ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第6話  ハルケギニア大陥没! (前編)

 第6話

 ハルケギニア大陥没! (前編)

 

 核怪獣 ギラドラス 登場!

 

 

 舞台をエギンハイム村へと戻して、世界の流れはまたひとつのスタートを迎える。

 アパテーとの戦いがあって数日、東方号の応急修理はひとまずの完了を経て、ロマリア巡礼団は一度本国へ帰還することとなった。

 ただしかし、東方号の帰還には加わらずに、トリステイン帰還を蹴ってロマリアを徒歩で直接目指そうという一団が出来上がっていた。

 

「すまないわね、わがままを聞いてくださって。姫さまには、ルイズは必ずご期待に添えるからってお伝えお願いするわ」

「ああ、だが無茶はするな。巡礼団代理という名目はあるにせよ、ロマリアはトリステインの勝手は通じない場所だ。特に、聖堂騎士団は貴族であろうとも異端審問できる特権もあるという、くれぐれも自重して行動しろ。この異変の原因がロマリアにあるというなら、それを突き止めることを頭に置いて、慎重にな」

 

 発進前の東方号のかたわらで、ルイズとアニエスが別れのあいさつをすませた。

 これから、東方号の一行は、船に乗って帰国する者たちと、ルイズをリーダーとして陸路ロマリアへと向かう一団に分かれることになる。

 目的は、空を覆った虫の黒雲の正体を突き止めること。また、金属生命体を送り込んできた何者かも、ロマリア方面にいる可能性が高いので、その正体と目的を突き止めることもある。もっとも、この両者にはなんらかの関係がある可能性が大であるが。

 向かうメンバーは、才人とルイズはまず当然。ギーシュ率いる水精霊騎士隊からも、特に八人ほどが選ばれて加わった。

 意外だったのは、ティファニアとルクシャナたちも同行することを希望したことである。

「ロマリアはエルフを悪魔と見なしているブリミル教の総本山ですよ。あなた方が行くのは危険すぎませんか?」

 アニエスは当然気遣い、東方号でいっしょに帰還することを薦めた。しかしティファニアは、不安げながら毅然として答えた。

「い、いえ。エルフと人間が仲良くするためには、いつかは行かなくちゃいけないところです。だったら、少しでも早く行って見て聞いて、考える時間を持ちたいと、そう思いました」

 またルクシャナは。

「そうそう、この子の言う通りよ。物事を後回しにしたっていいことなんてないわ。だいたい最初から行くつもりで船に乗ったんだもの。なによりわたしは退屈なのが大っ嫌いなの。行く先に謎が待っているなら、止めたって無駄なんだから」

 考え方は違えども、危険は承知ならばこれ以上止めるのは失礼というものだった。アニエスは納得して、くれぐれもエルフの正体だけはばれないように気をつけてくれと念を押して、彼女たちの同行を認めた。後は、銃士隊からロマリア出身者をつのった十名をミシェルが指揮し、およそ二十人ほどの団体となって南へと向かう。

「頼むぞミシェル、お前にはまた苦労をかけるが、船を動かすためにこれ以上の人数は裂けんのだ。すまん」

「大丈夫ですよ。これ以上の人数がいたところで、やたらと目だって動きにくくなるだけです。それに、騎士ごっこの青二才どもも、今ではそんじょそこらのでくのぼうよりは役に立ちますからね」

 アニエスとミシェルの、水精霊騎士隊への評価も昔とはかなり変わっていた。数々の戦いを潜り抜け、金属生命体との戦いのときに見せた優秀な働きぶりも、それを裏付けていたからだ。

 しかし、アニエスは心配するなと言う義妹に、釘を刺すことを忘れなかった。

「期待しているぞ。だが、本当に気をつけるんだぞ。今回は、本当に最低限の人数しかつけてやれんし、なによりも……これまでとは違う嫌な予感がするのだ。敵はヤプールではないかもしれん。特にお前はサイトがいると気が抜けやすいから、絶対に油断するな」

「はは、肝に銘じておきます。サイトは、わたしたちが危なくなると助けようと無茶するでしょうから、わたしがしっかりしませんと。今回は、前と違ってほんとうに仲間も少ないですからね」

 前の旅では大勢いたが、今回はその半分もつれていけない。特にコルベールなどは、国外の事情などにも詳しいそうなのでぜひにも来て欲しかったが、本人もすまなそうに断られた。

「申し訳ない。肝心なときに役に立てずに……私の生徒たちを、くれぐれも頼む」

「仕方ありません。ミスタ・コルベール以外に東方号の面倒をみられる人はおりませんからね。最善を尽くしてまいります」

 コルベールの、生徒の無事を思う気持ちには自然と頭が下がった。だが、彼には傷ついた東方号を持ち帰って、次に必要になったときのためにしっかり直しておいてもらわないといけない。

 

 

 名残は尽きぬが、旅立ちの時は来た。

 

