苦労してるエーコの気持ち、思い知らせてあげるわ!」

「望むところです。あなたこそ、科学者の苦労も知らないで。いま少し、資材と予算をいただければ……」

 ベアトリスとコルベールの間で、押し問答からどう間違えたのか次元の低い言い争いが始まってしまった。ふたりとも、極限状況でたがが外れているために普段溜め込んでいることを吐き出しまくっていた。

 エーコたちも、これはどうすればいいのだろうかと戸惑ってしまって動けない。というより、こんな状況でケンカを始めるなんて想定外もいいところだ。

 命より大切なものはないか? 命を捨てても守り抜く価値のあるものはあるのか? 両者の主張は真っ向からぶつかり合い、ついに杖を抜いてのぶつかり合いになりかけた、そのときだった。

 

「まったく、心配して来てみれば。思った以上に危なっかしいお姫様ね」

「えっ!?」

 

 突然、この場にいる誰のものでもない声が響き、皆がその方向を振り返った。すると、そこには短い緑色の髪をなびかせた少女が笑いながら立っていた。

「ティア!」

「あなたどうして? いつの間に乗り込んでたの!」

 ビーコとシーコが驚いて問い詰めた。当然だ、今にもやられるかもしれないという船に、大事な仲間を乗せておくわけにはいかない。

 だが、ティアはエーコに今すぐ船から逃げなさいと叱り付けられると、少し寂しそうな笑みを浮かべて伝声菅に歩み寄った。

「これがエンジンルームに通じるやつね、ちょっと借りるわよ」

「えっ! 君、なんだい、君!」

 コルベールが戸惑うのを無視して、ティアはエンジンルームに通じる伝声菅に呼びかけた。

「ティラ、そっちはどう?」

「大丈夫、だいたいわかったわ。それにティア、あなたの勘が当たったわ。この船、思ったとおりにとんでもないものを抱えてる。まったく、知らないって幸せなものね……こっちは任せて、一分もらうからその間にそっちも準備よろしくね」

「了解」

 ティアはそう答えると、ふうと息をついて伝声菅から離れた。

 振り返り、緑色の瞳を揺らして笑うティア。だが、そんな彼女にエーコたちはただならぬものを感じて顔を青ざめさせている。そして、ティアはすまなそうな表情を見せて言った。

「少し待っててね。もうすぐあなたたちに、素敵なプレゼントをあげるから」

「ティア、あなたたち、いったい……?」

「あの怪獣が、どうしてこの船を狙ってくるのか教えてあげる。あの怪獣、光線にバリヤーと、膨大なエネルギーを支えられるだけの食料を求めているの。さっきティラに確認してもらったわ、この船の奥にはとんでもない威力を持った爆弾が眠ってる。あの怪獣は、それを欲しがっているのよ」

 その言葉に、コルベールははっとした。以前、初代東方号でアイアンロックスであったこの船と戦った際、才人から聞かされたアイアンロックスの自爆装置。コルベールたちの技術では解体不能だったが、ほかの装置ともども再稼動する気配もなかったのでそのままにされていた。それがまだ生きているというのか!

 しかし、ベアトリスやエーコたちにはそんなことは問題ではなかった。

「ティア、なんであなたたちにそんなことがわかるの?」

「わたしたちが、元は学者の先生のお供でやってきたのは話したわよね。怪獣を含んだ、生物についての知識もおおまかにわたしたちは勉強してきたの。あの怪獣、本来なら核物質みたいなものを食料にしていたんでしょうけど、なにかの原因で相当飢えてるみたいね。かわいそうに」

「違う、違うわ! あなたたち、前から変わった子たちだなとは思ってたけど、もしかして、もしかして」

 エーコたちの胸中に、ティアとティラの世間知らずとは言い切れないほどの言動や態度が思い起こされる。それに、先に空中装甲騎士団との戦いで見せた、ふたりの驚異的な身体能力といい、ベアトリスにもエーコたちのこと以来、あまり考えないようにしてきたことが心に蘇って、表情から血の気が失せていった。

