ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第20話  彼の人はブリミル

 第20話

 彼の人はブリミル

 

 友好巨鳥 リドリアス

 カオスヘッダー

 古代怪獣 ドルバ

 カオスドルバ 登場!

 

 

「それでは、君は未来から来たというのかい?」

「ええ、自分でも頭沸いてんじゃないかなーとは思うんですが。おれの……ぼくのいた世界の六千年ほど前に、あなたと同じ名前の偉人がいちゃったりするんですよね」

 才人は、自分でも何言ってるんだと思うようなことを、なかばため息交じりで説明するはめに陥っていた。

 ヴィットーリオの虚無魔法で次元を飛ばされてやってきたこの世界。初めて訪れるはずなのに、次々と既視感のある出来事に出くわして、あげくの果てにブリミルという名前の青年まで現れてしまった。

 ここまで来ると、いくら鈍い才人でも気がつく。この世界が、ハルケギニアの過去なのではないかということが……

”おれの人生って、とことん破天荒だなあ”

 あまりの急展開に力が抜けて、また気を失いそうになった才人は、ブリミルの家に担ぎこまれてそのまま介抱された。そして、君はどこから来たんだいと問われ、嘘の苦手な才人は仕方なしに自分の感じたままを正直に話したのである。

 そんなブリミルが才人のことを珍しそうに見つめてくる。いや、笑っていた。

「う、くくくく。すまない、笑うつもりはなかったんだが、そんなに突飛なことを聞かされたらね」

「でしょうねえ。サーシャさん、笑いたいなら思いっきり笑ってくれていいですよ。そんな震えるくらい笑いをこらえられたら逆に傷つきますって」

 殺風景なテントの中に、ブリミルとサーシャのこらえた笑い声が流れた。

 とはいえ、なにをやってんだろうなおれ、と、才人も笑いたいくらいなのである。

 この、目の前にいるブリミルという青年とエルフの少女サーシャを見ていると、才人の中に妙な感覚が湧いてくるのだ。なんというか、どこかで会ったことがあるような、デジャヴュのような不思議なそわそわした感じが離れない。もしも、目の前のブリミルが才人の思っているとおりの始祖ブリミルなら、これはルイズの魔法の残滓が自分の中にあるからなのだろうか?

 そんなことを思いながら、才人はテントの中を見渡した。粗末なテーブルと椅子くらいしか調度品はなく、ベッドはわらぶきだし、自分がルイズの部屋で使っていたのと大差ない。これが本当に伝説の聖人の住まいかというと、まったく信じられなくてもしょうがないだろう。

「あー、うん。とりあえず、君の話が本当かどうかは別として、違う世界から来たというのはあながち嘘でもなさそうだね。でなければ、こんなところを丸腰で歩いてられるわけもない」

「ですね。確かに、あのときサーシャさんに助けてもらわなかったら間違いなく死んでましたよ。いったい、この世界はどうなってるんですか? なんで、こんな人がまともに住めないようなくらいに荒れ果ててしまったんです?」

 才人は率直に疑問をぶつけた。どのみち、サーシャに説明してもらおうと思っていたことだ。

 するとブリミルは、目を伏せて悲しげに首を振った。

「本当に、君は僕たちとは違う世界から来たのかもしれないね。この世にヴァリヤーグの脅威を知らずに生きている人がいるなんて思えないもの」

「ヴァリ、なんですって?」

 初めて聞く単語に、才人は思わず聞き返した。

「ヴァリヤーグ、恐ろしい奴らさ。この世界は、元はとても美しい世界だった。けれど……」

 言葉を詰まらせたブリミル。一方才人は、そのヴァリヤーグこそが諸悪の根源であろうとあたりをつけた。

「わかりました。ヴァリヤーグってやつが、この世界をこんなに荒らしちまったんですね!」

「あ、うん。まあ、それも、そうでもあるが……」

 そのとき直情的な才人は、ブリミルが言葉を濁した意味に気がつかなかった。

「いったいなにものなんです? そのヴァリヤーグって、怪獣ですか?」

「怪獣か、それも正しいといえば正しいし、違っているといえばそうなるな。なんというべきか、一言で説明するのは難しいが……」

 困った風にブリミルは腕を組んで考え込んでしまった。どうやら事情は複雑なようで、才人はコレ聞いちゃっていいのかな? と、思いはしたものの、ここまできて知らぬままでいるわけにはいかない。また、サーシャも言い渋るブリミルにじれて割ってきた。

「言いつくろったってしょうがないわよ。彼は私たちの仲間になるんだから、知るべきことは知っていてもらわないと信頼してもらえないわよ」

「いや、そうはいってもねきみ。なにも知らない人に、今の世界のことを説明するのは非常にデリケートな。いや、君の言うことももっとも……うーん」

 どうもブリミルの歯切れが悪い。なにか説明すること自体を躊躇しているような様子に、才人も少し不審を抱き始めたとき、テントの入り口のほうで物音がしたので振り返ると、小さな女の子がこちらを覗きこんでいた。

「大丈夫だよ、ノルン。こっちにおいで」

 ブリミルが呼ぶと、ノルンと呼ばれた女の子は少し恐る恐るな様子で入ってきた。十歳くらいのかわいらしい子で、遊牧民風の粗末な服を着ているが、腰に巻いたカラフルな布が女の子らしいおしゃれを感じさせて微笑ましい。そして、手に持った土鍋をテントの奥にしつらえてあるかまどの上にトンと置いた。