 アニエスとコルベールの乗った東方号は、傷ついた船体を浮き上がらせ、生き返らせたふたつのエンジンのプロペラを回転させて動き出した。

 虫の黒雲に突っ込むわけにはいかないので、低空でゆっくりと進む東方号の甲板からは、帰国する仲間たちが手を振っていた。

「がんばれよーギーシュ! ロマリアの坊主どもに、トリステイン貴族を見せてやれ」

「ロマリアの美女にたらしこまれるんじゃねえぞーっ! 抜け駆けしやがったら一生恨むからなあ!」

「副長、ご無事で! 我ら一同、みな副長を信頼しておりますから!」

 小さくなっていく声を聞きながら、エギンハイム村に残った者たちは、自分たちがよい仲間に恵まれたと感じた。

 ギーシュや水精霊騎士隊の面々は、悪態をつきながらも邪気のない友人たちに。ミシェルは、一度は裏切りという大罪を犯した自分を今では信頼してくれていると言う部下たちに、心の絆こそ何にも勝る宝だと確信するのだった。

 むろん才人らも、必ず生きて使命を果たし、再会しようと決意する。

 ヤプールでもなんでも、この世界の平和を乱そうという者がロマリアにいるなら待っていろ! そんな野望は必ず砕いてやると。

 やがて東方号も小さくなって見えなくなり、残った者たちも出発の時間となった。

「ようし諸君、水精霊騎士隊ロマリアに向けて出陣だ! 我らが敬愛する女王陛下のため、また働ける時がやってきた。さらにこの機会に、我ら水精霊騎士隊の名を国外にも轟かせるのだ。いざゆかん、まだ見ぬ敵とロマリアのご婦人方が待っているぞ!」

「おおーっ!!」

 さっき抜け駆けするなと言われたのに、さっそく忘れたギーシュの激に少年たちはいっせいに轟くような声で答えた。

 が、浮かれたバカには早速鉄槌が下る。

「お前が仕切るなバカ者! 今回は目立ってはいけない隠密任務だと、もう忘れたか! いいか、今回は行く先に何が待っているかわからない以上、難易度はネフテスへ行ったときより上だとも言えるんだ。それ以前にこれから山越えをしなきゃならん。今から無駄な体力を使って、途中でへばったら山から蹴り落とすからな!」

「はっ、はいいっ!」

 冒険気分になっていたギーシュたちは、ミシェルの一喝で反射的に気をつけの姿勢にされて、いきなり気合を入れなおされる羽目になった。

 まったくほんとに、この連中のすぐ遊び気分になる癖はいつになったら抜けるのか。かっこつけて高く掲げたギーシュの薔薇の杖の花びらが地面を向いてしおれているように見える。そんな様を見て、わずかな女子のルイズやモンモランシーはため息を漏らすのだった。

「こんなんで、先行き大丈夫なのかしら。ルイズ、何度も言うようだけど、わたしは人生の選択を誤ってる気がするんだけど?」

「しょうがないでしょ。あなたは貴重な『治癒』の使い手なんだもの。それに、人生の選択っていうなら、あなたより多分わたしのほうが多く後悔してるから安心しなさい。好きだ、なんて言ってもらえたくらいで安心しちゃだめよー。男なんて、まったく信用できない生き物なんだから」

「心から同意するわ。ほんとに、どうしてわたしはギーシュを見限れないのかしら? きっとあいつ、まだロマリア美女を口説くことで頭がいっぱいよ。わかってるんだから……なのに、ああもう! 将来苦労することなんかわかりきってるのに!」

「わたしたちって、ほんとにバカね」

 ルイズとモンモランシー、共通の悩みを持つふたりは、共に頭をがっくり下げてうなだれた。ふたりの桃色の髪と金髪に白髪が混ざってきたと言っても、この場なら冗談にならないかもしれない。当のギーシュはといえば、叱られていて聞く余裕はなくて、才人はといえば、やっぱりマジになったときのミシェルさんはかっこいいなと見とれていて、やはりルイズの話なんか聞いてなかった。

 

 まだ出発もしてないのにこの有様。エギンハイム村の村人たちは、本当にこの人たちに世界の運命が託されてるんだろうかと不安に思うのだった。

 とはいえ、いい加減進めないときりがない。ヨシアら村人に見送られて、一行は旅立った。

 これから南下し、火竜山脈を越えてロマリアに入る。そこまでの道案内は、アイーシャがしてくれることになった。

「精霊にも認められる心正しき者であるあなた方ならば、これも大いなる意志のお導きでしょう。火竜山脈までの近道を案内します。この世界の暗雲を、晴らしてきてください」

 通常ならば人間の踏破することの不可能な黒い森も、自然と共に暮らす翼人にとっては庭のようなものだった。また、途中に生息する凶暴な獣や亜人も、翼人の気配を感じると襲ってはこなかった。

 しかし、まったく整備などされていない不整地を踏破するのだから楽なはずはない。アイーシャはできる限り歩きやすいルートを選んでくれたが、それでもしばらく経つと音をあげる者が出だした。

 ただし、おかしなことに、それがいずれも危機感を伴わなかったのは笑うべきなのか。

 

