ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第17話  導かれる世界

 第17話

 導かれる世界

 

 超空間波動怪獣 メザード 登場!

 

 

 なにを考えたわけではない。迷いの答えを見出したわけではない。

 だが、彼の者の体は意思を超えて動いていた。

 馬鹿と言うなら言え、陳腐な正義感と呼ぶなら笑え。しかし、極限に追い詰められたときにその人間の本性が現れるのだとすれば、それが彼の真実であったのだろう。

「おれはどうなったっていい! だから」

 弱きを救おうと、我が身を投げ出したときに希望は応えた。

 光を失っていたウルトラリングが輝き、ふたりの手のひらが合わされる。

 光芒一閃、ウルトラタッチ!

 砂漠と化し、崩壊しつくそうとしている街。砂塵が舞い、人の営みがすべて砂の中に埋没しようとしている無機質な世界に、正義の意思を持つ戦士が立ち上がる。その姿を知らないロマリアの民は驚き見つめ、その名を知る者は、巻き上がる砂嵐に自らを染めながらも、希望に胸を躍らせて呼ぶ。

「ウルトラマンAだあっ! よおっしこれで勝てるぞ」

 無邪気に叫ぶギーシュと水精霊騎士隊。彼らの信頼の深さが、その言葉に表れていた。

 希望を背負って立つヒーロー、ウルトラマン。しかしウルトラマンはひとりで立つわけではない。その力と魂を預けられる人間がともなわなければ光は輝けない。されど、このときエースは確かに人の光の力を得ていた。

 

 

〔おれは、いったい……? はっ、これって、お、おれ、エースに〕

 無我夢中の境地から、光になる感覚に身をゆだねた才人は、自分が知らずのうちに変身していたことに気がついてはっとした。その彼に、懐かしいあの声が呼びかける。

〔そうだ。ようやくまた会えたな。才人くん、待っていたぞ〕

〔あなたは、北斗さん! おれは、どうして〕

 才人の心に、ウルトラマンA、北斗星司の声が響いてくる。その力強く熱のこもった声は才人に安心感を与え、なぜ変身がかなったのかわからないでいた彼に答えを示した。

〔才人くん、君は心に深い迷いを抱えていたね。それが君の中の戦う意思、すなわち君の正義の心とぶつかりあって、無意識のうちに自分にウルトラマンになる資格がないものだと思い込んでいたんだ〕

〔おれが、そんなことを。いや、確かにそのとおりかも〕

〔自分を責めることはない。自分のありように悩むのは、人間として当然のことだ。私はむしろ、そうして自分自身と向き合って戦うことのできる人間を、自分を否定されながらも悩み進もうとする君のような人間こそすばらしいものと思う。才人くん、君はまだ自分を納得させられる答えを見出せてはいないかもしれない。しかし、君はこうして私の声が届くようになった。なぜだと思うかい?〕

〔それは……〕

〔君の心には、迷いを吹き飛ばして有り余る強い意志が眠っていたからだ。自らを失いかける逆境にあってもなお、忘れてはいなかったそれが魂の叫びとなって、君はたった今、自分の心の中にある正義をためらわずに貫いた。私の手のひらの中を見たまえ、それが君の守ったものだ〕

 才人はエースに言われ、エースの手のひらの上を見た。そこには、建物の崩壊に巻き込まれそうになっていた、あの親子の姿があった。

〔無事だったのか、よかった〕

〔そう、その苦しんでいる人を捨てておけない優しい心が、戦いに向かう上で大切なんだ。我々ウルトラマンは常に守るために戦う。その一切の見返りを求めない戦いには、なによりも優しさが必要なんだ。そして、君にはもうひとり、理屈抜きに守ろうとした人がいるじゃないか〕

 才人ははっとして傍らを見た。そこにはルイズがすねた様子で、才人をじろりと睨みつけていた。

〔あ、る、ルイズ〕

〔やっと気がついたわね。まったく、一年付き合ったわたしよりもぱっと見ただけの他人の心配をするとはいい了見してるじゃないの〕

〔わ、悪い〕

〔バカ、謝ることじゃないでしょ。あんたからお人よしをとったらスケベとバカしか残らないうすのろじゃない。けどいいわ、あのときあなたは確かにわたしも守ろうとしてくれた。それよりも、ウルトラマンになったからにはやるべきことがあるんじゃない!〕

 ルイズは照れを隠しながらも力強い言葉で才人の背中を押した。

 そうだ。茫然自失としている場合ではなかった。今、なすべきことは、この街を襲っているあの怪獣を倒すことだ。

 エースは救い出した親子を街の郊外の安全な場所に降ろすと、街の上空を我が物顔で飛んでいるクラゲを見据えた。

 どんな攻撃も効かない幻のような空飛ぶクラゲ。しかし、必ずなにか弱点はあるはずだ。

〔いくぞ!〕

 エースは大地を踏みしめる足に力を込め、その反動で一気に上空高くジャンプしてキック攻撃を放った。

「ヘヤアッ!」

 宙空でエースの体がしなやかに回転し、稲妻のように鋭いキックがクラゲのシルエットと交差する。

 どうだっ? だがエースの必殺キックはやはりクラゲの体をなんの手ごたえもなく透過してしまい。空振りに終わったままエースは地上に着地する。

〔直撃したはずなのに! あいつにはウルトラマンの攻撃も効かないっていうのか!?〕

〔うろたえるな。一回攻撃してだめなら、効くまで何度でも試し続ければいい。戦いは、まだ始まったばかりだぞ〕

〔はいっ! よーし、勝負はこれからだぜ〕

 エースのはげましを受けて、才人の闘志も蘇り始めた。そうあっさりと折れるようなやわな心臓を彼らは持っていない。己のやるべきことを見つけたときの一本気は、才人と北斗は不思議と似ているところがある。ルイズに言わせると、才人は単純バカということになるのだが、ウルトラ兄弟一番の熱血漢であるエースとはとかく気が合うようだ。

