ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第14話  戦い終わって、はじまりへ

 第14話

 戦い終わって、はじまりへ

 

 金属生命体 アルギュロス 登場!

 

 

 『聖マルコー号』を先頭にして、大艦隊が粛々とロマリアの空を進んでいる。

 艦隊の名はガリア両用艦隊。いや、今は元とつけるべきだろう。そのマストの頂上に高らかに翻るのは、ガリア王国旗ではなくロマリア連合の旗。両用艦隊は、その全艦、一将、一兵にいたるまでガリア王ジョゼフへの忠誠を捨て去り、ロマリア教皇ヴィットーリオ・セレヴァレにひざを屈して頭を垂れていた。

 

「尊き神の子、ガリアの臣民たちよ。私はすべてを見ていました。苦しい戦いだったでしょう。神に杖を向けるなどと、望まぬ暴挙に心が痛んだことでしょう。しかし安心してください。神は常に正しき者の味方です。脅迫され、仕方なく撃たざるを得なかった子羊たちを罪に問おうなどとはもってのほか! 真に断罪すべきはあなたがたを騙して堕落させようとした、ガリア王ジョゼフ一世にあります。私はここに宣言しましょう。この艦隊に所属する、貴族から平民いっさいに、いかなる罰も与えることはないということを! さあゆきましょう真の信仰を取り戻すために。ロマリアはあなたがたを心より歓迎するでしょう」

 

 すべての将兵が熱狂して、聖マルコー号からガリア艦隊を一望するひとりの男を称えていた。

 男の名こそ、誰あろうヴィットーリオ・セレヴァレ。ハルケギニアに浸透するブリミル教の総本山ロマリアの、その頂点に君臨する教皇である。二十代前半という、若さに溢れた容姿はそれを感じさせぬほどの威厳と風格を備えて神々しくもあり、人間ではなく神像がそこにあるかのような錯覚すら人々に与える美青年が彼であった。

 ヴィットーリオの演説に、ガリア両用艦隊の全艦から吼えるような歓声が響き渡り、熱狂する声が轟いた。

 

「教皇陛下万歳! ロマリア万歳!」

 

 恐らく両用艦隊が誕生しての歴史上、これほどまで貴族と平民のクルーの気持ちが合わさったことはなかっただろう。それをたやすく成し遂げたヴィットーリオの力は凡人のものではない。彼は、ヨルムンガントとサラマンドラの消滅に動揺し、浮き足立っていた両用艦隊の前に聖マルコー号で姿を現し、その雄弁なる言葉であっというまにガリア艦隊将兵の心を掌握してしまったのだ。

 

「神と始祖の前にありて、我々は平等です。しかし、今や信仰なき者が国をすべ、神の子らを苦しめています。このような理不尽が許されてなるものでしょうか? いいえ、人にはそれぞれ神より与えられた崇高な使命があります。そして、あなた方には戦う力があります。その力で、信仰なき王に服従するか、それとも真の神の使途としてふるまうか。皆さんはもうお気づきでしょう」

 

 ヴィットーリオの言葉に、ガリア軍の将兵たちは涙まで流している。彼らは誰もが、ロマリアへ無断で入り込み、言われるがままに破壊を繰り返したという罪悪感に捕らわれていたが、そこへ飛び込んできたヴィットーリオの言葉はまさに福音であった。

 もはや、ガリアからどんな命令が届いても両用艦隊を反意させることは不可能であろう。ハルケギニアにおいて、ブリミル教の教皇の権威というものはそれほど強かった。どんな優れた艦隊でも、操っているのは人間だということである。両用艦隊は完全に掌握され、聖マルコー号に従者のようにつき従ってゆっくりと飛んでいた。

 

 そして、苦闘の末にシェフィールドの操るヨルムンガントとサラマンドラを倒した才人やルイズたちは、水精霊騎士隊や銃士隊とともに聖マルコー号に収容されていた。

「あなたがたが、あのガリアの悪魔のような人形とドラゴンを倒してくださったのですね。おかげで、ロマリアは救われました。ロマリアの市民すべてを代表してお礼を申し上げます。あなたがたは、まるで始祖が遣わしてくれた天使のようですね」

「そ、そんな、ぼくら、いや私どもはなにもたいしたことは! きょ、教皇陛下におきましてこそ、侵攻してきたガリア軍をお許しになる寛大さ。我ら一同、感服いたしましたっ!」

