ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第2話  黒衣の悪魔

 第2話

 黒衣の悪魔

 

 宇宙同化獣ガディバ 登場!

 

 

 ルイズと才人がウルトラマンAの力を得て、異次元人ヤプールの尖兵たる、ミサイル超獣ベロクロンを倒してから二日が過ぎた。

 二人を含む魔法学院の関係者達は、平時には通常通り学業に専念するようにとの指示が出、破壊された街も、勝利に喜ぶ民達によって急ピッチで復興されていっていた。

 

 が、当の二人はといえば、ウルトラマンの宿命として正体を明かすわけにもいかずに、結局は『ゼロのルイズ』と『犬のサイト』の元の鞘に納まってしまっていた。

「はぁ、俺本当にウルトラマンになれたのかなあ?」

 例によって水場で洗濯物の山と格闘しながら才人はぐちっていた。

 彼としては、子供のころからTVや本のドキュメンタリーや記録映像で見た科学特捜隊やウルトラ警備隊の隊員達のように、颯爽と怪獣と戦うのにあこがれていただけに、相も変らぬ使い魔生活にいまいち実感が湧かないのである。

 だが、地球を守ってきた歴代のウルトラマン達にも人間としての生活はあった。

 才人と一体化しているAだって、北斗星司と呼ばれていたころにはアパートに一人暮らししていたころもあったし、当然衣食住は自分で管理していた。

 さらに中には血反吐を吐くような猛特訓をこなしたり、教師やボクサーを兼業したウルトラマンもいたが、さすがに才人にそれを求めるのは無茶であろう。

「いつも大変ですね才人さん」

 振り向くと、黒髪の愛らしいメイドの娘が洗濯籠を持って立っていた。

「ああ、シエスタ、君も洗濯かい?」

「はい、私はそんなに多くないので、お手伝いしますよ」

 才人は喜んでと言うと、さっきまでの憂鬱はどこへやらで、うきうきと洗濯にはげみはじめた。

 そのはげみぶりはアクセルがかかりすぎたようで、たいした量を持ってこなかったはずのシエスタの分が終わる前に自分の分が終わってしまった。

 仕方が無いから逆にシエスタの分を手伝うことにしたが、それでも彼はうれしそうだった。

「平和ですねえ」

「え?」

「つい二日前くらいには、トリステイン中この世の終わりかもって雰囲気だったじゃないですか。けど、今私達はこうして安心して洗濯をしていられる。平和って本当にいいものですね」

「……ああ、本当に平和っていいもんだな」

 才人は幸せそうに笑うシエスタの顔を見て、「ああ、俺がこの笑顔を守ったんだな」とようやく実感した。

 虚栄や見返りではない、ウルトラマンや歴代の防衛チームが命を賭けて守ろうとしたものの一端が、少しずつ才人にも芽生えつつあった。

「それもこれも、ウルトラマンAさんのおかげですね」

「ああ、ウルトラマンAのおかげ……あれ? なんでシエスタがウルトラマンAのこと知ってるの!?」

 才人は、まさか正体がばれたのではと、内心冷や汗をかきながらシエスタに問いかけた。

「いやですね。才人さんとミス・ヴァリエールがそこかしこでウルトラマンAウルトラマンAって話し合っているじゃないですか、その名前、もう軍のほうで決まったんじゃないんですか? もう学院中の人がその話題でもちきりですよ」

 そう言われて才人ははっとした。

 そういえば最初の変身の後から今まで、やれ魔法を使わずにどうやったらあんなことができるのとか、あんたのとこにはあんな強いのがいっぱいいるのとか、いろいろ場所を選ばず、控えめに言っても議論を交わすといったことをしていた気がする。 (噂千里を走るとは、昔の人はうまいことを言ったものだ)

 彼はとりあえず正体がばれていなかったことにほっとしながら、ウルトラマンAにこの国の人が変な名前をつけなかったことにもほっとした。

「でも本当にウルトラマンAは私達の恩人です。街でも、いわく、王家が隠していた伝説の幻獣、いわくはるか東方の聖地よりやってきた正義の使者、はては始祖ブリミルの化身などなどすごい話題になってますよ」