「ああ、ペストーレを持ってきてくれたんだね。ありがとう」

 ペストーレというのがその料理の名前らしい。次にその女の子は懐から杖を取り出すと呪文を唱えてかまどに火を入れた。

「わあおっ! 小さいのに魔法が使えるなんてすごいな。みんな貴族なのか?」

「貴族? よくわからないけど、僕らマギの族はみんなこれができるよ。もっとも、ニダベリールの村はあちこちの生き残りが少しずつ集まったものだから、純粋なマギの民はもう少ないけどね」

 そう語るブリミルの横顔に、才人はここがハルケギニアの過去ならば、そのマギの族というのが将来のメイジの先祖になるのだろうかと思った。

 しかし、ブリミルの横顔は寂しそうで、現在のこの百人もいなさそうな村から将来のハルケギニアの繁栄を連想することはできない。

 サーシャはノルンに、後は私がやるからとねぎらって帰し、数分後に才人たちの前に温められた料理の皿が並べられた。

「さあ味わってくれ。たいしたものは出せないが、新しい仲間の歓迎だ」

 屈託のないブリミルの笑顔で、才人はこの世界で二度目の食事をとることになった。さっきのスープから時間はさして経っていないが、若い胃袋の欲求は深い。才人に遠慮などできるわけもなかった。

「うめえ、こんな料理はじめて食うぜ」

「それはうれしいね。ところで、食べながらでいいけど話をしよう。君はさっき、自分は未来から来たようだと言っていたけど、それはまだそう思っているのかい?」

「……ええ、偶然にしちゃできすぎてんですよね。ブリミルって名前は、おれのいた時代じゃ知らない人はいないし。さっき、あなたが乗ってきた怪獣と同じのを、おれの時代でも見たことがあるし。それに、どうもおれはあなたと初めて会った気がしないんですよねえ」

「ふむ、冗談で言える話ではないようではあるね」

 ブリミルはそこで初めて考え込む様子を見せた。今までとは違う、真剣な表情にサーシャも気がつく。

「ちょっとあなた、こんな突拍子もない話を信じるつもり?」

「信じるも信じないも、それはこれからさ。彼の話を聞いて、筋が通っていれば参考にして矛盾があればとがめていく。それで矛盾が多くなれば彼の悩みは杞憂だったということで万々歳、そうでなかったらそのときだよ」

 明快なブリミルの答えに、サーシャは黙るしかなかった。才人は感心し、後に始祖なんて呼ばれるような人なら馬鹿のはずはないだろうなと、少し安心した。

「さて、じゃあ気楽に答えてくれ。君がここを過去だというなら、当然僕たちのことを知っているはずだね。僕が未来で有名なのは聞いたけど、具体的にどういうふうに有名なのか教えてくれたまえ」

「うーん……それについては、笑わないでくれっていうか、怒らないでくれといえばいいのかなあ」

 才人は悩んだけれども、知っている範囲でブリミル教のブリミルに関する伝承を語った。もちろん、ブリミル教徒ではない才人は教義などを教わったことはなく、ルイズたちからの受け売りがほとんどである。

 それらを聞いたブリミルは、呆れたというか困ったというか難しい様子で考え込んでしまった。無理もない、自分が世界中で信仰される宗教の始祖になるなんて言われたら普通は困惑する。というよりも非現実的すぎて、サーシャなどは爆笑していた。

「あっはっはっは! ブリミルが神の子? こいつが、このどんくさいのが始祖? 教祖様? こいつをあがめれば天国に行けるっての? あーはっはっはっは!」

「サーシャ、君ねえ、いくらムチャクチャな話だからってその笑い方はないんじゃないかい? そりゃ僕だって自分が救世主なんて柄じゃないのはわかってるつもりだけど、さすがに傷つくよ」

「だってだって! この田舎くさい蛮人がって、ダメこらえきれない、ひっひゃひゃひゃ!」

 腹を抱えて笑い転げるサーシャと、がっくりとしょげてしまったブリミルを見て、才人はなんか悪いことしちまったなと思った。どうやらブリミルがルイズたちの言う”始祖”と呼ばれる人物になるまでには、まだしばらくの時間が必要なようだ。だったらブリミル教のことは、この時代のブリミルにはあまり説得の材料になりそうもない。

「あの、なんか、どうもすいません……」

「いや、いいさ。君に悪意がないのはなんとなくわかるよ。けど、嘘にしても本当にしてもすごすぎて」

「まあ、六千年も経てば伝承もけっこう派手になるでしょうしね。ぶっちゃけ、あなたがそんなすごい魔法使いには見えませんし」

「君もけっこうはっきり言うね。一応、僕は……では、僕の魔法について話してくれないか?」

「あなたの?」

 才人が怪訝な表情をすると、ブリミルはこくりとうなづいた。すると、笑い転げていたサーシャが真顔に戻り。

「ちょっとブリミル、あんたの魔法って言ったら!」

「いいさ、僕の魔法は僕たちの仲間しか知らないんだ。もしも彼がそれにも詳しかったら信憑性は高いことになるじゃないか」

「そういうんじゃなくて! まったく、ほんと好奇心だけは強いんだから」

 サーシャは止めても無駄だろうなと、呆れ果てた様子であきらめてしまった。ブリミルの魔法の詳細が、見ず知らずの人間の口からペラペラと出てきてしまったらかなり問題だろう。しかし彼は気にした様子も無く、才人もまずったかなと思いつつも、いまさら引っ込みもつかないので、今度は一応言葉を選びながら話しはじめた。