 ウルトラキックをすり抜けさせたクラゲは、やはり何事もなかったかのようにその場に浮いている。こいつは今までも、魔法から物理まであらゆる攻撃を透過させてきた。本当にこいつにはなにも通じないのか? いや、必ずこいつにも不死身の秘密があるはずだ。

 その秘密を掴むには、とにかくアタックあるのみだ。戦いの中でヒントを掴めと、エースは宙に浮かぶクラゲを見据えて指先を頭頂部に合わせて額のウルトラスターにエネルギーを集中させた。

『パンチレーザー!』

 牽制に効果を発揮する中威力の光線が斜め上に向けて放たれ、クラゲに突き刺さるが、やはりこれも効果なくすり抜けてしまった。

 思ったとおり、光線もだめか。ガッツブラスターが効かなかったときから九割方予測できていたことだが、奴は物理もエネルギーも完璧に無効化できてしまうようだ。この幻を相手にしているような手ごたえのなさに、エースはかつて戦ったある超獣を思い出していた。

〔どうやらあの怪獣は、異次元を操る能力を持っているようだ〕

〔異次元? それってどういう……〕

〔才人くん、君は我々ウルトラ戦士の歴史を勉強していたんだろう? 知っているはずだ。私が地球にいた頃戦った、実体を持たない超獣のことを〕

〔実体を持たない……アプラサールか!〕

 才人も思い出した。天女超獣アプラサール、異次元エネルギーで体が構成されていた超獣で、タックアローのミサイル攻撃はおろかエースの攻撃もすり抜けてしまって効果がなかった。完全に同じとはいえなくとも、あの怪獣にも似たような能力があるとすれば不死身の説明がつく。

〔ならば、選ぶ技はひとつだ〕

 敵が異次元能力を持っているのだとすれば通常の攻撃は当たらなくて当然だ。なにせ、実体はここにいるように見えて本当は別の次元にいるのだから、鏡に映った影を殴りつけているようなものだ。初代ウルトラマンが戦った四次元怪獣ブルトンもウルトラマンの手によって異次元干渉能力を破壊されるまではありとあらゆる攻撃を受け付けず、防衛軍も全滅の憂き目にあってしまった。

 敵を自分と同じ土俵に立たせなくては勝負にならない。エースは手のひらをつき合わせて、合わせた指先から白色のガスをクラゲに向かって噴射した。

『実体化ガス!』

 アプラサールに実体を与え、戦いの糸口となった技をエースは放った。白色ガスを浴びて、クラゲの姿が半透明からほんのりと色が濃くなったように感じられる。効果があったのか? それを確かめるべく、エースはクラゲに向かって手裏剣を投げつけるようにして手から光弾を放った。

『スラッシュ光線!』

 光線は一直線にクラゲに迫り、その直前で炸裂して火花をあげた。どうやら奴の周辺の異次元エネルギーがバリヤーの役割をして命中を防いだらしい。しかし、攻撃のエネルギーはスパークのように広がってクラゲにも襲い掛かり、クラゲははじめてしびれたように触手を震わせた。

「効いた!」

 不死身を誇っていた相手に対するはじめての目に見えた打撃に、地上で見守っていた人間たちから歓声があがった。

 奴は決して幻でもなければ不死身でもない。それだけでも証明されたことは大きい。

 しかし、いったんは実体化をしたクラゲだったが、また数秒経つと元通りの半透明に戻ってしまった。これは当然、奴がまた異次元能力を取り戻してしまったということになる。攻撃はまた効かなくなった。ルイズは、さっきのがぬか喜びになったことに腹立たしげに口にする。

〔ああっもう! せっかくこれであのクラゲを干物にしてやれると思ったのに! マズいでしょうけど……〕

〔どうやら奴は、ヤプールとは違った形で異次元に干渉しているようだな。一時的に干渉してこの次元に引き寄せるのが精一杯か。なんとか、奴の秘密を突き止めなくては〕

 クラゲの怪獣にはこれでもまだ決定打にならない。エース、才人、ルイズは考える。どうしたらこいつを倒すことができるのかを。

 

 だが、そうして彼らが目の前の敵に全神経を集中しているとき、戦いの蚊帳の外からエースを見ている目があった。

”ふむ、次元干渉の能力も持っているのですか。これは、メザードを持ってしてもいつまで持つかわかりませんね。仕方ありません。できればあなたには我々のために役立ってもらいたかったのですが、やはり異世界のものとはいえウルトラマンを利用しようとするのは危険が大きいようです。ですが、少なくともこの場所では、我々に協力していただきましょう。奇跡を彩るための子羊としてね。ふふふ”