 代表者としてヴィットーリオと対面することになったギーシュは、冷や汗ダラダラしどろもどろになりながら、どうにか話していた。小国トリステインの一貴族の子弟が、いきなりハルケギニアで一番偉いというべき人物と対面させられているのだからパニックになるのも無理はないといえる。

 しかし、いくら水精霊騎士隊の隊長とはいえ、これはギーシュには荷が重過ぎる仕事なのは、後ろで不安そうに見守っているギムリやレイナールたちのひきつった表情を見てもわかる。なぜこうなったかといえば、ミシェル以下銃士隊には重軽傷者が多く、船の医務室で手当てを受けている。また、メンバーの中ではもっとも格式の高いヴァリエール家出身のルイズも、虚無魔法の使いすぎで気力が尽きて眠り込んでおり、繰上げでギーシュがこのとんでもない大役をおおせつかることになったのである。

 ルクシャナは、ミシェルの容態がまだ安定しないので、責任を最後までとるとつきっきりになっている。

 ヴィットーリオと対面しているのは、水精霊騎士隊と才人とティファニアである。なんと聖マルコー号には南へ先に避難させていたモンモランシーとティファニアも同乗していた。呆れた手回しのよさだが、その理由はすぐにわかった。この少人数が聖マルコー号内の、聖堂のような間でヴィットーリオに拝謁しているのだが、才人はヴィットーリオよりも、その隣で不敵な笑みを浮かべている少年に目がいっていた。

「ジュリオ……てめえ、なんでここにいやがる。てめえ、ほんとうにいったい何者なんだ?」

「ふふ、サイトくん、そう剣呑な眼差しを向けないでくれよ。心配しなくても、僕が君たちの味方だということは、これまでの数々の協力で明らかだろう? そう警戒せずに、友達として見てくれよ」

 それで納得できるか! と、才人は場もわきまえずに怒鳴って周りを青ざめさせた。教皇陛下の前での態度としては正気のさたではないが、意外にもおとがめはなく、ヴィットーリオが代わって説明した。

「サイトくんでしたね。いろいろと不信を与えてしまったことは、私からお詫びいたします。実は彼、ジュリオは私が教皇になる以前からの古い友人でしてね。宗教庁の人間とは別に、私のために働いてくれているのです。本当のことを申しますと、私はあなたがたがロマリアに入ってきたときから知っておりました」

「なんですって!?」

 さすがにそれは聞き捨てならなかった。ここには東方号が墜落してからずっと、公にはなにも出さずにやってきたというのに、どうして存在を知られていたというのだ? すると、今度はジュリオがいたずらっぽく笑って答えた。

「難しいことじゃないさ。僕らロマリア宗教庁は、ハルケギニア中の聖職者とつながっている。その中でも特に、ロマリアの国境沿いでは、異端者やロマリアに害をなす者の入出国を、一般人に紛れて監視しているんだ。そのうちのひとりが、トリステインで有数な大貴族のヴァリエール家の令嬢が通っていくのを見つけて報告してくれたんだよ」

「ルイズが?」

「そうさ。強いて言えばギーシュくん、君もグラモン元帥の息子だろう? そういうわけで、トリステインに問い合わせてみたら、君たちだけが帰国していないことが判明してね。出迎えるべきであったのだけど、なにやらただならぬ雰囲気だったもので、失礼かと思ったけれど、僕がしばらく様子を見ることにしたというわけなのさ」

 全員が、ロマリアの情報収集能力に驚いていた。まさか、とっくの昔に気づかれていたどころか、ルイズやギーシュの顔まで出回っているとは想像をはるかに超えていた。

 呆然とするギーシュたち。才人も、あまりの答えに愕然として二の句が次げない状態だ。

 すると、ヴィットーリオは申し訳なさそうに軽く会釈して、穏やかな声で言った。

「もう一度失礼をお詫びします。ジュリオはこのとおり、少々人を食ったところがある悪い癖がありましてね。悪気はなくとも不必要に他人に警戒させてしまうことがあるのです。ジュリオ、あなたも謝りなさい」

「はい、すまなかったねサイトくん。でも、僕らとしても黙ってロマリアに入ってきた君たちの真意をはかりかねていたんだ。なるほど、空を覆った黒雲の原因を調査しに来ていたとは意外だったよ。僕たちもそれについては調査をしているんだよ。これからは、協力してハルケギニアに太陽を蘇らせるようがんばろうじゃないか」

