ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第20話  遠い星から来たお父さん (後編)

 第20話

 遠い星から来たお父さん (後編)

 

 エフェクト宇宙人 ミラクル星人

 緑色宇宙人 テロリスト星人 登場!

 

 

「ウルトラマンA……相変わらずいいタイミングで来てくれるわね」

「……でも、かっこいい」

 ふたつの月を背にして空に立つエースの姿は、銀色の体に金色の光をまとい、神秘的な美しさすら持って、雄々しくテロリスト星人を見下ろしている。

 キュルケとタバサは、へし折られた木の影から、その勇姿を見て顔をほころばせていた。

 

 さらに、エースの背にかばわれて、ロングビルとアイ達も、驚きと喜びに目を輝かせていた。

「ウルトラマンA……」

「エース、おじさん! エースが、ウルトラマンが来てくれたよ!」

「ウルトラマンA……私達のために」

 

 エースは、シルフィードが安全なところまで逃げ延びたのを見届けると、テロリスト星人の目の前に着地した。

「シュワッ!!」

 油断なく構えを取るエースに、テロリスト星人も動揺しながら剣を構えなおす。

「うぬぬ、どいつもこいつも邪魔をしおって、こうなったら貴様もいっしょに倒してくれるわ!!」

 猛然とテロリストソードを振りかざして向かってくるテロリスト星人を、エースは真正面から迎え撃った。

「ダァッ!!」

 テロリストソードが振り下ろされるより早く、エースの右ストレートパンチが星人の顔面にめり込み、そのまま紙切れのように吹き飛ばす。

「ハァッ!!」

 よろめいたテロリスト星人に、エースは容赦なく、怒涛の連続攻撃を叩き込む!!

「シャッ!!」

「グハッ!」

 エースの正拳突きが腹を打つ。

「デヤッ! ハッ!」

 チョップの連打が星人の顔面をしたたかに打ち付ける。

「トオーッ!!」

 そしてふらついたところに猛烈な勢いのジャンプキックが打ち込まれ、星人はひとたまりも無く吹き飛ばされた。

 もちろんそれで終わりではない。起き上がってきたところでさらなる連撃が始まった。

 パンチ、キック、膝蹴り、投げ技、テロリスト星人は切りかえす余裕もない。 

「すごい、なんて強さなの」

 今回初めてエースの戦いぶりを見るロングビルも、自分の土ゴーレムなどとは比較にもならない別次元の戦いに瞬きするのも忘れて見入った。

 そのとき、エースの背負い投げがテロリスト星人に炸裂、星人は地面に叩きつけられると、五回も森の中を転がされて、ようやく止まった。

「く、なぜだ……なぜこうも、食らえ!!」

 まるで歯が立たないことに愕然としたテロリスト星人は、苦し紛れにテロファイヤーをエースに向かって放った。弾丸は、エースの体に突き刺さって爆発を起こし、キュルケ達は一瞬顔をしかめたが、エースは身じろぎもせずに仁王立ちでそれを振り払ってしまった。

「な……」

 驚愕するテロリスト星人だが、同時にそれを見守っていたキュルケ達も驚いていた。

「き、今日のエースはいつにも増してすごいわね。なんというか、闘志がみなぎってるというか」

 先の才人と星人の戦いを見て、キュルケはテロリスト星人は決して弱くなく、むしろ武器を持っている分だけエースより有利だと思っていたが、エースはそんなハンディなどものともしていない。

「エースも、怒ってる……」

 タバサがぽつりとそう言った。

 そう、怒りを燃やしているのは何も才人達ばかりではない。エースも、非道なテロリスト星人に対して怒っていた。善良なミラクル星人をいたぶり、小さな子供を泣かせ、これで怒らずにいつ怒れというか、悪に対して怒らずに、人はどうして正義を貫けるか。

 

「こいつだけは、許さん!!」

 

