ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第19話  はるかな時代へ

 第19話

 はるかな時代へ

 

 剛力怪獣 シルバゴン

 友好巨鳥 リドリアス 登場!

 

 

 聖マルコー号の突然の爆発は、眼下で勝利の喜びに湧いていた信徒たちに大きな衝撃を与えていた。

 

「なっ、なんだ! 聖マルコー号が、聖マルコー号がぁ」

「教皇陛下のお召し艦が。そ、そうだ教皇陛下は、教皇陛下はご無事なのか!」

 

 天使の奇跡の余韻も吹き飛ぶ衝撃に、ロマリアの将兵たちは一時完全なパニックに襲われた。

 教皇、ヴィットーリオ・セレヴァレ陛下。ブリミル教徒にとっての象徴であり、いまや神の祝福をその身に受けた偉大なる聖人である。迷える子羊を優しく教え導き、ゆくべき道筋を明るく照らし出してくださるその存在は信徒たちにとって太陽にも等しい。その敬愛すべきお方のおわす船が砕け散ったことは、親兄弟を失ったも同然の衝撃であった。

 右往左往する人々、絶望にうちひしがれる者、発狂したようにけたたましく笑い出す者もいた。

 このままでは、あと数分と持たずにこの場の何万という人間たちは地獄絵図を作り出していただろう。しかし、彼らの狂気が限界を越える前に、望んでいた救いの御言葉は舞い降りてきた。

 

「皆さん、我が敬虔なるブリミル教徒の皆さん。私の声が聞こえますか? 嘆くのをやめ、空を見上げてください。私は、ここにいます!」

「お、おおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 割れんばかりの歓声が天空に轟いた。

 空に舞う一頭のドラゴン。ジュリオが操るその背に立ち、人々を見渡しているのは間違いなく誰もがその無事を祈っていた教皇陛下であった。

 

 教皇陛下! 教皇陛下! おお教皇陛下!

 

 狂喜乱舞の大合唱。しかし、この中にわずかだが教皇ではない人間を案ずる者たちがいたとしたら、その者たちは悪であろうか。

「教皇、生きていたのか……くそっ、サイトたちは、サイトたちは無事なのか」

 教皇の姿を見て吐き捨てたのは、粉塵に体を汚した女騎士と少年たちだった。ミシェルにギーシュ、銃士隊と水精霊騎士隊。ともに女王陛下の名において、神と始祖に忠誠を誓った誇りある騎士団であるが、今の彼らに教皇を敬愛の念で見る目はない。疑念は確信に変わり、聖人の皮をかぶって世界を我が物にせんとする”敵”の正体を彼らだけが知っていた。

 先ほど、聖マルコー号に向かって飛んでいく竜に才人とルイズが乗っていたのを彼らは目撃していた。きっと、あのふたりも教皇の正体を知って、化けの皮をはぐために行ったのだろう。

 船が爆発したとき、彼らは皆才人たちがやったのだと信じ、ふたりが戻ってくることを信じていた。なのに、姿を現したのは教皇……才人たちはどうしたんだ? 背筋を走る氷の刃……友を、仲間を、愛する人を思うが故のぬぐいきれない不安が彼らの胸中を支配していた。

「サイト、サイト……まさか、まさか」

「大丈夫ですって。あいつのことだからきっと無事ですよ。きっとぼくらの見えないところで脱出してるに決まってる」

 ギーシュがつとめて明るくミシェルを励ました。いまでは、ミシェルが才人に特別な想いを抱いていることを知らない者はいない。その理由について詮索する無粋をする者はいなくても、きっと才人の一本気で熱い心が彼女のなにかを響かせたのは容易に想像がついた。

 ルイズなどがいい例で、ここにいる誰もが多かれ少なかれ才人からは影響を受けている。ルイズもで、彼女の後ろを向くことを許さない前向きさは、皆のひとつの羅針盤となっていた。今までも、そしてこれからも、だからあいつらがやられるはずなんてない。

 

 けれど教皇は、そうして友の身を案ずる彼らの心を踏みにじるように、黒い笑顔を作り上げた。

 そして彼は両手を広げて人々に静まるよう身振りで諭すと、魔法で増幅された声で穏やかに伝えたのである。

 

「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。実は、私の船に神の意思をさえぎろうとする異端の徒が忍び込んでいたのです。その者は私を黄泉の道連れにしようとしました。しかし、勇気ある者が幸運にも私の船にいたおかげで、私はこうして命を永らえることができたのです。ご安心ください、私は、生きています! ですがそのために、尊い犠牲が出てしまいました」

 

 ヴットーリオがそう言うと、ジュリオは群集に見せ付けるようになにかを掲げた。最初はそれがなにかよくわからず、ギーシュやミシェルたちもなんとなく焼け焦げた棒のようにしか見えなかったが、目を凝らしてそれの形を確かめると、それが壊れた剣であることがわかり、さらにそれの特徴的なつばの形が見えてきたとき、悲鳴があがった。

「デルフリンガー!?」

 視力の良い銃士隊員の絶叫が、全員を凍りつかせた。言われてみれば、それは刃の部分が真ん中から折れているが確かに才人の愛刀であるデルフリンガーのそれであった。それが、見るも無残に破壊されている。全員の顔から血の気が引き、無意識のうちに体が震えだす。

