ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

191 / 338
第92話  光の再来

 第92話

 光の再来

 

 ウルトラマンコスモス

 古代怪獣 ゴモラ

 地底エージェント ギロン人

 カオスリドリアス

 カオスゴルメデ

 高原竜 ヒドラ

 大蟻超獣 アリブンタ

 磁力怪獣 アントラー

 地獄超獣 マザリュース 登場!

 

 

 ヤプールの超獣軍団に襲われて、滅亡の危機に瀕しているエルフの国ネフテス。

 しかし、はるか六千年の昔と記録されるはるかな過去にも一度、この世界は滅亡の危機に瀕したことがあったという。

 それが忌まわしい名として語り継がれる『大厄災』。エルフの半数が死に絶え、全世界が焼き尽くされたという未曾有の戦争と、わずかな資料は語り継いでいる。

 それが、いかなる理由で始まり、いかなる経緯を持って終息したのかを知る者はすでにない。だが、わずかな遺産は確かに大厄災の過去を語り、人間の世界でもそれは始祖ブリミルの虚無の遺産の中に記憶が残されていた。その圧倒的な破壊の光景をビジョンで見たとき、才人とルイズは戦慄し、決してこれを起こしてはいけないと誓った。

 それでも、歴史は繰り返す。人間とエルフのあいだに積もり積もった歪みが、今度はヤプールを引き金にして破滅の大厄災をこの世界に繰り返させようとしている。

 だが、かつての大厄災が何故全世界の滅亡を目前にして回避できたのか。そこに、エルフたちはひとりの聖者の存在を提唱している。その名は聖者アヌビス、素性は不明で男性か女性かすらもわからず、アヌビスという呼び名も本名か通称であるのか、もしくは後世の者がつけた名なのかもさだかではない謎の人物であるが、彼の活躍によって悪魔は倒されて、この世界はすんでのところで破滅を免れたという。

 ただ、わずかな確かな記録では、聖なる手を持って、心よき者を救い、悪しき心に堕ちた者をも救ったという。

 そんな、大厄災を生き延びたエルフたちによって、彼の記憶は地下深く残されて語り継がれてきた。石像に姿を写した姿は、異世界でいう光の巨人とうりふたつ。彼がいずこから来た、何者であるかはいぜん不明でも、そのときの人々を守るために戦ってくれていたのは間違いない。

 そして、すべてが終わった後で彼はどこに去ったのか? それは、あらゆる資料が沈黙している。しかし、そこには同時に、彼が戦死したという記録は一切存在していない。もしも、戦いが終わった後で彼が宇宙へと帰ったのならば、もしかすれば……光の国の戦士たちに限っても、一万五千歳のウルトラマンAでさえまだ若者の部類に入り、十六万歳のウルトラの父でようやく壮齢に入るというところである。

 ならば、六千年前の大昔だとしても、もしかしたら。この世界が再び危機に瀕している今、闇だけではなく光もまた蘇ってきたら。

 都合のいい望みとわかっていても、光の戦士に大いなる希望を与えられてきた才人たちは、一縷の望みを胸のうちに灯す。

 

 

 しかし、その淡い希望も、圧倒的なヤプールの攻勢の前には潰え去ろうとしていた。

 

 

 ウルトラマンAが倒れ、人間とエルフたちの懸命の努力にも関わらず、次々に卑劣な手段を繰り出してくるヤプール。配下を捨て駒にし、怪獣たちの命はおろか心までももてあそぶ悪魔の手口の前には、折れそうな心を必死に奮い立たせて戦う人々の意志も、折れないままに力で潰されようとしている。

 

 マイナスエネルギーを得てパワーアップしたアリブンタとアントラー、マイナスエネルギーの影響で凶暴化してしまったリドリアスとゴルメデ。半亡霊のゾンビとして不死身に近い存在となったマザリュース。超獣軍団を指揮する、狡猾なギロン人。

 そして、怪獣界でもトップクラスのパワーを誇り、マイナスエネルギーの侵食で暴走するゴモラ。

 総勢、七体もの強力な怪獣超獣宇宙人の大軍団。しかも、アディール周辺はエネルギーフィールドで封印され、ウルトラ戦士にとって必要な太陽エネルギーを完全に遮断してしまっている。

 まさに、ここはヤプールの用意したウルトラマンAの処刑場であった。エルフたちは、極論すればエースをおびきよせるためのエサに過ぎず、その目論見どおりエースは全エネルギーを使い果たし、倒れてしまった。懸命に戦っていた人間とエルフたちも、すでに武器も魔法も使い尽くして、超獣軍団になすすべはない。

