ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第34話  水妖精騎士団

 第34話

 水妖精騎士団

 

 海凄人 パラダイ星人 登場!

 

 

 『疑わしきと見れば殺し、目ざわりと見れば滅ぼす』のがロマリアの真実だと、人はひそやかにささやく。

 聖戦を狙うロマリアのために暗躍するジュリオは、真実を知って帰国を目指す銃士隊と水精霊騎士隊の一行に吸血鬼エルザを差し向けるが、これは失敗した。

 しかし一方で、ジュリオはトリステインに残る銃士隊と水精霊騎士隊のことも忘れてはいなかった。彼らは個々の戦力ではたいしたことはないが、チームワークでそれを補って、これまで数々の怪獣や宇宙人を倒してきた。さらに現在では東方号を有し、もはやその影響力を軽視することはできない。

 そう、彼らのこれからの動向は、世界をどう動かすかわからない。それを嫌い、ロマリアはジュリオからガリアのシェフィールドを介して刺客を送り込んできた。

 刺客の名は元素の兄弟。兄ドゥドゥーと妹ジャネットのふたり組で、才人たちとほぼ同じ若さの少年少女であるにも関わらず、ただならぬ雰囲気を持つガリアの北花壇騎士の一員だ。

 ターゲットは、東方号のメインエンジニアであるコルベールと、そのパトロンであるベアトリス。このふたりがいなくなれば東方号は鉄くずと化し、水精霊騎士隊と銃士隊は頭数は残っても、最大の戦力を失って大きく弱体化する。

 そうなると、あのMATがバット星人によって全メカニックが破壊されたために、隊員のほとんどが残っていても終に再建できなかった例が再現されることになりかねない。

 

 

 危機が迫っている。このままでは世界の未来が危ない。

 しかし、ベアトリスは美少女だからまだいいとして、コッパゲの首に世界の未来がかかっているとなると、なにかアホらしい感じがしてきてしまう。

 いや、毛根の神に愛されているか否かはこの際置いておこう。ハゲていて世の中の役に立っている人もいっぱいいるからして。

 それよりも、本格的に今回の物語に入っていく前に、もう一つ前置きをしておこう。

 

 

 異変があったとき、人が後に思い返すと、「あのときは朝から雲行きが怪しかった。あれは前兆だったのかもしれない」というようなことを言う。

 そう感じたのならば何かしらアクションを起こせばよかろうものだが、人は日常に慣れると少しくらいの変化では動じなくなってしまうのだろう。

 コルベールとベアトリスの命を狙った暗殺者が港町にやってきたこの日も、表面上は何事もなく始まった。ただ、暗殺者たちが街に入ったのに前後して、ふと空を見上げたある姉妹が、あるものに気づいたことを除いたら。

 

「ねえティア、空を見て。なにかが空から降りてくるよ」

「見えてるよティラ。へえ、ドラゴンに乗った騎士たちね。ずいぶん物々しい様子だけど、こんな街になんの用かしら」

「さあ、けどわたしたちには関係ないでしょうね。それよりも急ぎましょう、ティア。皆さんを待たせたら失礼よ」

「むー、ティラが言い出したくせに、ずるいなあ。じゃあさティラ、今日はどっちが早く着けるか? フフ……」

「「競争ね!」」

 

 街の石畳に、軽快な靴音が響いて遠ざかっていく。彼女たちの少し上には、街に影を下ろしながら降下してくる騎竜の羽音が響いていたが、もう彼女たちがそれに気を向けることはなかった。

 むろん、これですむはずもなく、数時間後に彼女たちは自分たちがなにげなく見過ごしたこのことを思い出すことになる。ただ、神ならぬ身の民にとって、なにげない変化から未来を予見しろというのは無理難題に違いないのだ。

 

 増してや、ある日突然に見も知らぬ相手から命を狙われているなどということが予見できたら、それはもはや人外の域にいる者と言っていいだろう。

 今日この日も、ベアトリスとコルベールは昨日までの延長として今日を迎えた。むろん、自分の命を狙う者がこの街に入っているなど、思うはずもない。

 

 さて遅ればせながら、そろそろこのあたりで今回の物語の主道に入ろう。

 時は、ベアトリスが潜水艦伊-403でコルベールと談話してから、ざっと一時間ほどしてからとなる。

 ベアトリスは修理・改修の途中である東方号を視察し、現場責任者であるコルベールと話し合った。そして一旦休憩をとろうと、この街で拠点にしている宿に帰ってきたのだが、そこで彼女は少々落胆することになった。

「ただいま……ん、エーコたちはまだ戻ってないの?」

「はい、エーコ様たちから伝言をお預かりしています。暗くなる前には戻る、とのことですので。それまでのお手伝いは私どもが承らせていただきます」

「はぁ、そう……」

 メイドからの報告を受けて、ベアトリスは「またか」とため息をついた。メイドの、お疲れでしたら熱いお茶を淹れましょうか? という言葉もろくに頭に入ってこない。

 実はこのとき、ベアトリスはある悩みを抱えていた。それは、コルベールにも話したとおりにエーコたちのことなのだが、最近の彼女たちのある行動が悩みのタネだった。

「あの子たち、また特訓に行ってるのね。無茶してないといいけど……」

 ある日突然のことであった。エーコたちが「姫殿下にお世話になってばかりでは申し訳ないです。今度はわたしたちが強くなって姫殿下をお守り申し上げます!」と言い出したのだ。

