ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第11話  最強の雷! 陸上自衛隊決戦兵器出撃 (前編)

 第11話

 最強の雷! 陸上自衛隊決戦兵器出撃 (前編)

 

 再生怪獣 サラマンドラ 登場!

 

 

 それらは、才人にとって、まさに夢のようなといえる光景であった。

 

 ロマリア大聖堂の地下深くにある広大な空間。かつての地下墓地を利用して作られたという、その場所に収められていたのは、かつて地球で活躍していた鋼鉄の獣たちの、在りし日そのままの勇姿であった。

 ドイツの名戦車タイガー、小山のような巨大重戦車スターリン。時代を上り、現在なお一線にあるチャレンジャーやメルカバまで、古今東西を問わない様々な戦車が所狭しと並べられ、才人の中の少年の血を騒がせる。

 だが、才人の視線を釘付けにしたのはそれら戦車群ではなかった。大砲を構えた無骨な姿ではなく、一見すると兵器には見えない巨大なパラボナを備え、しかしそこから放たれる強烈な閃光はいかなる怪獣にも致命の威力を発揮する、かつて陸上自衛隊がわずかな期間だけ保有していた、必殺の超兵器、その名は。

 

「六六式メーサー殺獣光線車……!」

 

 才人は畏敬の念を込めてその名を呼んだ。同時に、この世界でガンクルセイダーやアイアンロックス……戦艦大和を見つけたときと同様の興奮が蘇ってくる。ルイズはわけもわからずぽかんとしているが、才人はこの車の持つ絶大な価値を知っていた。

「サイト、なんなのこの奇妙な車は? 大砲すらついてないみたいだけど、これでも武器なの?」

「武器だよ、とびっきりのな。はは、まいったぜ、この世界にはいろんな理由で地球のものが紛れ込んできてるのは承知してたつもりだったけど、まさかメーサー車を見れるとは夢にも思わなかった。陸上自衛隊の、幻の超兵器」

 このときだけは、才人は童心そのものになって目の前の銀色の車体を見上げた。感無量とはまさにこのことをいうのであろう。なぜなら才人にとっても、日本人にとっても、この車両は特別な意味を持つからだ。

 時を遡ること怪獣頻出期も始まりな頃の西暦一九五〇年代、日本人は上陸をはじめた数々の怪獣に対して有効な攻撃手段をなにも持っていなかった。特車(当時は戦車とは呼んでいない)や機関銃、ロケット砲での攻撃がせいぜいで、それは威嚇の域を超えることはどうしてもできなかったのだ。

 結局、現れる怪獣一匹一匹に対し、弱点を突いたり、一度限りの超兵器を使ってなんとか対抗していたが、そのたびに被害は甚大で、安定した対怪獣用兵器の開発は急務であった。

 そんなときである。ある怪獣の殲滅のために、日本に貸与された国外の兵器『原子熱線砲』が日本の技術者たちに大きな衝撃を与えた。この兵器は、車載された巨大なパラボナ放射器から熱線を放射し怪獣を焼き尽くすというもので、結果的にその怪獣を倒すことはできなかったが、それまでは空中戦艦クラスの超兵器にしか搭載できなかった光線兵器を車載可能にコンパクト化したという意味では極めて革命的な兵器であった。

 光線兵器を車載化できれば、怪獣がどこに出現しても迅速に駆けつけられる上に、コストも安く済ませることができる。原子熱線砲を参考にして、それでいて原子熱線砲よりも高出力・大威力であれと、技術者たちは奮起した。その結果誕生したのが、メーサー殺獣光線車である。

 原子熱線砲の最大の利点であるコンパクトさはそのままに、熱線を収束マイクロ波に変更、さらにエネルギー伝道系や放射パラボナの形状にも改良を施したその勇姿は、すでに日本独自のものと呼んでよく、当時の可能な限りのテクノロジーが惜しげもなく注がれていたのは一目でわかる。それゆえに、一種の芸術性ともいうべき機能美に溢れており、現在でもこのメーサー車をして防衛戦史上もっとも美しい兵器のひとつと称える声は少なくなく、むろん当時の防衛関係者も存分に満足させた。

 そして、メーサー車がその真価を発揮するときがやってきた。一九六六年、羽田空港を怪獣が襲撃、調査の結果この怪獣は通常兵器で攻撃して殺害することはできても、わずかな細胞片から再生される可能性があったために、怪獣を細胞単位で完全に焼き尽くせる兵器としてメーサー車部隊に出撃が要請された。

 その威力は、まさに日本科学陣の努力の成果を存分に発揮するものとなった。隊列を組んで一斉にメーサーを放射した殺獣光線車部隊は、その強力な光線砲を十二分に活かしてアウトレンジから怪獣を圧倒。とどめを刺す寸前で妨害が入り、殺害にはいたらなかったものの、そのまま続けていれば確実に完全勝利できていたという圧倒的な強さを見せたのである。

 これは、防衛戦史上、それまで恐怖の対象であった怪獣と人間の立場が、はじめて明確に逆転した瞬間であった。巨大で驚異的な生命力を誇る怪獣に対して、人類の知恵が勝利する。その夢を実現するために払ってきた多くの犠牲と努力の結晶が、このメーサー殺獣光線車なのだと才人は語り、ルイズはその瞳に明晰な知性の輝きを宿らせて言った。

