ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第15話  遠い母の記憶 ウルトラマンダイナvs金属生命体

 第15話

 遠い母の記憶 ウルトラマンダイナvs金属生命体

 

 金属生命体 アルギュロス

 ニセウルトラマンダイナ 登場!

 

 

 今から、ハルケギニアの時間でさかのぼること三十年前。ルイズたちが生を受けるずっと前に、アルビオン大陸で人々には知られないが、とても重要な戦いがあった。

 それが起きたのは、ルイズの母カリーヌも巻き込まれたタルブ村での吸血怪獣ギマイラとの戦いの後のこと。

 ギマイラを倒した後、後のティファニアの母シャジャルことティリーはアスカ・シンとともにラ・ロシュールからアルビオンへと旅立った。

 そこを起点にしてティファニアは才人に語る。

「お母さんたちは、何事もなくアルビオンにたどり着きました。けれども、もうそこから始まっていたんです」

 真剣な眼差しに、ただならぬ気配を感じ取った才人は黙って聞き入る。

 昔語りの始まりは、二人が飛行船での旅を終え、アルビオンの港スカボローへと着いたところから。このティファニアの語る物語の中で、才人はかつてあった真実と、現代へと続く身も凍るような恐怖を知ることとなるのを、まだ知る由もなかった。

 

 

 トリステインから直通の便で結ばれている、アルビオン大陸きっての良港スカボロー。この時代は、後に起こる内乱による混乱もなく、王政府の平和管理の下で貿易による繁栄を極めている。

 そのスカボローに足を下ろした二人の若者も、溢れ帰るような群衆の中にあっては、平凡な旅の人間として紛れ込んでいた。

 

「うーーんっ、っしゃ着いた着いた、ここがアルビオン大陸か。おれは船旅ってのはどうもなあ。やっぱ人間が足で踏むのは土の上だな。マウンドは人工芝より砂埃のあがるほうがいいってね」

「まうんど? ははあ、それってアスカさんが得意なヤキュウというもののことですね。アスカさんったら、船に乗ってるあいだはずっとそわそわしっぱなしで、本当にじっとしているのが苦手なんですね。ふふ」

 

 船着場から街へ繰り出し、仲良さげに会話するふたりの男女。彼らこそが、この物語で主役となる、ウルトラマンダイナことスーパーGUTS隊員アスカ・シンと、サハラから旅をしてきたエルフの少女シャジャル、この土地での世を忍ぶための名前をティリーという娘だった。

 異世界からやってきた放浪者と、異教の地からやってきた来訪者。おかしな組み合わせの旅人ふたりは、この頃ではすっかりと互いの気心も知れて、昔からの友人のように気さくに笑いあう仲となっていた。当初は人間に正体がバレることを恐れて控えめだったティリーも、常に堂々としているアスカに感化されてか、堂々としているほうがかえって目立たないというくらいに明るく変わっている。

 しかし、そんな彼らのおかしな旅も、このアルビオンに着いたことで終わりに近づいていた。

「ん? どうしたんだティリー、うかない顔して、いまごろになって船酔いか?」

「いえ、そうじゃないんです。アスカさん、わたしなんかのために、ここまで来ていただいて感謝しています。そしてそれ以上に、とても楽しい旅でした。わたし、サハラから出てきてひとりでずっと不安でしたけど、アスカさんに会えてからは毎日が楽しいことばかりで、いろいろな勉強もさせてもらいました。けれど、もうすぐ旅も終わりだと思うと」

「そっか、もうすぐティリーの旅は終着駅に着くんだよな。俺も、君との旅は楽しかった。寂しいのは俺も同じさ。けど、旅の終わりにはまた新しい出会いと始まりが待ってるんだ。しんみりしててもしょうがないって! 最後まで明るくいこうぜ。そうしたら、今よりもっと楽しいことに出会えるだろうぜ」

「アスカさん……はい! では、あと少し、私に付き合ってくれますか」

「あったりまえだろ!」

 旅の終わりが見えて感傷的になっていたティリーは、アスカの前向きで陽気な姿に勇気付けられた。悲しいことに変わりはないが、はじめたものはいつか終わらせなくてはならない。それに、これはアスカの言うとおり、はじめるための終わりなのだ。終わらせるための終わりではない以上、そこには未来がある。

 はげまされたティリーは、いずれ生まれるティファニアとよく似た笑顔を浮かべて気合を入れた。

「それじゃ、気を取り直してお買い物にいきましょう。もうすぐといっても、歩けば数日はかかりますから用意はしっかりしておきませんと」

「そうだな。これだけの街なら、いろいろ手に入るだろ。この大陸は平和だっていうし、この際パーッとうまいもの買い込んでいこうぜ」

 アスカのお気楽な態度にティリーは心の底からうれしそうに笑った。彼の陽気さはお気楽にも見えるが、これまで多くの人を助けてきた。それにアスカとて、これまでの人生で何度も苦難や迷いに出会ってそれを乗り越えてきた。だからこそ、顔に貼り付けただけのニセモノではない本物の笑顔で人を安心させることができるのだ。

