ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第97話  少年時代、少女時代

 第97話

 少年時代、少女時代

 

 古代怪獣 ゴモラ 登場

 

 

「そうか、奇遇だな。おれも、お前とふたりっきりで話したいと思ってたとこなんだ」

 

 戦いが終わって、エルフと人間たちが宴をかわす賑わいを離れ、才人とルイズはふたりだけでワイングラスを傾けていた。

 

「とりあえず乾杯しましょ、パーティの席からいただいてきたわ。エルフの酒で銘柄はわからないけど、どうせあんたに酒の味の良し悪しなんてわからないでしょ」

「人をバカ舌みたいに言うな。ったく、おれの世界じゃほんとは二十歳未満はお酒は飲めないんだぞ。アル中で地球に帰ったら母ちゃんになんて言われることやら」

 

 愚痴りながらも、ルイズの注いでくれる酒をグラスで才人は受けた。それからボトルを受け取ると、今度はルイズのグラスに白ワインに似た名も知らない酒を注いでやった。

 

「じゃあ乾杯ね」

「何に?」

「そうね、こういうときは始祖ブリミルとか女王陛下にとかいろいろあるけど……それじゃ、勝利にってのはどう?」

「殺伐としてないか? おれたちは戦争やってんじゃないんだ。それに、勝利ってんなら一番こだわってんのはヤプールだろ」

 

 才人の突っ込みに、ルイズはむすっとしながらもなるほどと思った。勝利、それ自体は大事だが、勝つことだけに執着するとヤプールのように執念と怨念の化け物になってしまう。なら、ほかになにが……ヤプールになくて、自分たちにある大事なもの。ルイズは考えた末に、最近好きになったひとつの言葉を口にした。

 

「なら、”希望”に乾杯なんてのはどう?」

「大賛成だ。それじゃ、おれたちが信じ続けた希望に」

「信じられないような奇跡を見せてくれた希望に」

 

 ふたりは微笑み合うと、グラスを軽いガラスの音を立てて鳴らして掲げた。

 

「乾杯っ!」

 

 ぐっと、才人とルイズはグラスの中身を飲み干した。冷たいけど熱い液体が舌を焼いて喉をくぐりぬけ、胃の中から一瞬で全身をポカポカと暖めてくれる。

「くーーーっ! こりゃ、けっこうきついな」

「く、くるわね、けっこう。さ、さすがエルフは酒の味も進んでるってことかしら」

 エルフの酒は、いつも飲んでいる度数軽めのワインと違って相当アルコールがきつかった。才人は正月の宴会の席で酔っ払った父から飲まされた焼酎の、ルイズはいつも父がひとりで飲んでいた秘蔵の六一八十年産のワインを盗み飲みしたときのことを思い出し、これが大人の味かと妙な感心を覚えたりした。

「こりゃ、水割りにしたほうがよさそうだ。おれたちにはきつすぎるぜ」

「そ、そうね……五倍くらいなら……うん、これならおいしいわ!」

 てんやわんやの末、ようやくふたりはまともに飲めるようになった酒をあらためて酌み交わした。度数の落とされた酒は、元になった果実のほのかな香りが口内に満ちてきて、トリステインのワインとはまた違った美味を与えてくれた。

 ワイングラスの中に透き通った液体がたゆとい、少しずつ口に運ぶと不思議な心地よさが満ちてくる。

「うまい。こっちに来てよかったと思えることのひとつは、日本よりちょっとだけ早く大人を先取りできることかな」

 向こうだったら不良学生として御用だけども、日本の法律はこっちには通用しないと才人は冗談めかして言った。けれども、軽い気持ちで言ったその言葉に、ルイズは視線をグラスの水面に向けたままでつぶやくように言った。

「ねえサイト……あんた、やっぱり故郷に……チキュウのニッポンに帰りたいと思ってる?」

「なんだよやぶから棒に……ああ、そうか。悪りい、そういうつもりじゃなかったんだが……そりゃ、父さんも母さんも心配してるだろうし、帰らなきゃと思ってる。GUYSに正式に入隊して、地球とこっちを守れるように強くなりたいとも思ってる」

「そうよね、ごめん。わかりきってることを聞いちゃったりして……わたしだって、まだたった数日なのに、もうトリステインに戻りたいって思い始めてる。けど、あんたはずっとその気持ちを押し殺してやってきたんだよね」

 才人は片手で髪の毛をかくと、ばつが悪そうに言った。

「あのなあ、そのことにはずっと前に決着出したはずだろ。おれは今、ここに自分の考えでいるんだ。それに、不満なんてなら一年三百六十五日……いや、こっちじゃちょっと違うんだっけか? ともかく不満なんて年がら年中どっかでくすぶってるさ。我慢するなり忘れるなり、その程度の解消ができないほど、もうガキじゃねえつもりだよ」

 言ってみて才人は、これはちょっと自己を過大評価だったかなと苦笑した。けど、ルイズの八つ当たりに我慢できるようになれたりと、昔よりは我慢強くなれているとは思う。うん。

