ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第81話  全速前進! 包囲網を突破せよ!!

 第81話

 全速前進! 包囲網を突破せよ!!

 

 怪魚超獣 ガラン 登場!

 

 

 それを最初に見つけたのは、サハラ上空をパトロール中であったエルフの空中哨戒艦の一隻であった。

「艦長! 西方より、所属不明の船が接近してきます!」

 報告を受けた、艦長である空軍士官が望遠鏡を覗いて見ると、確かに西の空にぽつんと船らしき影が浮かんでいる。

「空賊船か?」

「まだ識別できません。しかし、こちらに向かってきているのは確実なようです!」

 見張り員からの報告で、その艦長は即座に戦闘態勢を命令した。

 この哨戒艦の主な目的は、国境付近に出没する人間の空賊を撃退することだった。人間は個人個人ではエルフの敵ではないが、空賊はひそかに国境の内側に入り込み、ふいをついて大多数で商船や村を襲って略奪をおこなうために、こうして侵入を防止する目的で、全長百メイル程度の小型ながら多数の哨戒艦が日夜警戒を続けているのだ。

 しかし今回は、艦長はいつもと違うものを感じていた。空賊であれば、哨戒艦の姿を見たら一目散に遁走を開始するくせに、逆に接近してくるとはどういうわけだろう。しかも見つかりやすい真昼間に入ってくるとは、向こうの船長は哨戒艦に勝てると思っている素人かと、彼は愚かな蛮人たちを討伐する自分の姿を想像してほくそ笑んだ。

 だが、彼の夢想はわずか数分後に日の目を見ることなく流産することとなった。

「な、なんだ? あ、あれは船なのか!?」

 望遠鏡の中で大きくなってくる船影に、艦長は我が目を疑った。今まで見てきたありとあらゆる国の船のどれとも似ていない。帆もなければ竜に牽引されているわけでもない、船体はすべてが鉄でできているように黒々と輝いている。

 そして、全身の血の気が一気に引いていくのを感じていた彼らの眼前に、未確認艦はその恐るべき全容を現した。

「せ、戦艦……? か、艦長」

「信じられん……な、なんという巨大な」

 艦長の言語能力では、それ以上の表現をこの場ですることはできなかった。

 まるで島のように巨大な船体の上には、城のような塔が高々とそびえ、その周囲をすさまじい数の大砲が固めている。しかも、艦首から艦尾にかけて備え付けられた、あの三連装砲塔の巨大さはどうか。

「ば、化け物め……」

 艦長は、自らの船があの巨大戦艦の前ではブリキの玩具も同然だと思い知らされた。先ほどの自信も雲散霧消して、狩る側から狩られる側に回る恐怖感が全身を包む。だがそれでも、彼は軍人としての責務で自らを奮い立たせ、彼に出来る唯一の合理的な命令を叫んでいた。

「警報! 周辺空域にいる味方艦すべてに警報を出せ! これは蛮人どもの挑戦だ! やつらいつの間に、あんな怪物を作り出せるようになったんだ!」

 とてもかなう相手ではない。だがそれでも、エルフとして蛮人に背を向けるわけにはいかないという矜持が艦長を支えていた。

 味方が駆けつけてくるまでは、後退してつかず離れずをとりながら奴を見失わないようにするしかない。あの巨砲が一発でも放たれたら、こんなちっぽけな哨戒艦は一瞬でバラバラだ。

 畜生! なんでよりにもよって、俺のところにこんな化け物が来るんだ。せっかく危険の少ない砂漠の国境警備につけたのに、あと少しで配置交代で国に帰って妻や息子と会えたっていうのに……

 艦長の運命を呪うつぶやきは、誰にも聞こえることはなかった。軍人としての本能が、自分はここで死ぬのだろうと言ってくる。

 しかし彼が、運命の性質の悪いいたずらと、そんな心配が杞憂であったと知るには、あと少し時間がいったのである。

 

 

 そしてむろん、接近中の哨戒艦の姿は、未確認艦、すなわち東方号でも捉えていた。

「コルベール船長! 前方に艦影が見えます。エルフの哨戒艦です!」

 防空指揮所に陣取るギムリの声が、昼戦艦橋にいるコルベールの下へと届いて響いた。

 黄色い大地と青い空、見事に二つの原色に分けられた世界の上半分に、黒いしみのような点が浮かび、少しずつ大きくなってきている。

 倍率を上げた双眼鏡の中に映る、ドラゴンに牽引されて飛んでいる黒い亀のような鉄でできた船。木造で風力を頼りにして飛んでいるハルケギニアの空中船とは、一段階違う次元にあることが明白なあれこそ、噂に聞くエルフの空軍に違いない。

「ついに警戒線に引っかかったな。まあ、別に戦争に来たわけではないのだから、ずっと見つけてもらえなかったらそれはそれで困るのだが」

「哨戒網の場所は、ルクシャナの言っていたとおりだったわね。まったくあの子も、自分の国の情報をよくもペラペラとしゃべれるものよねえ」

 艦橋で、船長のコルベールと副長役のエレオノールが緊張感を交えつつ、とうとう来るべきときがやってきたなと話し合っていた。

 国境であるアーハンブラを越えて、さらに東へと進路をとった東方号。ルクシャナからの情報で、この先に哨戒網が引かれていることを知っていたコルベールたちは、そのもっとも分厚い部分へと向けてやってきた。我々は逃げも隠れもしない、真正面からぶつかっていくという、それは彼らの決意の表明だったのだ。

