ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第16話  空飛ぶ海月

 第16話

 空飛ぶ海月

 

 超空間波動怪獣 メザード 登場!

 

 

「あそこが、通報のあった、なんとかって街かい?」

「ああ、ロマリア連合に属する自治領都市のひとつさ。平時であれば、風光明媚な観光地として賑わっているところなんだけどねえ」

「観光地って……これはもう、人が住めるようなもんじゃないだろう。廃墟……いや、街の半分が砂漠になってるじゃねえか」

 

 

 寒風吹きすさぶ竜籠のゴンドラから見下ろす中、寒々しく痛々しい光景が目に映る。眼下の街は一千年来放置され続けていたかのように荒れ果て、その街を取り囲むロマリア軍の華々しく勇壮な姿とは天と地の悲しい風景画を描いていた。

「次から次へと……大っ嫌いな国だが、どれだけ関係ない人が苦しめられればいいんだ」

 才人が、ロマリアに来てから嵐のように続く、無関係な人々が巻き込まれた事件や戦いを思い出し、怒りを込めてつぶやいた。竜籠に同乗しているルイズをはじめ、水精霊騎士隊や銃士隊の仲間たちも、少し前まで大勢の人々が住んでいたであろう街の見る影もない惨状に、唇を噛むように押し黙っている。

 彼らは今、ロマリア軍とともに首都ロマリアから数百リーグ離れた、ある都市からの救援要請に応えてやってきていた。

 シェフィールドとの戦いからすでに三日……それまでの間に、才人たちの身にはいくつものめまぐるしい変化があった。彼らを賓客として迎えた教皇ヴィットーリオは、その権限を利用して様々な待遇を彼らに与えてきたのである。

 ロマリアの聖堂で、殊勲者としてヴィットーリオから直接お褒めの言葉と恩賞を受け取ることになった一行。その中で、教皇が述べてきた内容は一行を驚かせるのに十分なものであったのだ。

「えっ、お、おれたち、いえわたくしども水精霊騎士隊が、ロマリア聖堂騎士団の一員にですか?」

「いえ、さすがにそこまではできません。聖堂騎士は選ばれた信徒たちの中からさらに選りすぐられた精鋭たちが、厳しい修練と実戦を潜り抜けてようやく名乗ることを許されるものです。しかしながら、あなたがたの成し遂げた功績と、正義のために我が身を惜しまぬ献身は、決して聖堂騎士に劣るものではないと私は思います」

「い、いやあそんな。なんともったいないお言葉……このギーシュ・ド・グラモン。教皇陛下のお褒めのお言葉、必ずや祖国で待つ同胞たちに届けたいと存じます」

「ふふ、まあそんな硬くならなくてもよいですよ。はっきり言えば、適当な褒め言葉だけを言ってごまかせば私はタダですむのですが、さすがに教皇として狭量を疑われてしまいますからね。そこで、ここは奮発して紙切れ一枚を発行します。私のサインつきで、あなた方の騎士隊をロマリア宗教庁公認とするのです。ただ、ロマリア軍への命令権や異端審問権などの実権はつけられませんが、この認定証があれば、あなた方はロマリアのどこへ行っても行動を制約されません。外国から来た方々には聖堂騎士隊は少々怖がられているところがありますが、これからはあなた方の頼もしい味方となってくれることでしょう」

「すごい! これならぼくらはロマリアじゃ怖いものなしじゃないか」

 ギーシュが興奮するのももっともであった。ロマリアにある軍隊の中でも、トラブルを恐れて意図的に避けてきた聖堂騎士は治安維持も任務に入っているだけに常に高圧的で、従わない者を有無を言わさず異端者と認定して裁ける権限があるために恐れられている。しかし、教皇の認定証を持っている者を簡単に異端認定することはできない。

 少々砕けた言い方をするならば、水精霊騎士隊は意地の悪い風紀委員を気にせずに廊下を走れるフリーパスをもらったようなものだ。

 しかし、ギーシュたちは単純に浮かれているが、いくら大戦果をあげたとはいっても、このような特典は前代未聞の厚遇だといえる。また、そのほかにも教皇は銃士隊も含めて、騎乗用軍馬の優先使用権など大小様々なロマリア領内での特権を与えてくれた。これは普通に考えて軍の将官クラスの大盤振る舞いである。

 当初は、自分たちを厚遇してトリステインへのアピールと恩を売る目的かと思ったが、それにしては自分たちはトリステインでの地位が高くないから効果は薄い。だとしたら、この過剰な贈り物の意図はおのずとひとつに絞られる。水精霊騎士隊は浮かれていたが、最初から警戒していた才人やロマリアの実体を忘れていない銃士隊はそれに気がついた。

「これが私からあなたたちへのささやかながらのお礼です。あなた方のような勇士を得れたのはトリステインのまことの幸運でしょう。それが我がロマリアでなくてうらやましい限りですが、始祖ブリミルの下で我々は平等です。これからも、万民の平和と幸福のためにともに戦おうではありませんか」

