ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第12話  最強の雷! 陸上自衛隊決戦兵器出撃 (後編)

 第12話

 最強の雷! 陸上自衛隊決戦兵器出撃 (後編)

 

 再生怪獣 サラマンドラ 登場!

 

 

「くふふ、こんなチャチな武器で、このヨルムンガントに挑もうなんて、とんだ物笑いだったわねぇ。あなたたち?」

「くっくそぉ、離せっ! ぼくはお前みたいな女は好みじゃないぞ」

「おのれっ、わたしとしたことが不覚をとった。やめろっ、わたしはいい、こいつらに手を出すんじゃない!」

 ガリア軍の攻撃によって戦場と化し、煙をたなびかせるロマリアの森に絶叫が響き渡った。

 木々がなぎ倒された森の中に傲然と立ち誇る十体のヨルムンガント。その手には、首だけが動くありさまでギーシュとミシェルが人形のように握られ、周りには、うめき声をあげて倒れ伏す水精霊騎士隊と銃士隊が、死屍累々たる無残な惨状をさらしている。

「ち、ちくしょう……ギーシュ、すまない」

 倒れた木の下敷きにされたレイナールが、首だけをなんとか上に向け、曇ったレンズごしに捕らえられたギーシュを見上げた。

 仲間たちは皆倒され、誰も助けることはできない。かすむ視線の中には、なんのダメージを受けていないガリアの騎士人形が十体ずらりとならび、その頭越しにはロマリアを目指すガリアの大艦隊が悠然と浮かんでいる。

「完敗だ……」

 なにもできなかったと、悔し涙が浮かんできた。水精霊騎士隊、銃士隊ともに、もう戦える人間はひとりも残っていない。

 怪獣にさえ手を出さなければ、その考えは甘かった。ガリアの新兵器、巨大騎士人形ヨルムンガント、ハルケギニアでもっとも魔法技術の進んだガリア王国の技術に、エルフの技術を加えて作られたそれは、浅はかな予測を打ち砕く怪物だった。二十五メイルもの体格を持ちながら、スピード、パワーともに人間のそれと遜色はなく、さらに秘められた特殊な機能はエルフの学者であるルクシャナの予想をも大きく上回り、彼女にすら身を隠すことを余儀なくさせていた。

「ハァ、ハァ……蛮人が、まさかここまでのものを作り上げるなんてね。わたしとしたことが、いつのまにか自惚れていたようね。相手を甘く見て目を曇らせたあげくにこの様なんて、反省しなきゃ、いけないわ、ね」

 ルクシャナもまた、ひどい手傷を負わされていた。彼女は戦士ではないが、それでも並の人間の術者以上の先住魔法を駆使することができるのに勝負にならなかった。今、かろうじてできることは気配を消滅させて、残った力で自分と、どうにか救った数人の仲間の治癒を試みることだけだった。

「こんなことなら、もう少し魔法の練習もしておくんだったわね……悪いわねアリィー、結婚式は来世にお預けになるかもしれないわ」

 口出しがうるさいからと、ルクシャナは無理矢理置いてきた婚約者の顔を思い浮かべた。後悔先に立たず、いや、あとひとりふたりエルフの戦士がいても結果は同じであったろう。生まれつき強い力を持つ自分たちエルフと違う、人間の武器への執着が生み出す破壊力を、計算に入れていなかった。

 そして、勝ち誇る笑みを浮かべてヨルムンガントの肩に立つシェフィールド。彼女は、紫にルージュを塗った口元を歪めて、さらし者も同然にヨルムンガントの手の中でもがくふたりを見下ろして言った。

「うふふ、元気がいいわね。ロマリア軍もあらかた蹴散らして、退屈していたところに手向かってきた馬鹿たちがいたからどんなものかと思ったら、女子供の寄せ集めとはね。あまりに若いのばかりだから驚いてしまったわ」

「ぶ、侮辱は許さないぞ侮辱は! ぼくたちは、誇り高きトリステインの水せ、ぐわぁぁっ!」

「それはご立派なことね。けど、少しは今の身の程をわきまえることをおすすめするわよ。今のあなたたちは、私のきまぐれに命を文字通りに握られているの。このヨルムンガントの力なら、人間ごとき握りつぶすのはたやすいこと。吠え立てるよりも命乞いをするほうが懸命ではなくて?」

「ば、馬鹿にするな。貴族が、そんな簡単に誇りを捨てると……うぉあぁぁっ!」

 ギーシュの虚勢も、ヨルムンガントがほんの少し握る手に力を込めるだけで悲鳴に変わった。全身の関節が無茶な力を加えられたがための不快な音を立て、口からは内臓を圧迫された空気が唾液と共に吹き出していく。その凄惨なありさまに、地面に倒れてまだ意識を保っていた彼の仲間は必死に呼びかけた。

「よせギーシュ、相手を刺激するんじゃないっ!」

 あの女は人の命をなんとも思ってはいない、うかつに勘にさわることを言えば殺される。しかし、骨が折れる寸前のところで加減をさせるシェフィールドは、苦しむさまを楽しむ笑い声をあげて、仲間たちに見せ付けるようにヨルムンガントの手を左右に振ってみせた。