 すでに東方号の船内では戦闘態勢が敷かれ、水精霊騎士隊と銃士隊はそれぞれの持ち場で構え、才人もゼロ戦をスタンバイさせている。

 ティファニアなど、一部の非戦闘員は艦橋直下の司令塔に集められて待っている。ここは最大五百ミリもの分厚い鋼鉄で覆われており、いかなる砲弾でも貫通することはできない上に、ルクシャナが精霊魔法で守っているために破片が内部に入ってくることも完全にシャットアウトされていた。

 しかし、自分たちが招かざる客であるということを自覚しているコルベールは、相手がちっぽけな哨戒艦であるとて見くびってはいなかった。

「速力を落とせ、向こうに敵対の意思がないことを伝えるんだ」

 火蓋を切ってしまっては、交渉の余地が激減してしまうことは全員が承知している。コルベールは、どんなことがあっても自分から武力を行使するつもりはなかった。

 プロペラの回転が弱まり、東方号の行く足が弱まると、哨戒艦も同じ速度をとって距離を一定に保った。それを見て、コルベールは船体は小型ながらよく訓練されたいい船だと褒めた。この場合の船とは、艦長から兵卒までの乗組員全般も含めて指す。船とは一種、人体の縮図とも呼んでもよい存在で、頭脳である艦長と手足となる兵卒のどちらが不健康でもうまく動きはしないのだ。

「諸君、よく見ておきたまえ。あれがエルフだ、あれだけのことができるものが我々の相手となることを、よく覚えておきたまえ」

 コルベールは船体各所に向けて、そう伝えた。それは、いまだにエルフとは先住魔法だけが怖い野蛮な種族だという認識を残している生徒たちや、銃士隊員へ向けてのいましめであった。エルフは決して先住魔法だけの相手ではない。自分たちと同じように訓練を積んでやってくるからこそ強いのだと。

 しかし、コルベールは敵愾心を駆り立てることまでは望んでいない。息を呑む艦内に向けて、もう一言付け加えて伝えた。

 

「よって、彼らが永遠の敵となるか、それとも我々の友となるかは諸君の双肩にかかっている。全員、使命を胸に努力せよ!」

 

 艦内から、いっせいに歓声が上がった。水精霊騎士隊の少年たちも、銃士隊の彼女たちも気合を入れなおした。

 そうだ、自分たちは戦いに来たわけではない。ともすれば戦いに傾きがちな心に歯止めを利かせて、もう二度と二つの種族が争わずにすむようにするために命を懸けに来たんだった。

 

 だが、東方号の機運とは別個に、この船の絶大な存在感はエルフに無視されない以上の効果をすぐにもたらした。

「せんせ、いえ船長! 二時と十時の方向から、新たな艦影が見えます」

「あの哨戒艦が仲間を呼び寄せたんだな。さあて、彼らに道案内を頼めればいいんだが」

 コルベールは禿げ上がった頭をハンカチでなでて脂汗をぬぐった。ここから、東方号の一挙一投足、すなわちコルベールの指示が死命を決することになる。彼は魔法学院の授業で見せるときのような、陽気な先生というイメージは捨てて、接近してくる哨戒艦隊を見据えながら次の指示をくだした。

「速度さらに半分! 鐘楼に白旗を掲げよ! 哨戒艦隊に旗艦はどれかと訪ねてくれ」

 指示は、コルベールを信頼する生徒たちによって違えることなく遂行された。彼らも本職には劣るとはいえ、この一ヶ月みっちりと訓練に励んで腕は上げている。手旗信号はエルフの艦隊の方式どおりに間違えられずに振られて、中央の哨戒艦から手旗信号で返信があった。

 が、喜ぶには早い。哨戒艦隊はさすが空賊を相手にしてきただけあって、勇猛さとなにより蛮人嫌いを持ち合わせており、こちらが出した交渉を求めるという求めかけにはなかなか応じようとはしてくれない。『我に交戦の意思はなし』と、何度も信号を送るがエルフの警備艦隊は砲門を全開にし、真っ向きって東方号の進路をふさぐ構えを見せている。

 向こうから送ってくる信号は、『停船せよ』の一点張り。

「ミスタ・コルベール、ここはいったん止まって向こうの司令官に従ってみてはどう?」

「そうだな、力づくで突破しても彼らの敵愾心をあおるだけだろう。どちらにせよ、我々から手を出すべきではないだろうな」

 向けられた砲門の数に、虚勢を張りつつもおびえた様子が垣間見えるエレオノールの言葉にコルベールは従った。彼とて、船長になったつもりはあっても艦長になった覚えはない。東方号は戦艦としての形はしていても、彼の中ではあくまで探検船なのである。