 邪悪な笑い声が空気に溶け、その者を乗せた船はゆっくりと戦いの街へと近づいていく。

 

 陰謀は地を這う蛇、海底に潜むアンコウにも似て、その姿を見せないままで獲物を牙にかけるために忍び寄ってくる。

 光と正義を守るウルトラマンが常に堂々としているのに対して、闇と悪に身を置く者たちは正体を隠して偽りを見せ、あらゆることに手段を選ばない。

 それでも、ウルトラ戦士の正々堂々たる姿勢は不動だ。攻撃を受け付けないクラゲ怪獣に対して、勝機を見出すために戦い続けるウルトラマンA。すでにカラータイマーも点滅しはじめて、余裕は失われかけているが、あきらめることはない。

 しかし、クラゲ怪獣はさきほどわずかなりともダメージを与えられた恨みか、地上で構えるエースに向かって紫色の破壊光弾を連射してきた。

「ムウゥゥンッ!」

 上空から一方的に打ち下ろされてくる攻撃に、さしものエースも苦悶の声を漏らす。この光弾、時空波というのだが、一発ごとの威力もバカにならない上に連射もきくために始末が悪い。大きな雹の雨にさらされ続けるようなものだ。上からの攻撃はしのぎにくいので、エースのダメージも増していく。

〔くうっ、これじゃ弱点を探すどころじゃない!〕

 エースはウルトラ兄弟の中でも異次元戦闘のエキスパートだが、まったく未知の相手に対処するには時間がかかる。先のアプラサール戦でも、決定打になったのはアプラサールにされた天女アプラサの助言でアプラサールに送られていたヤプールの異次元エネルギーを遮断できたから勝てたのだ。このクラゲ怪獣がどういう原理で異次元に潜んでいるかを解明できなくては、さしものエースでもどうしようもない。

 一方で、もはやロマリア軍はパニックだった。怪獣という、人知の通用しない相手と戦った経験が他国に比べて圧倒的に不足していたのに加え、間近に迫ってきた負けるという恐怖が彼らの心を蝕んでいった。

「ひやぁぁっ、なんだよあの巨人。おおげさに出てきたくせに全然まったく歯が立たないじゃないかよ。なにが救世主だ、ふざけんなバーカ、死んじまえクソッタレ!」

 幼稚で下品な罵声がロマリア軍の中からエースに浴びせかけられる。勇気も理性も、生きていてこそ、勝っていてこそありえるものだ。自らを弱者であると認めたくない彼らは、責任転嫁する相手を求めて卑劣にもそれをぶっつけた。

 むろん、エースの聴力ならそれらは聞こえている。しかしエースは動じない。なにを言われてもぐっと耐える。

 けれども、耐えられずに一矢報いる者もいた。ミシェルの拳が、ヘラヘラ笑いながらエースに罵声を向けていた聖堂騎士団の一人をぶっ飛ばす。彼女は、水色の瞳とは対照的な赤い炎をその眼の奥に燃え滾らせて怒鳴った。

「クズが、貴様らみたいなのでも、死んだら誰か悲しむ人間がいるだろう。そんな悲劇が起きないように、ウルトラマンは命をかけて戦っているんだ。今度彼を侮辱してみろ、始祖が許してもわたしが許さん!」

 仲間を侮辱されたとき、そいつを叩きのめすことをためらう拳を今のミシェルは持っていない。才人がくれた熱い魂は、脈々と彼女の中に息づいている。

 だが、もはや限界だ。ロマリア軍だけでなく、エースももう長くは持ちこたえられない。

〔北斗さん、ここは撤退しよう! このままじゃじり貧でやられちまうぜ!〕

 才人が悔しそうに言った。負けず嫌いの彼だが、その反面で自分以外の誰かが無駄に傷つくことは強く嫌う。彼の昔からの持論だが、死んだら終わりなのだ。それは誰であろうと変わらない。どのみちこの街は無人、ロマリア軍さえ撤退すればこれ以上の人的被害が出ることはない。

 ルイズも同感だ。エクスプロージョンが空振りに終わったときから勝機は見限っている。それに、今回は守るべきものがあって戦っているのではない。

 だが、エースも仕方がないと了解しかけたときだった。クラゲ怪獣の時空波が、今度は周りの人間たちにも襲い掛かりはじめたのだ。

「うわあぁぁっ!?」

「なんでこっちに! わああっ!」

 エースにもダメージを与える攻撃だ。人間がくらえばひとたまりもないのは明白。至近で爆発する炎にさらされて逃げ場を失うギーシュたちを守るため、駆けつけたエースは残り少ないエネルギーで青い円形のバリアを作り出した。

『サークルバリア!』

 光の壁が時空波を跳ね返し、逸れたものが爆発してエースを赤く染める。その爆風に体をあおられながら、九死に一生を得たギーシュたちは息を切らせながら胸をなでおろしていた。

「た、助かった。本気で死ぬかと思ったよ」

「馬鹿者! いつまで腰を抜かしている。すぐに引くぞ、立て!」

 呆然としているギーシュたちにミシェルが怒鳴った。必死に走って、彼女たちは全員水精霊騎士隊と合流している。彼女たちも今の攻撃でエースに命を救われた点では同じだが、はるかに現実を見据えていた。怒鳴られてギーシュたちがうろたえる様を見せると、すぐさまギーシュの襟首を掴んで言ったのだ。