 ルイズは、才人の背伸びしているような発言に、内心でこのバカと笑ったものの、その気遣いにうれしくも思った。

「そうね、聞いたわたしが野暮だったわ。だったら、代わりにご苦労様と言っておきましょうか。お互い、今回はよく頑張ったわね」

「ああ、お疲れ様。いろいろ回り道もしたけど、これで姫さまからの依頼は完了だな。帰るころには向こうでのことも一段落してるだろうし、久しぶりに学院に帰れるかな」

「学院かあ……そういえば、いろいろあってしばらく戻ってないわねえ。コルベール先生の珍妙な授業も、なんだか懐かしく感じるから不思議ね。わたしの部屋、ほこりまみれになってないかしら……サイト、掃除に手を抜いたら許さないわよ」

「あいあい、どーせわたしは専業主夫ですよっと。三食昼寝つきの居候生活、それくらいは働かせてもらわないとねえ」

 キュッキュッと、片手で雑巾がけをするしぐさをした才人を、ルイズは楽しそうに見て笑った。

 ほんとうに、こんなにのんびりと語り明かすなんていつぶりだろう。エルフの国に行くなんて、とんでもない事態になってから今日まで、ひたすら前に進んできて、立ち止まって気を抜く暇なんてなかった。

 平和って、ほんとうに大切なんだなと、ふたりはグラスの中身を少し飲んで、幸福感を高めて息をついた。けれど才人は、グラスの中身を揺らして、まだ酔いがまわっていないことを確認すると、なかば独り言のようにルイズに言った。

 

「なあルイズ、戦いが始まる前に……お前に、あとで聞いてもらいたいことがあるって言ったの覚えてるか?」

「……もちろん。あんたの話って、やっぱりそのことだったのね。もったいぶらずにさっさと言いなさいよ。酒は口を饒舌にするけど、機会を逃せば心にもないことをしゃべるようになるわよ」

 

 ルイズは、唇を濡らすだけグラスに口をつけると、そのまま才人を見つめた。彼女の目は、おそらくこれから才人が言いにくいことを話そうとしているのだなと見抜いていた。伊達に付き合いが長いわけではない。いらないことでもよくしゃべる才人が、こうしてもったいつけるときは十中八九深刻な話のときだ。

 才人は、話すべきかをまだ悩んでいたようだが、ルイズに視線でうながされると口を開いた。

「なあルイズ……その、怒らないで答えてほしいんだけどさ。まだ、おれのこと……好きか?」

「はぁ!? な、なによ藪から棒に! う、そりゃあ……前にも言ったじゃない。あのときから変わってないわ。す……好きよ」

 ルイズはそっぽを向いて、すねるように言った。以前に恋人宣言をきっちり出したとはいっても、やっぱりそういうことを口に出して言うのは恥ずかしかった。

 それは才人も同じだったようで、すぐにほっとした様子で胸をなでおろした。

「は、ふぅ……よ、よかった」

「なにがよかったよ。まさか、そんなことを尋ねたかっただけなんてことはないよね。さっさと本題に入りなさいよ!」

 じろりととび色の瞳で睨みつけてくるルイズに、才人はほんとこいつは鋭いなと観念した。

「ごめん。そのことなんだけどさ……と、その前にルイズにだけ言わせるのはフェアじゃねえよな。おれもルイズが好きだ! うん、これですっきりしたぜ」

「野外でなに恥ずかしいこと叫んでるのよ! こっちが恥ずかしいでしょ、このバカ!」

「あいてっ!」

 腹を立てたルイズのげんこを食らって、才人はちょっと調子に乗っていたことを反省しつつ頭をかいた。

「またごめん、どうしておれってこう、よかれと思ったことが裏目に出っかな……反省はしてるつもりなんだが」

「しょうがないわね。でもまあ、それがあんたという人間なんでしょ? どんだけ体を鍛えて、勉強しても変わらないヒラガサイトの本質なんでしょ?」

 そう言って指差したルイズに、才人はこいつは今じゃおれのことをおれよりもわかってるんじゃないかと思った。思えば、けんかしたりしながらも、いつでもルイズはおれのことを見ていた。それは、メイジと使い魔という関係が切れても少しも変わることなく今日まで続いてきた。

 でも、だからこそ才人はこれからのことを話しづらい。けれど、そんな才人の迷いを見透かしたのか、ルイズは鋭い目つきになって才人に言った。

「さあて、前置きは今度こそ本当にいいでしょう? 言いたいことがあるならはっきり言いなさい。今度引き伸ばそうとしたら、その口ごと吹っ飛ばすわよ」

 杖の先を才人に向けたルイズの目は本気だった。才人は、やっぱりこいつは厳しいな、ちっとも甘えさせてくれやしないと心の中で苦笑いすると、今度こそ覚悟を決めた。

 

 

「じゃあ言うぞ。おれ……お前以外の人を好きになっちゃったかもしれねえ!」

 

 

 一世一代、才人は思い切って告白とは真逆のかたちで告白した。しかし、それに対するルイズの返事は。

 

「へー……」

 