 やはり、こういうことだったなとミシェル以下銃士隊の隊員たちは社交辞令の作り笑顔の中でうなづいていた。過剰な厚遇は、こちらに恩を売って、体よく使いまわすための犬の首輪だったというわけだ。これだけの待遇を与えられたら、ありがとうございましたさようならとはいかない。先の戦いで利用価値があると踏んできたんだろう。おまけに、こちらの立場から見れば過剰な厚遇だが、あちらからしてみれば失うものはほとんどないと言ってもいい。

「ははっ、我ら一同、始祖ブリミルのために、すでにこの命を捧げているものであります!」

 ギーシュたちは、銃士隊が冷めた目で見ているのも露知らずに、感動に打ち震えて頭をたれている。

 この教皇、人のよさそうな顔をしていて中々の食わせ物だと銃士隊の面々は思った。彼女たちにも始祖ブリミルへの信仰心がないわけではないが、神の加護より自分の力を頼りに生き抜いてきた人生の持ち主であるから、彼らのように無条件に教皇に信服したりはしない。悪く言えば人を見たら泥棒と思えという心構えが常にあるのであるが、様々な腹黒い貴族や商人や悪党どもを見てきた彼女たちからしたら、聖人君子の権化ともいうべき教皇は、逆に非常に気味悪いものであった。

「副長、どう思われますか?」

「いけすかないな。言葉面はきれいなものだが、まるで台本を読んでるように心を感じん。小僧どもはそれでじゅうぶん感動できているようだが、お前たち、気を抜くなよ」

 銃士隊は直立不動の姿勢を保ちながらも、銃士隊だけに通じるわずかな仕草のサインで話し合った。やはり全員、あのロマリアの街の惨状を忘れていないので、ヴィットーリオに対する感情は甘くない。

 しかし、いくら胡散臭く感じられたとしても、相手はハルケギニア最高の権力者である。それに、今のところは実質的に敵対してきているわけではない。こちらから敵に回すような真似はつつしむべきであった。それが、自分たちの自由を大きく拘束することになろうともだ。

 また、心を許していないのは才人とルイズも同じである。

〔ルイズ、どうだい憧れの教皇陛下にお目どおりした気分は?〕

〔最高ね。あの神々しいお姿と気品に満ちた立ち振る舞い、まさに始祖の代理人たるにふさわしいわ……と、普通なら言うでしょうね。正直、あなたとテファの言ったことがなければ平伏しているわ。あなたはまだ実感ないようだけど、ブリミル教徒にとって教皇陛下に拝謁できるということは一生ものの名誉なのよ〕

 ふたりはテレパシーで会話していた。才人がある程度自信を取り戻したおかげなのか、この日になって試してみたら回復していた。ただしまだウルトラマンA、北斗とは何度呼びかけても話をすることはできなかった。まだ声が届かないのか、あるいはあえて黙っているのかはわからないけれど、これは確かな前進なのだと思うことにした。

〔まあ確かに、おれが見ても立ち振る舞いは完璧と言っていいよ。ギーシュたちなんか、あれまあ舞い上がってしまってまあ。気持ちはわからないでもないけど、これってあれだろ? 上司が酒おごってくれたときは、面倒な仕事を押し付けてくる前触れっての〕

〔嫌な言い方するわね。けど、的を射てるのは認めるわ。これでわたしたちは教皇陛下の元から離れられなくなった。わたしのお父さまも言っていたけど、たちの悪い貴族が部下を使うときの常套手段ね。脅迫したりするより、はるかに強く相手を縛ることができるわ。ここまで歓待を受けておいて無視したら、忘恩の徒と後ろ指を差される。名誉を重んじる貴族に耐えられるはずもないわ〕

 才人の皮肉げな言い方にルイズは鼻白んだが、聡明なルイズは頭ごなしに否定はしなかった。むろん、ルイズも敬虔なブリミル教徒の側面はあるので内心は複雑である。一昔前であれば、教皇陛下への無礼に対しては激怒して才人を殴っていただろう。しかし、これまでの経験上、人間の姿をしているから人間であると言えなくなっているのも承知している。

〔教皇陛下は、世界中の人間にとって、いわば心の支えともいうべき存在よ。それが万が一ということにでもなれば、どういうことになるのかわかってるの?〕

〔わかってるつもりだ。けど、だからこそってことがあるだろ? おれたちが戦ってるのは、そういう相手なんだ〕

 自分たちの敵は、どんな卑怯な手段を使ってくるかわからない相手だ。人間のありとあらゆる心の隙を利用して迫ってくる。

 まさか、もし……そうして疑っておかなくては、どこから浸透されていくかわからない。しかし、今回の場合は怪しいと思っても、それをうかつに口に出せないからやっかいだ。異端者の烙印を押されたら、ここではそれはそのまま死刑を意味する。なによりも、教皇には怪しいところはすでに数多くあるが、少なくとも表面上は聖人君子を演じていることだ。

