ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第8話  聖都ロマリアの夜

 第8話

 聖都ロマリアの夜

 

 キリエル人

 炎魔戦士 キリエロイド 登場!

 

 

 火竜山脈でのシャプレー星人との戦いから数日後。無事を祈るアイーシャの見送りを受けて旅立った一行は、山脈跡を越えて一路南下。いよいよ目的のロマリアへと到着しようとしていた。

 

「ようこそ、聖都ロマリアへ! ここは神のお膝元です。敬虔なるブリミル教徒の方なら誰もが祝福を受けられ、その魂は死後必ず天国へと導かれるでしょう」

 

 きらびやかな衣装をまとった神官の誇らしげな声に迎えられ、壮麗な装飾を施された門をくぐった先に、才人たちはブリミル教徒たちが『光に満ち溢れた土地』と呼び誇る都を見た。

 広い通りに、整然とした建築物の並び立つ街並み。高く伸びる幾本もの尖塔は、そのひとつひとつに異なった美しい彫刻が施され、街全体を持ってひとつの芸術品のように飾り立てている。

 ここが、ロマリア連合皇国の中心都市。ハルケギニアの人間たちが信仰するブリミル教の総本山であり、ルイズたちトリステインの巡礼団が本来訪れるべき場所であった。

「まさか、こんな形でロマリアを訪れることになるとは夢にも思わなかったわね」

 門をくぐり、憮然としてルイズはつぶやいた。本当なら、東方号に乗って、大勢の巡礼団の一員として優雅に訪れるべき場所だった。それなのに、今の自分たちはフードで顔とともに身分を隠して、目立たないようにこそこそと入国しなければならなくなったのは、なんという運命のいたずらだろう。

 もちろん、意味なく正体を隠しているわけでは決してない。

「なあルイズ、やっぱり名乗り出てロマリア宗教庁の協力をあおいだほうがよかったのじゃないか?」

「ギーシュ、そのことはもう散々議論したはずでしょう。いいこと? 敵はエギンハイム村で間違いなく東方号を狙ってきた。つまり私たちはどこで敵にマークされてるかわからないのよ。目立つことは厳禁なのに、宗教庁なんかに顔をだせるわけないでしょう」

 これが大まかな理由であった。敵の正体はいまだわからないが、ヤプールとてスパイを人間社会に送り込んできていたのだ。用心に越したことはない。

「幸い公式には、トリステイン巡礼団は途中トラブルで引き返したことになってるから、私たちは名乗り出ない限り存在しない人間よ。ただの巡礼者のふりをして入国したら、巡礼者なんて何万人といるんだから目だちゃしないわよ」

 実際、やってみるとそのとおりになった。途中の町で古着を買い込み、コートとフードを深くかむったら、まだ寒風の日も続くのでほかの通行人や平民とほとんど見分けがつかなくなった。

「やれやれ、こんな貧相なかっこうをするはめになろうとは。平民というよりこじきじゃないか」

「よく似合ってるぞギーシュ。うっ、くっくくくくっ」

 才人は、馬子にも衣装の逆だなこりゃと笑った。水精霊騎士隊の皆も、マントや貴族の衣装は荷物に隠してある。銃士隊などは、貧乏らしさを強調するために顔に灰を塗るほどの凝りようである。また、ロマリアの都市内には武器や杖などは持ち込み禁止だったので、才人のデルフリンガーなどは途中の宿場町に預けてきた。

 正門から続く大通りを、一行は粛々と歩く。空はまだ闇に包まれているが、神のお膝元であるという安心感からなのか、街に浮ついた様子は見えない。途中、出会ったほかの巡礼者たちとおじぎをし合ったが、誰もこちらを怪しんだ様子はなく、「始祖のご加護があらんことを」とあいさつを交わすと、微笑を浮かべてすれ違っていった。

 どうやら、変装は問題ないらしい。慣れないことに不安を感じていた者たちも、大丈夫だとわかると、少しずつ周りを観察する余裕が生まれてきた。

「さすが、ブリミル教の総本山を名乗るだけの都市なことはあるね。通りも広いし、建物もどれも大きい。自虐的になるわけじゃないが、これに比べたらトリスタニアは田舎と呼ばれても仕方ないだろうね」

 レイナールが、感心と羨望の混じった視線をめぐらせながらつぶやいた。

 確かに、ロマリアの街並みは才人から見ても感心するくらいに立派であった。社会科の教科書で見たヨーロッパの古い都市の写真などと比べても、まったく遜色はなく、歴史と伝統に裏付けられた貫禄は十数年をやっと生きてきた自分ごときでは論評できないだけの重さを持って存在していた。

 一台の馬車が彼らとすれ違っていった。金無垢で、多くの宝石がちりばめられた馬六頭立ての立派な馬車は、トリステインでは王族か、ヴァリエール家くらいの大貴族でしか扱えないものであろう。才人も、ベンツやリムジンがおもちゃに見えると素直に感じ入り、さぞ立派な神官が乗っているのだろうと、思わずギーシュたちといっしょになって拝んでしまった。

 才人ですらそうなのだから、ハルケギニアでは田舎扱いの小国トリステイン出身の皆が圧倒されるのもムリはないといえよう。

 

