ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第19話  遠い星から来たお父さん (中編)

 第19話

 遠い星から来たお父さん (中編)

 

 エフェクト宇宙人 ミラクル星人

 緑色宇宙人 テロリスト星人 登場!

 

 

 ミラクル星人を見送り、アイを引き取り手の商家に送り届けたルイズ達は、ブルドンネ街西のホテルに宿泊していた。

 彼女達のとった部屋は、その二階にある一室で、ベッドは清潔だが地味なものが四つ備え付けられていた。貴族用の施設のレベルでいえば中の中で、大貴族が泊まるには少々役不足に思えるが、予算と相談したら昼間の浪費が後を引いて、結局は一番安く出たここに泊まることになったのだ。

 割り振りはルイズ、キュルケ、タバサにそれぞれベッドがひとつずつ。ロングビルとシエスタがベッドひとつにふたりで入り、才人がいつもどおり床、ただしカーペットが敷いてあるのでわらの上よりは寝心地はいい。

 ちなみに、男女が同じ部屋に泊まるという問題については、仮にシエスタかキュルケが才人を誘惑したとしても、残りの片方とルイズがそれを阻む。才人から手を出してくる可能性は限りなくゼロに近いということで安全という結論が出た。

 

 時刻は地球時間でいえば午後八時を過ぎて、夕食を済ませた一行は、寝巻きに着替える前に部屋で雑談に興じていた。

「はー、それにしても今日はいろいろあったわねえ」

 ベッドに腰を下ろして、ルイズはため息といっしょにつぶやいた。

「そうですよねえ、ミス・ヴァリエールとミス・ツェルプストーがサイトさんを取り合って、商店街中駆け回ってましたから」

「そっちじゃないわ、まあ意識的に避けようとしてるのもわかるけどね」

 おどけた様子で話すシエスタに、ルイズは今はやめておけというふうに言った。

「あ、そうですね。でも、あんな亜人が人間に混ざって街の中に住んでたと思うと、頭では悪い人じゃないと思っても、やっぱり少し抵抗感があります」

 少しうつむき加減でシエスタが言うと、キュルケもそれに同意するように言った。

「あたしもね。ついこの間人間に化けていた敵と戦ったばかりだから、いまいちバム星人とかぶっちゃってさ。ねえダーリン、ほんとにあの亜人は悪い奴じゃないの?」

「ああ、俺のいた国でも、あの人の同族が昔やってきたことがあるそうだ。それにしても、こっちでも同じように留学にやってきている人がいたとは驚いたな」

 宇宙という概念がないハルケギニアの人のために、才人はルイズ以外には宇宙人を亜人、彼らがやってくるのははるか東方の地ということにしてある。

 しかしそれにしても、この世界に宇宙人はヤプールを介して異世界からやってくると思っていただけに、ヤプールと関わり無くハルケギニアに宇宙人がいるとは思わなかった。おまけに、彼の話が本当だとすると、この世界にも才人の世界と同じようにミラクル星があるということになる。だが、考えてみれば地球にも大昔から少しずつ宇宙人がやってきていたというし、ウルトラマンの同族が何千年も前に現れていたという記録もあるそうだから、ありえない話ではないだろう。

 ウルトラマンダイナの例もある、ふたつの世界に同じような星が存在していても不思議はない。もしかしたら、このはるかな星空のかなたに、ウルトラ兄弟のいない別の地球があるのかもしれない。 

「なんだみんな、うかない顔して? 別に侵略者が現れたってわけじゃないだろ?」

 なにか暗い雰囲気に、才人が不思議そうにそう言うと、ルイズが首を振って答えた。

「そうじゃないのよ。確かに、ミラクル星人はいい人だったかもしれないけど、あなたも先週の王宮での戦いは覚えてるでしょ。人間に化けて王宮を破壊しようとしたよね。基礎知識のあるあなたはいいかも知れないけど、わたしたちには見ただけじゃ、いい星人か悪い星人かなんて区別つかないからね」

