ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第82話  バラーダの神殿

 第82話

 バラーダの神殿

 

 怪魚超獣 ガラン 登場!

 

 

 テュリューク統領の船と会って丸一日。

 南東へと飛び続けた東方号は、テュリューク統領から聞かされたシャイターンの伝説の残る遺跡の上空へとたどり着いていた。

 

「コルベール船長、テュリューク統領艦より、着陸せよとの指示がきてます」

「ようし、重力制御室、船を下ろしてくれ。ゆっくりとな」

 

 遺跡から百メートルほど離れた場所に着陸した東方号と、テュリューク統領の専用艦。砂漠の中でもひときわ目立つ黒金の船体を砂の上に横たえた巨艦に、留守番としてミシェルら銃士隊を残して、一行は上陸を果たした。

 

「これが入り口か……で、でけえ」

 目の前に広がる巨大な石造りの神殿の持つ存在感に、才人たち一行は圧倒された。入り口の形は地球でいえばギリシャのパルテノン神殿にどことなく似ており、高さ三十メートルはある石の天井をいくつもの柱が支えていた。

 特に、門のところには巨大なワシのような鳥人の彫像が守護するように鎮座していて一行を見下ろし、そこから地下に向かって、緩やかな傾斜の坂道が洞窟のように続いていく構造になっていた。

 しかし神殿の大半はほぼ埋没しており、かろうじて入り口部分のみが砂漠に口を開けているに過ぎない。これでは、上空からでも隠れてしまって見逃してしまい、地上からなら蜃気楼と見える。場所を知っていなければ絶対に発見することは無理だろう。

 見ると、遺跡の柱も相当にボロボロになっており、それをさわった才人は手のひらに残った破片に貝殻が混じっているのを見つけた。

「貝の化石か……こいつが、このあたりでとれた石で作られているとしたら、ここいらは昔は海だったのかもしれないな」

「おいおい、なに言ってるんだいサイト、ここは砂漠のド真ん中じゃないか。海なんて、どこにあるっていうんだい?」

 突拍子もないことを言い出した才人に、ギーシュが暑さで頭がやられたのかと尋ねかけた。けど、もちろん才人は正気である。

「昔ったって、千年や二千年のことじゃないさ。何万年か、何十万年か、ひょっとしたら何億年もかけたら、海だって砂漠に変わるかもしれねえだろ?」

「な、何億年、ねぇ」

 ギーシュは才人の返答に出た数字の大きさに言葉を失ったようだった。無理もない、六千年前の始祖降臨から歴史が始まって、それ以前は神話のレベルのハルケギニアの感覚では、想像を超えているだろう。もっとも、地球人もごく最近まで恐竜の化石をドラゴンの骨と思っていたのだから、彼らを笑う資格はない。

 ただ、才人の話に意外なところから興味深そうな声をかけてきた人がいた。なんと、テュリューク統領である。

「ほぉ、おもしろいことを言うのお、ばん……いや、人間の少年よ。この渇きの大地が、海だったと申すか」

「信じなくてもいいよ、別に確かな証拠があって言ったわけじゃねえし」

「いやはや、そんなつもりではないから悪く思わんでくれ。ふむ、なるほどわしらの尺度では何万年前などという考えには及ばん。君たちに興味を持ったルクシャナ君の気持ちもわかるのう、ほっほっほっ」

 褒められてるのかけなされてるのか、才人にはよくわからなかった。一言で言えばつかみどころのないじいさんと表現すべきか、敵か味方かまだどうも判別しずらい。もっとも、そう簡単に腹の内を読まれたら政治家なんて務まらないのだろうが。

 ちらりと横目でビダーシャルを見ると、我関せずといった様子で立っている。ルクシャナを見ると、目を輝かせて遺跡を観察して回っている。護衛の騎士たちは、感情のない目でこちらを見ている者もいれば、ギーシュたちと似た目でティファニアの伝説的な双丘から目を離せなくなっている者もいる。エルフというのもいろいろだと、あらためて思わされる体験であった。

「さて、見せたいものは中じゃ。さっそく行こうではないか」

 相当な老人に見えるテュリュークは、むしろ才人よりも軽やかに歩き始めた。エルフの寿命が人間の三倍とすれば、ざっと二百五十歳はあるだろうに達者なものだ。

 

 一行は、テュリュークに続いて遺跡内部へと足を踏み入れた。

 

 内部は外の暑さとは裏腹にひんやりとしており、汗さえ一瞬で乾く砂漠から来た一同のなかには、おもわずくしゃみをしてしまう者もいた。

 しかし、荒廃した入り口付近から数百メートル進むと、遺跡は遺跡らしい姿を見せてきた。石造りの壁面にびっしりと描き込まれた古代の壁画、それを見たときエレオノールは、まだ新しいあの記憶を蘇らせていた。

「これは……あの、悪魔の神殿にあったのと同じ壁画だわ」

 あの、アボラスとバニラが封印されていた遺跡にあったものと、ここの壁画はそっくりであった。明らかに戦争によるものとしか思えない炎に包まれた世界、その中で暴れまわっている無数の怪獣……ここのものは保存状態もかなりよく、その鮮明な絵の迫力は、まさに世界最終戦争を思わせて見る者を圧倒した。