 モンモランシーの場合はこうである。

「ああんもう! わたしもう歩けない。足が痛い! 疲れた! こんなジメジメしたところ歩くなんて、もうイヤ!」

「それは大変だモンモランシー。さあ、ぼくの背におぶさりたまえ。君の白樹のような御足が傷ついてしまったら全世界の損失だ。ぼくは喜んできみのための足となるよ」

「も、もうギーシュったら恥ずかしいじゃないの。で、でも……ちょっとだけ、ほんとうに仕方ないからちょっとだけよ」

 なんだかんだ言ってギーシュにおんぶされて喜ぶモンモランシー。ほかの面々は、やってろこのバカタレどもと内心で呆れるばかりだ。これ以上ないくらいにお似合いだよ。お前ら事前に打ち合わせでもやったんじゃないのかと、見ているこっちが恥ずかしくなる。

 

 ティファニアの場合はこうである。

「いてて、サイトさーん。ごめんなさい、わたしちょっと足をくじいちゃったみたいです」

「ありゃりゃ、無理するなテファ。よし! ルイズお前おぶってやれよ」

「ねぇサイト、なんでわたしなのか説明してもらえるかしら……?」

「そりゃ、ルイズがこの中の誰よりも馬力があるのは、おれがよーく知ってるからさ!」

「サイト……あんた、人をコケにするのもたいがいにしないと殺すわよ」

 頭にでかいコブを作らされた才人が、首に縄をかけられて引きずられて行ったのを見て、皆がギーシュとモンモンのときとは別の意味で呆れたのは言うまでもない。才人は、「ほんのジョークなのに」とか言って場をなごませようとしただけなのだが、気絶させられた状態では申し開きができるわけもなく、白目をむいたマヌケ面をしばらくみんなに見られるはめになってしまった。

 なお、ティファニアは足を魔法で治してもらって、元気よく普通に歩いている。ときおり心配そうに、「あの、サイトさんがちょっとかわいそうじゃありませんか?」と言ったが、「バカにはいい薬だ」とみんなに返されてしまった。

 

 こんな様子で、アニエスがいたら百回は怒鳴られるであろうことをこの後も繰り返しながら一行は進んだ。どうやら彼らにとって、使命感とか危機感とかは緊張感の維持にはあまり役立たないようだった。才人とルイズに水精霊騎士隊は、まるで遠足かピクニック気分である。もっとも、彼らは年齢的には地球の高校生程度であるから元気が有り余っているのは仕方ない。

「お前たち、少しは静かにしろ!」

 まったくどこにそんな元気があるんだかと、銃士隊の人たちが怒鳴っても、しばらくすると元の木阿弥であった。

 どうやら子供にとって、遊ぶために使う体力というのは無尽蔵らしい。ミシェルも最初のうちは怒っていたが、やがてはすっかりとさじを投げてしまってこう言った。

「まあいい、元気が有り余ってるなら今のうちに適当に発散させておくのもいいだろう」

「しかし、最初からこんな調子で、連中には自覚というものが足りません」

「奴らがいざとなれば人並み以上の働きができるのは知っているだろう。好奇心の塊のような連中だし、遊び盛りの子犬に首輪をつけるようなものだ。いまのうちは大目にみてやれ……その分は我々がしっかりすればいいだろう、な?」

「まったく、副長は甘いんですから」

 しかしそうは言ったものの、銃士隊の皆は内心で副長も昔とはだいぶん変わったなと、好意を持って思っていた。

 昔のミシェルは、それこそアニエスが二人いるかのように厳格で苛烈で、まるで生き急いでるように隙がなかった。けれども、リッシュモンを倒したあのときからは皆と打ち解けて、明るさや穏やかな面を見せることが多くなっていった。

 ミシェルの取り戻した、そうした穏やかで優しい心は、おそらく軍人としては不適なものだろう。けれども、誰もミシェルを弱くなったとは思っていない。ふざけながらも明るく楽しく先を進む少年たちを、呆れつつも温かく見守るミシェルを見て、ひとりの隊員がふといたずらっぽく言った。

「副長、そうしてるとなんだかお母さんみたいですね」

「んなっ!?」

 この唐突で意表をついた一言は、姿勢よく歩いていたミシェルが前のめりにこけかけるほどの衝撃を与えた。

「なっ! いきなり何を言い出すんだ! わ、わたしが、お、おか?」

「ええ、ダメな息子たちを見守る優しいお母さんって感じで、いやあ中々さまになってましたよ」

「バ、バカ者! わたしはまだそんな歳じゃないぞ。なんだお前たち、その顔は!」

 見回すと、隊員たちはみんな子供を見るような笑いをこっちに向けていた。ミシェル自身は、自分が顔を真っ赤にしていることに気がついているのか。もっとも、隊員たちはこういう方面では子供そのものの副長に、ダメ押しの一言を遠慮なく加えた。

「ええ、お母さんになるためには、まずはお嫁さんにならないといけませんものね」

「お、およっ! お、お前たち! 上官をからかって遊ぶんじゃない!」

 そうは怒っても威厳は台無しである。恋愛に関しては、まったくの素人で初恋街道をやっと進んでいるミシェルでは、どうあがいたところで隊員たちにすら勝てるはずはなかった。

 とはいえ、隊員たちには副長を軽んじるつもりは微塵もなかった。強いて言えば、ちょっとしたスキンシップのようなものである。銃士隊は軍隊ではあるが殺し屋の集団ではない。悪に立ち向かう者が、心に余裕をなくしてしまったら、敵は排除するだけの排他的な独善の集団となってしまう。