 という、投げやり極まりない一言だったので、真剣に言ったつもりであった才人は気が抜けてしまった。

「お、お前、へーってなんだよ、へーって! こっちは爆殺されるの覚悟で言ったんだぞ」

「あのね、だからあんたはアホだっていうのよ。わたしが今までどんだけあんたを見てきたかわかってんの? キュルケにはじまって今日この日まで、あんたと関わってきた女の子だけでも何人いると思うの。そのどれにも気をとられずに、わたしだけをあんたが見続けているなんて無条件に思うほど、わたしはお花畑じゃないつもり。人をなめるのもたいがいにしなさいよ」

「う……ごめん」

 ルイズが意外にも冷静だったので、本当に言った瞬間にエクスプロージョンで消し炭にされるのを覚悟していた才人は完全にルイズに頭を押さえられてしまった。が、それにしても解せないと思っていたら、ルイズのほうから才人の頭の中を先取りしてきた。

「なんで平気な顔してるんだって顔してるわね。バーカ、わたしがどれだけあんたの隣にいたのか、もう少し自覚しなさい。少なくともわたしは、ギーシュみたいに誰彼かまわず『好き』をふりまくような軽薄な男を好きになったつもりはないわ。だったら、あんたがそれほどまでに悩むようになるほどあんたの近くにいて、かつあんたの心を動かすほどあんたのことを好きになる人……そんなの、ひとりしかいないじゃないの」

「……」

 グゥの音も出ないとは、まさにこのことであった。同時に、穴があったら入りたいとも心底思う。知らぬは本人ばかりなり、心中に隠してきたつもりであったが、ルイズはとっくの昔にお見通しであったとは、とんだ間抜け野郎だ。才人はこのときほど自分を小さく感じたことはなかった。

「ごめん……」

「バカ、謝る場面じゃないでしょ。それよりも、あんたも本気でこの場で問題を解決したいなら、その好きな人の名前、それをわたしに伝えなさいよ。どうするも、こうするも、それからじゃないと始まらないわ」

 正論だった。まったくどこまでいっても、これ以上ないくらいに正論なのに、才人は自分の器の小ささを自覚するしかなかった。けれども、ルイズに軽蔑されるのだけはどうしても避けたい。それに、ここで引き下がったら、そちらの相手にも失礼だと、才人はずっと自分の胸のうちで隠していた名前を口にした。

「ミシェル……さん」

「やっぱりね」

「……いつから気づいてた?」

 才人が尋ねると、ルイズは少し遠い目をしてから答えた。

「けっこう前からよ。邪魔してやろうかと思ったことも何度かあるわ。でも、止められるわけないじゃない。絶望のどん底で、あんたにだけは「助けて」って手を伸ばしながら泣いてる人を蹴落とすような真似、わたしにできるわけないでしょ」

「悪い、おれはお前にそんな気を使わせてることさえ気づかなかった……」

「バカ、それこそ謝る必要なんかないわ。あんたが彼女の境遇を知って、黙って見ていられないことくらい先刻承知。それに、女の子の涙をぬぐえないようなだらしない男は、このわたしにはふさわしくないからね!」

 フフンと胸をはって言ったルイズの言外には、「だからわたしがサイトのことを嫌いになんてなってないわよ」と、才人へのメッセージが込められていた。しかし、それはそのまま才人に自分のちっぽけさを思い知らせることにもなって、彼は自嘲げに足元にあった石を蹴飛ばした。

「情けねえな、おれって。やっぱりおれなんて……いててっ!」

「はいはい、自己嫌悪タイムはストップ。あんたがうだうだ悩んでもいいことなんてないんだから、自分のバカさだけ理解してればいいの」

「みっ、耳はやめろっ! ってー……ほんと、容赦ってもんを知らないなお前は」

「あんたがあさっての方向に思考をずらすからいけないのよ。そんなことよりも、あんたが話すべきことはほかにあるでしょうに。ほら、聞いてあげるからさっさと続きを言う」

 容赦もなければ気も短かった。才人は、当初の予定と大幅に違うルイズの反応に困惑しつつも、話を続けた。

「最初はさ、姉さんができたみたいな感覚だったんだよ。前にも言ったかもしれないけど、おれは一人っ子だから兄貴や姉貴に昔っからあこがれてたんだ。ほら、アニエスさんや銃士隊のみんなもだけど、けっこう面倒見がいい人ばっかりじゃん」

「それはあんたが、ほっておいたらすぐに戦死しそうなくらい危なっかしいからじゃないの?」

「ははは、手厳しいことで……けど、そのころは特別な感情はなかったんだ。意識し始めるようになったのはアルビオンのときかな。ミシェルさんの過去を聞いて、もう居ても立ってもいられなくなって、あとのことはお前も見てのとおりさ。でも、そのときはまだ単純に”助けてあげたい”って気持ちのほうが強かった……本気で、気持ちに気づき始めたのは……」

「あの、雨の日」

 ご名答、と、才人はもはや苦笑するしかなかった。まったく、お見通しもいいところだ。そりゃああのとき、ルイズもいっしょにいたのだけれども、そこまで見抜かれるほど観察されていたとは、まるで自分はお釈迦様の手のひらの孫悟空だ。ルイズの洞察力と記憶力のよさを、正直見くびっていた。