「テュリューク統領、これは」

「見ての通り、ここには大厄災の記録が残されておる。我らエルフを含め、生きとし生けるもののほとんどが死に絶えたと伝えられる大厄災……我らの一般的な知識では、それはシャイターンの門の向こうからやってきた者たち……お前さんたちの聖者が引き金になったと言われておるな」

「……」

 エレオノールやルイズは不機嫌になったが、それはただの事実の追認だったので発言は控えた。ここで無駄口を叩いても何の益にもならない、目的はこの先……なにを言うにしても、答えを見てからで遅くはない。

 そんな彼女たちの雰囲気を察したのか、テュリュークは説明を続けた。

「ここは、口伝では『バラーダの神殿』と呼ばれている。大厄災が起きた後で、生き残りのエルフたちが伝承を残すために建設し、代々一部のエルフにのみ存在を伝えられ続けてきたのじゃ」

「バラーダの、神殿……」

 才人はその名前を聞いて、ピンとくるものを感じた。

 地球にも、バラージという失われた古代都市の伝説がある。はたしてこれは偶然であろうか? かつて、バラージに唯一足を踏み入れたという科学特捜隊の記録は、その名前以外について完全に沈黙している。ただ一説によるとそこにはノアの神という存在が祭られていて、五千年前にバラージが危機に陥ったときに救ったと、わずかな文献から一部の学者は唱えている。

 意外なところから見えてきた、地球とのつながり。これがなにを意味するのか、その答えもこの先にあるのだろうか。

 テュリュークはその後も、コルベールやエレオノールが質問をすると、そのたびに答えてくれた。ときたまルクシャナが口をはさむことはあったが、それでもまたとない機会は彼らの探究心を満足させた。

 と、質問が一段落したところで、テュリュークは無言でついてきていたティファニアに声をかけた。

「さて、お嬢さん」

「は、はいっ!」

「ほほっ、そう硬くならなくともとって食ったりはせんよ。さて、昨日はあわただしくてゆっくり話す暇もなかったが、ええと……」

「ティファニアです。母が、そうつけてくれました」

 テュリュークは、温厚そうな笑みを浮かべてティファニアを見た。

「よい名じゃな。母君の愛情が込められておるようじゃ……じゃが、その母君のことだがの、ビダーシャル君から頼まれて調べてみたが……正直、言うべきかどうか迷っておる」

「……」

 ティファニアは、覚悟していたとはいえ、やはり明るからざる母の素性に、「聞かせてください」とすぐに言うことができなかった。

「まだ心の準備が整っておらんようじゃな。聞かずにすませるならそれもよい。知ることだけがすべてではない……母君が生きておっても、無理強いはせんじゃろ」

 真実は、必ずしも有益な結果をもたらすとは限らない。テュリュークは、あきらめるのも勇気じゃとだけ言うと、それ以上は言わずにティファニアから離れた。

 ティファニアはうつむいて考え込んでいて、心中は押して察すべきだろう。

「あの子も大変じゃのう。悪魔の復活というからには、なんというかこう……なのを想像していたのじゃが、あんな儚げな子が現れるとは、そなたらの神もいい加減な運命の割り振りをするのう」

「返す言葉もありませんね。代われるものなら代わってあげたいです……ですが、あなたにとっても我々は大いなる危険要素のはず。なぜ、そんなにいろいろと教えてくれるんですか?」

「なあに、わしは臆病なだけじゃよ。大厄災が再び起これば、どうなるにせよ未曾有の血が流れる。わしはこれでも、まだまだ長生きしたいんでのう」

 壁画に描かれた物語を追いつつ、一行は遺跡の奥へと足を進める。

 

 

 しかし、そんな一行を……正確に言えば、人間たちを憎憎しげに睨み続ける数人のエルフが、護衛に混ざってついてきていた。

「おのれ蛮人どもめ、悪魔の末裔などを連れてきて、いったいなにを企んでいるのだ」

「決まっている! シャイターンの門を開き、今度こそ我らを根絶やしにするつもりなのだ。恐ろしい」

「そのとおり! 我らの地に土足で踏み入れるだけでも許しがたいのに、統領閣下はなにを考えておられる。話し合うなどまったくの悠長、やはりあの方では生ぬるすぎる」

 彼らは、エルフの中でも特に過激派に当たる、ある一派に属する者たちであった。テュリューク統領は、非常時において専用艦を動かす権限は持っていても、そのクルーまでは選別する権限まではなかったために、こういう輩も混ざっていたのだ。

 口々に思いのたけを吐き出す彼らの周りには、人間の魔法で言うサイレントに近いものが張られていて、ほかの誰かに聞かれる心配はない。だが、単なる不平の言い合いの内を超えなかったそれに、ひときわ冷断な声で参加してきた者がいた。

「同志諸君、貴君らのご不満ももっともである。しかし、我らに必要なことは議論よりもまず、行動を起こすことなのではないか?」

「これは! 同志、ファーティマ・ハッダード上校殿!」

 兵卒のエルフたちは慌てて雑談をやめ、彼らの直属の上官に敬礼をとった。それを受けて、士官のエルフはやや垂れ目がちな碧眼を鋭く研ぎ澄ませて見渡す。驚いたことに、その士官はまだ若い少女だった。