 しかし、光があれば影もある。街の中心に進むにつれて、一行は自分たちのような巡礼者のほかにも、路肩に座り込んで動かない人たちや、路地からじっとこちらを見つめている人たち、騎士たちが配るパンやスープに長い行列を作っている人たちを見た。いずれも、ぼろに近い貧相な身なりをしてやせ衰え、目は死んだ魚のように生気が感じられなかった。

 それだけではない。一見、壮麗で華麗に見えた街並みも、よく見ればドアや窓が破れて長い間放置されたようなあばら家や、路地の奥に板切れで作られたボロ小屋が見えたり、風に乗ってなにかか腐ったような鼻をつく匂いが感じられたりしてきたのだ。

「なんだこりゃ、まるで貧民窟じゃないか。どうなってんだよいったい?」

 さすがに耐えられなくなったギムリが怒鳴るように言った。

 ここは本当にロマリアなのか? 確かに、目の前には豪華な寺院が建ち、着飾った神官たちが和やかに談笑しているが、街路を挟んだその反対側では、ぼろを着た女が小さな子供の手を引いてうつむきながらよろよろ歩いていく。神官たちは一瞥だにしようとはしない。

 彼らは『光の溢れる土地』と想像してきた様相とはあまりにも異なるロマリア中心街の惨状に、とても平静ではいられなかった。これならば、決して豊かとはいえないトリステインの街や村のほうがよほど満ち足りている。少なくとも、やせこけた人々が大通りに列を成して座り込んでいたりはしない。

 どういうことなのか? すると、戸惑う彼らにロマリア出身だという銃士隊員が忌々しそうに語り始めた。

「変わりませんね。この街は……昔と同じに、本音と建前を隠そうともしていない」

「どういうことです? ぼくらは、ロマリアは教会の説明でしか知らないんです」

「でしょうね。ロマリアは国外には決して本当の姿を語りません。彼らは常に、ロマリアは『街には笑いと豊かさが溢れ、自らを「神のしもべたる民のしもべ」と呼び習わす教皇聖下のもと、神官たちによって敬虔なブリミル教徒たちはあらゆる悩みや苦しみから解き放たれる』と、言い聞かせ続けるんですよ。そんなもの、見てのとおりどこにもありはしないのに」

 炊き出しのスープの列に並ぶ貧民たちを見つめながら語る彼女の横顔は、彼女を入隊からずっと共に戦ってきたミシェルも見たことがないほどに悲しそうだった。

「そういえば、お前たちロマリア出身者は過去のことはほとんど話したがらなかったな。気持ちはわたしもわかるが、こんなときだ。すまないが、皆に説明してやってくれ。なぜ、我々ブリミル教徒の中心であるはずのロマリアがこんな惨状をさらしているのだ?」

「その、ブリミル教の権威のためですよ。ロマリアという、ブリミル教徒が作った『この世の楽園』があると思わせておけば、教会に対する民衆の尊敬を保ち続けることができます。それはつまり、神官たちは、なにも知らない民衆から楽に布施や税金などの形で富を吸い上げることができるようになるというわけです」

 立派にそびえる寺院を細めた目で睨みつけ、感情のこもらない声で語る隊員の表情からは、明らかな憎悪がにじみ出ていた。

「けれども、『この世の楽園』があると広まれば広まるほど、そこを頼って救いを求める貧民たちが世界中から集まることにもなる。しかし、彼らは故郷を捨てて身一つでたどり着いても、それだけの人数に与えられる仕事があるはずもなく、することも居る場所もなく、吹き溜まりのように溜まり続け……今や、街には貧民が溢れんばかりですよ」

「教会は……神官たちは、なにもしなかったのか?」

「大昔は、やっていたかもしれませんね。けれども、ハルケギニア全土から流民が集まってくる以上、際限なんてありませんよ。努力が空回りして、救済に飽きてあきらめるのにたいした時間は必要なかったでしょう。この街の神官たちが熱心に説教するのは、すぐに帰る巡礼者か金持ちしかいません。貧民になど、死体が街に溢れないようにするだけのパンとスープを与えるだけで、頭の中には自分の寺院にどれだけの布施が集まるかと、荘園からどれだけの利益が得られるかのふたつしかないでしょうよ」

 最後は吐き捨てるふうにまでなっていた。この旅に連れてきた銃士隊の隊員は、指揮官のミシェル以外は全員がロマリアの出身者を集めていたが、どの隊員の顔にも怒りと憎しみが浮かんでいた。

「私も、子供の頃はここにいました。私の母は、飢饉で村を捨てざるを得なかった百姓の娘で、村の神父の触れ回ったロマリアの話を信じてやってきましたが、わずかな金子も使い切ってたどり着いたあげくは説明するまでもないでしょう。この街で施しのパンとスープで命をつなぎ、あとは生きているのか死んでいるのか……けど、私の母はあきらめが悪かった。いちかばちか、私を連れて北を目指したんです」

「それで、トリステインにたどり着いたというわけか」

「はい、今思えば本当に奇跡のような旅でした。その年、トリステインはまれに見る豊作に恵まれて、ある村で行き倒れた私たちにも食べきれないほどのパンがふるまわれました。もし時期がずれていたら、私はどこかで野垂れ死にしていたでしょう」

