ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第88話  わたしが生まれてきた意味

 第88話

 わたしが生まれてきた意味

 

 タコ怪獣 ダロン

 宇宙同化獣 ガディバ

 大蟻超獣 アリブンタ

 友好巨鳥 リドリアス

 高原竜 ヒドラ

 磁力怪獣 アントラー

 海獣 サメクジラ

 宇宙海人 バルキー星人

 オイル超獣 オイルドリンカー

 古代超獣 スフィンクス

 さぼてん超獣 改造サボテンダー 登場!

 

 

 ウルトラマンAは、その生涯において五指に入るような激戦を、いままさに始めようとしていた。

 

 エルフの都、アディールを襲うヤプールの超獣軍団。かつてエースやウルトラ兄弟を苦しめた多くの強豪の蘇ったものたちは、ヤプールの強烈なマイナスエネルギーの波動に当てられて、圧倒的な凶暴さでこの地のエルフを根絶やしにしようとしている。

 

 それに対して、立ち向かうのはエースひとり。

 

 一体でさえ、ウルトラ戦士と互角以上のパワーを持つ悪魔たちに対して、今のエースにはこれまで支えてくれた人間たちもなく、まさに孤立無援の四面楚歌。だが、それでもエースは完全なる闇の中の太陽となるために戦いに望む。

 まずは、肉食の蟻と宇宙怪獣が合成して誕生させられた大蟻超獣アリブンタが相手だ。エルフの少女の血をすすろうとして妨害され、怒るアリブンタにエースは立ち向かう。

 

「ヘヤァッ!」

 

 アリブンタと組み合ったエースは、渾身の力でその突進を食い止めた。身長五十七メートル、重量六万二千トンのアリブンタの突進を止めたことにより、エースの全身のウルトラ筋肉が張りあがり、エースの立つ学校の校庭の土が跳ね上がった。

〔さすが、パワーアップさせられているな!〕

 かつて戦ったアリブンタよりも数段上の力に、エースは前のままのつもりで挑んでは危険だと気を引き締めなおした。これも、強大化したヤプールのマイナスエネルギーゆえか、力負けするほどではないが空腹でこのパワー、絶対に倒さなくてはいけない。だがその前に、餓えたアリブンタがエサとして狙うエルフたちを守らなければと、エースはまだ大勢のエルフの子供たちの残っている学校を見下ろして決意した。

「ジュワァァッ!」

 組み合った姿勢から、渾身のウルトラパワーでアリブンタを頭上高く持ち上げる。

〔とにかく、こいつを学校から遠ざけなくては!〕

 ウルトラリフターでアリブンタを担ぎ上げたエースは、戦場を移すべくアリブンタを放り投げた。巨体が宙を舞い、学校から数百メートル離れた無人の通りに地響きをあげて背中から落ちる。その衝撃たるや、アディールの基礎となる埋め立てた大地が沈没するのではないかと思われたくらいだ。

 見事に舗装された、コンクリート敷きのような道路を駆け、エースはアリブンタに突進する。

「トォーッ!」

 助走をいっぱいにとったジャンプキックが炸裂し、起き上がってきたアリブンタが再度吹き飛ばされる。タケノコが二本背中に生えているような巨体がビルディングに似た建物に突っ込んで粉塵を巻き上げ、起き上がってきたときの逆襲に備えるべくエースは身構える。

 だが、エースの出現にヤプールは敏感に反応していた。街の一角が崩れて、灰色の砂煙が土中から噴煙のように吹き上がる。

〔こいつはっ!〕

 エースの眼前で、地中から巨大なハサミのアゴを持つ甲虫が浮上してくる。才人は叫んだ。

〔アントラーだ! くそっ、いきなり二対一かよ〕

 リドリアスに押さえられていたはずのアントラーの出現に才人は唇を噛んだ。地底を通って、いきなりエースの目前に来たのは偶然ではあるまい。恐らくヤプールは、どの超獣のところにエースが現れても複数で対処できるよう狙っていたに違いない。

〔落ち着け、どっちみち多勢に無勢は覚悟の上だ。ほかの超獣もやってくる前に、勝負をかけるぞ!〕

〔おうっ!〕

〔ええっ!〕

 どっちみち、ウルトラ戦士に長期戦は不可能なのだ。この街にいる超獣怪獣は、現在のところだけで七体。そのうちスフィンクスとサボテンダーはヒドラとリドリアスが押さえてくれているが、同時に相手どれるのはせいぜい二体までが限界だ。それも、一体はあのアントラーとあってはこの時点ですでに余裕はまったくないと言っていい。

〔いくぞ! お前たちの好きには絶対にさせん〕

 アリブンタとアントラー、二匹の蟻地獄怪獣を相手にエースはひとりで立ち向かっていく。

「ヤアァッ!」

 大アゴで噛み付いてきたアントラーの攻撃を大ジャンプで避け、降下してきて背中にキックを叩き込む。

 次いでアリブンタは口から白色の霧を吹き出してきた。それを浴びた建物が一瞬のうちにボロボロになって溶けていく。蟻が体内に持ち、外敵などに対して使用する蟻酸という酸の仕業である。ただの蟻なら噛まれたら腫れる程度で済むこの酸も、アリブンタのものは鉄でも一瞬で溶かし、人間ならばあっというまにガイコツに変えてしまうほどの強烈さを持っているのだ。