「バカめ、まだ教皇陛下のおぼえめでたい英雄気分でいるのか。足手まといになるくらいなら戦うなと教えただろうが。お前たちがピンチになれば、ウルトラマンAは助けにこないといけなくなる。それくらいわからんのか」

「す、すみませんっ! みんな、走れっ」

 ギーシュはバカだが愚かではない。やるべきことを指し示されたらリーダーとして、すぐさま行動を開始した。

 その後姿を、ミシェルはアニエスと同じ、厳しくも優しい目で見つめていた。

「絶対に死ぬなよ。お前たちの命は、こんなくだらん戦いで散らせていいものじゃない」

 部下を意味なく怒鳴る無能な指揮官と彼女は違う。厳しくとも、その行動にはすべて意味が込められている。戦いに勝つ、それは大事だが、部下の命も極限まで守り抜く。それが今の彼女の信念であり、今も自分たちをバリアで守り続けているウルトラマンAへの誓いでもあった。

「私はもう誰の命も粗末にはしない。生き恥をさらしても、未来の幸せに懸ける。そうだろサイト? いくぞお前たち! こんなところで死んでたまるか!」

 ミシェルが掛け声をあげ、銃士隊も走る。みっともなくても無様でも一向にかまわない。自分たちの守るべきものは、名誉や肩書きなんかじゃあない。だから……お前も、絶対に死ぬなよサイト。ウルトラマンA!

 だが、エースがバリアでカバーできる範囲に比べて上空に遷移するクラゲ怪獣の攻撃範囲は広かった。エースの守れない場所をあざわらうかのように、時空波の攻撃を街から退避しきれていないロマリア軍全体へと拡大して爆撃してきたのだ。

「うわあぁっ!」

「た、助けてくれぇっ」

「ま、待て、置いていかない、ぎゃあぁっ!」

 メイジも兵士も関係なく吹き飛ばされて宙に舞い上げられていく。走るしかない兵士たちはもとより、メイジたちも先ほどの後先考えない魔法攻撃のせいで飛んで逃げるだけの余力がない。

 そんな、阿鼻叫喚の地獄のような光景を見せられて、ついに耐えられなくなったエースは、残ったパワーのすべてをパリアに込めて大きく広げた。

「ヴッ、ヌオォォォォッ!」

 エースの張ったサークルバリアが街いっぱいを覆うほどに広がっていく。

 これは? 才人は愕然とした。こんな技、才人が知っているエースの技の中にはない。

 だが、知らないのも当然。この技は才人の知っている地球でエースが使った技ではない。遠く離れた異世界で、エースが兄弟たちと力を合わせて作り出した合体バリア、『ウルトラグランドウォール』を応用して作り上げたものだ。

 広域に広がった金色のバリアにはばまれて、無数の時空波がはじかれて消えていく。

 すごい……人々はウルトラマンAの力に驚き、ある者は見とれて、ある者は力を使い果たして倒れる。

 しかし、ウルトラ兄弟の合体技をエースひとりで使おうとして無事ですむわけはない。そのことにいち早く気づいたルイズが金切り声に近く叫んだ。

〔やめてエース! こんな力を使い続けたら、あなたが持たない〕

 そう、このバリアのエネルギーは文字通りエースの命を削って維持している。長くは持たないどころか、反動で燃え尽きたら、エースは二度と立ち上がる力を失ってしまうかもしれない。

 才人も止める。やめてくれ、北斗さんが死んじまうと。

 けれどもエースはやめなかった。

〔すまない二人とも。だが、これが我々ウルトラ戦士の使命。生きとし生ける者すべてを守り抜き、闇に光を照らすのが俺たちウルトラ兄弟の使命なんだっ!!〕

 今、ここにいる命をひとつもこぼさずに守り、未来をつなぐ。ウルトラの父から受け継いだウルトラ戦士の心がエースの中で激しく燃える。失われていい命などない、命を落とせば取り返しはつかない。そのためにこそ、自分の命はあると。

 急激にエネルギーを失い、力尽きていくウルトラマンA。才人とルイズはやめてくれと叫ぶが、敵の攻撃は続いており、バリアを解除すれば時空波は地上の人間たちに降り注ぐ。

 まるで本当に自分の身を燃やしているようなエース。その異常さに、仲間たちも気づき始める。

「おい、なんかエースの様子が変じゃないか?」

 レイナールがぽつりと言ったことは、見誤りではなかった。力を使いすぎたエースの体から、金色の粒子が漏れ出している。いや……違う!

「崩れてる? ウルトラマンが、燃えて灰になりはじめてる!」

 限界を超えた証だった。雨のように降り注ぐ時空波を止めるためのバリアが、エースの体を跡形もなく焼き尽くそうとしている。

「よせ! そんなことをしてはお前が! やめるんだ」

「エース、やめろ、やめてくれえ」

 ミシェルが、ギーシュが叫ぶ。しかし、エースはやめることはない。

 カラータイマーの限界。それを超えてもなお、人々を守るのがウルトラマンの、宿命なのだ。

 あと何秒も持たないだろう。その隙に、一人でも多く逃げてくれとエースは願って命を燃やす。

 そして、最後に才人とルイズ……自分のために、ふたりを道連れにはできない。

 エースは自分だけで消えるため、ふたりを分離することを決意した。だが、そのときだった!