「貴君らの気持ちはよくわかる。私もまったく同じだ。我らの神聖な地に蛮人どもが押し入ってくる、その一言だけでもまさに断腸の思いである。私にもっと大きな権限があれば、奴らを一歩たりとてサハラに踏み込ませはしまいに、実に残念だ」

 憎憎しげに語る口調に、少女らしさはどこにもなかった。年のころは人間ですれば十七歳前後、美しく伸びた金髪に、エルフらしく整った顔立ちは、そのまま立っていれば誰しもがほおを緩める美少女と映るだろう。しかし、彼女の目つきは触れれば切れそうな視線というのがそのままで、ティファニアやルクシャナのような温かみのあるものではない。一部の隙もなく着込んだ士官服とあいまって、氷のような雰囲気は完璧というよりはむしろ異様さの領域に踏み込んでいた。

 ファーティマは、兵たちが神妙に聞く態度をとっていることを確認すると、演説するように口を開いた。

「我ら砂漠の民は、奴ら蛮人よりもあらゆる面で優れている。精霊の声を聞き、奴らでは半日も生きられない砂漠に都市を築き、奴らにできて我らにできないことはなにもない! まさに選ばれた者である我らが、どうして蛮人などと対等になることができようか? 可能であるなら、今すぐ攻め入って彼奴らを根絶やしにしてやりたい。貴君らもそう思っているだろう?」

「そのとおりであります! ですが、残念ながら、現在のネフテス水軍や空軍に、それほどの戦力は……」

 兵の言葉に、ファーティマは悔しげにうなづいた。

 先日、竜の巣に出撃した空軍と水軍の主力が怪獣のために全滅したおかげで、精強を誇ったネフテス軍もすっかりかつての精彩を失ってしまっていた。彼らも元は水軍の将兵だったのだが、水軍の主力となる鯨竜艦は竜に引かせるだけでよい空軍艦に比べて再編が難しいため、余っている分の将兵が空軍に回された結果、こうしてここにいるのであった。

「だがしかし、だからといって我らの土地に蛮人どもがのさばるのを座視していい理由にはならないはずだ。奴らは西方で好きなように地を這いずっていればいい! 生ぬるいやり方ではサハラは守れんということを、私の手で証明しよう!」

「っ! まさか、統領閣下も?」

「いいや、統領閣下はどうあろうと我らが選び出した指導者、それを力で排除してはネフテスのありようが失われる。けれども、悪魔の首をとっていけば、我らにとってもっともふさわしい方が統領となる大きな助けとなるだろう。私は光栄にも、その名誉ある密命を、あのお方よりいただいたのだ」

 誇らしげに言い放ったファーティマに、兵たちも感嘆したようにどよめいた。

 それは、ファーティマが空軍の統領専用艦に配属されることが決まったときである。彼女の属する組織の長は、彼女にある特命をして空軍に送り込んだのだ。

 

「同志ハッダード少校、君を空軍に派遣することが正式に決まったよ。私としては、君のように才能ある若者を手放したくはないのだが、兵を遊ばせるは兵家の愚、わかってもらえるかな」

「はっ! どこへ行こうとも、ネフテスと党への忠誠が揺らぐことはありません。ご安心ください、同志議員殿」

「うむ、よい返事だ。君のような部下を持てたことは、私の誇りだよ。残念ながら、君の忠誠にいまだに疑問を抱く者もいるがね」

「叔母は我が一族の恥であります! わたしは叔母とはまったく違います。わたしは……」

「わかっているよ、落ち着きたまえ。君の党への忠誠の厚さは、私が誰よりも理解している。そこでだ、君に特別な任務を授けようと思うのだ。知っての通り、空軍にはまだ我が党の崇高なる精神に理解のない者も多い。もう、わかるだろう?」

「はっ! 我が党の精神を浸透させるさきがけとなり、あらゆる努力を尽くすことを誓います!」

「よろしい、それでこそ私の見込んだ若者だ。君を上校に昇進させよう。大いなる意思の御心にそうために、”あらゆる努力”を尽くしたまえ」

 

 それがファーティマの受けた使命であり、彼女の誇りと存在のすべてであった。

 あくまで忠実な護衛兵を演じつつ、ファーティマは人間たちを睨んで配下の兵たちに命じた。

「いいか、作戦を説明する。この人数でも、やりようによっては蛮人ごときは敵ではない。特に、エルフの血に悪魔の宿ったあの娘は絶対に許してはおけん。これは聖なる使命と心得よ。我ら、『鉄血団結党』の党是……我ら砂漠の民、鉄の如し血の団結でもって、西夷を殲滅せんとす。大いなる意思よ、我らを導きたまえ」

「悪魔には死を」

 それは、己の信じる理想のためであれば、ほかのすべてが灰と化してもためらわないという狂信者たちの眼差しであった。

 

 

 遺跡は一直線ではあるが、悠久の月日を越えてきただけはあって、ところどころ落盤や地割れが一行の行く手を阻んだ。

 高い天井と、石の壁がつらなる風景は距離と時間の感覚を麻痺させて、何百メイル、何リーグ歩いたのか目星がつかない。

 