 しみじみと彼女は語る。ほかの隊員たちも、境遇は多かれ少なかれ似たようなものだと、懐かしさではなく忌まわしさを込めた瞳でロマリアの街並みを見回していた。

 しかし、彼女は助かったからいいようなものの、その話を聞けば多くの貧民が安住の地を得ることなく力尽きて死んでいったのだと胸を痛めざるを得ない。ロマリアとは、甘美な匂いで虫を呼び寄せるが、その実はからっぽなウツボカズラのようなものだ。

 才人はふと、ここに来る前にデルフリンガーが言っていたことを思い出した。

「相棒、ロマリアに行くのか……おりゃあ、あんまし気が乗らねえな」

「どうしてだ? お前、なにかロマリアに嫌な思い出でもあるのか」

「多少な。なにせ、あの国を作ったのがブリミルの弟子のフォルサテって野郎だったんだが、こいつがまた嫌なやつでな……相棒、どうしても行かなきゃならねえってならひとつだけ頼みがある。ブリミルを嫌いにならないでくれよ……あいつはいい奴だったんだ。けど、死んじまった奴はなにもできねえんだ」

 思わせぶりに言っていたことは、こういうことだったのかと才人は思った。ハルケギニアの誰もが尊敬する、始祖ブリミルは確かに立派な人物であったのだろうが、後世の欲深な人間がブリミルの威光だけを利用して、なんの罪もない人を苦しめている。

「こんなところも、地球とそっくりでなくてもいいのにな」

 偉大な先駆者の名前だけを傘に着て、なんの才覚も展望もない後継者がのさばるのは世の常だ。どんな巨大国家や大企業も、末路はだいたいそうした愚か者たちがはびこったがために滅びている。才人にはそれ以上の難しいことはわからないけれども、デルフの伝えたかった悲しみや憤りが少しは理解できたような気がした。

「じゃあ、この街の人たちが空の異変に動揺してないのって」

「そう、貧民たちには騒ぐ気力も逃げる場所もないから。神官たちは金のことしか頭になくて、危機意識が欠落してるから」

 語るのも忌まわしいというくらいに、その隊員は吐き捨てた。

 水精霊騎士隊ら少年少女たちは、トリステインで想像していたのとはあまりにひどいロマリアの落差に言葉もない。

 

 思いがけず知ってしまったブリミル教の暗部。トリステインでも、そりゃあひと時はリッシュモンのような腐敗貴族が幅を利かせて、女王陛下が苦慮したものだがここまでひどくはなかった。没落貴族や悪党の集まるトリスタニアの裏町もこれよりはまだきれいだと言えるだろう。

 ブリミル教の中心地として、世界中の尊敬と憧れを集めるはずだったロマリアが、逆に世界中の淀みと矛盾を集めてしまっている。豪華に贅を尽くして建てられた汚れひとつない大寺院と、その周りにほこりまみれでうずくまっている人々……ロマリアはブリミル教徒の楽園だと、のんきに信じていた自分たちの無知さ加減には腹立たしささえ浮かんでくる。

 

 しかし、そうして一行は立ち尽くしていたが、ふと自分たちへ向かう無数の視線を感じた。

「お、おい……」

 いつの間にか、周り中の貧民たちが一行を見ていた。いずれも、無言のうちに視線に敵意や悪意が込められている。さっきまでの会話を聞かれたのか、いやそれでなくとも、一行は服装を変えて平民に成りすましているが、顔つきなどをよく見れば裕福な生活をしているのだということはわかる。

「行こう……」

 追い立てられるように一行はまた歩き出した。けれども、どこへ行っても映る景色は黄金色と灰色の二元の世界……ときおり、別の巡礼団の一行ともすれ違ったが、街の風景に目を背けているならいいほうで、あからさまに貧者を見下している連中や、さらには貧者など道に落ちているゴミも同然と目にも入ってないように、楽しそうに笑いながら歩いていった連中には吐き気さえもよおした。

 ロマリアの入り口で、にこやかに挨拶をしてすれ違った巡礼者たちの笑顔を思い出すと、その裏のどす黒さに薄ら寒くなる。

 だが、そんな彼らにミシェルは告げる。

「他人事だと思うなよ。お前たちにも似たようなことをした経験があるはずだ。ないとは言わさん」

 誰もぐうの音も出なかった。世の中の底辺を見てきた彼女の鋭くえぐるような言葉は、誰もがなにげなくしてきて胸のうちにしまってきた悪行を思い起こさせる。

 貴族として生まれついた者たちは、平民やより格式の低い貴族を見下した。才人だって、クラスで自分より成績が低かったクラスメイトを内心でバカにしたことがある。今でこそ、その卑劣さがわかるものの、以前にはロマリアの人間たちと同じ種類だった自分が間違いなくいたのだ。

 

 人間の汚さを、外からも中からも見せられるロマリアの街。一行の中でも、才人やルイズ、水精霊騎士隊の少年少女たちは特にショックを受けた様子だった。

「まさか、ロマリアがこんなひどい街だったとは思わなかった。正直、こんなところで先行きどうするんです? 正直、気がめいるだけじゃなくて、話をまともに聞いてもらえるかどうか」