 そして彼女たちは日々出かけて行っては特訓に励んでいる。それはいい。向上心があるのは大変けっこうなことなので、ベアトリスも最初は喜んでいた。そう、それだけならばよかったのだが……

 ベアトリスは自室に戻ると、もう一度ため息をついて椅子に腰掛けた。もしエーコたちが戻っていたら、四人でティータイムにでもしようと思っていたけれども、ひとりでは食欲も湧いてこない。

「エーコ、ビーコ、シーコ、わたしのために頑張ってくれるのはうれしいけど、わたしにとってあなたたちがいてくれることが何より大事なのよ……」

 ツインテールに伸ばした髪をいじりながら、ベアトリスはあのときのことを思い出した。超獣ユニタングと化したエーコたち姉妹をヤプールの手から救い出したとき、大切な人を失う悲しみと痛みを知った。それから今日まで、彼女たち十姉妹は人間として何事もなく過ごしてきた。ベアトリスとしてはそれだけでもう十分だったのだけれど、あれ以来エーコたちは前にも増してベアトリスに懐いてしまった。自分たちから特訓を言い出したのもその表れだが、忠誠心豊富な彼女たちは最近になってベアトリスの思いもよらないことを考え付いたのだ。

 それは、ベアトリスにとって突拍子もないものだった。最初はすぐにやめさせようと思ったのだが、言われてみると自分にとって将来役立つことにつながるので、現在は黙認していた。ただ、理屈と感情は別である。

「わたしの側近は貴女たちだけで充分と思ってたけど……でも、ねえ……はぁ」

 ベアトリスはつぶやきながら、何度目になるかわからないため息をついた。今頃、エーコたちははりきって”あれ”をやっているのだろう。

 困ったものだ。今後のことで、考えなくてはいけないことは山のようにあるというのに、これでは手が足りない。やはり、エーコたちの言うようにするべきなのか……いや、でも数だけ増やしたところで。

 思い悩むベアトリスは、やけっぱちな気持ちでベッドに飛び込んだ。そして気晴らしにと思って、ベッド脇に積み上げてあった本の一冊を手にとって広げる。それは『召喚されし書物』と呼ばれる希少な種類の書籍で、どこで誰が書いたのかはわからないが、その精巧な絵やハルケギニアのものとは懸け離れた描写からコレクターの間では人気がある。

「『リードランゲージ』……ヤー……マイマスター……うふふふ」

 あらゆる文字を解読できるコモンスペルを唱え、ベアトリスは本に見入った。どうやらそれは絵でつづられる娯楽作品のようで、遠い異国のある伯爵が主人公の物語。ベアトリスはその中に登場する執事がお気に入りのようだった。

 しかし、ベアトリスはこのとき無理にでもエーコたちの下に乗り込んでいかなかったことを後悔することになる。それも、この後ほんの少しして起こるとは、ベアトリスは知るよしもなかった。

 

 

 さて一方、ベアトリスが思い悩んでいるとは露知らず、エーコたちはベアトリスの想像したとおり、特訓に汗を流していた。

「よーし、じゃあ今日も姫殿下のために気合入れていくわよーっ!」

 エーコの声が空き地に響き、続いてビーコやシーコの「おーっ」という掛け声が続いた。

 ここは工場街にある資材置き場で、現在は物資がなく空き地となっている。割かし広く、学校のグラウンドほどの広さがあるそこで、エーコたちは姉の指南を受けて戦いの特訓をしていたのだ。

『ブレット!』

「遅いよ! 杖を振るときはとにかく素早く。かっこなんてどうでもいいから相手に向けるんだ!」

 十姉妹の五女ユウリの叱咤する声が響き、エーコたちは汗を流して杖を振り続けた。この街に来る前にはアルビオンで傭兵稼業をしていたというユウリの指導は激しく苛烈で、エーコたちは実の姉妹にも容赦のない指導に、汗をぬぐう間もない。

 それを見て、七女ティーナと四女ディアンナは妹たちに同情したようにつぶやいていた。

「いやあ、ユウリ姉さん気合はいっちゃってるねー。昔っから、体を動かすことだけは得意だったから、エーコたちかわいそー」

「魔法学院に通っていた頃なんか、学院の馬を五頭も乗りつぶして、あげくに修学旅行の馬車を三台も事故らせて、貴族の娘なのにデストロイヤー・ユウリなんてあだ名をもらったくらいですものねぇ」

「うんうん、あれでトリステイン中の騎馬業者から出入り禁止を食らって、お父さまが平謝りに駆け回ったことは忘れられないわぁ。アタシはお腹抱えて笑ってたけど」

 赤毛が目立つユウリの指導は、ティーナやディアンナの入っていく余地もないくらい過激で、ときたま女性とは思えない罵声なんかも混ざっていた。この訓練の厳しさは、銃士隊のそれと比べてもひけはとらなかったろう。

「え、エア・ハンマー!」

「遅いっ! そんなんじゃ実戦じゃ魔法を使う前に蜂の巣だよ。まずは素振り百回、かかれっ!」

「はっ、はいい!」

 エーコたちは姉の怒声に、腕が痛くなりながらも杖を振り続けた。

 が、なぜエーコたちがここまで過酷な訓練を続けてるのであろうか? その理由は、実は水精霊騎士隊にあった。

 知ってのとおり、この港町は東方号の母港である。つまり東方号を使っている水精霊騎士隊の少年たちも、この街には慣れ親しんでいてベアトリスともよく顔を合わせている。

 ロマリア行きが中止して引き返してきた際、水精霊騎士隊の一部はギーシュに率いられてロマリアを目指したが、残りは東方号とともに帰還してきた。その後、東方号の修理をしながら訓練を続けていたのだが、ある日に修理状況を視察に来ていたエーコたちに対して、水精霊騎士隊の少年の一人がこんなことを言ったのだ。