 だが、とうとう一行は遺跡の最奥部へと到達した。

 そこにあったのは、ここを作ったエルフたちが畏敬を込めて作ったのが伝わってくる、おごそかな光を放つ石の祭壇。

 そしてそこに立つ、高さ二メイルほどの石像を見たとき、才人たちは思わず駆け寄って叫んでいた。

「これは……ウルトラマン!」

 間違いはなかった。右腕を高く掲げ、静かに立つその姿は見慣れたウルトラマンの姿にほかならなかった。

 いや、正確に言うのであれば、初代ウルトラマンとよく似た姿をしているけれども、頭部の形状が少し違い、全体的に柔和で優しい表情をしているような印象を受けた。また、立体的に掘られた体のラインも異なっていて、力強さよりも穏やかさを感じられた。

 が、胸に存在するカラータイマーは、石像が確かにウルトラマンであることをなにより明確に示していた。

「いったい、どうしてこんな場所にウルトラマンが!?」

「わ、わからないよ」

 エルフの神殿にウルトラマンが奉られているという、想像を絶する出来事にコルベールやギーシュたちも近くによって見上げているが、やはり呆然としたまま動けない。

 そこへ、テュリュークがやってきて、唖然としたままの人間たちに言った。

「やはり、驚いたか。わしも、ビダーシャル君から、君たちの世界の話を詳しく聞いたときには驚いた。そして、悩んだ末に、もしも君たちがサハラにやってくることがあったならば、ここに案内しようと決めていたのだよ」

「テュリューク統領! この像はいったい? どうして六千年も昔の遺跡にウルトラマンの像があるんですか!?」

「君らの世界ではウルトラマンと呼ぶのじゃな……ネフテスではこれを……いや、この方を聖者アヌビスと呼んでおる。もっとも、姿までは知られておらぬが、大厄災を引き起こした悪魔を倒したとあがめられておるのじゃよ」

「聖者アヌビス……」

 才人たちはその名に聞き覚えがあった。確か、アーハンブラで過去のヴィジョンを見たときにルクシャナがちらりと叫んでいた名前だ。そのときには気にしている余裕もなかったが、ルクシャナもやはりそのときのことを思い出したと見え、慄然としながらも説明してくれた。

「聖者アヌビス、わたしたち砂漠の民のあいだで言い伝えられている古い伝承、あなたたちの概念でいえば神話の類に入るわね。細かいところははしょるけど、大厄災を引き起こした悪魔、すなわちシャイターンと戦ってエルフの絶滅を防いだ英雄なの。光る手を持って、あるときは青き月の光のごとき優しさで悪魔に憑りつかれたものを鎮め、あるときは燃える太陽のごとき勇敢なる戦いで悪魔のしもべを粉砕したという……砂漠の民なら、誰でも聞かされるお話よ」

 その話は、人間の世界で言えば『イーヴァルディの勇者』くらいにポピュラーだという。確かに、内容としてはよくあるおとぎ話と大差はないが、おとぎ話と言い切るには、目の前のものはあまりにも……

 そして才人とルイズも……

「ルイズ、これはやっぱり……」

「ええ、水の精霊に聞いてからずっと気になっていた。もう、間違いないわね」

 今まで、ぼんやりとした仮説でしかなかったものが、はっきりとした形となって現れてくる。

(六千年の昔、この地を未曾有の大災厄が襲った。無数の怪物が大地を焼き尽くし、水を腐らせ、空を濁らせ、世界を滅ぼしかけたとき、その者は光のように天空より現れ、怪物達の怒りを鎮め、邪悪な者達を滅ぼして世界を救った)

 水の精霊の言ったこと、そして始祖の祈祷書で見せられた過去のビジョン。足りなかったパズルのピースがまたひとつ埋められていく。まだ完全ではないが、今度のピースで絵が見えてきた。

 

「六千年前、ウルトラマンの誰かがこの星にやってきた。そして、そのときも人々を守るために戦っていたんだ」

 

 胸が熱くなった。どんな危機の中でも、助けを求めればやってきてくれるウルトラマンの意思は、形は違えど、この世界でも昔からあったのだ。

 だが、まだ謎は残る。このウルトラマン像は、自分の知っているどのウルトラマンとも違う。この世界出身が確かなウルトラマンにはジャスティスがいるが、ほかにもこの世界にはウルトラマンがいるのだろうか。

 また、エルフの伝承では聖者アヌビスは悪魔と戦っていたということになっているが、悪魔がイコール始祖ブリミルだとすれば矛盾が生じる。祈祷書の見せてくれたヴィジョンでは、始祖ブリミルは悪魔どころか、世界を守るために戦っていた。

 このあたりに何か、大厄災の真実に関する最大の鍵が隠されているように才人たちは感じた。先人たちも、それを後世に伝えるために遺跡や伝承など、様々な形をとって残そうとしていたのだろう。二度と同じ惨劇が繰り返されないために。残念ながら、六千年という月日のうちに記憶は薄れ、遺物は風化していったが、まだ謎を解く手がかりはあるはずだ。