〔テファがうそをついてるなんて思わないわ。けど、どうやって尻尾を掴むのよ? 少なくとも、立ち振る舞いは完璧よ。怪しいってだけで教皇陛下を疑えなんて、みんなに言えるわけないじゃない〕

 この世で一番の悪党は、善人に成りすまして堂々と振舞っている奴だとミシェルなどは思う。例えば以前のリッシュモンがそうだ。表向きは誠実な法院長として信頼を得ながら、裏ではトリステインを食い物にして私腹を肥やし、大勢の人間を苦しめていた。リッシュモンのやり口を、教皇がとっていたならどうなるか……恐らく、世界中の人々が夢にも思っていないことだろう。

〔ああ、多分ギーシュたちに話しても笑われるか怒られるかどっちかだろうな。しばらく様子を見るしかねえか……それにしても、ジュリオの野郎、またニヤケ面でこっちを見下ろしやがって、あれは絶対大悪党の面だ。間違いない〕

〔サイト……あんた本当に個人的な妬みじゃないんでしょうねえ……〕

 ルイズは呆れた様子でため息をついた。才人が元気を取り戻しつつあるのはいいのだが、アホさ加減まで復活されるのはどうなのだろうかと思う。いやしかし、鬱状態で真面目一徹なのも気が重くなってめんどうくさいか。

”結局わたしは、いつもの何も変わらないサイトが好きなのね”

 なにげなくルイズはそう思った。思えば、才人はいつもいい意味でも悪い意味でも心の支えだった。強い正義感は戦うときの道しるべになってくれたし、かといって完全無欠とはほど遠いので、共に悩み苦しむこともできた。才人が間違うときはこちらが叱り付けてやることもできる。

 要は、才人は特別であるが特別ではない。どこまでいっても人間なんだということが、皆が才人を慕う理由なんだとルイズは思った。それは、自らと同じ存在を好み、違う存在を忌避する人間の救いがたい性の裏返しなのかもしれないが、考えてみればそのことも才人がいたからこそ気がつけたのだ。

 ルイズはふと、才人を含む仲間たち全員を見回した。ギーシュたちにミシェルたち、皆は才人がいたからこそ集い、仲間になることができた。才人がいたからこそ多くのものが得れた。そして、壇上で偉そうにしている教皇とジュリオに対して、心の中で宣言した。

”あんたたちがどれだけ外を美々しく飾り立てても、わたしが信じるものは決まってるわ。あんたたちの正体や目的がなんであれ、いままでどんな悪もわたしとサイトで退けてきた。わたしたちがいる限り、なにを企んでもムダだってことを思い知らせてあげるわよ”

 ルイズの心には、確かに信じられるものが熱く脈打っていた。これがある限り、どんな策略にだって負けないと思えるだけの勇気を生み出す力がここにはある。どんな手でも打ってくるがいい。才人といっしょなら、必ず打ち破ることができる。それは、皆だって同じだ。

 

 

 この後、結果的に才人たち一行はロマリアの客人扱いとしてとどまることになった。むろん、自由は大幅に制限されるが、やむを得ないのは述べたとおりである。

 しかし、自ら足を運んで情報を収集することはできなくなったが、その代わりにロマリアが有する情報収集能力の一端に触れた彼らの驚きは相当なものだった。むろん全部というわけではなかったが、ハルケギニア中の僧侶に通じているというロマリアの目と耳の広さは並ではなかった。

 しくみを簡単に言えば、僧侶や神官はその土地柄の情報が黙っていても集まってくる。また、秘密保持に熱心な貴族も、後ろめたいことをすれば良心の呵責から教会に懺悔に来て秘密を吐露する。わずかに触れられただけでも、どこどこの貴族が賄賂を贈ったとか、浮気を繰り返して家族内がもめているとかまで、身内でもなければ知らないようなことまで、背筋が冷たくなるくらいであった。

「昔から、ロマリアはこれらを利用してハルケギニアを支配してきたんでしょうね」

「どんな貴族のスキャンダルも手の内とは、ね。これなら邪魔者を消すも操るも自由自在ということか。みんな、ここで見聞きしたことは絶対に他言無用だぞ。すべてを失うことになりそうだ。それから、ガキどもにも知らせるな。奴らの口は軽すぎる」

 ミシェルは、思っていたとおり……いや、思っていた以上の悪さに辟易とした。銃士隊はミシェル以外は、ほとんどが低い身分の出身で構成されている。世の暗部は嫌になるくらい見てきた。まして、これまでロマリアがしてきたことも思い出されてくる。荒れ果てたロマリアの街、そして自分たちが入国したことまでわかるほどの徹底した監視体制。たいした神の国である。

 けれども、ここに集まってくる情報は、自分たちが足を棒にして一日中走り回ったとしてもその十分の一も得られるかというくらい密度が高いのも確かだった。悔しいが、なにか理由をつけて出て行ったとしても、手がかりなく行き詰まるだけだろう。そうした面でもロマリアは狡猾だと言えた。

 ここでなら、空を覆いつくした昆虫の群れの正体を探ることができるかもしれない。でなくとも、この広い世界のどこで異変が起きても即座に察知することができる。そう自分に言い聞かせて待つこと数日、ロマリア宗教庁に異変の報告が入ってきた。

