ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

199 / 338
第三章
第1話  ロマリアからの招待、新たなる闇の予兆


 ウルトラ5番目の使い魔 第三部

 第1話

 ロマリアからの招待、新たなる闇の予兆

 

 超古代竜 メルバ 登場!

 

 

 流れ出す溶岩、草木も寄せ付けない灼熱の岩石の大地。

 鳥も簡単には近寄れない標高を持つ高山がつらなる大山脈。

 ガリア王国と、ロマリア連合皇国の中間に、人間の非力を笑うように聳え立つ巨峰の群れはある。

 

『火竜山脈』

 

 ハルケギニアの屋根ともいえるそれを、人々は太古より畏れと敬意を持ってその名で呼び、夜空にも赤々と燃え滾る威容を見上げてきた。

 その峰峰の環境はハルケギニアでもっとも苛酷と言われ、頂上付近には火を吹く凶暴な火竜が住み、並の人間は近づくことさえできない。

 

 だが、その過酷な自然の要害の奥地に、不敵な笑みを浮かべて立つ一組の男女の姿があった。

 

「この場所でよいのだな? ミョズニトニルンよ」

「はいジョゼフさま。わたくしの魔道具にも、地底深くで脈動する巨大な生物の影が捉えられています。間違いなく、この場所です」

「そうか、ロマリアの小僧の情報は正しかったわけだな。わざわざ、こんな暑苦しい僻地まで来たかいがあったというものだ」

 

 飛行用ガーゴイルに乗り、ガリア王ジョゼフは暗い笑みを浮かべて、ある山の岩肌を見下ろしていた。

 周辺は、黒々とした岩盤がむき出しになり、周辺には硫黄ガスが立ち込めている。人間が地上に降りたら一分も持たずに窒息死してしまうだろう。

 さらには、常に微細な地震が続く危険な場所であり、火竜たちですらめったに近づくことはない。

 こんな危険地帯になにがあるというのだろう。だがジョゼフは、不敵な笑みを崩さずに杖を持つと、その先端を岸壁に向けて呪文を唱え始めた。

 

”エオヌー・スール・フィル・ヤルンクルサ”

 

”オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド……”

 

 それは、かつてルイズやティファニアが使ったものと同じ呪文だった。しかし、ふたりと違うのは、そこに込められた魔法力に暗い感情が満ち満ちていたことだろう。

 呪文が完成し、ジョゼフの杖の先から光がほとばしる。魔法の光は岸壁全体を照らし出して吸い込まれていき、次の瞬間岸壁は轟音をあげて崩壊をはじめた。

「ふむ、エクスプロージョンか。岩と岩とのつなぎ目を崩してやっただけでたいした威力だ。使いようによっては、いろいろと楽しむこともできそうだな」

「ジョゼフさま、危険ですので少し下がります。ご注意を」

 ダイナマイト数千発分の破壊を瞬時になしたにも関わらず、ジョゼフは興奮した様子のかけらもなく薄笑いを浮かべるのみであった。

 飛行ガーゴイルは、飛んでくる岩の破片を避けつつ岸壁から距離をとった。

 岸壁は轟音をなおもあげ、数万トンの岩塊を撒き散らしつつ崩れていく。

 しかし、崩れ行くその岩壁の奥から、甲高い鳴き声とともに巨大な翼竜のような怪獣が姿を現した!

 

「おお! あれが!」

「間違いございません。あれこそが、伝説の古代竜です!」

 

 山を打ち砕き、降り注いでくる巨大な岩塊をものともせずに怪獣は地上へ這い出してくる。

 赤黒い体に、鎌のような腕と尻尾、背中には皮膜を持つ強靭な翼が生えている。頭部はするどいくちばしがついており、目には凶暴そうなオレンジ色の光がらんらんと輝いて、さらに首から腹にかけてを白地に細かい黒い斑点模様が覆っている。

「ふふふ、なんと恐ろしげな姿よ。太古の昔、異界よりやってきて、その暴虐のあまりに地の底に封じられたという古の古代竜か。頼もしいではないか。この世を再び混沌と灰燼に返す最初の使者として、これほどふさわしいものはあるまい」

「ご覧ください。その咆哮に、尊大な火竜たちも恐れをなして逃げていきます」

 ジョゼフたちは、復活をとげた怪獣を愉快げに見下ろしていた。

 超古代竜メルバ、それがこの怪獣の名前だった。異世界において、空を切り裂く怪獣と呼ばれ、かつての古代文明を滅ぼした一角と言われている。

 だが、なぜジョゼフはその所在を知っていたのか。その裏にどんな意図が隠されているのか。

 そして、それが招く結果を当然認識できるであろうのに。そこには、とほうもない邪悪な意志が脈動していた。

 メルバは背中の翼を広げ、いままさに飛び立とうとしている。ジョゼフは、打ち付けてくる突風に身を震わせながら高らかに叫んだ。

「さあ、飛び立つがいい災厄の翼よ。そして我が同胞たちに祝福をくれてやるのだ! はっはっはっ、虚無の担い手の小娘たちよ。先日のサハラの件は楽しませてもらったぞ。エルフを懐柔するとは、まったく余の予想のはるか上をいってくれるものだ。しかし、余もそろそろもう一度舞台に立ちたいものでな。さあ、休息の時間はもうよかろう。ともに次なる歌劇の第一楽章を奏でようではないか!」