 街でもなの!? 才人はつくづく自分の軽率さを呪いたくなった。

 これからはウルトラマンの話題はルイズとふたりだけの時にしようと、心に誓った。

 シエスタは、妙に顔色が悪くなった才人を不思議に思いながらも、そんな才人さんもすてき、などと蓼食う虫も好き好きなことを考えていた。

 そして、全部の洗濯物を洗い終わって洗濯籠を抱えあげたとき、当のルイズが現れた。

「ん? ルイズどうした、洗濯なら今日はこのとおり何事も無く終わったぜ」

「あ、そう。今日はおしおきの新バージョンを用意していたのに残念ね。って、違う違う、あんた忘れたの? 今日は虚無の曜日でしょうが」

「……ああ、そうか悪い悪い、すっかり忘れてたよ」

「ったく、記憶力の無い鳥頭なんだから、暗くなる前に帰るから急ぐわよ」

「了解っと、しまった、洗濯物が」

「サイトさん。私がやっておきますから急いでください」

「サンキュー、おみやげ買ってくるから待っててくれよ。おーい、待てよルイズ!!」

 ルイズを追って才人の後姿が遠ざかっていく。

 シエスタはふたり分になった洗濯物をよいしょと持ち上げると、その平和の重みをかみしめながら歩いていった。

 

 

 一方そのころ、トリステインの王宮においても、先日の事後処理がようやく一段落付いて、国の重要人物を集めた会議が開かれようとしていた。

「やれやれ、こうも会議会議じゃ老骨にはこたえるのお」

 その席の一角にオブザーバーとして招かれていた魔法学院のオスマン学院長がいた。

 彼がいるのは防衛軍に少なからぬ数の生徒が志願兵としていることからであったが、貴族同士の会議に口を出すほどの権限は無い。

「皆さん、我々が半月前に現れた未知の侵略者、ヤプールの脅威にさらされているのはもはやハルケギニア全土に知れ渡った事実であります。けれども我々は、総力を結集して対ヤプール軍を組織し、この脅威に対抗しようとしています。しかし、今回は新たに浮上した重要な案件について話し合うべく、集まっていただいた次第です」

 枢機卿マザリーニが、会議の口火を切った。

 ヤプールに次ぐ新たな課題、すなわち銀色の巨人、ウルトラマンAのことについてだ。

 その正体については誰もはっきりとした答えを言えた者はいなかったが、その人知を超えた力については大いに彼らの興味を引いていた。

 あの超獣ベロクロンでさえトリステインの誇っていた軍を敵ともせず、いかなる魔法攻撃にもびくともしなかったのに、あの巨人はその攻撃を易々と跳ね返し、その腕から放たれた光はその巨体を粉々に粉砕してしまった。

 だが、議論すべき要点はそこでは無かった。

「こほん、皆さん。その問題はそのあたりでよろしいでしょう。結論として、我々では到底及ばない強大な力を有していることははっきりしています。肝心な問題は、あれが我々の敵か味方か、ということです」

 枢機卿がそう宣言した瞬間、場の空気が変わった。

 だが。

「無駄なことじゃのう」

 と、水をかけたのは他ならぬオスマンだった。

「なんですと、オスマン殿、それはどういう意味ですかな?」

「敵なら我々はとっくに滅ぼされていますよ。それに、あの巨人、ウルトラマンAは我々を守るように現れたし、街にも民にも被害は与えずに飛び去った。第一、仮に敵だとして、超獣以上の力を持つ相手に打つ手などあるのですか?」

 言われて見ればそのとおりである。

 喧々轟々の議論を予想していたマザリーニにとっては意表を突かれた形だが、周りの貴族達も効果的な反論などはできずに、せいぜいオスマンの無礼を非難する程度であった。

 もっともそれも、オスマンがあっさりと非礼を詫びたために貴族達もそれ以上の言及はできなかった。

「おほん、ではこれにて会議を終了いたします。方々にはそれぞれの領地の軍属の精鋭を防衛軍に派遣なさいますよう。今のままの寄せ集めでは所詮急場しのぎですし、ヤプールが優先して狙うとしたら、ここしか無いでしょうからな」

 会議は時間をかけた割には、わら半紙数枚分の密度の内容で終わった。

 ただ、この会議からウルトラマンAの名が急激にトリステイン全体からハルケギニア全体へと広まっていくことになったことについては、意味があったと言えよう。

 

 

 さて、ウルトラマンAのことで国が揺れているとは露知らず、当のルイズと才人は今、虚無の休日を利用して久しぶりに街に繰り出してきていた。

「相変わらず人が多いな。復興が順調だって証拠だ」

「当たり前よ。トリステインの人間はそうそう簡単に国を捨てるほど軟弱じゃないわ、むしろ復興のための資材を運ぶために普段より多いくらい。何度も言うようだけどスリには気をつけなさい」