「サイトの世界でも、怪獣との戦いは苦難の連続だったのね。確かに、わたしには機械のことはさっぱりわからないけど、このメーサーシャという車がほかの戦車とは明らかに違うのはわかるわ。けど、それほどまでに切望された武器だったのに、どうして幻の超兵器なんて呼んでるの?」

「相変わらず鋭いなあ、お前は……強すぎる力ってのは、得てして恐れられるもんなのさ……」

 才人は、悲しげに息を吐くと語りだした。

 華々しいデビューを飾ったメーサー殺獣光線車、しかし、その栄光は長くは続かなかった。当時、メーサー車を配備していたのは陸上自衛隊だったのだが、そのあまりの破壊力が、専守防衛を基本にする自衛隊が保有するには強すぎるのではと批判を浴びてしまったのだ。

 結果、わずかな期間でメーサー車は一線から追われることとなった。もちろん、惜しむ声も多くあったが、ほとんど時を同じくして、超常現象・巨大生物対策専門の組織である科学特捜隊が自衛隊に代わって怪獣に当たるようになり、さらにコンパクトかつ強力な新兵器の開発が促進されたことがメーサー車の優位性を失わせてしまった。また、怪獣に対して絶対的な切り札ともいえるウルトラマンの登場が、自衛隊を完全に科特隊の支援部隊として安定させてしまった。ある意味では、メーサー車に引導を渡したのはウルトラマンだともいえる。

 メーサー車が、実戦に姿を見せた最後は、初陣から一年も経たない脳波怪獣ギャンゴ戦であった。しかも、出撃だけはさせてもらえたが、前線へは投入されずに待機のまま終わるという、デビューのときとは比べ物にならないほど寂しい幕引きだったと聞いている。

「だから、幻の超兵器なのね。それが、解体される前になにかの理由でハルケギニアに迷い込んで、ここに運び込まれた……」

「だろうな。けど、そんな理由は今はどうでもいい。こいつなら、このメーサー車なら、サラマンドラを相手に戦える!」

 才人はメーサー車の車体にそっと手を触れた。ひんやりとした感触が伝わってくる手の甲には、以前あったあらゆる武器を操れるというガンダールヴのルーンはなくなっているが、才人はこのメーサー車を使える確信があった。伊達にゼロ戦を乗りこなしてきたわけではないし、GUYSクルーの試験勉強で操縦シミュレーションもひととおりこなしてきた。GUYSクルーのジョージ隊員らは仮入隊のぶっつけ本番でグドンと戦ったのだ。先輩方にできたことが自分にできないはずがない。

 しかし、一見やる気を取り戻したかに見える才人のやせ我慢をルイズは見逃していなかった。

「サイト、戦いに行くつもりなのはかまわないわ。けど、この場のノリで今回は戦えても、それは答えを先延ばしにしてるだけよ。いえむしろ、中途半端な心構えで戦いに勝てたとしても、あんたの中の矛盾は消えはしない。そんなので、この先あのキリエルよりもっと卑劣な敵が出てきたとき、あんた耐えられるの?」

「わかってるよ。でも、答えが出てようと出てまいと、おれが今しなきゃいけないことはこれなんだ。おれは、おれのできる限りの人を助けたい。そう思ってたけど……今はみんなを、おれが失いたくない人たちのために戦うことにする!」

 今の才人にとって、その苦しいこじつけが最大限の妥協点だった。才人は、楽天的で忘れっぽい、人から見たら悩みのない幸せな性格だと言われることがよくあるが、彼とて人間に変わりはない。人から見たらたいしたことがないことで悩みもするし、笑われるようなつまらないことで迷いもする。そして今回はつまらないことでも笑われることでもなく、重大なことであった。

「そう……なんにしても、あんたの世界の武器はあんたにしか扱えないんだからいいわ。けどあんたバカなんだから、あまり思いつめるんじゃないわよ」

「ごめん……さて、じゃあやるとするか!」

 今はごまかしでもそれでいい。それより、時間を浪費して失うべきではないものを失うほうがよほどに怖い。仲間たちの屍を前にすることになったら、それこそ後悔と懺悔の中で過ごさなくてはならないだろう。

 才人は、メーサー車の前に連結されている牽引車の運転席によじ登ると、中を探して一冊の冊子を見つけ出した。

「あった、操作マニュアル……これで、なんとかやれるか。だが急がないと、ルイズ! 手伝ってくれ」

 迷いを胸のうちに封印して、才人はふっきるように叫んだ。四両のメーサー車のうちどれだけが使えるか、それを見極めて稼動状態まで持っていく。時間はいくらあっても足りず、才人はルイズに指示を飛ばした。

「ルイズ、牽引車の燃料がどれだけ残ってるかチェックしてくれ。ゼロ戦と同じだ、メーターの針が上を向いてればいい」

「わっ、わかったわ!」

 メーサー車は自走はできず、牽引車を必要とするために燃料は不可欠だ。ルイズは才人と何度もゼロ戦に乗ったおかげで、ある程度は計器がどういう役割を持つのかを記憶している。幸い、ディーゼルエンジンを動かすための軽油はどれも満タンで、エンジンをかけてみたら好調な音を発してかかってくれた。