「両舷停止! 手旗信号でそちらの指示に従うと伝えてくれ。ただし、本船周辺一千メイル以内への接近は禁ずると厳命するんだ」

 コルベールの指示は的確に実行され、信号台にいる銃士隊から旗艦とおぼしき船へと信号は送られた。

 エルフの艦隊は、東方号との距離およそ二千メイルで停止した。おそらくそれが彼らの大砲の有効距離であり、かつ彼らの勇気の限界点といってもよかった。ハリネズミのように大小すさまじい数の大砲を装備した巨大戦艦に、好んで肉薄しようと考えるくらい蛮勇を備えた艦長は人間もエルフも問わずにそんなに多くはない。

 ただ、冷や汗をぬぐったのはむしろコルベールのほうであった。東方号は圧倒的な威圧感に比して、使える武装は本来の一パーセントもない無防備状態だ。戦闘に突入したところで、応戦できる兵器はほとんどなく、さらに搭乗しているのも水精霊騎士隊と銃士隊ほか百名にも満たない少人数……接舷されて乗り込まれたら、強力な先住魔法に太刀打ちする術はない。

 唯一、ルイズの虚無魔法、あのエクスプロージョンでもフルパワーで撃てば勝てるかもしれないが、それでは虚無を悪魔と恐れている彼らエルフを逆上させてしまうかもしれない。

 虚無は使えない……そのことはルイズも承知しており、決して使わないと自らに誓約をかけていた。

 

 艦砲戦、白兵戦において両手を縛られているも同然の状況では、戦えば手もなく捕獲されてしまうのは火を見るよりも明らか。全長四百二十メイルの超巨大戦艦がほぼ非武装で、数えて足りるような人数でやってくるというような非常識に気がつくような変人がエルフにいなかったのが幸いだった。

 

 東方号から、エルフの最高責任者との会談を求めていると伝えると、問い合わせてみると返信があった。

「どうやら、無下にはしないでいてくれるみたいね」

「無言の威圧が効いたらしいな……従来のハルケギニアの船だったら、戦列艦でも即座に追い払われていたろうな。しかし本音を言えば、こんな力を背景にした砲艦外交の真似事はしたくなかったのだが……」

「ミスタ・コルベール……」

 うまくいきつつあるというのに憂鬱そうなコルベールの横顔を、エレオノールは怪訝そうな目で見つめた。学者として、付き合いをはじめてしばらく経つが、この男の内面はどうにも理解に苦しむ。ハルケギニアの普通の貴族であれば、勇敢さや、戦って勝つことが至上の名誉であろうというのに、彼は何にしても誰かに『勝とう』という意思がまったくと言っていいほど感じられず、だからといって無気力というわけではない。

 強いて言うなら滅私奉仕の強烈な平和主義者……いったい、なにが彼をそこまで駆り立てるのだろうか? 疑問は尽きないが、彼は自分の過去については語りたがらず、貴族としての家や土地といった財産はすべて処分していたので、過去の履歴を追うこともできなかった。

 わずかな手がかりは若い頃に軍にいたということだけ……他人の過去を詮索することは無粋であるとエレオノールも思うのであるが、なんとなく彼の自分に強要しているような優しさが、コルベール自身をいつか泥沼に追い込んでいくのではないかと一抹の不安も覚えるのであった。

 

 空中に静止する東方号と、それを包囲するエルフの艦隊。

 どちらも相手が仕掛けてこないかと、止めることができない冷や汗と心音の高鳴りと戦う時間が続いた。

 そうして何時間かが過ぎたころである。東の空に、新たな艦影が多数見受けられた。

「見張り所から報告! 前方に、新たな艦影が多数! 先生、あれは戦艦です!」

「なにっ!」

 確かに、東の空に新しい艦影が複数現れていた。相当に速力を出しているらしく、みるみるうちに近づいてくる。哨戒艦の何倍もある無骨な船体の上には、連装の砲塔が複数ついており、一見しても主力艦だということがわかった。しかも並の数ではない、大型の戦列艦の後方からは巡洋艦や駆逐艦艇が続いており、上空を防護する竜騎士も百騎はかたくない。

「ありゃあ……あれは、空軍の主力機動部隊じゃないの。全滅したって聞いてたけど、まだこれだけ残ってたのねぇ……」

 司令塔の装甲の隙間からわずかに見える外を眺めていたルクシャナが、これはまずいわねとつぶやいた。

 これは本国の第二戦隊に属する艦隊で、聖地でのバラバとの戦闘には不参加だったために、幸運にも難を逃れていた。そのせいもあって、現状エルフの艦隊の中では最強のものである。彼らは、激減してしまった戦力の再編に全力を尽くしていたが、蛮人の戦艦が接近中であるという報を訓練中に受けると、はじかれたように飛び出てきたのだ。

 艦上で見張りについているギムリたちや、蛇輪を握っているレイナール、それにエレオノールは無意識につばを飲み込んだ。大きさは東方号より数段劣るとはいえ、数十隻の戦艦の威圧感は半端なものではない。向こうは哨戒艦隊を下がらせて、東方号を包囲するように左右に陣形を組んできた。