 二人はスカボローの街の市場でのんびりと買い物を楽しんだ。どうせ旅も終わりに近いということで、金に糸目をつけずに見たことない食べ物に舌鼓を打ち、露天で珍しい雑貨やアクセサリーを眺めたりもした。

「どうですかお嬢さん、世界中から集まってきた名品や珍品、お安くしておきますよ」

「うーん、私はちょっときらびやかなものは苦手です。アスカさん、どうしましょうか?」

「俺も、無理に着飾ることはないと思うぜ。けど、せっかくだからな……この、棒っきれみたいなの、音楽の指揮棒じゃないか? ティリー、楽団にいたって言ってたから、どうだいお守り代わりにでも?」

「そうですね、かわいいタクトです。私は指揮者ではありませんでしたが、音楽は大好きで、特にハープを弾くのは得意でした。国を出るときに楽器はすべて置いてきましたが、これなら邪魔にもならなさそうですし、いいかもしれません」

「お客さんお目が高い。それはさる音楽好きの貴族が所有していました魔法のタクトでしてね。まあ、もちろん持ち主以外では魔法が使えたりはしませんが、魔力が染み込んでいますから所有者の契約は簡単ですし、材質も一級品ですからめったなことで壊れたりもしません。いかがいたしましょうか?」

「いただくわ。ふふ、私はエルフだから魔法に杖はいらないけど、こんな可愛い杖で魔法を使えたらとてもいいでしょうね」

 こんな微笑ましいひと時もあった。

 そうして、ふたりは残りの旅に必要な物品を買い揃えていき、それも終わりに近づいたときのことである。

 気楽に歩いていたふたりに、雑踏からひとりの男が現れて話しかけてきたのだ。

「もし、お嬢さん。よろしいですかな」

「はい?」

 振り返った先にいたのは、質素な神官服を着た若い男性であった。年のころは二十代のはじめあたりか、長く伸びた金髪が目を引いたが、なによりオペラ座の主演俳優かと見まごうような端正な容貌が、ごみごみとした市中にあって不釣合いで、対面したティリーを驚かせた。

「私になにか?」

「いえ、私は旅の修行僧なのですが、修行と世の方々への献身もかねて祝福を広めているのです。もちろんお代はいりませんので、少々この未熟者に功徳させていただけないでしょうか?」

 彼は人懐こい笑顔を浮かべて、お願いいたしますと会釈した。

 ティリーはアスカと目配せして、それくらいならいいですよと了承した。若い聖職者が旅をしながら修行するのは別に珍しいことではないし、こういう光景もこれまで何度か目にしたことはある。

 すると、若い神官は祈りのポーズをとると、ふたりに向かって祝福を授けるしぐさをとって言った。

「始祖ブリミルのご加護がありますように。どうも、お付き合いいただきありがとうございました」

「いえ、このくらいのこと。こちらこそ、ありがとうございます」

「優しきお言葉、感謝いたします。では特別に、神の啓示をお授けいたしましょう。あなたは恐らく、なにか大事なことのためにこの地へいらしたのですね。あなたの目からうかがえる意志はとても強いものでした。それを大切にして、あきらめずに最後まで貫き通してください。それが、あなたが神から与えられた使命なのでしょう」

 若い神官の言葉に、ティリーは微笑みながら「わかりました」とうなずいた。内容は、確かに大事な目的を持ってアルビオンに来たのは当たっているが、解釈しだいでどうとでもとれる当たり障りのない文句である。いわゆる占い師が使う、適当な言葉面でほとんど意味なんかないというやつであった。

 でも一応は、はげましと受け取っておけば悪いわけではない。元々、占いとはそういうものである。

 そして、若い神官は次にアスカに向き合った。

「さて、では次はあなたに啓示をさずけましょう」

「俺はいいよ。占いなんか聞いてもどうせすぐ忘れちまうしさ。未来なんて、あらかじめ聞くより自分で決めていくほうがおもしろいじゃん」

「まあそう言わずに、絶えず揺れ動く未来ですが、その指針はある程度決まっているのです。我々は、その針の先を動かすことによって運命の道筋を作ってゆきます。例えるなら、空模様を観察して傘を差すか差さないかを決めるようなもの。よりよい未来は、少しの心がけで広がっていくものなのですよ」

 それにはなるほどとアスカもうなるしかなかった。天気予報を見ずに出かけて雨に降られる奴は単にマヌケというほかはなく、向こう見ずなアスカもそこまでバカだと思われたくはなかった。

「よっしゃわかった。啓示ってやつを聞いてやろうじゃないか。矢でも鉄砲でも持って来いってんだ!」

「ははは、そんな力まずとも、神は人にそう冷たくはありませんよ。常に、選択を誤って痛い思いをするのは人のほうなのです。ですがあなたも、数奇な運命を背負ったお人のようですね。これまでの人生は苦難に満ちていたことでしょう。しかし、それがあなたの財産なのですね。これからも、苦難に負けずに立ち向かっていってください」

 はいはいわかりましたよと、アスカはあまりありがたがらずに礼をした。そんな定型句のお告げをされても足しにならない。神社でひいたおみくじのほうがまだありがたみがあるというものだ。