 

 空一面に、光が爆発した。

 

〔うわっ! なんだ!〕

 

 暗雲の空に、いきなり太陽が出現したような光芒の奔流がエースと人々の目を貫いた。

 まぶしい、いったいなにが? 網膜を焼かんばかりの白い怒涛に視力を奪われて、思考もなにもかもが一瞬麻痺する。

 こんな光、見たことがない。動揺はエースにも広がる。まるで、蛍光灯の灯りを何百倍にしたような、ひたすらに明るくて強烈な閃光はエースの目をも焼く。

 あの怪獣の仕業か? それまで夜のような曇天だったのが、今では常夏の真昼のようだ。暗さに慣れていた目は、いきなりの明るさについていけずにパニックを起こしている。

 そのショックで、バリアを張っていたエースは思わずバリアを解いてしまったのだが、気配だけでも敵の攻撃が降り注いでくる様子は感じられない。なぜだ? 追撃をかけるには絶好のチャンスであろうに。

 才人もルイズも、わけがわからずに戸惑うしかない。

 だが、何秒が経った頃であろうか。悲鳴をあげていた視神経がようやく自分の役割を思い出すと、すべての人々は光の指した空を見上げた。

 そして、そこに奇跡の光景を見た。

 

「あ、ああぁぁ」

「て、天使……?」

 

 声にならない声が何百、幾千と流れる。人々の見上げた空には、黒雲から光をまとって降臨する、巨大な白い天使の偉容があったのだ。

 

「天使だ」

「天使」

「女神さま……」

「おお、天使様」

 

 人々の驚嘆の声がうねりとなって唱和されていく。

 空から降りてくるのは、神話に登場するであろう女神と呼ぶにふさわしい姿をしたものであった。全身を白磁のように白く輝かせ、神々しい光を放って地上を照らし出す様は、この世の光景とは思えない。

「天使様……」

 人々は自然にひざまづき、祈りをささげる仕草をとる。

 ギーシュや水精霊騎士隊。横暴な聖堂騎士団も、まるで毒を抜かれたように祈っている。信仰心の薄いミシェルたち銃士隊にしても、あまりの光景に呆然として立ち尽くすしかできない。

 ゆっくりと下りてくる白い天使。広大な空にあって圧倒的な存在感を有するその体は、目算でもゆうに百メートルは超えていることだろう。下りてくるにしたがって地上を照らす光は強くなり、人々ははっきりと見えてくる天使の、優しげに微笑む顔に見とれて感嘆の声すら漏らす。

 あれは天使、まさしく天使。我々は今、天使を見ているのだと、人々は涙を流しながらつぶやく。

 そして、ウルトラマンAと、才人とルイズも、突如として現れた巨大な天使に驚き、エネルギー切れ寸前で苦しいながらも視線を釘付けにさせられていた。

〔サ、サイト、わたし夢を見てるんじゃないわよね。天使、天使様よ!〕

〔お、おれにだって見えてるよ。いったいあれは……北斗さん、どっかの宇宙人が助けに来てくれたのかな?〕

 ふたりにとっても驚くどころではなかった。空を圧して、ウルトラマンの何倍もの大きさを持つ天使が下りてくる。その非現実的すぎるであろう光景は、クラゲ怪獣の比ではない。才人はまるで、ニューヨークの自由の女神が動き出してきたのかと思ったくらいだ。

 しかし、同じように驚きはしながらも、ウルトラマンAは心の奥では冷めていた。相手の容貌がいくら美々しく見えても、中身がそれと同じとは限らないのはヤプールとの戦いで散々経験している。案の定、エースの心にはなんの感動も響かなかった。

〔いや、あれからは命の気配どころかなんのエネルギーも感じられない。恐らく、あの天使は幻影だ〕

〔幻影? 幻だってのか!〕

 才人は逆の意味で目を疑った。あの神々しさ、目に見えて伝わってくる存在感が幻だというのか?

 ルイズも幻だとはとても思えなかった。空から降りてくる天使は、どんな魔法を使っても再現が不可能であろうほど、圧倒的な現実感を持って宙に浮いている……いや、なんだ? ふと、ルイズは違和感を感じた。

〔普通の魔法では無理でも……あれなら、もしかしたら〕

〔ルイズ? どうした〕

〔まさか、始祖の祈祷書はネフテスに置いてきたはず。いえ、秘宝はまだあったはず。けど、まさか、そんなことが〕

〔ルイズ!〕

 才人の呼びかけにもルイズは答えない。しかし、なにか深刻なことに彼女が行き当たったのは伝わってきた。ルイズはあの天使の正体に気がついたというのか? そのあいだにも天使は舞い降りてきて、街の上空の百メートルほどで宙に止まった。そして、両手を掲げて聖母のような笑みを浮かべ、人間たちを見渡した。

「天使様……」

 人々の興奮は最高潮に達し、もうエースのほうを見ている者はほとんどいない。

 視線を独占して、世界の支配者であるかのように空にそびえる天使。その眼は黒真珠のように光り、感情を読み解くことはできない。

 いったいこれからどうなるのだ……? 見守る人々の前で、天使は片手をクラゲ怪獣に向かって掲げた。そして、その手のひらからまばゆい光の帯がほとばしるとクラゲ怪獣を包み込んだ。

