ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第10話  ひび割れた誇り、才人を待つ地下墓地の槍

 第10話

 ひび割れた誇り、才人を待つ地下墓地の槍

 

 再生怪獣 サラマンドラ 登場!

 

 

 ガリアとロマリアの間で始まった理不尽で身勝手な戦争。ロマリアの陰謀に端を発し、ジョゼフがその企みに乗る形で開始されたこの戦いは、開幕の序章からすでに狂乱と本能の赴くままに暴れる惨状をなしていた。

 

 ロマリアの軍と、越境してくるガリア軍との戦い。それは時をおかずに、立ち上る煙や大気を震わす轟音を持って、何も知らずに今日の日を過ごしていた民人に、戦争が始まったのだという事実を知らしめた。

 最初はときたまある国境でのものごとや、他国への示威行為の景気づけの大砲だと気にも留めていなかった近隣の住人も、轟音がいつまで経っても収まらず、むしろ大きく近づいてくると平静ではいられなくなった。

”これはいつもの遊びではないのか? まさか、本当に戦争が始まったというのか!”

 事情を飲み込めずに、右往左往する人々。彼らに真実を伝えたのは、敗走してきた兵士たち、そして村の中に着弾した流れ弾の炸裂であった。

「戦争だ、本物の戦争が始まったんだ! に、逃げろぉ」

 逃げた者はかろうじて一命をとりとめ、村を捨てるのをためらった者は、追い立てられてきた兵士と同じように、ヨルムンガントの洗礼を受けた。シェフィールドは相手が無防備な一般人でも容赦することはなく、手の届く範囲にいた人間は差別することなく平等に扱われた。

 いくつかの村の名前が、地図から永遠に削除され、まるで蝗軍に襲われた土地が一本の草も残さず食い尽くされていくように荒野と化していく。

 また、上空で継続していた艦隊戦も、最終的には数で圧倒的に勝るガリア両用艦隊の勝利に終わった。

 が、バラバラの木屑となって沈んでいくロマリア艦隊を見るに及んで、ガリア艦隊の将兵たちは自分たちがとんでもないことをしてしまったと後悔した。ロマリア艦隊が全滅する直前、ガリア本国から伝書ガーゴイルで届けられた通信文が、艦隊全将兵の血液を凍結させたのだ。

 

「我が同盟国であるロマリアへ土足で踏み込んだ反乱軍艦隊に告ぐ。貴官らの王家への反乱行為は、始祖の血統に対する侮辱であり、並びに始祖の代理人たる教皇陛下の軍への敵対行為は、神と始祖をも冒涜するに他ならない。よって、ガリア宗教庁の名を持って、貴艦隊の全将兵を異端認定するものなり。すでに、艦隊全将兵の名簿は抑えた。罪を悔い改め、裁きを待つがよい」

 

 この瞬間で、ガリア艦隊の将兵たちは、上は司令官から下は見習い水兵まで、自分たちがはめられてしまったことと、退路が完全に絶たれてしまったことを悟った。通信文の届いたのが、いくらなんでも早すぎたことから考えても、あらかじめこうなることを想定していたとしか思えないが、それにしても艦隊全将兵を異端認定してくるとは誰も予想だにできなかった。たとえロマリアと戦う意思など持っていなくとも、撃ってしまったという事実があれば罪を認定することはたやすい。そして異端認定されるということは、ハルケギニアにおいて最悪の罪人のレッテルを貼られてしまうことだとは子供でも知っている。

「くそっ、あの無能王め。これでもう、俺たちに引き返す道はなくなってしまった!」

 艦隊指令は歯噛みしたが、すでに後の祭りでしかない。

 ガリアに帰れば、始祖ブリミルへの反逆者として有無を言わさず捕らえられて異端審問にかけられる。その後の運命は考えるのも空恐ろしく、一番よかったとして一族郎党牢の中だ。しかも罪は末端の水兵にまで及ぶと明言しているため、士気の低かった兵士たちにも他人事ではない。

「いったい、どうすればいいんだ……」

 そんな気はなかったのに、これで正真正銘の反乱軍に仕立て上げられてしまった。

 くそっ、これというのもロマリアの艦隊が先走って攻撃なんかしてくるからだ。兵士たちは恨んだが、すでに空の藻屑と化したロマリア艦隊に答える術はない。彼らは、まさかロマリアまでもが謀略の実行者だとは夢にも思っていなかった。

 母国に引き返すこともできず、呆然と浮き続けるしかできないガリア両用艦隊。だがそこへ、悪魔のささやきが響いてきた。

「どうしたのあなたたち? さあ早く、ロマリアへ進撃をはじめなさい」

 旗艦のブリッジに突如響いた女の声に、艦隊司令は無様にも体を震わせてしまったが、すぐに声の主に気づいた。ブリッジに据えつけられている何本もの伝声管、その中で壊れて使えないはずのものから声は発せられている。その声の持ち主は、出撃する前に弾薬補給艦を寄こせと命令してきたジョゼフの側近だという妙な女であった。