 だが、若い神官は不真面目そうなアスカに気を害したふうもなく、微笑を浮かべたままでこう言った。

「では私はこれで。そうそう、言い忘れておりました。あなたは人のために進んで苦労を買って出ることを好むようですが、そのせいであなたはすでに、この世界で無視できない存在となっているのですよ。部外者のくせにそろそろ関係ないものに関わろうとするのはやめたほうがよいでしょう。でないと、この世界に骨をうずめることになりますよ。これは警告です」

「なにっ!? お、おい待て」

 アスカは慌てて、踵を返して去っていこうとする男を捕まえようとした。が、雑踏の人影の中に入っていったかと思うが最後、若い神官の姿はどこを探しても見当たらなくなっていた。

「くそっ、あの野郎……」

「アスカさん、どうしたんです?」

「いや、なんでもない……」

 怪訝な表情を見せるティリーに、アスカは気にしないようにとごまかしたが内心は穏やかではなかった。

”あいつ、俺がこの世界の人間じゃないって知ってやがった。いったい何者だ”

 さらに突き詰めれば、自分がウルトラマンダイナだということにも気づいている。それを知った上で、まどろっこしい方法で接触をはかって近づいてきたのはなぜだ。これまで旅してきた中で、この世界の人間に異世界の存在を認知するだけの文明レベルはなかったといっていい。自分の知る以外にもこの世界に高度な文明を持つ国があったのか? それとも……

「悪い予感がするぜ……」

 スーパーGUTS隊員の勘がささやいてくる。元々考えるより感じて行動するタイプであるが、幾度もの戦いを経て、悪いものへの直感はよく働くようになっていた。しかも、今回はまるで元の世界で戦っていたスフィアのような、得体の知れない巨大な存在を感じた。

 きっと、なにかが起きる。しかも、これまでにないようなとてつもなく悪いなにかが。

「アスカさん、どうしたんですか? あの、怖い顔して」

「あ、いやなんでもない。さ、日が暮れる前に残りの買い物もすませちゃおうぜ」

 アスカは不安をティリーに見せないようにしながらも、内心では覚悟を決めていた。

 奴は、警告だと言っていた。つまり、自分がダイナとして戦うのを好ましく思ってないということだ。アスカは思い出した。かつて地球を狙っていたスフィアも、何度となく警告じみたことを言ってきた。自分たちが思い通りにするための邪魔をするなという身勝手な要求を……だとしたら、自分の答えはひとつしかない。

「たとえ俺がこの世界の人間じゃなくても、俺は俺だ! ウルトラマンダイナだ!」

 アスカは心の中で、かつて地球を飲み込もうとしたグランスフィアに挑んだときの決意を反芻した。敵が何者かは関係ない。大事なのは、自分自身がどうあるかなのだとアスカは信じていた。

 

 やがて時間は過ぎて、スカボローの港にも夕日が落ちて一日が終わっていく。

 ふたりはアルビオン大陸での最初の夜はこの街で過ごし、旅の最後に想いをはせて眠った。宿の窓から見える夜空は、トリステインよりも宇宙に近いためか、より澄んで美しく見えた。

 この世界で見る星空も、地球や火星で見た星空のように美しい。しかしアスカはその星空の中にも、多くの悪意があることを知っていた。

 別の星から狙われているのは地球だけではない。スーパーGUTSで戦ってきた宇宙人たちの中には、地球に来る以前に別の惑星を滅ぼしていたヌアザ星人イシリスや、ダイス星で悪逆をつくしていた凶悪怪獣ギャビッシュ、宇宙の星々を見境なく暴れまわっていた宇宙超獣トロンガーなど地球以外にも被害を出している残忍な奴らがいた。

 また、ティガの戦っていたGUTSの時代から、宇宙でおこなわれている星間戦争の存在はいくつも確認されている。この世界、この宇宙だけ平和だなどと思うほどアスカもバカではない。彼は夢見がちな子供ではなく、現実を見られる大人なのだ。

「何者か知らねえが、コソコソしてる奴にろくなのはいねえよ。くるならきやがれ、俺はどんなビンボールをぶっつけられてもマウンドから降りねえからな」

 どんな相手にでも真っ向きって相手するのがアスカの生き様であり、ダイナのファイティングスピリットだ。

 アスカのいた世界で、地球は宇宙に進出するネオフロンティア時代を迎えていた。そこには多くの夢があったが、同時に人類がいまだかつて経験したことのない脅威も待ち構えていた。

 だが、人類が未来を求める限りはそれに立ち向かっていかなくてはならない。アスカはネオフロンティアに賭けるひとりの人間としても、いつでも真っ向勝負で障害を乗り越えてきた。元の世界の仲間たちに恥じないようにするためにも、どこの世界にいようとも、この生き方だけは絶対に変えられない。

 