「ええっと、まず、ブリミルさんの魔法はこっちの時代じゃ虚無の系統って呼ばれてます……当たってますか?」

「ううむ。いや、実は僕はまだ自分の系統に名前をつけてはいないんだ。けど、虚無の系統か、なかなかいい響きではあるね。では具体的に使っていた魔法についてはどうだい?」

「ええっと、ルイズが使ってたのだと、爆発を起こすエクスプロージョン、瞬間移動するテレポート、テファの忘却……あっ、教皇の使ったイリュージョンに世界扉に……知ってるとこだとそれくらいかな」

「……なかなか興味深いね」

 ブリミルの表情に真剣さが増していた。はっきり当たっているとも違っているとも言わないが、隣で聞いているサーシャの様子も目に見えて変わっていた。

「ブリミル、彼の言ってることって」

「しっ、少し黙っててくれ。なるほどなるほど、聞くからにすごそうな名前ばかりだ。おもしろいじゃないか」

 口調は笑っているが、彼の目は続けてくれと言っている。真っ直ぐにこちらの目を見据え、わずかな嘘の兆候も見逃すまいとしているだけでなく、才人はその視線に、なにか逆らいがたいものを感じて、この人は見た目どおりとは違うと評価を入れ替えた。

「えっとそれから、虚無の担い手は四人の特別な使い魔を従えてたそうで……えーっと、やたら小難しい名前ばっかだったからな。こんなことならルイズの話をもっとしっかり聞いとけゃよかった。まず、武器を扱うのが得意なガンダールヴと、あとは確かルイズが調べたミョ、ミョ? と、うぃんど? あーっ! ダメだ。ガンダールヴ以外わかんねえ」

「まあまあ落ち着きたまえ。なら、そのガンダールヴだけでもいいから、もっと詳しく言えるかい?」

「はぁ、まあガンダならわかります。こう、左手の甲にルーンが刻まれてて、なんでもいいから武器を持ったらガーッと強くなるんです。役割は、主人が魔法の詠唱を完成させるまでの時間稼ぎだったはず。まあ、なにもなくてもけっこう強いけど」

 そう言い、才人はかつてガンダールヴのルーンのあった自分の左手の甲を見つめた。以前、戦いで命を落としたときに契約が解除された後、自分たちは再契約をしなかった。それは、絆をつなげるならば魔法などに頼りたくはないという思いからであり、今でもそれは間違っていなかったと思うが、ここでルーンがあればよい証拠になっただろうと思うのは残念である。

 しかし、才人はそのとき視線を左手に逸らしていたために、ブリミルとサーシャの表情がほんの一瞬ではあるが、変化していたのに気づかなかった。

「ん? あ、すいません。話の途中でよそ見しちゃって」

「いや、いいさ。話をしてもらってるのはこっちなんだから。そうだ、話してるうちに料理が冷めてしまったね。先にいただこうよ」

 ブリミルに薦められて、才人はすっかりぬるくなってしまったスプーンの中身に口をつけた。今まで食べたことのない、けれども決してまずくはないことに、作った人の腕のよさと料理への愛情が感じられた。

”ここにデルフがあったらなあ……焦って手を放しちまったけど、あいつがいたら”

 この時代の生き証人なのだから、いろいろと助かったろうにと才人は自分のうかつさを恨んだ。そういえば、この時代のデルフの姿が見えないところからすると、あいつはこの後に作られたのかもしれない。もし元の時代に戻れたときはブリミルに会ったことを思い切り話してやろうと思った。

 そのときであった。才人は、飲もうと手に持っていたコップの水面が不自然に波打つのを目撃し、次いで腰から頭にかけて強烈な揺れに貫かれてよろめいたのは。

「っ! なんだ?」

「族長! 大変です」

 血相を変えた若い男が飛び込んできた。サーシャの表情が鋭く変わり、ブリミルがすっくと立ち上がる。

「来たか、早いな。もうここを感づかれたか」

 早足でブリミルはテントを出て行き、サーシャも身なりを正して続く。才人はそれに、わけがわからないままいっしょに続いて外に出ると、そこには村中の人たちが集まっていた。

 これはどう見てもただごとではないと驚いていると、サーシャが説明してくれた。

「あなた、運がいいわね。いえ、運が悪いのかもしれないけど、さっきのあなたの質問の答えが見られるみたいよ」

「さっきの? まさか!」

「ええ、来たのよ。ヴァリヤーヴが」

 

 

 才人の体を、ハルケギニアで染み付いた戦士の緊張感が包んだ。

 ヴァリヤーグが来る。その正体は知らなくても、敵がやってくるということだけは才人にもわかった。

 始祖ブリミルがいて、村人はメイジで、エルフまでいるこの村を襲う相手とはなんだろう。怪獣? 宇宙人? それとも別の何か? わからないけれども、根が単純な才人は、すぐに自分で考えるよりも、その目で見れば簡単だと割り切った。