 ジュリオはそうして握手を求めてきたが、才人はすぐには応じなかった。

 確かに一応の説明にはなっている。しかしまだ、地下墓地に眠っていた地球の兵器群、ハルケギニアの人間ならば使い方などわかるはずもないあれらのところへ、迷わず自分たちを連れて行ったことが腑に落ちない。自分でも言っているとおりに人を食った態度で煙にまこうとしているが、こいつにはまだどうしても危険な匂いを感じてならない。

 いや、それを言うならば教皇ヴィットーリオも才人は気に食わなかった。ロマリアの街があれだけの惨状になっているのに、お偉いさんであるこいつはなにをしているのだ? 才人には政治や経済に関する知識などはないけれども、いままで見てきたハルケギニアの国で、トリステインはもちろん、アルビオンやガリアも天国とはほど遠いものの人々はそれぞれの生活を前向きにがんばっていたが、この国にあるのは絶望と虚栄心だけではないか。

 そうして、才人が握手をためらっていると、秘書官らしい人がやってきてヴィットーリオに耳打ちし、彼は皆に告げた。

「すみません皆さん、時間が来てしまいました。これから私はガリアの艦隊を巡って、将兵の方々を慰問しなくてはなりません。ジュリオも、まだお話があるでしょうが私の護衛についていただかなくてはなりませんので、申し訳ありませんが、続きはまたの機会にということにいたしましょう。さ、ジュリオ」

「はい、陛下」

「よろしい。では、失礼させていただきますが、今回の一番の功労者の皆さんを邪険にしてしまうのは、本当に心苦しく思います。おわびに、略式ですが皆さんに祝福を授けてあげましょう。それで許してくださいませ」

 ヴットーリオの真摯な姿勢に、ギーシュや水精霊騎士隊の少年たちは「そんな、もったいないことです!」と、慌てて叫んだ。教皇の祝福といえば、敬虔なブリミル教徒にとっては喉から手が出るほどほしいもので、末代までの誇りとなるばかりか、祝福を得られた者は神に認められたとして、神と始祖のためなら命すら惜しまぬ勇猛な戦士となるほど価値のあることなのである。

 略式の場合は儀式的なものはなく、ただヴィットーリオが短く祝福の言葉をかけるだけであるが、それでも教皇直々にということが大変な名誉になることは変わりない。

「ギーシュ・ド・グラモン、あなたに始祖の加護がありますように」

「あ、ありがとうごさいますすすす!」

 ひとりひとりにこう短く語りかけるだけだが、ギーシュたちは完全に恐縮しきっており滑稽としか言いようがなかった。一方で、ブリミル教徒ではない才人は冷めたもので、義務的に礼と会釈をしたのみだった。これをロマリアの神官などが見たとしたら、額に青筋を立てて怒り出すところだが、ヴィットーリオは穏やかな表情のままだった。

 そして、たいした数もいない水精霊騎士隊の祝福はあっというまに終わり、才人はそれを退屈そうに横目で眺めていたが、最後にティファニアの番になったところで才人の眉が動いた。

「ティファニア・ウェストウッド、あなたにも始祖の加護があらんことを」

「は、はい。あ、ありがとう、ございます」

 ティファニアの声が震えていた。最初は、緊張によるものかと思ったが、冷静さを保っていた才人はすぐに脅えによるものだと気づいた。

”テファ……?”

 どうしたんだろう。人間に化けるルクシャナの魔法は完璧だったはず。なのに、彼女の震えは尋常ではない。

 才人はいぶかしんだが、さすがにこの場でティファニアに問いかけることはできない。不信に思いながらも静観していると、やがて全員の祝福を終えたヴィットーリオはジュリオを連れて足早に去っていった。

 室内には、感動のあまり呆けた様子のギーシュたちと、憮然とした才人に、ティファニアが残っている。

「なんか、人間ばなれした人だったな」

 才人は、白昼夢でも見ていたかのような気持ちで率直な感想を口にした。とにかく、今まで出会ってきたどんな人間とも異なる種類の人であった。まるで、この場にいるけど、実体ではないような……奇妙なようだが、よくできた人間の仮面をかぶっているような、そんな違和感を最後までぬぐえなかった。

 こんな気分ははじめてだ。才人はそう考えていたが、ふと思い出してティファニアに話しかけようと思った。ところがそこへ、我に返ったギーシュたちが一気に突っ込んできたのだ。

「おいサイト! 教皇陛下に対してなんだね今の態度は? 陛下がご寛大なお方だったからよかったが、あんな無礼をしたらその場で聖堂騎士隊に処刑されててもおかしくないんだよ」