 実は地球人も、何度かこの危うい道に入りかけたことがある。地球の平和のためならばと思うあまりに、ほかの星のことを思いやることを忘れてしまったとき、人類は自らをも滅ぼしかねない惑星破壊兵器の配備に手を染めてきた。

 そのこと自体の是非は結果の好悪両面があるのであえて問わない。だが、正義というのはあくまで概念であって、行使するのは人間なのだ。平和はきれいごとだけでは守れない、それは真実ではあるが、同時に獣の論理であることを忘れてはいけない。

「おーいサイト! お前、結婚したら子供は何人ほしいんだ?」

「ばっ! お前なんてことを!」

「あれー? 私はサイトに尋ねたのに、なんで副長が怒るんですか?」

 しらじらしいことこの上ないが、ミシェルは隊員たちのかっこうのおもちゃにされていた。まるで女子校の一風景のようなもので、声をかけられて「はい? なんですか」とやってきた才人は「うるさい! お前は向こうに行ってろ」と、訳のわからぬうちに追い返されてしまったので、いい迷惑としか言いようがない。ただ、思わず怒鳴ったミシェル自身が、サイトになんてことを言ってしまったんだと自己嫌悪に陥ってしまったので、さすがに隊員たちも罪悪感がきて謝った。

「副長、すいませんでした。あんまり副長が初心でかわいかったので、つい」

「いいんだ、どうせわたしなんか剣と魔法しかとりえのない乱暴者さ。普通の女の子らしいことなんて、なにもしてこなかったんだもの」

 いじける副長を慰める隊員たち。銃士隊にも、ずいぶんと家族的な雰囲気が出てきたということなのか? もっとも、悪いことではない。歴代の地球防衛チームでも、真面目一辺なチームよりも、普段穏やかでユーモアのあるチームのほうが実戦成績がいいという統計結果があるのだ。

 まさに、笑う門には福来る。カリカリしていてもなにもいいことはないのである。

 

 こうして、普通の人間ならば心身を削りながら行くような旅路も、一行は愉快に心弾ませながらゆく冒険へと変えた。

 道なき道を、最短ルートを通って一行はガリアとロマリアの国境線である火竜山脈へと向かっていく。

 

 そして数日の行程を経て、一行はついに火竜山脈を遠方に見られるところまで来ることができた。

「皆さんよく頑張られましたね。ここまで来たら、山脈のふもとまではあと半日ほどです」

 普通なら数週間から一ヶ月はかかる距離を、一行は驚異的な速さで踏破していた。火竜山脈の街道に入れば、あとはロマリアまで一直線の道のりである。ふもとの村の駅で、馬なり馬車なりを借りられれば一気にロマリアに到着できるだろう。

 

 

 だが、一行が喜色を浮かべたそのとき、突然の地鳴りとともに信じられないことが起こった。

「うわっ! 地震だ。大きいぞ!」

 誰かが叫ぶと同時に、周辺の大地が蛇のようにうねりながら揺れ動き始めた。空を飛んでいるアイーシャ以外はみんな立っていられないほどで、周りの木々も大きくしなって枝を振り乱し、次々と倒れだした。

「危ない! 草木に宿る精霊たちよ!」

 とっさにアイーシャの張ってくれた植物の防壁が、倒れてくる木々から一行を守ってくれた。

 しかし、身の安全は守れても、まるでシェイカーの中に入れられたようなすさまじい揺れの中では誰も何もできなかった。

 森の木々がメキメキと音を立てて倒れていき、動物たちの悲鳴がこだまする。鳥の群れが飛び立ち、昆虫たちもいっせいに舞い上がって、パニックに包まれた周辺はまるで地獄のようであった。

 ただひたすら、揺れが収まるのを待ち続ける。だが揺れは収まるどころか延々と続き、さらに突然火山が爆発したようなすさまじい轟音が鳴り響き、皆はそちらの方向を見た。

 愕然とした表情が、人数分だけ現出するのに半瞬もかからなかった。

「な、なんだこりゃ!」

 彼らの視界に飛び込んできた光景、それはまさにこの世ならぬ、ありえないものだった。

 才人もルイズも、ギーシュたち水精霊騎士隊、ミシェルたち銃士隊、好奇心の塊のようなルクシャナさえ自分の目を疑った。

 轟音と激震、その中でギーシュたちはその方向を指差して恐怖に顔をひきつらせる。

「お、おいギーシュ。あれは、あれはなんなんだ!」

「ぼ、ぼくに聞かれてもわかるわけないだろ! ぼくの目がおかしくなったんじゃなければ、山が、火竜山脈が……」

「ああ、山が、火竜山脈が……沈んでいく」

 誰がつぶやいた言葉に、寝ぼけているのか? と突っ込む者はいなかった。

 そう、これから一行が向かおうとしていた先、かなたに巨大な峰峰を並べていた火竜山脈が小さくなっていた。いや、正確に言えば火竜山脈がふもとから地底へと沈んでいっているのだ。まるで、泥沼に落ちた車がみるみる沈んでいっているような、不気味で悪夢的な光景、しかし夢かといくら目をこすっても、眼前の光景は消えはしない。