 いや、そんなことは副次的なことで、ルイズはずっと自分のことを見続けてくれていただけのことなのだろう。だから、そんなルイズの気持ちに背を向けてしまうような、今の自分がとてつもなく腹立たしくて、かつわびしいのだ。

「あの日、リッシュモンとかいう悪党をやっつけに行く前、ミシェルさんはおれを尋ねてきてくれた。そこで、おれは初めてあの人がおれのことを心から頼ってきてくれたのを知った。間抜けな話さ、おれはおれのできることをひたすらやってきたけど、それで周りのみんながどう思うかなんて、ろくに考えちゃいなかった」

「……」

「でも、そのときのおれには、あの人の気持ちに応えてあげられる方法がなかった。だから、飛び出した……世界で誰よりも、おれなんかを信じてくれた。その気持ちだけは裏切ることは、できなかったから」

 才人の心に、あの雨の日の記憶が蘇ってきた。小さな小屋の中にふたりっきりで、誰にも言えないふたりだけの秘密の時。体の傷も、心の傷もさらけだして、子供のように泣いたミシェルの体の冷たさはよく覚えている。

「うぬぼれた言い方をしたら、この人はおれが守ってあげなきゃいけないって、そう思ったんだ」

「へー、じゃあわたしは?」

「お前が男に守ってもらうようなタマか?」

 今度は才人が辛辣になる番だった。もちろん返答はやたらと痛い蹴り一発だったのだが、口で言い返すのがまったくないところを見ると、ルイズのほうもけっこう自覚はしていたようだ。

「ったく、あんたはあんたでわたしのことよく見てるわね。で! 続きを言いなさいよ」

「いててて、お前な、そういうところが問題だって言ってんのに。わかったよ! ……その後は、トリスタニアでの戦いだったな。あのときはひたすら、頭の中は「なんとかしなきゃ」って思いでいっぱいだったよ。後のことなんか、一切考えちゃいなかったな」

「後先考えないのはいつものことでしょうが」

「返す言葉もねえよ。でも、あのときはお前もなにも言わずに力を貸してくれたよな……本当に、ありがたく思ってる」

「人の命より大事なものはない。それがあんたの持論でしょ……わたしだって、目の前で人が死なれていい気はしないわよ。ちょっと我慢することで誰かの泣き顔を笑顔にできるなら、それを選ばない手がどこにあるの」

 ルイズはそこまで言うと、残ったグラスの中身のうちの半分を喉に流し込んだ。顔の赤さは照れくささか、酒精ゆえか。才人は、ルイズの男勝りでわがままな顔の裏に隠れたぶっきらぼうだが深い優しさを感じた。この優しさがあったからこそ、おれはこの異世界で今日まで笑顔でやってこれた。何回ケンカして、何回嫌になってもルイズのことを嫌いにだけはならなかった。

「あとはお前もいっしょに見たから知ってるよな。姫さまの”粋”なはからいがあって、おれにふたりの姉さんができた。そのへんはあたふたしすぎて、記憶があいまいなところもあるんだけど……正直に言うとうれしかった。名前だけだとしても、家族ってものがあんなに安心できるもんなのかって、思ったよ」

 ルイズは答えなかったが、なんとなくわかった。家族がいるという安心感は、離れてみてはじめてよくわかる。自分も、魔法学院に慣れないうちは帰りたくてしかたがなく、寂しくて泣き疲れるまで眠れない日を送ったものだ。けれど、だからこそルイズは才人が気づかないところまで気づいていた。家族というものを取り戻せて、一番うれしかったのは誰なのかを。

「その後は……いろいろあってしばらく会えなかったけど、ラ・ロシェールで久しぶりに会ったときはうれしかった。それからかな、なんでもなくとも意識し始めるようになってきたのは」

「そう……なるほどね」

 ルイズはそこまでで、もういいわというふうに手を振った。

 実際、これ以上を聞かされるのはのろけ話に近いからごめんこうむりたかった。特にデートのところなどは冗談ではなく胃袋に光速で穴が空く自信がある。が、そういうところにまで気が回らないのが才人の才人たるゆえんであろうか……

 才人は実際のところビクビクしていた。彼もこんな話をルイズにして、何事もなく終わると考えるほど愚鈍ではない。むしろ、いつ火山に火が入るかと戦々恐々としていた。詰まる所なく話し続けたのはひとえに、彼の正直さと単純な性格によるところが大きい。

「あの、ルイズ……ほんとに、怒ってない……のですか?」

「怒ってないわよ。このくらいで怒って縁を切るようなら、ギーシュとモンモランシーは何百回離婚すればいいか数えられないじゃないの。もし怒るとしたら、話の中につまらない脚色を入れてごまかそうとした場合だけど、最後まで正直に話したから文句はないわ。今はそれでじゅうぶんよ」