 コルベールは双眼鏡を睨んだまま微動だにせず、エレオノールは逆にそわそわと落ち着かない。

「これは、お出迎えにしてはずいぶんと派手ね。パ、パーティのお誘いにしては少々にぎやかすぎる気が……」

「いや、砲門をすべてこちらに向けている。どうやら破壊する気のようだ」

「へぇ……ええっ!」

 エレオノールが絶叫したと同時に、エルフの艦隊は砲撃を開始した。たちまち、砲煙が巻き上がって多数の砲弾が東方号の周囲を通り過ぎていく。

 東方号の巨体にも関わらずに命中弾はない。しかしこれは相手の腕が悪かったからではない。いきなり全砲門を発射したのでは、どの弾を自分が撃ったのかわからなくなってしまい、どう撃てば当たるのか照準が定まらない。そのため最初はあえて少数の砲を順繰りに撃ち、敵との距離を正確に測るのが効率的な射撃方法なのだ。

 つまりは、この後に本格的な攻撃が始まる。コルベールは、うろたえるエレオノールに「落ち着きたまえ」と告げると、「仕方がないな……だが、あまりなめられないように、ある程度のデモンストレーションは必要か……」と、残念そうにつぶやいた。

 うかない顔は消えない。しかし、自分たちも相手も聖人君子ではありえない以上、少々の荒事は必要かと、コルベールは伝声管の先の機関室に向けて、彼らが待ちに待っていた命令を伝えるために叫んだ。

 

 一方で、コルベールとは対極の思考と感情を持つ者が、エルフの第二艦隊旗艦のブリッジにいた。

「汚らわしい蛮人どもめ! 貴様らなぞにサハラの地は一歩も踏ませんぞ。どんなに大きかろうと、所詮はただの一隻。我が艦隊の集中砲火を持って、空の藻屑になるがいい!」

 いきり立つエルフの艦隊司令は、なかば正気を失いかけた顔で叫んでいた。第一艦隊の全滅で、本国艦隊の総司令官になった栄誉とプレッシャー、人間への偏見と自分の種族の優越感などが混ざり合い、手柄を上げなければと焦っていたところに飛び込んできた敵が、彼に本来持っていたはずの冷静な判断力も失わさせていた。

「撃て! 木っ端微塵にしろ!」

 一隻当たり、大小合わせて十五門の大砲がいっせいに放たれる。ハルケギニアの軍艦に比して、エルフの軍艦の砲は、数は少ないものの、口径が大きい上に砲身にライフリングが刻まれていて命中率や射程も段違いに高く、一門でハルケギニアの大砲の十数倍の価値を持つと言って過言ではないのだ。

 それが数百発、静止目標のために命中率を二十パーセントとしても、山一つ崩すほどの火薬と鉄量が降り注ぐことになる。

 放たれた砲弾は射手の腕のよさを証明するように、司令官の期待以上の命中率を記録した。敵艦は炸裂した砲弾の起こした煙で、巨大な黒雲と化したように見えなくなった。弾着は、少なく見積もっても百発はくだらないだろう。

「思い知ったか蛮人どもめ! バラバラだ、わっはっはっはは!」

 司令官は、蛮人の最新鋭艦を撃沈した功績で勲章をいただく自分の栄光を思い浮かべて悦にいった。

 だが、風に流された爆煙の中から現れたのは、何事もなかったかのように浮き続けている敵艦の姿だったのだ。

「馬鹿な! あれだけの砲弾を受けてもビクともせんというのかぁ!?」

 司令官は、幻でも見せられているのではないかと自分の目を疑った。しかし当然、東方号はいかなる魔法によっても守られてはいない。東方号を守ったのは、大和から受け継いだ強靭な防御力のみである。

 戦艦には、どの国が定めたわけでもないが自分の主砲と同等の攻撃にまで耐えられるように装甲を張るというのが、第二次世界大戦までの国際常識になっていた。すなわち、大和型戦艦の船体を持つ東方号の装甲を打ち抜くには、大和型の持つ四十六センチ砲以上の破壊力を持ってしなければ不可能ということになる。

 むろん、全体に装甲が張られているわけではないので、急所へのラッキーヒットもあるし、よほどの至近距離からなら口径の劣る大砲でも撃ち抜ける可能性はある。が、そのどちらをおこなうにもエルフ艦隊の攻撃力は及んでいなかった。いくらエルフたちの技術がハルケギニアよりは優れているとはいえ、大和型の四十六センチ砲の持つ、三十キロメートルも離れた距離から、厚さ四百ミリもの鋼鉄をぶち抜く破壊力は想像を大きく超えている。

 砲弾は頑強な装甲に阻まれて、一発残らず塀に投げつけられた卵も同然に砕け散り、東方号の格納庫内で砲弾が跳ね返っていく音を聞いていた才人は思わずガッツポーズをとって叫んでいた。

 

「メイドイン・ジャパンをなめるなよ! そんな豆鉄砲で大和の装甲を撃ち抜けると思ってるのかあ! はっはっはっはっ!」

 