 彼らはさっきとは違う剣幕で怒っていた。価値観がまったく違うからある程度しょうがないとはいえ、こちらの常識からしてみたらとんでもないことを才人はしでかしていたのだ。彼らとしては、教皇陛下のご機嫌が損ねられたらと、戦々恐々と才人を見ていたに違いない。

 ひとしきりの叱責が続き、やがて才人も自分の態度が皆に心配をかけていたのは納得すると、謝罪した。

「悪い、みんな。次からは気をつける」

「わかってくれればいいさ。思えばぼくらも君にハルケギニアの常識が欠けているのを忘れていた。君はこの場に出さないほうがよかったようだ」

 異なる文化風習の人間が合わさるとき、無知や無理解からいざこざが起こるのはよくあることだ。今回はどうやら、無事にすんだらしい。

「ところでギーシュ、おれたちはこれからどうするんだ?」

「うーん、教皇陛下はしばらく戻られないだろうし、到着するのは明日になるはずだ。しばらくはやることがないから、各自自由行動でいいだろう。聖マルコー号の船内は自由に使っていいそうだし、食事をとるなり休むなり好きにしてくれたまえ」

 ギーシュがそう言うと同時に、複数のあくびの声が響いた。どうやら、魔法で治療を受けたとはいえ戦いの疲れがどっと来たらしい。全員が揃って生還できたことが信じられないような死闘だったのだ。勝利の女神のささやきも、睡魔の歌にかき消されてしかるべきだろう。

 ともかく、まだ話は山のようにあるが、今はとりあえず一晩の眠りがほしいところだ。

 各人がとろんとしてきた眼をこすりながら出て行くと、才人もティファニアをともなって部屋を出た。

「大丈夫かテファ? 顔色が悪いようだけど、なにか、気にかかることがあるなら話を聞くぜ」

「サイトさん……お話したいことがあるんです。ただ、ここじゃちょっと」

「わかった。けど、その前に寄りたいところがあるんだ。少しだけ待ってくれ」

 才人はティファニアを連れて聖マルコー号の医務室を訪れた。そこでは、負傷した仲間たちが寝かされてすやすやと寝息を立てており、付き添いで椅子に座ったまま居眠りしている銃士隊員の姿もあった。

 ルイズも、その奥のベッドに寝かされており、静かに死んだように眠っていた。

「皆さんも、ルイズさんも、疲れたんですね」

「ああ、特にこいつは今回一番がんばってくれたからな。おれには過ぎたやつだよ、ほんとにさ」

 メーサー車の操縦のサポートから虚無の魔法の連続使用と、ルイズががんばってくれなくては自分だけの力ではどうにもならなかったと才人はしみじみ思った。ルイズがいなければ、今の自分はない。この小さな体に、何度命を救われてきたことか。

 起こしちゃいけないと、才人はそっとルイズのベッドを離れた。そして最後に訪れたベッドで彼を待っていたのは。

「来たか、サイト」

「起きてたんですか、ミシェルさん」

 才人は、あえて自分のこの世界での戸籍上の姉のことを名前で呼んだ。それが、どういう意図で口から出たものなのかは才人本人にも実はよくわかっていないが、彼の心情が単純でないという証明でだけはあったろう。

 「姉さん」ではなく、さん付けでも名前で呼ばれることがミシェルにもどういう心境を与えたのか。ベッドに横たわったままで、彼女は口元に薄い笑みを浮かべると、穏やかな声色で言った。

「それは気づくさ。あんな無用心でへたくそな足音を立ててくるやつはお前しかいない」

「どうですか? 体の具合のほうは」

「落ち着いたよ。まだ、大丈夫とはいえないが、それなりに鍛えてるからな。それに、彼女ががんばってくれた」

 ミシェルの傍らで、治癒をかけ続けていたルクシャナは疲れ果てて寝こけていた。精神力を使い切り、こころなしか細身の体がさらにやせてほおがこけているようにも見える。彼女も、いや今回は誰もが死力を尽くさなくては生き残れない戦いだった。

 しかし、才人の心には安堵よりも罪悪感が強い。それを見抜いたのか、ミシェルは少々声色をきつくした。

「こら、今回一番の功労者がそんな沈んだ顔をしていてどうする? 我々は勝ったんだ。もっと誇らしくしろ」

「いえ、そもそもおれがウジウジしていたから、みんなが危ないときに」

「バカ! 過ぎたことをいつまでも悔いていてどうする。そうやって後悔し続ければ、時間を戻せるわけでもないだろう。経緯はどうあれ、お前が来てくれたおかげでわたしたちは助かった。今回、お前は間違いなく英雄だよ」

