ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第18話  引きちぎられた絆

 第18話

 引きちぎられた絆

 

 剛力怪獣 シルバゴン 登場!

 

 

 竜から降り、足を着けた聖マルコー号は異様なほど静まり返っていた。

「まるで幽霊船ね……」

 ふたりを乗せてきた竜が飛び去り、甲板にルイズの声と、ふたりの靴底が船板を叩く乾いた音が小さく響く。

 だが、それだけで、船の上には生気のかけらすら感じられない。船べりから覗けば、まだ地上では天使の奇跡に湧く人々の騒ぎが見て取れ、歓声がここまで聞こえてくるというのに、まるで別世界のようだ。

「船員はどこに行ったんだ……? 前は、大勢いたはずだろ」

「気をつけてサイト、人の気配がまったくないわ。この船、ほとんど無人で動いてるみたい……教皇陛下のお召し艦に、そんなことがあると思う?」

「おれでもそんなヘマはしねえよ。どうやらもう罠だということを隠す気もないみたいだな……ちっ」

 才人は舌打ちして、ごくりとつばを飲み込んだ。もう、教皇がただの人物ではないのは、ここを見たことで九割九分九厘の確信に変わっている。教皇が座上するにしては不自然すぎる船上を見たからには、ただで帰れるとはとても思えない。帰りの竜もいない今の状況で助かるには、元凶を叩く以外に方法はない。

「こんなところに、ルイズとふたりで……ん?」

 才人がそう思ったとき、背中でカタカタ鳴る音に気づいた。それで、「あ、やべえ」と思って背負っていたデルフリンガーを抜くと。

「よお相棒、やっと抜いてくれたねえ。ずいぶん、ほんとーにずいぶん久しぶりで俺っち感動で泣いちゃいそうだよ! ったく、相棒と来たら、やっとお前の背中に帰ってこれたってのに使うどころか抜いてもくれねえんだもんな。今度のガンダールヴは冷たいよ。剣にだってハートってものがあるんだぜ! こんなんだったら武器屋の片隅で親父を相手にくだ巻いてるほうがよかったよ。聞いてる相棒? やっと戦闘になって出番があるかとワクワクしていた希望を打ち砕かれた絶望がお前にわかる? ひとりぼっちは寂しいんだよ。鞘の中でサビで真っ黒になっちゃいそうだったぜ。あー外の景色が懐かしいぜ。わかる? 俺のこの感動をさ!」

「デ、デルフ……いけね、そういえばここ最近忙しすぎて、返してもらったけど暇なときに抜くのも忘れてた」

 抜いたとたんに一気にまくしたててきたデルフに、才人は冷や汗まじりで答えた。

「な、なあデルフ? お前もしかして、ルイズとふたりだけって言ったの、怒ってる?」

「べぇつぅに! 俺っちはどこまで行っても剣だし、頭数に入ってなくても当然だもんね! それに相棒にはすっげえ強い銃があるもんね。しょせん剣は飛び道具には勝てませんもんね。別に気にしてませんからね俺っちは」

「あーあ、すっかりすねちゃって。サイト~、自分の武器の手入れもろくに出来ないなんてサイッテーね、あんた」

「ル、ルイズ、お前まで言うか?」

 思いも寄らぬところで二対一で責められてしまい、才人は困り果ててまいってしまった。

 しかし、本気で困った顔をする才人を見てルイズが笑っているのに気づいて、才人は自分が遊ばれていたことに気がついて苦笑いした。

「そういやお前もいたよな。悪い、おれたちはふたりだけじゃなかったな。頼もしい仲間がもう一人、お前も合わせて三人だった」

「へっ、わかりゃいいんだよ。なんかめちゃくちゃヤバいことになってきたみたいじゃねえか。まったくお前らは、ろくでもない運命を引き当てるくじ運だけはすげえな。だから俺が忠告したろ、この国はろくなもんじゃねえってな」

「ああ、おれも心からそう思うよ。けど、まさかここまでなんて思うかよ。お前のくれるヒントは役に立つようでどっか抜けてんだからな」

 それに関しては、デルフもすまねえなと詫びた。思い出そうとしているのだが、まだ記憶が完全に戻っていないのですまないと。

「あとちょっと、なんかのきっかけがあれば思い出せると思うんだけどな。そしたら娘っ子、お前さんの隠された力の残りも大方わかると思うんだが、面目ねえ」

「わたしの力、わたしの遠い遠いご先祖様、始祖ブリミルから受け継いできた虚無の魔法。ねえボロ剣、虚無の魔法はわたしが今覚えているもののほかにもあるんでしょう?」

 ルイズが尋ねると、デルフは少し考えるように沈黙してから、少し疲れたような声で言った。

「ああ、ブリミルは偉大なメイジだった。奴が呪文を唱えるたびに、あらゆる奇跡が起こったよ。なにせ、あいつの魔法には今のメイジの系統なんて制限がなかったからな。それでも、二個や三個の魔法でどうにかなるほどブリミルは楽じゃなかった。あいつはそれこそ、命を削って虚無を使い続けた。その数は、始祖の祈祷書の余白を思い出してみればわかるだろう?」