 それを聞いて才人ははっとした。確かに、もし目の前にいきなり見も知らぬ宇宙人が現れたら、警戒し、恐れを抱いてしまうだろう。

 すると、キュルケとロングビルも重苦しそうに言った。

「まあねえ、あたしも誰かれかまわず敵を作る趣味はないけど、わたしたちと同じ姿になった敵が中にはいると思ったら、いやでも身構えちゃうからねえ」

「ミス・ツェルプストーの言うとおりね。ただでさえ、人間と亜人はそれぞれを蔑視して、それぞれ干渉しないように住みわけてるんだから……それに、確かに一部にいい人はいるけど、エルフやオークとかほとんどの亜人は人間と敵対してるし、人間に化けてくるやつには、吸血鬼みたいなひどいのもいる。ましてや、ヤプールみたいなのがいるご時世じゃねえ」

 ふたりとも、理屈では共存の可能性を示唆しながらも、現実には亜人と人間は相容れないものだと結論を出していた。

「わかったでしょ、人間と亜人は似てるけど別個の存在なのよ。平民と貴族はまだ同じ人間だけど、まったく違った生き物といっしょに生きるなんて、しょせん無理。ミラクル星人だって、ずっと人間に化けてたからハルケギニアにいれたんだから」

 ルイズにそう断言され、才人はなんだか悲しくなってきた。

「本当にそうなのか、違う者同士が仲良くするのって、そんなに難しいことなのかよ」

 才人のつぶやきには、悲しみと、静かではあるが怒りの感情が混ぜられていた。

 ルイズは、そんな才人に、再びこの世の中の在りようというものを説いて聞かせようとしたが、彼女が口を開くより先に、もうひとつの声がふたりに話しかけた。ただし、外からではなくふたりの内から。

 

(そんなことはない)

 

(!? エース)

 それは、ふたりの心の中から、ウルトラマンAがふたりに向かって語りかけてきた声だった。

(この宇宙には、異なる星の者同士が手を取り合っているところがいくつもある。それに、私の兄から聞いた話がある。かつて、ミラクル星人と同じく、孤児となってしまった少年を引き取り、共に生きていた宇宙人がいたと)

(えっ!? それって、もしかして)

(そうだ。しかも、その少年は、彼が宇宙人であると知りながらも家族のように仲良く過ごしていたという。恐れず、語り合えば、たとえ姿形が違おうとも友にも、家族にもなれる。それに、才人君、忘れてはいないか? 我々ウルトラマンもまた宇宙人だということを、君達地球人は、我らと四十年もの間、共に歩んできたのだよ)

 エースの言葉に、才人はふつふつと勇気が湧いてくるのを感じた。

(そうだ、そうだよ。俺達は、ずっとウルトラマンといっしょにやってきたじゃないか、地球人にできたことがハルケギニアの人にできないわけはない!)

 思い起こしてみれば、ほんの数年前にも、GUYSがファントン星人と友好を結んだり、エンペラ星人との決戦のときには、多くの宇宙人がメビウスの危機に駆けつけてくれた。星を越えた友情は、決して荒唐無稽なものではないのだ。

 だが、そんな才人にルイズは苦しそうに言った。

(そういえば、あんたの国には貴族と平民の違いはないんだったね。けれど、ハルケギニアでは、人間だけでも貴族と平民の中にもさらに細かく身分が分けられて、それらは絶対だとほとんどの人が信じてる。ましてや今あたしたちが戦ってるのは、狡猾で卑劣なヤプール、友好的なふりをしてだまし討ちにしてくることだって充分に考えられるわ。そんなことになったらどうするの?)

(それは……)

 才人には答えられなかった。地球人ならば可能なことでも、ハルケギニア人には困難なこともある。さらにルイズの言うとおり、ヤプールがそんな卑劣な手を使ってきたとしたら、人間は人間以外の人々を全て敵だと見るようになるかもしれない。

 だが、それに答えたのはエースだった。

(何度でも、信じてくれ)

(え?)