 すでに、人ではないものを見る目にさらされているティア。コルベールも事情を察し、ベアトリスたちを守るように杖を持って構えている。

 しかし、シーコがティアに真実を問いかけようとしたときだった。

「おっと! 悪いけどその先は後にしてくれるかな。お姫様、どうあってもこの船を捨てる気はないんでしょ? それに、怪獣もそろそろ我慢の限界みたいだし」

「えっ!? きゃっ!」

 ティアの言葉が終わるやいなや、ブリッジを激震が襲った。はっとして窓の外を見ると、怪獣が首を大きく上げて放射能光線を吐きかけてくるのが見えた。

 爆発の激震、続いて艦中央部から、巨大な煙突が倒壊していく轟音が聞こえてきた。同時に、階下につながる階段やエレベーターも炎と煙に包まれる。

「これじゃ、もう脱出できない……」

 出口が完全に破壊されてしまった。魔法で飛んで脱出しようにも、ベアトリスやエーコたちは精神力を消耗しきっているし、コルベールひとりだけでこれだけの人数を抱えては飛べない。

 だが、ティアはうろたえることなく、艦橋の中央部に備え付けられていたテーブルのようなものに歩み寄ると、そっと手を置いた。

「これ、使わせてもらうわね」

「なっ? 君、それはただのテーブルだよ。やたら頑丈で、取り払おうとしてもしてもできなかったが」

「そうね、あなたちちには理解するにはちょっと早すぎるかもね。けど、わたしたちなら……」

 すると、それまでただの黒い天板にしか見えなかったテーブルが明るく光りだしたではないか。そしてティアは驚くコルベールたちを尻目に、光るテーブルの上で指を滑らせていった。

「マニュアル操作用パネル起動よし……ミミー星人め、意外と原始的なOSを使ってるわね。まあ、使いやすくていいけど。ティラ、そっちはどう?」

「順調よ、エンジンメンテナンスは終了。各部への動力伝達、すべて問題なし……好きにやっちゃって、ティア」

「了解、できるだけ楽しく、ね」

 ティアはそう言うと、タッチパネルとしての機能を取り戻したディスプレイの上に指を躍らせていった。

 熟練のピアニストのように、ティアの白い指がパネルを叩くたびに涼しい音色の電子音が鳴る。コルベールやベアトリスたちは、それまでただのテーブルだと思っていたものが突然光りだした上にティラの声まで聞こえてきた事態が飲み込めずに、ただ呆然として見守っているしかなかった。

 しかし、ディスプレイの輝きを受けて、白い肌を幻想的に照らし出しながら指を躍らせるティアによって、東方号はその眠り続けていた力を目覚めさせ始めていた。

「ミミーセキュリティをオールクリア。新規メインアカウントユーザーを登録、ティア・リアス・アーリア。登録確認、艦内全システムを戦闘モードへ移行、機関出力百パーセントを維持、ハイパーコンデンサー内圧力限界値へ、航走システムオミット、そのぶんの処理容量を火器管制へ移行、全兵装を艦橋からのオンライン制御へ」

 ティアがディスプレイを叩きながら早口でつぶやく内容のほとんどはベアトリスたちにはわからない。しかし、変化はすぐに表れた。

 爆発の衝撃や爆音とは違う、規則正しい振動と機械の稼動音が足元から伝わってくる。同時に、東方号の中心にあるメインエンジンルームには、もはや脱出することもできなくなって避難してきていたクルーが詰めていたが、大きく動き出したエンジンを目の当たりにして唖然としていた。

「そ、そんな、今までどうやって調べても動く気配すらなかったのに」

 本来の大和型戦艦の蒸気タービン式エンジンに代わって、ミミー星人によって取り付けられていた宇宙機関がうなりをあげる。アイアンロックスの巨体を軽々と動かせるほどのエネルギーが生み出され、回路を伝わって各部へと転送されていった。

 