 絶体絶命、ほかに表現のしようがない絶望的な状況。エルフも人間も、あとはなぶり殺しにされるだけの哀れな獲物でしかない。

 

 それなのに……にも関わらず、ヤプールはいまだ勝者の笑いをあげることができずにいた。

 それは、これほどまでに追い詰めているのに、絶望から生まれるマイナスエネルギーが少なすぎることであった。ヤプールにとってしてみれば、アディールのような街ひとつを壊滅させることなど造作もない。はじめからいるだけの超獣を投入すれば、戦いはこれだけ長引くこともなく、東方号が到着する前にものの十数分で終わっていたに違いない。

 だが、それではだめなのだ。ただの力押しで侵略しては、ヤプールにとって最大の戦利品であるマイナスエネルギーが得られない。マイナスエネルギーの集合体であるヤプールにとって、それは妥協できない勝利条件なのであった。

 

 もっとも憎むべきウルトラマンAは倒した。ならば、なにが人間とエルフどもを支えている?

 それを探し、ヤプールは人々に途切れることなく呼びかけ続ける少女に目をつけた。

「皆さん、まだ十分に乗れるスペースはあります。慌てずに、周りの人を助けながら乗り込んでください。がんばって、あきらめないでください」

 立ち止まるなと呼びかけ続けるティファニアの声が、常にエルフたちの上にあることが彼らの心に希望の灯火を燃やし続けていた。

 人の心とは、本人が思っているよりもずっともろい。どんなに普段悠然と構えていても、たとえば不時着して炎上しつつある旅客機の中で、我先にと出口に殺到せずに整然と行動できる人間などほとんどいないだろう。

 けれども、人は闇の中では己を失い、簡単に絶望に落ちてしまうが、わずかでも光があれば、それを信じて前に進むことができる。

 昔、とある客船が沈没したときに、乗客を勇気付けようと沈み行く船上に残って演奏を続けた楽団があったという。

 不時着した旅客機の話にしても、客室乗務員が冷静に乗客に避難するよう呼びかけた機は、ひとりの犠牲者も出さなかった実例がある。

 人はひとりでは弱い。しかし、はげましてくれる誰か、希望になってくれる誰かがいれば、絶望などにたやすく負けはしない。

 しかし、希望の中心、それを見つけたヤプールの目が冷酷に輝く。希望を何よりも憎む闇の存在、ヤプールは目障りな光の残照を消すために配下に命じた。

「やはり、貴様が人間どもの要だったか! ええい、ゴミのような存在のくせに生意気な。マザリュースよ、雑魚どもの相手はもういい。あの小娘を殺してしまえ!」

 その瞬間、空を覆う闇がうごめいた。そして東方号の真上に、不気味な姿の超獣の怨霊マザリュースが姿を現した。とたんに響き渡る赤ん坊のようなけたたましい鳴き声。さらに、至近距離に現れたマザリュースの笑っているようなおぞましい姿が、見る者の背筋を凍らせる。

 そして、マザリュースは立ち尽くすギーシュたちには目もくれず、そのぎょろりと丸い目でティファニアを睨むと、火炎弾を放ってきた。

「え……?」

「テファーッ!」

 わずか百メートルほどの距離で放たれた火炎弾は、狙いを違えることなく東方号の頂上に命中した。赤い炎に包まれた艦橋を見て、ギーシュたちの顔が蒼白となる。

 だが、炎が引いた後で、ティファニアは無事な姿を見せた。ルクシャナがあの瞬間、ありったけの力を使ったカウンターで彼女を守ったのだった。しかし、それも一度限り、精霊に呼びかける力を失ったエルフは、ただの人間と変わりない。

「まったく、わたしはひ弱な学者ふぜいなのに、無茶させてくれちゃって。ほんと、あんたは手間のかかる研究素材よねえ……はは、もう精神力がカラだわ」

「ル、ルクシャナさん!」

「バカ、さっさと逃げなさい! あいつはあんたを狙ってる。あんたが死んだら、もうエルフにも人間にも希望はないのよ! ハルケギニアにも、私の故郷にも!」

 ルクシャナはティファニアをひきづるようにして艦橋から連れ出そうとした。だが、入り口の鉄の扉は火炎で焼けていて、とても触れるようなものではなかった。逃げ場を失った二人に向かって、マザリュースはさらに火炎弾を放とうとしてくる。

今度は防ぐ手立てはない。

 マントを広げて、ルクシャナはティファニアをかばおうとした。砂漠の民の衣服はある程度の耐熱性はあるが、そんなものは焼け石に水でしかない。それでも、万に一つの可能性に賭けていた。生まれ育った故郷を守るために。