 それは、とある街で、突如として建物が崩壊する異常事態が多発し、すでに街の一割に当たる面積が人が住めなくなっているという。原因は不明、なおも街の崩壊は続いており、至急調査団を派遣してほしいとのことであった。

 これに対して、才人たちが敏感に反応したのは言うまでもない。経験からして、常識では考えられない事件の起こるところに侵略者の影がある。なにかしらの手がかりが掴める一端になるかもしれないので、当然彼らは調査団に名乗りを上げようと試みた。が、結局用意した懇願書は無用に終わった。

「これは、天災とも悪魔のいたずらとも言える重大な事件ですね。確かあの街には、一万人を超える人々が住んでいたはず。先の戦いの傷がまだ癒えていませんが、我々は全力を持って救援にあたりましょう。おお、そうです! 我々にはトリステインよりいらした英雄の方々がおりました。あなた方にこんな役割を申し付けるのははなはだ不足かと思いますが、こうしているうちにも家を失っている人たちのために行ってもらえないでしょうか」

 教皇の、この要請の形を借りた実質的な命令で、才人たちは調査団として出発することに決められた。だが、ギーシュたちなどは教皇陛下直々の要請だと無邪気に喜んでおり、実際に渡りに船なのだが、それがかえってミシェルなどには臭く感じられた。物事が自らの努力なしでうまく運ぶときは、誰かの意思を疑えというのは鉄則である。

 意気上がる水精霊騎士隊に反し、銃士隊は出動に懐疑的になった。このまま乗せられて出て行ってよいものか、聖堂騎士が援護してくれるというが正直なところありがた迷惑であるし、ミノタウロスの住む洞窟にのこのこ踏み込んでいくようなものではないか?

 が、そうした計算を立てて士気の下がっている銃士隊に才人とルイズは言った。

「行きましょう。ロマリアや教皇は信用できないけど、困ってる人がいるなら助けにいかないと、あとで後悔することになると思う」

「民を守るのは貴族の責務。少なくともわたしはそう言い聞かされてきたし、今はあのアホたちも同じだと思うわ。ミシェル、あなたたちの危惧はわかるわ。けどわたしたちはもう相手の掌の中にいるのよ。この誘いを断ったら、あっちはいくらでも難癖をつけてくることができるわ。なら、まだ自由があるうちに、こっちから罠に踏み込んでいくのも手じゃない?」

 正義感と、さらに先を見据えた計算がミシェルの心も動かした。もしもアニエスなら、こんなときどうするだろうか。答えはすぐに出た。

「なるほど、罠が待っていても、進まなければなにも得ることはできんな。考えてみれば、すでに罠にはまっているならば用心しても仕方ないな。だがサイト、スズメバチは食虫植物に食われても、その腹を食い破って飛び出すというが、お前にそれだけの覇気があるのか?」

「大丈夫、なにが待ち構えていたとしても、おれがぶった斬ってやる」

 才人は威勢よく答えた。むろん、迷いがすべて消えたわけではない。キリエルの言葉は、まだ喉に刺さって抜けない魚の骨のように残ってチクチクとしているが、それを抜くためには苦しい思いをしても飯を呑み込む必要があると思っていた。

 ミシェルも、それを見抜けないほどではない。が、人間にそもそも万全などない。それに、才人ならいざとなればその逆境をばねにして、より強くなってくれるという信頼もあった。

 

 

 こうして、様々な不安と期待をはらみつつ、才人たちはすでに出発したロマリア軍を追う形で、謎の建物崩落事件が続いている街へと出発した。

 果たして、何が待っているのか。そして、教皇は敵か味方なのか、ここで見極めるつもりでいた。

 しかし、ジュリオの案内で到着した目的の城塞都市の荒れようは、浮かれ気分でいたギーシュたちの顔をもひきつらせるのに十分な凄惨さをさらして待っていた。

「これが街だったってのか。うっぷ、ごほっごほっ」

 地上に下り、まだ無事だった街と砂漠の境界上に立った少年たちは、飛んできた砂にむせてせきこんだ。ここに来る前に、その街を一年前に描いた写生画を見せてもらったが、円形の城砦に囲まれた、トリスタニアを何倍かにしたこぎれいな都市といった様相は消え、砂嵐の吹きすさぶクリーム色の砂漠に半分が変わっていた。痕跡といえば、わずかに砂丘から突き出た石造りの建物の頭があるだけで、虫一匹の気配すらない。

「これはひどいな。あのすみません、この街の人たちは、今いったい?」

 呆然と惨状を見つめていた水精霊騎士隊の中で、レイナールが同行していた聖堂騎士のひとりに尋ねた。

「ああん? 見りゃわかるだろ。軍隊がぐるっと取り囲んじまってるんだ、とっくに逃げ出して残っちゃいねえよ。ま、どうしても逃げ出せない可愛そうな奴らとか、つぶれた建物の中にいた連中なら、まだ砂の中にいるかもしれねえが、まあ生きちゃいねえだろうぜ」