 

「修理の視察ねえ。ご覧のとおりさ、毎日毎日、少しでも早く直そうとみんな奮闘しているあの音が、一リーグ離れていたって聞こえるだろ? それをわざわざ見に来るなんて君たちも暇だね。ぼくらなんか、今日も厳しい訓練を続けているっていうのに。まあ、しょうがないか、ぼくらの肩にはトリステインの将来がかかってるけど、君たちはクルデンホルフ姫殿下のお茶汲みをしてれば安泰なんだろ? そんなことより、よかったら後でいっしょにお茶でもどうだい」

 

 そいつは訓練の疲れから来たストレスでか、深いことは考えずに嫌味を言ったのだろうが、これがエーコたちの逆鱗に触れた。

 以前とは違い、一度離反して自分たちを救ってくれたベアトリスに対する彼女たちの忠義は本物だ。その自分たちの忠義を侮辱されたことは、主君であるベアトリスを侮辱されたことに他ならないからだ。

 エーコたちは激怒した。そして軽口を叩いた太っちょなそいつは、茶色の悪魔と黄色の鬼神と緑色の死神によって、豚のような悲鳴をあげてボロ雑巾のようにされたあげくに犬の餌にされた。なお、この件に関して水精霊騎士隊からの抗議などは一切ない。隊長ギーシュの、レディには常に優しくあれ、レディを傷つけるものはすべからく我らの敵だというモットーが正しく履行された結果であった。

 しかし戯れ言をほざいた豚をつぶしても、エーコたちの怒りは収まらなかった。豚に対してではない。そんな侮辱をされて、心の一部ではそれを認めざるを得なかった自分たちの弱さを自覚してしまったがために、自分自身に対して怒っていたのだ。

「わたしたちが弱いままじゃ、また姫殿下の名誉に傷がつけられるかもしれない。ビーコ、シーコ、わたしたちは姫殿下に救われて以来、わたしたちがどうすれば姫殿下のお役に立てるか考えてきた。今、その答えが出たわね!」

「ええ! 下品な男たちなんかに姫殿下は任せられないわ。なら、わたしたちがあいつらより強くなるしかないじゃない!」

「なら特訓ね。貧乏貴族のグラモンの部隊なんか、わたしたちの前を歩かせたりしないわ。姫殿下はいずれクルデンホルフを継いで、世界を統べるお方。その手足は最強じゃなきゃいけないのよ!」

 こういう具合で、エーコたちの中に水精霊騎士隊へのライバル意識が芽生えたのである。

 そして彼女たちは、あちこちで様々な経験を積んできた姉たちに教えを請うことにした。姉たちも、ベアトリスに対してはまだ負い目を感じていたので罪滅ぼしになればとこれに飛びつき、こうしてエーコたちは今日まで自分を磨いてきた。その努力はすばらしいもので、普通なら三日も持たないであろう猛訓練を続けてきている。今では水精霊騎士隊の少年たちともたいした差はないだろう。

 また、姉たちは様々な分野で活動してきたので、エーコたちに与えられるものは戦闘技能以外にも数多くあった。

 例えば、ある日はユウリの都合が付かなくてディアンナが教えることになったのだが、彼女が教えるものはもちろんユウリとは違っていた。

「では、今日は私があなたたちにハルケギニアの交易を教えてあげるわ。よーく聞きなさいよ、それでなくともあなたたち三人は、お勉強の時間になると寝息を立ててたんだから」

「はーい、頑張りまーす。あーあ、次は歩くお小言百科のディアンナ姉さんの番か。長い一日になりそう」

「対話術と言いなさい。一流の貴族には一流の外交能力も必要なの、それにあなたたちもクルデンホルフの一翼を担っていくなら、世界の情勢について知らないと話にならないわ。特に、ゲルマニアの商人たちの狡猾さはトリステインの比じゃないわ。騙されて野良犬同然に落とされた貴族なんて星の数ほどいるんだからね」

 ディアンナはゲルマニアで、とある商業ギルドに潜り込んでいたので世界情勢に詳しかった。また、三女キュメイラは医者見習いをしていたし、ティーナはエーコたちより子供っぽく見えるが、小柄で身が軽いことを生かしてラ・ロシェールで港湾作業員をしていた。平たく言えば、入港してきた船を桟橋に固定したりマストの上げ下げを手伝う係である。こうして、様々な分野で活動することで、ハルケギニアの社会を知りたがっていたヤプールに情報を渡していたわけだが、スパイでなくなったからといって経験まで消えることはない。皮肉なものだが、人生とはどこで何が役に立ってくるかわからないものである。

 エーコたちはこうして、将来ベアトリスの役に立ちそうなことはなんでも吸収していった。人間は目標を見つけると強い。アホぞろいの水精霊騎士隊が強いのも、女王陛下のために尽くそうという一念を持っているからだ。

 

 ただし、熱意と努力というものは必ずしも正しいほうへ行くとは限らない。

 

「よーっし、今回はとりあえずここまでだ。水飲んでいいぞお前たち」

「ふぁ、ふぁーい」

 ユウリの特訓がようやく終わり、三人はクタクタになって息をついた。まだ寒い季節なのに滝のように汗が出て気持ちが悪い、三人は魔法で水を作って飲み、頭からかぶって汗を流した。

