ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第89話  たったそれだけのこと

 第89話

 たったそれだけのこと

 

 大蟻超獣 アリブンタ

 友好巨鳥 リドリアス

 高原竜 ヒドラ

 磁力怪獣 アントラー

 海獣 サメクジラ

 宇宙海人 バルキー星人

 古代超獣 スフィンクス

 さぼてん超獣 改造サボテンダー 登場!

 

 

 最初は、なにもできないと思っていた。

 

 わたしは、エルフの母とアルビオン大公だった父の元に生まれ、幼くして両親をなくすと、人目を避けて森の中で暮らしてきた。

 そう、わたしはハーフエルフ。人間とエルフのあいだに生まれた半端者……人からは恐れられ、エルフからは蔑まれる存在。

 だから、わたしが誰なのかは誰にも知られてはいけなかった。そうしなければ、この世界では生きていく保障すらないと、両親に代わってわたしの面倒を見てくれたマチルダ姉さんはきつくわたしに言いつけた。

 

 でも、たったひとりで暗い森の中で隠れ潜んでいられるほど、わたしは強くはなかった。

 いつからか、わたしは戦争や災害で親を失った子たちを引き取って育てるようになった。

 たまたま森の中をさまよっていた子や、マチルダ姉さんが拾ってきた子。森の中の道を通った人買いの馬車から、姉さんといっしょに助け出した子たちなど、ひとりひとりのことをよく覚えている。

 彼らはみな、わたしのことを本当の親のように深く慕ってくれた。

 けれど、みんながわたしを慕ってくれるのはなにも知らない子供だから。彼らもいつかは大人になり、知らなかったことを知るようになる。

 そのとき、みんなは変わらず自分のことを慕ってくれるのか……わたしはみんなを愛しながらも、いつか訪れるそのときに怯え続けていた。

 わたしは実はとても虚しいことをしているのではないのか? こうして森の中に隠れ続けて、逆に子供たちを森の中に閉じ込めているだけではないのだろうか? マチルダ姉さんも、わたしのために人生を無駄に使ってしまっているのではないのか? わたしはいったい、この世界の中でなんのために存在しているのだろうか?

 眠るとき、答えの出ない自問の繰り返しに何度も枕を濡らした。

 

 でも、世界はわたしの思っていたよりも大きく、この世に隠れ場所なんかないように、運命はわたしの周りで動き出した。

 最初は、ふらりとやってきた旅の人、ジュリさんとの出会いだった。

 わたしたちの住むウェストウッド村を襲った、巨大な怪物・怪獣と超獣。そして、ウルトラマンの戦い。

 それは、外の世界に漠然とした憧れしか抱いてこなかったわたしに、とてつもなく大きな衝撃になった。

 外の世界は、わたしなんかの想像をはるかに超えて大きくて広い。サイトさんやルイズさんたち、マチルダ姉さんが連れてきてくれた新しいお友達との触れ合いを経るうちに、わたしの外の世界へのあこがれは大きくなっていった。

 でも、そのときはまさか自分が世界の命運を左右するほどの運命を背負っていることなどは、夢にも思わなかった。

 わたしにはエルフがもっとも恐れるシャイターンの力、『虚無』の系統が宿っている。それが、わたしの持って生まれた宿命。

 突然持たされた、この大きすぎる力……きっと、わたしだけだったら重圧に押しつぶされるか、理解さえできずに呆けているしかできなかっただろう。

 だけど、ルイズさんたちが教えてくれた。この力は、滅亡に向かって走っている世界を救うために必要なんだって。

 

 だからわたしは来た。母の生まれたこの国へ……わたしが誰なのかを知るために、わたしのなすべきことを知るために。

 そして、みんなは凄惨な戦いにおびえていたわたしになすべきことを教えてくれた。

 みんなを助けたい。わたしをなんの抵抗もなく受け入れてくれた友達を。それに、トリステインでわたしを待っていてくれるみんなの下へ、一人前になった姿で帰るためにも。

 サイトさんは、いざとなったらおれが守ると言ってくれたけど、あの人にはわたしなんかよりずっと守るべき人がいる。

 テュリュークさんがくれた、ふしぎな青い石が手の中で光っている。大昔のエルフの英雄が残していったという、きれいな石。始祖ブリミル……わたしの遠いご先祖さまが残した本といっしょに、もしも本当にふしぎな力があるなら、わたしに勇気を貸して。

 わたしにみんなの言うようなすごい力があるなら、それを使うのは今!