「そうね、始祖の祈祷書の残りのページ数は百はゆうにあったわ。その全部に呪文が記されてるわけじゃないにしても、あのエクスプロージョンさえ初歩の初歩に過ぎないなら、後の数と質はバカでも見等がつくわね。それで、次は回りくどいことなしで簡潔に答えなさい。わかってるんでしょ? わたしたちの見た、あの”奇跡”を起こせる魔法が、あったの?」

「ああ、あった」

 デルフは観念したように認め、その魔法の詳細を話した。

「やっぱりね、そんな魔法があれば、どんな”奇跡”だって演出できる。なんで早く言わなかったのよ」

「お前さんもわかるだろう? 俺にだって、認めたくない現実ってもんはあるんだよ。それよりもお前ら、わかってるだろうが相手は娘っ子よりもはるかに格上の使い手だ。しかも、向こうはこっちの手の内はお見通しだ。勝てる見込みは少ないぞ」

 だろうな、とふたりは思った。この先に待っている相手は、ある意味自分たちの天敵と言える。しかしすでに腹をくくったふたりに迷いはない。互いのことを支えあっているふたりには恐れもない。

 

 目の前には、船内へと続く入り口が口を開けている。中からは魔法のランプの明かりが漏れてくるが、やはり人の気配はなく、へばりつくような薄気味悪い妖気が漂ってくる。

「サイト、行くわよ」

 ルイズは先頭に立って行こうとした。手には杖をぐっと握り締め、いつでも戦える体勢に自分を置いている。

 才人はそんなルイズの度胸にいつもながらの頼もしさを覚えたが、ぐっとこらえて呼び止めた。

「ルイズ、ちょっと待て。こいつは、お前が持ってろよ」

 そう言って才人は懐のホルスターから、あるものをルイズの手に取り出して握らせた。

「えっ? これ、あなたの! サ、サイト、この銃って」

「ああ、おれのガッツブラスターだ。エネルギーカートリッジは新品に換えておいたから心配すんな」

「違うわよ! これ、あなたの武器でしょ。き、貴族のわたしに銃なんて、いえそれより、これはサイトの世界から持ってきてもらった大事なものじゃないの!」

 ルイズは愕然とした。この光線銃は才人がずっと使い続けて、何度も窮地を乗り越えてきた、片腕ともいうべき武器だ。けれども才人は真剣な表情で言った。

「いいから持っとけって。お前、平気そうな顔してるけど、さっきのエクスプロージョンで魔法の力はほとんど尽きてるはずだろ。余力があるんだったら、とっくにテレポートで一時撤退してるもんな?」

「うっ、あんたってほんと妙なとこで鋭いわね。しょうがないわね、こ、今回だけはあんたに従ってあげる。けど、あんたはこれなしでどうする気よ?」 

「おれにはデルフがあるさ。ま、なんやかやで姉さんたちに剣技も習ったし、これ以上こいつをスルーしたら、それこそ二度と抜けなくなるかもしれねえしな。そいつの使い方はわかるよな?」

「バカにするんじゃないわよ。まったく、あんたのおさがりに頼らなきゃいけないなんて、とんだ屈辱だわ」

 ルイズは才人の優しい気遣いがうれしく、肝心なときに十全に力を発揮できない自分が恨めしかった。

 だが、足手まといになるのだけは嫌だ。ルイズは才人から借り受けた異世界の武器をぐっと握り締め、船内の闇の果てを凝視した。

 

 人の気配のしない聖マルコー号の船内。その廊下を、二人は木の床がきしむ音だけを共にして進んでいった。

 目的の場所は考えるまでもない。待っているといって招待されたのだから、教皇のいるべき場所はひとつだけだ。

 船内中央部、聖堂の間にその男たちはいた。

「ようこそおいでくださいました。お忙しい中呼びつけてしまいまして恐縮しております」

「教皇さん、ここまできてつまらない学芸会はやめようぜ。おれたちは遊ぶのは好きだけど遊ばれるのは大っ嫌いなんでね。ついでに言うと、今日限りで二度とお目にかかりたくない。エルフを相手に戦争なんて、お前たちは悪魔だ」

「そういうことよ。まさかまさかと思って、今日までじっとしていたけど、もう私はあなたたちを許さない。ハルケギニアをあんたたちのおもちゃにさせないわ」

 丁寧な物腰で語りかけてきたヴィットーリオに、才人とルイズは正反対の態度と口調で応えた。腹の探りあいなどは一切なし、最初から遠慮なくケンカを売っている。しかしヴィットーリオは気分を害した様子もなく、にこやかに笑いながら言った。

「ふふ、どうやらかなり嫌われてしまっているようですね。できれば、あなたがたとはずっと仲良くしていきたかったのですが、実に悲しいものです。私たちはこんなにも世のためを思っているというのに、そうでしょうジュリオ?」

「ええ、好意が相手に伝わらないというのは実に悲しいです。僕たちは何度も君たちを手助けしてあげたじゃないか? ねえ」

 けれども才人もルイズもそのくらいでごまかされたりはしない。

「しらじらしいぞエセイケメン野郎。手助けどころか手回しがよすぎるんだよ、まるで予定されてたみたいにな。最初から全部、今日のために仕組んでたんだろう?」

「まったく、よくこれだけ大掛かりに仕組んだものだけど、考えてみたらロマリアの力なら簡単よね。ガリアのジョゼフ王とも実はつるんでるんじゃない? あの戦争自体、あんたたちの仕組んだ自作自演だった。違うかしら!」