「特にやることは変わらないさ。酒場でもなんでも、人の集まりそうな場所を見つけて情報収集。大きな寺院には、それだけ大勢の人間が集まるだろうし、そういう場所の人間は裕福だから余裕があるだろう……とりあえずは、適当な宿を探して拠点にするぞ。動くのは明日からだ」

「はい……」

 返事にも気合がなかった。もとより、言ったミシェルも義務感で無表情につとめているが、内心でははらわたが煮えくり返っている。

 幼い頃に孤児となり、世の中の辛酸をすべてなめてきた。自分をそんなふうにさせた、腐敗したトリステインを恨んできたが、ここに比べたら何百倍もマシに見える……前の自分なら、なにもかもあきらめてこんなところ滅ぼしてしまおうと思っただろう。自分でさえそう思っているのだから、まだ世の中を広く知らない子供たちは気持ちの整理がつかなくてしょうがない。

 がいこつのようにやせさらばえた人間から呪いを込めているような無数の視線が浴びせられ続ける。「この平民め」と怒鳴りつけられれば簡単なのだろうけれど、今の彼らにその台詞は間違っても吐くわけにはいかなかった。

 いっそのこと、入国と同時に聖堂騎士団あたりともめごとでも起こせば、ロマリアの醜い部分を見ないままに騎士ごっこ気分で暴れられたかもしれない。しかしそれではダメなのだ。世の中のいいところも悪いところもきちんと知って、それを自分の中に飲み込めるようになれなくては、いつまでも騎士ごっこのままで、大人の騎士にはなれない。

 

 それぞれの思うところがありながら、それを胸のうちに飲み込んで追い立てられるように一行は歩んだ。

 こんな街だ。探せば巡礼者向けの宿のひとつやふたつは楽に見つかるだろうが、早いうちにロマリアの地理をそれぞれの頭に叩き込んでおかねばならなかったし、なによりこの気分の悪さをまぎらわすためにはもうしばらく歩いていたかった。

 

 ロマリアの街は、その広大さの中に様々な歪みを抱えていた。

 この街の住民たち、その中には見てきたとおりに我が身のほかには何も持たない貧民が多数いた。その中の何人かと話をしてみる機会があったが、誰もが飢饉や盗賊、災害や貧困によって村や町を追われ、最後の希望としてロマリアにたどり着いたのだという。

 きれいな場所も確かにないことはない。けれど、それはよそから来た人のために作られた商店街や宿泊施設で、他とは隔離されていて、貧しそうな者が立ち入ろうとすると、屈強な男たちによって追い返されるのを見た。中で楽しそうに買い物をしているのは金持ちばかり……多分、予定通りに東方号でロマリアに着いていたら、こうしたきれいなところだけを通って汚い場所からは遠ざけられ、子供の遠足も同然に終わっていたかもしれない。

 その一方、街を散策する中で目に付いた奇妙な光景があった。

 

「皆さん、この世界は間もなく終わりを迎えます! 神に祈りましょう。信じる者たちの前に天使とともに天国の門が開かれて、あなたたち選ばれた人々を救い上げ、愚かな者たちに怒りの業火の裁きが下ることでしょう」

 

 そんなふうに叫びながら、一心に空に向かって祈っている集団がいくつもあった。公式のブリミル教による講義ではないことに、神官のように見える者はおらずに、貧民たちが自主的に集まって祈りを捧げている。

 人数は、ひとつの集団で十数人だが、あちこちで頻繁に見かけることから、ロマリア全体では数百から数千人に上るのではと思われた。

「なんなんだ。この気味の悪い集会は?」

「まてよ。そうだ、思い出したよ。噂で聞いたんだけど、ロマリアを中心に最近になって広まってきた新興宗教があるって」

 怪訝に思ってつぶやいたギーシュに、レイナールが説明した。

 簡単に述べると、ある預言者が流布しているもので、おおまかな思想はさっき聞いたとおりに、世の中が乱れたときによく現れる、一種の末法思想らしく、それ自体はそんなに珍しいものでもない。

「でも、ロマリアでそんなことしたら、聖堂騎士団が異端審問に飛んでくるんじゃないのか?」

「おれもそう思った。けど、この街の規模じゃいくら異端審問してもきりがないだろう。それに、貧民たちの不満のはけ口もなんらかで必要だ。金がかからずにそれができるから、黙認されてるんじゃないか?」

 レイナールはそう推測し、それは事実とほとんど差異はなかった。つまりはこの街の貧民たちは、異端審問にかけることも面倒だと、ほぼ見捨てられているのである。

 そのとき、ひとりの貧民の信徒が汚い紙に書かれたビラを差し出してきた。

「あなた方もいかがです? 間違った神を捨てて、私たちと共に真の救済を求めませんか?」

「行こう、ここはわたしたちのいる場所じゃない」

 誘いを断って、一行はその場から離れようと歩き出した。

 そろそろ、太陽は見えないけれども時刻は夕暮れ時に近づいている。そろそろ宿を決めて休まないといけない。

 結局、気分が悪くなっただけで何もこの街から得るものはなかった。都市というものを作るときに、悪い見本とすべきものがあるとすれば、間違いなくこの街を今後の生涯に思い出すことになるだろう。見た目だけ壮麗華美で、中身は見る影もなく腐り果てている。