「し、死ぬかと思ったわ」

「ひゃあん冷たいっ! もうっ、加減してよ、下着までビチョビチョじゃない」

「すぐ乾くよ。姫殿下のところに、汗臭いまま帰るわけにはいかないでしょ。透けて困るものも持ってないことだし」

「ちょっとビーコ、それどういう意味かしら?」

 そんなエーコたちを、姉たちは暖かい目で見守っていた。

 本当に平和だ。世界には危機が迫っているが、今の自分たちのここには平和がある。家を失い、両親を失ったあのときは、まさかまたこんな平穏が来てくれるとは思えなかった。

 それもみんな、ベアトリス・イヴォンヌ・クルデンホルフ、あの小さな体で大きな器のお姫様のおかげだ。自分たち姉妹はあの方に大きすぎる借りがある、借りっぱなしではいけない。恩返し、そう恩返しをせねば貴族の矜持に関わる……

 そのとき、彼女たちのいる広場に複数の足音が響いてきた。

「ちょうど終わったところみたいね。ほら、みんな連れてきたわよ」

「あっ、姉さんたち。もう、遅いよ」

 それは姉妹の次女セトラの声だった。その隣には、キュメイラと六女イーリヤもついている。

 だが、足音はそれだけではない。なんと、姉妹たちに続いて十人近い少女たちがやってきたのだ。

「おはようございます、先輩方。我ら水妖精騎士団総勢十一名、ただいま参上つかまつりましたわ」

「よく来たわ。よーっし! みんな、整列! 傾聴! また新しい顔も見えるわね。ようこそ、そしてよろしく。わたしが団長のエーコよ、わたしたち水妖精騎士団はあなたたちを歓迎するわ。いっしょに、トリステインの淑女の未来のために戦いましょう」

 エーコが肩まで伸びたサイドテールを揺らしながら宣言すると、少女たちも拳をあげて歓声をあげた。

”水妖精騎士団(ウィンディーネ)……”

 これが、彼女たち一団の名前である。そう、これこそがベアトリスが頭を悩ませている真の理由であった。なんと、エーコたちは自ら新しい騎士団を作り出そうとしていたのだ。

 団員はエーコたちの姉妹を除いて、現在総勢十一名。皆エーコたちと同じくらいの少女で、この街に勤めている軍人や役人の娘たちである。もちろん全員がメイジであり、エーコたち姉妹がそれぞれ集めてきて、現在も団員は絶賛募集中だ。

 しかし、なぜエーコたちはこのような無謀なことを始めたのだろうか? そしてなぜ、こんな無謀なことに十人以上の参加者が集まっているのだろうか? その原因は、実はまた水精霊騎士隊にあったのである。

「団長、よろしくお願いします! 団長たちの噂はかねがね、あの破廉恥な水精霊騎士隊の男を成敗なされたとか」

「聞くところによると、空中高く放り上げて街灯上に吊し上げ、木っ端微塵になされたそうですね。それを聞いたとき、胸のすくような気持ちがいたしましたです」

「なにせ、あの水精霊騎士隊の男たちの軽薄さときたら、ひどいものでしたね。でも、エーコさんたちのお話を聞いて勇気が出ました。あの野蛮な水精霊騎士隊をやっつけましょう!」

 水精霊騎士隊への恨み言が機関銃のように少女たちの口から飛び出してくる。実は、水精霊騎士隊の少年たちは時間があると、女の子に声をかけてまわるため、少女たちは彼らのしつこさにうんざりしていたのだ。彼らは年齢的には思春期真っ只中の青少年であり、さらにギーシュの影響で女性に対して大胆になっていた。

「美しいお嬢さん。少しぼくと散歩でもしませんか? お花でも摘みながら、お互いについて語り合いましょう」

 こんな具合に誘ってくるのだがら、女の子のほうとしてはいい迷惑としか言いようがない。ギーシュのモットーが、今度は悪いほうに働いた結果がこれだった。

 さらに隊長ギーシュの不在もこれに追い討ちをかけた。普通ならば行き過ぎる前に、フェミニズムの塊であるギーシュや、常識人でやや奥手のレイナールがブレーキ役となるが、ふたりともロマリアに行っていていない。大人たちも、コルベールは東方号にかかりきりで、アニエスは頻繁にトリスタニアに出かけていて、ミシェルもいない。歯止めがなくなった少年たちは、「どうせ隊長もロマリア美人を相手にいい思いをしてるに違いない。だったらぼくらも隊長に従ってゆこうじゃないか」と、身勝手な解釈をしたのだった。

 つまり一言で言えば、「水精霊騎士隊、被害者の会」である。その気もないのに口説かれて辟易していた少女たちはエーコたちの呼びかけで団結し、今ではついに騎士団を名乗るほどメンバーが増えている。そもそも”水妖精騎士団”という名前も、水精霊騎士隊に当てつけたものであった。

「聞きなさい、男たちは女を下に見ているけど、このトリステインは女王陛下の治める国。白百合の国を、汗臭い男たちなんかに任せておいていいと思うかしら?」

「いいえ! 白百合のごとき女王陛下は、蝶のごとき妖精がお守りするべきです!」

「水精霊騎士隊の隊長、ギーシュ・ド・グラモンは女癖の悪いことで有名なグラモン元帥の息子よ。今はロマリアに行ってるけど、そんなのが帰ってきたらわたしたちの身がどうなるかわかったものじゃないわ。わたしたちの身を守るのは、誰だと思う?」