 問題は、本体の光線車である。これが動かなくてはメーサー車といえどただの箱にすぎない。才人は緊張して、マニュアルに記されたとおりの手順で光線車のコンピュータのチェックをおこなった。ところが、一両でも使えれば上出来だと思っていた才人の期待は逆の意味で裏切られ、なんと四両すべてが健在な状態で使えることがわかった。

「とんでもねえ、こいつらみんな生きてるぞ。全部、新品同然だぜ」

「それはすごいじゃない! あ、でもサイトひとりじゃどっちみち一両しか動かせないわね」

「いや、一両動かせたらほかの車両は遠隔操作できるから大丈夫だ。マニュアル見てわかったけど、こいつは素の六六式じゃねえな。細かいところでいくつか改良が施されてる。これなら、おれでもじゅうぶん動かせそうだ」

 操縦の簡略化とオートリゼーションが進んでいたのは才人にとって驚きであり、ガンダールヴを失っている身としては非常にありがたい。思えば当時、兵器の進歩は日進月歩であり、同時期の科学特捜隊の主力機である小型ビートルは素人のホシノ少年でさえ離陸可能なほど操縦が容易であった。乗り物の操縦が簡単であればあるほど好ましいのはすべての乗り物に共通することであるし、無線操縦が可能なのも人的被害を軽減させるためには重要な機能である。

「昔の人は、わずかな時間でも少しでも性能を上げようと苦心してたんだなあ」

 まったく頭が下がる思いだった。もし、初期型のメーサー車ならば、一両をやっと動かすだけがせいぜいだったろう。先人の偉大なる努力の結晶を、無駄にするわけにはいかない。メーサー車は小型原子炉を積んでおり、エネルギーもじゅうぶんだ。

 才人はルイズと協力して、急ピッチで出撃準備を整えに戻った。時間はない。こうしているあいだにも、仲間たちが危機に近づいているのは間違いないのだ。

 

 

 そして、才人たちの危惧したとおり、水精霊騎士隊と銃士隊は知らぬままに虎の尾を踏もうとしていた。

「あれがガリアの騎士人形か。なんだかぼくたちが、巨大なチェス版の上に迷い込んでしまったような気がするな。さしずめ騎士人形がポーンで、ガリア艦隊がルークやビショップ、向こうで暴れてる怪獣がクイーンというところかな。で、ミス・ルクシャナ、あの化け物たちをご覧になったところではどうですか?」

「悪い予感が大当たりってとこね。あれだけのゴーレム、蛮人の魔法技術じゃ作り出せっこないわ。やっぱり、叔父さまの残したネフテスの技術が悪用されたみたいね。精霊の力をあんなものに……やっかいね」

 戦場を遠目に見る、少し高い丘から身を潜めつつ、ギーシュがルクシャナに意見を聞くと、案の定最悪の答えが返ってきた。敵はエルフの技術を用いて作られた未知のゴーレム、しかしまだこちらに気づいてはいないようだ。戦うか逃げるか、敵を見てから最終判断を出すつもりだったが、これならとギーシュはミシェルと隊員たちを交えつつ作戦を立てはじめた。

「ううむ、自立型ならともかく、術者がコントロールするタイプのゴーレムなら気づかれない限り大丈夫そうだな。とはいっても、はてさてこっちはどうひいき目に見てもポーンばっかりの駒で、どうやってやりますか副長どの?」

「チェスに例えるなら答えは簡単だ。狙うのは敵のキング、騎士人形と怪獣を操ってる奴をなんとかすればいい。おい、『遠見』で、指揮官らしい女は見えるか?」

「あーっ、いました。最後尾の騎士人形の肩に、情報どおりの黒い髪の女です。けど、まわりを別の騎士人形ががっちりと固めていて、とても近づけたものじゃないですよ。あれじゃ、最大のカノン砲を撃ち込んだところではじかれますぜ」

 さすがに術者がターゲットにされることくらい警戒しているようだった。当然のことだが、楽にはいきそうもない。

「敵も馬鹿ではないらしいな。それでミス・ルクシャナ、あれがエルフの技術で作られたものだとしたら、弱点などわかりませんかね?」

「無理ね。あれだけ全身を鎧でかためてたら、なにかあっても隠れてしまうわ。一体だけならわたしがどうにか止められないこともないでしょうけど、十体はちょっと多すぎるわ。ほんと、迷惑な玩具を作ってくれたものよ」

 それにしても、『遠見』の魔法で見るガリアの軍団は、聞きしに勝る勢いの鋼鉄の濁流であった。ロマリア軍がどんなに工夫を凝らし、堅固な陣をひいても、怪獣サラマンドラが圧倒的な力で粉砕し、崩れたところをヨルムンガントの群れが蟻をつぶすように踏み潰していってしまう。さらには、そんな地上の暴虐に心を奪われているかのように、上空のガリア艦隊も地上にある人間の手が加わっていると見えるものには手当たり次第に砲弾をばらまき、焼き払っていく。まさしく地獄絵図であった。