「ルクシャナさん!」

「いい、火が行っちゃうまで息をするんじゃないわよ。のどが焼けて呼吸できなくなるからね。それと、アリィーには悪いけどよろしく言っておいて。やっとわたしなんかと別れられてよかったね、早くいい子を見つけられるといいわねって」

 切れ長の瞳に優しい笑顔が、ティファニアにルクシャナの覚悟を教えてくれた。止めようとする言葉が、のどまで出掛かってそれ以上上がってこない。ここまでの覚悟を決めた相手を、どう言って止められるというのか。超獣は、今度こそ火炎弾を外すまいと放ってきて、視界が赤く染まっていく。

 もう誰が急いで飛んできても間に合わない。ルクシャナの悲しい背中を見て、ティファニアは無駄だと知りつつ、願いを託すように輝石を握り締めて祈った。

”誰か、誰でもいいからルクシャナさんを助けて、お願い!”

 自分にはやるべきことがある、けれどそのために誰かが傷つくのは嫌だ。その、矛盾して、都合のいいとさえいえる願いは神も呆れてかなえるのをためらうかもしれない。しかし、どんなに崇高な理由があろうとも、犠牲になった命と、その人生が返ってくることはないのだ。

 ただひたすら、純粋に願う心にあるのは優しさのみ。その心が届いたのか、冥界への門をくぐろうとしていたふたりは今一度救われた。だが、それとても、重い代償を運命の女神は支払わせた。至近距離まで迫っていた火炎弾とティファニアとのあいだに、突如カオスリドリアスが割り込んできたのだ。

「あ、ああっ!」

 ティファニアの眼前で火炎弾を背中に受けたカオスリドリアスは、煙をあげながら東方号の甲板に墜落した。主砲の上に這い蹲るようにして倒れこみ、苦しげに首をあげて弱弱しく鳴く。その目は、元の優しかったリドリアスのものだった。

「最後の力で、正気を取り戻して助けてくれたんだね……そんなになってまで、わたしなんかのために、ごめんね、ごめんね」

 ぽろぽろと、ティファニアの瞳から涙が零れ落ちていった。すまなさと悲しさと、情けなさが心に満ちていく。自分たちとなんの関係もない怪獣までが、必死にヤプールの呪縛にあらがって助けてくれたのに、自分はなにも返してやることができない。

 苦しむリドリアスは、懸命に我が身を蝕むマイナスエネルギーと戦っていた。自分の心は自分だけのものだと主張するように、悪の力そのものであるマイナスエネルギーを追い払おうと、翼を羽ばたかせて体をよじる。しかし、ヤプールの強烈な負のパワーはリドリアスの肉体の奥底まで食い込んで、無駄な抵抗だとあざ笑うようにその瞳を狂気の赤に染めていく。

「愚かな奴め、怪獣は怪獣らしく破壊衝動にだけ身を任せていればいいものを。人間どもなぞの味方をするからこの様だ」

 ヤプールは、死に掛けのリドリアスを見下ろして冷酷に告げた。しかし、ティファニアは涙を流しながらも、空からあざ笑う悪魔に向かって叫び返した。

「ヤプール! あなたに、あなたに生き物の価値を決める権利なんてない! 人間だって、エルフだって、怪獣だって、みんな一生懸命に生きているだけなのに、みんな平和に生きたいだけなのに、あなたにみんなの幸せを奪う資格なんてないわ!」

「フハハハハ、弱い者は常にそうやってほざく。この宇宙は、より強いものが弱いものを支配する。星をひとつ滅ぼすたびに、お前のような力を持たない負け犬が吼えるが、絶対的な力の前には何も変わりはしないのだ!」

 あざけるヤプールの笑い声が、歯を食いしばるティファニアを冷たく包み込む。彼女も、ずっと森の中で暮らしてきたとはいえ、まったくの世間知らずというわけではない。襲ってくる野盗から子供たちを守るために杖をとったことも何度もある。しかし、改心を信じて見逃してきた野盗と違い、絶対悪であるヤプールには雪山のような抗いがたい冷たさしか感じなかった。

「さあて、無駄話で時間稼ぎをするのもそのへんにしてもらおうか。役立たずのその鳥はあとで始末するとして、貴様は先に死んでもらおうか」

「ヤプール……あなたは、あなたは……っ!」

 悪魔、と言いかけた言葉をティファニアは飲み込んだ。ののしる言葉を吐いてしまったら、それでこの悪魔に負けてしまうような気がしてならない。悪魔が悪魔たるゆえんは、なんでもない人々を悪の道に引きずりこんでしまうことだ。欲望、妄想、怒り、悲しみ、憎悪、誰の心にでもある闇を増幅させ、ヤプールは己の手駒として利用してきた。