(例え相手が誰であろうと、信じて語り合おうと思う心を持ち続けてくれ。その思いが裏切られ、傷つけられても、また手を差し伸べる優しさを失わないでくれ。たとえそれが、何百回繰り返されようと)

(エース……)

(人に裏切られるということは、大変な苦しみだ。だが、それで人を信じなくなるか、もう一度人を信じてみるのか、どちらが本当に勇気のある選択か、よく考えてみてほしい)

 エースはそう言うと、心の中へと帰っていった。

 

「ルイズ、ちょっとルイズ」

「……え?」

「え? じゃないわよ。どうしちゃったの、急にぼぉっとしちゃって」

 不思議そうに自分の顔を見つめるキュルケの声に、ルイズは再び現実に戻った。

 ルイズはしばらく考え込んでいたが、やがてキュルケに向かって真剣な顔で話しかけた。

「ねえキュルケ」

「なに?」

「もし、もしもよ。あんたがさ、悪い男にだまされてひどい目にあったとしたらさ、あんたはもう男を信用しなくなる? それとも、また信じてみる?」

 キュルケは、唐突なルイズの質問に、しばらくぽかんとしていたが、腕組みをして豊満な胸をさらに持ち上げるようなしぐさをすると、微笑しながら答えた。

「まず、わたしが男にだまされる、そこのところは訂正してもらいたいわね。けれど、わたしも人にだまされた経験が無くはないわ、容姿に恵まれた者は、ねたまれるのが常だものね、ね」

 そこまで言うと、キュルケはなぜかタバサのほうを向いて、軽くウィンクすると、タバサも軽くうなづいた。

「ま、それはいいとして、そうね。とりあえず、だました奴はただじゃおかないわね。けれど、ほかの人にもそれを適用したりはしないわ。どうあれ、人は人だもの」

「それなら、ある亜人にだまされても、ほかの亜人は関係ないと思える?」

「難しい質問ね。自分とまったく違うタイプの人と接した場合、その人そのものがその人の属するグループの特徴だと思い込んでしまうのが、人の心理というものだしね。けど、あなたの言いたいことはわかったわ。わたしも、気をつけることにするわ……けど、あなたらしくもなく丸い考え方ね。彼の影響かしら? ん」 

「な、なにを馬鹿なことを! わ、わたしがこんな奴の言うことに、ふらふら惑わされるわけないじゃない!」

 顔を真っ赤にして言うルイズに、キュルケはわかったわかったと笑いながら言った。

 シエスタとロングビルは、ふたりの会話を黙って聞いていたが、その内容にはそれぞれ思うところがあったようで、自分の胸に手を当てて、じっと考えていた。

 

 そして、瞬く間に夜は更けて、夜更かしなトリスタニアの街もすやすやと眠りにつき、ルイズたちもそろそろベッドに入ろうかというころになった。

「そろそろ遅いわね……明日は朝一番で帰るわ、もう寝ましょうか?」

 ロングビルに言われて、ルイズ達はそれぞれベッドに入った。普段着のままだが、ここの寝巻きはどうも質が悪かったので、誰も着替えようとしなかった。

 そしてシエスタが窓を閉めようとしたとき、階下のロビーがなにやら騒がしいのに気づいた。

「なにかしら、こんな時間に?」

 シエスタは不思議に思ったが、二階からではいまいちよくわからない。

 すると才人は、もしかしてまたツルク星人のような奴がと思い、デルフリンガーを担いで立ち上がった。

「また街でなにかあったのかも、ちょっと見てくる」

「あっ、ダーリン、じゃあたしも行く」

「ちょ、どさくさまぎれでサイトをどっかに連れ出す魂胆じゃないでしょうね、あたしも行くわ」

「そ、そういうことでしたらわたしも行きますとも、ええどこまででも!」

 才人としては、ちょっと見てくるだけのつもりだったのだが、またキュルケとルイズが張り合ったせいで、ぞろぞろと、しかも何故かロングビルとタバサまでついてきて、もうさっさと様子を見て寝ようと、うんざりした。

 だが、ロビーに下りて騒ぎの原因を突き止めたとき、まぶたを覆っていた眠気も一気にどこかに吹き飛んでしまった。

 

「お願いだから、お姉ちゃんたちに会わせて!!」

「だから、そんな人はここにはいませんと言っているでしょう。これ以上騒ぐなら、子供でも容赦しませんよ!」

 