 そして、アルビオンにも朝が来て、アスカたちの最後の旅の幕が上がった。

 一日目はなにごともなく終わった。南部の港湾都市部を離れ、北へ北へと歩いていく。

 中部森林地帯、うっそうとした森の中の街道を歩くふたり。目的の地へは、この森を抜ければあとはわずか。

 しかし、このまま何事もなく旅が終わるかと安堵しかけたそのとき、ついに敵は襲ってきた。

「それにしてもアスカさんは空を飛ぶことが大好きなんですね。空船に乗っていたときも、子供みたいにはしゃいじゃって」

「俺の父さんも、空を飛んでた人だったんだ。だから俺も、小さい頃からいつか追いつこうと空を見てた。少しでも速く、遠くへってな。けど……」

「けど?」

「ゆっくりのんびり飛ぶのも悪くないっ!」

「ふふ、あはははっ」

 あまりたいしたことでもないことを力強く言うアスカに、ティリーは声を出して笑った。

 ティリーにとって、アスカの昔話はどれも新鮮で楽しかった。この星で生まれ育った彼女の常識を超えているし、なにより懐かしそうに語るアスカを見ているだけでもおもしろかった。

 が、そうした和やかな時間を無情にも終わらせる物がアルビオンのさらに上空から飛来する。

 

 突然、なんの前触れもなく空から降ってきて森に突き刺さる四本の巨大な銀色の槍。それが変形して現れる人型の金属生命体。

 アスカは、来るべきときが来たことを知った。この怪獣から感じる、刺すような悪意と殺気。こいつは、俺を殺すためにやってきたのだ。

「ティリー、下がってろ。こいつは、俺がぶっ倒す」

 戦いを決意するアスカ。彼は、この戦いが避けられないものと悟っていた。ここで逃げて万に一つ逃げ切れても、敵は必ず再度襲ってくる。そうなれば、次はさらに多くの人たちを危険にさらすことになるかもしれない。

 天高く掲げたリーフラッシャーが光を放ち、アスカの叫びとともに光の巨人がこの世界で三度目の姿を現す。

「ダイナーッ!」

 変身し、降臨するウルトラマンダイナ。対峙する敵の名は金属生命体アルギュロス。

 事態を飲み込みきれず、ティリーは呆然唖然としてダイナを見上げている。だが、時間の流れは時に人が身構える暇もないような激流となって襲い掛かってくる。しかし、その激流に呑まれて溺れる人がいるならば、激流をせき止めるのもウルトラマンの役目だ。

 

「デュワッ!」

 

 大地にどっしりと足をつき、巨牛を受け止めようとする関取のように構えるダイナと、馬鹿にするかのようにけだるげに立つアルギュロスが睨みあう。

 いくぞ! どちらが宣言した訳でもないが、両者は磁力で引き合っているかのように激突した。

 突進力をいかしたダイナのタックルがアルギュロスを跳ね飛ばす。だがアルギュロスもすぐに体勢を立て直し、同族のアパテーに比べて細身な体格で素早くダイナへキックを見舞ってくる。両者の力はほぼ互角、この一瞬で、互いにそれを認識したことにより、戦いは様子見からいきなり激戦へと様変わりした。

「ハッ!」

 ダイナのフックをアルギュロスが受け止め、返したローキックをダイナがガードする。

 共にまとった色は銀色ながら、守護と破壊の二巨人の戦闘は互いの存在を認めまいと激しくなっていく。

 だがその一方で、戦いを見守るティリーのまなざしは揺れていた。

「アスカさんが、巨人……どうして、いままで教えてくれなかったんですか?」

〔悪い。俺が、ウルトラマンだってこと知ったら、いろいろ気を遣わせちまうと思ってさ。でも、どうやら俺はこの世界で目立ちすぎちまったらしい。こいつは、俺を狙って現れたんだ〕

 アスカ、ダイナは戦いながらティリーに答えた。ティリーは、ウルトラマンからの声に戸惑いながらも問いかける。

「いったいあなたは、そして何が起ころうとしているのですか?」

〔俺にもわからねえ。だが、こいつはほっておけばいずれ間違いなくこの世界の人たちを傷つける。だから俺は逃げるわけにはいかねえ。悪い、君を危険にさらしたくはなかった。だが君はいっしょに旅をした仲間だ! だから、おれは君には知っておいてもらおうと思った。見ていてくれ、俺はウルトラマン、ウルトラマンダイナだ!〕

 ダイナの怒涛の攻めがアルギュロスに炸裂する。両者の力は拮抗していたはずだが、ダイナはその背に守るべきものを残しているから、魂の力によって本来の力をさらに引き出せる。

 そして、その一歩も引かず、真っ向から戦いを挑む勇姿に、ティリーはウルトラマンダイナがアスカそのものであると確信するのだった。

「アスカさん、がんばって……」

 だがアルギュロスもそう簡単に倒されるほど甘くはない。ダイナの猛攻に、象が吼えるようなけたたましい鳴き声をあげて苦しみながらもダイナのパンチで吹っ飛ばされて間合いが空いた一瞬の隙に、右腕を金属生命体の性質をいかして剣に変形させ、ダイナに斬りかかった。

「ヘアッ!」

 巨大な剣の斬撃がダイナの体ではじけて火花が散る。ウルトラマンの強靭な皮膚は切り裂かれるまではいかなかったが、それでも少なからぬダメージが肉体を襲う。たまらず飛びのいたダイナだったが、アルギュロスは今度は反対側の腕を巨大な大砲に変形させて狙い撃ってきた。

「アスカさん、危ないっ!」

 乱射される砲撃がダイナの周りで真っ赤な爆発を起こし、火の花畑に囲まれたダイナは爆風と火炎から身を守るだけで身動きすることができない。

「クオォォッ」

 大口径砲による集中射撃を切れ目なくやられては、さしものダイナもうかつに動いたら大ダメージを受ける。アルギュロスは抵抗できないダイナを見ると、口元をいらやしげにニヤリと笑うようにゆがめ、片腕の大剣を振り上げた。一気にとどめを刺すつもりなのだ。天頂から振り下ろされた剣がダイナの脳天に迫る。そのとき!