 そして、利用できないと見たものに対しては、悪魔は限りなく冷酷になる。マザリュースは怨念そのままの邪悪さで、今度こそとどめを刺すべく焦点の合わない目を向けてきた。今度こそ、もう助からない。助かりようもない……それなのに、誰もあきらめていない光景がティファニアの目に映ってくる。

 死が間近に迫る、静止画のような世界。無駄だと知りつつかばおうとしてくれるルクシャナ、間に合わないと知りつつ駆けつけてこようとしている仲間たち……皆、自分のために……ティファニアは彼らの心の叫びを聞き、戦う姿を見て、心の底から願った。

 

 

”もう誰にも、わたしのために傷ついてほしくない。わたしにも、わたしにも……みんなを守れる本当の強さがほしい!”

 

 

 その瞬間、ティファニアの思いに呼応するかのように、彼女の握り締めていた輝石がまばゆい輝きを放った。

「えっ? なっ、なに!」

 光は驚くティファニアとルクシャナの前で、矢のように天に立ち上った。そして、闇に染まった天空の一角が破られて、太陽の光とともに青く輝く光の玉が舞い降りてきた。

 あの色は、輝石の輝きと同じ!? 呆然と見守るティファニアの前で、青い光の玉は超獣マザリュースにぶつかると、その輝きでマザリュースを包み込んだ。光の中で超獣の悪霊は断末魔をあげ、溶ける様に崩れていく。そして、破られた闇の結界から降り注いできた太陽の光が差した瞬間、マザリュースは光の中に消滅した。

 

 

”あきらめるな、君たちにはまだ、守らなければならない未来がある”

 

 

 そのとき、ティファニアは心に呼びかけるような力強い声を聞いた。

 

”あなたは誰? わたしに話しかけてくる、あなたは?”

 

”私は、君の未来を信じる強い思いに導かれてやってきた。種族のかきねを超えて、すべての命をいつくしむ君の優しさと、困難に立ち向かう強い意志が、私にこの星に迫る危機を教えてくれた。

 

”あなたは誰……? 神さま……?”

 

”私は神ではない。しかし、私は君を通して、今のこの星の人々の持つ大いなる可能性を知った。私も、今一度この星を守りたい”

 

”もしかしてあなたは……大昔にエルフたちを守ってくれた、聖者……”

 

 ティファニアが、あのバラーダの神殿で聞いた名を呼ぶと、光は彼女の心に映る光景に自分の姿を形にして投影して見せた。

 光の中にたたずむ、銀色の勇姿。それはまさしく、ティファニアが心に夢描いてきた希望そのものだった。

 

”あなたは……やっぱり!”

 

 心と心の会話は時を必要とせず、光の化身はティファニアの心と幻のように語り合って去っていった。

 後には、天空に輝く光が現実として残り、その輝きは闇に呑まれようとしていた街を新しい輝きで照らし出していった。

 

「マザリュース! な、なんだいったい!?」

 ヤプールも、突然の事態に驚き戸惑っていた。アディールを完全に封印していたはずのエネルギーフィールドを貫き、舞い降りてきた光の玉はマザリュースを消し去り、東方号とティファニアの頭上に輝いている。その輝きはヤプールのマイナスパワーのそれとはまったく違い、夜空の満月のように優しく穏やかな色をはなっている。

 そして、夜の終わりを月が示すように、光の玉が開けたエネルギーフィールドの裂け目から、闇の結界は雲が晴れるように消滅していった。それに次いで現れる青空、太陽の輝きを見て人々は喜びの声を上げた。

「太陽が……太陽だわ!」

 闇の結界は崩れていき、アディールを再び白い太陽が照らし出していく。人間とエルフたちは、その美しい輝きに見惚れて空をあおぎ、ヤプールと超獣たちは闇の結界の崩壊にうろたえる。

 そして、青い光は彗星のようにティファニアの真上を飛び去ると、光の雨をリドリアスに降らせていった。白くまばゆく輝く美しい光のシャワーを浴びると、苦しんでいたリドリアスの表情が穏やかになり、その体から黒いもやのようなものが抜け出していった。すると、変異していたリドリアスの肉体が逆再生を見るように元に戻ったではないか。

 治ったの! と、歓呼の声をあげるティファニアたち。そして、リドリアスが光の玉を見上げて懐かしそうな声で鳴くと、光の玉は応えるように数回瞬き、まっすぐにアディールを目指して飛びたった。その目指す先にいるのは超獣軍団! 光の砲弾のように青い光はアディールで暴れる怪獣、超獣のあいだをすり抜けていき、強烈な光を放ってエースを囲んでいたアントラーやアリブンタをふっとばした。