 そんな、バカな……だが、教皇の高らかな演説はそんな彼らにとどめを刺すように続いた。

 

「残念ながら、聖マルコー号で生き残ったのは私とこの護衛ひとりだけです。とても悲しい、悲しいことです。皆さん、信仰のために勇敢に命を散らせた勇者のために祈ってあげてください。ですが、我々がしなければならない弔いは、なによりも彼らが守ろうとした信仰の道を全うすることなのです! 神の祝福を受けた私を守るために命を落とした、はるかトリステインからやってきた勇敢な騎士サイト・ヒラガとその主人ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール嬢に惜しみない感謝と尊敬の涙を! その意思を継いで私は全世界のブリミル教徒に平和と繁栄をもたらしましょう!」

 

 歓呼のオーケストラが轟き響き、教皇の身振り手振りで指揮者に操られているかのように旋律を変えて大気を震わせる。

 その中で流れる十人にも満たない人間の悲嘆の声など、何万の歓声に軽々と吹き消されてしまう。

 教皇陛下、我らの希望。教皇陛下、彼らの救世主!

 

「ありがとうございます。あなたがたの深い信仰の叫びは、必ず神に届くことでしょう。ですが、我々にはまだ果たさねばならない大きな使命があることを忘れてはなりません。さあ、戻りましょう我々の信仰の都へ、そして聖地を取り戻す神聖なる使命を万人に伝え始めるのです」

 

 教皇のこの言葉で、それまで雑然としていたロマリア軍は秩序を取り戻して動き出した。

 隊列を整え、帰途に着く。いまや、心から熱烈な神の使途となった彼らは聖戦になんの恐れもなく、その意思をまだ知らない人々にも伝えることに強い使命感を抱くようになっていた。

 その様子を、ヴィットーリオは満足げに眺め、ジュリオも静かに笑みを返している。すでに、先の戦いで受けた傷は問題ではなくなっているようだ。

「これで、すべては計画どおりですね、陛下」

「ええ、世界を汚すウィルスは自ら食い合って滅ぶ。これがあるべき姿というもの……私は約束どおり、これからハルケギニアに平和と繁栄をもたらします。ただし、人間という一点だけを排除した形で、ね」

 たった今まで奇跡と希望に沸いていた人々が聞いたら戦慄するであろうことを愉快そうにしゃべりつつ、ヴィットーリオとジュリオは冷たい目で人間たちを見下ろしていた。今日から盛大な破滅の序曲が始まる、その楽譜を書くのは自分たちなのだ、憂鬱になろうはずもないではないか。

「やがて醜いものがなくなり、美しく生まれ変わるこの星の姿が楽しみです。おや? そういえばジュリオ、あなたいつまでそのゴミを大切に持っているのですか?」

「ん? ああそうですね。これはもう必要ありませんでした。まあせめて、最期くらいは仲間のところへ返してあげますか」

 ジョリオはそう言うと、まだ持っていたデルフリンガーを、まるで空き缶を捨てるように無造作に投げ捨てた。

 くるくると宙を舞い。真ん中からへし折れたぼろ刀と成り果てたデルフリンガーは、草地に落下して二・三回バウンドするとぽとりと落ちて止まった。

「デルフ!」

 捨てられたデルフリンガーへ銃士隊と水精霊騎士隊が駆けつける。ミシェルが拾い上げると、デルフは無残に刃がへし折られ、さらに焼け焦げさせられた残骸も同然の姿で皆は戦慄し、これではもう、とあきらめかけた。

 だが、もうどうしようもないくず鉄かと思われたデルフのつばがぎちぎちとわずかに動き、あのおどけた声が小さく流れてきた。

「よ、よう、お前ら……ぶ、無事だったかよ」

「デルフ! お前、生きてたのか」

「へ、へへ、武器に生きてるも死んでるもありゃしねえよ。だ、だけど今度ばかりはきちいかな。は、はは」

「しっかりしろ! いったいなにがあったんだ。サイトとミス・ヴァリエールはどうした?」

 途切れがちなデルフの声を励ますようにミシェルは叫んだ。ほかの皆も、心配そうに覗き込んでくる。

「す、すまねえ。俺は、敵の手の内がわかってたはずなのに……あいつらを……て、敵は、ぐっ!」

 そのとき、デルフの声の源であるつばの留め金の釘がはじけとんだ。同時にデルフの声も小さく弱弱しくなっていく。

「て、敵は……お前ら、逃げろ。かなう、相手じゃねえ」

「おいしっかりしろ。サイトたちはどうなった! お前も男なら、この程度で負けるんじゃない!」

「ち、ちくしょうめ、今にもくたばりそうなのに、もう少し優しい言葉はないもんか。あ、相棒も将来苦労するぜ」

「バカ言ってる場合か! お前は剣だろう。剣が死ぬわけないだろうが」

「死ぬ、はなくても壊れるはあるのさ。いいか、俺はもうすぐ壊れる。お前たちは、いっこくも早くこのクソいまいましい国から出て行くんだ。奴は、教皇はハルケギニアのすべてをぶっ壊すつもりだ……は、早く。早く」