 それは、才人の意思であり、ルイズの心であり、エースの思いでもあった。

 もちろん、ただ怒るだけでは駄目だ。しかし、怒りを力に変えて、なお冷静に戦う術も、また存在する。

 二人の思いがエースに伝わり、エースはその思いを力に変えて戦う。

 テロリスト星人は、自らの非道によって自らの寿命を縮めていたが、いまさら実力差に気づいたところでエースは容赦はしない。

「デャッ!」

 エースが両手を高く掲げると、その手が雷光のような超高温のエネルギーに包まれた。

『フラッシュハンド!!』

 強化されたエースのパンチとチョップが嵐のようにテロリスト星人に叩き込まれる。

 星人は全身を瞬く間にボロボロにされて倒れ掛かるが、エースの攻撃はなおもやまない。

 今度は、高圧電流を帯びさせたエースのキックが、スパークを起こしながら星人の腹に打ち込まれた。

『電撃キック!!』

 蹴られた場所からすさまじい火花を上げて、星人は蹴り上げられて宙を舞った。

 並の怪獣や超獣なら、これですでに絶命しているだろう。テロリスト星人はなんら反撃のできぬまま、森の中へと崩れ落ちた。

「強い、強すぎる……」

 あまりにも一方的すぎる戦いに、呆然とキュルケはつぶやいた。 

 テロリスト星人は、森の中に仰向けに倒れたまま動かない。

 

 だが。

 

「まだ、生きてる……」

 タバサが言ったとき、テロリスト星人は棺から身を起こすミイラのように、ゆっくりと起き上がってきた。もうすでに全身がズタズタで、テロリストソードも持っているのがやっとのようだったが、それでもまだ生きて、剣を振り上げ、狂気を目に宿らせてエースに襲い掛かった。

「このテロリスト星人が、こんなところで負けるはずはないぃぃ!!」

 もう剣術もなにもない、でたらめに剣を振り回しながら、闘牛のようにエースに突進してくる。

「シャッ!!」

 エースは飛び上がって攻撃をかわしたが、星人は狂気に身を任せたまま反転するとまた迫ってくる。まるで命そのものを燃料にして戦っているようだ、これではエースも反撃の余地がない。

 

 だがそのとき、戦いを見守っていたキュルケとタバサの前に、どすりと重い音を立てて、何かが落ちてきた。

「な、なに?」

「あ、おう、娘っ子たち。無事だったかい」

 それは、才人に投げられて、テロリスト星人の手に突き刺さったままだったデルフリンガーであった。

「あんたどうしたのよ、こんなとこで?」

「あ、いやあ、相棒に投げられて、奴の手に刺さったままそのまんまになってたんだけどな。あいつがあんまりぶんぶん振り回すもんだから、とうとう振り落とされちまったのよ」

 デルフはカタカタつばを鳴らしながら、そう説明した。

「あんたはのんきでいいわねえ、エースがピンチだってのに」

「ああ、知ってるよ。まったく仕方ねえな、おい、俺をエースに向かって投げろ!」

「え、まさかあんたアレをやる気?」

「おう、早くしろ!」

「わかったわ、タバサ!」

 キュルケはデルフリンガーをレビテーションで思いっきり投げ上げた。

 打ち上げ花火さながら、デルフリンガーはきらきら輝きながら月を目指して飛んでいく。

「エア・ハンマー」

 ぐんぐん上昇していくデルフリンガーに、タバサは風魔法で圧縮された空気の塊をぶっつけた。

 方向転換は見事に成功、狙いはもちろん、エースの頭上。

 

「あいぼ……エース!! 俺っちを使え!!」

 うっかり才人のほうを呼びそうになりながらも、エースの真上でくるくる回転しながらデルフは叫んだ。 

 頭上から聞こえてきたその声に、エースは星人の攻撃をかわして天高くジャンプ、四万五千トンの巨体が羽根のように軽々と宙に舞い上がっていく。

「シュワッ!!」

 空中でデルフリンガーをつまみあげ、天頂で一回転するとエースは、あのホタルンガとの戦いのときのように、落下しながらデルフリンガーを振りかざし、ウルトラ念力を込めた。すると、エースの手の中でデルフリンガーがぐんぐん巨大になっていく。

『物質巨大化能力』

 たちまちデルフリンガーは全長六十メイルもの巨大な剣に変化、高度三百メイルから、エースは月を背にして渾身の力でデルフリンガーをテロリスト星人に向かって振り下した!!