「はいはい、ところで目的の武器屋はこの先だったよな。このあたりは被害が少なかったから無事だとは思うけど、開いてりゃいいな」

 ふたりは路地裏へと入っていった。

 目的はベロクロンの騒ぎのせいで買いそびれてお預けになっていた才人の剣の購入、そして目的の店は幸いにも以前と変わらない形でそこにあった。

「おや、これはこの間の貴族の旦那、お久しぶりでやんすね」

 店の主人も以前と変わらなくそこにいた。

「失礼するわね。この店、もしかしたら踏み潰されてるんじゃないかと思ったけど、なかなかしぶとい様子ね」

「あっさり死ぬような奴はこの世界じゃやっていけませんやな。そいで、前回は顔見せしたとこで超獣のやろうが出てきてお流れになりましたけど、武器をご所望で?」

「私じゃないわ、使い魔よ」

 ルイズはかたわらで物珍しげに武器を眺めている才人をあごで指した。

「へえ、最近は貴族の方々も下僕に武器を持たせるのがはやっておりましてね。毎度ありがたいこってす」

「貴族が武器を? そういえば以前来たときに比べて武器の数が減ってるわね。やっぱりヤプールのせい?」

「それもあります。今、国では壊滅した軍の再建のために武器の類が飛ぶように売れとりましてね。まあ、あまり役に立つとも思えませんが」

 主人の言葉にルイズは少々不愉快になったが、言葉にすることはできなかった。

 確かに、剣や槍を何万本揃えたところで、あの小山のような超獣に勝てるとは到底思えない。

「ですが、理由はもうひとつありましてね。最近このトリステインの城下町を盗賊が荒らしてまして」

「盗賊?」

「へえ、名前は『土くれ』のフーケって言いまして、貴族を専門にお宝を盗みまくる怪盗でしてね。あの超獣騒ぎで大人しくなるかもと思われたんですが、むしろ騒ぎに乗じて派手に動くようになりましてね。貴族達も対抗しようにもヤプールのおかげでそれどころじゃないってんで、実質やりたい放題ですな」