「ガリア軍が怪獣を操っているって、半信半疑だったけど、どうやらマジだったみたいだな。しかしいったいどんな魔術を使っているんだかねえ」

 暴虐を繰り返しながら、徐々に近づいてくる怪獣とヨルムンガントを前に震える声でギムリがつぶやいた。才人たちはともかく、彼らがジョゼフらの操る怪獣と直接対峙するのはこれがはじめてだ。以前ガリア上空でデキサドルと戦ったときは明確にジョゼフの差し向けたものだという物証はなかったが、今度は明確に指揮がとられている。

 人間が怪獣を武器として使う。考えるほど恐ろしい話だ。スマートなシルエットをした怪獣は、土色の体に砂埃を浴び、火山が燃えたきるように炎を吹いて暴れている。しかしガリア軍には手を出すことはなく、ガリア王ジョゼフは悪魔と取引でもしたのではないかと少年たちは身震いするが、ギーシュが虚勢半分で皆に言った。

「みんな、敵は手ごわいが恐れることはないぞ。ぼくたちは、あんなのよりもっと恐ろしい本物の悪魔と戦ってきたじゃないか! エルフの国を救った戦いを思い出せ。今回が、あれよりつらいとは思えないぞ」

「う、うおぉーっ!」

 その一声で、とにもかくにも水精霊騎士隊に限ってはやる気を取り戻した。単純な連中め、と銃士隊員たちは呆れるが、今にはじまったことでもないので黙殺する。それよりも今は目前の敵だ。ミシェルは、悠然と進撃してくるヨルムンガント軍団を見据えて作戦を説明した。

「いいかお前たち、奴らに力で対抗しようとしても無駄だ。とりあえず怪獣は無視してやりすごす。問題は、あの指揮官の女だ。あいつさえこの場に釘付けにできれば、全体も動けなくなるだろう。皆、ロマリア軍からいただいてきた爆薬は持ってるな。そいつを騎士人形の進路に埋めて霍乱する。地雷作戦だ」

 全員が無言でうなづき、火薬の詰まった袋を取り出した。正面きって戦えない相手に対抗するには罠を仕掛けてはめるしかない。こんなやり方、正規の軍であれば卑怯だとか姑息なとか言われて嫌悪するものだが、彼らはフェアプレイをする価値もない相手もいることを理解していた。

 それよりも、今自分たちのいる防衛線のすぐ後ろには、近隣の町村から逃れてきた避難民が街道に残っている。ここで足止めに失敗すれば、徒歩で逃げるしかない大勢の民間人を怪物どもの前にさらすことになってしまう。一年前のトリスタニアでベロクロンが起こした惨劇、あれはもう二度と見たくはない。

「いくぞ、全員見つからないように身を低くして動け」

「了解」

 この無意味な戦争で生まれる犠牲を少しでも少なくする。それを心の支えとして、銃士隊と水精霊騎士隊は動き出した。

 しかし、息を潜めて近づこうとしているはずの彼らを、見えないはずのシェフィールドはとうの昔に補足していたのだ。

「くく、またぞろやってきたな虫けらどもめ。このヨルムンガントを、ただ硬いだけのでく人形と思っているわね。だけども、その油断が命取りなのよ。さあ近寄っていらっしゃい、極上の苦痛と絶望を味わわせてあげるわ」

 破壊と殺戮の快感に酔った目でシェフィールドは言った。彼女のかける片眼鏡には、息を殺して近づくミシェルたちの姿がありありと映し出されている。危ない! これでは闇夜のカラスが白く塗られてしまったようなものだ。

 ヨルムンガントは、あくまで何にも気づいてないという風を装って堂々と行進を続け、罠を仕掛けようともくろむミシェルたちとの距離は徐々に縮まっていっていた。

 

 

 一方で才人たちは、仲間たちがそのような危機的な戦いに誘い込まれようとしていることなど、当然知るはずもない。

「どうサイト? 動かせそう?」

「簡単そうに言うなよ。寝てる馬に鞭入れるのとはわけが違うんだぞ。くそっ、なにせパソコンもない時代のコンピュータだからな。起動にけっこう時間食うし、マニュアル見ても専門用語が多くて……ったく、よくアナログでここまで作ったもんだよ。きっとこれで、動けっ!」

 才人は祈るような思いでメーサー車の起動プログラムをスタートさせた。旧式戦車と違い、メーサー車は超精密機器だからコンピュータが立ち上がらなくては役立たずの箱に過ぎない。

 しかし、その心配は杞憂であったようだ。起動と同時に、メーサー車と牽引車からディーゼル音と電子音が共鳴する快い音が地下墓地に響き渡り、才人はほっと胸をなでおろすとルイズに叫んだ。

「いいぞルイズ! いけるぞ。動かせる!」

「やったじゃない! これでガリアに一泡吹かせられるわね」

 ルイズも喜び勇んで、才人の乗る牽引車の運転席によじ登ってきた。

 牽引車はディーゼルエンジンを吹き鳴らし、力強い振動が伝わってくる。その、ハルケギニアにはありえない機械の強烈な脈動を体に受けて、ルイズはふと牽引車の運転席の高さから、地下墓地に並んだ地球戦車の群れを眺めてつぶやいた。

「こんなものを何十・何百と作り出せるって、ほんとうにサイトの世界の力ってすごいのね。もしトリステインに、ここにあるだけでもサイトの世界の武器があれば、小国と侮られないですむのかしら」