 

 振り返った過去との決別を誓い、ティファニアは流れるような呪文とともに杖を振った。

 光芒……彼女がこの世に生を受けてから、その身に蓄積してきた膨大な魔力が一気に解放される。

 虚無の初歩の初歩の初歩。しかし、心優しく人を傷つけることを嫌うティファニアにその魔法は相性が悪く、本来ならば使いこなすことはできないとされてきた。

 しかし、戦う決意をしたティファニアはあえてその呪文を唱える。決意と覚悟は力となり、ティファニアの生涯一度限りの超魔法がアディールを襲う悪魔たちを照らし出した。

 

 

『エクスプロージョン!』

 

 

 光が世界を包み、闇の結界に包まれていたはずのアディールが一瞬昼間のように明るくなった。

 虚無の光は杖を振ったティファニアを中心に、あまねくすべてを貫いた。神々しさとも違う、不思議だが生きているような優しい輝きは、それを見たすべての人々に一生忘れ得ない記憶を植えつけた。

〔テファ、とうとう虚無の魔法を使ったのね……〕

 かつて自分が使ったものと同じ輝きを見て、ルイズはティファニアの覚悟を知った。始祖の祈祷書を用いて、自らの力を開放することは、ただの少女としてひっそりと生きていける道を完全に捨てるということになる。それでも、彼女は小さな肩に背負うには大きすぎる力を振るうことを選んだ。ならば、もう他人がその選択に口を差し挟む権利はない。

 

 閃光は、まさしくティファニアの心の火ともいうべき太陽となり、ほんの数秒の短い寿命の中で奇跡を起こして消えていった。

 鏡のような海の上に、島のごとき不動の姿を鎮座させる東方号。甲板で戦っていたギーシュやミシェルたちが、目を覆うような光芒が去った後に目の当たりにしたのは、ほんの十数秒前と同じ場所にいるとは信じがたい光景であった。

「ち、超獣は? いったい、どこにいったんだ?」

 首をちぎれんばかりに振っても、今の今まで東方号を沈めようと怪力を振るっていた超獣オイルドリンカーの姿は霞のように消え去っていた。

 いや、そればかりではない。エルフたちを無数の触手で襲っていたタコ怪獣ダロンも影も形もなくいなくなり、その海面には同じように呆然としたエルフたちが何十人も浮いている。

「お、おれたち、助かったのか?」

 サメクジラのいた海面にはわずかな気泡のみが残り、バルキー星人に追われていたコルベールも魔力切れを起こして、わけがわからないといわんばかりに自分の杖を浮き輪代わりにして立ち泳ぎをしていた。

 

 不可解なことはそれだけではない。大火災に見舞われ、焼け野原と化そうとしていたアディール市街の炎は息を吹いたろうそくのように白煙を残して消え去り、崩れた瓦礫に阻まれて焼け死にかけていたエルフは、目をしぱたたかせながら道の真ん中に大の字に寝転んだ。

 

 だが、なによりも驚くべきこと。そして数々の謎の答えは、ウルトラマンAとその周辺にあった。

 アントラーとアリブンタ、二匹の強豪怪獣と超獣を相手取り、苦戦を余儀なくされていたエース。受けたダメージも軽微でなくなり、時間も経過してカラータイマーが赤く点滅を始めていたころに虚無の光は彼らを貫いた。

 かつてルイズが使ったときは、幽霊船怪獣ゾンバイユに風穴を空けて致命的なダメージを与えたエクスプロージョン。そのときのものは収束して炸裂したようだったが、ティファニアの使ったものは自らを中心にしての拡散型の爆発だった。この光はヤプールによって封じられた闇の結界の中のすべてを貫き、彼女の願った奇跡を現出した。

 アントラーとアリブンタは人形のように崩れ落ち、全身を痙攣させて口から泡を吹いている。それだけではなく、スフィンクスとサボテンダーもまた、大きなダメージを受けたらしく地面に倒れこんで起き上がる気配がない。しかも驚くべきことに、ヒドラとリドリアスには一切の影響はなかったようで、むしろきょとんとしている様子がかわいらしくもあった。

〔こいつが、テファの虚無魔法かよ。なんて威力だ〕

〔すごい……わたしが使ったエクスプロージョンの何倍……始祖ブリミルの使ってたオリジナルに匹敵するか、それ以上かも〕

〔しかも、街や人には一切の被害を与えずに超獣のみを倒すとは。これは、私でも到底できん〕

 才人、ルイズ、それにエースは打たれた体を押さえながら、倒された超獣たちを見下ろして驚嘆した。

 だが、ティファニアの最初で最後のエクスプロージョンの炸裂は、ヤプールの超獣軍団を一撃のもとに無力化したのみならず、さらなる奇跡をもおまけとして残していった。

〔ん? そういえば北斗さん、なんか体が楽になったような〕

〔なに? こ、これは! エネルギーが回復している〕

 なんと、危険レベルまで減少していたエースのエネルギーが一気に全快まで跳ね上がっていた。カラータイマーは青に戻り、受けたダメージもほとんどなくなっている。

 

”これも、テファの魔法の力なの? だけど、エクスプロージョンは攻撃の魔法のはず!? いえ、テファならばもしかして”

 

 エクスプロージョンの効果としてはありえない力に、ルイズはとまどった。しかし、同じ虚無の担い手ゆえにひとつの仮説が頭の中に浮かんでくる。エクスプロージョンは使い手の狙った対象物のみを破壊できるという、奇跡的な効力を有する魔法なのだが、それが実は狙った対象物を破壊ではなく『変質』させる効果だったとしたら? もしくは、巨大すぎる魔力の暴発が、魔法の力は心の震えに左右されるという法則に従って、エクスプロージョン自体にイレギュラーを発生させたとしたら?