 元来ミリタリーマニアの気がある才人は高らかに笑って、ゼロ戦の上で胸を張っていた。

 そんな才人を見て、ルイズは冷めた態度でため息をつく。しかしこれは女にはわからない男のロマンの領域、日本の一般的な男子であれば、誰しも戦車や戦闘機のプラモデル、またはロボットやヒーローのおもちゃで時間を忘れて遊んだ思い出があるだろう。まして、戦艦大和といえばどんなおもちゃ屋にも絶対ある永遠の男の船なのである。

 

 圧倒的な防御力でエルフたちの度肝を抜いた大和こと、東方号。

 だが、コルベールは自分の船を過信してはいなかった。敵弾の百発中九十九発を跳ね返すことができたとしても、むき出しの水蒸気機関や艦橋に命中したらどうなるかわからない。

 この艦隊の司令官は聞く耳を持ってくれないか……ならば、エルフの本拠地まで一気に行くまで!

 そのとき、コルベールが機関室に指示した命令が動き出した。四基ある水蒸気機関が轟音を上げて動き出し、東方号はぐんぐんと速度を上げ始めた。

「レイナールくん、全速前進! この包囲網を一気に突破して、そのままアディールを目指すぞ!」

「アイ・サー! 今なら、アディールはがら空きですね。ようし、かっ飛ばすぞぉっ!」

 コルベールの放った、これまでのうっぷんを晴らすような爽快な命令に、普段は大人しめな印象を表しているレイナールも意気を上げて叫んだ。武器は使えないとはいえ、ようやくこの東方号の真価をエルフたちにお披露目することができる。

 四基あるエンジンから轟音と、石炭を燃やす黒煙をいっぱいに吹き上げて加速していく東方号。その轟々たる容姿に、第二戦隊のクルーたちはさきほど砲弾をすべてはじき返されてしまったこともあって、この世ならざるものを見ているような本能的な恐怖感を覚えた者も少なくない。

 加速度を増していく東方号は、第二戦隊の次斉射をかわして包囲網からの脱出を図り始めた。しかし、第二戦隊に属するエルフたちも鍛え上げた船乗りであることは変わりない。一時狼狽した艦隊司令も、副官にとりなされて落ち着きを取り戻し、陣形を再編成して包囲網を再構築しようとしてきた。

「こちらの加速に追いつけなくなる前に頭を押さえようという魂胆か、優秀だな彼らも」

 エルフの軍人の錬度はやはりかなり高い。コルベールだけでなく、ミシェルたち銃士隊も感心して、水精霊騎士隊の少年たちに、「あれが軍人というものだ。少しでも早く一人前になりたいと思うなら、あの光景を忘れないことだ」と、諭していた。

 前面に展開し、艦の壁を持って行く手を阻もうとする第二戦隊に対して、東方号は速度を緩めずに突き進む。その加速力の速さは完全にエルフたちの想定を超えていた。艦隊の大半は的の巨大さにも関わらずに砲の照準が追いつかず、進行方向にある数隻のみが散発的に撃っているが、まるで通じずに敵艦はどんどん近づいてくる。

「うわぁっ! ぶ、ぶつかるぅ!」

 すでに包囲艦隊との距離は一千メイルを切った。エルフたちの目には、東方号の艦首に輝く黄金の紋章もはっきりと見えている。

 このままでは激突する! 避けようがない!

 だがそのとき、コルベールは待っていたタイミングが来たと叫んだ。

「今だ! 上げ舵二十、最大戦速!」

 東方号の艦首が天を向き、エルフたちの目に東方号の赤く塗られた船底がいっぱいに映ってきた。そのまま東方号は、大波を飛び越える大鯨のようにエルフ艦を乗り越えて、名前の示す東方へと全速力で駆け抜ける。

「包囲網突破! ようし、このまま振り切るぞ!」

「まだだ! 奴ら竜騎士を出してきたぞ!」

 歓声をあげたレイナールをコルベールが制した。エルフ艦隊は後方に置き去りにし、ほとんど無視して構わないが竜騎士は別だ。一個艦隊に収容されている分だから数もすさまじく、さしもの東方号の速力でも振り切れない。甲板や見張り所からはギーシュやギムリが応戦してもよいですかと尋ねてくるが、コルベールの答えは当然否だった。下手に刺激して乗り込んでこられたらかなわない。

 かといって、このままズルズルと彼らを引き連れたままアディールにまで行くわけにもいかなかった。時間が経てば、彼らはまったく攻撃してこない東方号を不審に思って乗り込んでくるかもしれない。そうなったら終わりだ。

 しかし、運は東方号に味方した。望遠鏡で前方を監視し続けていた銃士隊員が、前の空に広がる黄色い壁を発見したのだ。

「艦橋! 前方になにか、黄色い大きな雲が広がってます。このままだと、あれに突っ込んでしまいますよ!」

「黄色い雲? いや違う! それは砂嵐というやつだ。ようし都合がいいぞ、あれに飛び込んで追っ手を撒いてしまおう」

「ミスタ・コルベール! それは危険じゃないの!」

「このまま竜騎士に追われ続けているほうが危険だよ。私も文献でしか聞いたことはないが、あの中は相当過酷な環境のはず。いくら精霊の力に守られているエルフといえども追ってはこれないだろう」