〔見せてやるぜ、俺の本物のファインプレーをな!〕

 ダイナ、アスカはこの一瞬を待っていたのだ。砲撃から斬撃に入れ替わる、その本当に一瞬の隙に、ダイナの手がロングヒットのボールにダイビングキャッチする野手のように落下してくる剣に伸び、真剣白刃取りで受け止めてしまったのだ。

「デュオオォッ!」

 気合を入れてダイナはアルギュロスの剣を押しとどめる。

 高校野球でピッチャーだったアスカの動体視力は、今でも遺憾なく発揮されてピンチを救った。しかし真剣白刃取りは諸刃の剣でもある。挟んで止めるというスタイルそのものが、力を込めにくく不利なのだ。アルギュロスはダイナに剣を受け止められたことで一瞬ひるんだが、そのまま押し付けるように剣に力を加えてきた。

「ヌッ、ウオォォッ!」

 ダイナの頭に向かってアルギュロスの剣が迫る。少しでも受け止めた手の力を緩めたら、そのまままっぷたつにされてしまうだろう。しかし姿勢が悪いためにダイナが不利で、じわじわと剣は下がってくる。

 あと、もう少ししかない。ティリーが悲鳴をあげ、目をつぶりかけたそのときだった。

「ムウゥゥゥ、ダアァァッ!」

 ダイナの額がまばゆく輝き、その巨躯をも包み隠した次の瞬間に、ダイナの体は赤く燃える強靭なる鋼のボディへと変わっていた。

 

『ウルトラマンダイナ・ストロングタイプ!』

 

 超パワーを発揮する筋肉質の体に変わったダイナは、変身の際に発生するエネルギーの沸騰を活かして一気にアルギュロスを押し返した。突然パワーアップしたダイナの力に対抗しきれず、アルギュロスは剣ごと数十メートルを吹っ飛ばされてしりもちをついて着地した。声とは思いがたい悲鳴をあげるアルギュロス。しかしダイナを近づけまいと、大砲に変形させた腕を向けて砲撃を放ってきた。

 炸裂する砲弾と燃え上がる火柱。しかしその中をダイナは揺るがずに走っていく。パワー重視のストロングタイプは肉体そのものの頑強さも増している。鉄壁のボディにものを言わせて弾幕をかいくぐり、アルギュロスに渾身の正拳突きをお見舞いした。

『ダイナックル!』

 ウルトラパワーのパンチがアルギュロスの金属の体に深々とめり込み、大ダメージを与えたことが確実な証拠に激しく身をよじる。

 よし、あとはとどめだ。アスカはそう思い、パンチを引き抜いてとどめの一撃を加えようとした。

 しかし、アルギュロスはまだ死んではいなかった。苦しげな様子から一転して、剣と大砲に変えていた自分の腕を素早く元に戻すと、自分の体にめり込んだダイナの腕を掴んで一瞬のうちにダイナの身体情報を解析し、そのままの姿へと自身を変形させたのである。

「ウオッ!?」

「あ、あれは! ウルトラマンが、ふたり!」

 そう、ダイナのデータを得たアルギュロスはダイナそのものの姿、ニセダイナへと変身してしまったのだ。

 金属細胞の性質を最大限に活かし、本物のダイナとそっくりの姿になったアルギュロスことニセダイナ。本物のダイナもこれには驚きうろたえて後ずさってしまう。だがニセダイナは本物よりやや赤みかがった目を怪しく光らせると、本物とまったく同じポーズからパンチをはなってきたのだ。

「フワァッ!」

 ニセダイナのパンチはパワーもスピードも本物そのものだった。ダイナ・フラッシュタイプとそっくりになったニセダイナのパンチがストロングタイプの本物のダイナの顔面を殴りつけて弾き飛ばし、二人のダイナが向かい合うこととなった。

〔こいつ、俺に化けるなんてフザけた真似しやがって!〕

 殴られた顔面をさすりながらダイナは腹立たしさを吐き捨てた。ニセダイナの変身は完璧というわけではなく、目の色が違うことで悪党面なため見分けるのは容易で、ティリーにも問題なくニセモノと思われている。

 が、やはり自分と同じ顔の相手と戦うのは愉快ではない。以前にも二度ほど、ダイナは自分のニセモノと戦ったことがあるのだが、そのときは戦う前から相手がニセモノだとわかっていた。戦闘中に化けられたらダイナでなくともびっくりするだろう。

「シュワッ!」

 そんなこけおどしがなんだとダイナは気合を入れなおした。すると、ニセダイナは口元をやはりニヤリと歪め、挑発してくる。

 激発するダイナと迎え撃つニセダイナ! 熾烈な戦いの次の幕が切って落とされ、ダイナ二人が激突する。

 