 ジョゼフの哄笑が火竜山脈にこだまし、世界は再び戦乱のちまたへと引きずり戻されようとしていた。

 

【挿絵表示】

 

 しかし、この世界を守る勇者たちは、まだそれを知らない。

 

 

 火竜山脈をはるかに遠く、トリステイン王国。

 アンリエッタ姫とウェールズ新国王の婚礼行事で賑わった国内も、ほとんどの行事がとどこおりなく完遂された今では平穏な日々が戻っていた。

 物語は、そのトリステインの魔法学院。その一角から再開される。

 

「次期CREW GUYS JAPANの優秀なる隊員、平賀才人の訓練生日誌。ハルケギニア暦ハガルの月、ヘイムダルの週、虚無の曜日っと」

 

 冬から春へと変わろうという、陽気さと穏やかな風が通り抜けて行くトリステイン魔法学院。その中庭の木立の影で、幹に背中を預けてノートパソコンを広げた黒髪の少年が、鼻歌まじりにキーを叩いていた。

 

『今日も魔法学院は平穏で平和だ。最近は冬の寒さもだいぶん和らいできて、日課の洗濯もだいぶんと楽になってきた。ルイズは相変わらず、雑用は当たり前のようにおれに押し付ける。まあ、おれもただメシを食わせてもらってる以上、働かざる者なんとやらだと思うんだが、毎度適当に脱ぎ散らかすくせはなんとかならないのだろうか? 毎日男子生徒も通る道を、女物の下着を抱えて歩くのは、もう慣れたけど気持ちいいものじゃないんだぞ』

 

 カタカタと、キーボードを打ち込む小気味いい音が才人の耳に流れていく。

 今日は、ハルケギニアでは休日にあたる虚無の曜日。学院は普段の生徒たちのにぎやかさがうそのように明るい静寂に包まれて、ときおり数名の足音が通り過ぎていき、小鳥や使い魔たちの声が遠くから聞こえる以外に、耳障りな音はなにもなかった。

 

『学院に戻ってきて、もう一月と少々か。そういえば、あのサハラへの大冒険から、早くも数ヶ月が経ったな。今思えば、よくあんなむちゃくちゃなことをやったもんだと思い出すたびに自分に感心するぜ。勢いで始めたことだが、冷静になって思うと冷や汗が出てくる。けれども、こうして元の学院生活に戻ることができた。ルイズには相変わらずこきつかわれるけど、やっぱり平和っていいもんだ。そうだ! 新年が明けて、早くもこっちの二月もなかばに差し掛かってきたことだから、今までのことをざっと振り返っておこうかと思う』

 

 

 才人はそこでいったん手を止めて、ぐっと首をあげて空を見つめた。

 

 

『サハラでの冒険を終えて、おれたちはガリア王国の無人地帯を経由して、無事にトリステインに帰ってきた。途中、懸念していたガリア王ジョゼフの妨害もなく、東方号はラグドリアン湖に着水した』

 

 思い出すようにときおり髪の毛をかきつつ、才人は一行ずつワードソフトの画面に記憶を再現していった。

 

『到着したおれたちを待っていたのは、トリステイン軍による捕獲だった。まあ、東方号を強奪して出てきたのだから当たり前といえばそのとおりなのだが、王女さまが手を回してくれたおかげで、数時間ほどで解放されることができた。なんでも、超極秘の特務にあたっていたとかなんとか。ほかにも、いろいろと書類仕事で偽装したらしいけど、小難しくてルイズはおれに聞かせても理解できないだろうって教えてくれなかった……確かにそうだけど、遠まわしにバカと言われたようで腹立つ』

 

『帰還したおれたちを、姫さま……いや、ちょうどそのとき戴冠式を迎えていたアンリエッタ姫は、女王さまとなって歓迎してくれた。トリステイン女王、アンリエッタ・ド・トリステイン。それが今のあの方だ。国民の前に立ち、神々しい姿で即位を宣言する姿は、この国の人間じゃないおれでもすげえって思った』

 

『でも、旅から帰ってきたおれたちを迎えてくれた女王さまは、おれたちと変わらない年頃の普通の女の子だった。世界のために、覚悟して送り出したんだろうけど、親友のルイズが元気に目の前に帰ってきたとき、涙を流して抱き合っていたのはよく覚えている。稀代の名君の器だとか、始祖が地上につかわした天使だとか、世間のうわさはいろいろと聞くけど、そんなことより優しい人だ。おれには政治なんてものは雲の上のことだけど、この人にならおれたちの行く末をまかせられるとそのとき思った』

 

 才人は、我ながら不敬だとは思ったが、かっこうをつけたところで不自然になるだけだと思って、苦笑しながらキーを進めた。

 

『それから先のことは、おれの頭の上でとんとんびょうしに進んでいった。ルクシャナの連れてきたエルフたちとの会見は、おれも同席したけど正直ちんぷんかんぷんで覚えていない。ただ、ルイズに聞いた話では、しばらくはエルフのことは秘密にして、エルフたちはハルケギニアの文化風習を学習し、それと並行して女王陛下やマザリーニ枢機卿など、秘密を知る者たちもエルフのことを学ぶ。そうした上で、信頼のおける者から順番に秘密を明かしていき、根回しができたところで国民にエルフとの同盟を発表するのだそうだ』