「やめろっ! そいつはまだ半人前なんだ。指揮官はわたしだ、やるならわたしをやれ!」

 見かねたミシェルが身代わりになろうと呼びかけた。だが、シェフィールドはせせら笑って言う。

「だめよ、私はこの国のすべての人とものを消し去るように命じられているの。それに、どうせ殺すなら若い子から順のほうがより全員を苦しめられるでしょう? うふふふ」

 この悪魔めという言葉が喉から出かけて、ミシェルは歯を食いしばって飲み込んだ。この女を相手にそれを言っても逆効果だということがわかっているからだ。

 シェフィールドは、ギーシュを気絶するかしないかギリギリのところで握る力を緩めると、周辺で倒れている水精霊騎士隊や銃士隊にも、「逃げようとしたらこのふたりの命はないよ。いえ、それ以前にぷちりと踏み潰してあげるわよ」と前置きして、焼け焦げたヨルムンガントの周りの地面を見下ろして、さらにせせら笑った。

「くふふふ、しかしさっきは楽しませてもらったわ。このヨルムンガントに、少人数で地雷を仕掛けにくるとは正直意外だったわ。さすがにヨルムンガントとはいえ足の裏に装甲は張っていないからね。馬鹿正直に正面から向かってくるばかりのロマリア軍よりは気が利いていたとほめてあげるわ……けど、少々この私をなめていたようね。うふふふ」

 悔しさ、怒り、絶望感が少年たちと銃士たちのあいだを駆け巡った。

 

 どうして、こうなってしまったのか。決して油断したつもりはない。自分たちの力を過信したつもりもない。

 が、事態は敗北を通り越して最悪の状況となってしまった。

 発端は、そう……自分たちは、ロマリアの民衆を戦火から逃すための時間を稼ぐ目的で、地雷を用意して敵の巨大騎士人形へと忍び寄った。直接戦えるような相手ではないし、森に姿を隠しながら近づいて、地雷を設置したらそのまま逃げれば比較的に安全だと判断したからだ。

「来たな、ガリアの化け物どもめ。ちくしょう、人を虫けらみたいに踏み潰しやがって、今から目にものみせてやるからな」

 ギムリが意気込み、声が大きいぞとレイナールにたしなめられていたときは、まだ余裕があった。銃士隊の訓練で、気配を消して敵に近づく鍛錬は積んでいたし、もしなにかあった場合は後ろで相手を観察しているルクシャナが助けに入ってくれるという安心感もあった。

 だが、その目論見はまったく通用しなかった。

 可能な限り息を潜め、使える者は『サイレント』の魔法を使ってまで、敵に気づかれることがないように努めた。なのに、地雷を設置して逃げようとしたとたん、それまで悠然と前進を続けていた騎士人形が突然機敏に動き出して襲ってきたのだ。気づかれていないと思っていた水精霊騎士隊と銃士隊はとっさの対応が遅れた。

「散開しろ! バラバラになって逃げるんだ」

 眼前まで迫った巨大な敵に対して、なんとかできた対応はそれだけだった。もうあと数秒あればミシェルの経験ならば効率のよい命令を出せたろうが、迫り来る騎士人形の動きはあまりに速過ぎて個々に逃れるのが精一杯であった。が、それも一時の時間稼ぎにしかならず、騎士人形たちは手に持った巨大な剣を振るって森の木々ごと隠れようとしていた皆をなぎはらったのだ。

 響き渡る絶叫、飛び散る木々の破片と木の葉、雨のように降ってくる舞い上げられた土。それは火薬を伴わない砲撃であり、何百台もの重機が暴走したに等しい、人工の暴風雨であった。

 むろん、その渦中にある人間はひとたまりもない。人間の脆弱な肉体は鉄木の散弾には耐えられず、もろくも倒されていく。そんな仲間たちの危機に、ひと呼吸遅れたがルクシャナが助けに入った。

「まったく、誰かヘマしたのかしら。仕方ないわね、木々の枝よ、敵を」

 自然そのものに訴えかけるルクシャナの精霊魔法により、森の木々の枝が伸びてヨルムンガントの前に立ちふさがろうとした。しかし、トライアングルクラスのゴーレムでも数秒は足止めできるはずの強度を持たせてあるはずの枝のバリケードは、なんと騎士人形に触れる直前で、見えない壁にぶつかったかのようにはじかれてしまったのだ。

「あれは、カウンター! しまった、鎧にそんなものを!」

 ルクシャナは眼前の光景から、すぐさま今の現象が、外敵の攻撃から身を守るエルフの魔法・カウンターだと見抜いた。想定が浅かった、あの魔法は一見しただけでは存在がわからないが、相手がエルフの技術を使っているのなら当然考えに入れておくべきだった。そして、あの騎士人形にかかっているカウンターが叔父ビダーシャルの置き土産だとすると、自分の魔法のレベルでは打ち破ることは不可能だ。

「叔父さまのバカっ! ああっ!」

 動揺して、視界の外にいた別の騎士人形がこちらに手持ちの大砲を向けているのに気づくのが遅れた。至近弾となった砲弾の炸裂に巻き込まれて、数十メートルを一気に吹き飛ばされて倒される。彼女自身もカウンターを張って守ったが、受け流すには威力がありすぎて、投げ込まれた茂みの中で意識を失わないのがやっとだった。