「貴様、伝声管に魔法装置を仕込んでいたな。貴様らのせいで、俺は世界中に恥さらしだ。よくもはめてくれたな!」

 司令は当たり前に怒りをぶっつけた。しかし、相手の女は動じた様子もない声で彼に背筋も凍るようなことを告げたのだ。

「はめた? うふふ、あなたはまだわかっていないようね。ジョゼフ様は、あなたに期待しているからこそこうしたのがわからない? 見てご覧なさい。あなたの艦隊で、逃げ帰りたがってた兵士たちはすっかり帰る気なんかなくなってるわ。いまなら、彼らはどうすればいいのかわからないからあなたに素直に従うわ。そのまま彼らを扇動して、ロマリアを制圧してしまうのよ。そうすれば約束どおり、ジョゼフ様はロマリアをあなたにくださるでしょう。異端の認定なんか、ロマリアがなくなればジョゼフ様が新しい教皇になったも同然。あなたたちは腐敗したロマリアを倒した英雄としてたたえられるのよ」

 司令はぞっとして、伝声管の先にいるのが本物の悪魔なのではと本気で思った。確かに今なら将兵たちの思考力は鈍化しているから、自分で考えずに命令に従う楽な道を選ぶ者が多いだろう。それに、彼ら全員が目の当たりにしているとおり、先に手を出してきたロマリアへの敵愾心は煮えたぎっている。今なら、やれるのだ。

 それでも、最後の理性で司令は河を越えることをためらっていたが、女はとどめを刺すように言った。

「不安なのなら、下を見てご覧なさい。ほおら、ロマリアの地上部隊はすでに壊走して影も形もないわ。私が操る、ジョゼフ様からいただいた十体のこの騎士人形とドラゴンがあれば、ロマリア軍など敵ではないわ。さあ、進んで栄光を掴むか、立ち尽くしてガリアかロマリアか好きなほうから異端者として処罰されるか、好きなほうを選びなさい」

 司令は腹を決めた。

「全軍進撃! 目指すはロマリア連合皇国の中心である。我らは賄賂をとるばかりの神官の巣を攻め落とし、ハルケギニアに真の信仰を取り戻すために戦う正義の軍である。勝利の暁には、士官には領地を、兵にはすべて貴族籍を与えようぞ!」

 全艦から、轟くような歓声があがり、停止していた艦隊が動き出した。すでに士官も兵も、異端審問への恐怖で正気を失い、甘言にすがってようやく自己をたもつことができているありさまに陥ってしまっている。

 狂気にとり付かれたガリア両用艦隊は、ジョゼフとシェフィールドの思惑どおりにロマリアへの進撃をはじめた。その行く手にはまだ数多くの町や村があり、多くの人々が住んでいた。

 

 

「ガリアの軍隊が攻めてきた! 逃げろお」

 恐怖にとり付かれたガリア軍の侵攻を受けて切り裂かれていくロマリア領。進撃していくガリア軍は、まさに破竹の勢いで、ジョゼフの言葉を免罪符にするかのように、進行方向にある人間の気配のあるものに砲弾を撃ち、火を放って、逃げ惑う人々にはサラマンドラの火炎とヨルムンガントの振るう巨大な鉄剣が無慈悲に襲い掛かっていく。

 一方でロマリア軍は、その侵攻には散発的に応戦するのみで、最初に見せた統率のとれた動きは見られず、各個に粉砕されていた。

 無人の野をゆくがごとく、ロマリアを蹂躙していくガリア軍。それらの街や村の惨状は、人々の口から口へと風のようにロマリアの全土へと広がっていき、やがてその進撃路の先に位置し、才人たちのいる都市ロマリアにも一足早く到達した。

 才人が目を覚ましてから、その部屋で今後について話を続けていた水精霊騎士隊の少年少女たち。そこで、街の異変に最初に気がついたのはレイナールだった。

「なんだか、外が騒がしいな」

 宿にしている建物の窓を開けて、三階になっているそこから街を見下ろすと、街の住人や警らの衛士が落ち着きのない様子で右往左往しており、立ち止まってはなにごとかを話し合っているようでもあった。

「なにかあったらしいな。誰か、それとなく聞いてきてくれないかい」

 ギーシュに言われ、数人の水精霊騎士隊員が外に出て行った。しばらくして部屋のドアが乱暴に開けられて、彼らが息せき切って戻ってくると、一同の心に不吉な予感が走り、次いで告げられた話は彼らを驚愕させるにじゅうぶんすぎた。

「戦争!? ガリアとロマリアが?」

「どういうこった。なんでガリアがロマリアを攻めて来るんだよ」

「知らないよ。ともかく街はもうその噂で持ちきりさ。すでに、十を超える街や村が滅ぼされて、ガリアの艦隊はまっすぐこの街に向かってるって話だ」

 まさに寝耳に水の話に、部屋の中はいっときパニックに陥った。ティファニアは失神しかけてモンモランシーに助け起こされているし、少年たちのほとんどはピエロのように慌てふためいている。