 先手をとったのはニセダイナだった。ダイナはストロングタイプになると筋肉が増加する代償として動きがやや鈍る。つまりフラッシュタイプに変身しているニセダイナのほうが早く動けるということだ。

「ムウッ!」

 ニセダイナの攻撃を、本物のダイナは一身で受けた。本物の得意とするパンチやキックが、本物そのままのフォームで繰り出されるのだから始末が悪い。しかし、ダイナはくじけない。

〔こんなものが、きくかああーっ〕

 ニセダイナのパンチを、真っ向食らいながら本物のダイナはクロスカウンターパンチをお見舞いした。雷が落ちたような轟音がウェストウッドの森の木々を震わせ、顔面を大きく歪ませたニセダイナが木の葉のように吹っ飛び、盛大な土煙をあげて森に突っ込んだ。

「すごい……」

 ティリーが本物のダイナの決めた一撃のものすごさに呆然としながらつぶやいた。ストロングタイプとフラッシュタイプの違いというだけではない。今の一撃、ニセダイナの拳もきっちりダイナにヒットしていたのだが、ダイナはそれを耐え切った。

 両者を分けたもの、それは本物だけが持つ熱い魂を込めた拳だ。ニセモノはデータでスペックを100パーセント再現したとしても、魂がないのならば機械と同じでしょせんは100パーセント止まり。積み重ねてきた魂の重さを加えた本物の拳に勝てるわけはない。

 さあ、とどめだ。ダイナは一撃で粉砕するつもりで、ストロングタイプ最強のガルネイトボンバーを叩き込む体勢に入ろうとした。

 だが、その瞬間だった。よろめきながら起き上がってきたニセダイナの額が輝くと、フラッシュタイプを模していた姿が変化したのだ。

「あっ! ニセモノの体が、青くなった」

〔こ、この野郎、ミラクルタイプにもなれるのかよ! くそっ〕

 なんと、アルギュロスはダイナのタイプチェンジ能力までコピーしていた。それも、本物のダイナがストロングタイプなのに対してミラクルタイプへと変身し、本来絶対にあるはずのないダイナの二形態が向かい合うという珍事となった。

 ただし、笑っていられることではない。ミラクルタイプへチェンジしたということは、つまりどうなるか? 力のストロングタイプに比べてミラクルタイプは……ダイナは瞬間的にまずいと感じたものの、そのときにはニセダイナは素早く動いてダイナの後ろに回り込んでいた。

「ウワッ!」

 ニセダイナのキックが本物の背中にヒットした。ダメージにはほとんどなっていないけれども、今のを避けられなかったことでダイナは少なからぬショックを受けた。スピードを誇るミラクルタイプの俊足はニセモノも遜色ない。それは奴の変身能力の優秀さはすでにわかっていたから問題ではない。問題は、この先だ。

「デヤアッ! ハッ!」

 ダイナはニセダイナへ連続して攻撃を仕掛けた。豪腕がうなり、パンチが吼える。

 しかし、三つのタイプの中でもっとも遅いストロングタイプの攻撃はひらりひらりと避けられてニセダイナにかすりもしなかった。あさっての方向に空振りが続き、青く変わったニセダイナはあざけるように体を揺らして笑ってくる。

 どんなパワーも当たらなければ無意味だ。こればかりは根性で補いようがない。ストロングタイプの完全な弱点を突かれた。

 だが、本物もミラクルタイプに変わればいいかと言われればそうはいかない。

「アスカさん! アスカさんも、その青い姿になってください」

〔へっ、できればそうしたいんだけどな……〕

 アスカはティリーの叫びに応えてやることができなかった。確かにダイナもミラクルタイプになれば戦況を立て直せる。しかし、ダイナは一度の変身で一回しかタイプチェンジをできないという弱点があるのだ。つまり、一度ストロングタイプになれば、その戦闘中ミラクルタイプへはなれないのである。

 本物のダイナがスピードについてこれないのをいいことに、ニセダイナは高速で動き回りながらチクチクと攻め立ててくる。このままではやられる。戦いも長引いたために、カラータイマーも赤い点滅をはじめてもはや余裕がない。

 すると、本物が弱ってきたのを察知したニセダイナは、その身から二体の分身を生み出し、三方向から同時攻撃を仕掛けてきた。

〔こいつは、ウルトラマジックか!? くそおっ!〕

 ミラクルタイプの分身攻撃技までコピーされていた。三方向から袋叩きにされ、ストロングタイプの防御力でもダメージが蓄積してくる。だが反撃の糸口が見つけられない。焦燥感ばかりが重なる中、突如包囲網が解除されたかと思うと、分身を消したニセダイナがこちらに向けてきた指先から七色の光線を放ってきた。

「ウワッ! フオォォッ!」

 ニセダイナの光線はダイナの体に絡みつき、動きを封じるのみならず、ニセダイナが指先を上げるのに従って、その巨体を軽々と宙へと持ち上げていった。

〔やろう、ウルトラサイキックまでパクりやがって!〕

 ミラクルタイプの超能力技までもが完全にニセモノの思うがままになっていた。かつて多くの凶悪な怪獣や侵略者を撃退してきたダイナの奇跡の技が、今度はダイナを苦しめている。なんという悪辣さか。だがニセダイナが本物の”技だけでも”完全にコピーできているとなると思い至ったとき、ダイナは冗談でなくまずいことに気づいた。