 トリステインはハルケギニアの国々の中では領土は最小で、国力も低い。トリステインの貴族は、自国の小ささを歴史と伝統を誇ることで無視しているが、どんなにごまかしたところで現実の劣等感を完全に消し去ることはできはしない。

 ルイズもその例外ではなく、キュルケと張り合っているときなどはゲルマニアを野蛮とののしりながらも、いざ比べると自国の自慢できるところの少なさにコンプレックスを感じていたのだろう。しかし、自分の国を愛し誇るのは大切なことだが、軍事力を国の誇りにするのは危険で愚かなことだ。才人は、ルイズのそんな危うさを感じて、地下墓地の一隅を指差した。

「戦争ってのは、つまるところ自分か他人がああなるってことさ」

 才人がうながした先には、一台の戦車が砲身を下にして置かれていた。それは、一見すると無傷に見えるが、正面の装甲に真ん丸な穴が開けられていて、よく見ると砲塔が車体からずれて、すきまが黒く焼け焦げている。恐らく、敵戦車との撃ち合いに負けるかなにかして装甲を敵の砲弾に貫通され、内部で自分の弾薬が誘爆してしまったのだろう。

 ルイズは、才人がなにを言いたいかを悟った。戦車がなんであるのかを詳しく理解することはできなくとも、あんな状態になってしまった戦車の中にいた人間がどうなってしまったのかは容易に想像がつく。ルイズは、吐き気をもよおしそうになる想像を頭を振って慌てて振り払った。

「あんなふうに死ぬなんてごめんだけど、あんなふうに人を殺すのも、できれば一生ごめんこうむりたいわね」

「つまるところ、戦争の害悪なんてのはそこなんだろうぜ。普通にベッドの上で孫に看取られて逝けるような人が、家族を残してむごたらしく死んでいく……一号車、マニュアル操縦。二号車から四号車まで自動操縦モード、プログラム同調完了まで五分か」

 古いコンピュータだけにそれだけかかるようだった。才人は、最後の調整を終えるとマニュアルブックを置いて、さっき指差した戦車をもう一度眺めた。大破した戦車はいわば鉄の棺桶、国家にとって軍事力は欠かすことのできないものだが、人の血肉を大量に要求しながらもひとかけらのパンも一滴のワインも作れない使い勝手の悪い道具である。

 しかし、馬鹿な人間ほど軍事力を万能の道具と見なしたがる。才人は、社会科の授業で教師に聞かされた言葉を思い出した。

『心の貧しい人間ほど、黄金の鎧をありがたがるものです』

 その意味、まだよくはわからないけれども、心には強く残っていた。

「おれはトリステインは嫌いじゃねえよ。小さくてもきれいないい国だと思ってる。戦車の似合うところじゃねえ、おれの世界の悪いところまでこの世界に持ち込んじゃいけないと、おれは思う」

 才人の言葉に、ルイズはうなづいたが、完全に納得したわけではなかった。

「そうね。けど、戦争はこっちが仕掛けるんじゃなくて、相手に仕掛けられることもあるのよ。あんた、もしも自分の国が攻められるようなことになれば、どうするつもりなの?」

「そのときは、侵略には断固として立ち向かうさ。けど、今回の戦争は違う。ガリアの軍隊はジョゼフのいいように操られてるだけだ。だからこいつは、怪獣と、せいぜい騎士ゴーレムを相手にだけ使う。戦争には使わねえ」

 断固たる意思を込めて才人は言った。ガリア王ジョゼフには、積もり積もって恨みがある。ルイズの虚無を狙ったこと、ティファニアをさらったこと、あいも変わらず悪さを企んでいるようだがそうはいかない。ただ、そのために無関係なガリアの兵隊を傷つけるわけにはいかない。

 けれども、ルイズは危惧する。

「あんたらしいわね。けど、こいつがすごい威力を持つ兵器だって公になったら、ロマリアの軍隊もほっておかないわよ。奴らの手に渡ったら、すぐには使えなくても、いじってるうちに手探りで使えるようになったらどうするの?」

「それは……」

 才人は考えた。ルイズの言は無視できず、もしメーサー車がこの国のバカな人間の手に渡ってしまったらやっかいなことになる。固定化をかけてあるのでメンテの頻度が少なく、一両だけでも使える状態で残ったらハルケギニアの歴史に決していい影響は残さないだろう。

 なにか、いい手はないか? 才人は戦争を止める行為が戦禍の拡大を招くのだけは避けたいと思案をめぐらせるが、どうにもいい方法は浮かばない。ところが、ふと地下墓地のさらに隅に目をやったときだった。黒山のような、焼け焦げた鉄の塊が目に入ってきたのだ。

「なんだ、あのスクラップの山? まあいいや、なんか使えるものがないかな」

 なかば、気分転換のつもりで才人はそのくず鉄の山に近寄った。もちろん時間がないので、少し見たらすぐに戻るつもりだったが、そばに寄ると、それもなにかの車両の残骸で、しかも見たところ全長二十メートル強とメーサー車よりもさらに巨大であったことがわかって唖然とした。