「国が大変な時期だってのに、皆の足を引っ張るなんてひどい奴がいたものね」

 ルイズは、国のために貴族も平民も必死になっている時に、そんなことをする奴が同じ国の中にいることに憤りを覚えた。

「まあまあ、それで貴族達も自衛のためにこうして武器を下僕にまで与えて身を守っているってことです」

 主人は「ま、役に立ったという話はとんと聞きませんが」という一言を我慢して飲み込んだ。

 そのとき、武器を物色していた才人が一本の長剣を持ってきた。

「サイト、気に入ったのでもあった?」

「ああ、おじさん、この剣はどうかな?」

 才人はその剣を主人に見せたが、主人はだめだだめだというふうに首を横に振った。

「坊主、それはやめとけ、そいつは見た目切れそうに見えるが実際は重さと力を利用して敵を叩き潰す、いわばこん棒に近い武器だ、お前さんの細腕じゃ扱いこなすのは無理だ」

 それは決して親切心からではなく、後で貴族にクレームをつけられることを恐れての忠告であったが真実でもあった。

 才人はがっかりした様子でその剣を元に戻した。

「ちぇっ、なかなかかっこよさそうだったのに、残念だなあ」

 実は、才人は特に考えた訳ではなく、その剣が少し日本刀に似ていたから手に取っただけであった。

 だが、そのとき突然かたわらのガラクタの山の中から、調子のはずれた声がした。

「生言ってんじゃねーよ、坊主。おめーは自分の体格も理解してねーのか、そんなんじゃ武器を持っても即あの世行きがオチだ、そっちのガキんちょを連れてとっとと帰りな」

「なんだと!」

「誰がガキんちょですってぇ!!」

 ふたりは悪口が飛んできた方向を見たが、そこには二足三文でしか売れないような数打ちのぼろ刀が並んでいるだけで人影は無かった。

「どこを見てるんだ。ここだここだ、目の前だよ」

 なんとぼろ刀に混ざっていた一本のこれまた錆と汚れだらけの長剣が、カタカタとつばを鳴らしながらしゃべっている。

「これって、インテリジェンスソード? こんなところにあるなんて」

「なんだい、それ?」

「一言で言うと魔法で意思を持たせられた剣のことよ。でもそんなにありふれた物じゃなくて、私も見るのは初めてよ」

 驚いているルイズをよそに、才人は好奇心のおもむくままに、そのしゃべる剣を手に取った。

「へえ、見た目は普通の剣と変わらないな。お前、名はなんつうんだ?」

「けっ、人に聞くときは自分から名乗るものだ……ん、まさか……おでれーた、お前『使い手』か」

「『使い手』?」

「なんだ、そんなことも知らねえのか。まあいい、これも何かの縁か、俺の名はデルフリンガー、お前はなんていう?」

「平賀才人、よろしくなデルフリンガー。ルイズ、俺こいつにするよ」

 才人の意思決定にルイズは露骨に嫌そうな顔をした。

 ぼろい、汚い、切れそうに無い、おまけにうるさいとルイズとしては気に入る要素が無かったからだが、結局は才人の。

「でもしゃべる剣なんて珍しいだろ」

 の、一言でやむなく承諾した。

「感謝しなさいよ。使い魔のわがままを聞いてあげる主人なんて、普通いないんですからね」

 それ以前に主人にわがままを言う使い魔自体が普通いないが。

「感謝してるよ。お前もそうだろデルフリンガー?」

「デルフでいいぜ、よろしくな嬢ちゃん」

「嬢ちゃんじゃないわよ! たかが私の使い魔の、そのまた下の剣の分際でなれなれしく呼ばないで、下僕らしくルイズ様とお呼びなさい!」

「へーへー、分かったよ嬢ちゃん。ん? そういえばお前ら、さっきから妙に思ってたが変わった気配を放ってるな」

「えっ!?」

 デルフの思わぬ言葉にルイズと才人は思わず固まってしまった。

「なんつーか、長年人を見続けてると気配を読むのがうまくなってな。なんというか、ふたりだけなのに三人に思えるような、それでいてふたりでひとりのような」

「なな、なに言ってるんだよ、そんなことあるわけ無いだろう!」

「そ、そうよ。何言ってるんだか、ずっとガラクタといっしょに居たからボケたんじゃないの!」

 ふたりは慌ててそれを否定したが、冷や汗を流して言葉を震わせて言っても説得力がない。

「ま、そういうことにしといてやるよ」

 デルフに顔があったらニヤリと笑ったに違いないだろう。

 才人は、この新しくできた奇妙に鋭い同居人を選んでしまったことを少々後悔しはじめて、さらにそれ以上の殺気を送ってくるルイズに、今晩はメシ抜きかなあと思わざるを得なかった。

 

 

 しかし、ヤプールの魔手は平和を取り戻そうとしている人々の願いとは裏腹に、闇の中から静かに動き始めていたのである。

 

 その夜、月も天頂から傾きだすほどの深夜、とある貴族の屋敷から音も無く現れる人影があった。

 長身で細身のようだが、黒いローブを頭からすっぽりとかぶって容姿は分からない。

 だが、石畳の上をまったく音も立てずに歩む様は、それが常人ではありえないということを暗に語っていた。

「まったく、ちょろいもんだよ。貴族なんてのはどいつもこいつも、兵隊の数こそアホみたいに揃えてるくせに配置も甘いし居眠りしてる奴もいる。警戒してるつもりなんだろうけど、芸が無いったらないね」

 そいつは少しだけ振り返ると、今出てきた貴族の屋敷を見てせせら笑った。

 見上げた姿に、わずかに風が吹いてローブの下の顔が月明かりに晒される。なんとそれの正体は女性であった。

 年のころは二十から三十、緑色の髪がわずかにこぼれて美しいが、整った顔には凄絶さが漂っている。

 彼女こそが土くれのフーケ、トリステインを騒がせている怪盗その人である。

「まあ、この国のレベルも貴族の体たらくがこれじゃたいしたことは無いね。けど、まだ済まさないよ、忌々しい貴族ども……」

 フーケはその腕の中に、今奪ってきたばかりの宝石類を握り締めながら、憎しみを込めた眼差しを貴族の屋敷に向けていた。

 と、そのとき。

「復讐したいかね?」

「!! 誰だ」

 突然背後からした声に、フーケはとっさにメイジの武器である杖を抜いて身構えた。

「ふふふ」

 そこに立っていたのは、コートからマント、帽子にいたるまですべて黒尽くめで身を固めた一人の男だった。

 年齢は壮齢と老齢の中間あたり、わずかにしわの刻まれた顔を歪めているが、目はまるで笑っていない。

(そんな、この私がまったく気配を感じられなかった!?)