「そういや、昔なんかの映画で日本がまるごと海の底に沈むってのがあったなあ……」

 才人は、これは夢じゃないんだぜと自分のほっぺたをつねりながら独語した。ルイズやティファニアなどは圧倒されきっていて完全に言葉も出ない。アイーシャも恐怖のあまりに飛びながら震えて、精霊に祈り続けていた。

 火竜山脈は彼らの見ている前で、どんどんとその威容を消していっていた。

 はじめは標高数千メートルの、雲を突き抜けて天を突くのでは思われた高さも半分になった。それでも沈降は収まらず、ふもとの辺りから猛烈な粉塵を吹き上げながら、潜水艦の急速潜航を思わせる速さで沈んでいく。そのころになると、噴き上がった粉塵もようやくこちらへ届いてきて、周辺は砂嵐で夜中のように暗くなった。

「どうなってるんだあ、この世の終わりなのか!」

 少年たちの誰かが叫んだ。彼らの周囲はルクシャナの張ってくれた空気のドームで防護されているが、常識外れの光景と暗闇が、破滅的な想像を彼らにさせていた。

 神に祈る者、ただ震える者、虚勢を張ってじっと耐える者。才人やルイズでさえ、どうすることもできない。

 誰にも説明なんかできるわけがなく、地震は続いて唐突に終わった。

 やがて砂嵐も収まって視界が開けると、ほんの数分前と景色は一変していた。

「あ、あそこに、山があったはずだよな?」

 ギーシュの問いに、自信を持って答えることのできる者はいなかった。皆が、悪夢をたった今まで見ていたかのようになかば呆けた顔で立ち尽くしている。むしろ、悪夢であってくれたほうがどれだけよかったか、一行の行く先に壁のように聳え立っていた火竜山脈の峰峰は、まったくの跡形も残さずに消えてなくなってしまっていた。

 なにが起こったのか? それはこの場にいる全員が考えていることであったろうが、やはり誰にも答えを出せるわけもなかった。

 それでも、時間が経って落ち着きを取り戻してくると、彼らの足の先は自然と山脈のあったほうへと向いた。

「行きましょう、ここでぼっとしてても始まらないわ。なにが起こったかはわからないけど、どっちみちあの山は越えなくちゃいけなかったのよ。山登りする手間がはぶけたと思いましょう」

 真っ先にそう宣言したのはルイズだった。すでにショックから立ち直り、前のみをまっすぐに見据えた凛々しい姿は、水精霊騎士隊や銃士隊に残っていたおびえをぬぐいさるのに十分だった。

「ルイズの言うとおりだ。ここで引き返すわけにはいかない。諸君、行こう!」

 ギーシュが全員を代表して言った。一度勇気を取り戻せば彼らはみな強い。すると、モンモランシーやティファニアも気を取り直し、皆に続こうとする。先日までのふざけた雰囲気を一新して、一行は戦士の顔になっていた。

「ミス・アイーシャ、案内ありがとうございました。ここまで来たらもう大丈夫です。あなたはここでお帰りになってください」

 ミシェルが、万一のことを考えてアイーシャに言った。もしも彼女になにかあれば、親身に尽くしてくれたエギンハイム村や翼人の方々に申し訳が立たない。けれどもアイーシャは首を振った。

「いいえ、わたくしにも課せられた責務があります! せめて、すそ野あたりまではご案内を続けましょう」

 責任感の強いアイーシャの態度に、それ以上の配慮はかえって失礼というものであった。

 が、結果としてアイーシャに最後まで案内を頼んだのは正解だった。地震ですっかり地形が変わってしまった森の中を走破するには、森のことを知り尽くし、空から見下ろせるアイーシャの存在が非常に大きく、もし彼女がいなければ一日は余計に森の中をさまよっていたのは疑いようもない。

 そしてそのことは、さらに結果として多くの命を助けることになった。

 

 可能な限り急いで、黒い森を突っ切った一行は火竜山脈のふもとへとたどり着いた。そこには、最初の目的地としていた宿場町があるはずだったが、すでに町の様相は残っていなかった。

「こりゃひでえ、まるで巨人の団体さんが通っていった後みたいだ」

 言われなければ、ここに町があったとは気づけないほどに破壊されつくしていた。陥没した山脈に巻き込まれることだけは避けられていたものの、あの天変地異を間近で受けてしまった影響で、家々はひとつ残らず倒壊し、さらに粉塵が雪のように瓦礫に降り積もっていた。

 が、呆然としている余裕はなかった。倒壊した家々では、かろうじて助かった人たちが、体中をほこりに染めながら瓦礫をどかそうとしている。それを見た一行は、即座に全員駆け出した。

「水精霊騎士隊! 生き埋めになった人たちを助けるんだ」

「銃士隊、全員散って生存者の救助に当たれ」

 約二十名の一行は、蜘蛛の子を散らすようにいっせいに町のあちこちに散らばった。まだ倒壊した家屋の中では、下敷きになった人たちがうめいている。助かるかどうかは一分一秒の勝負だ。