 村は大混乱になっていて、男たちが杖を持って集合している。ブリミルは彼らになにやら指示を出すと、自分はサーシャを連れて村はずれの丘に登った。むろん、才人もふたりに着いていった。

「ブリミルさん、ヴァリヤーグは?」

「すぐに見れるよ。ただ、見たら君はすぐに逃げ帰ったほうがいい。僕らでなければ戦えない相手だ」

 そう言い、ブリミルは丘の先を指差した。

 広がるのは、ひたすら続く不毛の荒野と濁った空の織り成す寒々しい風景。しかし、そのかなたからまるでモグラのように地面を盛り上がらせて、なにか巨大なものが近づいてくる。すごいスピードだ!

「あれは、まさか!」

 そう才人が叫んだとき、巨大ななにかは彼らの前方数百メートルで地中から姿を現した。

 太い二本の足で大地を踏みしめ、長い尻尾に丸っこい頭を持つ恐竜のような巨大生物。それがなにかの正体だったのだ。

「怪獣だ。あれがヴァリヤーグか!」

 叫び声をあげる怪獣を前に、才人は身構えた。たとえ武器がなくても、才人はもういっぱしの戦士だった。

 しかし、合点がいったとはやる才人に、ブリミルは冷静に告げた。

「違うよ。あれはただの怪獣だ。ヴァリヤーグじゃない」

「えっ? でも、今ヴァリヤーグを見れるって」

「そうさ。奴らが来た……だが、ヴァリヤーグは人でもエルフでも怪獣でもない。あれがそうさ!」

 ブリミルの指差した先、そこに才人はとうとうヴァリヤーグの正体を見た。

「あれは、なんだあの光は?」

 怪獣の周りを、なにか虹色に輝く小さなものが無数に飛んでいる。まるで虹色の蛍の大群のようなそれは、怪獣の体を取り巻いて渦巻き、その中で怪獣が苦しそうに叫び声をあげていた。

 あの光はいったいなんだ? 群がるブヨのように、まるで生きているような光の渦。あれがヴァリヤーグなのか。

 だがそのとき、才人はまたしてもデジャヴュを感じた。この光景、前にもどこかで……そうだ!

 思い出した。あれは、アボラス・バニラと戦ったときに垣間見た過去の世界で、ブリミルたちが戦っていた光景……あのときもブリミルたちは怪獣たちと戦い、その中であれと同じ虹色の光が現れた。デルフが光の悪魔と呼んでいたそれは怪獣たちに取り付いて……あのビジョンのとおりだとしたら、これは!

「怪獣が、変わる!」

 あのときと同じに、怪獣の肉体が変化していく。丸っこく温和そうだった頭に大きなとさか状の角が生えて、凶暴な顔つきに変わる。あれが、あれが……!

「あれが、ヴァリヤーグ!」

「そう、生き物に取り付いて悪魔に変える光の悪魔。あれのせいで、この世界は……そして、我々をしつこく追い回している敵さ」

 ブリミルの声に怒りが混じっていた。怪獣は、明らかにこちらに敵意を持った様子で近づいてくる。あんなのに襲われたら村はひとたまりもなく全滅だ。あの光が、この時代のハルケギニアをめちゃめちゃにした元凶だったのか?

「いったい何者なんですか。怪獣を凶暴化させて操るなんて」

「我々にもわからない。奴らはある日突然現れたんだ。しかし、我々がヴァリヤーグと名づけたあの光の悪魔が我々を始末したがっていることは事実。さあ戻っていたまえ、ここは我々が引き受ける」

「引き受けるって、相手は怪獣ですよ!」

「君の時代では、私は伝説の魔法使いなのだろう? まかせてくれ、僕らは決して負けはしない。サーシャ、行くぞ!」

「仕方ないわね。ならいつもどおり、ぐずぐずやったら後で容赦しないわよ!」

 ふたりに恐れはなかった。ブリミルが杖を持って魔法の呪文を唱えだし、サーシャが剣を抜いてブリミルの前に立つ。

 

”エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ”

 

”怪獣相手に剣なんて。いや、それよりもこの呪文は”

 才人はブリミルの唱えだした呪文に覚えがあった。いや、忘れられるはずもない、ルイズが一番の得意とするあの魔法だ。しかし、あれは詠唱から発動までに相当な時間を必要とするはずだ。とてもそんな時間は……いや、これが虚無の戦い方だとすれば、主を守るために!