 すると、才人はほっとしたように続けた。

「そうか……でも、おれは最近自分のことがわからなくなってきてるんだ。なんていうか……頭の中がグラグラして、なにが正しいのか正しくないのか……」

「なんだ、普通に正常じゃないのよ」

「えっ?」

 自信無げな才人の弱音を一蹴したルイズの一言、それは才人の意表を確かについてきた。

「自分の道を見失うなんて、人間当たり前のことよ。わたしなんて、何度魔法をあきらめようと思ったことか覚えてないわ。とりあえず聞いておくけど、あんたはわたしのことが嫌いになった? わたしといても、ドキドキもワクワクもしない?」

「いっいや、そんなことはない!」

 才人の一瞬で赤面した顔がなによりの証拠であった。

「ありがと、わたしもサイトのこと、好きよ。でもね、わたしも最近ようやくわかりはじめてきたことなんだけど、人間の心ってとんでもなくめんどうな作りになってるの……今、あんたの中ではわたしへの好きとは別に、もうひとつの好きが生まれてる。それがせめぎあってあんたは苦しんでるのね」

「ルイズ、お前どうしてそんなことを……?」

「わたしも昔のわたしじゃないってことよ。あんただって、わたしがほかの男に心をひかれることがあったとしても、別にわたしを憎んだりはしないでしょ。例えよ、例え……そりゃね、あんたが色香に惑わされてデレデレと浮気に走れば生きて朝日を拝めなくしてやるけど、あんたがこれほど葛藤するほど本気なら、力づくじゃどうにもならない。なによりも、わたしへの想いが変わってないなら、問題ないわ」

 ルイズの穏やかな言葉に、才人はルイズもずいぶん変わったんだなと思った。ただの嫉妬深い怒りんぼうから、どこか達観したような、大人びた感じが漂っていた。

 けれど、やはり才人は罪悪感がぬぐえない。ルイズがこれほど大きくなっているのに、劣化しているような自分が許せなかった。

「おれは、最低だな。お前には、絶交されることもあると思ってたのに」

「ええ、最低ね。けど、どうしてわたしがいつもみたいにキレないのか、本当の理由がわからない?」

「ごめん……」

「ふぅ、昔キュルケに『男に女心を理解してもらおうなんて、レディは最初からそんな無駄なことはしないものよ』なんて言われたけどそのとおりね。教えてあげる、それはあんたが正直にわたしに相談に来たからよ。もしもあんたが隠れてわたしとあの女の両方と付き合うようなことがあれば、半殺しにした上で絶交してたわ。けど、あんたは大バカ極まりないことに浮気を報告に来た。それは、あんたの真剣さの証」

 誠実さが命を救ったと、ルイズは言っていた。やり方を大いに迷っても、ルイズを裏切れなかった思いの強さが、一見愚行に見える告白をさせて、結果危うかった絆をつないだ。

「サイト、これだけは聞かせなさい。あんたにとってわたしは何? あの女はあんたにとってどんな存在?」

 ルイズの目は、その答えによってこれからのふたりの関係そのものも大きく変わるかもしれないということを表していた。下手な答えは絶対にできない。才人は考えたが、結局は自分の正直な気持ちを話した。

 

「おれにとって……ルイズは『いっしょに歩んでいきたい人』。ミシェルさんは『そばにいて守ってあげたい人』かな」

「ふっ、見事に両極端になったわね。そーね、わたしは守るに値なんかしないわよねえ。どうも強い女で悪かったわね」

「い、いやその」

 じろりと睨んできたルイズに、才人は冷や汗を流してあたふたした。けれど、そんな才人にルイズは表情を緩めて言った。

「わかってるわよ。ギーシュみたいにかっこつけて、『ふたりとも同じくらい愛してるんだ』とか言わなかっただけマシ。あんたに愛人なんて百万年早いわ……そうね。サイト、前にわたしたちは恋人になったって宣言したわよね。でもね……恋っていうのはしょせん誰に対してもできるわ。わたしたちは、まだ互いに相手を深く理解するほど”愛”しあえてはいなかったってことでしょう」

「お、おい! おれはお前のことをそんな簡単には」

「知った風な口を利かないの。わたしたちの歳で、愛だの恋だのを全部知ったつもりになってるほうがおこがましいと思わない? 素直に認めましょうよ。わたしたちは一応互いに両思いになれたつもりだったけど、それは子供の恋愛ごっこのレベルでしかなかったってことを」

「ルイズ……そうかもしれねえな。でも、信じてくれよ、おれはルイズのことをいいかげんに考えたことなんてねえからな!」

 それは才人の魂の叫びだった。ルイズに対しての思いに嘘偽りなんてひとかけらもない。でなければ、かつてのグリッターの奇跡も嘘になってしまう。

 ルイズは、もちろんそんなことはわかっているわよと、優しく微笑んだ。

「そうね。あんたのそのまっすぐさ、それに混じり物があったなんて思わないわ。その強い想いが奇跡を起こしたのは間違いないけど、それは同時に未熟で幼稚でもあったってこと。もういいかしら……サイト、しばらくひとりにしてちょうだい」