 考えるよりも先に手と足が動き、腕力と魔法で生き埋めになった人たちを助け出していく。救助活動は彼らの基本活動のひとつであり、アディールでも経験済みなので慣れた動作である。

 町人たちも、思いもよらず現れた救助隊に驚きながらも、彼らの真摯な態度に信頼を置いてくれた。

 やがて数時間後、町の広場に作られた仮説救護所には助け出された町人たちが寝かせられていた。

「どうだいモンモランシー? 負傷者たちの様子は」

 仕事を終えて休息をとっていたギーシュが、魔法での治癒を終えてきたモンモランシーに尋ねた。ふたりとも、後先を考えずに動き回った結果ほこりまみれになっている。彼女は、お風呂に入りたいわねと短く愚痴った後で答えた。

「命に関わるような重態患者はルクシャナたちの先住魔法で治してもらったわ。私もやったけど、まあエルフだってことをバレないようにするためにカモフラージュするのが主だったけどね」

「先住魔法か、ほんとすさまじい効力だよなあ。敵にすると恐ろしいけど、味方にするとなんとも頼もしいものだ」

「悔しいけど、わたしの治癒とは比べ物にならないわ。けど、やっぱり精神力には限りがあるから、治療は重傷に限ったわ。ねんざや骨折くらいは自力で治してもらいましょう」

「ご苦労様、向こうでパンと飲み物を配っているからゆっくり休んでくれ」

 ねぎらって、ギーシュはモンモランシーに宿屋のあったほうを指差した。さすがに、いつもは二言目に口説き文句が出るギーシュも疲れて一人になりたかったらしい。モンモランシーは、できれば二人で……と思ったが、こんなときに不謹慎だなと思いなおして、黙ってギーシュに背を向けようとした。

 ところが、立ち去ろうと一歩踏み出したとき、彼女のおでこに軽い痛みが走った。

「痛っ?」

「おや? どうしたんだいモンモランシー」

「いえ、なにかおでこに硬いものが当たったような気がしたんだけど……あら? これは」

 石でも飛んできたのかなと、あたりを見回したモンモランシーの目の前に、キラキラと輝く小さな結晶が浮かんでいた。

「これ、風石のかけらだわ」

 手にとって調べたモンモランシーは、風の魔法授業で教材に出た結晶とそっくりだと思って言った。

 風石とは、飛行船を浮かせるために主に使われているもので、それ自体が浮遊する不思議な特性を持っている鉱物だ。正確には鉱物ではなく、先住の精霊の力の結晶なのだとも言われるが、詳しいことはまだわかっていない。

 ギーシュも言われて手に取り、本当に風石だと感心したようにつぶやいた。さっきのは、浮いている風石に気づかずにモンモランシーが額をぶっつけてしまったらしい。よく見ると、そこかしこに細かな風石のかけらが輝きながら浮いていて、空に向かってゆっくりと昇っていっていた。

「これはなんとも美しいな。いや、もちろんモンランシー、君の美しさには及ばないがね」

「ま、まあ! 急になにを言い出すのよ。っとに、さっきまで半分死んだみたいな顔してたくせに、んもう。それにしても、なんでこんなところに風石がこんなに散らばってるのかしら」

「山脈が崩壊するときに地下から吹き出してきたんじゃないのかい?」

「おかしいわね。確か火竜山脈には、そんなに豊富な産出量の鉱山はなかったはずなんだけど……」

 モンモランシーは授業の内容を思い出して、腑に落ちないというふうに首をひねった。けれども、優等生だというほど勉強熱心であったわけでもない彼女は自信もそんなにあったわけではなく、それ以上考えることはできなかった。

「まあいいわ……ところで、動けない人たちに食べ物を持っていこうと思うんだけど、手伝ってくれる?」

「喜んで。しかし、我々人間だけだったら、こんなに早く救助はできなかったろうな」

 しみじみと、服のほこりを払いつつギーシュも言った。いくらこちらにメイジが複数いたとはいえ、強力な先住魔法の助けがなくては町人に死亡者が出ていたかもしれない。アイーシャに道案内をしてもらわなくて遅れていたら、間違いなく町人の半数以上は死亡していただろう。

 もちろん、人間が無力だということでは決してない。

「要するに、持つべきものは友達ってことか」

 異なる者同士が助け合うことこそが重要なのだ。今回のことは、そのなによりの実証と確認になったのではないだろうか。

 そのアイーシャも、負傷者看護を手伝ってくれている。翼人がいるということに関してはひともんちゃくあったが、ルイズやミシェルが口八丁と強引さで押し通したらしい。まあ、大変なときに細かいことは気にするなだ。

 

 こうして、ひとつの町を救った一行だったが、このままゆっくりと休むというわけにもいかなかった。

 すべての原因である、山が沈むという大災害。これをただの自然現象として流すほど、彼らは常識的な世界に生きてはいない。念のために、間近でそれを見ていた町人たちに、才人たちは聞き取り調査をおこなっていた。

「なにか、異変が起こったときに変わったことはありませんでしたか?」

 町人たちは、怪訝な表情を浮かべながらもそれぞれ答えてくれた。とはいえ、ほとんどの町人たちはショックで記憶があいまいになっていて、異変が起きたときの様子は抜け落ちていたり、覚えている者がいても、仕事中で気がついたら地震が起きていたと言う者ばかりだった。