 そのとき、怪獣がこちらに向かって地面を蹴り上げた。大量の土砂が舞い上げられ、鋭く尖った矢のような岩が無数に飛んでくる。あんなものを食らったら全身ズタズタにされて即死だ! だが、サーシャは臆した様子もなく剣を握って立ち、向かってくる岩の群れを見据えたとき、その左手の甲が輝きだした。

「ガ、ガガ、ガンダールヴ!」

 見間違えようがなかった。自分の左手にあったものとまったく同じルーンがサーシャの手にもついている。つまり、この時代のガンダールヴはサーシャ……エルフだったのだ。

 サーシャはぐっとかがみこんでから、一気に三メートルほども跳び上がると、剣を振るってブリミルと才人に当たりそうな岩を狙って打ち落とした。

「す、すげえ!」

 才人は思わず見とれてしまった。宙を舞いながら剣を振るうサーシャの姿は美しく、かつすさまじく、金髪がなびく姿とあいまって夕日の中で木の葉を舞い上げる秋風のようだ。以前の自分をひいきめに言って疾風だとするなら、彼女はいわば太刀風、これがオリジナルのガンダールヴなのか。

 だが、いくらガンダールヴのサーシャがすさまじい剣の使い手だとしても相手は巨大な怪獣だ。斬りかかったところで勝ち目があるわけがない。だがそのとき、サーシャは口笛を吹き、剣を高く掲げて叫んだ。

「リドリアスーッ!」

 その叫びに応えて、飛んできたリドリアスが怪獣に体当たりを食らわせた。

 倒れる怪獣カオスドルバ。その隙に、サーシャはリドリアスの背に跳び上がり、リドリアスはサーシャを乗せて飛び立った。

「うぉっ!」

 風圧で吹っ飛ばされる才人。飛び上がったリドリアスは空中からカオスドルバを見下ろし、見下ろされるカオスドルバは怒ったような咆哮を空に向かってあげる。この後どうするのか、才人は固唾を呑んで見守っていると、サーシャはリドリアスの背で槍を持ち、それをカオスドルバの足元に向かって投げた。

 槍はカオスドルバの足元に刺さり、そこから大地が隆起して足元を突き倒す。

「せ、先住魔法だ」

 以前ビダーシャルが使っていたものと似ているが、こちらが元祖なのだろう。考えてみればエルフなのだから先住魔法が使えて当然なのだ。

「すげえ、ガンダールヴが魔法まで使えたら完全無欠じゃねえかよ」

 自分なんぞ及びもつかない、これが本物のガンダールヴなのかと才人は戦慄した。

 サーシャはリドリアスに指示をし、怪獣に挑発を繰り返して注意を引き続けている。おかげでブリミルは今のところはまったく安全だった。

 そういえば……と、才人はさらに記憶を呼び起こした。あのヴィジョンでは、ガンダールヴはこれと同じように怪獣たちと戦っていた。あの光景が、これの過去か未来かはわからないが、彼らはそれだけの戦いを生き延びてきたのだ。自分たちよりも、はるかに苛酷な戦いを……

 サーシャがリドリアスとともに時間を稼いでいるおかげで、ブリミルの詠唱も半分ほど進んだ。このままの調子で行けばブリミルは無事に魔法を完成させることができるだろう。才人は期待に胸を膨らませた。

 

 だが、リドリアスに翻弄されているかに見えたカオスドルバもまた武器を隠し持っていた。

 挑発のため、下降したリドリアス。それを待ち構えていたかのように、カオスドルバは口から火炎弾を吐き出して迎え撃ってきたのだ。

「危ないっ!」

 とっさに才人とサーシャが反応し、リドリアスは右に旋回して直撃を免れた。

 しかし、カオスドルバはこのときを待っていたとばかりに、スピードを落としたリドリアスに火炎弾を吐きかける。いくらリドリアスでもすぐにはトップスピードを出すことはできない上に、この時代のリドリアスはまだ若い。飛ぶ力も弱く、回避しようと必死に飛ぶが、ついに一発の火炎弾が直撃コースに乗った。当たる!

 息を呑む才人。しかし彼の見ている前で、リドリアスの背に乗るサーシャは勇敢にも剣を抜いて、向かってくる火炎弾に立ち向かっていった。

 一閃! サーシャの振りぬいた剣が空を切り、その風圧でもって火炎弾をも切り裂いた。だが、サーシャの身の丈の倍ほどもあった火炎弾は切り裂かれてもなお無数の灼熱の破片となって、リドリアスに降り注ぐ。致命傷ではないが、傷つけられたリドリアスは悲鳴をあげ、体から煙を吹いて落ちていく。

 そして、サーシャはリドリアスの背から振り落とされ、地上に真っ逆さまに落ちていくのを才人は見た。いけない! あのままでは数百メートルの高さからまともに地上に叩きつけられる。早く魔法を使って脱出するんだと才人は念じたが、サーシャは気を失っているのかぴくりとも動かない。なのに、ブリミルも詠唱をやめて助けようとはしない、なぜだ。

 だが、思わず駆け出そうとしたとき、才人は信じられないものを見た。落ちていくサーシャの手が高く伸ばされ、その手に掲げられた青い宝石からまばゆく美しい光がほとばしったのだ。

 

「コスモース!」

 

 青い光がサーシャを包み込み、一瞬くらんでつぶったまぶたを開いたとき、才人は大地に土煙をあげて降り立つ青い巨人を見た。

「あの、ウルトラマンは!」

 才人は覚えていた。忘れられるはずもなかった。あのリュティスの最終決戦で現れた青い光の巨人。

「ウルトラマン……コスモス」

 間違いない、絶対に。そして才人は今度こそ完全に、ここがハルケギニアの過去だと確信した。

 物覚えの悪い才人でもすべてを思い出した。あのとき、コスモスはかつてこの星を訪れたことがあったと語った。それが、この時代……そして、この時代でコスモスに選ばれた者こそが……

 