 

『気の長い話だが、ルイズに説明されると、まあ仕方ないんじゃないかと思った。人間とエルフの確執は、アディールでさんざん見てきたから二の舞はごめんだ。時間がないとはいえ、踏み違えればトリステイン滅亡につながるのだから、急いては事を仕損じるの精神でいくしかないってことか。そういえば、リュウ隊長も前に整備途中のガンフェニックスで出撃してひどいめにあったことがあったって言ってたよな』

 

『焦りは禁物。幸いヤプールの勢力にアディールで大打撃を与えられたおかげで、わずかだけど猶予はあるだろう。そうして、時期が来るまではおれたちは誰にもこのことは話すなと厳命された。そのおかげで、猛勉強したギーシュたちは不満そうだったが、しかたないものはしかたがない。けれど、解禁となれば休む間もなくなるだろう。そうなると、おれはシエスタやマルトーのおっちゃんたちに講義することになるのか。なんかけっこう複雑な気持ちだ』

 

 その光景を想像して、才人はまったく柄ではない自分に勤まるのかと苦笑いした。

 気がつくと、日記用のワードのページの上から下までが埋まっていた。才人は、けっこう長文になってしまったと思いつつ、最後の行に指を滑らせた。

 

『あとのことは、エレオノールさんやコルベール先生がいろいろやってくれてる。手伝いたいけど、こればっかりはおれにはなんにもできることはなかった。それに、先生は「学生は学業が本分です。本業に戻れるなら、一時たりとも無駄にしてはいけません」と、水精霊騎士隊は全員魔法学院へ帰らされてしまった。おかげで、東方号とかがどうなってるのかはおれたちにはさっぱりだ。けれど、ルイズたちとの日常が戻ってくれたのはうれしい。願わくば、この日常が少しでも長く続けばいいのに』

 

 

 そうして、才人は文章を読み返して、保存ボタンをクリックして一息をついた。

 木に背中を預けて空を見上げると、澄み切った青空の中をスズメに似た鳥が数羽飛んでいくのが見えた。

「平和だな……」

 とても世界に未曾有の危機が訪れているとは思えない。眠気を誘う暖かい日差しと、緩やかな風には緑の香りが共にやってきて、才人は小さな天国にいるような気分になった。

「おい相棒、こんなとこで寝たら風邪ひくぜ」

 脇から声をかけたのは、彼の愛剣のデルフリンガーだった。才人は、わかってるよと答えると、パソコンをスリープモードにして、たたんで小脇に抱えて立ち上がった。

 休日の魔法学院は、相変わらず人気が少なくて静かだった。

 石畳の道に、スニーカーの足音が小さく響いて消えていく。

 いつもと変わらない、静かで退屈で平穏な一日。時間がゆっくりと流れて、無限にこの時が続くんじゃないかと思えた。

 

 しかし、この世には良くも悪くも無限というものはない。才人の止まった時間は、聞きなれた叫び声で打ち砕かれた。

「サイトーッ! サイトここにいたのねっ!」

「うわっ!? ル、ルイズどうした!」

 突然目の前に飛び出してきた桃色の髪と、ぐっときつい眼差しで見上げてくる愛らしい顔。

 平穏を前触れもなくぶち破って、彼のご主人様のご登場であった。

「どこほっつき歩いてたのよ。さっさと来なさい。出かける準備をするわよ」

「出かけるって、トリスタニアへか? 今から出かけたら帰りは夜になっちまうぜ」

 才人は、出会ったときから変わることなく、こちらの意見を無視して引っ張っていこうとするルイズに呆れたように言った。

 だが、今回に限っては才人のあては外れた。ルイズはやる気なさそうな才人に向かって、平らに近い胸を張って驚くべきことを告げたのだ。

「違うわ、わたしたちはこれから東方号に乗ってロマリアに向かうのよ! 女王陛下の代理人として、教皇陛下に拝謁して祝福をいただいてくるのよ!」

「ロ、ロマリア!? どういうことだよ、おい!」

 才人はわけがわからないぞと叫んだ。ハルケギニアに来てけっこう経つ才人だが、ロマリアはまだなじみのない遠い国で知識もほとんどない。ブリミル教の大切さは、ある程度を肌で感じてはいても、やはりピンとこない。それに、教皇陛下とやらは以前にラ・ロシェールでちらりと見ていたが、祝福ならそのときに受けていたのではないのか?