 連携などもはとりようがなく、どこに誰がいて、誰がやられたのかもわからないままに逃げ惑い、ひとり、またひとりと倒されていく。それでも、彼らは絶対的に追い詰められながらも、なんとか敵を仕掛けた地雷に誘い込もうと体をひきづった。しかし、騎士人形は地雷のありかを完全に把握しているように地雷を避け、あまつさえ剣を使ってすべてを自爆させてしまったのだ。

「そ、そんなバカな……どうして」

 わけがわからなかった。埋設した地雷はざっと四十個ほど、もちろん事前にバレないように細心の注意を払ったのに、どうしてひとつ残らずありかがわかるのだ? やつらは本物の悪魔なのか? 少年のひとりは、伏せていた地面ごと吹っ飛ばされたあげくに木に叩きつけられて、気を失う寸前にそう思った。

 

 こうして、時間を稼ごうとした銃士隊と水精霊騎士隊の作戦はあっけなく崩壊した。

 ヨルムンガントはすべて無傷で、シェフィールドもかすり傷も負っていない。そのシェフィールドは、目障りな伏兵どもを全滅させたのを確認すると、先行していたサラマンドラを止めさせ、ヨルムンガントの足元を見回してほくそ笑んだ。

「他愛ない。このヨルムンガントに生身で挑む勇気だけは褒めてあげるけど、死に急いだだけだったわね。でもまあ、予定を上回りすぎるくらいに退屈だった進撃のいい気分転換にはなったわ。そのお礼に、少しだけ長生きさせてあげるわ。ロマリアももう目前だし、休憩がてら私の遊び道具としてね」

 そう言うと、シェフィールドは倒れた人間たちの中から指揮をとっていたふたりを正確に見極めて、ヨルムンガントに拾い上げさせた。むろん、そのふたり、ギーシュとミシェルにはもう逃れるだけの力は残されてはいなかった。

 

 それが、彼らを襲った理不尽のすべてだった。

 全滅し、戦闘能力を完全に喪失した銃士隊と水精霊騎士隊。無傷なものはひとりもおらず、それも数分後には全員戦死に変わるかもしれない絶望的な状況。起死回生の策は、なかった……

”こんなところで、終わるのか……”

 魔法力も体力も尽きた。いやそれ以前に、傷ついた体は土に吸いつけられているかのように地面から起き上がれず、かろうじて動かせる視線には公開処刑も同然に痛めつけられる彼らのリーダーの姿が映るばかりだ。

 まさに死を待つ敗残者のみじめさ。それをあざ笑い、シェフィールドは全員に聞こえるように自慢げな様子で語った。

「くふふふ、苦しいでしょう、悔しいでしょうね。けど、このままなにも知らずに死んでいくのは哀れすぎるから、ひとつだけ教えておいてあげるわ。どうして、完璧に隠れ潜んでいたつもりのあなたたちの居場所が私に筒抜けだったのか? あなたたち、この騎士人形、ヨルムンガントを少々できのいいだけのゴーレムだと侮っていたでしょう? 残念ながら、ヨルムンガントは戦いに負けないためにあらゆる技巧をこらしてあるわ。例えば、私のこのモノクル」

 シェフィールドの外してみせた片眼鏡、それは一見なんの変哲もないアクセサリーのように見えたが、よく見るとレンズに複数の映像が同時に映りこんでいるのがかすかに見て取れた。

「このモノクルを通して、ヨルムンガントの視界はすべて私も共有することができるのよ。それも、ただ映し出すだけなんて単純なものじゃなくて、一体ごとに通常の視界から、生き物の体温に反応するもの、動く物だけを映し出すもの、魔法力の反応を投影するものと様々に分かれているわ。これらを駆使すれば、どんなにうまく隠れても無駄というわけ。わかった? あなたたちは最初からエピローグの決まったピエロのダンスを踊っていたというわけ」

「貴様ぁ、人を使って遊んでいたのか。これは戦争なんだぞ、人が死んでいるんだぞ」

 自分たちの命がたとえではなく本当にゲームの駒として弄ばれていたことにギーシュは憤った。

 ここに来るまでにも、重傷を負って運ばれていく兵隊や村人、白い布をかぶせられて動かない人たちを見てきた。彼らにもひとりひとり人生があっただろうに、それを他人の身勝手で奪われて、しかも奪われたものはもう戻らない。

 通り過ぎるときの悲痛な泣き声と怨嗟の声、戦争だから仕方ないとそのときは割り切ったつもりでいたが、この女の残忍さには怒りを抑えることができない。しかし、返ってきたのは嘲笑だった。

「くふふふ、そうよ戦争よ。戦争だから、敵は殺すの、当たり前のことでしょ? けど、それだけじゃつまらないから、少しでも楽しく演出してみようと思ったの。その気なら、あの怪獣にまかせて全員一気に焼き殺すこともできたのよ。わかった? この私の慈悲深さを」

 悔しげに視線を動かすと、距離にして数キロメートル。シェフィールドの視界から離れない範囲で、うなり声をあげて待機しているサラマンドラが見えた。周辺からは黒煙と炎が見え、口に銜えた大砲を無造作に吐き出したところを見ると、待ち伏せしていた別のロマリアの部隊を壊滅させたらしい。