「はい……」

 才人はうなづいたが、やはりまだ納得しきれていなかった。あの夜のことはミシェルには話せない。先の戦いでは、その迷いを怒りで無理矢理抑えて戦ったが、終わった後で得られたのは、どうしようもない虚しさだけだった。

 戦う意味が取り戻せないまま戦っても、心は空虚で満たされない。いや、戦ってなにかで心を満たそうという、血を欲するような嗜好を持ってはいないつもりだが、なにもなしに無償で戦い続けられるほど、聖人じみた慈善精神も才人は持っていなかった。

 これが、戦闘の高揚感や金銭を目当てに戦う人間ならば悩まなくてすんだだろう。けれども、才人の戦ってきた目的は利益や私欲のためではない。まして名誉なんかを望んだことは一度もない。ならばなにを求めてきたのかと問われると、それを才人も答えることができなくて苦悩していた。

 すると、ミシェルは呆れたように息をついて才人に言った。

「どうやら、まだ吹っ切れないようだな。困ったやつだ。前に、わたしにはさんざん説教しておいて自分のこととなるとこれか?」

「面目次第もないよ」

 恥ずかしさと情けなさで才人は死にたくすらなった。長々と、こんなことに時間をとってみんなに迷惑をかけ、いらだたせている自分がほんとうにバカに思えてしまう。けれども、ミシェルは才人を怒りはしなかった。

「まあいい。人から出してもらった模範解答で納得できるような悩みばかりじゃないことは、わたしも知っているさ。それにお前は、自分で納得のいく答えを出したいんだろう? なんなら、叱り付けてやろうかと思ったが、やめておくよ」

「ほんとすみません。おれ、自分で言うのもなんですけど、バカですから」

「ふっ、なにを今さら。でも、お前は自分をそう言えるだけたいした奴だよ。本当のバカとは、自分を利口だと思ってるバカのことさ。昔のわたしはまさにそうだったろう? 自分の考えが唯一無二の正解だと信じて、みんなに大変な迷惑をかけてしまった」

 ミシェルは苦笑いしながら思い出を辿る。

「だけど、そんな大バカのわたしを、サイト、お前は助けてくれた。そのことは、わたしは一時たりとも忘れたことはない。だからサイト、お前は自信を持て。なにに迷っているか知らないけれど、お前はひとりの人間を確かに救った男だ。誰にでもできるようなことじゃない。お前は英雄だ。少なくとも、わたしにとっては永遠にな」

「ミシェルさん……ありがとう」

 才人の目には、いつのまにか涙が浮かんでいた。

「バカ、礼を言わなきゃいけないのはわたしのほうだ。お前のおかげで、今のわたしには家族がいる、仲間がいる、生きる目的も楽しみもある。そしてなにより、惚れたお前がいる。人を愛することを知れて、わたしはとても幸せなんだ」

 そのミシェルの言葉を聞いて、才人よりむしろ隣にいたティファニアのほうが赤面した。

「わっ! ミ、ミシェルさん、そんなはっきり、あ、愛してるだなんて」

「ん? はは、聞かれてたな。それはもちろん、わたしだって面と向かって言うのは恥ずかしいさ。でも、思いは言葉にしなきゃ伝わらないって、部下たちが言うんでな。ティファニア、お前もいつか心から愛せる人ができたときに、きっとわかるようになるさ。もっとも、楽な道ではないけれどもな、サイト」

「えっと、ごめんなさい。おれ、まだそっちのほうの気持ちにも、整理がついてなくて……」

 青ざめたり赤面したり、この日の才人の顔色は信号機のようだった。けれど、ミシェルはそんな才人のことなど百も承知とばかりに軽く笑う。

「情けないやつめ。人が恥ずかしいのを我慢して告白しておいてそれだ。とはいえ、横恋慕するわたしも悪いんだが、もう自分の気持ちにうそはつきたくないんでな。サイト、何度でも言うが、わたしはお前を愛してる。サイトが望むなら、わたしの持っているすべてをくれてやる。それに、今のわたしには夢がある」

「夢?」

「ああ、サイト、この戦いが終わったら、わたしはお前の生まれた国に行ってみたい。お前みたいな奴が育った国へ行って、見て、聞いて、学んで、もっと広く大きくものを守れる人間になりたい。今のわたしの力なんてないも同然だ。私は強くなる。サイト、お前には夢はないのか?」

 それを聞いて、才人ははっとした。

”夢? そうだ、おれの夢は”