〔だが、当たらなければ危険はない!〕

 自分に向かってきた蟻酸の霧を、エースは両手を合わせた先に吸い込んでいく。

『エースバキューム!』

 いかなる毒ガスをも無効化できるエースの技に、一度見せた攻撃は通用しない。

 さらに、エースは蟻酸を吐き切ったアリブンタの顔を目掛けて、伸ばした右手の先から三日月型のエネルギー光弾を発射した。

『ムーン光線!』

 連続発射された三日月の弾丸はアリブンタの顔面に次々と当たり、牙や複眼に少なからぬダメージを与えた。

 一時的に感覚を失ってもだえるアリブンタ。普通ならここで追撃をかけるところなのだが、その隙を埋めるようにアントラーが大アゴを振りかざして迫ってくる。エースはその牙を受け止めて、真っ向から食い止めた。

〔パワーの勝負なら負けはしないぞ!〕

 挟み切ろうと力を込めるアントラーと、逆に押し返そうとするウルトラマンA。ウルトラマンの骨の強さは人間の五千倍、間接は三重に強化されているといわれ、超筋肉が生み出すウルトラパワーを十全に引き出して、どんな巨体の怪獣を相手にしても壊れることはないという。

「ヘアァッ!」

 アゴを受け止めた状態からのキックがアントラーの腹を打った。のけぞるアントラーだが、やられるときにその反動でエースも反対方向に吹っ飛ばした。

 エースとアントラー、それぞれが背中から石造りの建物に倒れこんで、子供が積み木を組んだもののように崩壊させる。

 だが、街の崩れる様を見て、エルフたちはエースに非難の声を浴びせた。

「ばっかやろーっ! 私たちの街を壊すな。暴れるならよそでやれバケモノども!」

「そうだそうだ! 死んじまえ、この悪魔どもめ!」

 エースは心の中ですまないと詫びた。怪獣を食い止めるためには仕方がないとはいえ、彼らにとっては自分たちの街が破壊されていることには違いないのだ。気をつけてはいても、狭い街路だけで戦うのは無理がある。無人とはいえ、ウルトラマンと二匹もの怪獣超獣の対決は、すでに街の一区画を瓦礫の山に変えていた。

 けれど、守るべき人たちから非難を浴びせられることには、特に才人とルイズには堪えた。人のためにやっているのに、それが通じないむなしさは若い二人にはつらい……けれど、エースはそんなふたりに諭す。

 

”ふたりとも、この世の中には誰にも褒められなくても、大勢の人のために毎日を一生懸命働いている人が大勢いるんだ。そんな人たちは、名誉や見返りを求めているわけじゃあない。ただ毎日の、普通で平和な日々をみんなが送れるようにと願って、ときには嫌われたりしながらもがんばっている。そんな人たちを、君たちは見たことがないかい?”

 

 才人は考えた……思い出すのは、父と昔遊園地に車で遊びに行ったときに、その途中父が一時停止違反で白バイに捕まって違反キップを切られたことがあった。そのおかげで、遊園地に着くのが遅れてしまって、そのときは子供心に警察を恨んだのをよく覚えている……けれど、今になって思えば、あのときキップを切られて嫌な思いをしたおかげで、父は交通法規に気を使うようになり、今日まで無事に過ごしてきた。

 もしもあのとき、白バイに会わずに、父がその後も安全を軽視する運転を続けていたらどうなっただろうか。

 ルイズも思う。小さい頃、メイドや執事にさんざん小言を言われて彼らをうとましく思い続けてきたが、それは自分のためを思ってのことではなかったか。ただ報酬が目当てであれば、貴族の子供のかんしゃくにさわるようなことはしなかっただろう。

 使命感や善意を、無知ゆえに反感を持って迎えてしまったことは自分たちにもあった。まさしく無知の怒り……そして、彼らエルフのほとんどはウルトラマンの存在そのものを知らないのだ。それを思えば、罵声の百や二百がなんだろう。けなされたくらいで、別に身が削れるわけではないだろう。

「テヤッ!」

 学校に向かおうとするアリブンタの前に、エースは正面から立ちふさがる。

 今は理解してもらえなくてもいい。けれど、かけがえのない命だけは絶対に守りぬかなくてはならない。それが、ウルトラ戦士の誇りなのだ。

 

 

 だが、志だけでは人は救えない。

 海に追い出されて漂うエルフたちを救おうと着水した東方号。しかし、エルフたちは人間の船に乗ることを拒絶し、怒りと憎しみの矛先をそのまま人間たちにぶつけてきた。

「この、汚らわしい蛮人どもめ! アディールの美しい海を汚しおってからに」

「西の地だけでは飽き足らず、とうとうサハラまで侵略に来たか。お前たちの蛮行の数々、忘れると思うか!」

「私の父はお前たちが侵略してきたときに死んだのよ。よくも、シャイターンの信奉者どもめ」

 東方号の甲板で、ビダーシャルたちわずかな穏健派を挟んで、アディールの市民たちの悪罵の数々が人間たちに降り注ぐ。そのいずれもが、戦士でもないただの市民たちから発せられ、エルフの一般層に自分たち人間がどう思われているのか知らしめさせられて、人間たちは心を傷つけられた。