「それなりの精鋭だったらしいけど、相手が悪いことを理解もできない馬鹿だったわ。あんなのはもうつぶし飽きてたから、少しは頭を使ってきたあなたたちは楽しませてもらったわ。それと、ヨルムンガントのテストになってお礼を言いたいくらいだけど、あなたたちが悪いのよ。竜の尾を踏んだら食べられても焼かれてもそれは自業自得というものなの」

「え、偉そうに、汚い侵略者のくせに、ぐあぁぁっ!」

「口の減らない小僧ね。命乞いしたほうがまだ長生きできるチャンスがあるのがわからないのかしら? 頭の悪い子は嫌いなのよっ!」

 ギーシュを握るヨルムンガントの力が上がった。人間の骨格が耐え切れる限界を超えた圧力が加えられて、生命の危機へと迫るレベルへと近づいていき、悲鳴が断末魔と化すにいたって、ついに耐え切れずにミシェルが叫んだ。

「やめろっ! そんなバカを痛めつけてなにが楽しい。この悪趣味な撫女、人形だよりで弱い者にしか手を出せないのか!」

「フン、そうして私を怒らせてこいつを助けようという魂胆なんでしょう。あいにくその手は乗らないわよ。私の受けた命令はこの国の人間を、少しでも苦しめた上で残らず始末すること、それが至上であり大前提なのよ」

「どこまでもクズが。いや、本当のクズはお前の主人のガリア王だ。無能王なんて蔑称なんて生ぬるい、下水の犬畜生にも劣る悪趣味の権化、豚小屋の中では飽き足らずに外の世界にまで意地汚く食い散らかしにきたか!」

 その瞬間、それまで愉快そうに哄笑していたシェフィールドの顔色が変わった。

「なんですって……?」

 蟻を踏み潰して遊ぶ子供のようだった瞳が鋭く尖り、声に重々しさが加わる。

 熱狂が冷め、別の狂気が空気に充満していくのを皆は感じた。シェフィールドの眼差しがギーシュから離れ、同時にヨルムンガントの手が緩んで、彼の体が零れ落ちていく。

「ギーシュ! くっ」

 たまたま近くにいた水精霊騎士隊員のひとりが『レビテーション』をかけ、彼は寸前で大地の女神とのキスを回避した。そのまま、どうにか引き寄せて治癒の魔法をかける。モンモランシーのような専門の使い手と違って、よくて痛みを和らげる程度しかないが、それでもショック死だけは免れることができる。

「大丈夫か?」

「ああ、レディの手にかかって死ぬならそれもと思ったが、どうやらそうもいかないらしい。ぼくはつくづくいいところで運がない」

「それだけ減らず口が叩ければじゅうぶんだ。骨をつぶされる前でよかったよ。今、痛み止めを」

「ま、待て、ぼくはどうでもいい。それより、副長どのが危ない。ぼくでもあの女のすさまじい殺気を感じた。こ、殺されるぞ!」

 ギーシュの引きつった声は、的中率九十九パーセントの予言だった。いまや、シェフィールドの意識の中に遊びは残っておらず、強烈な怒りと憎悪が支配していた。

「よくも言ったわね。ゴミの分際で、よくもジョゼフ様を侮辱してくれたわね。このゴミがぁぁぁっ!」

 シェフィールドの怒号。同時に、彼女の額が不気味に輝き、ヨルムンガントの手がミシェルの体を激しく握り締めた。

「うがあぁぁぁぁっ!!」

「許さない。嬲り殺してやるつもりだったけど、もう容赦はしない! 望みどおり、まずお前から血祭りにあげてやる。ただし簡単には死なさない。生きていることが嫌になるくらいの苦痛を与えて、身も心も壊してから地獄に落としてやる!」

「ぎゃあぁぁっ!」

 いきなり骨が数本一気に砕ける鈍い音が響いた。さらに吐血し、銃士隊の制服が紅く染まる。

 殺される。ギーシュのときのような遊びではない。今、この瞬間に命を奪おうとしている。ヨルムンガントの力で本気で締め上げたら、人間など跡形もない。いやそれどころか、自分の体が壊れていくほどの痛みを直に注ぎ込まれたら、シェフィールドの言うとおり、体より先に心が壊されてしまう。

「ふ、副長ぉぉっ!」

「よ、せ……く、来るな」

「へえ、もう全身の骨がガタガタでしょうに、まだ正気を保っていられるとはやるわね。でも、その精神力の強さがかえってお前を苦しめることになるのよ。さあ、もっと強く締め上げてやるよ」

「が、があぁぁっ!」

 ミシェルを握り締めているヨルムンガントの手から鮮血が滴って地面に落ちる。その凄惨すぎる光景と悲鳴に、少年たちの中には嘔吐を耐え切れない者も現れたが、数人の少年と銃士隊員は勇敢だった。かなわないと知りつつ、肉弾も同然にヨルムンガントに挑んでいったのだ。

「でえぇぇぇぇやぁ!」

「クズどもが、慌てなくてもお前たちも生かしてはおかないわよ」

 足を降るだけで、ヨルムンガントに向かってきた人間たちは全滅した。ものの数秒で動ける者はいなくなり、虐殺は屍山血河へと転落を早める。

 ヨルムンガントに倒されたうめき声、まだ生きてはいるものの、一思いに息の根を止められたほうがまだ幸せかもしれない。生き残れたとしても、仲間たちが虐殺されるのを見ながら、最後は生きたまま踏み潰されるしかない。立ち上がれる者はなく、わずかに力を残していたルクシャナも、身を潜めながら己の無力をかみ締めるしかできない。