 一方、ちょうどその頃、街の異変をラグドリアン湖から察知して、キュルケたちがシルフィードに乗って急行してきていた。

「急いでシルフィード、あの煙はただごとじゃないわ。急いで!」

 歴戦の勘が、不吉の気配を感じ取ってキュルケたちの鼓動を早くさせる。シルフィードの全速で森が震え、数百枚の木の葉が千切れて飛んでいく。

 そして、たどり着いたところで目の当たりにしたものは怪獣に蹂躙されて燃える街と、大炎上する巨大戦艦。この街に、コルベールや学友たちがいると聞いていたキュルケの胸に、最悪の予感がよぎる。

 だが、炎上し、今にも沈むかに見えた巨大戦艦から突然甲高い機械音が響き渡り、見下ろすキュルケたちの目が驚愕に開かれた。

「戦艦の大砲が、動いてる!」

 三連装の小山のような主砲がゆっくりと船の左舷方向へと回転していくではないか。旋回死角になっている右舷の一基を除いて、計十五門の砲身がキングザウルス三世へと向けられる。

 

 その様子は、対岸で見守っている人々や、東方号の艦橋からもしっかりと見えていた。

 ティアの操るディスプレイに、ロックオンされたキングザウルス三世が映し出されている。

「全砲門、自動追尾完了。砲弾、装填よし! お姫様たち、なにかに掴まって! 吹き飛ばされるわよ」

「えっ! あっ、はいっ!」

 ベアトリスたちは言われるがままに、柱や計器などにがっちりと体を固定した。それに加えて、コルベールが魔法で彼女たちの周囲に防壁を作ってガードの体制を固める。火の系統で、空気を操ることは本来不得手なはずの彼の底知れない実力の一端を感じさせた。

 照準可能なすべての砲門を向けて待ち受ける東方号。対して、接近してくるキングザウルス三世との距離は、もう一千メートルとない。

 とどめを刺そうと、艦橋に向かって口を開くキングザウルス三世。だがその瞬間、ティアの手が大きく振り上げられた。

「発、射!」

 拳を握り、そのままディスプレイに叩きつけるように振り下ろす。

 瞬間、電気信号が回路を駆け巡り、主砲に装填されていた装薬の雷管を叩いた。そして、眠れる竜はその目覚めの時を迎えたのだ。

 

 閃光、そして音速を超えた超衝撃波とともに破壊のつぶてが十五門の砲身から撃ち出され、それを目の当たりにしたすべての人間に一生消えない記憶を叩き込んだ。

「うわああっ!!」

 衝撃波が、対岸に立っていた人たちまで届き、翼竜の羽ばたきを受けたかのように彼らの身体を地面に転がさせた。

 ケタ違いの物理的エネルギー。だが、それはすべてが余剰であり、本質はそんなものではない。砲身から超音速で撃ち出された十五発の四六センチ砲弾は、人間の知覚できない刹那でキングザウルス三世に突進し、その持てる破壊の力を巨大な爆発に変えて顕現した。

「す、すごい……」

 口からやっと搾り出せたのは、そんな月並みの台詞しかなかったほどに、十五門の四六センチ砲の一斉射撃の激震はケタ外れのものだった。

 ラグドリアン湖で、初代東方号でアイアンロックスの砲撃を受けた経験はコルベールにもベアトリスにもあるが、この船の砲がここまでの威力を持っているとは思わなかった。あのときの砲弾はほとんど外れた上に、初代東方号の船体はもろすぎて砲弾が爆発せずに貫通してしまったために、直撃した場合にここまでの威力を発揮するとは。

「ただの大砲も、極限まで進歩するとこれほどになるとは……」

 コルベールは戦慄したようにつぶやいた。ハルケギニアにある戦列艦の大砲を何千門も並べたとしても、こんな爆発は起こせないだろう。異世界の戦争兵器、きっとこれ以上のものも数多くあるに違いない、人間というものは場所は違っても、どれだけ強い力を手に入れれば満足できるというのだろうか。

 けれども、現実は感傷に浸る時間を与えてはくれなかった。立ち込める爆煙の中から響き渡る咆哮とともに、バリアーを輝かせながら無傷のキングザウルス三世が再びその姿を現したのだ。