 

「イャァァ!!」

「おのれぇぇぇっ!!」

 

 テロリスト星人も渾身の怒りと憎悪を込めて、テロリストソードを落下してくるエースに向かって振り上げる。

 瞬間、エースとテロリスト星人の剣が交差、その激突で生じた白い閃光が、見ていた者の目を焼いた。

 それは、時間にすればほんの一秒にも満たなかったのかもしれないが、そんな瞬き一回分程度の時間のうちに、戦いの決着はついていた。

 眼を開いて見たとき、エースはデルフリンガーを振り下ろした姿勢のまま、星人はテロリストソードを振り上げたまま、まるで石像のように膠着した姿でそこにいた。

 

「ど、どっちが勝ったの?」

 見届けられなかった両者の激突の結末を、誰もが息を呑んで待った。

 

 エースか、それともテロリスト星人か。

 その結果は、星人のテロリストソードがひび割れて、中央からへし折れたことで明確となった。

「こ、こんなはずでは……」

 そのとき、テロリスト星人の頭頂部から股下にまで、すうっと赤い線が走り、そして、その線に沿って、星人は鉈を突き立てられた薪のように、その体を左右に真っ二つに分断されて崩れ落ちた。

「ぐぁぁぁっ!!」

 そのわずかな断末魔を残し、これまで数多くの罪なき人々を切り裂いてきたテロリスト星人は、自分がやってきたのとまったく同じ方法で、彼らの恨みの念の渦巻く闇の底へと落ちていった。

 

 

「やったぁ!!」

 ウルトラマンAの勝利に、このときばかりは誰もが身分もつつしみも忘れて歓声をあげた。

 地面の上ではキュルケがタバサを抱いて踊っている。

 空の上では、シルフィードがきゅいきゅい楽しそうに笑いながら、エースの周りを飛んでいる。 

 その背で、アイはミラクル星人にうれしそうに言った。

「おじさん、ウルトラマンが、エースが勝ったよ」

「ああ、おじさんももう大丈夫だ。これもアイちゃん、君のおかげだ、ありがとう」

 ミラクル星人の傷は、もう安心のようだ。自分のした手当てが適切だったとわかって、ロングビルもようやく息をついた。

「やれやれ、亜人の手当てなんて初めてだから緊張したよ。けど、親子か……やっぱ、いいもんだな」

 

 エースはテロリスト星人が完全に絶命したのを確認すると、デルフリンガーへのウルトラ念力を解いた。

「ジュワッ」

 縮小し、元の大きさに戻ったデルフをキュルケ達が回収する。

「さすが伝説の剣ね。なかなかやるじゃない」

「はっはっはっ、大きくなるっていうのも悪くねえ。なんかくせになりそうだぜこりゃ!」

 すっかりエースに使われるのが気に入ってしまったデルフは、カラカラとつばを鳴らしながら笑った。

 

 そして、エースは最後にミラクル星人の無事を見届けると、夜空を目指して飛び立った。

「ショワッチ!!」

「エース、ありがとう! ありがとう!」

 まるで月に向かって飛んでいくようなエースの姿に、アイのお礼の言葉が確かに追いついていっていた。

 

 

 やがて、変身を解除した才人とルイズはキュルケ達と合流し、シルフィードに乗って、ミラクル星人の宇宙船の埋めてある川原へと降り立った。

 けれども、そこでは当然、ミラクル星人とアイとの最後の別れが待っていた。

「もうここで大丈夫です。皆さん、本当にお世話になりました。なんとお礼を言ってよいやら、このご恩は生涯忘れません。そして、星で待つ仲間達に、ここにはこんなにすばらしい人達がいるんだということを伝えて、私の得た知識と資料で、私の故郷もハルケギニアに負けないくらい美しくしたいと思います」