 答えはわからない。しかし、眼前の現実はまさしく奇跡としかいいようのないものであった。

 ヤプールの超獣軍団は無力化され、火災は鎮火され、エースの体にはエネルギーが満ちている。それを実現させたのは、ティファニアのアディールにいるすべての人たちを助けたいという願い。そのシンプルで、それであるがゆえに強い祈りは膨大な魔力の衝撃波となって、アディールに災いをなすもの、すなわち超獣はおろか火災などすべてに対して襲い掛かった。

 その結果、街で暴れていた超獣は大きなダメージを受け、街の炎はかき消されてしまった。そして、エクスプロージョンの直撃を至近で浴びてしまったオイルドリンカーとダロンは、文字通り消滅させられてしまったのだ。

〔さらに、私の体に満ちる力は、彼女のこの街を守りたいという意思がプラスに影響したがゆえか。とてつもないものだ。これほどの超能力を有する種族は、宇宙全体を見渡してもそうはいないだろう……だが〕

 ウルトラマンAは感嘆したが、手放しに喜ぶことはしなかった。振り返り、東方号のある方向を見つめる。

 恐らく、これほどの力の解放を人の身でして、本人が無事であるということはないだろう。しかも、これが終わりではなく始まりにすぎないことをエースは知っていた。

 だが、助けることはできない。きっと、ティファニアにとってこれから訪れる難題は、彼女の人生最大の壁になるだろう。それを乗り越えるには、彼女自身の本当の決意と勇気以外に頼れるものはない。エースの金色に光る眼は白煙を貫いて、この奇跡を起こし、これからさらなる奇跡を呼び込まなくてはならない使命を背負った少女を見守った。

 

 アディールの海に傷ついた体を横たえる東方号。その頂上部で、エクスプロージョンにすべての精神力を使い果たし、魔力の抜け殻のようになったティファニアが力なく崩れ落ちた。

「ティファニア! だいじょうぶ? しっかりして」

「あ……ル、ルクシャナさん。だいじょうぶ、ちょっと疲れただけだから」

 ティファニアは、倒れこもうとしたところを受け止めたルクシャナの腕の中で弱弱しく笑った。ルクシャナは、慌ててエルフの治癒の魔法をかけるが、ティファニアの顔には大粒の汗が浮き出し、息は肺病にかかっているかのように激しく荒れている。

「やっぱり無茶だったのよ。使い方もわかってない魔法を、無制限に発動させるなんて、悪くしたら死んでいたかもよ!」

 始祖の祈祷書の序文には、虚無の魔法はときには命を削ることもあるゆえに使い方に注意せよと、わざわざ警告があるという。それを、自分の系統に沿うこともない呪文を無制限に解放した日にはどうなっていたか。普通の魔法でさえ、反動で体調を崩したり、耐え切れずに死亡する例もあるというのに!

「っとに、蛮人ってやつはどいつもこいつもバカばっかりなんだから! ほら、水薬よ、飲める? しっかりしなさい!」

「……ありがとう。やっぱり、ルクシャナさんは優しい人ですね」

「っ! バ、バカ、こんなときになに言ってんのよ。いいから早く飲みなさい。少しだけど、体内の水の流れを整えてくれるわ。あとはもういいから、あなたは休んでなさい」

 ルクシャナの診るところ、ティファニアは今すぐにでも入院が必要な危険度だった。とにかく精神力はおろか、生命力までもが著しく失われていて、まるで虚無魔法に命を食われた残骸のようだ。少なくとも数日は絶対安静にしなくては、彼女は自らの生命の鼓動すら保てるかどうか。

 だがティファニアは、普通の人間なら意識が混濁してまともにしゃべることすらできなくなってきているはずなのに、はっきりとした強い意志をその瞳に宿らせ、毅然とした口調でルクシャナに言った。

「ルクシャナさん、お願いがあるんです。わたしのやるべきことは、まだ終わってないんです」

「あなた、まさか……死んでもいいの!?」

「大丈夫です。まだ、あとちょっとだけならがんばれるから……お願い、これはわたしにしかできないことなんです」

 ティファニアはルクシャナの腕に抱かれながら、片手で彼女の襟首を信じられないほどの強さで掴んで頼んだ。

 もう、どこにもそんな力は残されてはいないはずなのに……ルクシャナは意を決すると、ティファニアの体を抱え上げた。

 役割を失った始祖の祈祷書と杖は、鉄の床の上におもちゃのように転がっている。しかし、なんの魔力も持っていないはずのバラーダの輝石だけは、まるでティファニアをはげますように、強く握り締めた彼女のもう片方の手の中で光り続けていた。

 

 超獣軍団の無力化により、非現実的なまでの静けさに包まれているアディールとその洋上。そこに、少女の年幼く聞こえる声が響いたとき、市民たちの視線はあますところなく、声の源泉たる鋼の巨城の頂点に注がれた。

 

「アディール市民の皆さん。いいえ、サハラに住むネフテスのエルフの皆さん、わたしの声が聞こえていますか」

 