(バカ野郎たちめ、せっかく助けに来てやったのに。この船に乗らなきゃお前ら助からないんだぞ)

 心の中でそう叫びたい欲求が強くなっていく。特に、貴族の子弟として誇り高く育ち、この任務にも強い使命感を持って望んできていた水精霊騎士隊は強い屈辱感を味わっていた。

「こいつら……ぼくらは世界の平和を守るために命がけで戦ってるんだぞ。それなのに、この言い草はどうだ!」

 罵声にかき消されて聞こえないが、誰かがつぶやいた言葉が水精霊騎士隊の胸中を包み隠さず表現していた。

 ギーシュが歯軋りしながら薔薇の杖を握り締め、ギムリが靴のかかとで甲板を蹴った。

 ほかにも、つばを吐き捨てようとして思いとどまる者、杖に『ブレイド』の魔法をかけようとして、その手を自分で押さえる者など彼らの我慢は限界に近づいていた。

「ちくしょう」

 甲板に立つエルフの誰かが投げた物が人間たちの頭上に落ちる。水精霊騎士隊はわずらわしそうにそれを払いのけ、銃士隊は身じろぎもせずに無表情のままで体で受け止める。

(あなたたちは何故怒らないんだ?)

 水精霊騎士隊の少年たちは、水筒やペンのインキをぶちまけられても顔色ひとつ変えないミシェルたちを見て思った。そして、師匠筋に当たる彼女たちとの差を思い知る。いくら普段は大人気ない態度をとっていても、戦場となったときの悠然さはどうか。感情を押し殺すのが精一杯の自分たちには、とてもできない。

 なにを言われようと、絶対に手を出してはならない。それを自分たちに言い聞かせ、ギーシュたちは我慢する。

 だが、人間たちの無抵抗を、エルフたちは好意的には見なかった。さすがに評議会議員や騎士団のいる前で魔法を撃つような無謀な者はいなくとも、表だって言い返すことのできない人間たちへの暴言はエスカレートしていく。そして、人間たちの意向を知って、なんとか彼らを受け入れさせようと説得を続けるビダーシャルやテュリュークの言葉も、人間を無条件で敵とみなすエスマーイルに邪魔されてしまう。

「市民の皆さん! 悪魔の言葉にだまされてはなりませぬぞ、奴らが我ら砂漠の民にしてきた暴挙と侮辱の数々を思い出すのです。我らの正義は、シャイターンの信奉者どもをこの世から抹殺し、真の平和をもたらすことにあるのです」

「エスマーイル……貴様の頭には、それ以外の言葉が詰まっておらぬのか。馬鹿が」

 もはや説得する気もうせたとばかりに、ビダーシャルは嘆息とともに吐き捨てた。

 口を開けば、オウムのように蛮人憎しの罵声しか出てこないあの男とは話すだけで気がめいってくる。確かに、言っていることの一部は正鵠を射ているかもしれない。この数千年の人間とエルフの戦いのほとんどは人間側から仕掛けてきて、エルフは防衛戦をおこなったのみで、勝者であっても被害者意識のほうが強い。その繰り返しで、エルフ全体に人間への敵意が熟成されてきて、人間がいなければという考え方が主流になってきたのも事実だ。

 いわば、エスマーイルは数千年にわたるエルフの無意識下に沈殿してきた負の遺産の代弁者なのだ。よって、彼の指揮する鉄血団結党が大きな支持を受けるのも当然といえば当然、溜め込まれたものは吐き出される先を求めるのが道理なのだから。

「私が、もう三十ばかり若ければお前の言葉に酔えたかもしれんがな……しかし、何も考えずに怒りと憎しみに身をゆだねるお前のやり方のどこに、選ばれたる者の資格がある? それでは、蛮人はおろか獣の思考ではないか」

 そもそも、平和のために戦争しようということ自体が矛盾しているではないか。お前は勝てばいい、我々は勝てると主張するに違いないが、仮に人間を皆殺しにした後で、本当に平和と幸福が来ると思うのか? 得た土地の分配や、功績の大小をめぐる争いが起きないと言えるか? 戦死者の遺族への保障や、大量の人員を失った商業・工業が立ち直るのにどれだけかかると思う?

 それらすべてを、お前はまかなえるのかエスマーイル? きっとお前はためらうことなく「できる」と答えるのであろうな。

 

 ビダーシャルがあいだにいるおかげで、ギリギリ破局だけは迎えずにいるエルフと人間たち。

 だが、貴重な時間を無駄にした取立てを、運命の女神は冷酷に命じてきた。

「超獣だぁーっ!」

 奇策で撃退しただけの超獣たちが、いつまでもおとなしくしているはずはなかった。オイルドリンカーが海中から巨大な頭を浮き上がらせ、サメクジラの立てる航跡が沖合いを高速で旋回する。

 そして、バルキー星人も東方号に激突された胸を左手で押さえながらも、怒りをあらわに海中から起き上がってきた。

「てめぇらぁぁ! よくも俺さまをコケにしてくれやがったなあ。ぶっ殺してやる!」

 宇宙剣、バルキーリングを振りかざしてバルキー星人が迫り来る。東方号の甲板に上がっていたエルフたちは、悲鳴をあげて危険な海に飛び込んでいき、水精霊騎士隊と銃士隊は迎え撃つ体勢をとった。