 ウルトラマン像は静かにたたずみ、なにも答えてはくれないが、その視線は在りし日に多くの人々を見守っていたのだろう。

 と……ふとティファニアは、ウルトラマン像の胸、カラータイマー部に青いきらめきを見つけてつぶやいた。

「あれ……? ねえ、あの光……なにかな?」

「えっ? あ、ほんとだ……」

 指差された先を見て、才人やギーシュたちも気がついた。注視してみると、像のカラータイマーは石ではなくて、静かな青色を放つ宝石が埋め込まれているようだった。しかし、不思議なことにティファニアに言われるまでは、誰一人として存在に気づいた様子がなかった。白い石の像の真ん中に、くっきりと埋め込まれているにも関わらずである。

 すると、テュリュークは感心したようなしぐさをして、ティファニアに笑いかけた。

「ほお、あれに気がつきおったか……やはり、ただものではないようじゃのお、お前さんは」

「えっ? いえ、わたしは別になにも」

「いや……やはり、お前さんがここに来たのは運命だったのかもしれんな。あの輝石が、お前さんを呼んだのかもしれん。ほいっ」

 テュリュークは魔法を使い、像の胸の輝石をティファニアに向かって落とした。手のひらで受け取ったティファニアは、小鳥の卵ほどの大きさの輝石をじっと見つめた。輝石は手のひらの上で、穏やかな青い光を放っている。

「きれいな石ね」

「うん、ブルーダイヤでもサファイヤでもない。見たこともない、不思議な石だな」

「そんなこと、どうだっていいじゃない。海の結晶みたいな青さ……きれい」

「わたしは宝石なんて興味ないけど……でも確かに、月の光みたいな優しい輝きね。見てると、落ち着いてくる気がする」

 輝石を見て、ギーシュやモンモランシーや、ルクシャナもが口々につぶやいた。誰もが、穏やかな笑みを浮かべている。

 この輝石はなんなんですかと問うと、テュリュークはウルトラマン像を見上げて言った。

「その輝石は、聖者アヌビスがこの地を去るときに残していったものだと伝えられておる。不思議なものでのう、どういうわけか、確かにそこにあるはずなのに、見えたり見えなかったりすることがあるんじゃ。まるで石が、見る者を選んでおるかのようにな」

「石が? ただの石に、そんな意思があるようなことがあるんですか?」

「わからん。ただ、精霊の力でもお前さんたちの魔法でもない、不思議な力としか言いようがない。しかし、伝承では再びこの世界に大厄災が訪れようとするとき、その石は新たな聖者に受け継がれて、大きな力となるだろうとはあるのう」

 テュリュークが、細い目でティファニアを見ると、才人は驚いたように言った。

「まさか、ティファニアがその聖者の再来だってのか!」

「まだそこまでは言うておらん。けれど、めぐり合わせというものは不思議なものでな。壁ひとつ隔ててすれ違う身内もおれば、十数年会ってない友人と辺境でばったり出くわすこともある。その子が、ここにやってきた以上、ここでのめぐりあわせにも、なにか意味があるのかもしれん」

 運命という、言葉にすれば一秒で足りる単語が人生を支配していると思いたくはない。しかし、ティファニアが虚無の担い手という大任を受けて生まれた者だとしたら、なにかしらの意思と力が働いている可能性もまた、否定できなかった。

 なにも知らぬまま、無邪気に輝石の光と遊ぶティファニア。こうして見ると、あの輝石がそんなすごいいわれを持つものだとは思えないし、ティファニアにしても普通の女の子以外に見ることはできない。

 もしも、ティファニアがそれほど重要な役目に選ばれた理由があるとすればなんだろう? 才人もルイズも考えるが、思いつかない。彼女も確かに虚無の担い手で、ルイズのように強力な虚無魔法を使おうと思えば使えるのかもしれないが、エクスプロージョンを撃てばショックで自分がひっくり返ってしまいそうだし、テレポートで飛び回る姿も想像しずらい。元々使えるという『忘却』の魔法にしても、すごいといえばすごいだろうが効果が局地的過ぎて、ましてよいことより確実に悪用方法のほうが多そうだ。

 ティファニアにだけある、なにかの素質。恐らくそれは、ティファニア自身もまだ気がついていないのだろう。

 手のひらの上で、蛍のように光り続ける輝石。ティファニアはそれを、飽きることなく見続けていた。

「ふしぎ……なんでか、とってもあったかい……あっ?」

 気のせいだろうか……そのとき、ティファニアは輝石が一瞬またたいたように見えた。けれど、その場にいた誰も気づいた様子はない。

「どうしたんだい?」

「い、いえなんでもないわ……錯覚だったのかな?」

 でも、一瞬だけども見えたあの光は、まるで自分になにかを呼びかけていたように思えた。ほんとうに一瞬すぎて、意味はわからなかったけれども、そんな気がしてならない。とても大切ななにかを……

 