 ニセダイナが、ウルトラサイキックを使っているのとは逆の手にエネルギーを集中していく。ダイナは自分の技だから、すぐにそれの正体に気がついた。ミラクルタイプの得意技であり、一撃必殺のそれを見間違うわけがない。

〔レボリューム・ウェーブだって! じょ、冗談じゃないぜ!〕

 時空を歪めてマイクロブラックホールを作り出し、敵を異次元に吹き飛ばす文字通りの必殺技だ。あれを食らえば、いかにダイナでもひとたまりもあるまい。だが、ダイナの体はウルトラサイキックの念道波で完全に拘束されていて抜け出すことができない。

「グオォォッ、ダアァッ!」

 もがいても力を込めても振りほどけない。ダイナ・ミラクルタイプの超能力技は、これまでにも数々の強力怪獣たちを倒してきた。その強さは誰よりも自分が一番よく知っている。

 勝利を確信したのか、ニセダイナは不気味な笑い声とともに再度顔を大きくゆがめた。なんという邪悪な笑みか、ウルトラマンの姿を借りてのその所業は許しがたいが、どうすることもできない。

〔ちくしょう、九回裏にも行けずに退場でゲームセットなんて、そんなふざけた試合があるかぁ!〕

 どんな相手でも、九回裏まで全力でボールを投げ、バットを振ってこそのゲームだ。なのに、こんなところでこんな猿真似野郎に負けるなんて冗談じゃない。だが、身動きがとれずに、いままさに消されようとしているダイナに向かってティリーが叫んだ。

「アスカさん頑張って! あなたはまだ、これくらいで力尽きる人じゃない!」

 その励ましでダイナははっとした。そうだ、勝負はまだ、終わっていないのだ。

〔俺は、俺は最後の最後まで、あきらめねぇぞぉーっ!〕

 ダイナは全身の力をわずか一瞬に込めて、その爆発的なパワーでウルトラサイキックの呪縛を吹き飛ばした。

 ダイナを拘束していた光のロープが千切れとび、轟音をあげて本物が大地に降り立つ。対してニセダイナは、あの拘束が解かれるなんてことはあるわけがないと、明らかに戸惑っている。

 やるなら、今だ! ダイナはためらわずにフラッシュタイプへと再変身した。二度目のタイプチェンジはできなくても、フラッシュタイプに戻ることならば可能だ。ダイナの額が輝き、ストロングタイプの赤い体が、金色のダイナテクターを中心に赤と青を均等に配分したスマートな体へと戻る。

 見据える先はひとつ! チャンスは今! ダイナは腕を十字に組み、残ったエネルギーを振り絞って必殺技を解き放った。

 

『ソルジェント光線!』

 

 ダイナ最強の光線が、青白赤の三つの光を輝かせながらニセダイナへと突き刺さる。その圧倒的なパワーの激浪の前にアルギュロスの金属細胞とて、ひとたまりもなく破壊されていき、ニセモノのボディがひびわれていく。

 だが、ソルジェント光線が命中する直前、ニセダイナもレボリュームウェーブを放っていた。ニセダイナの体が粉々に吹っ飛び、微塵の金属片となって飛び散ったことで戦いは終わった。しかし、すでに放たれていたレボリュームウェーブはダイナに命中こそしなかったが、至近距離にマイクロブラックホールを形成してダイナを強大な引力で引き込み始めたのである。

「ウワァァッ!」

「アスカさん!」

 不完全とはいってもブラックホールはブラックホールであった。アルギュロスの怨念を込めたのか、時空を歪めて空いた穴は周辺の物質までをも引き込み、最初の対象としていたダイナを吸い込もうとしている。ダイナも逃れようと力を込めるが、まるでエネルギーが足りない。

 ダイナが飲み込まれる。その危機感にティリーは思わず駆け寄ろうとした。だが。

〔来るなっ! 来るんじゃねえ!〕

「アスカさん、で、でも!」

〔俺は大丈夫だ。だから、お前はお前の旅を続けろ。心配すんな、またいつか必ず帰ってくるからよ〕

 それが、この世界でのアスカ・ダイナの最後の言葉となった。一瞬のサムズアップを残し、マイクロブラックホールの引力に呑まれ、どこへともしれない次元のかなたへとウルトラマンダイナは消えていった。

「アスカさーん!」

 マイクロブラックホールはダイナを飲み込むと同時に消滅し、すでにこの世界から消え去ったアスカを呼ぶティリーの声だけが、ウェストウッドの森に悲しく響き渡っていた……

 

 これが、かつてあったこの世界の知られざる真実。

 長い語りが終わり、舞台を現代に戻して、ティファニアは才人にダイナの最後の戦いの顛末を教え切って息をついた。

「アスカさんは、ウルトラマンダイナは最後まで母を守ってくれたんです。そして、母はそれからひとりで旅を続け、あのアルビオンに住むようになりました。どうしてアルビオンにやってきたのか、その理由だけは教えてくれませんでしたが、ウルトラマンダイナについてだけは、誰にも秘密だと口止めしたうえで話してくれたんです」