「くそっ! やっぱりくたばってなかったか。エルフたちがおとなしく従ってくれたら、船を動かすくらいはできたのに」

「たわけ! うぬぼれるな。貴様らいつからそんなに偉くなった? 助けに来て、”やっている”つもりになるなど百年早い。身の程をわきまえろ、使命の重さを勘違いするな」

 ミシェルに怒鳴られて、ギーシュはひっと肩をすくめた。そして、頭を冷やして敬礼した。

「申し訳ありませんでしたぁっ! っと、じゃあ親愛なる水精霊騎士隊の諸君、そのぶんの怒りはあっちにぶつけるとしようか。なあに、奇策はもうないけれど、人間死ぬ気になればなんとかなるものさ」

「だといいけどねえ。隊長、真っ先に戦死なんてしないでくださいよ。そんなになったら、ぼくら生き残ってもミス・モンモランシに殺されますからね」

「その点については心配いらないさ。薔薇を散らせる権利があるのは美しい乙女と昔から決まっている。それに、ぼくは嫉妬深いからね、親友とはいえ女の子を人に譲るなんて我慢できないのさ」

「隊長、あんまり欲深いと天罰が下りますよ」

「それは問題だな。死神が美人だったら交際を申し込むが、もし男だったら殴り飛ばしてしまいそうだ。そうだ君たち、じいさんの神さまの加護はみんなにくれてやるから、代わりに美人の悪魔と美少女の死神はぼくがもらうよ。いいね?」

 やれやれと、水精霊騎士隊から呆れた声が流れた。この期に及んでもギーシュの根っこはギーシュでしかないらしい。

 けれど、下手に勇ましい文句を聞くよりは安心できる。つまらないジョークの言えるうちは、まだ生きている実感があるというものだ。

 わずかな魔法や飛び道具を使って迎え撃つ水精霊騎士隊と銃士隊。だが、そんな抵抗をあざ笑うように、怒れるオイルドリンカーの火炎が東方号の甲板をあぶり、バルキーリングが東方号の翼を打ち砕いた。

「う、右舷四番エンジン損傷! せ、先生、このままじゃあ!」

「反撃だっ! 東方号がやられたら全部終わりだぞ! ミス・エレオノール、ここは頼む。私も出る」

「ミスタ・コルベール!? 待ちなさい! あなたなんかが出て行ってなにになるっていうの!」

 迫り来るバルキー星人とオイルドリンカーに対して、コルベールは愛用の杖と身ひとつで飛び出していった。艦橋からフライの魔法を使って飛び降り、高角砲の丸い防盾の上にひらりと降り立つ。そして、目を細めて、超獣と星人を相手に必死に防戦を続けるギーシュたちを見つめた。

「ミスタ・グラモン、それにみんな。見事な戦いぶりだ、私は君たちのような勇敢な生徒を持ったことを誇りに思うよ」

 コルベールは戦争が嫌いだ。無益に無意味に人が死んでいき、死んでいった者たちはすぐに忘れ去られてしまう。貴族はそこに誇りを見出し、美しく死ぬことを美徳としているが、コルベールに言わせれば残される者たちの悲しみを無視した自分勝手な言い分でしかない。

 けれど、たとえば家に侵入した強盗から我が子を守らなければならないときのように、あえて戦わねばならないことがあることもコルベールは知っている。しかし、自分の半分も生きていない子供たちが大義のためとはいえ、死んでいくのはあまりにも惜しすぎる。

「教師が生徒を差し置いて生き残るわけにはいくまい。船長としては責任放棄だが……ま、元々私の柄ではなかったということか……やれやれ、何歳になっても主体性を持てないな、私は」

 自嘲して、コルベールは杖を上げた。軍人だった頃に磨いた攻撃の魔法、もう二度と人間に対しては使うまいと封印してきたこの力だが、今は自分にこの力が残っていることを感謝する。

 そのとき、オイルドリンカーの吐いた高熱火炎がギーシュたちを真っ向から襲った。石油化学コンビナートを一瞬で大火災に包み込んだ真っ赤な悪魔の舌が、少年たちをからめとろうと迫り来る。

 だが、覚悟を決める暇もなく呆然と立ち尽くしたギーシュたちの後ろから、同じくらいすさまじい火炎が飛び、オイルドリンカーの火炎を押し返した。

「無事かい、君たち?」

「コ、コルベール先生!」

 少年たちは度肝を抜かれた。彼らがいまだかつて見たことがないほどのすさまじい火炎は、コルベールの杖から発せられていた。呆然と見守る生徒たちの前で、コルベールの火炎はオイルドリンカーの火炎を押し返し、さらに口内にまで逆流して爆発した。

「やった!」

 口の中で爆発を起こされて、オイルドリンカーはよろめいて倒れこんだ。いかに超獣とて体内への攻撃にはもろい。初代のベロクロンはエースのパンチレーザーを口内に喰らい、体内の高圧電気胃袋を破壊されて大ダメージを受けたのが敗因となっている。オイルドリンカーは吸収した石油や石炭などの燃料に着火して吐き出すことで火炎放射をおこなっているから、恐らく体内の石油袋に火炎が到達したに違いない。人間で言えば胃に穴が空いたようなものだ。その痛みは想像を絶する。