「えっ」

「勘違いしないで、わたしも自分で自分を見つめてみる時間がほしいってことよ。それに、あんたは自分の気持ちをわたしに隠し続けてるのが後ろめたくて話したんでしょ。なら大丈夫、決めたのよ、なにがあろうとあんたを信じぬこうって。だからあんたも、わたしに気を使って守るべきものを守るのに躊躇するなんてことはやめなさい。弱っちくてバカですけべで、けど天下一のお人よし……わたしが好きになったヒラガサイトはそんな男なんだから!」

「ルイズ……ありがとう! おれもお前のこと大好きだ」

「っ! と、とーぜんのことじゃない。さ、さっさと遊んできなさいよ。明日から、そんな暇ないんだからね」

「ああ、じゃあまた後でな!」

 なにかが吹っ切れた感じの才人は、瓦礫のあいだを走っていった。ルイズはその背中をじっと見つめていたが、突然呼び止めると、才人に向かって叫んだ。

 

「サイト! 今日のことのわたしの答えは保留にしておくわ。ただし、ひとつだけよーく覚えておきなさい。あんたは、わたしとあの女のどちらかを選ぶつもりかもしれないけど、頭に乗るんじゃないわよ。むしろわたしと彼女が、どっちにあんたを譲るかで争うの! 景品はせいぜい、両方から愛想をつかされないよう気をつけなさい!」

 

 なんともルイズらしい、視点を豪快にひっくりかえした宣戦布告の言葉に才人はぶるっと身を震わせた。

 やっぱり、ルイズにはかなわない。とてもじゃないが、天秤なんぞにかけて計れるような器じゃなかった。

 才人は、迷ったけどルイズに打ち明けてよかったと思った。ルイズも今では、人間として昔とは比べ物にならないほど大きくなっている。恋人であると同時に最高のパートナー、走りながら才人は胸を熱くしていた。

 

 そしてルイズは、才人が見えなくなるまで見送ると、そばにある大きな瓦礫の山に向かって話しかけた。

「さて、そこにいるんでしょ。そろそろ出てきなさいよ」

「……驚いたな。気配はだいたい消していたつもりだったんだが」

 瓦礫の影から、短く刈り上げた青い色の髪の女性が現れた。

「覗き見とはいい趣味をしてるわね。あなたもサイトが目当て? あいつなら悪いけど行っちゃったわよ」

「人聞きの悪いことを言うな。サイトと話したかったのは当たりだが、取り込み中らしかったからやめたのさ。空気を読んだぶんだけ感謝されてもいいと思うんだが……なぜわたしが隠れているのに気づいた? サイトはまったく気づいてなかったのに……?」

 ミシェルが、ほぼ素人のルイズがなぜプロの自分が隠れていたのに気づいたのかと問うと、ルイズはふっと息をついて答えた。

「匂いよ、さっきから風に乗ってかすかだけど香水の匂いが漂ってきてた。香水なんかに興味のない才人は覚えてないでしょうけど、あんたの部下にその種類の香水を使ってる人がいたのを思い出してね」

「なるほど、さっきサイトとふたりで会うなら身なりを整えて行けと、部下たちに無理矢理髪を切らされたときにつけられたんだな。わたしとしたことがうかつだった。まったくうちの連中は善意でろくなことをせん」

 苦笑して、ミシェルは短くきれいに整えられた髪の毛を軽くいじった。月の光が青い髪の色に反射して、なんともいえない幻想的な輝きを放つ。ルイズの桃色の髪に映える赤い月と、ミシェルを輝かせる青い月……その二色の輝きの中に立つふたりの美少女の姿は、誰かが見たなら月の女神がふたり揃ったかのように思ったことだろう。

「どこあたりから聞いてたの?」

「最初からだ」

「そう、なら話は早いわ。そういえば、あなたとはまだふたりだけで話し合ったことはなかったわね。ちょうどいい機会かしら。とりあえず、飲む?」

「遠慮はしないよ」

 才人が残していったグラスを差し出すといろいろと問題なので、ルイズはボトルごと酒をミシェルに手渡した。そのまま、ルイズのグラスに残っていた半分をつぐと、ボトルの口とグラスを合わせて乾杯をし、ふたりいっしょに口をつけた。

「ふぅ、うまいな」

「これを割らずに飲めるとは、さすが大人は違うものね」

「大人か、その言葉をあまり自覚したことはないな。わたしの時間は十年前に止まって、動き出したのはごく最近さ。わたしの人生の半分は空白で、体だけは大きくなったが大人になったと思うようなことはなにもしていない。かといって子供のままでもありはしない。中途半端な存在だよ」

 独白して、空になったボトルをもてあそぶミシェルの横顔はどこか寂しそうだった。ルイズには、身寄りもなくひとりぼっちでさすらい暮らしたり、自由を奪われて鞭の下で生き続けることを強いられる苦しさはわからない。けれど、軽く想像するだけでも身の毛もよだつような絶望と、そこに手を差し伸べてくれた才人への強い思いは理解できた。

「あなたが大人でないなら、いったい大人ってどういうものなのかしらね……?」

「さあな、成人すれば大人とか、そんな簡単なものじゃないと思うが……しかし、子供はいつか大人になっている。その境界がどこなのか、それがわかったときがそうなんじゃないかな」