「あの子、アイちゃんじゃないか!?」

 驚いたことに、日暮れに送っていったはずのアイがボロボロの身なりでホテルのボーイと怒鳴りあっている。

 ボーイは、あくまで紳士的に対応しようとしているようだが、汚い身なりの子供を相手にするのもそろそろ限界にきているようだ。

「この! ここは貴族様もお泊りになるホテルだぞ。お前のような小汚いガキのくるところじゃない、さっさと出て行け!」

 とうとう我慢の限界にきたボーイは、薄汚い本性をあらわにしてアイに平手を向けた。だが、それが振り下ろされるより早く、ルイズの声が鉄槌のようにボーイの耳朶を打った。

「待ちなさい!! その子はわたしの妹です。一切手を触れることは許しません!」

「!?」

「あっ! お姉ちゃん!」

 ルイズ達の姿を見つけたアイは、泣きながら駆け寄ってきた。ボーイは石像のように固まってしまっている。 

「えっ、いえ、しかしお客様……」

「なにか?」

 ルイズに、豹のように冷たい視線を向けられて、ボーイは返す言葉を失った。だが、二流でもホテルのボーイとしてのプライドがあるのか、まだ食い下がろうとしたが、そこにキュルケが立ちふさがって、穏やかな声で言った。

「ミスター、あたくしの友人に身分は関係ありませんわ。非礼はおわびしますが、ここは寛大な心で見逃していただけないでしょうか。お互いのためにも」

 そして、ロングビルが無表情でボーイの手に銀貨を一枚握らせると、ようやく彼もこれ以上食い下がる愚を悟ったらしく、一礼して去っていった。

 

「お姉ちゃん、うっうっ……」

 アイはシエスタの胸に顔をうずめて泣いていた。よく見れば、彼女の身に着けているものは、まるで雑巾のようなボロボロの衣服が一枚だけで、靴さえ履いていない。

 やがてロングビルが上着をかけてやり、才人がくんできた水を飲むと、アイはやっと落ち着いた。

「いったい何があったの、ここはもう安全だから、ゆっくり言ってみて」

 シエスタがアイの背中をなでてあげながら、優しく話しかけるとアイは思い出すのもおぞましいとばかりに、のどから吐き出すように自分になにがあったのかを話した。

 それによると、彼女を引き取った商家というのは、ほかにも身寄りの無い子供を引き取って育てたりと評判のいいところだが、その実、裏では子供を集めては奴隷として売りさばくという、血も涙も無い奴隷商人だったのだ。

 才人達も、自分達でアイをその商家に送っていっただけに、驚きを隠せなかった。特にロングビルは顔を紅潮させ、わずかだが歯軋りをしていた。元盗賊として長いこと裏家業に生きてきただけに、その正体を見破れなかったのが悔しかったようだ。ロングビルでさえ騙されたのだから、気のいいミラクル星人にはなお見破れなかったのだろう。

 地下牢に放り込まれそうになったところで、かろうじて隙を見て逃げ出してきたのだと彼女は言った。

「子供を売り物にするとは、とんでもねえ連中だ」

「まったくね、それでわたし達のところへ逃げてきたの、まあこの辺で貴族が泊まれる場所なんてそうはないからね。安心しなさい、弱い者を守るのが貴族の務め、そんな悪党にあんたを渡したりしないわ」

 才人とルイズも怒りをあらわにして言った。

 しかしアイはなおも興奮したままで、ルイズにつかみかかるようにして叫んだ。

「違うの、わたしはいいの、おじさんを、おじさんを助けて!!」

「おじさん……ミラクル星人か、あの人がどうしたんだ!?」

 ただならぬ様子に、才人はアイの肩をつかんで尋ねた。するとアイは、あのビー玉を取り出して、彼の前に差し出した。

「このビー玉、これだけはなんとか取り上げられずに守ったの、でも、あそこから逃げてきたあと、怖くて、これをのぞいたら、そうしたら……」

 才人はビー玉を取り上げると、ルイズと共に中をのぞきこんだ。

 

 また、ビー玉の中が泡立ったかと思うと、再び映像がふたりの脳に投影されてきた。  

 場所はどこかの森の中、そこをミラクル星人が歩いていると、突然彼の前の暗がりから巨大な半月刀を持ち、緑色の体に、大きく吊り上った目を持つ怪人が現れた。

「!? お前は」

「ぐふふ、ミラクル星人、お前の持つハルケギニアの調査資料を渡してもらおうか」

 怪人は刀を振りかざして、下品に笑いながらそう言った。

(テロリスト星人だ!)