「いや、そういわれると……」

 そういうふうに礼を言われると、面映くて才人もルイズも思わず頭をかいて照れてしまった。

「でも、大丈夫ですか、またヤプールに狙われたとしたら、もう俺達では助けようがありませんが」

「心配いりません。飛び上がってしまえば、あとは超空間飛行でミラクル星まで一直線です。そうしたら、もうヤプールも手出しはできません」

 彼はそう言うと、川原の一角に向かって手を向けた。

 すると、足元から突き上げるような振動が伝わってきたかと思うと、川原の砂利が持ち上がっていき、そこから光り輝く全長三十メイルほどの円盤が現れた。

「これが、あなたの船?」

「……!」

「ど、どういう原理、これ? 風石を使っているようには見えないけど」

 キュルケもタバサもロングビルも、初めて見る宇宙船の姿に圧倒されていた。

 才人は、そんな彼女達の様子に、ちょっとだけ笑ってみたが、すぐに真顔に戻って、後ろで決心がつかずにうつむいているアイの背中を押して前に出した。

 

 アイとミラクル星人の間にわずかな沈黙が流れたが、やがてミラクル星人はアイの目線にかがんで、優しく、そして寂しそうに話しかけた。

「アイちゃん、本当のお別れだ」

「……どうしても行くの?」

「ああ、これはおじさんにとって、星の未来がかかった大事な使命なんだ。たぶん、もう二度と会えないだろう」

 そう言われて、これまで必死に押さえ込んできたのだろう、涙がぽろぽろとアイの目からこぼれおちた。 

「やだ、そんなのやだ。だったらアイも、アイもおじさんの国に連れてって!」

 しかし、ミラクル星人はゆっくりと首を横に振った。

「それはできない。いいかい、人にはそれぞれ生きるべき場所というものがある。君はこの星で生まれたこの星の住人だ。それに、私の星は君が生きていくにはあわないところもある」

「いや、もうひとりぼっちにはなりたくない!」

「アイちゃん、それは違う。目を開いてまわりを見渡してみなさい。君はもう、昨日までの君が持っていなかったすばらしいものを、すでに持っているじゃないか」

 彼はそう言って、アイの涙を拭き、優しくふたりを見守っていたルイズ達を指し示してみせた。

「もう君はひとりじゃない、君のために、君を大切に思ってくれる友達が、もうこんなにいるじゃないか」

「……とも、だち?」

 アイは恐る恐る才人達に向かって、その言葉を口にした。

「ああ、いっしょに遊んだ仲じゃないか、これが友達でなくてなんなんだ、なあルイズ?」

「ふん! 平民が貴族に向かって、お友達? そんなおこがまし……で、でも、どうしてもっていうなら、その、なってあげてもいいかな……」

「なあーにぶつくさ言ってるのよ、仲良くなったらそれで友達、ほかにいるもの何かあるの? 自慢じゃないけどこの微熱のキュルケ、国では平民に混ざってガキ大将になったこともあったわね。あのときはお父様にめちゃくちゃ叱られたっけ。よく見たらあなた、なかなか素材がいいわね、レディの手ほどき、わたしがしてあげてもよくってよ」

「……教育上よくない」

「……私は……なによあなた達その目は? こう見えても私は子供好きなほうなのよ、信じてないわね、この!」

 アイは、ようやく自分が願っても手に入らなかったかけがえの無いものを得ていたことに気がついた。

「お姉ちゃんたち……ありがとう」

「そう、生きている限り、ずっとひとりぼっちなんてことは決してない。それに、君はおじさんのために必死になって彼らを連れてきてくれた。その勇気がある限り、君は誰にも負けはしない。でも、どうしても寂しくて我慢できないときには、そのビー玉を見てごらん、少しの間、思い出の世界に連れて行ってくれる。そして、いつの日かそのビー玉も必要なくなったとき、君は大人になるんだ。わかってくれるね?」

「うん!」

 アイは決意を込めた目で、強くうなづいた。

 そして最後に、彼は才人達に向かって深々と頭を下げた。

「この子を、頼みます」

「わかりました。道中、お気をつけて」

 ミラクル星人は、アイをロングビルに預けて、ゆっくりと円盤から下りてきた光の中へと入っていった。

 すると、その姿が円盤に吸い込まれていくように、しだいにぼんやりとなり、透けて消えていき始めた。

 まるで蜃気楼のように消え行く中、ミラクル星人は右手を軽く上げてアイに最後の別れを告げた。

「さようなら、アイちゃん」

 ミラクル星人の姿がどんどん透明になっていく。

 アイは、くちびるをかみ締めてそれを見つめていたが、最後の瞬間、のどが張り裂けそうなくらい大きな声で、ため込んできた思いを吐き出した。

 