 デルフの声はどんどんか細くなっていく。大勢の人間の最期を看取ってきたミシェルたちは、それが人間の死と同じ事であることがわかる。胸を焼く焦燥感と虚無感。人間でないにしても、デルフもまた長くを共に戦ってきた戦友のひとりだ。その命が尽き果てようとしているのが愉快なわけがない。

「デルフ! もういい。このままどこかの鍛冶屋に持っていってやる。刀身を打ち直せば、恐らく治る」

「あ、りがと、よ……だが、もう無理だ。それに、俺は助かる資格がねえ……相棒と、娘っ子を、俺は守ることが……できなかった。あいつらを、俺は」

「な、に? おい、嘘だろ。サイトたちが、サイトがそんな」

「へ……お、まえさん……ほんと、相棒のこと、が……けど、あいつらはもう、二度と、帰っては……すま……ねえ」

 そのとき、デルフのつばが砕けて落ち、乾いた音を立てた。

「デル、フ?」

「……あ……ばよ」

 それを最後に、もう二度とデルフリンガーからはなんの声も響くことはなかった。

 残されたのは、半端な刃のついただけの包丁にも使えない鉄くず同然の刃物が一本のみ。あまりにあっけない、しかしインテリジェンスソードとしては当たり前の終わりであった。

 ただの”モノ”と化したデルフの姿を、皆はしばしじっと見つめていた。そうすれば、またあのおどけた声で「冗談に決まってんだろ」とでも言ってくれるような気がしたからだ。だが、デルフはもはや何も言わず、耐え切れずギーシュがつぶやくように言った。

「な、なあ、デルフリンガー、くんは……その」

「死んだよ」

 ひとりの銃士隊員が、冷酷に反論を許さずに現実を突きつけた。それをすぐには飲み込めず、いや飲み込むのを拒絶して少年たちは立ち尽くした。ただ、一本の剣がガラクタに変わっただけだと以前の彼らなら言ったかもしれない。しかし、才人の背中ごしに彼らも少なからずデルフとは親しみあっており、彼の明るさとひょうきんさには何度も笑わされてきた。

 失ってはじめてわかる。体験してはじめてわかる。仲間の死という現実が、覚悟していたはずの彼らの未熟な心を打ちのめす。

 だが、デルフの残した言葉と、デルフの無残な姿は、皆に認めたくないもっとも残酷な現実を突きつけていた。

 口に出すこともはばかられる……それを認めた瞬間に、心が大きくえぐられる現実が彼らを待ち構えている。

「なあ、デルフリンガーがこうなったってことは……サイトたちも、教皇陛下のおっしゃったとおり、死ん……」

「レイナール!」

 ギーシュが、不用意にレイナールがつぶやこうとした言葉をとがめた。誰だって、それは口には出さないだけでわかっている。あえて口にしなかったのは、自分たちが心の準備をしているだけでなく、今その現実を突きつけてはいけない相手がいるからだ。レイナールは人より頭がいいが、それゆえに人が当たり前にできることができないところがある。もちろんそれに悪気はないのだが、今回はそれが最悪の目に出た。

「サイト……サイトが、死……?」

 震えた、抑揚を失った声が漏れ聞こえたとき、そこにいた皆の背筋を冷水がつたった。

「うそだよ、な……お前が、うふ、あはは」

 生気を感じられない、腹話術士が壊れた人形にあてるような狂った声。しかしそれは幻聴ではなく、ここにいる誰しもがその声の主を知っていた。

 壊れたデルフリンガーを握り締めたまま、うつむいて顔を上げないミシェル。彼女のかわいた唇から、常の彼女のものとはまるで違うひきつったような声が響いてしだいに大きくなっていき、ギーシュたちは戦慄した。理屈じゃない、本能的に恐怖を呼び起こす狂った音色。

「ふ、副隊長、どの……?」

「くふふ、くはは、あははははは!」

 そのときのミシェルの表情を、端的に表す言葉はないと言うべきだろう。ただ、そのとき一瞬でも彼女の顔を見てしまった少年の感想を述べるならば、正視に耐えないという一言であろう……

「あはははは! ああっはっははは!」

 髪を振り乱し、涙を滝のように流しながら、彼女は泣きながら笑っていた。人の心を家に例えるならば、そのはりや屋根を支える柱を一気に抜き取られてしまったようなものだ。どんな強固な屋敷でも、辿る運命は崩落のひとつ……けれどそれを、誰が軟弱や柔弱の一言で片付けられるだろうか。

 そして、絶望にとり付かれた心はすべてを投げ出させる。ミシェルの手にはまだ、デルフリンガーの残骸が残っていたのだ。武器としては使い物にならなくても、まだ凶器としての鋭さはじゅうぶん残っているそれが彼女の喉元へ押し付けられたとき、彼女の部下たちの必死の制止がなければ、彼女の命は鮮血とともに絶たれていただろう。

「副長ぉ、やめてください!」

「離せっ、死なせてくれっ、サイトの、サイトのいるところへ行くんだあっ!」

 羽交い絞めにして止めながら、ミシェルの部下たちはミシェルのなかば幼児退行まで起こしてしまっている惨状を、歯を食いしばって悲しみ、そしてミシェルにとって、才人の存在がいかに大きかったか、いやどれだけ深く才人を愛していたかを痛感していた。