 するとルイズは、唖然としている才人に言った。

「あんた何も知らないのね。ラ・ロシェールでの式典はあくまで婚礼の行事のため、本当は王位継承からなにからいろいろこなさなければいけない儀式があるの。でも、今は戦時にも匹敵する非常時だから、かなーり簡略化して短くおさめたのよ。教皇陛下だって、ほんっとに特別に来てくださったの。でも信徒たるもの、神と始祖への敬意をおろそかにしては国民へのしめしがつかないわ。けど、今女王陛下はどうしても国を離れられないわ」

「だから、代理として女王陛下のおぼえめでたく、名門であるヴァリエール家ご息女であるお前が選ばれたってわけか」

「珍しく察しがいいじゃない。ほかにも名門の神官や僧正方もいらっしゃるけど、これは大変な名誉よ! ただまあ安心しなさい。わたしとしては不本意だけど、水精霊騎士隊の連中も護衛として同行を命じられたわ。ほかにも銃士隊も今度は大隊規模で同行するって聞いたわよ」

「ほんとかよ! そりゃすげえな」

 才人としてはブリミル教の儀式とかはどうでもよかったが、またみんなといっしょに旅ができるというのがうれしかった。しかし、旅行気分になっている才人にルイズはしっかり釘を刺した。

「こーら、遊びに行くんじゃないわよ。ロマリアはブリミル教徒にとって第二の聖地に等しいとこ、下手な態度とってたら聖堂騎士団につまみだされるわよ。もしわたしに恥をかかせるようなことがあれば、ハシバミ草のしぼり汁を一気飲みさせるわよ」

「うわ、あのクソ苦いやつか、そりゃ断じてかんべんしてほしいぜ。けど、久しぶりに安全な旅になりそうだな。どうせもうすぐ春休みだろ? ヤプールもしばらくおとなしいし、やることすませたら観光してかねえか?」

「あんたの脳みそは二言目には遊ぶことが出てくるわね。まったく、この任務がどれだけ重要だかわかってるの」

 と、くどくどと説教してくるが、微妙にルイズの口元もにやついているのを才人は見逃していない。

 なんやかんや言って、ルイズも本音は自由時間が楽しみで仕方ないタイプということだろう。特にこのところは、授業が遅れていたぶんを取り戻すために猛勉強の日々だったために、娯楽に餓えていたのは実はルイズのほうが強いだろう。

 しかも、今度はトリステイン王国公認の巡礼旅だ。気苦労も多いだろうが、そのぶん前回の旅と違って追われたり、行く先から砲弾が飛んでくる心配はない。銃士隊のみんなも、プライベートではみんな気心の知れた仲なので、会うのが今から楽しみになってきた。

「あれ? でも銃士隊が大挙して国を離れて、女王さまの護衛は大丈夫なのか?」

「あんた忘れたの? 今のトリステインには鬼より怖い守護神がいるじゃない」

「ああなるほど、おっかさんね……」

 非常に納得した。あれには、正直勝てる気がしない。もし暗殺者がいるとしたら、心から同情を禁じえない。

 ともかく、自分たちが留守をしても心配がないのだとわかると、遠足前の子供の心理が湧いてくる。

 善は急げ、学院のほうにはすでに連絡がいっていたようで、休学手続きは問題なくとれた。しかし、あいさつに行ったオスマン学院長には、遊んでばかりいないで向こうでも自習しなさいとぐさりと言われてしまった。さすが腐っても学院長というか、遊び人ゆえに若者の考えなどお見通しのようだ。

 部屋に戻って旅支度を整え、今では慣れたもので準備は進んでいく。

「サイトさーん、どこか行かれるんですかー?」

「あっシエスターっ、ちょっと遠出してくることになったからピーターの世話を頼むなーっ!」

 ティファニアがアーハンブラから連れてきたピーターは、今では学院で世話されていた。なにせ、元々学院では多種多様な生き物が使い魔として生活しているので、大きなトカゲが一匹増えた程度ではどうということはない。

 シエスタはついていきたいとせがんだが、すでに乗船名簿は変えられないからとなだめた。

 そして翌日、マルトーから弁当を作ってもらい、リュリュに菓子をわけてもらった才人とルイズは水精霊騎士隊とともに学院を旅立った。

 

 

「さあ諸君! また我々の出番がやってきた。女王陛下のご期待に応え、我々の名をロマリアへも轟かせるため、いざ行かん!」

 例によって勇ましさだけは一人前のギーシュの掛け声に、ギムリやレイナールなどいつもの面々が答える。

 馬に揺られて街道を行くこと数日、期日までに着けばいい気楽な旅を一行はゆっくりと進み、途中の町や村で食道楽などを楽しんだ。

 そうして、のんびりとした道中を過ごし、一行は目的地であるラグドリアン湖下流の港町に到着した。

 

 

「おお、諸君よく来たね。うん、みんな元気そうでなによりだ。待っていたよ」

 うれしそうに出迎えてくれたコルベールの案内で、一行はさっそく東方号と再会を果たした。

「見てくれたまえ! 整備は万全、燃料糧食の積み込みもすんでいる。さらに内部も、以前よりもきれいに作り直してあるよ」

 今回は正式に船長に任命されたというコルベールの、得意満面な笑みの元、彼の傑作である水に浮かぶ鋼鉄の城郭はあった。天高くそびえる前艦橋、陽光を受けて鉄色に輝く勇姿。東方号はサハラで受けた損傷を完全に修復されていた。

 旧・戦艦大和の威容も蘇り、才人はやっぱり何度見ても惚れ惚れするなあと感心する。

 しかも、乗ってみて驚いたのが、内部がこぎれいにされていて、一瞬客船かと錯覚してしまったことだ。どうやら、トリステイン軍は東方号をいずれ対外政策にも使うことを考えて、外国の客を招いたときのことを考えたらしい。大人の事情だが、しかしそれぐらいを飲んでやらなければ、なかばだまして金と手間を出させたのだから報われないだろう。