 才人はそいつに見覚えがあった。地球で愛読していた怪獣図鑑のZATの欄にあった写真とうりふたつ、【緑色宇宙人 テロリスト星人】、好物の天然ガスを求めて、あちこちの星を襲っては住民を殺戮し、ガスを強奪していく宇宙の盗賊だ。

 だがミラクル星人はひるむことなくテロリスト星人に言い放った。

「ヤプールの差し金か。断る、この資料を渡せば、お前達はこの美しい星を侵略するために使うだろう。断じて渡しはせん!」

「ふん、生意気な、喰らえ!!」

 テロリスト星人は左手に仕込まれている機関銃、テロファイヤーをミラクル星人に向けると、ためらいもなく銃弾をミラクル星人にあびせた。

「ぐわっ!!」

 それは致命傷ではなかったが、ミラクル星人は撃たれた肩を押さえて苦しんだ。

 そして、彼は踵を返すと、道を外れて森の奥へと駆け込んでいった。テロリスト星人はあざ笑いながら自分も森の奥へと入っていく。

「ふははは、逃げろ逃げろ、簡単に捕まっては面白くないぞ、せいぜい楽しんでなぶり殺してやる」

 そこで再び視界が泡立ち、映像が終わった。

 

「テロリスト星人め!」

 才人はビー玉を握り締めて、ギリギリと音が鳴るほど強く歯軋りをした。

「そうか、このことを伝えるために、必死にここまで来てくれたのか、本当に不安で、苦しかっただろうに」

 アイの手のひらの上にビー玉を握らせてやると、アイは涙をいっぱいに浮かべながらルイズ達にすがりついた。

「お願い! お姉ちゃんたち、貴族なんでしょ、魔法使えるんでしょ、お願い、おじさんを助けて!」

 けれど、突然のことにキュルケやロングビルは、まだ信じられないというふうに立ち尽くしている。

 だが、才人はすぐにルイズに向き直ると。

「ルイズ、さっきの場所はどこだ!?」

 すでに才人の心は、ミラクル星人を助けに行くと決まっていた。しかしトリステインの土地勘が無い才人には、あれがどこの森だったのかはわからない。

「ちょっと待って…………まって、あの道にあった立て札は……そうだ、ラグドリアン湖への一本道、ここから六リーグほどの場所よ」

 ルイズはそう断言した。

「わかった、ちょっと馬借りるぞ、朝までには戻る」

 才人はそう言って出て行こうとしたが、その前にルイズが立ちふさがった。

「ちょっと待ちなさい。あんた、こないだ次はわたしもいっしょに連れて行くって言ったのをもう忘れたの?」

「え、もしかしてお前」

「当然でしょ。彼は命を賭けてハルケギニアを守ろうとしてくれている。そこに住んでいるわたし達が助けなくて、どの面下げて貴族と名乗れるの?」

「ルイズ、お前ってやつは……」

 いつも他人のことなど知ったことかといった態度をとるルイズの思いもよらぬ言葉に、才人は感極まってしまった。

 すると、それまで成り行きを見守っていたタバサが。

「馬じゃそこまでは時間がかかりすぎる。わたしのシルフィードに乗っていくといい」

「タバサ、お前も手伝ってくれるのか!? てか、こんな話を信じてくれるのか?」

「子供が親のことでうそはつかない……」

 タバサがそう言うと、泣いていたアイの顔から悲しみが消えた。

 そして、それまで行動を決めかねていたキュルケとロングビルも才人の前に出て。

「タバサがそう言うなら、わたしも手伝わないわけにはいかないわね」

「秘書とはいえ、学院にいる者として、生徒だけに危ない橋を渡らせるわけにはいかないわね」

「ありがとう、ありがとうお姉ちゃんたち」

 すでにアイの目から涙は消え、満面の笑みだけがそこに浮かんでいた。

 

「よし、そうと決まれば善は急げだ。タバサ、頼む」

 ホテルから出て、タバサが口笛を吹くと、一分もせずに月を背にしてシルフィードが降りてきた。ただ、シルフィードにとってもおねむの時間だったらしく、はれぼったい目をしていたが、あくびをしそうになったところでタバサが杖で頭をこづいて目を覚まさせた。