「副長……失礼しますっ!」

「うっ、ごふ……」

 当身で気絶させたミシェルの体を抱きとめて、銃士隊員のひとりは自分もつらさをこらえるようにぐっと歯を噛み締めた。

 歴戦を潜り抜けてきた銃士隊の隊員たちは、戦場で仲間の死を実感してしまった人間がどうなるかを知っている。どんなに屈強な兵士も、親友を、兄弟を目の前で失ったときに平静でいられるとは限らない。戦友を通して、恋人や夫に戦死された妻が後を追った話も伝え聞いている。

 悲しみに殺されかけ、疲れ果てて眠るミシェルを銃士隊員は背中に担いだ。そして、呆然と見つめているギーシュたちに向かって告げた。

「行くぞ、もうこの場所に用はない」

「はい、えっと、あの……その、副長、どのは」

「しばらくは指揮をとるのは無理だろう。当分は、代理に私が指揮をとる……だが、いずれは立ち直らせる。いや、立ち直ってもらう。でなければ、我々こそサイトたちに申し訳が立たん」

 銃士隊は才人に何度も借りを作っている。ツルク星人のとき、才人がいなければ全滅していたかもしれないし、リッシュモンとの戦いで傷ついたアニエスとミシェルが一命を取り留めたのも、才人が関わってきたおかげだった。

 その借りを返すまではと、皆思っていたのに……しかし、今は自分たちのことが問題だ。

「サイトがやられたかどうかはともかく、今、我々の目の前にいないことが重要だ。あいつが無事なら、必ず我々の前に戻ってくるはず。しかしそれよりも、これからの我々のほうこそ大変だぞ。サイトとミス・ヴァリエールの抜けた穴は戦力的にはたいしたことはない。だが、これから我々は敵地となったロマリアを縦断してトリステインに帰り、ロマリアでなにがあったのかの真実を伝えねばならん。最低、ひとりでも生き残ってな! いいか」

「っ、はいっ!」

 ギーシュたちも、責任の重さと前途の困難さを自覚した。もうロマリアは味方ではない。この、悪魔的な力を持つ国から脱出し、国に待つ仲間たちに真実を伝えることがいかに難しく、かつ果たさねばならないことであるかはとつとつと語るまでもない。

 この場にいないモンモランシーとティファニアは無事だろうか、明敏なルクシャナがついているからもしものことがあってもと思うが、彼女たちにこのことを伝えねばならないのは気が重い。さらに彼女たちを守りながらの帰路がどれほど困難となるか、しかし他に道はない。そのためには、たとえこの中の誰がどうなろうともだ。

 しかし……と、ミシェルを背負った銃士隊員は、消沈した様子ながらついてくるギーシュたちと語りつつ思う。

「サイト、あのバカめ、うちの大事な副長を泣かすとはとんでもないことをしてくれたな。アニエス隊長に報告して、一から根性を叩きなおしてやるから覚悟しておけよ……」

「あれ、戦場ではくたばった仲間のことはすぐ忘れるのが鉄則と教わりましたがね。それじゃ、あなたこそ隊長にどやされますよ。しかし、たったふたりが欠けただけで、こうもガタガタになるとは、情けないもんですねぼくたちも」

「ふん、銃士隊も昔は正真正銘の鉄の隊だったのに、誰かのおかげで我々も甘くなったものだ。生存が絶望的な人間をあきらめきれんとは……生きて帰るぞ、でなければ私たちが地獄でサイトに怒鳴られる」

「ええ、それがサイトとルイズへの唯一の弔いでしょうからね……」

 デルフは死んだ、才人とルイズは帰ってこない。そう自らに言い聞かせて、彼らは枯れた草を踏みしめて、なにもない荒野を遠いトリステインへ向かって歩き出した。目に映るのは、意気揚々としたロマリア軍の幾万の行進。しかしその数に比して、彼らはあまりにも孤独だった。

 目をやれば、この戦いでの負傷者が運ばれていくのが見える。教皇の茶番で何人が傷ついたのか、街ひとつが崩壊し、運ばれていく人間の中には軍属だけでなく、街にわずかに残っていた人間なのか、町人風の親子の姿も見える。

 しかし、教皇の野望を砕かなければ、いずれ世界中がこうなってしまうだろう。そうなれば、ロマリアの人々も自分たちが世界を救うどころか世界を滅ぼす企みに手を貸していたことに気づくだろうが、もはや手遅れでしかない。一刻も早くトリステインに戻り、アンリエッタ女王に聖戦不参加を決めてもらわねばならない……だが、その道のりは果てしなく、足取りは鉛のように重い。

 

 

 そして、絶望的な帰路に旅立つ彼らの姿を、ヴィットーリオとジュリオは冷たい眼差しで見下ろしていた。

「どうやら、まだあがくつもりのようですね。どうします? 悪い芽は育つ前に摘んでおくべきかと思いますが」

「ふふ、ジュリオは慎重ですね。ウルトラマンへの変身者を片付けた以上、あんな連中になにができるでしょう? ですが、大事が控えている今、危険要素は徹底して取り除くべきですね。面倒でしょうが、始末しておいていただけますか」