 それに、今回は目的柄トリステインの重鎮も乗り込むことになるから、廃墟のような箇所が残されているのはかっこうがつかないと思ったのだろう。なお、木製品などは魔法で難燃化されているので万一戦闘になっても火災が広がる心配は少ない。なんにせよ、乗り心地がよくなるのは大歓迎であった。

 けれども、才人ら一行を喜ばせたのは、なにより見知った面々との再会だった。

「来たなひよっこども、腕はなまってないだろうな?」

 開口一番、厳しい言葉で出迎えてくれたのは、アニエス隊長と銃士隊の面々であった。以前に地獄の特訓でしごかれたことのある水精霊騎士隊のメンバーはそれだけで震え上がる。

「ふっふっふ、相変わらず生きだけはいい連中だ。楽しい旅になりそうだな」

「お、お手柔らかに……」

 今度は、前回は一個小隊しか乗り込まなかったが、ほぼ銃士隊全員が乗り込むことになっていた。すでに平民の女性のみで編成されているにも関わらず、赫々たる戦果をあげている彼女たちの勇名は随所に轟いている。今回の、巡礼団の護衛にはトリステインはそれだけ力を入れているということの、一種のアピールがそこにある。

「今回は、私が巡礼団護衛部隊の団長を命じられた。つまりお前たちは私の部下ということだ。存分にこきつかってやるからありがたく思えよ」

「は、はーい……」

 最後のほうはギーシュたちは蚊の羽音のような声になっていた。アニエスや銃士隊の隊員たちも、ここ最近は忙しくてストレスがたまってるだろうから、想像するだけで冷や汗が出る。この事態は想定していなかったと後悔しても後の祭り。

 なお、今回はそれだけにとどまらずに、新規の船員も相当数乗り込むことになった。このおかげで、飛ばすだけでやっとだった前回と違って、東方号は様々な分野で十全に力を発揮できるだろう。主砲以下の兵装の封印は、現在でも解く手段は見つかっていないが、この船を落とすことはさらに難しくなっていた。 

 

 むろん、銃士隊がいるということは、才人にとっては喜ばしくルイズにとっては闘志を燃やす相手との再会も待っていた。

「サ、サイト、あの、えっと。あわわわ」

「あはは、ミシェルさん、お久しぶり」

「あんたねえ、たった一ヶ月ちょいの再会だってのにどれだけ緊張してるのよ」

「き、緊張なんかしてないぞ。別に、楽しみになんてしてなかったんだからな!」

 顔を真っ赤にしてうろたえる彼女に、才人とルイズは苦笑した。ふたりとも、自他共に認める恋愛初心者だが、彼女もなかなか初々しさが抜けない。このあいだまでは、けっこう大人の魅力がついていたと思ったが、しばらく仕事で会えなかったから気持ちがリセットされてしまったようだ。

 しかし、内に秘めた闘志は別だ。ルイズとミシェルは、この旅で相手に決定的な差をつけてやろうと、心中で宣戦布告を交わしていた。

 

 さて、そういった熱い話はともかく、見知った顔との再会はこれだけではなかった。

「あっ、サイトさんにルイズさんだ。お久しぶりです」

「おーう、なんだ不景気な面をしてるわね。わたしたちがいなくて寂しかったかい?」

 礼儀正しくあいさつをしてきたティファニアと、さっそく冗談交じりの軽口をぶつけてくるルクシャナの姿に才人とルイズはほおの筋肉をゆるませた。今、ティファニアはルクシャナの助手としてアカデミーで働きながら、ハルケギニアのことを勉強している。来年度には魔法学院にも入学予定だ。本来なら、それまで会えないはずだったので、早めの再会にうれしさが湧いてくる。

「アカデミーの研究服も板についてきてるな。テファ、アカデミーの暮らしはどうだ? 誰かにいじめられたりしてないか」

「だ、大丈夫です! みなさん、とてもよくしてくれますし。マチルダ姉さんが子供たちを見てくれてますから、安心してお勉強できてます。ねっ、ルクシャナさん」

「まあね。素直だし働き者だし、よく気も利くし、能率は前より何倍も上がったわ。ま、テファに一目ぼれして言い寄ってくる男どもを追っ払うのには苦労してるけどね。この男殺しが、秘密兵器はコレか? このふたつの爆弾か」

「きゃっ! やめてくださいルクシャナさん。わたしはそんなつもりじゃあ……あっ、誤解しないでくださいね! 助手といっても、少しですがお給金が出るので、今では子供たちの養育費のちょっとだけですけど、わたしが稼いでるんですよ」

 それはすごい、と才人とルイズは感心した。こころなしか、以前よりもティファニアの顔も前よりもたくましくなったように見える。外の世界での豊富な経験が、感受性豊かな彼女の成長をおおいに躍進してくれているようだ。男子三日会わざれば活目して見よ、というのは時代遅れで、今は女子のほうもどんどん男子を追い抜いていく。

 彼女たちには、巡礼とは別件の任務が与えられているそうだが、それは今明かしてはくれなかった。

 ただ、前回と違って見なくなった顔もあった。

「ところで、エレオノール姉さまは? 呼ばれてないの」

「ええ、数週間前から、なにか特別な調査の依頼があったってアカデミーを留守にしてるの。詳しいことは知らないけど、優秀な地のメイジが必要なんだとか。名誉なことだわって、喜んでたからいいけど」