 けれども、一時は動揺しても彼らはもう突然の状況の変化を飲み込むだけの度胸はできている。落ち着きを取り戻したギーシュが説明の続きを促すと、室内の空気も元に戻った。

「なんでも、ガリアの両用艦隊が反乱を起こしてロマリアになだれ込んできたって聞いたぜ。けどそれは見せ掛けで、本当はガリアの侵略部隊らしい」

「ロマリア軍はどうしたんだ? この国にだって、強力な騎士団や艦隊があるだろうに」

「国境近くで大打撃を受けて撤退したそうだ。なんでも、ガリアはばかでかいドラゴンに、おそろしく強いゴーレムを繰り出してきたって」

 ばかでかいドラゴンに、おそろしく強いゴーレム? 一同は、ガリア軍はいったいなにを繰り出してきたんだと思ったけれど、噂話の続きを聞くことで、すぐに少なくとも巨大なドラゴンというのはなんらかの怪獣だろうと察しをつけた。

「逃げてきた人の話だと、背丈は五十メイル以上、鼻から数百メイルに渡って届く火炎を吹いて誰も近づけないらしい。おまけに大砲の弾もまったく通じないってことだ」

「そいつはまた化け物だな。前にサハラに向かったときも、ガリアの領空で怪獣に襲われたし、ハルケギニアの生き物じゃないと考えたほうがいいだろうな」

「ああ。けれども、いっしょについてくるゴーレムっても曲者らしい。こっちは大きさは二十メイルほどと平凡だけど、全身に鎧を着込んだ騎士みたいなかっこうで、まるで人間みたいに動きが軽いそうだ。そんなのが十体もで軍団を作って、砲亀兵も歯が立たないらしい」

 なんだそりゃ? という声が数箇所からあがった。戦闘用ゴーレムはハルケギニアでは珍しい存在でもなんでもなく、もっと大きくなれば三十メイルやそれ以上も可能であるが、大きくなればなるほど操る難易度は上がっていき、二十メイルクラスの巨大ゴーレムともなれば相当に動きがぎこちなくなるのが常識だ。

 しかし、信じられないという顔をする一同の中で、ただ一人だけ目つきを真剣に変えた者がいた。ルクシャナである。

”そのゴーレム、もしかしたら”

 なにかにピンときたように、あごに手を当てて考え込む。一方で少年たちは、もしかして、逃げ帰ってきた兵士が敵のことを誇大に言っているのではと考えた。戦争ではよくある話だが、ルイズはその話に信憑性を持たせる話を次いで聞いた。

「しかも聞いて驚け。そのゴーレムの軍団を指揮してるのは女だそうだ。まさかと思うだろうけど……ど、どうしたルイズ?」

「女って言ったわね。なるほど、これで合点がいったわよ。あんたたち、ラ・ロシェールが幽霊船怪獣に襲われたときのことを覚えてるでしょ。そのとき、わたしたちに得意げに宣戦布告してきた奴がいたんだけど、相当いけすかない声した女だったのよ」

 皆の胸中に、一時的とはいえ死人にされたおぞましい思い出が蘇る。あのときのことは、あまり記憶には残っていないものの、体には体温を一気に奪われていくような、死を実感する感触が残っている。

「おもしろい、それが本当ならラ・ロシェールでの借りを返すいいチャンスだ。みんな、ガリアの騎士人形とやらをやっつけに行こうじゃないか!」

 おおーっ! と、ギーシュの威勢のいい言葉に水精霊騎士隊の半分くらいは同調して意気を上げた。

 が、レイナールなど残り半分と、ルイズは心底あきれたように言った。

「あんたバカ? 相手はロマリア軍も歯が立たなかった化け物だって聞いてなかったの。おまけに今回はろくな武器もない上に、なによりも戦いは極力避けるようにっての忘れたの」

 あっ、そうだった! とでも言うふうな表情で固まってしまったギーシュたちを見て、ルイズはバカは死ななきゃ治らないのは本当だなと、とび色の瞳に憂いを含ませて深くため息をついた。

 ただ、そうと言ってばかりもいられないのも事実と、寝床から才人が声をかけた。

「けど、このままほっといたら、どうせガリア軍はここに来るんだろう。そしたら、情報を集めるどころじゃないぞ」

「サイト、確かにそうだけど、わかってるの? 相手はガリアの正規軍なのよ。たった数十人のわたしたちで阻止できるわけがないわ。それこそ殺してくださいと言いにいくようなものよ」

「そ、そりゃそうだが……でも、それに」

 この場で一番冷静なのは間違いなくルイズであった。おかしなものだが、ルイズは血気盛んな一面に反して、こうして妙に冷めた面を持っている。母親譲りなのであろうか、不完全ながら激情と沈着がひとつの心の中で同居していて、その冷たい眼差しがベッドの上の才人に突き刺さった。

「それ以上言わないで、あんたの言いたい事はだいたいわかるつもり。この街にガリア軍がなだれ込んでくることになれば、当然この街の人たちも無事じゃすまない。ただ、今のあんたにそれを言う資格があるとは思えない。ハッキリ言ってあげるけど、あんた、この街の人たちを助けたいって本気で思ってる?」

 その瞬間、才人の顔が青ざめた。ルイズの一言は、才人の内に刻まれていた新しい傷の痛みを思い出させたのだ。

「お、おれは……」

 昨晩のキリエルとの戦いの記憶が蘇る。静止する言葉に耳を貸さず、誘われるままキリエルの門の先に行った人たち。希望をなくし、この世に絶望した、生きる屍のような人たち。そんな人たちを救うことが、ほんとうにあの人たちのためになるのだろうか? そんな人たちのために、自分は命を張れるのだろうか?