「せめて私に、叔父さまのような力があれば。大いなる意志よ、もう人間の神でもなんでもいい。こんな終わり方なんてあんまりよ!」

 はじめて彼女は人間のために祈った。研究欲第一で仲間意識の希薄だった彼女に芽生え始めた、本人もまだ自覚していない変化の発露がここで……だが、それも無意味に終わるかもしれない。屍に変わってしまえば、どんな人間も同じなのだから。どんな可能性も、その人間が死ねば途絶える。それがどういう意味を持つかわからない者だけが、命を奪うことを楽しむ。

 シェフィールドは主人を侮辱された怒りのままに嗜虐の喜びに身をゆだね、ミシェルは自分の世界が急速に暗くなっていくのを感じた。

「さあて、ただの人間の割には持ったほうだけど、そろそろ楽にしてあげましょうか」

「サ、サイ……がはっ」

「んん? 恋人の名前かい? けど残念。もう喉が血であふれてしゃべることもできまい。さあ、ジョゼフ様を侮辱したむくいだ。体中の穴という穴から内臓を吹き出して、死ね!」

 ヨルムンガントに憎悪を込めた魔力が送り込まれ、ミシェルの全身の骨が言葉の代わりに断末魔をあげる。シェフィールドは高笑いをあげ、お前を殺した後は仲間たちも皆同じようにして、森の木に磔にしてさらしてやると叫ぶ。そしてそれを誰も止めることはできない。

 狂気の祭り、そこに捧げられた生け贄は自らの血と肉を捧げなければならない。悲鳴を賛美歌とする邪神の宴、最高潮を迎え、悲劇という名の顎がミシェルの魂をも飲み込もうと牙をむき、弱弱しくも鼓動する心臓をついに噛み潰そうとする。

 

 だがそのとき、一閃の雷が水平に大気を切り裂き、白い矢となってヨルムンガントの胸に突き刺さった。

「なっ、に!?」

 シェフィールドは、網膜を焼いた閃光に戸惑って思わず目を覆った。

 なんだ今の光は!? まだ伏兵が? 一瞬雷が見えたところからライトニング系の魔法攻撃か? しかしヨルムンガントの魔法探知装置に反応はなかったぞ。

 混乱しかけながらもシェフィールドは事態を把握しようと自分の周りを確認した。大丈夫、自分の体に異常はない。ヨルムンガントは? いや心配ないはずだ。エルフのカウンター魔法に加え、ガリアの冶金技術の粋を集めて作った高硬度の鎧を身にまとったヨルムンガントには、たとえスクウェアクラスの魔法が直撃したとしても耐えられるように作ってあるはずだ。

 が、シェフィールドの鼻に焦げ臭いがたなびいてきたかと思った瞬間、彼女の乗っているヨルムンガントがぐらりと揺らいだ。

 

「なに!?」

 

 とっさに飛び上がり、別のヨルムンガントの肩に着地するシェフィールド。と、同時にコントロールを失ったヨルムンガントの手から血だるまのミシェルが零れ落ちる。

「危ない!」

 あの状態で地面に叩きつけられたら即死だ。そのとき、唯一わずかに余力を残していたルクシャナが、全力で浮遊の魔法をかけた。

「大気の精霊よ。お願い!」

 距離がある。残った力も少ない。だが、この魔法だけは絶対に成功させねばとルクシャナは力を込めた。

 ミシェルの体が地面との衝突寸前で浮き上がり、ヨルムンガントは大地に叩きつけられる。その胸の装甲は溶けて内部は焼け焦げており、シェフィールドは息を呑む。そしてその隙を突き、ミシェルはそのまま宙をすべってルクシャナの隠れている場所へと連れてこられた。

「う、お前……」

「しゃべらないで、私の治癒魔法はあんまり強くないの。うぐっ、よくこれであなた生きてるわね」

「はは、痛いのには慣れてるからな……しかし、今のは、いったい」

「ふふ、どうやらあなたのはっぱが効いたんじゃない? ほら、あの坊や、ずいぶん派手に登場のようよ」

「ああ……なにせ、わたしの見込んだ男だからな」

 喉を詰まらせていた血を吐き出してミシェルはつぶやいた。と同時に、安心感とともに体の痛みが消えていくのを感じた。

”もう大丈夫だ……あいつが来てくれたなら、きっと。どんな手を使ったかしれないが、あいつは、みんなをいつも守ってくれたから”

 だから最後まで希望は捨てない。どんな絶望があっても、それを打ち砕く希望は必ずある。世界は、自分なんかが思ってるよりずっと広くて未知の可能性に溢れている。それを、あいつが教えてくれたんだから。

 