 とぼとぼと、目をつけておいた一軒の宿を目指して一行は歩いた。

 才人とルイズは、その一番後ろを同じように暗い雰囲気で歩いていたが、ふと才人のそでが引かれた。

「お待ちください。あなた方には是非とも、我らの天使とお目にかかっていただきたいのです。今晩、この場所で天国の扉が開かれます。よろしくお願いいたします」

「悪いけど、おれはそういうの興味ないから」

「そうおっしゃらずに、我らの天使はあなたがたに大変興味をお持ちのようですよ……ウルトラマン」

 はっとして、才人とルイズが振り返ったときには、すでにそこには誰もいなかった。

「い、今、話しかけてきていた人は!?」

「この一瞬で、どこへ……?」

 不気味な感触に囚われた二人の首筋を生暖かい風が通り過ぎていき、気がついたときには才人の手の中につぶれた紙切れが一枚だけ残されていた……

 

 夜になると、ロマリアの街のどす黒さも真の漆黒に塗りつぶされる。街全体が黒い沼に沈んだように、腐臭を放つ貧民街も、華美な輝きを放つ寺院も、わずかな明かりの中では平等に黒い塊のようにしか見えない。

 けれどこの闇の中で、悪意を持つ者が何百とドブネズミのように徘徊しているかはさだかではない。少しでも良識がある者は固く門扉を閉ざし、朝までじっと息を潜めて待ち続ける。聖なる都の夜とは、そんなものであった。

 

 一行は、貧民街からほど近い、中流の巡礼者向けの宿に腰を休めていた。

「聞き込みは明日からだ。今日は早めに休んでおけ」

 粗末な夕食を口に放り込むと、皆はそれぞれの部屋でベッドに沈み込むようにして眠りについた。誰もが、肉体面より精神面での疲れが著しい。理想と現実のギャップ、ブリミル教の腐敗を直視した落胆、何よりも呪いをかけてくるような何百という貧しい人たちのねめあげる視線が若い彼らの精神を削り取っていた。

「この街は、地獄だ……」

 睡魔に救いをゆだねる直前に、水精霊騎士隊の少年がつぶやいた言葉である。この街の貧民たちは平民に限らず、明らかに元は貴族だったと思われる者も数多くいた。没落した貴族が傭兵や悪人に身をやつすのは知っていたが、魔法があるからどうにかなると高をくくっていたところがあった。だが、貴族も落ちるところまでいけば平民と変わらないところまで落ちると知ったら、この街の惨状を他人事とはとても思えなくなってしまっていた。

 一日で、ここまでマイナスを叩き込まれた心を癒せるのは眠りしかないであろう。

 しかし、皆が寝静まった頃も、才人とルイズだけはどうしても寝付くわけにはいかなかった。

「サイト、起きてるわよね」

「当たり前だ。罠かもしれねえけど、やっぱり行くしかねえよな」

 皆に気づかれないように、ふたりは宿を出た。目的はいうまでもなく、誘いにあえて乗ってやるためである。

 才人の手には、あのとき握らされた紙片がある。そこには、街のある場所を示した地図と、時刻が記されていた。

「いったい誰がこんなふざけた真似を。必ず捕まえてとっちめてやる」

 ぐっと拳を握り締めて才人は言った。相手が誰かはわからないが、これは明らかに自分たちへの挑戦だ。自分たちを、ウルトラマンだと知った上で誘ってきている。十中八九、罠の可能性が濃厚だが、逆に考えれば情報を得られる絶好の機会だといえる。避けるわけにはいかない。

 武器はないが、いざというときの逃げ足ならば自信がある。ともあれ、虎穴にいらずんば虎児を得ずだ。

 

 暗い路地を、散らばっているゴミを避けながら才人とルイズは地図の場所へと急いだ。

 時刻は指定されたときまで間もなく、たどり着いた場所はロマリアの街の広場であった。

 けれど、敵の待ち伏せを警戒して広場に出たふたりを待ち受けていたのは、予想を上回る恐ろしい光景であった。

 

「な、なんだこりゃ。こんな時間に、こんなに人が!」

 広場は、見渡す限りに人間で埋め尽くされていた。暗がりの中にわずかなろうそくの灯りが輝き、それに照らされた人たちの数は見渡す限りで数千人はいるだろう。それらの人が空をあおいで一心不乱に祈っていた。

「おおーっ! おおぉーっ!」

 無心、というのはまさにこのことであろう。数千人の人々が、まるで一個の生き物と化しているかのように祈る光景は異様というしかない。ルイズは、こんな不気味な集会が開かれているのに聖堂騎士団はどうしたのかと思ったが、ぼろきれをまとった貧民に混じって、立派な装備をまとった聖堂騎士団員を見つけて唖然とした。

「ようこそ、お待ちしていましたよ」

 突然呼びかけられた声にふたりは反射的に振り返った。

「誰だっ!」

 そこにいたのは、ローブを着込んだ数人の男女だった。皆、頭からフードをかぶっていて顔は口元しか見えないが、薄ら笑いを浮かべているのは見て取れた。

「よくぞ、おいでくださいました。この世界を守っている、ウルトラマンの方々」

「さっそく来たわね。あんたたち、何者? こんな時間に、人を呼びつけるからには、それなりのもてなしがあるんでしょうね」

 得体の知れない相手に対して、ルイズの啖呵きりが炸裂した。たとえ杖を持っていなくても、ケンカを売ってくる相手には真っ向から対峙するルイズの負けん気の強さには少しの揺らぎもない。