「嘘でしょ、あの攻撃を受けても傷ひとつないっていうの? ああっ、悪夢なら早く覚めて」

「ビーコさま、落ち着いてくださいよ。バリアで防がれただけですってば……けどすごい防御力のバリアね。まるで噂に聞いた宇宙恐竜みたい、ズルいよねーああいうの」

 今の砲撃の威力にはティアも自信があったらしく、完全に防がれたことに慌てはしないものの、悔しそうに声を震わせている。

「次弾、装填」

 その言葉も、心なしか弱弱しい。仕方ない、今の砲撃すら効かなかった以上は、それ以上の攻撃手段はない。

 だが、なんという防御力のバリアーか。彼女たちは当然ながら、かつてキングザウルス三世のバリアーがウルトラマンジャックの必殺光線のことごとくを跳ね返したことを知る由もないが、キングザウルス三世は用心にとバリアーを張ったままで前進を再開した。

 あのバリアーをなんとかしない限り、あの怪獣を倒す術はない。だがいったいどうしろと? 自信満々にやってきたはずのティアにもすぐにはいい方法が浮かばずに、次をしくじったらもう後はないと冷や汗がドレスを濡らす。

 そして、東方号にとどめを刺そうと放射能光線の顎が開いた、そのときだった。

 

『ファイヤーボール!』

 

 上空から直角に舞い降りてきた風竜から放たれた火炎弾がキングザウルス三世の目の付近に当たり、奴はわずらわしそうに顔を振った。

 今の攻撃は? 軍の竜騎士はすでに敗退したはずなのに誰が、と驚くコルベールたちは窓から旋回する風竜を見上げた。そして、そこに乗っていた相手の顔を見て驚き、そこから聞こえてきた声で二度驚いた。

「ミスタ・コルベール! 怪獣の注意はわたくしたちで引きつけますわ。その隙に、態勢を立て直してください!」

「ミス・ツェルプストー!? どうしてここに!」

「話は後でしょ! ともかく、そう長くは持たないから早く!」

 はっとしてコルベールは我に返った。

 そうだ、今はそんなことを気にしている場合ではない。聞いた話では、ゲルマニアに長期帰省してるらしいキュルケが現れたのは意外だったが、怪獣の気をそらしてくれている今しかチャンスはないのだ。

「だが、あの鉄壁の防御をどう突破する……?」

 力づくであのバリアーを突破できないことは嫌というほど証明済みだ。けれども、全方位を完全に守っているというのに、どうやって攻撃を通せばいいというのか?

「ん? そういえば、あの光の壁は……」

 ふと、コルベールは不自然な点に気づいた。怪獣は、頭上から攻撃してくるシルフィードにわずらわしげに首を振っている。角から波状光線を放って撃墜しようとしているが、シルフィードはひらりひらりとかわして当たらない。しかし、バリアーを張ればそもそもシルフィードは近づけもしないはずなのに、それをしないということは。

「そうか、あの光の壁は上向きには張ることができないんだ。君、聞きたいんだが、あの壁を山なりに越えて怪獣の上から砲撃することはできるかね?」

 コルベールはキングザウルス三世のバリアーの弱点に気づいた。さらに、大砲は重力に砲弾が引かれる以上、山なりの放物線軌道を描いて飛ぶように撃つことができる。それができれば、怪獣のバリアーを超えていけると踏んだのだが。