「あ、ああ、怪獣が」

「天使様の光の中で、怪獣が溶けていく」

 奇跡を見る感嘆の声が惜しげもなく流れる。あれほどまでに不死身を誇った怪獣が、天使の放つ光の中で朝日を浴びた亡霊のように薄れて消えていく。

「なんと荘厳なる奇跡だ……」

 聖堂騎士のひとりが涙を流しながらつぶやいた。神話の一部が目の前に現れたような美しさに、人間たちはその魂を完全にわしづかみにされている。

 クラゲ怪獣は天使の光の中で、やがて完全に消え去ってしまった。そして人間たちの興奮のボルテージも最高潮に達して、祈りの声に続いて歓声の大合唱が起こる。

「おーおーおー!」

 もはやギーシュたちやミシェルたち銃士隊も奇跡だと信じて疑っていない。

 だが、その中で唯一ウルトラマンAだけは奇跡を真っ向から否定していた。

〔おかしい、今の光線もなんのエネルギーも感じられなかった。あの怪獣を撃退できるパワーなどないはずだ〕

〔じゃあ幻が怪獣を消し去ったってことか。そんなバカな〕

 ありえない。幻はどこまでいこうと幻。現実に作用する力などあるわけがない。

 しかし、ルイズはすでにひとつの仮説を立てていた。とても恐ろしく、しかし信憑性が高いある可能性を。

〔もしそんなことができれば、この壮大な舞台劇は完成する。まるで絵空事だけど、わたしにはわかる。わたしの中の血が、わかってしまうのよ!〕

 そんなことは絶対にない。ルイズは才人にもエースにも言えずに自分に言い聞かせる。だが、現実はルイズに時間を与えずに動き続けていた。

 街の空に、ロマリア空軍の艦隊が現れる。その先頭を進んでいるのは、少し前まで自分たちも乗っていたあの船。

「聖マルコー号。教皇陛下がいらっしゃったんだ!」

 ロマリアの人間なら見間違うはずのないその船影に、新たな歓呼の声が響き渡る。見ると、船先には教皇ヴィットーリオがひざまづいて祈りを捧げており、天使は聖マルコー号を慈しむかのように両手を広げて微笑んでみせた。

「おお、天使様が教皇陛下を祝福しておられる」

「教皇陛下!」

「天使様!」

 まさしくこれは神の御手が地上におろされた瞬間であると、人々は涙した。

 天使の祝福を受ける教皇ヴィットーリオ。ブリミル教徒にとって、これほど魂に染み入る光景はないといっていい。

 すると、天使の姿がゆっくりと透けていき、やがて空気に溶け込むようにして完全に消えてしまった。

 天使がいなくなった空で、代わって人々の視線を集めるものは、そう、聖マルコー号と教皇ヴィットーリオしかない。ヴィットーリオは人々の視線を完全に独占し、やがておもむろに口を開いた。

「我が親愛なるロマリアの民にして、忠実なる神の子たちよ。私は今、神の遣わした天使による祝福と洗礼を受けました」

 おおお、と、人々から大地を揺るがすような歓声が轟く。

「私はこの地へ、この命と引き換えにしてでも闇を払う覚悟でやってまいりました。私のこの身はすべての敬虔なるブリミル教徒たちのもの。たとえバラバラに砕け散ろうとも悔いはありません。しかし、神はあえて私に生きて皆さんに尽くせとおっしゃってくださいました。皆さん、私がここにいられるのはすべて皆さんのおかげなのです」

「教皇陛下! 教皇陛下!」

「天使は私に神の言葉をお伝えくださいました。ヴィットーリオよ、お前の使命はすべての神の使徒たちを教え導くこと、お前の命はそのためにあり、そのために燃やし尽くせと。そして、信徒たちの力を集めて、今この世界を覆っている闇を払うのだと!」

 群集の声が音の津波となって轟く。

 神の祝福を受け、神の声を聞いた教皇ヴィットーリオの演説はさらに続く。

「ロマリアの人々よ、聞いていますか。神は、今この地に天使を遣わして奇跡を起こされました。しかし、天使は言いました。今のままでは、私がまた現れることはないであろうと。それはなぜか? この世界では始祖への信仰が乱れ、私利私欲のままにおもむく忘恩の輩が跋扈しています。そうした悪魔に魂を売った人間が満ちる地上を、天使といえども祝福することはできないのです。ですが皆さんは違います! 私と共に立ち上がりましょう。そして、地上を神の愛で満たそうではありませんか」