 風魔法で増幅された澄んだ声。それは、呆然自失としていた人々に自我を取り戻させ、同時に彼らのすべては鋼鉄の塔の上に女神のように金糸の髪をなびかせて立つひとりの少女を見た。

 

「みなさん……えっと、わ、わたしはティファニアといいます。だ、大事なお話があるので、どうか聞いてください」

 

 ここで、聞いていた市民たちの陶酔感もしくは緊張感はある程度の低下をした。塔の上に立つ女神のような、造物主の贔屓を一身に受けているような美少女の口から流れたのは、戦乙女の鼓舞のような美々しき旋律ではなく、厳しい教師に答案を手渡しするときの女学生にも似た弱弱しい声だったからだ。

 しかし、少女は逆に数万というエルフたちの視線を一身に浴びるという緊張の極で身を固めながらも、手を貸そうとするもうひとりの少女の手を断って自分の足で立ち、言葉を続けた。

「わたしたちは、サハラの西にある人間たちの世界、ハルケギニアにあるトリステイン王国から平和のための使者として来ました」

 ざわめきが海上、陸上を問わずに起こった。彼らの誰一人として想像もしていなかった言葉……いや、過去幾千年にも渡って武力を持っての侵攻のみを繰り返してきた人間に対するエルフたちの認識には、平和を求めてというもの自体が欠落してしまっていたのだ。認識のないものになど、気づけるわけがない。

 想像の埒外からの呼びかけに、エルフたちの注目はいやがうえにも上がる。東方号の仲間たちは、そんなテファの姿に、もう止めようがないと無言のままで見守っていた。

「今、ハルケギニアとネフテスを含む、この世界は滅ぼされようとしています。その敵は、異次元人ヤプール。この世界の外から来たという、自らを悪魔と呼ぶ恐ろしい力を持った侵略者です。すでに、ハルケギニアではヤプールの操る巨大な怪物の群れ、超獣が暴れまわり、このネフテスでもヤプールの侵攻はもはや隠れようもありません」

 どよめきが大きくなり、市民たちは口々にティファニアの言ったことを反芻した。

 実は、ネフテスの市民たちのかなりの割合は、このとき初めてヤプールや超獣の名を聞いたのである。ヤプールは、竜の巣での戦いなどを通して、自らの正体と目的を何度もエルフたちに語っていたが、評議会は市民にパニックが起こるのを防ぐために、その事実を軍内部にのみとどめて、市民には断片的な情報しか与えてこなかった。

「ヤプールは、ハルケギニアとネフテスの両方をいっしょに滅ぼせるだけの力を持っています。対抗するには、どちらか一方だけの力ではとても足りません。そこで、トリステインのアンリエッタ姫さまはわたしたちに命じて、長年続いたハルケギニアとネフテスの争いを終わらせようとしているのです」

 一気に、ティファニアは目的の要点をしゃべりきった。そこまでで、ティファニアはさらに大きく疲労して、後ろに倒れこみかけてルクシャナに背中を支えられた。

 やはり、立っているだけでも相当つらいはずなのに。しかも、元々引っ込み思案で人前に出ることすら苦手なくせに……

 だが、ティファニアの消耗など度外視して、エルフたちの動揺は大きかった。

 初めて聞く敵の存在と、世界全体の危機という彼らの尺度を大きく超えた敵の存在が、人間を相手には無敵を誇ってきたことと、何者にも侵されずに今日まで繁栄を誇ってきて安穏に慣れきっていた彼らの頭上に、まさしく雷鳴となって降り注いだのだ。

「まさか、そんな……」

「信じられない……」

 それぞれがつぶやいた言葉は百人百色あれど、内容はほぼその二言に集約されていた。

 証拠はまさしく眼前にある。アディール防衛の部隊は戦力の大半をすでに失い、空軍の主力艦隊は一隻残らず撃沈。水軍もほとんどの鯨竜艦を沈められ、残っているのは旗艦以下数隻のみ。エルフたちが信じてきた無敵神話は完全に崩壊して、目の前には残酷な真実のみが転がっている。

 が、それでもエルフたちは人間たちと手を組もうというつもりにはなれなかった。

「ふざけるなよ! 自分たちが危なくなったからって、我々に泣きついてくるとは図々しい。お前たちの世界がどうなろうと知ったことか、さっさと滅ぼされるがいい! 蛮人ども」

 そうだそうだと、多くのエルフたちが共感して叫んだ。数万の罵声の嵐にさらされるティファニアの姿に、見守っていたギーシュやエレオノールらは怒りを覚えたが、ビダーシャルやテュリュークはわかっていた。これが、エルフと人間とのあいだにある溝、こうなることは最初からわかっていた。

 だが、ティファニアはあきめなかった。

「みなさん! みなさんが、人間を憎む気持ちはわかります。ですが、その憎しみこそがヤプールの思惑通りなんです。なぜなら、ヤプールは人間やエルフ、この世界に生きるすべての種族の怒りや憎しみ、そんな暗い心を糧にして強大になる悪魔なんです。ですから、わたしたちが憎しみ合う限り、ヤプールには絶対に勝つことはできないんです!」