 その聖堂騎士はいかにも柄が悪そうな感じで答えた。レイナールは当然顔をしかめるが、相手は白髪のちぢれた長髪を無造作に伸ばした目つきの悪いやせぎすの男で、文句を言うのをはばかられた。

”まったく、聖堂騎士をつけてくれたのはいいが、ジュリオ以外はまるでゴロツキじゃないか。手がないからって、どこの部隊でももてあましてるのを押し付けてきたな”

 事実そのとおりであった。国がついこのあいだまで戦争だったのだから聖堂騎士団も暇ではない。なにもないときはロマリアの権威を知らしめるために威圧的に振る舞い、人々から恐れられているが、今はロマリア軍も人手がどこも足りず、補充人員として引く手あまたであるためほとんどの人員が出払っていて、女子供のお守りに使えるのはこういった嫌われ者ばかりだったのだ。

 こいつらは使えんな。と、ミシェルは早々に見切りをつけている。立ち上がりから気をそがれたが、元からロマリアの助けなど当てにしていないから問題ない。それよりも、事態の把握と解決につとめるべきだ。

「副長、どうします?」

「考えるまでもない。遠くから眺めていても始まらん。砂漠化した市街に入って、手がかりを探す。もし生存者がいれば話を聞けるかもしれん。いいな」

 ミシェルは、この中で論立てで命令をできるのは自分だけだと指示を下した。一応は、ロマリア軍の指図を受けずに行動できる権限は与えられている。遠慮するのは柄ではないし、そうなると、方向を定めれば一直線のギーシュたちは気合が入り、才人やルイズも同様だ。聖堂騎士の数名は最初から眼中に入れていない。唯一、ジュリオが騎乗用の風竜を駆り、僕が空からまわってきてあげようかと提案してきたくらいである。

 

 だが、偵察をジュリオに頼むまでもなかった。この街を砂漠にした異変の元凶、それはまさにこのときに現れたからだ。

「あっ、あれは! おいみんな、砂漠の上に、変なものが浮いてるぞ!」

 なにっ! と、皆が見上げた先にそいつはいた。砂漠化した都市の上空に、なにかが浮いている。最初はゆらゆらと、雲が揺らいでいるのか目の錯覚かと思ったが、目を凝らしてみるとそいつの不自然な形が見えてきた。

 半透明のビニールのような胴体から、同じく半透明のビニール紐のような触手が何本も垂れ下がって揺らめいている。その容姿は、才人に地球にもいるある海洋生物の名を連想させた。

「クラゲ……か?」

 と、しか表現できなかった。海に詳しくない仲間うちからは、クラゲって何? と怪訝な声が出るのを、海にいるゼリーみたいな生き物だよと説明するが、一応ここは海ではないし、だいたいクラゲは普通空に浮かばない。

 だが、そこにいるのが夢でも幻でもない以上、あれがクラゲだろうと別の何かだろうと同じことだ。

 そのときである。唖然としている皆の見ている前で、空飛ぶクラゲが砂漠の上からするするとまだ無事な街のほうへと飛んでいったと思うや、石造りの堅牢な建物群が一瞬のうちに崩れて砂の山になってしまったのだ。

「なっ、建物が」

 まさに一瞬の出来事だった。空飛ぶクラゲが飛んでいくところの街が、ことごとく崩れて無機質な砂の山になっていく。愕然とする皆だったが、彼らが求めていた異変の答えは、疑うべくもなくここにあった。あいつが、あの空飛ぶクラゲがこの街を砂漠にしていた犯人だ! そうに違いない。

 敵の正体がわかると、真っ先に飛び出したのはやはり水精霊騎士隊であった。

「探す手間がはぶけた。相手が怪獣ならぼくらの得意分野だ。みんな、張り切れ!」

 おぉーっ! と、意気がとりあえずは上がるのがギーシュたちのすごいところである。考えるよりは行動するほうが性に合っている連中のため、さっきまでその行動ができなかったので腐っていたが、いざ目標が見つかると肝が座っている。

「レイナール、作戦頼む!」

「相手の高度はおよそ百メイル。残っている建物の中で高いものの屋上から魔法を打ち込もう。うまくすれば、届くかもしれない」

「よしきた! ロマリア軍に先を越されるな。一番槍の名誉はぼくたちがもらった」

 行動方針を決めるのも早い。今はほんの数名しかいないとはいっても、彼らも数多くの死地を潜り抜けてきた若き猛者だ。しかし、猪突の感で戦おうとしている彼らに、勇猛でも思慮深さを併せ持つ銃士隊は当然苦言を呈した。

「待てお前たち! まだ敵の正体もわからないのに、うかつに手を出すな」

「大丈夫ですよ。あいつが犯人なのは一目瞭然だし、あんなフワフワした弱そうなやつ、あっさりと撃ち落してみせますって!」

 ギーシュたちは気勢も高らかに飛び出していった。相手が弱そうだから早々に調子に乗っている。まったく、ついこのあいだのシェフィールドとの戦いで散々な目にあったというのにまだ懲りていないのか。ミシェルは呆れたが、かといって頭の中までずれてしまったわけではない。