 ところが、やはりこれは異常だが自然現象なのだろうかと思いかけていたときだった。ひとりの馬飼いが、気になることを言ったのである。

「地震が起きる少し前のことです。山のほうに馬の飼葉を取りにいったとき、なにやら獣の叫び声のような音が聞こえてきたんです。まるで地の底から響いてくるような、聞いたこともない恐ろしい声で、怖くなってすぐ帰ってきたら山崩れが始まって……」

 彼は、それ以上のことは覚えていない、今は思い出したくもないと口をつぐんでしまった。しかし、才人はルイズとともにそれを聞いてすぐさま『怪獣の仕業か?』と疑念を抱いた。ただし、地底怪獣は数が多く、声が聞こえたという程度では何が現れたのかは見当がつけられなかった。

 仮に怪獣の仕業だとして、山をひとつ陥没させてしまうような奴? 地底人キングボックル? 月の輪怪獣クレッセント? だめだ、多すぎてとてもじゃないが絞り込むことができない。

 せめて、なにかあとひとつヒントがないかと才人は悩んだ。誰か、ほかに何かに気づいた人はいませんかと聞いて回り、その間に手伝って欲しいところがあれば駆けつけて、地道に聞き込みを続ける。だが、めぼしい情報がなくてあきらめかけていたとき、ティファニアと遊んでいた町の子供たちが才人に話しかけてきた。

「ねえねえお兄ちゃんたち。お兄ちゃんたちって、悪い怪物をやっつける正義の味方なんでしょ? だったらぼくたち知ってるよ」

「なんだって、君たちそれは本当かい!」

「ほんとだよ。こないだみんなで山に遊びにいったとき、山の奥で、こーんなにでっかいお化けがいたんだよ。そんでね、あっというまに地面に潜っていっちゃったんだ。ねーアルフ?」

「そうだよなあ。大人たちは大モグラを見間違えたんだって信じてくれないけど、あれは絶対モグラなんかじゃねーぜ。四十メイル、いや五十メイルはあったんじゃないかなあ」

 子供たちは、詳しく教えてくれと頼む才人に絵を描いて教えてくれた。もちろん、子供の書いたうろ覚えの稚拙な絵なので中途半端なトカゲのようなドラゴンのようなあいまいなものだったが、ひとつの目立った特徴が才人の知識のひとつと合致した。

「君たち、この頭のまわりの赤いコレは、確かにあったんだね?」

「うん、すっごく目だってたから間違いないよ。真っ赤に光ってる角みたいなのが四つ、絶対だよ」

「だとしたら間違いない。こんな特徴を持ったやつは他にいねえ……核怪獣ギラドラスだ!」

 才人は断定した。核怪獣ギラドラス、惑星の地殻に自由に入り込む能力を持った宇宙怪獣の一種で、ウルトラセブンが活躍していた時代にも、地球の核を構成する物質であるウルトニウムを強奪するために暗躍していたことがあった。

 もしや、このハルケギニアでもウルトニウムを強奪するつもりなのではないのか! 才人はそう思い至ってぞっとした。この惑星にも地球同様にウルトニウムがあるかは断言できないが、もし惑星の核を構成するウルトニウムが奪いつくされたら、星は核を失ってバラバラに砕け散ってしまう。

「やべえ! こりゃ、ロマリアなんかに行ってる場合じゃねえぞ!!」

 愕然とした才人は、すぐに事情を皆に説明した。むろん、星が砕けると言っても理解してもらえるのはルイズくらいなのだが、この近辺に地底怪獣がいて、そいつが地殻変動を引き起こしているということだけでもわかってもらえれば十分であった。

 怪獣がいる。その情報は、休息をとっていた水精霊騎士隊と銃士隊を叩き起こした。

「なんだって! 怪獣? 怪獣が山を沈めたっていうのか。ううむ、信じがたいが……」

「いや、真偽はともかく怪獣がいるらしいということが確実なだけでも一大事だ。サイト、お手柄だぞ」

「やれやれ、副長どのはほんとサイトには甘いんだからなあ。ルイズが怖い顔で睨んでますよ? しかしサイト、怪獣がいるらしいということがわかっても、相手が地の底じゃあこっちには手の出しようがないぞ。まさか、ヴェルダンデに追い出させるなんて考えているわけじゃあるまい?」

 ギーシュとミシェル、ふたりは特に問題なく納得してくれた。しかし、ギーシュの漏らした疑問が才人を困らせた。

「しまった。そこまで考えてなかった」

「おいおい、それじゃあどうしようもあるまい? 第一、怪獣を見つけたって、ぼくらこれっぽっちの戦力で倒すなんてできまい? サイト、君は勇敢だがもっとよく考えてものを言ったほうがいいと思うよ、うん」

 ギーシュ、お前にだけは言われたくないと才人は強く思ったが、無駄にこじれるだけなのでぐっと我慢した。だが、確かに考えが浅かったのは認めざるを得ない。地底に潜んでいる怪獣を倒すには地上に追い出さないといけないが、ウルトラマンAは地底に潜れるとはいっても、地底のどこにいるのかがわからなければ地底をウロウロと探し回っただけで三分が過ぎてしまう。