「もう原型がないが、元は相当な怪物だったんだろうな」

 その車両はかろうじて車底と巨大な車輪、キャタピラが残っているだけで、車体のほとんどは内部から爆発でもしたかのように跡形も残っていなかった。これだけの巨大な車を跡形もなく吹き飛ばすほどの爆発というとどれほどのものだったのか。才人は空恐ろしさを感じたが、のんびり見物してるわけにもいかないと戻ろうとした。

 ところが、足元に転がっていたその車両の残骸の鉄板に残されたアルファベットと、並列して描かれていたエンブレムを見て才人は仰天した。

「TDF……地球防衛軍、ウルトラ警備隊!?」

 冗談かと思った。しかし、赤地の紋様の中に地球が描かれたエンブレムは間違いなく、あのウルトラ警備隊のもので、才人はそこから連想して、この車両が元はなんであったのかを悟った。

「そうか、マグマライザーだったのか」

 そういえば、車輪とキャタピラの特徴的な配列には覚えがある。地底戦車マグマライザー、ウルトラ警備隊が配備していた特殊重戦車で、地底に潜む敵の探査及び攻撃に使用され、対ギラドラス戦、対ガッツ星人戦など、多くの活躍を見せている。

 しかし、このマグマライザーはなぜこんなにも無残な姿になってしまったのだろうか。地底を掘り進むためのマグマライザーの車体は非常に頑丈にできているのにと思ったが、内部から爆発したような跡を見て思い出した。

「もしかしたら、ゴース星人の基地を吹っ飛ばすために自爆したやつか。ひょっとしたら、そのときの爆発で次元の裂け目が生じて……いや、こいつがマグマライザーなら、もしかして!」

 なにかを思いついた才人は、マグマライザーの残骸の山をよじ登った。コクピットのあったあたりの残骸を掻き分けると、その下から銀色の頑丈そうなアタッシュケースが出てきた。

「やっぱり、誤爆を防ぐためのこのケースに入ってたからそのままだったんだ。当時は急いでただろうから、こいつのことは忘れられてたんだろうな」

「サイト! なにやってるの、時間がないのよ」

「あ、ああ、すぐ戻る!」

 才人は慌てて、そのケースの中に入っていたものを取り出すと懐に無理矢理しまいこんだ。

 

 着膨れした姿で牽引車の運転席によじ登ると、ちょうど自動操縦のプログラムが完了したところだった。

「遅いわよ!」

「悪い! ようし、動かすぞ」

 ギアを入れ、牽引車はメーサー車を引いてゆっくりと動き出した。

 調子は良好、これならいけると思ったときだった。突然、才人が首にかけていたペンダントの鎖が切れて、落ちてしまったのだ。

「あっ、ミ、姉さんのペンダントが」

 乾いた音を立てて床に転がった銀のペンダントを、才人は慌てて拾い上げた。

 それは、才人が以前ラ・ロシェールでミシェルにプレゼントしたロケットつきのペンダントであった。才人は、銃士隊が出発する前にミシェルが残していった言葉のひとつひとつを思い出していった。あのとき、戦場へ向かうべく銃士隊を連れて宿を出ようとした彼女が去り際、急ぐ足を止めてまでルイズと語り合った一言一言が忘れられない。

 あのとき……ふたりは消沈した才人の前で睨み合い、こう言ったのだ。

「なによ、サイトをかばいだてするつもり?」

「いいや、今のサイトを無理に連れて行ったところで足手まといになるだけだろう」

 ルイズは、ミシェルが意外にも才人に対して冷たい言葉を発したことに少々驚いた。けれども、自身の目に注がれてくる彼女の強い視線に、ミシェルがあえて自身の感情を言葉に出さずに押し殺しているのを気づいた。それは愛する人を見る女の目ではなく、戦場におもむく軍人としての眼差しであった。

「ずいぶんあっさりしてるわね。腑抜けたこいつを見て、愛想が尽きた?」

「さあな、しかし迷いを抱えたままの奴が戦場に行ってもミスをしでかすだけだ。それで死ぬのが当人だけならかまわんが、巻き添えで死人が出たら目も当てられん。違うか?」

 挑発するようなルイズの台詞にも、ミシェルは淡白な返答で済ませた。完璧な正論で、反論の余地はどこにもない。もちろん、ルイズもミシェルの言うことが正しいのだということはわかっている。

「ええ、今のこいつはものの役には立たない。だからさっさと行きなさい。そして、さっさと帰ってきなさい」

「当然だ。わたしの部下に、死んでかまわん者などひとりもおらん。だから、ミス・ヴァリエール……サイトを、頼んだぞ」

「言われるまでもないわ。さあ、時間がないわよ」

 ルイズとミシェル、二人の視線が交錯する。二人とも、才人とは浅からぬ縁を持つ者同士、ライバル同士であるがゆえに、視線にはお互い単純ならざる意思が込められているが、二人は言葉にしなくてもその大部分を理解した。

 確かに、言いたい事は山のようにある。しかし、言葉は口に出すことで重みを増すものと失うものの二通りがあり、ルイズはこのときミシェルの口に出さないがゆえの優しさと強さを感じ、ミシェルはルイズに自分に確かに応えようとする強い信念を感じた。

 私情に身を任せたいが、今はそんなことを言っている時ではない。それぞれができることをやらなくては、多くの尊い命が失われてしまう。そうなれば、心に残るのは大いなる後悔と罪悪感で、それは一生消えることはない。