 ふたりの推理は証拠があってのものではない。しかし、すでに正体を隠すつもりのなくなっていたヴィットーリオは楽しげに拍手をして褒め称えた。

「いやいや、おふたりとも見事な洞察力です。実にすばらしい。下で浮かれ騒いでいる愚かな人間たちに聞かせてあげたいくらいです」

「どうとう本性を表したわね。教皇、ヴィットーリオ・セレヴァレ、あんたの正体は何? 人間とエルフの戦争を作り出して、なにを企んでいるの!」 

 才人がデルフリンガーの柄に手をかけて、ルイズが懐にガッツブラスターを隠しながら杖を向けて教皇を問い詰めた。

 すると、教皇はそれまでの人のよさそうな笑顔をどけて、口元をゆがめると、いままでとは逆にぞっとするくらいおぞましい笑い顔を浮かべた。

「うっくっくく、企んでいるか? ですか。そうですね、確かに企んでいるといえばそうなるでしょう。私たちは、ある役割を受けてこの星に送り込まれた者です。そう、遠い昔より、我らはこの星を見守ってきました」

「やっぱり、宇宙人か。テファのお母さんの前に現れたのも、てめえだな。そんな昔から侵略の機会をうかがってやがったんだな」

 才人が怒りを込めてヴィットーリオを睨みつける。しかしヴィットーリオは、やれやれとばかりに首を振る。

「侵略? 私たちはそんな下卑なことはいたしません。我らの主は、ただ昔からこの星をじっと見ておられました。この星は美しい……主は、この美しさをとても大切に思っておられます。けれども、同時に主はとても憂いておられました」

「なんですって?」

「ルイズ、惑わされるな。侵略者の常套手段だ。どうあれ、こいつらが戦争を起こそうとしてるのに変わりはないんだ。おとなしくハルケギニアから手を引けばよし。さもなければ」

「ふふ、さもなければ?」

 決意を込め、抜き身のデルフリンガーの切っ先を突きつけて宣告する才人にもヴィットーリオは余裕の態度を崩さない。才人は、平和的解決の可能性がほんのわずかもありえないことを知りつつ、それでも最後の望みと、鬼になる覚悟を込めて言い放った。

「ここで、死んでもらう」

「うふふ、ははは、大きく出ましたね。世のしくみもわからない無知な生き物が、我らに挑もうとは本当に呆れ果ててしまいます。その野蛮さが、やがてすべてを滅ぼすとも知らずに。仕方ありません、ジュリオ、少々相手をしてあげてください」

 交渉は決裂した。そして、口出しこそしてこなかったが、隙なくヴィットーリオを護衛していたジュリオが剣を抜きながら前へ出てくる。

「ではサイトくん、ご命令なんでね、僕が君を殺してあげよう。こう見えても、剣には少々の自信があるんだ。最初から真剣にこないと、首が飛ぶよ」

「なめんな」

 次の瞬間、ふたりの剣が閃いて火花をあげた。

 空気を切り裂いて進むデルフリンガーと、それを迎え撃つジュリオの鋼鉄の剣。鍛え抜かれた金属が高速で激突するたびに鋭い音が鳴り、次の瞬間には攻守を逆転させて、ジュリオの斬撃がデルフリンガーにさえぎられて、才人とジュリオは激しい剣戟の応酬を重ねた。

「やるね。君に血反吐を吐かせたらルイズくんを屈服させられると思ったんだけど、どうもそれなりの剣術を持ってるらしいね」

「なめるなよ、こっちゃハルケギニアで一番と二番の剣士のコーチつきだ。ルイズ、こいつはまかせろ! お前はそっちのニヤケ面をやっちまえ!」

「わかったわ!」

 才人がジュリオを抑えているあいだにと、ルイズはヴィットーリオと向かい合う。しかし、ルイズはいきなり攻撃を仕掛けることはせずに、十数歩ぶんの間合いを置いてヴィットーリオを睨みつけたままでいる。

「どうしました? 私はこのとおり丸腰ですが、かかってこないのですかな?」

「うかつに飛び込んで吹き飛ばされるのはイヤですからね。あんた、私が気がついてないとでも思ってるの? あんたがさっきみんなの前で演じた茶番劇の手品、もうとっくに見抜いてるのよ」

「ほう? 先ほどのというと、私が天使の祝福をこの身に受けたことですか。ふふ、まああなたなら直感的にわかるでしょうね。そう、この世界の人間は魔法という特別な能力を持っていますが、反面魔法でもできないことがあると簡単に奇跡だと信じ込んでしまいます。増して、私という信仰の対象であればなおさらです。ですが、あるのですよね、魔法でも起こせない奇跡を起こすことのできる魔法が」

「……始祖ブリミルは、自分の遺産である四つの秘宝を子孫たちに分けて残した。ひとつはトリステインの始祖の祈祷書、あとのふたつはそれぞれガリアとアルビオンに伝えられ、残るひとつはロマリアに……あなた、虚無の担い手なんでしょう」

 断言したルイズの視線がまっすぐにヴィットーリオを見据える。その眼光は鋭く、もしも心に偽りを持つ者であれば耐えられずに視線を逸らしてしまうであろう。だが、ヴィットーリオはにこやかにルイズに向けて微笑んだ。