「な、なにを馬鹿な!」

 それこそ信じられないと、市民たちはティファニアの言葉を受け入れなかった。ヤプールの本質は、まさに悪魔と呼んで差し支えないものだが、それを理解するのは常識では難しい。だが、そこへテュリュークとビダーシャルが助け舟を出してきた。

「市民諸君、テュリュークじゃ。そのお嬢さんの言ったことは、すべて正しい。わしはかねてより、この世界で起きている異変の兆候を知るために、蛮人の世界へ使いを送っていた。そのビダーシャルくんが、かの地で見聞きしてきたことは、まさしく伝承にある大厄災にも匹敵する凶事だったのじゃ」

「ハルケギニアでも、蛮人の軍隊がヤプールを迎え撃っているが、その劣勢は抑えようもない。聞くところ、ヤプールがハルケギニアにはじめて姿を現したころは、一回につき一体の超獣を出して攻めてくるのがせいぜいだったそうだが、今はこうして平然と数十体の軍勢を繰り出してくるようになっている。ヤプールは今でも際限なく強くなり続けている。それは、精神力が魔法の力に変わるのと同じく、ヤプールは世界中に満ち満ちる憎悪を無限に食い続けているからだ」

 評議会議長と議員の言葉に対しては、さすがに疑う者はいなかった。が、憎悪を喰らって強大化し続ける、それは比喩ではなく悪魔そのものでしかない。そんなものに対してどうしろというのか、どよめく市民にティファニアはもう一度言った。

「みなさん、ヤプールはこの世界の歪みそのものなんです。何千年にも渡って、西と東に分かれて争い続けてきたよどんだ世界の空気が、ヤプールという悪魔に住みよい場所を作り上げてしまっていたんです。人間を憎む理由は、みなさんにあるでしょう。それでも、どうかやり直してみてはもらえませんか!」

 血を吐くような必死の訴えに、今度は罵声の嵐は起こらなかった。だが、人間を憎むエルフの蒸留生成物のような男、エスマーイルは一歩の妥協もなく叫んだ。

「黙れ! さんざんサハラを侵しておいて、今さら和睦などと虫が良すぎる。だいたい、その理屈で行けば蛮人がこの世から消滅したほうがよいではないか。第一、貴様は何者だ? なぜエルフが蛮人の味方をする!」

 その質問に対して、ティファニアは一拍の間をおいた。ある意味では、それは市民たちすべてのエルフが最初から疑問に思っていたこと。テュリュークやビダーシャルは知っているが、ティファニアのことは誰も知らない。だが、ティファニアの正体を明かすことがどうなるのかは、先のファーティマの件からも容易に知れている。

 それでも、ティファニアの目から覚悟は消えなかった。

「わたしは、ハルケギニアでエルフの母と人間の父のあいだに生まれました。わたしの体には、ふたつの種族の血が半分ずつ流れています。わたしは、ハーフエルフです!」

 躊躇もどもりも一切ない。真っ向から、エルフのもっとも忌み嫌う存在の正体を明かしたティファニアの気迫が、このとき確かにアディール全体の空気を支配した。エスマーイルすらも、罵声を喉が通るまでに一呼吸の休憩を必要とした。

「ば、なんと! 蛮人の汚い血が混じった、この世でもっとも恥ずべきハーフエル!」

「それは違います!」

 エスマーイルの罵声をさえぎったティファニアの鋭い声が、彼女に発せられようとしていた無数の罵声をも消滅させた。

「わたしは確かに、エルフと人間、どちらにも属さない異端な存在です。そのために、ハルケギニアではわたしは長い間を人間から隠れ潜んで生きてきました。けれど、外の世界に出たとき、多くの人がわたしを受け入れてくれました。そして、ハーフエルフだからこそ、わたしは人間とエルフのふたつの種族を見て考えてきました。エルフと人間、そのどちらも心を持つ存在としては価値に差などありません!」

「なんとおぞましいことを! 大いなる意志の恩恵すら知らぬ蛮族が、我ら砂漠の民と同等とは侮辱もはなはだしい」

「それは思い上がりです! 兄弟でも兄と弟はまったく違う存在であって当たり前なように、違うということに優劣をつけて自分を偉く見せようとするのは誤りです!」

 言葉を剣と盾にしてのエスマーイルとティファニアの激闘は、その威圧で割って入ろうとするすべてを封じ込めた。

 あれが、ほんとうにあのテファなのかと水精霊騎士隊や銃士隊、普段の彼女を知る者は例外なく思った。いつもの、温和で天然な少女の顔はなく、苛烈で気迫に満ちた戦う人間としての強さが溢れている。まるで、彼女の両親がこの世ならざる時空から見えない力を与えているような、そんな馬鹿げた空想さえ信じたくなる光景は、まだ終わらない。