「副長、いかがしますか?」

「バカどもが……我々はこのまま待機、様子を見る」

 正体不明の敵にうかつに仕掛ける危なさを彼女たちはよく知っていた。敵がどんなものであるにせよ、こちらは生身の人間なのだ。一発の銃弾、一筋の傷で死にいたる脆弱な生き物であることに変わりはない。

 敵を知り、己を知らばの原則は永遠不滅だ。才人は一瞬ギーシュたちとともに飛び出しかけたが、ルイズに掴まれて止められ、落ち着きなさいと言われてから問われた。

「サイト、あれも怪獣の一種なの?」

「いや、わからねえ。少なくとも、おれのいた世界じゃあんなクラゲみたいな怪獣は見たことねえよ」

 才人は正直に答えた。クラゲ型の怪獣というのは少なからずおり、台風怪獣バリケーンなどいくつかをすぐに脳裏に再生したが、どれも姿が大きくかけ離れており、なおかつ建物を砂にするという能力を持つやつは聞いたこともない。少なくとも、自分の地球にはあの怪獣は出現したことはないといっていい。まったく未知の怪獣だ。

「だけど、どう見てもおとなしくてかわいいって感じじゃないよな」

 左手にデルフリンガーの柄、右手に懐のガッツブラスターに手をかけて才人は思った。あの怪獣、クラゲそのもののフワフワした体にどんな恐ろしい能力を秘めているのかわからないが、戦わなければこの街だけでなく世界中が砂漠に変えられてしまうかもしれない。

 ギーシュたちが走り、ロマリア軍も敵の存在に気づいて動き出した。また、役立たずに見えた聖堂騎士団のごろつきたちも戦わないなら目障りだと、ミシェルが尻を蹴飛ばして向かわせた。あんな連中でも一応は聖堂騎士になった男たち、それなりに強いだろうからいないよりはましだ。

 数分と経たずに、メイジを中心にした対怪獣包囲網は完成した。高度百メートル程度をフワフワと揺らめきながら、行く手の建物を砂に変えていく。その前方の進路を読んで布陣がおこなわれ、我こそは先鋒をと争った結果、偶然にもほぼすべての部隊や兵が同時に攻撃を開始した。

「撃て!」

 号令一過、数百人のメイジが空の敵を目掛けていっせいに魔法を発射した。系統は問わず、一番槍だけを争った結果、威力も種類もバラバラの攻撃だが、数がものすごいだけに威力は誰が見ても桁が外れている。ファイヤーボールが、エア・ニードルやジャベリンなどでたらめに混ざり合い、奔流となって空飛ぶクラゲへと向かう。

 だがそのとき、誰もが目を疑うことが起こった。

「なにっ! 魔法が、すり、抜けた?」

 多数の魔法攻撃が確かにクラゲのシルエットと重なったのを誰もが見た。しかし、ビニールのように千切れるかと思われたクラゲはその半透明の体をそのままに、攻撃だけが反対側に抜けてしまったのだ。

「は、外したのか? もう一度だ」

 自分の目を信じられない彼らは再度攻撃を放った。結果は完全に再現された。

 二度に渡り、城ひとつを消し飛ばすのではないかと思われるくらいの魔法の弾幕。それが、確かに命中しているはずなのに空飛ぶクラゲには何の変化も見られない。

 バリアか? いや攻撃は確かに当たっているはず。ならば魔法に耐性でも持っているのかと、才人もガッツブラスターを構えて狙いをつけ、あきらめ悪く放たれた第三波の魔法攻撃と同時に撃ち放った。

 だが、ガッツブラスターのレーザーを持ってしても結果を変えることはかなわなかった。

「どうなってるんだ!」

「弾が全部奴の体を突き抜けてしまうぞ!」

 三度目の正直、もはや驚愕するしかなかった。幻なのか実体がないのか。空飛ぶクラゲはこちらの攻撃にまるで動じずに何事もなかったかのように浮いている。そして、確かにそこに存在している証だとでもいうかのように、クラゲの漂う先にある建物がひとつ、またひとつと砂に変えられていってしまっていた。

「くそっ、止まれ! 止まりやがれっ!」

 いくら撃ってもクラゲは止まらない。しかも、クラゲは攻撃が当たらないばかりか、ふっと姿が掻き消えたかと思うと、一瞬にして数百メートル離れた別の場所に移動してしまっていたのだ。