「ご明察です。我がロマリアには、始祖の円鏡が伝わっております。そして、私の身には始祖ブリミルの血脈があるのです。すなわち、私はあなたと同じ虚無の担い手。時代に選ばれた神の使徒というわけですよ」

「……ペテン師のくせに偉そうに。間違っていてくれればと思ったけど、わたしたちの仲間のひとりが敵だったなんて。虚無の担い手の体を乗っ取ったのか、それとも担い手が魔がさしたのか。どっちでもいいけど、虚無の力でさっきの天使の幻影を作り出したのね」

「そのとおり、あなたはまだ啓示を受けていない虚無の魔法で、名を『幻影(イリュージョン)』と言います。効果は読んで字のごとく、イメージしたものの幻影を作り出すことができるのです。大きさから動きまで、自由自在にね」

「まさしくペテンにふさわしい魔法ね」

 たっぷり嫌味を込めてルイズは言った。しかし、使いようによってはいくらでも応用が利く魔法でもあるわねと思った。もちろんよい方向にも、しょせんどんな力も使い手の意思の善悪次第で価値が決まる。偉大な始祖の遺産も、悪の手に渡ってしまったのでは道端の石ころほどの値打ちもない。

「始祖も天国でさぞ嘆いておられるでしょうね。仕方ないわ、身内の不始末の責任は、わたしがこの手ですすいであげる。始祖の御許に送ってあげるから、土下座して謝ってきなさい」

 ルイズも決意した。自分の仲間であるはずの虚無の担い手が敵であったという事実は受け入れがたかったが、こいつらを野放しにしておけば何万という命が無駄に散ることになってしまう。

「エクスプロージョン!」

 ほぼ同時に、ルイズとヴィットーリオは杖を振るった。両者のあいだの空間が爆発し、ふたりの体が爆風にあおられて髪とマントがたなびく。

 ルイズはほんのわずかに残った精神力を使った、詠唱をともなわないエクスプロージョンの暴発をぶっつけようとしたのだが、ヴィットーリオはまったく同じ魔法でこれを相殺してきたのだ。

「ほう、無詠唱にも関わらずになかなかの威力ですね」

「くっ、わたしと同じ虚無……当然ね、わたしと同じ血統なら、わたしと同じことができる、か」

「同じではありません。あなた以上ですよ」

 ヴィットーリオの言ったとたん、ルイズのすぐそばで爆発が起こった。ルイズも詠唱を気づけなかったほどの早業で、ルイズの上着の左肩がこげてマントが舞い落ちる。遅れてきた痛みにルイズは顔をしかめ、ヴィットーリオが口だけではないことを知った。

「やるわね。こんなに詠唱が早いメイジは、わたしの知る限り数人もいないわ」

「それは光栄。しかし、あなたも鍛錬を積めばこの程度はすぐにできるようになるはず。あなたとは友人になりたかったのですが、残念でなりませんよ」

「ふん、利用するための関係を友人なんて笑わせてくれるじゃない。あんたこそ、これほどの力を悪用するなんて、まったく惜しいわ」

「……それは、どうでしょう? この世界にとっての真の悪とはなにか、考えたことはありませんか?」

「そんなの決まってるわ。勝手に人の家に上がりこんで、あまつさえ我が物にしようとするあんたたちみたいな侵略者よ」

 ヴィットーリオの問いかけに、ルイズは隙を見せないように注意を払いながらも、売り言葉に買い言葉で答えた。すると、ヴィットーリオは悲しげな表情を見せて。

「残念です。あなたもまた、そのような狭い考え方しかできないのですね。私は、この世界にとっての悪と言ったのです。この広い世界に住んでいるのは人間だけではありません。いえ、むしろ人間などは少数派でしょう。にも関わらず、人間はこの世界になにをしてきたと思いますか?」

「……なにを言ってるか、さっぱりわからないわ」

 正直、ルイズはヴィットーリオの言うことを理解できなかった。それよりも、才人の言うとおり、適当な言いがかりでこちらを惑わせてくるのだろうと、攻撃の隙をうかがうことに神経を使う。しかしヴィットーリオは気にした様子もなく話を続けた。

「かつて、始祖ブリミルの時代にこの世界は一度滅びました。その時の様は、大地は荒れ果て、空は濁り、生命の存在を拒絶する不毛の荒野がただひたすら続いていたといいます。それから数千年、大地はその偉大な力で森を生み、動物や鳥や虫を育ててきました。これはまさに神秘でしょう」

 ルイズの記憶に、虚無の力が以前見せてくれた過去のビジョンが蘇る。

「しかしながら、人間は森を切り開き、山を削り、我が物顔で己のテリトリーを広げ続けています。そこに、どれだけの生き物がいて、住処を追われているのか、考えたことはありますか?」

「それは、わたしたち人間が生きるうえでもしょうがないことよ。動物同士も生きるために他者を食い、縄張りを広げていくわ。人間だけがなにもせずに生きていけるわけがない。その生き物たちは、かわいそうだけど人間との競争に負けたのよ」

「人間は度が過ぎるのです! いえ、この世界の人間たちはまだその自覚すらないのですね。ならば少し教えてあげましょう。このハルケギニアでは、まだその兆候がはじまったばかりですが、人間たちは自らの手で自分の世界を破壊することを、なんの罪悪感もなくおこなっているのです。例えば、先年のアルビオンの内乱がおさまるまでのあいだに、軍船を作るための木材を伐採するために広大な森林が消えました。トリステインでもガリアでもゲルマニアでも、この近年ですさまじい勢いで森が消えていっています! 森が、どれだけの年月を経て育つのか、あなたはご存知ですか?」