「あなたにひとつ尋ねます、あなたの言うように仮にこの世から人間がいなくなって、エルフだけの世界になったとして、そこにあるのは理想郷ですか?」

「むろんだ! 我ら砂漠の民は、大いなる意志の加護のもとで世界に敢然たる光を満ち満ちさせるであろう!」

 それは、ビダーシャルやテュリュークが何度説得しようとしても変わらなかったエスマーイルの狂信、そのものであった。

 だが、ティファニアは呆然と見守るエルフたちの前で、狂信の波動を真っ向から受け止め、跳ね返した。

「いいえ、あなたの妄想は決して誰も幸福にすることはないでしょう」

「なんだと!」

「エルフによって統一された世界、そこには確かに人間との争いはありません。ですが、戦うべき相手がいなくなったとき、あなたたちの憎しみは消えてしまうのですか? パンをこねたこともないあなたが敵を失ったとき、あなたは何ができると? そして、戦うことしか教えられなかった人たちに、戦いが終わった後であなたはなにをしてあげられるというのですか?」

 エスマーイルの顔から血色が引いた。戦って勝つ、それは当然のことだ。だが、戦いが終わった後のことを考えるのは勝つことよりも実はずっと難しいのだ。なぜなら、人は戦いが終わった後は戦い以外の方法で生きていかなくてはならない。戦争が終わった後で、多くの兵士が戦場での心の傷から平和に適応できずに苦しみ続けていることから、権力者は目を逸らす。

 そして、憎しみによって束ねられた結束はそれがなくなったときに、人のあいだに何も残さない。外に向かっていた攻撃の衝動はたやすく昨日までの友に向かい、残されたものを奪い合う泥沼の争いがまた起こる。さらに、エスマーイルのような力の信奉者は上意下達を万人に求め、従わない者は力で押さえつけるしか方法を知らない。地球でも、幾多の英雄や革命家が勝利の後に味方に見捨てられたり裏切られたりして、みじめな末路を遂げているのだ。

「あなたは、ハルケギニアを手に入れられればそれでみんな満足すると思っているのかもしれませんが、それではただの強盗と同じことです。盗賊を褒め称えることが、エルフの正義なのですか!?」

「いいや、我らには蛮人を許すことなどできない大義がある。シャイターンの門を開け、我らを滅ぼそうとする悪魔が蛮人たちの中にいる限りはな!」

 ついにエスマーイルは切り札を切った。エルフと人間の戦乱の根本原因である聖地を巡る問題。これが解決しないがために、ふたつの種族は血みどろの争いを果てなく続けてきた。

 シャイターンの脅威がある限り、エルフに安息はない。エスマーイルは、これで虚飾と露呈してしまった自らの大義名文を回復できると確信した。

 しかし、ティファニアは一呼吸を置くと、穏やかに口を開いた。

「あなた方の言う虚無……シャイターンの力が、あなた方を滅ぼすことはありません」

「なに! なんの根拠があってそんなことを!」

「それは、わたしが虚無の担い手。シャイターンの末裔だからです」

「なっ!?」

 絶句、エスマーイルだけでなく、ほかのエルフたちはおろか、経過を見守っていた仲間たちも同じように言葉を失った。まさか、エルフにとって最大の禁忌である虚無の事実までも明かしてしまうとは……けれど、ティファニアに後悔はなかった。それは、たった今言ったことだけではなく、未来に対しても。

「先ほど見せた光の魔法、あれが虚無の魔法のひとつ、エクスプロージョンです。ですが、わたしはこの力を人間とエルフの戦いに使うつもりはありません」

「く、口約束ではなんとでも言える! その言葉が真実だという保障はあるか!? 百歩譲って真実だとして、我々は知っているのだぞ。悪魔は同時に四人現れると! 貴様ひとりが黙ったとして、ほかが同じだということがあるのか!」

 エスマーイルの怒声は当然のことであった。エクスプロージョンの威力を見れば、彼女が虚無の担い手であると信じざるを得ない。そこに潜在的な恐怖心と敵意が生まれて発露する……しかし、ティファニアはかんしゃくを起こした子供をなだめるように、怒りを受け止めて受け流そうと穏やかさを保って語った。

「もしも、他の虚無の担い手があなた方を攻めようとするのであれば、わたしは命にかえてもそれを阻止します。わたしの友人に、もうひとり虚無の担い手がいますけれど、彼女も同じ思いです。わたしたちはこの力を望まずして手に入れましたけれど、たとえ過去になにがあったとしても、わたしたちは争いを大きくするためにはこの力は使いません」

「だまされるものか! 蛮人は卑怯で、嘘つきだからな。その約束を、保障できるというのか!」

「……あなたは、どうしても、わたしたちを信用できないというのですね」

「当然だ!」

 ティファニアは悲しげに目を伏せた。それは森に住んでいたころ、親を失って引き取ってきた幼い子供を夜寝かすときにぐずるのをあやしたときにも似ているが、ずっと悲しそうに見えた。