「おとうさーん!!」

 

 そのとき、消え行くミラクル星人の姿が一瞬ぶれ、姿が消える瞬間、彼の瞳に、アイの流したものと同じものが光るのを、才人達は確かに見た。

 そして、ミラクル星人を乗せた円盤は、静かに宙に浮き上がると、高度五十メイル近辺で停止し、数回点滅したかと思うと、一瞬で空のかなたへと飛び去っていった。

 後には、空に輝く双月と、幾億もの星が、何事も無かったかのように輝き続けていた。

 

 

「行ってしまったな」

 しばし呆然と見送っていた才人達は、まるで夢を見ていたようにつぶやいた。 

「無事にふるさとに着ければいいわね」

「きっと大丈夫よ、さあ私達も帰りましょうか。そろそろシエスタも戻っているころでしょうし」

 気を取り直したキュルケとロングビルも、軽く息を吐いた。

 だが、アイの顔を見ていたルイズが、根本的で深刻な問題を口にした。

「ちょっと待って、その前にこの子はどうするの? あそこに戻す訳にはいかないし、もちろんわたしも協力は惜しまないけど、学生の身の上じゃあ……」

 確かに、金銭的には子供の一人くらい問題ないが、経験、時間的には難しい。現実的に考えれば、また引き取り先を探すか、修道院にでも預けるのが妥当に思えるが、ミラクル星人との約束は、アイの将来も含めて任せるということと意識していた。ならば、自分達で見て本当に安心できる場所と人間に預けられるまで、少なくとも当分は自分達で面倒を見なくてはならないだろう。

「この子は、私がしばらく預かるわ」

「え? ロングビルさん」

 思わぬところからの助け舟に、ルイズ達は正直びっくりした。

「こういうことには、少なくともあなた達より経験があるわ。そんな顔しなくても、知り合いに信頼できる人がいるから、夏季休校で暇ができたらそこに連れて行くわ」

「本当でしょうね。あんたの知り合いって……」

 その先は言わなかったが、元盗賊であるロングビルの言葉に信用がないのは明白であった。

 ロングビルは苦笑したが、無くした信用は誠意を持って取り返すしかないことも知っている彼女は怒らずに、あくまで穏やかに話を続けた。

「心配しなくても、いい子よ、私よりずっとね。私がトリステインでなにをしていたのかも、その子は知らないわ。いえ、私が知らせなかったんだけど、なんならあなた達も来てみる? あなた達なら信用できるから、会わせてもいいわよ」

 彼女はそのあとに、ルイズ達には聞こえないようにぽつりと「それに、そろそろあの子にも外の人間と触れ合わせたほうがいいしね」とつぶやいた。

 ルイズ達は顔を見合わせたが、疑うも、信ずるも、結局は人の心にかかっている。

 裏切られて、それで人を信じなくなるか、もう一度信じることに懸けてみるのか、目を合わせて考えて、彼女達はその答えを出した。

「わかったわ、そういえばあんたがやってたことも、何やら訳有りだったみたいだし……私はあんたを信じる」

 ルイズがそう言うと、残りの三人もうなづいた。

「じゃあ、あなたの身柄はしばらくわたし達がトリステイン魔法学院で預かるわ。貴族ばっかりのところだから不自由させるかもしれないけど、少しの間我慢してね」

「うん!」

 元気に答えるアイを、強い子だとルイズは思った。思い出してみれば、自分も小さいころ母親に叱られて悲しくなったとき、いつも優しい姉に慰めてもらっていたなと、自然と表情が優しくなっていた。