 そして、キリエロイドの捨て台詞が耳の中で響く。

”すべての生命を等しく守ろうなどとおこがましいと思わんかね?”

 自分は自惚れていたのではないか、キリエロイドの言うとおりに無力で愚かなことをしているだけなのではないのかと、才人の中で彼を支えていたなにかがすっぽり抜け落ちてしまったような虚無感が、彼にルイズに言い返す言葉を奪った。

 ルイズと、才人の間で生まれた気まずい沈黙。その理由は、ふたり以外には想像もできないものであったけれど、つぶされそうだった重い空気をなんとか変えようとモンモランシーが言った。

「ま、まあまあルイズ。なにがあったか知らないけど、能天気がとりえのサイトをいじめたら、こっちまで暗くなっちゃうわ。これからどうするかは焦らないで、ミス・ミシェルたちが戻ってきてから決めましょう」

 そのときだった。部屋の扉が開け放たれ、部屋に当のミシェルたち銃士隊が帰ってきたのだった。

「全員支度しろ、すぐにこの街を出るぞ」

 開口一発、ミシェルが放った言葉が一同を困惑させた。銃士隊の隊員たちなら、ここで上官の命令には即座に反応するところだが、あいにく彼らは軍人としては全員まとめて半人前というところなので、理由もわからずに従うということはできずに追加の説明を要した。

「お前たちも事態はすでに知っているだろう。ガリア軍が攻めてくるとして、ロマリア軍は残存戦力を集結させて絶対防衛線を張って迎え撃つ腹らしい。そして、戦力として義勇軍の募集をはじめているらしいので、我々はそれに合流する」

「なぜです? そんなことをしても、ロマリアにわずかばかりの勝機が生まれるはずもない。我々にとっても、危険なだけでメリットがないですよ」

 レイナールやモンモランシーなどは、戦争には介入せずに成り行きを見守ろうと主張した。けれども、彼らはミシェルから事態がそんなに楽観的ではないことを知らされて慄然とした。

「むろんだ。しかし、このまま座視していてどうなる? ガリア軍は眼前にある街や村を見境なく蹂躙して進んでいる。降伏を申し入れても聞き入られずに、返ってくるのは砲弾と魔法の雨ばかりだ。奴らは一切捕虜をとっておらんどころか、このままでは、ロマリア中が火の海にされてしまうぞ」

「なんですって! まさか、そこまで」

 ギーシュたちは、まさか正規軍であるガリア軍がそんなことをしているとは信じられなかったが事実であった。彼らは知らないことであったが、精神的に追い詰められているガリア軍には見境がなくなっていた。脅迫状態に置かれた人間は理性や良心が麻痺し、平常時では絶対やらない蛮行をためらいなくやってしまう。

 恐るべきは、ガリア軍を獣の群れに変えたジョゼフやシェフィールドの悪魔性であるが、ともかくも少年たちはガリア軍の目的がロマリアの占領ではなく、殲滅であることを知って怒りを覚えた。

「連中は北から迫ってきている。ロマリアは縦長の半島だから逃げ場はない。このままでは、半島の先端まで押し込まれて、海まで追い落とされるのを待つだけだ。当然、我々も例外じゃあない」

「それで、先に打って出ようというんですか。無謀ですよ、ぼくたち十数人でガリア軍に勝てますか」

 レイナールの言い分はもっともであった。銃士隊の勇猛さは音に聞こえるし、自分たちも実戦経験には自信があるとはいっても相手が軍隊では話にならない。

 しかし、ミシェルは決して自棄になったのではなかった。

「勘違いするな。誰が戦ってガリア軍を倒すと言った。ガリア軍から逃げてきたロマリアの人たちは、南の港へ避難してきている。しかし避難船が出るまでにはまだ準備が必要だし、逃げ遅れている人もいる。時間を稼ぐ人間が必要なんだ」

「そういうことでしたか。だったら、みんな!」

「おう!」

 ならば異存はない。少年たちは、ミシェルや銃士隊員たちの目に宿っているのが殺気ではなく、優しさを湛えた強い意志で光っているのを見て安堵する。言葉面は厳しくても、彼女たちは冷たいだけの軍人ではない。今では皆が知っていることだが、誰かさんの影響で、奪う戦いと守る戦いの違いを知っている。

 奪う戦いはいうなれば侵略だ。それはどれだけ取り繕おうが悪であり、心をすり減らし、荒廃させていく。しかし守る戦いであれば、どれだけ厳しくても心には常に誇りの灯が灯り続ける。

 ガリア軍を撃退する、というのであれば無謀であるけれども、時間を稼ぐという、勝つための戦いではなく負けないための戦いならば、こちらが非力でも戦いようがある。それならばガリアに一泡吹かせてやれるかもしれないし、ガリア軍の非道なおこないの犠牲を少なくできるならやりがいがある。