 あの怪獣は蜃気楼みたいなものなのか? しかし、確かにそこにいるのだという存在感はある。

 だがそのとき、ルイズが杖を高く振り上げながら叫んだ。

「サイト、目を伏せて!」

「ルイズ、お前あれをやる気か!」

「ええ、狙って当てられないなら逃げ隠れできないだけ吹き飛ばしてやるわ。久しぶりに大きいのいくわよ」

 ルイズは凶暴な笑みを浮かべて宣言した。才人は慌てて手で目を覆う。手加減をしなくていいときのルイズは味方に対しても容赦がない。

 振り下ろされた杖から魔法力が解放され、虚無の破壊魔法が天空に炸裂した。

『エクスプロージョン!』

 解放されたエネルギーがルイズの頭上を中心に、音速を超えて炎と衝撃波を空一面にばらまく。

 光芒、続いて大気を揺るがすしびれが肌に伝わってくる。

 相も変わらずすさまじい威力だと才人は思った。魔法という、この世界の人間が持つ超情的な力の中でも伝説とうたわれるルイズの虚無の力、制約も厳しいが、心置きなく発動された場合のパワーは地球の近代兵器もかすむほどのでたらめさを誇る。

 直撃すれば怪獣にでも致命傷を与えられるエクスプロージョン。理屈はわからないが物理法則も無視して対象を破壊するこいつを爆風だけでも食らえば、どんな怪獣でも少なからぬダメージは免れない。だが、裏を返せば……

 エクスプロージョンの光芒が収まり、空がまた夜のような漆黒の色に戻る。ギーシュたちやロマリアの兵たちは、突如として天空を覆いつくし、かつなぜか自分たちにかすり傷ひとつ負わせなかった爆発の輝きで焼かれた目を回復させると、まだうすぼんやりとするその視界を空に向けた。

 そして、失望と落胆を味わった。

「まるで変わってない。なんて奴だ!」

 空飛ぶクラゲはエクスプロージョンの炎の中から平然と姿を現した。ダメージなどカケラも見えない。

 だが一番落胆していたのは当然ながらルイズだった。そんな、馬鹿な……渾身の力を込めていただけに、がくりとひざを折って、とび色の瞳を苦しげに伏せて荒い息をつき始める。

「ハァ、ハァ、精神力のムダ撃ちをさせてくれたわね……」

「お、おいルイズ、大丈夫か!」

「なんの、これしき平気よ。けど、エクスプロージョンを受けて無傷なんて、まずありえないわ。あの空飛ぶクラゲ、たぶん幻よ。実体がないからなにをやっても効き目がないんだわ。けど、向こうもこっちに攻撃をかけてはこれないはず……」

 と、ルイズが言った矢先だった。空飛ぶクラゲの傘の頭頂部から赤紫色の光弾が放たれ、ルイズに襲い掛かったのだ。

「ルイズぅ!」

 才人はとっさにルイズを抱きかかえて飛びのいた。クラゲの放った光弾はふたりのすぐ脇をかすめ、砂地に当たって爆裂し大量の砂をふたりの頭上に降り注がせる。

「うぐぐっ、ルイズ大丈夫か?」

「ゲホッ、あ、ありがと。あ、あんたこそ大丈夫なの!」

「少なくともお前よりは頑丈だよ。それより、あのクラゲ野郎、攻撃をすり抜けさせられるくせに自分は攻撃できるのかよ。インチキにもほどがあるぜ畜生」

 魔法もダメ、現代兵器もダメ、とっておきの虚無も通用しない上に向こうは攻撃し放題では勝負にもならない。

 あのクラゲはいったい何者なのか? 単にクラゲといってもいろいろおり、よく知られているミズクラゲや毒クラゲの代表的なカツオノエボシのほかにも、数え切れない種類がいる。中には強力な生命力を持ち、不死といわれるものや再生細胞の研究に使われていたりもするし、そもそも先祖は何億年も前から存在していたりと、多くの生き物にとって偉大なる先輩と言えるのである。伊達にクラゲ型怪獣が強豪ぞろいというわけではない。

 だがしかし、あの怪獣はクラゲに似ているが別の何かというほうが正しそうだ。空中をフワフワと移動しながら進行方向の建物を砂に変え、近づく兵士たちに怪光線を浴びせて撃退していく。今のところ、その侵攻を止められる手段はなにもなかった。いや、手はいくつかあるにはあるが、試してみたところでそれが効く確信はどれもない。

「キャプチューキューブで閉じ込めるか? いや、バリアもあいつならすり抜けられかねない。それに、一分ばかり閉じ込めたところでどうにもなりゃしない。くそっ、どうすれば。ルイズ?」

「サイト、いったん引くわよ」

「えっ?」

 才人はルイズの口から逃げるという言葉が出て、一瞬戸惑ったがルイズは平静に言葉を続けた。

「相手の手の内が見えない上に、こっちの打つ手がこれ以上ないんじゃどうしようもないわ。それに忘れたの? わたしたちはロマリアの手の中で踊らされてるのかもしれないのよ。ここで全滅したら、それこそ黒幕の思う壺じゃない。どうせ街にはもう人間は残ってないわ。さもないと、ほんとにみんな砂の下に埋もれることになるわよ」

 ルイズの言葉で才人ははっとした。そうだ、頭に血が上って忘れていたが、これはただの戦いではなかった。ルイズの言うとおりだ、このまま戦い続けても状況が好転する見込みはない。すでにみんな魔法を使うための精神力が切れ掛かっているはずだ。気がつけば、勇ましく戦っていたはずのギーシュたちの姿が見えない。恐らく、相手の攻撃で散り散りになって反撃するどころではないのだろう。