 ただキュルケは、あの頑固だったルイズがなぜこんな心の広さを見せたのか、どうも不思議でしょうがなかった。

 やがて、彼女達の答えを聞いたロングビルは、一度大きく頭を下げて、その後アイを抱き上げて笑った。

「じゃあ帰りましょうか、魔法学院へ。明日はようやく来たフリッグの舞踏会、みんな揃って楽しみなさい!」

「おおーっ!!」

 明るい叫び声と笑い声が、暗い森の闇をも照らして、空高く響き渡った。

 

 

 しかし、この事件にはもうひとつ、記しておかねばならない戦いがあった。

 

 時系列を少し巻き戻し、才人達がミラクル星人のもとにたどり着いたのとほぼ同じころ、シエスタも王宮、直接は入れないため非常用の受付のところに駆け込んでいた。

 対応した兵士は、こんな夜中に平民がひとりと追い返そうと思ったが、銃士隊隊長アニエスの名前と、王国筆頭貴族であるヴァリエールの名を出されて、半信半疑ながらもアニエスの下へ報告に行った。

「なに、ヒラガ・サイト、本当にそう言ったのだな……よし、会おう」

 アニエスは深夜の訪問に驚いたが、同時にただごとではないとも勘ぐり、副長ミシェルも連れてシエスタと会い、緊張して固くなっている彼女から事情を聞かされてうなづいた。

「事情はわかった。ミシェル、イース街のジョンソン商会といえば」

「はい、以前から脱税の疑いがありましたが、証拠がなく放置されてきたところです。しかしまさか人身売買とは……」

「被害者がいる以上、認めるべきだ。それに、あそこは善意の看板の影に隠れて怪しげな外国人の出入りもしばしば聞く。密告があったのなら都合がいい、この期に害虫どもを一気に駆除してくれる!」

 アニエスは剣を鳴らし、全員出撃の命令を下した。

「た、隊長、お待ちください。街の治安維持は衛士隊の任務、我らが出て行っては越権行為になりますが」

「その衛士隊が欲に汚染されているからこんなことが起きたのだろう。だが、一応筋は通す必要があるな、私は枢機卿に許可を得てくる。その間に出動準備を整えておけ」

「はっ!」

 ミシェルは全員を集めるために部屋を駆け出していき、アニエスも腰に剣を挿して、シエスタに礼を言った。

「よく知らせてくれたな。これでトリステインの毒虫どもの巣をひとつつぶせそうだ」

「あ、は、はい! ありがとうございます!」

 いまや平民達の間では英雄視されているアニエスと話して、緊張してガチガチになっているシエスタは震えながらなんとか答え、それを見てアニエスは軽く笑った。

「そうびびるな。私も君と別に変わりはしないさ。それに、サイトとミス・ヴァリエールには借りもある。あいつらのためにも、トリスタニアの害虫は叩き潰さねばな」

「はい、がんばってください!!」

 あたふたと言うシエスタの肩をぽんと叩くと、アニエスはその部屋を出て行った。

 後に残されたシエスタは、役目を果たしたという達成感よりも、「あの銃士隊の隊長に認められているサイトさんってやっぱりすごい」、などとややずれた感想を抱いていた。

 

 だが、一度動き出した銃士隊の行動は、電光石火のごとくすばやかった。

 アニエスがマザリーニ枢機卿に特別行動の許可を得ると、すぐに城を出撃し、音もなく目的の商家を包囲した。

 そこは、外国からの物品の輸出入を取り扱っているという看板で、日本でいえばスーパーマーケットのような店構えを持つ二階建ての建物であったが、よく見ると窓にはすべて頑丈そうな格子がついていて、ものものしい雰囲気を放っていた。

 それで確信を得たアニエスは、包囲網完成とともに自らが先頭となって一気に斬りこんだ。

「王宮警護団銃士隊である!! この屋敷で不法な商品を扱っていると密告があったことにより、これより強制捜索をおこなう!!」

 たちまち店内になだれ込んだ隊員達が、止める店員を押しのけて証拠物件を探そうとする。

 むろん、表向きに並べてあるものは合法的なものだけだろうが、蛇の道は蛇という、銃士隊はそういうものを探索する術に長けており、やがて戸棚の隠し扉や二重の壷の底などから次々違法な薬物が見つかった。 