「お前たちみたいに、勇敢で逃げ足の速いやつらには打ってつけの仕事だ」

「ひどい言われようですね。けど、そちらこそ逃げ遅れて踏み潰されても知りませんよ」

 銃士隊と水精霊騎士隊の心がひとつになった。この中に、殺しを好いている者はひとりもいない。

 調査はひとまず後回しだ。こんな状況で探し人をしろとしても無理に決まっている。

 いや、ロマリアにいるかもしれない異変の根源が、この事態に反応して動き出す可能性もある。どのみち、目の前の危機に瀕した人々を守ることさえできずに世界を救おうなどと、本末転倒にもほどがある。

 

 しかし、皆が気勢をあげる中で、才人だけは同調することができずにいた。

「どうしたんだサイト? まだ具合が悪いのか」

「いや、そういうわけじゃないんだが……」

 頭では、みんなといっしょにガリア軍に立ち向かおうとは思っても、それが本当に正しいのかと、心の中から声がする。

”これでガリアに追われた人たちを助けたからって、それでその人たちのためになるのか? 昨日のときみたいに、おれたちのやっていることは、余計なお世話なんじゃないのか?”

 キリエルの誘いに乗って消えていった人たちには、この世での救いはなんの意味もなかった。これまで才人は、自分のやってきたことは、みんなのために少しでも役立てていると自信を持ってきたのだが、今の才人の心には冷たいすきま風が吹いていた。

”おれのせいでエースも負けた。キリエルの言うとおり、おれのやってることはうぬぼれだったのか? そもそもおれに、ウルトラマンになる資格なんてあったのか……ちくしょう! おれは、いったいどうしちまったんだっ”

 こんなことを考えている場合でも、これからなにをすべきなのかもわかっている。けれども、今までは目的を定めたら自然に湧いてきていた闘志が、今回に限って少しも湧いてこない。自分を叱り飛ばそうとしても、それ以上の自戒と後悔が胸を締め付けて、威勢のいい言葉も、虚勢の一言も出てこずに口を閉ざし、視線を下向かせてしまう。

 皆も、そんな才人の異変に気がついたようで、昨晩才人の身になにか重大なことが起こったのは確実だと察した。

 むろん、もうひとりの当事者であるルイズも同様に、才人のダメージが深刻であることを悟っていた。

”サイト、そうか……あんたも、そうなのね”

 昨晩のことは、ルイズにとっても大きな衝撃ではあったが、その意味は才人とは異なっていた。ルイズは、キリエロイドとの敗北を自らの油断と相手が思いも寄らない封じ手を出してきたからだと戦術的に判断し、二度と同じ過ちはしまいとして、すでに立ち直っていた。

 しかし、才人の受けたショックはそれ以上に精神的なものが大きい。ルイズは、才人がキリエルの詭弁に惑わされて迷っているものと思い、それは確かに当たっていたけれども、それに加えて才人が以前の自分と同じように信念を傷つけられたがゆえに苦しんでいるのだと気づいた。

「みんな、悪いけど先に行っていて。サイトは、わたしが診てるから」

「っ! お、おいルイズ、おれは」

 突然のルイズの言葉に、才人はびくりとおびえたように反応した。だが、ルイズは視線を鋭く尖らせて言い捨てた。

「黙りなさい。今のあんたが出て行って役に立てると思ってるの? みんな、時間がないなら早く行って、こっちはわたしがなんとかするわ。ぐずぐずしてたらガリア軍が来るわよ!」

 追い立てるようにルイズは皆を室外に押し出していった。ギーシュたちは、ルイズの剣幕に押されて次々にドアの外に追いやられていったが、さすがにギーシュは最後にとどまってルイズに言い残した。

「わかったわかった、サイトのことは君にまかせるよルイズ。けど、ここは危ないから急いで離れるといい」

「あなたたちに比べたらたいしたことはないわ。どうせ逃げるなら南しかないんだから」

「そうだね。ぼくらも適当に時間を稼いだら南へ向かうよ。そうだ、モンモランシー、君はティファニアを連れて南の港に一足先に行っていてくれ。ミス・ルクシャナ方もいっしょにどうぞ」

 ギーシュは戦いに望む前に、非力な者たちを先に逃そうと考えた。ルクシャナらも誘ったのは、人間どうしの争いにエルフを巻き込みたくなかったからであるが、ルクシャナは意外にも強く同行の意思を示した。

「待って、私も行くわ。さっきの話に出てきたガリア軍のゴーレムだけど、おじさまがガリアに仕えていた頃に、精霊の技を兵器に転用する研究をさせられてたそうなの。もし、そいつがおじさまの残した技術を使って作られた化け物なら、責任はわたしたちエルフにもあるわ。それに、わたしならそいつの弱点がわかるかもしれない」

「……了解した。ではお願いするよ」

 一度言い出したらてこでも動かないルクシャナを説得しようという無駄な努力をギーシュはしなかった。あとは、才人を一瞥し、「君が君らしい君に戻るのを待っているよ」ときざったらしく言い残し、「諸君、出陣だ!」と、威勢よく皆を鼓舞して宿から駆け出していく。