「な、なにを言っているのよ! 森なんてハルケギニア中にいくらでもあるじゃない。ちょっとやそっと使ったところで変わりゃしないでしょ」

 取り付かれたように熱弁をふるうヴィットーリオに、ルイズはうろたえながらも言い返した。しかし、ヴィットーリオは嘆き悲しむように整った顔を歪めて語る。

「ああ、なんという愚かな! やはり人間に未来などはない。無制限に増え続け、世界の隅々まで蔓延して、あらゆるものを食い尽くすまで止まらないのです。無知とは恐ろしい! あなたは知らないのですね、森を削られ住処を追われたオークやトロルがよその土地で暴れて起きる被害を、戦争のための大砲を作る製鉄所の石炭の煙で病に苦しむものを、そして高価な薬をとるためだけに無慈悲に命を奪われていく竜や幻獣たちの嘆きの叫びを!」

 それは、まさに鬼気迫るとしか言いようのない叫びであった。教皇として信者に教え諭すときとはまったく違う、搾り出すような怒りと嘆きの怨念の声。

 ルイズは圧倒され、喉が凍ってなにも言い返すことができない。

 だが、才人はジュリオと切り結びながらも、ヴィットーリオの叫びは耳に響き、その意味を知っていた。ヴィットーリオの言うこと、それはかつての地球人類が刻んできたのと同じ歴史をハルケギニアも刻もうとしていることであり、同時に同じ過ちも再現しようとしているということであった。

”ハルケギニアでも、人間による自然破壊が始まっている。しかも、この世界の人々には自然保護という概念がまだない”

 社会科の時間で習った、森林破壊や生物の大量絶滅の歴史が蘇る。二十世紀中ごろから二十一世紀初頭にかけての地球は環境破壊や東西冷戦での度重なる核実験による影響で、いつ地球が滅亡してもおかしくないという危機感が常に人々の胸のうちにあった。

 いや、そんな被害者意識は傲慢であろう。人間は間違いなく、ほんの少し前の時代には地球を滅ぼしかけていたのだ。

 そして、このロマリアに来る前にたどり着いたエギンハイム村で聞いた話では、利益を拡大しようとする村人と原住民である翼人の間に争いがあったという。

 才人は思った。こいつらは、いずれハルケギニアが地球と同じようになると思っている。それを未然に防ぐために、この世界の人間を抹殺しようというのが、奴らの大義名分なのだ。

「だが、そんなもん、身勝手すぎるぜ!」

 才人は吼えた。確かに、ハルケギニアの人間も地球人と同じ愚行の道を歩みつつある。だからといって、こんな一方的な行為を是認するわけにはいかない。ジュリオとつばぜり合いをしながら、才人はヴィットーリオに向かって叫んだ。

「おい教皇さん! 人間を、まるでばい菌みたいに言ってくれるじゃないか。確かに、人間は欠点だらけの生き物だ。この世界も、下手すれば遠くない将来、ひどいことになるかもしれねえ。だが、悪い物と決め付けてバッサリと切り取ろうなんて、てめえにそんな権利があるのか? ハルケギニアの将来は、ここに住む人間たちのもんだろ!」

「ええ、本来ならそのはずです。けれども、人間たちは力を持てば持つほど増長して、己のために平然とほかの生き物を犠牲にしていきます。いずれこの星に飽き足らず、宇宙そのものまでを……私たちも滅ぼされたくはないのです!」

 間違ったことは言っていない。才人にもそれはわかった。

 かつての地球でも、人類の際限ない増長に反発するかのように、自然界から幾多もの脅威が現れた。住処を追われ、眠りを妨げられてしまった怪獣たちの逆襲。怪獣頻出期の初期からそれは始まり、ゲスラ、ザンボラー、ステゴン、ハンザギラン、シェルター。これらはほんの一例であり、皆人間の被害者だ。

 また、それにも増して救いようもなく凄惨だったのが放射能の恐怖だ。核エネルギーは、本来は平和利用の大きな力として扱うべきなのに、この偉大なパワーはただ兵器として開発され、広島長崎から始まる悲劇の連鎖を生んできた。

 レッドキングによる水爆の持ち出しは地球壊滅の危機を生み、ビキニ環礁での核実験は生き延びていた古代恐竜を変異凶暴化させ、その猛威によって、ようやく戦後から復興を遂げていた東京は再度灰燼に帰すことになった。さらにその後も、各国の核実験はエスカレートの一途を辿って宇宙にまで拡大し、ギエロン星獣やムルロアの脅威が地球を滅亡の危機に追いやった。

 中には、そんな地球人を脅威に思って攻撃してきたマゼラン星人や、地球人の卑劣さに単純にキレたピッコロのような宇宙人もいる。愚かな地球人という宇宙人の罵り文句は、一面においては完全に正しいのである。

 現在でも、東西冷戦が終わって沈静化してはいるが、愚かなことにいまだ一部の国では核開発がおこなわれている。自国を守るためにある程度の武力は必要だが、身の丈を超えた力を欲するのはならず者と臆病者のやることなのである。