 選択の余地はなかった。コルベールの決定は即座に全艦に通達され、艦上に出ていた人間はすべて艦内に飛び込み、扉や舷窓もひとつ残らず厳重に封鎖された。さらに、水蒸気機関も吸気から砂を吸い込んでは損傷してしまうので、緊急停止の後に吸気口が閉鎖されて、推進は重力制御に切り替えられた。

「全員覚悟しろ、突っ込むぞーっ!」

 進路を変えることなく、東方号は砂嵐の中へと突入していった。エルフの竜騎士たちは、巨大な砂嵐を前にしてうろたえている隙に敵艦に飛び込まれてしまって、なすすべなく引き返していくしかなかった。

 だが、砂嵐に突入した東方号を待っていたのは想像を絶する世界だった。たちまち、窓ガラスは太陽光が消えて真っ暗になり、数億という砂粒が激しくぶつかってきて、視界はほとんどゼロになった。

 もはや、磁石の示す方位以外になにも頼れるものはない。目も耳も塞がれてしまった東方号は、ただひたすら東へとゆっくりと進み続け、やがて一時間が過ぎ、二時間が過ぎ、不安にかられる皆をよそに、外の景色は少しも変わりなく続いた。

 

 けれど、終わりはあっけないほど簡単に訪れた。前ぶれなく視界が晴れ、また青い空と黄色い大地の二原色の世界が戻ってきた。

「抜けた……砂嵐を抜けたぞぉーっ!」

 黄色い地獄に耐え続けていた少年少女たちは、それだけで大きな声をあげて喜び合った。

 周りを見ると、エルフの艦隊や竜騎士の姿はない。さすがの彼らも、あの規模の砂嵐に突入するのはためらったようで、迂回して追って来るとしたら東方号との速力差を考えて、追いつかれる心配はまずないだろう。

 

 あとはエルフの首都アディールまで一直線だ。主力艦隊が後方に置き去りになっている今、脅威になるものはない。

 

 ところが、砂漠の先にまたも艦影が現れたので、艦内は再度緊張に包まれた。

 なのだが……接近してくるにつれて、それが単艦で、しかも客船らしいことがわかってきた。船体はそこそこ大型ではあるが、装甲は張られておらずに、牽引する竜の数も少ない。さらに近づいてくると、マストには白旗が掲げられている。

「戦わない……のか?」

 先に袋叩きに近い形で撃たれているので、警戒を解かずに東方号は接近を続けた。

 が、緊張する艦橋に、伝声管で直下の司令塔からルクシャナの慌てた声が飛び込んできたことで、すべての疑問が解消することとなった。

「ミスタ・コルベール! あれちょっと、大変なものが来ちゃったわ! あの船、ネフテスの紋章を掲げてるわ。あれが許されるのは、ネフテスの統領の座上する船だけよ」

「なんだって! ということは、あれに乗っているのは……」

 エルフの王様!? と、言いかけてコルベールとエレオノールはとっさに口をつぐんだ。

 サハラに行くに当たって、ルクシャナから注意されていたいくつかの事柄のひとつに、エルフの統領を王と呼んではいけないということがあった。血統での王位継承を神聖なものとしているハルケギニアと違って、エルフは入れ札、いわゆる選挙で指導者を選出する方法をとっている。権力の世襲を愚策としているところでも、人間とエルフの間の価値観の違い、すなわち分かり合えない一端があった。

 が、驚いている時間はなかった。ルクシャナの言うとおりだとしたら、これは大変な事態である。

 すぐさま、全艦にそのことが伝達され、手旗信号によってこちらの来訪目的が向こうに伝えられると、接舷許可が求められて了承した。

 どうやら、本当に戦う意思はないらしい。コルベールはルクシャナからの注意事項をあらためて全員に徹底するように指示した。

「全員、戦闘服から礼装に着替えておくように。我々が、人間社会の代表だということをくれぐれも心に止めておいてくれ」

 だまし討ち、という考慮は最初からない。危険かもしれないが、エルフが自分たちの旗を使っての罠という下劣な手段を使う種族ではないだろうという、これは一種の賭けだった。外れた場合は……エルフはしょせん、そんな器しかない連中だったというしかない。

 だが、そんな心配は無用のものであった。空中に静止した東方号とエルフの船は舷側を接して、互いの船がロープで固定されると、二隻の間に橋が渡された。互いの船のクルーが緊張した面持ちで整列する前で、その橋を渡ってまずやってきたのは、才人やルイズ、特にルクシャナにとってはよく見知った顔だったのだ。

「叔父さま!」

「久しぶりだな。ルクシャナ」

 長い金髪とすらりと整った目鼻立ち、エルフの中でも別格の存在感を持つ彼は、かつてアーハンブラ城で対峙した、あのビダーシャル卿その人であった。彼は場もわきまえずに飛びついてきたルクシャナをなだめて離すと、彼にとっては一番の重要人物であろうルイズを見た。