 子供は多少ひねくれてもぐずってもいい。そうしながら世の中がどうなっているのかを身を持って体験し、できることとできないことを覚えて、人に譲ることや異なる意見を受け入れることができるようになっていく。だが、若いうちにそうした世の中の複雑さと矛盾の構造を受け入れられないまま成熟した大人は、世界に自分を合わせるのではなく、自分の論理に無理矢理周りを合わせようとして他者との軋轢を生んでいく。それは、個人的なレベルでいうなら頑固者や偏屈で通るが、そこに権力や思想が混じるととたんに他者を正義の名の下に無理矢理併合して、逆らう者は悪にしか見えない狭隘な狂信集団を生んでいく。

 エスマーイルの昔になにがあったのかはわからない。しかし、多感さを覚えられず、未成熟なまま人格が固定されるような極端な安逸さか逆境に満ちた淡色な育ち方をしたのは想像にかたくない。そうして自我が肥大化し、人格を傲慢にしたところへ、選ばれた砂漠の民というプライドと、それを汚す蛮人を滅ぼせというエルフの中に蓄積していた不満が亡霊のように取り付いた結果、誕生したのが鉄血団結党党首という狂信者の王なのであろう。

 不満をもてあましていた若いエルフや、社会から拒絶されていたファーティマには、シンプルで感情的なエスマーイルの思想は受け入れやすく魅力的に見えたのも仕方がない。しかし、理性を麻痺させて感情に走るのは気持ちいいことだろうが、それは絶対にいけないのだ。

 

 誰もが、ティファニアとエスマーイルの議論を見守っている。それはそのまま、エルフと人間の代表のぶつかりあいに見えた。

 しかし、ティファニアは気づいた。エスマーイルは、いわば実体を持たない怨霊。いくら戦っても、言葉の剣はすり抜けるだけで相手には届かない。怨霊を消せるものは、ただひとつだけだということに。

 

 深く息を吐き、ティファニアは言葉の向く先を個から全へと変えた。

「アディールのみなさん、みなさんにとってシャイターンの力、虚無が怖いものだということは、それを振るったわたしもわかりました。こんな力が、もし間違ったことに使われたらと思うと、すごく怖いです。それに、大きな力が手を取り合うことに邪魔になるのであれば、かえって無いほうがいいですよね……ですから、わたしも捨てる覚悟をします。聞いてください、虚無の魔法を担い手が受け取るには、この始祖ブリミルの残した祈祷書が必要なんです。それを、みなさんに預けます」

 

 どよめきが海の上に流れた。と、同時にティファニアたちのいる防空指揮所にテュリュークとビダーシャルが上がってきて、始祖の祈祷書を拾い上げて、掲げて言った。

「これが、主の言うシャイターンの秘宝じゃな。むう、確かにこの世ならざる力をこれからは感じる。これを預かれば、シャイターンの力の覚醒はこれ以上は確実におさえられるじゃろうな。だが、おぬしは本当によいのか? それほどの力、使いこなせば、この世にかなわぬ願いはないかもしれないのだぞ?」

「かまいません。もしも、わたしたちが危険だと判断されたら、遠慮なく焼き捨てていただいてもかまいません。その代わりに……」

 虚無の力の源泉、そのものを代償に出すというティファニアの決意に、仲間たちは強く打たれた。ティファニアは、ルイズに勝手なことをしてしまってすまないと思うけれど、ルイズならきっと許してくれるだろうと、なぜか安心できていた。

 虚無の祈祷書はエルフの手に渡り、これで今後新しい虚無の呪文を担い手が覚えることはない。しかし、虚無の魔法などより、もっと必要なものがあるのだ。

「よかろう、これはわしが預かる。諸君! シャイターンの末裔は、我らにひざを屈したも同然になった。それでもまだ、不満が残るのならば言うがよい!」

 テュリュークの声が流れ、エルフたちの中にこれまでで最大のどよめきが流れた。

 エルフにとって最大の恐怖要素である虚無がなくなる。それはエルフにとっての悲願であったと言っていい。だが、それで解決するほど両種族の問題はたやすくはない。エスマーイルはもちろんのこと、大勢のエルフたちが、いままで蛮人たちが我々になにをしてきたのかと怒鳴りかけてくる。

 

 しかも、エスマーイルを相手に時間をかけすぎたために、敵が次々と復活してきたのだ。

「きさまらきさまらきさまらぁ! よくもやってくれやがったな、もうゆるさねえ。今すぐ皆殺しだぁ!」

 海中からバルキー星人が現れ、東方号に向かってバルキーリングを振り回しながら迫ってくる。さらに、サメクジラも浮上してきて、ゆっくりながら東方号に向かい始めた。海中に逃れたおかげで、エクスプロージョンの一撃が軽減してしまっていたのだ。

 再び悲鳴が海上に響き渡る。それのみならず、地上でもアントラーやアリブンタ、ダウンしていた超獣たちがしぶとくもまた起き上がってきはじめたではないか。

〔まだ死んでなかったの!? こいつら、せっかくあとちょっとってとこだったのに!〕

〔超獣が空気を読むわけもないよな。仕方ねえ、第二ラウンド開始だ!〕

 敵も弱体化しているとはいえ、まだこちらの倍の数がいることに変わりない。ウルトラマンAは超獣どもが海へ向かわないよう、ヒドラとリドリアスとともに、その身を挺して立ち向かっていく。

 しかし、陸上の敵にエースが向かうということは、海上のバルキー星人とサメクジラがノーマークにされてしまうということでもある。東方号に、もはや手加減するつもりのない怒り狂ったバルキー星人が迫る。

 けれども、エースは信じていた。人間とエルフの持つ底力を!