 見ると、意気込んでいた水精霊騎士隊と銃士隊もやる気を失いかけている。彼らは、ここはロマリアに急いで、怪獣は余計な刺激を与えずにそっとしておこうと主張したが、もちろん才人は内心でかなり焦った。

”まいったな。このままギラドラスをほっておいたら取り返しのつかないことになる。かといって、みんなを説得できる材料もないし。せめて、ギラドラスの居所さえなんとかわかれば……”

 そうすれば、さっさと片付けて先を急げるのにと才人は思った。地球の知識をこちらの世界で披露する難しさがここにあった。

 ルイズも同様で、唯一才人の危機感を正確にわかっていたが、虚無の魔法でもこれはどうにもならなくて困っていた。

「ううん、優秀な土のメイジがいれば捜せるかもしれないけど、そんなのよほど土の扱いに精通したベテランでないと無理よね」

 ただ魔法がうまいだけでなく、土そのものの扱いに慣れたメイジとなると限られていた。ミシェルは土のトライアングルだが、魔法は攻撃に偏っていて繊細な芸当は難しい。ルイズの知る限りでは、そんな器用なことができるのはひとりいたが、残念ながらこの場にはいなかった。

 

 ところが、才人とルイズが困り果てていたそのときだった。ひとりの町人が、深刻な面持ちで話しかけてきたのだ。

「あの、貴族の皆様方。あなた方を見込んでお願いがあるのですが……実は、数日前にひとりの貴族のお方が山へ登られたのですが、わたくしどもではとても捜しにゆけませぬ。もし生きておりましたら難儀しておるでしょう。できることなら、お助けにいかれていただけませんか?」

 才人たちは顔を見合わせた。こんなときに遭難者か、こっちはなにかにつけて時間がないってのにハタ迷惑な……

 しかし心配している町人の善意をむげにするわけにもいかないし、何より人命はかえがたい。ルイズは、とりあえず尋ねてみた。

「お聞きしますが、その貴族はどのような人でしたか? ざっと、特徴を教えていただけるとありがたいんですが」

「おお、引き受けてくださいますか! いえ、なんとも高貴そうなお方でして、しかもなんとも見る目うるわしいご婦人でした。なんでも、トリステインからやってこられた偉い学者さまなのだそうですが、火竜山脈の地質の調査をすると、わたくしどもがお引止めするのも聞かずに行かれてしまったのです」

「トリステインから来た……学者?」

「ご婦人……」

 才人とルイズはもう一度顔を見合わせた。しかし、今回は表情が複雑なものになっており、話を聞いていたギーシュたちも同じことに気がついたのか、表情がこわばりはじめている。

 なんか、嫌な予感がしてきた。頭が、思い出してはいけないことだと警報を出している。ルイズの本能が、ここは何も聞かなかったことにして先を急ごうと叫んでくるが、理性でなんとか押し殺して聞いてみた。

「もしかして、そのご婦人って……金髪のブロンドヘアーで、切れ長の眼差しに眼鏡をかけていませんでしたか?」

「おお! なぜそのことをご存知なのです?」

「やっぱり……」

 ほぼ全員がげっそりとした。その特徴、知り合いによく知った人がいるよ……しかも、できるならあまり関わりあいになりたくない方向で。

 とはいえ、これでは安否を確かめにいかないわけにはいかない。

「まあ、これも運命と思ってあきらめようぜルイズ。それに、地質調査で来てたってことは、もしかしたらギラドラスの居所をつかんでるかもしれねえ」

「帰りたい……」

 

 こうして、一行はなかばしぶしぶ火竜山脈の跡地に踏み込んだ。

「お気をつけて、あなた方に大いなる意思の導きがありますように」

 残るアイーシャやティファニアに見送られ、山脈が沈んだ場所は巨大な岩石地帯になっていたが、ところどころ岩盤の固かった部分は道が残っていた。一行はそれを頼りに水平に山を登っていき、やがて数時間後に元は中腹だったと思わしき場所までやってきたとき、平坦になってしまった山肌の上に建てられたテントと、その脇に立つ金髪の人影を見つけた。

「やっぱりそうだ。ほんとに、この山崩れの中で思ったとおり無事だったのはさすがね。気はあんまり進まないけど……おーい! お姉さまーっ!」

「っ!? だ、誰!」

「なんです、しばらく会わないうちに妹の声を忘れちゃったんですか? ルイズですよ、エレオノールお姉さま!」

「あ、ああ、なんだルイズだったの。こんなところで会うなんて奇遇だけど、会いたかったわよ。元気そうでなによりだわ」

「? エレオノール……お姉さま?」

 こちらに気がついたエレオノールが、ルイズに眼鏡の奥の瞳から優しげな視線を向けて微笑んだ。するとルイズも……数秒の間を置いて同じように微笑み返した。

 姉妹の久しぶりの感動の再会……だがそのころ、彼女たちの足元のはるか下では、ハルケギニアが大地のもくずに変わる瞬間が、刻一刻と迫りつつあった。

 

 

 続く


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