「さて、お前も久しぶりだな、シャイターンの末裔よ」

「ええ、ご無沙汰ね。一応心配してたんだけど、どうやら無事に帰りつけていたらしいわね」

 いきなりの憎まれ口の応酬戦をはじめたルイズに、周りは冷やりとなるがビダーシャルは知れたものだったらしい。気にした様子もまるで見せずに、一同をざっと見渡すと、再びルイズに向かい合った。

「とりあえずは、我が姪が世話になったことに礼を述べておこう。こんなものでも、心配はしていたものでな」

「どういたしまして、生活費を請求する気はないから安心していいわ。それにしても、彼女ってあなたたちの前でもあれなのねえ……」

 やや呆れがちなルイズとビダーシャルの視線の先では、久しぶりの故郷のものに触れてはしゃいでいるルクシャナの姿があった。久しぶりに里帰りできてうれしいのはわかるが、この中で唯一緊張感がない様子でよく目立つ。見ていたら、ひとりの青年エルフがたまりかねたように駆けてきて、なにやら怒鳴っているようだがルクシャナはこたえた様子は微塵もないようだ。

 会話の内容は、「あらアリィー、あなたも来てたの」「ルクシャナ! 君がひとりで蛮人の世界に残ったって聞いて、ぼくがどれだけ」「あーそういうのはいいから、迎えに来てくれてありがと、シャッラールは元気?」「ごまかさないでくれ! まったく君は昔から……」ざっとこんな具合である。

 ギーシュたち水精霊騎士隊の少年たちは、”ああ、あれがミス・ルクシャナの婚約者だな。お気の毒に……”と、合点して、切ない気分になった。男という枠にはまりきらない女に惚れた男は大変だ。しかも互いに美男美女だから、言い争っているのが非常にこっけいに映る。ビダーシャルも、さぞ胃を痛めたことだろうて……

 しかし、思いもかけない雑劇はそこまでだった。ルイズに代わって、代表者としてコルベールとエレオノールが前に出て、コルベールは名乗りを、エレオノールは再会のあいさつをして、ビダーシャルはうなづいた。

「了解した。ようこそサハラに、とは言えないが、わざわざの訪問ご苦労だった。諸君に戦意がなければ、我々も手を出さないことを誓約しよう」

「感謝します。ところで、代表者はビダーシャル卿、あなたということでよいのですかな?」

「いいや、私はただの護衛役……安全確認のために、先に来ただけのことだ。話は、それにふさわしい人とするがいい」

 表情を変えることなく言い、ビダーシャルが一歩退くと、数人の騎士に護衛されて、ひとりの老エルフが東方号に渡ってきた。とたんに、緩みかけていた空気が引き締まる。よほどに鈍い愚か者でなければ、雰囲気で察することができるだろう。

 名乗りは通過儀式でしかなかった。ネフテスの統領、テュリュークの登場である。

「まずは、遠路はるばるよく来なさったな。人間諸君、長旅わざわざご苦労じゃった」

「恐縮です。しかし、統領閣下自らがお出迎えしてくださるとは意外……いいえ、光栄のいたりです」

「なんのなんの、招かざる客とはいえ、単独で敵地に乗り込んでくるような勇気ある者たちへの敬意を忘れんほど、我らは礼を失してはおらんつもりじゃ。まあ、血気にはやった若い衆がやんちゃをしでかしたようじゃが、それはお互い様ということで水に流そうではないか」

 かっかっと、快活に笑ったテュリュークに、人間一同は釣られて頬の筋肉を緩めた。

「わかりました。我々こそ、突然押しかけた無礼をお詫びいたします」

「なんのなんの、諸君らのことはビダーシャル殿からおおかた聞いてある。君たちもすでに知ってのことと思うが、ネフテスは一枚岩ではない。しかし、わし個人としては諸君らを歓迎する。この出会いを、大いなる意思に感謝しよう」

 テュリュークは、人間社会の慣習に従って握手を求めてきて、コルベールはそれに応じた。すると、人間側から誰がはじめたわけでもなく拍手が起こり、場はある程度の和やかさに包まれた。テュリュークも人懐っこそうな笑顔を浮かべて、緊迫した空気に包まれていたエルフ側も、やや緊張を解いたように思える。

 それにしても、エルフの指導者ということで、マザリーニ枢機卿のような厳格そうな人柄を想像していたのに、どちらかといえばオスマン学院長に雰囲気が近い。が、それでもこちらのことをきちんと人間と呼び、対応の仕方も予習してきた前準備の適切さ、場の空気をいつのまにか自分のものにしてしまったところには老獪さ、上に立つものの資質を感じさせられる。

 最初があれだったので交渉に持ち込むことすら困難かと思っていたが、もしかしたらこれならば……

「テュリューク統領閣下、我々はトリステイン王国のアンリエッタ次期女王陛下よりの使者としてまいりました。願わくば、対談の席を設けていただきたく存じます」

「うむ、我らとしてもなんらかの形で君たちの世界との窓口はほしいと思っていた。もはや、サハラにも迫り来ている危機は、我らだけで解決しえるものではないからのう」

「それでは……!」

 コルベールは喜色を浮かべた。しかしテュリュークは、事はそれほど楽ではないと首を振った。

「待ちたまえ、話すべきことはそれこそ山のようにあるだろうが、我々にはなにも準備らしい準備はないのじゃ。わしは君たちの世界の『王』とは違って、絶対的な支配者というわけではない。議員たちの総意によっては命令の拒否もされるし罷免もある。ここに来ておること自体も、ひとつの賭けなのじゃよ」