「乗って」

 まずタバサが乗り込み、続いて才人、ルイズ、キュルケ、最後にロングビルがアイを抱いて飛び乗った。

「あの、わたしはどうすれば」

 戦う力は無いために残されたシエスタが、才人達を見上げて聞いた。

「シエスタ、君は衛士隊の詰め所に奴隷商人達のことを訴え出てくれ。人間を商品にするなんて、絶対に許しておけねえ」

 拳を握り締めて言う才人に、シエスタもそうですねと強くうなづいた。だが、ロングビルが難しい顔でそれを止めた。

「待って、これだけのことを誰にも気づかれずにやり続けていられたのは、いくら偽装が巧妙だったからといっておかしいわ。衛士隊にも裏金を回して口止めがされている恐れがあるわ」

「そんな、女王陛下の衛士隊が」

 シエスタは、まさかと思ったが。

「別に衛士全員を買収する必要はないわ、命令を出す隊長、もしくはここら一帯を警備する数人を篭絡すればことが済むことよ。アイちゃんみたいな脱走者がこれまで出なかったとは考えにくいから、おそらく前者ね。訴えに行ったら、逆に捕まりかねないわよ」

 裏社会で生きてきたロングビルの言葉には説得力があった。しかし、だからといって悪党共をのさばらせていいはずはない。才人は少し考え込むと、再びシエスタに言った。 

「よし、じゃあ王宮に行って、銃士隊の隊長のアニエスという人に協力を頼んでくれ。ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールのヒラガ・サイトの紹介だと言えば、きっと力を貸してくれるはずだ」

「えっ、じ、銃士隊って、このあいだ大殊勲を立てたところじゃないですか! その隊長さんと知り合いって、サイトさんいったい……?」

「あ、まあいろいろあってな。ともかく時間がない、頼んだよ」

「わかりました。サイトさんのお頼みですから、まかせてください。では、お気をつけて」

 シエスタが駆け出すのと同時に、シルフィードは宙へ飛び上がった。

 たちまち、うっすらと明かりの残るトリスタニアの街が眼下で小さくなっていく。南西のラグドリアン湖方面へ向かって、シルフィードは全速で羽ばたいた。

「うわっ!? は、速え!」

 風竜シルフィードの全力飛行は、才人の想像を超えていた。家々があっという間に後ろに流れていく、まだ幼生体だというが、馬なんかとは比較にならない。

「頼むから、間に合ってくれよ」

 

 

 しかしそのころ、もはやミラクル星人の命運は今まさに尽きようとしていた。

「ぐ、うう……」

 ミラクル星人は、森の中の小川を川原づたいに必死に逃げ延びていた。

 すでにテロファイヤーを何発も体に受け、もう森の中を走り回る力は残されていない。だが、なんとかこの先の川原の地下に眠らせてある宇宙船の元までたどり着こうと、足を引きずりながら、あきらめずに歩いていた。

 対してテロリスト星人は、まるでネズミをいたぶる猫のように、ひと思いにミラクル星人を仕留めようとはせず、その後ろから森の中を邪魔な木々を右手に持った半月刀、テロリストソードで切り倒しながら悠々と追ってきていた。

「がっはっはっはっ、そらそら、早く逃げないと撃っちまうぞ。命が惜しければ、さっさと調査資料を渡すんだな」

「……断る」

 だが、これだけ追い詰められてもミラクル星人の心は折れていなかった。

「ちっ、強情な奴よ。どうせこの星では貴様を助ける者なんて誰もいやいないんだ。とっととあきらめやがれ」

 暴力こそ至上の喜びとするテロリスト星人は、ミラクル星人の絶望と命乞いの言葉を聞こうと、わざと急所を狙わずにいたぶり続けてきたが、体中傷だらけになってもなおあきらめようとしないミラクル星人に、そろそろ我慢ならなくなってきていた。