 ヨルムンガントを一撃で倒し、地に引き倒した稲妻。それはハルケギニアの常識を超え、尽きかけていた若者たちの命脈を保った。

 しかし、無から奇跡が生まれることはない。奇跡が起こる場所には、必ず人の姿がある。

 破壊されたヨルムンガントから視線を流し、シェフィールドは犯人の姿を探し求めた。

 そしてそれは見つかった。破壊されたヨルムンガントから続く焼け焦げた木々の先、小高い丘を通る街道に、そいつらはこちらを見下ろすように布陣していたのだ。

「な、なんだ、あれは?」

 シェフィールドだけでない。ギーシュたちや銃士隊も目を丸くした。

 それは、あまりにも彼らの常識からかけ離れた車両であった。すべてが金属で作られ、その上部についた腕部の先には巨大な皿のようなものがこちらを向いている。

 なんなんだあれは? 敵か? 味方か? だがその疑問は、先頭車の運転席に座ったふたりを見つけて、少年たちの歓呼の声で証明された。

「サイト!」

「ルイズ!」

 間違いない。ロマリアに残っていたあのふたりだった。あのふたりが、なにがなんだかわからないが、とにかくすごそうなものを持って駆けつけてきてくれたんだと彼らはその場で無条件で信じ、それはまったく間違っていなかった。

 一体減じ、九体になった巨大ゴーレムの群れに向かってパラポラを向ける四両のメーサー殺獣光線車。日本人が怪獣の猛威に立ち向かうために生み出したかつての超兵器がついに到着し、その窓から自らの敵たちを見据えるルイズと才人のふたりは、すでに戦うことを覚悟した目をむいていた。

「命中よサイト! すごい! すごいわこの武器。でも、みんなひどくやられてる。急がないと」

「わかってる……悪いみんな、おれがつまらねぇことで迷ったばっかりに……」

 才人は、あと一歩遅かったらと背中に冷たいものを感じた。ロマリアからここまで、可能な限りの強行軍を続けてやっとたどり着けた。ハルケギニアの道は当然アスファルトなど敷かれていないが、昭和四十年代の日本の道路を想定して走破性能を決めている六六式メーサー車は悪路にも強い。

 ディーゼル音を響かせ、街道を地響きと砂煙をあげて進撃するメーサー部隊には、ロマリア軍も道を開けて呆然として見送っていた。

 そして、たどり着いた戦場。そこでおこなわれていた惨劇を見て、才人のなにかが切れた。

「シェフィールド、ようやく面をおがめたな。よくも、よくもおれの仲間たちをやってくれたな。今日だけは、おれも正義の味方でいるつもりはねえぞ!」

 才人は本気で怒っていた。躊躇したがために皆を危険にさらしてしまった自分のふがいなさへ、これまでにも非道を繰り返し、今また自分の大切な人たちを傷つけたシェフィールドへの怒りが混ざり合い、一気に溶岩に変わって噴き出した。

「メーサー砲、全車一斉攻撃用意! 一号車有人操作、二号車から四号車は自動照準射撃。ルイズ、あのガラクタ人形ども、ひとつ残らずぶち壊すぞ!」

「ええ! 存分にやりなさい。あの女に、一方的にやられる怖さを思い知らせてやるのよ」

 機械音をあげて、四両のメーサー殺獣光線車が、そのパラボラをヨルムンガントへ向けて照準する。才人だけではなく、ルイズもここへ来るまでにメーサー車のマニュアルを才人に教えられながら読み込んでいた。

 今、この場に限れば四両のメーサー車はその力をフルに発揮することができる。その力を見せるときは今だ。

 

 一方、シェフィールドは眼前に現れた、見たこともない兵器の群れに困惑させられていた。

「私のヨルムンガントを、ただの一撃で、だと? あそこまで、たっぷり二リーグ以上は離れているはず。あれは、トリステインの虚無? いったい、なにをしでかした!」

 得意の絶頂で、想定外の横槍を入れられたことでさしものシェフィールドも動揺を隠しえなかった。

 倒されたヨルムンガントは、先住魔法のカウンターと強固な鎧のおかげで最大の戦列艦の艦砲にも耐えられるように作ってあるはずだ。ましてや魔法など、エルフの先住はおろか、計算上では虚無の魔法でも跳ね返すことができるはずなのに、どうしてだ? あれはなんだ? あんなものがロマリアにあるなんて聞いていないぞ。まさか、あの男……

 しかし、シェフィールドの困惑はメーサー車部隊の放つ機械音で中断を余儀なくさせられた。パラボナが動き、そのすべてがこちらに向けられる。むろん、シェフィールドに科学的な知識などはないが、彼女は直感的に背筋に冷たいものを感じた。

「う、なんだ? なにをしようとしている? いや、あれがなんであれ、たかが四両しかない。それに引き換え、こちらはまだ九体のヨルムンガントがいる。なんだかわからないが、大砲の一門も積んでいない、あんな車に負けるわけはない!」

 シェフィールドは意図して不安を無視することに決めた。見たことも聞いたこともない敵の正体など、考えてもわかるわけはない。ヨルムンガントがやられてしまったのは事実だが、まだこちらの戦力はじゅうぶんだ。なにかする前に数で押しつぶしてやる!