 さすがルイズ、才人は頼もしさを覚えるのと同時に、なにかあったらルイズを守らなければと、自分も力を込めてローブの集団を睨みつけた。こいつらは、さっき確かに自分たちをウルトラマンと言った。少しも気を緩めていい相手ではない。すると、相手の中でリーダー格と見える女性が前に出て、ふたりに笑うように語り掛けた。

「ふふ、そう肩に力を入れないで。私たちは、あなたがたと争うつもりはありません……我々は、キリエル人。世界を真に正しく導くことのできる、正統なる統治者」

「キリエル人? 統治者だって?」

 聞いたこともない言葉に、才人とルイズは困惑した。

 こいつらは、一体? するとさらに、ローブの女は得意げに続けた。

「うふふ、私たちキリエルは人類よりもはるか以前より英知を溜め込んできた者。遠き異界より来たりて、下等なる人類にも庇護と導きを与える慈悲の持ち主」

「よく言うぜ、偉そうなことをのたまいやがって。やっぱり、この星を侵略しに来た宇宙人じゃねえか」

「宇宙人? ふふ、確かにこの星の方々からしたらそう見えるかもしれませんね。けれど、我々は侵略などするつもりはありませんわ。キリエルの神は救世主、その証拠に人々はあのように神をあがめているではないですか」

 指差された先で、憑かれたように祈り続けている人々。しかしふたりは当然、女の言うことを鵜呑みにはしない。

「どうせ催眠術でもかけてるんだろ。ケチな侵略者のよくやる手段じゃねえか」

「目的は何? これだけの人を操って、どんな悪事を企んでるのか吐かせてやるわよ」

 武器を持ってはいなくても弱気に出るつもりはない。けれども、女はそんなふたりが実に愉快だというふうに笑った。

「うふふ、あははは。催眠術など使っていませんよ。彼らはみんな、自分からキリエルの神を信じて祈っているのです」

「ふざけないで! ハルケギニアの民はみんな始祖ブリミルを信仰しているわ。あんたたちの偽りの神が入り込めるわけない」

「偽りの神? うふふ、それはどちらのことでしょう? あなたたちの神が、どれほどのことを人間にしてくれるのか、この街の惨状を見れば明らかではないですか。愚かな人間たちは、神を売り物にして私利私欲をむさぼり、彼らの作り出した幻想に惑わされて、より多くの人間が地獄を味わう。実にすばらしい神様ですわね」

 ルイズには返す言葉がなかった。ロマリアの惨状は、まさにフードの女の言ったとおりのありさまで、ブリミル教の暗黒面をこれ以上ないくらいに表している。神の足元にある地獄、これほど笑えるものはないに違いない。

「愚かな人間たちは、救いの名の下に地獄を生み出し続けている。しかし、キリエルの神は虚言が生み出す幻想ではなく実体として存在します。あれをご覧なさい!」

 天を指す女の指先。才人とルイズは、はっとして空を見上げて驚愕した。

「んっ、なんだありゃあ!」

 なんと、夜の闇の中に黒雲のようなもやが浮かんでいる。そして、その中央部には不気味な装飾の刻まれた巨大な門がそびえ立っているではないか! 人々は、その門に向かって祈りの声をあげている。しかし、才人とルイズはその門から、背筋の凍るような恐ろしい気配を感じて戦慄した。

「まるで、地獄の門だ」

「あら、それは失礼な。あれは、我らキリエルの世界へとつながる天国の門。あの門が開かれるとき、信じる者は天使の祝福の下ですべての悩みと苦しみから解放されるのです。これは、嘘ではありませんよ」

「信じられるもんですか! きっと、あの門からあんたたちの仲間が押し寄せてきて、ハルケギニアを侵略するつもりなんでしょう」

 ルイズはキリエルの門を指差して断言した。たとえどんな蜂蜜色の詭弁を耳朶に注ぎ込まれたとて、人間を騙しにくるのは宇宙人の常套手段だ。増して、あの門からは明らかな闇のエネルギーを感じるのだ! さらには、ハルケギニアの民にとっては心のよりどころであるブリミル教を侮辱するおこないは、決して許せるものではない。

「確かに、ブリミル教の腐敗はひどいものよ。けど、あんたたちにとやかく言われる筋合いはないわ! 今すぐハルケギニアから出て行きなさい。でないと、力づくで叩き出すわよ」

 ルイズは毅然と言い放った。百歩譲って、彼らの言うことが真実だとしても、勝手に彼らの宗教を押し付けるのは精神的な侵略だ。

 だが、戦いも必至だと構えていた才人とルイズに向かって、キリエルたちは驚くべきことを言った。

「いいですとも、出て行きましょう?」

「な、なんですって!」

 聞き間違いかと思ったが、キリエルの女はなおも楽しそうに続けた。

「今日、この時を以て我々キリエルの民はこの星より立ち去ります。あなた方を呼んだのは、この星を守っているつもりのあなた方に、せめて一言なりともあいさつをと思った次第のことですよ」