「間が悪いわねえ……ま、気楽だからよしとしましょうか」

 正直に言うと、あの厳しい姉がいなくてほっとしていた。ただ厳しいだけでなく、いまだに婿の候補もできない不満がこっちに来るのだから性質が悪い。黙ってれば、ほんと妹から見ても美人なのにもったいない。

 やがてティファニアとルクシャナも、ほかの知り合いとの雑談に移っていき、ふたりはあらためて甲板を見回した。

「いやしかし、ほんと見知った顔ぶればかりだな」

 どの方向に首を動かしても、水精霊騎士隊に銃士隊、ほとんどの名前と顔を知っていた。お偉いさんたちは自室にこもってしまったようで、気を使わなければいけない相手がいないおかげで、才人たちは自分の庭のように歩き回ることができた。

 どこも、以前と変わらないか、前よりも精悍に磨き上げてある。歩くごとに、この船での冒険を昨日のことに思い出すことができ、こみあげてくる懐かしさは、この船が故郷の日本のものであるからか。それとも、これが船乗りが船を愛する理由なのかは才人にはわからない。

 しかし、ひとつだけ言えることは、この東方号であれば、皆といっしょにどこへでも行ける勇気が湧いてくることだ。

 

 

 再び東方号に揃った、かつて世界を救った勇者たち。

 そして、東方号は全乗客の乗船を確かめると、新たな旅の空へと水面を蹴って飛び上がった。

「オストラント号、発進!」

 ラグドリアン湖を後に、進路は南へ。目的地はブリミル教の総本山、ロマリア連合皇国。

 

 

 航海は順調に進み、東方号は巡航速度でゆっくりとトリステインの空を飛ぶ。

 眼下を見下ろせば、トリステインの美しい風景が山のかなたまで続いている。

 空を圧するように飛ぶ巨大戦艦の威容は、地上にも大きな影を投げかけ、轟音に驚いて見上げた農夫や牧童は腰を抜かした。

 けれども、そのマストに翻るトリステインの旗を見ると、中には面白そうに手を振っている者もおり、才人やギーシュたちは答えて舷側から手を振り返した。

 春の日差しに甲板は暖かく照らし出され、ときおり鳥が甲板に舞い降りて翼を休めていく。もっとも、その横を銃士隊に絶賛しごかれ中の水精霊騎士隊がダッシュで駆け抜けていくと、慌てて雲のかなたへ飛び去っていった。

 何事もなく、まるで遊覧飛行のように気楽でのんびりとした船旅。才人たちの関心は親しい人たちとの交流から、ロマリアについてからの自由時間にまですでに飛んで、その度にルイズやアニエスにたしなめられていた。

 

 トリステインの領空を越え、東方号は南下を続ける。その間、何事も起こることはなく、平和な船旅はこのままずっと続くかと思われた。

 

 しかし、ロマリアへ向かうための最後の通過地点といえる火竜山脈に差し掛かったとき、彼らの甘い期待は微塵に打ち砕かれることとなった。

 マグマを吹く山脈を眼下に航行する東方号。その見張り員が叫んだ報告が始まりであった。

「艦橋へ! 左舷十時の方向に、異常な黒煙が見えます」

「なんだって? 火山の噴煙じゃないのか」

「違います。煙は山のふもと付近から出ています。大元は別の山陰に隠れて見えませんが、明らかに火山のものとは違います」

 艦橋に、さっと緊張が走った。

 すぐさま、付近一帯の地図が広げられ、コルベールとアニエスを含む艦橋にいた主要クルーが覗き込んだ。

「東方号の位置がここ……山をひとつ挟んで、鉱山町がひとつありますね。精錬に石炭を燃やしているのではありませんか?」

「いえ、煤煙にしても多すぎます。あの煙の量はもしや……進路変更を主張いたします」

 アニエスにもコルベールの目にもすでに笑みはなかった。新規に乗り込んだクルーたちは、いきなりなんだと困惑しているが、歴戦を潜り抜けた勘のようなものが両名にはあった。その命ずるものは、即断即決。

 コルベールの進路変更要請に、アニエスはうなずいたが、トリステイン政府から派遣されてきた巡礼団の団長の貴族は難色を示した。彼としては、大事を控えて面倒ごとに関わるのは嫌だったのだろうが、巡礼団長と船長と警護団長の三つの責任者のうちふたつが賛成した以上は多数決の論理が働く。

「進路取り舵、巡航速度から第一戦速へ」

「各員、警戒態勢をとれ!」

 ぐぐっと、東方号は船首を左に向けて速度を上げていった。

 同時に、船内には戦闘班員は部署につけの命令が響き渡る。銃士隊は反射的に反応し、水精霊騎士隊もびっくりしながらもおっとり刀で配属場所に駆けつけた。

 なお、その光景を巡礼団の貴族や神官は当然目の当たりにしていたが、いつもの訓練だと思って気にせずに部屋に篭ってしまった。皮肉なものだが、しごきの副産物で混乱は生じなかった。

 