 

 だが、焦ったシェフィールドは勝負を急ぎすぎていた。彼女の前に現れたのは、一時期地球最強と呼んでも過言ではなかった対怪獣兵器なのだ。

 メーサー砲の照準モニターに映ったヨルムンガントに向けて、才人はついに喉から声を絞り出して叫んだ。

「全車、攻撃開始!」

 その瞬間、メーサー砲のパラポラが白熱光に包まれ、中央部から収束された稲妻状の光線がいっせいに放たれた。四条の白色の雷のクインテット、それは空気を焦がす電子音を奏でながら先頭を走っていたヨルムンガントの胸や腹にそれぞれ直撃し、いずれも鎧もカウンターも関係なく爆砕してしまったのだ。

 白煙をあげて崩れ落ちるヨルムンガント。光線が命中した箇所は焼け焦げて、もうヨルムンガントは動けない。

 勝利の笑みを浮かべる才人とルイズ。そして破壊されたヨルムンガンドを見て、絶望の淵にいた水精霊騎士隊と銃士隊の胸には希望の灯が赤々と燃え滾ってきた。

「すげえ! サイトの奴、稲妻を吐き出す箱なんて、とんでもねえもの持ってきやがったぜ」

「あいつには、いつもながら驚かされるな。よしみんな、今のうちに移動するぞ。軽傷の者は重体の者を助けて後退だ。うかうかしてると巻き添えを食らうぞ」

 大急ぎではじまった撤退。しかし彼らの心に敗北感はなかった。反省すべき点は多いが、後悔していても始まらない。自分たちはやれる限りのことをした。あとは才人を信じてまかせるのみだ。

 対してシェフィールドは、今度こそ信じられなかった。

「なんなのよ、あの雷は! こ、このヨルムンガントを」

 圧倒的な破壊力、これがメーサー殺獣光線車の放つ収束マイクロ波の威力であった。マイクロ波、一言で説明すれば電子レンジでものを温めるのに使われているものと思ってもらえればいいが、それを格段に強力にしたものである。照射された収束マイクロ波の光線は、対象に命中すると分子を超振動させて水分を一瞬で沸騰させ、焼き尽くす。

 ただし、分子運動に働きかける特性上、水分を含まない金属や無機物に対しては効果が軽減してしまうのだが、ヨルムンガントはゴーレムであってロボットではなかったのが災いした。鎧の下の本体には、機動力を上げるために擬似的な生体部品が使われており、それには当然大量の水分が含まれている。

 つまり、ヨルムンガントに照射されたメーサーは、その高出力でカウンターと鎧を貫通し、本体を瞬間過熱して焼き殺したのだ。

 この殺傷力はすさまじく、普通の生物の何倍もの生命力を誇る怪獣の細胞すら焼き尽くすことができる。まさしく自衛隊の切り札なのだ。

 シェフィールドは不幸にもそのことを知らなかった。メーサー車が、対怪獣用兵器だと知っていたら、ヨルムンガントでは正面対決は無理だと判断しただろう。が、あいにく才人はそこまで懇切丁寧に事前説明してやるようなサービス精神はなかった。

 あっというまに四体を撃破され、手持ちの戦力が半減してしまったシェフィールドは、今度こそ危機感を強くした。

「くうっ……馬鹿なっ」

 残念だが、敵の兵器の威力はヨルムンガントの耐久力をはるかに上回っているようだ。やられたヨルムンガントは完全に破壊され、二度と使用はできそうもない。次の攻撃を受けたらひとたまりもない。次の、次の指令はどうする!?

「そうだ、散れば。散開して、あの兵器の照準を混乱させればいいのよ!」

 とっさにシェフィールドは、砲兵を相手にする際の戦法をとることにした。ヨルムンガントの瞬発力はほぼ人間のそれに相当する。普段はその防御力にものをいわせて回避はほとんどおこなわないが、やろうと思えば左右に素早く跳躍するとことが可能なのだ。巨人の体躯に素早さを加えれば、大砲などでは照準が追いつかない。そして戸惑っているところに一体でも接近できれば、あとはこちらのものだとシェフィールドは自分の策に自信を持った。

 ただし、シェフィールドの基準にしたハルケギニアの砲兵と、メーサー車の射撃性能には大きすぎる開きがあった。

 散開し、明らかに照準を外しにきたヨルムンガントたちを見て、才人は慌てるでもなくほくそ笑んでいた。

「ボケが、そんなトロさで逃げられるとでも思ったか。みんなの痛み、のしつけて返してやるぜ!」

 すでに各メーサー車には次のターゲットがセットされている。この状態になってしまうと、あとはロックされた目標へと自動追尾による攻撃が継続されるのだ。コンピューターによるオート制御、ハルケギニアの人間では想像のしようもない。

 しかも、それだけではない。メーサー車の利点はもうひとつ。それは、放射を継続しながら敵を追えるという点だ。

 シェフィールドは、ヨルムンガントを散開させて、これで一気にやられることはないだろうとほっと息をついた。しかし、次の瞬間には自分の甘さを思い知らされた。メーサー車はパラボラから光線を放ち続けたまま放射機を旋回させ、逃げるヨルムンガントに追い撃ちをかけてきたのだ。

「稲妻が、追ってくる!?」

 森の木々を焼き切りながらメーサーが追尾してくる。ヨルムンガントは必死で走るが、あっというまに追いつかれて、肩を撃たれ、足を撃たれ、倒れこんだところに集中攻撃を受けて破壊されていった。

 シェフィールドの誤算、それは狙いをつけてから撃ってくる”点”の攻撃なら回避のしようもあるが、撃ちながら狙ってくる”線”の攻撃は容易には避けられないということを知らなかったことだ。メーサー車は素早く動き回れる怪獣を撃てるよう想定して開発され、唯一の実戦投入となった怪獣との戦いでは、人間並みに素早く動き回るそいつを逃がさずに一方的に打ちのめすだけの射撃性能を見せているのである。