「シュゥワッ!」

 

 コスモスは墜落するリドリアスを受け止めると、優しく地面に横たわらせた。

 対して、凶暴に吼えるカオスドルバ。コスモスは立ち上がり、カオスドルバに向かって構える。

「シュワッ!」

 戦いが始まった。突進してくるカオスドルバを、コスモスはその勢いに無理に逆らうことなく受け流し、側面から掌底をかけてよろめかせる。

 逆襲に太い尻尾が迫ってきても、コスモスは受け止めるだけではなくて、体を回転させて、その勢いで相手を引き倒す。

 あの、パワーに頼らず、むしろ相手のパワーを利用して戦う合気道のような戦い方、やはり間違いない。拳を握らず、怪獣を傷つけないように戦うあのスタイル……覚えている。覚えている!

 コスモスはカオスドルバの胸を目掛けて連続して掌底を打ち込んだ。

「ヘヤッ! セイッ! エイヤァッ!」

 胸を連打され、カオスドルバはじりじりと後退させられた。拳を使っていないためにダメージはないものの、巨体がなすすべもなく動かされているという事実はカオスドルバのプライドをいたく傷つけた。

 カオスドルバ逆襲の頭突きがコスモスを襲う。カオス化により武器のように大型化した頭部の一撃は、さしものコスモスでも無傷で受けきれるものではない。

「ウワアッ!」

「コスモス!」

 まるでハンマーで頭をぶっ叩かれたようなものだろう。動きの止まったコスモスをカオスドルバの鋭い爪が生えた太い足が蹴り上げる。

 しかし、コスモスも見事なもので、吹っ飛ばされて間合いが空いたのを幸いにすぐに体勢を立て直した。

「ヘヤッ!」

「いいぞっ、さっすが」

 才人は思わずガッツポーズで歓声をあげた。コスモスは大丈夫だ、こんなことではなんてことはない。

 けれども、怒りに燃えるカオスドルバはさらに猛攻を仕掛けてくる。

 迎え撃つコスモス。爪を振りたてての攻撃を、腕と足ではさんで受け止め、鋭いチョップで相手の姿勢を崩しにかかる。そこへ背中を狙ったルナ・キックの一撃が決まる! だがこれも攻撃を狙ったものではなく、相手の姿勢を崩して転倒させることを狙ったものだ。

 怪獣は、その攻撃的な性質ゆえに重心の高いものが多い。つまり武器を多く持った怪獣ほど体が重くなり、不安定になる。ましてカオスドルバは頭部が大型化しただけに元のドルバのバランスが崩れている。例えるなら、慣れない人に鎧兜を着せてもすぐよろけてしまうのと同じ。

『パームパンチ!』

 コスモスの掌底を使ったパンチがカオスドルバを打つ。一撃は軽いが怒涛のような連打が注ぎ込まれ、カオスドルバは押されていく。ムキになったカオスドルバが闇雲に反撃に出ても、コスモスは二度は同じ手を食わず、余裕を持ってかわし、さらにはジャンプしてカオスドルバの頭上を飛び越えて背後に出る。

「イヤッ!」

 尻尾を掴んで振り回し、さらに相手が振り向いてきたところで投げ技『ルナ・ホイッパー』をかけて再び転がせた。

 これら一連の取り回しで、すでにカオスドルバはフラフラだ。けれども、カオスドルバの肉体的ダメージはほとんどないといっていい。痛めつけるのではなく、相手の力を受け流して疲れるのを待ち、傷つけることなく取り押さえるのがコスモスの戦い方なのだ。

「すごいな。おれにも、おれにもあんな戦いができたら」

 人間の視点で見て、あらためて才人は目からウロコが落ちる思いを感じていた。

 怪獣を倒さず無力化する、命を大切にするあの戦い方は自分たちも含めてほかのウルトラマンにはできない芸当だ。力で悪を倒すことは極論すれば誰にでもできる。しかし怪獣も命ある生き物には違いなく、その命を正義のためだからといって奪ってよいことはない。そもそも、敵を排除することでしか守れない正義とはなんだろうか?

 才人は、そのひとつの答えを見せてもらった気がした。優しさから始まる強さ……

 

 コスモスの動きに翻弄されて、カオスドルバの動きは目に見えて鈍っていた。元々、そんなに戦いが得意な怪獣ではなかったのだろう。そんな怪獣を無理矢理凶悪な姿に変えるとはと、才人は怒りを覚えた。

「がんばれーっ、ウルトラマンコスモース!」

 才人は、ただウルトラマンにあこがれていた子供の頃に戻って応援した。

 胸に、ワクワクとドキドキが蘇ってくる。負けるな、がんばれ、ウルトラマンは、ウルトラマンは絶対に負けない。

 コスモスは、才人の応援が聞こえたのか、少し彼のほうを振り向いた。そして、少しのあいだ才人を見つめていたが、彼の純粋な眼差しに応えるように静かにうなずくと、再びカオスドルバに相対した。