「ウォーッ、教皇陛下万歳!」

 人々は完全にヴィットーリオに心酔しきっていた。神の使い、救世主、無理もない。今この場にいる人間は、自らの命に代えても教皇のために尽くすことだろう。

 確かにヴィットーリオの言うことは美しい。始祖と神への信仰で、地上に救いと平和をもたらすのだ。

 ヴィットーリオの言葉ひとつひとつが、ブリミル教徒たちの信仰心を燃やし、忠誠心を固め、使命感を研ぎ澄ます。

 すべては世界の平和のため。だがそのためになにをすればいいのか? 信徒たちはその答えを教皇に求め、教皇は人々の熱狂が最大に上がったところで、その答えを与えた。

「ブリミル教徒の皆さん、闇を払うには光が必要です。ではその光とはなにか? 我らブリミル教徒にとっての光とは? そう、それこそが、聖地です!」

「おおぉぉぉーっ!!」

「っ! なに!?」

 大多数の人間たちの歓声と、ほんの一部の人間の驚愕が流れた。

 聖地、ハルケギニアの人間にとってその意味は巨大だ。ブリミル教徒にとっての悲願であり、最大の禁忌でもあるその言葉。しかし人々が考えるよりも早く、教皇の演説は続く。

「神のお言葉は、今こそ人間の手で聖地を取り戻せとありました。思えば、我々は何千年ものあいだ、神の最大の贈り物である聖地をないがしろにしてきたのです。この世界が闇に閉ざされてしまったのも、我々が神の恩寵を忘れてしまったがため。聖地こそ、始祖ブリミルの降り立った光溢れる地、それさえ取り戻せば世界は救われます」

「し、しかし……聖地にはあの恐ろしいエルフが」

「懸念される方はもっともです。我々はこれまで聖地を取り戻すために、多くの尊い犠牲を払いました。しかし、その恐れる気持ちが我々の信仰心を腐らせてしまったのです。考えてください、我々人間が苦しんで誰が得をするのか? そう、エルフです。あの恐ろしい異教の悪魔たちは、我々から心の拠り所を奪い、我々をじわじわと弱らせたあげくに、ついに今我々人間の世界を滅ぼそうとしているのです!」

 でたらめだ! と、才人たちは思った。そんなことが絶対にあるはずはない。だが、教皇は絶対の確信があるように続ける。

「我々は今こそ一致団結して異教の悪魔を滅ぼし、聖地を取り戻して世界に光を取り戻すのです。恐れることはありません。神のご加護は我らの元にあります。そう、神の奇跡を目の当たりにした皆さんに、なんの恐れることがありましょうか? 今こそ戦いの時です。聖戦の勝利は神によって約束されました!」

 最大級の歓声が大地から天空に轟いた。それを止めることは、このときはもはや誰にも不可能な話であった。

 

 大変なことになる……ウルトラマンA、才人にルイズは、これが壮大な罠というのも生易しい謀略であったことを知った。

”エルフと戦う? 聖戦? そんな馬鹿な、むちゃくちゃだ!”

 だが、それを声を大に叫ぶことはできない。すでに、手遅れであった。

 人々の視線が教皇に集中する隙に、エースは変身を解除して才人とルイズに分離した。

〔才人くん、ルイズくん、気をつけろ。敵は、ヤプール以上に狡猾かもしれないぞ〕

 変身を解く直前にエースはふたりに警告した。ふたりは人間に戻ると同時に、ぐっとこぶしに汗をにじませる。エースがわざわざふたりにここまでの気を遣うことなど、これまでになかったことだ。つまりは、敵がヤプールのように、力以上に悪辣な頭脳を持つやっかいな相手だということを示唆している。

「わかってるよ。嫌な予感が、最悪の形で当たりそうだぜ」

「もしかしたら、本気で滅びるかもしれないわよ、この世界。身内のためにね……」

 世界が滅ぶ……その予感を、才人は、さらに才人の何倍もの悪寒と恐怖をルイズは感じていた。

 今までの脅威とはまるで質の違う形の侵略……いや、侵食というべきだろう。いつから、どうやって? このハルケギニアの根幹がまさかこんなことになっていようとは夢にも思わなかった。いや……ルイズは今はそんなことを思っている時ではないと雑念を振り切った。いつだって、カビは知らない間に根を張って猛毒の胞子をばらまくものだ。

「ルイズ、おれも大方の目星はついてるけど、お前はどうだよ?」

「失望を通り越して絶望に近いわね。多分、あんたの百倍は危機感を持ってるわ。いったいどうしましょう……こんなこと、みんなに話せないわよ」

「いや、話そうぜ。もうみんな頭も冷えてるだろうし、これから何が起ころうとしてるのかわかったはずだ。心配すんなよ、みんなだって自分で見聞きしたことを忘れてないって。それに、おれたちは友達を信じないような仲間を持っちゃいないだろ」

「そうね」

 ルイズは少しだけ笑顔を取り戻してうなづいた。自分には仲間がいるという安堵と、その仲間を無条件に信じられる才人の純粋な心をそばに感じられて、素直に救われた気がしたのだ。

”わたしにとって、いいえきっとわたしたちみんなにとってあなたは希望なのね。こんなことを言ったらあなたは照れるだろうし、みんなは笑うでしょうけど、それがわたしたちをここまで引っ張ってきた。もちろんわたしも”

 ルイズは、惚れた女のひいき目もあるかと思ったが、もう今更だと自分を笑った。

 少し前も同じ事を思ったけれども、才人は頭も力も特に秀でているわけではない。それは出会ってから大きく成長した今でも変わりなく、水精霊騎士隊に混ざるとよく言って並といったとこだろう。ガンダールヴの力を失った才人は、銃士隊の一般隊員以下の戦力しかない。それでも才人を誰も軽視しないのは、こうして才人が誰一人差別せずに仲間として信頼してくれるからだろう。