「だったら、わたしたちはまだ子供ね。酒の味はわかっても、それは外面だけの話だし。恋はできても愛することの意味はわからない」

 空になったワイングラスの内側に、自嘲するルイズの顔が映って揺れていた。ミシェルも答えず、じっと目を伏せて手だけを動かしている。

 恋と愛、その違いはなんなのだろうかとふたりは思う。わたしは才人に恋をした……けれど、それはいったいどういう意味を持つのか。辞書を引けば、単語としてふたつの文字の意味は載っている。しかしそんなお題目としてではなく、人生の意味として知りたい。

 

 ルイズは思う……サイトは、わたしが魔法で召喚した使い魔だった。だが才人は使い魔という枠から飛び出して、わたしがどんなときにもいっしょにいてくれた。また、時にはひとりで飛び出して、貴族という枠に挟まっていたわたしに見たこともない世界と生き様を見せてくれた。そして、いつの日かわたしはサイトがいっしょにいることが、たまらなくうれしくなっていた。

 

 ミシェルも思う……地獄そのものだった人生。薄汚れて、救いがたい悪党に身を落とし、もはや死ぬことでしか救いを願えない闇の中で、冷え切った手を握って引き上げてくれた暖かい手。この世界に、温もりと優しさがあることを思い出させてくれた。いままで見てきたどんな大人とも違う、欲のない無邪気な笑顔と、不条理に立ち向かう強さを持った彼……彼のことを思うだけで、胸が張り裂けそうなくらい痛くなる。

 

 けれどふたりは、同時に自分が才人に強く依存してしまっていることも自覚しはじめていた。

「サイトはこれまで、多くのものをわたしにくれた。あいつにそのつもりはなくても、わたしはあいつのおかげで変わることができた。なのにわたしは、あいつに頼るばかりで、あいつのためになにかしてやれたのかしら」

「わたしだってそうさ。サイトに助けてもらわなかったら、わたしなんて生きてる価値すらなかった。なのにわたしは、サイトに受けた恩のひとかけらさえ返せてない……こんなわたしに、あいつを好きになる資格なんてあるのか……」

 才人が聞いたら、過大評価もはなはだしいと怒り出すような持ち上げようであるが、ルイズとミシェルは本気であった。つまりは、人を好きになるということは、それだけその人に自分がふさわしいのかどうかということを気にするようになるということなのである。

 ただ単純に、惚れたからその人のためになにかしたい。その人に自分のすべてを捧げたいと願うのも、それはそれで愛だ。しかしそれは盲目の愛、相手に自分を押し付ける愛で、極論すれば自分の欲を満たすための愛だ。それは無償のように見えて、実のところは自己のための未熟で危険な愛なのである。

 本当に人のための愛とは、相手のために自分の思いを殺して捧げる。好きだという想いを相手に押し付けて、その対価を相手に求めたり、一方的に送りつけて自己満足するのではなく、自分が傷つくことを承知で相手に想いだけを届ける。その上で、相手が想いを送り返してくれた場合にはじめてふたりの想いを重ねて幸せになる。

 愛とは、自分と相手、両方ともが幸せになれてこそはじめて価値がある。一方だけしか幸せになれない愛など、そんなものはまやかしでしかない。

 だからこそ、ミシェルはルイズにひとつの問いかけをして、ルイズは平常心のままでそれに答えた。

「なあ、ミス・ヴァリエール。わたしのことを憎むか……わたしがいなければ、お前はサイトを独占できたのに」

「バカ、あんたもそういうことを言うのね。確かにあんたが出てきたことで、サイトの気持ちが揺らいでるのは事実よ。でもね、あんたがいなければわたしはサイトを独り占めしてハッピーエンド、なんて考えるほど楽天家じゃないわ。ヴァリエールのご先祖様たちは、ツェルプストーに男を取られまくってさんざん恨みつらみを書き残してるけど、そんな後ろ向きな考え方じゃあ愛想もつかされて当然だってようやくわかってきたわ」

「ほお、それはどういうふうにかな?」

「結局、どのご先祖さまも男を自分のものにしたいと願うばかりで、本当に相手のことを思ってなんかいなかったってこと。そんな失敗談を延々と何百年も……子は親に嫌なところばっかり似るってほんとよね。まあそんなわけだから、自分の魅力不足をライバルに責任転嫁しても無駄だってことよ……ま、色香で迫ればあのアホのことだからデレデレするでしょうから張り倒してやるけど、あんたはそんな姑息な手は使わないでしょう」

「強いて言えば、使う必要がないからともいえるがな。互いに、ほしいのはサイトの心だからか……確かにそれなら、誰がライバルになろうと、結局は自分自身の問題だからな。しかし、世の女のほとんどはそうは思わんだろうな。わたしたちは、けっこうな変わり者かもしれん」

 ミシェルが苦笑しながら言うと、ルイズも笑いながらうなづいた。

「確かにね。あと、一応言っとくと、先に惚れたからわたしのほうがサイトを好きになる権利があるなんて、しょうもないことは考えてないわよ。そんなルール、魅力に自信のないやつの言い訳でしかないもの」