 思い出した。それに気がついたとき、今まで死んでいた才人の目にわずかながら光が戻った。

 おれにも夢があった。おれが戦ってきたのは、夢をかなえるためでもあったはずだ。

 そして、才人の表情の変化を敏感に感じ取ったミシェルは、安心したように才人に微笑んだ。

「なにかに気づいたようだな。さて、長話になってしまったな。怪我人はもう少し寝るとするよ。サイト、そい寝してくれるか?」

「いいっ!?」

「ははっ、冗談だよ。お前に、そんな度胸があるわけないもんな。ささ、根性なしは出てけ出てけ、私は寝る」

「あはは、はーい」

 ここでギーシュとかだったら躊躇なく「喜んで!」とか言ってベッドに飛び込んでくるだろうが、残念ながら日本育ちの才人はそこまで強引にはできなかった。いや、シチュエーションさえ許せば健康な青少年らしくしていたかもしれないが、さすがに怪我人を押し倒す気にはなれなかったのだろう。

 才人はティファニアを連れて立ち去ろうとした。いいかげん、恥ずかしさが限度にきている上に、ルクシャナに起きられて事の顛末を皆にしゃべられたらやっかいなことになる。特にルイズになに言われるかわかったものじゃない。

 ドアを開けてティファニアを先に出し、自分も続いてくぐる。だが、扉を閉めようとしたときに、ミシェルの自分に当てた声が届いてきた。

「サイト……ありがとう」

 才人は一瞬扉を閉める手を止めて、音を立てないように静かに閉めた。

 

 聖マルコー号の船内は、手すきの船員はすべて教皇陛下の仕事で甲板に上がっているのか意外に静かで、ふたりはコツコツと足音を響かせて歩いていく。

「ふふ、なんだかサイトさん、少し楽しそう」

「そうか? どっちかっていうと、恥ずかしいとこを見られて顔から火が出そうなんだがな」

 とはいうものの、才人の表情が和らいでいるのをティファニアはしっかりと見ていた。

 ミシェルと話す前はしかめっ面だったのが、いまではどこか幸せそうにほおが緩んでいる。それがどうしてなのか、多分、ミシェルが才人の忘れかけていた、戦う理由のはじまりを思い出すヒントを与えてくれたからだろう。

 キリエルに言われた、多くの人々を救うことが正しいのかどうかの答えはまだ見つけられていない。だが、自分の中には正義感や使命感より先に、どうして戦い始めたのか、どうして戦ってこれたのか、戦い続ける中でいつの間にか忘れていたこと、勇気の原動力となっていたものがあった。

 それが、夢。才人には、かなえたい大きな夢があった。

”おれは小さい頃からウルトラマンにあこがれていた。ウルトラマンみたいに強く、かっこよくなりたいとずっと願ってた。そうだよ、おれはウルトラマンになるためにこれまでがんばってきたんだ。みんなを守れる、本物のヒーローになるために。そのために戦ってきた。GUYSに入るために勉強もしてきた。それがおれの原点であり、変わらぬ目標だったはずだ”

 そのことを思い出し、はじまりの気持ちに立ち返ったとき、心を覆っていた暗雲の一角から光が見えていた。

 考えてみれば、いつからこんな小難しいことを考えるようになったんだろうか。最初のころの自分は、もっと単純に、悪く言えば考えないで戦っていたはずだ。ただ、それが正しいことであると信じて。ウルトラマンなら、そうしてみんなを助けてくれるはずだと信じて。

 そして、ただ思い出すだけではなく、ミシェルの語った夢と共感することが勇気を与えてくれた。自分はひとりじゃない。同じ目標を持っている仲間がいるということが、孤独だった才人の心になによりの希望を与えてくれたのだ。

「結局、おれみたいなバカがひとりで考えても無駄だってことか」

「はい?」

「いや、なんでもない。けど、考え事の半分は片付いたから心配しないでくれ」

 やっぱり、悩みを胸の奥にしまい続けていてもろくなことはないということなのかと才人は思った。原点に帰るという簡単なことなのに、それをひとりでは思い至らなかった。人はひとりでは生きていけない。だったら、おれもミシェルさんの夢の手助けをしたいなと才人は思った。

 地球に、日本に彼女を招待する。いつかそれを叶えてあげたい。宇宙はこんなに広いんだということを、ルイズのときのように見せてあげたい。なんだ、自分にも新しい夢ができたじゃないか。

 心には、もうひとつの迷いがまだ残っている。救えない人間を救おうとするのは正しいのか、その答えはまだ出ていないが、最後にミシェルのくれたありがとうの一言が、すべてとはいかないが心に絡み付いていたツタを切り払ってくれた。