”わたしやミシェルがサイトを愛するようになったのも、ギーシュたちがサイトに変わらない友情を抱いてるのも、思えば同じものなのかもしれないわね。サイトは勇気を与えてくれる。キリエルのバカにそそのかされても、やっぱりサイトの本質は変わらない。まだ迷いがぬぐえてなくても、きっとすぐに答えを見出してくれるわ”

 いっしょにい続け、共に歩む。簡単なことだが、それがいかに強い力を生み、人を成長させていくかルイズは学んでいた。だから自分は才人のそばから離れない。ずっと才人を守っていくんだと、これからもずっと……そう思うのだった。

 

 それに、今の自分にいるのは才人だけではない。志を同じくする多くの仲間がいる。その仲間たちがいるからこそ、これまで幾多もの不可能を可能にしてきた。自分の考えている敵の正体は、これまでの中で間違いなく最悪であるが、皆の力を合わせればなにかの方法は見つかるはずだ。

 

 才人とルイズは、仲間の姿を追い求めて、廃墟の街から郊外へと歩み出た。

 郊外では、いまだにロマリア軍が熱狂を続けており、人でごったがえしていて目のやり場がなかった。しかもよく見ると、軍隊の人間以外にも、ペンやノートのようなものを持ったインテリ風の人間が何人も歩き回ってメモをとっており、ルイズがあれは従軍の新聞記者ねと説明した。

 ハルケギニアは識字率はさして高くないが、一定以上の富裕層には新聞があり、それを通じて情報は一般層にも浸透していく。一週間もすれば、ここでの出来事はハルケギニア全土へと知れ渡るだろうとルイズは才人に伝え、才人は顔をしかめた。

「ロマリアどころかマジで世界ぐるみで事を起こすつもりだってことか。こいつも、最初から計算されてたってのかよ」

「ロマリア宗教庁のお墨付きの記事なんて、特ダネどころじゃないから全世界の新聞社が飛びつくわ。世界中に、この虫でできた黒雲が広がってるとしたら、不安にかられた人々は間違いなく釣られるでしょうね。国中がそうなったら、もう女王陛下でも止められるかどうか……はやく、みんなと合流して対策を……なに、あなたたちは?」

 仲間を探すふたりの前に、数人の神官服をまとった男たちが立ちふさがった。

「我々はロマリア宗教庁から教皇陛下の命でやってきた者です。トリステインのルイズ・ド・ラ・ヴァリエール殿ですね。こたびの働き、まことにご苦労様でした。教皇陛下が、ぜひねぎらいと恩賞を与えたいとお呼びになられています。ご同行願えますか」

 ルイズは才人と顔を見合わせると、つとめて丁重に答えた。

「まことに光栄です。ですが、我々は今仲間を探しているところです。全員が揃いましてからうかがいますので、教皇陛下によしなにお伝えください」

「いいえ、至急との要請であります。お仲間は、我らの仲間が探していますのでご安心を。お急ぎください。教皇陛下はたいへん多忙なお方であります」

 向こうも口調は丁寧だが、拒否は許さないということを強く訴えてきていた。相手は屈強な聖堂騎士団、逃げられないと悟ったルイズは才人に目配せした。教皇のほうから食いついてきたわ、おおかた用済みのわたしたちを始末しようって魂胆だろうけど、これは千載一遇のチャンスかもしれない。才人も、わかったと目で答える。

 危険だが、教皇の喉元に迫れる好機だ。教皇の真意と正体を突き止め、絶対にエルフとの戦いなど止めてやる。

「わかりました。ご案内願います」

「承知いたしました。では、こちらへ」

 聖堂騎士に囲まれて、才人とルイズは空に見える聖マルコー号へと歩き出した。これから、竜に乗せられて船まで赴くのだろう。そうなれば、今度こそ本当に逃げ場はない。

 しかしルイズは信じていた。才人がいれば、自分に恐れるものはない。また、才人もなにがあろうとルイズを守ろうと強い決意を抱いていた。ふたりの思いがひとつであれば、恐れるものはなにもない。

 

 

 竜に乗せられて、聖マルコー号へと飛び立つふたり。そのころ、水精霊騎士隊と銃士隊は実は少し離れたところにいたのだ。

「みんな、あれ見ろ! サイトとルイズだ」

 誰かが指差した先を、ギーシュたちは大きく見上げた。聖マルコー号に向かって飛んでいく竜の背に、才人とルイズが乗っている。あのふたりが、なぜ? だがそんなことよりも、それを見たミシェルの胸の奥に突然、言い知れぬ黒いものが湧き出した。

 サイト、だめだ、そこへ行ってはいけない。ミシェルは思わず声を張り上げて叫んだ。

「サイト……? ま、待て。サイト! 行くな! 行っちゃだめだーっ!」

 取り乱して叫ぶミシェルの姿に、部下たちが驚いて静止しようとしてくるが、ミシェルの耳には入らなかった。

 才人が行く、行ってしまう。それは単なる形容ではなく、文字通り……そう、二度と才人と会えなくなる。予知とかそんなものが自分にあるとは思わない。だが、そんな悪寒が確信めいて、ミシェルの心を捕えて離さなかったのだ。

「サイトーーッ!!」

 

 

 続く


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