「無理よ。相手とはもう八百メイルとないわ! こんなに近くて曲射なんてできるわけないわ」

 ティアにダメだと言われて、コルベールは歯を噛み締めた。もっと遠距離ならば山なり砲撃もできるのだが、八百という距離は四十六センチ砲にとってはゼロ距離射撃に等しい。

 なら、真正面からバリアーを突破する方法は……コルベールは、一か八かに賭けてみる覚悟を決めた。

「君、ティアくんだったね。その機械で、どういうふうに大砲を撃つのか細かく決めることができるのかね?」

「は? そりゃできるけど、さっきみたいに曲芸みたいな撃ち方はできないわよ」

「そこまで無茶は言わないさ。頼みたいのはね……」

 コルベールは早口で、耳打ちするようにティアに説明した。

「えっ! そ、そりゃできるけどさ。一歩間違えたら、こっちが粉々だよ、あんた!」

「だが、あの怪獣を倒すにはもはやこれしかない。無茶は承知だ、頼む」

「……この星の人間って、ほんと危険が危ないね。まあいいよ、わたしが後でティラに怒られればいいんだし、ね」

 分の悪い賭けは嫌いじゃないよ、と、ティアがウィンクして答えると、コルベールは若い者に無茶させるのは心苦しいんだがね、と苦笑いした。

 ベアトリスやエーコたちは、なにが始まろうとしているのかわからずにきょとんとしている。しかし、もう脱出も不可能な以上、すべてを任せるほかはないと覚悟して、全員で手をつないで待っていた。

 シルフィードの妨害を受けながらも近づくのをやめないキングザウルス三世。対して、東方号の主砲も砲弾の再装填を済ませて待っている。

「準備はいいわよ、ミスタ・コッパゲ。けど、ほんとうにうまくいくの?」

「たぶんね、無敵の障壁も、向こうから攻撃する瞬間だけは解かれているはずだ。奴は食事をさんざん邪魔されて怒りに燃えているから、必ずとどめを刺しに来る。そこを狙って撃つ!」

 もはやこれしかないと、コルベールは一瞬のチャンスに賭けていた。あと、自分の名前はコッパゲではなくコルベールだよと注意しておくのも忘れない。

 チャンスは一瞬、しくじれば即死。コルベールは額に汗を流しながら接近してくるキングザウルス三世を睨みつけ、奴の目がまっすぐこちらを睨みつけた瞬間に叫んだ。

 

「離れたまえ! ミス・ツェルプストー」

 

 はじかれたようにシルフィードが飛びのく、それと同時に邪魔者がいなくなったキングザウルス三世は雄たけびをあげて口を開いた。

 今だ! コルベールは確信を込めてティアを振り返った。

「撃てえっ!」

 ティアの指先がディスプレイをはじき、東方号の全砲門が閃光を放つ。

 衝撃、そして爆発。人間の知覚を超えた速さで戦神の剣は振り下ろされ……そして結果も完全に再現された。

 

 湧き上がる煙の塊を見つめ、成功したのかと息を呑むベアトリスたち。

 しかし、煙の中でキングザウルス三世は健在であった。バリアーを張り巡らせ、またも東方号の砲弾をすべてはじき返したのだ。

 恐るべきは超防御力のバリアー。これを突破されない限り、キングザウルス三世は絶対無敵と言っていい。

 そして、今、キングザウルス三世は怒り狂っていた。元々の住処である悪魔の住む山では、豊富な天然ウランを食料として満足していたのを大陥没で追い出され、エネルギーの気配を探ってやってきたここではさんざん攻撃を受けたことによって我慢の限界に来ていたのが、今切れた。

 その怒りのままに、こしゃくな敵にとどめの放射能光線を浴びせかけようと顎を開いてバリアーを解除した。

 さぁ、これで終わりだ。反撃を受ける心配はない、あの大砲は一度撃ってから次が撃てるようになるまで時間がかかるようなのをしっかりと見ていたからな!

 

 だが、勝利を確信して放射能光線を吐こうとしたキングザウルス三世の目に、煙を突き破ってありえないものが映った。

 それは、自分の顔面に向かって、一直線に飛んでくる一発の砲弾。

 そんなバカな!? こんなに早く次の弾が来るわけはない! 刹那の間に混乱するキングザウルス三世の脳。

 

 なぜならば、奴は気づいていなかった。さっきの一斉射撃で、東方号が放った砲弾の数が”十四発”だったということに。

 

「生き物は経験から学習して進歩する。しかし、学習することが必ずしも有益だとは限らない」

 

 コルベールは、キングザウルス三世が東方号の行動パターンを読んでくることを逆手にとってトリックにはめたのだった。

 わずかな時間差で放たれた、十五発目の砲弾はキングザウルス三世の虚を突き、バリアーを張れる最後の瞬間をも超えて突進した。

 

 

 続く


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