 才人は思う、地球人は馬鹿だった。そしてハルケギニア人にも同じ資質があるだろう。地球人はギリギリで回避できたが、ハルケギニア人がいずれ自分でこの世界を滅ぼす可能性は十分以上に存在する。

「あんたらの言いたいことはわかったよ。でもな、そういうあんたらが人間以上に高尚な生きもんだって証拠がどこにある。むしろ、やり口の悪辣さはあんたらもひでえじゃねえか。人間にとって変わって、今度はあんたらがハルケギニアを滅ぼすか?」

「私たちは、この星をあるべき自然の姿に返すだけです。今度こそ、人間という汚れた存在のないきれいな星を作るために」

「この、いかれたエコロジストが!」

 才人の激昂の叫びが轟いた。

「てめえらがどれだけ進んだ文明を持っていようと、この星の行く先はこの星に生まれたもののもんだ。そっちの勝手な好き好みできれいだの汚いだの見るのは勝手だが、ハルケギニアを自分の箱庭だとでも思ってるのか?」

「人間こそ、この星の絶対的な支配者だとでも思っているのですか! この星は今、人間というウィルスに犯されているのです。互いに憎しみあい、騙しあい、殺し合いながらも決して死滅せずに増殖し続ける悪性のウィルスに。今、これを取り除かなくては手遅れになってしまいます」

「ふざけんな! てめえは人間の悪いとこしか見ちゃいねえ。いや、自分にとって都合のいいところだけを強調して、侵略の口実に使っているだけだろ」

「私はロマリアの人間として、長い年月をかけて人間たちを見てきました。どれだけ年月を重ねようと、彼らにはなんの進歩もない。もはや破滅だけが彼らに残された救いなのです」

 怒りが、抑えようもない怒りが胸に満ちてくるのを才人は感じた。ジュリオの剣をデルフで受け止めながらする歯軋りは、力を込めるためのものだけではなく、どこまでも偉そうに上から目線のこいつらへの憤りによるものだ。

「サイトくん、無駄な抵抗はやめたまえよ。この星から人間がいなくなれば、動物や植物が大地に満ち、自然を大切にする亜人たちがそれを守っていく。すばらしいユートピアじゃないか」

「ああ、確かにそりゃそうだろうな。けど、そんなもんはまやかしだ!」

 ジュリオの攻撃を振り払い、才人は大きく息を吸う。そして、ルイズに向かってはっきりと告げた。

「ルイズ、聞いてたろ! こいつらは、なんともすばらしい聖人たちだよ。本気ですばらしい世界とやらを作ろうとしてらっしゃる。けど、こいつらの頭には未来への希望がねえ。邪魔者を削るだけで、新しいものを作ろうって気がねえようだ」

「ええ、わたしも感じたわ。あなたたちは、ただ過去を懐かしんで、美しい思い出を蘇らせようとしてるだけだわ。時間を逆流させ、停滞させようとしてるだけで、なんの進歩も示さないあなたたちにわたしたちの未来を奪う権利なんてない。覚悟なさい……あなたたちは、わたしたちが倒す!」

「よくおっしゃいました。ですが、私たちはあなたたちウィルスの進化など許すわけにはいきません。次は本気でいきますよ」

 意思はすれちがい、決裂した。後は、戦う以外に道はない。

 

 剣と剣をぶつけ合う才人とジュリオ。

「ほんとうに、いいかげん素直にやられてくれたまえよ。手足を切り落とされるのは、けっこう痛いと思うんだけどね」

「ざけんじゃねえ、てめえらみたいに人の痛みをヘラヘラしながら見てられる奴らに絶対負けるかよ!」

 

 杖を抜き放つヴィットーリオに、小柄な身をかわして反撃の機会をうかがうルイズ。

「なかなかすばしこいですね。虚無の担い手としては未熟でも、場慣れはかなりしているようで、あまり長い詠唱はさせていただけそうもありませんねえ」

「余裕しゃくしゃくで褒められてもうれしくないわよ。こっちこそ、詠唱のためにちょっとでも気をそらせばたちまち吹き飛ばされる。始祖の力で、これまでどれだけ悪事を働いてきたの!」

 教皇ヴィットーリオが、なぜ絶対的な支持を集めているのか、その一端がわかった気がした。全てではないにしろ、彼が虚無の力を利用して成り上がって来た事は想像にかたくない。それは虚無の力を私欲のためには使わないと決めたルイズとは対照的で、ルイズはなにがなんでもこの男を倒そうと心に決めた。

 

 拮抗する才人とジュリオ、反撃の隙を狙いながらも追い詰められていくルイズ。両者の戦いは、ルイズたちの側が不利に見えた。

 だが、ルイズはエクスプロージョンの機会をうかがうように見せながらも、たったひとつの隙を狙っていた。

”ほんの一瞬でいい。サイト、その隙を作って!”