「きゃああーっ!」

「死ねぇーっ!」

 バルキーリングの金色の一閃が、焼け焦げた星人の邪悪な容貌のままにティファニアのいる東方号頂上部に襲いかかる。ビダーシャルやルクシャナがカウンターを唱えようとするが、とても食い止めきれる重量ではない。だが、邪悪な一撃の前に、若者たちが傷ついた身を挺して立ちふさがった。

「水精霊騎士隊、命振りしぼれぇ!」

「分散してはダメージは通らない。みんな、頭を狙うんだ!」

「我らのティファニア嬢のピンチ! くたばれこの野郎ぉーっ!」

 ギーシュを先頭に、ギムリの掛け声で水精霊騎士隊は残った精神力を振り絞って魔法を放った。後先考えない全力全開の炎や雷、氷やかまいたちなどごちゃまぜだが、どうせどう逆立ちしたところでコルベールのような大魔法は使えない未熟者ぞろいのヘタクソばかり、なら後先など考えるだけ無駄というものだ。

 レイナールの指示のもとでの集中砲火がバルキー星人の頭を爆破し、コルベールによって大きく傷つけられた様がより醜く焼け爛れて、星人は意識が遠のき始めたのかよろよろと後退した。しかし、バルキーリングだけは手放さずに、なおも逆襲を図ろうとする。だが、そこへ思いもよらぬ追撃が襲い掛かった。

「ぐわっ!? なんだこれは! 竜巻? ぐぉぉぉっ!」

「砂漠の民のことも、忘れてもらっては困るな」

「エルフどもか! この程度のものぉ。なんだっ! か、体が凍っていくぅぅ!」

 竜巻でずぶぬれにされたバルキー星人の全身に凍結魔法がかけられ、巨体がまるで氷の彫像のように変わっていく。彼らも自分たちの半分も生きていない子供が、信じられないほど勇敢に戦う姿を目の当たりにして、己の全力をこの数分で燃やし尽くす覚悟を決めたのだ。

 ろうそくは燃え尽きる前にきらめきを増す。今は嫌な意味合いの言葉だが、それで戦えるなら戦えないよりはるかにいい!

「ティファニア! このバカどもの相手はおれたちにまかせろ! 君は、君のやりたいことを残らずやってしまいたまえ!」

 少年たちの、明るすぎるくらい輝いた笑みの数々がティファニアを奮い立たせた。

 バルキー星人は氷付けにされ、サメクジラは再び主人の命令を失って目標を見失った。が、そんな状況が何分続くものか、人間もエルフも精神力は一気に削りつくし、どうあがいてもすぐに底をつく。そうなれば……いや、馬鹿馬鹿しいことだ。水精霊騎士隊は勝手に自称していた昔から、馬鹿の馬鹿による馬鹿の集まりだったのだ。

 

 命そのものを盾にした彼らの奮闘によって、ほんのわずかな安全が保障されたティファニアは、息を整えて自身の使命と向かい合う。すでに戦う力は無くとも、もっと大きな力が言葉に宿ると信じて。

「みなさん、見てください! エルフと人間が力を合わせることは、こんなにもたやすいのです。生き物に優劣なんて、ほんとうはあるはずはありません。恐れないでください、わたしたちも最初はそうでした」

 必死に呼びかけるティファニアの叫びと、協力して星人に挑む人間とエルフの姿は次第に市民たちの心に染み渡っていった。

 しかし、それでもエルフたちの心を覆う疑念の壁は厚い。お前たちはよくても、ほかの蛮人どもが同じだといえるのか。安心させたところで裏切るつもりではないのか。あれだけ狂ったように聖地を攻めてきたお前たちが、そう簡単にあきらめられるのか。当たり前の質問が次々と浴びせかけられる。

 詭弁では回避できない魂の叫び、それに対してティファニアも心からの答えを返した。

 

「みなさん、みなさんの言うことはもっともです。確かに、人間とエルフのあいだにある溝は、この一日で埋めきれるほど小さくはありません。きっとこれからも、多くの問題が立ちふさがり、皆さんを怒らせてしまうような人間が次々と来ることもあるでしょう。ですが、人間たちもみんな一生懸命なんです。みなさんにとってのシャイターンの門が、人間たちにとっての聖地であること、それが皆さんは許せないんでしょう。けれど、思い出してみてください……」

 

 ティファニアは、そこでいったん言葉を切って皆を見渡した。その目には、エルフと人間の過去と、そして未来がおぼろに映っていた。

 

「自分にとって当たり前なことが、人には全然当たり前じゃなかったりしたこと。自分にとってとても大切なものが、人にはまったくつまらないものだったりしたこと……そんなこと、これまで一度もありませんでしたか?」

 

 

 続く


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