「承りました。彼らは誰一人として、祖国にたどり着くことはないでしょう。最後の旅を、せいぜい楽しく演出してあげますよ」

 利用価値を失ったものに対して、彼らはもはやなんの情も抱いていなかった。彼らは今現在、ハルケギニアにおいてもっとも強大にして無比、対してトリステインを目指す一行は敗残兵も同様に無力だった。

「真実などを探そうとしなければ、少しでも長生きできたでしょうに。この流れはもはや、誰にも止めることはできません。それなのに無駄なあがきをするのは、彼らの救いがたい性ですね。あなたもそう思うでしょう?」

「ええ、ですが油断は禁物です。人間という生き物は、どれだけ念入りにつぶしても隙を見ては我々をおびやかします。覚えておいででしょう。この世界以前にも、我々はウルトラマンを倒し、世界を闇に閉ざしました……ですがそれで、完全勝利とはいかなかったのです」

「そうですね。しかしあのときと違い、この星の人間たちにそこまでの力はありません。ほかのウルトラマンたちはまだ気づいていませんし、気づいたときには手遅れです。さあ、今度こそ失敗は許されませんよ。この星を浄化して、次は今度こそあの星を手に入れるのです」

 教皇とジュリオはハルケギニアを通じて、青く輝くもうひとつの星への想いをめぐらせていた。

 

 

 幾年月にわたる壮大な計画は人間の尺度をはるかに超え、いまだその全容を見せない。しかし、ハルケギニアの窮地を救うために戦い、戦ってきた戦士たちは謀略に落ちて、その牙を大きく砕かれてしまった。動き始めたロマリアの陰謀を止める者は、この時点では誰一人として存在しない……

 

 

 そして、時空のかなたへ追放されてしまった才人とルイズ、その行方を知る者もこの世界には一切いない。

 宇宙は無数の別次元に分かれており、ヴィットーリオが開いた世界扉のゲートは、その境界をこじ開けるのみで行く先を設定されてはいない。つまり、世界地図に目を閉じてダーツを投げるも同じで、どの国に刺さるかなど誰にもわからない。いやむしろ、どこかの世界にたどり着ければ幸運なほうで、投げたダーツが海に刺さってしまったときのように、永遠にどこにもたどり着けずに時空のはざまをさまよい続けるということもありえるのだ。

 そんなところに、なんの道しるべもなく放り出された人間の行く末など知る方法はない。まして、帰還の可能性などは限りなくゼロに等しい……ヴィットーリオとジュリオ、彼らに破壊されたデルフが死と同義に考えてしまったのも無理からぬところであったと言えよう。

 しかし、その絶望的な可能性の壁を超えて、人知れず希望の命脈は保たれていたことも、まだ誰も知らない。

 

 

 次元の壁を超えて、才人は奇跡的にどこかの世界へとたどり着いた。

 けれども、それを幸運と呼ぶべきかはわからない。なぜならそこは、まるで生き物の生息を許すとも思えない荒涼とした世界だったのだ。

 なす術もなく……一人で放り出された才人は、ただルイズの姿を探そうとするものの、突然現れた怪獣に襲われてしまう。

 

【挿絵表示】

 

 凶暴な怪獣、シルバゴンの前に丸腰で、ルイズがいないためにウルトラマンAへの変身もできずに逃げるのみで追い詰められてしまう才人。だが、絶体絶命の彼を救ったのは、なんとハルケギニアの星にしかいないはずのエルフの少女であった……

 ここはいったいどこなのだ? 何ひとつ理解できない中で、才人のたったひとりの旅が始まろうとしていた。

 

「う、ううん……ふわぁぁ……」

 目をこすり、あくびとともに体を起こした才人の目に入ってきたのは小さな村の光景だった。

 いや、村という表現もややオーバーかもしれない。なぜなら、日本人の感覚で”家”と呼べるような建物はなく、木と布で出来たテントがいくらか並んでいるだけで、才人も最初見たときはモンゴルのゲルだったかパオだったかいう遊牧民の移動式住居みたいだなと思っていた。

「ふうわぁぁ……よく寝た。ってか、寝すぎたかなこりゃ」

 毛布をぬぐい、空を見上げるとどれくらい眠っていたのか、とっぷりと墨汁をぶちまけたような闇が周りを包んでいる。しかし厚い雲のせいか星は見えずに、村の中央の広場でパチパチと音を立てて燃えている焚き火だけが、鈍いオレンジ色に自分たちを染め上げて闇に抵抗していた。

 なにもかもが見慣れぬ風景。才人は、なにもかも夢であってくれればと目が覚めるときに願っていたが、やはりすべては現実だったのだなとため息をつくしかなかった。

 そう、教皇との戦いで自分たちは負けた。そして、この世界に飛ばされた。それが現実、変えようのない現実だ。

 と、そこへ小気味よく軽い足音がしたかと思うと、才人の前にあの少女が小皿を持ってやってきた。

「いいかげん目を覚ますころだと思ったわ。どう、具合は? 悪いところがあったら遠慮なく言いなさい。薬ならあるから」

「いえ、一眠りしたらだいたい治ったようで。あっ、でも多少筋肉痛があるかなあ、あててて」

「それならよく働く男の勲章みたいなもんだから大丈夫よ。けど、本当にあなた泥のように眠ってたわ。よっぽど疲れていたのね。夕食のスープの残りだけど、薬草を混ぜ込んであるから疲れがとれるわ。食べなさい」