 コルベールは次いで、バルキー星人を見上げて杖を振った。バルキーリングを振りかざし、東方号ごと叩き潰してしまおうとする星人に対して、コルベールの杖の先で巨大な火球ができあがる。

「あ、あれは『フレイム・ボール』!? し、しかし」

 ギーシュは我が目を疑った。それは、火の系統の一般的な攻撃魔法のフレイム・ボールに違いないが、火球の大きさがまるでそのレベルの代物ではない。前にトライアングルメイジのキュルケの使ったものを見て、その大きさと炎のうねりの激しさに驚嘆したことがあるが、コルベールのそれはキュルケのものの二倍はゆうにある。

 無言のままで、コルベールは火球をバルキー星人に向かって投げつけた。星人は一直線に向かって飛んでくる火球を軽く避けようとしたが、フレイムボールには使い手の意思である程度のホーミングをできる特性がある。外れると思った瞬間を狙った方向転換は星人の意表を突き、顔の左半分を炎で包み込んだ。

「グオォォォォッ!」

 効果は絶大であった。バルキー星人の金色に輝くマスクは激しく燃え上がり、海水を浴びせて消した後も黒いこげ痕になって、火炎の温度が通常のものを大きく超える高温だったのが読み取れた。

”先生、すげえ……”

 水精霊騎士隊はもちろん、銃士隊や、怪我の治療に当たっていたモンモランシーたち女生徒もコルベールの魔法の威力に呆然として舌を巻いた。あの、普段変な研究ばかりしていて、そうでなくても抜けているあの先生が、こんなに強かったなんて。

「さあ来い、ヤプールの使い走りども! お前たちなどに、私の生徒は指一本触れさせはせん!」

「うがぁーっ! 許さねえ、ぶっ潰してやる!」

 怒り狂ったバルキー星人の手が伸びるのを、コルベールは小さな火炎弾を連続で飛ばしてしのいだ。さらに、東方号の甲板から海面に飛び降りると、そのまま海面をフライの魔法で飛びながら『ファイヤーボール』などで攻撃をし始めた。高位のメイジでも難しいと言われるふたつ以上の魔法の併用をおこなった戦法に、生徒たちはすでに尊敬の念さえコルベールに抱いていた。

 しかし、見た目の華麗さとは裏腹に、コルベールに余裕の色はなかった。

「追ってきたな、単細胞め。やれやれ、また柄にもなく大見得をきらされたが……まあ、最期くらいはかっこうをつけてもいいか」

 平然としたふうにつくろってはいるが、すでにコルベールは自分の持てる魔法を使うための精神力の半分以上を消費していた。無理もない。超獣の火炎を押し返し、星人に打撃を与えるなどといったこと自体がすでに人間技を超えている。あれはすごいように見た目だけは見えるが、熟達の技で精神力を過剰に消費して作り出した……いわば、リミッターを意識的に外した力技にすぎない。

 それに、なによりもここは海の上。火の力を強める媒体は一切存在せず、火の存在を許さない水が大量にあふれている、火のメイジであるコルベールにとっては地理的に最悪の環境である。むろん、フライを常に使い続けなくては海に沈んでしまうことも絶対的に不利と言わざるを得ない。

「もってあと数分か……地獄へのキップは切ってやれんが、しばらくは私の下手な舞踏につきあってもらうよ」

 願うことは、少しでも星人が東方号から遠ざかること。そうすれば、あの聡明なミス・エレオノールや、機転に優れた生徒たちのこと、なにかよい方法を見つけ出してくれるかもしれない。なんだかんだ言っておいて押し付けることになるが、ダメ教師のわがままが悪口でも生徒たちに語り継がれて残るなら、それもよいと思った。

 バルキー星人の額のランプから放たれるバルキービームが海面で爆風を起こし、コルベールに水の砲弾が叩きつけられた。左腕が、意思に反してだらりと垂れ下がる。

「折れたか……まあいい、杖を振るうには右腕一本あれば上等だ」

 すでに捨てる覚悟を決めた命、痛みなどどうでもよく感じる。コルベールは、バルキー星人を東方号からも海上に漂うエルフたちからも離れた場所へと誘導していった。途中、まばらに漂っていたエルフの何人かと目が合う。皆、嫌悪や恐怖、よくても好奇心といった感じの視線で、コルベールを助けようとする者はいない。

 が、それでもいいと思う。命はなににも増してかけがえがない。矛盾するようだが、その信念だけは守って死ねるのだから。

 

「コルベールせんせーい!」

 生徒たちは遠ざかっていくコルベールを見て、彼の悲壮な覚悟を理解していた。あんな足場さえ定めない無茶な戦いを続けていたら、スクウェアクラスのメイジでさえあっというまに精神力を使い尽くしてしまうことは自明の理だ。先生は船を守るために自ら囮になろうとしている。

 しかし、叫ぶ以上にできることはなかった。火炎を吐く能力こそ失ったものの、オイルドリンカーが巨体そのものを武器にして体当たりをかけてくる。また、サメクジラも一頭の鯨竜艦を血祭りにあげ、邪魔な黄色い汁を押し流してしまおうと渦を作り出す。激しく波打つ海と、オイルドリンカーの攻撃に、東方号は立っていられないほどの激震に襲われた。