 だが、この程度のものなら裏に手を回せばさして問題なく手に入る程度のもの、本当に見つけるべきものは他にある。

「地下室があるはずだ、探せ。それから店主を拘束しておけ」

 シエスタから聞いた情報により、奴隷を秘密の地下室に拘束してあることを聞いていたアニエスは、店の床を重点的に調べさせた。

 そして、遂に厨房の床に、カモフラージュされた地下への扉を見つけた。

 しかし、いざ突入してみると、そこには確かにいくつもの牢があったが、奴隷どころか人影などひとつもなかったのである。

「これは、どういうことだ?」

 さしものアニエスも予想外の出来事に唖然としたが、隊員のひとりが持ってきた報告によって理由を悟った。

「隊長、店主の姿が見当たりません」

「なに、逃げたのか?」

「いえ、この包囲網は突破できるはずもありません。店員に問いただしましたところ、我々が突入する寸前に、なにやら慌てた様子で地下に駆け込んでいったとのことです」

「ちっ! 感ずいて奴隷を連れて秘密通路を使って逃げたな。探せ、このどこかに入り口があるはずだ!」

 ここまできて逃がしてたまるか、アニエスは焦りを抑えながら、自らも地下牢の壁や床を探し回った。

 

 そのころ、間一髪銃士隊の攻撃から逃れた店主は、持てるだけの現金と、奴隷の子供達を鎖で引きずりながら、地下通路を必死で逃げ延びようとしていた。

「おのれ銃士隊め、正義感ぶっていらぬことにまで首を突っ込んできおって。こうなったらこの商品だけでも守らねば。街外れには、ガリアのギルモアの手下が待っているはず、そいつらにまとめて売り飛ばしてさっさと高飛びだ」

 店主は、子供達が泣き喚こうと転ぼうとかまわずに引きずっていく。その目には人間らしい哀れみなどひとかけらもなかった。

 だが、彼の行く地下通路の先から、黒いローブで身を隠した人影が現れて、店主の前に立ちふさがった。

「だ、だれだお前は?」

 店主は警戒して、たいまつの明かりをそいつに向けると、その人物はローブをまくって顔を見せた。

「あ、あなた様でいらっしゃいましたか! 失礼いたしました」

 いきなり卑屈な態度になった店主は、頭をぺこぺこと下げながら、その人物に弁解の言葉を述べた。

「申し訳ありません。これまでひいきにしていただいたというのに台無しにしてしまいまして、トリステインの子供は奴隷や、または妖魔と取引するための生け贄として高く売れますから、反省しております」

「私は、知らなかったが?」

 そこで、黒ローブの人物は短く言った。重く、突き刺すような口調だった。

「秘密厳守でございます。敵をあざむくにはまず味方から、とも申しますな。ですが、あなた様が銃士隊の出動を知らせてくれましたので、ギリギリ逃げ出すことができました。この後は、ガリアに逃げ延びて再起を計り、よりいっそうの利益をもたらす所存ですので、どうかあのお方にもよろしくお伝えください」

「その元手が、それというわけか?」

「はい、ガリアの知人に売り渡し、それで向こうで商売を起こします……ええいうるさいぞ、泣くな!!」

 店主は泣き叫ぶひとりの子供の顔を張り飛ばした。骨と皮ばかりにやせ衰えて、体中傷だらけになった子供の体は簡単に飛ばされて床に投げ出された。

「さあ、ここはもうあぶのうございます。この通路もいつ奴等に見つかるか、急いで脱出いたしましょう」

「いや、お前はここまでだ」

 黒ローブの人物は、そう言うと懐からすばやく杖を取り出して店主に向け、店主が「なにを!?」という間もなく、杖の先から強烈な魔法の光がほとばしり、店主と子供達の目を焼いた。