「はい! わたしたちの身を守るのはわたしたち自身です」

 ギーシュにとってはとんだとばっちりである。

「よく言ったわ。わたしたちの力で、水精霊騎士隊をぎゃふんと言わせてあげましょう。そうすれば、クルデンホルフ姫殿下もお認めになられて、公式な騎士団へ昇格するのも夢じゃないわ。さあ、特訓特訓! 着いてきなさい、あなたたち」

 エーコに続いて、少女たちも掛け声を一斉にあげて答えた。少女たちは、こんな街では友達もろくに作れず、寂しい思いをしていたので同じ志を持つ仲間が増えるのはうれしかったのだ。

 彼女たちは、寄せ集め所帯ながらも本気だった。本気で、水精霊騎士隊と戦って倒して取って代わろうとさえ思っていたのだ。ベアトリスが頭を痛めるのも当然と言えるだろう。しかしベアトリスがそのことをエーコたちに咎めると、将来ハルケギニアを統べようと志している人が自前の騎士団のひとつも持っていなくてどうしますか、と言われると手持ちの人材の少なさを嘆いていたのも事実なのでそれ以上強くも言えないありさまだった。

 

 と、そこへ、広場の入り口から、やや調子っぱずれな声が響いてきた。

 

「やっほーっ! 先輩ー、おっそくなりましたぁ」

「ティア、遅刻したのにそれじゃ失礼よ。申し訳ありません、エーコ様、ビーコ様、シーコ様」

「ティラ、ティア!? あなたたち、また来たの」

 広場の入り口から駆け込んできて、三人の前で止まったふたりの少女を見て、エーコたちは肩を落として困った様子を見せた。

 その二人は、年のころはエーコたちと同じか少し上くらいに見えて、二人とも新春の若草のような鮮やかな緑色の髪を持っている。ただ、ぱちりと開いた瞳と整った顔立ちの美少女であったが、なんと二人はまったく同じ容姿をしていた。つまり双子である。

 ただ、見分けられないかと言えばそうでもなく、ティアと呼ばれたほうは髪が肩までと短く、ティラのほうは腰まで伸びている。また、雰囲気もティアのほうがどこかふてぶてしいが、ティラのほうは小さな丸眼鏡をかけていて、少し幼げな様子を感じられた。衣装はふたりとも、ふたりの髪と同じグリーンの光沢を持つ、スリットスカートをしたチャイナドレス風のものを着ていた。

 二人はエーコたちの前に堂々と立つと、困惑している新入りの少女たちに向かって堂々と宣言した。

「はじめまして、わたしはティラ」

「わたしはティア」

「「わたしたちは、エーコ姉さまたちの一の家来です」」

 胸を張りながらそう言ってのけたふたりを見て、集まった少女たちはぽかんとするしかなかった。

 しかしエーコたちはそうはいかない。ビーコが仕方なさそうに、ティラとティアに言った。

「ティラ、ティア、何度も言ってるでしょう? 平民は騎士団には入れないのよ」

「またまたぁ、ケチケチしないで入れてくださいよ。わたしたちとエーコ様たちの仲じゃないですか。ねえティラ」

「そうですわ。わたしたちはエーコ様たちに大きな恩を感じているのです。それとも、わたしたちにはもうお飽きになりましたの? 行きずりの関係だったのですか。うっうううぅ」

「そっ、そんなことないったら。泣かないでティラ、あなたたちはわたしたちの大切な友達なんだから」

「「ほんと! やった、だから大好き! わたしたち、エーコ様たちのためならなんでもやりますわ!」」

「だからわたしはあなたたちには別に……もう、どうしてこうなっちゃったのかしら」

 頭を抱えて、ビーコはどうしたものかと首を振った。

 このティラとティアという姉妹と出会ったのは、今からざっと二ヶ月ほど前にさかのぼる。

 ある日、エーコたちはいつものように工場を見回っていると、騒ぎが起こっているのを耳にした。ただのケンカであれば官憲の仕事であるので触らずにゆくところだが、どうも異端審問だの宗教裁判だのと危険な単語が聞こえてきたので、慌てて駆けつけると、工場の人間たちにティラとティアのふたりが囲まれて、街の神父に弾劾されているところだった。

「ちくしょう、なんでブリミルとかいう奴を褒めなきゃ飯も食えねえんだよ。クソッタレが」

「では両名とも、反省のつもりはないということですね。仕方ありません、ロマリア宗教庁の名の下に君たちふたりを異端者とみなし、死刑を」

「待ちなさい!」

 エーコたちは死刑判決が出される直前で割り込み、神父から事情を聞いた。簡単にまとめると、工場で働いている少女ふたりが昼食時の食堂で神父がおこなう始祖ブリミルへのお祈りに対して暴言を吐いたのが原因だという。

 それが、ティラとティアだった。エーコたちはふたりからも言い分を聞くと、異端審問を中止させてふたりを引き取った。異端は大罪であり、エーコたちのやったことはかなり危険な行為だ。しかし、ティラとティアが身寄りがなく、ふたりだけで働きに出てきていると聞いたとき、エーコたちはとても見捨てて行くことはできなかった。

「いい、あなたたち。どんな田舎から出てきたかは知らないけど、始祖ブリミルへの侮辱は大罪なの。今回は世間知らずということでかばってあげられたけど、次はないわよ。気をつけなさい」

「は、はい。ありがとうございます。はぁ……なんてお優しい」

「うっうっ、人間にも、こんないい奴がいるんだなぁ。決めた! あたしらの星じゃ、恩を受けたら必ず返すのが決まりなんだけど、この命、あんたたちのために使わせてもらうよ!」