 自身も相当な場数を踏み、熟練の傭兵やメイジ相手にも渡り合えるだけの実力はあるはずだ、だがこの男が現れるのはまったく予期できなかった。

「何者かと聞いているんだ!?」

 フーケは胸の動揺を抑えながらも、つとめて冷静に男に問いかけた。

「なに、怪しい者じゃ無い。ただ、君の願いをかなえてあげようと思って来たんだ」

「願い、だって?」

「そう、君は憎いのだろう? 貴族が、君からすべてを奪っていった者達が、だからこんなことをしている……だが、こんなものでいいのかい?」

「なに?」

「いくら秘宝を盗んだところで貴族からしてみれば微々たるもの、時が経てば埋め合わせされてしまう。それよりも、もっと深く、もっと血の凍るような恐怖を奴らに与えてやりたいとは思わないかね?」

「殺人鬼にでもなれって言うのか、寝言は寝て言いな!!」

 男の言い口に怒りを覚えたフーケはすばやく呪文を唱え、杖を振るった。

 たちまち男の周辺の地面が盛り上がって腕の形を取り、男をむんずとわしづかみにする。

「おやおや……」

「あたしはあんたみたいなのと関わってる暇は無いんだよ。死にな!!」

 フーケが力を込めると土くれの腕が男を締め上げる。普通ならこれですぐさま圧死してしまうはずであった。

 しかし。

「まったく、気の強いお嬢さんだ」

「ば、馬鹿な!?」

 なんと男は鉄柱でさえ握りつぶしてしまうほどの圧力を込められながらも笑っていた。

 そして、男が軽く腕に力を込めると、土くれの腕は内圧から粉々に砕け散った。

「くっ、化け物め!!」

 フーケはとっさに目の前の地面に魔法をかけて砂埃を発生させ、そのまま踵を返して走り出した。

 悟ったからだ、この男は普通じゃない、このままでは危険だと本能が警鐘を鳴らしていた。

 だが、走り出そうとしたフーケは十歩も走らぬうちに立ち止まってしまった。

「な、なんだ、ここはどこだ!?」

 なんと周囲の風景が一瞬のうちに変わっていた。赤や青の毒々しい空間が回りを包み、今まで居たはずの町並みも貴族の屋敷も何も見えない。

「無駄だよ。ここはもう私の世界だ、どこにも逃げ道などはありはしない」

「なにっ、ぐわっ!?」

 振り向く間もなくフーケは男に首筋を捕まれて宙へ持ち上げられた。フーケは振りほどこうとしたが男の手はびくともしない。

(なんて力……いや、それよりなんだこいつの手の冷たさは!? まるで体の熱が全部持っていかれるみたいだ……)

「やれやれ、大人しくしていれば手荒なことはしなくてもよいのに。言っただろう、私は君の味方だ、もっとも私の場合は貴族だけではなくて、人間という種そのものが嫌いだがね」

(やっぱり、こいつ人間じゃない!?)

 抵抗する力を失っていきながら、フーケははっきりと恐怖を感じ始めていた。

 だが、それでも残った勇気を振り絞って彼女は言った。

「な、何者だ、お前は?」

「おや、そういえばまだ名乗っていなかったね。失礼、私の名はヤプール、いずれこの世界を破壊する者だ」

「ヤ、ヤプールだと!?」

 フーケもその名を知らないわけが無い。突然現れてトリステインを壊滅寸前に追いやった侵略者。

 彼女はその様子を他人事、むしろいい気味だと思って見ていたのだが、なぜそいつが自分のところへ来るのだ。

「そう、我々はこの世界を見つけて手に入れることにした。ベロクロンは君達の国を難なく滅ぼせるはずだったのだが、あいにくこの世界にも邪魔者がいてね」

「邪魔者だと? それって」

 フーケの脳裏に、あのウルトラマンAと呼ばれている銀色の巨人の姿が浮かび上がった。

「そう、ウルトラマンA、我々の不倶戴天の敵さ。奴を倒さなければ我々はこのちっぽけな国さえも奪うことはできない。だがあいにく今我々にはエースを倒せるほどの超獣を作り出せるほど余裕が無くてね。そこで君に協力してほしいのさ」

「協力? ふざけるんじゃないよ!!」

「だから代わりに君の願いも叶えてあげようというのさ。なに、君はこれまでどおり怪盗をしていればいい。君には新しい力と、強い味方をつけてあげよう」

 ヤプールがそう言うと、その手のひらに小さな光と、続いて黒い霧のようなものが吹き出して、黒い蛇のような形をとった。

 小さな光はフーケの肩に止まり、黒い蛇はフーケの首筋に巻きついてうれしそうに首を揺らしている。

「ふっふっふっ、そうか、そいつの心の闇は気に入ったか」

「な、何をする気だ?」

 フーケは恐怖に怯えながらもかろうじてそう言ったが、ヤプールはおぞましげな笑いを浮かべると冷酷に黒い蛇に命令した。

「さあ、乗り移れ、ガディバ」

「ひっ!! やっ、やめろぉーーっ!! わぁぁぁーーっ!!」

 異次元空間にフーケの絶叫とヤプールの哄笑が響いた。しかし、誰もそれを聞いていた者はいない。

 

 続く

 

 

 

 

 

 

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