「立派だな。しかし、無理はしてないだろうな?」

「誰が? 正論を他人に押し付けて、自分は詭弁に逃げることのほうがよほど虫唾が走るわよ……はぁ、それにしてもわたしたちも難儀な男を好きになっちゃったものねえ。あいつのバカが移っちゃったかしら」

「かもしれん。が、わたしは今とても幸せな気持ちだよ」

「ええ、人を好きになることに罪なんてないはず。それだけは真実だと断言できるわ……けど、いつまでも恋するだけの子供のままじゃいられない」

「そう、子供はいつか大人にならなければいけないものだ……わたしたちも、それにサイトもそうやって悩んでいる。あいつは優しすぎるから、わたしたちのどちらも傷つけたくないと思ってるんだろうな。でも、それはたぶん無理なことだ」

 ミシェルが言うと、ルイズもこくりとうなづいた。

「人間、どこかで痛みを味わわなければ前へ進めないことがある。お母さまの受け売りだけど、人間って不便にできてるものね。あんなふうに、のんびりと生きれればどんなにいいでしょうかね……」

 ルイズの指差した先には、瓦礫の中にごろ寝して高いびきをかいているゴモラの姿があった。

 

 リドリアスら怪獣たちが去っていった後も、ゴモラだけは寝たままで動かなかった。当初は、起こしてどかそうかと意見もあったが、うかつに怒らせて暴れさせては大変だとはばかられた。それに、まるで昼寝する子供か、日光浴する年寄りのように、あまりにも気持ちよさそうなゴモラに、エルフたちも警戒心が緩んでしまった。それに、ゴモラには周辺の精霊たちも穏やかな気で覆っていた。精霊が許すのなら、それ以上はない。

 この夜になっても、ゴモラはときおり寝返りを打つ程度でちっとも起きる様子がない。基本的にゴモラザウルスはおとなしい性質の恐竜で、ジョンスン島に現れた初代ゴモラも地上に出てきてからはほとんど眠ってばかりいた。いかつい見た目と常識外れのパワーとは裏腹に、普段の姿は無邪気そのまま……そのかわいらしい寝顔に、ルイズとミシェルは顔の筋肉を緩めざるを得なかった。

 

「ねえ、ミス・ミシェル」

「ミシェルだけでいい。ここまで腹を割って話して、まだ他人行儀にされたらむずがゆい」

「なら、ミシェル……ひとつ、わたしと誓いを立てない?」

「誓い?」

 ルイズは空になったグラスを掲げると、自分とミシェルの顔を交互に映しながら言った。

「これから先、どんな苦難や辛いことがあっても、どちらかがどちらかのために犠牲になろうなんてことはしない。どちらも必ず生き残って、どんな形であろうと幸せになる。不幸になったら負け、そういう誓い」

「なるほど、おもしろそうだな」

 ミシェルは同意すると、自分も空になったボトルをあらためて握った。

 ふたりだけの誓いの儀式。だが、誓う対象を何にしようかということで迷ったところで、ミシェルが空を指してルイズに提案した。

「ウルトラの星?」

「ああ、サイトが教えてくれたことさ。空を見上げたとき、消えずに瞬き続けている不思議な星が見えることがある。それは、どんなときでもあきらめずに「負けるもんか」と頑張ってる奴にだけ見える、『ウルトラの星』なんだそうだ」

「サイトらしいわね……けど、悪くない。じゃあ、ウルトラの星が見えなくなったときが、そいつが誓いを破ったときってことね」

 ふたりはグラスとボトルを掲げて、空に向かって唱和した。

 

 

「我ら、ここにひとつの誓いを立てる!」

 

「我らふたり、その魂の形は違えども、その想いの先はひとつ」

 

「この魂にかけて、胸の奥に宿る熱い想いを真実だと宣言し、さらに命をかけて貫き通すものとする」

 

「しかして、この想いの成就のために、いかなるものをも犠牲にすることを認めない」

 

「ひとりの幸福のためにひとりの不幸はあってはならず、また自己の犠牲によって他方に悲しみを残すことをよしとせず」

 

「我らの望むはただひとつ、サイト・ヒラガとの魂の……か、重なり合い」

 

「そのために、我らはいかなる苦難も努力もいとわない。いざ!」

 

「我が人生唯一にして最大のライバル、ミシェル・シュヴァリエ・ド・ミランに」

 

「我が友人にして究極の宿敵、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールに」

 

「そして、空に輝くウルトラの星よ。我らの誓約が永遠のものであることを照覧あれ!」

 

 

 ガラスが触れ合う軽い音がして、グラスとボトルが空に掲げられた。

 双月はふたりの想いを象徴するかのように重なり合い、幻想的な光を地上に降らせ続けている。

 グラスとボトルに、月と星の光がきらめき、宝石のように輝く。

 しかし、ルイズとミシェルの瞳には、それらのどれとも違う美しくて力強い輝きが確かに息づき、瞬き続けていた。

 

 

 続く


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