 単刀直入かつ無遠慮な彼女の物言いだったが、スープの皿を差し出してきた手は優しく、才人はまだぼんやりしていた脳みそを目覚めさせて受け取った。使い込んである様子で古ぼけた皿に入れられたスープは、薄い味付けに、言ったとおり薬草の苦味が染み出してきて決してうまいとはいえない代物だったが、空腹が極致に達していた才人は夢中でスプーンをすくった。

「そんながっかなくても、誰も取ったりしないわよ」

「すんません。でも、手が止まらなくって」

 呆れた様子で彼女に見られる才人だったが、胃袋の欲求はマナーを忘れさせた。それでも多少なりとて口に運ぶと理性が主導権を回復し、手を休めて才人に礼を言わせた。

「ありがとうございます。見ず知らずのおれに、わざわざメシまで用意してくれて」

「気にすることはないわ。困ったときはおたがいさまだもの。それに、ちょうど長々と帰ってこないやつがいて、一人分余っていたの」

「どうも、ええっと……」

「サーシャよ。ヒリガー・サイトーンくん」

「平賀才人です。よろしく、サーシャさん」

 才人は名前を間違われたことを軽く修正し、恩人の名前を深く心に刻んだ。

 そう、このサーシャという美しいエルフの少女がいなければ、自分は今頃この世にいなかったに違いない。

 あのとき、突如現れた銀色の怪獣に追い詰められていた才人を、たまたま通りかかったという彼女が助けてくれた。それこそ、踏み潰される寸前のこと……死に物狂いであがこうとしていた才人を、サーシャが力づくで伏せさせてくれたおかげで助かった。

『あいつは動くものしか見えないの。じっとしていたら、そのうち行ってしまうわ』

 そのとおりに、銀色の怪獣は動かずにいるふたりが目の前にいるというのに急に見失った様子で、キョロキョロと戸惑う様をしばらく見せると、くるりと振り返ってそのまま去っていってしまった。再び生き物の気配がなくなった荒野で、才人はやっと自由にしてもらって立ち上がると、そこには恩人の呆れたような眼差しがあった。

「大丈夫? このあたりは、ああいう乱暴なのがうろうろしてるのよ。あなた旅人? よく今まで無事でいられたわね」

 ぐっと正面から見据えてくる相手の顔を間近に見て、才人はやっぱりエルフだと確信を強くした。

 薄い金色の髪に翠色の瞳、ティファニアを少し大人っぽくしてルクシャナに少し子供っぽさを足したような容姿。以前行ったエルフの都で何百人と見たエルフの特徴そのものだった。

「エ、エルフ!?」

「あら? 私を知ってるの? へえ、珍しいわね。私はサーシャ、あなたの名前は? 旅人さん」

「あ、ひ、平賀才人っていいます。旅をしてるわけじゃないんだけど、ええと、説明すっと長いんだけど……そうだ! エルフがいるってことは、ここはハルケギニアなんですか?」

 戸惑いはしたものの、慌てて才人は疑問の核心を訪ねた。エルフがいるということは、ここはハルケギニアのどこかか近辺である可能性が高い。だったら、異世界に飛ばされたわけでないのであれば時間はかかるが帰還の方法もあるだろう。

 しかしサーシャから帰ってきた答えは、才人の期待を完全に裏切った。

「ハルケギニア? 聞いたこともないわね」

 才人は愕然とした。博識なエルフが知らないということは、ここはハルケギニアからはるか遠くだということになる。

 いや、それならまだいい。恐る恐るながら、才人はもう一度尋ねてみた。

「じゃ、じゃあ、サハラか、ロバ・アル・カリイエ?」

「サハラね、懐かしい名前を聞いたわね。なるほど、あなたもその口なのね」

「サ、サハラを知ってるってことは……えっ?」

 一瞬、才人の心に喜びが走ったが、サーシャが続けて言った言葉の意味を理解して凍りついた。

「私も前にね、あいつのおかげでこーんな何もないところに連れてこられたのよ。まったく、なんで関係のない私が」

 ふてくされたように言うサーシャの話で、才人は理解した。ここは、やはり異世界……目の前の彼女もまた、サハラからなんらかの方法で連れてこられたんだろうということが。

 そうとわかり、希望が失われた才人は全身の力が抜けてひざからがっくりと倒れこんだ。

「ちょ、ちょっとあなた大丈夫!?」

「あ、はは……ちょっと気が抜けちゃって……あの、すみませんが、このあたりにもう一人おれくらいのピンク色の髪をした女の子が来てませんでしたか?」

 気力が折れそうなところを、才人はなんとかこらえてルイズの行方を聞いた。帰還の可能性が閉じてしまった以上、気になるのは重傷を負ったままで消えていったルイズのことだけだ。あの傷、手当が遅れたら命に関わるかもしれない。けれども、才人の期待はことごとくがかなえられなかった。