 こういう具合に、すっかりと懐かれてしまったのである。正直、ありがた迷惑ではあったけれども無下にすることもできず、簡単なことを手伝ってもらったりしているうちに少しずつ気心も知れてきた。魔法は使えないそうなので平民には違いなく、仕事をまかせてよいかどうかは最初疑問があったけれど、ティラもティアも想像以上に利発で働き者で、たいていの仕事は一度教えればすぐに覚えた。

 これは思わぬ拾い物だと、エーコたちが評価を改めるのには時間はかからなかった。過去はあまり語りたがらなかったが、それは自分たちも同じなので無理に聞くことはしない。それに、ふたりとも少々変わっているところはあっても、変わっていることに関しては自分たち姉妹も似たり寄ったりなので気にしなかった。

「ティラ、ティア、あなたたちすごいわね。まるで学者か医者だったみたい。ほんと、あなたたちみたいな子がなんでこんなところで下働きしてたの?」

「そうですね……実はわたしたちは、ある学者の先生についてこちらに来たんですけど、その先生が亡くなって、それで帰るあてもなくなってしまって」

「そうだったの。よければ送る手はずを整えてあげましょうか? あなたたちはもう充分働いてくれたし、クルデンホルフの名義でなら、ハルケギニアのどこへでも旅券を作ってあげられるわよ」

「いやいや、命を救われたお礼をこの程度でなんてもったいない。帰っても、満足に恩も返せずに帰ったりしたらこっちがどやされますって!」

「でも、ご家族や友人が心配してるんじゃ」

「「まあそう遠慮なさらずに!」」

 うまくはぐらかされてしまったような気がしたが、こうして今日までティラとティアはエーコたちといっしょにこの街で過ごしてきた。やがてエーコたちの姉妹もティラとティアのことを知るようになり、いつしか二人も姉妹の中に入ってきたかのように親しく交流するようになってきた。

 とはいえ、仕事に役に立つかどうかと戦いで強いかは別である。エーコたちが作ろうとしている騎士団は、本気で水精霊騎士隊に対抗するための武道派集団である。魔法を使えるか使えないかということで、どれくらい戦いにおいて違いが出るかということをよく知っているエーコたちは、身分関係なくできた友人を危険な目に合わせたくはなかった。

 そのことは、もう何度もティラとティアには説明した。しかしふたりは聞く耳を持たず、今日まで押し問答が続いている。

「はぁ、しょうがないわね。今さら帰れというのもなんだし、あなたたちは魔法は使えないし。なにか、やりたいこととかある?」

「水泳! わたしたち泳ぐのとっても得意なんです。みんなで泳げばきっと楽しいよ!」

「却下! まだ寒いのにみんな風邪ひいちゃうわよ。もう、どうしようかシーコ?」

 騎士団に参加する気満々で、帰るつもりなどさらさらないティラとティア。ビーコが困った様子で助けを求めると、シーコは少し考えるそぶりをしてから自分のかばんを取り出した。

「んーん……そうだねえ、じゃあ今日は趣を変えて勉強会ということにしようか」

「勉強会?」

「うん、姫殿下が最近『召喚されし書物』を愛読してるの知ってるでしょ? 殿下が読み終わった本を持ってきたから、これをみんなで読みましょうよ」

 シーコがかばんをひっくり返すと、どさどさと本が転げだしてきた。

「悪くないわね。あ、でもリードランゲージはみんな使えるけど、それだとティラたちが読めないんじゃない?」

「それは大丈夫、ティラたちにはわたしが読んであげるから」

「シーコ、あなた最近ティラたちに甘くない? というより最初から二人が来るのを見越してたでしょ」

「えへへ」

 髪の色が同じ緑で似ているからか、末っ子で妹ができてうれしいからなのか、シーコはこのふたりと特に仲がよかった。

 とはいえ、すでに空気が特訓向きではなくなっているのもある。見ると、ユウリやティーナら姉たちも、それでいいんじゃないか? というふうにわくわくした顔をしている。ほかの少女たちも同様だ。召喚されし書物とは、それだけハルケギニアでは贅沢な娯楽なのである。

 そうと決まれば、わっと少女たちは本に群がった。それぞれ好きな本を手にとってリードランゲージを唱え、思い思いに楽しみはじめる。

 本はいずれも絵で物語を追っていくものであったが、作者は異なっているようで内容は様々であった。海賊の少年が世界の海を冒険するものや、メガネをかけた力持ちの少女がむっちゃんこな騒動を起こしていくものなど、どれもハルケギニアではありえないようなストーリーと描写が多感な子供の心をぐっと引き込んできた。

 なお、シーコとティラたちは「せっかくだから見敵必殺の精神が学べるものにしましょう。最近姫様が読んでるこれとか、これなんてどう?」と、三人して吸血鬼や眼鏡のデブや神父が仲良く戦争する本や、妖怪首おいてけや眼帯親父や男女が国捕りする本を熱心に読んでいた。

 読書会の様相となった水妖精騎士団の面々は、笑ったり興奮して叫び声をあげたりしながら、読み終わった本を交換しながら楽しい時間を過ごした。こうした面では、彼女たちも年頃の少女そのものであった。

 その端で、セトラやキュメイラは自分たちも好きな本を読みながら、妹たちに新しい友達が出来ていっていることをうれしく思っていた。たとえ、集まった動機は少々不純でも、若者とは元来そうしたものだ。それに、なんであろうと目標を持ってそのために努力しているというのはすばらしい。