 しかし、メーサーを放射したまま怪獣を追尾するには並大抵ではまかなえないほどの電力が必要となる。そのため、メーサー車の心臓部には原子炉が搭載されており、小型発電所とさえ言っていい。その大電力にまかせて長時間放たれるメーサーの威力は、通常の光線砲を大きく上回るのだ。

 森の中に倒れこんでのた打ち回るヨルムンガントを容赦なく焼き尽くしていくメーサー砲部隊。四両のメーサー車が再びそれぞれ一機ずつのヨルムンガントをくず鉄と土くれに変え、ここに三分と経たずしてシェフィールドのヨルムンガント部隊は壊滅した。

「お、おのれ。おのれおのれっ! バケモノたちめ」

 自分とジョゼフのために勝利の美酒を運ぶはずだった人造の巨人兵たちは、その靴底で蹂躙してきたロマリア軍と同じように、圧倒的な力によって抵抗することもできずにねじ伏せられた。残ったのは、自分が乗っている一体のみで、シェフィールドはその一体とともに森の中に伏せて隠れ、時間を稼ぐことしかできなかった。

「この私が、こんな屈辱を……おのれ、おのれえっ」

 全力を出したつもりでも、まだ相手を過少評価していたことをシェフィールドは思い知らされていた。

 悔しいが、敵の秘密兵器はヨルムンガントなど歯牙にもかけないくらい強力らしい。あんなものがあることがわかっていたら……いや、勝負を焦って突貫してしまったのは自分だ。最初の一体を一撃で倒されたときに警戒して後退していたら、追撃を受けたとしても数体は残ったかもしれない……いいや、それこそ後知恵だ。終わった後ならなんとでも言える。問題は、どうやってあの化け物たちを倒すかだ。

 思えば最初にロマリアを攻めるよう進言したのは自分だ。なのにこの醜態では、自分がジョゼフさまの顔に泥を塗ってしまう。敵にあんな兵器があるのでは、ロマリア占領など不可能だ。まだどれだけあるかわからないが、両用艦隊で空襲を試みても上空にたどり着く前に全艦撃沈されてしまうのが関の山だろう。

「だがせめて、あの鉄の箱だけは破壊しなくては……ジョゼフさま、私にお力を」

 これだけはと、肌身離さず持っているジョゼフの肖像画を見つめてシェフィールドは決意した。

 自分に残った手札は、ヨルムンガントが一体に、近空にいる両用艦隊。これをそのままぶっつけても、全滅させられるのは火を見るより明らかだ。特に両用艦隊はロマリア侵攻の要、絶対に消耗するわけにはいかない。

「ならば、理不尽なバケモノには理不尽な怪物を当ててやる。できれば、私だけの力でジョゼフさまに勝利を献上したかったが、もはや是非もない」

 シェフィールドは最後の切り札を投入することに決めた。

 怪獣サラマンドラが雄たけびをあげて、ヨルムンガントの倍以上の巨体で森を圧しながら進んでくる。

 対し、才人も勝利ムードをぬぐい捨てて、緊張した面持ちで照準機の中の巨体を睨んでいた。

「来たなサラマンドラ。ようやく本命がご到着ってわけだ」

「サイト、この車の火力で、あいつを倒せるの?」

 ルイズが、引きつった声を出す才人に不安げに尋ねた。

「わからねえな。ただの怪獣ならともかく、あいつは特別だ。気を抜くと、死ぬぜ」

 サラマンドラがいかにやっかいな怪獣かは、頭に叩き込んであるつもりだ。初代はUGM、二代目はGUYSを相手に猛威を振るい、一筋縄ではいかない相手だということは重々承知している。

 一番確実な方法は、ウルトラマンAに変身することだが、ウルトラリングは光らず、またキリエルとの夜以来、ルイズにも才人にもエースの声は聞こえなくなっていた。

”きっと、今のおれじゃあウルトラマンになる資格がないってことなんだろうな。違いない……今のおれはとんでもないヘタレに成り下がっちまった。ごめん北斗さん、今のおれには正義がなんなのかわからなくなっちまった。だからおれは、今日だけは利己的に戦ってやる。おれの仲間を傷つけたシェフィールド、全力でてめえは叩き潰してやる”

 自分の痛みなら我慢もできる。しかし大切な人を傷つけられる痛みは耐えられるものではない。

 死神にさらわれかけたミシェルを見たときに才人の胸に芽生えた、焼かれるような、熱すぎる思い。とても押さえつけられるものではない。

 また、ルイズも、激情にとらわれた才人の危うさを感じて彼に寄り添う。

「サイト、落ち着いて。あんたひとりだけの戦いじゃないのよ」

「わかってる、わかってるよ……くそっ、死なないでくれよミシェルさん。みんなの仇は、おれが討つ!」

 出口の見えない暗い迷宮をがむしゃらに走る才人。戦う意義を見失って、それでも戦うその先に真実の出口はあるのだろうか。

 

 メーサー殺獣光線車vs怪獣サラマンドラ。

 才人vsシェフィールド。

 ハルケギニアの明日を賭け、避けられない戦いの火蓋が、今切って落とされる。

 

 

 続く


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