「ピンクの髪の女の子? いいえ、悪いけど見ていないわね」

「そう、ですか……捜さないと……」

「なに言ってるの! あんたよく見たらボロボロじゃない。それに、このあたりにはさっきの奴以外にもなにが潜んでるかわからないのよ。えいもうっ、仕方ないわね。この近くに私たちの村があるわ、とりあえずはそこに帰ってから話しましょう」

「で、でも、早く見つけてやらないと」

「死にに行くようなもんだって言ってるの。見捨てていけば私は楽だけど、いくらなんでも寝覚めが悪すぎるから無理にでも来てもらうわ。ほら!」

 サーシャにぐっと腕を掴まれて、才人は引きずられるように連れて行かれた。抵抗しようとしたが、サーシャは意外にもかなりの力持ちで……いや、女性の力にも対抗できないほど才人が弱っていたのもあるだろう。

 才人はそのまま、近くに隠してあったサーシャの馬に乗せられて、彼女たちの村に連れて行かれた。

 裸の馬の乗り心地は悪く、気を張ってないとずり落ちそうな中で才人は必死で意識を保った。それでも、村の様子が見えてきたところで最後の気力も尽き、意識が途切れる寸前に才人はサーシャの声を聞いた。

「ほら、もう着くから我慢しなさいって、無理かあ。わかったわよ、あんたの連れの子は私が捜しておいてあげるから……」

 その後にもいくらか続いたようだが、すでに才人の意識は深遠の淵へと落ちていた。

 それが、この世界に来てからの漏らさぬ真実。才人はサーシャという、地獄の仏に会えたことに感謝しつつ、残りのスープに口をつけ、あっという間に平らげてしまった。

「はふぅ……ごちそうさまでした」

「よほどお腹が減ってたのね。最近は材料がたいしたものがとれなくて、こんなものしかなくってと思ったんだけど、あなた普段からろくなもの食べてないんじゃない?」

「はは、当たりです。最初の頃ルイズにもらうメシはほんとひどかったなあ。おかげで味のハードルが下がって、今じゃ食えるだけでもありがたいって……すみません。おれ、どのくらい眠ってたんでしょうか?」

「おおよそ半日というところね。相当疲れていたんでしょう、まるで死人のように眠り込んでいたわよ」

 そうですか……と、才人は腹が膨れてやっと回るようになった頭で考え出した。

 疲れていた、か。確かにそうだ。戦って戦い抜いて、自分でもよくあれだけ戦えたものだと不思議に思うくらい戦った。保健体育で、人間は興奮状態では脳からアドレナリンというものが出て疲れを感じなくさせると習ったが、たぶんそうだったのだろう。けれども、体のほうは忘れていた疲れを覚えていて、そのツケはきっちりと帰ってきた。

 それにしても、人間というやつはおもしろくできているもので、どんなとんでもない事態になろうとも眠気と食い気には勝てないらしい。戦士たるもの、食えるときには食いたくなくても食っておけと、皆といっしょに訓練の一環の心得として教わったが……なぜか、涙が溢れてくる。

「どうしたの? どこか具合の悪いところでもある?」

「いえ、なんでもないです。それより……」

 今は思い出に浸るときではないと、才人は涙をぬぐった。そして、立ち上がって体にぐっと力を込めて相手の顔を正面から見据えると、彼女はすまなそうに話した。

「ごめんなさい、あなたのいたあたりを中心に探してみたけど、やっぱりあなたの言う女の子は見つからなかったわ」

「そうですか……すみません、こちらこそ初対面なのに無理を言ってしまって」

 やはりルイズの行方はわからないか、と、才人は肩を落とした。

 予測はもうついていた。この世界に来てから、何度試してもウルトラマンAとの会話はできないし、テレパシーも伝わらない。ということはつまり、ルイズはテレパシーも届かない別の世界に飛ばされてしまったとしか考えられない。

 これからいったいどうしたものか……? まったく先の見通しが立たずに意気消沈する才人。すると、サーシャはそんな才人を気遣うように言ってくれた。

「まあ、あなたにもいろいろ事情があるみたいだけど、行くところがないなら、ここにいればいいんじゃない?」

「えっ、でも。そんな、見ず知らずのおれのためにそこまでしてもらったら」

「いいのよ、どうせ私も無理矢理こっちに連れてこられた口だから。そもそもこの村は行き場をなくした連中の寄り合い所帯みたいなもんだし、気にする必要なんかないない」

「あ、ありがとうございます! ようし、掃除洗濯なんでもやりますからまかせてください」

 感激して才人はぐっと頭を下げるとともに、持ち前の前向きさで気持ちを切り替えた。頼るものもなく見知らぬ世界にひとりぼっちで放り出されたのはルイズに召喚されたとき以来だが、同じことなら二度目のほうが気が楽だ。それに、今度はあのときより考えるものが多い分はるかに力強くいられる。