 しかし、姉たちはエーコたちの成長を快く思いながらも、同時に自分たちの教えられることへの限界も感じ始めていた。

「ユウリ、どう、最近のエーコたちの育ち具合は?」

「悪くないよ、もうそこいらのごろつきよりはよっぽど強いんじゃないかな。けど……」

「けど?」

「あたしの戦い方はあくまで我流だからね。ケンカに強くはできても、エーコたちが求めてる騎士団としての戦い方は教えられないんだ。どっかに、実戦経験豊富で集団戦も得意なメイジがいればいいんだが、あたしらにそんなのを雇う金なんてねえし」

「そうね、みんなもそろそろエーコたちに教えられることがなくなってきてるし、これ以上の成長を見込むならプロの誰かに頼むしかないけど、あの子たちはけっこうプライドが高いから、知らない人間に素直に教えを受けるかどうか」

 難しいわね、とキュメイラとユウリはため息をついた。

 

 それぞれの思惑は異なれど、楽しい時間を過ごす少女たち。だが、そんな彼女たちに、大変な危険が迫りつつあった。

 少女たちの和む広場に、ガチャガチャとうるさい鉄の足音を響かせて入ってくる大勢の影。少女たちがあっけにとられて見上げる前で、無作法な侵入者たちのひとりが嘲るように言った。

「こんにちは、可愛らしいお嬢さんたち。よろしければ、私どもと楽しいお時間でもいかがかな?」

 重い鉄の鎧を着込んだたくましい重装騎士の一団の乱入に、少女たちの間に戦慄が走る。しかし、エーコたちはその騎士たちが身につけている紋章がクルデンホルフのものだということに気づき、目の前に現れた男たちの名を苦々しげにつぶやいた。

「空中装甲騎士団……」

 

 そして同じ頃、ベアトリスも予期せぬ客を前にして怒りを覚えていた。

「なんですって……? もう一度、言ってみなさい」

「ははっ、我ら空中装甲騎士団一同、ベアトリス殿下の護衛のためにはせ参じました。本日よりは、我らを手足のように使い、存分に大事をなせとの当主様よりのご命令です」

 目の前にひざまづいて頭を垂れる騎士たちを見下ろして、ベアトリスは「お父様め、余計なことを……」と奥歯をこすらせた。

 空中装甲騎士団。それはクルデンホルフ公国の有する竜騎士の大隊で、実力はハルケギニアでも五指に入ると武勇が知れ渡っている。

 当然、ベアトリスにとっても誇るべき勇者たちなのだが、今回は事情が異なる。空中装甲騎士団は確かに強いが、裏を返せばそれだけの軍団であって融通がきかない。護衛にしては大げさすぎるし、権威を示すにしても周り中が貴族だけの魔法学院ならまだしも、この街では平民への余計なプレッシャーになってしまう。

 恐らくベアトリスの父、クルデンホルフ公国王は辺境で努力している娘への親心として空中装甲騎士団を送ったのだろうが、今のベアトリスに必要なのは戦闘集団ではない。様々な事態に柔軟に対処できる小回りのきく人材なのだ。空中装甲騎士団では助力どころか足手まといになってしまうだろう。

「必要ないわ。わたしは今のままでもじゅうぶんに仕事を勤めてる。あなたたちは帰還してクルデンホルフ本国の防衛につきなさい」

 最初が肝心だと、ベアトリスは不要の意思を断固とした口調で伝えた。しかし、相手も壮齢に達した歴戦の騎士団の指揮官、簡単には引き下がらない。

「そのご命令は聞けませぬ。我々は当主様直々のご命令を受けております。常に姫様を警護し、あらゆる脅威からお守りしろとのこと。聞くところによると、姫様は先日暴漢に襲われてお怪我をなされたとのこと、ご心配なさるお父上のお気持ちもお察しください」

 これはもちろんヤプールに騙されていたときのエーコたちの姉妹に負わされた傷のことである。しかしベアトリスは恨みに思ったことはないし、傷自体もすぐに治して口外も避けてきた。しかし、どこからか漏れて本国に伝わってしまったらしい。

「そのことは心配いらないわ。たいした傷を負わされたわけじゃないし、何事をも無傷で済ませられると思うほど子供じゃないつもり。危険に近づくのも勉強のうち、お父様のお気持ちはうれしいけど、わたしは信頼できる部下は自分で集める。お父様の手を借りるつもりはないわ」

「いえ、あなた様はまだお若い。どんな狡猾な輩に騙されるか、まだ世間の厳しさをわかっておりませぬ。しばらくは、忠義に疑いのない我らをお使いくださいませ。姫様につこうとする害虫は、我らがすべて排除いたしまする」

「大きなお世話よ。わたしにはもう、エーコたちが……まさかあなたたち! エーコたちに」

「あのような没落貴族の子弟なぞ、信用がおけませぬ。今頃は、泣き喚きながら化けの皮をはがされておりましょう」

「っ! あなたたちっ! エーコ、ビーコ、シーコ!」

 ベアトリスは惰眠をむさぼっていたことを後悔した。ドアを蹴破るようにして駆け出すが、エーコたちが特訓場所に使っている広場はこのホテルから急いでも三十分はかかる場所にある。

 間に合うか、間に合って! 