「うわぁぁっ!」

「おのれっ! 貴様らの好きにさせてたまるか」

 水精霊騎士隊、銃士隊、さらにビダーシャルたちエルフの騎士団も反撃を試みる。だが、やはり外からの攻撃ではミサイルにも耐えられる超獣の皮膚は貫けない。それどころか、激しく動揺し、甲板を洗う波から自分を守るために手すりや銃座に掴まるだけで精一杯なありさまだ。

 超獣オイルドリンカー。ドキュメントZATではヤプール撃滅後に最後に残った超獣であり、宇宙大怪獣アストロモンスに捕食されて倒された弱い超獣のように言われているが、その破壊力は超獣の名に恥じずにすさまじい。

  

 エルフたちは、攻撃を受ける東方号を「ざまあみろ」とばかりに眺めている。エスマーイルも、最後に残った鯨竜艦の艦橋で、狂ったような高笑いをあげていた。

 しかし、ヤプールは常に絶望を与えることを忘れていない。お前たちにも悲嘆の声をあげてもらおうと、異次元のすきまから魔手を放ってきた。

「ククク……いけ、ガディバ」

 海中に進入した黒いもやのような宇宙生命体は、海底をはって一匹の現住生物と同化した。遺伝情報を書き換え、一気に巨大化させると、海上に閃光と白い波を立ち上げて現れる。全身に数十本の触手を生やし、らんらんと輝く赤い目を不気味に光らせた、緑色のグロテスクなタコの怪獣が!

〔あいつは……タコ怪獣ダロン!〕

 遠目でその出現を確認した才人はうめいた。

 ダロン、ドキュメントUGMに記録される怪獣の一体である。海に住むタコが突然変異で怪獣化したものと言われ、あの吸血怪獣ギマイラに操られて80と戦ったことがある。しかし、タコ怪獣というものの、タコの特徴である足の数は八本どころではなく、少なく見積もっても二十本以上あり、同じタコ怪獣である大ダコ怪獣タガールと比べても原型を残さない変質はただの突然変異とは考えがたい。これは、はっきりとした証拠はないが、人間怪獣ラブラスと同じくギマイラの力で強制的に変異させられたのだとする説が有力である。

 その説が正しいのだとすれば、ヤプールは同じことをガディバを使って再現したのだということになる。超獣を次々と生み出せるヤプールのこと、ガディバの数さえ揃うのであればたやすいであろう。

〔まずいっ! これじゃ、海は陸より危険じゃないか〕

 陸と海でそれぞれ三体ずつ、それでも海は東方号がいる分、わずかなりとて逃げ場があると思っていたのに、海に四体とはいくらなんでも多すぎる。これでは、逃げ場がどこにもないばかりではなく、街から逃れてきたエルフたちがひしめいているだけ危険すぎる。

 やむをえない、ここはアリブンタとアントラーを放置することになっても、海へ向かうべきか。海に漂うエルフたちを狙って暴れ始めたダロンと、撃沈されそうな東方号を見てエースは苦渋の決断を下した。

 

 だが、飛び立とうとしたエースを、そうはさせじとアントラーが首を上げて虹色磁力光線を放ってきた。

 

「ヌオォォッ!?」

 磁力光線はウルトラマンをも引き寄せ、エースは飛び立つことさえできずに地面に叩きつけられた。

 これでは、この二体をどうにかしない限りこの場から動くことさえできない。まさしく蟻地獄のように、一度捕らえた獲物は決して逃がすまいと、アントラーは巨大なあごをギチギチと鳴らし、アリブンタは口から蟻酸の混じった唾液を垂らして石畳の道から白煙をあげさせる。

 そして、それだけならば戦場の常として覚悟の決めようもあったろうが、現実はさらに才人とルイズの心を折ろうとしてくる。空に残ったエルフの竜騎兵の残存と陸上部隊が狂ったように魔法をぶつけてきた。超獣と怪獣と、ウルトラマンに。

「アディールを、守るんだぁーっ!」

「悪魔どもめ、死ねぇーっ!」

 炎や風の刃が、無差別に降りかかってくる。それはエースに痛痒を与えるようなものではなかったが、彼らの憎しみに満ちた敵意の視線が、若者たちの心を削った。

”おれたちは敵じゃない”

 そう叫びたかった。しかし叫んでも無駄だということもわかっていた。

 攻撃はがむしゃらに続き、スフィンクスとサボテンダー、さらに二体をおさえているヒドラとリドリアスにも攻撃が加えられる。生物兵器である二大超獣は攻撃の打撃にも平然と耐えた。しかし、怪獣であるヒドラとリドリアスにはそこまでの防御力はない。

 魔法の炸裂によってヒドラの体から赤い血が滲み出し、リドリアスが悲痛な声をあげる。しかも、エルフたちは彼らにとっては当然に、しかし自らにとっては最悪の選択をこの場においてくだした。

「あっちの二匹が弱ってるぞ! 先に仕留めてしまえ!」

 馬鹿な! その二匹はお前たちを助けようとしているんだぞと、才人とルイズは悲鳴をあげた。

 確かに、彼らにとっては同じ怪獣に見えるだろう。しかし、少し、ほんの少しでいいから冷静な目で客観的に見れば、ヒドラとリドリアスは街を守りながら戦っていることに気づけるだろう。それすらも、戦闘で興奮した彼らには贅沢な注文かもしれないが、彼らは目に見える世界を仲間を落とされ続けたショックで単色に塗り固め、異物をすべて排除しようとしていた。そう、異物をすべて。