「この……光は」

 エースも、倒れながらも空をあおぎ、その光に初めて見るとは思えない不思議な近親感を感じていた。

 この光の暖かさと穏やかさ、そして内から感じられる力強さは、まるで光の国の正義の炎と同じ。

 そして青い光の玉はゆっくりと倒れ伏しているヒドラのもとに舞い降りた。

 その光芒の中から具現化し、大地に降り立つのは新たな光の巨人。

 

「青い巨人……あの、ウルトラマンは!」

 

 彼らは、その巨人を見たことがあった。いや、忘れようもないほどすぐ前に、彼の姿は東方号の人間たちとエルフの脳裏に刻み込まれていた。

 初代ウルトラマンを彷彿とさせる銀色を基調としたスマートな肉体と、柔和さを感じさせる穏やかな眼差しを持つ顔は、まさにあの神殿に奉られていた古代のウルトラマンとうりふたつ! そして、その身の銀色を包むのは、大海、大空、月光のごとき深い青。

 青い、ウルトラマン。あれが、かつて滅亡の危機に瀕したエルフたちを救ったという、伝説の巨人。あの伝説は、本当だったのか!

 真実を知る者も、知らない者も息を呑んで見守る中で、青いウルトラマンは虫の息で横たわっているヒドラのたもとにひざをつくと、体の上に手のひらをかざした。すると、その手から輝く光の粒子がシャワーのようにヒドラに降りかかっていった。

『コスモフォース』

 光の粒子はヒドラの体に吸い込まれ、ヒドラの体中にあった傷がふさがっていき、苦しんでいた息も整ってきた。

 エネルギーを与え、傷を癒す蘇生の力。あれが、あのウルトラマンの力なのか……

 

 ヒドラの体を優しく横たえた青いウルトラマンは、手のひらを掲げる構えをとって立ち上がった。

「ムゥゥン、ヘヤァッ!」

 戦うというのか。しかし、相手はまだ五体以上もの大軍団。新しいウルトラマンがどれほどの力を持っているかは未知数だが、いくらなんでも無謀だと誰もが思った。

 だが、想定外の事態にうろたえていたのはヤプールも同じだった。ウルトラ兄弟ではなく、今までこの世界で確認されたどのウルトラマンとも違う、ヤプールも見たこともない未知のウルトラマン。確かに戦力差では、まだ圧倒的に超獣軍団が有利だ。しかしヤプールは直感によって、青いウルトラマンが非常に危険な存在だと感じ取った。

「おのれぇ、だが雑魚がいまさらひとり増えたところでなにができる! ひねりつぶしてくれるわぁ!」

 ヤプールの敵意の命令を受けて、ギロン人が超獣軍団に攻撃を命じた。

 ゴモラ、アントラー、アリブンタ、カオスゴルメデ。マザリュースを欠いたとはいえ、四体もの怪獣・超獣が四方から青いウルトラマンに襲い掛かっていく。

 はじめに対決することになったのはゴモラだった。突進力にものを言わせ、エースを追い詰めたときと同じように角を振り立てての真正面からの突撃の威力は、いまさら語るまでもない。

 どうする? 同じ疑問を抱いてのまなざしが、善悪を問わずに青いウルトラマンに注がれる。避けるか、受け止めるか? だが、青いウルトラマンは突進してくるゴモラの勢いに逆らうことなく、まるでダンスのステップを踏むように身をかわして、ゴモラをそのまますり抜けさせてしまった。

「かわした!」

 目標を見失ったゴモラは、何もない空間にパワーを浪費させて止まるしかなかった。青いウルトラマンにはかすり傷ひとつない。

 だがむろん、ゴモラがそれでおさまるはずはなく、再度突進を仕掛けてくる。また、ほかの怪獣、超獣たちも続々と迫ってくる。

 今度はどうする!? だが青いウルトラマンは臆することなく、そのすべての攻撃を俊敏な動作でさばいていった。

「シュワッ! ハッ、フッ! ヘヤァッ!」

 ゴモラの突進を闘牛士のように受け流し、アントラーのはさみこみの勢いを利用して回転投げをかけ、アリブンタが気づいたときには後ろに回りこんで押し倒していた。怪獣たちはその間、青いウルトラマンに指一本触れられていない。まるで、宙に舞う木の葉のように、いくら棒切れを振り回してもするりするりとかわしてしまう。