「まったく、見舞いに行ったらいつのまにか自分がはげまされてるんだから、かなわないなあ」

「ミシェルさんって、いい人ですね」

 ティファニアが微笑みながら言うと、才人も笑ってうなづいた。

「だろう、強いし優しいし、なにより胸はでかいし美人だしな」

「サイトさんは、ミシェルさんをお嫁さんにするつもりなんですか?」

「ぶっ! テ、テファ、せっかく人がオチつけてごまかそうとしてるのに、そんなにストレートに言われると困るなあ」

 才人は、聞かれたくないなあと思っていたことをズバリと問われてまいってしまった。

 弱りながら頭をかき、どう答えたものかと考える。おおまかなことはさっきまでにしゃべっていたとおりなのだが、実際に将来結婚するかとなると難しい。

 ルイズが好きなのは変わらない。しかし別にミシェルにひかれる心があるのも確かだ。

 まったく我ながら情けなくも憎らしい。優柔不断な女の敵とそしられても文句は言えない。

 だが、いつかは必ず決めなくてはいけない問題だ。そのことを思い、才人はこう答えた。

「おれも、いつまでもガキのままじゃいられないからな。誰も傷つけずに、みんなまとめて幸せにするなんて都合のいいハッピーエンドを考えちゃいないさ。ルイズに消し炭にされるなり、ミシェルさんに首刈られるなり覚悟するさ。けれど、もう少し時間がほしいんだ」

「そうですね。お父さんがしっかりしないと、生まれてくる赤ちゃんがかわいそうですもんね」

「ぶっ! テ、テファ、い、意外とキツいこと言うんだね」

「えっ? 結婚したら赤ちゃんを産むことになるんですから、ちゃんと準備してから結婚するのは当たり前じゃないんですか?」

 きょとんとした表情で見つめてくるティファニアに、才人はやっぱり女性はあなどれないなと思った。浮世離れした育ちをしてきたとはいえ、さすがはロングビルが育ての親をしてきただけはある。結婚後に対してシビアというか現実的な考え方を持っている。

 対して自分はどうか? 言われてみれば結婚後のことなどろくに考えていない。どう生活を立てていくとか一切ビジョンなし。これでは、嫌な言葉だが結婚が人生の墓場となってしまう。ガキのままじゃいられないと言いつつ、立派過ぎるほどガキだった。

「うーん、おれの子供かあ……」

 才人は想像してみた。ミシェルとの間に子ができたら、きっと利発でたくましい子で、ミシェルは厳しくも暖かく育てるだろう。ルイズとの間に子ができたら、頭がよくて運動神経がよくて……だめだ、ルイズが子育てしている姿が想像できない。いや、よく考えてみたら自分も子守りしたりおしめ代えたりしなきゃいけないのだ。

 人生設計……こりゃあ、怪獣と戦うより難しいなと才人は思った。ただのサラリーマンだった父と、専業主婦の母は実はとてもすごかったのだ。アホな息子でごめんなさいと、才人は心の中で両親に深々と頭を下げるのであった。

 

 

 さて、どうも話がかなり未来のことにまで脱線していたようだ。

 頭を抱えていた才人は、とりあえず将来の苦労のことは置いておいて、ティファニアを連れて自分に割り当てられた個室に入った。

 ここは、来賓の貴族用の個室になっていて、外に声が聞かれる心配はない。本来はルイズ用の部屋だが、ルイズが医務室で眠ったままの今なら誰も来ることはないはずだ。

「よし、と。鍵も閉めたし、人の気配もねえよな。待たせてすまなかったなテファ、話ってのはなんだい?」

「実は、あの、教皇陛下のことなんですけど……」

 ぼそぼそと、周りを気にしながら話すティファニアに、才人もやはりと思った。

 もう一度、盗聴されてないか部屋を見渡す。魔法の使えない才人はディテクトマジックなど使えないが、本能的に安全を確保しようという気が働くのは、才人自身もあの教皇に愉快ならざるものを感じていたからだ。

「テファ、大丈夫だ。あの教皇は、おれもいけすかないと思ってるんだ。まずいことだったら、絶対に誰にも言わないって約束する。テファがそんな顔してたら、みんなすぐに気がつくぜ。誰かと話せば少しは楽になるって、さっき俺のを見てたろ?」

 才人はつとめて優しくティファニアに語りかけた。もしもここに外敵が現れたら、身を挺してでも守る覚悟だ。

 ともかく、証拠を並べる以前に本能的にヴィットーリオとジュリオは気に入らない。言いがかりだとしても、危険な感じのする人間にティファニアが脅えているのだから放っておくわけにはいかない。