 そして、黙って見守っていたミシェルもルイズと向かい合う。

「なによ、サイトをかばいだてするつもり?」

 落ち込む才人を見下ろすミシェルの眼差しに、ルイズのライバル心をむき出しにした視線が交差する。

 交わされる二人の言葉と、言葉にできない思い。それらのひとつひとつが才人の心に染み渡る。多くの人の心と向き合って、才人ももう人の心を理解できないような子供ではなかった。

 けれども、答えは結局は自分で見つけるしかない。ミシェルたち銃士隊も立ち去り、残された中で才人はうつむきながらルイズに言った。

「はは、情けねえなおれって。肝心なときにお荷物になっちまってさ」

「そうね、ほんと情けない男。どうしてこんなのに惚れちゃったのかって、自分が嫌になるわ」

「悪りい……」

 ぴしゃりと断言してくれたルイズの厳しさが、今の才人にはありがたかった。

 皆、今頃は街を出て戦場へ急いでいることだろう。本来なら、自分も当然参加するはずだったのだが、それができない。

 耳を澄ませば、街の喧騒が聞こえてくる。街から逃げ出そうとする人々の声と、それとぶつかる人の争う声が才人を迷わせる。こんな街、救う価値があるのだろうか? よしんば戦いに望んだとして、自分は戦えるのだろうか?

 戦う意味と、自分の力への自信の喪失。それが才人から勇気を奪っている。そしてそれがわかっているからこそ、ルイズも才人を無理強いできない。怒鳴って炊きつけて、がむしゃらに戦わせることはできても、勇気がなくてはウルトラリングは光らない。同じ過ちを繰り返すだけなのだ。

 

 だが、自分の心の中の迷路をさまよう才人に、調子のよい声で話しかけた者がいた。

 

「ずいぶんお悩みのようだね。ぼくでよければ、相談に乗ろうか?」

「なんだジュリオか、お前まだいたのかよ」

 視線を泳がせてたどりついた先にいたのは、つい先ほど知り合ったばかりのオッドアイの少年だった。彼、ジュリオは面倒そうに言う才人に特に気分を害したふうもなく、明るい口調で言った。

「そう邪険にしないでくれよ。ぼくはこれでも神官のはしくれだからね。迷える子羊を見るとほっておけないのさ」

「お前に救ってもらうくらいなら頭打って全部なかったことにするわ。お前こそ、ロマリアが大変なのにこんなところで油を売ってていいのかよ」

「ぼくはメイジじゃないし、戦いとなれば聖堂騎士団がきちんと活躍してくれるさ。それより、もうすぐ戦場になるかもしれない場所に、こんな太陽のごとき美しいレディを置いていくなんて心配でできないさ」

 嫌味も通じず、才人はうんざりと嫌な気分になった。おまけに、息を吐くようにきざな台詞でルイズを口説きにかかるものだから好意を持てようはずもない。決して、イケメンはそれだけで気に入らないということではないが。

「そうさ、戦争なんてくだらないね。そんなことよりぼくは、君のような美しい女の子を見ているほうが百倍も人生が潤うよ。君はまさに神の作りし芸術品、生きた宝石とは君のことだ。ぼくはこの歳になるまで、この世に妖精が実在するなんて知らなかったよ」

「ん、まあ。あ、ありがと」

 世辞だとわかっていても反応せざるを得ないのは、ルイズも女の子ということか。しかし才人では似合わないきざな台詞の数々も、ジュリオが言えば恐ろしく様になっていてさらに腹立たしい。一応は恩人でなければ怒鳴りつけてやるところだ。

 ジュリオは才人の胸中など露ほども感せずというふうに、人懐っこそうな笑顔を浮かべてルイズに口説き文句をかけている。才人はロマリアに来る前にギーシュから「ロマリア人は呼吸するように女性を口説く連中だから気をつけろ」と言われて、なかば冗談と忘れていたが、深いため息とともに肯定せざるを得なかった。

 しかし、多少は空気を読んでほしいと思ったときに、ジュリオは突然ルイズから才人に視線を変えて言った。

「サイトくんといったね。君は実にすばらしいパートナーを持っている。少し拝見させてもらっただけだが、ミス・ヴァリエールの気品といい決断力といい、なにより類まれな美しさといい、この世に二人といないすばらしい女性だ。君がうらやましいよ」

「そりゃどうも。ルイズはそんじょそこらの奴とは出来が違うんだ。お前なんかが釣りあう相手じゃねーんだよ」

 不機嫌も手伝って、才人はおもいっきり突き放した言い方で答えた。人から見たら器が小さい物言いだと言われるだろうが知ったことではなかった。このきざ野郎とは絶対に友達になれそうもない。