「シュゥワッ」

 だが、カオスドルバもまだ負けたつもりはなかった。起き上がり様の突進と見せかけたフェイントで、口から吐く火炎弾をぶっつけてきたのだ。

「ヌワァッ!」

「汚ねえ! だまし討ちなんてずるいぞ」

 ダメージを受けてのけぞるコスモスを見て、才人は思わず憤って叫んだ。

 火炎弾をカウンターの形で浴びてしまったコスモスは体勢を崩し、カオスドルバは追い討ちの火炎弾を次々と吐き出してきた。コスモスは爆発に包まれながら耐えている。まるで噴火口の中にいるようだ。

 だがそのとき、才人の耳に虚無の呪文の最後の一小節が響いた。

 

”ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル……”

 

 ブリミルは杖を振り下ろし、虚無は完成した。

 白い光がカオスドルバの眼前で膨らみ、巨大な爆発となってカオスドルバを飲み込んだ。

「うわっ!」

 爆風に襲われて、才人は小石のように転がって腰や尻を打ってしまった。

 怪獣との距離はかなりあったはずなのに、これだけの余波を食ってしまうとはすごい威力だ。だが、顔を上げた才人は意外なことに、爆発を至近で浴びたはずの怪獣がほとんどダメージを負ったようには見えないことに気づいた。

「えっ? おかしいな。ルイズがエクスプロージョンを使ったときは、怪獣に致命傷を負わせたはずなのに」

 オリジナルの虚無がそんな程度のはずはないと才人はいぶかしむ。

 しかし、彼の疑問はすぐに目に見える形で答えが示された。エクスプロージョンを受けたカオスドルバの体がブルブルと震えだし、体からあの光の粒子が漏れ出しているように見える。

「もしかして、怪獣の体の中のヴァリヤーグだけ攻撃したんですか! ブリミルさん」

 まさか! と思って才人はブリミルに向かって叫んだ。エクスプロージョンの性質を考えればありえない話ではないが、そんな精密なことが可能なのか?

 するとブリミルは、ふぅと軽く息をついてから才人に笑顔を向けた。

「よくわかったね。そのとおり、あの怪獣は操られているだけだ。だから私は、あいつの体内に潜り込んだヴァリヤーグのみに魔法を浴びせたんだ。しかし、つい先日まではこれでヴァリヤーグを倒せていたんだが、奴はしだいに私の魔法に対して強くなっていった。だがまだこれくらいの効き目はある! さあ、後はまかせるよ」

 そう言うとブリミルは、信頼を込めた眼差しでコスモスを見上げた。

 コスモスも、ブリミルの援護で力を取り戻し、再びカオスドルバの前に立って構える。

 

 けれど……と、才人は思った。始祖ブリミルの魔法を持ってしてもなお倒しきれない、あの光の悪魔はいったい何者なのだろうか?

 現代で、エルフの間に残されていた伝承からも、あの光の悪魔が大厄災の一因だったのは確かだ。そして伝承のとおりなら、あの光の悪魔は今後もブリミルたちを苦しめ続け、一度世界は完全に滅亡する。それは、現代のコスモスも言っていたことでほぼ間違いない。

 六千年の時を超えてなお途切れない戦いの因果。その始まりこそがこの時代、ならばこの戦い、片時も目を離すわけにはいかない。

 

 才人はあらためて怪獣を見上げた。しかし、結論から言えばすでに勝敗は決していた。ブリミルのエクスプロージョンは、怪獣と取り付いているヴァリヤーグのつながりに確実なダメージを与え、いわば糸のほつれたマリオネットにも似た状態に陥れていたのだ。

 痛々しく、すでにカオスドルバはフラフラだ。しかし、ドルバに取り付いたものによってなおも戦いを挑んでこようとしている。なぜだ? なぜそこまで戦わせようとする? ヤプールのように侵略を企んでいるのか? 才人は、いくら怪獣とはいえ命を弄ぶような行為に腹立たしさを覚えた。

 コスモスは構えをとったまま仕掛けようとはしない。もう、カオスドルバの余力はほとんどないことを知っているからだ。

 だが、カオスドルバは残ったエネルギーを集めて火炎弾をコスモスに放ってきた。

「危ない!」

 火炎弾はまっすぐに進んでコスモスを襲う。しかしコスモスはその攻撃を避けずに体で受け止め、エネルギーごとはじき返した。

「セアッ!」

 火炎弾のエネルギーは粉々になって飛び散り、コスモスにダメージはない。

 そして、今度こそカオスドルバの余力は尽きた。

 もう、いいだろう……コスモスは光のエネルギーを集め、伸ばした右手のひらからカオスドルバに向けて送り込んだ。

 

『ルナ・エキストラクト』

 

 優しい光を放つ光線がカオスドルバに吸い込まれ、光の粒子が追い出されるように空に散っていく。

 そして、その身を操っていた元凶が消滅したことで、カオスドルバも鋭角化していた体つきが元に戻っていく。やがて、戦う意味がなくなって、疲れきったドルバは礼を言うようにコスモスに頭を下げると、眠そうな様子で地底へと帰っていった。

 戦いは終わった。怪獣を死なさずに、コスモスは皆の命も同時に守りきったのだ。

「やった、やったぜコスモス!」

 才人は子供のように喜び、歓声をあげた。

 怪獣を倒すのではなく、命を救って帰すことにこれだけの充実感を得られるなんて。守るための戦いには、必ずしも力だけが必要じゃないということを才人は改めて学んだ気がした。