 輝石はあくまで石であり、デルフリンガーのようにしゃべってはくれない。

 テュリュークはティファニアに輝石を握らせたまま、大厄災に関する話を再開させた。資料として残っている、あらゆる事柄と学者が研究した様々な説についてを惜しげもなく。

 一方、人間たちもテュリュークやビダーシャル、ときには護衛のエルフから質問があると包み隠さず答えていった。

 ヤプールとウルトラマンの関係、なぜこの世界が狙われているのか、そしてどうして自分たちがここに来たのか。

 隠し事をしたままでは、互いに信頼は作れない。偏見や差別は、その大部分が相手への無理解、無知によって生じる。たとえ相手が自分と反発する主義主張を持っていたとしても、押し付けていたら永遠に戦争などはなくならない。

 才人たちは、エルフたちが蛮人のくせにと言ってきても、怒鳴り返したいのをぐっと我慢して話し合いを続けた。

  

 

 だが、別の種族への蔑視を悪意で固定してしまっている者ほど度し難いものはない。特定の民族、国家への蔑視、そうする彼らの主張の一端は真実を掴んでいるかもしれないが、それらを構成しているのはひとりひとりの違った人間であり、民族やら国家やらというのは単なる社会性集合体の一形態にすぎない。

 端的に言えば、アリとハチが自分たちの巣こそ優れているのだと主張しあうようなものだ。地面の下と木の上の勝負、決着がつくはずもない馬鹿げた議論だというのは誰にでもわかるだろうに。

 それにも関わらず、そんな極めて狭い分類で世界を分けて、自らを他の集団よりも優越していると考えるお山の大将はどこでも後を絶たない。エルフも同様であり、人間などは話すのも汚らわしい劣等種だと本気で信じている一団は、彼らの正義に従って行動を起こそうとしていた。

「ようし、このあたりでいいな。爆弾の準備はいいか?」

「いつでも。見ている者もいないようだ……あとは同志ハッダード上校がうまくやってくれるだろう」

 遺跡の中ほどの柱の影で、数人のエルフが小型の爆弾を仕掛けてほくそ笑んでいた。彼らは、先にファーティマから命令を受けた一団の兵卒で、この場所で爆発を起こすことによって護衛の兵たちをおびき出し、人間たちが孤立したところでファーティマ率いる本隊が奇襲を仕掛けるという陽動作戦を決行しようとしていたのだ。

「導火線は大丈夫だ。離れろ」

 この手の兵器は人間もエルフも大差はなかった。道具には日々進歩していくものと、発明されたときからほとんど変わらずに何百年と使われていくものがあるが、これはその後者に値する。ダイナマイトがいつまでたっても葉巻型なのと同じようなものだ。

 導火線を伸ばして、彼らは目を合わせた。着火は道具に頼らず魔法でおこなうから確実につけられる。

「やるぞ……悪魔どもめ、思い知るがいい」

 導火線の先から、小さな火がちろちろと燃えながら爆弾のほうへと動いていく。十秒もすれば、火は爆弾に到達して爆発が起きるだろう。遺跡を崩すような威力はもちろんないが、爆音は石壁に反響して奥までしっかり届くはずだ。

 

 だが、彼らが作戦成功を確信してほくそ笑んだときだった。突如、遺跡全体が轟音をあげて揺れ動き始めたのだ。

 

「うわっ! な、地震か!?」

 立っていられないほどの激震が彼らを襲った。砂漠の民である彼らも地震は知っているが、これはいまだかつて体験したことのないほどの揺れで、嵐の中の船のように自由を許してくれない。

「まずい! 爆弾が、うわあっ!」

 ひとりが、床の上で跳ね回っている爆弾を止めようと手を伸ばした。しかしそのとき、彼らのいた遺跡の床がぱっくりと口を開いた。精霊に命ずる暇もなく、エルフたちは地割れに飲み込まれていく。ひとりがかろうじて、裂け目のふちに手をかけて掴まったが、そこに彼らの仕掛けた爆弾が、まるで主をいとおしむかのように転がってきた。

「よせ、くるなっ! な、なぜ我々がぁぁぁーっ!?」

 爆風とともに、最後のひとりの姿も地割れに消えた。彼らの命を飲み込んだ地割れは、その裂け目から間欠泉のように水を噴出し始めた。大量の水は波となり、みるみる遺跡の中を浸透していく。

 

 一方、さらなる激変は遺跡の外でも起きていた。

「なんだっ! 地震!?」

「落ち着け! この程度の揺れで東方号はビクともせん。全員持ち場を離れるな!」

 艦長代理のミシェルの命令で、銃士隊は東方号をキープしようと必死になった。東方号自体はなんともなくても、横転して水蒸気機関が損傷でもしたら大変なことだ。今頃はテュリューク統領の船のほうでも、居残りの船員たちが必死になって船を守ろうとしているだろう。

 だが、これが普通の地震ではないことを、経験からミシェルたちはすでに勘付いていた。

「副長、これはもしや!」

「ああ、あんまりにいいタイミング……やつだ、来るぞ!」

 乾ききった砂漠から、噴水のように幾本もの水柱が立ち上がる。五本、六本、あっという間に二十本から三十本へと増えた水柱は、高さ百メイルには及ぶしぶきをあげて、灼熱化した東方号の船体に蒸気を立ち上らせる。