 が、ジュリオはそんな才人の敵意すらも意に介せず、才人を激怒させることを口にした。

「しかし残念だ。彼女は魅力的なだけじゃなく、凛として勇敢な戦士であるのに、パートナーがこんな臆病者ではねえ」

「なんだと、てめえもう一回言ってみろ」

「ああいいさ。君の国ではどうか知らないけど、ロマリアではレディは男性が命をかけても守るのが常識でね。戦いを怖がるような臆病者は、そもそも男である資格はないよ」

「うるせえ! 仲間たちならともかく、赤の他人のてめえに言われる筋合いはねえ!」

 才人は怒った。こっちだって好きで落ちこんでいるわけではないのに、したり顔で見下されて気分がいいはずはない。

 ルイズもまた、口説かれて多少いい気になっていたのを忘れて、才人への侮辱に怒りを爆発させた。

「あなた失礼じゃない。あなたにサイトのなにがわかるっていうの! 軽い気持ちで悪口を語るなら、いくら恩人でも許さないわよ」

「それは申し訳ない。言葉が過ぎたのは謝罪しよう。しかし、やはり敵が迫っているというのに女性に守られているような男をぼくは尊敬の眼差しでは見れないな。これでは、さっき出て行った君の仲間たちも長くはないだろうね」

 ジュリオのその一言は才人とルイズを愕然とさせた。

「なんだと! それはどういう意味だ」

「ぼくは地獄耳でね。いろんな友人が情報を持ってきてくれるんだ。もちろん、戦場の情報も逐一入ってくるんだけど、君たちの仲間が聞いた情報は古いね。ガリアの怪物はもとより、魔法人形の部隊は、立ちふさがるものはもちろん、逃げ遅れた女子供を好んで狙っているらしい。そんな相手に君の仲間たちのような女性や若者ばかりの部隊が行ってみたまえ、時間稼ぎどころか狙い撃ちにされてほとんど生き残れないだろうよ」

「てめえ、なんでそれをわかっていながら黙っていやがった」

「使命感に燃える人間を引き止めるなんて無粋な真似はできないよ。それに、彼らが行くことで助かる民衆が少しでもできるかもしれないだろう。軍人が民のために命を投げ出すのは当然のことじゃないか」

「ぐぐっ……もういい!」

 才人は殴りかかりたいのをこらえ、ベッドから起き上がると身なりを整えた。

 迷いを振り切ったわけではない。今の才人を動かしているのは怒りと焦りだった。

 すでにルイズも、心は戦場に飛んでいる。こんなところで口だけの軽薄野郎の屁理屈を聞いている時間があるくらいなら、一刻も早く追いかけるしかない。

 だが、部屋を飛び出していこうとするふたりをジュリオが呼び止めた。

「君たちも死ににいくつもりかい? いまさら急いだところで手遅れだと思うけどね」

「うるさい。そんなこと、行ってから考えるまでさ」

「行かなくてもどうなるかを考えるために、神は人間に知恵をお与えになられたのだと思うけどね。これ、たった今フクロウが届けてくれた、ぼくの友人の竜騎士の書いたガリアのドラゴンのスケッチさ。すごいものだね」

 才人はそのスケッチをふんだくるようにして取ると、まじまじと見つめて言った。

「サラマンドラだ……くそっ、こんな奴が相手じゃ軍隊で勝てるわけがねえ。ちくしょう、やっぱりおれたちが行くしか!」

「待ってサイト、あなたの今の気力じゃあ!」

「わかってる! けど、ほかにどうしろってんだ! このままじゃ、ギーシュたちもミシェルさんたちもやられちまう」

 自分が傷つくのも怖いが、仲間を失うことはもっと怖かった。しかし、このまま駆けつけたとしてもウルトラマンAへ変身して戦える自信はない。

 苦悩する才人と、苦しみの理由がわかるだけにどうしてもあげられないルイズ。

 しかし、そのときだった。ジュリオが、してやったりとばかりに楽しそうな笑みを浮かべながらふたりに告げたのだ。

「ようやく戦う気になったようだね。それでこそ男だ。けど、素手じゃあ怪物を相手にどうしようもない。着いてきたまえ、勇敢になった餞別に君にふさわしい武器を進呈してあげるよ」

 

 

 ジュリオに連れてこられた先は、ロマリアの大聖堂の地下だった。ジュリオが神官だというのは本当のことだったようで、警備の兵士も顔パスでどんどん先へと進め、長い螺旋階段を下りた先へと進む。

 人気がなくなった湿った薄暗い通路を、たいまつの灯りを頼りにしばらく歩くと、道をふさぐ大きな鉄の扉にいきあたった。

「おいジュリオ、どこまで行くつもりだ? 聖堂騎士団の武器のお古でも譲ってくれるのかと思って着いてきたが、地下の物置のガラクタをつかませるつもりじゃないだろうな」

「いやいや、待たせてすまないとは思ってるよ。けど、物置はひどいなあ。ここは昔の地下墓地があった神聖な場所なのさ。もっとも、眠っているのは人ではないけれど。とっておきを見せてあげるよ」

 扉が開かれ、その先にあったのは広大な空間であった。魔法のランタンの灯りに照らし出され、高さ二十メートル以上、半径百メートル以上にも及ぶような、巨大なドーム状の空間の全容があらわになる。

 そして、その中に待っていたのは、ジュリオの言っていたとおりの武器たちであった。しかし、それらは才人とルイズが想像していたような剣や槍のような”武器”ではなかった。人の背丈を大きく超える、小山のような鉄の塊の群れ……。