「では……」

「ははっ、そう慌てなさるな。わしとて、なんの勝算もなく賭けに出るほど無謀ではない。さっき言ったとおり、おおまかなそちらの事情はビダーシャル殿から聞いておる。どうやら、シャイターンの末裔たちも来ておるようじゃな。ふむ、思っていたよりも若いのお……」

 テュリュークはあごに手を当てて、ルイズと、次にティファニアを見た。若い、と言ったのは本音だったようで、視線は普通に意外そうな眼差しになっている。ほかのエルフたちも、彼らのイメージしていた『悪魔』のイメージとはかけ離れていたのか、半信半疑といった様子で二人を交互に見ていた。

「……」

 ルイズは毅然とした態度で視線を跳ね返し、ティファニアはおびえた様子で才人の影に身を寄せている。

 特にティファニアはハーフエルフということで、見られる視線の冷たさに必死に耐えているようであった。テュリュークの手前、事前に説明もあって自重しているのだろうが、なにもなければどうなることか……しかし、その誤解を解くことも、今回の旅の目的のひとつなのだ。でなければ、ティファニアはいつまでも誰かの陰でおびえて生きつづけなくてはならないだろう。

 問題は山積し、どれから片付けていいか、正直誰にもわからない。

 だが、テュリュークは無為にここに来たわけではなかった。

「諸君、そこで私から提案があるのじゃが、これから私について、ある場所に来て欲しいのじゃ」

「ある場所? アディールではないのですか?」

「これこれ、こんなすごい船でいきなり乗り込んだらパニックになってしまうわい。エルフのほとんどは、蛮人を……特にその中から生まれるというシャイターンの末裔を恐れ、憎んでいるということを知っていてほしい」

「テュリューク統領、その言い方は少し……」

 コルベールは、横目でティファニアを見ながらテュリュークにわずかに抗議した。ティファニアは、今の言葉に強いショックを受けてしまったようで、才人の背中に顔をうずめて震えてしまっていた。ギーシュやモンモランシーたちがなだめようとしているが、すぐに立ち直るのは無理だろう。

「すまんのおお嬢さん、じゃが現実を受け止めるのが遅くなればなるほど、お前さんにはより酷なことになるじゃろう。まさか、我らの血筋からシャイターンの一端が蘇ろうとは誰が予測しえたものか。我らにしても、想像力の限界とはなんと浅いことなのよ……じゃがお嬢さん、お主に流れる血と力が、我らの恐れる悪魔のものであるのかそうでないのか、確かめようとは思わんかね?」

「それって……どういう?」

「ここより南東……一切のオアシスなく、渇きの大地と呼ばれて近づく者のない砂漠の奥地に、大厄災の時代に作られたと、極一部の者にだけ言い伝えられてきた遺跡がある。そこに行けば、謎に包まれているシャイターンの正体のなにかもわかるかもしれん」

 それこそが、自分がやってきた本当の目的だとテュリュークは語った。

 ルイズたちにしても、シャイターン……つまり虚無については見逃せない問題である。六千年前に起きた、とてつもない戦争のカギを握っていたのは、始祖ブリミルと彼の使っていた虚無にあったのは間違いない。それが現在の世界にすでに大きな影響を与えている以上、虚無の秘密に迫れる機会は無駄にすべきではない。

 

 わずかな希望に賭けて、東方号は南東に舵を切った。

 目指すは、エルフでさえ生存を拒絶される乾燥と灼熱の大地。そこに何が待つか、今はなにもわからない。

 無人の地を目指す東方号を見送る者は天にも地にもなく、さえぎるものの一切ない空を東方号は飛び続ける。

 

 しかし、天でも地でもない場所に、東方号を狙いつける影がひとつあった。

 

 砂の大地の地下深く、広大な砂漠を縦横に走る巨大な地下水脈。そこには意外にも無数の生命が息づいていた。

 甲冑魚に海サソリ、このハルケギニアの海においても何億年も前に絶滅したはずの生き物が、タイムカプセルのように生きたまま保存されていたのだ。

 その古代の海の中をとてつもない速さで泳ぐ異形の影。

 全身をうろこで覆い、鋭い鼻先で水を掻き分けて泳ぐ全長八十五メートルの怪魚。その泳ぐ速度はなんと時速三百ノットだ。

 東方号を追うように舵を切る、その正体は怪魚超獣ガラン。この地下水脈に生存していた古代魚を使って、ヤプールが生み出した新たなる刺客である。

 いったい奴らはどこへ行ってなにをするつもりなのか? それを突き止めるべく、ガランはほかの魚を蹴散らして泳ぐ。

 まさかの地底からの追跡者に、東方号で気づいた者はいなかった。

 

 

 続く


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