 が、一見涼しげな光景はそれまでだった。

 砂漠に立ち上がる、ひときわ大きな水柱……その中から、巨大な魚のシルエットを持つ超獣、ガランが姿を現した。

「超獣です!」

「やはり来たか、総員戦闘配備! 奴は東方号を狙ってくるぞ、迎え撃つ!」

 ヤプールがおとなしく見ているだけはないと思っていたが、やっぱり妨害に出てきたかとミシェルは歯軋りした。しかも、乗組員の大半が留守のこんなときにである。指揮官として、最悪だという怒鳴り声こそ発しなかったが、軍靴のかかとを鉄の床に叩きつけるくらいの自由は行使した。

「機関室! 水蒸気機関に蒸気は溜めてあるか?」

「大丈夫です。いつでも最大圧力まであげられます……って、副長まさか、私たちだけでこの船を飛ばすつもりですか!?」

 機関室から伝声管を通って返ってきた元気な声はサリュアのものだった。今頃は、彼女たちの一隊は蒸気罐の前で石炭まみれになって働いているだろう。あとは数人が重力制御室に、残り五名ぐらいは機銃にとりついているはずだ。だが、それで銃士隊の人数は尽きる。正確に言えば、艦橋に予備要員としてミシェルのほかに三人だけいるが、わずか三十名足らずの人数で、この巨大戦艦を飛ばせるのだろうか?

 だが、ミシェルは断固として叫び返した。

「わからんのか! 今の我々は瀕死のタヌキも同然だ。サイトたちが戻るまで東方号を死守するには、無理でも無茶でも動かすしかない。わかったか! わかったなら、持ち上げてでもこいつを飛ばすぞ!」

 なんとも、昔のミシェルを知っている者からしたら信じられないような命令口調だった。作っていた生真面目さや、落ち着きの内側に、解放された心がいつのまにか熱い魂を生み出していたのだ。

 そしてもちろん、ミシェルをそんなふうに変えたのはあいつの影響にほかならない。サリュアや、機関室にいた者たちはびっくりはしたものの、すぐに笑顔になって艦橋に向かって叫び返した。

「わかりました! 副長の旦那が帰って来るまで、東方号を守り抜けばいいんですね!」

「んなっ! ば、バカお前ら!」

 怒鳴り返しはしたものの、すでに艦内中で大爆笑となっていた。これもまた、以前の厳格な銃士隊では考えられなかったことだろう。銃士隊の隊員たちは、それぞれ訳ありで剣の道に入ってきた、国に我が身を捧げた剣鬼ばかりだが、なによりも恋する乙女の味方なのだ。

 顔を真っ赤にして、「どいつもこいつも……」と、ぶつぶつ言いながら指揮を取るミシェルと、まだ笑いながら手だけは正確に動かす隊員たち。銃士隊をここまで人間味のある組織に変えたのは、たったひとりの恋心……それをこんなところで悲恋にしてたまるかと、ただそれだけの理由で三十人の隊員たちは団結する。

 

 しかし、ミルク色の砂漠に、黒い沁みのような点がひとつ。砂丘の上に立つ、真っ黒なコートを着込んでいるというのに汗ひとつかいていない不気味な男が、東方号とガランを見つめて笑っていた。

「破壊せよガラン! 人間どもの希望なぞ、踏み潰してしまえ!」

 

 さらに、また遺跡の最深部に舞台を戻し、同時進行で物語は進行していく。

「で、でかい地震だったな。な、なんだこりゃ!」

 まだ、超獣出現を知らない彼らは、揺れから頭と体についたほこりを払い、立ち直るときょろきょろと辺りを見渡して愕然とした。

 地震が起きたとき、彼らはとっさに出口に向かって全員で走り出した。しかし、古い遺跡であるのでやはり強度に限界が来ていたようだ。広々していた部屋は天井から落下してきた無数の岩石が山を作り出し、入り口付近から完全にふたつに分断されてしまっていた。

「なんてこった。もう数歩逃げ遅れてたら、完全に生き埋めにされてたところだぜ」

「皆、無事か? 誰か、向こう側に取り残されてる者はいないか!」

 コルベールが点呼をとり、水精霊騎士隊は互いの安否を確認しあった。ギーシュ、モンモランシー、ギムリにレイナールも自分の名前をあげて無事を報告し、その度に全員に安堵の色が流れていく。エルフたちも、テュリューク統領はビダーシャルが守って、護衛兵たちも頭数があまり減った様子はない。

 だが、幸い全員無事かと思われたそのとき、モンモランシーが慌てたように叫んだ。

「大変よ! ティファニアがいないわ!」

「なんだって!」

 一大事であった。まさか、落盤の向こう側に取り残されたのか、それとも押しつぶされてしまったのかと全員に冷や汗が流れる。

 さらに、エレオノールもひとり見えない顔がいるのに気づいた。

「そういえば、ルクシャナもいないわ」

「なんだと! しまった、私がついていながら」

「ルクシャナ! そんな、畜生!」

 ビダーシャルも、テュリュークの護衛に専念するあまりに、姪のことを失念していたことに端正な顔に小さなゆがみを作った。婚約者のアリィーも、無闇に近づいたらうっとうしがられると、仕事に専念しようとしていたことを悔しがるがどうにもならない。