「ふ、ふざけるな!」

「ふざけてなどいませんよ。キリエルの門を開くのは、仲間を迎え入れるためではなく、我々の世界へと帰るため。つまり、あなた方の望みは果たされるのですよ。何の心配もせずにお見送りいただきませんか?」

 薄ら笑いを浮かべ、低い笑い声をあげるキリエル人たち。才人たちはあざ笑われているようで、奥歯に悲鳴をあげさせたが納得できるわけがない。

 さらに、きしむような不気味な音がふたりの視線を空に向けさせた。なんと、地獄の門がじわじわと開き始めている。その中から差し込んでくる不気味な光を見て、キリエルをあがめる人々はよりいっそう声を高めて祈りの声をあげ続けた。

「おーっ、おおーっ! ついに、天国の門が開くぞぉぉ」

 祈りの声の大合唱は広場にこだまし、今が真夜中とは思えない。

「くっ、人を馬鹿にするなよ。だいたい、お前たちの言うことは矛盾してるんだ。お前たちは、人間たちを救いに来たんだろ! だったら、苦しんでる人たちを見捨ててとっとと帰るってのか?」

「うっふっふっ、それはもちろん。だからこうして、真の神の存在を愚かな人間たちにも教え伝えていたんですよ。いずれはすべての人間たちにキリエルの神をあがめてもらうはずでしたが、少々予定を変えざるを得ないことになりましてね。その代わり、キリエルの神に救いを求める人々は、責任を持って我々の天国に招待いたします」

「なっ! この人たちを連れ去っていくつもりか」

 ふたりは愕然とした。そんなこと、絶対に許せない。

「皆さん! 目を覚ましてください。こいつらが言う門の先は天国なんかじゃありません!」

 しかし、ふたりの呼びかける声は人々の歓呼の声にかき消されてしまった。そんなふたりを、キリエル人たちは愉快そうに笑う。

「ムダよ。その人間たちの目には、これから訪れる救済しか見えていないわ。わかっているでしょう? 人間という生き物は自分の都合の悪いことは見ようとはしない。つくづく、哀れなほど愚かしいものよねえ」

「この野郎、偉そうなこと言いやがって。救う人間をえり好みする神様がいるかよ!」

「うふふふ、それこそ笑止。地球の少年、あなたたちの世界で何億という人間に信仰されている神も、神話の中で自分の気に入ったわずかな人間だけを救い、残りのすべてを消し去ったじゃないの。確か、ノアの箱舟といったかしら?」

「ぐっ、ぐぐっ!」

 才人は完全に反論の余地を失った。そうした面から見たら、奴らキリエルのやりかたも立派な神だ。

「あなたたちはそうして見ていなさい。迷える人間たちが、キリエルの神の元で導かれていく様を」

「そうはさせるか!」

 才人とルイズは決意した。こうなったら力尽くしかない。歓呼の声をあげる人たちに割り込んでやめさせようと試みる。だが、人々はふたりの言葉にまったく耳を傾けようとはしなかった。

「邪魔をするな!」

 鍛えているとはいっても一般人と大差ないふたりは数千人の群集にかなうはずがなく、簡単に弾き飛ばされてしまった。

「く、くそぉ」

「あははは。その者たちはみんな、この街で絶望の淵にいるところをキリエルの神の慈悲だけを支えに生きてきた者たち。それを奪おうとすれば当然の報いなのよ。皆さん! その者たちは、天使の祝福を妨げようとする悪魔たちです。さあ、皆さんの力で悪魔を退治しましょう!」

「おおぉーっ!」

 群集が、いっせいに才人とルイズに襲い掛かってきた。

「悪魔! 悪魔! 悪魔! 悪魔! 悪魔!」

 皆、目を血走らせて枯れ木のような手を伸ばしてくる。

「ちょ、やめ、やめてください!」

 声は届かなかった。周囲を取り囲まれ、群衆の手がふたりをもみつぶそうと迫ってくる。

 そのとき!

「ウルトラ・ターッチ!」

 間一髪、ふたりはウルトラマンAへの変身に成功した。

 無人の路地を選び、銀色の巨人が降り立つ。その見上げた先にあるのは、破壊すべき地獄の門。

 しかし、キリエル人たちはそれを許すつもりはなかった。

「やはり現れたわね。でも、邪魔をさせはしない……はぁぁーっ!」

 キリエル人たちの体が不気味なオーラに変わり、合体して膨れ上がっていく。そして、白煙をあげて巨大な姿を立ち上げる異形の巨人。骨格が鎧のように体表に露出し、左胸には心臓のように赤く点滅する光球が瞬き、笑いの表情を掘り込んだ仮面のような顔を持つ姿は恐怖を呼び起こす。

 これが、キリエル人の怒りの姿、炎魔戦士キリエロイド。キリキリという不気味な声をあげ、ウルトラマンAの前に立ちふさがった。

「ヘヤッ!」

 エースは妨害しようとするキリエロイドとの戦いに、否応なく引き込まれていった。

 