 すると、才人の真剣な態度を受け取ったのか、ティファニアは声を潜めながらも話し出した。

「実はわたし……小さい頃に一度、あの人に会ったことがあるんです」

「会ったことがって、教皇ヴィットーリオとか?」

「はい、でもただ会っただけじゃないんです。サイトさん、わたしの母のことをご存知ですよね?」

「テファのお母さん? 確か、サハラから来たエルフだったよね」

 才人は記憶を辿って答えた。もうけっこう前のことになるが、ティファニアの母親のことについてはタルブで話を聞いたことがある。目的はさだかでないが、アルビオンに向かって旅をしており、立ち寄ったタルブでのシエスタやルイズの母、それからこの世界に迷い込んでしまった元GUYSの佐々木隊員をめぐる怪獣ギマイラとの戦い。そして、その果てに現れたウルトラマンダイナの活躍など、思い浮かべるだけでも胸が熱くなる。

「はい、母の名前はシャジャル。ですがサハラの言葉の名前なので、旅の間は偽名としてティリーと名乗っていました。三十年前にサハラからやってきて、いろいろな冒険をしたそうです。特にタルブ村であったことは、サイトさんたちもお聞きになったとおりです」

「ああ、思い出した。それで、タルブ村での戦いの後で、アスカ・シンとアルビオンに旅立ったんだっけか。おれの知ってるのはそこまでだよ」

「話は、そのすぐ後……母がアスカさんとアルビオンに渡ってのことです。わたしが生まれるよりずっと前のこと、お母さんから聞いたウルトラマンダイナの最後の戦いのことを、まずは聞いてください」

 

 ティファニアは目を伏せ、とつとつと語り始めた。

 時をさかのぼること三十年。まだ将来起こる世界の破滅など、誰も夢にも思わない時代。

 しかし、一見平和に見えるこの時代においても、人々の知らないところで戦いが繰り広げられていた。

 タルブ村の戦いで、宇宙からやってきた怪獣ギマイラを退けたアスカ・シンことウルトラマンダイナ。彼はあてのない旅の途中で、ティファニアの母ティリーをアルビオンまで送り届けようとしていたが、アルビオン大陸に渡って少しした旅の中で突如として恐るべき敵と相対しようとしていた。

「ア、アスカさん」

「へっ、心配するな。お前は、俺が必ず守ってやるからよ」

 誰もいない深い森の中で、若いエルフの娘を防衛チーム・スーパーGUTSの制服を着た青年がかばっている。

 その前に現れるのは、空から降り注いだ全長五十メートルを超えるのでは思えるような銀色の四本の柱。

 やがて四本の柱は液体のように形を崩すと一体に固まり、銀色と金色の混ざった表皮を持ち、オレンジ色に輝く単眼を持った異様な巨人の姿へと変わった。

「こいつは……なんだあ?」

 唖然とする青年、アスカの見上げる前で、異形の巨人は二人を見下ろし、まるでこれから踏み潰す蟻を値踏みする子供のようにいやらしく口元を歪めて笑ってみせた。

 金属生命体アルギュロス。その悪意を隠そうともしない見下げた姿勢に、アスカはエルフの少女をかばいつつ告げた。

「ティリー、下がってろ。こいつは、俺がぶっ倒す」

「アスカさん。そんな、無茶です逃げましょう!」

「心配すんなっての。ところで、ここはアルビオンのどこあたりになるんだっけか?」

「えっ? 確か、サウスゴータ地方のウェストウッドというところのはず、ですが」

 唐突にアスカに振られた問いに、エルフの少女ティリーが怪訝な顔を向ける。だがアスカは明るく笑うと、ぐっと親指を立てて言った。

「そうか、じゃあ目的のとこへはあと少しだな。もしも、俺になにかあっても、お前は迷わず進み続けろよ」

「えっ……アスカ、さん?」

 困惑するティリーの前で、アスカはためらわずアルギュロスへ向かって歩を進めた。

 そして立ち止まり、強い眼差しでアルギュロスを見上げると、その手に握った光のアイテム・リーフラッシャーを高く掲げて叫んだ。

 

「ダイナーッ!」

 

 光がほとばしり、アルギュロスと対峙して銀色の力強い巨人が立ち上がる。

 光の戦士ウルトラマンダイナ。アルビオン大陸を舞台として、その知られざる戦いが今語られようとしている。

 

 

 続く


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