 だが、山をひとつ越えて、黒煙の下に現れた光景は、一同が想像した最悪のものであった。

「なっ! 街が。なんだ、この惨状は」

 地図に記されていた鉱山町は、原型をとどめないほどに破壊され、すべての建物が激しく炎上していた。山を越えて見えたのは、町が燃える煙だったのだ。

「ひどい……まるで戦争の跡だ」

 並の破壊ぶりではなかった。大艦隊から艦砲射撃でも受けたかのような徹底的なまでの破壊ぶりは、舷窓から覗いていた才人たちだけでなく。戦場に慣れているはずのアニエスたちでさえ口を押さえつけるものだった。

「船を下ろせ! 生存者を救出する」

 沈黙する艦橋で、コルベールが真っ先に叫んだ。その独断ともいえる命令に、巡礼団の団長は「我々にはこんなところで時間を無駄にしている猶予はない」と抗議したが、コルベールは普段の温厚さが嘘のような苛烈さで怒鳴り返した。

「あの惨状を目の当たりにして立ち去って、いったいどんな祝福を神に求めろというのですか!」

 その剣幕と、アニエスら銃士隊の冷たい眼差しが巡礼団長の口を封じた。

 船体降下、救助用ボートを降ろす準備をしろと矢継ぎ早に命令が下される。東方号で直接着陸はできないが、コルベールはバラストとして船体に積み込んである水の放水準備を命じた。後は、あの炎の中で何人の人が生き残っているかわからないが、風石付きの浮遊ボートで下りて確かめるしかない。

「頼む、ひとりでも生きていてくれ」

 額に汗を浮かべながら、窓から燃え盛る町を見下ろすコルベールの後姿は悲痛だった。彼のその姿に、アニエスはなぜか奇妙な既視感を覚えたが、それがなぜなのか思い出せる前に事態は傍観を許さない速度で動き出した。

 炎に紅く照らされながら、ゆっくりと降下していく東方号。誰もが注意を下に向けている中で、ひとり己の任務を続けていた見張り員の声が悲鳴のように轟いた。

「か、艦橋! 右舷三時の方向から、なにかが近づいてきます。信じられないスピードです!」

「なに!?」

 とっさにその方向に視線を向ける一同。青い空に一点、黒い沁みのような物体がひとつ、みるみるうちに大きくなっていく。

「いかん! ぶつかるぞ!」

「面舵一杯! 緊急回避」

 ほとんど停止していた重い船体を、東方号はありったけの力で動かした。物体との距離はもうわずか、だめかと思われたその瞬間、艦橋の目と鼻の先をそいつは本当にスレスレで通り過ぎていった。

「なっ! あれは、ドラゴン!?」

「いや、でかすぎる。それに、あんな形のドラゴンなんて見たことがないぞ」

 間一髪、突進をかわした東方号の艦橋に動揺が走った。あのシルエットはまさしくドラゴンだ。しかし、火竜山脈に生息する火竜たちとは明らかに違う。なにより大きさだ。火竜はどうやったって、全長六十メイル近くになるはずがない。

 巨大竜はUターンすると、まっすぐ東方号を目指して迫ってきた。その目が光り、オレンジ色の光線が船体に当たって激しい爆発が起こる。

「うわあっ!」

「落ち着け! こんなものではこの船はビクともせん。くっ! 犯人はあいつだったのか」

 アニエスは艦橋の窓から憎憎しげに、その巨大なドラゴンの姿をした怪獣を睨みつけた。

 怪獣は、光線で東方号に致命傷を与えられなかったとわかると、光線を機関砲のように連射してきた。断続的に爆発が起こり、さしもの東方号も火炎と黒煙に包まれていく。

「まずい、これ以上はいくら東方号の巨体と装甲でも危ないぞ」

「反撃は!?」

「ムリだ。この船の対空兵装では威嚇くらいにしかならないだろう。いくつか新兵器は積んであるが、今は大勢の乗客を乗せているときだ。無茶はできない」

 交戦を考えるアニエスをコルベールがたしなめた。軍人の性として、真っ先に戦うことを考えてしまうのは仕方ないが、相手が怪獣クラスの相手では通常兵器では歯が立たないのは嫌というほど思い知っている。魔法でも、近づかなければ当たりはしない。

 ならば、悔しいが打てる手はひとつしかない。

「転進! 全速で逃げろ」

 コルベールの命令を、操舵士と機関部員は忠実に遂行した。アニエスは歯噛みしたが、今度は船長と巡礼団長も逃げることに賛同しているので、多数決の論理は向こうに傾く。

 燃え盛る町を背に、「すまない」と後ろ髪を引かれる思いで東方号は船首を翻して逃走に入った。水蒸気機関が全力でプロペラを回し、東方号は巨体からは信じられないほどの速度で飛翔をはじめた。

 だが、通常の火竜程度ならば振り切れるほどの速度を出しても、怪獣は少しも遅れずに追尾してきた。

「なんてスピードだ! うわっ!」

 光線の直撃で、東方号がまた激しく揺れた。

 だめだ、とても振り切れたものではない。奴が、この山脈を縄張りにするドラゴンの一種だとしたら、その範囲外まで逃げたら追撃をやめるかと思ったが、その兆候はまったくない。