「そうだったのか……ウルトラマンダイナは……いや、ウルトラマンが簡単に死ぬわけがないよな。それよりありがとう、そんな大事なことをおれには教えてくれて」

 才人は胸と目じりが熱くなるのを抑えてティファニアに言った。

 ダイナは最後まで、守るために戦い抜いた。その結果、ティファニアがいる。今の自分たちの未来がある。それを思うと、キリエルに傷つけられた誇りを取り戻すためのパズルのピースが少し見つかったような気がした。

 だが、ティファニアはまだすべてを話し終えたわけではなかった。息を吸って吐き、覚悟を決めると、才人に隠していた自分の幼い頃の恐怖とともに恐ろしい真実を語ったのだ。

「サイトさん、落ち着いて聞いてください。ここからは、母からの伝え語りではなくてわたし自身が体験したことです。いまから五年ほど前のことです。まだ、わたしがウェストウッドの森に移り住む以前、母といっしょに過ごしていたときのこと、普段は誰も尋ねてこないわたしたちの屋敷で、ひとりで遊んでいたわたしは母が誰かと言い争っているのを聞いたんです」

 

 それはティファニアが十一歳のときのこと。屋敷のなんでもをおもちゃにして遊んでいた彼女は、いつになく激しい母の声を聞き、恐る恐るドアの影からのぞきこんでいた。

「あなたはまさかあのときの! どうしてここがわかったんですか。今さら、私になんの用です」

「ふふ、そこまで邪険に扱うこともないでしょう。ですが、私のことを覚えていてくれたのはうれしいですね。おかげで、話が早く進められます」

 幼いティファニアが見たのは、屋敷のロビーで言い争う母と、若い男の姿だった。初めて見る男だったが、長い金髪と絵本に出てくる英雄のような整った顔立ちが幼い彼女の目も引いた。

 だがそれよりも、いつになく激しい母の口ぶりと、男との会話のその内容が、彼女の記憶に深い痕を残すことになった。

「私は別に、あなたと争いに来たわけではありません、そう警戒なさらないでくださいな」

「しらじらしい。私はもう、あのときの少女ではありませんよ。あのときはなにげなく見過ごしましたが、すべてはあなたが裏で糸を引いていたんですね。いったい、なにが目的なんですか!」

「ふふふ、年月というものは人もエルフも問わずに変えるものですね。目的がなにかときましたか。確かに目的はあります。ただしそれを詳細に語っても、おそらくあなたには理解できないでしょう。ただし、あなたの存在もまた、我らの計画のひとつのピースであることだけは確かだと言っておきましょう。おや? そこで覗いているのは、あなたのお子さんですか」

「っ! ティファニア、奥にさがっていなさい!」

「は、はいお母さま!」

 慌ててドアから離れたティファニアは、脅えるように駆け出した。その背に、母と男の声が追うように響いてきた。

「よく似てかわいいお嬢さんですね。あと数年もすれば、あのころのあなたとそっくりに育つでしょうね」

「あのころ……? そうですね。あれから二十五年、それだけ経てば私たちエルフでもそれなりに容姿も変わります。けれどあなたは、あのときとまるで同じ姿のまま。いったい、何者なんですか!」

「ふふ……」

 

 それ以上の会話はティファニアの耳には届かなかった。しかし、それだけでも脅威を才人に伝えるには十分だった。

 

「まさか、その尋ねてきた男ってのが?」

「はい、あの教皇陛下……ヴィットーリオ・セレヴァレ、聖エイジス三十二世陛下とそっくりの……いいえ、まさにあのとき見た人と、なにもかも同じだったんです!」

「お、おい、それって五年前の話なんだろ。テファのお母さんが最初にそいつを見たのはそれから二十五年前、あわせたら三十年も昔じゃないか。そんなに長い間、姿かたちが変わらない人間がいるのかよ?」

「わかりません。けれど、お母さんと話していた人と教皇陛下は、顔から声までまるで同じでした。ですから、ですから……ああもう、自分でもなにを言っているのかわかりませんが、サイトさん、なにか、なにかすごく悪いことが起こりそうな、そんな気がするんです」

 才人はおびえるティファニアの肩を掴んで、落ち着かせてやることしかできなかった。

 しかし……才人はもはやロマリアという国。いいや、あの教皇の聖人の後光の後ろにうごめく大きななにかを感じずにはいられなかった。

 証拠はなにもない。しかし、この世界に起きていることの裏に、なにか壮大で恐ろしいことが隠されている気がしてならない。一連のことは、すべて独立しているように見えて、その実、強大な力を持つ何者かが糸を引いていたのではないのか?

 そういえば、この戦争も結果的には教皇の有利なように幕が閉じた。もしかして、自分たちのことすらも織り込み済みで、その何者かはすべてを仕組んでいたのではないのか?

「いったい、これからなにが起きようとしてるっていうんだ……」

 才人にはわからない。ヤプールとも違う、世界の影で何十年にも渡って暗躍する謎の存在。それが、自分たちにもたらすものは祝福か破滅か。そして、世界をも玩具にしてなにをもくろんでいるのか、晴れることのない空のように才人の不安は増し続けた。

 

 

 続く


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