 そして、これ以上なぶっても無駄だとわかると、テロリスト星人はジャンプしてミラクル星人の頭上を飛び越え、川原の前で道をふさいでしまった。

「さあ、これで逃げ道はないぞ。これが最後だ、調査資料をよこせ!」

「断る」

「ぬぅぅ、戦う力もないくせに生意気な、死ねぃ!!」

 とうとう怒ったテロリスト星人は、怒りのままに袈裟懸けにミラクル星人にテロリストソードを

振り下ろした。

「ぐわぁっ!!」

 左肩を切り裂かれたミラクル星人は、ひとたまりもなく川原の砂利の上に倒れこんだ。

 いままでのなぶるための攻撃ではなく、本気で殺しにきている。

「馬鹿な奴め、どうせこうなることは分かっていただろうに、調査資料はもらっていくぞ。ヤプールは人間のマイナス感情につけこむのが得意だからな、お前の資料でこの星の人間共の生態が知れれば、侵略のスピードはぐんと増すだろう。俺様はこの星の手つかずのガスでもいただきながら、ゆっくり見物させてもらうわ。貴様は地獄で精々歯軋りするがいい、ふははは」

 高笑いしながらテロリスト星人は、倒れているミラクル星人に向かって剣を振り上げた。

 

 だが、そのとき!!

 

「待てぇぇ!!」

「!?」

 突然真上から聞こえてきた声に、とっさに空を見上げたテロリスト星人の目に、月を背にして急降下してくる何かが映り、本能的にテロリスト星人はその場を飛びのいた。

 次の瞬間、テロリスト星人のいた場所を銀色の一閃が通り過ぎていき、ミラクル星人の足元に、何かが着地した。

「間に合ってよかった」

「き、君達は……」

 先頭をきってシルフィードから飛び降りてきた才人に続いて、降下してきたシルフィードからルイズ達が次々に降り立って、傷ついたミラクル星人を守るように陣をしく。そして最後にロングビルがアイを抱いて飛び降りると、アイは泣きながらミラクル星人に抱きついた。

「おじさん! おじさん!」

「アイちゃん……そうか、君が皆さんを連れてきてくれたのか」

 ミラクル星人は、苦しい息のなかで、アイの頭をなでてやった。

 その姿は、本当の親子のよう、いや、ふたりの心はすでに親子以上の絆で結ばれているのだろう。

 ロングビルは、懐から包帯と傷薬を取り出し、慣れた手つきでミラクル星人の傷を治療していった。怪盗時代から手傷を負ったときのための備えだったのだが、こんな形で役に立つことになろうとは。

 それを見届けると、才人は改めてテロリスト星人に剣を向けた。

「ここまでだテロリスト星人、もうお前の思い通りにゃさせねえぞ」

「ぬぅぅ、なぜこの星の人間が味方をする?」

「そんなことはどうでもいい。お前もヤプールの手先だな」

「ふん、手先とは言ってくれるな。俺様はそいつの持つ調査資料を奪うためにヤプールに雇われただけよ。その代わりに、俺様はこの星に手付かずで眠っている大量のガスをいただくのさ。ひ弱な人間どもめ、邪魔するというなら貴様らもまとめて皆殺しだ!」

「やれるものなら、やってみろ!!」

 瞬間、才人はテロリスト星人に斬りかかった。

 激しい金属音と火花を散らせてデルフリンガーとテロリストソードがぶつかり合う。 

「わたし達も、やるわよ!」

 才人がテロリスト星人と打ち合っている間に、キュルケ達も呪文の詠唱にかかる。

 自分の欲望のためだけに弱者を虐げ、親子の絆を断ち切りかけて恥じない残忍なやり口に、彼女達の怒りも頂点に達していた。

 

「でやぁぁっ!!」

「ぐっ、人間風情が!」

 激しい打ち合いが両者の間で続く、攻めているのはテロリスト星人だが、才人はその斬撃を全て受け止め、なおかつ押し返すほどの勢いを見せていた。

「はーははっ、おでれーたな相棒、いつの間にこんなに腕上げやがった!?」

 デルフリンガーも、決して遅いとは言えないテロリスト星人の攻撃をすべて的確に跳ね返す才人に、例のおでれーたを口走る。

「ツルク星人の二段攻撃に比べればたいしたことはないぜ。人間をなめるなよ、テロリスト星人!」

 そう、あのツルク星人との死闘、アニエスとの猛特訓が才人の腕を格段に引き上げていた。今の彼の技量は、単にガンダールヴの力で底上げされていた一週間前とは違う。全体的に見ればまだまだ穴だらけだが、敵の攻撃を見切ることに関してだけは、すでに達人の域に入っていた。