 なんという無駄のない身のこなしなのか、怪獣たちのパワーが完全に翻弄されている。体術に覚えのある人間やエルフは、青いウルトラマンの見たこともない技法、地球で言えば合気道のような、相手の力を逆に利用する方法で怪獣たちをいなす姿に美しささえ覚えて嘆息した。

 が、避けるだけでは勝てない。怪獣たちはいなされても勢いを衰えさせず、最後に遅れてきたカオスゴルメデがゆっくりとした足取りでつかみかかってくる。こいつは勢いを利用していなすことはできない。なら!? 青いウルトラマンは構えをとり、掌底を胴に当てて押し返した。

「ハァッ!」

 押し返されたカオスゴルメデは後ずさり、青いウルトラマンは構えを取り直す。カオスゴルメデは怒って再度攻撃を狙ってくるが、青いウルトラマンは腕や手のひらでその攻撃を受け止め、あるいは受け流してしまう。カオスゴルメデはさらに怒り、噛み付き、尻尾攻撃などを次々と繰り出してくるが、そのすべてはかわされる。

「あの身のこなし、まるで踊っているようだ……」

 あるエルフの戦士はそうつぶやいた。怪獣がいくら攻撃をかけても、その攻撃はさばかれて、あらぬ方向へと力を空費させられてしまう。

 そう、まさに力が空回りさせられている。カオスゴルメデだけではない、ゴモラやアリブンタがいくら攻撃をかけようとしても、青いウルトラマンは攻撃のすきまを縫い、力をいなし、相手の力を逆用し、気づいたときには死角から押されて、味方の怪獣と衝突させられてしまったりしてフラフラだ。

「シゥワッ!」

 無駄がない動き、どころの話ではない。怪獣たちのむきになっての四方からの攻撃も、まるで風の妖精が捕まえようとする人間の手のひらからすり抜けていくように、エネルギーを無駄にするだけでまるで当たらない。これではウルトラマンと怪獣との戦いではなくて、怪獣たちが同士討ちをしているようなものにさえ見えた。

 だが、人々は戦いを見守りつつも、青いウルトラマンの戦い方にひとつの特徴があるのに気がついた。それは、彼は戦いの中でどんなに攻撃に有利な状況になっても、決して押し倒したり投げたりする以上の攻撃をかけないことだった。

 今だ、パンチだ! と思っても、掌底の一撃で押し返し、相手の腹ががらあきの状態でもキックをかけずに、わざと体の強固な部分を選んで軽い蹴りを放ち、打撃を跳ね返すだけにとどめている。それは、相手の消耗を待って、自分の力を温存して戦っているのかと最初は思われたが、そうする必要のない絶好の機会でも決して彼は怪獣たちを殴らない。いや、戦いが始まってからこれまで、彼は掌底か手刀のみで戦い、一度たりとて拳を握ってはいない……彼はまさか、人々がそう思い始めたとき、カオスゴルメデがヒドラを倒した必殺光線『強力怪光』を吐いて攻撃してきた。

 危ない! だが、青いウルトラマンは手をかざして青いバリアーを作り上げた。

『リバースパイク!』

 バリアーにさえぎられて、強力怪光はウルトラマンには当たらない。それでもカオスゴルメデは力づくでバリアーを突破しようと強力怪光を吐き続けるが、青いウルトラマンはバリアーを張ったままカオスゴルメデに向かって飛ばしてぶつけた。

「フゥワッ!」

 強力怪光を押しのけながら飛んできたバリアーはカオスゴルメデに当たり、カオスゴルメデは全身がしびれたように体を震わせた。バリアーの威力はショックを与える程度でダメージを与えるにはいたっていないが、それでも一時的に動きを止めるだけの働きはあった。そして、青いウルトラマンは他の怪獣たちが自分と一定の距離を持っているのを確かめると、両の手のひらを胸元で上に掲げた。その手にきらめく光の粒子が集まっていき、彼は手のひらを空に向かって上げた。

 あれは光線技の構えか。今なら確実に当てられるだろう、だがそうしたら操られているゴルメデもろとも……しかし、彼の手に集う光はどこまでも優しく美しく、彼は集まった光をゆっくりと押し出すようにして右手のひらから放った。

 

『フルムーンレクト』

 

 光の粒子はカオスゴルメデの全身を包み込むように降り注いでいき、すると暴れ狂っていたカオスゴルメデの動きが静まった。目の輝きに溢れていた狂気の色が消えていき、体から黒いもやのようなものが抜け出ていく。あれは、ヤプールの与えたマイナスエネルギーの塊か……ゴルメデを蝕んでいた邪悪なパワーが消え去ったことで、カオス化していたゴルメデの肉体が元に戻っていく。