「サ、サイト……これって、みんな、あんたの世界の」

「そんな馬鹿な。けど、これって間違いなく……戦車」

 目を疑っても、それは確かに眼前に存在していた。鋼鉄の車体に、太いキャタピラ、それに支えられた砲塔から伸びる砲身の作り出すシルエットは、才人が何度も作ったプラモや、テレビで見た映画のそれとまったく同じ。ハルケギニアのものでは決してありえない重厚な”兵器”。それも見る限りでも数十台はあるそれらの一機を前にして、才人は愕然と叫んだ。

「こいつは、ドイツのタイガー戦車じゃねえか! ほかのも、世界中のいろんな戦車や、高射砲やロケット砲車。全部地球の兵器だよ。おいジュリオ! これはいったいどういうことだ!」

「驚いたかい? これらはみな、はるか東方の地でぼくらの密偵が発見し、ここまで運んできた物さ。壊れてるものも多いが、見つけてすぐに固定化で保護したから使えるものもあるはずだ。なあ、これらなら、ガリアの怪物どもを相手にしても戦えるかもしれないじゃないか」

「そんなことを聞いてるんじゃない! そんなもんを、なんで当たり前のようにおれに渡すんだ? お前、いったい何者だ!」

「いいとも、詳しく説明してあげるよ。けど、今の君にのんびり話を聞いてる暇はあるのかい? これらはどれでも、好きなものを使わせてあげるよ。話を聞くのは、それからのほうが順序がいいとぼくは思うけどな」

 どこまでも嫌味で腹立たしい野郎だった。しかし正論には違いない。才人は、歯軋りするほど悔しいのを我慢して、ルイズとともに地下墓地の兵器の中で使えそうなものがないかと駆け回った。

「タイガーのほかにも、ソ連のKV1やアメリカのシャーマン。パーシングまでありやがる。まるで、世界中の戦車のバーゲンセールだな」

 実際才人は感心していた。これほどの数の戦車、世界中のどんな軍事博物館に行っても見ることはできないだろう。

 また、戦車が圧倒的な存在感を持っているが、その周りには雑多な小型兵器も置かれている。ピストルやマシンガン、バズーカに混じって刀剣などもあり、なにかをグシャリと踏み潰したと思って見てみたら、ボロボロに朽ちた旧日本軍の三十八式歩兵銃だった。

 入り口付近には二次大戦中の戦車があり、奥に行くほど新しく、戦後の戦車も混じり始めた。

 陸上自衛隊の六十式や七四式戦車。エイブラムスやレオパルドなど、国籍を問わずに鎮座しており、これらは最近のものだけにどれも新品に近い形で、すぐにでも動かせそうに見えた。

 しかし、才人はこれではだめだと感じていた。

「サイト、どうなの? これみんなあなたの世界の兵器なんでしょ。前のゼロ戦のときみたいに使えないの?」

「できないことはないけど、このくらいの戦車じゃ怪獣には通用しねえよ。くそっ、せめて魔法人形だけだったら戦車でもなんとかなったのに」

 戦車は確かに最強の陸戦兵器だが、戦車砲程度の威力では怪獣の皮膚はまず貫けず、動きが遅く光線などのいい的になってしまうために、怪獣頻出期の長い歴史を紐解いてもまともに活躍できた例はほとんどない。仮に、最新の九十式戦車で駆けつけたとしても、サラマンドラの火炎にやられてあっというまに火葬にされてしまうだけだろう。

 地球兵器の無力さに歯噛みし、気ばかりが焦る才人。だが、長大な砲身を振りたてた戦車ばかりが目立つ中で、ルイズはふと隅の方で布をかぶせられている数台の変わった車両を見つけた。

「ねえサイト、あれなにかしら? 大砲がついてないし、戦車ってやつじゃないみたいだけど、けっこう大きいみたいよ」

「え? なんだありゃ……いや、どこかで見たような」

 好奇心にかられて近寄るふたり。その車両は箱型で、全長は十メートルほどとかなり大きい。ただし戦車ではない証拠に、キャタピラではなく大きなタイヤがついている。そして、才人はその箱型の車体の上部に据えつけられているドームから突き出た、あるものを確認して心の底から驚いた。

「こ、こいつは! マジかよ」

 布をかぶせられ、ほこりをかむっているが、その巨大なパラボナを見て確信した。

 国外の兵器であった原子熱線砲を参考に、日本が独自に開発したこの兵器が初めて実戦投入されたのは一九六六年。ある怪獣の迎撃に出撃し、多大な戦果をあげることに成功したが、そのあまりにも強力すぎる威力が専守防衛を範とする日本の方針には過剰であるという批判を受けてしまう。

 そして、最後は同年の脳波怪獣ギャンゴ戦に投入され、結局実戦使用はされないまま退役させられ歴史の表舞台から去らざるを得なかった幻の超兵器。

「いち、に、さん……よ、四両もあるのかよ」

 呆然と見上げる才人の前で、その車両の側面に書き込まれた『陸上自衛隊』の白い文字が、静かにその存在を闇に誇示し続けていた。

 

 

 続く


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