 彼らは知る由もなかったが、その怪獣・メルバの飛行最大速度はマッハ六の超音速を誇り、イースター島から日本本土までほんの数時間で到達できるほどの能力を持っている。いくら東方号が速かろうと、プロペラでは音速の壁は超えられない。

 このままでは、山脈地帯から出てしまう。コルベールやアニエスは焦り始めた。人口の少ない山脈地帯ならまだしも、町や村の点在するふもとにまで連れてきては不用意に被害を拡大させてしまう。

「航海士! 現地点から、一番人口密度の薄い方面への進路をすぐに策定してください」

「ええっ!? そんなことをしたら、ロマリアへの到着が」

「構いません! 私たちのために大勢の人を巻き添えにすることはできません」

 コルベールの信念は強固だった。東方号は傷ついた船体を傾かせて旋回し、メルバはまっすぐに後を追ってくる。

 光線での攻撃は続き、東方号の被弾損傷は加速度的に増していく。船内では、ギーシュたちが必死になって消火作業に走り回り、銃士隊が戦闘にうろたえる新規クルーたちを叱咤していた。

 

 ピンチに陥った東方号。怪獣メルバの攻撃は続き、平和な旅行は一転して火祭りへと変わった。

 まだ戦うことのできない東方号。戦闘を想定しておらず、非戦闘員を乗せているために反撃に打って出ることもいかないジレンマに悩まされるコルベールたち。かつて、怪獣軍団を相手に獅子奮迅の活躍を演じた勇士たちも、手の届かない場所から一方的に攻撃してくる相手にはどうすることもできなかった。

 嬲るように、甲高い声をあげながら光線で東方号を火に包んでいくメルバ。奴の種族は、こうやって破壊を好きにし、文明を滅亡へと導き、この世界でもそれを再現しようとしていた。

 だが、いくら圧倒的な力があろうとも、それだけで人の心は闇に負けはしない。

「この程度のアクシデントなんか、ちょっとしたサプライズパーティみたいなものだ。水精霊騎士隊、気合入れろぉ!」

「おおぉーっ!」

 力及ばずとも、戦えずとも戦う方法はあることを彼らは前の旅でしっかりと学んでいた。

 火を消し、負傷者を医務室を運び込む。その地味だが重要な仕事を、彼らはしっかりとこなす。できることをやり抜く、それが苦難を乗り切るために必要なことなんだと信じて。

 

 そう、信じること。それが始まりであり、心の中の光を信じる限り、心は決して折れはしない。

「わたしたちはここで戦う。この船は、決して沈ませはしない。だから、お前の力を貸してくれ!」

 愛する者がいる限り、信じる者がいる限り、人は未来の希望に手を届かせるために走り続けられる。

 

 そして、期待に応えるために、光の戦士は今こそ立とうとしていた。

「さて、それじゃあやるかルイズ」

「ええ、この船にちょっかい出したことを後悔させてやりましょう」

 東方号の後甲板に立ち、メルバを恐れることなく強い視線で睨みつける才人とルイズ。

 メルバの光線がふたりを狙い済ませたかのように襲い掛かり、爆発の中でふたりの身は宙に投げ出される。

 しかし、その虚空の中でふたりは手をつなぎ、戦う意思とともに合わせたリングから光を解き放った。

 

「ウルトラ・ターッチ!」

 

 まばゆい光芒が膨れ上がり、天空の暴君がごとく君臨していたメルバを吹き飛ばした。

 光は形を成し、平和の守護神、悪を通さぬ鉄壁の盾、銀色の巨人、ウルトラ兄弟五番目の勇者となって姿を現した。

「ウルトラマンAだぁ!」

 東方号の窓という窓から歓声が轟き、信じた希望が無駄ではなかった喜びを響かせる。

 けれども、体勢を立て直したメルバはエースを敵と見さだえ、凶暴な叫びをあげて向かってくる。

 これは容易な敵ではない。エースは自らの敵を見据え、魂を共有する才人とルイズと共に闘志を燃やした。

〔いくぞ! 用意はいいな、ふたりとも〕

〔おう、もちろんだ〕

〔いつでも、さっさと片付けてロマリアへ行くわよ〕

 ウルトラマンA対超古代竜メルバ、火竜山脈を見下ろす空で、大空中戦の火蓋が切られようとしている。

 

 

 だが、その戦いを、遠くから冷ややかに見守る複数の目があった。

 そのひとつはガリアに。

『ほお、やはり現れたなウルトラマンとやら。さて、あの狂信者どもの言うことがどこまで楽しめるか。まずは前座でお手並み拝見といこう』

 

 もうひとつは、ガリアでもトリステインでもないある国で、壮麗かつ清潔な聖堂の中にいた。

『ふむ、ジョゼフは私の言うとおりに仕組んでくれたようですね。これまでは我々の存在を悟られては面倒ゆえに、直接手を出しはせずに見逃してまいりましたが、我々のこれからの計画にはあなた方は障害になりうることが想像できますからね。ですが、同時にあなた方は利用価値も秘めています。その見極めをさせてもらいましょう。せいぜい、がんばってくださいな』

 

 刹那の平和の期間は終わり、休息の日々は過去に過ぎ去った。

 ハルケギニアの、世界の運命をかけた光と闇のウルトラバトルが今、新しく始まろうとしている。

 

 

 続く


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。