 邪悪な力を消し去る浄化の力……あれが、あのウルトラマンの力なのか。相手の力を受け流す戦い方を続けていたのも、怪獣たちを傷つけないようにするためだったのか。人々は、腑に落ちない戦い方を続けていたウルトラマンの目的が、怪獣の撃破ではなく救命にあったことを知った。

 ゴルメデに宿ったマイナスエネルギーが完全に浄化されたことを見た青いウルトラマンは、よかったというふうに静かにうなずいた。解放されたゴルメデはゆっくりと倒れこんだが、目を閉じて安らかな息を吐いている。その光景を見て、東方号の甲板で火傷を負ったギーシュの腕を治療していたモンモランシーは微笑みながらつぶやいた。

「優しいのね……あのウルトラマン」

「ああ……あんな戦い方も、敵を守るための戦い方なんてものもあるんだな。すごいな……ほんとうにすごいよ」

 きざったらしい顔に真剣な眼差しでギーシュも感動していた。今まで自分は、戦いでは味方を守り、敵を傷つけるのが当然だと思っていた。恐らく、ほかの大勢の人たちもそうだろう。そして、ヤプールに操られたあの怪獣たち、もしも自分ならば、苦渋はしても最後は倒すことを選択していただろう。仮に浄化の手段を持っていたとしても、そのためにはかなりの割合でゴルメデを傷つけてしまったに違いない。しかし、あのウルトラマンは徹底して相手にダメージを与えない戦法を貫いて、ほとんど無傷のままでゴルメデを救ってしまった。

 すごいと思い、同時にまだまだ世の中には学ばなければならないことがあるのだと思う。

 敵を傷つけずに無力化し、救う戦い方。より敵を傷つける戦い方をばかり追及してきた自分たちには思いもよらなかった。

 

 だが、ゴルメデを救うために精神を集中した隙に、怪獣たちは次の行動をとっていた。

 突然、青いウルトラマンの足元の地面が崩れ、地中から出現したアントラーが背後から襲い掛かった!

「フワッ!? クォォッ!」

 間一髪、大アゴで挟み込まれるのだけは回避したものの、ふいを打たれたのでは攻撃をさばく暇もなかった。大アゴを両腕でがっちりと掴んで押し返そうとするが、足場が崩されていては力が出せるわけがない。そして、彼に向かって、今度こそといわんばかりにゴモラが助走をつけて、砂煙を巻き上げながら突撃してくる。

 危ない! エースに大ダメージを与えたあの攻撃。しかも、助走距離はさらに長いから威力も当然のごとく倍増している。さらには振動波の破壊力も加われば、万全の状態からでも一撃で致命傷になりかねない。ゴモラはアントラーも巻き添えにしてもいいといわんばかりの勢いで突撃してくる。アントラーは青いウルトラマンが少しでも力を緩めたら、そのままはさみ切ってしまいそうなパワーを緩めない。

 やられるっ! 誰もがそう思ったとき、アントラーに銀色の弾丸が叩き込まれた。

 

「トォーッ!」

 

 誰も想定していなかった。傷ついて、今にも息絶えようとしていたかに見えていたウルトラマンAが駆け込んできて、横合いからアントラーにジャンプキックをお見舞いしたのだ。

 力のベクトルを崩され、横殴りに吹っ飛ばされるアントラー。

 今だ! 青いウルトラマンはアントラーから解放され、蟻地獄から脱出を図ろうとする。すぐ後ろにはゴモラ、だが、アントラーに一撃を決めたエースがそこで力尽き、蟻地獄に沈もうとしているのを見た彼はエースを抱えて飛び上がった。

「ショワッチッ!」

 間一髪! 飛翔した青いウルトラマンのすぐ下をゴモラが猛烈な勢いで通り過ぎていった。空振りし、勢いがつきすぎたままでゴモラはあさっての方向に街を破壊しながら突き進んでいく。アントラーは踏みつけにされ、アリブンタは地上での行動力の鈍さからすぐには近づいてきそうにはない。

 青いウルトラマンは離れた場所に降り立ち、エースを降ろした。

 ほっとする人々。よかった、ウルトラマンはふたりとも無事だった。しかし、エースのカラータイマーは今にも消えそうで、肩は苦しそうに上下している。さっきの一撃は、気力で体を無理矢理動かしての最後の力。それを使い切ってしまった今、命の灯火が尽きかかっているのは誰の目にも明らかだった。

 その最後の力を使って、絶体絶命の危機を救ってくれた。青いウルトラマンは深くうなずくと、額に指を当てて精神を集中した。

「ハァァッ……」

 青いウルトラマンの額が光り、緑色の光が線のようにエースの額のウルトラスターに吸い込まれていった。

 