「シュアッ!」

 ドルバが帰っていくのを見届けたコスモスは変身を解いた。丘の上のコスモスがいた場所に、髪をはらってサーシャの姿が現れ、才人は思わず駆け寄っていった。

「すごかったです。まさかサーシャさんがウルトラマンだったなんて、おれ感激しちゃいました」

「あ、ありがと、あなたこそ怪我はなかった?」

「はい! このとおりピンピンしてます」

 興奮して話す才人に、サーシャは少しひいた様子だったが、それでもすぐに明るい笑顔を見せて言った。

「あなたって変わった人ね。けど、悪い気はしないわね。あっそうだ、それはともかくとして……っ!」

 突然サーシャは鋭い目つきになった。眉間にしわがより、凶悪とさえいえる顔つきになる。

 才人が思わず、ひっとあとずさってしまうほど怖くって、どうしたんだろうと思っていたら、そこへブリミルがとことこと駆けて来て。そして……

「や、やあやあやあ、ご苦労様だったねサーシャ。今日も見事だったね、リドリアスも無事みたいだし、ヴァリヤーグもしばらくはやってこないだろ、う?」

「この、蛮人がーーーーっ!」

 サウンドギラーも真っ青な大声がサーシャの喉から放たれ、次いでブリミルのこめかみあたりにすさまじい速さの右回し蹴りがクリーンヒットした。

「ぐばはっ!」

 丸太のようにブリミルは転がり、すたすたと歩み寄ったサーシャはその頭を思いっきり踏みつけた。

「遅いのよあんたの魔法はいつも! 威力があるのはたいへんけっこうなことでしょうけど、どうしてイライラするくらい長い詠唱をつけて作るわけ? 今日という今日は我慢できないわ。リドリアスはケガしちゃったし、毎回フォローする私たちの身にもなりなさいよ」

「い、いやそれは。高度な効果を発揮するためには、やはり時間をかけて練り上げなきゃならないんだよ。それにさ、君たちを信頼しているからこそ、僕はあえて確実に魔法を使いたいわけで」

「何十回も聞いたわよそのセリフ! だいたいその魔法の開発にだって、記憶を消してみる魔法ができたからかけさせてくれだの遠くへ行く扉を作れるようになったから潜ってくれだの、実験台は全部私じゃない。あんたのせいで私がこれまでどれだけ苦労してきたかわかってるの? ええ?」

「ご、ごめんなさい。けど、ほかに頼める人がいないから仕方なく……」

「聞き飽きたわよ、その「仕方なく」は! なにより、そのご立派な魔法に頼りすぎて、大変なことになりかけたのを危うくコスモスに助けられたあのときのこと、忘れたとは言わさないわ。この蛮人! いえ、あんたなんか蛮人以下のムシケラよこのーっ!」

「ぶぺらっ!」

 サッカーボールのように蹴り上げられたブリミルが、そのまま地面に叩きつけられてボロ雑巾のようになるのを才人は呆然と眺めていた。

 いやあ、これが初代の虚無の使い手とガンダールヴ。まるっきり、自分とルイズの関係そのまんまだな、立場は正反対だけど……

 才人は、荒い息をついて怒っているサーシャを見ながら、やれやれとため息をついた。

 始祖ブリミル、伝説上の聖人がどんな人かと思っていたが、実際見てみるとなんのことはない普通のお兄さんだった。それが、たぶんこの後も長い戦いを経て伝説と呼ばれるにふさわしい業績をあげていくのだろう。

 才人はおそらく、自分がこの時代に飛ばされてきたことは偶然じゃないと感じた。教皇は無差別に飛ばしたと言っていたが、もしかして虚無の魔法の教皇でさえ知らない秘密のなにかか、自分をここに導いてくれたのかもしれないと。

”もしそうだとすれば、おれはこの時代でやらなきゃならないことがあるんだ。そして、いつか必ず帰れるときがやってくる”

 現代の世界の混乱はすべて、この大厄災の時代から始まっている。その因果を断ち切るには、考えてみたらこの時代に直接訪れること以上に真実に近づく方法はない。才人は行くあてもなく途方に暮れていた前途に、大きな光明を見た気がした。

「ブリミルさん!」

「うわっ! えっ! なな、なんだい?」

「もっとここのこと教えてください。おれも今日から一生懸命働きますから、どうかよろしくお願いします」

「う、うん、わかったよ」

 目を白黒させているブリミルの、これからの人生が平坦なものではないことは歴史が証明していた。そこに飛び込んだ自分がなにを知り、なにを為すべきなのか、すべてはこれからであった。さらに未来人を加えて、歴史が狂いはしないのか、一抹の不安はあるが、才人は気楽に思うことにした。

”おれがこの時代で体験した経験が、きっと未来を救うことになる。だからみんな、待っていてくれ。きっとおれは帰るから。そしてルイズ、お前はどこにいっちまったんだ……けど、死ぬなよ。生きていれば、いつかきっとまた会えるから”

 ブリミルの足首を捕まえて、ズルズルとひきづっていくサーシャを追って才人は駆け出した。

「あんたは今日から、私の子分その一ね。仕事は山ほどあるから、覚悟なさいよ」

「はい!」

 才人は力強く答え、将来ハルケギニアと呼ばれるようになる大地の上を駆けた。

 

 

 続く


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