 体裁も考えず、ホテルから飛び出して必死に走るベアトリス。その頭上には、ホテルの屋上から飛び立った竜騎士が、どんなに急いでも遅いよとでも言う風にゆっくりと飛んでいた。

 

 

 だが、事態はここで誰もが予想もしなかった方向へと進もうとしていた。

 エーコたち、仮称水妖精騎士団に対して、逃げ場を塞ぐように広場の入り口に布陣する総勢三十名の空中装甲騎士団。彼らはエーコたちへの嘲りを隠そうともせず、高圧的に要求を突きつけた。

「つまり、金輪際ベアトリスさまに近寄るな。さもなければ痛い目にあってもらう、ということですね?」

「そうさ、クルデンホルフの財産からこれまでいくらかすめとってきた? あいにくだが、これからは真の忠義を持った我々が姫殿下をお助けする。わかったか、薄汚いこそ泥ども」

 ぶつけられる罵声に対して、エーコたちは表情を変えずに受け止めた。だがエーコ、ビーコ、シーコの心には怒りの炎が激しく燃え始めていた。

 こそ泥? こそ泥と言ったか? ふざけないでもらおう。わたしたちはこれまで、金子を目当てにあの人といたことは一度たりとてない。

 しかし空中装甲騎士団は人数だけでもエーコたちの倍近くもいる余裕からか、エーコたちの心の機微を察しようともせずににやけ笑いを続けている。エーコたち姉妹以外の少女たちは、はじめて体験する恐ろしげな男たちの空気に怯えて後ろで震え上がっていた。

 張り詰める空気。しかしそれを破ったのは、ひとりの少女のせせら笑う声であった。

「ウ、フフフ、クックククク……」

「む? 小娘、なにがおかしい!?」

「ティア!?」

 その場の全員の目が、ふてぶてしく笑う緑色の髪の少女に向けられた。

「笑える冗談ね。あんたたちは自分たちの半分くらいの相手に鎧をつけて現れるような臆病者の軍隊で、わたしたちはハルケギニア最強の軍集団を目標にして集った精鋭たち。肥えた体を包み隠さなくては人前にも出られないようなロートルが、真の忠義とはねぇ」

「な、なんだと小娘! まだ子供だと思って甘い顔をしてたらつけあがりおって!」

 挑発するティアに、いきり立つ空中装甲騎士団の男たち。がしゃがしゃと鎧を鳴らし、鈍器にもなっている杖を握り締めて威圧する。そのプレッシャーに、怯えていた少女たちはさらに縮こまった。

 空中装甲騎士団としては、この威圧だけで女子供の集まりなどたちまち降参してしまうだろうと考えていた。が、その期待は雄雄しい叫びによって打ち砕かれた。

「水妖精騎士団、杖を取りなさい!」

 エーコの凛々しい声が広場に響き渡り、恐怖に怯えていた少女たちの耳も揺さぶった。

「え、エーコさん!?」

「わたしたちが間違ってたわ。水精霊騎士隊をつぶして、ハルケギニア最強の騎士団を目指すなら、こんなところでつまずいてられないもの。わたしたちの目の前に立ちふさがる障害は叩いて潰す! 逃げも隠れもせず、正面から押し潰し、粉砕する! さあ杖をとりなさい! あなたたちは狗か? 豚か? それとも人間か?」

 茶色い髪を振り乱しながらエーコの放った激が、怯えていた少女たちから恐怖心を薄れさせていった。

 そうだ、こんな理不尽な脅迫に屈するわけにはいかない。ここで戦わなかったら、一生逃げたという足かせを引きづったまま生きることになる。仲間たちが戦おうとしているのに逃げたら、もう二度と貴族と名乗れない。

 震えながらも杖をとって前に出た少女たち。年若くても、彼女たちもまた誇り高いトリステイン貴族の血を受け継いでいた。

 ユウリやディアンナたちも笑いながら杖を抜いている。二十人近い少女が臨戦態勢に入り、その恐れを知らぬ様子は歴戦の騎士たちをもたじろがせるものがあった。

 対峙する空中装甲騎士団と水妖精騎士団。空中装甲騎士団は、思ってもみなかった少女たちの反抗に驚きながらも、それでも虚勢を張って杖を向けて通告してきた。

「お嬢さんたち、もう冗談ではすまないぞ。我々空中装甲騎士団に杖を向けたこと、たっぷりと後悔させてやる。泣いて謝っても許さん! 遺言でも考えておけ」

「遺言ね、じゃあせっかくだし先に聞いておいてもらおうかしら? ティラ、ティア」

 杖を向けられたシーコが、ティラとティアを連れて一歩前へ出る。そして彼女たちは空中装甲騎士団に対して、”遺言”を歌うように読み上げていった。

 

「小便は済ませたか?」

「神様にお祈りは?」

「部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK?」

 

 これが決定打になった。いきり立って、杖を振り上げてくる空中装甲騎士団。対するは、実戦経験皆無の水妖精騎士団。

 

「シーコ、なに? 今の台詞」

「さっき読んだ召喚されし書物に載ってたの」

「うん、とりあえず女の子が言う言葉じゃないね」

 

 呆れた様子のビーコと、いたずらを成功させたように茶目っ気に微笑むシーコも戦闘態勢に入り、ティアとティラもうれしそうに笑う。

「あっはは、ケンカですねケンカだね。楽しくなってきたなあ」

「でもテレポートとかを使っちゃだめよ。さあ、恩返しの絶好のチャンスね」

 

 そして、騒ぎを少し離れた場所から楽しげに見守っている、黒い服の少女がひとり。

「うっふっふふ、見ものですわ見ものですわ。こんな面白そうなものが見れるなんて、今日はラッキーね。お仕事はこの後にしましょっと」

 

 事態はひたすらに混迷を深めていく。果たして、最後に立っているのは誰なのだろうか……

 

 

 続く


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