「うわぁっ! 目が、目が、うぐっ!?」

 暗闇の中で、突然胸に走った痛みに、店主がおそるおそる胸に手を当ててみると、そこには自分の心臓に深々と突き刺さった冷たい剣の感触があった。

「な、なぜ……ぐぶっ!」

 剣が引き抜かれ、急速に力を失っていく体が固い床の上に崩れ落ちたとき、店主の魂は悪人にとっての唯一の楽園、地獄と呼ばれる異世界に向かって旅立った。

「私は悪党だが、悪魔の手助けをするつもりはない」

 黒ローブの人物は、そう言うと店主の死体に『発火』で火をつけた。

 子供達は、さっきの光でまだ視力が戻っていなかったが、炎の暑さに自然に元来たほうへと下がっていった。

 それから数十分後、ようやく地下通路の入り口を見つけた銃士隊員達によって子供達が保護されたとき、黒ローブの人物はすでに影も形もなくなっていた。

 

「隊長、子供達は無事保護、店内にいた店員も全員捕縛しました」

 制圧を完了し、犯人達を連行していく姿を見ながらアニエスは部下から報告を受けていた。

「ご苦労、しかし主犯の店主を捕らえられなかったのは残念だ、いろいろとしぼりだせると思ったのだが」

「報告によりますと、逃走通路の先に黒こげの死体となって発見されたそうです。目撃していた子供達の言によれば黒いローブの人物だそうですが、メイジということ以外わかりません」

「口封じか……」

 店主を捕らえられなかったことで、画竜点睛を欠いたという感じをぬぐいきれなかった。店員のほとんどは捕縛したが、どいつも店主に言われて動いていただけのチンピラで、どこの誰と取引していたのかなど重要な情報は持っていそうになかった。

「ところで子供達の目は大丈夫なのか?」

「衛生班の診る所によると、一時的なもので、あと小一時間もすれば全員見えるようになるそうです。目くらましをして一突きとはずいぶんえぐいことをします。ですが、子供達にとっては見えなかったことがよかったのかもしれません。人の死ぬ光景というのは、子供にとって大変なトラウマになるものですから」

「そうだな。しかし、目撃者のはずの子供達をそのままにしていったのは解せんな。それに……いや、ご苦労だったな。任務に戻れ」

「はっ!」

 その隊員を見送ると、アニエスは今口に出さなかったことを考えた。

 なぜ店主は銃士隊が出動したのを事前に知ることができたのか。そして店主を殺害した刺客はどうやってこの店に異変が起きたことをかぎつけたのか、用心深いだけでは説明できない迅速さに不可解さを禁じえなかった。

(あと考えられる可能性があるとしたら……ずっと共に戦ってきた者たちばかり、信じたくはないが)

 そこまで考えたとき、包囲部隊の指揮に当たっていたミシェルが駆け寄ってきた。

「隊長、逃走を計っていた店員二名を捕縛、これで全員の逮捕が完了しました」

「ご苦労、包囲網を解体し、全員を連行しろ。それから、子供達はいい医者のところに連れて行ってやれ、経費がかかるようなら私の給金からさっぴいてかまわん」

「隊長……了解いたしました。ですが、それでしたら私も半分お持ちします! 任せてください」

 ミシェルはアニエスの言葉に感動したのか、堅物そうな顔にほんのわずかだが笑みを浮かべて駆けていった。

 アニエスはそんな信頼する副長の後姿を、ただ黙って見送っていたが、そこに店の捜索をおこなっていた隊員が一冊の冊子本を持ってやってきた。

「隊長、店主の部屋を捜索していたらこんなものが……」

 アニエスは、その冊子のページをペラペラとめくってみて驚いた。

「これは、裏金、賄賂を流した役人の名簿じゃないか、金額も丁寧に書き込んである。衛士隊西隊の隊長から徴税官のチュレンヌまで……」

「はい、奴め相当焦っていたと思われまして、めちゃくちゃに散乱した物の中に、これが置き忘れられておりました」

 そこには、トリステインの名だたる貴族の名前がずらずらとすき間もなく書き込まれていた。

 アニエスは、勤めて冷静にそのページをめくっていったが、最後のページに、他の貴族のおよそ三倍もの量の賄賂を、毎月にわたって受けていたある名門貴族の名前を見つけて、一瞬だがその顔を憤怒に歪ませた。

「……やはり、貴様もだったか……リッシュモン!」

 

 

 続く


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