 ヴィットーリオは強い。このまま勝負を続けていたら、遠からず自分はエクスプロージョンの直撃を受けて死ぬ。しかし、たったひとつだけ自分に勝つ手段がある。だがその一瞬を逃せば終わりだ。それに、ヴィットーリオは自分の一挙手一投足を念入りに観察していて隙がない。だから、ヴィットーリオの注意を少しだけでも他に逸らさなければいけない。

 ルイズの体力は長くは持たない。それに、才人の技量もジュリオに勝っているわけではなく、長引けば才人が不利だ。

 余裕の表情で才人を追い詰めるジュリオ。だが、才人にも一度限りの隠し球があった。

 ジュリオが才人の首を狙って剣を振り下ろしたとき、才人はデルフリンガーの柄に特別なひねりで力を込めた。

「わあぁーーーーっ!!」

「っ!?」

 いきなり、それまでずっと黙っていたデルフが大声をあげたことで驚いたジュリオの剣閃が鈍った。その瞬間を逃さず、才人は全力で横なぎに切り払った。

「くらえぇぇっ!」

「しまっ、うわぁぁっ!」

 手ごたえあり。ジュリオは部屋の隅まで吹っ飛ばされ、起き上がってはこない。致命傷かはわからないが、才人はそれよりもルイズを援護するために叫んだ。

「ニヤケ野郎、次はてめえの番だ!」

「ぬっ! ジュリオ」

 その瞬間、ヴィットーリオの注意がわずかに逸れ、ルイズは間髪いれずに懐からガッツブラスターを取り出して撃ち放った。

「うわあぁぁぁぁぁっ!」

 初めて引く銃の引き金。ビームが空気を裂く音が響き、青い光の矢がヴィットーリオの胸に突き刺さる。

「うっ、がっ……ま、まさか、あなたがその武器を。ぬ、ぬかりました」

「はぁ、はぁ、覚えておきなさい。わたしたちは、誰かを利用して戦ったりはしない。互いに、持てる力を合わせて戦う。人間を、なめるんじゃないわよ」

 起死回生の大博打が成功した脱力でルイズはひざを折って大きく息をついた。

 だが、これは確実に効いたはずだ。たとえ奴が宇宙生命体の変身でも憑依体でも、怪獣にもダメージを与えられるガッツブラスターの直撃を受けたのだ。あと一発食らわせればこいつを倒せる。教皇が消えて、ロマリアは大パニックになるだろうが、エルフとの戦争が起こるよりはましだ。

 しかし、今まさにとどめを刺されようとしているヴィットーリオの顔に、不敵な笑みが浮かんだ。

「ふ、ふふふ、どうも少々遊びすぎてしまったようです。あなたを、いえあなたたちを見くびっていたことを謝罪しましょう。そしてわかりました。あなたたちの力が互いの結束にあるのなら、それを奪えばよいということを。見せてあげましょう。あなたのまだ知らない虚無の魔法を」

「なんですって、そうはさせるものですか!」

 詠唱をはじめたヴィットーリオを阻止しようと、ルイズはガッツブラスターの銃撃を再度撃ち放った。だが、なんと光線はヴィットーリオの直前で、稲光のようなものにはじかれて逸れてしまったのである。

「銃弾を、はじいたの!?」

「電磁波シールド……くそっ、化け物め」

 いつの間にかヴィットーリオは自分の周りに不可視のバリアーを張り巡らせていた。それが、今の攻撃をはじいてしまったのだ。苦し紛れに才人がデルフリンガーで斬りかかるがそれも通用せず、ヴィットーリオの詠唱が不気味に響き渡る。

「ユル・イル・ナウシズ・ゲーボ・シル・マリ……」

「くっ、くっそぉ。ルイズ、いったい奴はなんの虚無魔法を使おうとしてるんだ!」

「わたしにもわからないわよ。でも、この詠唱の長さと威圧感、下級であるはずがないわ。少なくとも中級、気をつけてサイト」

「気をつけろって、なにをどうすりゃいいんだよ!」

「こいつは、まずいぞ相棒! 今すぐ逃げろ!」

「逃げ場所なんてねえよ!」

 見守るしかない才人たちの前で、ヴィットーリオの詠唱は続き、ついに彼は詠唱を完成させた。

「お見せしましょう。中級の中の上、その名を世界扉。これがあなたたちの最後に見る魔法です」

 ヴットーリオの振り下ろした杖の先、そこに小さな光る粒が現れたのが始まりだった。

 粒は見る間に風船のように膨れていき、まるで銀色の鏡のような姿へと変わる。その大きさは呆然と見守る才人たちの見る前で、手鏡大から姿見の大きさ、さらには鏡の壁とさえいえる大きさへと膨れ上がっていき、さらに巨大化を続けていく。

「なっ、なんだよこれは! ち、近づいてくる」

「これが虚無? まるで生き物。教皇、いったいなにをしたの」

 銀色の球体は巨大化を続け、才人とルイズへと迫ってくる。それはまるで銀色のアメーバのようで、とても魔法とは思えない。

 教皇は、肥大化する銀色の球体の影になかば隠れながら、ふたりをあざ笑った。

「ふふふ、これは確かに虚無の魔法ですよ。移動をつかさどる虚無のひとつ世界扉、本来ならばこの世界と別世界とを結ぶ次元ゲートを発生させる高位な魔法です」

「じげ、なんですって」

「次元ゲートだって? つまり、この銀色のグニャグニャの先は別の世界につながっているってのか!」

「そのとおりです。まあ、本来は莫大な精神力を消耗する物なのですが、それは脆弱な人間の話です。それよりも気をつけたほうがいいですよ。私は行く先のイメージをせずにこの魔法を発動させました。つまり、このゲートをくぐった先にどんな世界があるかは、私にもわからないのです。ふふ、ははは」