 それに、耳を澄ませば風に乗って才人の名前を呼ぶミシェルたちの声が聞こえてくる。いつのまにかはぐれてしまったようだが、呼び声に「逃げろ」や「撤退」の言葉が切れぎれに入っているところから、銃士隊も撤退を決めたらしい。残念だが、あのクラゲは今の自分たちの手に負える相手ではなかった。

「ちくしょう、かっこわるいな。たかがクラゲに尻尾巻いて逃げなきゃいけないなんて」

「なに言ってるの。わたしこそ、今日まで温存してきたエクスプロージョンを無視されて誇りもないもあったもんじゃないわ。この借りはいずれ百倍にして返すんだから。それまで、わたしたちは絶対に倒れちゃいけないのよ」

 あのプライドの高いルイズがそれを押し殺している。才人は誇張抜きで感心していた。

 今は、ルイズの言うとおり引くしかない。たとえ屈辱を背負って、街ひとつを見殺しにしなくてはいけないとしても、だ。

 駆け出す才人とルイズ。砂嵐の吹きすさぶ砂丘を越えて、まだ残っている街のほうへ。

 見れば、攻撃を繰り返していたロマリア軍の魔法も見えなくなっている。あらゆる攻撃が効かない相手に、彼らもとうとう戦意を喪失してしまったようだが、それを臆病とそしることはできまい。

 ふたりは、仲間たちがどこにいるのかもわからないままかろうじて生き残っていた街にたどり着いた。街はすでに黄土色に染まり、なかば砂にうずもれかけている。まるで、エジプトの風景だなと才人は思った。

 あとはこの砂だらけの街路を一直線に進めば、街から脱出できる。振り返ると、不規則な軌道で漂っていたクラゲがこちらのほうへ向かって飛んでくる。

「まったく、運がないわね。サイト、あんたのせいじゃない?」

「おれの不幸はお前に召喚されたときに使い果たしたよ。あとはのきなみお前のほうだ。善良な一般市民を巻き込むな」

 互いに憎まれ口をたたきながらも、才人とルイズは急いだ。あと少し、街を脱出できれば皆とも合流できるだろう。

 必死に走るふたり。空飛ぶクラゲはゆっくりながら、ふたりのすぐ背後へと迫ってくる。ロマリア軍ももう退却を決めたのか攻撃の手が見られない。例えるなら、大海の中で鮫も鯨も恐れずに漂うクラゲのように、奴は不可侵で無敵だった。

 だが、街の出口の門が見えてきたそのときだった。荒れ果てた商店街を駆け抜けていくふたりの耳に、隅の路地の奥から子供の泣き声のようなものが聞こえてきたのだ。

「まさか……」

 ふたりは、本当にまさかと思いながらも自然に足を路地の奥へと向けていた。

 声の主はすぐに見つかった。路地の奥、貧しい町人の住まいと見えるあばら家の窓から、ベッドに横たわる老いた女と、その傍らに寄り添って泣く子供の姿が見えたのだ。

「なんで!」

 どうして街にまだ人が!? という疑問がふたりの頭に浮かび、次いで聖堂騎士の男の台詞を思い出した。

『どうしても逃げ出せない可愛そうな奴らとか』

 しまった、とふたりは激しく後悔した。あのときしっかり聞いていれば、この街が完全に無人になったわけではないことに気がついていたはずなのに。逃げたくても、病気で逃げられない人もいることに頭が回らなかった。痛恨のミスとしかいえない。

「助けなきゃ!」

「ああ!」

 迷いなどなかった。考えるより先に足が動き出していた。

 しかし、ふたりの志を現実はあざ笑うかのように破滅の足音は迫ってくる。

 あばらやに飛び込み、子供と老女を救おうとしたとき、建物を砂に変えるクラゲがついに彼らの頭上へとやってきてしまったのだ。

「サイト! 崩れるわ」

「ルイズ、外に!」

「テレポート、間に合わない。きゃあぁぁっ!」

「ルイズぅぅっ!」

 崩落する建物、頭上から降り注いでくる無慈悲な土砂。それが目前に迫ったとき、才人は老女と子供をかばうルイズの上にかぶさり、自らが盾になって守ろうとした。

 むろん、守りきれるわけがない。全員そろって生き埋めの末に圧死するしかない。

 だが、才人はそんなことは考えなかった。ただ、守らなければ、守りたいとだけ純粋に願った。

 そしてそのとき、才人とルイズの手が重なり、ふたりのウルトラリングがまばゆい輝きを放った!

 

 光が闇に満ち、廃墟の街に立ち上がる。

 

 しかしそれを、冷たく見守り、愉快そうにせせら笑う影があった。

「ふっふふ……まさに思惑通り。さて、あなたにも協力してもらいますよ。我らのために、聖戦遂行のための小道具としてね……」

 

 

 続く


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