 そこをどけ! 残念ながら、そうはいかない。

 当然の帰結を迎え、二体の巨人が激突する。

〔門が開く、急がなくては!〕

 短期決戦をと急ぐエースは猛攻を加える。

 チョップ、キック、近接しての連続パンチ攻撃。その攻撃のすさまじさは、重量級の超獣たちを相手にしてきたエースの名に恥じない華麗で圧巻なものであった。

 しかし、キリエロイドも一目見て屈強だとわかる肉体にものをいわせて倒れない。左右非対称で、頑強な骨格が不規則に体表面に露出しているキリエロイドのボディは剛と柔の両面を併せ持ち、打撃の威力を軽減させて受け止めてしまう。キリキリと漏れ出す声は、まるでエースの焦りをあざ笑っているかのようだ。

 そして、エースの攻撃を見切ったとばかりにキリエロイドは反撃に出た。俊敏な動きで間合いを詰め、エースの顔面に鋭い爪の生えた手を叩きつけた。

「ウワァッ!」

 視界が一瞬きかなくなり、平衡感覚が失われてよろめいてしまう。

 すごいパワーだ! それにこのスピード、生半可なものではない。

〔強いっ!〕

 キリエロイドの反撃は、序盤のエースの猛攻をそっくりお返しするような激烈なものであった。パンチの速さ、キックの切れ味、どれをとっても申し分はなく、エースもさばこうとするが互角に持ち込むのが精一杯のありさまだった。

 重いキックがエースを後退させ、反撃にエースもキックを打ち込むも、キリエロイドは腕をクロスさせてガードを作って受け止める。間違いない、こいつはパワー、スピードだけでなく戦闘技量もウルトラ戦士と互角以上の力を持っている。伊達に神を名乗ってはいないということなのか。

〔だが、勝負はこれから……うっ、なんだ! 力が、入らない〕

 突然、エースの体から力が抜け、エースはがっくりとひざを折ってしまった。

 どういうことだ? まだ、時間は経っていない。エネルギーは、まだあるはずなのにと才人とルイズも焦るが原因がわからず、そこへキリエロイドの声が響いた。

〔効いてきたな。お前たち、光を糧にする者たちにとって、この闇の中は苦しかろう〕

〔闇、だと!〕

〔そう、闇。キリエルの扉の先から溢れ出てくる闇が、すでにこの場を包み込んでいる。フフ、だが安心しろ。お前をここで倒すのは簡単だが、それは我々の目的ではない〕

〔どういうことだ!〕

〔言っただろう。お前たちには、我々の旅立ちを見送ってほしいだけだと。見ろ、キリエルの門が開く瞬間を!〕

 その瞬間、地獄の門が全開となり、暗い光があたりを余さず照らし出した。

 門の先には、キリエロイドの仲間たちであろう影が複数浮かび、群衆の歓呼の声は頂点を迎える。

 

【挿絵表示】

 

「さあ、救われる世界へ旅立ちましょう」

 キリエルの声が響き、祈る群衆たちの姿が人魂のように変わって門の先へと吸い込まれて消えていく。

〔やめろ……〕

 エースは止めようとしたが、黒いもやの様な闇に囚われた中では身動きがまったくとれない。

 悪夢のような時を見守るしかないエースの前で、数千人もいた群衆の姿は煙のように消え去ってしまった。後に残ったのは、エースとキリエロイドのふたりのみ。そして、キリエロイドはキリキリと笑い声をあげると、倒れ伏すエースに最後の言葉をかけた。

〔さて、さらばだ。我々はこれから新たな天地を求めて旅に出る。もう二度と、この星を訪れることはないだろう〕

〔ま、待て! さらった人たちを帰せ〕

〔フフ、ウルトラマンともあろうものが残酷なことを言う。帰したところで、あの人間たちに待つのは餓えて死ぬか腐って死ぬかのふたつしかない。なにより、彼らは自分の意思でキリエルを選んだのだ。きさまがどうこう言う筋はあるまい? その証拠に、人間たちは誰一人としてお前を助ける声もあげなかったではないか〕

 悔しいが、キリエロイドの言うことは間違っていなかった。

〔では、さらばの前にひとつだけいいことを教えてやろう。この世界は、間もなく巨大な闇の力によって滅び去る。我々よりもはるかに強大な闇の力を持つ者たちが、この地にやってくる。キリエルの、確かな予言だ〕

〔そうか、それを知ったからお前たちはこの世界を見限ったのか。この、エセ救世主め〕

〔なにを言う。世界とともに心中してなんの救世主だ。なんの希望もなく、滅び行くだけの世界から我らは数千の迷える魂を解放してやった。光の巨人よ、すべての生命を等しく守ろうなどとおこがましいと思わんかね? 遅かれ早かれ滅亡の決まったこの世界で何ができるか、せいぜいがんばってみるがいい〕

 高笑いを残して、キリエロイドは地獄の門の中へと消えた。

 門は閉まり、闇に包まれて消滅し、元のロマリアの闇夜の光景だけが残った。

 

 キリエルが立ち去り、すべてが終わったロマリアの街には動くものすらなく、生ぬるい風だけが流れていく。

 命の腐った臭いが漂う、墓地のような街路。そこに、力を使い尽くした才人とルイズが倒れていた。

「ちくしょう……ちくしょぉぉぉぉーーっ!!」

 血を吐くような才人の慟哭が、死の街に遠くこだまして、虚しく消えていった。

 

 

 続く

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

ルイズ「次回もわたしに会いたかったら、おとなしく待ってなさい!」


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