 しかし、ミシェルは部下たちと共に立ち去る寸前に、少しだけ才人に言い残した。

「サイト、お前の身になにが起こったかは聞かない。けれども、お前がそこまで悩むほどのことなのだから、ただごとではないのだろう。我々は行くが、言ったとおり今のお前は足手まといになるだけだ……しかし、悩むことは悪いことではない。悩むってことは、自分と向き合うということなのだから、思いっきり悩んで答えを見つけて来い。その時間くらい私たちが作ってやる。自分を追い詰めすぎて自滅しかけた以前の私のことを知っているお前なら、きっと正しい答えを見つけ出せるさ」

 慈しみと信頼が、ミシェルの言葉には溢れていた。

 どうやら、才人に過去の自分を重ねていたのはひとりだけではなかったようだ。ルイズもミシェルも、過去には自分のありようで迷った者同士、その迷いから抜け出るきっかけをくれた才人をほっておくことはできなかった。

 けれども、優しい言葉が必ずしも相手のためになるとは限らない。だからこそ、ああしてあえて助言を与えるだけにとどめたのだろう。自分と向き合い、考えることの大切さを知っているからこそ、今度はそれを才人に与えるために。

「サイト、これを持っていろ」

「これは、前におれがあげた……」

「ああ、だが返すわけじゃない。それは、わたしにとって命の次に大切なものだ。それを預けるということは、わかるな……? サイト、わたしは不器用でうまく言えないが、なにがあろうとお前の味方だ。それだけはずっと変わらないよ」

 ミシェルは、肌身離さず身につけていた、あの銀のペンダントをはずして才人に託した。本当は、乙女のような、甘美な言葉で慰め、ずっと寄り添っていたかったけれどもそれはできない。才人は、ミシェルにとって勇者だが、自分はあくまで戦士であって姫ではない。

”戦乙女がどんなにがんばっても、ニンフやヴィーナスにはなれないさ”

 ミシェルは自分の無骨さを悲しんだが、剣と杖を握り続けて硬くなった自分の手に花を握っても似合うまいとあきらめている。できるのは、己の血と肉を盾にすることくらいだ。でも、それができるだけ昔より幸せだとも思っている。国だとか革命だとか、そんな空虚な目的ではなく、ただ好きな人のために戦える。その喜びを教えてくれた恩を、忘れたことはない。

 そして、恩は返さなければいけない。

「え、と……」

 才人がなにかを言おうとすると、ミシェルは手で制して背中を向けた。迷いがあるときの、中途半端な言葉を返されてもなんの足しにもなりはしない。

 その代わりに、去り際に横顔に微笑を浮かべて少しだけミシェルは才人を振り向いた。それは、心から愛する人を思った優しさに満ちた女神の微笑み……しかし、想いを振り切って死地へと向かう、美しくも、寂しく悲しい微笑であった。

「まるで形見じゃねえか……バカヤロー」

 銃士隊も去り、才人はミシェルに託された銀のペンダントのロケットに映った自分の顔を見て吐き捨てた。

 なんて、自信のないみじめで貧相な面構えだろう。これが自分の顔だとは、なんて情けないことか。才人は、自分はウルトラマンのように強くはないが、たった一度の敗北でここまでダメになってしまうほど弱いとも思っていなかった。

 ついさっきも、どうして去っていくミシェルたちの後を追えなかったのか。彼女から、半身にも等しいものを預けられながら、どうしてひとかけらの勇気さえ出てこなかったのか。後悔の念が抑えようとしてもとめどなく湧いてくる。自分はここまで臆病だったのか? おれはいったいどうしちまったんだ!

 才人は悩みとまどい、心中で自分自身にありとあらゆる罵声を浴びせかけた。立て! 行け! この馬鹿野郎! 心の中で天秤が揺れる。才人は、皆の思いやりを活かせない自分に苛立ち、自分の中の自分でもわからない心を相手にもがき続けた。

 

 それが、ほんの数時間前のこと……才人は、鎖の切れたペンダントを握り締めて、その金属の冷たさを感じながら思った。

”まさか、ミシェルさんの身になにか。くそっ、おれはバカだ。いつも威勢のいいことだけは言うくせに、こんなときに役に立てないんじゃあ、口だけのガキじゃねえか。お前はいったい、いままでハルケギニアでなにを学んできたんだ平賀才人!”

 才人の心に、大きな焦りと不安がかけめぐっている。虫の知らせというのか、馬鹿げたことかもしれないが、才人にも数多くの戦いを繰り返してきたからゆえの勘のようなものが備わっている。それが、仲間たちの危機を敏感に察知していた。

 そのとき、操縦席のパネルに、全車自動操縦ONのランプが点った。これで、才人の乗る一号車に従って残りの三両も動く。だが、ギアに手をかけようとしたところで才人の手が止まった。

”いいのか? そんなことをして、苦労したところでまたやっかいもの扱いされるだけじゃないのか。正義の味方ぶってがんばったところで余計に事態を悪化させるんじゃないか? むしろこんな腐った国、戦争で丸ごと焼け野原にしたほうがすっきりして平和になるんじゃないか。疲れるだけだぞ、無理するなよ”