「あなたって、単純とかお調子者とか言われない?」

「あははは、よく言われます。すみません、長居することになるかもしれませんから、ここがどういうところだか教えてもらえますか?」

「ええ、それはもちろんかまわないわ。けど、その前に一応ここのリーダーに会っておいてもらいたいの。あいつ……ようやく帰ってきたみたいだから」

「えっ? うわっ!」

 才人は、突然横殴りに吹き付けてきた突風になぎ倒された。砂塵が巻き上がり、転んだ才人の目に、風にあおられて大きなテントがまるで紙細工のようにはためいているのが映ってくる。

 だがしかし、才人を驚かせたのはそんなものではなかった。空から、青い巨大な鳥が降りてくる。いや、あれは鳥の怪獣だ! しかも、才人はその怪獣の姿に見覚えがあった。

「あの、怪獣は!」

「心配いらないわ。あの怪獣は人を襲ったりしないから」

 サーシャの言うことは才人にはわかっていた。なぜなら、才人は同じ怪獣を見たことがあったからだ。

 以前、東方号でサハラへ旅したとき、アディールでのヤプールとの決戦で現れたあの怪獣とそっくり。いや、サイズは少し小さいが、赤いとさかや骨のような翼といい、同種の怪獣なのは間違いない。

「おかえりー、リドリアス」

 唖然としている才人の前に、鳥の怪獣は着陸し翼を畳んだ。地上にいるサーシャが手を振ると、喉を鳴らして応えてくる。この鳴き声もまったく同じだ。

「リ、リーダーって、この怪獣っすか?」

「あはは、まさか。まーリドリアスは賢いけど、そういう柄じゃないよね。うちのリーダーは、ほらアレよアレ」

 そう言ってサーシャが指差す先を見ると、リドリアスの背中からロープが降りてきて、それをつたって人が降りてくる。彼は地面にストンと、というほどきれいにではないが降り立つと、待っていたサーシャのもとにとことこと駆けて来た。

「や、やややや、遅くなってすまない。食料を集めるのに手間取ってしまって、つい遠出をしてしまった。お腹すいたよ、夕食あるかな?」

「ないわよ」

「え?」

「村の警備だってあるのにダラダラと外をほっつき歩いているようなバカに食わすものはないわ。リドリアスも連れまわして、この子はまだ子供なのよ。これだから蛮人は、その程度の配慮もできないんだから」

「そ、そんなぁー」

 と、彼は情けない声を出してへたってしまった。

 なんというか、小柄で若いどこにでもいそうな普通の男だった。才人は、このさえない男がリーダー? と、怪訝に思ったが、それもいた仕方がないといえるだろう。サーシャに怒鳴られてペコペコしてる様は威厳などとは無縁で、アニエスのような凛々しく頼りになるリーダーを想像していた才人の予想とはかけ離れていたからだ。

 どうやら見る限り、彼よりサーシャのほうが強いらしい。なんとなく自分とルイズの関係を連想してしまう。どこの世界にも似たようなのがいるもんだと、才人は妙な感心をした……ところが。

”ん? なんだ、おれ……この人と、どこかで会ったような……?”

 突然そんな感覚を才人は覚えた。今日ここではじめて会うのは確実なはず……誰かと似ていたっけと思ったけれど、記憶にそんな人物はいくら思い出そうとしてもいなかった。そういえば、サーシャとも最初に会ったときからなんとなく他人の気がしなかった。まだ、疲れているのだろうか?

 けれども、取り込み中のところ悪いが、このままでは話が進まない。才人は空気を読んでないのを承知で、仕方なく割り込むことにした。

「あの、すみません。もうそろそろよろしいですか?」

「ん? 君は、はじめて見る人だね」

 そこで、才人はようやくサーシャから砂漠の真ん中で拾われたことなどを説明してもらった。

「えっと、平賀才人っていいます。おれ、行くあてがなくて、少しの間ここに置いてもらっていいでしょうか?」

「もちろんかまわないさ! いやあ、僕たち以外の人間と会うのは久しぶりだ。喜んで歓迎させてもらうよ」

 満面の笑みを浮かべて彼は才人の手を握ってきた。才人は、ほっとするといっしょに、良い人だなと今日はじめて会ったばかりの自分を受け入れてくれた彼の度量の大きさに感謝した。が、しかし次に彼が口にした言葉を聞いたとき、才人は愕然とするだけではすまない衝撃を受けた。

「おっと、自己紹介がまだだったね。僕の名前はニダベリールのブリミル」

 えっ! と、才人は耳を疑った。その名前、聞き覚えがある。いや、聞き飽きるほど聞かされた名前だ。

 始祖ブリミル。ハルケギニアで信仰されているブリミル教の開祖の名前だ。ただ同名なだけの人? いや、まさか、まさか。

 才人の心に、少しずつ湧きあがってきていた仮説が急速に形を整えてできあがってくる。エルフの存在、以前見たのと同じ怪獣、そして伝説の聖人と同じ名前の人物の存在。まさか自分は、別の世界に飛ばされてしまったのではなく、時空を超えてしまって……

「おれ、六千年前のハルケギニアにタイムスリップしちまったんじゃないのか……?」

 夢なら早く覚めてくれ……才人は、急展開すぎる状況についていけず、がっくりとひざをついてしまうしかなかった。

 

 

 続く


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