「死ねぇ、仲間たちの仇だぁぁっ!」

〔やめろ、おれたちは敵じゃない!〕

 ウルトラマンAに向けても、少なからぬ攻撃が降り注ぐ。憎しみは彼らを戦士から獣に変えてしまった。

 アントラーとアリブンタ、さらにはエルフたちからも攻撃され、ウルトラマンAは四面楚歌の中で苦しめられる。

 彼らには、悪気はない。けれども、愚行とは決して悪意からのみ発せられるものではなく、正義感や信念、勇気や愛からどうしようもない過ちが生み出されることもあってしまう。助けに来たはずのウルトラマンAや人間たちを逆に攻撃し、自らの破滅を加速させているエルフたちの姿を見て、ヤプールは高笑いを続けた。

 

「フハッハッハハ! どこまでも愚かな連中よ。塵あくたに等しい下等生物のくせに、この世の頂点などとうぬぼれたむくいがこのざまよ。貴様らが、我々の家畜として生かされてきたことにまだ気づかないとはな。ウルトラマンAよ、貴様が救おうとした者どもに殺されるならば本望だろう。今日が貴様の命日だ、フハッハハハハ!」

 

 悲劇こそ最高の喜劇、絶望こそ至高の味と、ヤプールは異次元空間の中で多数の仲間たちと狂気の笑いのフルコーラスをあげる。

 超獣以上に、エルフたちに攻められて苦しむエース。そして、オイルドリンカーとサメクジラによって木の葉のようにもまれる東方号と、ダロンの触手によって小魚のように逃げ惑うアディールの市民たち。

 絶対的な大兵力を背景に、人間とエルフの不和につけこんで全滅をはかるヤプール。悲鳴と断末魔がいくつもこだまし、無限の未来をもっていたはずの命が次々と奪われていく。

 

 だが、それでもかけがえのない命をひとつでも救おうと、戦士たちはあきらめない。

 

 ウルトラマンAがアントラーに押さえ込まれているのを見たアリブンタが、逃げ遅れていたエルフたちを餌食にしようと動き出した。アリブンタは女性の血液、それもO型の血液のみを好んで吸血する。先ほど目に付けていてエースに邪魔された少女を再び食おうと、建物を押しつぶし、街路樹を踏み潰して、逃げる少女をアリブンタは追い詰めた。

「た、助け、誰か……」

 腰を抜かし、仲間たちからも置いていかれてしまった少女を、アリブンタはよだれを垂らして見下ろした。

 餓えている……ギラギラ光る複眼はそう言っていた。生き物にとって、飢えを満たしたいという欲求はなによりも強い。

 絶対に助からない。少女は本能的にそう悟った。牙をむき出し、超獣が迫る……だが、その瞬間。

「デャアアッ!」

 寸前で、飛び込んできたエースが割り込んだ。両腕を伏して盾となって覆いかぶさり、アリブンタの攻撃を受け止めた。

「グッ! ヌォォッ!」

 だがその代わりに背中にアリブンタの攻撃をもろに受けてしまった。アントラーを振り払い、駆けつけてくるにはこれしかなかったといえ、防御することもできない直撃の痛みはやはり並ではない。

 手を突いてかばったエルフの少女は、ちょうどエースの胸元の下あたりで腰を抜かしたままでいる。彼女は恐怖に染まりきった顔で、「バケモノ、バケモノ」と唱え続けているが、エースは彼女に一言だけ語りかけた。

「逃げろ」

「えっ……?」

「逃げろ、早く」

 少女は、耳に響いてきた声が、目の前の巨人が放ったものだとわからず、一瞬困惑した。当然であろう、見たことも聞いたこともない相手から自分たちと同じ言葉で話しかけられる……想像してみるといい、イエティやサイクロプスに日本語で流暢に「こんにちは」とあいさつされたら、大抵の人間は驚くであろう。

 少女は、声が巨人の発したものだということは理解した。が、幼い脳の許容量を超える出来事の連続にまともに動くことができず、そのままへたり込んでいると、巨人は苦しむ声といっしょに優しげな声を彼女に送った。

「……立てるかい? 立てたら、走って早く行きなさい。振り返らず、さあ!」

 少女ははじかれたように立ち上がると、一心不乱に駆け出した。命が助かったことを喜ぶ間もなく、泣きながら走る。

 だが、彼女はひとつだけ禁を犯した。振り返るなと言われていたのに、どうしてか振り返って後ろを見た。そこでは、銀色の巨人が怪物の前に立ちふさがって、懸命に押しとどめていた。

「ありがとう……」

 

 そして、東方号でも若者たちは絶望の中で必死に希望にしがみついていた。

 オイルドリンカーの怪力で右の翼をもぎとられ、今にも横転転覆させられそうな東方号の上で、人間とエルフはそれでも戦っている。

「うわぁっ! 落ちるぅぅぅ!」

「バカめ! 掴まれ!」

 甲板から転落しそうになった少年を、ひとりのエルフの騎士が受け止めて引き上げた。

「す、すまない」

「フン、勘違いするな。蛮人なんぞどうなってもかまわんが、犬猫でもいっしょにいると多少は情がうつるだろう」

 下手な言い分であったが、助けられたほうも助けたほうも、それ以上の言葉は無用だというふうに共に戦いに戻った。

 オイルドリンカーに攻撃魔法を放ち、サメクジラの接近を少しでも抑えようと周辺の海を凍結させる。焼け石に水でしかないことは誰もがわかっているが、かといって絶望してどうなるというのか?