『ラミーサプレー』

 

 高エネルギーに満ちた回復光線がエースの全身を駆け巡り、尽きかけていたパワーがみるみる回復していった。カラータイマーが危険信号を鳴らすのをやめ、再び美しい青色に返っていく。エースは、体を駆け巡る正しいエネルギーの脈動に、彼の真実を知った。

〔ありがとう、おかげで助かった〕

 どちらからともなく、ふたりのウルトラマンは互いに礼を言い合った。立ち上がり、差し伸べた手をとり握手をし合う。ウルトラマンAと、人々はまだ名も知らない青いウルトラマン……彼らのその姿は、心を通わし相手を認め合うのには難しいことはなにもいらないと、そう教えているようだった。

 そして、人々は青いウルトラマンの、ゴルメデを救った輝きにひとつの言い伝えをおぼろげに重ね合わせ始めていた。

【光る手を持って、あるときは青き月の光のごとき優しさで悪魔に憑りつかれたものを鎮めた……勇者】

 確証はない。口に出す者もいない。しかし、現実は今この瞬間に目の前にある。

 瞬きしている間にも、戦いは次なるステージへとその幕を進める。わずかな休息の時は去り、再び超獣と怪獣の凶暴な叫びが街にこだました。

〔いこう〕

〔ああ!〕

 目を合わせて短くうなずきあい、ふたりのウルトラマンは構えを取る。互いのことを何も知り合っていなくても、ふたりともその目で見た相手の姿で意思を決めていた。

 そしてその心は最初からひとつ、ならばこれ以上の言葉はいらない。

 

「シュゥワッ!」

「ヘヤァッ」

 

 アディールに太陽が蘇り、ふたりの光の戦士が立ち上がった。だが、まだヤプールの軍団は強力で油断は出来ない。

「おぉのれぇぇ! いい気になるなあ! まだ勝負はこれからだ。ひねりつぶし、叩き潰し、皆殺しにしてくれる!」

 ギロン人、アリブンタ、アントラー、ゴモラ。いずれも強力無比な強敵たち、彼らのパワーにはいささかの衰えもなく、戦いはまさにこれからが本番だ。

 激突の時は避けようもなく、刹那の未来に始まるだろう。ウルトラマンAと青いウルトラマンに、アディールの未来は託された。

 

 そんな中で、ティファニアは一心に祈りながら、ひとつの名前をつぶやいていた。

「お願い、みんなの未来を守って……コスモス」

「コスモス? それってもしかして、あのウルトラマンの……」

 尋ねるルクシャナに、ティファニアはうなずいた。

 あのとき、最後に彼が言ったことが心の中に蘇ってくる。

 

”私は、君たちが生まれるよりずっと遠い昔から、宇宙に生きる者たちを見守ってきた。その中には残念ながら、滅んでしまった星や生き物たちも数多くある。だが、苦難に負けずに新しい未来を掴むことができた者たちは、皆どんなときでもあきらめずに、希望を信じ続ける心を持っていた。君にもきっと、同じ強さがあるはずだ”

 

”わたしなんかに、そんな強さが……教えて! わたしにできることがあるなら、わたしは命にかえても果たしたいの”

 

”残念だが、その答えは君自身が見つけ出さなければ意味がない。だが、命あるものには必ずその可能性があることを、私は以前にひとりの人間の友から教わった。時間はかかるかもしれないが、それまでは私が君たちの未来を守るために戦おう”

 

”わたしたちのために、戦ってくれるの? ウルトラマン”

 

”いいや、君たちだけではない。この星に生きる、すべての生命のために私も命をかけよう。だが君たちが正しい未来へたどり着けるかは、君たち自身ががんばらなければならないことを忘れてはいけない。そうでなければ、何度でも同じことが繰り返される。いいね……”

 

”ま、待って! わたしはまだ、あなたに聞きたいことが! まだ名前も聞いてないのに”

 

”私はコスモス、ウルトラマンコスモス……あきらめるな、君の思いは、決して無駄ではないのだ”

 

 光との出会い、それはティファニアの心に強く刻み込まれた。

 人間もエルフも、やれることはやりつくした。あとは、あとは頼むぞウルトラマン!

 

「わたしは、わたしはあきらめてなんかない! でも、わたしには戦う力はないの! お願い、あなたがこの世界を愛しているなら、力を貸して! ウルトラマンコスモス!」

 

 叫びはこだまとなり、力となって光の戦士に届く。

 光が勝つか、闇が勝つか。数多くの願いと祈りを受けて、戦いは決戦へとその幕を進める。

 

 

 続く


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。