「おのれこしゃくな、だが受けてばかりでは勝てんぞ!!」

 苦し紛れに攻勢を強化するテロリスト星人、確かに、才人が受けてきた訓練は受け止めることまでで、反撃にはいたっていない。

 しかし、才人は最初から自分だけで勝とうとは考えていなかった。

 テロリスト星人の打ち下ろしてきた斬撃を、下段からはじき返すと、彼はガンダールヴで強化された脚力を使い、全力で後ろに飛びのいた。

 

「今だ!!」

 

「なに!?」

 才人が叫んだ瞬間、テロリスト星人は自分を三方から囲んでいる魔法の光を見たが、そのときにはすでに手遅れだった。

『ファイヤーボール!!』

『フレイム・ボール』

『ウィンディ・アイシクル!』

 棒立ちのテロリスト星人に三人の魔法の集中攻撃が飛ぶ。ルイズのファイヤーボールだけは、やはり失敗して爆発になったが、この場合とりあえず破壊力さえあれば呪文の成否はどうでもいい。

 高熱火炎、音速に近い速度で飛ぶ鋭利な氷の弾丸、とどめに巨大な爆発がテロリスト星人を包み込んだ。才人は、ツルク星人との三段攻撃でアニエスの突破口を開いたときのように、最初から威力の高い魔法攻撃でとどめを刺せるよう、呪文詠唱の時間稼ぎをしていたのだった。

「やったか?」

 爆炎に隠れて、テロリスト星人の姿は見えなくなっていた。人間ならば骨も残さず吹き飛んでいるような攻撃だったが、相手が宇宙人ならその限りではない。

「おのれ、おのれおのれぇ! 許さんぞ、人間共!!」

 怒鳴るようなテロリスト星人の声が聞こえたかと思った瞬間、煙の中が一瞬光り、とっさに才人達はその場から飛びのいた。

 そして次の瞬間、煙を吹き飛ばして現れたテロリスト星人の姿がみるみるうちに巨大化していき、あっという間に身長五十メイルを越す巨体となった。

「ぐはは、踏み潰してくれるわ!」

 巨大化したテロリスト星人は怒りに任せて所かまわず足を振り下ろす。

「ちょ、こんなの反則じゃない!」

「……いったん退却」

 キュルケとタバサはこうなっては勝ち目がないと、森の木々の合間を利用して逃げに入った。

「敵に背を向けないのが貴族、とかいわねえよな?」

「言いたいけど、あんたは言わせたくないんでしょ。まあこんなのフェアじゃないしね。逃げるわよ!」

 才人とルイズも降ってくる巨大な足から逃げ回る。

 だが、そのときテロリスト星人の目に、ロングビルとアイ、それにミラクル星人を乗せて飛び立とうとしているシルフィードの姿が映った。

「おのれ逃がすか!! 資料をよこせ!」

 振りかぶられたテロリストソードが一気にシルフィードに向かって振り下ろされる。

 シルフィードもそれに気づいたが、もう避けきれない。

「そうはさせるか!」

 才人は思い切りデルフリンガーをテロリスト星人の手に向かって投げつけた。

「!?」

 デルフリンガーは星人の手の甲に突き刺さった。それはテロリスト星人にとって痛覚を伴うものではなかったが、神経は反射行動を起こして剣線がわずかにずれ、テロリストソードはシルフィードの翼の先端をかすめ、地面に深く食い込んだ。

「ぬぅぅっ!! 逃がすか!!」

 高く飛び上がるシルフィードに向かって、テロリスト星人は左手のテロファイヤーを向ける。そのとき、迷わず才人とルイズはその手のリングを重ねた。

 

「「ウルトラ・ターッチ!!」」

 

 闇夜を割いて、輝く光が天に駆け上る。

 シルフィードに向けて放たれたテロファイヤーの間に割り込んだ閃光が、その全弾を叩き落し、雄雄しき姿となって現れた。

 

「デヤァ!!」

 

 双月を背に、ウルトラ兄弟五番目の弟が光臨した!!

 

 

 続く


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