 心の奥底から、もうひとりの自分がささやきかけてくる。これまでの戦いの時には聞こえなかった、あるいは聞こえても軽く無視していた、反対の自分の声がここまで大きく聞こえてきたことはない。

 しかし、今はそうしている時ではない。迷いがあろうとなかろうと、座視していたらすべて失ってしまうかもしれないのだ。

「ちきしょう、おれのバカヤローが!」

 才人は考えるのをやめることにした。まだ、自分への答えはまったく見えていないが、のんびりしている時間はない。忘却でも棚上げでも、自分を殺し、自分をごまかすことになっても、戦わなくてはすべてを失ってしまう。もしも、仲間たちの死体を目の当たりにするようなことになれば、一生を罪の意識と後悔にさいなまされ、悪夢にうなされ続けることになるだろう。

 迷いを無理矢理心の奥に封印し、才人はギアを入れ、アクセルを吹かせた。

「よぅし! 一号車、出撃するぞ。ジュリオ、道を開けろ!」

「ああ、今、坑道の門を開いたところさ。ロマリアの地下には、地下墓地の跡や地下水道のトンネルが縦横に張り巡らされているんだ。ここをまっすぐ走っていけば、ロマリアの街の郊外に出られる。あとは街道ぞいに行けば、戦場にたどりつけるだろうよ」

「ジュリオ、覚えてろよ。お前には、あとで聞きたいことが山のようにあるんだからな」

「いいとも、ただしその前にロマリアに迫る不届き者たちを成敗してくれたまえ。ぼくはこう見えても義理堅いんだ、恩人には誠意を持って応えてあげるよ」

 どこまでも鼻につく野郎だと思いつつも、才人は無視してメーサー車のハンドルを握り締めた。

 だが発進する直前、ジュリオがルイズに向かって窓からなにかを投げ入れてきた。

「忘れ物だよ。ミス・ヴァリエール!」

「これって、わたしの杖じゃない。途中の宿場町に預けてあったはずなのに」

「今、届けられたんだ。ギリギリだったけど間に合ってよかったよ。それさえあれば、君も心置きなく戦えるだろう」

 ルイズからの礼の言葉はなかった。これではまるで、ロマリアに入ってからずっと、彼に見張られていたようなものだ。才人と同じ得体の知れない胡散臭さをルイズも感じた。ジュリオと、おそらくは彼の背後にいる何者かは油断ならない相手だ。

 敵か味方か、しかし今優先すべきことはそれではない。才人はアクセルを吹かし、メーサー車を地下墓地から続く坑道へ走らせた。

 暗いトンネルの中を、牽引車のライトを頼りに進撃し、残りの三両もぴったりと後をついてくる。

 やがて、上り坂から地上へ出ると、ジュリオの言っていたとおりに、そこはロマリア郊外の一角。街道沿いの丘のふもとであった。

「サイト、見て!」

 ルイズの指し示した北の空。そこには雲とは明らかに違う黒煙がたなびいていて、ときおり砲撃と思われる閃光が輝いていた。

 ガリア軍は、もうすぐそこまで来ている。死と破壊をふりまきながら、この虚栄の都を地上から消すために。

 だが、そうはさせない。

「ロマリアもガリアも知るか! 戦争でも陰謀でも勝手にやってやがれ。だけど、おれの仲間に手を出すのだけは絶対にゆるさねえからな」

 才人は怒りを込めて、戦いがおこなわれている空を望んだ。心は定まらず、誇りも信念もボロボロだが、鬼になってでも戦わねばなにもかも終わってしまう。そんな才人を、隣でルイズは心配そうに見守っている。

”サイト、やっぱり無理してる……けど”

 本来なら、才人は戦いから遠ざけて休養をとらねばならない精神状態だろう。しかし、今はどうしても才人しか使えない異世界の武器の力が必要なのだ。自分の虚無の力は不安定かつ不確定で、おまけに消耗が激しいから単体の敵はまだしも軍団の敵には分が悪い。

 結局、伝説の力も万能とはほど遠いのだ。だがそれでも、ルイズは決意していた。

”今のサイトは自分の身をかえりみる余裕もない。だったら、わたしがサイトを守る! ミシェル、あんたに言われるまでもないわ。サイトに近づくバカは燃えカスも残さず、わたしの魔法で吹き飛ばしてやる”

 勝負はこれからだ。ガリアでもなんでも、ケンカを売りたいというなら買ってやろうじゃないか。

 ちょうど今、こっちは機嫌が最悪なのだ。手加減なんか期待するなと、ルイズと才人は吼える。

「頼むわよ才人。こんなつまらない戦で、わたしたちの仲間は誰も死なせられない」

「ああ、今のおれの仕事は敵に勝つか負けるかだ。いくぜ、ハルケギニアL作戦……開始!」

 轟音をあげ、陸上自衛隊の決戦兵器がハルケギニアの大地を行く。はたして才人の救援は間に合うのだろうか……?

 六六式メーサー殺獣光線車、歴史のかなたに忘れられた旧式兵器がハルケギニアの最新魔法兵器に勝てるのか?

 そして、サラマンドラを相手に通用するのか? 様々な思いを乗せて、決戦の時は迫る。

 

 

 続く


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