 絶望すれば、万に一つの可能性もない。泥まみれになっても生き延びて、喉笛に喰らいついてでも敵を倒せ。はいつくばって神に助けを請ういくじなしは、この船には誰一人としておらず、彼らの中には自らの身が危険だというのに機銃にしがみついてダロンを攻撃し、触手に捕まったエルフを助けようとしている者もいる。

 

 けれども、それらはまさに象に立ち向かう蟷螂の斧……けなげに見えて、まったくの無益……それでも、若者たちには、戦い続けることをあきらめさせないたったひとつの”武器”があった。

 武器とは、なにも直接敵を傷つけるものだけとは限らない。それは心の中にあるもので、人はそれを勇気と呼ぶ。

 そして、勇気がただの武器と違うのは、それが自分以外の誰かの勇気につながることなのだ。

 

 いまにも撃沈されてもおかしくない東方号。そこで、この激戦の渦中にあって、敵からも味方からも存在をほぼ忘れられていた少女が、戦う力などまったくなさそうな細腕を震わせながら、東方号最頂部の防空指揮所に立っていた。

「これが、アディール……お母さんの、生まれた街」

 街を、戦場を、戦う仲間たちを見下ろすティファニアの眼には大粒の涙が浮いていた。いつか、訪れられたらと夢見ていたが、まさかこんな形で訪れることになるとは、運命とはなんと残酷なのだろうかと思う。

「あなた、大丈夫? やっぱり……」

「ありがとうルクシャナさん。わたしは、だいじょうぶ。だいじょうぶ、だから」

 浮遊の魔法で艦の動揺から守り、ここに連れてきてくれたルクシャナが心配そうに声をかけてくるのに、ティファニアは気力を振り絞って強く答えた。

 そう、ティファニアはもう、戦う覚悟を決めていた。その手には、母の形見の杖と、ルイズが残していってくれた始祖の祈祷書が握られ、指には水のルビーが輝いている。

「ティファニア、ほんとうにできるの?」

「ルイズさんは、もしわたしに戦う決意があるなら祈祷書は応えてくれると言いました。ほんとうはすごく怖いです……でも、みんなも怖いはずなのに戦ってるんです。ですからわたしも……わたしだってもう、お母さんがいなくなったときみたいに、クローゼットの中で震えているだけの自分ではいたくないんです!」

 人はいつまでもゆりかごの中にはいられない。ティファニアは、森の中に隠れ潜んで、おびえ暮らしていただけの自分に決別を誓った。

「お願い、始祖ブリミル。わたしに、ほんとうに世界を動かすほどの大魔法使いの血が流れているなら、今こそ力を貸して。ご先祖さま!」

 ティファニアは、以前ルイズがそうしたように祈祷書を開き、空白のページに目を光らせる。

 すると、水のルビーに呼応するように白紙に光のルーン文字が現れた。

『序文。これより、我が知りし真理をここに記す……』 

 ルイズが受けたものと同じブリミルの遺言と虚無の啓示、続いて祈祷書に今ティファニアがもっとも必要としている魔法の呪文が浮き上がる。

 だが、祈祷書は呪文を授けるのと同時に、意思あるもののように、ひとつの警告をティファニアに与えた。

 

『使い手に警告する。虚無のうちにも、いくつかの系統がある。しかして、この呪文は、君の系統には本来合わないものなり。使えば、君の蓄えた力は失われ、二度と放つことはできなくなるかもしれない。その覚悟をもちて、選択せよ』

 

 この魔法は生涯一度限り。そう警告する祈祷書の言葉に、ティファニアが見せたのは迷いない笑顔だった。

「ありがとうご先祖さま。でも、惜しくはないよ。だって、今のわたしにはもっと大事なものが、守らなきゃいけないものがあるから。わたしはきっと、このときのために生まれてきたんだと思うから!」

 浮かんだ魔法の呪文を唱えながら、ティファニアは杖を振り上げた。

 ルーン文字の言葉が躍るごとに、彼女が生まれてから今日まで蓄えてきた魔法力が法則に従って解放され、巨大な渦になっていく。

 最初から、加減などするつもりはない。はじめてできた友を、母の故郷を、これから友達になれるかもしれない人たちを救えるならば、この命を擦り切れさせてもかまわない。

 いまやティファニアは魔力の太陽にも等しい。その、ひとりの人間が持つには不相応すぎる、まさしく神か悪魔に相当するような莫大な力の波動にルクシャナは震えた。

「これがシャイターンの……力!」

 あるものは神と呼び、あるものは悪魔と呼ぶ力。伝説にうたわれる最強の魔法が今、無限の光芒とともに解き放たれた。

 

『エクスプロージョン!』

 

 

 続く


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