「まさか、あの子たち……くっ」

 土のメイジであるエレオノールの直感が、この土砂の山は簡単にどうこうなるものではないことを告げていた。

 落盤した岩の山は、半端な魔法などは受け付けないふうに、無情に聳え立っていた。

 

 何百トンという土砂は、エルフのカウンターの魔法を持ってしても到底耐えられるものではなく、たとえ地球から重機を運んできたとしても容易に取り除けるものではないだろう。もしも飲み込まれていたとしたら死体が残るかどうかさえ怪しい。

 が、落盤の向こう側ではルクシャナとティファニアは奇跡的にも生き残っていた。

「だ、大丈夫? あなた」

「は、はいっ、ルクシャナさん。あなたが守ってくれたんですか?」

「いいえ、とても間に合うようなタイミングじゃなかったわ。ほら、わたしたちは運がよかったのよ……」

 魔法の明かりの中で、ルクシャナに促されて上を見ると、そこにはあのウルトラマン像が自分たちにかぶさるようにして倒れこんできていた。ティファニアは、像が傘になってくれたおかげで、自分たちは土砂の下敷きにならずにすんだことを知った。

「ウルトラマンが……助けてくれたの」

「でも、閉じ込められちゃったわ。これは、精霊の力を借りるにしても契約がないと難しいわね。どこかに、通れるすきまがあるといいんだけど」

 先住魔法も万能ではないと、ルクシャナは困った顔をした。また同じ規模の地震が来たら、今度こそ助からないかもしれない。

 だが、死神は落盤よりも早く彼女たちに迫っていた。

「安心しろ、出口など探さなくてもお前たちはここで死ぬ」

 よく通る声が響き、ふたりはその方向に振り返った。

 見ると、髪の長い士官服を着た女が立っていた。額からは、落盤のときに負ったのか血が流れている。しかし、その手には銃が握られていて、銃口はまっすぐにふたりを向いていた。

「会えてうれしいよ、民族の裏切り者と悪魔の末裔。ようやく、一番殺したいやつらと三人きりになれたな」

「あなた……っ!? その腕章は!」

 ルクシャナは、その女性士官の破れた制服の下から現れた腕章を見て絶句した。

 鉄血団結党……民族の敵はすべて抹殺せよという教義を妄信する、エリート主義に凝り固まった狂信者たち。まさか、統領の護衛部隊の中にも紛れ込んでいたとは。

 だが、とっさに魔法をぶつけようと思ったルクシャナは、相手の銃が震えているのに気づいた。よく見ると、顔色も悪いし息も荒い。

「あなた、まさか今の落盤で怪我を」

 苦しそうなファーティマの姿に、ティファニアは思わず話しかけた。だが、その心配げな声が誇りを傷つけたらしく、ファーティマは語気荒く怒鳴った。

「黙れ! 悪魔に心配されるいわれはない。悪魔……はは、まさしく貴様らは悪魔だ。部下に陽動を任せて襲おうと思っていたのだが、いったいどんな悪魔の業を使った? おかげで部下は全滅だ。ふははは! あーっはっはは!」

「あ、あなた……」

 様子がおかしい。もしや負傷の痛みと出血のせいで錯乱しかかっているのか! なら、下手に刺激すると危険だと、ルクシャナはティファニアに忠告しようとしたが。

「待って! 早く手当てをしないとあなたも危ないわ!」

「黙れぇぇっ!」

「きゃああっ!」

 銃声と悲鳴がこだました。ティファニアが右肩を押さえてうずくまり、弾丸が岩に当たって跳ね返る音がする。照準がぶれたおかげで、銃弾はティファニアの肩をかすめただけですんだのだ。

 だが、ほっとする暇はなかった。失血で理性を失いかけていたファーティマは、今のショックで完全にたがが外れてしまった。予備の銃を取り出して、狂乱しながらティファニアに今度こそはと銃口を向けた。

「死ねぇ! 悪魔めぇぇっ!」

 自らの顔をこそ悪魔のように変えて、両手に持った二丁の銃がティファニアの胸を狙う。ルクシャナはとっさに防御の魔法を使おうとしたが。

「だめっ、間に合わない!」

 銃の速度にはかなわない。エルフの銃は火薬ではなく、風石の力で弾丸を押し出しているために初速が速く、殺傷力が強い。

 ティファニアは、銃口の黒い穴を見ながら、ああ……わたしはここで死ぬのかなと思った。

 せっかく念願だった東の国まで来たのに、まだなにもしてないのに。やっぱり、ハーフエルフはいちゃいけない存在なのかな?

 

 弾丸が放たれ、一直線にティファニアに向かう。

 だが、そのときだった。

 

「キャプチャーキューブ!」

 

 青い光弾がふたりに向かったと思うと、次の瞬間ティファニアとルクシャナの周りを光の壁が取り囲んだ。弾丸はその壁にはじかれて、土砂に弾痕を作って虚しく止まった。

「なにぃっ!?」

「こ、これは?」

 愕然とするファーティマと、呆然とするルクシャナ。そしてティファニアが顔を上げると、そこにはガッツブラスターを構えて瓦礫の山の上に立つ才人の姿があった。

 

「サイト!」

「言っただろ、おれが守ってやるってな!」

 

 

 続く


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