「なんだとお!」

 愕然とする才人たちに向かって、次元ゲートはさらに速さを増して迫ってくる。その大きさは歯止めを失い、とうとう船室を飲み込み、船そのものをも侵食しはじめた。

「サイト大変! 船が、このままじゃ墜落するっ!」

「畜生、なっなんだ! 吸い込まれるっ!」

 突然、ゲートから引力のようなものが発生してふたりを引き込み始めた。まるで、急な坂道にいきなり立たされたかのような吸引力に、才人はデルフリンガーを床に突きたてて耐えようとするが、じりじりと吸い寄せられてしまう。

「教皇ぉっ!」

「フフフフ、どうやら異常な発動をしてしまった虚無の暴走が生贄を求めているようですね。偉大なるあなたがたの始祖の遺産で消えれるなら本望でしょう。あはははは」

 嘲笑するヴィットーリオの前で、才人とルイズは船をも破壊しながら肥大化していくゲートに吸い込まれていく。だめだ、このままではゲートにふたりとも飲み込まれてしまう。才人は片手で支えになっているデルフを持ちながら、ルイズにもう片手を差し出した。

「ルイズ、掴まれ! おれたちは、いつもふたりで一人だ」

「サイト、サイトっ……あぐっ!」

 才人の伸ばした手をルイズが握ることはなかった。その直前に、火薬の破裂する音とともに、一発の銃弾がルイズの体を貫き、彼女の体は力なく崩れ落ちたのである。

「ルイズ? ルイズ! ジュリオっ、てめえ!」

「あははは、さっきの仕返しさ。君たちの絆とやらはやっかいそうだけど、一発の鉛球にはかなわないんだね。さあ、そのままふたりとも、どこともしれない次元のはざまでさまよい続けたまえ。もう互いに、二度と会うことはない」

 ジュリオに胸を撃たれたルイズは、そのまま落ちるようにして次元ゲートの銀色の海の中へと吸い込まれていった。

「サ、イト……」

「ルイズーッ!!」

 次元のかなたへと落ちていくルイズを追って、才人は迷わず飛び出した。重力の感覚が消え、目の前にひたすら不気味にうごめく銀色の海が広がるその中へ。

「相棒、相棒ぉーーーっ!」

 床に突き刺さったままのデルフが見守るその前で、ルイズと才人の姿は次元ゲートの銀色の光の中に消えていった。

 残ったのは、高笑うヴィットーリオとジュリオの声。そして、暴走する世界扉の次元ゲートは聖マルコー号の船体を飲み込み、優美な船はやがてバラバラの木片となって空に散っていった。

 

 

 そして、いかばかりの時間が流れたのか……才人は目を覚ました。生きて、それが幸運だったか不幸だったかは別としても。

「う、お、おれは……ここは、どこだ? な、なんだこりゃあ!」

 目を開けた才人が見た景色は、どこまでも続く荒野だった。草一本ない砂漠に等しい大地、濁った空……明らかにハルケギニアとは違う光景に、才人は自分が次元を超えてしまったことを理解した。

「おれは一体、どこに来てしまったんだ? うっ、ごほごほっ! なんだ、このひでえ空気は」

 喉をひっかかれるような痛みに才人は顔をしかめた。この世界は大地と空だけではない、大気までまるでスモッグの中のようなひどさだ。才人はとっさに、持っていたハンカチで口を覆ってなんとかしのごうとした。

「なんなんだこの世界は……そ、そうだ! ルイズは。ルイズーっ!」

 気がついた才人は、とっさに周りを見回した。しかし、周囲にはルイズのあの桃色の髪のあざやかな色の気配はなく、どこまでも無機質な荒野ばかりが続いていた。

 しかもそれだけではない。ルイズを呼ぶ声を聞きつけたのか、地中から地響きをあげて巨大な怪獣が飛び出してきたのである。

「今度は怪獣かよっ! くそっ……しまった! ガッツブラスターもデルフも。ちくしょう、なんでこんなときにっ!」

 自分が丸腰だと気づかされた才人にできることは逃げることだけだった。

 荒野の上を、必死で走る才人。しかし、現れた屈強な体つきを持つ銀色の怪獣は雄たけびをあげて才人をまっすぐに追ってくる。才人も全力で走ったが、しょせん人間と怪獣では歩幅が違いすぎる。

 もうダメか……才人がそう思いかけた、そのときだった。

「あなた、伏せて!」

 突然才人は誰かに押し倒されて地面に押し付けられた。

 いったい誰だ? ルイズ? いや違う。頭を押さえつけられながら見上げたその相手は、きらめくような薄い金髪をしていたからである。

「な、なにすんだよ。はやく逃げないと怪獣に踏み潰されるぞ!」

「しっ、黙って。だいじょうぶよ、あいつは動くものしか見えないの。じっとしていたら、そのうち行ってしまうわ」

「そ、それはどうも……えっ!」

 少し頭を動かせるようになり、あらためて相手の顔を見上げた才人は絶句した。その相手は、翠色の瞳を持つ、見惚れてしまうほどの美しい女性だった。だがそれ以上に、彼女の長く伸びた耳は、才人にとっても忘れられない種族のものだったからである。

 

”エルフ!? どうなってるんだ、ここはハルケギニアじゃねえのか? ほんとに、いったいおれはどこに来ちまったんだ……ルイズ”

 

 

 続く


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